澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

緊急院内集会のお知らせ ― もはや「詰み」だ! 森友/加計問題の責任を徹底追及!

通常国会が始まった。「アベ9条改憲」発議の阻止が最大の課題だが、森友・加計問題の追及の手を緩めてはならない。頃合いも良し。下記のとおり、森友・加計問題の追及の緊急院内集会が企画されている。この市民集会で、森友事件に関わる安倍昭恵、佐川宣寿、そして近畿財務局の担当職員の責任を具体的に追及しよう。そして加計問題についても責任をはっきりさせよう。

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森友問題疑惑追及の口火を切った、大阪豊中市市議の木村真さんら市民グループの発案で、緊急院内集会「もはや『詰み』だ! 森友/加計問題の責任を徹底追及!」を開催します。

時 1月26日(金)12:00~14:00(入館証渡し 11:20より)
所 衆議院第2議員会館 第1会議室(BF1)

真相解明作業はほぼ終わった。ここから先は検察の仕事。
大切なのは、「いかにして責任を取らせるか」だ。!
『しかるべき人にしかるべき責任を!』

近畿財務局の関係者や佐川国税庁長官を背任罪などで刑事告発した5つの市民団体が集い、衆参6つの野党国会議員にも出席を呼びかけています。

急なお知らせですが、ご都合がつきましたら、皆さまもお知り合いの方々にも声をかけていただき、ご参加くださるよう、お願いします。

予約制ではありませんが補助いすを含め、120名が入室限度の会場です。
ご参加くださる方は早めにお出かけください。

集会のチラシは下記でダウンロードできます。
http://sinkan.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/121-86bc.html

この集会は、森友問題を追求し、刑事告発をした5つの市民団体と衆参各党国会議員の発言・アピールを主にした集会です。

■逃避し続けている安倍昭恵氏、佐川宣寿氏の責任追及の正念場■
私たち「幕引きを許さない市民の会」としては、確定申告の時期を迎え、国会での虚偽答弁が露わになったにもかかわらず、公の場から逃亡し続けている佐川国税庁長官、自らが名誉校長を務めた学園が捜査を受け理事長夫妻が逮捕されているにもかかわらず、疑惑には一切、答えず、しゃあしゃあと内外を出歩いている安倍昭恵氏ーーーこの2人の責任を追及する正念場という心づもりで集会に臨みます。

発言予定
● 主催者あいさつ
   木村真さん(豊中市市会議員「森友学園問題を考える会」)
● 森友問題論点整理
   醍醐聰さん(「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」)
● 各党参議院議員アピール
   立憲民主、希望、民進、共産、社民、自由の各党から
● 「森友・加計告発プロジェクト」田中正道さん
● 「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」
● 「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」八木啓代さん
● 連帯アピール:「今治加計学園問題を考える会」黒川敦彦さん
● 各党衆議院議員アピール
   立憲民主、希望、民進、共産、社民、自由の各党から
● まとめの発言:「森友学園問題を考える会」山本一徳さん
主催 森友学園問題を考える会 tel 090-8199-8873

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豊中の木村真です。
森友問題の院内集会ですが、1月26日のお昼にやることとします。
醍醐先生からいただいたご提案のほか、他の皆さんからも様々なご提案・アドバイスをいただきました。「森友・加計告発プロジェクト」の田中正道さん、加計学園問題を追及してきた黒川敦彦さん、議員会館の会場予約でお世話になっている立憲民主の大阪府連代表・森山浩行衆院議員らとも相談の上、最終的に、私たち「森友学園問題を考える会」ミーティングで決定したものです。よろしくご了解ください。

時間は12:00~14:00、場所は衆議院第二議員会館の第一会議室です(定員81名、予備イスを出して最大で125名)。

タイトルは「もはや『詰み』だ! 森友問題 責任の徹底追及を求める集会」と考えています。

真相解明作業はほぼ終わったと考えており、ここから先は強制捜査権を持つ検察の仕事。大切なのはむしろ、「いかにして責任を取らせるか?」だと思っていますので、タイトルは単に「真相究明を求める」というだけではなくて、「責任追及」というニュアンスを込めたものとするつもりです。

醍醐先生には、冒頭に近い部分で、まず、森友問題全体の論点整理をお願いできれば、と思っています(国有地叩き売り事件、公文書管理、籠池氏の不当逮捕と異常な長期拘留・・・等につき、簡単なポイント解説)。

その後、「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」として、これまでの取り組みと進捗状況、わかる範囲で検察の捜査状況、今後の方針・取り組み予定・・・等についても、報告あるいはアピールをいただければ、と思っています。
以上、よろしくお願いいたします。

森友学園問題を考える会 豊中市議会議員 木村 真
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(2018年1月23日)

沖縄に春の訪れーめでたやな南城市長選にオール沖縄の勝利

さてもめでたや 新玉の春は心も若がえて 四方の山辺の花盛り…(「四季口説」(しちくどぅち))。昨日(1月21日)投開票の南城市長選で「オール沖縄派」候補が、現職の4戦を阻止して初当選した。今年を占う初春の吉事である。

沖縄の今年は、「選挙イヤー」だという。
1月21日投開票の南城市長選を皮切りに、ことしの沖縄は県知事選と17市町村での首長選、加えて30市町村で議員選挙、3つの補欠選挙と計51の選挙がある。その数もさることながら、中央政界の関心が高く、沖縄の将来を占う選挙が控えているのも特徴だ。「辺野古新基地建設の是非」を争う県知事選(11月想定)と、その前哨戦に位置づけられる名護市長選(2月4日投開票)だ(「沖縄タイムス」)。

その初戦での「オール沖縄派」の勝利だから、まずはめでたい。琉球新報の長い見出しは以下のとおり。
「南城市長選 瑞慶覧氏が初当選 古謝氏に65票差、市政交代 オール沖縄に追い風」

沖縄タイムスはこうだ。
「南城市長選:知事が支援する新人当選 瑞慶覧長敏氏、65票差で現職破る」

いずれも接戦・僅差を見出しにしているが、12年間継続した保守市政の岩盤を破って、現職四選を阻止したことの意味は大きい。

▽南城市長選開票結果
 当11429 瑞慶覧長敏 無新
   =社民・共産・社大・自由・民進推薦
  11364 古謝 景春 無現
   =自民・公明・維新推薦

なお、当日有権者数は3万4328人。投票総数は2万2973。有効投票数は2万2793、無効票は180。

何よりも、この選挙は「オール沖縄」の今後の消長を占う選挙だった。
琉球新報は、「2月の名護市長選、秋の県知事選の前哨戦とも位置付けられた選挙で、瑞慶覧氏を支援した『オール沖縄』勢力が弾みをつけた格好だ。」とし、
毎日は、「米軍機の相次ぐトラブルによる県民の不満の高まりが古謝氏への逆風になった面もある。安倍政権は今年、現職が翁長氏系の名護、那覇両市長選に勝利して県内全11市を政権寄りの首長で固め、翁長氏が掲げる『オール沖縄』を崩そうと狙っていただけに、南城市での敗北は痛手だ。」と評した。

ところで、全国の人々に、南城市の存在はどれほど認識されているだろうか。恥ずかしながら、私も「ナンジョウシ? どこ?」。

2006年、佐敷町・玉城村・知念村・大里村の合併で誕生した市だという。佐敷や玉城知念ならイメージが湧くのだが、どうも「南城」では。琉球王国を建国した尚巴志王の出身地でもあり、保守県政築いた西銘順治沖縄県知事(故人)は、南城名誉市民とのこと。西銘の男子二人は、自民党の国会議員となっている。本来保守の強いところなのだ。

学生時代に復帰前の沖縄に旅して、久高島で12年に一度午年の旧正月に行われる祭イザイホーのあることを知って、できれば見学をと思った。佐敷の馬天港から久高島に行く船便まで調べたが、わずかな宿代と交通費を捻出できず諦めたことがある。この馬天も久高も今は南城市だ。新市発足以来12年間の保守市政が、ここで「オール沖縄」派の市政に転換した意味は大きい。

次はいよいよ、名護市長選挙(1月28日告示、2月4日投開票)。「社民・共産・社大・自由・民進」のオール沖縄と、「自民・公明・維新」のオール保守の対峙という構図は南城市長選と同じ。ただ、オール沖縄側が現職で、オール保守側が新人候補と、攻守所が変わっている。

同市長選は、三選を目指す現職の稲嶺進氏(72)=社民、共産、社大、自由、民進推薦=と、元市議で新人の渡具知武豊氏(56)=自民、公明、維新推薦=の一騎打ちとなる見通しで、両陣営は選挙戦本番さながらの活動を繰り広げている。

下記は、本番さながらの選挙戦を闘っている現地からの檄。
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名護市民と沖縄県民の不屈の闘いの勝利を目指して。

名護市長選挙も告示まであとわずか。既に最終盤の模様です。
安倍反動内閣は2014年7月1日、憲法違反の集団的自衛権の行使容認と辺野古新基地建設の作業開始を同時に閣議決定しました。作業開始から3年半が経った今日でも建設工事は遅々として進まず、完成の目処が立たないのが現状です。それは県民の不屈の闘いによって拒否されているからです。こうしたなかで名護市長選挙が闘われています。
本来ならば当然に、辺野古新基地建設の是非が選挙戦最大の争点となるはずです。しかし、自公陣営とその候補者はデマと争点そらしに徹して、死にものぐるいで運動を強めています。
名護市民はSACO合意以降の20年間、日米両政府の悪政と闘ってきました。2010年1月には稲嶺市政を打ち立てて、市民が主人公の市政で市民のくらしと命を守る政治を貫いてきました。一方、市政の問題でも自公陣営とその候補者は市民の立場に立つことができず、対案すら提起できないためデマ宣伝に徹しているのです。
我々は市政の継続をめざして、この間全国の仲間のみなさんと団結して頑張ってきました。我々の闘いがオール沖縄陣営の団結と前進に大きく寄与しています。しかし、闘いを勝ち抜くためには最終の最終までの奮闘が必要です。共に頑張りましょう!
(2018年1月22日)

アベ改憲提案は無理筋だ。もう引っ込みたまえ。

本日(1月21日)のNHK「日曜討論」は、「明日から通常国会 与野党論戦の焦点は」というタイトル。その番組紹介は次のとおり。

「通常国会が22日に召集され、論戦が始まります。各党は国会審議で何を訴えるのか? 予算案の評価は? 働き方改革は? そして憲法をめぐる議論は? 与野党の幹部が討論します。」

今次通常国会最大のテーマは、アベ改憲発議の有無とその内容だ。自民党は、国民に向かって、説得的に改憲案の内容と必要性を説明しなければならないが、改憲案の必要性を説得的に説明するなどは無理筋の話し。

NHKオンライン(NHKの公式ホームページ)によれば、本日の「日曜討論」では、「憲法改正について、自民党は自衛隊の存在を明記すべきだとして、3月の党大会までに党としての方針をまとめたいとしたのに対し、立憲民主党などは9条の改正には反対する考えを強調しました。」と述べている。

討論における各党の発言を眺めておこう。
自民党の柴山筆頭副幹事長
「憲法学者の多くは、まだ、自衛隊は違憲だということを言っているので、混乱をなくすために自衛隊を明記することを、しっかりと進めていくべきだ。党大会がある3月の終わりには党の方針をなんとかまとめる方向で進めていけたらいい。与野党が衆参の憲法審査会でそれぞれの考え方を戦わせ、一定の方向性が見られればベストだ」
と述べたという。

「憲法学者の圧倒的多数が、自衛隊は違憲だと言っている」という自民党の認識は正確で、まことにそのとおりだ。しかも、それは今に始まったことではない。憲法学者に限らず、日本語をまともに読む能力のある者が憲法を素直に読んで、自衛隊の実態と照らし合わせれば、「正気の日本人の圧倒的多数が、自衛隊は違憲」だと判断するだろう。

だから、本来は憲法という規範に照らして、「違憲の自衛隊をなくす」「あるいは、縮小する」ことが正しい。少なくとも、これ以上は自衛隊を増強しないよう心がけなければならない。にもかかわらず、「混乱をなくすために自衛隊を明記することを、しっかりと進めていくべきだ」とは、「違憲の事実が明らかなようだから、憲法の方を変えてしまえ」ということではないか。何とご無体な。これが、自民党の憲法観。これでは何のための憲法か、存在の意味がなくなる。

公明党の斉藤幹事長代行はこうだという。
「憲法改正で最も大切なのは、やはり幅広い合意だ。衆議院、参議院それぞれで3分の2以上の賛成を得て、そのうえで国民投票にかけるので、国論を二分しない幅広い国民合意を作り上げていく姿勢こそ、今、われわれ国会に求められていると思う」

アベ自民よりよっぽど理性的で、真っ当な姿勢ではないか。もっとも、これまで何度も経験していることだが、いつの間にか大事なところで、自民党に擦り寄り屈服して変節する「下駄の雪」体質が、この党の政権にとっての利用価値。前回総選挙での国民の批判が骨身に応えているうちは、軽々にアベ自民の改憲策動に擦り寄ることはできまい。

立憲民主党の長妻代表代行
「安倍総理大臣は、9条について『自衛隊を書き込んだとしても一切、武力行使の限界は変わらない』と言っているが、2項を削らずに自衛隊を明記しても違憲の議論は消えないので、説明自体が間違っている」
と述べたという。「9条2項を削らずに自衛隊を明記しても違憲の議論は消えない」はそのとおりだろうが、全体として、えらく理論的に難しいことをおっしゃる。もう少し、端的に分かり易くできないだろうか。

希望の党の岸本幹事長代理
「安倍総理大臣は『9条に自衛隊を書き込んでも何も変わらない』と言っており、立法事実がない。立法事実がない改正はありえず、安倍総理大臣が言う9条改正には反対だ。議論はするが優先順位は相当、後ろにくる。期限を切る必要は全くない」と述べたという。

希望の党のこの発言はまことに興味深い。これまで、小池百合子党と見られたことが裏目に出て、権力に擦り寄る姿勢を批判されたことが堪えているのだ。右転落は、実は大きく支持を失うということ。この発言を読む限り、立派なものではないか。

民進党の川合幹事長代理は、
「9条の改正について、少なくとも、『国民の多くは安倍政権下で憲法改正することを望んでいない』という世論調査の結果も出ている。国民が望んでいないことに政府や政治が血道を上げ、発議を無理やり行うことが果たして適切なのか」
と述べたという。

「国民が望んでいないことに政府や政治が血道を上げ、発議を無理やり行うことが果たして適切なのか」は、まったくそのとおりだ。アベ政権の改憲路線に対峙する立場を明示するところなくては野党としての存在の意味はない。

共産党の小池書記局長は、
「自衛隊が書き込まれれば9条の1項と2項は死文化し、何の制約もなく海外で武力行使ができるようになる。憲法の不戦の概念が根本的に変わる。市民と力を合わせて絶対に発議を許さない」
と述べたという。

「自衛隊が書き込まれれば9条の1項と2項は死文化する」「憲法の不戦の概念が根本的に変わる」は、あり得ることだろう。「後法は前法を破る」のが原則なのだから。「市民と力を合わせて絶対に発議を許さない」には賛同する。

日本維新の会の馬場幹事長は、
「『9条が改正されれば戦争に巻き込まれるのではないか』という漠然とした不安を持つ人がいるが、根本的な原因は安全保障法制にあり、存立危機事態の中身を絞り込むべきだ
と述べたという。

いかにも、獅子に対する狐の論理。「存立危機事態の中身を絞り込むこと」で、9条改憲に対する国民の不安を払拭しようというのが維新案。「一応9条改憲反対派」という立場。

自由党の森幹事長代理は、
国家の私物化が強く疑われている安倍総理大臣が、権力を抑制する憲法の改正を提唱していくことに国民は怒らなければならない
と述べたという。

各論における批判では、全面的な批判たりえず時間も足りない。ズバリと、核心を衝いたアベ政治への基底的な批判。そのとおりではないか。

社民党の又市幹事長
「9条2項の戦力の放棄、交戦権の否認を有名無実化しようという狙いがあって、やろうとしているのは明らかだ」
と述べたとのこと。まったくそのとおりではないか。

9条改憲を狙っているのはアベ自民だけ。アベ自民の改憲提案は明らかに孤立している。アベ自民をさらに孤立させよう。たとえ保守でも真っ当な保守は9条改憲など主張してはいない。アベ君、もうキミの出番はない。アベ自民に引導を渡そう。
(2018年1月21日)

「表現の自由規制の現状とメディアのあり方」ー田島泰彦教授最終講

本日(1月20日)午後、上智大学文学部新聞学科の田島泰彦教授の最終講義。同大学12号館102教室は、学内外の受講者で満席だった。

田島教授は、1952年埼玉県秩父市生まれ。上智大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科公法学専攻博士後期課程単位取得満期退学(指導教授:浦田賢治)。神奈川大学を経て、1999年4月より現職とのこと。専攻は、メディア法。表現の自由や報道の自由、メディアの自由と市民の人権などを研究され、活発に社会に向けての発言をしてこられた。個人的には、DHCスラップ訴訟でご支援いただいている。

本日の講義は、「表現の自由とメディアはどこに向かうのか」。表現の自由に対する権力的規制に着目した論述となった。以下、その概要。

柱建ては次の3項目。
1 表現の自由規制は、今どこまで来ているのか。
2 その規制は、今後どこまで及んでいくのか。
3 表現の自由規制の中にあって、メディアの役割と課題は何か。
そして、「おわりに 市民はどうするか」でまとめられている。

1 表現の自由規制は、今どこまで来ているのか。
☆今の規制は2012年総選挙での第2次安倍政権誕生以降に急展開している。
しかし、それ以前民主党政権時代に問題がなかったわけではない。たとえば、「メディア規制3法」の提案が先行して物議を醸しているる。「個人情報保護法(成立)」「人権擁護法案(撤回)」「青少年有害社会環境対策規制法案(断念)」など、市民の自由や人権よりも、有事への備えやテロ対策が優先されてもやむをえないという雰囲気の醸成がなされた。
☆安倍第2次内閣の下、2013年以後今日まで情報の統制が進展してきた。
それは、「権力による情報の独占と統制」と定式化できる。
・03年の特定秘密保護法は、公的情報(防衛・外交等)の秘匿と漏示の禁圧
・同年の共通番号(マイナンバー)法は、個人情報の国家管理化である。
☆同時に市民監視が強化されてきた。
・権力による市民監視は、市民の発言に萎縮をもたらし、表現の自由を毀損する。
・監視カメラの増殖、盗聴法改悪による盗聴機会の拡大、マイナンバー法の施行。
・さらに、市民監視加速ツールとしての共謀罪法が成立し、市民間のコミュニケーションの自由に深刻な影響が出ている。
☆ここまで、情報は「お上」のものとして、市民からの取り上げが進行してきた。

2 その規制は、今後どこまで及んでいくのか。
☆表現の自由に対する権力からの規制は、より一層進むことになるだろう。
☆まず、権力による市民監視は次のような進展が予想される。
・盗聴の範囲の拡大 共謀罪の全277罪を対象範囲に拡大
・居住の室内に立ち入っての会話の盗聴が可能となる
・司法手続を介在しない「行政傍受」も可能となる。
・以上が、東京オリンピックにおけるテロ対策を口実に行われる危険がある。
・通信履歴保管の法的義務化。
・さらには、本格的な情報・諜報機関の創設も警戒しなければならない。
☆憲法改正による、表現の自由そのものの切り捨てが懸念される。
・12年自民党改憲草案は、21条2項で「公益・公序を害する結社の禁止」を明記。
・結局は「お上」が許容する範囲での「官製言論」だけが横行する社会に。
・「自衛隊加憲」も「国防軍創設」も、国防強化は表現の自由を圧迫する。
・国家や社会の安全安心という価値は、表現の自由と相容れない。
・今後、憲法改正を許せば際限なく表現の自由への規制が拡大していくことになる。

3 表現の自由規制の中にあって、メディアの役割と課題は何か。
☆本来、メディアは表現の自由規制の強化に対して、立場を超えて連帯し、市民と手を携えて、権力と格闘しなくてはならないはず。しかし、現実にはそれができていない。
☆こと表現の自由制約に関わる問題については、政治的立場の如何を問わず、共闘しなければならない。これは、ジャーナリズムにとって当然のこと。メディアが、ジャーナリズム本来の姿から乖離しつつあるのではないか。
☆権力からの要請に応えての取材の自主規制合意(イラク戦争時が典型)などは再検討しなければならない。
☆喫緊の課題として、国民投票法における「国民投票運動の自由」についての再検討が必要であろう。国民投票法では運動の自由の側面が強調されすぎた感があるが、自由だけでなく公正も重要な価値である。金のある側が、際限のないテレビコマーシャルの垂れ流しが可能では、公正な競争にはなりえない。
☆メデイアによる国民投票運動について、自主ルールの作成が必要となるだろう。

おわりに 市民はどうするか
☆メディアが対権力の関係で、表現の自由を守り抜けるか否か。それは最終的には市民の問題だ。市民が最終的な受益者でもあり、被害者にもなる。
表現の自由を支え、豊かにしていくのは、市民の活動にかかっている。
☆今や市民は単にメディアからの情報の受け手ではない。ネットの空間では、対権力の関係で、表現の自由を守り抜けるか否か。それは最終的には市民の問題だ。市民が最終的な受益者でもあり、被害者にもなる。
表現の自由を支え豊かにしていくのは市民自身であって、その活動にかかっている。
☆のみならず、市民自身も表現者となりつつある。とりわけネット空間においては、市民自身が情報の発信者となりつつある。市民は、知る権利を持つ者として間接的に表現の自由制約に関わるだけでなく、表現の自由行使の主体としても直接的に表現の自由制約に関わりつつある。

田島さんは、時間いっぱいに熱く語りかけた。教え子である多くの女子学生が、真剣にメモをとりながら受講していた。ここから、第一線のジャーナリストが輩出されるのかと思えば、日本のジャーナリズムの将来は悲観ばかりではない。そう思わせる、「最終講義」であった。
(2018年1月20日)

これはこれは―知事が知事を被告にスラップ訴訟

報道によると、「2017年12月6日、日本維新の会代表の松井一郎・大阪府知事が、新潟県の米山隆一知事に550万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴した」。提訴の理由は、「大阪府立高の頭髪指導訴訟をめぐるツイッターの投稿(2017年10月29日)で名誉を傷つけられた」ということ。「本年1月18日、米山知事がこのことを自身のブログで公表した」という。

知事が知事を訴えたのだ。濫訴時代の到来を予感させる事態。そして、問題の名誉毀損言論は、ツィッターだ。いかにも、今日的なお膳立て。衆人環視の中での短い文章のやり取りが売り言葉に買い言葉となって、論争の舞台を裁判所に移したというわけだ。

この事件の原告となった松井知事は、1月18日大阪府庁で記者団の取材に応じ、提訴の事実を認めて、次のように語ったという。
「ツィッターで人を馬鹿にしたようなことを言うからね、彼(米山知事)も今はもう公人なんだから、公人として不特定多数の皆さんに事実でないことを掲げて、人を馬鹿にするということをやれば、それに対して、きちっと反省していただく。」

いささか軽すぎる印象ではあるが、原告松井側の言い分は、「被告米山が不特定多数に対して『事実でないことを掲げて』、人を馬鹿にした」ということだ。公然事実を摘示して、他人の名誉を毀損した、というわけだ。

これに対する被告米山側の反論は、次のとおりホームページに掲載されている。
①そもそも私のツイートが松井府知事に対するものだとの松井府知事の主張は誤読であり、私のツイートは松井府知事に対するものではなく、当然ながらその名誉を棄損するものではない。
②仮に私のツイートが松井府知事に対するものだと解する余地があるとしても、その後再三にわたってツイッター上でそうでない旨説明しており、既に誤読の余地はない。
③仮に私のツイッター上の説明をもってしてもなお、松井府知事の主張する誤読の通りだと解する余地があるとしても、その誤読自体松井府知事と日本維新の会に対する言論の自由の行使としての正当な論評であり不法行為に当たらない。

もっとも、これだけでは何のことだかよく分からない。

三浦瑠璃という人物(政治学者)のツィッター発言が先にあり、名誉毀損とされる米山ツィッターは三浦発言に対してなされた言論で、松井知事宛のものではない。

三浦発言の内容は、「大阪府立高3年の女子生徒が2017年、生まれつき茶色い髪を黒く染めるよう教諭らから指導されて精神的な苦痛を受けたとして、府を相手取り、約220万円の賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした」件について、被告大阪府を批判する立場からのものだった。

三浦のツイートは「まあどんな1984年に迷い込んだんだとおもうよね。私が公教育でときどき体験したあの感じを思いだす。支配への従順さを強要する態度。染める行為に従順さを見出し満足するという教師として最低の態度。」というもの。

これに対して、米山がこう呟いたのだ。
「因みにこの『高校』は大阪府立高校であり、その責任者は三浦さんの好きな維新の松井さんであり、異論を出したものを叩きつぶし党への恭順を誓わせてその従順さに満足するという眼前の光景と随分似ていて、それが伝染している様にも見えるのですが、その辺全部スルー若しくはOKというのが興味深いです」
このツイートが、名誉毀損言論とされた。

三浦が、府立高教師の「支配への従順さを強要する態度」を不快とした発言に対して、米山が「異論を出したものを叩きつぶし党への恭順を誓わせてその従順さに満足するという眼前の光景」に似ていると軽く揶揄したもの。

このツイートに、松井が反応した。「米山君、いつ僕が異論を出した党員を叩き潰したの?君も公人なんだから、自身の発言には責任取る覚悟を持ってるでしょうね。いつ僕が異論を出したものに恭順を誓わせたのか説明して下さい。」と出てきた。

明らかに、松井は米山ツイート中の、「異論を出したものを叩きつぶし党への恭順を誓わせてその従順さに満足する」の主体を原告松井自身と判断してのこと。

これに、米山が弁明する。
「どこにも松井さんとは書いていないのですが…。文章上分かりづらかったなら恐縮ですが、状況上誰かは言わずもがな当然松井さんもご存知と思います。叩き潰していないという理屈は勿論言われるのでしょうが、あれだけ衆人環視で罵倒されれば、普通の人は異論は言えないと思います。違いますでしょうか?」

「状況上誰かは言わずもがな」とは、「松井さん、あなたを指しているのではなく、橋下徹さんのことだとお分かりでしょう」ということなのだ。「あれだけ衆人環視で罵倒されれば、普通の人は異論は言えないと思います。」とは、報道によってよく知られた事実を指している。「橋下氏は当時、衆院選直後に『衆院選総括と代表選なしに前に進めない』などとツイートした同党所属の丸山穂高衆院議員(大阪19区)と対立。『代表選を求めるにも言い方があるやろ。ボケ!』とTwitter上で激しく反発していた。」ということ。

しかし、松井はこの弁明に納得しない。「話をすり替えるのはやめなさい。僕がいつ党員の意見を叩き潰したのか?恭順させたのか?答えなさい。」と言い募る。そして、もう一つが、「僕が『生徒指導は適法』としていると報道から把握しているとされていますが、何処の報道でしょうか?僕は生徒指導は適法なんて一言も言っておりません。」という点。

せっかく論戦の場ができているのだから、お互い言論の応酬を徹底すればよい。ところが、松井は言論戦継続ではなく、提訴を選んだ。この姿勢は残念というほかはない。

この点を米山は、
「私は、この様な訴訟は、憲法で保障された言論の自由(憲法21条)を強く委縮させ、事実上、松井府知事、松井府知事が代表を務めるおおさか維新の会、日本維新の会への正当な批判を極めて強く委縮させる効果があるものであり、訴訟それ自体の成否を度外視して批判を抑圧するためになされる所謂SLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation:批判的言論威嚇目的訴訟)であるとの疑いを禁じえないとの念を抱いていることも、併せて申し上げさせて頂きます。」と言っている。

DHC・吉田嘉明からスラップ訴訟を起こされ、恫喝された私の経験から、松井の提訴をスラップという米山意見に賛同する。「批判的言論威嚇目的訴訟」というスラップの訳語もよくできていると思う。

この訴訟は、「公的立場にある者の、批判の言論に対する不寛容」という問題と把握するしかない。「今後容認し得ない私に対する批判には、誰であろうとも、遠慮なく訴訟を提起するぞ」という威嚇効果を持つからだ。

法律論としては、当該の言論が被告松井の社会的評価の低下をもたらしたものかがまず問題になる。この訴訟の判決は、この点を否定して棄却となる公算が高い。

名誉毀損、つまりは社会的な評価の低下の有無は、「一般読者の普通の注意と読み方」を基準として判断される。「原告松井の名誉が毀損された」は、米山の弁明も踏まえれば無理筋だと考えざるをえない。

仮に、原告松井側がこの点のハードルを越えたとしても、違法性阻却3要件(公共性・公益性・真実(相当)性)具備の判断がなされる可能性はきわめて高い。

実務上の問題点は、「名誉毀損表現が事実の摘示か、意見・論評か」ということとなる。
「異論を出したものを叩きつぶし党への恭順を誓わせてその従順さに満足する」は「一般読者の普通の注意と読み方」からすれば、直接的には維新の党への名誉毀損表現として原告松井に関連すると考えざるをえないが、否定し得ない前提事実を踏まえての「意見・論評」と解する以外にない。言うまでもなく、政党のあり方に対する批判の「意見・論評」は、高度に尊重されなければならない。

被告米山の側は、政党の党首であり大阪府の知事でもある公人松井についての批判受忍義務論を精力的に展開し、公人に対する政治的言論の自由を古典的に強調することになろうが、勝算十分と考えられるところ。

一方、原告松井の側が、どうしてかくも強気で提訴に及んだのか、理解に苦しまざるを得ない。が、所詮スラップ訴訟とはそのようなものなのだ。

このような「スラップ訴訟」が、早期の棄却判決で決着となるよう期待している。
(2018年1月19日)

俺は持つ きみは捨てろよ 核兵器

あっ、これはすごい。これ、きっと古典になる。
毎日新聞・仲畑流万能川柳1月8日掲載の一句。

 俺は持つ きみは捨てろよ 核兵器 (東京 ホヤ栄一)

これが核大国のホンネだ。とりわけアメリカの。そしてトランプの。

多くの核非保有国が、こう言っている。これが世界の潮流だ。
 世界中 みんな捨てよう 核兵器

ところが、核保有国はみんなこう言うのだ。
 俺だけが 捨てたらヤバイ 核兵器

日本政府の立場はこうだ
 持ちたいが 持つとはいえない 核兵器
 揉み手して 入れてください 核の傘

トランプは、金正恩にこう言ってみろ。
 俺捨てる きみも捨てろよ 核兵器

金正恩もトランプにこう言えないか。
 約束だ 一緒に捨てよう 核兵器

核抑止力とはいったい何だろう。
 参ったか 俺は持ってる 核兵器
 参らない 俺も持ってる 核兵器
 
 参ったか 俺の前には 核ボタン
 きみよりも 俺のが大きい 核ボタン

 俺だけが 持ってたはずだ 核兵器 
 おれ持てば 周りも持つのか 核兵器
 どこよりも たくさん持つぞ 核兵器
 恐いから 俺は捨てない 核兵器 
 持って不安 持たれて不安 核兵器
 使えぬが 捨てるもできない 核兵器

実は、核兵器に限らない。通常兵器による防衛力一般が同じことなのだ。
 俺は持つ きみは捨てろよ 軍事力 
 俺だけが 捨てたらヤバイ 軍事力
 禁止され それでも持ってる 軍事力
 俺捨てる きみも捨てろよ 軍事力
 みんなして 一緒に捨てよう 軍事力
 参ったか 俺は持ってる 軍事力
 参らない 俺も持ってる 軍事力
 参ったか 俺は持ってる 新兵器
 参らない 俺はもってる 新新兵器 
 おれ持てば 周りも持つんだ 軍事力 
 どこよりも たくさん持つぞ 軍事力
 恐いから 俺は捨てない 軍事力 
 持って不安 持たれて不安 軍事力
 使えぬが 捨てるもできない 軍事力

 おまえより 俺のが大きい 防衛費
 生活費 ギリギリ削って 防衛費
 貧困にあえぐ社会の防衛費
 試射なんてしません 一発10億円
 当たるも八卦当たらぬも八卦で1000億
 きっと当たります ミサイルと宝くじ
 価値感だけでなく財布も同じと武器を買い

だから、日本国憲法9条が輝く。
 おれ捨てる きみも捨てろよ 軍事力
 防衛費なくせばくるぞ 豊かな社会
 軍事力なくした地球に真の春
(2018年1月18日)

「9条改憲」の切迫とその阻止のために

本日(1月17日)の毎日新聞夕刊、「私だけの東京・2020に語り継ぐ」欄に、作家・早乙女勝元のインタビュー記事が掲載されている。タイトルは、「散歩道を『寅さんの故郷』に」だが、やはりこの人だ。戦争の記憶と憲法9条に触れている。

「ばかの一つ覚えみたいに東京大空襲のことを書いてきました…。私の場合、亡くなった10万人という桁外れの人たちの声に押されてやってきたところがあります。それと空襲直後、級友を捜して歩いて見た光景です。隅田川沿いの桜並木に、吹き飛ばされた色とりどりの衣類がまとわりついて桜みたいだったり、人が焼け焦げた後に足袋の金属製のこはぜ(留め具)だけがたくさん残り、踏むとぷちぷちと鳴ったりしたのを鮮烈に覚えています。…殺された多くは民間人で主に女性と子どもです。鎮魂がすぐに広がらなかった…思い出すのは痛みを伴いますし、子どもが生き返るわけじゃない。かさぶたを厚くしておこうという気持ちが被災者にはあったんです。
 でも、それでは、戦争の犠牲になるのは民間人だという史実が後世に伝わらない。政府は被災者には何の補償もせず、逆に空爆を指揮した米国軍人に勲章を与えました。「忘れよう」のままでは、なかったことにされかねない。
 3月10日の一晩で10万人が死んだのが東京です。すべて戦争のせいです。その戦争を永久に放棄した憲法9条を改めるなどとなれば、死んでからも、お前は一体何をしてきたんだと言われそうな気がします。」

彼がいうとおり、日本の政府は軍人には累積総額で50兆円を上回る恩給を支払いながら、民間の被災者にはびた一文の賠償も補償もしていない。それだけでなく、政府は周到な準備によって一晩に10万人の民間人を虐殺した殺人者カーチス・ルメイに、勲一等旭日大綬章を授与している。1964年佐藤内閣の頃のことだ。これが戦争であり、戦争処理である。こんなことは、繰りかえし語り継がなければならない。絶対に戦争を繰り返させないために。

そしてまた彼がいうとおり、アベ政権によって「戦争を永久に放棄した憲法9条を改める」たくらみが進行している。このたくらみの切迫性と、予定されている手続について記しておきたい。もちろん、改憲手続を阻止の運動に資するために。

長く与党であり続けてきた自民党は、「自主憲法制定」を結党以来の党是としてきた。だから、これまでも度々の「憲法の危機」はあった。しかし、その都度国民の改憲阻止の運動がこの危機を克服し、戦後70年余の長きにわたって、日本国憲法は無傷で今日に至っている。その危機克服の過程において、国民は憲法を誇るべき我がものとし、血肉化してきた。国民が憲法を守り、その憲法が国民の人権や平和を守ってきたのだ。

ところが、「戦後レジームからの脱却」「日本を取り戻す」というスローガンを掲げて登場したアベ政権による憲法の危機は根深い。アベ晋三は、行政府の長として誰よりも憲法を守らねばならない立場にある。にもかかわらず、誰よりも憲法の改正に熱心で、危ういほど前のめりの姿勢なのだ。そのため、憲法改正手続のここまでの具体化は、日本国憲法が成立して以来、いまだかつてなかったことだ。政権を取り巻く右翼陣営は、「今こそ、憲法改正のチャンス」「安倍内閣の今を逃せば、永遠にその機会が失われる」という意気込みと悲壮感。憲法の危機とは、立憲主義の危機であり、国民の人権や民主主義、平和の危機ということでもある。

アベは、昨年(2017年)5月3日に、日本会議が主催した「憲法改正を求める集会」にビデオメッセージを寄せて改憲を提案した。「憲法9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」というもの。「2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っている」と改憲の時期まで明示する積極さ。

これを受けて、自民党憲法改正推進本部が、昨年暮れの12月20日に「論点整理」を発表した。改憲項目として4点があげられ、9条については次の2案併記となっている。

 ①9条1項2項を維持した上で、自衛隊を憲法に明記するにとどめるべき
 ②9条2項を削除し、自衛隊の目的・性格をより明確化する改正を行うべき
この第1案が、「安倍9条改憲案」あるいは「加憲的9条改憲案」と呼ばれる本命の案。いずれこの案に一本化される。第2案は、第1案をよりマイルドに見せる仕掛けに過ぎない。

近々、一本化のうえ条文化された具体的な「安倍9条改憲案」がとりまとめられる。とはいうものの、「自衛隊を明文で書き込む」にせよ、「自衛隊を憲法に明記する」にせよ、条文化の幅は広く、硬軟いくつものバリエーションが考えられる。

おそらくは、硬めの原案をまとめて公明党と摺り合わせ、少し柔らか目なところを落としどころとするのだろう。戦争法原案作りの手法だ。実は事前に両党間の裏取引ができていて、デキレースを見せつけられるのかも知れない。さらに維新や希望の党などの改憲勢力と摺り合わせ、その他の政党にも形だけは意見を聞いて、「憲法改正原案」を作成することになる。

こうして、改憲勢力諸政党間の意見の摺り合わせででき上がった「憲法改正原案」が、国会に提案される。提案は、衆院では100人、参院では50人以上の賛同者を必要とする。ここまでは自・公・維・希など改憲派諸政党間の水面下の動きが中心となる過程。そして、「憲法改正原案」が作成されると、舞台は国会に移ることになる。おそらくは、衆議院の先議となるだろう。

衆議院憲法審査会のホームページをご覧いただこう。
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/h27_shiryosyu.pdf/$File/h27_shiryosyu.pdf
「衆議院憲法審査会 関係資料集」の「3 憲法改正国民投票における手続の概要」(19頁・20頁)の図がとても分かり易い。学習会資料には不可欠のアイテム。

「憲法改正原案」提案者となった議員が本会議で趣旨説明のあと、衆議院憲法審査会に付託されて審議・公聴会を経て、過半数で可決されれば本会議報告となる。本会議での3分の2以上の賛成で可決されれば衆議院を通過し、参議院に送付される。参議院で同様の手続を経て、両議院ともに3分の2以上の賛成で可決されれば、国会がこれを憲法改正案として国民に発議する。

憲法改正案の発議と同時に、60日から180日の範囲とされる国民投票運動期間が始まり、これを経て国民投票が行われることになる。仮に有効投票の過半数の賛成があれば、憲法は改正となり、現行憲法と一体を成すものとして公布されることになる。

この過程を整理すれば、
(1) 今から「自民党案」の確定まで
  現行の両案を一本化して条文化する作業。この成案が議論の出発点となる。
(2) 「自民党案」の確定から「憲法改正原案」の作成まで
  政党間の協議が行われる。公明・維新・希望が世論の動向をどう読むかが鍵となる。
(3) 「改正原案」提出から「憲法改正案」の発議まで
  審査会審査と決議(過半数)、本会議の議事と議決(3分の2)
(4) 両院による「憲法改正案の発議」から「国民投票」による承認と公布まで
  最短60日から最長180日。

憲法改正案が国民に発議されたら、そこから国民の改憲反対運動が始まる、などと悠長に構えている余裕はない。改憲が発議されたら、カネを持っている側が、膨大な費用をかけて広報宣伝をすることになる。テレビCMも垂れ流しになる。発議させないための運動が重要。しかも「憲法改正原案」が作成されるまでが勝負どころというのが、運動に携わる者の一致した見解。

「9条改憲に手を付けたら世論から猛反発を受ける」「とうてい次の選挙を闘えない」と政治家や政党に思わせる目に見える運動が必要で、これが、いま超党派の市民が取り組んでいる3000万署名運動。「憲法9条を変えないでください」というシンプルな要請。

事態は既に緊迫している。ヤマ場は先のことではない。来年(2019年)には、参院選も、統一地方選も、天皇の代替わりも予定されている。改憲派は親天皇派でもあるのだから、スケジュールはタイトと言わなければならない。自ずと今年(2018年)がヤマ場とならざるを得ない。

そしてヤマ場となる今年に9条改憲反対の世論が沸騰すれば、来年の参院選で改憲派を敗北させて3分の2以下の議席に追い込むことが可能となるだろう。そうすれば、改憲は不可能となって9条改憲のたくらみが潰えることになる。今の日本人にとっての果報であるだけでなく、1945年3月10日に亡くなられた(正確には虐殺された)10万の東京下町の人々の魂も喜んでくれるだろう。それだけでなく、310万の日本人戦争犠牲者の鎮魂にもなろう。もちろん、2000万人と推定される近隣諸国の戦争犠牲者へも慶事として報告ができることになる。
(2018年1月17日)

司法界に及ぶ「アベノ人事」の実態解説

今年(2018年)の「第2期・友愛政治塾」(西川伸一塾長)については、1月5日付の当ブログでご紹介しました。

歳のはじめに「友愛政治塾」(西川伸一塾長)ご案内
http://article9.jp/wordpress/?p=9715

西川伸一塾長の第1回講義が近づいたので、あらためてご案内申しあげます。

時:1月21日(日)
所:文京シビックセンター 区民会議室4階A
 (看板は「日本針路研究会」とのこと)
①同日 午後1時~3時50分
  講 師  西川伸一(明治大学教授)
    友愛政治塾の2018年第1回講義
  テーマ 最近の裁判官人事の傾向
  参加費:1000円
②引き続き午後4時~6時、同じ会場で新年会
  参加費:2000円 「軽食あり。歓談したいと思います」
  こちらは、「フォーラム社会主義について」の新年会ですが、
  「会員でなくてもどなたでも参加できます」とのことです。

「友愛政治塾」と「フォーラム社会主義について」との異同や関係は私にはよく分かりません。分からないながらも、去年も楽しく歓談した記憶があります。取って食われるようなことは決してありません。

なお、受講には下記に事前申込が必要だそうです。
住所:〒113-0033  東京都文京区本郷2-6-11-301
ロゴスの会   TEL:03-5840-8525

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さて、西川伸一塾長の講義は、「最近の裁判官人事の傾向」というものです。西川さんご自身の惹句は次のようなもの。

 寺田逸郎最高裁長官は2018年1月8日に定年退官し、大谷直人新長官の下、2018年の最高裁はスタートする。最高裁長官は内閣が指名し天皇が任命する。最高裁判事は内閣が任命する。ただ、内閣が専権的に最高裁裁判官を決めてきたわけではない。最高裁の意向をきいてそれを尊重することで司法の独立が担保されてきた。しかし、安倍政権の長期化に伴いこの慣例が崩されつつある。「アベノ人事」は司法にまで及んでいる。報告ではそれを明らかにしたい。

西川講義のキーワードは、「アベノ人事」。省略なしでは、「安倍晋三のオトモダチに対するえこひいき人事」。もう少し、分かり易く言葉を補えば、「安倍晋三のオトモダチと思われる人物、あるいは右翼安倍晋三の思想に親近感をもっていると考えられる人物を特別に優遇して、最高裁判事に推薦することによって、安倍晋三が喜んでくれるであろうと忖度し何らかの見返りあることを期待してのえこひいき人事」である。司法にまで及んでいるという「アベノ人事」の実態解説とあれば興味津々。受講したくもなろうというもの。

アベノ人事として有名なのは、木澤克之氏だ。私はこの件も、最初はリテラで知った。
「安倍首相の親友が経営する“第二の森友”加計学園の関係者を最高裁判事に任命! 司法までオトモダチで支配」という記事。
http://lite-ra.com/2017/03/post-2997.html

このタイトルにある「加計学園の関係者」が木澤克之。「木澤氏は加計理事長と立教大学の同窓で、卒業年も同じ…」だそうだ。安倍のオトモダチでなくても、オトモダチのオトモダチまで、えこひいきが行き届いているというわけだ。

この木澤克之。2018年総選挙の際の「国民審査」公報の経歴紹介欄で、「加計学園監事」という経歴を削除したことが、また話題を呼んだ。

それ以外の露骨な「アベノ人事」については知らない。誰が見ても研究者の山口厚元東大教授が、強引に弁護士枠で最高裁裁判官に推薦されたのも「アベノ人事」なのだろうか。

本年1月9日付で第19代最高裁長官に就任した大谷直人氏と、東京高裁長官から最高裁判事に就いた深山卓也氏はどうなのだろうか。大谷の経歴は、裁判官であるよりは司法行政官というべきだろう。深山も、裁判官出身者というよりは、訟務検事の経歴が重い。

そして「最高裁判事で初の旧姓使用者」として話題の宮崎裕子氏。史上6人目の女性最高裁判事。これまで仕事では旧姓の「宮崎」を使っており、就任後も旧姓を名乗る意向。最高裁は1月8日、人事を戸籍名で発表し、旧姓を併記したが、これに対して宮崎は所属する法律事務所を通じて旧姓での報道を強く求めたという。「旧姓を使うことは当然だと思っています」とメディアに話しているそうだ。

最高裁は昨年(18年)6月に裁判文書で旧姓使用を認めることを発表。全国の裁判官約3800人のうち、実際に運用が始まる9月1日までに18人が旧姓使用を申請したという。その意味では、特に宮崎が先例を作ったというわけではないが、「最高裁判事としては初の」ケースとなる。最高裁判事15人のうち女性は3人だが、「法曹人口に占める女性の割合はもっと多いはず。最高裁の女性判事の割合も上げていく方がいい」と話しているという。「夫婦同姓の強制を合憲」とする判例の変更に一歩近づくことにもなろう。

とはいえ、彼女は典型的な、渉外・企業法務担当弁護士。「世界銀行法務部に勤務後、セブン銀行社外取締役などを歴任」という経歴。決して人権課題に取り組んできた人ではない。日本弁護士連合会が最高裁に推薦した9人のうちの1人だったという。さて、これも「アベノ人事」だろうか。西川さんの解説に耳を傾けたい。

そして、出席者全員での質疑討論を行います。昏迷の時代に、揺るぎない自分自身の考え方、ものの見方の基礎を作るために…。多くのみなさまのご参加をお待ちしています。

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もう一つの集会ご案内
村岡到著『「創共協定」とは何だったのか』出版記念集会

日時:2月4日(日)午後1時
場所:文京区民センター 3C(後楽園駅)
資料代 : 700円
報告 北島義信さん(真宗高田派正泉寺前住職)
   「社会主義と宗教との関係」
司会 佐藤和之さん(高校教員)
主催 ロゴスの会 協賛 社会評論社

長いあいだ社会主義と宗教とは切り離されて理解されてきた。しかし、歴史をたどると実は深い関係があったようである。近年、下斗米伸夫氏の研究によってロシア革命においては「古義式派」というキリスト教の一派が大きな位置と役割を担っていたことが明らかにされている。
日本でも明治時代にはキリスト者が初期の社会主義運動と深く関わっていた

北島義信氏は、浄土真宗高田派の僧侶であり、南アフリカの反アパルトヘイトの闘いでも宗教者と社会主義者が協力したことを明らかにし、近年は韓国の宗教者と交流を深めている。
「人間性社会主義」を長く唱えていた創価学会とは何かも探る必要がある。

北島義信著書:『親鸞復興』同時代社、『坊主の品格』本の泉社
論文:「宗教と平和──霊性を中心に」『フラタニティ』第8号=2017年11月
(参加者には村岡到著『「創共協定」とは何だったのか』を特価1500円で頒布します)
村岡 到SQ選書14   四六判 192頁 1700円+税

「創共協定」とは何だったのか──社会主義と宗教との共振
1964年に創成された公明党は「人間性社会主義」を長く唱えていた。創設者の池田大作は、共産党のトップ宮本顕治との対談で「宗教とマルキシズムの共存は文明的課題だ」とまで語った。彼が主導して1974年に結ばれた「創共協定」とは何だったのか。マルクスの「宗教はアヘンだ」という非難とそれを援用したレーニンによって宗教は排斥されてきたが、〈社会主義と宗教との共振〉こそが求められている。
「創共協定」の歴史的意義とその顛末
社会主義と宗教との共振
愛と社会主義
戦前における宗教者の闘い
親鸞を通して分かること
社会評論社 03-3814-3861
(2018年1月16日)

未決勾留428日の民商職員に、一審有罪破棄(差戻し)の控訴審判決

かつては、松川事件・三鷹事件、菅生事件、白鳥事件、メーデー事件等々の大型「刑事弾圧事件」があった。過半は、権力による謀略事件である。しからずとも、公権力が政治的意図をもって、政治活動や市民運動に打撃を与えるための刑事訴追。逮捕・勾留・捜索・差押え、そして起訴、有罪判決執行までがフルコースだ。

最近は少ない。が、もちろんなくなったわけではない。隙があれば、権力とは牙を剥くもの。私はそう思っている。労働争議への介入、選挙弾圧、集会やデモへの過剰な取締り、そして民主運動諸団体の活動掣肘を狙った刑事事件のでっち上げ。

そのような現在進行中の刑事弾圧事件の典型として、岡山倉敷民商(民主商工会)弾圧事件がある。
その倉敷民商職員に対する、「法人税法違反幇助・税理士法違反」被告事件の控訴審判決で朗報がはいった。一審の有罪判決を破棄して、地裁に差し戻す判決。無罪判決ではないが、無罪に道を開いた判決である。

「山陽新聞」(電子版)の第一報が次のとおり。
「高裁支部 一審破棄差し戻し 倉敷民商職員脱税ほう助
建設会社の脱税を手助けしたなどとして、法人税法違反ほう助などの罪に問われた倉敷民主商工会(倉敷市)事務職員禰屋町子被告(62)の控訴審判決で、広島高裁岡山支部は(1月)12日、懲役2年執行猶予4年とした一審岡山地裁判決を破棄、審理を同地裁に差し戻した。
判決理由で長井秀典裁判長は、一審で鑑定書として証拠採用された広島国税局財務事務官の報告書について『一審が鑑定書に当たるとして事実認定に用いたのは違法。判決に影響を及ぼすことが明らかな手続きの法令違反がある』とした。」(2018.1.12)

一審判決の決め手とされた証拠が、証拠能力のないものとして排斥されたのだ。禰屋さんが、無罪となる可能性はきわめて高い。

この広島国税局財務事務官の報告書については、次のように問題にされていた。
「岡山・倉敷民商弾圧事件・禰屋町子さんの控訴審初公判が(2017年)10月27日、広島高裁岡山支部で開かれました。長井秀典裁判長は、『国税査察官報告書』を鑑定書扱いした一審判決に疑問を投げかける『意見書』を証拠採用しました。裁判の流れが大きく変わる可能性も指摘されています。裁判所が証拠採用したのは、立命館大学大学院法務研究科の浅田和茂教授が刑事法学の観点から検討した『意見書』。岡山地裁判決が『鑑定書』として扱った国税査察官報告書について『必ずしも特別の専門的知識を用いたものとはいえない』とした上で、『査察官は訴追者そのものであって第三者としても鑑定人とはいえない』と指摘。さらに『たとえ書面の内容が鑑定にあたり査察官が第三者に当たるとしても、他の査察官の報告書の利用は再伝聞であって、そのままでは証拠能力を有しない』と断定しています。」(全国商工新聞2017年11月13日号より)

2017年3月3日禰屋裁判の不当判決に対する国民救援会の抗議声明の中に次の言葉が見える。
「禰屋町子さんは本来無罪であり、この事件の真実は、憲法が保障する納税者の自主申告権にもとづき運動をすすめる民主商工会への弾圧である。
禰屋さんは428日間勾留され本犯の建設会社の社長は逮捕も勾留もされず追徴課税があったかも明かされていない。」

また、下記は一審判決以前に書かれた、「週刊金曜日」の解説記事(抜粋)である。筆者は成澤宗男さん。

「逮捕者は428日も勾留――不可解な公安『倉敷民商』捜索
確定申告の際、申告者が作成した決算書の数字を税務ソフトに入力するといった手伝いをしただけで民主商工会(民商)の女性事務局員が脱税がらみの「法人税法違反容疑」等で逮捕・起訴され、しかも当の申告者が逮捕も勾留もされていないのに、何と約1年2カ月間(428日)も勾留される――。こんな異様な事件が、岡山地裁で審理中だ。

この女性は、倉敷民商の事務局員・禰屋町子さん。事件の発端は2013年5月21日、岡山県倉敷市の民商事務所に広島国税局が、当時会員だった建設会社社長夫妻の「脱税容疑」と称して捜索に入ったこと。禰屋さん宅も捜索された。

禰屋さんの容疑は、建設会社の経理担当者の指示に従い、単にパソコンの会計ソフトの入力作業や振替伝票の作成を行なったことが脱税(法人税法違反)を「幇助」し、さらに資格がないのに税理士の業務をした(税理士法違反)というもの。だが、家宅捜索で押収された164点の書類中、この建設会社関連のものはごくわずかで、大半が容疑と関係のない倉敷民商の会議議事録や会員の名簿、スケジュール表といった組織の内部資料で占められていた。

しかも、この種の経済事件とはまったく管轄外のはずの岡山県警公安部は翌2014年1月21日、禰屋さんを「法人税法違反」で逮捕したのに続き、2月には「税理士法違反」で再逮捕。だが、脱税当事者であるはずの建設会社社長夫妻は後に在宅のまま懲役1年6カ月・執行猶予付きの有罪判決が確定したものの、1日も勾留されず、なぜか広島国税局の捜索すら受けていない。

つまり、形式上脱税事件の「主犯」を単に「幇助」した立場の禰屋さんが、「主犯」が免れた国税局の捜索や勾留を強いられた上に、勾留日数も428日にも及ぶという異常な事件だ。さらに検察側は肝心の建設会社の脱税に関し、現在まで重加算税が課せられたのかどうかの事実すらも明らかにしていないという不自然さだ。弁護側は、「禰屋さんが一貫して容疑の否認を貫いたため、裁判所が事実上の制裁を課した人権侵害だ」と抗議している。」

「かりに民商側の行為が違法でも通常は反則金等の行政罰で足りるケースだ。それを管轄外の公安警察が捜索し、「主犯」でもない逮捕者を長期勾留するのは、「中小企業会員の『自主計算・自主申告運動』を続けてきた民商に対する、権力の弾圧」(須増事務局次長)と批判されても仕方ないだろう。」

禰屋さんの428日間の勾留は、有罪判決を前提とした刑の執行の前倒しにほかならない。禰屋さんが無罪判決を受けたとする。無実の者が、確定判決もないままに428日間もの自由刑の執行を受けて、自由を失ったことになる。この自由の喪失は、取返しがつかない。

昨年(2017年)7月31日に逮捕され、以来半年になろうとする長期勾留中の籠池夫妻の場合も同様だ。私たちは、政権の意向を忖度した近畿財務局の関係者の8億円値引きが背任に当たるとして告発した。この公務員らの背任こそが主たる犯罪で、籠池の補助金詐欺容疑はこれに付随する微罪というべきものだろう。

にもかかわらず、近畿財務局の関係者には何のお咎めもなく、籠池側は逮捕されて半年間の勾留。独房の中で年越しを余儀なくされた。このような事件では、もっと柔軟に保釈の活用あってしかるべしである。そうでないと、裁判所までが弾圧事件に加担していることになる。
(2018年1月15日)

江戸期訴訟制度の教科書として百姓一揆の訴状が使われていた

世の中、知らないことばかりだが、ときに、知らなかったというだけでなく、「えっ?」「どうして?」と盲点を衝かれたような事実を知らされることがある。「闘いを記憶する百姓たち:江戸時代の裁判学習帳」 (八鍬友広著:吉川弘文館・歴史文化ライブラリー、2017年9月刊)の読後感がそれ。

この本で、筆者が「目安往来物」と名付けるジャンルがあることを初めて知った。これが、意外なもので興味が尽きない。

「往来物」とは、中世から近世にかけての庶民階層の教科書である。寺子屋は、官製の小学校と張り合って、明治の中期までは盛んだったというから、往来物もその頃までは命脈を保っていたことになる。もともと「往来」とは、「消息往来」の意味で書翰の往復を意味した。模範的な手紙文が、教科書のはじめであったことは容易に肯ける。

やがて、「庭訓往来」「商売往来」「百姓往来」「名所往来」等々の各種往来物が出回り、これによって子どもたちが読み書きを憶え、文章の作法を心得、その内容を通じて算術や商売の基礎や農事を身につけ、地理や歴史や伝承を習い、礼儀や道徳も学んだ。

「目安」とは、訴状のことである。もともとは箇条書きにした「見やすい」文書のことだったが、近世以後はもっぱら訴状を指すという。この用語は8代将軍吉宗の「目安箱」で有名だが、目安箱は江戸城外辰ノ口の評定所(幕府の司法機関)に置かれた。「目安箱」とは、庶民の不満についての「訴状」受け付け窓口だったのだ。

だから、「目安往来物」とは、江戸期の庶民が訴状のひな形を教科書にして、読み書きを習い、同時に「訴状」の書き方を学んでいたというのだ。しかも、この「目安」は、貸金請求や、家屋明渡請求、離婚請求の類の訴状ではない。歴とした現実の百姓一揆の「訴状」なのだ。生々しくも、百姓一同から、藩や幕府への訴状。まずは、具体的な要求を整理して列挙し、その要求の正当性を根拠づける理由を述べるもの。領主や代官の理不尽な圧政、それによる領民の苦しみ、そしてその怒りが暴発寸前にあること、事態がこのまま推移した場合の領民たちの決起の決意、等々を順序立てて説得力ある文章でなくてはならない。これを、江戸期の庶民が教科書として繰りかえし書き写し、その文体を身につけ、さらにはこの訴状を書いた先人を義民と讃える口碑の伝承とともに、反権力の作法を学んでいたのだ。

筆者八鍬友広の見解によれば、苛政に対して庶民が実力での蜂起を余儀なくされていた「一揆の時代」は江戸初期までで、幕藩体制の整備とともに、江戸中期以後は「訴訟社会」になっていたという。そのため、人々は先人の一揆の訴状を教材として、訴訟制度の利用に知恵を磨いたのだという。けっして、幕末に幕政の権力統制が衰退したから、反体制の文書が許容されたという事情ではないとのことだ。

その見解に安易に同意はしがたい。しかし一揆の訴状の教科書化は、連綿として苛政への反抗の精神を承継することに貢献しただろう。何よりも、我が国の近世には反権力的訴訟があったこと、また反権力的訴訟制度を学習してこれを利用しようとする運動の伝統があったとの歴史的事実には、まことに心強いものがある。

権力や強者の苛斂誅求や理不尽があったとき、被圧迫者はけっして泣き寝入りしない。団結し連帯して闘おうとするのだ。訴訟制度があれば訴訟を手段として、訴訟制度を手段とすることができなければ、実力をもってする。これは、万古不易変わらない。

この書物で蒙を啓かれたのは、実力をもってする一揆と、法と理をもってする訴訟制度の利用とが、明確につながっていることだ。そのことが、「闘いを記憶する百姓たち」というタイトルと、「江戸時代の裁判学習帳」というサブタイトルによく表れている。江戸中期以後、苛政にあえぐ庶民たちは、一揆に立ち上がった先人たちの闘いの精神や犠牲を忘れず、これを教材に訴訟制度の利用方法を学習したのだ。

私も、現代の訴訟に携わるものとして、一揆の精神を受継した先人の心意気を学びたいと思う。
(2018年1月14日)

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