澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

安倍改憲阻止のために(その1)

※はじめに
本日(8月17日)の学習会。ご指定のタイトルが、「改憲阻止のために」。
そして、次のテーマに触れるよう、事前のご注文をいただいています。
第1 改憲の危機・情勢等
第2 立憲主義・個人の尊厳等
第3 天皇代替わり関連のこと

以上の第1が、「憲法をめぐる政治情勢」。第2が「憲法の構造をどう理解するか」という基本問題。そして、第3が象徴天皇制をめぐるトピックのテーマと理解して、報告を進めます。

なお、かなり長いので、第1を本日(8月17日)、第2・第3を明日(8月18日)の各ブログにアップいたします。

第1 改憲の危機・情勢等
1 憲法をめぐる大状況
実は、改憲の危機はこれまで常にあったし現にある、と言わねばなりません。日本国憲法成立以来、憲法は一貫して危機にあったのです。
自民党が、「自主憲法制定は結党以来の党是」としている如く、戦後の保守政権は、一貫して憲法を敵視し、あわよくば改憲を狙い続けてきましました。
ほぼ一貫して、このような保守政権を支え続けてきたのが国民であり、また、改憲策動を許さず、憲法を守り抜き、定着させてきたのもまた国民です。
改憲反対の側から見れば、保守が邪魔とする憲法であればこそ、護るべき意義があると言えると思います。

2 安倍政権の改憲志向
その保守のホンネを語る貴重な文化財が自民党改憲草案(12年4月27日)です。そのようなホンネを恥ずかしげもなく実現しようとする真正右翼・改憲主義者が政権を把握しました。それが、安倍晋三です。
安倍政権とは、
国家主義・軍事大国主義・歴史修正主義・新自由主義を理念とし、
「親大日本帝国憲法・叛日本国憲法」路線の政権です。

3 「安倍改憲」提案の経過
☆安倍ら改憲派にとっては、明文改憲が必要なのです。戦争法(安保関連法)はようやく成立させたけれど、憲法9条の壁を乗り越えられず、「不十分なもの」にとどまっている。「フルスペックの集団的自衛権行使」はできないままとなってる。今のままでは、同盟国・アメリカの要請に応じての海外派兵はできない。だから、何とかしての「9条改憲」なのです。
☆しかも、改憲ができそうな情勢ではありませんか。改憲派が、各院の3分の2を超える議席をもっている。今のうちなら、改憲の現実性がないとは言えません。
☆2017年5月3日 安倍は、右翼改憲集会へのビデオ・メッセージを送り、同時に読売新聞紙面で、「アベ9条改憲」を提案します。ご存じのとおり、現行の9条1項2項には手を付けず、そのまま残して、「自衛隊を憲法に明記するだけ」の改憲案です。この改憲を実現して、2020年中に施行するというのです。
☆実は、その種本は、日本会議の伊藤哲夫「明日への選択」に掲載された論文です。
彼は、一方では、「力関係の現実」を踏まえての現実的提案としていますが、もう一つの積極的な狙いを明言しています。「護憲派の分断」という戦略的立場です。
つまり、これまでの護憲派の運動は、「自衛隊違憲論派」と「自衛隊合憲(専守防衛)派」の共闘で成立している。この両者の間に楔を打ち込むことが大切だというのです。
☆その1年後の2018年3月25日、自民党大会がありました。予定では、この大会までに党内意見を一本化して、華々しく9条改憲を打ち上げる手筈でした。何とか、改憲原案については党内の「憲法改正推進本部長一任」までは取り付けましたが、全然盛り上がらない。現実には4項目の「たたき台・素案」作成にとどまるものでした。
☆その後速やかに、改憲諸政党(公・維)と摺り合わせ→「改正原案」作成、の予定とされていましたが、現在与党内協議さえ、まったく緒についていない現状です。
☆当初は、2018年秋の臨時国会にも、「改正原案」上程の予定でした。
衆院に『改正原案』発議→本会議→衆院・憲法審査会(過半数で可決)
→本会議(3分の2で可決)→参院送付→同じ手続で可決
『改正案』を国民投票に発議することになる。
☆60~180日の国民投票運動期間を経て、国民投票に。
国民投票運動は原則自由。テレビコマーシャルも自由。
有効投票の過半数で可決。
☆「安倍のいるうち、両院で3分の2の議席あるうち」が、改憲派の千載一遇のチャンスなのです。裏から見れば、安倍を下ろすか、各院どちかでも3分の2以下にすれば良い、と言うことなります。
☆そのような視点からは、2019年7月の参院選→改憲派の3分の2割れは由々しき事態です。しかも、自民は9議席減らして、相対的に公明の発言力が強くなっていますが、その公明が世論の動向を気にして、改憲協議に応じようとはしないのです。
☆しかも、現在、衆参両院の憲法審査会は機能していません。これを無理やり動かそうとした下村博文が、却って与野党の関係者から批判を浴びている現状です。大島衆院議長を批判した萩生田光一も肩身の狭い思いを強いられています。

4 「安倍9条改憲」の内容と法的効果
★「自民党改憲草案・9条の2」は、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。」という勇ましいものです。自衛隊ではなく、堂々の国防軍をもちたいのです。これが、安倍晋三のホンネ。
★さすがにそれは無理。「たたき台素案・9条の2」はこうです。「前条(現行憲法9条)の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高指揮官とする自衛隊を保持する。」
☆安倍改憲では、堂々の国防軍は持たない。「自衛のための実力組織」としての自衛隊しか持ちません。しかし、よく読めばお分かりのとおり、9条1項2項の規定はそのまま置かれることにはなりますが、新しい定義の自衛隊を持てるというのです。これは、現行の9条を死文化することになります。自衛隊の中身は、時の多数派の意向次第。
「従って、本来ないはずの軍事力」が明文で合憲化されます。軍事の公共性が認められることにもなります。自衛隊員募集協力への強制や、土地収用法・騒音訴訟・戦争被害賠償訴訟にも、沖縄・辺野古基地関連訴訟にも大きく影響します。
☆しかも、戦争法を合憲化し、集団的自衛権行使が可能となり、海外派兵も容易になります。

5 緊急事態条項の危険性
制憲国会での金森徳次郎の次の答弁が示唆的です。
「緊急事態条項は、権力には調法だが、民主主義と人権には危険」

だから、新憲法には、緊急事態条項を盛り込まなかったのです。

権力と民主主義、調法と危険は、相反するのです。

(2019年8月17日)

「表現の不自由展・その後」の再開を求める署名活動のご報告

私も呼びかけ人の一人となった、「表現の不自由展・その後」の再開を求める緊急署名活動のご報告。

昨日(8月15日)、醍醐聰・浪本勝年・岩月浩二の3氏が、愛知県庁と名古屋市役所を訪ねて、署名簿を提出して申し入れを行った。正確には、名古屋市長には抗議のうえ「不当な発言の謝罪・撤回」を要請し、愛知県知事には中止した状態となっている企画展の再開を要請したことになる。提出した署名は、用紙署名が3509筆、ネット署名が3182筆の合計6691筆だった。8月6日から14日までの短期間でのもの。

愛知県庁で応接されたのは、文化芸術課・トリエンナーレ推進室主幹の朝日真氏。名古屋市役所では、文化振興室長上田剛氏だったとのこと。その後に県政記者クラブで記者会見し、その模様が数紙に掲載されている。

醍醐氏らは「テロや脅迫などに屈することなく、行政が毅然とした姿勢を示し、憲法が保障する『表現の自由』を守るため展示再開を求めた、と報道されている。

気になるのは、この要請に対して県担当者は「県への脅迫などの数は減ったが、今も続いている。再開へのハードルは来場者や職員、会場の安全の確保」と答えました、とされていること。

名古屋市の姿勢は論外だが、愛知県の姿勢にも問題があるのではないか。「断固として、違法な妨害行為から、表現の自由を守り抜く」という気概が感じられない。これでよいのだろうか。

繰り返すが、批判の言論は自由である。右翼にも産経にも、「表現の不自由展・その後」の表現内容や愛知県がこのような企画展を主催することについて、批判の言論を展開する自由は当然にある。しかし、批判を超えての害悪の告知は、脅迫罪を構成する犯罪であって、けっして許されることではない。害悪の告知や有形力の行使による企画展の妨害は、法定刑懲役3年の威力業務妨害罪に当たる。右翼メディアも、批判の言論を超えて、企画展の実力による妨害を煽動してはならない。

威力業務妨害罪の保護法益は、業務の安全かつ円滑な遂行とされる。業務の安全を脅かし円滑な遂行を困難ならしめれば犯罪として成立する。愛知県が主催しても、この企画展は非権力的行為として公務ではなく業務に当たる。犯罪成立の要件としての威力における有形力の程度は、公務執行妨害罪の成立に要求される暴行、脅迫よりも軽度のもので足りるとされる。電話・ファクス・メールあるいは口頭での害悪の告知があれば、遠慮なく警察に告訴をすべきである。現場での録音・撮影による証拠の保全に万全を期すべきでもある。愛知県は、県警と十分な連携のもと、違法な犯罪行為から、企画展を守り抜かなければならない。そのことが、日本国憲法の理念を護ることにつながる。

「不自由展」再開に向けては、「ニコン慰安婦写真展中止事件」の教訓を学ぶべきだろう。当事者は、今回の「表現の不自由展」出品者16名の一人となっている、安世鴻さんである。

2012年に、ニコンの運営する東京と大阪のニコンサロンで開催が予定されていた従軍慰安婦の写真展が、ニコン側からの突然の通告で中止となった。ニコンは「諸般の事情」としか言わなかったが、在特会をはじめとする右翼からの抗議や、ネット上でのニコン製品不買運動の呼びかけが原因と報道された。

安世鴻は東京地裁に仮処分を申し立て、予定のとおりに写真展示会場を使用させることを命じる決定を得た。ニコンは仮処分異議抗告と争ったがいずれも破れて、東京での写真展は実現した。その後の損害賠償請求本訴で、東京地裁は安世鴻勝訴の判決を言い渡した(2015年12月25日)。賠償金額は110万円だった。

問題は、外部からの抗議や申し入れが激しいことを理由に、ニコンが展示会を中止できるかにあった。当然のことながら、外部からの抗議や申し入れが激しいというだけで、中止が認められるわけはない。万全の防衛策を尽くしてなお、具体的な危険が予測される場合にはじめて、中止の可否が検討されるべきことになる。しかし、その場合には、刑事的な対応が可能となる事態と言うべきであろう。

法体系が、無法に屈して表現の自由侵害を看過するとは考えられない。ニコン写真展事件でも、判決は「ニコンの対応に正当な理由はない」とした。
(2019年8月16日)

権力や権威を批判する「言論の自由」を死守しよう ― 74年目の敗戦記念日に

8月15日である。74年前のこの日に戦争が終わった。

日中戦争・太平洋戦争が手痛い敗北によって終わったというだけでなく、明治維新以来幾たびも繰り返された、飽くなき侵略戦争もこの日以後はない。あの日以来74年、曲がりなりにも、日本は平和を享受してきた。

戦争こそ、最大の人権侵害であり、最大の環境破壊である。そして、最大最悪の凶悪犯罪でもある。明治維新以来今日まで、およそ150年の前半は、我が国が戦争に明け暮れた歴史だった。野蛮な天皇制が支配する軍国主義国家として侵略戦争を繰り返してきたのだ。富国強兵のスローガンのもと、国民には滅私奉公が強いられた。故なく、近隣諸国民を憎悪し侮蔑する差別感情が煽動される国家でもあった。

74年前の8月、敗戦とともに国家の原理は転換した。ポツダム宣言第6項は、「日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。」という。この「勢力」の頂点に天皇が位置することに争いの余地はない。8月14日ポツダム宣言受諾をもって、主権は天皇から国民に転換したものと考えられる。

74年前の敗戦の日は、日本の近代を分かつ日であった。戦争と平和と。天皇主権と国民主権と。国家主義と人権尊重と。戦争終結の記念日は、天皇支配終焉の記念日でもあり、国民主権・民主主義・人権尊重の国家が再出発した記念日とも重なる。

本日。戦争責任を自覚することも表明することもないままに亡くなった当時の天皇(裕仁)の孫が、天皇(徳仁)として全国戦没者追悼式で式辞を述べた。そのなかに前天皇(明仁)の式辞とほぼ同文の次の一節がある。

「ここに過去を顧み、深い反省の上に立って再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り、戦禍に倒れた人々に対し、全国民とともに、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」。

この文言が、内閣の助言と承認を経てのものであるかについて疑義なしとしないが、「深い反省」の言葉があることは、注目に値する。同じ場での首相・安倍晋三の式辞には、反省も責任の一言もないのだから、印象際だつものがある。憲法前文のフレーズを引用して、「今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことをせつに願い」と言っていることも、同様である。

ただし、天皇の「深い反省」は曖昧模糊としたものである。天皇は、「ここに過去を顧み、深い反省の上に立って再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」と述べたが、過去を顧み」とは、どのような過去の歴史をどのように顧みたのだろうか。戦争の惨禍をもたらした天皇の責任についての自覚はあるだろうか。過去の侵略戦争が、天皇が唱導した聖戦とされていた歴史的事実を十分に顧みているだろうか。「上官の命令は天皇の命令」として軍規を律した過去についてはどうか。天皇制否定の思想を死刑に値する犯罪とした治安維持法をもって平和運動を弾圧した過去などは、天皇の脳裏にあるだろうか。

「深い反省」とは、いったい何をどう反省しているのだろうか。まさか、負けるような戦争をしたことではあるまい。戦争をしたこと自体であろうし、戦争するような国を作ったことの反省でなくてはらない。「反省」には責任がともなうことは自覚されているだろうか。どのように責任をとるべきだと考えているのだろうか。

今、私たちは、再び戦前の過ちを繰り返してはならないことを自覚しなければならない。言論の自由を錆びつかせてはならない。好戦的な政府の姿勢や、歴史修正主義の批判に躊躇があってはならない。附和雷同して、国益追求などのスローガンに踊らされてはならない。近隣諸国への差別的言動を許してはならない。平和憲法「改正」必要の煽動に乗じられてはならない。

かつての臣民に戻ることを拒否しよう。主権者としての矜持をもって、権力を持つ者からも、権威あるとされる者からも、操られることを厳格に拒否しよう。

権力や権威を批判する「言論の自由」を死守しよう。そして、一切の差別につながる言論を拒否しよう。平和を擁護するために。次代に、平和な社会を手渡すために。
(2019年8月15日)

天皇の靖国神社参拝を許してはならない。

下記は、昨日(8月13日)配信の共同記事(但し、過剰な敬語は省いている)。
靖国神社が昨秋、当時の天皇(現上皇)に2019年の神社創立150年に合わせた参拝を求める極めて異例の「行幸請願」を宮内庁に行い、断られていたことが13日、靖国神社や宮内庁への取材で分かった。靖国側は再要請しない方針で、天皇が参拝した創立50年、100年に続く節目での参拝は行われず、不参拝がさらに続く見通しだ。
天皇の参拝は創立から50年ごとの節目以外でも行われていたが、1975年の昭和天皇が最後。78年のA級戦犯合祀が「不参拝」の契機となったことが側近のメモなどで明らかになっている。

**************************************************************************

「行幸請願」とは、天皇の公式参拝要請以外のなにものでもない。天皇の公式参拝を違憲と名言したのが、岩手靖国訴訟控訴審判決(仙台高等裁判所・1991年1月10日)である。同判決は、詳細な理由を付して、「天皇、内閣総理大臣等による靖國神社公式参拝が実現されるように要望する旨の岩手県議会議会の議決」を違憲違法とした。靖国神社による天皇参拝要請と軌を一にするもの。

靖国神社が天皇に「違憲の公式参拝」を求めたというのだから、これは大きな事件なのだが、実は内容がよく分からない、いらいらさせる記事となっている。

「昨秋」の請願と拒否が、なぜ今頃報じられるに至ったのか。このニュースは、誰がどのようにリークしたのか。なぜこれまで伏せられていたのか。何よりも知りたいのは、宮内庁ないしは内閣がどのように関わり、どのような理由で拒否をしたのか。閣議にかけられたのか、宮内庁ではいかなる稟議書が作成されたのか。決裁の文書にはどう記載されているのか。宮内庁長官宛と思われる「行幸請願書」は誰も情報公開請求をしていないのか。

いったい、「昨秋」とはいつのことなのか。小堀邦夫前宮司が、「陛下は靖国神社を潰そうとしていらっしゃる」発言で物議を醸し、退任したのが2018年10月末日。山口建史現宮司就任が11月1日付である。「行幸請願」と「拒否回答」とは、宮司交代時期とどう関わっているのか。

今朝(8月14日)の東京新聞は、こう報じている。(敬称は略)

 上皇は在位中に参拝しておらず、平成は天皇参拝のない初の時代となった。関係者によると、靖国神社は昨年九月、平成中の参拝を促すため、宮中祭祀を担う宮内庁掌典職に過去の天皇の参拝例を示し、参拝を求める行幸請願をした。

 掌典職は代替わりを控えた多忙などを理由に、宮内庁長官や天皇側近部局の侍従職への取り次ぎも「できない」と回答したという。共同通信の取材に対し、掌典職は「参拝について判断やコメントをする立場にない」としている。

 靖国側は「断られた」と判断、創立二百年の参拝も確約されないことから「将来も参拝は難しくなった」と受け止めた。代替わり後の再要請について取材に「(陛下の参拝を)お待ち申し上げる立場」と回答し、行わない方針だ。

**************************************************************************
靖國神社は、1969(明治2)年6月29日の東京招魂社鎮座・第1回合祀祭の日をもって創建の日としている。函館戦争終結(5月18日)直後のこと。周知のとおり、幕末の騒乱から戊辰戦争にかけての官軍側の戦死者だけを合祀している。日本国民を、天皇に服属する者としからざる者とに分断する思想にもとづいてのことであるが、死者をも未来永劫に差別しようという天皇制の苛烈な一面をよく表している。怨親平等という、古くから日本人に馴染んだ感性とはまったく異質なもの。日本の伝統的死生観とは、およそ相容れない。

以来、150年。靖国神社は、敗戦を挟んで天皇のために戦死したものを祀る天皇の神社であり、軍国の神社であり続けた。その神社が、天皇に行幸を請願して断られたという。まことに皮肉な話ではある。泉下の《英霊》たちも、さぞかし戸惑っているのではないか。

**************************************************************************
問題は幾重にもあるが、前掲の岩手靖国訴訟控訴審判決から、関係する判示の一部を抜粋引用しておきたい。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail5?id=16653

《戦前における天皇の靖国参拝》
戦前における天皇の参拝は、国の公式儀礼としての参拝であり、内閣総理大臣の参拝は、いわば天皇の随臣としての性格を有するものであった。

《戦後における天皇の靖国参拝》
☆戦前における天皇、内閣総理大臣の靖國神社参拝は、国の機関として行われたものであるが、戦後における参拝については、新憲法が定めた信教の自由、政教分離との関係で、さまざまな問題が生じた。
☆昭和二七(1952)年四月二七日、日本国との平和条約の発効により、連合国の占領が終了して我が国が独立を回復し、神道指令が効力を失った後、現在の日本遺族会の前身である日本遺族厚生連盟を中心に、国民の間に、靖國神社を再び国営化ないし国家護持すべきであるとの運動が起こった。
☆昭和五〇(1975)年頃からは、右運動に代わり、従来、天皇及び内閣総理大臣その他の国務大臣が靖國神社に私的資格で参拝していたことについて、公的資格で参拝すべきであるとの運動が展開されるに至った。しかし、天皇の靖國神社参拝に関する質問主意書に対する昭和五〇年一一月二八日付け政府答弁書で、従来行われた天皇の靖國神社参拝はいずれも私的参拝にとどまることが確認されて以後、公式参拝の働きかけは、内閣総理大臣その他の国務大臣に対し集中的に行われるようになった。

《天皇の参拝の法的性格について》
天皇の公的行為は私的行為ではないから、原則として自由に委ねられているものではなく、政治的な意味のない儀礼的行為といわれるものについても、それが宗教とのかかわり合いが問題とされる場合には、政教分離原則の適用を受けるものと解するのが相当である。したがって、…天皇の公式参拝については、その公的行為性をひとまず是認したうえで、それが憲法二〇条三項によって禁止される宗教的活動に当たるかどうかについて判断するのが相当である。なお、同法条の規定する「国及びその機関」の概念は、必ずしも明確ではないが、その立法の趣旨にかんがみれは、天皇もその機関に含まれると解される。

《天皇参拝の違憲性》
☆靖國神社が宗教法人になってからの天皇の公式参拝はなされていないから、その方式及び規模がどうなるかは定かでないが、天皇の公式参拝が行われるとすれば、天皇の公式儀礼としてふさわしい方式と規模を考えなければならず、また、天皇が皇室における祭祀の継承者でもある点をも視野にいれなくではならないであろう。右のような点を考え合わせると、天皇の公式参拝は、内閣総理大臣のそれとは比べられないほど、政教分離の原則との関係において国家社会に計りしれない影響を及ぼすであろうことが容易に推測されるところである。

☆以上、認定、判断したところを総合すれば、天皇、内閣総理大臣の靖國神社公式参拝は、その目的が宗教的意義をもち、その行為の態様からみて国又はその機関として特定の宗教への関心を呼び起こす行為というべきであり、しかも、公的資格においてなされる右公式参拝がもたらす直接的、顕在的な影響及び将来予想される間接的、潜在的な動向を総合考慮すれば、右公式参拝における国と宗教法人靖國神社との宗教上のかかわり合いは、我が国の憲法の拠って立つ政教分離原則に照らし相当とされる限度を超えろものと断定せざるをえないしたがって、右公式参拝は、憲法二〇条三項が禁止する宗教的活動に該当する違憲な行為といわなければならない。

以上のとおり、天皇の靖国参拝は、首相の参拝以上の大きな違憲問題なのだ。けっして、天皇を靖国に「行幸」させてはならない。
(2019年8月14日)

74回目の「敗戦の日」を目前に

ご近所の皆様、本郷三丁目交差点をご通行中の皆さま。こちらは平和憲法を守ろうという一点で連帯した行動を続けております「本郷・湯島九条の会」です。私は近所に住む者で、憲法の理念を大切にし、人権を擁護する立場で、弁護士として仕事をしています。

真夏の真昼時、まことに暑いさなかですが、平和を守ろう、憲法9条を大切にしようという熱い願いの訴えです。少しの時間耳をお貸しください。

74年前の8月、東京は度重なる空襲で焼け野原となっていました。1945年8月15日正午、国民に敗戦を知らせる天皇の言葉が、NHKラジオの電波に乗って焼け跡の東京に響きました。国力を傾け尽くし、310万人の自国民死者と、2000万人にも及ぶ近隣諸国の犠牲者を出した末に、ようやくにして悲惨な侵略戦争は終わりました。

こんな戦争を始めなければ、もっと早く戦争を終わらせていれば、何百万もの貴重な命が失われずに済んだはずなのです。多くの人の戦死による記録が残されていますが、とりわけ住民を巻き込んでの地上戦となった沖縄の体験は悲惨でした。沖縄では、多くの中学生・女学生が戦場に動員されなくなりました。

第一高女と師範女子部からなる「ひめゆり学徒隊」の悲劇が有名ですが、実は9校あったすべての高等女学校の生徒が動員されています。第二高女の4年生は、45年の3月から「白梅学徒隊」として、第24師団の野戦病院に配属されました。

読売新聞社会部が1980年に「沖縄 白梅の悲話」という記録集を出版しています。その中から、戦死した二人の女学生の例を紹介いたします。いずれも、15才か16才の年齢。その若さで認めた家族への手紙が事実上の遺書となって記録されています。その内容に驚かされます。

お一人は、大嶺美枝子さん。
白梅学徒隊は、6月4日に現地解散し、「各自行動」の指令となります。その後間もない9日の夜、大嶺さんは直撃彈で戦死。彼女は、動員直前に、母親宛の手紙を書いています。

「お母様、いよいよ私達女性も出動できますことを心から喜んでおります。お母様も喜んで下さい。『皇国は不滅である』との信念に燃えて生き延びてきました。軍と協力して働けるのはいつの日かと待っておりましだ。いよいよそれが報いられたのです。いま働かねばいつの日働きますか。私は暖かいお母様のお教えを生かして一人前の立派な日本女性となる覚悟で居ります。
お母様、私の身軆のすべてを大君に捧げたのです。男でも女でも忠を尽くす信念は一つです。私達の身軆は国が保証して下さるのです。何の心配もなさらないで下さい。散る時には立派な楼花となって散って行きます。その時には家の子は偉かったと賞めて下さいね。」

母親の感想は、掲載されていません。心中いかばかりだったことでしょう。

もう一人は、仲村渠幸子さん。終戦の前年1944年夏頃に、姉(第一次女子挺身隊として沖縄から滋賀の近江航空に動員されていた)に宛てた手紙が遺されています。
姉さん、戦いも益々熾烈を極め、サイパン島玉砕の報を知った時には熱い涙がこみあげ、宿敵米撃ちてし止まむの意気旺盛になり、今迄の生ぬるい生活を断然、制裁しております。
……那覇では近頃、疎開騒ぎで荷車や荷馬車が夜昼となくガラガラと大通りを行くのを見るにつけ此の沖縄が戦場化されると思うと私達が玉砕するのも今年中でせう。おばあさんは相変わらず頑固で、疎開なんかしませんので頼もしい。他府県の人は総引き上げで、級友は6名も転校してしまいました。私達は純粋なる琉球人ですから居残って、ヤンキー共の首の二つや三つは竹槍で刺し殺してから玉砕する覚悟です。上級学校希望も捨てました。代わりに女子整備兵を希望して大いに運動して居ります。~」

彼女の最期については、このようだったと言います。
「彼女は防衛隊の父の戦死を知った夜、『仇を討ってやる』と、石部隊の兵に混じり軍服を着てハチマキを締め斬り込みに行った。家族が止めても止めても聞かなかったという。どの様な最後であったか不明のままである。」

生き残った元学徒からは、その悲劇の原因として、皇民化教育が語られています。無数の悲劇を重ねて、1945年8月15日、戦争が終わります。1931年から始まった長い長い戦争でした。再び、この戦争の惨禍を繰り返してはならない。多くの人々の切実な思いが、平和憲法に結実しました。とりわけその9条が、再びの戦争を起こさないという国民の決意であり、近隣諸国への誓約でもあります。

大日本帝国憲法は戦争を当然の政策と考えた、軍国主義憲法。主権者である天皇の名による戦争を神聖で正当なものとし、国民に戦争参加の義務を押し付けた憲法でした。戦後の日本国民は、きっぱりとこの好戦憲法を捨て去り、平和憲法を採択したのです。以来74年、私たちの国は戦争をすることなく、過ごしてきました。

日本国憲法は、戦争を放棄し戦力を保持しないことを憲法に明確に書き込みました。それだけではなく、この憲法には一切戦争や軍隊に関わる規定がありません。9条だけでなく、全条文が徹頭徹尾平和憲法なのです。戦争という政策の選択肢を持たない憲法。権力者が、武力の行使や戦争に訴えることのないよう歯止めを掛けている憲法。それこそが平和憲法なのです。

ところが、歴代の保守政権は、この憲法が嫌いなのです。とりわけ、安倍政権は憲法に従わなければならない立場にありながら、日本国憲法が大嫌い。中でも9条を変えたくて仕方がないのです。

彼が言う「戦後レジームからの脱却」「日本を、取り戻す」とは、日本国憲法の総体を敵視するという宣言にほかなりません。「戦後」とは、1945年敗戦以前の「戦前」を否定して確認された普遍的な理念です。人権尊重であり、国民主権であり、議会制民主主義であり、なによりも平和を意味します。戦後民主主義、戦後平和、戦後教育、戦後憲法等々。戦前を否定しての価値判断にほかなりません。安倍首相は、これを再否定して「戦前にあったはずの美しい日本」を取り戻そうというのです。

戦後74年、日本国憲法施行以来72年、国民は日本国憲法を護り抜いてきました。それは平和を守り抜くことでもありました。そうすることで、この憲法を自らの血肉としてきました。平和は、憲法の条文を護るだけでは実現できません。国民の意識や運動と一体になってはじめて、憲法の理念が現実のものとして生きてきます。平和憲法をその改悪のたくらみから護り抜き、これを活用することによって恒久の平和を大切にしたいと思います。

そのため、安倍9条改憲を阻止して、「戦後レジームからの脱却」などというふざけたスローガンを克服して行こうではありませんか。夏、8月、暑いさなかですが、そのような思いを新たにすべきとき。憲法9条と平和を大切にしようという訴えに、耳をお貸しいただき、ありがとうございました。

**************************************************************************

各 位

「本郷・湯島九条の会」石井 彰

強烈な炎天下での昼街宣になりました。平和運動の方、文京労連の方もご参加いただき13名の方々がマイクでの訴え、署名、リーフ配布とみなさん大活躍でした。みんな汗びっしょりです。ほんとうに頭が下がります。

三度の大戦許すまじの熱い思いた熱暑を払い除けての活躍です。こんな素晴らしい仲間がいることを誇らしく思います。お盆でいつもより人通りは少なくても多くの方が訴えに耳を傾けていただきました。

来月は9月10日(火)12時15分~です。多くの方のご参集をお待ちしています。炎暑はまだ続きます。御身専一にお過ごしくださるようお願い申し上げます。

(2019年8月13日)

「表現の不自由展・その後」の再開を ― 緊急ネット署名のお願い

再々度のお願いです。

署名簿は、ネット署名に添えられたメッセージ集を添えて、8月15日(木)午後に愛知県知事に持参提出いたします。その際に、記者会見も予定しています。

署名の趣旨は、下記の2点です。
1.主犯者というべき河村名古屋市長に謝罪を求める。
2.企画展の即時再開を求める。

時期が切迫していますので、できるだけネット署名でお願いします。
8月14日、24時まで受け付けます
*ネット署名(入力フォーマット)→ http://bit.ly/2YGYeu9
ぜひ、メッセージもお寄せください。
メッセージ一覧のURL    → http://bit.ly/2LZz0RR

*用紙署名(署名用紙のダウンロード)  → http://bit.ly/2Ynhc9H
・用紙署名の場合は、記入済用紙のスキャンをメール添付で
<mailto:morikakesimin@yahoo.co.jp> 宛てにお送りください。
*ご自分の署名を済まされた方も、呼びかけの拡散をお願いします。

**************************************************************************

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展『表現の不自由展・その後』の中止は、「表現の自由」や民主主義の時代状況を反映する象徴的事件となった。この企画展は、8月1日から10月14日までの予定で、名古屋市内の愛知県立美術館でスタートしたが、右翼の妨害で8月3日をもって中止とされた。今、再開のメドは立っていない。

この企画展の実行委員が掲げている公式コンセプトは以下のとおりである。
 「表現の不自由展」は、日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された展覧会。「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条、政権批判など、近年公共の文化施設で「タブー」とされがちなテーマの作品が、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示した。今回は、「表現の不自由展」で扱った作品の「その後」に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示する。

また、津田大介芸術監督のコメントはこう言っている。
「表現の不自由展・その後」という企画は、日本の公立美術館で、一度は展示されたもののその後撤去された、あるいは展示を拒否された作品の現物を展示し、現物だけではなく、撤去あるいは拒否された経緯とともに展示を行うという趣旨のものです。撤去された実物とともにその経緯を来場者が鑑賞することで、非常に議論が分かれる「表現の自由」という現代的な問題に対して、その状況に思いを馳せ、どこまでが許される表現なのか、そのことを議論するきっかけにしたい、その問題提起を行いたいということがこの展覧会の趣旨です。
 あいちトリエンナーレ実行委員会、そして「表現の不自由展」の実行委員会、そして芸術監督である僕、津田大介が企画内で展示されている個々の作品に対して、何らかの賛否を述べるものではありません。

以上の企画のコンセプトは銘記されなければならない。
この社会には、多様な意見がある。そして、民主主義社会には多様な意見が共存していることが、大切なのだ。特定の意見の表明を妨害してはならない。

多様な意見について、それぞれ表現の自由が基本的人権として保障されなければならない。それだけでなく、多様な言論が「言論の自由市場に」共存していることが、民主主義を支えるものとして、尊重されなければならない。多様な意見の内、時の政権や時の多数派に親和的な意見が、表現を妨害されることはない。しかし、時の政権を厳しく批判し、時の多数派の耳に心地よくない意見は、往々にして表現の妨害に遭う。しかし、それでは社会が貴重な意見に接するチャンスを失うことになる。民主主義における「少数意見の尊重」とは、そのことを指している。

現に、我が国においては、「慰安婦」・天皇と戦争・植民地支配・憲法9条・政権批判などのテーマにおける表現が妨害され侵害されている。その「表現の不自由」の実態を可視化して、ことのもつ意味を問題提起しようというのが、この企画展の趣旨だった。

ところが、「ガソリン携行缶を持って行く」などとテロ行為をほのめかす脅迫や嫌がらせ電話、それらの行為を煽るに等しい政権の要人や自治体の首長の発言が、はからずも「表現の不自由」の実態を再確認する事態となってしまった。そのことは、この社会の民主主義の未成熟を物語るものでもある。

もちろん、このような企画に対する批判の言論の自由は保障されている。しかし、脅迫や暴行をほのめかし、威力を持って企画を妨害することは犯罪行為として許されない。

いま、その許されざる妨害行為によって、民主主義の基礎が揺らぐ事態となっている。妨害者たちは、気に入らない表現に対して、匿名の電話やファクス、メールを集中することでつぶすことができるという、成功体験に昂揚している。政権も、右派メディアも、電波メディアも、基本的に自分たちの味方であると確認してもいる。

今必要なのは、この企画妨害者たちの成功体験を打ち砕くこと。そのための企画再開をさせることだ。まずは、表現の自由や民主主義の価値を大切に思う、多くの人の声を集約しなければならない。
その手段としてのネット署名に、ぜひともご協力をお願いします。

もちろん、実効性があるのは法的手続である。ニコン写真展と同様の、「展示再開を命じる民事上の仮処分」も、行政訴訟としての「展示中止処分」の取消訴訟の提起と、これにともなう執行停止もあり得よう。あるいは、愛知県民からの住民訴訟の活用も考えられる。事後的には、電話・ファクス・メール等で明らかに違法な妨害行為をした個人を特定して、損害賠償請求も提起しなければならない。違法を放置してはならない。

今は、理性にもとづく世論を喚起することで、再開を求めたい。ぜひとも、ネット署名にご協力を。

(2019年8月12日)

産経社説の妄論を駁す ― 「表現の不自由展・その後」について

「表現の不自由展・その後」の中止問題について、メディアがどんな見解を出しているか。すこし検索してみて、右派メディア状況の一端を見た。日本のメディアは、いつころからこんなにも劣化してしまったのだろう。

8月7日【産経主張】(社説)のタイトルにはすこし驚いた。「愛知の企画展中止 ヘイトは『表現の自由』か」これに反論の形で、私の意見を語りたい。

ヘイトと言えば、嫌韓・反中、そして在日バッシング。当然に右翼の専売である。一瞬、産経も改心して、「嫌韓・反中、在日バッシングのヘイト表現を許さない」立場を宣言したかと錯覚したが、どうもそうではない。産経の言うヘイトとは、日本や日本人に対する批判の言論をいうものの如くなのだ。書き手によって、言葉の意味まで違ってくる。

 芸術であると言い張れば「表現の自由」の名の下にヘイト(憎悪)行為が許されるのか。そうではあるまい。だから多くの人が強い違和感や疑問を抱き、批判したのではないか。憲法は「表現の自由」をうたうとともに、その濫用をいさめている。

 「芸術であると言い張れば『表現の自由』の名の下にヘイト(憎悪)行為が許される」と言っている誰かがいるのだろうか。芸術であるか否かに関わらず、「表現の自由」が保障されるべきは当然だし、民族差別や蔑視のヘイト言論が違法になることも論を待たない。

産経その他の右派が、「表現の不自由展・その後」の展示中止を支持する根拠は、「多くの人の強い違和感や疑問」あるいは「批判」だという。その当否はともかく、ここで語られているものは、「少数派には多数派を不快にする表現の自由はない」という露骨な傲慢である。「自由を保障されるべきは、権力や多数派が嫌悪する表現である」という、自由や人権の基本についての理解が欠けている。

産経はまことに乱暴に、「表現の自由の濫用」を濫用している。「表現の自由も濫用にわたる場合には制約を免れない」という一般論から、中間項を省いて唐突に「表現の不自由展・その後」の展示も制約しうるとの結論に至っている。「表現の自由の濫用として例外的に規制が可能なのは、いかなる場合に限られるか」を検討し吟味し続けてきた、学問的な営みにまったく関心も敬意も持っていない。粗雑というよりは、没論理。安倍首相のいうところの「印象操作」をしているに過ぎない。

 愛知県などが支援する国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が開幕から3日で中止された。直接の理由は展示内容に対する脅迫だとされる。暴力や脅迫が決して許されないのは当然である。

 産経が「暴力や脅迫が決して許されないのは当然である」という枕詞のごとき一言には、怒りも本気も感じられない。はたして産経は、「暴力や脅迫が決して許されないのは当然である」と本気で思っているだろうか。怒っているだろうか。展示内容に対する賛否の意見はともかくとして、「暴力や脅迫によって、平穏な企画が中止に追い込まれた」という、この事態をどれほど深刻な問題として受けとめているだろうか。言論機関として、「暴力や脅迫による表現への攻撃」にこそ、由々しき事態として問題提起し、暴力の再発を戒めるべきではないのか。

 一方で、企画展の在り方には大きな問題があった。「日本国の象徴であり日本国民の統合」である天皇や日本人へのヘイト行為としかいえない展示が多くあった。

 まるで、企画展に問題があったから暴力を招いたと論じているごとくである。のみならず、産経は、表現の自由のなんたるかをまったく理解していない。
表現の自由とは、何よりも権力と権威を批判する自由を意味する。安倍政権も安倍政権支持者も、国民の政権批判の言論を甘受しなければならない。同様に、天皇も天皇支持者も、天皇制批判の言論を甘受しなければならない。それが、表現の自由保障の本来の意味である。憲法には、天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるとする記載がある。しかし、「日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴」を批判してはならないとする法理はあり得ない。表現の自由を含む基本的人権の尊重は、天皇存置よりもはるかに重い憲法理念である。むしろ、天皇は「日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴」であればこそ、国民の批判を免れない立場にあると考えねばならない。

 バーナーで昭和天皇の写真を燃え上がらせる映像を展示した。昭和天皇とみられる人物の顔が剥落した銅版画の題は「焼かれるべき絵」で、作品解説には「戦争責任を天皇という特定の人物だけでなく、日本人一般に広げる意味合いが生まれる」とあった。

 大日本帝国憲法は、天皇を「神聖にして侵すべからず」とした。その憲法下、刑法に不敬罪や大逆罪まで設けた。国体(天皇制)の否定は治安維持法でも苛酷に処罰された。出版法、治安警察法が、天皇批判のあらゆる言論を取り締まった。そのような暗黒の時代の再来を許してはならない。産経が、いかに天皇に敬愛の念深くとも、天皇や天皇の戦争責任追及の表現を中止に追い込む事態に賛意を表してはならない。それは、自らが拠って立つ、言論出版事業の自由の否定につながるからである。

 「慰安婦像」として知られる少女像も展示され、作品説明の英文に「Sexual Slavery」(性奴隷制)とあった。史実をねじ曲げた表現である。

 「史実をねじ曲げた表現」は当たらない。皇軍が、進軍するところに慰安所を設置し、組織的に「慰安婦」を管理したことは、否定することができない歴史的事実である。「史実をねじ曲げた表現」と決めつける前に、展示の内容に謙虚に耳を傾けてみるべきであろう。

 同芸術祭実行委員会の会長代行を務める河村たかし名古屋市長は「日本国民の心を踏みにじる」として像の展示中止を求めた。これに対して実行委会長の大村秀章愛知県知事は、河村氏の要請を「表現の自由を保障した憲法第21条に違反する疑いが極めて濃厚」と非難した。これはおかしい。

 おかしいのは、明らかに河村たかし名古屋市長であり、大村秀章愛知県知事の批判は、常識的で真っ当なものである。これは、水掛け論ではない。憲法の定めがそうなっているのだ。

憲法第12条は国民に「表現の自由」などの憲法上の権利を濫用してはならないとし、「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と記している。今回の展示のようなヘイト行為が「表現の自由」の範囲内に収まるとは、到底、理解しがたい。大村氏は開催を反省し、謝罪すべきだろう。県や名古屋市、文化庁の公金支出は論外である。

ものには、原則と例外とがある。これを取り違えてはならない。「表現の自由の保障」が幅の広い原則で、「表現の自由の濫用」が極めて限定された例外である。まず原則を語るべきが常識で、例外から語り始めるのは、何とか表現の自由を圧殺しようという予めの下心あっての論理の運び以外のなにものでもない。言うまでもなく、例外に当たるというためには挙証の責任を負担するが、「到底、理解しがたい」では、到底挙証責任を果たしているとは言えない。また、公金支出は、特定の政治思想の表現のためになされているのではなく、民主主義の土台をなす表現の自由の現状を世に問うためという公共性高い事業になされており、なんの問題もない。むしろ、公金の差し止めが、恣意的に国策に反する見解を狙い撃ちするものとして問題となろう。

 芸術祭の津田大介芸術監督は表現の自由を議論する場としたかったと語ったが、世間を騒がせ、対立をあおる「炎上商法」のようにしかみえない。

 これは、産経流のものの見方。理由のない結論は、まったく説得力をもたない。

 左右どちらの陣営であれ、ヘイト行為は「表現の自由」に含まれず、許されない。当然の常識を弁えるべきである。

 この産経論説の一番のイヤミは、「左右どちらの陣営であれ」と、公平を装っているところである。自他共に最右派をもって任じる産経が、中立を装っていることが、胡散臭いというよりは滑稽というべきだろう。

産経論説子は、およそ日本国憲法のなんたるかを知らず、大日本帝国憲法への郷愁を「当然の常識」としてものを語っているに過ぎない。新聞の社説としては論証に欠けたお粗末なものというほかはないが、産経は、社説を読む読者を軽侮しているのではないか。

 おそらくは、社の大方針の下、結論ありきで書いている社説である。この論調なら、今の社会で、権力に叩かれることも、脅迫にも暴力も遭遇することはない。そういう、温々とした、安全地帯の雰囲気芬々の表現。だから、読者の心を打たない。これに比して「表現の不自由展・その後」の表現者たちは、批判を覚悟、場合によっては脅迫や暴力にさらされることをも覚悟で、必死の表現をしているのだ。それだけで、その表現は貴重であり、表現者は尊敬に値する。
(2019年8月11日)

巨悪の高枕

昨日(8月9日)から、高枕をしてぐっすり眠れるようになった、あの二人に詩を贈ろう。

      晋三をねむらせ、晋三の屋根に雪ふりつむ。

      昭恵をねむらせ、昭恵の屋根に雪ふりつむ。

     疑惑は深く埋められて、ふりつむ雪の底の底。

**************************************************************************
昨日(8月9日)のこと。学校法人森友学園への国有地売却や、これに関わる財務省関連文書の改ざんなどをめぐる問題で、大阪地検特捜部は、被告発者全員を再び不起訴処分とした。

もともと被告発者は38名に上るものだった。大阪地検特捜部は、これを一括全員不起訴として国民の怒りを招いた。さすがに、大阪第一検察審査会は、そのうち10名について、「不起訴不当」と議決した。その中には、近畿財務局の国有財産管理官(当時)や、佐川宣寿・元同省理財局長らが含まれ、大阪地検特捜部はこれを再捜査していた

再捜査後の2度目の不起訴処分については、8月10日現在告発人代理人である私の許には通知が届いていない。だから、正式には処分があったとは言いがたいのだが、大阪地検特捜部が記者を集めて発表したのだから間違いはなかろう。

大阪第一検察審査会の本年3月15日議決(通知書は同月29日付で作成されている)が強制起訴につながる「起訴相当」でなく、「不起訴不当」であったため、検審による2度目の審査は行われず、強制起訴への道はない。この2度目の全員不起訴処分をもって、特捜部は捜査を終結する。なんということだ。安倍政権への濃厚な忖度疑惑を解明することなく、刑事事件としては幕引きにするのだ。
「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」の会員で、告発人となった19名とその代理人は、昨日(8月9日)、以下の「見解」を公表した。

**************************************************************************

2019年8月9日

大阪地検の不起訴処分決定に関する私たちの見解

 (原処分)平成29年検第17422号 
 刑事告発人 醍醐聰外18名
 同告発人ら代理人弁護士  澤藤統一郎
 同            杉浦ひとみ
 同            佐藤 真理
 同            澤藤 大河

(1)大阪地方検察庁は、私たちが背任で告発した森友学園への国有地の不当な値引き売却事件について、本日、再度、不起訴処分を発表した。
 大阪地検は不起訴処分の理由を公にしていないが、いわゆる「前打ち報道」によると、地中にごみが一定量存在していたことは確かだとし、起訴には至らないと判断したとのことである。
 しかし、私たちは、様々な証拠資料を挙げて、地下埋設物が存在したとしても、それは値引きの根拠となる「瑕疵」、すなわち、工事の支障となるものではなかったと訴えたのであるから、上記の不起訴理由は私たちの告発に全く答えない不真面目なものである。

(2)大阪地検は当初の不起訴処分の理由として、瑕疵に見合う値引きをして売却を急がなければ森友学園側から損害賠償の訴えを起こされる可能性があったと語った。しかし、大阪第一検察審査会も不起訴不当の議決をした理由として記載したように、そうした提訴は、森友学園の顧問弁護士でさえ、勝算の見込みが乏しいものだった。
 このような反証を再捜査でどう解明したのか、説明もないまま、再度の不起訴で幕引きを図ることを私たちは到底、容認できない。

(3)加えて、財務省は近畿財務局に交渉記録の改ざんを指示したり、森友学園側にゴミ撤去を偽装する口裏合わせの工作を持ち掛けたりしたことが国会の場で明らかになった。そうした一連の工作は、近畿財務局や財務省がやましい背任があったことを認識し、それを隠ぺいする工作を行なった事実を赤裸々に物語るものである。
大阪地検が、こうした事実に目を背け、参議院選挙が終わったこのタイミングで再度、不起訴処分の決定を発表したのは、安倍首相夫妻が深く関与した本件を、出来レースの国策捜査で幕引きしようとするものに他ならず、司法の威信、国民からの信頼を失墜させるものである。

 私たちは巨悪を眠らせる今回の不起訴処分に厳重に抗議するとともに、これからも公文書の改ざん問題も含め、真相解明を願う多くの市民と協力して事件の真相を追求する努力を続けていく。

以上

**************************************************************************
「巨悪を眠らせるな」は、東京特捜から検事総長となった伊藤栄樹の言葉であった。「巨悪を眠らせるな、被害者と共に泣け、国民に嘘をつくな」というのが、彼の部下に対する訓示であったという。

統治の機構は、法の支配を貫き人権侵害を防止する観点から、相互監視と牽制の実効性が確保されていなければならない。とりわけ、権力機構の頂点に立つ者の独善や暴走を許さない検察の役割はこの上なく重要である。検察が「巨悪」と表現するのは総理大臣、あるいは、総理クラスの大物政治家を意味する。佐藤栄作・池田勇人・田中角栄・金丸信…等々。

かつては、検察の「巨悪を眠らせるな」というセリフには、リアリティが感じられた。今はなくなってしまったが、安倍忖度へのメスを入れることが、その汚名を挽回する千載一遇のチャンスだった。にもかかわらず、検察は自らそのチャンスをつぶしたのだ。「巨悪を眠らせるな、被害者と共に泣け、国民に嘘をつくな」と言った検察の魂は、今どこへ行ったのか。

刑事事件としては幕が引かれても、市民運動は幕を下ろさない。この疑惑を追及し続けよう。安倍政権の政治の私物化を糾弾する声を上げ続けよう。
(2019年8月10日)

文京写真展「日本兵が撮った日中戦争」の出足好調

東京は暑い。熱い。アツ~イ。8月上旬の東京の暑さは尋常ではない。油断していると命に関わる、と言って誇張ではない。

この暑さのさなかに、来年は東京でオリンピックだという。とても正気の沙汰ではない。いったい誰が、こんな無謀なことをたくらんだのか。来年確実に起きるであろう悲劇に、誰がどのように責任をとれるのか。

一旦始まった戦争が、今さら引き返すことなどできないと、国の破滅まで突っ走ったのと、同じ構造ではないか。

その戦争の実態を語り伝えようという、平和を願う文京・戦争展「日本兵が撮った日中戦争」。猛暑のさなかに出足は好調である。昨日(8月8日)午後だけで、ほぼ400人が訪れた。狭い展示室に熱気が感じられる。

アンケートの回収率がとても高いというのが、主催者の感想。みな、戦争に対して一言いわねばならないという気持になっている。

東京新聞の記事を読んで、後援申請を不承認とした文京区教育委員会に抗議の意味で参加という人がかなりいた。あと2日、ぜひご来訪いただきたい。まず、この企画を宣伝したい。

「日本兵が撮った日中戦争」

平和を願う文京・戦争展
文京・真砂生まれの村瀬守保写真展

DVD上映 証言1 侵略戦争
      証言2 中国人強制連行
文京空襲  語り部 小林暢夫さん
(8月10日午後2時より)

と き 8月 8日(木) 13:00~18:00
    8月 9日(金) 10:00~20:00
    8月10日(土) 10:00~16:00
ところ 文京シビック1階 アートサロン(展示室2)
入場無料

2年半にわたり中国各地で撮影し、家族に送られた日本兵の日常

村瀬守保さん(1909年~1988年)は1937年(昭和12年)7月に召集され、中国大陸を2年半にわたって転戦。カメラ2台を持ち、中隊全員の写真を撮ることで非公式の写真班として認められ、約3千枚の写真を撮影しました。天津、北京、上海、南京、徐州、漢口、山西省、ハルビンと、中国各地を第一線部隊の後を追って転戦した村瀬さんの写真は、日本兵の人間的な日常を克明に記録しており、戦争の実相をリアルに伝える他に例を見ない貴重な写真となっています。一方では、南京虐殺、「慰安所」など、けっして否定することのできない侵略の事実が映し出されています。

 一人一人の兵士を見ると、
 みんな普通の人間であり、
 家庭では良きパパであり、
 良き夫であるのです。
 戦場の狂気が人間を野獣に
 かえてしまうのです。
 このような戦争を再び
 許してはなりません。
村瀬守保 

**************************************************************************

この企画展の後援申請を不承認とした文京区教育委員会の委員5名の氏名を再度明示しておきたい。そして、ぜひとも、汚名を挽回していただきたい。
 教育長 加藤 裕一 
 委 員 清水 俊明(順天堂大学医学部教授)
 委 員 田嶋 幸三(日本サッカー協会会長)
 委 員 坪井 節子(弁護士)
 委 員 小川 賀代(日本女子大学理学部教授)

なお、教育委員の報酬は月額231,500円である。月一回の定例会に欠席しても全額が支払われる。ぜひ、区民の期待に応える委員であって欲しい。

**************************************************************************

河村名古屋市長に抗議し、「表現の不自由・企画展」の再開を求める緊急署名に引き続きご協力を

こちらの緊急署名もぜひご参加よろしくお願いします。

8月1日に愛知芸術文化センターで始まったばかりの「表現の不自由展」。テロを予告した犯人の一人が逮捕されましたが、表現の自由擁護派と妨害派の衝突は、抜き差しならないところまで来ています。

安倍官邸と、河村名古屋市長そして維新の松井・吉村が、歴史修正主義と表現の自由妨害派としてのタッグを組む構図が鮮明になってきました。

「表現の不自由展」を中止のままにしておくことは、今後に禍根を残すことになります。ぜひとも、再開させなければならないと思います。

署名簿は、8月13日(火)に、第一次集約の上、8月15日(木)の午後に署名簿を持参して愛知県知事宛提出と決まりました。記者会見も予定しています。

署名の趣旨は、下記の2点です。

1.主犯者というべき河村名古屋市長に謝罪を求める。

2.企画展を即時、再開すること

この署名は短期・集中的に成し遂げなくてはなりません。

下記の要領で、よろしくお願いします。

 

署名用紙のダウンロード(プリントしてお使い下さい)

→ http://bit.ly/2Ynhc9H

ネット署名 → http://bit.ly/2YGYeu9 メッセージもぜひ

ネット署名に添えられたメッセージ一覧 → http://bit.ly/2LZz0RR

(2019年8月9日)

文京区教育委員会の見識を問う ― なぜ「日本兵が撮った日中戦争」写真展の後援申請を却下したのか

8月は、戦争を語り伝えるべきとき。あの戦争とは、いったいなんだったのだろう。戦地の生活とは、どんなものだったのか。そして銃後は。戦争とは、日常とどのようにつながり、どのように離れていたのだろうか。その戦争は、どうして起こったのか。どうして防げなかったのか。誰が、どんな思惑で戦争をたくらんだのか。いや、全国民の熱狂が戦争を欲したのだろうか。どうすれば、戦争の体験は、世代を超えて継承できるのだろうか。

そのようなことを語り伝え、考えるべき8月には、いくつもの恰好の企画がある。私の身近にも、今日から3日間、こんな企画がある。まず、これを宣伝したい。

「日本兵が撮った日中戦争」

平和を願う文京・戦争展
文京・真砂生まれの村瀬守保写真展

DVD上映 証言1 侵略戦争
      証言2 中国人強制連行
文京空襲  語り部 小林暢夫さん
            (8月10日午後2時より)

とき8月 8日(木) 13:00~18:00
  8月 9日(金) 10:00~20:00
  8月10日(土) 10:00~16:00
ところ 文京シビック アートサロン(展示室2)
入場無料

2年半にわたり中国各地で撮影し、家族に送られた日本兵の日常

村瀬守保さん(1909年~1988年)は1937年(昭和12年)7月に召集され、中国大陸を2年半にわたって転戦。カメラ2台を持ち、中隊全員の写真を撮ることで非公式の写真班として認められ、約3千枚の写真を撮影しました。天津、北京、上海、南京、徐州、漢口、山西省、ハルビンと、中国各地を第一線部隊の後を追って転戦した村瀬さんの写真は、日本兵の人間的な日常を克明に記録しており、戦争の実相をリアルに伝える他に例を見ない貴重な写真となっています。一方では、南京虐殺、「慰安所」など、けっして否定することのできない侵略の事実が映し出されています。

 一人一人の兵士を見ると、
 みんな普通の人間であり、
 家庭では良きパパであり、
 良き夫であるのです。
 戦場の狂気が人間を野獣に
 かえてしまうのです。
 このような戦争を再び
 許してはなりません。
           村瀬守保 

**************************************************************************

さて、ここからが暑苦しい話題。

この企画の主催者は、日中友好協会文京支部(代表者は、小竹紘子・元都議)である。同支部は、今年の5月31日付で、文京区教育委員会に後援を申請した。お役所用語では、「後援名義使用申請書」を提出した。

その申請書の「事業内容・目的」欄にはこう記載されている。

「保護者を含めて戦争を知らない世代が、区民の圧倒的多数を占めています。従って子どもたちに1931年から1945年まで続いた戦争日中戦争、太平洋戦争について語り伝えることも困難になっています。文京区生まれの兵士、村瀬守保氏が撮った日中戦争の写真を展示し、合わせて文京空襲の写真を展示し、戦争について考えてもらう機会にしたい。」

なんと、この申請に対して、文京区教育委員会は「後援せず」という決定にしたという。このことが、8月2日東京新聞朝刊<くらしデモクラシー>に大きく取りあげられた。

同記事の見出しは、日中戦争写真展、後援せず」「文京区教委『いろいろ見解ある』」、そして「主催者側『行政、加害に年々後ろ向きに』」というもの。

 日中戦争で中国大陸を転戦した兵士が撮影した写真を展示する「平和を願う文京・戦争展」の後援申請を、東京都文京区教育委員会が「いろいろ見解があり、中立を保つため」として、承認しなかったことが分かった。日中友好協会文京支部主催で、展示には慰安婦や南京大虐殺の写真もある。同協会は「政治的意図はない」とし、戦争加害に向き合うことに消極的な行政の姿勢を憂慮している。

 同展は、文京区の施設「文京シビックセンター」(春日一)で八~十日に開かれる。文京区出身の故・村瀬守保(もりやす)さん(一九〇九~八八年)が中国大陸で撮影した写真五十枚を展示。南京攻略戦直後の死体の山やトラックで運ばれる移動中の慰安婦たちも写っている。

 同支部は五月三十一日に後援を区教委に申請。実施要項には「戦場の狂気が人間を野獣に変えてしまう」との村瀬さんの言葉を紹介。「日本兵たちの『人間的な日常』と南京虐殺、『慰安所』、日常的な加害行為などを克明に記録した写真」としている。

 区教委教育総務課によると、六月十四日、七月十一日の区教委の定例会で後援を審議。委員からは「公平中立な立場の教育委員会が承認するのはいかがか」「反対の立場の申請があれば、後援しないといけなくなる」などの声があり、教育長を除く委員四人が承認しないとの意見を表明した。

日中友好協会文京支部には七月十二日に区教委が口頭で伝えた。支部長で元都議の小竹紘子さん(77)は「慰安婦の問題などに関わりたくないのだろうが、歴史的事実が忘れられないか心配だ。納得できない」と話している。

 村瀬さんの写真が中心の企画もあり、二〇一五年開催の埼玉県川越市での写真展は、村瀬さんが生前暮らした川越市が後援。協会によると、不承認は文京区の他に確認できていないという。

 協会事務局長の矢崎光晴さん(60)は、今回の後援不承認について「承認されないおそれから、主催者側が後援申請を自粛する傾向もあり、文京区だけの問題ではない」と話す。「このままでは歴史の事実に背を向けてしまう。侵略戦争の事実を受け止めなければ、戦争の歯止めにならないと思うが、戦争加害を取り上げることに、行政は年々後ろ向きになっている」と懸念を示した。

なんと言うことだろう。戦争体験こそ、また戦争の加害・被害の実態こそ、国民が折に触れ、何度でも学び直さねばならない課題ではないか。「いろいろ見解があり、中立を保つため」不承認いうのは、あまりの不見識。「南京虐殺」も「慰安所」も厳然たる歴史的事実ではないか。教育委員が、歴史の偽造に加担してどうする。職員を説得して、後援実施してこその教育委員ではないか。

「戦争の被害実態はともかく、加害の実態や責任に触れると、右翼からの攻撃で面倒なことになるから、触らぬ神を決めこもう」という魂胆が透けて見える。このような「小さな怯懦」が積み重なって、ものが言えない社会が作りあげられてていくのだ。文京区教育委員諸君よ、そのような歴史の逆行に加担しているという自覚はないのか。

文京区教育委員会事案決定規則(別表)によれば、この決定は、教育委員会自らがしなければならない。教育長や部課長に代決させることはできない。その不名誉な教育委員5名の氏名を明示しておきたい。

すこしは、恥ずかしいと思っていただかねばならない。そして、ぜひとも、汚名を挽回していただきたい。
教育長 加藤 裕一 
委員 清水 俊明(順天堂大学医学部教授)
委員 田嶋 幸三(日本サッカー協会会長)
委員 坪井 節子(弁護士)
委員 小川 賀代(日本女子大学理学部教授)

なお、教育委員の報酬は月額231,500円である。月一回の定例会に欠席しても全額が支払われる。その勤務ぶりについて、下記の区議のブログがある。これに、寄せられた区民の声に耳を傾けていただきたい。
http://a-kaizu.net/blog/archives/224
https://blogs.yahoo.co.jp/bunkyokugi/7234471.html

(2019年8月8日)

澤藤統一郎の憲法日記 © 2019. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.