澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

よく似ている。DHCスラップ反撃訴訟の上告理由書と、美々卯スラップ訴訟の訴状と。

(2020年9月25日)
本年(2020年)3月18日に言い渡された「DHCスラップ『反撃』訴訟」控訴審判決。DHC・吉田嘉明両名の私(澤藤)に対する損害賠償請求の提訴を違法として、165万円の支払を命じた。その判決理由において、DHC・吉田嘉明のスラップ提訴の違法を一審以上に明確に認めている点で、私にとって極めて満足度の高いものとなっている。

私の満足は、DHC・吉田嘉明の不満足。両名は、この判決を不服として上訴期限最終日の4月1日(水)に、最高裁宛の上告状兼上告受理申立書を原審裁判所(東京高裁)に提出した。6月1日付の各申立の理由書が最高裁に到着したという通知を9月15日に受け、同日副本送付の申請をして、これを同月17日に受領した。係属は第一小法廷である。その各要旨は、以下のとおりである。

上告理由要旨(R2年(オ)第995号)

 原判決は,上告人ら(DHC・吉田嘉明)の提訴を不当提訴と判示したが,その判断は,憲法32条に違反する。
 上告人ら(DHC・吉田嘉明)が,訴訟提起したのは,披上告人(澤藤)が,8億円を貸付けた動機について政治を金で買ったなどと事実無根の主張をし,それが犯罪動機についての最高裁判所の判例の考え方に従えば,事実の摘示となり,名誉毀損が成立すると考えたからであり,言論の萎縮効果を狙ったからでは毛頭ない。
 また,債務不存在確認訴訟を提起したのは,前訴において,裁判所が,不当提訴には当たらないと判断したからである。
 それにもかかわらず,裁判所が前訴と異なる判断をすることは矛盾挙動であるし,事実の摘示か意見ないし論評かの区別は,通常人が容易に判断できる事項ではない。
 いずれにせよ,原判決は,結論ありきで,上告人ら(DHC・吉田嘉明)の主張に対して全く説得力のない判示をしており,上告人らの裁判を受ける権利(憲法32条)を侵害するものであり,原判決は,すみやかに破棄されるべきである。

上告受理申立理由要旨(R2年(受)第1245号)

 原判決は,申立人ら(DHC・吉田嘉明)の提訴を不当提訴と判示したが,その判断は,不当提訴の要件を判示した最高裁判所の判例に違反しており,民法709条の違法性について重要な法令解釈を誤った違法がある。
 また,対抗言論を経ないで訴訟提起したことを不当提訴の根拠としており,これは,東京高判平成21年12月16日(平成21年(ネ)第2519号)に違反する。
 申立人らが,訴訟提起したのは,相手方(澤藤)が,8億円を貸付けた動機について政治を金で買ったなどと事実無根の主張をし,それが犯罪動機についての最高裁判所の判例の考え方に従えば,事実の摘示となり,名誉毀損が成立すると考えたからであり,言論の萎縮効果を狙ったからでは毛頭ない。
 また,債務不存在確認訴訟を提起したのは,前訴において,裁判所が,不当提訴には当たらないと判断したからである。
 それにもかかわらず,裁判所が前訴と異なる判断をすることは矛盾挙動であるし,事実の摘示か意見ないし論評かの区別は,通常人が容易に判断できる事項ではない。
 いずれにせよ,原判決は,結論ありきで,申立人らの主張に対して全く説得力のない判示をしており,申立人ら(DHC・吉田嘉明)の裁判を受ける権利をも侵害するものであり,原判決は,すみやかに破棄されるべきである。

裁判所を説得しようという迫力はない。すべきではなかった提訴をしてしまったことについての言い訳に終始しているとしか読めない。

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ところで、本日(9月25日)配達された『週刊金曜日』の「金曜アンテナ」欄に、ジャーナリスト北健一さんの「美々卯がスラップ訴訟」「東京都内一斉閉店・従業員解雇の報道に社長が激怒」の記事。このスラップの被告が北さんご自身なのだ。同病相憐れむの強い親近感を抱かざるを得ない。

北さんには、私のDHCスラップ訴訟の公判傍聴や報告集会にも参加していただいた。勝訴判決に祝意のメールもいただいた。ジャーナリストとしての関心からか、出版労連役員としての行動なのかは分からない。この人、とても落ちついた雰囲気で、筆を滑らせるような人には見えない。それでも、スラップの被害者となっているのだ。

私のスラップ訴訟は、DHCと吉田嘉明が原告だった。北さんは、美々卯とその社長薩摩和男が原告。私は6000万円を請求された。北さんは1100万円だが、大阪地裁で応訴を強いられている。私の事件は被告は私一人。北さんは、記事を掲載したダイヤモンド社と編集長も訴えられているという。

 美々卯スラップの訴状には、薩摩社長の「平気で従業員の生活の糧を奪い、その人生を踏みにじる人物である、という仮にこれが真実であれば会社経営者として万死に値する恥ずべき汚名を着せられた」との述懐があるそうだ。

こういうことであろうか。「私・薩摩は、決して平気で従業員の生活の糧を奪い、その人生を踏みにじる人物などではない」。にもかかわらず、「平気で従業員の生活の糧を奪い、その人生を踏みにじる人物と描写されてしまった」。「仮に私が真実そのような人物であるとすれば、会社経営者として万死に値する恥ずべきことである。」しかし、それは事実と異なるので、「私は、その記事によって不実の汚名を着せられた」

これは、DHC・吉田嘉明の言い分とたいへんよく似ている。今回の上告理由書・上告受理申立理由書にも、まったく同文でこんなことが書いてある。
「真実は,脱官僚を目指して頑張っている政治家を支援するためにお金を貸したのに,これを政治を金で買ったなどの誹膀中傷がなされた」

つまりこういうことだ。「真実は,(吉田嘉明は)脱官僚を目指して頑張っている政治家(渡辺喜美)を支援するためにお金(8億円)を貸したのに,これを(澤藤から)『政治を金で買った』などの誹膀中傷がなされた」。美々卯事件の薩摩社長と同じことだ。

「私・吉田嘉明は、決して『政治を金で買う』などと考える人物ではない」。にもかかわらず、「脱官僚を目指して頑張っている政治家(渡辺喜美)を支援するためにお金(8億円)を貸したことを捉えて、あたかも私が、『政治を金で買った』人物と描写されてしまった」。「仮に私が真実『政治を金で買う』人物であるとすれば、まことに恥ずべきことである。」しかし、それは事実と異なるので、「私は、その記事によって不実の汚名を着せられた」。

問題は、吉田嘉明が、政治家(渡辺喜美)に8億円もの裏金を提供したことを、常識的にどう捉えるかということである。政治資金収支報告書にも、選挙運動費用収支報告書にもまったく記載しない、明らかに選挙のための巨額のカネの交付である。これを『政治を金で買った』と表現するに何の差し支えがあろうか。これを司法が咎めるようなことになれば、民主主義社会は崩壊する。

美々卯スラップ訴訟を知っていただくために、また、北さんを支援する意味で、金曜日の記事を紹介しておきたい。

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「東京都内一斉閉店・従業員解雇の報道に社長が激怒」
美々卯がスラップ訴訟

うどんすきの老舗として名高い美々卯(本社・大阪市)とその社長・薩摩和男氏が筆者(北)を訴えた名誉毀損訴訟が波紋を広げている。筆者が執筆した記事が対象で、原告は被告の筆者と記事を掲載したダイヤモンド社、編集長にI100万円の支払いと記事削除、謝罪を求めている。

問題の記事はウェブ媒体「ダイヤモンド・オンライン」に掲載の「『美々卯』 一斉閉店の裏に再開発利権か コロナ便乗解雇の深層」(6月26日付)。美々卯から暖簾分けした東京美々卯が今年5月20日に解散、全6店を閉鎖し約200人の従業員を退職、解雇させた事件の背景を探っている。同社は無借金で、雇用調整助成金も申請することなく解散を決めた。

訴状には薩摩氏が「平気で従業員の生活の糧を奪い、その人生を踏みにじる人物である、という仮にこれが真実であれば会社経営者として万死に値する恥ずべき汚名を着せられた」とある。薩摩氏らは他方で東京美々卯解散や退職・解雇は問題なかったと主張している。問題のないことへの関与がなぜ「汚名」になるのだろうか。

9月16日、大阪地裁で第1回目頭弁論が開かれた。新型コロナ感染防止で万人置きに座る形の傍聴席は関心を持った市民でいっぱいに。薩摩氏は法廷に姿を見せなかったが、被告側の意見を受け、金地香枝裁判長は次回以降も公開の目頭弁論とすることを決めた。

弁論後のミニ報告集会で美々卯元店長が出汁づくりの苦労にふれると、交響楽団でバイオリンを弾く音楽ユニオンの斎藤清さんは「いい味といい音とは共通する。同じ職人として解決を望む」。不当配転と闘う連帯ユニオン・十三市民病院分会の大西ゆみさんは「職人さんは素晴らしい。私も問題が解決したら美々卯に食べにいきたい」と会場を沸かせた。批判封じのスラップ訴訟に見える提訴が却って連帯の輪を広げた格好だ。

次回弁論は‥11月18日13時10分から大阪地裁807号法廷の予定。
北健一 ジャーナリスト

伊藤詩織・大坂なおみ両氏の、この社会での飛び抜けた影響力。

(2020年9月24日)
米誌タイムは、例年「世界で最も影響力のある100人」を選出して発表している。「パイオニア(Pioneer)」「Artists(アーティスト)」「Leaders(リーダー)」「Titans(巨人)」「Icons(アイコン)」の5カテゴリーに分けてのこと。

昨日(9月23日)今年の「100人」が発表になった。日本からは、2人の女性が選出されている。自らの性暴力被害を公表しているジャーナリスト伊藤詩織さんと、人種差別反対を訴えているテニスプレーヤーの大坂なおみさんである。伊藤さんについては「勇気ある告発」で日本人女性の在り方を大きく変えた評価され、大坂さんについては、全米オープンの場で人種差別に抗議、スポーツの領域を超えた存在感を示したと紹介されている。

伊藤さんの選評は、社会学者の上野千鶴子さんが執筆しているという。伊藤さんの告発を機に、日本でほかの女性もセクハラ被害に声を上げるようになったことなどを紹介し、「勇気ある告発で、日本人女性の生き方を永遠に変えた」などとした。

この2人が、今の日本で「最も影響力のある人物」という、タイムの見識に敬意を表さねばならない。今年は、アベ晋三やスガ菅義偉を選ばず、小池百合子や吉村洋文も、そしてトヨタやホンダの経営者も無視したセンスに肯かざるを得ない。

タイム誌のフェルセンタールCEO兼編集長は「(コロナ禍や反人種差別デモで)6カ月前には考えられない顔ぶれになった。政府首脳ら伝統的な権力者だけではなく、あまり知られていないが素晴らしい人たちも多く含まれている」と述べたという。なるほど、そのとおりとなっている。

さて、伊藤詩織さんである。上野千鶴子さんの選評は、「彼女は性被害を勇敢にも告発することで、日本人女性たちに変化をもたらしました」と評価。「彼女は日本の女性たちにも#MeToo運動に加わることを後押しし、全国の女性たちが花を持って集まり、性被害の経験について語ることで、性暴力に抗議するフラワーデモにも火をつけました」とのこと。

彼女は2017年、山口敬之・元TBS記者から性行為を強要されたことを記者会見で公表した。この件は、刑事事件としては嫌疑不十分で不起訴となり、検察審査会でも「不起訴相当」と判断された。山口敬之と官邸との親密な関係から、この不起訴にまつわる濃厚な疑惑を払拭できない。

その後、伊藤さんは山口を相手に民事訴訟を提起し、2019年12月の一審・東京地裁で勝訴判決を得た。この判決は、「合意のないまま本件行為に及んだ事実」などが認められるとして不法行為の成立を認定している。また、いわゆる「セカンドレイプ」に当たる誹謗中傷表現について、漫画家のはすみとしこや議員の杉田水脈らの責任を追及して損害賠償を求める訴訟を起こしてもいる。

彼女は今回の発表の後、「私の中ではまだまだ変えていくべきところの途中にいると思っています。選ばれたことを見たとき、確実な一歩が踏めたんだなという気持ちになりました」と話したという。

彼女が選出されたカテゴリーは、「パイオニア(Pioneer)」部門であるという。彼女は、その行動によって日本のジェンダー意識を変えた。ジェンダー文化を変革したと言ってもよいかも知れない。まさしく「パイオニア(先駆者)」なのだ。このジェンダー不平等社会を代表する山口敬之や、官邸まで繋がる一連の人脈の男性たち。そして、はすみとしこや杉田水脈ら、多くの野卑な女性たち。こういう人たちの存在の中での、泣き寝入りを拒絶した勇気ある行動が、彼女を「パイオニア(先駆者)」たらしめているのだ。

そして、大坂なおみさんである。こちらは2年連続の選出だが、今年の重みは昨年の比ではない。彼女は、アメリカで広がっている警官による黒人への暴行に抗議する「Black Lives Matter」の主張に賛同して、2020年全米オープンでは、犠牲になった黒人の名前をプリントしたマスクを7着を用意して試合に望み、全7試合に勝利した。

彼女には、「スポーツの場に政治を持ち込むな」「スポーツと政治は混同させるべきではない」という、非難が浴びせられる。だが、このような、ネトウヨ諸君からの誹謗や中傷あればこそ、輝きを増す勇気ある行為であり褒むべき影響力なのだ。

「スポーツの場に政治を持ち込む」とはいったいどんなことなのか、「Black Lives Matter」は「政治」なのか、それがなぜ非難されるべきことなのか、避難者からの説明は一切ない。

大阪さん自身は、「アスリートは政治に関与してはいけない、ただ人を楽しませるべきだと言われることが嫌いです」とはっきりと表明し、「第一に、これは人権の問題です。第二に、なぜ私よりもあなたの方がこの問題について『話す権利』があると言えるのでしょうか? その論理だと、例えばIKEAで働いていたら、IKEAの “グローンリード”(ソファのシリーズ)のことしか話せなくなりますよ」と小気味よく反論している。

報道されている中で、「天気やランチの話をするように、人権について話をすべき」という賛同のコメントが、素晴らしい。

彼女も、日本女性やアスリートの文化を変えた。自分の信念を堂々と表現してよいのだ。とりわけ、人権について、差別についての、見て見ぬふりの沈黙はむしろ『裏切り』でさえある。彼女の発言は、まことに爽やかである。確かに、影響力は大きい。

「与党合意」と、市民連合の「野党共闘の呼びかけ」と ー 是非とも、比較検討を。

(2020年9月23日)
スガ新政権抱負のスカスカぶりに、暗澹たる思いである。下記の9月16日総理就任記者会見を読み直して、改めてそう思う。

コロナ対策も、経済の建て直しも、外交方針も、アベ内閣が失った国民からの信頼回復も、なんともスカスカでしかない。新政権の政策といえば、「省庁の縦割り是正」と「ケイタイ料金の値下げ」くらいではないか。これが総理大臣会見の目玉のテーマであることがさびしい。ケイタイ料金問題など、所轄の大臣か局長のいうべきことではないか。

https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/0916kaiken.html

9月14日自民党の総裁となったスガは、翌15日公明党代表の山口那津男との間で、自公新政権合意文書を作成している。

産経が、「『拉致』消える コロナ、デジタル化前面」と見出しを打って、大要次のとおり、報道している。

 9項目にわたる合意の中で新型コロナウイルス対策に関する項目を新設し、ワクチン・治療薬の確保などを通じ「国民の命と健康を守る」と記した。一方、前回衆院選後の平成29年10月の政権合意に明記した「拉致問題」の解決との文言は盛り込まなかった。

 菅氏の「デジタル庁」構想を踏まえ「デジタル化の推進をはじめ、日本経済社会の脆弱(ぜいじゃく)性を克服する」とも盛り込んだ。憲法改正は前回と同様に「改憲に向けた国民的議論を深め、合意形成に努める」とした。

 自民党と公明党の与党合意の全文は以下の通り。念のためだが、これが全文である。

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 自由民主党、公明党は、新政権発足に当たり、これまでの安倍政権における政権合意(平成二十九年十月二十三日)を継承し、国民のための政策をさらに前へ進めることを確認する。

 現在、わが国は、新型コロナウイルス感染症と、これによる経済や国民生活への影響が広範に及び、未曽有の国難に直面している。自民・公明両党は、この国難を乗り越え、その先に新たな繁栄の道筋を切り拓くため、以下の政策を強力に推進するものとする。

一、新型コロナウイルス感染症(以下、「新型コロナ」)から国民の命と健康を守るため、ワクチン・治療薬の確保をはじめ、医療機関への支援にも全力を挙げる。

二、新型コロナの影響から、産業と雇用を守り、成長軌道に回復させるとともに、国民生活、中小企業、地方などの“安心“を取り戻す。

三、デジタル化の推進をはじめ、日本経済社会の脆弱性を克服する。

四、全ての人が安心して暮らせる全世代型社会保障の構築を急ぎ、とりわけ深刻な少子化を克服するための取組みを強化する。

五、全国津々浦々まで元気にする地方創生を成し遂げる。

六、防災・減災、国土強靱化を強力に推し進めることにより、災害に強い国づくりを進めるとともに、東日本大震災をはじめ、近年の災害からの復旧・復興に全力で取り組む。

七、気候変動対策や環境・エネルギーに関する課題への取組みを加速化させ、エネルギーの安定供給と、持続可能で強靱な脱炭素社会の構築に努める。

八、平和外交と防衛力強化により、国民の生命と財産を守る。

九、衆議院・参議院の憲法審査会の審議を促進することにより、憲法改正に向けた国民的議論を深め、合意形成に努める。

令和二年九月十五日

 自由民主党総裁 菅義 偉

 公明党代表  山口那津男

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他方、野党側である。9月19日、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」は19日、「立憲野党の政策に対する市民連合の要望書 いのちと人間の尊厳を守る『選択肢』の提示を」を発表した。「立憲野党」と、これを支持する人々への呼びかけとなっている。

https://shiminrengo.com/archives/3171

同要望書は、前書きがあり、4本の柱・15項目からなっている。
4本の柱とは、以下のとおり。
(1)憲法に基づく政治と主権者に奉仕する政府の確立
(2)生命、生活を尊重する社会経済システムの構築
(3)地球的課題を解決する新たな社会経済システムの創造
(4)世界の中で生きる平和国家日本の道を再確認する

以下、まず、前書きと15項目の表題だけを紹介する。

はじめに
 私たち、安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合は、2015年の安保法制反対運動以来、憲法に基づく政治を求めてきた。しかし、法と道理をわきまえない安倍晋三政権およびその継続を公称する菅義偉政権の下で新型コロナウイルスの蔓延を迎える状況となった。人間の尊厳を顧みず、為政者の自己正当化のために情報を隠蔽してきた安倍・菅政権の対策が的外れであることは、必然の帰結である。我々は今までの運動の延長線上で、法と道理に基づいて人間の生命と尊厳を守る政治を確立するために運動を深化させなければならない。そして自民党政権に代わり、新しい社会構想を携えた野党による政権交代を求めていきたい。
 政治の最大の使命は、いのちと暮らしの選別を許さないことにある。新型コロナウイルスの危機のさなか、医療、介護、福祉など「この人たちがいないと社会は回らない」エッセンシャルワーカーたちが注目を浴びた。と同時に、このエッセンシャルワーカーたちが、この30年間の「小さな政府」や「柔軟化」を旗印とする雇用破壊によって、過酷な労働を強いられてきたことも明らかになった。彼ら・彼女らの過酷な状況は、一部の企業に富を集中する一方で働く人々に貧困と格差を押し付けてきたこれまでの経済システムの象徴である。個々の人間の尊厳、およびジェンダー平等はじめ互いの平等という基本的価値観の上に立ち、このシステムを転換し、社会を支える人々の尊厳を守ること、さらにすべての働く人々が人間らしい生活を保障されることを、新しい社会像の根幹に据えなければならない。
 次期総選挙は、自民党政権の失政を追及する機会であると同時に、いのちと暮らしを軸に据えた新しい社会像についての国民的な合意、いわば新たな社会契約を結ぶ機会となる。野党各党には、この歴史的な転換を進めるべく、以下の政策について我々と合意し、国民に対して選択肢を提示し、その実現のために尽力するよう要望する。

Ⅰ 憲法に基づく政治と主権者に奉仕する政府の確立
1.立憲主義の再構築
2.民主主義の再生
3.透明性のある公正な政府の確立

Ⅱ 生命、生活を尊重する社会経済システムの構築
4.利益追求・効率至上主義(新自由主義)の経済からの転換
5.自己責任社会から責任ある政府のもとで支えあう社会への転換
6.いのちを最優先する政策の実現
7.週40時間働けば人間らしい生活ができる社会の実現
8.子ども・教育予算の大胆な充実

Ⅲ 地球的課題を解決する新たな社会経済システムの創造
9.ジェンダー平等に基づく誰もが尊重される社会の実現
10.分散ネットワーク型の産業構造と多様な地域社会の創造
11.原発のない社会と自然エネルギーによるグリーンリカバリー
12. 持続可能な農林水産業の支援

Ⅳ 世界の中で生きる平和国家日本の道を再確認する
13. 平和国家として国際協調体制を積極的に推進し、実効性ある国際秩序の構築をめざす。
14. 沖縄県民の尊厳の尊重
15. 東アジアの共生、平和、非核化

そして、以下に各項目の全文を掲載する。時宜を得ての体系性、全面性、現実性が明らかである。与党の自公合意の内容と比較して、その政策としての優位性は余りに明らかではないか。

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立憲野党の政策に対する市民連合の要望書 ー いのちと人間の尊厳を守る「選択肢」の提示を

Ⅰ 憲法に基づく政治と主権者に奉仕する政府の確
1.立憲主義の再構築
 公正で多様性にもとづく新しい社会の建設にむけ、立憲主義を再構築する。安倍政権が進めた安保法制、特定秘密保護法、共謀罪などの、違憲の疑いの濃い法律を廃止する。自民党が進めようとしてきた憲法「改定」とりわけ第9条「改定」に反対し、改憲発議そのものをさせないために全力を尽くす。日本国憲法の理念を社会のすみずみにいきわたらせ、公正で多様な社会を求める市民、企業、団体との連携をすすめ、安倍政権で失われた民主主義の回復に取り組んでいく。

2.民主主義の再生
 主権者が、自分たちの生きる公共の場をどのように作り出すか自由闊達に議論し、決めていくという民主主義を取り戻す。そのために、国会の行政監視機能の強化、選挙制度の見直し、市民参加の制度の拡充、学校教育における自由な主権者教育を実現する。また、地方自治体の自由、自立を確保するために、中央省庁による無用な制度いじり、自治体の創意工夫を妨げる統制、操作、誘導を排し、一般財源を拡充する。

3.透明性のある公正な政府の確立
安倍政権下ですすんだ官邸主導体制の下で、権力の濫用、行政の歪みが深刻化している。政府与党による税金の濫用や虚偽、隠蔽により生じた市民の政府への不信の高まりが、効果的な新型コロナウイルス対策を妨げている。透明性のある公平な行政の理念のもと、科学的知見と事実に基づく合理的な政策決定を確立し、政策への信頼を取り戻すことが求められている。内閣人事局の改廃を含め、官僚人事のあり方を徹底的に再検討する。一般公務員の労働環境を改善し、意欲と誇りをもって市民に奉仕できる体制を確立する。国民の知る権利と報道の自由を保障するために、メディア法制のあり方も見直し、政府に対する監視機能を強化する。

Ⅱ 生命、生活を尊重する社会経済システムの構築
4.利益追求・効率至上主義(新自由主義)の経済からの転換
 新型コロナウイルスの危機は、医療、教育などの公共サービスを金もうけの道具にしてきた従来の改革の失敗を明らかにした。医療・公衆衛生体制、労働法制、教育政策等への市場原理の導入により、社会的な危機が市民の生活の危機に直結する事態が生じている。信頼できる有能・有効な政府を求める世論の要求は高まっている。利益・効率至上主義を脱却し、国民の暮らしと安全を守る新しい政治を目指していく。

5.自己責任社会から責任ある政府のもとで支えあう社会への転換
小さな政府路線と裏腹の自己責任の呪縛を解き、責任ある政府のもとで支えあう社会をめざす。新しい社会をつくりあげるために、財政と社会保障制度の再分配機能を強化する。消費税負担の軽減を含めた、所得、資産、法人、消費の各分野における総合的な税制の公平化を実現し、社会保険料負担と合わせた低所得層への負担軽減、富裕層と大企業に対する負担の強化を図る。貧困対策においては、現金・現物の給付の強化と負担の軽減を組み合わせた実効的対策を展開し、格差のない社会をめざす。

6.いのちを最優先する政策の実現
新型コロナウイルスとそれに伴う経済危機による格差の拡大を阻止するための政策が求められている。医療・公衆衛生体制に国がしっかりと責任をもち、だれでも平等に検査・診療が受けられる体制づくりをめざす。感染対策に伴う社会経済活動の規制が必要な場合には、労働者、企業への補償に最優先の予算措置を講じ、公平性、透明性、迅速性を徹底する。

7.週40時間働けば人間らしい生活ができる社会の実現
先進国の中で唯一日本だけが実質賃金が低下している現状を是正するために、中小企業対策を充実させながら、最低賃金「1500円」をめざす。世帯単位ではなく個人を前提に税制、社会保障制度、雇用法制の全面的な見直しを図り、働きたい人が自由に働ける社会を実現する。そのために、配偶者控除、第3号被保険者などを見直す。また、これからの家族を形成しようとする若い人々が安心して生活できるように公営住宅を拡充する。

8.子ども・教育予算の大胆な充実
出産・子育て費用の公費負担を抜本的に拡充する。保育の充実を図り、待機児童をなくし、安心して働ける社会を実現する。教育予算を拡充し、ゆとりある小中高等学校の学級定員を実現する。教員や保育士が安心して働けるよう、待遇改善をすすめる。教育を受ける機会の平等を保障するために、大学、高専、専門学校に対する給付型奨学金を創設するとともに、大学、研究機関における常勤の雇用を増やす。学問の自由の理念の下、研究の自立性を尊重するとともに、政策形成に学問的成果を的確に反映させる。

Ⅲ 地球的課題を解決する新たな社会経済システムの創造
9.ジェンダー平等に基づく誰もが尊重される社会の実現
雇用、賃金、就学における性差別を撤廃し、選択的夫婦別姓を実現し、すべての人が社会、経済活動に生き生きと参加する当然の権利を保障する。政治の世界では、民主主義を徹底するために議員間男女同数化(パリテ)を実現する。人種的、民族的差別撤廃措置を推進する。LGBTsに対する差別解消施策を推進する。これらの政策を通して、日本社会、経済の閉塞をもたらしていた政治、経済における男性優位の画一主義を打破する。

10.分散ネットワーク型の産業構造と多様な地域社会の創造
エネルギー政策の転換を高等教育への投資と結びつけ、多様な産業の創造を支援する。地域における保育、教育、医療サービスの拡充により地域社会の持続可能性を発展させる。災害対策、感染対策、避難施設の整備に国が責任をもつ体制を確立する。中小企業やソーシャルビジネスの振興、公共交通の確保、人口減少でも安心して暮らせる地域づくりを後押しする政策を展開する。

11.原発のない社会と自然エネルギーによるグリーンリカバリー
地球環境の危機を直視し、温暖化対策の先頭に立ち、脱炭素化を推進する。2050年までに再生可能エネルギー100%を実現する。福島第一原発事故の検証、実効性のある避難計画の策定をすすめる。地元合意なき原発再稼働は一切認めない。再生可能エネルギーを中心とした新しいエネルギー政策の確立と地域社会再生により、原発のない分散型経済システムをつくりあげる。

12. 持続可能な農林水産業の支援
 農林水産業については、単純な市場原理に任せるのではなく、社会共通資本を守るという観点から、農家戸別補償の復活、林業に対する環境税による支援、水産資源の公的管理と保護を進め、地域における雇用を守り、食を中核とした新たな産業の育成を図る。また、カロリーベースの食料自給率について50%をめどに引き上げる。

Ⅳ 世界の中で生きる平和国家日本の道を再確認する
13. 平和国家として国際協調体制を積極的に推進し、実効性ある国際秩序の構築をめざす。
平和憲法の理念に照らし、「国民のいのちと暮らしを守る」、「人間の安全保障」の観点にもとづく平和国家を創造し、WHOをはじめとする国際機関との連携を重視し、医療・公衆衛生、地球環境、平和構築にかかる国際的なルールづくりに貢献していく。核兵器のない世界を実現するため、「核兵器禁止条約」を直ちに批准する。国際社会の現実に基づき、「敵基地攻撃能力」等の単なる軍備の増強に依存することのない、包括的で多角的な外交・安全保障政策を構築する。自衛隊の災害対策活動への国民的な期待の高まりをうけ、防衛予算、防衛装備のあり方に大胆な転換を図る。

14. 沖縄県民の尊厳の尊重
沖縄県名護市辺野古における新基地建設を直ちに中止し、環境の回復を行う。普天間基地の早期返還を実現し、撤去を進める。日米地位協定を改定し、沖縄県民の尊厳と人権を守る。さらに従来の振興体制を見直して沖縄県の自治の強化をめざす。

15. 東アジアの共生、平和、非核化
 東アジアにおける予防外交や信頼醸成措置を含む協調的安全保障政策を進め、非核化に向け尽力する。東アジア共生の鍵となる日韓関係を修復し、医療、環境、エネルギーなどの課題に共同で対処する。中国とは、日中平和友好条約の精神に基づき、東アジアの平和の維持のために地道な対話を続ける。日朝平壌宣言に基づき北朝鮮との国交正常化、拉致問題解決、核・ミサイル開発阻止向けた多国間対話を再開する。

以 上

虚飾なき蓮華と、虚飾に包まれた天皇の権威と。

(2020年9月22日)
秋分の日である。あの猛暑が嘘のような玲瓏な秋日和。不忍池に昨日は3輪の蓮の華を数えたが、本日はおそらくは最後となる一華を視認。本日9月22日を、2020年の「蓮じまいの日」と認定しよう。蓮華の命も彼岸まで。6月半ばから3か月余、目を楽しませていただいた。

国民の祝日に関する法律(祝日法)によれば、秋分の日とは「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨としている。(なお、春分の日は、「自然をたたえ、生物をいつくしむ。」である)

秋分の日は、戦前の「秋季皇霊祭」を受継したもの。「皇霊」とは、明治期皇居内に新設された「皇霊殿」に祀られた《歴代天皇および皇族の霊》のこと。1908年9月制定の「皇室祭祀令」で、春季皇霊祭・秋季皇霊祭ともに大祭に指定され、宮中では国家行事としての春季皇霊祭・秋季皇霊祭が行われた。戦後になって、まさか「国民こぞって歴代天皇をうやまい、しのぶ」などとは言えないので、仏教習俗としての彼岸の定義を趣旨とした。

皇霊祭とは何か。天皇やら皇族やらの権威を、コテコテに盛るための演出のひとつである。なぜ、天皇やら皇族やらの権威を盛る必要があるのか。この世に、人と人との差別が必要だと考えたからである。天皇やら皇族やらを、貴なる存在として特別視することで、その対極に賤なる人々を作ることができる。社会に貴や賎を作れば、その中間段階で無限のバリエーションをもって人と人との差別を作り出すことが可能となる。

天皇やら皇族やらの権威を作り出し維持しようとする人々は、この社会に人と人との差別あることを利益とする人々である。あらゆる差別の根源として、天皇やら皇族やらの尊貴という権威を演出したのだ。

ある生身の人間を、常人とは異なる特別の人間と権威付けるためにどうすればよいか。特別な服装をさせてみよう。特別な場所に住まわせ、ときどき、民衆に見せて手を振らせることにしよう。それだけでは足りない。一見凡庸に見えるこの人物こそ、実は神なる祖先に連なる貴い血筋だということにしよう。そのための皇霊祭なのだ。

もちろん、全ての人は平等である。あまりにも当前のことだ。ところが、いまなお、天皇やら皇族やらを常の人ならぬ神聖な存在とする迷妄が存在し、その迷妄を社会に差別的秩序あることを利益とする人々が支えている。

天皇やら皇族やらの神聖性は、一人の幼児の「王様は裸だ」という一言で吹き飛ぶ虚飾に過ぎない。この儚げな虚飾を剥ぎ取るか、剥がされることを恐れてさらに虚飾を重ねるか、そのせめぎ合いが続いている。

いまだに差別が残る社会である。差別の存在を利益とする者がこの社会を牛耳っているからである。その差別の根源としての天皇の権威を受け入れている人が少なくない。天皇神聖や天皇尊貴の根拠が「血統への信仰」という馬鹿げた虚妄にあるのだから、「血統」による貴賤や優劣の存在を、意識的に徹底して否定しなければならない。今どき、自分の先祖を自慢する愚物を鼻先で嗤ってやろう。天皇であれ華族であれ、その血筋に恐れ入って見せる人を徹底して軽蔑しよう。

不忍池の蓮の華には虚飾がない。あるがままで美しい。社会も、このようでありたいものと思う。今年の「蓮じまい」が惜しい。来年も、あるがままに美しい蓮の華を楽しみたい。

「天安門事件犠牲者追悼集会」弾圧に国際的な批判の声を。

(2020年9月21日)
天安門事件は、1989年6月4日の出来事である。この日、当時昂揚した民衆の民主化運動を、中国政府(共産党)が人民解放軍の武力をもって弾圧した。中国の現代史における恥辱の日として記憶されなければならない。

この武力弾圧による犠牲者の数はよく分からない。中国共産党の公式発表では、「319人」となっているが、信用されていない。「1000人超」説もあれば、「1万人余」説まである。

この事件は、以後中国国内では情報統制の対象となって、あたかもなかったかのごとき扱いだという。これを香港の民主主義は、黙過出来ないとした。毎年6月4日、香港島ヴィクトリアパークにおいて事件で犠牲になった学生たちを追悼する大規模な集会が開催されてきた。2012年にはその参加者が18万人にも達したという。

今年(2020年)の6月4日にも、例年のとおり、香港島ヴィクトリアパークで天安門事件追悼集会が開催された。しかし、今年の集会に警察の許可は下りなかった。理由は、新型コロナウイルスの感染防止のためとされた。この不許可を不当として、会場の公園には数千人の市民が参集した。

香港当局は、不許可の集会に参加の民主活動家24人を起訴した。罪名は「違法な集会に参加した罪」なのだという。香港国家安全維持法が6月末に施行され、民主的活動家らの逮捕や起訴が相次いだ時期のことである。中国共産党の意向による香港民主派への締めつけと捉えられている。

当然に、民主派からの反発は強い。今回の起訴について、主催団体は「集会やデモは香港で認められた市民の権利で、警察は感染防止策を悪用して追悼集会の火を消そうとしている。私たちは弾圧を恐れない」とコメントしている。

その民主派活動家24人の裁判が始まっている。9月15日が第1回の法廷であった。被告人のひとり、李卓人氏はこう述べたという。

「天安門事件を追悼することは私たちの権利だ。天安門事件の追悼は無罪だ」

ところで、天安門事件の責任を追及することは、ひとり香港のみならず国際社会の責務ではないか。天安門事件の追悼を犯罪視している中国の現状に接すると、その思いは一入である。31年前、国際社会は、民主主義と人権を蹂躙した野蛮な中国政府(共産党)を厳しく批判すべきだったのだ。しかし、現実はそうならなかった。日本の対応について、今外交文書が公開されて明らかになっている。

時事通信の「『人権軽視外交』検証を=天安門事件外交文書」という記事が配信されている。記者の秘めた怒りがほとばしるような文章となっている。

「外務省が時事通信の開示請求に対し天安門事件外交文書ファイル9冊(計3123枚)を公開した。西側諸国が対中制裁を強化する中、日本政府はいち早く政府開発援助(ODA)再開に動いたが、当時の詳細な外交方針が判明したのは初めて。」

「(89年6月)22日に作成された極秘文書「わが国の今後の対中政策」には、「わが国が有する価値観(民主・人権)」より「長期的、大局的見地」を重視し、中国の改革・開放政策を支持すべきだと明記。その上で「今次事態の衝撃がなるべく小さくなるよう対処」するとともに、「西側が一致して対中非難等を行うことにより中国を孤立化」することは「得策でない」と基本的考えを記していた。」

日本政府は1989年の天安門事件を受け、犠牲となった市民の人権よりも、国際的孤立に陥った中国共産党に手を差し伸べる外交を優先していた。31年がたち、強大になった中国が、自由を謳歌(おうか)した香港への統制を強化するなど、中国が絡む人権問題が深刻さを増す中、当時の日本の対中外交について徹底した検証が必要だ。
 改革・開放が進めばいずれ自由化・民主化する国なのか、市民に銃口を向けることをためらわない強権国家なのか。国際社会は流血の惨事を目の当たりにし、対中関係で難しい決断を迫られた。
 結局、前者の見方を選択し、国際社会の中に取り込むことで中国の変化を促す「関与政策」が主流となった。日本はその先頭に立ち、軍事拡張路線を続ける中国の経済発展のため政府開発援助(ODA)をつぎ込んだ。天安門事件後の日中外交は、「内政不干渉」の下で中国の政治体制や人権問題に異を唱えず、経済的な実利を追求することで両国関係の安定を目指したものと言えた。
 しかし強国路線を掲げる習近平政権に入り、民主化はますます「幻想」と化した。人権や台湾・香港、南シナ海、尖閣諸島などの問題で、日米欧への対抗を強める中、ポンペオ米国務長官は今年7月、関与政策の失敗を宣言した。
 天安門事件後の日本外交文書によると、日本政府は当時の「弱い中国」を国際的に孤立させれば、「冒険主義的対外政策に走らせる」と懸念した。この分析は共産党の本質を見極めたものだが、孤立させない道を選択したのに、なぜ民主化へと進まなかったのか。
 日本をはじめ各国が、巨大市場に目を奪われ、人権問題などで妥協した関与政策を進めた結果、巨額資金が中国に流れ込み、独裁体制をパワーアップさせてしまったという歴史的側面を忘れてはならない。[時事通信社]

この度明らかになった当時の外交方針のもと、1990年に日本は世界に先駆けて対中円借款凍結を解除して経済的関係を修復し、91年8月には海部俊樹首相が訪中、翌92年4月には江沢民総書記が来日、その年の10月には天皇夫妻に訪中させて、日本は民主・人権問題よりは、経済関係の安定を選択し実行した。その結果が、今日の香港・台湾・内モンゴル・ウィグル、チベットの問題ではないか。

遅きに失してはいようが、日本は、「天安門事件犠牲者の追悼を犯罪として起訴する」中国・香港当局に、「民主・人権」擁護の立場から、厳しい批判をするべきであろう。

首相ではなくなった安倍晋三の靖国神社参拝への批判の視点。

(2020年9月20日)
昨日(9月19日)の午前、安倍晋三が靖国神社を参拝した。「内閣総理大臣を退任したことをご英霊にご報告」のための参拝であったという。

彼は、首相在任中に1度だけ靖国を参拝している。2013年12月26日、虚を衝くごときの突然の参拝だったが、これに対する内外の囂囂たる非難を浴びて、その後自ら参拝することはなかった。しかし、「もう首相でも閣僚でもなくなった」から、「参拝に批判の声はそう大きくはあるまい」、「7年前は厳しく批判したアメリカも、今はオバマではなくトランプの時代だ。参拝しても差し支えなかろう」という思いなのだろう。

右翼が褒めてくれたから だから12月26日はヤスクニ記念日
http://article9.jp/wordpress/?p=4110

それにしても、首相在任時の参拝も、昨日の参拝も、自分の支持基盤である、保守派ないし右翼陣営に対するポーズであるように見える。自分の政治的な影響力を保っておくためには靖国参拝が必要だ、という判断なのだ。まさしく、アベお得意の、印象操作であり、やってる感の演出である。この男、まだまだ生臭い。

当然のことながら、党内の右翼・保守派は首相退任から3日での参拝を歓迎している。戦後75年を迎えた今年8月には、自民党の右派グループ「保守団結の会」(代表世話人・高鳥修一)などから、当時の安倍首相自身による参拝を求める声が上がっていたという。時機は遅れて退任後とはなったが、今回のアベの参拝はこれに応えた形となった。

アベに近い右翼の衛藤晟一は、記者団に「非常に重たく、素晴らしい判断をされた」と褒め、右翼とは言いがたい岸田文雄までが、「(参拝は)心の問題であり、外交問題化する話ではない」と訳の分からぬことを述べている。

岸田の発言は下記のとおりで、恐るべき歴史感覚、国際感覚を露呈している。これが、外務大臣経験者の言なのだ。そして、自民党議員の平均的な靖国観というところでもあろうか。

「国のために尊い命を捧げられた方々に尊崇の念を示すのは、政治家にとって誠に大事なことだ。尊崇の念をどういった形で示すかというのは、まさに心の問題だから、それぞれが自分の立場、考え方に基づいて様々な形で示している。これは心の問題だから、少なくとも外交問題化するべき話ではないと思っている。政府においても外務省においても、国際社会に対して心の問題であるということ、国際問題化させるものではないということを丁寧にしっかりと説明をする努力は大事なのではないか。」

さて、中国が、どのように今回の安倍参拝を批判しているか、実は報道が不足してよく分からない。多くのメディアが、下記の共同配信記事を引用しているが、まったく迫力に欠ける。

 中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)は19日、安倍晋三前首相の靖国神社参拝を速報した。中国外務省が昨年、日本の閣僚の参拝について「侵略の歴史に対する誤った態度だ」と非難したことにも言及した。(共同)

 また、産経は、環球時報(電子版)掲載の「過去長年にわたって参拝していなかったことへの一種の償いだ」とする『専門家の論評』を紹介している。

 外交学院の周永生教授は同紙に「安倍氏は2013年の靖国参拝以降、中国と韓国から強烈な批判を受けて参拝しなくなったために日本の右翼を失望させた」と指摘。現在は日本政府を代表する立場ではなくなったため、首相辞任後すぐに参拝したと分析した。

 こんな見解は、「専門家の分析」というに値しない。このようなものしか紹介されていないのは、今、中国自身が香港や台湾、ウィグル、内モンゴル問題で濫発している「内政干渉」と言われたくないのだろうか。切れ味に欠けること甚だしい。

これに比して、韓国は鋭い。【ソウル聯合ニュース】配信記事では、「韓国外交部は19日に報道官論評を発表し、日本の安倍晋三前首相が太平洋戦争のA級戦犯が合祀(ごうし)されている東京の靖国神社を参拝したことについて遺憾の意を表明した。」としている。その論評とは、次のように紹介されている。

 「安倍前首相が退任直後に、日本の植民地侵奪と侵略戦争を美化する象徴的な施設である靖国神社を参拝したことに対し深い憂慮と遺憾の意を表する」とし、「日本の指導者級の人たちが歴史を正しく直視し、過去の歴史に対する謙虚な省察と真の反省を行動で見せることで、周辺国と国際社会が日本を信頼することができる」と指摘した。

 簡潔ではあるが、要を得た的確な批判になっている。「政教分離」や「公式参拝」という面倒な言葉は使わない。あくまでも、《植民地侵奪と侵略戦争の被害国》の立場から、日本人の歴史観・戦争観を問うものとなっている。

靖国神社を、「日本の植民地侵奪と侵略戦争を美化する象徴的な施設」という。みごとなまでに、靖国問題の本質を衝いた定義である。「日本の指導者級の人たち」による靖国参拝は、「歴史を正しく直視し、過去の歴史に対する謙虚な省察と真の反省」に逆行する行為なのだ。

言うまでもなく靖国神社とは、天皇軍の将兵と軍属の戦没者をその功績ゆえに「英霊」と讃えて、祭神として合祀する宗教的軍事施設である。全戦没者を神として祀ることは、聖戦としての戦争を無条件に肯定することにほかならない。「英霊」に対して、「あなたが命をささげた戦争は、実は侵略戦争だった。」「植民地侵奪と不法な支配、国際法に違反した不正義の戦争だった」とは言いにくい。ましてや、「あなたやあなたの戦友たちは、被侵略地の人々に、人倫に悖る残虐な犯罪行為を重ねた」とは批判しにくい。むしろ、そう言わせぬための、靖国神社という装置であり、祭神を祀る儀式であり、要人の靖国参拝なのである。

靖国に参拝することは、戦争に対する無批判無反省をあからさまに表明することである。「歴史を正しく直視し、過去の歴史に対する謙虚な省察と真の反省の姿勢に立てば、靖国への参拝などできるはずはない」。韓国外交部の論評は、「日本の指導者級の人たち」に、そう語りかけている。

侵略戦争の加害行為を担わされた兵士たちも、実は誤った国策の犠牲者である。国を代表する資格のある者は、全ての戦没者に謝罪しなければならないが、その場所は決して靖国神社であってはならない。

ジャパンライフ山口隆祥ら逮捕 ー アベ疑惑の徹底解明の端緒に。

(2020年9月19日)
立つ鳥跡を濁さず、という。しかし、アベ晋三の飛び立った跡は、濁りっ放しだ。モリ・カケ・サクラ・カジノ・河井・黒川・アベノマスク…、納得できる説明が尽くされたものがひとつでもあるだろうか。あたかも、「我が亡き後は洪水よきたれ」と言わんばかり。アベなきあとだが、なおアベまがいが健在の今である。アベ疑惑の数々について徹底解明が望まれる。まずは、サクラ疑惑の一端である。

昨日(9月18日)、既に倒産したジャパンライフの元会長山口隆祥以下14人が逮捕された。被疑罪名は特別法(預託法)の手続き的な形式犯ではなく、刑法上の詐欺である。彼らは、不特定多数を対象に、巨額の金を巻きあげてきた大規模な詐欺グループなのだ。

彼らの詐欺の手段とされた手口が、いわゆる「預託商法」である。「オーナー商法」とも言われ、かつては「現物まがい商法」「ペーパー商法」とも呼ばれた。これを取り締まる特別法が、「特定商品等の預託等取引契約に関する法律」(略称・預託法)。

この「預託商法」の元祖は、豊田商事である。この詐欺グループは、全国展開して顧客に金地金を売った。いや実は、売った形をつくって代金は受け取るものの、売った金地金の現物を顧客に引き渡すことはない。渡すのは、預り証のみ。つまり、形の上では顧客の所有する金地金を豊田商事が預かって、これを資産として運用し高額のレンタル料を顧客に支払うと約束する商法なのだ。

実は、豊田商事に顧客に売却する金地金の保有はない。だから、顧客から預託を受けて資産運用にまわすべき金地金もない。実態は、預り証という「ぺーパー」を高額で売るだけの悪徳商法なのだ。レンタル料支払い原資となるはずの運用益収入の見込みはなく、預かり期間が経過すれば当然に「返還」しなければならない金地金も存在しない。ただ、新たな顧客から新たな資金を獲得し続けることができる限りで、破綻は先送りになる。しかし、その自転車操業の先送り期間が長く続けば続くほど、破綻した際の被害規模は厖大なものになる。

売買と預託契約がセットとなる対象商品は、金地金や貴金属に限られない。盆栽でも、仔牛でも、ゴルフ会員権でもリゾート会員権でもよい。ジャパンライフの場合は、「磁気ネックレス」「磁気ベスト」などだった。法規制はもともと限定的で、問題が生じる度に規制対象を増やし、規制手段を厳格にしてきた。結局、法の目をくぐった悪徳商法被害を防止することはできず、捜査本部によれば、被害者1万人弱、被害総額約2100億円といわれる、ジャパンライフ事件を防止できなかった。

ジャパンライフ事件は、この深刻な大型悪徳商法被害がどのように生じたのか、その社会的・経済的な原因はどこにあるのか、どうすれば同種事件の再発を防止できるか、そのための立法措置をどうすべきか、等々の問題を投げかけている。

その一般論とは別に、この事件の特殊な背景事情として、悪徳商法グループと、政治家や官僚との密接なつながりが見える。ジャパンライフは、積極的に政治家に献金を重ねてきた。官僚を天下りとして迎えてもいた。そして、政治家や官僚を「広告塔」として使った。

広告塔の最たるものは、ときの総理大臣安倍晋三である。山口に対する首相主催の「桜を見る会」への招待状が顧客の勧誘に最大限活用されている。2015年4月18日の「会」への招待状は、同年2月に発送され、山口は、顧客を集めるためのパンフにこの招待状の写真を掲載して、強力な宣伝材料とした。首相主催の「桜を見る会」への被招待者は、各界の社会的功労者とされているのだから。被害者弁護団によれば、多くの被害者がこの招待状の効果を語っているという。

今回の山口ら逮捕の被疑事実は、「2017年8月4日~11月7日、資金繰りが苦しく配当金の支払いや元本返済ができる見込みがなかったのにそれを隠し、福島、愛知など8都県に住む50~80代の男女12人から契約金として計約8000万円をだまし取った」というものである。そのすべてが、アベの広告塔効果による被害との疑惑を否定し得ない時期のものなのだ。

政治家も行政も、疑惑あれば、誠実にこれを解明すべく説明責任を果たさなければならない。ところが、アベ晋三も、官房長官だったスガも、説明拒否の頑な姿勢を崩さない。説明拒否の唯一の理由が、招待者名簿は破棄されて事実関係の確認の術がない、ということ。この名簿がシュレッダーかけられたのは、2019年5月9日、この件について宮本徹議員の質問主意書が提出された1時間後のことである。

被疑者山口は過去に、マルチまがい商法をしていたとして国会に参考人招致されている。14年には消費者庁がジャパンライフに行政指導をしていた。なぜ、こうした人物が、「各界の社会的功労者」の一人として招待されたかは不明のままだ。誰が、どんな経緯で、被招待者として推薦したのか、安倍事務所のスタッフに厳格な調査をすれば、分からぬはずはない。

アベ晋三は、これまで国会で首相の推薦枠で招待した疑いを指摘されて、個人情報であることを理由に説明を拒んだ。いったい誰のプライバシーに配慮しいるというのだろうか。

なお、ジャパンライフの広告塔になったのは、アベ晋三だけではない。ジャパンライフは、加藤勝信(官房長官)や二階俊博(幹事長)の顔写真でチラシを作成している。菅義偉(首相)、麻生太郎(財務相)の名前が載った「お中元リスト」の存在も国会で指摘されている。下村博文(政調会長)関連団体への献金も明らかになっている。

また、ジャパンライフは、元内閣府官房長や消費者庁元課長補佐らを顧問に迎え、この6人に総額約1億6000万円の顧問料を支払ってもいる。「政治家だけでなく官僚OBも利用して、荒稼ぎをし追及を逃れてもきた」のだ。

いま、スガ義偉首相は、今後の「桜を見る会」の中止を表明するとともに、疑惑解明を拒否している。しかし、今後の「会」の継続の有無とは無関係に、疑惑解明はしなければならない。スガの態度は「疑惑解明は無理だから、今後の中止でごまかす」「今後の中止を口実に疑惑解明をエスケープしよう」としか見えない。

アベ疑惑の数々のうち、この機会にまずはサクラ疑惑の徹底解明を求めたい。さらに、これを端緒にモリ・カケ・カジノ・河井・黒川・アベノマスク…等々についても、政権と捜査機関の両者において、納得できる説明を尽くしていただきたい。それなくして、スガ新政権への国民の信頼はあり得ない。

「九一八事変」の日に、日本の罪を思う。

(2020年9月18日)
9月18日である。中国現代史に忘れることのできない日。そして、日本の歴史を学ぶ者にとっても忘れてはならない日。満州事変の端緒となった、柳条湖事件勃発の日である。

柳条湖事件とは、関東軍自作自演の「満鉄爆破」である。1931年の9月18日午後10時20分、関東軍南満州鉄道警備隊は、奉天(現審陽)近郊の柳条湖で自ら鉄道線路を爆破し、それを中国軍によるものとして、北大営を襲撃した。皇軍得意の謀略であり、不意打ちでもある。

満州での兵力行使の口実をつくるため、石原莞爾、板垣征四郎ら関東軍幹部が仕組んだもので、関東軍に加えて林銑十郎率いる朝鮮軍の越境進撃もあり、たちまち全満州に軍事行動が拡大した。日本政府は当初不拡大方針を決めたが、のちに関東軍による既成事実を追認した。「満州国」の建国は、翌1932年3月のことである。

こうして、泥沼の日中間の戦争は、89年前の本日1931年9月18日にはじまり、14年続いて1945年8月15日に日本の敗戦で終わった。その間の戦場はもっぱら中国大陸であった。日本軍が中国を戦場にして戦ったのだ。これを侵略戦争と言わずして、いったい何と言うべきか。

この事件の中国側の呼称は、「九一八事変」である。「勿忘『九一八』」「不忘国耻」(「9月18日を忘れるな」「国の恥を忘れるな」)と、スローガンが叫ばれる。「国恥」とは、国力が十分でないために、隣国からの侵略を受けたことを指すのであろうが、野蛮な軍事侵略こそがより大きな民族の恥であろう。日本こそが、9月18日を恥ずべき日と記憶しなければならない。

ネットに、こんな中国語の書き込みがあった。

「九一八」,是國恥日,也是中華民族覺醒日。面對殘暴的侵略者,英勇頑強的中國人民從來不曾低下高昂的頭!

(「9・18」は、国恥の日であるが、中華民族目覚めの日でもある。勇敢な中国人民は、暴虐な侵略者を見据え、けっして誇り高き頭を下げることはない。)

中国は、9月21日に事件を国際連盟に提訴している。国際連盟はこれを正式受理し、英国のリットンを団長とする調査団が派遣されて『リットン報告書』を作成した。これは、日本側にも配慮したものであったが、日本はこれを受け容れがたいものとした。

1933年3月28日、国際連盟総会は同報告書を基本に、日本軍に占領地から南満州鉄道付近までの撤退を勧告した。勧告決議が42対1(日本)で可決されると、日本は国際連盟を脱退し、以後国際的孤立化を深めることになる。こうして、国際世論に耳を貸すことなく、日本は本格的な「満州国」の植民地支配を開始した。

今、事件現場には「九一八歴史博物館」が建造されている。その展示は、日本人こそが心して見学しなければならない。そして、1月18日(対華21か条要求)、5月4日(五四運動)、7月7日(盧溝橋事件)、9月18日(柳条湖事件)、12月13日(南京事件)などの日は、日本人こそが記憶しなければならない。

ところで、89年前と今と、日本と中国の力関係は様変わりである。中国は、強大な国力を誇る国家になった。しかし、国内に大きな矛盾を抱え、国際的に尊敬される地位を獲得し得ていない。むしろ、力の支配が及ばない相手からは、警戒され恐れられ、あるいは野蛮と軽蔑され、国際的な孤立を深めつつある。

かつての日本は、国際世論に耳を傾けることなく、孤立のまま暴走して破綻に至った。中国には、その轍を踏まないよう望むばかり。国際的な批判の声に中国の対応は、頑なに「内政干渉は許さない」と繰り返すばかり。然るべき相互の批判はあって当然。真に対等で友好的な日中の国交と、そして民間の交流を望みたい。

「青法協・弁護士学者合同部会」設立50周年集会に阪口徳雄君の記念講演

(2020年9月17日)
「週刊金曜日」は、毎週木曜日に届けられる。本日(9月17日)、9月18日号が届いた。メインの記事は、菅新政権の下での「与野党対決新時代」。表紙に、「菅『アベのまま』政権の高笑い」の文字が踊る。

その号の「金曜アンテナ」欄に、《本田雅和・編集部》の署名記事がある。本田さん、朝日を退職されて金曜日の編集部に入られたのだ。今後の健筆を期待したい。

本田さんの記事のタイトルは、「青法協・弁護士学者合同部会設立50周年集会」「弾圧との闘い、次世代へ」とボルテージが高い。その一部を紹介させていただく。

 戦後の司法反動の流れに抗し、憲法の平和と民主主義、基本的人権の理念を守ろうと若手研究者や弁護士、裁判官らが組織した青年法律家協会(青法協)の弁護士学者合同部会の設立50周年記念集会が、9月4日、東京・神田で聞かれた。
 青法協に加入したり、賛同したりしていた裁判官志望の司法修習生への任官拒否が相次いでいたI971年4月の修習終了式で、「任官拒否された人たちの話も聞いてほしい」と発言しただけで「修習生の品位を辱めた」として罷免され、法曹資格を奪われた経験を持つ阪口徳雄弁護士(77歳)=大阪弁護士会=が語った。

 司法研修所教官が障害を持つ任官希望者に「君は(障害で)背が低いが、裁判官席に座ったら傍聴席から顔が見えるか」と発言したり、「裁判官に女性は要らない」との考え方で女性修習生へのさまざまな志望変更誘導が行なわれたりした。これらが阪口弁護士ら同期修習生の運動の中で明るみに出され、告発されていった。

 「裁判所がまだ古い風土にあったこともあるが、そこに戦前からの思想統制の体質をもつ石田和外という人物が最高裁長官に就任(69年)。直後から青法協脱退勧告などで会員を排除しようとする動きは強まった。法曹が憲法に基づき人権を守ろうとするのは自然な流れで、裁判官の中にも青法協会員は多かったからだ」と阪口氏は分析。法曹資格を取り戻し、弁護士になって以降は、政治家の「闇資金」の情報公開や大企業の「裏金」の追及に力をいれ、森友問題でも実績をあげた。

 あれから半世紀にもなるのだ。来年(2021年)4月5日が、阪口君罷免の23期司法修習終了式から、ちょうど50年になる。その終了式に、私も居合わせた一人だ。私は怒りに震えた。この体験が、私のその後の法曹としての生き方を決定した。必要なのは、裁判官の独立であって、司法官僚をのさばらせてはならない。そのために、「司法という権力」と対峙しなければならないのだ。

あの時代の空気も、あの日の出来事も、そして石田和外という人物についても、決して忘れることができない。石田和外については、当ブログでも何度か取りあげている。下記を参照されたい。

反動・石田和外最高裁長官が鍛えた23期司法修習の仲間たち
http://article9.jp/wordpress/?p=9471

石田和外とは ー 青いネズミの存在を許さなかったネコ
http://article9.jp/wordpress/?p=15254

私に法曹としての生き方を教えてくれた、反面教師・石田和外
http://article9.jp/wordpress/?p=11316

いまなお、ニホン刑事司法の古層に永らえている《思想司法=モラル司法》の系譜
http://article9.jp/wordpress/?p=15372

ところで、本田さんの「戦後の司法反動の流れに抗し、憲法の平和と民主主義、基本的人権の理念を守ろうと若手研究者や弁護士、裁判官らが組織した青年法律家協会(青法協)の弁護士学者合同部会の設立50周年記念集会」という一文に、当時渦中にあった者としては、若干の違和感があって、一言しておきたい。

青年法律家協会の設立は1954年である。「憲法の平和と民主主義、基本的人権の理念を守ろうと若手研究者や弁護士、裁判官らが組織した」のは、本田さんの筆のとおりである。設立発起人には、芦部信喜・潮見俊隆・加藤一郎・小林直樹・高柳信一・平野竜一・三ケ月章・藤田若雄・渡辺洋三などの名も見える。とうてい、尖鋭な政治団体などではあり得ない。

この青年法律家協会には裁判官部会があって活発な研究活動をしていた。それが、石田和外を領袖とする司法官僚体制から厳しい弾圧を受けることになる。これをレッドパージになぞらえて、ブルーパージと呼ばれた。その真の原因は、1960年代、とりわけその後半に積み重ねられた、リベラルな最高裁諸判決の傾向である。右翼がこれを攻撃し、自民党がこれに続いた。このとき、石田和外らは、裁判所・裁判官を外部勢力から護ろうとはしなかった。内部で呼応して、裁判所内のリベラル派追い落としをはかったのだ。

もともと、石田は治安維持法体制下の思想判事だった。戦後も、反共・反リベラルの思想を隠さなかった。退官後は天皇に忠誠な右翼として活動した人物である。69年11月には、最高裁内の局付判事補に対する青法協脱退工作を開始する。最高裁が、裁判官の思想・良心の自由や、結社の自由を侵害したのだ。1970年5月2日、石田和外最高裁長官は、恒例の憲法記念日に寄せた長官記者会見で、こう言っている。「極端な軍国主義者、無政府主義者、はっきりした共産主義者が裁判官として行動するためには限界がありはしないか。少なくとも道義的には裁判の公正との関係でこれらの人たちは裁判官として一般国民から容認されないと思う」。

「極端な軍国主義者、無政府主義者、はっきりした共産主義者」などというレッテルで、青法協裁判官を攻撃した。この青法協裁判官部会の切り崩しに対抗するための防衛措置として、同年7月の青法協総会は、青法協本体から、「裁判官部会」を規約上独立させた。そのことが同時に、「弁護士学者合同部会」と「司法修習生各期部会」を設立することとなったのだ。以来50年、ということになる。

石田和外は、権力的に裁判官を統制することに心血を注いだ。彼の裁判官統制は、表面的には成功したかに見える。しかし、作用あれば反作用がある。石田の所業は、多くの法曹や、ジャーナリストや、市民の反対運動を招くことになった。「司法の独立を守れ」という空前の市民運動が生じたのだ。

本田さんの記事のタイトルが、「弾圧との闘い、次世代へ」となっている。阪口徳雄君も、この日同席した梓澤和幸君も、そして私も、気持は元気だが、石田和外が没した齢を超えた。「次世代へ」語り継がねばならない。

長く暗いトンネルをようやく抜けると、そこはまた同じトンネルだった。

本日(9月16日)、アベ内閣が総辞職してスガ新内閣組閣となった。長いトンネルを抜けて、またトンネルに入っただけ。あるいは、ラッキョの一皮を剥いても同じラッキョでしかなかったという印象。歴史的な意味は無に等しいスカみたいな日。

確かに、最低・最悪のアベ政権は終わった。しかし、居抜きのママ、首をすげ替えただけのアベ後継スガ政権の再発足である。何しろ、スガは「安倍後継」以外に、何の政治理念も語らない。語るべき何もないのだろうか、なんにも語らないことがボロを出さずに安心と思い込んでいるのかもしれない。

前政権による国政私物化疑惑への国民の批判に対しては、弁明も、反省も、再発防止の決意の表明もない。まるまるこれを承継するという態度。にもかかわらず、この点に対する国民的な批判が乏しい。メディアの甘さにも、歯がゆくてならない。

そのスガがこだわっているのが、アベ政権数々の不祥事のお蔵入りである。蔵に鍵をかけて、近づくなという姿勢。蔵の中は、モリ・カケ・サクラ・カジノに黒川・河井、公文書の隠蔽・改ざん、ウソとゴマカシの政治姿勢まで、まことに盛り沢山。全てはもう済んだこと、再調査はしない。

つまりは、アベからスガへ、政権の体質は何の変わりもないままに承継された。その上で、「巨大な負のレガシー」と言われる不祥事について、この機に隠蔽を決めこんだのだ。スガにすれば自分も共犯なのだから、こうするしかないと言わんばかり。

またしばらくは、アベ政権との闘い同様の姿勢で、スガ政権と対峙していかなければならない。そのような決意を固めるべき日。

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ちょうどこの日に、かもがわ出版からの新刊書の贈呈を受けた。
上脇博之さんの最近著「忘れない、許さない!」、副題が「安倍政権の事件・疑惑総決算とその終焉」というもの。アベ退陣以前からの出版企画だそうだが、アベ辞意表明となっての緊急出版とある。その筆力に脱帽せざるを得ない。

「許そう、しかし忘れまい」は、戦後補償を求める運動の中での、侵略戦争被害国の民衆の気持として語られる。しかし、それは加害国の真摯な謝罪の存在を前提としてのことである。アベ旧政権とスガ新政権は、旧悪を徹底して隠蔽し、丁寧に説明するなどと嘘を言って、ゴマカシ続けている。

この書の題名のとおり、最低・最悪のアベ政権悪行の数々を「ワスレナイ、ユルサナイ!」でなくてはならない。

この書の構成は以下のとおり。
第1章 「お友達」行政と公文書改竄・廃棄~財務省の「森友学園」事件
第2章 公金の私物化と裏金~「桜を見る会」&「前夜祭」事件
第3章 自民党本部主導選挙と使途不明金~河井議員夫妻「多数人買収」事件
第4章 政治的な検察官人事~黒川検事長の定年延長と検察庁「改正」案
第5章 安倍政権の政治的体質と自民党の変質~保守からの右旋回
終 章 国民置き去りの新型コロナ対応と支持率の低下〜政治的体質が招いた終焉

そして、あとがきの最後の一文がこうなっている。

「本書が安倍政権の政治的体質を総決算し、安倍政権が生み出した体質そのものの終焉を決定づける一冊になることを願って。」

アベが退陣しても、実は何も変わらない。この最低・最悪のアベ政権が生み出した体質そのものを終焉させなければならない。そのためのこの書のご紹介である。

http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/wa/1114.html

出版社名 かもがわ出版
発売予定日 2020年10月1日
予定税込価格 2,090円

そして、出版社は、この書についてこうコメントしている。
「安倍首相辞任 緊急出版! 森友学園、桜を見る会、河合選挙買収、黒川検事長…安倍政権の相次ぐ不祥・疑惑事件を総棚卸。安倍自民党の政治的体質、ここに極まれり。転換期の今、民意に寄り添う清潔・公正な政治を!」

澤藤統一郎の憲法日記 © 2020. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.