澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

菅義偉さん、誰の原稿でそんなこと喋っているの? ホントにそれで大丈夫?

3日前(9月12日)の午後、菅義偉官房長官は記者会見で日韓関係について語っている。その内容を、同日夕刻のNHK NEWS WEBが以下のとおり簡潔に伝えている。

見出しは、日韓請求権協定の順守 大原則」「『徴用』問題で官房長官」

「(菅官房長官は、)太平洋戦争中の『徴用』をめぐる問題に関連し、日韓請求権協定は、両国の裁判所を含むすべての機関が順守するのが国際法の大原則だとして、あくまで韓国側に協定違反の状態を是正するよう求めていく考えを強調しました。

この中で、菅官房長官は「徴用」をめぐる問題に関連し、『1965年に日韓請求権協定が結ばれ、日本は当時の韓国の国家予算の1.6倍の有償 無償の資金を提供している。交渉の過程でも、財産請求権の問題はすべて解決したということになっており、協定によって最終的かつ完全に解決済みだ』と述べました。

そのうえで、『こうしたことは、それぞれの行政機関や裁判所を含む司法機関、すべてが順守しなければならないというのが国際法の大原則だ。韓国の大法院判決によって作り出された国際法違反の状況を是正するよう強く求めるというのが、わが国の立場だ』と述べ、あくまで韓国側に是正を求めていく考えを強調しました。」

 これに、記者が質問をぶつけて食い下がったという記事はない。もちろんNHKが菅義偉官房長官改憲の内容に賛成したわけではないが、疑問を質すことはしていない。誤導・誤解注意のコメントも付されていない。結局、官房長官の言いっ放しを垂れ流しているのだ。ここが、世の嫌韓ムードの発生源となっている。これでよかろうはずはない。

NHKを先陣とするメディアは、世の嫌韓ムード蔓延の重要な共犯者ではあるが、主犯とは言い難い。主犯は飽くまで政権である。その筆頭に安倍晋三がおり、次鋒として菅義偉があり、そしてもう一人、「極めて無礼でございます」の河野太郎。

この度の記者会見発言に及んだ菅義偉という人物。はたして、徴用工事件大法院判決の訳文を読んでいるだろうか。大法院自身が作成した日本語の判決要約だけにでも目を通しているだろうか。また、関連するこれまでの我が国の国会答弁を理解しているだろうか。さらに、この点についての日本の最高裁の立場を心得ているのだろうか。おそらく、すべて「否」であろう。でなくては、こんな記者会見での発言ができるわけはない。

菅会見で、またまた出てきた「国際法の大原則」。いったい、どのような「国際法」を想定しての発言なのだろうか。何を根拠に「国際法の大原則」というのか、その根拠をご教示に与りたいところ。個人の尊厳ないし人権という普遍的価値を国家の利益や国家の判断に優越するものとする潮流を無視してもよいのか。いったい誰が原稿書いて、こんな断定的なことを喋らせているのだろうか。

私は、昨年(2018年)の大法廷判決(同年10月30日)の翌日から、次のブログ記事を書いた。

11月1日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に、真摯で正確な理解を」
 http://article9.jp/wordpress/?p=11369

11月2日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に真摯で正確な理解を(その2)」
 http://article9.jp/wordpress/?p=11376

11月6日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に真摯で正確な理解を(その3) ― 弁護士有志声明と判決文(仮訳)全文」
 http://article9.jp/wordpress/?p=11400

その11月6日ブログの冒頭に,当時の問題意識をこう書いている。

「10月30日韓国大法院の徴用工訴訟判決が、原告(元徴用工)らの被告新日鉄住金に対する「強制動員慰謝料請求」を認容した。この判決言い渡し自体は『事件』でも『問題』でもない。主権国家である隣国司法部の判断である。加害責任者は我が国の企業、まずは礼節をもって接すべきである。
 この判決に対する政権と日本社会の世論の感情的な反応をたいへん危ういものと思わざるを得ない。私たちの社会の底流には、かくも根深く偏狭なナショナリズムが浸潤しているのだ。肌に粟立つ思いを禁じえない。」

肌に粟立つ思いは今も続いている。植民地侵略に何の反省もない日本社会が、韓国大法院判決に真摯で正確な理解を怠っているからだ。政権が、礼節を忘れて「極めて無礼でございます」という態度に終始して現在に至り、メディアがこれを増幅して、刺激された日本人の意識の古層にあった民族差別の感情が噴出しているのだ。この「政権・メディア・民衆」の基本構造は、朝鮮併合の前夜と変わらない。

菅会見における、『1965年日韓請求権協定で、財産請求権の問題はすべて解決したということになっており、協定によって最終的かつ完全に解決済みだ』は、間違っている。

韓国の元徴用工が訴訟手続で請求したものは、未払いの賃金ではない。大法院判決の用語に従えば、強制動員慰謝料請求権」なのである。つまりは、不法行為損害賠償請求権である。

同判決は、主要争点を4点に整理して、そのうちの第3点「③ 原告らの損害賠償請求権が、日韓請求権協定で消滅したと見ることができるか否か (上告理由第3点)」を、「本件の核心的争点」としている。当然、その点の判断の理由を丁寧に説明している。その結論は、消滅したと見ることはできない」。要するに解決済みではないのだ。

この結論は、水掛け論でもなければ、日韓の見解の相違でもない。日本の国会での外務省答弁も、一貫して「両国間の請求権の問題」と「個人の請求権の問題」とは意識的に分けて、協定の効果が考えられている。たとえば、「両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するところでございますが、日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」というふうに。

つまり、解決済みというのは、「日韓両国が国家として持っている権利」であって、個人の民事的請求権ではないのだ。このことは、日本の最高裁も同様である。

元徴用工の原告が旧日本製鉄に対してもっている不法行為慰謝料請求権と、韓国が日本に対してもっている外交保護権とは本来別物で、「最終かつ完全に解決した」のは外交保護権だけなのだから、韓国の裁判所が、元徴用工の旧日本製鉄に対してもっている慰謝料請求を認容することは、その権限に属することである。したがって、大法院判決を「国際法の大原則に違反する」などということは、「それこそ無礼でございます」なのだ。
(2019年9月15日)

一日も早い、「表現の不自由展」再開の仮処分命令を

どうして、もっと大きなニュースにならないのだろうか。昨日(9月13日)、中止になっていた「表現の不自由展・その後」の展示再開を求める仮処分命令が名古屋地裁に申立てられた。中止になったのは、愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の一部門としての企画展であり、過去に公的な施設から、表現の機会を奪われた16点の作品群の展示であるという。その再開を求める仮処分命令申立。表現の自由に関わる大事件に、ようやく司法が関わることになったのだ。申し立てた側は、記者会見で展示中止を「民主主義の決定的な危機」と訴えたという。もっと、メディアの関心が高くて然るべきであろう。

まだ、詳細な報告に接していないが、概要は次のごとくである。

 債権者(仮処分の申立人をこういう。ヘンな業界用語)は、この企画展の「実行委員会」と報道されているが、実行委員会を構成している5名の個人が共同して債権者になっているものと思われる。
 債務者(仮処分申立の相手方のこと)は、展覧会を主催する国際芸術祭実行委員会。
 申立の趣旨(求める仮処分命令の内容)は、「中止となっている企画展の各作品の展示を再開せよ」というものなのだろう。もちろん、もう少し、展示再開のための実効的で具体的な作為命令を求めているものと思われる。たとえば、展示再開にともなって当然に予想される右翼勢力からの妨害行為への対応策として必要な具体的施策なども内容とされているだろうが、詳細は把握していない。

一般に仮処分命令認容の可否に関しての最大の問題点は、被保全権利(債権者が債務者に対して有する請求権)の構成であるが、本件においてはさしたる困難はなかろう。本件の債権者は債務者に対して、作品展示に関する契約上の債権として、所定の期間中作品を安全に観客に展覧せしむる請求権を有していると考えられるからである。報道では、申立書は文化芸術基本法などに基づいた構成になっているというが、裁判所はそんな難しいことには踏み入らず、手堅く骨組みだけでの認定をするだろう。

債務者の側は、心ない右翼勢力の妨害から展示作品を守り、一般の鑑賞者に安全に鑑賞してもらうよう万全を尽くす義務を負っている。これは自明なことなのだ。

この債権者の主張に対して、債務者の側から一応はこの被保全債務の存在を否定する主張がなされることになるだろう。契約締結時とは事情が変って当該義務の履行が不可能な事態となっている、具体的には安全に展示を行う環境が喪失されている、という主張である。しかし、裁判所がこんな主張を認めるとは到底考えられない。

万が一にも、こんな債務者の主張を裁判所が認めるとすれば、表現の自由は死滅する。展覧会に対する脅迫で表現の自由を屈服させてはならない。それこそ、文明国にあるまじき、恥ずべき野蛮国家(≒ヘイト蔓延国家)への堕落である。当然のこととして、予想される混乱に対しては、展覧会主催者は、なし得る最大限の防衛策を講じなければならない。

この局面での法的問題はけっして複雑なものではない。民意がこのような展示に賛成しているか否か。あるいはその賛否それぞれ合理性があるかは、いま問題にはならない。この件の法的争点は、愛知県が最大限の防衛策を講じてもなお、展示会続行が不可能と言えるか否かという,この一点に絞られる。

いうまでもなく、「威力を用いて人の業務を妨害すること」は威力業務妨害罪を構成する犯罪である。直接の有形力を行使して展示を妨害することはもとより、電話・メール・ファクスでの害悪の告知の一切が犯罪である。会場で大声を発することさえも、犯罪たりうる。

犯罪から、市民社会の平穏を守るのが、警察の役割である。愛知県警は、表現の自由擁護のために、誠実に盡力しなければならない。

意見は多様であってよい。嫌韓の立場から、国粋の立場から、このような展示には反対という不寛容な意見もあるだろう。そのような意見の表明にも自由は保障されている。しかし、意見の表明の域を超えて、有形力を行使し、あるいは脅迫的な言辞で展示を妨害しようとすることは、犯罪として許されることではない。ことここに至っては、警察も徹底した検挙に乗り出すに違いない。右翼諸君は、このことを肝に銘じるべきである。

なお、この国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の会期は10月14日までである。企画展再開の機会はそれまでである。再開のために万全の準備も必要であろう。ぜひ、再開実現に間に合うよう、素早い仮処分命令が発せられるよう期待したい。平穏に行われていた展示が、明らかな犯罪行為と権力の圧力で中止に追い込まれたのだ。再開なくしては民主的社会の秩序が成り立ち得ない。

なお、やや気になる報道がある。申し立て後に記者会見した不自由展の実行委のメンバーらは「芸術祭実行委が対話に応じないので申し立てた。司法の力で展示期限内に再開したい」「芸術祭の実行委は話し合いに応じると言いながら、実際の協議は何も進んでいない。表現の自由を回復させるために裁判所に申し立てることを決めた」と述べたという。

展示再開の仮処分命令が発せられた後に、企画展の実施を担当するのは、県の職員ということになる。妨害からの防衛策に万全を期すべきは当然としても、それぞれの担当職員に,使命感や士気が望まれる。芸術祭実行委員会会長を務める大村秀章・愛知県知事のリーダーシップに期待したい。
(2019年9月14日)

「表現の不自由展・その後」の経過が教えるもの

「表現の不自由展・その後」と銘打った企画展は、展示の機会を奪われた経歴を持つ16点の作品に、奪われた展示の機会を回復させようというコンセプトでのプロジェクトであって、それ以上のものでも以下のものでもない。日本軍「慰安婦」を連想させる「平和の少女像」や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などが話題となったが、展示された作品群が統一された主張をもっているわけではなく、また当然のことながら、企画展の主催者がその作品のもつ政治的主張に賛同したわけでもない。飽くまで、その作品から奪われた展示の機会を回復することを通じて、近時の表現の自由のあり方についての問題提起を試みたものである。

展示の機会を奪われたという経歴をもつ作品は、いずれも何らかの意味で、権力や権威、あるいは社会の多数派から疎まれ嫌われる存在なのではあろう。そのような作品であればこそ、失われた展示の機会が与えられて然るべきだとするコンセプトは、表現の自由を重んじる民主主義社会の理念によく適合したものというべきであろう。

ところが、この展示を敵視する側は、表現の自由一般ではなく、飽くまで個別の作品がもつ具体的な政治性に反応して攻撃する。たとえば、河村たかし名古屋市長は、「日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない」として展示の中止を求めた。
企画展主催者は、表現の内容を問題することなく、多数派から排除された表現に展示の機会を回復した。これに対して、河村市長は、もっぱら表現の内容を問題とし、「日本国民の心を踏みにじるもの」となどとと主張したのだ。一方に、「日本国民大多数が歓迎しない表現だから展示を中止せよ」という意見があり、他方に「多数派から排斥される表現であればこそ展示の機会を与えることに意義がある」とする見解があって、議論が噛み合わぬまま対立している。

このような基本構造をもった問題が生じ、幾つかのフレーズが、大手を振ってまかり通っているの感がある。これに反論を試みたい。

※公共団体が一方的な政治的意見の表明に手を貸すべきではない。

☆「愛知県が今回の展示で一方的な政治的意見に手を貸した」というのは、誤解ないし曲解というべきでしょう。「表現の不自由展・その後」がしたことは、民主主義の土台である表現の自由が侵害されている深刻な事態を可視化して、これでよいのかと世に問うたということにほかなりません。民主主義成立のための土台の整備という事業は、公共団体がするにふさわしいものというべきです。

☆表現の自由の保障は憲法上の基本的価値なのですから、自由になされた多様な表現の共存が望ましいありかたです。ところが、現実には、「発表を妨害された表現」が少なくないのです。これでよいのか、民主主義社会のあるべき姿に照らして再考すべきではないのか。その問題提起が「表現の不自由展・その後」にほかなりません。公共団体が「発表を妨害された表現」を展示して、多様な表現の共存を回復することは、公共団体のもつ公共性に適合することではないでしょうか。

※少なくとも両論併記しないと、公共性が保てない。

☆「両論」という言葉遣いが、「『表現の不自由展・その後』が特定の立場の政治的見解を発信しようとしている」という前提に立つもので、誤解あるいは曲解のあることを指摘せざるを得ません。
 「特定の意見」の表明と、「表現一般の自由を保障せよという意見」の表明とを、ことさらに混同してはなりません。「表現の不自由展・その後」は、「特定の意見」を表明するものでも、特定意見に与するものでもなく、「特定の意見」の表現妨害例を紹介することで「表現一般の自由を保障せよ」と意見表明したものです。特定意見の内容に与しているのではありませんから、両論を併記せよという、批判ないし要望は的を射たものにはなっていません。

☆もしかしたら、「両論併記」要望は、こういう意見ではないでしょうか。
 「この展示は、『表現一般の自由擁護』という名目で、実質的に『国策と国民多数派の意見を批判する表現』の肩を持つことになっているではないか」「公共機関としては、国策に反する意見の肩をもつべきではない」「百歩譲っても、国策側の意見も明記しておかねばならない」。とすれば、実はこの意見は危険なものを含んでいるといわねばなりません。
 この場合の「両論」とは、「国策とそれを支える多数派の意見」と、「国策を批判する社会の小数派の意見」の対立を意味しています。考慮すべきは、この「両論」間の圧倒的な力量格差です。歴史の知恵は、民主主義の成立要件として、「少数意見の尊重」と「多数派の寛容」を求めてきました。
 妨害され排斥されて表現の場を奪われてきた「国策に反する意見」「少数派の意見」に、表現の機会を確保して少数派の意見を紹介することは、「国策」「多数派の意見」を否定することではなく、国民に選択肢を提示して議論の素材を提供するものとして、公共性の高いことというべきなのです。

※どうして、大切な公共の税金を反日的なものに使うのか。

☆「反日」というレッテル貼りは、かつての「非国民」「売国奴」「スパイ」と同様、議論の展開を閉ざしてしまうものとして、危険な言葉と指摘せざるを得ません。
 国策や多数派の意見に反し、国民に心地よくない意見が、実は長い目では高次の国民の利益に適うものであったことは歴史上いくらもあったことで、近視眼的に「税金を『反日的』な目的に使うな」と拳を振り上げるべきではありません。

☆表現の自由は、より良い民主主義社会を形成するために不可欠なもので、意見の正否は、国民的な議論の場の中で国民自身が判断することになります。その議論の場を作るための税金の投入は、税金本来の使い方として、適切なものというべきです。「表現の不自由展・その後」のコンセプトはそのようなもので、税金本来の使い方から逸脱するものとは考えられません。

☆よく引用されるとおり、公共図書館の蔵書が好例です。税金で様々な立場の書籍が、揃えられていますが、図書館が特定の書物の見解に与するものではありません。「図書館が税金で、『反日』の本を買って怪しからん」というのは民主主義を理解しない滑稽な意見です。名古屋市長の意見は、公共図書館の蔵書の中の特定のものを「焚書」せよ、と言っているに等しいものというほかはありません。

かつては、「地動説」も「種の起源」も少数派の意見であり、政治弾圧も受けました。税金を投入しているから、権力や多数派の承認しない表現は受け付けない、では人類の進歩に逆行することになりかねません

※「反日」と言えないまでも、結局は特定の政治的意見表明らしきものに税金を使うことに納得しがたい。

☆「表現の不自由・その後」の展示は、表現の自由保障というベーシックな民主主義的価値の現状についての訴えであり、そのことを通じての民主主義の環境整備です。仮に、作品がもつ固有の「政治性」を個人的な不愉快と考えても、その展示の公共性・公益性に照らして、受忍していただくしかありません。

☆国や自治体が税金を投入することで、特定の意見に国民を誘導することは禁じ手です。国民が正確な議論と選択ができるよう、民主主義の環境を整えることが、国や自治体のなすべきことです。「反日と言えないまでも、政治的表明らしきもの」は公的な場から追放すべきだという考え方は、結局「国策に適う多数派意見」だけを、公的な場で公費を使って表現させることになります。そのような、国策への意見の統一を望ましいとすることこそが、民主主義に反する危険な意見なのです。

※公共団体の一方的な政治的意見の表明で,たくさんの国民が傷ついている。

☆表現の自由の保障は、人を傷つける表現を想定してこれを許容しています。むしろ、誰をも傷つけることない、誰にとっても心地よい表現は、その自由を保障する意味がありません。

☆「平和の少女像」が訴えている日本軍「慰安婦」問題ですが、旧日本軍が組織的に慰安所を設置し、これを管理し運営したことは、厳然たる歴史上の事実です。強制性も否定することができません。日本人の心が傷つくとして、この議論に蓋をすることこそ、韓中蘭など多くの国の国民を傷つける行為ではありませんか。

☆表現が人を傷つけるのではなく、歴史的事実が人を傷つけているのです。傷ついても、苦しくても、知らねばならない歴史の真実というものがあります。これに蓋をするのではなく、向かい合ってこそ、再びの過ちを繰り返さないことができることになります。

※こんなに反対の多い企画は,そもそもやってはならない。

☆この展示は、表現の自由侵害の現状を世に問うた立派な企画として評価しなければなりません。この企画の展示内容だけでなく、この企画への社会の対応も、今の社会が民主主義の理念から逸脱して危険な現状にあることをまざまざと示すものとなりました。この展示の企画よりは、この企画を妨害してやめさせたことの責任の方がはるかに大きいのものと考えなければなりません。
 企画に賛否の意見があることは当然としても、「ガソリンをまく」など、明らかな脅迫を手段とする威力業務妨害の犯罪行為には、毅然と対処しなければなりません。批判されるべきは、暴力的に展示を妨害した犯罪者らと、これを煽った政治家たちです。とりわけ、河村たかし名古屋市長の責任は重大です。

☆賛成が多く、反対が少ない企画だけが、許されるとすれば、「国策に沿うもの」「現政権に忖度しているもの」「社会の多数派の意見に迎合するもの」だけの展示になります。それは、少数派の意見も尊重されるべきとする表現の自由の理念から、けっして許されません。

☆また、今後の教訓とすべきは、一部勢力の表現の自由に対する組織的な妨害があることを想定しての対応だと思います。主催者は、電話の発信元を確認しすべて録音する、暴力的な電話やファクスは即時公表し、警察に告訴する。事前に、このような心構えをスタッフが共有しておくこと…などでしょうか。今の時代、表現の自由を守るには、相応の覚悟が必要となっています。本件は、そのことを教えています。

(2019年9月13日)

「山高きが故に貴からず」「アベ長きが故に大きな迷惑」

9月8日深夜から9日未明に、台風15号が関東を直撃した。週明けの9日(月)には首都圏一円の交通機関混乱一色の報道となり、10日以後本日(9月12日)に至るも、千葉の大規模停電と断水が大きな話題となっている。

第4次安倍再改造内閣は、このような時期を見計らったように発足した。慌てふためいて首相自ら災害地に飛んで見せ、組閣を遅らせるなどというパフォーマンスも不要とする政権の傲慢ぶりを見せつけてのことである。「何をしようが、内閣の支持率は下がらない」。そう、国民は完全に舐められている。国民は、そんな内閣の存続を許してきたのだ。

昨年(2019年)の「赤坂自民亭」事件を思い出す。7月5日夜、熊本が未曾有の水害に襲われたその最中に、安倍晋三以下の与党首脳がこぞって,赤坂の議員宿舎で酒盛りをしていたというあの事件。世人がこれを知ったのは、西村康稔なる自民党議員(当時官房副長官)がツイッターで赤い顔の安倍晋三以下のスナップをネットにアップしてのことである。言わば、証拠写真の社会への提供。その西村が、今度は経済再生担当大臣である。

さて、今回の組閣ならびに党役員人事に関して、昨日(9月11日)の首相記者会見冒頭のコメントでこう発言した。

 内政、外交にわたる各般の挑戦を進め、令和の時代の新しい日本を切り開いていく。そして、その先にあるのは、自民党立党以来の悲願である憲法改正への挑戦です。いずれも困難な挑戦ばかりでありますが、必ずや、成し遂げていく。そう決意しています。

 「内政、外交にわたる各般の挑戦を進め、令和の時代の新しい日本を切り開いていく」は、この人らしい、まったくの無内容。要は、「自民党立党以来の悲願である憲法改正への挑戦」「困難な挑戦でありますが、必ずや、成し遂げていく。そう決意しています」とだけ言いたいのだ。

幹事社質問に対する彼の回答が次のとおりである。

「さきの参議院選挙では、常に私は、この選挙において、しっかりと憲法の議論を進めていくのか、あるいは議論すらしないのか。それを決めていただく選挙ですとずっと訴えてまいりました。その結果、私どもは国民の信を得ることができたと思いますし、最近の世論調査においても、議論はしなければいけないという回答が多数を占めているというふうに承知をしております。正に議論は行うべきというのが国民の声なんだろうと考えています。

 そうではなかろう。自民党は9議席を減らしたではないか。自民党が改憲についての国民の信を得るこことができたとの強弁は見苦しい。また、共同通信社が8月17、18両日に実施した全国電話世論調査によると、安倍首相の下での改憲に反対が52・2%と、賛成の35・5%を大きく上回っている。
さらに、最近のNHK世論調査でも次の結果が出ている。
 安倍総理大臣は、9月11日に内閣改造を行います。新しい内閣が最も力を入れて取り組むべきだと思うことを、6つの選択肢をあげて聞いたところ、
 「社会保障」が28%で最も多く、次いで、
 「景気対策」が20%、
 「財政再建」が15%、
 「外交・安全保障」と、
 「格差の是正」が11%、
 「憲法改正」が5%でした。
「正に議論は行うべきというのが国民の声」も、牽強付会と言うほかはない。

選挙でお約束したことを実行に移していくことが政治の責任であり、自民党としては本日発足をした新しい体制の下で憲法改正に向けた議論を力強く推進していく考えであります。それは党四役を含め、自民党の役員あるいは自民党の議員共通の考え方だと考えています。

約束とは当事者双方の意思の合致をいう。自民党が、「改憲をお約束した」と一方的に言っても、国民の側が改憲を依頼した覚えはない。成立していない「約束」を実行に移していくことは政治の責任ではない。自分だけがやりたいことを勝手にやらせていただくと駄々をこねているだけのこと。

 なお、質問には、「党の憲法改正推進本部長にはどのような人物を起用するお考えなのでしょうか。」があったが、これには答えない。完全スルーだ。質問者も、重ねての質問をしない。これでは困ったものだ。

令和の時代にふさわしい憲法改正原案の策定に向かって、衆参両院の第一党である自民党、今後、憲法審査会において強いリーダーシップを発揮していくべきだろうと、私は考えております。

 安倍くん、今キミは首相として記者会見をしている。お分かりかね。キミは、憲法99条によって、憲法の尊重擁護義務を負っている身だ。それが、勝手に国民の声を僭称して改憲の議論を進めようとは、なんたること。少しは、自分の立場を弁えたまえ。

自民党は、既に憲法改正のためのたたき台を示しています。このたたき台については、既に党大会で承認をされた党としての意思となっていると思いますが、立憲民主党を始め、野党各党においても、それぞれの案を持ち寄って憲法審査会の場で憲法のあるべき姿について、与野党の枠を超えて活発な、国民が注視している、注目をしているわけでありますから、その期待に応えるような議論をしてもらいたいなと期待をしています。
また、国民投票法の改正案については、憲法審査会の場で、与野党でしっかりと議論していただきたいと期待をしていますが、同時に、憲法改正の、先ほど申し上げましたように、中身についても議論をしていくことが、やはり国民の皆様に求められているのではないかと、このように思います。」

 「自分の方は、憲法改正案のたたき台を作った」「だから、あなたも作るのが当然」だという、何と身勝手な世間には通用しない議論。何を焦っているのやら。

安倍首相は2019年11月には在職期間が戦前の桂太郎を超え、歴代一位となる見込みだという。東京新聞社説は、これを「長きをもって貴しとせず」といい、「国民やその代表たる国会と謙虚に向き合い、政治の信頼を回復する。そんなまっとうな政治姿勢こそ安倍政権には求められている」と結んでいる。まことにそのとおり。

 安倍晋三ほどに尊敬されざる政治家も少ない。政治の私物化、行政の私物化、ウソとゴマカシ、食言、歴史修正主義、オトモダチ優遇,上から目線、トランプ追随、詐欺的演説でのオリンピック誘致…。これほどの批判、非難にかかわらず、永らえてきたことの不思議。もう、いい加減に終止符を打ちたい。

たまたま手許に、映画『記憶にございません!』のチラシがある。チラシのトップに、「この男に任せて」
「あなたは、第127代内閣総理大臣 国民からは、史上最悪のダメ総理と呼ばれています。総理の記憶喪失は、トップシークレット、我々だけの秘密です」

もちろん架空の設定だが、「史上最悪のダメ総理」は大いに現実とかぶるところ。まことに「アベ長きがゆえに迷惑」ではないか。
(2019年9月12日)

愚かな文科大臣から、邪悪な文科大臣へ。

またまた安倍内閣の新装開店セールである。11か月前の「在庫一掃内閣」の組閣で払底したはずの在庫商品を、またどこからか引っ張り出しての並び替えである。こんな目先幻惑商法に乗せられてはならない。

11か月前、私は在庫一掃内閣を象徴する「愚かな人材」として、教育勅語への思い入れをアピールした新文科大臣・柴山昌彦を取りあげて論じた。2018年10月4日の下記ブログをぜひお読みいただきたい。安倍内閣の性格とその閣僚のレベルとを的確に描写し得ていると思う。

柴山昌彦くん、愚かなキミには文科大臣は務まらない。
http://article9.jp/wordpress/?p=11246

その柴山昌彦くんは、今回店先からは外される商品のお一人となって庫に戻る。その彼が去るにあたってまったく無視をするのも礼を失する。なにか言わねばと思っていたところ、やっぱり言うべきことが出てきた。

本日(9月11日)朝刊各紙の見出しはこうだ。「高校での政治談議、柴山文科相『適切な行為?』と投稿」(朝日)、高校生が友人相手に政権批判、違法ですか? 柴山文科相のツイートに波紋広がる(毎日)、英語民間試験、反対投稿に文科相異議 高校生は政治議論禁止!? 専門家『飛躍しすぎ』」(同)。

アベ内閣の一員である柴山くんとしては、若者の政治意識が向上することはたいへんに憂慮すべきことなのだ。20才だった選挙権年齢を18才に引き下げたのは、若者の保守化著しいことを見極めてのこと。近年の教育行政の成果ようやくにして結実し、若者は黙っていても自民党に投票してくれる存在となった。いや、正確に言えば、周囲が黙ってくれる限りは自民党に投票してくれるのだ。下手に政治意識を刺激されて、アベ政権のウソやゴマカシを論じるようになられては困る。人権や平和や民主主義や、あるいは憲法や、憲法の理念形成の歴史などを議論し合うようになられてはなおのこと。取り返しのつかないことにならぬうちに手を打たねば、せっかくの若者保守票が野党に流れてしまうではないか。そんなことになったら、安倍チームの一員としての柴山の面子が丸つぶれだ。

もっとはっきり言えば、こういうことだ。高校生に政治を議論する必要はない。その資格もない。むしろ、政治的な意見交換は有害だ。黙って、自民党に投票するだけでよい。そのための18才選挙権ではないか。政治とは何か、アベ政権とは何か、その利権との結び付きはどうだ、などとつまらぬ入れ知恵をする大人や教員の存在こそが諸悪の根源なのだ。もひとつ大事なことは、「柴山はこんなにガンバっていますよ」という姿のアピール。それが、ツイッターでの発信となった。

ことの発端は、2020年度の大学入試への英語民間検定試験導入を巡る高校生たちの議論である。9条改憲でも、辺野古基地建設でも、モリ・カケでもない。政治性は希薄だが、大学受験生の深刻な問題。
大学入試のあり方をめぐる問題を通じて、多くの高校生が自分たちの生活や将来と、政治や行政とがつながっていることを意識し始めたのだ。そして、ツイッターで、高校生や教員が不満や反対意見を述べた。そのやり取りの中で、こんなツイートがあったという。

 教員 「次の選挙ではこの政策を進めている安倍政権に絶対投票しないように周囲の高校生の皆さんにご宣伝ください」
 高校生 「私の通う高校では前回の参院選の際も昼食の時間に政治の話をしていたので、きちんと自分で考えて投票してくれると信じている。もちろん今の政権の問題はたくさん話しました」

これに反応した柴山くんは考えた。これは、たいへん深刻な事態だ。大学入試のあり方などは些事に過ぎないが、高校生が日常政治の話をしていることは看過しがたい。「きちんと自分で考えて投票する」「今の政権の問題はたくさん」とはいったいなにごとか。こんなことを勝手に喋らせておいてはならない。大学受験問題をきっかけに、高校生が政治的に先鋭化しているとすれば、オレの失敗でオレの責任ではないか。ここは、押さえ込んで、高校生を善導しなければならない。

そこで、こんなコメントを発信し,これが「高校生が友人相手に政権批判、違法ですか? 柴山文科相のツイートに波紋広がる」と話題となった。

「こうした行為は適切でしょうか?」「公選法137条や137条の2の誘発につながる」「学生が時事問題を取り上げて議論することに何の異論もない。しかし未成年者の党派色を伴う選挙運動は法律上禁止されている」

重ねて、柴山くんは、9月10日の閣議後の記者会見でこう言っている。弁明でもあり、再度の挑発でもあろうか。

 「教育基本法は学校の政治的中立確保を求めている」「教員が規定に反する行為を行っていたとすれば不適切」「昼休みであっても生徒の選挙運動は禁止することがあり得る」「公選法に反する行為を誘発する恐れもあると考えたので問題提起した。高校生の政治談議を規制することは全く意図していない」

 これって、要するに「高校生諸君、諸君らの『昼食の時間にする政治の話』も、公職選挙法違反になることがある」「未成年者の選挙運動は法律上禁止されているのだから、政治に触れた話はせぬ方が無難だぞ」と脅しているのだ。文科大臣がこう言えば、これを忖度する教育委員会も校長もあるだろうとの思惑が透けて見えている。あるいは、「文科相の意向は、総理のご意向と承れ」とでも言いたいのだろうか。バカげた話、バカげた文科大臣というほかはない。

優れた文科大臣、気の利いた政治家ならこう言うところだ。
「民主主義は、主権者一人ひとりの政治的自覚を基礎にするものです。そして、民主主義の政治過程は自立した主権者の徹底した議論によってしか成立しません。民主主義社会の国民は政治的な自分自身の意見をもって、他の人びととの政治的な議論に習熟しなければなりません。そのためには、物心ついたときから息をするのと同じように、政治な会話ができなくてはなりません。高校生と言えども、また未成年者と言えども、常に政治に関心をもち、人の意見に耳を傾け、自分の意見を述べられるよう、ことあるごとに経験を重ねましょう」

優れていない文科大臣、気の利かない政治家も、これくらいのことは言わねばならない。
「高校生が政治に関心をもち、政治的な話題を口にすることは、犯罪でも何でもありません。公職選挙法違反だという脅かしは、民主主義大嫌いな右翼勢力や、自由な選挙運動を恐れる与党勢力の常套手段です。『18才になるまでは政治的な話題を口にしてはいけない』では、せっかくの18才選挙権を生かすことができません。校内でも校外でも、政治的なテーマの議論をすることに躊躇する必要はありません」

なお、毎日が解説しているとおり、「選挙運動とは『特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為』(総務省ホームページ)を指す。いつの選挙で、だれを当選させるための特定なければ、選挙運動には当たらない。教員のツイートが問題になる余地はない。公選法137条、137条の2違反のおそれなどというのは、「若者の政治参加や教育現場に萎縮を招きかねません」(広田照幸・日本教育学会長)との指摘のとおりである。

さて、本日(9月11日)発表の改造人事。柴山に代わる次の文科相は、萩生田光一である。愚かな文科大臣から、邪悪な文科大臣へ。嗚呼。
(2019年9月11日)

「知ってますか」 日本が朝鮮の皇后に何をしたかを。

私は、未開時代の遺物である王制を支持しない。もちろん、その一つである日本の天皇制も。一日も早く、このような不合理極まる支配の小道具が地上から消滅することを願ってやまない。だから、王だの王妃だの王子だの,あるい天皇や皇后に、隣人にする以上の礼をせよと言われれば断固として拒否する。

しかし、だからといって、他国の王や王家をことさらに侮辱しようとは思わない。その国の国民感情を不必要に逆撫でする必要はないからだ。他国の王や王家をことさらに侮辱するのは、国民全体への挑戦的侮辱と捉えられてもやむを得ないだろう。

一国の外交官や軍人らが、他国の王宮に乱入して、寝所の皇后を襲い、その衣服を剥いで斬殺し、死体を焼却した。信じがたい「歴史上古今未曾有の凶悪事件」ともいうべき蛮行を、天皇制の日本がした。その被害国が末期の李氏朝鮮である。この事件は、日本では「閔妃暗殺事件」というが、今、韓国では「明成皇后弑害事件」と呼ばれている。「明成皇后」は、殺害された閔妃の諡(おくりな)である。

被害国を日本に置き換えれば、外国軍人やその指揮下のゴロツキどもが皇居に乱入して寝所の皇后を襲って殺害し、遺体を焼き捨てるという蛮行。天皇制を支持しない私も、こんなことをされたら腹を立てる。当たり前のことだ。

しかし私は、角田房子『閔妃暗殺(1988 新潮社)を読むまで、長くこんな事件があったことを知らなかった。歴史の教科書に出て来ないのだ。景福宮のこの暗殺現場には、最近2度行った。有能な日本語ガイドから詳細な説明を受けたが、「韓国の教科書には記載されており、韓国の誰もが知っていること」だという。そうだろう。当時、「国母」と呼ばれていた英邁な皇后が、侵略国日本の手先に斬殺された歴史上の大事件。韓国民には印象深く、日本人の多くは知らない。この日韓の両国民の認識の落差は、意識の相違とならざるを得ない。

角田房子『閔妃暗殺』の宣伝文句は、以下のとおりである。

「時は19世紀末、権謀術数渦巻く李氏朝鮮王朝宮廷に、類いまれなる才智を以て君臨した美貌の王妃・閔妃がいた。この閔妃を、日本の公使が主謀者となり、日本の軍隊、警察らを王宮に乱入させて公然と殺害する事件が起こった。本書は、国際関係史上、例を見ない暴挙であり、日韓関係に今なお暗い影を落とすこの『根源的事件』の真相を掘り起こした問題作である。第一回新潮学芸賞受賞。」

その『閔妃暗殺』の中に次の一節がある。

「彼ら(犯人ら)の多くが、殺人は刑法上の重大犯罪であり、特に隣国の王妃暗殺は国際犯罪であることを知らなかったわけではない。しかしそれが、〝国のため〟であれば何をやっても許される、それをやるのが真の勇気だという錯覚の中で、殺人行為は「快挙」となり、〝美挙〟と化した。」

 大方の日本人には「快挙・美挙」とされたが、客観的には「歴史上古今未曾有の凶悪事件」(外務省に事件を報告した京城領事内田定槌の表現)である。朝鮮の民衆には、この上なく残忍な屈辱的行為として、今も記憶され続けているのだ。

なお、今年(2019年)7月24日付「赤旗」に、朝鮮史研究者の金文子(奈良女子大学)による、この件についての長文の寄稿がある。その中に目を引くのは、次の2点である。なお、ネットでは、次のサイトで全文を読むことができる。
https://blog.goo.ne.jp/kin_chan0701/e/b0d50b1721580890141e5d8cb41004f7

朝鮮人同士の権力争い偽装
 この事件の前年7月、日清戦争開戦直前にも、日本軍が景福宮を占領して国王を虜にしたことがあった。日本軍は王宮から撤退後も王宮前に駐屯を続け京城守備隊と称した。再び王宮に侵入して王后を殺害したのは、この京城守備隊だった。しかもこれを朝鮮人同士の権力争いに偽装するため、国王の実父大院君を無理やり引き込んだ。真夜中の殺害計画が夜明けまで遅れ、多数の西洋人が目撃したのは、大院君が抵抗したからである。
 ひと月前に着任したばかりの駐韓公使・三浦梧楼(ごろう)は、外務大臣西園寺公望への電信で日本人の関与を認め、自分が「黙視」したと告白した。さらに《日本人は殺害等の乱暴は一つもしなかったという証明書を朝鮮政府から取っておいた。大院君にも、随行の朝鮮人に日本服を着せて日本人を装わせたと言わせる。この二点は外国人に対し「水掛論」に持ち込む考えである》と、偽装計画まで報告している。(『日本外交文書』)

本国の訓令に忠実にうごく
この事件は愚かな軍人三浦梧楼の暴走と見られてきたが、決してそんな単純な事件ではない。三浦は公使着任後、大本営の川上操六参謀次長と通信し、事件の3日前には朝鮮駐屯軍の指揮権を獲得していた。(「密大日記」)
 三浦の部下、書記官の杉村溶は『在韓苦心録』を書き、自ら首謀者だったと認めた。そしてその目的は「宮中に於ける魯国(ロシア)党(其首領は無論王妃と認めたり)を抑制して日本党の勢力を恢復(かいふく)せんとするに在り」と明言した。杉村は事件の2カ月前、西園寺外相に王后の政権掌握を報告し、傍観すべきか、親日政権の成立に尽力すべきか、訓令を求めていた。西園寺の回答は、親日政権の成立に「内密に精々尽力せらるべし」であった(『日本外交文書』)。三浦も杉村も本国の訓令に忠実に動いたのである。

 こんなことをやった日本と、こんなことをやられた韓国。やった方の国民はほとんど事件を忘れても、やられた方の国民は容易に忘れることができない。両国の関係は、このような微妙な事情の上にあることを肝に銘じるべきなのだ。
(2019年9月10日)

<蟋蟀よ 嵐の夜にも鳴け> ― 東京新聞の覚悟

昨日(9月8日)の東京新聞社説の表題は、桐生悠々と言論の覚悟」である。桐生悠々を論じつつ、言論人としての自らの覚悟を語って格調が高い。その覚悟に敬意を表したい。それにしても、である。いつの間にやら、言論に覚悟を必要とする時代が再来してごとくの不気味さが感じられる。

その全文は、下記URLで読むことができる。

https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019090802000112.html

桐生悠々は、1933年8月に信濃毎日新聞の論説主幹として「関東防空大演習を嗤ふ」を執筆し、これが軍部の逆鱗に触れて同社を追われる。しかし彼は、その後も名古屋に拠点を移し、個人誌「他山の石」に拠って軍部や政権を厳しく批判する言論活動を続けたという。東京新聞社説はその「他山の石」に、悠々はこう書いていると紹介している。

悠々は「他山の石」に「言いたいこと」と「言わねばならないこと」は区別すべきだとして「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが「言わねばならないことを言うのは、義務の履行」であり、「義務の履行は、多くの場合、犠牲を伴う」と書き残しています。
悠々にとって一連の言論は、犠牲も覚悟の上で、言うべきことを言う義務の履行だったのです。
正宗(白鳥)が言う「いかに生くべきか、いかに死すべきかを、身を以つて考慮した」悠々の命懸けの言論は戦争への流れの中では顧みられることはありませんでしたが、戦後再評価され、今では私たち言論、報道活動に携わる者にとって進むべき方向を指し示す、極北に輝く星のような存在です。

<蟋蟀(こおろぎ)は鳴き続けたり嵐の夜>
悠々のこの句作が世に出た35(昭和10)年は、31(昭和6)年の満州事変、32年の五・一五事件、33年の国際連盟脱退と続く、きなくさい時代の真っただ中です。翌36年には二・二六事件が起き、破滅的な戦争への道を突き進みます。

もし今が再び<嵐の夜>であるならば、私たちの新聞は<蟋蟀>のように鳴き続けなければなりません。それは新聞にとって権利の行使ではなく、義務の履行です。
来る10日は悠々の没後78年の命日です。大先輩を偲ぶとともに、業績や遺訓を思い起こし、私たち新聞のなすべきことを考え続けたいと思います。

その言や大いに良し。権力や権威への無難な忖度か、弱い立場のものをあげつらって批判する論調溢れる中で、東京新聞はこう自らを戒めている。「私たちの新聞は嵐の中でも蟋蟀のように鳴き続けなければなりません」「それは新聞にとって権利の行使ではなく、義務の履行なのです」「大先輩を偲ぶとともに、業績や遺訓を思い起こし、私たち新聞のなすべきことを考え続けたいと思います」と。つまりは、「多くの場合犠牲を伴う」ことを覚悟した言論人の義務履行の決意を述べているのだ。

言うまでもなく、言論の自由とは、権力や強者や社会の多数派を批判する言論が抑制されることなく自由であることを意味する。権力や強者や社会の多数派に耳の痛い、内容の言論である。その表現が、権力や強者や社会の多数派から疎まれ憎まれる類の言論。「多くの場合犠牲を伴う」ことになる言論である。悠々の言葉を借りるなら、このような「言わねばならぬこと」「多くの場合犠牲を伴う」ことを、犠牲の心配なく、躊躇も萎縮もなく、言えることの保障が必要なのだ。嵐の夜に鳴き続ける蟋蟀は貴重な存在である。いかなる嵐が吹こうとも、いかに小さな蟋蟀であろうとも、その鳴き声を途絶えさせてはならない。

悠々には、正宗白鳥をして、「彼(悠々)はいかに生くべきか、いかに死すべきかを、身を以つて考慮した世に稀れな人のやうに、私には感銘された。」と言わしめた覚悟のほどがあった。嵐の夜に鳴き続けた蟋蟀として、その生涯を貫いた悠々の姿勢は尊敬に値する。

しかし、今大切なのは、一人の大悠々ではなく、無数のミニ悠々ではないだろうか。何としても嵐を防止しなければならない。一匹の蟋蟀では無理でも、無数の蟋蟀の大きな鳴き声は嵐を押し返すことができるのではないか。私も、悠々ほどの覚悟はないにせよ、ミニ悠々の一人になりたい。

また、どんなときにも萎縮することなく、セミもマツムシも蟋蟀も鳴き続けることのできる社会を作ることはできないだろうか。誰もが、自分なりの音色で鳴き続けることを当然とし、認め合う社会。それは、すだく虫の音色を止める嵐のない,居心地のよい社会なのだと思う。
(2019年9月9日)

よりによって,私の誕生日は「韓国併合の日」

8月29日から10日が経過した。
8月29日を意味ある日として記憶されている人がいるだろうか。この日は、私の誕生日である。夏の盛りを過ぎ、もうすぐ夏休みも終わろうというこのころ。私の誕生日に関心をもつ人は、昔も今も殆どない。

ところで、8月29日とは、韓国併合の日として記憶される日である。手許の「日本史総合年表(吉川弘文館)」には、1910年8月22日のこととして「韓国併合に関する日韓条約に調印(29日公布施行,同日併合に関する詔書)」とあり、8月29日欄には「韓国の国号を朝鮮とあらためる件、朝鮮総督府設置に関する件を各公布」とある。

この8月22日と29日の関係について、アリの一言」というブログに読むべき書き込みがあることを教えられた。「『8・29』は忘れてならない歴史の日」というタイトル。執筆者は、「K・サトル」氏。1953年広島県生まれで、政党機関紙記者・論説委員、夕刊紙報道部長・編集委員、業界紙編集長などの経歴がある方だという。その記事の抜粋を引用させていただく。
引用元の記事のURLは以下のとおり。
https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/d4f122a66c81f3bf1de888561dc6d064

きょう8月29日は何の日か、と聞かれて答えられる日本人が何人いるでしょうか。
 「1910年6月、寺内正毅(当時陸軍相、長州出身―引用者)を3代目『統監』(朝鮮統監府―同)に任命した日本は、『不穏』な動きを封じ朝鮮とういう国そのものを完全に消滅させるための『併合』計画に着手した。同年8月22日、憲兵、警察に戦闘準備をさせ王宮と政府の重要部署を包囲し、総理大臣李完用をして『韓日併合条約』に調印させた。日本と親日売国奴は朝鮮人民の反抗を恐れ、『条約』を1週間ものあいだ秘密に付し、新聞を停刊、愛国団体を解散させ、反日運動家を検挙するなどして、8月29日にいたって、その事実をやっと公表した」(金昌宣著『加害と被害の論理』朝鮮青年社1992年)

 「8・29」は「日韓併合条約」が公表され、日本が朝鮮半島の植民地支配を“正式に”開始した日。韓国・朝鮮の人たちにとってはまさに「屈辱の日」なのです。

 「『併合』という言葉がどういう理由でもちいられたのか、当時の…倉知鉄吉外務省政務局長は、後にこういっています。…『韓国が全然廃滅に帰して帝国領土の一部となる』という意味を明確にすると同時に、その『言葉の調子があまり過激にならないような文字を選ぼう』と思い、いろいろ苦心し…『併合』という文字を閣議決定の文書にもちいた…。『併合』とは『韓国が全然廃絶に帰して帝国領土の一部となる』ということだったのです」(中塚明著『これだけは知っておきたい日本と韓国・朝鮮の歴史』高文研2002年)

 「日韓併合条約」は第1条で、「韓国皇帝陛下は韓国全部に関する一切の統治権を完全かつ永久に日本国皇帝陛下に譲与す」とし、第2条で、「日本国皇帝陛下は前条にかかげたる譲与を受諾しかつ全然韓国を日本帝国に併合することを承諾す」としています。
 韓国側が統治権を「譲与」し日本はそれを「承諾」するという姑息な形式の「条約」を、日本は軍隊・警察の武力の中で強行したのです。
 この「譲与」「受諾」の主体が、「韓国皇帝」と「日本国皇帝」=天皇であったことに留意する必要があります。

 この日(1910年8月29日)、天皇睦仁(明治天皇)は「韓国併合の詔書」を出しました。その中でこう述べています。「民衆ハ直接朕ガ綏撫(すいぶ=いたわること―引用者)ノ下ニ立チテ其ノ康福ヲ増進スヘシ…」。こうして「朝鮮人は天皇の赤子として位置づけられました」(宮田節子氏『日朝関係史を考える』青木書店1989年所収)。
 「日本の36年間にわたる朝鮮支配(1910~45年―引用者)の基本方針は、『同化政策』とよばれるものです。つまり朝鮮人を日本人化することに最終のねらいがあったわけです。その根拠になったものは…明治天皇が出した『韓国併合の詔書』です」(宮田氏、前掲書)

 1945年8月15日まで続いた日本による朝鮮植民地支配の基本方針は、朝鮮を「廃絶」し、朝鮮人を日本人に「同化」させることであり、その根拠になったのが天皇睦仁の「詔書」だったわけです。
 日本による朝鮮植民地支配は、文字通り天皇の名による、天皇の言葉に基づいた、天皇制国家の暴挙・蛮行でした。この事実を、今に生きる私たち日本人は肝に銘じる必要があるのではないでしょうか。

なお、周知のとおり、1910年日韓併合条約の効力の有無が戦後日韓関係での懸案事項となり、1965年日韓基本条約第2条の文言は、「1910年8月22日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される」となった。明確に、日韓併合条約も『もはや無効』が確認されている。

しかし、その解釈は両国で異なる。韓国政府は「日韓併合条約は当初から無効であった」という立場であり、日本は65年条約締結によって無効になったとする。両国の歴史認識のズレは戦後も一貫してあり、現在なお大きいのだ。
(2019年9月8日)

「知ってますか」 日本が朝鮮の民衆に何をしたかを。

昨今の不愉快極まりない、「嫌韓」の嵐。官邸・外務省が発生源で、メディアと右翼「言論人」がこれを煽っての悪乗り現象。さすがに、そろそろこのバカバカしい騒動に終止符を打とうという良識派の論調が見えはじめている。

本日(9月7日)の毎日新聞夕刊「週刊テレビ評」に、金平茂紀が「嫌韓ワイドショー 憎悪あおり『数字』得る愚行」という記事を書いている。表題のとおりの至極真っ当な内容。その一部を抜粋してご紹介したい。

「今はさあ、とにかく韓国をたたこう」。在京某テレビ局のワイドショーの制作デスクが定例会議の席で言い放ったそうだ。「数字(視聴率)取れるんだよね」。他国に対する偏見・差別や憎悪をあおって数字(視聴率)を上げる。公共の放送が決してやってはならない禁じ手だ。悪化している日韓関係に便乗する形で、日本のテレビは、程度の濃淡はあれ、公認の「嫌韓キャンペーン」を繰り広げているかのようだ。特にひどいのが情報系生番組だ。もちろん一部の報道ニュース番組も例外ではない。

なぜこんなことになってしまったのか。僕らテレビ人は頭を冷やして考えてみた方がいい。今回の日韓対立の直接の引き金は、去年10月の徴用工判決とされているが、徴用工問題とは一体どのような歴史的な事象なのか、ディレクターの君は知っているか。この徴用工問題では、中国との間では裁判で和解が成立し、和解金が支払われている事実を、放送作家のあなたは知っているか。歴史認識の隔たりが対立の根底にある。AD(アシスタントディレクター)のあなたは1910年の韓国併合を知っているか。実際、恐ろしいほどの知識の欠如、無知が、事実認識をゆがめているのではないか。

幾つかの感想を述べておきたい。まずは、時代の空気というもの、あるいはその変転の勢いの恐ろしさである。1年前の今頃、こんな凄まじい嫌韓の風が吹くことになろうとは思ってもいなかった。あっという間に空気は変わる。心しておきたい。ヘイトの言論を侮ってはならない。

二つ目は、この嫌韓の風を煽っている連中が、けっして本気の嫌韓派ではないことである。売れれば良し、数字がとれれば良し、儲けにつながればなんでもありなのが商業メディアの本質的一面なのだ。これが恐い。

さらに、メデイアは大衆の中の韓国に対する差別意識を的確に把握し、これに迎合した。このことを見逃してはならない。日本の民衆の深層にある隣国人に対する言われない差別観。侵略のために植えつけられた差別意識が今なお、根強くあるのだ。

もう一つ。「恐ろしいほどの知識の欠如、無知が、事実認識をゆがめているのではないか」。そうなのか。現場にいる人の言葉として重い。「恐ろしいほどの知識の欠如」をどうすれば埋めることができるのか。考え込まざるを得ない。

できることとして、今こそ、石川逸子の詩を紹介したい。以前にも当ブログに掲載したことのある詩を2編。2編とも、日本が韓国や韓国の民衆にした仕打ちについて、「知っていますか」と歴史を問う詩である。

ここに語られているのは、閔妃暗殺(日本なら皇后暗殺)であり、3・1独立運動弾圧であり、関東大震災後の在日朝鮮人虐殺であり、慰安婦問題であり、日清戦争直前の日本軍王宮占拠事件であり、徴用工問題、創氏改名、朝鮮人被爆…等々である。

韓国の人びとは公教育でこの歴史を学習して育っている。おそらくは、日本人の歴史認識との恐るべき格差があるのだ。われわれ日本人は、苦しくともこれに向き合わねばならない。「恥ずかしい国の 一主権者であることを恥じる」石川さんの気持ちを共有したい。そこが、出発点だ。

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風がきいた

知ってますか 風がきいた 夜の木々に
1895年10月8日
日本軍と壮士らが 隣国の王城に押し入り
王妃を むごたらしく殺害したことを
天皇が『やるときはやるな』首謀者をホメたことを

知ってますか 風がきいた 昼の月に
1919年3月1日
国旗をもって「独立万歳」 叫んだ朝鮮人少女が
右手 左手 次々 切り落とされ
なお万歳を連呼して 日本兵に殺されたことを

知っていますか 風がきいた ながれる川に
1923年9月2日
一人の朝鮮人女性が自警団に手足をしばられ
トラックで轢かれ 「まだ生きてるぞ」
もう一度轢き殺されたことを

知っていますか 風がきいた 野の花に
1944年末
与那国島に船で輸送されてきた
朝鮮人「慰安婦」たちが 米軍機に銃撃され
アイゴー 叫びながら 溺れ死んでいったのを

木々が 月が 川が 野の花が
きかれなかった 海 泥土 までが
一斉に答える
知ってます 知ってますよう
風が 日本列島を たゆたいながら吹いていった

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30日以内

2019年1月13日
元徴用工訴訟をめぐって
日本政府は 1965年の日韓請求権協定に基づく
協議再開要請への返答を
30日以内に出すよう 韓国政府に求めた

植民地下 日本男性を根こそぎ徴兵したことから
労働者不足となり
一家の働き手 若い朝鮮人たちを
力づくで 脅して 軍事工場へ 飛行場へ 鉱山へ
拉致してきた 大日本帝国

自らの意思で会社と契約した労働者なんかじゃない
いわば奴隷だったのだ

思い出す
1944年9月 徴用令書の公布を受け
「給料の半分は送金する 逃げれば家族を罰する」
と脅され はるばる郡庁に集まり
軍人の監視を受けながら
貨車で釜山へ 連絡船で下関 汽車で広島の工場へ
12畳の部屋に12人詰めこまれたという
在韓被爆者たちの訴えを

思い出す
「ヤミ船でやっと帰国してみたら
送金はなく 赤ん坊が餓死していました」
「朝鮮総督府になにもかも供出して
屋根のない家に家族がいました」
「爆風で怪我し 体調ずっと悪く 今も息苦しくてたまりません」
口々に訴えたひとたちを

思い出す
「小学校時代
日本語をしゃべらないと殴られた
戦争末期には食器まで銃にすると取り上げられた」
と言ったひとを
「豊臣秀吉の朝鮮侵略を讃える授業が辛かった」
と言ったひとを

むりやり連れてこられたのに
自力で帰るしかなかったから
ヤミ船で遭難し 海の藻屑となったひとたちもいた
劣悪な食事に抵抗して捕らわれ
広島刑務所で獄死したひともいた

待てど待てど 戻らない夫を待ち
老いてもなお戸口に立ち尽くす妻もいた

それらひとりひとりの憤懣に 恨に
思いをいたすこともなく
30日以内と 居丈高に迫ることができるのか
「協定は国と国との約束
個人請求権はなくなりません」
これまでの国会での政府公式見解を
あっさりと 闇に葬り
期限を切って回答をせまる ごう慢に 無礼に 気づかないのか

思い出す
かつて日清戦争前夜
1894年7月20日
朝鮮政府に
受け入れるはずもない4項目の要求を突きつけ
同月22日までの回答を迫った
日本政府を

―京城・釜山間の軍用電話架設
―日本軍のための兵営建設
―牙山駐留の清軍を撤退させる
―朝鮮独立に抵触する清との諸条約の破棄

翌23日深夜
回答がえられないのを口実に
他国の王宮の門を オノやノコギリで打ち破り
王宮を力づくで占領し
国王夫妻・王子を幽閉し 財宝も奪った
日本軍

朝鮮人なら思い出すであろう
腹が煮えかえる歴史を
再び繰りかえすつもりでもいるのか
相手あっての交渉の日時を
30日以内など
一方的に要求するとは!

韓国人留学生が言っていた
「日本の書店には
反韓反中の本があふれていますが
韓国には反日の本など並んでいませんよ」

恥ずかしい国の
一主権者であることを恥じながら
小さな新聞記事を切り抜く

―2019・1・16

日本政府のあまりの無礼な態度に呆れ、拙い詩を作りました。
ご笑読くださいませ。 石川逸子

(2019年9月7日)

香港・加油(香港の市民よ、がんばれ)!!

10年ほども前のある土曜日の午後のこと。NHKラジオからこんな言葉が、耳にはいってきた。

「今日の番組では、折り込み都々逸を募集しています。季節にちなんで、『クチナシ』を折り込んでください。」「さっそくこんな句が届きました。なるほど。これは面白い。」

 くちじゃ勝てない
 ちからも負ける
 なれてしたしむ
 しりのした

これを思い出したのは、香港の抗議デモで、「逃亡条例案」完全撤回のニュースを聞いたから。少数民族は別として、中国の人びとの大方は、習近平の尻の下に「慣れて親しんでいる」ように見えるのだ。おそらくは、改革開放以来の経済生活の向が評価されてのことなのだろう。目の眩むような経済格差の存在にもかかわらず、中国の人びとの経済的な不満感は少ないように見える。それゆえにか、多くの人々は、習近平の尻の下で、パンのみにて生きることに甘んじているごとくである。

ところが、香港の人びとは、中国共産党の尻の下に慣れて親しむことを敢然と拒否しているのだ。ここで求められているものは、パンではなく、自由であり、民主主義である。切実な自律の制度への要求でもある。今ごろ、「逃亡条例案」完全撤回だけでは不十分だ。まだ、4項目の要求が残っている。到底、尻の下に温々とはしていられない。

韓国のキャンドルデモは、最大時170万人の民衆を光化門広場に集めたという。もちろん、家族連れのデモ。到底広場に収まる人数ではなく、ソウルのメインストリートが民衆に埋めつくされた。その壮観は、次の選挙によって朴槿恵政権を打倒し、政権交代が代わるというシグナルでもあった。だから、不必要にデモが先鋭化する必要はなかった。ソウルのデモは選挙の前哨戦であった。

しかし、香港は韓国とも大きく事情を異にする。香港には、「次の選挙」がない。この抗議デモの圧倒的民意を政治に反映するルートが欠けているのだ。この大規模なデモは、普通選挙を勝ち取るにふさわしく、それなくして終熄しがたい。誰から普通選挙を勝ち取る? 言うまでもなく、大国となった中国政府から。今、750万人の香港の民衆が、13億の人口を抱える中国政府と対峙しているのだ。到底、中国の尻の下では、安閑と生きられない。

なお、5項目要求は必ずしも統一した文言ではないようだが、たとえば、次のとおり。
1. 徹底撤回逃犯條例
  (逃亡犯条例改正案の完全撤回)
2. 撤回612暴動定性
  (市民活動を「暴動」とする6月12日見解の撤回)
3. 必不追究反送中抗爭者
  (デモ参加者の逮捕、起訴の中止)
4. 成立獨立委員會,徹査警方濫權濫暴及元朗暴力事件
  (警察の暴力的制圧の責任追及と外部調査実施)
5. 要求特首林鄭月娥下台全面落實雙真普選
  (林鄭月娥長官の辞任と民主的選挙の実現)

下記のように、簡潔に6字でまとめたスローガンもある。正確には読めないが、事情を理解した上で漢字を読めば、なんとなく分かりそうな気がする。

香港人的五大訴求
1.撤回送中悪法
2.撤消暴動定性
3.制止秋后算帳
4.徹査警方暴力
5.落実双真普選

大雑把に言えば、悪法を撤回し、デモ弾圧の被害者を解放し、弾圧の責任を認め、長官を辞めさせて、本当の民主的な選挙制度を作ろう」という要求なのだ。今や、主たるスローガンとなった「真普選(本物の民主的な選挙制度)」を作ろうというのが、雨傘運動以来の一貫した要求。あまりにも当然の要求ではないか。

翻って日本の民主主義の実情を顧みる。香港と違って民主主義の形はある。しかし、韓国のごとくこれを生かしきってはいない。むしろ、安倍政権の尻の下に、ぬくぬくとしていると指摘されてもやむえないこの体たらく。

香港の市民に成り代わっての心意気を詠む。

 くちじゃ負けない
 ちえなら勝てる
 なにせごめんだ
 しりのした

 くるしい日々だが
 ちは沸き返る
 ないて笑って
 しんじる明日

(2019年9月6日)

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