澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

東京高裁『スラップ違法判断紙一重』判決の紹介 ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第111弾

一昨日(11月22日)東京高裁第11民事部(野山宏裁判長)が名誉毀損訴訟で注目すべき判決を言い渡した。私は判決書きを入手していないので、複数報道を読む限りでのことだが、判決中の説示とされているものが裁判官の心証をよく表している。この判決はスラップの提訴を違法と言うに紙一重だ。あるいは、スラップ違法にもう一歩、という印象なのだ。

訴訟の内容は、週刊文春の記事によって名誉を毀損されたとするイオンが提起した損害賠償等請求事件。一審はイオンの勝訴だったが、控訴審では実質的に逆転判決となった。ここまでを時系列で整理してみる。

☆「週刊文春」2013年10月17日号が、「『中国猛毒米』偽装 イオンの大罪を暴く」とする、記事を掲載。記事は、三重県の卸売会社が中国産米を混ぜた米を国産米と偽装して販売していた問題をめぐって、「イオンが偽装米の納入に関与して、この米を使った弁当やおにぎりなどを販売していた」と報じるもの。この号の広告を新聞やウェブサイトにも掲載した。

☆イオンが、文春記事に対抗する形で、反論の社告や意見広告を掲載。

☆イオンが「週刊文春」発行元の文芸春秋社を被告として、東京地裁に1億6500万円の損害賠償請求訴訟を提起。損害として、信用毀損相当額だけでなく、「文春記事に対する反論の社告や意見広告掲載料」を計上したことで高額請求訴訟となった。また、ウェブサイトの広告掲載の削除も求めた。

☆2016年12月16日 東京地裁一審判決(沢野芳夫裁判長)。
文春に2490万円の支払いと、ウェブ広告の削除を命じた。文芸春秋は即日控訴。
同判決は、「見出しを含めた記事と広告の大部分が真実とは認められず、名誉毀損に当たる」と判断。「社会的信用を失わせた損害として600万円」、「イオンが新聞紙上に社告や意見広告を出すためにかかった広告掲載料の一部約1670万円」も、文芸春秋の不法行為と因果関係を有する名誉回復に必要な損害と認めた。

この判決に対する被告文春側の対メディア・コメントが次のとおり。
 「この判決は、大企業が資金力に物を言わせて報道に圧力をかけることを容認するものだ。著しく不当な判決」「イオンの意見広告は、イオンが独自の判断で出したものであり、当社がその費用を負担する理由はない」

☆2017年11月22日  控訴審判決
判決は、当該記事本文の内容を真実と認定して逆転の判断となった。但し、タイトルについてだけ、「イオンによる猛毒米の販売という誤った印象を抱かせる」と名誉毀損を認めて、110万円の損害賠償と「猛毒』の2文字についてだけの削除を命じた。反論のためイオンが新聞各社に掲載した意見広告費用の賠償については、「言論や表現を萎縮させ、好ましくない」と述べ排斥した。

興味深いのは、NHKが報じた《「記事は真実」 東京高裁 週刊文春の賠償額を大幅減》という次の記事。
「22日の2審の判決で東京高等裁判所の野山宏裁判長は、記事の内容は真実だとして1審の判決を変更したうえで『食品の安全に関して問題を提起する良質の言論で、裁判を起こすことで萎縮させるのではなく、言論の場で論争を深めていくことが望まれる』と指摘しました。」

産経も《「訴訟ではなく言論で対抗を」東京高裁裁判長、異例の言及 名誉毀損、二審は大幅減額 文春のイオン中国産米報道》というタイトルで、判決書中の次の判示を報じている。
「野山宏裁判長は記事本文は真実で『問題提起をする良質の言論』だとして違法性はないと判断。名誉毀損は広告の一部のみに認め、約2490万円の賠償などを命じた1審東京地裁判決を変更、認容額を110万円に大幅減額した。」
「野山裁判長は記事『食品流通大手に価格決定権を握られた納入業者が中国産などの安価な原料に頼り、食の安全にリスクが生じているのではないかと問題提起するもの』と指摘。表現の自由は憲法で保障されており、『訴訟を起こして言論や表現を萎縮させるのではなく、良質の言論で対抗することで論争を深めることが望まれる』とした。」

高裁野山判決が興味を惹くのは、原判決に対する被告(文春)のコメント、「この判決は、大企業が資金力に物を言わせて報道に圧力をかけることを容認する著しく不当な判決」に、向きあった判断をしていることだ。この文春コメントは、イオンの提訴をスラップと評しているに等しい。
この点を野山判決は次のように判示した。
「記事本文は真実で『食品流通大手に価格決定権を握られた納入業者が中国産などの安価な原料に頼り、食の安全にリスクが生じているのではないかと問題提起する良質の言論』と評価し」たうえ、これを憲法で保障された表現の自由の範疇の言論ととらえて、『訴訟を起こして言論や表現を萎縮させるのではなく、良質の言論で対抗することで論争を深めることが望まれる』」

形の上では、イオン側の一部勝訴だから、提訴の全部をスラップとは言い難い。それでもなお、東京高裁の判決が、「訴訟を起こして言論や表現を萎縮させるのではなく、良質の言論で対抗せよ」と言ったことの意味は重い。

判決は、敢えて「訴訟を起こして言論や表現を萎縮させる」という言葉を用いている。「訴訟を起こして言論や表現を萎縮させる」ことこそ、スラップの意図であり効果にほかならない。資力において対抗言論を行使し得ない人はともかく、資力十分な者が言論で批判された場合には、「訴訟を起こして言論や表現を萎縮させてはならず、『良質の言論には良質の言論で対抗せよ』」というのだ。これが、表現の自由を保障した社会の真っ当なあり方なのだ。

DHCスラップ訴訟は、この見地から、提訴自身を違法というべきである。私のブログは、まぎれもなく「良質な政治的言論」である。「政治とカネ」「規制緩和と消費者の利益」などについて問題提起をするものであり、DHC・吉田に対する「良質な言論による批判」にあたる。これに対して、条件反射のごとく、スラップ訴訟を提起したのがDHC・吉田であった。東京高裁野村判決は、これをたしなめ、「訴訟を起こして言論や表現を萎縮させてはならない」「良質の言論には良質の言論で対抗せよ」と言っているのだ。これが、訴訟実務の現下の趨勢であることに間違いがない。

DHCスラップ2次訴訟の先行きに、明るい兆しが見えている。憲法21条「表現の自由の保障」の旗は我々の側にある。堂々と訴訟を進行させたいと思う。

言論の自由を大切に思う多くの人たちのご支援を期待している。

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私(澤藤)自身が被告とされているDHCスラップ2次訴訟(反撃訴訟)。事実上の第1回口頭弁論期日は12月15日(金)。ぜひ、多数の方の傍聴をお願いいたします。

閉廷後の報告集会は東京弁護士会504号室(5階)で行います。
報告集会では、木嶋日出夫弁護士(長野弁護士会)に、伊那太陽光発電スラップ訴訟の教訓について、ご報告いただきます。

以下は当日のスケジュールです。

13時30分 東京地裁415号法廷(民事第1部)
       反撃訴訟訴状(反訴状)の陳述
       光前弁護団長が反訴の要旨を口頭陳述
       澤藤が反訴原告本人として意見陳述

閉廷後  14時~16時 報告集会
     東京弁護士会504号室(5階)
     光前さん・小園さんから、訴状の解説。
     木嶋日出夫さん 伊那太陽光発電スラップ訴訟代理人報告と質疑
     澤藤(反訴原告本人)挨拶 

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伊那太陽光発電スラップ訴訟概要
(長野地裁伊那支部・2015(平成27)年10月28日判決)
原告(反訴被告)片桐建設
被告(反訴原告)土生田さん
被告(反訴原告)代理人 弁護士木嶋日出夫さん
本訴請求額 6000万円 判決は請求棄却
反訴請求額  200万円 判決は50万円認容
双方控訴なく確定

☆長野県伊那市の大規模太陽光発電所の建設計画が反対運動で縮小を余儀なくされたとして、設置会社が住民男性(66)に6000万円の損害賠償を求めた事件。
長野地裁伊那支部・望月千広裁判官は本訴の請求を棄却し、さらに男性が「反対意見を抑え込むための提訴だ」として同社に慰謝料200万円を求めた反訴について、「会社側の提訴は裁判制度に照らして著しく正当性を欠く」と判断し、同社に慰謝料50万円の支払いを命じた。

☆判決は、最高裁判決の論理を前提とし、「(片桐建設の)本件訴えの提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる」「本件訴えの提起が違法な行為である」と判示して慰謝料50万円を認容した。
また、「少なくとも、通常人であれば、被告の言動を違法ということができないことを容易に知り得たといえる」「原告において、真に被害回復を図る目的をもって訴えを提起したものとも考えがたいところである」との判示が注目される。この点は、DHCスラップ2次訴訟(反撃訴訟)に生かせると考えられる。

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木嶋日出夫弁護士紹介。
1969年 司法研修所入所(23期・澤藤と同期)
1971年 司法研修所卒業 弁護士登録(長野県、旧林百郎事務所)
1974年 自由法曹団長野県支部事務局長
1976年 日本弁護士連合会公害対策委員
1979年 長野県弁護士会副会長
1990年 第39回衆院選当選(日本共産党公認・旧長野3区・1期目)
1996年 第41回衆院選当選(日本共産党公認・長野4区・2期目)
2000年 第42回衆院選当選(日本共産党公認・長野4区・3期目)

(2017年11月24 日・連日更新第1699 回)

日民協・司研集会に、司法の嵐の時代を想う

本日は、第48回の日本民主法律家協会・司法制度研究集会。今回はこれ以上はない大きなテーマ。「憲法施行70年・司法はどうあるべきか―戦前、戦後、そして いま」。戦前・戦後の司法制度に詳しい内田博文教授(神戸学院大学・九州大学名誉教授)の講演がメインだった。旧憲法下の「戦時司法」が、戦後、日本国憲法の制定により、果たして反省・総括され克服されたのかという視点から、憲法施行後70年の日本の司法を振り返っていただく。そして、人権保障の砦としての司法を国民の手に取り戻すにはどうしたらよいかという問題提起をしていただく、という内容。

その講演にサブタイトルが付けられた。「戦前司法への回帰?ー「公共の福祉」論から「公益及び公の秩序」論へ」というもの。戦前と比較してみて、安倍政権の今の動向は、相当にやばいところまできている、という危機感横溢した報告だった。

語られたことは、天皇の名において行われた戦前の法と司法が、新憲法下においても連続の契機を多く持っているということ。実定法の分野では治安維持法や国防保安法、戦時刑事特別法などの戦時法体系が、戦後の平時法体系に伏在していること。そして、司法を担う裁判官は、そのまま職にとどまって戦後司法の担い手となった。

戦後の司法は、国家からの独立の気概をもたなかった。現在の司法の基礎が築かれた時期(50年代)に10年にわたって2代目最高裁長官を務めた田中耕太郎がその象徴といってよい。彼は、強烈な反共主義者で、自ら「国家の番犬」を任じた。その国家が、アメリカの僕だったのだから、日本の司法はアメリカの番犬でもあった。こうして、砂川事件における在日米軍の存在を容認する「論理」が構築されたのだ。

田中耕太郎後の60年代には、少しはマシになるかに見えた司法であったが、70年代には「司法反動」の時代を迎える。この時代を代表する人物が石田和外。そして、時代を代表する事件が宮本判事補の再任拒否だ。本日、宮本さんと同期の元裁判官が、当時の裁判所の空気についてフロアーから発言をした。

「宮本裁判官の再任拒否が噂された時期、多くの裁判官がよもやそんなことはあるまいと思っていた。宮本さんの上司の裁判官も『そんなことはあり得ない』と言っていた。それだけに、宮本再任拒否の衝撃は大きかった。多くの裁判官が萎縮を余儀なくされた。以前は、自分の考えだけで判決を出すことができたが、宮本再任拒否以後は明らかに変わった。すこしでも政治がらみと思われる事件の判決に筋を通すには、身分上の覚悟を要することとなった。」

宮本さんが、13期。私が23期である。宮本さんが10年の裁判官生活を経て再任を拒否された1971年4月。時期を同じくして、23期の裁判官任官希望者7人が任官を拒否された。うち、6人が青年法律家協会の会員だった。我々にとっては明らかな、思想信条による差別だった。

差別された思想とは、裁判所・裁判官は憲法の求めるものでなくてはならないという当たり前の考え方。もう少し具体的には、裁判官は、毅然として国家権力や時の政権から独立していなければならない、とする憲法に書き込まれた思想だ。

憲法理念に忠実でなければならないとする若手の裁判官や司法修習生は青年法律家協会に結集していた。時の自民党政権には、これが怪しからんと映った。当時続いた官公労の争議権を事実上容認する方向の判決などは、このような「怪しからん」裁判官の画策と考えられた。

いつの世も、まずお先棒をかつぐ輩がいる。当時の反共雑誌「全貌」が特集で青年法律家協会攻撃を始めた。自民党がこれに続き、石田和外ら司法の上層部はこの動きに積極的に迎合した。こうして、裁判所内で「ブルーパージ」と呼ばれた、青年法律家協会会員への脱会工作が行われ、これが宮本再任拒否、23期任官拒否となった。23期の修了式で任官拒否に抗議の発言をした阪口徳雄君の罷免という事態も加わって、「司法の嵐」といわれる時代を迎えた。

最高裁の暴挙には当然大きな国民的抗議の世論が巻き起こった。そのスローガンは、「司法の独立」であった。行政権からも立法権からも独立して、多数決原理とは異なる理性の立場から、人権を擁護し憲法理念に忠実な司法を形づくらねばならない、という大きな世論の形成があった。政府の番犬ではない、国家権力から独立して、主権者国民に奉仕する司法が求められたのだ。

1971年以後、裁判官の多くは、青年法律家協会とは絶縁して無難にその職業生活を全うした。しかし、いつの世にも、どこの世界にも、少数ながら硬骨漢といわれる人物はいる。そのような裁判官は差別的な処遇に甘んじた。昇格昇給や任地で差別され、政治的に影響の大きな事件の担当からは排除され、合議体の裁判長からも外されることで後輩裁判官との接触を絶たれた。

先日、そのような境遇で筋を貫き通した同期の元裁判官と話をする機会があった。裁判官としての仕事は充実し能力にも自信をもっていたが、明らかに任地で差別され出世が遅れていた。その彼に、裁判官生活の最後の一年を「所長に」という話があったという。即答せずに妻と相談したら、即座に反対されたそうだ。「これまで筋を通してきたのだから最後までその姿勢を貫いたらいい」。その一言で、結局所長にはならず終いだったという。立派なものではないか。

46年前の4月に司法修習を終えた23期は、「司法の嵐」のさなかに、船出をはじめた。同期の多くの者にとっては、憲法の理想とはほど遠い反動的最高裁との対決が、法曹としての職業生活の原点となった。この原点としての姿勢を貫いている仲間の存在は、痛快であり希望でもある。安倍自民党の策動、軽視はし得ないが、それに対抗する力量も各界に存在しているはずではないか。

本日の報告の全体像は、「法と民主主義」12月号に特集される。ぜひ、これをお読みいただきたい。
(2017年11月23日・連日更新第1698回)

本件では瑕疵担保責任は生じないー森友学園への土地譲渡に代金値引きの理由はない。

 森友学園事件も加計学園事件も、うやむやのうちに幕引きをしてはならない。徹底した追求が必要だ。世論もメディアも矛を収めてはならない。国会も会計検査院も本気にならねばこの国は腐ってしまう。そして、最後の切り札が刑事司法。そろそろその出番ではないのか。

そんな問題意識で、本日(11月22日)醍醐聡さん以下の「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」有志が、近畿財務局長を背任で告発した。告発状は以下のとおり。

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 発 

2017年11月22日

東京地方検察庁 御中

 

告発人   醍醐聰以下別紙告発人目録に記載のとおり

 

被告発人  美並義人(財務省近畿財務局長)

 

告発人ら代理人弁護士 澤藤統一郎

同          澤藤 大河

同          杉浦ひとみ

 

第1 本件告発の概要と背景事情

1 本件は、いわゆる森友学園事件の一連の経過における疑惑の一端について関係者の刑事訴追を求めるものである。

森友学園事件は、我が国の最高権力者の行政私物化を象徴する事件として、国民から徹底的な疑惑解明を切望されているにもかかわらず、説明責任を負う行政が政権に対するおもねりの故に事実の隠蔽に終始して全容の解明にはほど遠い実情にある。疑惑の中心にある安倍晋三首相とその夫人の疑惑解明への熱意も乏しい。このままでは、いくつもの疑問を残したまま疑惑解明に幕が下ろされるのではないかと危惧せざるを得ない。

この事態において、告発人らは行政から独立し、不偏不党の立場にあって一切の忖度や行政からの介入に無縁の存在としての刑事司法に疑惑の全容解明を期待して、本告発に及ぶものである。

2 森友学園をめぐる一連の疑惑の核心は、学校法人森友学園が小学校建設予定地とした国有地の極端な低額譲渡にある。この国有地の極端な低額譲渡は、必然的に当該国有財産の管理担当官の国に対する背信行為の存在を疑わしめ、背任罪の成否解明を必要とする。

具体的には、国有財産法や財政法に定められた、国有財産を適正に管理し、これを譲渡する場合には客観的に適正な価格を以てするよう職務上の義務を負う近畿財務局担当官の背任罪の成否である。

その被疑事実に関しては、すでに木村真豊中市議らによる背任罪での刑事告発が先んじ、さらに本年7月13日付で、「国有地の低額譲渡の真相解明を求める弁護士・研究者の会」の阪口徳雄弁護士(大阪弁護士会)や上脇博之神戸学院大学教授らが、詳細な理由を付した告発状を大阪地検に提出してこれに続いている。

また、本件告発人と重なる「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」有志103名が、本年10月16日に御庁に対して池田靖近畿財務局統括国有財産管理官(当時)を背任で、佐川宣寿財務省理財局長(当時)を証拠隠滅で告発したところでもある。しかし、現在まで告発対象の被疑事実について見るべき捜査の進展はない。

3 詳細は後述するが、当該国有地の極端な低額譲渡は、買主(森友学園)から売主(国)に対する瑕疵担保責任に基づく損害賠償相当金額を予め控除するとの口実をもって実行された。具体的には、瑕疵とは当該土地に地下埋設物が存在するということであり、損害賠償相当金額とは地下埋設物の撤去費用とされた。

しかし、瑕疵担保責任とは、売買対象物に「隠れたる瑕疵」が事後的に発見された場合の民事的責任(民法570条)である。事後的に高額な損害賠償責任を負担せざるを得ない場合があることはともかく、予め売主において瑕疵の有無や程度を確認することなく瑕疵担保責任を認めて、幻の地下埋設物の撤去費用相当の損害賠償を認めるなどは考え難い。しかも、契約締結時点において確認されていない瑕疵を原因として、土地価格の85%もの金額の損害賠償を認めたのである。これは、合理的な取引主体としてありうべからざる行為というほかはない。

4 なお、本件において問題となるべきは、合理的な地下埋設物撤去費用の算定如何ではない。本告発は、そもそも本件売買対象地には(法的意味における)瑕疵は存在していないことを指摘するものである。

したがって、背任罪は埋設物の撤去費用算定を必要とせずに成立し、その損害額は、地下埋設物撤去費用相当額として譲渡代金から控除された全額である。

本告発は、以上の視点から、被告発人の本件国有地売却を背任罪に問擬して刑事訴追を求めるものである。

5 繰り返すが、本告発は森友事件疑惑の一部についてのものに過ぎない。告発人らは、本件被疑事実の捜査を端緒とする厳正な刑事司法の発動によって森友学園をめぐる疑惑全容の解明を期待するものである。

 

第2 告発の趣旨と告発事実

被告発人美並義人の下記行為は、背任(罰条:刑法第247条)に該当するので、同被疑事実について厳正な捜査の上、刑事上の処罰を求める。

  被告発人は、財務省近畿財務局長の任にあって、国に対して、国有財産法、財政法等の規定に基づき、所管の国有財産を適正に管理しこれを譲渡する場合には客観的に適正な対価をもってすべき任務を負う者であるところ、

2016年6月20日、大阪府豊中市野田町1501番(8770.43㎡)の国有地(以下、「本件国有地」という)について、売払人国の契約担当官として、買受人学校法人森友学園との間に国有財産売買契約を締結するに際して、

本件国有地の地下埋設物撤去費用を過大に評価しこれを控除する費用が必要との外観を装うことによって、極端に低廉で不適正な対価をもって譲渡しようと企図し、

本件国有地には、契約の目的に支障となる地下埋設物の存在が確認されていないことを知悉しながら、これあるとの架空の想定の下、不要な地下埋設物撤去費用8億1900万円を計上し、

森友学園の経済的利益または自己の身分上の利益を図る目的のもと、

時価評価額9億5600万円から、不要な地下埋設物撤去費用8億1900万円を控除する名目をもって、売買代金を金1億3400万円と定めて、もってその任務に違背して国に金8億1900万円相当の損害を与えたものである。

 

第3 本件被疑事実と告発に至る事情

1 国有財産法第9条1項は、「国の財産は、法律に基く場合を除く外、これを交換しその他支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し若しくは貸し付けてはならない」と定める。

当然のことながら、国有財産の譲渡は、適正な対価をもってしなければならない。換言すれば、当事者の交渉による任意の価格設定はあり得ず、担当官には客観的に適正な対価での譲渡が義務づけられている。このことが、確認しておくべき大原則である。

民有財産の売買においては、売買対象物の処分権限をもつ売主がどのような思惑にもとづいて価格設定をしても問題にはならない。価格交渉の妥結点がいかなるものであっても、刑事上なんの問題も起きない。しかし、国有財産の譲渡における対価は、自由な価格交渉によって決することを許されていない。国有財産の管理を任務とする公務員が、適正な対価を下回る価格での譲渡をすれば、国に対する関係で、背信行為となり、損害を与えたことにもなって背任罪が成立する。

2 本件では、時価9億5600万円の土地の売買代金が、地下埋設物撤去費用相当額8億1900万円を控除することによって1億3400万円となっている。実に、土地価格の85.67%の値引きである。

本件における背任罪成否の焦点は、この値引きに根拠があるかの1点にかかるものであるが、そのような値引きの根拠はあり得ない。

仮に、適正な撤去費用相当額を8億1900万とする地下埋設物が存在したとすれば、そのような地下埋設物の種類や量、埋設場所などの確認と記録が不可欠であり、金額算定の根拠も明示されなければならない。しかし、そのような資料も根拠も残されてはいない。

3 この点について、政府委員として国会での答弁を担当した佐川宣寿理財局長(当時)は、この8億1900万円は、本件国有地売買における瑕疵担保責任免除の対価である旨を繰り返し答弁している。

その趣旨は、民法570条の瑕疵担保責任について特約を締結し、民法上の瑕疵担保としての地下埋設物撤去費用相当分の損害賠償債務を負わないとするものであるから、値引額である8億1900万円は埋設物の撤去費用相当額として適正なものでなくてはならない。

地下埋設物撤去費用金額の妥当性を判断する前に、2段階の問題が存在する。まず、果たして地下埋設物が存在するか。そして、仮に地下埋設物が存在するとして、それが損害賠償を必要とする瑕疵に当たるか。前者が事実の問題であり、後者が法的評価の問題である。

この両者が共に肯定された場合にはじめて、損害賠償金額つまりは撤去費用相当額の妥当性が問われることになる。いずれかが否定されれば撤去費用相当額を特定する必要なく、値引きの8億1900万円全額が背任の被害額となる。

4 まず、地下埋設物の有無の問題である。

国(近畿財務局)と森友学園間の、本件国有地についての「国有財産売買契約書」において、本件土地に存在すると確認された埋設物は「陶器片、ガラス片、木くず、ビニール等のごみ」のみ(第42条第4項)であって、校舎建設のための杭打工事に支障となるコンクリート片などは発見されていない。

また、近畿財務局の依頼を受けて2016年5月31日に「不動産鑑定評価書」を同局宛てに提出した担当不動産鑑定士も評価書の中で、「地中埋設物として廃材、ビニール片等の生活ゴミが確認されている」と記しており、校舎建設のための杭打工事に支障となるコンクリート片などは挙げていない。

さらに、国土交通省大阪航空局が作成した「参議院予算委員会視察時資料」(2017年3月16日)は、本件国有地の断面図(イメージ図)を添付している。それによると、深さ3.8mまでに汚染土のほか、配水管、マンホール・アスファルト・コンクリートガラ等が存在したと記しているが、それらは国が森友学園に精算払い済みの「有益費の支払い対象」と明記している。

その上で、大阪航空局は、深さ3.8m~9.9mまでに存在すると想定された廃材等が、本件国有地に係るごみ撤去費用の見積もり対象となると記しているが、9.9mの掘削工事中に「掘削機の先端部に絡みつくほどの廃材等」が目視されたことを廃材が地中に存在する根拠としたに過ぎない。

しかし、仮にその想定が当たっているとしても、大阪航空局の前掲資料によれば、2009年8月に行われた土地の履歴調査等から、深さ9.9mあたりのの地中は昭和40年代初頭まで池や沼で、その後宅地化されたものと推定している。こうした経過で深さ9m前後の地中に存在すると推定された廃材等が校舎建設工事に支障をきたすとは、およそ考えられない。

5 次いで、瑕疵に当たるかという問題である。

「陶器片、ガラス片、木くず、ビニール等のごみ」の存在は、瑕疵担保責任の根拠としての「瑕疵」に該当することになるであろうか。

この点、佐藤善信国土交通省航空局長(当時)も、こうした廃材、生活ごみが存在していても「工事の施工には問題はございません」(参議院予算委員会、2017年2月28日、会議録)と答弁している。森友学園の籠池理事長(当時)も2017年2月20日に放送されたTBSの単独インタビューにおいて、「運動場の下は取り出さなくていいんですから、さわっていないんだから、そこにお金がかかることはありません」と明言している(衆議院財務金融委員会、2017年2月21日、会議録)。現に、森友学園は2017年4月の小学校開校に向けて、地中深くから廃材等を取り出すことなく、校舎の建設工事を続けてもいた。

6 類似案件の下級審判例として、神戸地裁、昭59・9・20判決(『判例タイムズ』No.541, 1985年2月1日、180頁)がある。

「鉄筋三階建ての分譲マンションを建築する目的で買い受けた造成地の地下にビニール片等の廃棄物が混入していたとしても、杭打工法により予定どおりのマンションを新築して買受目的を達している場合には、右造成宅地に瑕疵があるとはいえないとされた事例」と紹介されている。

その理由として同判決は、「本件土地にはビニール片等の廃棄物が混入していたため、当初予定していたベタ基礎工法を杭打工法に変更を余儀なくされたにせよ、現にこれを新築することができてその買受目的を達していたこと、工法の変更が必要不可欠なものであったという確証はない」ことを挙げている。

「造成地の地下にビニール片等の廃棄物が混入していたとしても、現にこれを新築することができてその買受目的を達していた」場合には、瑕疵はないというものである。

7 売主の瑕疵担保責任として、撤去費用相当額の損害賠償責任を認めた下級審の代表的判決例として次のものを引用しておきたい。

「宅地の売買において、その地中に、大量の材木等の産業廃棄物、コンクリートの土間や基礎が埋設されていたことが、土地の隠れた瑕疵になるとされた事例」(東京地裁平4・10・28判決、『判例タイムズ』No.831,1994年2月1日、159頁)

その理由として東京地裁は、「本件の場合、大量の材木片等の産業廃棄物、広い範囲にわたる厚さ約15センチメートルのコンクリート土間及び最長2メートルのコンクリート基礎10個が地中に存在し、これらを除去するために相当の費用を要する特別の工事をしなければならなかったのであるから、これらの存在は土地の瑕疵にあたるものというべきである」と指摘している。

つまり、地下埋設物が存在したこと自体ではなく、買主が土地を買受の目的に充てる工事を遂行する上で、埋設物が障害になったという事実にもとづいて「瑕疵」に当たると判断し、当該地下埋設物の撤去に要した費用を売主が賠償すべき損害と認定したものである。

8 以上の常識的見解から、本件国有地の埋設物が土地の「瑕疵」当たらないことが明瞭である。その性状が、「陶器片、ガラス片、木くず、ビニール等のごみ」のみ(第42条第4項)であって、コンクリート土間やコンクリート基礎などではないのである。校舎建設のための杭打工事に支障となる性状のものは発見されていない。

なお、この点について、近畿財務局からの依頼に基づいて不動産鑑定士が作成した前記不動産鑑定評価書の中に、「最有効使用である住宅分譲に係る事業採算性の観点からは地下埋設物を全て撤去することに合理性を見出し難く、正常価格の観点から逸脱すると考えられる」との指摘がある。杭打ちが可能でさえあれば瑕疵には当たらず、その撤去費用を控除して本件国有地の評価を大きく下げることは、正常な価格評価から逸脱するとの考えと理解される。

9 また、本件国有地の売買契約締結に至る過程での価格交渉の席上、近畿財務局の担当者が「土地の瑕疵を見つけて価値を下げていきたい」などと発言していた事実がある(「新たなメモ見つかる」『報道ステーション』2017年8月3日)。これに照らせば、近畿財務局は正常な売買交渉ではないことを十分認識しながら、森友学園に利益を得させるため、瑕疵担保責任を故意に拡大解釈し、異常な廉価での売却を実行する背任を犯したと言わざるを得ない。御庁の捜査において、この点を厳重に究明されるよう強く要望する。

 

以上、本件告発は、森友学園事件疑惑の全容解明を期待する国民世論を代表しておこなうものである。御庁検察官は、権力に屈しない毅然たる姿勢をもって、本告発にかかる事案について厳正な捜査を遂げ、さらに権力中枢の関与についてまで、国民が納得できるよう十分な捜査をされるよう望む次第である。

                                                               以  上

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記者会見で配布した解説のメモも紹介しておきたい。

森友学園事件関連・美並義人近畿財務局長告発メモ

☆ 告発罪名背任(刑法第247条)

☆ 2016年6月20日付「本件国有地」売り払いにおいて、根拠なく、地下埋設物撤去費用名下に8億1900万円の値引きをして、国に対して同額の損害を与えたことが、背任罪に当たる。

☆ 地下埋設物撤去費用の妥当性が問題なのではなく、土地に瑕疵がないのに値引きをしたこと自体が問題で、値引き額の全額が国の損害となる、というのが本告発における指摘。

☆ 佐川理財局長の国会答弁では、「瑕疵担保責任を免れるための対価を値引きした」とされているが、瑕疵担保の要件としての地下埋設物はない。あっても、瑕疵に当たるようなものではない。

☆ 地下埋設物は2層に区別。
深さ 0 ~3.8m  借地契約時代に有益費として支払済み。
深さ3.8m~9.9m   こちらだけが問題。
工事の支障になる埋設物の確認はない。
むしろ、支障がないことの証言があり、現実に工事は進行した。
小学校敷地であることを考えても、
深さ3.8m~9.9mの埋設物は問題にならない。

☆ しかも、「地下埋設物撤去費用名下に8億1900万円の値引き」というスキームは、近畿財務局側からの提案であった。

(2017年11月22日・連日更新第1697回)

 

どう考えても、「国旗・国歌(日の丸・君が代)」強制は違憲だ

東京「君が代」裁判(第4次訴訟)の控訴理由書提出期限が12月18日とされて、俄然忙しくなっている。

課題として獲得すべき判決は二つ。「日の丸・君が代」強制が違憲であることの判決。あるいは、停職・減給だけでなく戒告も裁量権濫用に当たるとして処分を取消す判決。いずれもけっして低いハードルではないが、原告団も弁護団も元気だ。

違憲論の組み立ても幾つか試みられているが、「国旗・国歌(日の丸・君が代)に対する敬意表明の強制は、憲法19条が保障した思想・良心の自由を侵害する」という構成が本命だと思う。どうして、司法はこのシンプルな常識的論理を認めようとしないのだろうか。

私たちの主張は、どんな内容の思想もどんな良心も、19条の効果として国家の権力作用を拒否できると考えているわけではない。国民個人に対する国家の権力発動を「思想良心を侵害するものとして拒否できる」のは、個人の人格の中核にあって、その尊厳を支えている思想や良心を侵害する場合に限定されるものではあろう。

歴史的には、近世のキリシタン弾圧や近代の天皇崇拝の強制、あるいは特高警察による思想弾圧の対象となった信仰や思想。今の世では、まさしく、「日の丸・君が代」強制を拒否する思想こそが、個人の人格の中核にある思想として国家権力の発動による侵害から守られなければならない。

いうまでもなく、憲法とは権力を統制する手段である。国家と国民個人の関係を規律して、権力の恣意的発動から個人の人権を擁護するためにある。したがって、憲法が最も関心を寄せる課題は、国家権力と国民個人の関係である。

国旗・国歌(日の丸・君が代)に対する起立斉唱の命令とは、国旗・国歌が象徴する国家と個人が対峙する局面において、権力の発動によって個人に国家の優越を認めるよう強制するということなのだ。憲法の最大関心テーマであって、これを措いて思想良心侵害の場面を想定しがたい。

この強制を合憲だという最高裁の論理はかなり複雑である。シンプルには、合憲と言えないことを物語っている。
最高裁判決の論理は以下のとおり
(1) 「日の丸・君が代」への敬意表明という外部行為の強制は、個人の思想・良心を直接侵害するするものではない。
(2) しかし、間接的な制約となる面があることは否定し得ない。
(3) その制約態様が間接的なものに過ぎないから、合理性・必要性があれば間接制約は許容される。
(4) 合理性・必要性を認めるキーワードとして、国旗・国歌(日の丸・君が代)に起立して斉唱するのは、「儀式的行事における慣例上の儀礼的所作」に過ぎないことが強調されている。

ここで、「儀式的行事における慣例上の儀礼的所作」は、「起立や斉唱という身体的(外部的)行為」と「思想良心(内心)」との不可分一体性を否定するために使われている。しかし、果たして本当にそう言えるのだろうか。

「儀式」も「儀礼」も宗教で重んじられる。信仰という精神の内奥にあるものの表出としての「儀式」「儀礼」という身体的外部行為は、内心の信仰そのものと切り離すことができない不可分一体のものではないか。

いかなる宗教も、その宗教特有の儀式においてそれぞれの宗教儀礼を行う。信仰を同じくする多数人が、同一の場に集合して、同じ行動をし、同じ聖なる歌を唱う。声を合わせて信じる神を称える。そのことによって、お互いに信仰を確認し、信仰を深め合う。そのように意味づけられた行為である「儀式」「儀礼」は宗教に欠かせない本質的な要素である。

しかも、そのことは、実は宗教儀式と非宗教的な儀式において、本質的差異はないのではないか。ナチの演出による聖火行事。あるいは、国家主義的な演出としてのマスゲームなど。最高裁がいう「儀式的行事における慣例上の儀礼的所作」が思想や信仰と無縁であるということではない。

戦前の国家神道の時代。臣民に神道的な儀式や儀礼が強制された。身体的な動作の強制を以て、望ましい臣民の精神形成がはかられたのだ。その伝統はなくなったのか。まさしく国旗・国歌(日の丸・君が代)への起立・斉唱の強制として、今も生きているというべきだろう。

かつてはご真影と教育勅語を中心とした学校儀式が、今は国旗・国歌(日の丸・君が代)に置き換えられている。天皇を「玉」と呼んで、その権威利用を試みた明治政府は、国家神道を発明して、国民精神を統一する道具に使って成功を見た。

戦後の保守政権も、便利な国民統合の道具として国旗・国歌(日の丸・君が代)を使い続けているのだ。国民統合とは、部分的には企業の統合であり、各官庁や公的組織の一体感獲得の方法でもある。国旗・国歌(日の丸・君が代)に従順な国民精神の形成はこの国の支配層の要求に合致しているのだ。だから、「10・23通達」は国民世論に大きな反発を受けなかったのだ。

しかし、国旗・国歌(日の丸・君が代)の強制は、明らかに。国家を個人のうえに置くものとして反憲法的といわざるを得ないし、そのような強制が拒絶する人格に向けられたときには思想良心の侵害となることは明らかではないか。

さて、12月18日までに、裁判所に受けいれられるような文体で、文章にしなければならない。
(2017年11月21日・連日更新第1696回)

『ふるさとを返せ 津島原発訴訟』弁護団紹介

そのときどきに時代を映す訴訟というものがある。志ある若手弁護士は、その時代にふさわしい「時代を映す事件」に取り組む。それは、公害であったり、薬害であったり、大規模消費者被害であったり、情報公開請求訴訟であったり。あるいは、いじめ・体罰、過労死、基地問題、ヘイトスピーチ、天皇の代替わりにともなう政教分離訴訟…などなど。

今なら、まぎれもなく原発訴訟だろう。時代を映す問題としてこれ以上のものはない。文明論としても、人類史上の大事件としても、弁護士として取り組むに値する大事件。

とはいうものの、私には声がかからない。その余裕も力量もないからやむをえない。代わって、澤藤大河が「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」にどっぷりと浸かっている。ずいぶんと時間も労力も使っているようだ。

弁護団はホームページを開設している。
http://www.tsushima-genben.com/

「『ふるさとを返せ 津島原発訴訟』は,2011年3月11日の福島第一原発事故に伴う放射能汚染によって「ふるさと」を追われた,浪江町津島地区の住民による集団訴訟です。

津島地区の住民は、代々培われてきた伝統芸能や先祖が切り拓いた土地を承継しながら、地区住民がひとつの家族のように一体となって、豊かな自然と共に生活してきました。

ところが、津島地区は、現在もなお放射線量の高い帰還困難区域と指定され、地区全域が人の住めない状況となっています。

津島地区の住民は、いつかはふるさとに帰れると信じながらも、いつになれば帰れるか分からないまま、放置されて荒廃していく「ふるさと」のことを遠く避難している仮住まいから想う日々です。

国及び東京電力は、広範囲の地域の放射能汚染という重大事故を起こしておきながら、原発事故に対する責任に正面から向き合おうとしません。

国及び東京電力のこのような姿勢に堪えかねた津島地区住民の約半数となる約230世帯700名の住民が立ち上がり、2015年9月29日、国及び東京電力を被告として、福島地方裁判所郡山支部に集団提訴をしました。」

そのホームページに「弁護団加入Q&A 」があって、こんな問と答がある。

「Q 弁護士の活動実費、弁護士報酬などはどう保障されるのでしょうか。
A 訴訟の弁護士報酬について
まず、着手金はありません。勝訴(確定)の場合には、弁護士報酬をその関与の度合いを勘案してお支払いすることになります。もっとも、津島訴訟のような、社会的な訴訟においては、弁護士費用獲得やその多寡が目的でありません。弁護士として社会の役に立ちたいという高い志をもった方の参加をお待ちしています。」

要するに、手弁当で活動するというのだ。これで、よく弁護団を組めるものと感心せざるを得ない。

最近の法廷は11月17日、先週の金曜日。「原告ら第27準備書面~結果回避可能性について~」を陳述し、30頁に近い準備書面の要旨を、訴訟代理人澤藤大河が口頭で述べたという。それが以下のとおり。
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1.概要
本準備書面は,本件事故前に,被告らが何をしていれば結果を回避できたのか,主に甲B194号証の1「渡辺意見書」(工学博士渡辺敦雄氏が作成した意見書)に基づいて,結果回避可能性を指摘することを目的とする。
法は,不可能を要求しないため,前提として結果回避可能性が必要となる。そこで,事故の回避可能性があったことを明らかにする。

2.原子力発電所の危険性
まず,原子力発電所が原理的に内包する不可逆的かつ壊滅的危険性について,指摘しておく。原発の重大な危険性が被告らの注意義務を加重するからである。
重大事故が生じれば,広範な周辺住民の生命健康財産を侵害し,本件原告らの居住地のように,長期に渡り,立ち入りすら制限されることにもなりかねない。
このような原子力発電所が原理的にもつ危険の重大性から,絶対の安全性を確保することが,被告らに求められる。「危険が明らかな限りで対策をすればよい」のではなく,「安全と立証されない限り運転は許されない」のが,原子力発電所を運転する際に求められる基本姿勢である。
さらにすすんで,危険の見積りに不正確さがあれば,予想される幅の中で最も安全側の対策を採らねばならないし,本質的に安全であることが保証できないのなら,原子力発電所は運転してはならないはずである。

3.渡辺意見書
渡辺意見書は,工学博士渡辺敦雄氏が作成した意見書である。
渡辺敦雄氏は,東京大学工学部を卒業後に,株式会社東芝に入社し,原子力部門で基本設計を担当してきた。福島第一原発の1~3号機,5号機も担当したことがある。原子力技術者としての専門的知識は勿論,福島第一原発の現場を知る専門家である。
渡辺氏の専門分野は,機械であり,津波が襲来しても,原子炉の冷却機能を保持するために,具体的に,いかなる設備・対策を調えておくべきかが,渡辺意見書の趣旨である。
原子炉は,核燃料が内部に存在する限り,熱が発生し続けるので,冷却し続けなければならない。重大な事故を回避するための要諦は,①電力を安定的に確保すること,②冷却水を循環させること,である。

4.具体的対策工事
渡辺意見書が具体的に述べるところは,浸水高が2mの津波を想定して対策工事をしてさえいれば、2011年の実際の津波においてなお冷却機能を喪失せず,事故は避けることができたというものである。
敷地を2m浸水させる津波を想定した場合になすべきことは,建屋扉の浸水防止対策,外壁開口部の水密化,建屋貫通部の浸水防止,建屋内の重要機器室の浸水防止対策,重要機器類の高所配置,海水ポンプ室の水密強化等である。
原子力発電所の危険性を考えれば,電力が失われることに備えて,多重防護を考えることも必要である。予備の電源を確保するため,津波の影響のない高所に十分な出力の発電機と燃料を設置しておくことが考えられるし,移動式電源車を配備することも考えられる。
また,海水への最終的な熱の排出ができなくなることに備えて,淡水貯槽,空冷熱交換器を備え,熱を逃がす別の系統の整備もするべきである。冷却水の循環ポンプが動かなくなっても,冷却機能が維持できるようにするために車載式注水ポンプ車の配備も考えられる。
事故対策作業を現場において実際に行えるようにするための対策も重要である。原子炉制御室の作業環境確保,放射線エリアモニタの設置,放射線遮へい対策等の強化などをしなくては,作業員が対策のための活動を十分に行うことができない。
また,緊急時用資材倉庫の高台設置,がれき撤去用重機の配備等の対策を行うことが考えられる。
以上の対策は,全て可能で、かつ浜岡原発で現実に実施されていることでもある。
これらの工事の工期は,最長でも3年である。本準備書面で指摘した工事の項目は全部で11件となっているが,これらの対策を,遅くとも2006年に始めていれば,2011年までに十分に対策を完了させ,本件事故を回避することができたのである。

5.結論
以上のとおり,被告らの結果回避義務の前提として求められる結果回避可能性が存在していたことは明らかである。
(2017年11月20日・連日更新第1695回)

時代を映す入学試験問題ー戦時と今と

旺文社「蛍雪時代」は、私の世代には懐かしい大学受験情報誌。とりわけ、田舎の非進学高にあって国立大学進学を夢みていた私にとっては、唯一の受験情報源だった。なめるように読んだ憶えがある。世話になったという思いは強い。

だから旺文社社長の赤尾好夫の名は印象に深いが、その人となりは知らなかった。後年、右翼だったと知る。

ウィキペディアには、こう書かれている。
「戦時中に戦意高揚を煽った廉で、敗戦後は公職追放を受けた。かつて旺文社の労組で赤尾と対立した音楽評論家の志鳥栄八郎は『赤尾社長は、だいたいが右翼系で、そちらのパージになったこともある人だけに、赤いものは、赤旗はもちろんのこと、赤い腰巻きまで嫌がった』と語っている。」

「蛍雪時代」は、1932年通信教育会員の機関誌『受験旬報』(通信添削会員向けの通信誌)として創刊され、1941年10月号から、現誌名に改題されているそうだ。つまり、太平洋戦争期の受験雑誌だった。当時ライバル誌といえるほどの存在はなかったろう。

戦時下の蛍雪時代がどんな記事を載せていたか。講談社が運営するサイト「現代ビジネス」のそんな記事が興味深い。タイトルは、「大学受験が『聖戦』? 戦時下の受験生はこんな問題を解いていた。当時の受験雑誌を読んでみると…」というもの。筆者は、「不思議な君が代」の著書もある辻田真佐憲。若い(30代前半)ライター。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53490

興味深いのは、たとえば、次のような記事。
「戦時受験の主役は、旧制中学校の上級生や卒業生だった。かれらは、旧制高等学校や、陸軍士官学校、海軍兵学校など上級の学校に進むため、切磋琢磨した。旧制高校は、帝国大学につながり、エリートの登竜門だったのである。
日本最古の受験雑誌のひとつである『螢雪時代』も、現在こそ大学受験の雑誌だが、当時はこの層をターゲットとした。」

「時局ともっとも縁遠そうな数学でさえ、時代の影響をまぬかれなかった。
『螢雪時代』1943年7月の懸賞問題には、つぎのようなものもあった。

時速50粁の航空母艦が其の搭載機を以て海岸にある都市を爆撃せんとし、一直線に目標に向つて進み、途中其の搭載機を放つて直ちに逆行するものとする。搭載機は母艦より目標に向つて直進して之に到達した後30分間其の上空を飛翔して爆撃し、更に母艦の後を追つて飛行帰還するものとすれば目標から幾何の距離に於て母艦を出発したらよいか。但し搭載機の性能は時速450粁、航続時間10時間である。(出題者 旺文社数学部々長 高橋数一)

この問題は、航空母艦の機能や役割を知っていなければ答えられない。現在ならば、まずお目にかかれない出題だろう。」

「旺文社(欧文社)からは、受験参考書として「国体の本義」「臣民の道」「戦陣訓」などの解説書も盛んに刊行された。もちろんそれは、口頭試問や筆記試験に対応するためにほかならなかった。そして同社の広告も『受験生は本書の徹底的研究を絶対必要とする』『皇軍のように志望校を突破せよ!』とその狙いを隠そうとしなかったのである。」

「もっとも生々しかったのは、受験生たちの投稿欄である「読者の声」のコーナーだった。
『全国の海兵党諸賢に次ぐ。[中略]月月火水木金金などは未だ小手先の芸当で、一路海兵打倒と定めた日から、俺は夜も眠らぬことにした(とは少し大ゲサかな)。大東亜を、否全世界を真の一宇的精神に光被せしめるための海軍として、帝国海軍は今や文字通りの天来の神兵艦隊である。此の艦隊の一員たらんとする以上、我々の決意も亦至浄至雄なるものでなければならぬ。(第二の軍神)』」

著者の締めくくりは、以下のとおりである。
「受験雑誌は驚くほど時代の変化に敏感だった。戦時下もそれは変わらなかった。現代の受験雑誌や通信添削のペンネームや読者投稿欄も、実はどこよりも現代を的確に映し出しているのかもしれない。」

「受験雑誌は驚くほど時代の変化に敏感だった」は、そのとおりだろう。もう少し正確に言えば、「入学試験」そのものが時代の変化に敏感で、受験雑誌も受験生も、その変化を受けいれざるを得ないのだ。

最近の大学受験事情はよく知らない。が、とある高校教師から上智大学の今年の入試問題の紹介を受けて驚いた。「近代日本の女性と国家」についての問。18歳の受験生に課されている問題のレベルとしては、あまりに高い。最近、上智に出かける機会が多い。これまでは、なんとのんびりした学生ばかりと思っていたが、この入試の洗礼を受けてきた学生たちと思えば、見方が変わる。

その入試問題は、一問でA4・4頁。しかも9ポの2段組み。問題文を読み通すだけで一苦労のボリューム。

問題文は、「現代における女性の社会的地位は、いったいどのようなものだろうか。」から始まる。一見女性は優遇されているようで、実は敢えて優遇措置をしなければならない現実があり、女性の地位は低いまま。日本の女性たちが歩んできた過去をしっかりと見つめなければならない。という問題提起があって、3つの例題文が提示される。

《例題文1》は、家族制度と絡めた「存娼派」と「廃娼派」の論争。存娼派の代表として福沢諭吉紹介され、公娼制を必要としながら、そこで働く女性を「人類の最下等にして人間社会以外の業である」という彼の論の一節が引かれる。アジア女性センターのブックレットからの引用。

《例題文2》は、富国強兵と良妻賢母をセットの国策ととらえた文脈における「新しい女性」像の問題。貞操論争、堕胎論争、廃娼論争などの議論を紹介し、青鞜などの女性解放運動が実は後年の女性を家庭に囲い込むジェンダー規範を作り出した側面をもっていると指摘する。

そして、《例題文3》が最も長文で最も重い内容。沖縄戦での女性の悲劇を描いたもの。純潔を強要された沖縄の女性が、敵に性的暴行を受けよりはと集団自決を選んだ経緯を考えさせる内容となっている。本土の兵士のための、県内女性と朝鮮人女性の慰安婦の問題もきちんと述べられている。

上智の受験生は、この問題文と格闘したことによって、意識が変わったのではないだろうか。

つくづく思う。戦争や国家主義鼓吹の受験勉強などをしなければならない時代はまっぴらだ。「受験生は、驚くほど入学試験の傾向に敏感」なのだから、「聖戦突破」ではなく、「近代日本の女性と国家」型の普遍性ある入試問題を歓迎したい。暗い時代を繰りかえさせてはなない。
(2017年11月19日)

自民党の「合区解消改憲案」の前途に暗雲

第48回総選挙は、形の上では「改憲派圧勝」だった。安倍政権にとっては念願の改憲実現に向けての絶好のチャンス。改憲へ具体的な一歩を踏み出さねばならない。時期を失すれば改憲世論はジリ貧となり、永遠に改憲の機会を逃すことにもなりかねない。さあ、今だ。アベ一族はそう意気込んでいるに違いない。

だが、改憲をめぐる世の中の雰囲気は、なかなかアベの思うとおりとはなっていない。明らかに安倍一強の力の衰えを世論が感じ取っているのだ。だから、これまでアベにおもねり、阿諛追従していた風見鶏の一群が、姿勢を変えてきた。いつまでもアベの下駄の雪であることに、先行きの不安を禁じえないのだ。それが、改憲問題に表れてきている。

アベの意気込みにかかわらず、改憲のハードルは高い。まずは自民党内での原案をとりまとめなければならないが、いままでのようには行かない。党内の各勢力が、ものを言い始めているではないか。次いで、連立を組む公明と摺り合わせなければならない。しかし、公明は明らかに及び腰だ。今回選挙では、公明は票も議席も大きく減らした。アベといつまでも蜜月ではさらなる退潮を余儀なくされる。さらに、野党第1党の立憲民主党を抱き込まねばならない。これが難物…のはず。残る希望と維新はたいしたことはない…だろう。共産・社民は相手にせず…に違いない。最後の難関は、国民投票。あらゆる世論調査が、けっしてアベ改憲路線を容認していない。

結局国民は改憲など望んでいない。その空気は、アベ一族以外も肌で感じている。アベ以外の政治勢力にとっては、改憲に本腰を入れる状況ではないのだ。それでも、アベとその取り巻きが焦って急げば、手痛い失敗をすることになるだろう。その失敗は取り返しがつかない。半永久的に改憲の企みは封印されることにもなる。

その第1ハードルの自民党内の意見とりまとめ。これまでの党内論議から、改憲テーマは以下の4点に絞られている。
 A 憲法9条に自衛隊明記
 B 緊急事態条項の整備
 C 教育無償化
 D 合区解消

もちろん、Aが本命。次いでB。Cは維新取り込みのトリック。Dは、関心が島根・鳥取、徳島・高知の地域限定テーマ。

総選挙直後の今、自民党がA・B・C・Dの各テーマについて、気勢を上げるのかと思いきや、どうもそのようではない。A・B・Cは、いずれも先送りだという。Dのみが残ったが、さして意気が上がる様子でもない。

昨日(11月17日)の毎日新聞一面左肩に、「自民改憲案:年内集約断念、参院合区解消は大筋了承」の見出し。

「自民党は16日、安倍晋三首相が掲げる自衛隊の明記など4項目の党憲法改正案について、年内の取りまとめを見送る方針を固めた。衆院選で議論が遅れたことなどから党内集約が間に合わないと判断した。党執行部は年明けにもまとめたい考えだが、首相が想定する「来年の通常国会で改憲原案発議」がずれ込む可能性もある。一方、自民憲法改正推進本部(細田博之本部長)は16日の全体会合で、参院選の合区を解消する憲法47条、92条改正案のたたき台を大筋了承した。」

「一方、自民の重点4項目のうち▽自衛隊明記▽教育無償化▽緊急事態対応--の3項目は党内でも意見集約のメドが立たない。首相は「丁寧」な政権運営を強調しており、他党との議論に想定以上の時間がかかる可能性もある。自民改憲推進本部の岡田直樹事務局長は16日の記者会見で党改憲案について「スケジュールありきでない。積み残した課題もある」と指摘した。」

さて、ほかの3点はダメでも、これだけはその大筋了承されたという「合区解消改憲案」。その「自民党・憲法47条・92条改正案のたたき台」とはどんなものか。

「たたき台は、国政選挙について法律で定めるとしている47条に、選挙区の区割りは行政区画などを勘案するとの条文を追加。さらに参院議員が『広域的な地方公共団体の区域から少なくとも一人が選出される』などのただし書きを加える。」という。

具体的には次のとおり。
<現行憲法47条>「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」

これに、次の一文を追加する案だという。
「各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない」「参議院議員の全部または一部については、改選ごとに各広域的な地方公共団体の区域から少なくとも一人が選出されるよう定めなければならない」

<現行憲法92条>「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」
これに次の一文を追加するという。
「地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域的な地方公共団体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める」

なんだか笑っちゃいたくなる改憲案。憲法ではなく、本来は公職選挙法を改正するだけで済む問題。人口の都市部への集中で、参院選挙の定数が不均衡となった。一票の格差を是正するために、昨年(2016年)の参院選で「鳥取・島根」「徳島・高知」の2合区が導入され、一票の最大格差を3.08倍に縮小した。しかし、合区では「地方の声が届かない」「地元密着の政治家が育たない」と地元からは解消要求の声が高い。

だからと言って憲法を変えなければならない問題ではない。合区するのには公選法改正の手続だけでできた。分区することも、国会が決めればよい。もちろん一票の格差をなくする工夫と手立てをしてのこと。むしろ、改憲をしてまで一票の格差を認めようという発想がおかしい。

現行憲法は、「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」のだから、国会の工夫の余地は限りなく大きい。一票の格差を解消するには、地方区の定員を増やせばよい。あるいは、ブロックごとの比例代表制を採用すればよい。もちろん、比例代表の全国区だけにすれば、理想的な一票の格差解消が実現する。議員定数を増やすことに躊躇は不要である。欧米に比較して、日本の議員数は少ないのだし、費用が心配なら、議員一人あたりの歳費を削ればよいだけのこと。

さて、ようやく自民党内では具体化するかに見えた、合区解消改憲案。早くも前途多難なのだ。

今朝(11月19日)の毎日新聞第5面。「参院改革協:合区解消改憲 賛同なし」の見出し。

{参院各会派の代表者による改革協議会は17日、選挙制度専門委員会(岡田直樹委員長)を開いた。選挙区の「合区」をなくしたい自民党が都道府県単位に戻すよう主張したのに対し、公明党などは「1票の格差」是正を重視する立場を表明。自民党は現在、合区解消の憲法改正案を検討中だが、他党との隔たりは大きいままだ。」

自民党から、各会派の反応を探った形だが、うまく行かなかったようだ。
「公明党の西田実仁参院幹事長は、国会議員を『全国民の代表』と規定した43条と自民党の案は矛盾するのではないかと指摘。『参院の権限縮小には反対だ』と明言した。公明党は全国を10程度のブロックに分けた大選挙区制にして定数配分を調整し、格差是正を図るべきだと提案した。共産党も合区を解消する改憲は『14条(法の下の平等)に違反する』と反対し、全国9ブロックの比例代表制を提唱した。国会の『1院制』を目指す日本維新の会は『道州制導入による選挙制度の抜本改正』を訴え、社民党は現行憲法下での制度改正を主張した。衆院選で混乱した民進党は党内論議が進んでおらず、足立信也氏が個人的な意見として、選挙区で複数候補への投票を認める『連記制』に言及した。」

自民党のみが、「合区解消のための改憲提案」。公明も含め、他党の全てが、改憲なしの改革案か、現状のままでよいとの意見。選挙では大勝したはずの自民党が孤立しているのだ。自民党が、憲法問題に関して民意を代表しているわけではないことをよく物語っている。
(2017年11月18日)

森友・加計・丁寧・謙虚、もうそんなの必要ない

本日の衆参各院本会議。首相の所信表明演説があった。森友も加計も、まったく触れられることはなかった。おかしいじゃないか、謙虚な姿勢で丁寧に説明すると言っていたはず、などと言っている自分の甘さが恥ずかしい。そんなのウソだと分かっていたはずではないか。

所信表明演説の結びは、次のとおりだつた。
「日本の未来をしっかりと見すえながら、今なにを成すべきか、与野党の枠を越えて建設的な政策論議を行い、ともに前に進んでいこうではありませんか。ともに知恵を出し合いながら、ともに困難な課題に答えを出していく、そうした努力のなかで憲法改正の議論も前に進むことができる、そう確信しています。
政策の実行、実行、そして実行あるのみであります。我が国が直面する困難な課題に真正面から立ち向かい、ともに日本の未来を切り開いていこうではありませんか。」

この人の言うことはいつもおかしいのだから、いまさら言い立てるのもむなしいが、まことにヘンな演説。確かに言葉はあれども、伝えるべき中身のない見本として、恰好の教材。こんな話をしてはいけませんよという戒めとして、国語の教科書に掲載してもよい。

「日本の未来をしっかりと見すえながら」→いったいどんな未来をしっかりとイメージしているのだろうか。アベ流の「未来」とは、指示と忖度によって日本中に獣医学部の校舎が林立し、小学校では直立不動で教育勅語の暗唱が行われている日本ではなかろうか。あるいは、国防軍が闊歩する日本? ちーがーうーだーろー!

「今なにを成すべきか」→いったい安倍晋三は首相として「何をなすべき」と考えているのか。今さら、「なにを成すべきか議論を行おう」ですって? ちーがーうーだーろー!

「与野党の枠を越えて建設的な政策論議を行い、ともに前に進んでいこうではありませんか。」→いったい、「前」ってどちらなの? アメリカの方? 大日本帝国の方? どっちも、ちーがーうーだーろー!

「ともに知恵を出し合いながら、ともに困難な課題に答えを出していく、そうした努力のなかで憲法改正の議論も前に進むことができる、そう確信しています。」→あたかも憲法改正を認める方向に議論が進むことを、与野党共通の課題といわんばかり。ちーがーうーだーろー!

「政策の実行、実行、そして実行あるのみであります。」→中身がない。具体性がない。分析がない。過程がない。段取りがない。聞き手への配慮がない。だから説得力がない。

「我が国が直面する困難な課題に真正面から立ち向かい、ともに日本の未来を切り開いていこうではありませんか。」→具体性ないだけじゃない。気持ちが悪い。こんな首相とともに日本の未来を切り開いていくなんて、まっぴらご免だ。

毎日の夕刊はこう解説した。
「安倍晋三首相の17日の所信表明演説は、安倍内閣では最も短い。学校法人「加計学園」「森友学園」を巡る問題への言及はなく、6月に内閣支持率が急落した時から繰り返してきた「丁寧な説明」「謙虚さ」の言葉もない。今後の国会論戦に臨む真摯さが問われる。」

朝日は、志位和夫・共産党委員長の言葉を紹介した。
「(安倍晋三首相の演説は)一言で言って中身がない、空疎な、嫌々やっているような演説だった印象だ。この国会はまず何よりも、森友・加計疑惑、一連の国政私物化疑惑の問題が大きなテーマ。総理はこの森友・加計疑惑について、丁寧に説明すると言いながら所信(表明演説)では一言も、「(森友の)も」の字も、「(加計の)か」の字もなかった。…全体として国民に語るべきものが全くない。まともに野党と議論していこうという姿勢がない演説だった。大変大きな問題だと思って聞いた。」

そう。「(森友の)も」の字も、「(加計の)か」の字もなかった。「(謙虚の)け」の字も、「(丁寧の)て」の字もである。もう、みそぎは済んだ、いまさら謙虚や丁寧のふりをする必要もあるまい、という露骨な態度。完全に国民がなめられている。あるいは、こんな首相を戴くにふさわしい国民の民度だということなのだろうか。

ところで、11月14日朝日川柳欄に次の2句。

 権力の岩盤のごと校舎建つ(滋賀県 松浦武夫)

なるほど、岩盤とは既得権益やそれを守るための規制のことではない。岩盤とは権力そのものなのだ。安倍晋三その人が岩盤。加計学園の校舎が象徴する権力が岩盤。ドリルで穴を穿つべき厚く固い岩盤とは、安倍政権自身であり、安倍に私物化された行政そのものではないか。

 顔出さず「万感迫る」とケロリ加計(鳥取 安田和文)

安倍の腹心の友という加計孝太郎。まさしく、ケロリと言ってのけるというイメージ。
森友学園の籠池夫妻は、学校経営の夢破れただけでなく、逮捕されて身柄は拘置所にある。それに比べて、加計孝太郎は陰でケロリなのだ。籠池夫妻の思想は、唾棄すべきものだが、この両人は逃げ隠れしない。メディアにも向き合い、国会でも自分の信じるところを堂々と披瀝した。加計孝太郎はずっと陰に隠れたままだ。

「政治家」に対して、「政治屋」という蔑称がある。政治家としてもつべき理念も理想もなく、金儲けのために政治の舞台にいる「似非政治家」のことだ。籠池夫妻はともかく、加計孝太郎を教育者ではなく「教育屋」と呼ぶにふさわしい。あるいは、「教育ビジネスマン」「教育商売人」であろうか。類は友を呼ぶ。同病相哀れむ。安倍晋三と腹心の友というのか。なるほどピッタリだ。
(2017年11月17日)

DHCスラップ2次訴訟口頭弁論の傍聴をー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第110弾

DHCスラップ2次訴訟(反撃訴訟)の口頭弁論期日は12月15日(金)。ぜひ、多数の方の傍聴をお願いいたします。

閉廷後の報告集会の場所が決まりました。東京弁護士会504号室(5階)です。

報告集会では、木嶋日出夫さん(長野弁護士会)に、伊那太陽光発電スラップ訴訟の教訓について、ご報告いただきます。

以下は当日のスケジュールです。

13時30分 東京地裁415号法廷(民事第1部)
       反撃訴訟訴状(反訴状)の陳述
       光前弁護団長が反訴の要旨を口頭陳述
       澤藤が反訴原告本人として意見陳述

閉廷後  14時~16時 報告集会
     東京弁護士会504号室(5階)
     光前さん・小園さんから、訴状の解説。
     木嶋日出夫さん 伊那太陽光発電スラップ訴訟代理人報告と質疑
     澤藤(反訴原告本人)挨拶 

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伊那太陽光発電スラップ訴訟概要
(長野地裁伊那支部・2015(平成27)年10月28日判決)
 原告(反訴被告)片桐建設
 被告(反訴原告)土生田さん
 被告(反訴原告)代理人 弁護士木嶋日出夫さん
 本訴請求額 6000万円 請求棄却
 反訴請求額  200万円 50万円認容
 双方控訴なく確定

☆長野県伊那市の大規模太陽光発電所の建設計画が反対運動で縮小を余儀なくされたとして、設置会社が住民男性(66)に6000万円の損害賠償を求めた事件。
長野地裁伊那支部・望月千広裁判官は本訴の請求を棄却し、さらに男性が「反対意見を抑え込むための提訴だ」として同社に慰謝料200万円を求めた反訴について、「会社側の提訴は裁判制度に照らして著しく正当性を欠く」と判断し、同社に慰謝料50万円の支払いを命じた。

☆判決は、最高裁判決の論理を前提とし、「(片桐建設の)本件訴えの提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められる」「本件訴えの提起が違法な行為である」と判示して慰謝料50万円を認容した。
また、「少なくとも、通常人であれば、被告の言動を違法ということができないことを容易に知り得たといえる」「原告において、真に被害回復を図る目的をもって訴えを提起したものとも考えがたいところである」との判示が注目される。

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木嶋日出夫弁護士紹介。
1969年 – 司法研修所入所(23期・澤藤と同期)
1971年 – 司法研修所卒業 弁護士登録(長野県、旧林百郎事務所)
1974年 – 自由法曹団長野県支部事務局長
1976年 – 日本弁護士連合会公害対策委員
1979年 – 長野県弁護士会副会長
1990年 – 第39回衆院選当選(日本共産党公認・旧長野3区・1期目)
1996年 -第41回衆院選当選(日本共産党公認・長野4区・2期目)
2000年 – 第42回衆院選当選(日本共産党公認・長野4区・3期目)

(2017年11月16日)

反動・石田和外最高裁長官が鍛えた23期司法修習の仲間たち

一昨日(11月13日)奈良で、心許す仲間だけの同期会を開いた。
参加者は、1969年4月から71年4月までの修習をともにした23期の13人。当時の修習生活動をともにした仲間。最初の出会いが、48年前のことである。当時はみんな二十代。今は、全員古稀を超えている。

幹事役から、「弁護士13名が元気で参加できたことは現地幹事としてうれしい限り」「恒例の通り、大声で、楽しく、笑い、茶化しながらの同窓会が終了しました」というメーリングリストへの報告があった。話が尽きない。時間が足りない。あとは次回への持ち越し。

昔の仲間と会うことは、あの頃の自分と出会うこと。あの頃の自分を思い出し、あの頃の志と向かい合うことでもある。

確かに、みな髪は薄くなり、白くはなったが、話を始めるとすぐにあの頃に戻る。みんな、昔と少しも変わっていない。その変わりのなさに驚ろかざるを得ない。

13人のうちの11人は、弁護士ひとすじで今年が47年目となる。2人が裁判官として任官して今は弁護士。あの頃の志を頑固に職業生活に生かし続けてこられたということは、恵まれたことであり、贅沢なことでもあると思う。

皆、清貧に生きてきたとも見えないが、富貴を望まず、名利を求めずの姿勢を貫いてきたことがよく分かる。政権にも資本にも迎合することなく、弱者の立場で強者に抵抗を試みてきた弁護士たちだ。

参加者の気持を代弁した発言があった。
「あの頃、司法行政は我々の運動を弾圧して、7人の裁判官希望を拒否し、さらにその抗議の声をあげた阪口徳雄君の罷免までした。しかし、同時にそれは我々を鍛え、団結させることでもあった。」「23期が初志を貫いてこられたのは、政権と一体になった反動石田和外や最高裁当局のお陰でもある。」

私も、そう思い続けてきた。もう50年に近い昔のことなのに、あの頃のことを思うと、新たな怒りが吹き出してくる。理不尽なものへの憤り。負けてなるものかというエネルギーの源泉。

事後に、こんなメールもいただいた。
「憲法改悪が具体的日程にのぼっているなかで、私たちのこれまでのあり方の真価(進化)が問われているように思います。防戦では無く「安倍政治」に決着をつけるときが迫っていると思うと、少しドキリとしませんか?ドキリこそ若返りの秘訣です。」「具体的な話題をわかりやすく提供していくこと、「老害」と言わせないためにも、いつまでも「青春」でいるためにも、心がけたいものです。」

その通り。今は、怒りのエネルギーを安倍改憲阻止に向けなければならない。

 

さて、先日ご紹介した1000年前の同窓会の詩を、あらためてもう一度。本当にこのとおりだったという事後の感想を込めて。

 同榜同僚同里客
 班毛素髪入華筵
 三杯耳熱歌声発
 猶喜歓情似少年

読み下しは以下のとおりかと思う。

 同榜 同僚 同里の客
 班毛 素髪 華筵に入る
 三杯 耳熱くして歌声発す
 猶お喜ぶ 歓情の少年に似たるを

(註 「同榜」は合格掲示板に名を連ねた同窓。「素髪」は白髪頭。「班毛」はごま塩頭。いずれも老人を指す。「華筵」はにぎやかな饗宴のこと)

拙訳はころころ変わる。今は、こんなところ。

 口角に泡を飛ばした若き日の
 同期の友らと宴の席に
 飲んではしゃいで語って熱い
 おれもおまえも変わらない

気持は変わらない。しかし、志においては、北宋の詩人よりも我々の方が格段に高い。それは誇るにたりることだ。
(2017年11月15日)

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