澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

選挙期間中の落選運動ビラ配布は?

3年前の2013年参院選以来のインターネット選挙運動解禁は、画期的な選挙運動の自由をもたらした。しかし、インターネット選挙運動の解禁によって、ビラやチラシの必要がなくなったわけではない。特定の場所に集まる人々を対象に、特定の内容のビラやチラシを配布する必要は相変わらずあり、インターネットやブログの発信で代替できるものではない。

にもかかわらず、ビラやチラシについての規制は厳しいままだ。知恵を絞って、せめて、落選運動のビラやチラシを自由に撒けることにならないか、と考えた方がいらっしゃる。

たまたま都内のある方から、こんな相談を受けた。
7月10日の投票日前に、地元で、ご年配者向けに『本当に自民党・公明党で良いのでしょうか?』というチラシを作成・配布を考えています。
公選法のグレーゾーンにあたる場合は、しない方が良いというアドバイスもありますが、公示後の落選運動のビラは、グレーゾーンに入るのでしょうか。

以下は、この問に対する回答の一端。
「改憲を許すか阻止するか」という厳しいせめぎあいの中での貴重な活動に敬意を表します。ビラ・チラシの配布は本来は憲法上の権利です。表現の自由でもあり、参政権の行使としても、自由に行えてよいはず。しかし、べからず公職選挙法による無用の弾圧は避けなくてはなりません。

お尋ねの『本当に自民党・公明党で良いのでしょうか?」というチラシ。もし、この趣旨を逸脱しない落選運動に特化したチラシを、団体が組織的に行うのではなく市民個人が手作りのものを、手渡しで配布するなら、なんの問題もありません。公示の前後を問わず、投票日当日も配布することに差し支えがありません。

ある文書の配布が法に触れないか。そのことを考えて結論を出す際には、次の3段階で考えてください。
第1 この文書は選挙運動文書としてその配布は違法とならないか。
第2 この文書は、選挙期間中の政治活動文書として違法にならないか。
第3 法が特に定める「脱法文書」に当たらないか。

まず、「第1 選挙運動文書としてその配布は違法とならないか。」
公職選挙法は、選挙運動に厳重な規制を設けています。選挙運動に当たる文書(公職選挙法では、「選挙運動のために使用する文書図画」といっています)の配布に関する規制のあり方は、一般的に禁止して、法が認めたものだけに限定して許可するという厳しさ。結局は、選挙運動に当たるビラの配布として可能なのは、選挙用ハガキと証紙ビラに限られることになります(公職選挙法142条)。

ですから、「野党候補のAさんを当選させましょう」「比例はB党へ」という投票依頼文言を記載したビラ・チラシは、手作りのものでも不特定または多数の人々を対象とする配布は禁じられています。

問題は、何をもって「選挙運動」に当たるかです。法に規定はなく、判例は『特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為』とし、行政実務もこれによっています。実は、この「間接」「必要かつ有利な行為」は曖昧さを残していますが、候補者名なく、投票依頼文言もない文書を選挙運動文書とすることは無理も甚だしいといわざるを得ません。

落選運動は選挙運動の定義には本来当てはまりません。ただ、場合によっては、A候補の落選を意図した文書が、対立する唯一のB候補の「投票を得又は得させるために間接に必要かつ有利な行為」と認定される恐れは絶無とはいえません。この点をグレーゾーンと言えば、いえないこともないかと思います。幸い、東京選挙区では心配ご無用ですが。

『本当に自民党・公明党で良いのでしょうか?」というチラシが、選挙用文書になるとは到底考えられないところです。

「第2 この文書は、政治活動文書として違法にならないか。」
公職選挙法には奇妙な規定があって、選挙運動期間中の選挙運動だけでなく、政党や政治団体の政治活動を大幅に規制し、確認団体とされた特定の団体についてだけ、この規制を解除するという複雑な制度を設けています。(公職選挙法201条の6)

規制される政治活動は、態様や効果の点において、選挙運動と紛らわしいもの7種類で、そのなかには「ビラの頒布」が含まれています。ですから、選挙期間中政党や政治団体のビラ・チラシの配布は、選挙運動用文書について禁止されているだけでなく、政治活動文書も原則禁止なのです。そして、一定の要件を備えた確認団体についてだけ、候補者名などを入れない、いわゆる法定ビラ(3種類)を配布することができるとされています。

したがって、確認団体でない政治団体が組織的に政治活動文書(落選運動文書を含みます)を配布することは禁じられていることになります。問題は、ここでいう政治団体の定義で、政治的な発言をするあらゆる団体がこれに当てはまるとは思えませんが、この点は、グレーと言わざるを得ません。
もっとも、この規制は政党や政治団体のビラ配布に関するもので、市民が純粋に個人として行うものについては規制の対象外で自由とされています。お尋ねのものは、この範疇に属するもので、違法ではないと考えられます。

最後に、「第3 法が特に定める『脱法文書』に当たらないか。」
公職選挙法は、その第146条を(文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限)として、脱法行為を禁止しています。
「選挙運動の期間中は、いかなる名義をもつてするを問わず、《文書図画の頒布》の禁止を免れる行為として、『公職の候補者の氏名』若しくは『シンボル・マーク』、『政党その他の政治団体の名称』又は『公職の候補者を推薦し、支持し若しくは反対する者の名を表示する』文書図画を頒布することができない。」

ですから、「本当に自民党・公明党で良いのでしょうか?」というチラシに、『○○選挙区候補者W』『候補者のシンボル・マーク』、『政党名や政治団体名』又は『△△候補者をCさんが推薦しています』『▽▽候補にはDさんが反対しています』などと書き込んではいけないということになります。

無用の弾圧を招かぬよう細心の注意を払いつつ、できるだけのことをしたいものと思います。
(2016年6月28日)

反共を叫べ。野党共闘に楔を打ち込め。各個撃破せよ。そうして、改憲への道を切り開け。

シンゾーよ。汝との契約に従って、民衆を支配する要諦を教えんか。深く心に刻んで、夢忘れることなかれ。

何よりも、分断して統治せよ。これこそが支配の鉄則であると知れ。
可能な限り被治者を孤立した砂粒の状態に置け。砂粒は無力なのだ。砂粒から脱した民衆の結束を恐れよ。民衆の連帯を警戒せよ。

民衆が小グループで互いに敵対する状態が望ましい。常に、被治者の不和を利用せよ。徹底して不和に付け込め。不和がなければつくり出せばよい。

野党の協力は、危険極まりない。無党派市民との連携あればなおさらだ。けっして、これを捨て置いてはならない。選挙共闘に成功体験をさせてはならない。極度に恐れよ。あらゆる手段をもって、野党の共闘に悪罵を投げつけよ。

共闘の妨害に、手段を選んではならない。利用できるものはなんでも利用せよ。躊躇すれば、手遅れになる。共闘を恐れ、うろたえているところを民衆に見透かされぬよう、心しつつ徹底して共闘に楔を打ち込め。

野党の選挙協力を「野合」と批判せよ。野合とは、まことに品位に欠けた言葉だが、汝が口にするにふさわしい。

この場合のキーワードは、「反共」だ。民衆の中に潜む漠然たる反共意識を煽れ。これを刺激して、最大限に利用せよ。反共意識の根源は、「天子に弓引く不敬の共産党」だ。かつては共産党のシンパとみられること自体が恐るべき不幸を招いた。保身をこととする民衆にとって共産党に近づくことはタブーだった。企業が支配する今の社会においても、漠然たる民衆の反共意識はなくなっていない。これを徹底して利用するのだ。

共産党への漠然とした民衆の不安に付け込んで、野合との批判は、主として民進党とその支持者に向けよ。
「破防法適用団体の共産党」「自衛隊を違憲という共産党」「野党共闘は共産党の主導だ」「民進党には、もれなく共産党がついてくる」「気をつけよう。暗い夜道と民進党」と叫べ。「共産党主導の無責任な野党統一候補にはまかせられない」と、絶叫せよ。総理としての品位に欠けるだの、理屈が通ってないだのという批判は、無視せよ。勝てば官軍なのだから。

こうして、野党共闘を崩すことができれば、念願の改憲への道が開けてくる。堂々の国防軍をつくって軍事大国へ大きく一歩を踏み出せるではないか。そのときこそ、人権だの民主主義だの、七面倒なことに拘泥しなくて済む時代が到来する。汝が、全き権力者となる。行政府の長だけでなく、立法府の長をも兼ね、さらには統帥権をも手にすることになるのだ。

シンゾーよ。もう一度、支配の要諦を確認しよう。
分断して統治せよ。楯突く政党を各個撃破せよ。擦り寄る政党は利用し尽くせ。限りなく弱小化した政治集団を、最後は一党独裁に吸収せよ。その成功の理想型が、大政翼賛会であり、ナチスではないか。

富国強兵の経済政策によって肥大化した精強の国防軍が、翼賛議会の満場一致をもって海外出兵を決議するそのときにこそ。汝のいう「戦後民主主義からの脱却」が実現し、「美しい日本を取り戻す」ことができたことになる。

そのときだ。シンゾーよ。汝と私の、血の契約が成就することになる。汝は政治家として名をなす。私は戦争と大量の殺戮を望むのみ。私の名は死に神。

シンゾーよ。我が教えを銘記せよ。今こそ、大願成就への岐れ道。野党共闘に楔を打ち込んで、改憲への道を切り開くのだ。
(2016年6月27日)

かつて、創価学会は平和憲法擁護・反戦を掲げていた。

「公明党=創価学会ではない」とは、ときに聞かされること。「公明党≒創価学会ですらない」「創価学会は真面目ですよ。平和を求めることにおいては特にね」などとも。とりわけ学会の婦人部が、原水爆禁止や9条擁護に熱心だとされる。私は、その真否を判断できる材料をもちあわせない。ただ、創価学会の前身創価教育学会は、戦前の天皇制政府から過酷な弾圧を受けている。その意味では軍国主義の被害者であった。信徒団体としての創価学会が、平和を求める集団であってなんの不思議もない。

とはいえ。創価学会が王仏冥合という独特の政治理念をもって政界への進出を試み、公明政治連盟を作りさらに公明党の母体となったのは周知の事実。

その公明党の昨今の体たらくはどうだ。創価学会が真に平和を志向する団体であるなら、公明党がアベ自民党の下駄の雪となって、どこまでも改憲路線を支えていることは奇妙奇天烈というほかはない。今次参院選における公明党代表山口那津男の野党共闘への攻撃のボルテージはただごとでない。改憲阻止・立憲主義の回復・集団的自衛権行使容認反対・戦争法廃止での共闘に対するむき出しの敵意である。自身の憲法や平和への立ち位置をよく示している。

本当に創価学会は平和を志向しているのだろうか。公明党を通して創価学会を見る限り、眉唾と言った方が分かり易い。もしかしたら、公明と学会とは、二つの顔をもって役割分担しているのかも知れない。公明が反共・親自民・改憲路線の顔、学会が平和・護憲・環境保護の顔。両面取り込んで、分裂もしない奇妙なところが、この集団の強みであり、不気味なところでもある。

集団的自衛権行使容認の公明党には、創価学会の一部から猛反対があったようだ。戦争法の法案提出から強行採決反対する一連の運動の節々に、確かに創価学会のグループがデモに参加していた。これは、ごく一部の微震に過ぎないのだろうか。実は屋台骨を揺るがすほどの激震の徴候なのだろうか。外からは見えない。

創価学会と平和・憲法。昔は本当に相性がよかったようだ。創価学会婦人部は本気になって、平和憲法擁護、9条改憲阻止を訴えていたという。そのことを28年前の創価学会婦人部編『まんが・わたしたちの平和憲法』を紹介するブログで知った。

下記のURLをごご覧いただきたい。
  http://seoul-life.blog.jp/archives/62149212.html

このブロガーは、ソウルに在住の若い人だ。こう言っている。
「ここに書かれた戦争へのシナリオが今の状況とそっくり
 これは、1988年、僕が12歳の時に創価学会婦人部平和委員会の編纂で第三文明社から出版された『まんが・わたしたちの平和憲法』の最後の章です。主人公の男の子たちが旅に行っている1年あまりの間に、自覚のない国民が選挙で憲法改正に同意してしまい、その後に起こる悲劇を描いています。
 僕はこの時この本を読んで憲法というものについて面白く学びましたが、この章を読んでとても怖くなったことと、それでもこんなことは起こるはずがない、もし起こるような動きがあれば何があっても止めなければ、と幼心に感じたのを覚えています。
 もちろんこのまんがは夢の話ですし、極端なところがあるでしょう。しかしこの夢を現実にさせたがっているのが今の政権です。実際に、このまんがのp.184~185のような動きはほとんど現実のものとなってきてしまいました。
 自民党と組んでいる公明党はもともとこのまんがのような護憲政党だったはずです。しかし、僕に平和憲法を教えてくれた公明党はすでに、その正反対の憲法違反を押し進める側になってしまいました。今の自公を勝たせてはいけません。彼らは昔の自民党でも、昔の公明党でもありません。…
 第九条の理想は、時の幣原首相がマッカーサーに陳情して憲法となったものだそうです。アメリカに押し付けられたものではありませんでした。確かに理想かもしれません。でも日本がその理想の旗を降ろしてしまったら、世界はその理想に近づくでしょうか、遠ざかるでしょうか。…
 このまんがを編纂したのは普通の主婦の人たちだそうです。これを読んで何かを感じる方は、どうか声を上げていただきたいと思います。多くの人にシェアしていただき、感じていただきたいです。身の回りの創価学会の人にも見せてあげてください。
 国を守るという美名のもとに国家の名によって殺されるのは、国会議員でも、彼らに投票した大人たちでもなくて、子供たちなのです。最後にこのまんがの第六章冒頭の文をここに挙げます。

『いま憲法(特に第九条)が変えられる動きがあります。
一人ひとりが憲法に関心を持ち、第九条の平和の心を守っていきましょう。』」

この漫画は創価学会婦人平和委員会が出版した、「わたしたちの平和憲法―まんが (平和への願いをこめて―ジュニア版)」(1988/9)である。作画は、懐かしい山根赤鬼。念のためとアマゾンを検索したら、中古の出品3冊出てきた。価格は、17,998円、25,282円、そして30,000円という。今はあとかたもない歴史的な遺物として、高価なのかも知れない。

創価学会婦人平和委員会編の『平和への願いをこめて』(第三文明社・1981)というシリーズもある。本格的な民衆の戦争体験記集である。戦地の体験、各地の空襲、沖縄地上戦、そして原爆…。
下記URLをご覧いただきたい。
「昭和50年代の青年部と婦人部の反戦出版」
  http://jounin.web.fc2.com/hansen/hansen.htm

戦争を知らない世代へⅠ(全56巻)
戦争を知らない世代へⅡ 全24巻
平和への願いをこめて 全20巻

最後の全20巻は下記のとおり。
①引揚げ編
②従軍看護婦編
③戦後生活(関西)編
④広島・被爆その後編
⑤学童疎開編
⑥基地の街(神奈川)編
⑦女たちの戦禍編
⑧聞き書き(千葉)編
⑨戦争未亡人(埼玉)編
⑩女教師編
⑪樺太・千島引揚げ(北海道)編
⑫沖縄戦後編
⑬被爆二世(長崎)編
⑭農村婦人(東北)編
⑮女子挺身隊(中部)編
⑯満蒙開拓(長野)編
⑰国防婦人会(大阪)編
⑱四国編
⑲戦争孤児(東京)編
⑳外地編 あの星の下に

上記「②従軍看護婦編 白衣を紅に染めて」の一節にネットで接することができた。従軍看護婦の手記が、慰安婦の惨状を語っている。
「ジャワ島に行く途中、私達の乗った輸送船が潜水艦に襲われ・・・・その時は運よく魚雷に当たらず、私たちはヤレヤレと胸をなでおろしましたが、それも束の間、またまた、何かの理由で船は進行を阻止され、やむなく途中のセレベス島マカッサルという所で1か月待機することになりました。ところが、私はこの地で先に記した戦場での負傷者よりもっとひどいものを見ることになりました。それは日本軍隊の恥部ともいわれている従軍慰安婦の実態でした。性病に冒され、局部が形がなくなるほどむごくくずれた彼女達は、『決していわないでくれ』といいながら、少しずつその生き地獄のさまを話してくれたものです。戦争のために送られた兵隊達もそこが戦場となっていなければ、休日もある。休みといっても行く所もすることもなければ、勢い、男達は慰安所に列をなす。慰安婦の数は少なくはなかったが、兵隊の数はあまりにも多く、時間を区切って用を済まさせたが、1日に数えきれないほどの人数を受け入れなければならず、それはもう生きた心地はない……と。それまで話に聞いたことはありましたが、現実にそういう所に身をさらさなければならない女性と接するにつけ、その中には朝鮮の女性もたくさんおりましたし、私は『ああ、日本人って、日本軍隊ってこういうものだったのか』と同じ日本人の女性として、言葉に表すこともできない憤りに苦しんだものでした」(156~157ページ、孫引き)

かつての創価学会は、かくも堅固な護憲派であり、反戦の姿勢も堅持していたのだ。この人たちの後輩が、今アベ改憲勢力の手先になりさがっているのだろうか。嗚呼。
(2016年6月26日)

浜の一揆訴訟が問いかけるものー「21世紀の水産を考える会」総会での報告

「NPO法人21世紀の水産を考える会」の年次総会にお招きいただき、浜の一揆訴訟についてお話しする機会をいただいたことに感謝いたします。

この運動、この訴訟について、是非とも多くの人に知ってもらいたいのです。しかし、岩手の地元メディアは紹介に冷淡です。行政や漁連に遠慮をしているのではないかといういぶかしさを拭えません。漁民自身が、「生活を守ろう」「後継者を確保して漁業を継続しよう」と立ち上がっていることに、もっと大きな関心をもって話題にしてもらいたいところです。

私は、この漁民の運動を、幕末の三閉伊一揆と同様の理不尽な支配構造への抵抗運動だととらえています。そのことをご理解いただきたくて、別紙のようにレジメはつくってまいりました。ところが、本日の総会に配布された、貴会の機関誌「日本人とさかな」33号に、トピックス「浜一揆提訴報告(岩手県サケ漁業権裁判)」が掲載されています。目を通して見ますとこれがなかなかによくできている。無味乾燥なKレジメよりよっぽど面白い。私が今日お話ししようと思ったことは、あらかたここに書いてある。実はこれ、私のブログの転載記事なのです。

「漁業で生活できる行政を」―浜の一揆訴訟の第3回法廷
  http://article9.jp/wordpress/?p=6902

3頁にわたるかなりの長文ですが、さわりは次の文章。

「(1月14日法廷後の)報告集会では、いくつもの印象的な発言があった。
『サケがとれるかどうかは死活問題だし、今のままでは後継者が育たない。どうして、行政はわれわれの声に耳を傾けてくれないのだろうか。』『昔はわれわれもサケを獲っていた。突然とれなくなったのは平成2年からだ。』『いまでも県境を越えた宮城の漁民が目の前で、固定式刺し網でサケを獲っているではないか。どうして岩手だけが定置網に独占させ、漁民が目の前のサケを捕れないのか』『大規模に定置網をやっているのは浜の有力者と漁協だ。有力者の定置網漁は論外として、漁協ならよいとはならない。』『定置網漁自営を始めたことも、稚魚の放流事業も、漁民全体の利益のためとして始められたはず。それが、漁協存続のための自営定置となり、放流事業となってしまっている。漁民の生活や後継者問題よりも漁協の存続が大事という発想が間違っていると思う』

帰りの車内で、これはかなり根の深い問題なのではないかと思い至った。普遍性の高いイデオロギー論争のテーマと言ってよいのではなかろうか。

岩手県水産行政の一般漁民に対するサケ漁禁止の措置。岩手県側の言い分にまったく理のないはずはない。幕末の南部藩にも、天皇制政府にも、その政策には当然にそれなりの「理」(正義)があった。その「理」と、岩手県水産行政の「理」とどう違うのだろうか。あるいは同じなのだろうか。

私は現在の県政の方針を、南部藩政の御触にたとえてきた。定めし、高札にこう書いてあるのだ。

『今般領内沿岸のサケ漁の儀は、藩が格別に特許を与えた者以外には一律に禁止する』
『これまで漁民の中にはサケを獲って生計を立てる者があったと聞くが、今後漁民がサケを獲ること一切まかりならぬ』
『密漁は厳しく詮議し、禁を犯したる者の漁船漁具を取り上げ、入牢6月を申しつくるものなり』
これに対する漁民の抵抗だから、『浜の一揆』なのだ。

しかし、当時の藩政も「理」のないお触れを出すはずはない。すべてのお触れにも高札にも、それなりの「理」はあったのだ。「理」は「正義」と言い換えてもよい。まずは「藩の利益=領民全体の利益」という「公益」論の「理」(正義)が考えられる。

漁民にサケを獲らせては、貴重なサケ資源が私益にむさぼられることになるのみ。サケは公が管理してこそ、領民全体が潤うことになる。公が管理することとなればサケ漁獲の利益が直接に漁民に配分されることにはならないが、藩が潤うことはやがて下々にトリクルダウンするのだ。年貢や賦役の軽減にもつながる。これこそ、ご政道の公平というものだ、という「理」(正義)である。

天皇制政府も、個人の私益を捨てて公益のために奉仕するよう滅私奉公を説いた。その究極が、「命を捨てよ国のため、等しく神と祀られて、御代をぞ安く守るべき」という靖國の精神である。「君のため国のため」「お国のため」の滅私奉公が美徳とされ、個人の私益追求は悪徳とされた。個人にサケを獲らせるのではなく、公がサケ漁を独占することに違和感のない時代であった。

また、現状こそがあるべき秩序だという「理」(正義)があろう。『存在するものはすべて合理的である』とは、常に聞かされてきた保守派のフレーズだ。現状がこうなっているのは、それなりの合理的な理由と必然性があってのこと。軽々に現状を変えるべきではない。これは、現状の政策の矛盾を見たくない、見ようともしない者の常套句だ。もちろん、現状で利益に与っている者にとっては、その「利」を「理」の形にカムフラージュしているだけのことではあるが。

現行の岩手県水産行政は、藩政や明治憲法の時代とは違うという反論は、当然にあるだろう。一つは、漁協は民主的な漁民の自治組織なのだから漁協の漁獲独占には合理性がある、というもの。この論法、原告の漁民たちには鼻先であしらわれて、まったく通じない。よく考えると、この理屈、個人よりも家が大切。社員よりも会社が大事。住民よりも自治体が。国民よりも国家に価値あり。という論法と軌を一にするものではないか。個人の漁の権利を漁協が取り上げ、漁協存続のためのサケ漁独占となっているのが現状なのだ。漁協栄えて漁民亡ぶの本末転倒の図なのである。

また、現状こそが民主的に構成された秩序なのだという「理」(正義)もあろう。まずは行政は地方自治制度のもと民意に支えられている。その民主的に選出された知事による行政、しかも民主的な議会によるチェックも、漁業調整委員会という漁民によるチェックもある。その行政が、正当な手続で決めたことである。なんの間違いがあろうか。そういう気分が、地元メデイアの中にもあるように見受けられる。そのような社会だから、漁民が苦労を強いられることになるのだ。」

以上のことで、私が本日申しあげたいことは尽きているのですが、あらためて整理すれば以下の3点ほどのことになります。

まずは、浜の一揆訴訟では、漁民らは憲法上の権利の実現を要求しているのであって、「お代官様のお情けにおすがりして、サケをとらせていただくよう特別の許可をお願いしているのではない」ということ。

しかも、漁民らの要求は生活の維持のための切実なもので、生存と後継者維持の立場から不可欠なものとして尊重されなければならないこと。

これに対抗して、漁民のサケ漁の権利を制約してもよいとする岩手県知事の側の根拠がおよそ薄弱であること。中でも、漁協中心主義の漁業政策に納得できるような根拠は見出し難いこと。

このことをお話しするために準備したレジメは以下のとおりです。

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はじめに

三陸沿岸の漁民は、予てから沿岸で秋サケの採捕を禁じられていることの不合理を不満とし、これまで岩手県水産行政に請願や陳情を重ねてきたが、なんの進展もみませんでした。とりわけ、3・11の被災後はこの不合理を耐えがたいものと感じることとなり、2015年11月5日、100人の漁民が岩手県(知事)を被告として、盛岡地裁に行政訴訟を提起しました。原告らは、これを「浜の一揆」訴
訟と呼んでいます。

訴訟における請求の内容は、県知事の行った「サケ採捕申請不許可処分」の取消と、知事に対する「各漁民のサケ採捕申請許可」義務付けを求めるものです。
 小型漁船で零細な漁業を営む漁民に「サケを獲らせろ」という要求の実現を目指すもので、このことは、「漁民を保護して、漁業がなり立つ手立てを講じよ」という行政への批判と、「後継者が育つ漁業」をという切実な願いを背景にするものです。本件は県政の水産行政のあり方を問うとともに、地域の民主主義のあり方を問う訴訟でもあります。また、3・11被災後の沿岸漁業と地域経済の復興にも、重大な影響をもつものとも考えています。

Ⅰ 訴訟の概要
第1 経過概要
 1 県知事宛許可申請⇒小型漁船による固定式刺し網漁のサケ採捕許可申請
    2014年9月30日 第1次申請
    2014年11月4日 第2次申請
    2015年1月30日 第3次申請
 2 不許可決定(102名に対するもの)
    2015年6月12日 岩手県知事・不許可決定(277号・278号)
     *277号は、固定式刺し網漁の許可を得ている者  53名
     *278号は、固定式刺し網漁の許可を得ていない者 49名
 3 審査請求
    2015年7月29日 農水大臣宛審査請求(102名)
    2015年9月17日 県側からの弁明書提出
    2015年10月30日 審査請求の翌日から3か月を経過
 4 提訴と訴訟の経過
    2015年11月5日 岩手県知事を被告とする行政訴訟の提起(100名)
    2016年1月14日 第1回法廷 瀧澤さん意見陳述 訴状・答弁書陳述
    2016年3月11日 第2回法廷 
    2016年5月20日 第3回法廷 
    2016年8月05日 次回第4回法廷(予定)

第2 訴訟の提訴の内容
 1 当事者 原告 三陸沿岸の小型漁船漁業を営む一般漁民100名
          (すべて許可申請・不許可・審査請求の手続を経ている者)
         被告 岩手県(処分庁 岩手県知事達増拓也) 
 2 請求の内容
   *知事の不許可処分(277号・278号)を取消せ
     *277号処分原告(既に固定式刺し網漁の許可を得ている者) 51名
     *278号処分原告(固定式刺し網漁の許可を得ていない者)  49名
   *知事に対するサケ漁許可の義務づけ(全原告について)
    「年間10トンの漁獲量を上限とするサケの採捕を目的とする固定式刺網漁業許可申請について、申請のとおりの許可をせよ。」

第3 争点の概略
1 処分取消請求における、知事のした不許可処分の違法の有無
(1) 手続的違法
  行政手続法は、行政処分に理由の付記を要求している。付記すべき理由とは、形式的なもの(適用法条を示すだけ)では足りず、実質的な不許可の根拠を記載しなければならない。それを欠けば違法として取消理由となる。ましてや、本来国民の自由な行為を一般的に禁止したうえ、申請に従って個別に解除して本来の自由を回復すべき局面においては、飽くまでも許可が原則であって、不許可として自由を制約するには、合理性と必要性を備えた理由が要求される。その具体的な理由の付記を欠いた本件不許可処分はそれだけで手続的に違法である。
  本件不許可処分には、「内部の取扱方針でそう決めたから」というだけで、まったく実質的な理由が書かれていない。
(2) 実質的違法
  法は、申請あれば許可処分を原則としているが、許可障害事由ある場合には不許可処分となる。下記2点がサケ採捕の許可申請に対する障害事由として認められるか。飽くまで、主張・立証の責任は岩手県側にある。
  ①漁業調整の必要←漁業法65条1項
  ②水産資源の保護培養の必要←水産資源保護法4条1項
2 義務づけの要件の有無 上記1と表裏一体。 
3 原被告間の議論はまだ噛み合ったものとなっていない。

Ⅱ 何が争われているのか
第1 漁民のサケ採捕は憲法上の権利である。これを制限しうるのか。
1 憲法22条1項は営業の自由を保障している。
    ⇒漁民がサケの漁をすることは原則として自由(憲法上の権利)
    ⇒自由の制限には、合理性・必要性に支えられた理由がなくてはならない。
  *漁業法65条1項は、「漁業調整」の必要あれば、
   水産資源保護法4条1項は、水産資源の保護培養の必要あれば、
    「知事の許可を受けなければならないこととすることができる。」
  *岩手県漁業調整規則23条
   「知事は、「漁業調整」又は「水産資源の保護培養」のため必要があると認める場合は、漁業の認可をしない。」
   ⇒県知事が、「漁業調整」「水産資源の保護培養」の必要性について
      具体的な事由を提示し、証明しなければならない。
2 海洋の資源は原則として無主物であって、これを採捕(採取と捕獲を併せた立法上の造語)することは本来的に自由である。採捕を業として行うことは、営業の自由(憲法22条1項)に属する基本権として保障されている。
  憲法上の基本権が、無制限な自由ではなく、「公共の福祉」による内在的な制約に服すべきことは当然としても、原則が自由であることは、その制約には、首肯しうるだけの、制約の必要性と合理性を根拠づける理由がなくてはならない。
3 原告は、自らの憲法上の権利を制約する行政庁の不許可処分を特定して、これを違法と主張しているのである。権利を制約した側の被告行政庁において、その適法性の根拠を主張し挙証する責めを負うべきは当然である。
4 原告の営業の自由を制約する法律上の根拠は、漁業法65条1項にいう「漁業調整の必要」と、水産資源保護法4条1項にいう「資源の保護培養の必要」以外にはない。岩手県漁業調整規則23条1項3号は、この両者を取り込んで「知事は、漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要があると認める場合は起業の認可をしない」としている。
5 だから、本来被告は「漁業調整又は水産資源の保護培養のための必要」に当たる具体的事実を主張しなければならない。しかも、「憲法上の権利を制約する根拠として」十分な、必要性・合理性を基礎づけるものでなくてはならない。
6 ところが、被告は自らした不許可処分の適法性の根拠について語るところはなく、もっぱら内規として取り決めた「取扱方針」によるとだけ主張して、具体的な根拠事実を主張しようとしない。原告に許可を与えれば漁業調整や水産資源の保護に不都合が生じる根拠となる具体的な事実についてはまったく主張しようとしない。「庁内で作成した「取扱方針」(2002年制定)にそう書いてあるから」というだけ。しかも、知事が適用している「取扱方針」の条項は、「固定式刺し網漁不許可」に関するもので、「サケ漁の許可」に関するものではない。51名の原告は「固定式刺し網漁不許可」は既に得ているので、被告(知事)の不許可処分の理由は、論理的に破綻している。

第2 漁協中心主義は漁民の権利を制約しうるか。
1 漁業法にいう、漁業の民主化とはなにか。
  零細の個々の漁民の権利にこそ配慮することではないか。漁協の営業のために、漁民の営業を圧迫することは「民主化」への逆行である。
2 漁民あっての漁協であって、漁協あっての漁民ではない。
  主客の店頭は、お国のための滅私奉公と同様の全体主義的発想ではないか。
3 結局は、浜の有力者に奉仕する漁業行政の「カムフラージュの理論」ではないか。
            以 上
(2016年6月25日)  

野党共闘をどう見るかー18・19歳の意見と向き合う

昨日(6月23日)の毎日新聞朝刊。「参院選で有権者になる20歳未満の男女各50人の計100人に野党共闘について聞いた」という記事。回答した92人の意見分布と9人の個別意見を紹介している。「野党共闘に「賛成」と答えたのは28人。「反対」は18人で、最も多かったのは「その他」の46人だった。」という。新有権者の意見を知ることは極めて有益である。

もっとも、やや漠然とした問に、必ずしも噛み合わない回答になっているとの印象を避けられない。野党共闘は憲法改悪阻止ないしは立憲主義の回復を主たる目標とするもの。もう少し具体的には、「7・1閣議決定」と「戦争法の廃止」を主たる共通課題としている。だから本来は、野党の共闘が共通課題とした理念や政策への賛否を明確にしたうえ、その後に、その目的に照らして共闘が意味あるものか否かについて意見を聞くべきではなかったか。そうすれば、もう少し整理された分かり易い意見を聞くことができたのにと思う。

それでも、記事が述べているとおり、それぞれの回答者の真剣さが伝わってくる。僭越ながら、個別の意見に向き合い検討してみたい。

賛成意見(28人中の3人の意見)
◆共闘は無理だと思っていた。自分たちの政策を横に置いても改憲を阻止したい真剣さが初めて見えた気がする。今回の選挙の争点には、過去にない重みのあることが分かった。……………………北海道・大学生・男19
◇澤藤コメント 至極真っ当な見解ではないか。各政党がそれぞれの理念や政策を有していても、明文改憲を許してしまえば取り返しのつかないことになる。したがって、「各政党独自の政策を横に置いても改憲を阻止するという一点で共闘する」姿勢を積極評価している。「今回の選挙の争点には、過去にない重みがある」というのは、明文改憲がかかった選挙だという理解なのであろう。論評の必要がない。

◆実際に憲法改正阻止ができるかどうかは疑心暗鬼の部分もあるが、与党対野党というわかりやすい図式で、報道もわかりやすくなった。以前より関心を持って見られるようになった。………………………埼玉・大学生・女19
◇澤藤コメント 「実際に憲法改正阻止ができるかどうかは疑心暗鬼」とは、「今次の野党による選挙共闘成立くらいのことでは、憲法改正阻止を実現すること難しいのではないか」ということのようだ。だから回答者は改憲阻止を望む立場なのだろう。ところが、野党共闘の成立の積極評価を「改憲阻止の目標」に照らしては語らず、「与党対野党というわかりやすい図式で、報道もわかりやすくなった」「以前より関心を持って見られるようになった」という傍観者としてのメリットを語るレベルで終えている。できれば、もっと積極的な当事者意識が欲しいところ。当事者意識とは、主権者意識と言い変えてもよい。

◆さまざまな意見を言う人が集まれば、団体として幅が出ると思う。一つの意見、政策を訴える一つの党よりも柔軟な対応をしてくれそう。…熊本・高校生・男18
◇澤藤コメント 共闘のメリットを「幅」「柔軟な対応」に求めて評価する意見。現今の風潮では、「決められない政治」「優柔不断」が攻撃されている。とりわけ右派から民主主義的政治過程の手続的加重が嫌われる時代である。そのようなときに、意見の異なるさまざまな人びとの集合自体に価値を認める見解は、民主主義の原点に立ち帰る素敵なものだ。とはいうものの、あまりに抽象的な一般論としてしか語られてないことが気にかかる。果たして、なんのためのどのような共闘かを認識したうえで、問題を煮詰めての結論なのだろうか。

反対意見(18人中の3人の意見) 
◆党是が全く違う政党が一緒に戦って、与党を倒した後に何ができるのか疑問が残る。………………福島・大学生・男18
◇澤藤コメント これは、果たして自分の意見なのだろうか。与党の共闘攻撃をオウム返しに口にしているだけのようで、読む方に気恥ずかしさが残る。野党の選挙共闘は、本当に「党是が全く違う政党が一緒に戦」ってるのだろうか。自・公という「党是が全く違う政党」でさえ、それなりに共闘しているではないか。4野党は、改憲阻止、立憲主義や平和主義・福祉重視の理念、あるいは成長よりは分配を重視する経済政策において、立場は近いというべきではないか。「与党を倒した後に何ができるのか」ですって? 与党を倒せるところまで闘えたらたいしたものではないか。もし、与党を倒すことができれば、そのあとには新たな連立政権を作る道が開けるだろう。

◆4党は主張が大きく異なるのに選挙のために組むのはおかしい。一致しているのは安保法制廃止と改憲阻止くらいで、消費税や自衛隊への考え方もバラバラだ。……………兵庫・専門学校生・男18
◇澤藤コメント 問題は2点。「消費税や自衛隊への考え方がバラバラなまま、安保法制廃止と改憲阻止で、選挙のために組むことがおかしい」か。そして、本当に、「4野党が一致しているのは安保法制廃止と改憲阻止くらいで、消費税や自衛隊への考え方もバラバラ」なのか。
 共闘とは考え方の違う者が、小異を捨てて大同に就くことだ。「消費税や自衛隊への考え方」を小異とし、「安保法制廃止と改憲阻止」を大同として、選挙民に訴えることは少しもおかしくない。むしろ、小異にこだわって、大同を生かすことができなくなることこそが有権者の期待を裏切ることになるというべきだろう。
 「4野党の消費税や自衛隊への考え方はバラバラ」だろうか。消費税については当面8%維持で一致できる。問題は、福祉政策の財源確保のため税制をどうするかに各党の政策のバラエティはある。しかし、そのバラエティが共闘の障壁となるものではない。自衛隊について、その存在を違憲とするのは共産党だが、同党は性急にその解散を求めないと明言している。自衛隊の海外派兵阻止の一点を4野党の大同とすれば、共産党の自衛隊の存在を容認することは小異に過ぎず、共闘の一致点設定の支障とはなっていない。

◆たくさんの政党があり、それぞれ考えがあるのに、共闘でいろいろな政党の良さが薄れるのではないか。………………………福岡・大学生・女18

◇澤藤コメント これは、ご自分の意見なのだろう。多様な政党の存在を肯定するもっとなご意見。しかし、議会制民主主義においては、結局は選挙による議席数がものをいうことになる。多数の小政党は、大同団結することなしには、結局のところ議会に議席をもつことができない。ご意見はリアリティに欠けるものではないだろうか。譲れるところは譲って、共通する重要課題で選挙共闘をすることは、結局は、部分的にはせよ小政党の考え方の良さをさを生かす道となるのではないだろうか。しかも、今は歴史の分岐点となりかねない重大事態。憲法を守りきらないと、「いろいろな政党の良さ」を発揮する基盤が失われかねない。

「その他」の意見(46人中の3人の意見)
◆どちらともいえない。与党に強引な政治をさせないためには良いと思う。ただ、これまでの野党はまとまって、ばらけてを繰り返している印象が強く、まとまりきれないのではないか。……………………青森・団体職員・男18

◇澤藤コメント これは、野党共闘は評価する立場。その理由を「与党に強引な政治をさせないため」と明確にして、自分の見解の論理性を一貫させている。しかし、「まとまりきれないのではないか。」と共闘の継続性を問題として悲観している。私は思うのだが、今は事前に悲観している余裕などない。改憲はこの国に取り返しのつかない事態をもたらしかねない。それなら、悲観も楽観もなく、改憲阻止のための共闘をせざるを得ないのではないか。この回答者の立場からは、もっと共闘を積極評価してもよいのではないかと思えるのだが。

◆興味がない。最近の政治家は汚職など問題が目立ち、信頼できないので何をしようと変わらないんじゃないかと思う。………………………栃木・大学生・男18

◇澤藤コメント そのような気分も分からないではない。でも、あなたが政治を見放せば、今の政治を消極的に支持したことになる。それこそが、アベ政権の思う壺。汚職にまみれた政党や政治家、信頼できない政治を、批判して欲しい。そうしなくては政治は変わらない。不愉快な社会も変わらない。そのことはあなた自身の将来にはね返ってくる。

◆よく分からない。どの政党も日本の未来ではなく政権を握ることしか考えていないから、同じようにしか感じない。………………………山梨・高校生・男18
◇澤藤コメント 本来政党とは、「日本の未来」を考えるべきで、「政権を握る」ことを自己目的化してはならない。おっしゃるとおりだと思います。
今、「日本の未来」を揺るがす大きな問題が起きようとしています。それが、日本国憲法の改正(改悪)問題。あなた方の先輩世代の有権者が、いま政権与党を勢いづかせて、平和や人権、民主主義を壊す改憲を現実的な課題としています。これを放置しておくことは、軍国主義がのさばった、自由のない戦前の時代を再来させかねません。野党共闘は、政権を握ることを目的としたものではなく、かけがえのない憲法を変えさせないためのものだと理解していただきたいのです。
(2016年6月24日)

「沖縄全戦没者追悼式」と「平和の礎」の思想

本日、沖縄戦で組織的戦闘が終結したとされる「6月23日」。あの日から71年目である。折も折。元米海兵隊員の強姦殺害事件への追悼・抗議集会の直後であり、辺野古新基地建設反対を最大テーマとする参院選のさなかでもある。

選んだ如くのこの時に、「沖縄全戦没者追悼式」が糸満市の平和祈念公園で開かれた。アベ晋三も、抗議を受ける悪役としての参列。今年も「帰れ」という野次が飛んだという。さぞや針のムシロに坐る心もちであったろう。

「『全』戦没者追悼式」であることに意味がある。「平和の礎」の刻銘と同様に、勝者と敗者を区別することなく、また兵士と民間人の区別もなく、その死を意味づけすることなく、沖縄戦の戦没者のすべてを、かけがえのない命を失った犠牲者として等しく追悼するという考え方だ。ここはひたすらに戦没者の死を悼む場であって、それ以上に出過ぎた、遺族以外の何ものかが死者の魂を管理するという考えが拒否されている。

これと対極にあるのが、死者を徹底して区別し、死者の魂を国家が管理するという靖國の思想である。死者を悼むのではなく、特別の死に方を礼賛し称揚して、特定の死者の魂を国家が管理するというのだ。靖國神社は、天皇の軍と賊軍とを徹底して区別し、天皇への忠死か否かで死者を区別し、敵と味方を未来永劫に分かつ差別の思想に拠っている。露骨な死者の国家利用と言ってよい。しかも、軍国主義高揚のための戦没者と遺族の心情の利用である。

平和の礎は、21万1326人の沖縄戦戦没者の名を刻銘している。
「太平洋戦争・沖縄戦終結50周年記念事業の一環として、国籍を問わず、また、軍人、民間人の別なく、全ての戦没者の氏名を刻んで、永久に残すため、平成7年(1995年)6月に建設したものです。その趣旨は、沖縄戦などでなくなられた全ての戦没者を追悼し、恒久平和の希求と悲惨な戦争の教訓を正しく継承するとともに、平和学習の拠点とするためです。」とされている。

「平和の礎」のデザインコンセプトは、“平和の波永遠なれ(Everlasting waves of peace)”というもので、屏風状に並んだ刻銘碑は世界に向けて平和の波が広がるようにとの願いをデザイン化したものだという。この刻銘碑の配列は、沖縄県民・県外都道府県民・外国人の各死者の刻銘碑群に区分されている。その外国人刻銘数は1万4572人。内訳は以下のとおりである。
 米国 14,009
 英国    82
 台湾    34
 朝鮮民主主義人民共和国 82
 大韓民国  365

なお、沖縄県民    149,362人
   県外都道府県計  77,402人
で、いずれも兵士と民間人の区分けはしていない。

平和の礎も沖縄全戦没者追悼式も、まったく靖国のようではない。靖国のように敵味方を区別しない、靖国のように兵士だけを顕彰するものではない。靖国のように神道という宗教形式をもたない、靖国のように天皇の関与がない、靖国のように戦没者の身分や階級にこだわらない、靖国のように恩給の受給資格と連動しない。そして、靖国のように愛国心を鼓舞しない。靖国のように戦死者の勇敢さや遺徳を誇示することはない。靖国のように、戦争を美化しない。靖国のように敗戦を無念としない。靖国のように、戦犯を祀ることがない。戦犯というカテゴリーもなければ、祀るという行為とも無縁である。靖国のように戦争や軍隊や兵士を意味づけることをしない。もちろん、靖国のように、武器を飾ってみせたりなどけっしてしない。

この日、思い起こすべきは、沖縄県平和祈念資料館設立の趣意書にある次の言葉である。
「1945年3月末、史上まれにみる激烈な戦火がこの島々に襲ってきました。90日におよぶ鉄の暴風は、島々の山容を変え、文化遺産のほとんどを破壊し、20数万の尊い人命を奪い去りました。沖縄戦は日本に於ける唯一の県民を総動員した地上戦であり、アジア・太平洋戦争で最大規模の戦闘でありました。

 沖縄戦の何よりの特徴は、軍人よりも一般住民の戦死者がはるかに上まわっていることにあり、その数は10数万におよびました。ある者は砲弾で吹き飛ばされ、ある者は追い詰められて自ら命を絶たされ、ある者は飢えとマラリアで倒れ、また、敗走する自国軍隊の犠牲にされる者もありました。私たち沖縄県民は、想像を絶する極限状態の中で戦争の不条理と残酷さを身をもって体験しました。
 この戦争の体験こそ、とりもなおさず戦後沖縄の人々が、米国の軍事支配の重圧に抗しつつ、つちかってきた沖縄のこころの原点であります。
 ”沖縄のこころ”とは、人間の尊厳を何よりも重く見て、戦争につながる一切の行為を否定し、平和を求め、人間性の発露である文化をこよなく愛する心であります。
 私たちは、戦争の犠牲になった多くの霊を弔い、沖縄戦の歴史的教訓を正しく次代に伝え、全世界の人びとに私たちのこころを訴え、もって恒久平和の樹立に寄与するため、ここに県民個々の戦争体験を結集して、沖縄県平和祈念資料館を設立いたします。」

本日の琉球新報が、「安全保障関連法が施行され、日本が戦争のできる国へと大きく変貌した中で迎える『慰霊の日』」に、格別の思いの社説を書いている。タイトルが「慰霊の日『「軍隊は住民を守らない』 歴史の忘却、歪曲許さず」というもの。これこそ今ある沖縄の原点ともいうべきものだろう。

「『地獄は続いていた』
 日本軍(第32軍)は沖縄県民を守るためにではなく、一日でも長く米軍を引き留めておく目的で配備されたため、住民保護の視点が決定的に欠落していた。首里城の地下に構築した司令部を放棄して南部に撤退した5月下旬以降の戦闘で、日本兵による食料強奪、壕追い出し、壕内で泣く子の殺害、住民をスパイ視しての殺害が相次いだ。日本軍は機密が漏れるのを防ぐため、住民が米軍に保護されることを許さなかった。そのため戦場で日本軍による命令や強制、誘導によって親子、親類、友人、知人同士が殺し合う惨劇が発生した。
 日本軍の沖縄戦の教訓によると、例えば対戦車戦闘は『爆薬肉攻の威力は大なり』と記述している。防衛隊として召集された県民が急造爆弾を背負わされて米軍戦車に突撃させられ、効果があったという内容だ。人間の命はそれほど軽かった。県民にとって沖縄戦の最も重要な教訓は「命(ぬち)どぅ宝(命こそ宝)」だ。

『終わらない戦争』
 戦後、沖縄戦の体験者は肉体だけでなく心がひどくむしばまれ、傷が癒やされることなく生きてきた。その理由の一つが、沖縄に駐留し続ける米軍の存在だ。性暴力や殺人など米兵が引き起こす犯罪によって、戦争時の記憶が突然よみがえる。米軍の戦闘機や、米軍普天間飛行場に強行配備された新型輸送機MV22オスプレイの爆音も同様だ。体験者にとって戦争はまだ終わっていない。
 戦後も女性たちは狙われ、命を落とした。1955年には6歳の幼女が米兵に拉致、乱暴され殺害された。ベトナム戦時は毎年1~4人が殺害されるなど残忍さが際立った。県警によると、72年の日本復帰から2015年末までに、米軍構成員(軍人、軍属、家族)による強姦は129件発生し、147人が摘発された。そして今年4月、元海兵隊員による女性暴行殺人事件が発生した。
 戦場という極限状態を経験し、あるいは命を奪う訓練を受けた軍人が暴力を向ける先は、沖縄の女性たちだ。女性たちにとって戦争はまだ続いている。被害をなくすには軍隊の撤退しかない。
 『軍隊は住民を守らない』。私たちは過酷な地上戦から導かれたこの教訓をしっかり継承していくことを犠牲者に誓う。国家や軍隊にとって不都合な歴史的出来事の忘却、歪曲は許されない。

本日沖縄を訪れたアベ晋三は、この血を吐くような地元紙の社説を読んだだろうか。この社説に象徴される沖縄の民衆の気持ちを理解しただろうか。沖縄全戦没者追悼式と平和の礎の思想に触れ得ただろうか。それとも、改憲戦略においてどのように沖縄の世論を封じ込めるべきかと策をめぐらしただけであったろうか。
(2016年6月23日)

赤ちゃんの泣き声を社会の幸せととらえる・たのべたかお候補(参院選栃木選挙区)とその陣営に敬意の拍手

本日(6月22日)、いよいよ第24回参議院議員通常選挙が公示。7月10日の投票日まで18日間の選挙戦の始まり。立候補を予想された顔ぶれは出揃い、届け出は午後5時に締め切られた。最終的な候補者数は、選挙区(改選数73)225人、比例区(改選数48)164人の計389人となったと報じられている。

関心の焦点は、選挙区議席73のうち32を占める1人区の当落。周知のとおり、この32の全選挙区で市民と4野党の共闘が成立し、4野党の統一候補擁立が実現した。これで俄然参院選には明るい希望が見えてきた。その希望を担う32人の候補者のお一人、たのべたかお候補(栃木選挙区・元NHK宇都宮放送局長)に触れたい。

当意即妙という言葉がある。望むべくしてなかなかできない。思い返して、あのときこう言えばよかったと悔やむばかり。ところが、本日(6月22日)の赤旗首都版に、この人を紹介する次の記事を見つけた。

「ある集会の会場で、赤ちゃんが泣き出したときのことです。
『赤ちゃんの泣き声が満ちる幸せな社会でありたい』と静かに語り始めた、たのべ候補。続けて『戦時中、沖縄の洞窟では、泣き声で敵に居場所を知らせてならないと殺された赤ちゃんがいた。そんな国にしてはいけない』とスピーチしました。
会場から割れんぱかりの拍手がわきました。」

見事なものだ。これは付け焼き刃ではできない。赤ちゃんの泣き声を社会の幸せととらえる感性。戦争の歴史をしっかりと踏まえた理性を前提としての「当意即妙」なスピーチなのだ。演説会場に赤ちゃんの泣き声は邪魔という感性ではダメ。討論会が1分遅れたからと癇癪を起こすアベには絶対に真似ができない。

赤旗の記事は、次のようにも言っている。
「NHK報道局で「特報首都圏」「BS経済羅針盤」「ニュース7」などの制作にたずさわり、湾岸戦争時にはヨルダンで取材し、武力で平和は築けないことを痛感したという、た のべ候補。立候補を決意した思いをこう語ります。
『戦争法の成立が強まり、籾井勝人会長の対応は、局内に閉塞感を増幅させた。報道姿勢にも自己規制がかかった。これを見逃していたらとんでもない未来になる。誰かに頼るのではなく、自分が行動すべきと腹を固めました』

野党共闘実現に大きな役割を果たした日本共産党にも深い敬意を表します。
『志位和夫委員長の呼びかけで野党共闘が進み、この場に立つことができました。選挙区候補を降りた小池一徳比例候補の分まで頑張り、勝利します』」

このような、共闘を支える人たちへの配慮、仲間への気遣いが、始まったばかりの共闘の信頼関係を育むことになる。

本日(6月22日)の毎日新聞社会面にも、野党の選挙協力が円滑に進展している例として、次のように栃木が引用されている。

「栃木選挙区では憲法記念日の5月3日、市民団体主催の憲法集会に民進、共産、社民などが推薦する無所属新人の田野辺隆男氏(56)が出席。各党の県組織の代表者がすべて顔をそろえ、『我々は田野辺さんを勝たせる』『力を合わせて必ず戦い抜く』と口々に訴えた。公示後の張り出し用として、各党の名前を並べた共通ポスターも用意され、準備は万端だ。

 円滑な連携の要因は、各党の仲介役を県内の市民団体の連携組織『戦争法の廃止と立憲主義の回復を求める県民ネットワーク』が担ったことが大きい。また、田野辺氏が昨年12月、参院選出馬のためNHK宇都宮放送局長を辞めた際、『反安倍(首相)陣営を結集したい』と無所属での立候補を表明。安保関連法廃止に加え反原発を前面に掲げる主張は、電力業界の労組なども抱える連合の反発が予想されたが、田野辺氏が協議の過程で『原発の後処理を頑張ってくれているのは、電力総連の皆さん』と配慮の姿勢を示し、『すんなりと田野辺氏への推薦がまとまった』(関係者)という。
 対する与党候補は再選を目指す自民党現職の上野通子氏(58)。10年参院選で民主現職の簗瀬進氏が小差で敗れたが、今回は旧みんなの党の約20万票の行方が勝敗の鍵を握る。民進党幹部は『共闘は非常にうまくいっており、追いつく可能性は十分ある』と期待する。」

候補者の人柄と能力もさることながら、陣営全体が共闘を大切にしている姿勢を窺うことができる。たのべたかお候補陣営に敬意と激励の惜しみない拍手を送りたい。
なお、同候補の公式サイトのURLは以下のとおり。
 http://www.tanobe.jp/

比例区の選挙結果は、党勢を比較的正確に反映する。だから、想定外の結果は通常ない。これに比して、選挙区選挙では、思いがけない結果が出やすい。とりわけ、参院選では改選数1の「1人区」の結果が情勢次第で大きく動き、票数僅差の議席の得失が積み重なって、選挙全体の勝敗を分けることになる。4野党の全1人区候補者一本化は、アベ政権を揺るがしかねない。アベは、正直に苦戦が予想される1人区から公示前の応援に回っている。

最近3回の参院選を見てみよう。
2007年選挙は、第一次アベ政権時代。アベ与党が小沢民主にボロ負けをして、この上なくみっともない、安倍退陣劇のきっかけとなった選挙だった。このとき、ボロ負けアベ自民の獲得議席数はわずか37。1人区(29選挙区)の勝者は、
  自民6 民主17 その他6。

2010年は野党だった谷垣自民が菅民主に圧勝した。そのときの1人区(29選挙区)の勝者は、
  自民21 民主8。(自民の獲得議席数51)

2013年は、与党のアベ自民が海江田民主に圧勝した。そのときの1人区(29選挙区)の勝者は、
  自民29 民主0 その他2。(自民の獲得議席数65)
このとき、旧民主党は1人区で1議席も獲得できなかった。その結果、国会の「ねじれ」が解消して「憲法の危機」が顕在化した。

そして、今回2016年選挙である。1人区で各個撃破されたその教訓を汲めば、野党の共闘しか選択肢はない。今回、1人区の野党統一候補の内訳は、民進公認15人、共産公認1人、無所属16人。

この野党の共闘に危機感を抱いたからこその「野合批判」の繰りかえしであり、反共キャンペーンでもある。アベの苛立ちと罵りは、恐れの表れとして、野党の自信の材料である。

もっとも、当然のことながら、野党4党の協力態勢には、各地で温度差がある。栃木選挙区の「たのべたかお候補陣営」のように、共闘間の信頼関係を育くんでいただきたい。そうして、今回の参院選で2007年の選挙結果を再現し、アベを2度目の退陣に追い込みたい。そのことが、憲法の危機を救うことになるのだから。
(2016年6月22日)

「市民連合わかやま」の由良登信(ゆら・たかのぶ)さんに声援を送る。

明日(6月22日)が第24回参議院議員選挙の公示日。明日からのこの選挙戦は、いつにも増して日本の将来に大きく影響を与えるものとなる。

本日(21日)各紙の報道によれば、アベは、昨日(20日)のインターネット番組やテレビ番組での党首討論の中で、「(憲法改正について)選挙の結果を受け、どの条文を変えていくか議論を進めていきたい。次の国会から憲法審査会を動かしていきたい」と踏み込んだ。この発言は、「秋の臨時国会を念頭に、与野党の具体的議論に入りたいとの考えを示した」ものと理解されている。今度の選挙結果次第では、この秋の臨時国会で具体的な改憲案の条文作りまで進展しかねない。事態はここまで立ち至っているのだ。

アベ政権が悲願とする憲法改悪の野望に道筋を開く選挙となるかも知れないし、アベ政治に打撃を与えて改憲を阻止する選挙となるかも知れない。改憲へのアクセルを踏ませるか、それともブレーキを掛けるか。改憲是か非か、それがテーマの今回の参院選だ。

憲法とは、その国の形の骨格を定め、国の進むべき方向を指し示すもの。アベ改憲とは、日本国憲法の「形」も「理念」も崩そうということなのだ。立憲主義・平和主義・基本的人権と民主主義への、アベ流挑戦にほかならない。基本的人権の中には、表現の自由や信仰の自由という精神的自由だけではなく、福祉(生存権)や労働や教育に関わる社会権も含まれる。だから、政府与党の政策は、国民一人ひとりに寄り添うものになろうはずがない。力あるもの、強い者の利益のためという基本があって、それに票を掠めとるための甘い味付けがされているだけのことと見抜かなければならない。

不幸なことに、我々はこのような反憲法的な愚かな政権に甘んじている。これを許したのは有権者であり、前2回の国政選挙だ。心ある有権者は、大同団結してアベ政権の反憲法体質にノーを突きつけなければならない。共産主義や社会主義是非のレベルではない。おそらくは、「革新」是非のレベルですらない。18世紀末の立憲主義・自由主義と、20世紀前半の福祉国家論のレベルでの大同団結がなされなければならない。

今回の選挙では、「市民と4野党」の選挙共闘ができたことが何よりの収穫。32の1人区全部で野党統一候補の擁立ができたことに限りない祝意を送りたい。

その32人の中に親しい顔がある。和歌山の由良登信(ゆらたかのぶ)さん。「出たい人より出したい人」の典型だろう。こういう人の立候補が好もしく、頼もしい。

由良さんの経歴は、「和歌山弁護士会元会長、日本弁護士連合会元常務理事、日弁連消費者問題対策委員会元副委員長、和歌山県消費生活審議会元副会長」と四つ並べられている。由良さんは、1986年に弁護士になっており、弁護士としての経歴では私が15年ほど先輩になる。由良さんが「日弁連消費者問題対策委員会副委員長」を務めたとき委員長だったのが私。私には、消費者弁護士としての由良さんしか思い描けない。まさか、あの穏やかな風貌から、「安保法制(戦争法)をなくし 立憲主義・民主主義を取り戻す」運動の先頭に立つ人とは予想し得なかった。

「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合わかやま」から、推薦依頼があったので、よろこんで推薦人の一人として名を連ねた。添えられたリーフには、「ワンコイン(500円)募金にご協力をお願いいたします」とあった。無数のワンコインが支える政治運動なのだ。

由良さんの「ごあいさつ」を引いておこう。
 安倍政権は「戦争する国づくり」に暴走しています。昨年9月19日に強行成立させた安保関連法は、日本が武力攻撃を受けた時の備えではなく、自衛隊をいつでも海外に派兵して武力行使できるようにするものであり、明白に憲法9条に違反しています。
 主権者として、憲法違反の政治を許しておくわけにはいきません。憲法にもとづく政治(立憲主義)を取り戻すために、市民が各地で立ち上がっています。
 私も、その熱い思いを共に抱いて、戦争しない国、平和な国日本を子や孫に引き継ぐために頑張り続けます。
  弁護士 由良登信(ゆらたかのぶ)

参院選の公示前である。もちろん、今日まで由良さんはいかなる選挙の候補者でもない。由良さんの推薦母体は、候補者としての由良さんへの応援を依頼していない。特定選挙に関して由良さんへの投票依頼をする文章は一切ない。飽くまで、政治活動の一貫としてのリーフレットの記事であり、その配布である。

メインのキャッチフレーズは、「市民の力で政治を変える ゆら登信(たかのぶ)」だ。アベ政治を本気で止める!!「ゆら登信の政策」13項目が並んでいる。どれも憲法の理念を実現する生活目線に沿った内容だ。もちろん、すべて選挙運動ではなく政治活動としての訴え。

だから、リーフの紙面で「ゆら弁護士は、ほっとけないの思いで走り続けます」と言っている。私も、そのような走り続ける由良さんを応援する。ブログの掲載によって由良さんへの投票依頼をするのではない。政治活動に走り続ける由良さんを応援する趣旨でのことだ。

由良さんの政治活動も、私のブログの記事掲載も、憲法21条で保障された権利だ。これを規制することはできない。明日、公示予定の参院選に由良さんが立候補の届出をすれば、公選法の適用がなされ、積極にも消極にも選挙運動の規制がかかることになる。

ゆらさん応援のリーフレットの出来がよい。応援する人たちのコメントがまた、すばらしい。すべて名前が明記され、写真も掲載されているが、コメントと肩書だけ紹介したい。

戦争と平和が争点、決めるのは市民です、ゆらさんは、野党合意を実現する唯一の人、市民連合の宝です!!(和歌山大学名誉教授)

私たちは、先の戦争の反省に立って平和憲法を定めました。安倍政権の暴走は止めなければなりません。(弁護士)

庶民の声に耳を傾け代弁する信念の人・ゆら登信さんをみんなの力で国会に送りましょう! (女優・和歌山市出身)

ウソや暴言連発の政権にあきれています。誠実さと弱者への想像力を持たない政治家はいりません。(ママの会@わかやま)

時代は「小さくされた人たち」に聞くリーダーを必要としています。心より応援します。(牧師)

障害のある人も地域で楽しく豊かに暮らせる社会にして欲しい。日本を戦争に巻き込む安倍政権にNO! (社会福祉士・作業療法士)

誰もがもっている「平和」への想い。その想いとあまりにもかけ離れている政治にはがまんできません。(まちづくり協会理事長)

由良さん、がんばれ。私も応援する。「市民が主体となって運動し、市民の願いを託せる人を国政に送り出す、という和歌山の新しい民主主義」が実を結ぶまで。
(2016年6月21日)

野党の選挙共闘は痛い。痛いからこその反共攻撃なんだ。

私が、アベです。「アベ政治を許さない」って、全国津々浦々に回状をまわされている、お尋ね者同然の、あのアベ。

参院選が近くなったのに、最近何もかもうまく行かない。手詰まり状態でね。出るのは愚痴と溜息ばかり。ホントにどうしちゃったんだろう。唯一の慰めは、ダブル選挙をやろうとして思いとどまったこと。こんな状態で総選挙も一緒にやっていれば、オウンゴールで地獄に落ちかねないところだった。その点は不幸中の幸い。まあ、致命傷にはならなさそうだ。

見え透いているって評判は悪いけど、今度の選挙は「経済政策を問う選挙」「道半ばのアベノミクスへの支持を求める選挙」と訴えている。「憲法改正の是非を問う選挙」とも、「改憲発議の議席を求める選挙」とも言ってない。それなのに、「アベの本心は改憲だ」「与党に議席を与えたら平和憲法が危うくなる」って大合唱だ。それがまんざら嘘でもなく、当たっているから始末に悪い。

一番心配なのは、アベノミクスの評判が悪いこと。そりゃそうだろう。もう、3年半にもなるんだ。ダマシダマシひっぱって時間を稼いできたけど、ボロ隠しもそろそろ限界だろう。選挙直前の世論調査で、軒並みアベノミクスの評判が悪い。「アホノミクス」とか、アベノ「ミス」クとか、うまいこと言うもんだと私が感心していてはしょうがない。

毎日新聞が、今日(6月20日)の朝刊で、最新の全国世論調査の結果を発表している。安倍内閣の支持率は5月の前回調査から7ポイント減の42%、不支持率は6ポイント増の39%。まあ、この程度は想定内だ。ところが、安倍政権の経済政策「アベノミクス」を「見直すべきだ」という回答が61%で、「さらに進めるべきだ」の23%を大きく上回っている。これはショックじゃないか。経済政策選択選挙とこちらが設定した土俵で勝ち目がないことになるんだから。

さらに、問題は地方だ。今朝(6月20日)発表の福島民報と福島テレビの県内世論調査の結果では、「安倍晋三首相が進める経済政策「アベノミクス」について「評価しない」は51.2%となった一方、「評価する」は19.7%で全体の2割弱だった。」。しかも、「安倍内閣支持」は34.6%で、「支持しない」は47.2%という恐るべき数字。おいおい、これでは参院選挙は惨敗ではないか。

実際、最近手詰まりでうまく行かない。基本は、私が信奉する大国主義・軍国主義・新自由主義の改憲路線が、国民の意識と大きく乖離しているということなんだ。国民は、右翼の軍国主義者はキライなの。そのことは、前から分かっているんだけど、これまではなんとか右へ右へと国民をひっぱってくるのに成功してきた。もう少しで、憲法改正まで漕ぎつけることもできそうだったのに。どうすれば国民を欺しおおせるか。私だって真剣に考えているんだ。

こういうときは、アタマを切り替える。経済政策がうまく行かないのも、貧困や格差も、地方の疲弊も、原発再稼働も、沖縄問題も、福祉や教育の財源を調達できないこともTPPも、そして政治とカネの問題も、すべてはアベ政権の政策が悪いからではない、と割り切ること。責任転嫁は私の得意技だ。

経済の指標って、どうにでもいじって操作することができるんだよね。これがダマシのテクニック。手品のタネ。ちょっとでもよい面があれば、針小棒大にアベノミクスの成果だと言い立てる。それでもごまかせないときは、「民主党政権時代の負の遺産が、まだ払拭できていない」と民主党のせいにする。あるいは、「リーマン級の世界経済のデプレッションが原因」と責任転嫁する。これまでは、こうやつて切り抜けてきた。

でも、今一番頭が痛いのは、野党の選挙共闘。しかも、市民の後押しがついている。これには、これまでのマニュアルでは対応しかねる。実にやっかいだ。こいつが悩みの根源だ。

私が政治戦術において師と仰ぐのは、もちろんヒトラーさ。あの戦術を学ぶべきだとするのは、ひとり麻生さんだけではない。ヒトラーの戦術の成功は、例のニーメラーの言葉として定式化されているように思う。要するに各個撃破だ。ユダヤ人、共産主義者、社会民主主義者、労働運動、自由主義者、宗教家…。それぞれが、順次各個に撃破されて、ナチスの独裁が完成した。宗教弾圧を受けた牧師ニーメラーが自分のこととして立ち上がったときには、時既に遅しだったというわけだ。実に、各個撃破こそが、歴史から学ぶべき見事な教訓。これをわがこととして使いこなさなければならない。

ところが今、市民と野党が共同して政権に襲いかかっている。共産主義者も、社会民主主義者も、労働運動も、自由主義者も、宗教家もだ。女性運動も、若者も、学者も弁護士もではないか。表にには出て来ないが、在日もだろう。みんな一緒に束になってのことだ。各個撃破戦術が通じなければ、アベ政権の危機と言わざるを得ない。冷や汗が出て来る。こんなときには、基本に還ろう。彼らの共闘をぶちこわすための基本だ。そのキホンのキが、いうまでもなく反共攻撃。実はこれも、私の得意技。

基本原理は、ヘイトスピーチとおんなじだね。「キョーサントー」と「ニッキョーソ」という言葉を、いかにも醜悪なもののように繰り返す。「野党の共通政策は、まるでキョーサントーの政策そのものではありませんか」「まさか、そこまでキョーサントーと一緒に行動できるはずはない」「どこまで、キョーサントーと運命共同体になろうと言うのでしょうか」「あなたもキョーサントーですか」「どうした。ニッキョーソ、ニッキョーソ」

キョーサントーとは、悪魔の教えの信奉者ではありませんか。世の中には、まだまだキョーサントーとレッテルを貼られることを恐れる人たちがいる。それなら、そのことを最大限に利用するのが、政治家である私のやり方。共産主義が何であるか、日本共産党がどんな綱領や政策をもっているか、そんなことは問題ではありません。キョーサントーとレッテルを貼られてもいいのかい、という脅しの楔の打ち込み方。これが、「野合批判」の本質。

私には、臨機応変という才覚はない。だからもっぱら、ワンパターンの反共演説となる。動画で繰り返されるから、ワンパターンがみっともないと言われるが、しょうがない。

最近のワンパターンは、「私は子供の時、お母さんからあまり他人の悪口を言ってはいけない。こう言われました。あまり野党のことを批判したくありませんが、分かりやすくするために少し批判させてください」と野合批判をする。「気をつけよう、甘い言葉と民進党」「民進党には、もれなく共産党がついてくる」を、繰り返す。

あの口の悪い日刊ゲンダイが、「口撃するほど票が逃げる 安倍首相の“反共”ネガキャン演説」と大きく報じている。「立法府の長である総理大臣」を夕刊紙が批判するなんて、民主主義の世の中で許されることなのだろうか。しかも、こんなにあくどい筆致。

「安倍首相が参院選の全国遊説で「野合批判」を強めている。とりわけ目立つのは共産党に対する“口撃”だ。安倍首相は国会質疑でいつも共産議員にコテンパンにやり込められている。だから「共産憎し」に力が入るのだろう。」「また共産批判だよ。ウンザリだね」「安倍首相の演説パターンはこうだ。最初に候補者を紹介した後、アベノミクスの“果実”とかいうインチキ数字を並べ立て、最後は野合批判で締めくくる。決まって批判の矛先は共産だ。」ああ、本当のところまったくそのとおり。やっぱりよく見られているんだな。
 
問題は、有権者の中に戦前からある「天子様に楯突く不敬・不届きな共産党」のイメージがどのくらい残っているのか。共産党員に対する差別意識に乗りかかることが吉と出るか、凶と出るか。実は、私にも確信はない。

日刊ゲンダイは、「安倍首相の頭の中には、一昔前の有権者の共産アレルギーの印象が強く残っているのだろう。それで調子に乗ってネガキャン“口撃”を続けているワケだが、効果は全く期待できない。」「有権者はちゃんと理解していますよ。若い世代なんて、アレルギーどころかシンパシーを感じている人の方が多いくらいです(野党クラブ担当記者)」などと言っているが、じゃあ、反共攻撃以外になにか効果のあるやり方があるかね。
 
私の反共ワンパターン。品がない。低次元の誹謗中傷。まともな政策論争になっていない。悪評は知っているよ。でも、志位さんだって相当なものだ。産経新聞が紹介する志位演説の最後はこうだよ。

「自公とその補完勢力を少数に追い込めば、参院選であっても安倍政権は総辞職になる。もうあの顔を見なくてもよくなる」と締めくくった。

「もうあの顔を見なくてもよくなる」って。こっちだって、「もうあの顔は見たくない」ね。
(2016年6月20日)

沖縄県民大集会の日に、沖縄の怒りの根源を想う

本日(6月19日)那覇で、米軍属(元海兵隊員)女性暴行殺人事件に抗議する県民大集会が開催された。集会名は、「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し、沖縄から海兵隊の撤退を求める県民大会」(主催・辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議)。参加者数は6万5千人。県民の怒りと悲しみの思いの強さを示すこの集会。集会参加者の訴えは直接には日米両政府に向けられた形だが、本土の私たちにも鋭く「沖縄をこのままにしておいてよいのか」と問いかけている。

1995年の複数米兵による少女暴行事件を受けて開かれた県民総決起大会は、8万5千人規模の大集会だった。今回は、自民・公明・おおさか維新の3党は参加していない。その意味では、文字通りの「オール沖縄」の集会とは言えないかも知れない。

しかし、今圧倒的な県民世論は、仲井眞前知事の辺野古埋立承認に怒り、翁長県政を支えて政府と対峙している。県議選では、自民・公明・維新の3党を相手に翁長県政支持を確認した。そして、いよいよ参議院選挙の闘いが間近だ。自・公・維まで参加の「オール沖縄」では闘う相手方を見失わせることになるのではないか。

政府与党の下部組織であり、改憲勢力でもある自・公と、それに擦り寄る維新の大会不参加は、自らの孤立化を際立たせたもの。この3党不参加での、6万5千人の集会規模は、あらためて大きな意味のあるものと思う。

集会では、被害女性の死を悼んで黙祷のあと、被害女性の父親が寄せたメッセージが読み上げられた。
「米軍人、軍属による事件・事故が多い中、私の娘も被害者の一人となりました。次の被害者を出さないためにも、全基地撤去、辺野古新基地建設に反対。県民が一つになれば可能だと思っています」

あいさつに立った翁長知事は「(95年の大会の際に)二度と繰り返さないと誓いながら、政治の仕組みを変えることができなかった。知事として痛恨の極みであり、大変申し訳ない」と述べた、と報じられている。

若者たちも登壇し、「米軍基地を取り除くことでしか問題は解決しない」などと主張した。最後に採択された大会決議は、繰り返される米軍関係の犯罪や事故に対する県民の怒りと悲しみは限界を超えていると指摘。日米両政府が事件のたびに繰り返す「綱紀粛正」「再発防止」には実効性がないと反発し、県民の人権と命を守るためには、在沖海兵隊の撤退のほか、県内移設によらない米軍普天間飛行場の閉鎖・撤去、遺族らへの謝罪や補償、日米地位協定の抜本的改定、を求める決議が採択された。

先に(5月26日)、県議会でも「在沖海兵隊の撤退を求める抗議決議」が「全会一致」で可決された際にも、自民党議員は議場から退席して採決に加わらなかった。今回の県民集会でも同じことが繰り返されたことになり、自・公はさらに孤立と矛盾を深めたといえよう。

沖縄の怒りと悲しみが渦巻く大集会が行われている頃、東京で「思想史の会」というグループの研究会が開かれ、誘われて参加した。
報告は次のタイトルの2題。
「明仁天皇と昭和天皇」
「沖縄における天皇の短歌は何を語るのか」
各1時間余の報告のあとに、原武史放送大学教授のコメントがあって、質疑と意見交換があった。

最初の報告の中で、昭和天皇(裕仁)の日本国憲法や(旧)安保条約制定過程への積極関与の経過が語られ、とりわけ昭和天皇の超憲法的行動として「沖縄メッセージ」が次のように紹介された。
☆昭和天皇は新憲法施行後も、閣僚の上奏など非公開の場では政治的発言を続けてきた。いくつかの例を挙げれば…。
・1947年5月、マッカーサーとの第4回会見。「日本の安全保障を図るためには、アングロサクソンの代表であるアメリカが、そのイニシアティブを執ることを要する」。
・1947年7月、芦田均外相に、「日本としては結局アメリカと同調すべきで、ソ連との協力は難しい」
・1948年3月、芦田首相に、「共産党に対しては何とか手を打つことが必要と思うが」
☆時には、政府を介さずにアメリカにメッセージを送ることも。1947年9月にはGHQの政治顧問に対し、共産主義の脅威とそれに連動する国内勢力が事変を起こす危険に備え、アメリカが沖縄・琉球列島の軍事占領を続けることを希望する。それも、25年や50年、あるいはもっと長期にわたって祖借するという形がよいのではないか、と申し入れた。

私見だが、当時の天皇(裕仁)には、既に施行(47年5月)されていた新憲法に従わねばならないという規範意識は希薄で、皇統と皇位の維持しか脳裏になかった。そのために、言わば保身を動機として、沖縄を売り渡すという身勝手なことを敢えてしたのだ。その裕仁の保身が、69年後の今日の沖縄県民の大集会につながっている。

おそらくは、そのような負い目からだろう。昭和天皇(裕仁)は、戦後各地を巡幸したが沖縄だけには足を運ばなかった。「沖縄における天皇の短歌は何を語るのか」のレポートで、彼の「思はざる病となりぬ沖縄をたずねて果たさんつとめありしを」(1987年)という歌があることを知った。気にはしていたのだ。

父に代わって、現天皇(明仁)は妻を伴って、皇太子時代に5回、天皇となってから5回、計10回の沖縄訪問をして、その都度歌を詠み、琉歌までものしている。多くは沖縄戦の鎮魂の歌であり、それ以外は沖縄の自然や固有の風物・文化にかかわるもの。主題は限定され、現在も続く実質的な異民族支配や基地にあえぐ現実の沖縄が詠まれることはない。

この天皇の沖縄へのメッセージを在沖の歌人たちはどう受け止めたか。報告者は11首の歌を披露している。たとえば、次のような激しさの歌。

・日本人(きみ)たちの祈りは要らない君たちは沖縄(ここ)へは来るな日本(そこ)で祈りなさい(中里幸伸)
・戦争の責めただされず裕仁の長き昭和もついに終わりぬ(神里義弘)
・おのが視野のアジア昏れゆき南海に没せし父よ撃て天皇を(新城貞夫)

今日6月19日県民大集会も、根底に、沖縄の人びとのこの激しい憤りと悲しみがあってのこと。かつては天皇の国に支配され、天皇への忠誠故に鉄の嵐の悲惨に遭遇し、そして天皇によって米国に売り渡され、異民族支配が今も続く沖縄。
傍観者としてではなく、今日の集会の人びとの怒りを受け止めねばならないと思う。
(2016年6月19日)

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