澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

政府は真摯に沖縄県民の声を聞け

本日は、8月17日。防衛省沖縄防衛局が沖縄県に通知した、大浦湾埋立の土砂投入開始予定日とされていた日。

午前中、カヌー50艇や小型船数隻が周辺海域に繰り出し、「美ら海を守れ」「違法工事はやめろ」「サンゴを殺すな」と訴えた。埋め立て土砂の投入や護岸工事、工事用ゲートからの資材搬入はなかったという。

土砂投入の通知がなされたのは6月12日。通知は、沖縄県赤土等流出防止条例上の義務なのだそうだ。県は通知後、45日の調査期間に、県が設定した基準に適合しているか否かを審査して、不適合の場合には計画変更命令を出すことができる。

その6月12日の記者会見で、翁長知事は「辺野古に新基地は造らせないとの決意はみじんも揺るがない。看過できない事態となれば、躊躇することなく(埋立承認)撤回を必ず行う」と明言している。

以来、8月17日が、辺野古新基地建設を推進する政府と、これに反対する県民・国民との抜き差しならぬ対決の日と想定され、沖縄県はこの日までに仲井真前知事の埋立承認を撤回すべく準備をしてきた。

翁長知事が、埋立承認撤回の具体的手続に着手し、その旨を公表したのが、7月27日。条例上の45日の調査期間満了の日に当たる。この日の記者会見で、知事は、承認撤回の理由について、国が「全体の実施設計や環境対策を示さずに工事に着工した」こと、サンゴ類を移植せずに着工したこと、埋め立て予定海域の地盤が軟弱であること、新たな活断層が発見されたことなど「承認時には明らかにされていなかった事実が判明した」ことを説明した。このときも、知事は「今後もあらゆる手法を駆使して辺野古に新基地を造らせないという公約の実現に向け全力で取り組む」と述べている。

同日県は、埋立の事業者である国から事前の反論を聴く「聴聞」の手続きを8月9日と指定して通告した。8月17日以前に承認撤回実行を意識しての日程である。

こうして、承認撤回を経て8月17日を迎えることが予想されていたが、聴聞手続きの前日8月8日に翁長知事急逝という予期せぬ事態の出来で事情が変わった。

沖縄県(知事職務代行者)は、本日(8月17日)までに「承認撤回」の通告をしていない。また、沖縄防衛局も土砂投入の工事の強行を差し控えている。現地での衝突もなく、法的手続の応酬もないままに、8月17日を迎えた。

政府は一昨日(8月15日)土砂投入を先送りする方針を固めたと伝えられている。17日の工事予定は台風の影響で準備が間に合わないというのが表向きの理由だが、翁長知事急逝を受けた知事選前倒しを踏まえ、「選挙戦への影響を見定める狙い」があると報道されている。

台風の影響で準備が間に合わないというのなら、数日の順延ということにしかならないが、本日の琉球新報は、「県関係者によると、翁長氏急逝を受け、政府が県に対し埋め立て承認撤回や土砂投入の延期を申し入れており、投入時期が9月30日投開票の知事選後にずれ込む見立てもある」との記事を掲載している。

当初は知事選が11月に予定されていたため、8月からの土砂投入で既成事実を積み上げておくほうが得策という政府の判断だった。しかし、9月に前倒しの選挙となると、もろに辺野古基地建設強行の可否が選挙戦の争点として問われることになる。その事態を避けたい、という本音なのだろう。

朝三暮四という故事成語が思い出される。餌の量は、朝三暮四でも朝四暮三でも変わらない。それでも、餌付けをされる猿は、朝三暮四では怒り、朝四暮三なら喜んだという。被治者を猿に喩えた、不愉快な寓話。

安倍や菅は、国民を猿並みに見下している。いずれ本格的な基地建設工事の強行は避けがたいが、選挙前は手荒なことをせずにやり過ごし、選挙後にやれば抵抗は少なかろうという、選挙民を愚弄する手口。県民の意思を真摯に聞こうという姿勢が欠落しているのだ。

政府は、沖縄知事選を県民操作の手段と見てはならない。新基地建設反対の県民の声に謙虚耳を傾けよ。そして、嵐の前の静けさのあとに、状況は激しく動くことになる。それを乗り越えた、オール沖縄の新知事誕生を期待したい。
(2018年8月17日)

「ウチナンチュが心を一つにして闘うとき、大きな力になる。」

翁長雄志・沖縄県知事の急逝が8月8日夕刻。その後の事態は急展開している。
翌9日が、大浦湾埋立承認撤回のための聴聞手続。非公開ではあるが、沖縄防衛局の期日延期要請は斥けられ2時間余で終了した。そして、2回目の聴聞はないとも報道されている。これで、8月17日土砂投入開始前の撤回が可能となった。

10日には、ゴルバチョフが遺族(妻・樹子さん)宛に追悼文を寄せたことが話題となった。「彼の活動の基本方針は、平和のための戦いであり、軍事基地拡大への反対と生活環境向上が両輪だった」とした上で「翁長雄志は私たちの中で永久に生き続けます」と結んでいる(琉球新報)。

そして、11日が辺野古新基地建設断念を求める県民集会である。那覇市奥武山陸上競技場での集会は、翁長雄志の追悼大集会ともなり、台風接近で雨が降るなか、主催者発表で7万人の参加者を得て大きな盛り上がりを見せた。

この集会参加者が手にしたプラカードにある「県民はあきらめない!」というスローガンが印象的である。今年1月28日投票の名護市長選の結果の分析で語られたのが、「沖縄のあきらめ」「地元のあきらめ」であったからだ。

辺野古に基地を作られるのは、地元民ならだれだっていやだ。できれば作らせたくはないに決まっている。しかし、地元が反対しても、県が反対しても、本土の政権は強大だし強行だ。裁判所も結局は政権の味方でしかないことが明確になった。どのように抵抗したところで、いずれは耐用年数200年という水・陸にまたがる巨大な辺野古基地が作られてしまうだろう。大浦湾の美ら海は死んでしまうことになる。望むところではないが、どうしようもない。あきらめざるを得ない。

名護市長選後に語られた「沖縄のあきらめ」はこれで終わらない。
辺野古での基地建設がやむを得ないなら、せめてその代償を手にしておかなければ踏んだり蹴ったりの結果となる。本土の政府に抵抗して押し切られた形で、基地建設が実現すれば、取れるものもとれない最悪の結果となる。今のうちに、政権に恩を売る形で、取引をしておけば何とか基地建設の代償を手にすることができる。地元振興策という代償が獲得目標とならざるを得ないではないか。

これが、沖縄の「自・公」が先導した、「沖縄のあきらめ」と「あきらめの先の政治選択」だった。11日の雨中7万人大集会は、この「あきらめ」のムードを転換させたのではないだろうか。「やはり、沖縄県民の矜持を大切に、基地建設反対を貫くべきではないか」との思いが新たになったように見受けられる。

12日、沖縄県は翁長雄志知事が死去したことを受け、県選挙管理委員会に知事の死亡を通知した。公選法の規定では、通知後50日以内に知事選が実施されることになる。この日、県選管によると、「10月1日までのいずれかの日となるが、9月23日か同30日の投開票が有力」とした。

そして、本日(13日)、故翁長雄志知事の告別式が那覇市松山の大典寺で行われた。氏の位牌を乗せた車が自宅から出発して、那覇市役所や県庁を回り、多くの県民が別れを告げるなかで、告別式会場に向かった。告別式終了後に、迫る県知事選の候補者選定の協議が行われるという。そして、選挙日程は9月30日に決まった。

ところで、11日の県民集会では、故知事の次男であるの翁長雄治(那覇市議)が登壇して、生前の知事の言葉を次のように紹介している。沖縄は試練の連続だが、ウチナーンチュが心を一つにして闘うとき想像よりはるかに大きな力になる、と何度も何度も言われてきた」。

さて、この抜き差しならない事態である。ぜひとも、ウチナーンチュが心を一つにして、「沖縄のあきらめ」を払拭し大きな力を発揮することを期待したい。もちろん、心ある本土の人々の応援にもも期待を寄せたい。
(2018年8月13日)

哀悼。翁長雄志沖縄県知事逝去。

驚愕し、そして落胆せざるを得ない。翁長雄志沖縄県知事が、劇的にその生涯を閉じた。2018年8月8日午後6時43分、浦添市浦添総合病院でのことだという。死因は膵癌。享年67。謹んで哀悼の意を表したい。

本日(8月9日)アベ晋三が、「翁長知事のこれまでの沖縄の発展のために尽くされたご貢献に対して、敬意を表したい」「常に沖縄の発展のために文字通り、命がけで取り組んでこられた政治家だ」との談話を発表したそうだ。

翁長に対する「常に沖縄の発展のために文字通り、命がけで取り組んでこられた政治家だ」という評価にはだれも異存はなかろうが、アベの「ご貢献に対して、敬意を表したい」は白々しい限りだ。「沖縄の発展」の内容は、翁長の目指したものと、アベがいうものとは、まったく異なっているからだ。

翁長の目指したものは、基地負担のない平和で豊かな沖縄。アベが押しつけようとしている沖縄とは、米軍基地負担を甘受し、さらには自衛隊基地の拡充をもやむなしとした、危険で不穏な沖縄である。県民の誇りを蹂躙した屈従の沖縄でもある。

その象徴が、名護市辺野古への新基地建設の翁長の反対と、オール沖縄を背にした翁長の反対を押し切ってのアベ政権の押しつけとの角逐である。

アベは、今年6月23日沖縄慰霊の日平和祈念式典に同席した際の翁長の刺すような眼差しを忘れることはなかろう。今にして思えば、翁長は「命を懸けて」あるいは、「命を削って」辺野古新基地建設反対を貫いていたのだ。翁長の命の何分かは、アベによって削られたと言って過言でない。

翁長が知事として、辺野古埋立の承認撤回の手続開始を表明したのが7月27日。その12日後の逝去である。かつて、辺野古の座り込みに参加した妻・樹子が、こう述べたと報じられている。
 「(夫は)何が何でも辺野古に基地は造らせない。万策尽きたら夫婦で一緒に座り込むことを約束しています」
これが、翁長の遺言といってよい。沖縄防衛局からの8月9日聴聞を経ての埋立承認撤回は、知事代行者の遺言執行である。8月17日の土砂搬入開始以前の「撤回」と、その後の法的対応は、翁長の遺志の実現としてやり遂げられねばならない。

それにしても、翁長雄志は沖縄では、保守のエースといわれた人物である。安保条約廃棄論者ではなく、もとより自衛隊違憲論者でもない。その自民党沖縄県連の幹事長・翁長をして、辺野古新基地建設反対の先頭に立たしめたのは、沖縄県民の総意であった。自公の政権の乱暴なやり方が、オール沖縄勢力を育て、沖縄県民の反政権意識や運動を作りあげたのだ。

辺野古の基地建設の是非をめぐっては、なお、激しく「政権対沖縄」の図式で争い続けられるだろう。50日以内に、新知事を選出する選挙が行われる。翁長の遺志を受け継ぐ新知事の選出を希望する。それこそが、「これ以上の基地負担はゴメンだ」という、県民の悲鳴ともいうべき総意実現への道なのだから。
(2018年8月9日)

文京区議会「『辺野古新基地』建設中止請願」を採択

下記が7月11日(10時43分)にアップされた、琉球新報(デジタル版)の記事新基地中止へ要望書 東京・文京区議会『地方自治反する』」という見出し。この請願者が「文京9条の会連絡会」なのだ。

 東京都の文京区議会(名取顕一議長)は6月25日に名護市辺野古の新基地建設の中止を求める要望書を政府に提出することを賛成多数で採択し、今月4日に首相、防衛相、外相宛てに送付した。
 要望書の送付について6月21日に開かれた委員会で審議し、自民党と公明党の3人が反対したが共産党ほか3会派5人が賛成し、25日の本会議で採択した。東京都の区議会や市町村議会で辺野古新基地建設の中止を求めた要望の採択は、2015年に武蔵野市議会が採択した事例がある。今回はそれに次ぐものとみられる。
 要望書は日本の防衛のためにある米軍基地の負担は全国で平等に負うべきであることや、弾薬庫などを備えた新基地は普天間基地の代替施設ではないことなどを指摘している。その上で「沖縄県民の反対を押し切っての新基地建設は、地方自治・民主主義の精神に反するもの」だとして、辺野古新基地建設中止を求めた。
 区議会に要望書を提出するよう請願したのは文京区の市民らでつくる文京区9条の会(平本喜祿代表)で、5月25日に請願書を提出した。請願書の作成に関わった文京区9条の会の山田貞夫氏は「新基地建設に関し、東京からも反対の声を上げることは意義があると思った。今後も積極的に活動する」と話した。

経過を追うと、以下のとおり。
5月25日 文京9条の会連絡会(代表 平本喜祿)請願書提出   
      紹介議員4名
5月31日 受理  総務委員会に付託
6月21日 総務委員会審議 賛成5 反対3(自・公)で可決
6月25日 本会議で採択
7月 4日 地方自治法99条に基づき、首相、防衛相、外相宛てに意見書提出

この請願の詳細は下記のとおりである。
受理年月日及び番号 平成30年5月31日 第3号
件 名  沖縄「辺野古新基地」建設の中止を求める請願
請願者  文京9条の会連絡会(代表 平本喜祿)
紹介議員 藤原美佐子 浅田保雄 関川けさ子 宮崎文雄
付託委員会 総務区民委員会

請願事項 沖縄の「辺野古新基地」建設の中止を国に求めること。

請 願 理 由

 沖縄にある米軍基地の大部分は、米軍占領下で造られたものです。米軍基地の集中に伴い、婦女暴行などの刑事犯罪が頻発し、加えて、ヘリコプターの墜落事故なども続発しており、沖縄県民の生活・安全が脅かされています。
 このような状況下で、沖縄県民は辺野古の新基地建設に反対しています。
 理由は、
①沖縄にとって命の源ともいえる海を埋め立てることは認められない。
②米軍基地は日本の防衛のためのものであり、その負担は全国で平等に負うべきである。沖縄だけへの押し付けは差別である。
③辺野古新基地は普天間基地の代替だと政府は言っているが、強襲揚陸船の係船護岸や弾薬庫などを備えた新基地であって代替基地ではない。
などです。
 わたしたちは、この沖縄県民の辺野古新基地建設反対の理由に賛同いたします。また、沖縄県民の反対を押し切っての新基地建設は、地方自治・民主主義の精神にも反すると考えます。これらの理由から、辺野古新基地建設は中止されるべきだと考えます。
 わたしたちのこのような請願の理由にご賛同いただき、下記請願を採択され、政府並びに関係省庁に対して要望書を提出していただけるよう要請いたします。

なお、この請願に賛成した会派は共産・未来・永久・市民・まちづくりの5会派。反対したのは自民と公明の2会派。

また、地方自治法99条は、「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することができる。」としている。国民の声を国政に反映させるチャンネルの一つである。

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私は、「本郷・湯島9条の会」に所属する。「会」には会長がおり、会合は定期に行っているが、会費があるわけではなく、会員名簿も見たことはない。それでも、月一回の街宣行動はにぎやかに途切れることなく4年余も継続している。そして、ときおり、他の9条の会との共催で集会を企画する。

「本郷・湯島9条の会」以外に、文京区内には、各地域にも学園や職場にも少なからぬ「9条の会」があるようだが、正確な数は知らない。「文京9条の会連絡会」が行ったというこの請願のことも事前には知らなかった。また、請願採択に賛成した、文京区議会内の「共産・未来・永久・市民・まちづくり5会派」の連携についても、よくは知らない。

よくは知らなかったが、我が地元文京区には、市民運動においても、議会内の力関係においても、自・公の反対を押さえて、「沖縄「辺野古新基地」建設の中止を求める請願」を採択させるだけの力量と良識があるのだ。この請願採択を実現した関係者の努力に敬意と感謝の意を表したい。

二つ印象を書き留めておきたい。
一つは、冒頭に紹介した琉球新報の記事である。小なりとはいえ、1自治体の区議会がこのような請願を採択していることが、沖縄の運動体を励ます一助となっていることだ。
辺野古新基地建設問題については、沖縄と「本土」の運動の連携の必要が語られる。本土は具体的に何をすればよいのか。さまざまな試みがあるが、地元の地方議会での請願採択という方法もあるとを示した。

もう一つ。今回の請願採択は、市民と野党の共闘の成果にほかならない。文京区議会内の「共産・未来・永久・市民・まちづくりの5会派」が共闘に成功すれば、自・公という反平和勢力を凌駕するのだ。自・公は、少数派として孤立した途端に反憲法・反平和・反福祉の本性を露わにせざるを得ない。

毎月一度の街頭で喉を枯らしての訴えに、毎回確かな手応えを感じられるわけではない。しかし、今回の区議会での請願採択は、多くの人々の地道な努力の積み重ねの結果だろうと思わせる。

さて、もうすぐ8月。戦争と平和を熱く語るべき8月の「本郷・湯島9条の会」街頭宣伝行動は14日(火)の昼休み。おそらくは、炎天下真昼の本郷三丁目交差点は厳しい熱暑。しかし、アベにも負けず、夏の暑さにも負けぬ気概で、「9条の会」の活動に取り組みたい。
(2018年7月29日)

沖縄は、いまだにアメリカと日本の二重の占領支配を受けているのか。

昨日(7月27日)、翁長沖縄県知事が辺野古新基地建設のための海面埋立承認を撤回の意向を表明しその手続が始まった。仲井眞前知事の大浦湾埋立「承認」を、承認時とは事情が変わったとして「撤回」することになる。当然、工事は続行できなくなる。新基地建設のための工事を続行するためには、国から県に対する「撤回処分の取消し」を求める提訴が必要となる。

本日(28日)、各紙が社説に取り上げている。ことの性質上、各紙の立場を鮮明にするものとなっていることが興味を惹く。

まず、沖縄2紙の社説。いずれも胸を衝くものがある。地元の願いや悩みをよく伝えているだけでなく、経過や問題点の指摘も詳細である。この2紙の社説と、読売・産経の、高飛車で冷ややかな社説とを読み較べられたい。維新直後の琉球処分以来の、本土による沖縄への差別意識が連綿と続いていることがよく分かる。太平洋戦争において、本土防衛のための捨て石にされた沖縄の歴史が持続しているのだ。

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琉球新報(7月28日)社説
埋め立て撤回表明 新基地建設断念求める

翁長雄志知事が辺野古埋め立て承認の撤回を表明した。新基地建設を強行してきた政府はさまざまな対抗措置を準備しているとみられ、再び司法の場での争いになると予想される。政府がやるべきことは、長年基地の過重負担に苦しんでいる沖縄の状況を是正することである。知事が民意を背に決断したことを尊重し、辺野古新基地建設を断念すべきだ。
 
 2014年知事選で勝利した翁長知事は、仲井真弘多前知事による辺野古埋め立て承認を取り消した。代執行訴訟や和解、国地方係争処理委員会(係争委)の審査などを経て、最後は国が提起した不作為の違法確認訴訟で県が敗訴した。知事が「取り消し」を取り消したため、承認の効力が復活し現在に至っている。
  承認に違法性がある場合に承認時にさかのぼって効力を失わせる「取り消し」に対し、承認後に生じた違法行為を根拠にする「撤回」は、その時点で効力を失わせる。いずれも公有水面埋立法で定められた知事の権限であり、事業者である国は埋め立ての法的根拠を失う。国の姿勢が変わらなければ、事業者の言い分を聞く聴聞を経て、知事は撤回を行うことになる。
 国と県が裁判で繰り返し争うのは正常な姿ではない。政府の一方的な姿勢が県を訴訟に追い込んできた。岩礁破砕を巡っても、政府が県の許可を一方的に不要と主張し強行した。県は差し止め訴訟を起こし、現在も係争中だ。
  15年の承認取り消し後の代執行訴訟では、裁判所が勧告した和解が成立した。しかしすぐに国が是正指示を出したため県は係争委に審査を求めた。係争委委員長は法的判断を回避した上で「国と沖縄県は真摯に協議し、双方がそれぞれ納得できる結果を導き出す努力をすることが、問題解決に向けての最善の道である」と述べた。しかし、ほとんど協議せず国は新たな提訴に踏み切る。裁判所や係争委の意向を国は無視した。
  そもそも国土の0・6%にすぎない沖縄県に全国の米軍専用施設面積の約70%が集中していることが問題の根本だ。基地の過重負担を強いながら、基地縮小を求める県民大多数の民意を無視し、貴重な自然を破壊する工事を強行する。このようなことが沖縄以外でできるだろうか。
  辺野古に新基地を建設することについて自民党の石破茂元幹事長でさえ「ベストでもベターでもない。ワーストではないという言い方しかできない」と述べた。ワーストでない所なら沖縄以外にいくらでもあるはずだ。普天間飛行場の代替施設がどうしても必要と言うなら、沖縄以外に求めるべきである。他県には決して振りかざさない強権を沖縄には突き付ける。二重基準であり、差別そのものだ。
  知事の決断を多くの県民が支持している。その民意に向き合うよう改めて政府に求める。建設強行に未来はない。

沖縄タイムス・7月28日社説
[辺野古撤回手続き]正当性を内外に訴えよ

法廷で再び国と争うことになる重い決断であるが、国は勝訴を見越して平然としている。

 本来問われるべきは、問答無用の姿勢で工事を強行し、知事をここまで追い詰めた国の行政の公正・公平性であり、あまりにも理不尽な基地の恒久的押しつけである。負担軽減と言いながらその自覚すらないことに深い危惧の念を覚える。

 翁長雄志知事は27日会見し、前知事が行った辺野古沿岸部の埋め立て承認を撤回するため、事業者である沖縄防衛局への聴聞手続きに入ることを明らかにした。
 「撤回」は、埋め立て承認後に違反行為が確認されたり、公益を損なうような問題が浮上したときに、承認の効力を失わせるものである。
 「撤回」のハードルは高い。それ相当の理由づけが必要だ。県庁内部では、技術的な理由から土木建築部などが「撤回」に二の足を踏み、意見集約が遅れた。

 辺野古現地で反対行動を展開する市民からは「撤回」を求める悲鳴にも似た声が日に日に高まっていた。知事不信さえ広がりつつあった。

 国は6月の段階で県に対し、8月17日から土砂を投入する、と通知している。その先に控えているのは11月18日の知事選だ。知事の決断は、埋め立て予定地への土砂投入が迫る中、時間的にも、支援団体との関係においても、県庁内の調整という点でも、ぎりぎりのタイミングだった。

 記者会見で翁長知事は「撤回」の理由として、埋め立て承認の際に交わされた留意事項に反して工事が進められていることを挙げた。事業全体の実施設計も環境保全策も示さないまま、事前協議をせずに工事を進め、県の再三の中止申し入れにも応じてこなかった。

 大浦湾側に倒壊の危険性がある軟弱地盤が存在すること、新基地建設後、周辺の建物が米国防総省の高さ制限に抵触することなども、埋め立て承認後に明らかになった問題点だ。

 個々の問題に対する国と県の見解は、ことごとく異なっている。
 国が「撤回」の効力停止を求め、裁判に訴えるのは確実である。その場合、「撤回」が妥当かどうか、その理由が大きな争点になるだろう。
 翁長知事の埋め立て承認「取り消し」は2016年12月、最高裁によって違法だと見なされ、県側の敗訴が確定した。「撤回」を巡る訴訟も楽観論は禁物だ。
 米軍基地を巡る行政事件だけに、なおさら、厳しいものになるのは確実である。

 沖縄県はどこに展望を見いだすべきなのか。
 県が埋め立て承認を「撤回」した場合、国と県のどちらの主張に「正当性」があるかという「正当性」を巡る議論が一気に高まるはずだ。
 国は、普天間飛行場の早期返還のためと言い、負担軽減を確実に進める、と言う。「最高裁判決に従って」とも強調するようになった。菅義偉官房長官の定例会見で国の言い分は連日のように茶の間に流れ、ネットで拡散される。

 国の主張する「正当性」が日本全体を覆うようになれば、沖縄の言い分はかき消され、「安全保障は国の専権事項」だという言葉だけが基地受け入れの論理として定着することになる。
 「国の専権事項」というお決まりの言葉を使って、普天間飛行場の代替施設を九州に持って行かないのはなぜなのか。
 日米地位協定が優先される結果、情報開示は不十分で、事故が起きても基地内への立ち入り調査ができず、飛行制限に関する約束事も抜け穴だらけ。沖縄の現実は受忍限度を超えている。

 「『沖縄県民のこころを一つにする政治』を力の限り実現したい」と翁長知事は言う(『戦う民意』)。知事の苦悩に満ちた決断を冷笑するような日本の政治状況は危うい。沖縄の主張の「正当性」を幅広く内外に発信していくことが今ほど切実に求められているときはない。

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各全国紙の社説を対比してみよう。朝日・毎日・読売・産経の順に。

朝日・7月28日社説
辺野古工事 目にあまる政府の背信

 沖縄県・辺野古で進む米軍基地の建設について、翁長雄志知事がきのう、海面の埋め立て承認を撤回すると表明した。

 県が理由にあげた数々の指摘は、いずれも重い。これにどう答えるのか。近く開かれる聴聞手続きで、政府は県民、そして国民に対し、納得できる説明をしなければならない。

 今回、県に「撤回」を決断させた最大の要因は、今月初めに沖縄防衛局が県側に部分開示した地質調査報告書の内容だ。埋め立て用の護岸を造成する沖合の海底の一部が、砂や粘土でできていて、想定とは大きく異なる軟弱地盤であることを示すデータが多数並んでいた。

 地盤工学の専門家によると、難工事となった東京・羽田空港の拡張現場の様子に似ていて、「マヨネーズくらい」の軟らかな土壌が、深さ40メートルにわたって重なっている。政府が届け出ている設計や工法では建設は不可能で、その変更、そして費用の高騰は避けられないという。

 驚くのは、報告書は2年前の3月に完成していたのに、政府は明らかにせず、県民や県の情報公開請求を受けてようやく開示したことだ。加えて、「他の調査結果を踏まえて総合的に強度を判断する」として具体的な対策を打ち出さず、工法の変更許可も申請していない。

 他の部分の工事を進めてしまえば、引き返すことはできなくなる。設計変更はそれから考えればいい。予算はいくらでもつける。秋には知事選が予定されているので、政府に理解のある候補者を擁立して、県の抵抗を抑えこもう――。そんなふうに考えているのではないか。

 県と県民を裏切る行いは、これまでもくり返されてきた。

 13年に前知事から埋め立て承認を受けた際、政府は海域のサンゴや海草、希少種の藻を事前に移植すると言っていた。だが守らないまま工事に着手。さらに、来月にも海への土砂投入を始めると表明している。資材の運搬方法についても、陸路を経由させて海の環境を保護する、との約束はほごにされた。

 権力をもつ側がルールや手続きを平然と踏みにじる。いまの政権の根深い体質だ。これでは民主主義はなり立たない。

 安倍首相は「(16年末の)最高裁判決に従って、辺野古への移設を進める」とくり返す。だが判決は、前知事の埋め立て承認に違法な点はないと判断したもので、辺野古に基地を造れと命じたわけではない。
軟弱地盤という新たな事実が判明したいま、新たな対応が求められるのは当然である。

「目にあまる政府の背信」というタイトルからして、県民の立場から政府を批判する内容になっている。県が撤回の理由にあげた数々の指摘はいずれも重いとして、政府に納得できる説明を求めている。なかでも、地質調査報告による軟弱地盤問題を重視している。

 

毎日新聞・7月28日社説
辺野古埋め立て工事 知事選を待った方がよい

 ……政府は土砂投入によって埋め立ての既成事実化を進め、移設阻止を掲げる翁長氏を支持してきた側のあきらめムードを誘いたいのだろう。

 翁長氏自身が健康不安を抱え、移設反対派の知事選候補が定まらない中、土砂投入の開始を遅らせることで求心力を保つ狙いもあるようだ。

 知事選前に工事を再開するかどうか、国側も難しい判断を迫られる。強引に進めれば県民の反発を招き、自民、公明両党の支援する候補に不利に働くかもしれない。

 普天間飛行場の危険性は誰の目にも明らかなのに、辺野古への移設をめぐって国と県の関係がここまでこじれた原因は安倍政権の強権的な姿勢にあるといわなければならない。
 4年前の知事選で示された民意と向き合うどころか、移設反対派を抑えつけ、県との対立をエスカレートさせてきた。今年2月の名護市長選では現職を落選させるため、補助金を使って住民の分断をあおった。
 こうした政権側の姿勢を翁長氏は「傍若無人」と批判している。
 分断と対立をできる限りなくすのが政府の務めではないか。そのためには知事選の結果を待ったうえで土砂投入の是非を判断した方がよい。

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読売・7月28日社説
辺野古移設問題 承認撤回は政治利用が過ぎる

 工事を止めるために手段を選ばない。政府との対立をあおるかのような姿勢は甚だ疑問だ。
 沖縄県の米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画で、翁長雄志知事は埋め立て承認の「撤回」手続きに入る方針を表明した。「あらゆる手法を駆使して辺野古に新基地は造らせない」と語った。
 政府は来月17日、護岸工事が終わった海域で土砂の投入を開始する。県は、沖縄防衛局から意見を聞いた上で、土砂投入の前に正式に撤回を決める構えだ。工事を中断させる狙いがあるのだろう。
 翁長氏は撤回の理由について、サンゴの移植など環境保全措置が不十分だと主張したほか、埋め立て海域の災害防止の協議に政府が応じない、と批判した。

 政府は、希少なサンゴについては移植の準備を進めている。県との協議も定期的に行っている。県の主張は一方的ではないか。
 辺野古の埋め立て承認の問題は司法の場でいったん決着した。
 翁長氏は2015年、前知事による承認手続き時に瑕疵があったとして、承認の「取り消し」を行った。最高裁は翌年、翁長氏の判断を違法と結論づけている。
 県は、「撤回」は承認後の違反が理由であり、「取り消し」に関する最高裁判決は影響しない、と主張している。
 政府の法的な正当性を認定した司法の判断を軽視するものだ。工事停止ありきの姿勢は、強引との批判を免れまい。
 撤回が決まれば移設工事は一時的に止まる。国は、撤回の取り消し訴訟を起こすほか、執行停止を申し立てて対抗する。辺野古移設を巡る訴訟は6件目となる。
 法廷闘争が繰り返される事態は異常だ。不毛な対立を多くの県民も望まないのではないか。
 沖縄では11月に知事選が行われる。翁長氏は4月にがんの手術を受け、出馬するかどうか明言していないが、工事を遅らせることで基地問題に再び焦点をあてようとしているのだろう。
 国家の安全保障にかかわる問題を政争の具とすべきではない。
 辺野古移設は普天間飛行場の危険性を除去し、米軍の抑止力を維持する現実的な選択肢である。
 移設計画は、過去の訴訟の影響で工事が再三中断し、大幅に遅れている。日米両国は、早ければ22年度の普天間返還を目指しているが、難しくなっている。
 政府は移設の重要性を地元住民に丁寧に訴え、理解を得る努力を続けなければならない。

国と県との状況認識がまったく異なるように、地元二紙と読売の認識も真逆である。読売には、基地の負担を沖縄に押しつけていることについての心の痛みがない。「国家の安全保障にかかわる問題を政争の具とすべきではない。」という、この大新聞の切って捨てるがごとき断定には背筋が寒くなる。「地方は国に逆らうな」「沖縄は、日本のために我慢せよ」「もう、県民の我が儘は許さない」と言っているのだ。

産経・7月28日社説
辺野古埋め立て 知事は「承認撤回」中止を

  米軍普天間飛行場の辺野古移設は、平和のための抑止力確保と普天間周辺の県民の安全を両立させるためのものだ。その意義は、いささかも減じていない。

 沖縄県の翁長雄志知事が移設を阻止するため、県の関係部局に対し、前知事が出した埋め立て承認の撤回手続きに入るよう指示した。

 県民を含む国民の安全確保と、北東アジア地域の平和の保持に逆行する誤った対応である。翁長氏は撤回手続きを中止すべきだ。

 国は、早ければ8月17日にも辺野古沿岸部への埋め立て土砂投入を始める予定だった。

 承認撤回の決定は8月半ばになる見通しで、国が裁判所に撤回の執行停止を申し立て、認められれば数週間後には土砂投入が可能になる。その後、国と県は法廷闘争に入ることになる。
 11月には、翁長氏の任期満了に伴う県知事選がある。

 撤回劇を演じることで移設反対の世論をかき立て、選挙戦を有利にしようとする思惑があるとみられても仕方ない。

 翁長氏は会見で、移設工事の環境保全措置が不十分であることなどを理由にあげ、埋め立て承認について「公益に適合し得ないものだ」と語った。

 国は希少サンゴの移植など環境保全に取り組んできた。埋め立て承認自体を撤回すべきほどの不手際が国側にあるとはいえまい。

 菅義偉官房長官が会見で、県の通知には法令に従って対応するとした上で、「移設工事を進める考え方に変わりはない」と述べたのは極めて妥当だ。

翁長氏は会見で、米朝首脳会談などが「緊張緩和」をもたらしたため、辺野古の埋め立ては「もう理由がない」と語った。これも誤りである。

 北朝鮮は核・弾道ミサイルを放棄しておらず、依然として脅威である。尖閣諸島(沖縄県石垣市)をねらう中国の軍事的圧力は高まっている。これを理解しない翁長氏の情勢認識は間違っている。陸上自衛隊の石垣島配備受け入れと協力を表明した中山義隆石垣市長に学んだらどうか。

 沖縄を含む日本や北東アジア地域の平和を守る上で、沖縄の米軍は欠くことのできない役割を果たしている。市街地の真ん中にある普天間飛行場の危険性を取り除くことも急務である。

産経は、読売以上にイデオロギッシュで高飛車である。安全保障のためなのだから文句を言うなとの論旨。産経によれば、「北朝鮮も中国も危険な存在」なのだから、沖縄に米軍の駐留は不可欠なのだ。だから翁長知事は間違っている、という聞く耳を持たない姿勢。だから、承認撤回手続きを中止せよという。

薩摩による琉球侵攻(1609年)以来、琉球王国は明と薩摩の両国に二重服属の状態を余儀なくされた。読売・産経の論調はその再来を思わせる。アメリカと日本、駐留米軍と自衛隊によって、沖縄は二重の占領関係にあるのではないか。
時代は違う。県民の意思を、問答無用と切り捨ててはならない。
(2018年7月28日)

沖縄に突きつけられている理不尽と「オール沖縄」

沖縄県が防衛局申請のサンゴ移植を許可したことが、私の参加する複数のメーリングリストに紹介され、賛否の意見が飛び交っている。

昨日(7月14日)の琉球新報記事は以下のとおり。
「県、サンゴ採捕許可 防衛局申請 食害対策条件付き 反対市民が5時間抗議」
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-761509.html

「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、県水産課は13日、埋め立て予定海域にある絶滅危惧種のオキナワハマサンゴ9群体を別の場所に移植するため沖縄防衛局が申請していた特別採捕を許可した。防衛局は食害対策のかごを設置してから14日以内にサンゴを移植することになる。ただ、かごの設置には、さらに県の同意が必要としている。移植されれば工事が進み、知事の承認撤回の方針に「逆行する」との批判の声も上がっている。
 今回許可した希少サンゴは2月に特別採捕が許可された後、食害の跡が見つかって不許可になり、防衛局は3月20日と4月5日に再申請した。県が許可の判断を防衛局に伝えた13日、工事に反対する市民が県庁を訪れ、約5時間にわたって県水産課に抗議した。
 県は防衛局の食害対策を妥当と判断した。県水産課の粟屋龍一郎副参事は「ずっと審査して説明要求もした。内容を精査した結果、許可に至った」と述べた。
 防衛局は辺野古海域で約7万4千群体のサンゴを移植対象とし、準絶滅危惧種のヒメサンゴ1群体や小型サンゴ約3万8760群体や大型サンゴ22群体なども、移植のための特別採捕を申請している。

沖縄タイムス記事は、以下のとおりだ。
「埋め立て海域の「オキナワハマサンゴ」採捕、沖縄県が許可 辺野古新基地」
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/283504

 沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡って、翁長雄志知事は13日、埋め立て海域で見つかった「オキナワハマサンゴ」9群体を別の場所に移植するため、沖縄防衛局が申請していた特別採捕を許可した。翁長知事はこれまで、採捕許可を新基地建設を阻止する権限の一つとして掲げてきており、工事に反対する市民らが「埋め立ての進展につながる」と県に強く抗議した。移植されれば来月中旬以降にも始まる埋め立てが加速する可能性が高い。
 許可したのは環境省の絶滅危惧種リストに掲載されているハマサンゴで、防衛局は3月20日に1群体、4月5日に8群体の採捕許可を申請していた。
 移植期間は、防衛局が移植先にサンゴを保護するための籠を設置してから2週間。週に2回モニタリングし、県に報告することなどを条件とした。
 県の担当者は、許可の可否を判断する標準処理期間の45日を大幅に経過した理由について、「希少なサンゴで知見もなかった。申請内容にも疑問があり、防衛局に説明を求め、その回答内容の精査に時間を要した」と答えた。
 日本自然保護協会の安部真理子主任は「移植に適さないと専門家からの提言があったにもかかわらず、なぜそれを無視する形でサンゴの産卵期にあたる今、許可を出したのか」と疑問を呈した。

琉球新報と沖縄タイムスの両記事。ずいぶんと印象が異なる。
見出しだけだと、「反対市民が5時間抗議」とした琉球新報記事が、辺野古新基地反対派の立場から県の許可に批判的な印象となっている。しかし、琉球新報記事の内容は、「県は十分な技術的検討を行った結果、サンゴ保護策に格別の支障がないとの結論に至ったから、移植許可やむなしとなった」と思わせるものとなっている。

これに対して、沖縄タイムス記事は、見出しこそ穏当だが自然保護団体の「移植に適さないと専門家からの提言を無視する形でサンゴの産卵期にあたる今許可を出した」との意見の紹介が、鋭い県政への批判となっている。

県の真意ははかりがたい。確かに、行政処分である以上は、他事考慮は許されず、環境保護の施策として万全であるなら、許可はやむを得ない。しかし、「当該サンゴは移植に適さないと専門家からの提言があった」ということとなると、話しはちがってくる。少なくとも、その「専門家からの疑念」が払拭されるまで許可を留保すべきではなかったか。

たまたま本日(7月15日)糸数慶子参院議員にお話を聞く機会があって、率直に質問してみた。当然に、「この時期に許可を出すべきではなかったのではないか」とのニュアンスが滲む質問となった。そして、「オール沖縄としては、どうお考えか」が聞きたいところ。

回答は、必ずしも歯切れのよいものではなかった。翁長知事の健康問題が生じて以来、知事と沖縄選出国会議員団との意見交換の機会が十分に持てていないということでもあった。そうか、質問先がまちがっているのだ。県の判断なのだから、糸数さんにではなく、県の担当者に聞いてみなければならない。「オール沖縄」は一体という思い込みがそもそもの間違い。

「オール沖縄」は、保革の溝を超えて作られた微妙な政治的連合体だ。今、米・日政府の理不尽に対して、「辺野古新基地を造らせない」との一致点での統一戦線。安保についても、自衛隊についても、あるいは運動スタイルについても、意見さまざまな幅の広い党派やグループが参加している。「オール沖縄」が翁長県政を支えているとはいえ、「オール沖縄」が県の方針を決めているわけでも指導しているわけでもない。

それでも、思い出す。今年6月23日沖縄慰霊の日の「沖縄全戦没者追悼式」における翁長知事の「辺野古新基地はつくらせない」という決意を。来賓の安倍を睨みつけるごとき眼差しを。

糸数さんの講演も、11月知事選挙への翁長知事再出馬への期待に収斂するものだった。そして、本土の人々への我が事として捕らえなおしていただきたいという訴え。耳が痛い。何ができるだろうか。何をなすべきだろうか。

いま、私たちがなすべきことは、沖縄にこの理不尽を押しつけている安倍政権を掘り崩すことなのだろう。北朝鮮危機を煽り、「国難選挙」で掠めとった自民党の議席が、沖縄を苦しめ、憲法の危機を招いている。沖縄県政や「オール沖縄」との連帯とは、「アベ政治を許さない」との声を上げ続けること以外にはないように思う。
(2018年7月15日)

いよいよ沖縄県が辺野古の埋立承認撤回へ

昨日(7月13日)の沖縄タイムスが次のとおり報道している。

辺野古の承認撤回は土砂投入前に 沖縄県、8月初旬を軸に調整
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/282950

 沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄防衛局が8月17日に予定する埋立土砂の投入より前に、県が埋め立て承認を撤回する調整に入ったことが12日、分かった。土砂投入の重要局面を前に、翁長雄志知事の最大の権限となる撤回に踏み切り工事を停止させる考えで、8月初旬の撤回表明を軸に検討が進んでいる。複数の関係者が明らかにした。
 知事が撤回を表明した後は沖縄防衛局の意見を聞き取る「聴聞」の期間が設けられ、その後に撤回の手続きが取られる。翁長知事が2015年に埋め立て承認を取り消した際には表明から聴聞を経て29日後に正式に取り消され、撤回の場合も表明から数週間の手続き期間が必要となる。
 辺野古に反対する市民や労働組合、政党などでつくる「オール沖縄会議」は土砂投入に抗議する県民大会を8月11日に那覇市内で開催を予定。市民団体からは県民大会までに撤回のアクションを起こすよう求める声が強まっている。
 県はこれまで承認撤回の理由として「環境保全の不備」「設計変更の必要性」「承認の際の留意事項への違反」の3分野での国の対応の不備を指摘してきた。
 11日には県環境部が絶滅の恐れがある動植物のリスト「レッドデータおきなわ」を12年ぶりに改訂し、辺野古の建設予定地に生息する複数の海草藻類を追加。海草藻類を移植しないまま工事を進めることが撤回の理由となる可能性もある。
 一方で、県は撤回前に工事中止命令を検討した経緯もあり、撤回は翁長知事の高度な政治判断で行われるため表明の時期は流動的な側面もある。

辺野古の新基地建設反対運動に注目して報道を追っている者以外には、『辺野古の承認撤回』が分かりにくい。再度になるが、行政行為における《『撤回》の意味を確認しておきたい。

問題になっている《撤回》とは、仲井眞弘多・前沖縄県知事が、国に与えた「海面の埋め立て申請に対する『承認』」の《撤回》である。仲井眞前知事がした「承認」を、後任の翁長知事が《撤回》しようということなのだ。

辺野古新基地建設のためには、大浦湾を埋め立てねばならない。しかし、公有水面の勝手な埋立てが軽々に認められてよいはずはない。公有水面埋立法は、公有水面の「免許」を知事の権限とし、「国土利用上適正且合理的ナルコト」「埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」その他の諸要件を満たさない限り、「免許してはならない」と定める。

国が埋立工事をする場合については、特に「国ニ於テ埋立ヲ為サムトスルトキハ当該官庁都道府県知事ノ承認ヲ受クヘシ」(同法42条1項)と定める。つまり、国が海面の埋立をしようとする場合でも、県知事の「承認」が必要なのだ。

仲井眞弘多・前沖縄県知事は2013年12月27日付で、辺野古移設に向けての国の埋め立て申請に「承認」を与えた。先に、翁長知事は、この「承認」に瑕疵があったとして、「承認」を「取り消し」た。すなわち、「もともとしてはならない違法な承認だったから取り消す」としたのだ。取り消されれば、承認は遡及して効力が消滅し、はじめから承認はなかったこととされる。

紆余曲折は省略するが、国は「翁長知事の承認取消こそ違法」として、県に対して「承認取消を取り消せ」という是正を指示し、これに従わない県に対して行政訴訟(国の是正指示に従わない不作為の違法確認訴訟)を起こした。残念ながら翁長知事の「承認取消」は最高裁まで争って違法とされ、法的には決着が着けられた。

「承認取消」が通らなければ、これに代わる「承認撤回」で行こう、というのが運動体の中から提案されている。これが《撤回》の意味。

もともとすべきでなかった間違った承認について遡って効力をなくするのが「承認取消」であるのに比して、承認のときの違法はともかく現時点では承認すべきではなくなっているのだから今の時点から承認の効力をなくするというのが「承認の撤回」。

翁長知事自身も、何度か「承認撤回を必ずやる」と発言しているが、その実行はまだない。法的手段としては、言わば奥の手である。これを繰り出して、敗れればあとがないことにもなりかねない。やるからには、絶対に勝てる自信のもてる準備が必要で、慎重を要する。
常識的には、「承認時以後の事情変更」「承認時には知り得なかった違法事由」を特定して立証しなければならない。運動論としてはともかく、「承認取消」で敗訴している以上、法的には明確な根拠が必要なのだ。とはいえ、8月17日辺野古に土砂搬入と期限が切られた以上は、奥の手の使用を躊躇してはおられまい。

迂闊な《撤回》は、国側からの「承認撤回の取消を求める」訴訟提起に持ちこたえられない。これに関して、最近明らかになった知見として、埋立予定海域の活断層の存在とマヨネーズ状の地盤軟弱性の疑いが、撤回の根拠となり得るのではないかと、話題になっている。新基地周辺の建物高さ制限違反にならぬよう設計変更の問題もある。

本日(7月14日)たまたま、事情に詳しい白藤博行専修大教授(行政法)から、短時間ながらこの件について、私の理解で大要次のようなお話しを伺う機会があった。

授益処分(申請者から見れば「受益処分」)の撤回は、軽々になしえないというのが行政法上の常識的理解。しかし、それは飽くまで一般国民の利益の剥奪はできないという権力行使抑制の原則からの結論で、国が当事者となっている場合にまで、同じように考える必要はない。国が、一私人と同じ立場で権利主張をしていることがそもそも妥当ではない。行政法は、権力主体である国と国民とを峻別しているのだから。

有効な撤回の理由としては、取消処分後の後発的事情が必要。いくつも考えられるが、裁判所が認めやすいものとして、「承認の際の留意事項への違反」「国が県の指導に従っていないこと」が有力ではないか。

現地の沖縄タイムスは、「辺野古問題、再び法廷へ 8月にも承認撤回 留意事項への違反理由か」という解説記事を掲載している。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/283044

名護市辺野古の新基地建設を止める最大の手段となる翁長雄志知事の埋め立て承認撤回の時期が、8月17日予定の土砂投入前に絞られてきた。環境保全や前知事の埋め立て承認の条件とされた留意事項への違反などを理由に撤回される見通しだ。一方で、国は撤回の効力を停止する手続きなど対抗措置を執ることが予想され、辺野古問題は再び法廷闘争へと発展することになる。

ようやくできた民意を反映する県政が、国の強引な権力発動に蹂躙されようとしている。これが民主主義だろうか。裁判所には、司法本来の役割を期待したい。

(2018年7月14日)

この上なく感動的な「平和の詩」と、この上なく凡庸なアベ来賓挨拶と。

以下は、沖縄県の広報である。
平成30年沖縄全戦没者追悼式の開催について
毎年、6月23日は「慰霊の日」です。県では、糸満市摩文仁の平和祈念公園にて「平成30年沖縄全戦没者追悼式」を開催します。
多くの県民及び関係者の皆様が御参列くださるようお知らせいたします。

実施日時 平成30年6月23日(土曜日)「慰霊の日」
     午前11時50分から午後0時40分
実施場所 平和祈念公園(沖縄県糸満市摩文仁)
主催 沖縄県、沖縄県議会
共催 一般財団法人沖縄県遺族連合会
   公益財団法人沖縄県平和祈念財団
   公益財団法人沖縄協会
後援 市町村
   株式会社沖縄タイムス 株式会社琉球新報
   NHK沖縄放送局 琉球放送株式会社
   沖縄テレビ放送株式会社 琉球朝日放送株式会社
   株式会社ラジオ沖縄 株式会社エフエム沖縄

以下は、県の全戦没者追悼式についての公式解説。
Q5 追悼式の趣旨はどういったものか?
○「我が県では、太平洋戦争において、一般住民をも巻き込んだ悲惨な地上戦となり、多くの貴い生命とかけがえのない財産及び文化遺産を失った。このような冷厳な歴史的事実にかんがみ、戦没者のみ霊を慰めるとともに、世界の恒久平和を願う沖縄の心を発信する。」というものです。
Q6 追悼式の内容、プログラムはどういったものか?
○追悼式は、以下のプログラムで進行します。
1 開式の辞 2 式辞 3 黙とう 4 追悼のことば 5 献花 6 平和宣言 7 「平和の詩」朗読 8 来賓あいさつ 9 閉式の辞

その沖縄全戦没者追悼式で、例年のとおり翁長県知事の時宜を得た内容の平和宣言があり、中学生の感動的な 「平和の詩」の朗読があった。圧倒的な存在感を示した二つの発言のあとに、何とも凡庸で薄っぺらなアベ晋三の来賓挨拶。どうしてこんなにつまらないことしか発言できないのだろうか。沖縄と本土の、今生じている問題への真剣さにおける落差を見せつけられた思いが深い。

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沖縄県知事翁長雄志  平和宣言

二十数万人余の尊い命を奪い去った地上戦が繰り広げられてから、73年目となる6月23日を迎えました。

 私たちは、この悲惨な体験から戦争の愚かさ、命の尊さという教訓を学び、平和を希求する「沖縄のこころ」を大事に今日(こんにち)を生きています。

 戦後焼け野が原となった沖縄で、私たちはこの「沖縄のこころ」をよりどころとして、復興と発展の道を力強く歩んできました。

 しかしながら、戦後実に73年を経た現在においても、日本の国土面積の約0・6%にすぎないこの沖縄に、米軍専用施設面積の約70・3%が存在し続けており、県民は、広大な米軍基地から派生する事件・事故、騒音をはじめとする環境問題等に苦しみ、悩まされ続けています。

 昨今、東アジアをめぐる安全保障環境は、大きく変化しており、先日の、米朝首脳会談においても、朝鮮半島の非核化への取り組みや平和体制の構築について共同声明が発表されるなど緊張緩和に向けた動きがはじまっています。

 平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。(大きな拍手)

 これまで、歴代の沖縄県知事が何度も訴えてきたとおり、沖縄の米軍基地問題は、日本全体の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべきものであります。国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制の在り方について、真摯(しんし)に考えていただきたいと願っています。

 東アジアでの対話の進展の一方で、依然として世界では、地域紛争やテロなどにより、人権侵害、難民、飢餓、貧困などの多くの問題が山積しています。

 世界中の人々が、民族や宗教、そして価値観の違いを乗り越えて、強い意志で平和を求め協力して取り組んでいかなければなりません。

 かつて沖縄は「万国津梁(しんりょう)」の精神の下、アジアの国々との交易や交流を通し、平和的共存共栄の時代を歩んできた歴史があります。

 そして、現在の沖縄は、アジアのダイナミズムを取り込むことによって、再び、アジアの国々を絆(つな)ぐことができる素地ができてきており、日本とアジアの架橋(かけはし)としての役割を担うことが期待されています。
 その期待に応えられるよう、私たち沖縄県民は、アジア地域の発展と平和の実現に向け、沖縄が誇るソフトパワーなどの強みを発揮していくとともに、沖縄戦の悲惨な実相や教訓を正しく次世代に伝えていくことで、一層、国際社会に貢献する役割を果たしていかなければなりません。

 本日、慰霊の日に当たり、犠牲になられた全ての御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧げるとともに、恒久平和を希求する「沖縄のこころ」を世界に伝え、未来を担う子や孫が心を穏やかに笑顔で暮らせる「平和で誇りある豊かな沖縄」を築くため、全力で取り組んでいく決意をここに宣言します。(大きな長い拍手)

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「平和の詩『生きる』」を朗読したのは、港川中学校3年の相良倫子さん。
沖縄県平和祈念資料館が募集した「児童・生徒の平和メッセージ」の最優秀賞受賞作品。審査委員が「悲惨な戦争によって奪われた『生きる』ことへの思いは、過去から現在、そして未来・世界へと時間と国境を超えて発信された平和へのメッセージであり、その重厚さが審査員をうならせた」と評価された(沖縄タイムス)という。

審査員だけでなく、本日は、全国の人々に感動を与えたものと思う。私も、心打たれた。とりわけ、次のフレーズ。これはすごい。たいしたものだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。

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生きる

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。
私は今、生きている。

私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。
私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。
ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。
私はこの瞬間を、生きている。
この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。
たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。

大切な今よ
かけがえのない今よ
私の生きる、この今よ。

七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。
みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。
摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、
宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間を
一緒に生きているのだ。
今を一緒に、生きているのだ。
だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。
これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。

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連想して思い出す。3年前、戦後70年の2015年6月23日の沖縄全戦没者追悼式。ここで朗読された「みるく世がやゆら」の詩。県立与勝高等学校3年の知念捷(まさる)君の作。「みるく世(ゆ)」は、「未来に来るという平和な弥勒の世」。「みるく世がやゆら」は、「平和でしょうか」あるいは「今は本当の平和の時代でしょうか」という問い掛けの意味なのだそうだ。

この詩も、「児童・生徒の平和メッセージ展」で最優秀賞を受賞し、式典で朗読されて全国の平和を大切に思う人々を感動させた。再録しておきたい。

「みるく世(ゆ)がやゆら」

平和を願った 古の琉球人が詠んだ琉歌が 私へ訴える
「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下 命(ぬち)ど宝」

七〇年前のあの日と同じように
今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終りを告げる
七〇年目の慰霊の日
大地の恵みを受け 大きく育ったクワディーサーの木々の間を
夏至南風(かーちーべー)の 湿った潮風が吹き抜ける
せみの声は微かに 風の中へと消えてゆく
クワディーサーの木々に触れ せみの声に耳を澄ます
「今は平和でしょうか」と 私は風に問う

花を愛し 踊りを愛し 私を孫のように愛してくれた 祖父の姉
戦後七〇年 再婚をせず戦争未亡人として生き抜いた 祖父の姉
九十才を超え 彼女の体は折れ曲がり ベッドへと横臥する
一九四五年 沖縄戦 彼女は愛する夫を失った
一人 妻と乳飲み子を残し 二十二才の若い死
南部の戦跡へと 礎(いしじ)へと
夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった
彼女のもとには 戦死を報せる紙一枚
亀甲墓に納められた骨壷には 彼女が拾った小さな石
戦後七〇年を前にして 彼女は認知症を患った

愛する夫のことを 若い夫婦の幸せを奪った あの戦争を
すべての記憶が 漆黒の闇へと消えゆくのを前にして 彼女は歌う
愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように
あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと
軍人節の歌に込め 何十回 何百回と
次第に途切れ途切れになる 彼女の歌声
無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく

七〇年の時を経て 彼女の哀しみが 刻まれた頬を涙がつたう
蒼天に飛び立つ鳩(はと)を 平和の象徴というのなら
彼女が戦争の惨めさと 戦争の風化の現状を 私へ物語る
みるく世がやゆら

彼女の夫の名が 二十四万もの犠牲者の名が
刻まれた礎に 私は問う
みるく世がやゆら
頭上を飛び交う戦闘機 クワディーサーの葉のたゆたい
六月二十三日の世界に 私は問う
みるく世がやゆら

戦争の恐ろしさを知らぬ私に 私は問う
気が重い 一層 戦争のことは風に流してしまいたい
しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを
伝えねばならぬ 彼女の哀しさを 平和の尊さを
みるく世がやゆら

せみよ 大きく鳴け 思うがままに
クワディーサーよ 大きく育て 燦燦と注ぐ光を浴びて
古のあの琉歌(うた)よ 時を超え今 世界中を駆け巡れ
今が平和で これからも平和であり続けるために
みるく世がやゆら

潮風に吹かれ 私は彼女の記憶を心に留める
みるく世の素晴らしさを 未来へと繋(つな)ぐ

 

※みるく世がやゆら…平和でしょうか、との意味。
※「戦世や―」の琉歌…「戦いの世は終わった/平和な弥勒世(みろくよ)がやがて来る/嘆くなよ、おまえたち、命こそ宝」という意味。
※クワディーサー…モモタマナの木。沖縄戦の死者名を刻む「平和の礎(いしじ)」の周りにも植えられ、広い葉が大きな緑陰をつくる。

(2018年6月23日)

「沖縄ヘイト」には、メディアの言論力とDHC不買運動での対抗を

昨日(5月27日)の琉球新報3面に、「特別評論・復帰46年の沖縄」として、「ヘイトにあらがう言論力」と標題する論説が掲載されている。小那覇安剛琉球新報社会部長の署名記事だが、事実上の社説である。これは見逃せない。見逃してはならない。

復帰46年にしてなお本土並みとならない沖縄の現実への苛立ち。いな、それにとどまらない本土からの心ない差別の言動に対する沖縄の叫びが胸に突き刺さる。「県民をあざ笑う言論空間」における「沖縄ヘイト」の典型事例が挙げられ、「ヘイトに対抗する言論の力」「沖縄ヘイトを乗り越える沖縄メディアの力」が語られている。その筆は自信に満ちてはいるものの、本土に住む1人として襟を糺さざるを得ない。

 米軍基地の重圧にあらがう県民、沖縄のメディアを攻撃する誹謗中傷が続いている。その多くは事実に反するゆがんだ沖縄観に基づくものだ。その誤りを正し、事実によって反証する作業の重要性を、私たちは昨年12月の産経新聞報道への対応で再認識した。

 2017年12月1日、沖縄自動車道で起きた多重衝突事故で産経新聞は同月9日、インターネットの「産経ニュース」で米海兵隊曹長が日本人を救出して事故に遭ったと報道し、「救出行為」を報じない沖縄メディアを「報道機関を名乗る資格はない」と批判した。12日には、産経本紙にも記事が掲載された。

 「(曹長は)救助行為はしていない」とする在沖海兵隊の回答や沖縄県警など関係機関の取材を踏まえ、本紙は18年1月30日付けで「『米兵が救助』米軍否定」の見出しで、産経報道に疑義があることを報じた。その後、産経新聞は2月8日付で記事を削除し、謝罪した。その対応は真摯であった。産経社内でも厳しい議論があったことがうかがえる。
 記事削除までに約2か月を要した。それは本紙にとって試練の期間であった。
 産経報道を受け「なぜ米軍の救出活動を記事にしないのか」という批判が本紙に寄せられた。事実関係を取材した記者が苦り切った顔で報告してきた。「どこをつついても、海兵隊員が日本人を助けたという事実は確認できない」

 2か月は私たちに貴重な経験をもたらした。本紙の反証記事に対し読者から「県民、沖縄メディアに対する誹謗中傷に対して、事実を積み重ねて反論する力強い記事で対抗していってほしい」という激励があった。中傷やデマへの危機感を読者と共有できたことは得がたい教訓となった。

 沖縄に対する誹謗中傷の主舞台はネットである。「反日」「国賊」という言葉と共に沖縄をおとしめるゆがんだ言論空間が広がっている。「沖縄ヘイト」とも呼ぶべき言論空間の中で交わされる悪罵の数々が地上波の電波から流れた。「ニュース女子」問題である。東京メトロポリタンテレビジョン(東京MX)のバラエティー番組「ニュース女子」は2017年1月2日の放送で、米軍北部訓練場で建設されたヘリコプター発着場(ヘリパッド)に反対する住民をテロリストと例えて中傷した。

 番組内容で激しい中傷にさらされた辛淑玉氏の申したてを受け、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は「重大な放送違反があった」とする意見書をまとめた。BPO放送人権委員会も辛氏に対する人権侵害があったと認めた。

 名護市辺野古の新基地建設に象徴される基地負担の押し付けを拒む沖縄の抵抗をあざ笑う言論空間の広がりは、新たな偏見や誤解を生みだす。
 17年12月、米軍普天間飛行場所属のCH53大型輸送ヘリの窓が落下した普天間第二小学校に対し「学校を後から造ったくせに文句をいうな。戦闘機と共に生きる道を選んだくせに文句をいうな」という中傷の電話があったことなどは、その表れと言えよう。
 「戦闘機と共に生きるー」は事実に反する。本紙は、創立以来の普天間第二小の歩みと基地被害の経過を踏まえ、反証記事を掲載した。

 この5月、沖縄の日本復帰から46年が過ぎたが、県民の多くは「日本本土の国民と同様に扱われているのか」という疑問を抱いている。その要因は、広大な在沖米軍基地と、そこから派生する人権侵害を解消する抜本策を打ち出せないまま新基地建設を強いる日本政府の姿勢にある。

復帰運動を通じて、日本国憲法の適用に基づく「他県並」の人権尊重を求め県民は、今も基地の重圧からの脱却と人権回復を訴えている。その県民をあざ笑う言論空間がネットを中心に存在する。ヘイトに対抗するのも言論の力である。「沖縄ヘイト」を乗り越えるメディアの力が問われている。

偏見に基づく本土からの「沖縄ヘイト」。その悪罵の典型事例として語られているものが、地上波の電波から流れた「ニュース女子」である。この論説には名が出て来ないが、「DHCテレビジョン」が制作し、DHCがスポンサーとなって提供したデマとヘイトの番組である。DHC・吉田嘉明こそが、この地上波によるデマとヘイト垂れ流しの元凶なのだ。

論説は、誤りを指摘された産経の謝罪を真摯な対応と評価している。また、東京メトロポリタンテレビジョン(東京MX)も反省の弁を述べている。しかし、DHC・吉田嘉明のみは、真実を突きつけられ批判されてなお、反省するところがない。

この論説が述べているとおり、デマとヘイトを克服するには、真実を以てする言論による批判が王道であろう。それこそがメディアの力だ。しかし、DHC・吉田嘉明などに対してはその効果に限界があることを指摘せざるを得ない。DHC製品に対する消費者の不買運動は、DHC・吉田嘉明によって作られたデマとヘイトの言論空間を浄化する手段として有益であろう。

とりわけ、140万沖縄県民に訴えたい。
「DHCの商品を買うことはすっぱりとおやめなさい。」「サプリメントにせよ、化粧品にせよ、あなたがDHCの製品を買いもとめれば、その利益の一部は、確実に沖縄ヘイトの放送や言論となって、沖縄をあざ笑うのですから。」「だから、くれぐれもデマとヘイトのDHC社の製品をお買い求めにならぬように。」「いや、けっして沖縄をおとしめるDHCの商品をお買い求めになってはなりません。」
(2018年5月28日)

「南北之塔」よ、何を見てきたか。いま何を思って建っているのか。

5月10日。旧友と糸満市真栄平の「南北之塔」を初めて訪れた。同行の小村滋君から事前の説明を受けるまで、この塔の存在自体を知らなかった。地元の人も、よく知らない。グーグルにも載っていない。この塔にたどり着くまでが一苦労だった。道を間違えつつ、ようやく小高い丘の上に見つけた。あまり人の来るところではない。

小村君の説明の大要は以下のようなものだった。

「アイヌと沖縄の住民が協力して造った塔。遺骨は、必ずしもアイヌと地元住民というわけでない。沖縄戦の時、真栄平の地元民と仲良くなった1人のアイヌが戦後しばらくして再訪し、遺骨収集地に塔を建てる資金を提供し、その後幾たびも訪問してアイヌの先祖供養であるイチャルパをしている。」

沖縄戦の県別戦死者数では、地元沖縄を除くと北海道が群を抜いて多数となっている。真栄平地区は沖縄戦激戦地の一つで、地区住民の3分の2近くが戦死し、終戦当時は集落内の各地に遺骨が散乱していたという。北海道民の遺骨も多くあっただろう。私は、本土中央から差別されている僻遠の地としての南の沖縄と、北の北海道の友好の証しと理解した。

塔の左側面に「キムンウタリ」とアイヌ語と思しきカタカナの刻印があった。しかし、同じ場所に「捜索24聯隊慰霊之塔」が建立されており、立派な銘文もあったが、こちらにはアイヌは出てこない。ウィキペディアを引用する。出典として何冊かの関係者の書籍が特定されている。

北海道弟子屈町出身のアイヌ文化伝承者、弟子豊治(てしとよじ)は、1944年、旭川第24師団第89連隊に入隊し、満洲経由で沖縄南部に派遣され、八重瀬町与座付近に配置された。軍隊生活の中、近くにある真栄平に出入りし、地域住民と交流を持った。多くの戦友が戦死したものの、弟子は命からがら生き残って北海道に帰った。

1965年、アイヌ古式舞踊公演のため、13人のアイヌによって構成されるアイヌ文化使節団の団長ととして沖縄を訪れた弟子は、真栄平を訪れた。そこでかつて親交のあった地域住民と再会した。

弟子は「キムンウタリ」と書いた木の慰霊碑を建て、アイヌの伝統的な慰霊の儀式、イチャルパを行った。「キムンウタリ(kimun-utari)」とは、「山の・同胞」という意味。弟子が所属していた部隊が通称「山部隊」と呼ばれていたことによる。

弟子は、慰霊塔の建立運動に賛同し、自分もその運動に協力したい旨を申し出、翌年、250ドルの寄付を集めて真栄平を再訪し、その250ドルは慰霊塔の一番上部の石碑に使われた。石碑の北側には弟子の希望で「キムンウタリ」というアイヌ語が彫られた。

沖縄戦で北海道出身の兵士が多数戦死しており、その中にアイヌも数含まれていることから、北海道アイヌ協会が、南北之塔で1981年にイチャルパ(供養祭)を実施し、その後、1985年・1990年・1995年・2000年・2005年にも実施されている。そういった由来から、その他のアイヌ民族関係団体が慰霊祭を実施することがある。アイヌと沖縄の友好のシンボルとして関係者の間ではよく知られている。

以上は、ともに和人から侵略を受け、差別され続けたウチナンチューとアイヌとの友好ないし連帯という「美談」である。が、現実の事情は、やや複雑であるようだ。

北海道新聞2009年2月20日夕刊1面に、「沖縄戦アイヌ民族元兵士と地元住民が建立 『南北之塔』偏見に揺れる 一部でイチャルパに異論」という記事があるそうだ。とあるブログを通じての孫引きだが、次のような内容。

南北之塔は、「道内出身者が中心の第24師団(通称・山部隊)」に所属した、アイヌ民族元兵士で故人の弟子豊治さんと、糸満市真栄平の住民が、66年、戦争犠牲者の遺骨を集めた納骨堂とともに建立した慰霊碑。

北海道ウタリ協会によれば、「沖縄戦で戦死したアイヌ民族は43人(判明分)。真栄平にその遺骨が納められているかは不明だが、同協会は81年からほぼ5年置きに南北之塔でイチャルパ(供養祭)を催し、別のグループも行っている。

真栄平の一部住民で組織する『南北の塔を考える会』が、塔とアイヌ民族とのかかわりを記した本の著者に訂正を要求。イチャルパを妨害して同会が慰霊碑への道を封鎖したこともある。

地元「考える会」の代表者は、「南北之塔が『アイヌの墓』と言われるのが許せない。北海道出身の沖縄戦戦没者の慰霊碑はほかにある。遺族はそちらに行けばよい」と言っているとか。

道新の記事は、こうした妨害を、「ごく一部の住民のアイヌ民族に対するレイシズムによるもの」としているという。本土が沖縄を差別し、その沖縄がさらにアイヌを差別したということなのだろうか。とすれば、まことに悲しい。

南北之塔よ、何を見てきたか。何を考えているか。そして、何を語りたいのか。黙せず、語ってみよ。
(2018年5月17日)

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