澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

《権利救済のためにあるはずの裁判制度を,言論を萎縮させるための道具として利用させることを許してはならない》 「DHCスラップ反撃訴訟」 次回(7月4日木曜日)結審 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第158弾

私(澤藤)が、反訴原告となっている「DHCスラップ・反撃訴訟」も、いよいよ大詰め。

予定のとおり、昨日(6月27日・木)最終準備書面を提出し、
 来週の7月4日(木)午前10時30分、
 415号法廷
で開廷の最後の口頭弁論期日を待つばかりとなりました。
 この日に弁論終結となって、判決期日が指定されることになります。

この日の法廷では、弁護団の2名が、最終準備書面を要約して陳述し、裁判所に「権利救済のためにあるはずの裁判制度を,言論を萎縮させるための道具として利用させることを許してはならない」と要請します。

この最終準備書面は、比較的簡潔なものではありますが、ここに全文を掲載するにはやや長い。全体の構成を示す「はじめに」の部分と、「結語」の部分だけを掲載しておきます。これで、何をいわんとしているのか、お分かりいただけると思います。

 是非、傍聴にお越しください。閉廷後、いつものように、意見交換の場をもちたいと思います。よろしくお願いします。

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第1 はじめに(本準備書面の性格と構成)
1 本件は,反訴被告ら(DHCと吉田嘉明の両名)による前件訴訟提起及び本件請求拡張(スラップ訴訟の提起と、6000万円への請求拡張)が反訴原告に対する不法行為に当たるとして,反訴被告らに対し損害賠償を請求するものである。反訴原告の主張は,基本的に反訴状,準備書面(2),同(4)に尽くされており,判断の枠組みや,反訴被告らによる前件訴訟提起や本件請求拡張自体の違法性,さらには前件訴訟提起と追行の周辺にある提訴動機に関する諸事情については,敢えて繰り返さないが,本件の背景には,反訴被告らの自己に対する無謬性の信念と,その裏返しとしての批判者への狭量な姿勢がある。

2 本件訴訟における主張・挙証の対象は,最高裁1988(昭和63)年1月26日判決(民集42巻1号1頁)に拠って,「前件訴訟提起と本件請求拡張において提訴者(反訴被告ら)の主張した権利等が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起した」こと。さらに,「前件訴訟提起及び本件請求拡張が,自己に対する批判の言論を封殺する目的でなされたものとして,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであること」である。

3 上記最判は,「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くことを違法提訴の要件とし,その一例として「提訴者の主張した権利等が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたこと」を挙げている。
 反訴原告は,反訴被告らの前件訴訟提起及び本件請求拡張が「提訴者の主張した権利等が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたこと」だけでなく,これに加えて,反訴被告らの提訴目的の反社会性(批判言論の封殺),反公共性(ルールを無視した裁判制度の利用)が「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」ものであることをも主張,挙証の対象とし,本準備書面では,本事案の特質(提訴の威嚇をもってする言論抑圧)を,できるだけ従前主張との重複を避けつつ,これまでに本件訴訟に提出された証拠や尋問の結果をふまえ,以下の構成で明確にした。

I 反訴被告らの主張する権利等が事実的,法律的根拠を欠くと容易に知り得たこと(本準備書面「第2」)
 (1)前件訴訟の提起について
 (2)本件請求拡張について
 (3)反訴被告らの反論について
Ⅱ 反訴被告らが被侵害権利の回復よりも言論封殺を目的としていたこと(本準備書面「第3」)
 (1)反訴被告吉田が自ら発表した本件手記への批判を提訴    対象としたこと
 (2)提訴の妥当性を慎重に検討した様子がないこと
 (3)異常な請求拡張がなされたこと
 (4)上訴対象の選択基準が不自然であること
 (5)反訴被告会社において反訴被告吉田の言葉が絶対視されていること
Ⅲ 反訴被告らの訴訟遺行態度について(本準備書面「第4」)
 (1)本件訴訟において反訴被告吉田が裁判所の呼出しに正当な理由なく応じなかったことについて
 (2)反訴被告らに勝訴の意思がないこと
 (3)反訴被告らに民事訴訟のルールに従う意思がないこと
 (4)反訴被告らの訴訟遺行態度は前件訴訟等の違法性に通   じるものであること
 (5)民事訴訟法208条の適用について
Ⅳ 反訴原告の損害(本準備書面「第5」)
 (1)応訴費用
 (2)慰謝料
V 結語(本準備書面「第6」)

4 なお,以上の「I (本準備書面「第2」)」および「Ⅱ(本準備書面「第3」)」は,主張と挙証にかかわるものであり,同「Ⅲ(本準備書面「第4」)は,反訴被告の訴訟追行態度を,前件訴訟提起及び本件請求拡張の違法性に関連して論ずるとともに,その訴訟に求められる信義則に反する態度を事実認定にどう反映すべきかについての意見を述べるものである。

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第6 結語
1 非常識な無謬性の信念のもとでの無謀かつ違法な裁判利用
 以上のとおり,反訴被告ら(DHCと吉田嘉明の両名)の前件訴訟(スラップ訴訟)の提起及び本件請求拡張(2000万円請求から6000万円請求への拡張)は,その主張する権利等が事実的,法律的根拠を欠くことを容易に知り得たにもかかわらず,これを十分に検討しないまま行なわれたものである。
 反訴被告らがここまで無謀な訴訟の提起・請求の拡張に至った理由は,その目的が,毀損されたと主張する名誉の回復にあるのではなく,批判者を被告席に座らせることにより当該言論を封殺し,類似の批判言論を抑制することにあったからである。
 批判者を被告の席に付かせることが目的であるから,反訴被告らに勝訴の意欲はないし,裁判所の訴訟指揮に従う意思もない(それにより不利益な判決を招いても意に介さない)。その結果,一部でも勝訴すれば,それがどんなに些末な一部勝訴であっても上訴しないし,敗訴すれば最高裁まで上告し,敗訴が確定すれば,「反日弁護士と反日裁判官のせいだ。」と公言して憚らない。
 そして,反訴被告らが,このような無謀かつ違法な裁判利用に躊躇しないのは,反訴被告吉田の「凡人とは違う。自分の判断に不合理はない。」というやや滑稽とも思える無謀性の信念と,これに追従する被告会社のガバナンス欠如があり,さらに、反訴被告らの潤沢な資金力がこれを煽動している。
 反訴被告らは,前訴提起の違法性(スラップ性)を主張し続ける反訴原告のブログを差し止める目的で本件本訴を提起した(債務不存在確認訴訟)。反訴被告らは,この訴訟においても,裁判所の人証決定を無視し,反訴被告吉田は裁判所への出頭を拒否し続けた。これは,反訴被告らの体質,前件提訴のスラップ性を如実に示す事実でもある。

2 反訴被告らの独善的な提訴
  反訴被告らは,他者からの批判が当然に予想される本件手記を週刊誌に発表しておきながら,あふれ出た批判のうち影響力があると考えたものをピックアップし,経済力にまかせて名誉毀損訴訟を提起し,軒並み,敗訴もしくは実質敗訴の判決を受けた。その数は実に10イ牛にも及んでいる。
 さらに,内海証人の供述や第三者のブログ(乙15の1)の記載などからは,反訴被告らが10件の訴訟以外にも名誉毀損を口実に訴訟提起を予告して,批判的言論に対する恫喝を行っていたことがうかがわれる。反訴被告らの行為は,一般常識から遊離し,憲法が保障する言論の自由を萎縮させ,ひいては民主主義を衰退させるものである。権利救済のためにあるはずの裁判制度を,言論を萎縮させるための道具として利用させることを許してはならない。
 貴裁判所におかれては,表現の自由保障の重大さに十分な配慮をされるとともに,反訴被告らによる裁判制度の不当な利用を厳しく戒める判決を言い渡されるよう,切に希望するものである

(2019年6月28日)

BPOではなく、吉田嘉明(DHC)こそが、「正気か」と問われなければならない。

吉田嘉明が経営するDHCとは、
D デマと
H ヘイトの
C カンパニー
である。のみならず、デマとヘイトにスラップまでが加わった、稀有の三位一体企業というほかはない。
人権感覚のある人、民主主義や平和を大切に思う人は、けっしてDHCの製品を買ってはならない。
これまで、このことを繰り返してきたが、本日は、「H ヘイト」を取りあげたい。

昨日(6月21日)、国連広報センターのホームページ(日本語版)に、下記のプレスリリース記事(抜粋)が掲載された。

「アントニオ・グテーレス国連事務総長、 ヘイトスピーチに関する国連の戦略と計画を発表(プレスリリース日本語訳)」
https://www.unic.or.jp/news_press/info/33636/

ニューヨーク、6月18日-事務総長はきょう、加盟国に対する非公式ブリーフィングで「ヘイトスピーチに関する国連戦略・行動計画」を発表しました。この戦略の目的は、ヘイトスピーチが知らず知らずのうちに及ぼす影響や、それぞれの活動の中で、ヘイトスピーチにさらに効果的に対処する方法について、国連のあらゆる主体による理解を深めることにあります。また、加盟国に対する支援の強化と、民間企業や市民社会、メディアとの連携の強化も求めています。

戦略は、ヘイトスピーチの根本的な原因と推進要素にいかに取り組むべきか、そして、その社会に対する影響をいかに弱めるべきかに関するアイデアを提供するものとなっています。

「ヘイトスピーチは寛容や包摂、多様性、そして私たちの人権規範と原則の本質に対する攻撃に他なりません。さらに幅広い意味で、ヘイトスピーチは社会的一体性を損ない、共有の価値を侵食し、暴の基盤を作り上げることにより、平和、安定、持続可能な開発、あらゆる人の人権実現という理想を後退させかねません」アントニオ・グテーレス事務総長は加盟国へのブリーフィングの中で、このように述べています。

これまで75年間、ルワンダからボスニア、さらにはカンボジアに至るまで、私たちはヘイトスピーチが残虐な犯罪の前兆となる様子を目の当たりにしてきました。最近では、中央アフリカ共和国やスリランカ、ニュージーランド、米国をはじめ、世界各地で大量殺人をもたらした暴力との強い関連性が見られます。各国政府もテクノロジー企業も、オンラインで組織的にまき散らされる憎悪の予防と対策に苦慮しているのが現状です。

グテーレス事務総長は「新たな経路によってヘイトスピーチがこれまで以上に幅広い人々に、瞬時に届いている中で、私たち国連や各国政府、テクノロジー企業、教育機関はすべて、対応を強化する必要があります」と語っています。

加盟国に対する国連の支援を強化するため、事務総長は、ヘイトスピーチに取り組み、これに対するレジリエンス(「対抗力」と訳すべきか)を築く上での教育の役割に関する会議を招集する予定です。また、ジェノサイド防止担当特別顧問を今回の戦略・行動計画の国連におけるフォーカルポイントに任命しました。特別顧問はこの資格で、より具体的な実施指針の策定を監督、促進することになっています。

この事務総長発言の認識に全面的に同意する。ヘイトスピーチは、「寛容や包摂、多様性、人権規範に対する本質的な敵対物である。しかも、暴力の基盤を作り上げることによって平和を破壊する」。ヘイトスピーチを看過してはならない。

6月18日、グテーレス事務総長が「ヘイトスピーチに対処する行動計画」を発表した際には、その演説の中の「自由民主主義体制下でも政治指導者がヘイトスピーチを広めている―」との発言が大きな話題となった。

この演説の内容は、かなり厳しい。たとえば、朝日はこう報じている。

「グテーレス氏はこの日、加盟国に向けた演説で、政治体制を問わず、『何人かの政治指導者が憎悪に満ちた考え方や言葉を広め、普遍化し、公の議論を荒らし、社会を弱体化させている』と指摘。ヘイトスピーチへの対処に国際社会が臨む重要性を説いた。」
 「発言は移民らに向けられたトランプ氏の差別的な発言に釘を刺す形となり、演説後の会見で、記者から『(だれの行為か)名指しした方が、インパクトを与えられるのでは』との質問が出た。
 グテーレス氏は『名前を公表すれば、それだけが広く伝わってしまう。私が望むのは、本質的な問題がしっかりと扱われることだ』と苦笑いしてかわした。」

 トランプほどのスケールは欠くにせよ、我が国にも、「憎悪に満ちた考え方や言葉を広め、普遍化し、公の議論を荒らし、社会を弱体化させている」ヘイトスピーチの常習者は、少なくない。その典型が、DHCの吉田嘉明といってよい。

彼のヘイトの矛先は、在日である。在日を差別する点において紛れもない「不当な差別的言動」であり、違法行為である。

下記が、2016年2月12日付で、DHCのホームページに堂々と掲載された記事の抜粋である。「会長メッセージ」と標題があり、「株式会社ディーエイチシー 代表取締役 吉田嘉明」との肩書記名が明記されていた。但し、現在はこの記事はホームページから削除されている。さすがに恥ずかしいことを悟っての記事の抹消であれば、結構なことだ。反省文が公表されていればなお結構だが、それはない。

「時々とんでもない悪(わる)がいたりしますので、この点は注意が必要です。純粋な日本人でない人も結構います」「本物、偽物、似非ものを語るとき在日の問題は避けて通れません。この場合の在日は広義の意味の在日です。いわゆる三、四代前までに先祖が日本にやってきた帰化人のことです。そういう意味では、いま日本に驚くほどの在日が住んでいます。」「問題なのは日本人として帰化しているのに日本の悪口ばっかり言っていたり、徒党を組んで在日集団を作ろうとしている輩」「政界(特に民主党)、マスコミ(特に朝日新聞、NHK、TBS)、法曹界(裁判官、弁護士、特に東大出身)、官僚(ほとんど東大出身)、芸能界、スポーツ界には特に多いようです」「問題は、政界、官僚、マスコミ、法曹界です。国民の生活に深刻な影響を与えます。」「私どもの会社も…法廷闘争になるときが多々ありますが、裁判官が在日、被告側も在日の時は、提訴したこちら側が100%の敗訴になります。裁判を始める前から結果がわかっているのです。似非日本人はいりません。母国に帰っていただきましょう。」

この文章には、論理も論証もない。「法曹界には、日本人として帰化しているのに日本の悪口ばっかり言っていたり、徒党を組んで在日集団を作ろうとしている輩が特に多い」「私どもの会社(DHC)が裁判に負けるのは、裁判官がそのような在日だから」という無茶苦茶な没論理。

DHCのホームページのヘイトスピーチは削除されたが、こちらは残っている。
産経のネット論壇である「iRONNA」に掲載された DHC会長独占手記】「『ニュース女子』騒動、BPOは正気か」という挑戦的なもの。

  今、問題になっている放送倫理・番組向上機構(BPO)についてですが、まずこの倫理という言葉を辞書で調べてみると「善悪・正邪の判断において普遍的な基準となるもの」(「大辞泉」)ということになっています。そもそも委員のほとんどが反日、左翼という極端に偏った組織に「善悪・正邪」の判断などできるのでしょうか。

 沖縄問題に関わっている在日コリアンを中心にした活動家に、彼らが肩入れするのは恐らく同胞愛に起因しているものと思われます。私どもは同じように、わが同胞、沖縄県民の惨状を見て、止むに止まれぬ気持ちから放映に踏み切ったのです。これこそが善意ある正義の行動ではないでしょうか。

 今、私が最も危倶しているのは、日本の主要分野にあまりにも増えすぎた「反日思想を持つ在日帰化人」のことです。日本人になりきって、日本のためにこれからも頑張ろうという人たちを差別しては絶対にいけません。反日だからダメなのです。日本という国にお世話になっていながら、日本の悪口は言う、日本を貶めることだけに生き甲斐を感じているような在日帰化人は逆に許せません。

  実業界で大企業の創業者の大半は在日帰化人です。私のように純粋な大和民族はその点では珍しい存在かもしれません。この類の実業家は、反日ではありませんが、やはり民族的な性格からか、その貪欲さは半端ではありません。昔からの人情味あふれた小売店が全国から消えていったのは、率直に言ってこの人たちのせいだと思っています。

 政界、法曹界は特に在日帰化人が多いことで知られています。日本の全弁護士が所属している日弁連という団体がありますが、みなさんぜひ一度調べてみてください。本稿ではあえて触れませんが、驚くべきことが分かります。

この吉田の文章が、ヘイトスピーチであることについて、法務省のホームページを開いて、確認されたい。http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html

ヘイトスピーチ、許さない。(”Stop Hate Speech”)
  令和元年6月3日(月)で「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)」,いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」の施行から3年を迎えました。
 我が国におけるヘイトスピーチ問題への理解は進んできてはいるものの,いまだ国民全体に理解が広まったとは言えません。
 法務省の人権擁護機関においては,ヘイトスピーチは許されないという意識をより一層普及させるため,引続き広報・啓発活動を行ってまいります。

ヘイトスピーチって何なの?
 特定の国の出身者であること又はその子孫であることのみを理由に, 日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとしたりするなどの 一方的な内容の言動が,一般に「ヘイトスピーチ」と呼ばれています。
  例えば,
(1)特定の民族や国籍の人々を,合理的な理由なく,一律に排除・排斥することをあおり立てるもの  
  (「○○人は出て行け」,「祖国へ帰れ」など
(2)特定の民族や国籍に属する人々に対して危害を加えるとするもの   
 (「○○人は殺せ」「○○人は海に投げ込め」など)
(3)特定の国や地域の出身である人を,著しく見下すような内容のもの  
 (特定の国の出身者を,差別的な意味合いで昆虫や動物に例えるものなど)

以上でお分かりのとおり、吉田嘉明の【DHC会長独占手記】は、典型的なヘイトスピーチなのだ。

もう一つ。国連の文書を挙げておこう。
2014年8月20日の自由権規約委員会「日本の第6回定期報告に関する総括所見」である。

そのなかに、「ヘイトスピーチ及び人種差別」と表題する章があり、次のようにしるされている。

「委員会は,韓国・朝鮮人,中国人,部落民といったマイノリティ集団のメンバーに対する憎悪や差別を煽り立てている人種差別的言動の広がり,そしてこうした行為に刑法及び民法上の十分な保護措置がとられていないことについて,懸念を表明する。委員会は,当局の許可を受けている過激派デモの数の多さや,外国人生徒を含むマイノリティに対し行われる嫌がらせや暴力,そして「Japanese only」などの張り紙が民間施設に公然と掲示されていることについても懸念を表明する。
締約国は,差別,敵意,暴力を煽り立てる人種的優位性や憎悪を唱道する全てのプロパガンダを禁止すべきである。また,こうしたプロパガンダを広めようとするデモを禁止すべきである。締約国はまた,人種差別に対する啓発活動に十分な資源を割り振り,裁判官,検察官,警察官が憎悪や人種差別的な動機に基づく犯罪を 発見するよう研修を行うようにすべく,更なる努力を払うべきである。
締約国はまた,人種差別的な攻撃を防止し容疑者らを徹底的に捜査・訴追し,有罪の場合には適切な処罰がなされるよう必要な全ての措置を取るべきである。」

これが、ヘイトスピーチについての国際的な合意点である。吉田嘉明は「BPOは正気か」と言ったが、国際常識からすれば、吉田嘉明自身こそが、「正気か」と問われなければならないのだ。
(2019年6月22日)

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以下は、6月23日の加筆である。

6月22日の毎日夕刊に、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)伊達寛社長の就任1年インタビュー記事が掲載されていることに今朝(23日)になって気が付いた。大きく「『ニュース女子』放送内容への責任 自戒に」という見出し。同社長は、18年6月に就任以来の「反省の一年」について真摯に語っている。なるほど、なんの反省もない吉田嘉明とは、月とスッポン、提灯と釣り鐘。こういう局面で、本物と偽物・似非物との差が表れる。以下は、その該当部分の引用。

 伊達社長がMXの専務時代の17年1月には、別の番組「ニュース女子」で大きな問題が起きた。同番組が沖縄の米軍基地問題を扱い、基地反対派をテロップなどで「テロリストみたい」などと表現。「事実関係が違う」と批判が上がり、同年12月に放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会から「重大な放送倫理違反があった」と意見書で指摘された。MXはその約3カ月後、同番組を終了した。

 「ニュース女子」はスポンサーが番組枠を買い取り、その子会社が制作した番組を流す「持ち込み番組だった。スポンサーだった化粧品会社「DHC」は当時、MXにとって最大の取引先でもあった。伊達社長は「我々に深く反省すべきところがあった。放送で最も大事なことは信頼感。テレビ局は放送内容に責任を持たなければならない。多くのメディアから取材を受けたが、民放として答えづらいところもあり、(取材に対する)十分な対応ができず、さらに信頼を失った」と振り返る。

 社長就任後、最大の仕事は信頼回復だった。「社員も反省の1年を過ごした」と言う。昨年後半からは、会社の方向性を示す「企業メッセージ」の策定にも取り組んだ。部署を超えた若手社員が議論し、生まれたのが「つなげるテレビ」というキャッチフレーズ。「あらゆる声に耳を傾け、視聴者や業務上のパートナーと未来をつくるという願いを込めた。東京のテレビ局として積極的に町に出て行き、東京が抱える課題や悩みの解決の一助となる仕事をしたい」と話す。

この反省の姿勢は、立派なものだ。この反省あればこそ、MXは真っ当な企業として、社会に受け入れられることになる。すこしは吉田嘉明にも、これを見習う姿勢が欲しいところだが、今のところ、その片鱗も見ることができない。

 

「DHCスラップ反撃訴訟」次回(7月4日)結審の予定 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第156弾

法廷を満席にした傍聴参加の皆様、弁護団の皆様、大いに勇気づけられました。ありがとうございました。

私(澤藤)とDHC・吉田嘉明との間の「DHCスラップ・反撃訴訟」の山場となった本日の証拠調べ期日が終わった。吉田嘉明は、裁判所からの呼出を受けながら、出廷しなかった。私の反訴原告本人としての尋問があり、吉田に代る立場でということで、DHCの総務部長内海拓郎が証言した。

裁判所は、「もし、吉田嘉明が自ら出廷して尋問を受けるという申し出があれば、あらためての証拠調べ期日設定もありうる」と留保を付しつつも、次回を7月4日(木)午前10時30分と指定し、そこでの弁論終結予定とした。最終準備書面提出期限は、6月27日(木)。

私の尋問は、澤藤大河弁護士が担当した。内容は、ご紹介した「反訴原告本人陳述書」の要約である。裁判官に分かってもらいたかったのは、次のようなことだ。

「誰にでも民事訴訟を提起する権利があるのだから、被告となる者は応訴負担を甘受せざるを得ない」「裁判は判決に至らぬ内は勝ち負けが分からないのだから、提訴不当とは言いがたい」などと、そこで判断停止してもらっては困るのだ。

スラップとは、提訴だけで被告に大迷惑をかける行為なのだ。被告とされた者は、裁判に勝ってもなお、迷惑が残ることになる。スラッブを掛ける方は、裁判に負けても、なお提訴の目的を達することができる。提訴の目的とは、提訴の威嚇によって自分に対する批判の言論を封じることなのだから。

普通は、十分な勝訴の見込みがなければ提訴はしない。敗訴ともなれば、手間暇かけたうえに費用倒れになってしまうのだから。しかし、スラップでは事情が大きく異なる。提訴を起こそうという者が、勝訴の見込みの有無に関心が薄い。とにもかくにも、提訴だけで被告となる者に大きな負担をかけようという狙いがあるからだ。

提訴だけで言論を封じる効果を求めるとなれば、高額請求の訴訟が必然となる。高額訴訟は、心理的な圧力にもなり、応訴の負担が高額にもなるからだ。

私は、本件DHCスラップ訴訟について、勝訴の見込みは当初よりなかったものと考えている。名誉毀損とされた私の言論は、純粋に政治的な言論である。極めて公共性・公益性が高い。それだけではなく、私の言論が踏まえている事実は、吉田嘉明自身が週刊新潮誌上で自ら公表した事実を超えるものではない。これで、名誉毀損が成立するはずがない。

しかも、私の事例では、2000万円の賠償請求金額を、提訴批判のブログを理由に、6000万円への請求の拡張を行っている。黙れと言っても、黙らないからの請求金額3倍増である。明らかに、追加の請求原因が4000万円増に見合うようなものではあり得ない。

内海証人に対する裁判長の質問が、心証の一端を伺わせるものとして、興味深いものだった。
裁判長は、同証人に吉田嘉明の新潮手記を示して、その内容が吉田自身のものであることを確認の上、私の印象に残る限りで2点の疑問を表明した。正確には、速記録ができてから再度お伝えするが、以下は私の印象。

その一つは、「証人は、この手記を批判する言論について、(吉田の渡辺への金銭提供の)動機に関して『事実無根』というが、証人自身が『事実無根』と言うことはできないのではないか」。

そして、もう一つが、「この手記に対する批判の言論があることは、十分に予想されるところではなかったか」「そのような批判の言論に対しては、提訴は控えた方がよいというアドバイスは、証人からはしなかったか。顧問弁護士からはなかったのか」というもの。

以上の2点、いずれも示唆的である。さて、次回結審の予定で、最終準備書面の作成に取りかかろう。
(2019年4月19日)

反訴原告本人(澤藤)陳述書《その5》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第155弾

私(澤藤)とDHC・吉田嘉明との間の「DHCスラップ・反撃訴訟」の山場となる次回証拠調べ期日がいよいよ明日(4月19日)である。常識的には、双方が2か月ほど後に最終準備書面を提出して結審となる見通しだが、場合によっては明日の法廷での結審もありうる。ぜひ、法廷傍聴をお願いしたい。

明日の法廷の予定は下記のとおり。

☆日時 4月19日(金)午後1時30分~
 法廷 東京地裁415号(4階)

☆証拠調べの順序は、
 最初に反訴原告本人(澤藤)の尋問
  主尋問30分 反対尋問30分。
 次に、証人のUさん(DHC総務部長)。
  主尋問20分 反対尋問30分。
 その次に、反訴被告本人(吉田嘉明)。
  主尋問30分 反対尋問30分の予定。

もっとも、以上は裁判所が決定した予定のスケジュールであって、必ずこのスケジュールのとおりに進行するかは予断を許さない。通常は九分九厘まで裁判所の決定のとおりに証拠調べは進行するのだが、吉田嘉明は証拠決定後に、出頭したくないと言い出した。裁判所は、「出頭しなさい」と吉田宛に呼出状を発送し、これが本人に送達されていることは確認されている。にもかかわらず、吉田嘉明は重ねて出廷したくないと言ってきた。これに、反訴原告(澤藤)側が怒りの意見書を提出して、吉田嘉明に出廷を求めている。この人、とうてい尋常な社会人の感覚を持ち合わせていない。

吉田嘉明の本人尋問申請は、反訴原告(澤藤)側からしたものである。吉田嘉明の私に対する提訴の動機や意図は、客観事情からの推測にとどまらず、吉田本人から直接に語ってもらう必要があるからだ。裁判所はその言い分を認め、審理に必要だとして吉田嘉明に出頭して尋問に応じるよう命じているのだ。裁判所かそれならやむを得ないと納得できる正当な理由のない限りは、出頭して尋問を受けることが吉田嘉明の日本国民としての義務である。そして今、吉田嘉明は出頭を拒否する正当な理由を示し得ていない。

結局、吉田嘉明とは、著しく遵法精神を欠く人物というほかはない。吉田も、吉田を説得しようとしない代理人弁護士(今村憲)もまったく真摯さに欠ける訴訟追行の姿勢と指摘せざるを得ない。

さて、一連のこの事件。最初に法的手段に訴えたのは、DHC・吉田嘉明の方だ。私のブログでの吉田嘉明批判を快しとせず、2000万円という高額請求訴訟の提起で恫喝して言論萎縮を狙た典型的なスラップ訴訟。ところが、そのスラップ提起が恫喝の効果薄いとみるや、何と6000万円に請求金額を増額したのだ。このバカげた訴訟は、最高裁まで引っ張られたが、私の勝訴で確定した。

第2ラウンドの訴訟も、DHC・吉田嘉明の側から仕掛けられた。DHC・吉田嘉明が、私を被告として債務不存在確認訴訟を提起したのだ。これに、反訴として、私が、スラップ提訴の違法を請求原因とする損害賠償の反訴を提起した。その本訴は取り下げられ、私が反訴原告でDHC・吉田嘉明が反訴被告の反訴事件だけが今なお続いている。

ところで、尋問を受ける者は陳述書を提出する慣行が定着している。限りある尋問時間では述べ切れない言い分も言える。反対尋問者に不意打ちをさせないという配慮もある。私も、4月2日付けの陳述書を作成して、翌3日に裁判所提出した。冒頭が下記のとおりである。

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平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件
反訴原告 澤藤統一郎
反訴被告 吉田嘉明,株式会社ディーエイチシー

2019年4月2日

反 訴 原 告 本 人 陳 述 書

東京地方裁判所民事第1部合議係御中

反訴原告本人  澤 藤 統一郎

目   次

はじめにー本陳述書作成の目的と概要
1 私の経歴
2 ブログ「憲法日記」について
3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題問題の視点
7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
12 本件反訴提起の動機と意味
13 損害について
14 反訴被告の応訴態度について
おわりにー本件判決が持つであろう意味

目次を見ていただいてもお分かりのとおり、やや長文であるが、これを分けて、掲載している。読むに値するものと思うし、読み易いとも思う。

「はじめにー本陳述書作成の目的と概要」
「訴訟大詰めの反訴原告本人陳述書 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第151弾」(2019年3 月28 日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12321
「反訴原告本人(澤藤)陳述書《その2》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第152弾」(2019年4月8日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12389

「反訴原告本人(澤藤)陳述書《その3》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第153弾」(2019年4月11日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12409

「反訴原告本人(澤藤)陳述書《その3》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第154弾」(2019年4月16日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12409

そして本日、以下のとおり陳述書の下記部分を掲載する。

11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
12 本件反訴提起の動機と意味
13 損害について
14 反訴被告の応訴態度について
おわりにー本件判決が持つであろう意味**************************************************************************

11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
もとより民事訴訟の提起は、国民に等しく認められた権利です。これを、憲法32条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と人権カタログのひとつとして挙示しています。
法や裁判所がなければ、この世は実力だけがものを言う野蛮な社会となります。権力や社会的な強者の横暴に泣き寝入りすることなく、弱者が自分の権利救済の盾とも槍ともするものが法であり、その権利救済を実現する場として駆け込むところが裁判所です。
しかし、DHC・吉田嘉明が私を被告としたスラップ訴訟はそんな範疇とはまったく別物といわねばなりません。訴訟本来の目的から逸脱した提訴は、訴権の濫用として違法となり、提訴自体が不法行為として損害賠償請求の責任を生じることにならざるを得ません。裁判制度の利用まで、カネの力次第として濫用を許してはならないと思うのです。
今のところ、訴訟提起自体を違法とすることについての基準としては、1988(昭和63)年1月26日最高裁判決がリーディングケースとされています。同判決は、「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られるものと解するのが相当である。」と判示しています。提訴して敗訴したというだけでは違法な提訴をしたことにはなりませんが、言論の封殺を目的とするDHC・吉田嘉明の私に対する提訴は異質なものといわねばなりません。
この点について、前記最高裁判決はこうも言っています。訴訟提起が違法になる場合として、「…当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的に根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起した場合…」。DHC・吉田嘉明の、私に対するスラップ提訴は、「事実的、法律的に根拠を欠くもの」という客観要件を明らかに具備しています。しかも、吉田嘉明は、「訴えが事実的、法律的に根拠を欠き敗訴必至なことを知っていた」。少なくも、「通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起した」のです。いったい何のためにそのような訴訟を提起したのか。明らかに、自分への批判の言論を封殺するために、なのです。だから、認容されるはずもない、とんでもない高額請求の訴訟となっているのです。
DHC・吉田嘉明の私(澤藤)に対する提訴は、「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる」ものとして、その提訴自体が違法といわねばなりません。とりわけ、異様な請求拡張の違法は、明々白々というしかありません。

12 本件反訴提起の動機と意味
DHCと吉田嘉明が、私(澤藤)に6000万円を請求した前訴のスラップ訴訟。その提訴の動機は、明らかに民事訴訟提起による高額請求という手段で恫喝して、言論を封殺することにありました。では、誰の言論を封殺し、誰の言論を萎縮させようと狙ったか。別の言い方をすれば、被害者は誰だったのでしょうか。
被告とされた私自身が被害者であることは明らかです。吉田嘉明は、私を見くびって高額請求の訴訟提起で脅かせば、へたれて吉田嘉明批判を差し控えるだろうと思い込んだのです。もしかしたら、高額請求訴訟を提起すれば、訴訟の長期継続を避けるために、和解も可能と思ったのかも知れません。予想に反して、私が自前のブロクを武器に猛烈な反撃を始めるや、吉田嘉明は、当初の請求金額では脅しに不十分と見たのでしよう。3倍増しての請求までして恫喝しているのです。
私は、友人たちの支援を得て応訴して勝訴しました。しかし、応訴は最高裁まで付き合わされました。請求棄却、控訴棄却、上告受理申立不受理決定で、私(澤藤)の勝訴が確定したのでずか、どうしても釈然としません。
私は降りかかる火の粉を払いはしましたが、その限りでの現状です。降りかかる火の粉を払うための労力や時間のロスや金銭的負担については、何の填補もなされてはいません。これが、いささかなりとも原告の提訴ももっともだと思える通常の事件なら我慢もできますが、明らかないやがらせ目的訴訟でやられ損ということに到底納得できません。極めて不愉快な思いをさせられたことに対する精神的損害の慰謝料を含んで、相応の賠償請求が必要だと痛感しています。
また、このスラップ訴訟の被害者は、私一人ではないと思うのです。既述のとおり、DHC・吉田嘉明の8億円裏金事件に関する言論封殺訴訟は10件に及んでいますが、彼が意図したのは社会に対するアピールでした。社会は、「吉田嘉明を批判すると面倒なことになる」「面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだ」「だから吉田嘉明を刺激せずに批判は差し控えた方が賢い」と受けとめています。
乙15に表れた、具体的な事例がその典型です。DHCの社員が、吉田嘉明批判のネット記事を抹消するよう請求し、請求された側は不当と思いつつも、スラップの提訴を恐れて萎縮し、抹消の請求に応じているのです。
社会のこの受け止め方は、現在払拭されていません。今はまだ、DHC・吉田嘉明が意図したスラップ提起による言論萎縮の効果は一定程度残っているものと考えざるを得ません。
そこで、私は、DHC・吉田嘉明を相手に、スラップ提訴は違法な行為であることをきちんと裁判所に認めていただくことが必要だと思うのです。DHC・吉田嘉明の提訴自体が不法行為として許されないという判決が、最も有効なスラップに対する抑止の効果を発揮して、表現の自由を擁護することになります。そのような思いから、この反訴を提起したことをご理解ください。

13 損害について
本件反訴において請求の損害額の根拠は、反訴状に記載のとおりです。
概要としては、前訴に応訴のための弁護士費用500万円、前訴の提起による慰謝料100万円と、それに反訴提起の弁護士費用60万円を加算したものになります。
まず、前訴の弁護士費用が相当因果関係のある損害となります。訴額6000万円の名誉毀損訴訟に応訴して勝訴したのです。しかも、一審、控訴審、最高裁(上告受理申立事件)までのフルコースでのこと。弁護士費用の適正額が、500万円を下回ることはありません。
訴訟実務では、弁護士費用は現実の負担額ではなく、事件の訴額や難易度にふさわしい類型化した金額になるものと認識しています。反訴被告らの違法な提訴に、私は弁護士を代理人として争うことを余儀なくされました。計110名の弁護士が私の代理人に就任してくれましたが、十分な報酬支払いはできていません。
(旧)日弁連報酬等基準規程によれば,経済的利益の額が6000万円の場合における弁護士費用の標準額は,着手金249万円,報酬金498万円とされています。この旧規定は今なお、適正な弁護士費用を算定するための基準として,現在も広く用いられています。少なくとも500万円が、私の弁護士報酬分の損害として認められるべきです。
また、前訴の提起自体によって、この上ない不快感や困惑を味合わされました。応訴による肉体的,時間的,精神的負担も余儀なくされました。その慰謝料額は100万円が相当だと考えます。
さらに、反訴提起のための弁護士費用として、請求金額の10%である、60万円が相当であるものと考えます。
自分がスラップの標的とされ、自分自身問題として、違法訴訟の被害を体験しました。経済力を持っているものが、思うがままに濫訴をしていることを不愉快と思わざるを得ません。DHC・吉田嘉明らのスラップ提訴への応訴の損害を請求額6000万円の10%である600万円を認めていただき、その損害についての賠償実現のための反訴提起費用の弁護士費用としてさらにその10%。合計660万円の損害賠償請求を認容していただけるものと期待しています。

14 反訴被告の応訴態度について
前訴の提起や、前訴係属中の異様な請求の拡張がどのような意図や動機に基づいてなされたかは、本件の核心的な争点の一つです。当然のことながら、この核心的な争点を明確にするためには、反訴被告吉田嘉明本人に法廷で語ってもらうことが不可欠です。
私は、外形的な事情だけから前訴の提起も、前訴における異様な請求の拡張も、吉田批判の言論封殺を目的とした濫訴であると確信していますが、裁判所の心証がどうであるかについてまでは確信に至っていません。
反訴原告側から、この争点に関する反訴被告吉田嘉明本人尋問の申請をして、裁判所もその必要を認めて採用を決定しました。しかし、彼は理由らしい理由を述べることを放棄して、ともかく出廷しないという態度を明らかにしています。
彼が一応の不出廷の理由として挙げていることは、内海拓郎証人の証言で足りるというものですが、彼自身がそう思っているはずはありません。会社の提訴意思決定の経過や動機についても、ワンマンとして知られている吉田の意向が重要ですが、吉田嘉明本人の提訴意思決定の経緯や意図・動機・目的については、内海拓郎証人が代わって語る資格も術もないことが明らかです。しかも、裁判所は内海証人と併せて吉田尋問の採用を決定したのですから、裁判所が内海証言だけでは足りず、吉田本人の尋問の必要あるとに心証に至っていることはよく分かっているはずなのです。
本人尋問採用の決定があった以上は、吉田嘉明には出廷すべき義務があります。しかし、彼は公然とその義務の履行を拒否しているのです。彼の、法に対する姿勢がよく表れていると思います。彼には、遵法の精神がないと言わざるを得ません。
そもそも、私とのここまでの関わりは、徹頭徹尾彼が主導してきました。まず、渡辺喜美に巨額の政治資金を拠出したのが発端。渡辺との関係が壊れると自らカネを渡していたことを週刊誌に手記として暴露して公表。そのことを批判されるとスラップ訴訟を提起し、スラップ批判をされると異様な請求の拡張。スラップ訴訟で敗訴が確定すると、自ら原告となって債務不存在確認請求訴訟の提起。そして、ようやくにして本件反訴損害賠償請求事件にたどり着いているのです。
私は、突然に訴えられて2000万円の請求で驚いているところに、6000万円に請求金額を跳ね上げられ、一審勝っても、高裁・最高裁まで付き合わされ、2度目の訴訟まで提起されて、応訴を余儀なくされた立場なのです。
私はどうしても納得ができません。吉田嘉明批判は、すべて新潮手記の範囲です。これを批判されたのは、身から出た錆というしかありません。なのに、他人が批判したら、それはけしからん許せんというスラップ訴訟の提起。ついで、「スラップ批判」に過剰反応した異様で異常な請求額6000万円への3倍増。さらに、控訴も上告受理申立も、債務不存在確認請求の本訴を仕掛けなど、積極的に動いてきた吉田嘉明が、どうして法廷に出て来ようとしないのか。自分のしてきたことに、よほど自信がないのだろうと忖度せざるを得ません。
吉田の不出頭は、明らかな証明妨害に当たるものと考えます。相応の制裁措置があってしかるべきだと思います。

おわりにー本件判決が持つであろう意味
この反訴は、言論の自由確立に大きな意義をもつものと考えられます。
仮にもし、これほどあからさまで悪質な違法訴訟に、何の法的制裁も行われないこととなれば、スラップ横行の事態が生じかねません。
DHC・吉田嘉明のごときスラップ常習者が、自分を批判する言論を嫌っての高額賠償請求訴訟を頻発させることになるでしょう。財力のある者にとっては、「敗訴してもともと」「相手に応訴の負担をかけてやっただけ儲けもの」「こうすれば、他の人々も、自分を批判することは差し控えるだろう」と思うようになります。
社会は、「DHC・吉田嘉明のごときスラップ常習者を批判することは差し控えた方が賢明」と言論を萎縮することになりかねません。
現実に、DHCの担当社員は、DHC・吉田嘉明に対するネット上の批判の言論を削除するよう要請して回り、要請された側が不本意ながらも「あそこ(DHC・吉田嘉明)は、本気になって訴訟を提起してくる」からと、批判の記事を削除している実例があり、これを乙号証で提出しています。
スラップにお咎めなしとなれば、濫訴が横行する事態を招くことになるでしょう。そのとき、市民とメデイアの言論は萎縮し、権力者や経済的強者への断固たる批判の言論は、後退を余儀なくされることなります。そのことは、権力と経済力が社会を恣に支配することを意味します。言論の自由と、言論の自由に支えられた民主主義政治の危機というほかはありません。
既述のとおり、本件スラップ訴訟は、けっして私の言論だけを封殺の標的にしているのではありません。私に、あるいは関連スラップ訴訟被告の他の9人に対しスラップ訴訟を仕掛けることによって、同じような発言をしている、あるいはしようとしている無数の潜在的表現者を威嚇し萎縮させて、潜在的言論封殺効果を狙っているのです。だから私は、自分ひとりが勝訴しただけでは喜べない立場にあります。
本件不当訴訟を仕掛けたことに対して、DHC・吉田やこれを幇助したその取り巻きに対する相応のペナルティがなければ、スラップ訴訟は「やり得」に終わってしまいます。やり得を払拭し、再発の防止の効果を挙げるためには、スラップを違法として、相応の制裁がなければなりません。
以上のとおり、本件は優れて憲法21条の問題ではありますが、それだけではなく政治資金規正法の理念の問題でもあり、消費者問題と規制緩和の問題でもあり、民事訴訟を濫用しての言論萎縮効果の問題でもあります。これらの問題にも十分配慮され、公正かつ妥当な判決の言い渡しによって、貴裁判所がその職責を果たされるよう、強く期待申し上げる次第です。

以  上

(2019年4月18日)

反訴原告本人(澤藤)陳述書《その4》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第154弾

私(澤藤)とDHC・吉田嘉明との間の「DHCスラップ・反撃訴訟」の山場となる次回証拠調べ期日が目前である。当日の予定は下記のとおり。

常識的には、次々回に最終準備書面を提出して結審となる見通し。場合によっては次回の法廷での結審もありうる。ぜひ、法廷傍聴をお願いしたい。

☆日時 4月19日(金)午後1時30分~
 法廷 東京地裁415号(4階)

☆証拠調べの順序は、
 最初に反訴原告本人(澤藤)の尋問
  主尋問30分 反対尋問30分。
 次に、証人のUさん(DHC総務部長)。
  主尋問20分 反対尋問30分。
 その次に、反訴被告本人(吉田嘉明)。
  主尋問30分 反対尋問30分の予定。

もっとも、以上は裁判所が証拠決定したスケジュールであって、必ずこのスケジュールのとおりに進行するかは予断を許さない。通常は九分九厘まで裁判所の決定のとおりに証拠調べは進行する。ところが、吉田嘉明は証拠決定後に、出頭したくないと言い出した。裁判所は、「出頭しなさい」と吉田宛に呼出状を発送し、これが本人に送達されていることは確認されている。にもかかわらず、吉田嘉明は重ねて出廷したくないと言ってきた。これに、反訴原告(澤藤)側が怒りの意見書を提出して、吉田嘉明に出廷を求めている。この人、とうてい尋常な社会人ではない。

吉田嘉明の本人尋問申請は、反訴原告(澤藤)側からしたものである。吉田嘉明の私に対する提訴の動機や意図は、客観事情からの推測にとどまらず、吉田本人から直接に語ってもらう必要があるからだ。裁判所はこれを認め、審理に必要だとして吉田嘉明に出頭して尋問に応じるよう命じているのだ。裁判所において、それならやむを得ないと納得できる正当な理由のない限りは、出頭して尋問を受けることが吉田嘉明の日本国民としての義務である。そして今、吉田嘉明は出頭を拒否する正当な理由を示し得ていない。

結局、吉田嘉明とは、著しく遵法精神を欠く人物というほかはない。吉田も、吉田を説得しようとしない代理人弁護士(今村憲)もまったく真摯さに欠ける訴訟追行の姿勢と指摘せざるを得ない。

さて、一連のこの事件。最初に法的手段に訴えたのは、DHC・吉田嘉明の方だ。私のブログでの吉田嘉明批判を快しとせず、2000万円という高額請求訴訟の提起で恫喝して言論萎縮を狙た典型的なスラップ訴訟。ところが、そのスラップ提起が恫喝の効果薄いとみるや、何と6000万円に請求金額を増額したのだ。このバカげた訴訟は、最高裁まで引っ張られたが、私の勝訴で確定した。

第2ラウンドの訴訟も、DHC・吉田嘉明の側から仕掛けられた。DHC・吉田嘉明が、私を被告として債務不存在確認訴訟を提起したのだ。これに、反訴として、私が、スラップ提訴の違法を請求原因とする損害賠償の反訴を提起した。その本訴は取り下げられ、私が反訴原告でDHC・吉田嘉明が反訴被告の反訴事件だけが今なお続いている。

ところで、尋問を受ける者は陳述書を提出する慣行が定着している。限りある尋問時間では述べ切れない言い分も言える。反対尋問者に不意打ちをさせないという配慮もある。私も、4月2日付けの陳述書を作成して、翌3日に裁判所提出した。冒頭が下記のとおりである。

**************************************************************************
平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件
反訴原告 澤藤統一郎
反訴被告 吉田嘉明,株式会社ディーエイチシー

2019年4月2日

反 訴 原 告 本 人 陳 述 書

東京地方裁判所民事第1部合議係御中

反訴原告本人  澤 藤 統一郎

目   次

はじめにー本陳述書作成の目的と概要
1 私の経歴
2 ブログ「憲法日記」について
3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題問題の視点
7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
12 本件反訴提起の動機と意味
13 損害について
14 反訴被告の応訴態度について
おわりにー本件判決が持つであろう意味

目次を見ていただいてもお分かりのとおり、やや長文であるが、これを分けて、掲載している。読むに値するものと思うし、読み易いとも思う。

「はじめにー本陳述書作成の目的と概要」
「訴訟大詰めの反訴原告本人陳述書 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第151弾」(2019年3 月28 日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12321
「反訴原告本人(澤藤)陳述書《その2》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第152弾」(2019年4月8日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12389

「反訴原告本人(澤藤)陳述書《その3》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第153弾」(2019年4月11日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12409
そして本日、以下のとおり陳述書の下記部分を掲載する。

8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」

私の最も強調したいところである。
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8 DHC・吉田嘉明の前訴提起の目的とその違法
経済的な強者が財力にものを言わせて、自分への批判の言論を行った者を標的に、その言論封殺を目的とする民事訴訟が「スラップ訴訟」です。
もちろん、厳密な定義がある用語ではありません。命名よりも事実が先行し、言論封殺の動機をもった一群の濫訴を「スラップ」と名付けたものです。この命名は、民事訴訟制度が本来的に想定している提訴とは異なる、不当・違法な訴訟類型の存在を意識化し明確化する役割を果たしました。「スラップ」であるという指摘が、社会にも法曹にも、的確なアピールとして作用します。そのことを通じて、表現の自由を擁護しようという訴訟実務に、役立てたいと思っています。
いうまでもなく、民事訴訟の提起には手数料を要します。よほど単純な訴えでない限り、訴訟代理人として弁護士を依頼しなければなりません。当然に弁護士報酬の負担が必要です。これらの費用負担は正当な提訴のハードルにもなるとして批判的に論じられますが、同時に濫訴防止に役だってもいます。
通常人が提訴するに際しては、相当に高額の費用負担を覚悟しなければならないのですから、提訴前には勝訴の見込みを真剣に考えざるを得ません。請求金額も負担すべき費用額に関連しますから、むやみに高額な請求もできないことになります。
ところが、スラップの場合はまったく話が違ってきます。批判の言論を封殺することが提訴の目的なのですから、まず、提訴ありきなのです。真剣に勝訴の見込みの有無の検討がなされる必要はないことになります。請求金額は恫喝の効果による言論萎縮を期待するに十分なものでなければなりません。当然に、相当の費用がかかることになりますが、カネを惜しまずに敢えて提訴するところに、スラップの本領があるのです。
通常は、可能な限り費用の嵩む訴訟を避けようとするインセンティブが働きます。事前の交渉で示談が可能か否かを打診するのが受任した弁護士のセオリーといって差し支えないのです。内容証明郵便での請求をし真摯な姿勢で交渉すれば、どこかでまとまることが多いのです。だれも、訴訟の負担は避けたいというのが本音なのですから。ところが、スラップでは事情が異なります。ともかく、提訴によって、自分を批判する者を恫喝し、言論を萎縮させようというのですから、事前の交渉などは無用なのです。
本件訴訟に乙13号証として、経済誌「エコノミスト」の2005年4月26日号の記事が提出されています。標題が、「武富士名誉毀損訴訟判決の波紋 『言論封じの訴訟乱用』に歯止め」というものです。「批判的言論を抑圧するために裁判を起こすのは許されない――。武富士が起こした名誉毀損訴訟で、東京地裁が出した判決は、報道の自由に大きな意味を持っている。」というリードが付いています。 当時、「スラップ訴訟」という用語は知られていませんでした。しかし、消費者金融の最大手である武富士が起こした消費者問題に携わる弁護士たちに対する名誉毀損訴訟は、まさしくスラップ訴訟でした。これに反撃した消費者弁護士や出版社の問題意識は、「高額損害賠償請求訴訟を武器とする、金ある者の言論萎縮のたくらみを許さない」というものでした。この記事の中に、「いきなり訴えるのは、『批判的言論の抑圧』」と小見出しがあります。本件の吉田嘉明のやり口に対する批判ともなっています。
さらに、興味深いことは、その記事の中にDHCの労働組合へのスラップが、不当な同種(スラップ)訴訟として取り上げられていることです。そして、下記の私(澤藤)のコメントも引用されています。
『武富士の闇を暴く』訴訟(被告側)弁護団長の澤藤統一郎弁護士は、「どんなに根拠のない訴えでも裁判に応じる負担はたいへんで、面倒に巻き込まれたくないという萎縮効果が働く。それを見越して、気に入らない出版や弁護士業務、労働運動の妨害のための高額訴訟が横行しているが、今回の判決はそれに対する歯止めとなるものだ」と”藤山判決”を高く評価する。

『武富士の闇を暴く』訴訟では、私(澤藤)が武富士の提起したスラップ訴訟の被告側(そして反訴原告側)弁護団の代表でした。まさか、10年後に、自分自身の問題となろうとは考えてもいなかったのです。武富士をDHCに、武富士のオーナーだった武井保雄を、吉田嘉明に置き換えると、よく似た構図が浮かびあがってきます。”藤山判決”は、反訴の損害賠償請求を認容し、高裁判決も積極的にこれを支持しました。本件でも、同様でなければなりません。

9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
私が被告とされた前訴が典型的なスラップ訴訟です。私の口を封じようとしたのはDHC会長の吉田嘉明。彼が不愉快として封じようとした私の言論は、ブログ「憲法日記」に書いた3本の記事。政治とカネにまつわる政治的批判の言論。そして吉田嘉明の政治資金提供の動機を規制緩和を通じての営利追求にあるとした、消費者問題の視点からの指摘の言論です。これらが社会的に有用な言論であることは既述のとおりです。
吉田嘉明が私をだまらせようとして、2000万円の損害賠償請求訴訟を提起したことに疑問の余地はありません。私は、吉田嘉明から「黙れ」と恫喝されて、けっして黙ってはならないと決意しました。もっともっと大きな声で、何度も繰りかえし、吉田嘉明の不当を叫び続けなければならない。
言論萎縮効果を狙ったスラップに成功体験をさせてはならない、反撃意欲刺激効果によるスラップ失敗体験をさせなければならない。これが、私の決意でした。
幸いに友人たちが、大弁護団を結成して応訴の態勢を整えてくれました。私のできることは、同じブログでのDHC・吉田嘉明に対するスラップ批判です。そこで始めたのが、「『DHCスラップ訴訟』を許さない」シリーズの連載です。
現在このシリーズは150弾を越えています。読み直してみるとなかなかに充実した内容で、貴重な問題提起になり得ていると思います。
驚いたことに、吉田嘉明は、このうちの2本の記事が名誉毀損になるとして、請求原因を追加し、それまでの2000万円の請求を6000万円に拡張しました。この金額の積み上げ方それ自体が、本件提訴の目的が恫喝による言論妨害であって、提訴がスラップであることを自ら証明したに等しいと考えざるを得ません。
DHC・吉田嘉明の私に対するスラップ訴訟は、他の事件にはない幾つかの特徴をもっています。その特徴の筆頭が、この請求の拡張です。おそらくは、前例のないことなのだと思います。このこと一つだけでも、DHC・吉田嘉明の言論封殺の意図は明確なものと断じざるを得ません。
吉田嘉明は、まず私に「黙れ」と恫喝の民事訴訟を提起しました。しかし、私が黙らないとなると、2000万円の請求では恫喝効果に不十分であるとして、「今度こそ、黙れ」と6000万円の請求に増額したのです。この金額なら黙らせることができるだろうとの思惑での請求の拡張と推認されるのです。
推認の根拠の第一は、請求拡張の根拠として挙げられた、追加の請求原因に、およそ請求の拡張の根拠となるような請求原因事実を主張し得ていません。そのことは一見して明らかです。

やや長くなりますが、2000万円の請求が6000万円に拡張された日である2014年8月31日の、私のブログ「澤藤統一郎の憲法日記」を引用しておきます。当時の事情をよく分かっていただけると思います。
タイトルが、「これが、損害賠償額4000万円相当の根拠とされたブログの記事-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第20弾」というものです。

「本日、『DHCスラップ訴訟』で原告(DHCおよび吉田嘉明)からの「訴えの追加的変更申立書」に接した。私に対する損害賠償請求金額は、これまで2000万円だった。これを6000万円に拡張するという。4000万円の増額。一挙に3倍化達成である。
訴状においてDHC・吉田嘉明の名誉を毀損するとされた私のブログは、次の3本。再度ご覧いただけたらありがたい。いずれも、政治を金で買ってはならないという典型的な政治的批判の言論である。
http://article9.jp/wordpress/?p=2371 (2014年3月31日)
「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判
http://article9.jp/wordpress/?p=2386 (2014年4月2日)
「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻
http://article9.jp/wordpress/?p=2426 (2014年4月8日)
政治資金の動きはガラス張りでなければならない
これに追加して、新たに次の2本のブログもDHCおよび吉田嘉明の名誉を毀損するものだとされた。これまで、「DHCスラップ訴訟」を許さないシリーズは、第1弾~第19弾となっているが、そのうちの第1弾と第15弾の2本が取りあげられたのだ。
http://article9.jp/wordpress/?p=3036 (2014年7月13日)
いけません 口封じ目的の濫訴
-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第1弾
http://article9.jp/wordpress/?p=3267 (2014年8月8日)
「政治とカネ」その監視と批判は主権者の任務だ
-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第15弾
これまでは3本のブログ(その中の8か所の記載)で2000万円の請求。今度は、2本増やして合計5本のブログで6000万円。単純な差し引き計算では、「DHCスラップ訴訟」を許さない・シリーズの2本のブログが4000万円の請求増額の根拠。1本2000万円ということになる。
馬鹿げた話しだ。請求金額に何の根拠もないことを自ら語っているに等しい。要するに、「DHC・吉田批判を続けている限り、際限なく請求金額をつり上げるぞ」という、訴訟を武器にした恫喝にほかならない。

さて、4000万円増額の根拠となった2本のブログのどこが原告両名の名誉を毀損したものか。6か所あるという。以下のイタリック体の記載部分とされている。
「第1弾」5か所
いけません 口封じ目的の濫訴
②私はこの訴訟を典型的なスラップ訴訟だと考えている。
スラップSLAPPとは、Strategic Lawsuit Against Public Participationの頭文字を綴った造語だという。たまたま、これが「平手でピシャリと叩く」という意味の単語と一致して広く使われるようになった。定着した訳語はまだないが、恫喝訴訟・威圧目的訴訟・イヤガラセ訴訟などと言ってよい。政治的・経済的な強者の立場にある者が、自己に対する批判の言論や行動を嫌悪して、言論の口封じや萎縮の効果を狙っての不当な提訴をいう。自分に対する批判に腹を立て、二度とこのような言論を許さないと、高額の損害賠償請求訴訟を提起するのが代表的なかたち。まさしく、本件がそのような訴訟である。
③DHCは、大手のサプリメント・化粧品等の販売事業会社。通信販売の手法で業績を拡大したとされる。2012年8月時点で通信販売会員数は1039万人だというから相当なもの。その代表者吉田嘉明が、みんなの党代表の渡辺喜美に8億円の金銭(裏金)を渡していたことが明るみに出て、話題となった。もう一度、思い出していただきたい。
DHC側には、この批判が耳に痛かったようだ。この批判の言論を封じようとして高額損害賠償請求訴訟を提起した。訴状では、この3本の記事の中の8か所が、DHC・吉田嘉明の名誉を毀損すると主張されている。
原告側の狙いが、批判の言論封殺にあることは目に見えている。わたしは「黙れ」と威嚇されているのだ。だから、黙るわけにはいかない。彼らの期待する言論の萎縮効果ではなく、言論意欲の刺激効果を示さねばならない。この訴訟の進展を当ブログで逐一公開して、スラップ訴訟のなんたるかを世に明らかにするとともに、スラップ訴訟への応訴のモデルを提示してみたいと思う。丁寧に分かりやすく、訴訟の進展を公開していきたい。
「第15弾」1か所
⑥私は、主権者の一人として「国民の不断の監視と批判を求めている」法の期待に応えたのだ。ある一人の大金持ちから、小なりとはいえ公党の党首にいろんな名目で累計10億円ものカネがわたった。そのうち、表の金は寄付が許される法の規正限度の上限額に張り付いている。にもかかわらず、その法規正の限度を超えた巨額のカネの授受が行われた。はじめ3億、2度目は5億円だった。これは「表のカネ」ではない。政治資金でありながら、届出のないことにおいて「裏金」なのだ。万が一にも、私がブログに掲載したこの程度の言論が違法ということになれば、憲法21条をもつこの国において、政治的表現の自由は窒息死してしまうことになる。これは、ひとり私の利害に関わる問題にとどまらない。この国の憲法原則にかかわる重大な問題と言わねばならない。
読者には是非熟読いただきたい。そして、それぞれの常識でご判断いただきたい。これが果たして「違法」なのか。このような言論が違法と烙印を押されてよいものだろうか。4000万円の損害賠償に値するなどということが、一体考えられることだろうか。」

以上のイタリック体の文章を繋げてみて、果たしてこれが名誉を毀損する違法な言論でしょうか。そんなことはあり得ません。ましてや、4000万円もの損害賠償請求の根拠となり得るものでしょうか。明らかに牽強付会。異様で異常というほかはありません。
吉田嘉明には、請求の拡張によって私を恫喝するという方針が先にあり、その既定方針のもとブログの中から違法になりそうな材料を探してみたが、結局は見つけ出せなく、この程度のものを請求原因として列挙せざるを得なかったというのが、常識的に推認されるところです。

10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
かつて、まだスラップという言葉が定着していない頃、明らかに武富士が突出したスラップ常習企業でした。突出したスラップ常習企業には、突出したスラップ常習弁護士が専属していました。いま、その武富士の地位をDHCが継いでいます。武富士よりも遙かに大きな規模で。
2014年3月、吉田嘉明の週刊新潮手記が発表されると、政治資金8億円を裏金として受けとっていた「みんなの党」渡辺喜美に対して、ごうごうたる非難が巻きおこりました。8億円の内、3億円については借用証が作成されたとのことですが、5億円については貸金であることを示す資料はありません。カネの動きも、貸金にしては極めて不自然。そのほかにも、渡辺側の不動産を吉田嘉明が渡辺の言い値で購入したことも明らかとなりました。このような巨額のカネが、政治資金規正法にもとづく届出のない裏金として動いていたのです。
この事件について、メディアはまずは政治家である渡辺を対象に非難しました。このことは健全な現象であったかも知れません。しかし、私はカネで政治を動かそうとした吉田嘉明への批判をおろそかにしてはならないと考え、その旨を3件のブログに認めました。
同様の思いの人は、私の外にも数多くいて、吉田嘉明批判の論評は数え切れないほどありました。吉田嘉明が公表した手記を契機に、同じような吉田批判が、主としてミニコミに噴出したのは、吉田批判の言論が多くの人に共通した、普遍性をもつものであったことを物語っています。
おそらくは、自分が週刊誌で発表した手記の反応に、吉田自身がうろたえたのだと思います。彼は、批判されることに慣れていない狭量な人物として、自分の批判を許せないものと考えたのでしょう。スラップの提訴を思い立ちました。このあたりの詳細な経緯や提訴の動機は、吉田本人でなくては語り得ません。ぜひとも、法廷での尋問に答えてもらいたいところです。
吉田嘉明は、数多い吉田批判の言論の中から10件を選び、ほぼ同時期に、事前折衝もないまま、闇雲に訴訟を提起しました。明らかに、高額請求訴訟の提起を武器に、自分への批判の言論を委縮させ、更なる批判言論を封じ込めようという効果を狙ってのもの。それが常識的な判断というものです。
10件もの同種提訴の存在自体が、明らかに濫訴であることを物語っています。また、東京地裁に提起された訴訟10件の賠償請求額は最低2000万円、最高2億円です。私は当初「最低ライン」の2000万円でしたが、その後ブログに「口封じのDHCスラップ訴訟を許さない」と書き続けて、請求額は6000万円に増額となっています。
その10件のうち、◎◎◎◎弁護士(横浜弁護士会)が被告になっている事件が2015年1月15日に第1号判決となり、次いで3月24日に被告◎◎◎氏(評論家)についての第2号判決が、そして私の事件がこれに続く第3号判決として同年9月2日判決となりました。いずれも証拠調べ期日の設定もないまま、「原告完敗・被告完勝」の結果となったものです。これらの事件は、いずれも控訴棄却、上告受理申立棄却となって確定しています。
その他の事件で、DHC・吉田嘉明側の一部勝訴事件がありますが、これは「8億円裏金提供問題」批判とは無縁の事案に関しての一部勝訴です。こと、「8億円裏金提供問題」批判の言論を違法とした判決は1件もありません。
そのほかに、関連する2件の仮処分申立事件があり、それぞれに申立の却下決定(東京地裁保全担当部)と抗告却下決定(東京高裁)があって、すべてDHC・吉田嘉明側の言い分が斥けられています。
被告◎◎◎氏(評論家)に対する2015年3月24日東京地裁民事第23部合議部(宮坂昌利裁判長)の請求棄却判決(甲10の2)が注目されます。私のブログの論調に比較すれば、はるかに手厳しいツイッターでの批判の発言について、なんの躊躇もなく、名誉毀損も侮辱も否定して、原告の請求を棄却しています。注目すべきはこの判決の中に次のような判示があることです。
「そもそも問題の週刊誌掲載手記は、吉田嘉明が自ら『世に問うてみたい』として掲載したもので、さまざまな立場からの意見が投げかけられるであろうことは、吉田が当然に予想していたはずである」「問題とされているツイッターの各記述は、この手記の公表をきっかけに行われたもので、その手記の内容を踏まえつつ、批判的な言論活動を展開するにとどまるもので、不法行為の成立を認めることはできない」
吉田嘉明が週刊新潮に手記を発表して、「吉田自身が、政治家(みんなの党渡辺喜美)にカネを提供したことを暴露した」先行事実は、吉田嘉明が自ら『世に問うてみたい』として掲載したものでもあり、吉田自らが「私人性を放棄」して「自ら積極的に公人性を獲得した」と判断されるべきことでもあって、このような事情がある以上、前訴に勝訴の見込みないことは当然の事理といわねばなりません。(以下続く)

(2019年4月16日)

反訴原告本人(澤藤)陳述書《その3》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第153弾

私(澤藤)とDHC・吉田嘉明との間の「DHCスラップ・反撃訴訟」の次回期日が近づいてきた。
次回の法廷は審理の山場で、下記のとおりの証拠調べ期日となっている。常識的には、次々回に最終準備書面を提出して結審となる見通し。場合によっては次回の法廷で結審となることもありうる。ぜひ、法廷傍聴をお願いしたい。

☆日時 4月19日(金)午後1時30分~
 法廷 東京地裁415号(4階)

☆証拠調べの順序は、
 最初に反訴原告本人(澤藤)の尋問
  主尋問30分 反対尋問30分。
 次に、証人のUさん(DHC総務部長)。
  主尋問20分 反対尋問30分。
 その次に、反訴被告本人(吉田嘉明)。
  主尋問30分 反対尋問30分の予定。

もっとも、以上は裁判所が証拠決定したスケジュールであって、必ずこのスケジュールのとおりに進行するかは予断を許さない。通常は九分九厘まで裁判所の決定のとおりに証拠調べは進行する。ところが、吉田嘉明は証拠決定後に、出頭したくないと言い出した。裁判所は、「出頭しなさい」と吉田宛に呼出状を発送し、これが本人に送達されていることは確認されている。にもかかわらず、吉田嘉明は重ねて出廷したくないと言ってきた。これに、反訴原告(澤藤)側が怒りの意見書を提出して、吉田嘉明に出廷を求めている。この人、とうてい尋常な社会人ではない。

吉田嘉明の本人尋問申請は、反訴原告(澤藤)側からしたものである。吉田嘉明の私に対する提訴の動機や意図は、客観事情からの推測にとどまらず、吉田本人から直接に語ってもらう必要があるからだ。裁判所はこれを認め、審理に必要だとして吉田嘉明に出頭して尋問に応じるよう命じているのだ。裁判所において、それならやむを得ないと納得できる正当な理由のない限りは、出頭して尋問を受けることが吉田嘉明の日本国民としての義務である。そして今、吉田嘉明は出頭を拒否する正当な理由を示し得ていない。

結局、吉田嘉明とは、著しく遵法精神を欠く人物というほかはない。吉田も、吉田を説得しようとしない代理人弁護士もまったく真摯さに欠ける訴訟追行の姿勢と指摘せざるを得ない。

さて、一連のこの事件。最初に法的手段に訴えたのは、DHC・吉田嘉明の方だ。私のブログでの吉田嘉明批判を快しとせず、2000万円という高額請求訴訟の提起で恫喝して言論萎縮を狙た典型的なスラップ訴訟。ところが、そのスラップ提起が恫喝の効果薄いとみるや、何と6000万円に請求金額を増額したのだ。このバカげた訴訟は、最高裁まで引っ張られたが、私の勝訴で確定した。

第2ラウンドの訴訟も、DHC・吉田嘉明の側から仕掛けられた。DHC・吉田嘉明が、私を被告として債務不存在確認訴訟を提起したのだ。これに、反訴として、私が、スラップ提訴の違法を請求原因とする損害賠償の反訴を提起した。その本訴は取り下げられ、私が反訴原告でDHC・吉田嘉明が反訴被告の反訴事件だけが今なお続いている。

ところで、尋問を受ける者は陳述書を提出する慣行が定着している。限りある尋問時間では述べ切れない言い分も言える。反対尋問者に不意打ちをさせないという配慮もある。私も、4月2日付けの陳述書を作成して、翌3日に裁判所提出した。冒頭が下記のとおりである。

**************************************************************************
平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件
反訴原告 澤藤統一郎
反訴被告 吉田嘉明,株式会社ディーエイチシー

2019年4月2日

反 訴 原 告 本 人 陳 述 書

東京地方裁判所民事第1部合議係御中

反訴原告本人  澤 藤 統一郎

目   次

はじめにー本陳述書作成の目的と概要
1 私の経歴
2 ブログ「憲法日記」について
3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題問題の視点
7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
12 本件反訴提起の動機と意味
13 損害について
14 反訴被告の応訴態度について
おわりにー本件判決が持つであろう意味

目次を見ていただいてもお分かりのとおり、やや長文であるが、これを分けて、掲載している。読むに値するものと思うし、読み易いとも思う。

「はじめにー本陳述書作成の目的と概要」
「訴訟大詰めの反訴原告本人陳述書 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第151弾」(3月28日)に掲載
http://article9.jp/wordpress/?p=12321

1 私の経歴
2 ブログ「憲法日記」について
3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
「反訴原告本人(澤藤)陳述書《その2》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第152弾」(2019年4月8日)に掲載
http://article9.jp/wordpress/?p=12389

そして本日、以下のとおり陳述書の下記部分を掲載する。
5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題問題の視点
7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
DHC・吉田嘉明によって違法だと言われた私の言論の内容を解説したものである。

**************************************************************************
5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
私のDHC・吉田嘉明に対する批判は、純粋に政治的な言論です。吉田嘉明が、小なりとはいえ公党の党首に巨額のカネを拠出したことは、「カネで政治を買う行為にほかならない」というものです。
吉田嘉明は週刊新潮に掲載したその手記で、「私(吉田嘉明)の経営する会社…の主務官庁は厚労省です。厚労省の規制チェックは特別煩わしく、何やかやと縛りをかけてきます」と不満を述べています。その文脈で、「官僚たちが手を出せば出すほど日本の産業はおかしくなっている」「官僚機構の打破こそが今の日本に求められる改革」「それを託せる人こそが、私の求める政治家」と続けています。
もちろん、吉田嘉明自身、「自社の利益のために8億円を政治家に渡した」などと露骨に表現ができるわけはありません。しかし、吉田嘉明の手記は、事実上そのように述べたに等しいというのが、私の意見であり論評です。これは、吉田嘉明の手記を読んだ者が合理的に到達し得る常識的な見解の表明に過ぎません。そして、このような批判は、政治とカネにまつわる不祥事が絶えない現実を改善するために、必要であり有益な言論なのです。
政治資金規正法は、その第1条(目的)において、「政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるように」と規定しています。まさしく、私は、「不断の監視と批判」の言論をもって法の期待に応え、「民主政治の健全な発達に寄与」しようとしたのです。
吉田嘉明は、明らかに法の理念に反する巨額の政治資金を公党の党首に拠出したのです。しかも、不透明極まる態様においてです。この瞬間に、DHC・吉田嘉明は、政治家や公務員と同等に、いやそれ以上に拠出したカネにまつわる問題について国民からの徹底した批判を甘受し受忍すべき立場に立ったのです。これだけのことをやっておいて、「批判は許さない」と開き直ることは、それこそ許されません。

6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題の視点
私はブログにおいて、8億円の拠出が政治資金規正法の理念に反するというだけでなく、吉田嘉明の政治家への巨額拠出と行政の規制緩和との関わりを消費者問題としての視点から指摘し批判しました。
薬品・食品の業界は、国民の生命や健康に直接関わる事業として、厚労省と消費者庁にまたがって厳重な規制監督を受ける立場にあります。個々の国民に製品の安全に注意するよう警告しても無意味なことは明らかなのですから、国民に代わって行政が企業の提供する商品の安全性や広告宣伝の適正化についての必要な規制をしなければなりません。国民に提供される商品の安全を重視する立場からは、典型的な社会的規制である消費者行政上の規制を軽々に緩和してはならないはずです。しかし、企業は利潤追求を目的とする組織ですから、消費者の利益を犠牲にしても利潤を追求する衝動をもちます。業界の立場からは、行政規制は高コストであり、行政規制は業務拡大への桎梏と意識されます。規制を緩和すれば、できることなら規制を撤廃してしまえば、コストを押さえての利益の向上と、業務拡大とにつながると考えます。だから、行政規制に服する立場にある企業は、常になんとかして規制緩和を実現したいと画策するのです。これがきわめて常識的な見解です。私は、長年消費者問題に携わって、この常識を我が身の血肉としてきました。
私のブログ記事は、なんのために吉田嘉明が政治家(渡辺喜美)に巨額の裏金を政治資金として提供したのかという動機に関して、行政の規制緩和を狙ったものと指摘しました。釣り人が釣り針に高価な餌を付けるのは、大きな釣果を狙ってのこと。行政規制の厳しさに不満を述べる事業者が、規制緩和政策を標榜する政治家に裏金を提供するのは、行政の規制緩和による利益拡大を狙ってのこと。そう、推論することが健全な常識というほかはありません。
さらに、この時期におけるサプリメント業界の最大関心事は、機能性表示食品制度の導入問題にありました。この制度の導入こそが、吉田嘉明のいう「官僚機構の打破」の内実であると指摘したのです。このようなものの見方は、あまりにも当然の極めて常識的なものであって、このような常識的推論に立証を求められる筋合いのものではありません。
機能性表示食品制度の導入は、アベノミクスの「第3の矢」の目玉の一つでした。つまりは経済の活性化策として導入がはかられたもので、厳格な社会的規制の厳守という消費者利益の保護は二の次とされているのです。
なお、私がブログで引用した「大衆消費社会においては、民衆の欲望すらが資本の誘導によって喚起され形成される」とは、経済学の巨人と評されたガルブレイスの説示によるものです。彼は、一足早く消費社会を迎えていたアメリカの現実の経済が、消費者主権ではなく生産者主権の下にあることを指摘しました。彼の「生産者主権」の議論は、わが国においても消費者問題を論ずる上での大きな影響を及ぼしました。ガルブレイスが指摘するとおり、今日の消費者が自立した存在ではなく、自らの欲望まで大企業に支配され、操作される存在であるとの認識は、わが国の消費者保護論の共通の認識ーつまりは常識となっているものです。
このような基本認識のとおりに、現実に多くの消費者被害が発生しました。だから、政治や行政による消費者保護が必要なことは当然と考えられてきたのです。被害を追いかけるかたちで消費者保護の法制が次第に整備されてくるそのような時代に私は弁護士としての職業生活を送りました。ところが、それに対する事業者からの巻き返しを理論づけたのが「規制緩和論」です。「行政による事前規制は緩和せよ、いや撤廃せよ」「規制緩和なくして強い経済の復活はあり得ない」という経済成長優先が基調となっています。企業あるいは事業者にとって、消費者保護を目的とする規制は利益追求の障害なのです。消費者の安全よりも企業利益優先の規制緩和・規制撤廃の政治があってはじめて日本の経済は再生するというわけです。
アベノミクスの一環としての機能性表示食品制度は、まさしく経済活性化のための規制緩和です。コンセプトは、「消費者の安全よりは、まず企業の利益優先」「企業が情報を提供するのだから、あとは消費者の自己責任でよい」「消費者被害が出たら、事後の救済という対応でよい」という考え方です。消費者サイドからは、けっして受け容れることが出来ません。
結局、機能性表示食品制度は2015年4月から実施されました。報道では「機能性表示食品として消費者庁に届け出した食品の中には、以前、特定保健用食品(トクホ)として国に申請し、「証拠不十分」と却下されたものも交じっている」とされています。「トクホ落ち」という業界用語で語られる食品が、今や機能性表示食品として堂々と宣伝されることになったのです。まさしく、企業のための規制緩和策以外の何ものでもないのです。
吉田嘉明の手記が発表された2014年3月当時、機能性表示食品制度導入の可否が具体的な検討課題となっていました。「経済活性が最優先。国民の安全は犠牲になってもやむを得ない」という基本路線に、業界は大いに喜びました。国民の安全を最優先と考える側からは当然に反発の声があがりました。もちろん、日弁連も反対の立場を明確にしています。そのような時期に、私は機能性表示食品制度導入問題に触れて、「DHC吉田が8億円出しても惜しくないのは、サプリメント販売についての『規制緩和という政治』を買い取りたいからなのだと合点がいく」とブログに表現をしました。まことに有益で適切な指摘だったと思っています。
この有益な私の言論を違法と言う、DHC・吉田嘉明の側がおかしいのです。ましてや、高額な慰謝料請求の民事訴訟を提起するなどは、言論封殺の目的以外にその動機は考えられないところです。

7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
2014年4月16日提訴の前訴は、同年の8月31日に、請求拡張となりました。2000万円の請求が6000万円に跳ね上がったのです。
その根拠とされたのが、私が前訴の提起をスラップ訴訟として糾弾を始めたブログの記事です。
私のブログ「澤藤統一郎の憲法日記」に新シリーズとして、「DHCスラップ訴訟を許さない」を始めました。その第1弾から始まって、第19弾まで進んだところでの請求拡張でした。このブログは、表現の自由保障という視点から、DHC・吉田嘉明による前訴の2000万円訴訟提起を典型的なスラップ訴訟と論評したものです。財力あるものが、カネの力で表現の自由と民事裁判制度を歪める問題として、政治とカネの関係と同様に公共性の極めて高い言論です。徹底して批判する姿勢を貫いてはいますが、その表現に論評としての行き過ぎたものがないことは一読して理解される筈です。
この「DHCスラップ訴訟を許さない」シリーズの連載を続ける限り、請求金額は際限なく拡大するものと覚悟しましたが、請求の拡張自身を不当・違法とするブログでの弾劾の結果、吉田嘉明は請求拡張の威嚇効果は期待できないと判断したものと思われます。幸いにその後の請求拡張はありません。
「DHCスラップ訴訟を許さない」シリーズは、現在第150弾を超えています。リアルタイムで書いていたものとして臨場感に溢れ、読み直してみてスラップ訴訟の本質がよく分かります。いずれ、出版する予定です。(以下、続く)

(2019年4月11日)

反訴原告本人(澤藤)陳述書《その2》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第152弾

私(澤藤)とDHC・吉田嘉明との間の「DHCスラップ・反撃訴訟」。もともとは、DHC・吉田嘉明が私を訴えた債務不存在確認訴訟。その本訴は取り下げられ、反訴反訴原告でDHC・吉田嘉明が反訴被告の反訴だけが続いている。その審理が大詰めで、次回の法廷は下記のとおり証拠調べ期日となっており、次々回に最終準備書面を提出して結審となる見通し。場合によっては次回結審ともありうる。ぜひ、次回法廷の傍聴をお願いしたい。

☆日時 4月19日(金)午後1時30分~
 法廷 東京地裁415号(4階)

☆証拠調べの順序は、
 最初に反訴原告本人(澤藤)の尋問
  主尋問30分 反対尋問30分。
 次に、証人のUさん(DHC総務部長)。
  主尋問20分 反対尋問30分。
 その次に、反訴被告本人(吉田嘉明)。
  主尋問30分 反対尋問30分の予定。

そのように裁判所は決定し、吉田嘉明に呼出状を発送している。
ところが、吉田嘉明は裁判所から出廷の呼出を受けながら、「出廷したくない」「尋問に応じたくない」と言ってきた。これに、反訴原告(澤藤)側が怒りの意見書を提出して、吉田嘉明に出廷を求めている。

吉田嘉明の本人尋問申請は、反訴原告(澤藤)側からしたものである。吉田嘉明の私に対する提訴の動機や意図は、客観事情からの推測にとどまらず、吉田本人から直接に語ってもらう必要があるからだ。裁判所はこれを認め、審理に必要だとして吉田嘉明に出廷を命じているのだ。やむを得ないと納得せざるを得ない正当な理由のない限りは、出廷して尋問を受けることが吉田嘉明の義務である。そして今、吉田嘉明は出廷しない正当な理由を示し得ていない。

結局、吉田嘉明とは、著しく遵法精神を欠く人物というほかはない。吉田も、吉田を説得しようとしない代理人弁護士もまったく真摯さに欠ける訴訟追行の姿勢と指摘せざるを得ない。

この点について、メディアからの問合せがある。「吉田が出廷するなら、法廷に取材に行きたい」「実際のところ、吉田の出廷の見込みはどうなのか」というもの。私に分かるわけはない。「出廷予定の有無を、直接吉田に取材してみてください」と言うほかはない。

ところで、尋問を受ける者は陳述書を提出する慣行が定着している。限りある尋問時間では述べ切れない言い分も言える。反対尋問者に不意打ちをさせないという配慮もある。私も、4月2日付けの陳述書作成して、翌3日に裁判所提出した。冒頭が下記のとおりである。
**************************************************************************
平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件
反訴原告 澤藤統一郎
反訴被告 吉田嘉明,株式会社ディーエイチシー

2019年4月2日

反 訴 原 告 本 人 陳 述 書

東京地方裁判所民事第1部合議係御中

反訴原告本人  澤 藤 統一郎

 目   次

 はじめにー本陳述書作成の目的と概要
1 私の経歴
2 ブログ「憲法日記」について
3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題問題の視点
7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
12 本件反訴提起の動機と意味
13 損害について
14 反訴被告の応訴態度について
おわりにー本件判決が持つであろう意味

目次を見ていただいてもお分かりのとおり、やや長文である。これを分けて、掲載したい。読むに値するものと思うし、読み易いとも思う。

「はじめにー本陳述書作成の目的と概要」は、3月28日の当ブログに掲出した。
訴訟大詰めの反訴原告本人陳述書 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第151弾
http://article9.jp/wordpress/?p=12321

この151弾を、「陳述書」紹介の《その1》として、本日が《その2》である。
以下に、陳述書の下記部分を掲載する。
 1 私の経歴
 2 ブログ「憲法日記」について
 3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
 4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ

**************************************************************************
1 私の経歴
私は、戦後民主主義の空気の中で育った、23期司法修習の弁護士です。
学生時代に、松川事件被告人の救援運動や鹿地亘氏事件の支援運動に関わったことを直接のきっかけとして、弁護士を志しました。司法修習の時代に、青年法律家協会の活動に加わり、「法の本来的使命は、社会的弱者の権利擁護にある」「司法の本来的使命は、弱者の権利救済を実現するための手続にある」と確信するようになり、そのような「法や司法本来の理念を実現する立場の法曹になろう」と思い立ちました。
1971年4月に弁護士登録して、今年の春で48年になります。この間、憲法訴訟、行政訴訟、労働事件、消費者事件、医療・薬害訴訟、教育関係事件、性差別是正事件、政教分離事件、国旗国歌強制違憲訴訟、平和的生存権訴訟などに携わってまいりました。
常に社会的弱者の側、つまりは、労働者・消費者・患者・市民・国民の側に立って、公権力や大企業、カネや権威を持つ者と対峙する姿勢を崩さず、微力ながらも弁護士本来の任務を全うしてまいりました。これまで、初心を忘れることなく職業生活を送ってきたとのいささかの自負があります。
日本国憲法を携えて実務法律家として職業生活を送ることができたことを何よりの人生の好運と考え、平和・人権・民主主義の憲法理念の擁護のための姿勢を堅持してきたつもりです。
本件に関連していえば、政治資金規正法や公職選挙法問題については、刑事弁護実務において携わった経験から、またいくつかの選挙運動に関与したことから、関心をもち続けてきました。政治資金規正法の理念である政治資金収支の透明性確保の要求については、民主主義の基礎をなす制度として強く共感し、カネで政治を動かそうとすることへの強い嫌悪と警戒心を有しています。
また、市民が弱者として経済的強者と対峙する消費者問題にも強く関心をもち、広範な消費者事件の諸分野で訴訟実務を経験してきました。弁護士会内の消費者委員会活動にも積極的に参加し、東京弁護士会の消費者問題対策委員長を2期、日本弁護士連合会の消費者問題委員会委員長2期を勤め、消費者問題をテーマにした日弁連人権擁護大会シンポジウムの実行委員長も経験しています。
弁護士には、医師のような専門性標榜の制度がありませんが、以上の経歴から、私は消費者問題をライフワークとしてきた弁護士として任じています。それも、分野を特化することなく、消費者事件全般を原理的に追究する姿勢で、実務に携わってきました。そのような姿勢で消費者問題に取り組む中で、弱者保護を目的とする行政規制の有用性と必要性を認識し、規制緩和や規制撤廃の危険性を痛感してまいりました。実務を離れて、そのような立場からの社会的な発言もしてきたところです。
最近規制緩和論が大流行です。その多くは、「無用な官僚規制撤廃」あるいは「既得権益排除」などの名目を掲げて、実は事業者の利益拡大の観点から消費者保護の社会的規制を攻撃するものと言わざるを得ません。その結果消費者保護行政が後退していくことに危機感を募らせてきました。この規制緩和策への警戒感は、現実の消費者被害や被害者に直接に向き合う中で獲得した心構えとして、貴重なものと考えています。

2 ブログ「憲法日記」について
私は、インターネットに「澤藤統一郎の憲法日記」と標題するブログを書き続けています。これも、弁護士としての職業的な使命の一端であり、職業生活の一部との認識で書き続けているものです。とりわけ、弁護士としての行動の理念的な指針となるべき憲法を擁護する立場を鮮明にし、憲法や憲法の理念について、実務法律家の視点から、ときの話題をブログテーマに取り上げて書き続けているものです。
以前にも断続してブログを書いた経験がありますが、現在継続中のものは、第2次安倍政権の発足に危機感を持ち、その改憲路線に警鐘を鳴らすことを主たる目的として、2013年1月1日から書き始めたものです。当初は、以前私が事務局長を務めていた、日本民主法律家協会のホームページの片隅を借りていたのですが、同年4月1日に自前のブログを開設し毎日連続更新を宣言して連載を始めました。幅広く憲法関連問題を題材として、途切れることなく毎日記事を掲載しています。もちろん顕名で自分の身分を明示し、自分の言論の内容に責任をもっての記事です。
このブログを書き続けて、本年(2019年)3月末日で、連続更新記録はまる6年。2191日の連続更新となりました。この間一日の欠落もありません。私のブログは、公権力や社会的経済的な強者や権威に対する批判の姿勢で貫かれています。政権や大企業や天皇制などを批判することにおいて遠慮してはならないと自分に言い聞かせながら書き続けてきました。
そのような視点で世の中を見据えて、批判すべきを遠慮なく批判しなければならない。そのような私の視界に、「DHC8億円裏金提供事件」が飛び込んできたのです。

3 「本件各ブログ」執筆の動機
2014年3月に週刊新潮誌上での吉田嘉明手記が話題となる以前は、私はDHCという企業とは馴染みがなく、主としてサプリメントを製造販売する大手企業の一つとしか認識はありませんでした。もっとも、サプリメントに関しては、多くは効果が実証されていないのに、あたかも健康に寄与し、病気の予防や回復に有益であるかのごとき大量宣伝によって販売されていることを問題視すべきだとは思い続けていました。
業界に問題ありとは思っていましたが、DHCや吉田嘉明には個人的な関心はまったくなく、前訴の訴状で問題とされた3本のブログは、いずれも純粋に政治資金のあり方と規制緩和問題の両面からの問題提起として執筆したものです。公共的なテーマについて、公益目的でのブログ記事であることに、一点の疑いもありません。

4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
本件の前訴では、前訴原告(DHCと吉田嘉明)両名が、前訴の被告である私の言論によって名誉を毀損されたと主張しました。しかし、自由な言論が権利として保障されているということは、その言論によって傷つけられる人の存在を想定してのものにほかなりません。傷つけられるものは、人の名誉であり信用であり、あるいは名誉感情でありプライバシーです。
そのような人格的な利益を傷つけられる人の存在を想定したうえでなお、言論が自由であり権利であると保障されているものと理解しています。誰をも傷つけることのない言論は、格別に「自由」だの「権利」だのと法的な保護を与える必要はありません。
視点を変えれば、本来自由を保障された言論によって傷つけられる「被害者」は、その被害を甘受せざるを得ないことになります。DHCと吉田嘉明の前訴原告両名は、まさしく私の権利行使としての言論による名誉や信用の毀損(社会的評価の低下)という「被害」を甘受しなければならない立場にあります。これは、憲法21条が表現の自由を保障していることの当然の帰結といわねばなりません。
もちろん、法が無制限に表現の自由を認めているわけではありません。「被害者」の人格的利益も守るべき価値として、「表現する側の自由」と「被害を受ける者の人格的利益」とを衡量しています。本件の場合には、この衡量の結果はあまりに明白で、DHCと吉田嘉明が「被害」を甘受しなければならないことは自明といってよいと考えられます。
その理由の第1は、前訴原告らの「公人性」が著しく高いことです。吉田嘉明は販売数で全国トップを争う程に広範な読者層を持つ著名な週刊誌に手記を発表することによって自らの意思で「私人性」を放棄し、強い「公人性」を獲得したことが強調されなければなりません。
もともと吉田嘉明は単なる「私人」ではありません。多数の人の健康に関わるサプリメントや化粧品の製造販売を業とする巨大企業のオーナーです。これだけで批判の言論を甘受すべき「公人」性は十分というべきでしょう。これに加えて、公党の党首に政治資金として8億円もの巨額を密かに拠出し提供して政治に関与した人物なのです。しかも、そのことを、党首が変節し、裏切られたとして自ら暴露し、敢えて国民からの批判の言論を甘受すべき立場に立ったのです。週刊誌を利用して、自分の言いたいこと、都合のよいことだけは言いっ放しにして、その批判は許さない、などという身勝手な理屈が通用するはずはないのです。まずは、この点が強調されなければなりません。
その理由の第2点は、私のブログに掲載された、吉田嘉明らの名誉を侵害するとされている言論が、優れて公共の利害に関わることです。
具体的内容のない無色透明の抽象的な言論というものは存在しません。すべての言論は固有の具体的な内容をもっています。現実の訴訟実務においては、内容に関わらない表現の自由というものは考えられません。必ず言論の内容に則して当該の表現の自由の有無が判断されます。
私の言論は、深く政治に関わった吉田嘉明の行為に対する批判です。しかも、政治とカネというきわめて公共性の高いシビアなテーマにおいて、政治資金規正法の理念を逸脱した行為だという批判が、私の言論の具体的内容なのです。これは、吉田嘉明において甘受するしかないはずです。仮にもこの私の言論が違法ということになれば、憲法21条の表現の自由は画に描いた餅となってしまいます。民主主義の政治過程がスムーズに進行するための基礎を失うことになってしまいます。
さらに、第3点は、私の批判の言論が根拠としている事実が、けっして妄想でもなければ、勝手な想像でもないことです。私が恣意的にあやふやな事実を摘示したことは一切なく、すべて吉田嘉明が自ら週刊誌に公表した事実に基づいて、常識的な推論を論述したに過ぎないのです。ブログでの論評ですから、法律知識の少ない多くの方にも分かり易く読んでいただくため、表現にレトリカルな工夫を凝らしたりしているところもありますが、弁護士としての品位を踏みはずすところはない節度を保った文章であることは一読して理解される筈です。公共に関する事実について、意見や論評を自由に公表し得ることこそが、表現の自由の真髄です。私の吉田嘉明に対する批判の論評が表現の自由を逸脱しているなどということは絶対にあり得ません。これを違法とすれば、それこそ言論の自由は窒息してしまいます。
仮に私が、世に知られていない吉田嘉明らの行状を暴露する事実を摘示したとすれば、その真実性や、真実であると信じたことについての相当性の立証が問題となります。しかし、私の言論は、すべて吉田自身が公表した手記を素材として、その言動を常識的に推論し論評したに過ぎないのですから、事実の立証も、相当性の立証も問題となる余地はなく、私の論評がどんなに手厳しいものであったとしても、その表現が、対象となる言動の論評として行き過ぎたものでない限り、吉田嘉明はこれを甘受せざるを得ないのです。
以上は、前訴の勝訴の見込みがまったくないことの論拠ですが、こんなことは、取り立てて法律知識のない一般人でも、いささかなりとも憲法感覚さえあれば、当然(常識的)に分かることです。私のブログが訴えられたことを知った多くの人々から意見が寄せられました。その反応は一様に驚き、かつ呆れたということです。
吉田嘉明は、これまでに名誉棄損訴訟を経験していますし、ましてや、この訴訟は、本人訴訟ではなく、弁護士が代理人となり、しかも、会社の総務部や法務部まで関与していたというのですから、訴訟提起の際にこんな無理筋の訴訟に勝訴の見込みのないことは、分かったはずなのです。
にもかかわらず、勝訴の見込みについての検討がなされた形跡はまったく見られないまま、同種の訴えが多数提起されたというのですから、DHCのオーナーとして絶対的な権限をもつ吉田嘉明個人の強い特別な意思が働いていたことは明らかというべきです。吉田嘉明は、「自分に対する批判の言論を許さない」という恫喝を目的として前訴を提起したものと考えざるをえません。       (以下、続く)

(2019年4月8日)

訴訟大詰めの反訴原告本人陳述書 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第151弾

「DHCスラップ・反撃訴訟」の一審が大詰めである。

☆次回の法廷は、4月19日(金)午後1時30分~
 東京地裁415号法廷。

☆証拠調べの順序
 最初に反訴原告本人(澤藤)の尋問
  主尋問30分 反対尋問30分。

 次に、証人のUさん(DHC総務部長)。
  主尋問20分 反対尋問30分。

 その次に、反訴被告本人(吉田嘉明)
  主尋問30分 反対尋問30分。

但し、吉田嘉明は裁判所から出廷の呼出を受けながら、出たくないと言っている。

裁判所は、審理に必要だからとして出廷を命じているのだ。拒否すべき正当な理由のない限り、出廷して尋問を受けることは吉田嘉明の義務である。そして今、吉田嘉明は出廷しない理由を示し得ていない。吉田嘉明も、代理人弁護士もまったく真摯さに欠ける訴訟追行の態度と指摘せざるを得ない。

ところで、尋問を受ける者は陳述書を提出する慣行が定着している。限りある尋問時間では述べ切れない言い分も言える。反対尋問者に不意打ちをさせないという配慮もある。私も、近々陳述書を提出の予定でドラフトを起案している。提出版としては未確定だが、目次と前書きの部分だけをアップしてお目に掛けておきたい。ぜひ、当日法廷傍聴をお願いする。

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平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件
反訴原告 澤藤統一郎
反訴被告 吉田嘉明,株式会社ディーエイチシー

                                                      2019年4月某日

 反 訴 原 告 本 人 陳 述 書

東京地方裁判所民事第1部合議係御中

                                            反訴原告本人  澤 藤 統一郎

目   次

 はじめにー本陳述書作成の目的と概要
 1 私の経歴
 2 ブログ「憲法日記」について
 3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
 4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
 5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
 6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題の視点
 7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
 8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
 9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
 10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
 11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
 12 本件反訴提起の動機と意味
 13 損害について
 14 反訴被告の応訴姿勢について
 おわりにー本件判決が持つであろう意味

はじめにー本陳述書作成の目的と概要
本年4月19日予定の証拠調べ期日における本人尋問に先だって、反訴原告本人としての言い分を本陳述書にまとめて提出いたします。
2014年5月、私は突然に東京地裁から訴状の特別送達を受け、民事訴訟の被告とされたことを知りました。否応なく、応訴を余儀なくされる立場となったのです。
私を訴えた原告は、吉田嘉明と、同人がオーナーとなっている株式会社ディーエイチシー(以下、DHCと言います)の両名です。両名の主張は、「私(澤藤)のインターネット上の3件のブログ記事がDHCと吉田嘉明の名誉を毀損しているので、そのブログ記事の抹消と謝罪文掲載を求める。また、慰謝料2000万円を支払え」というものでした。
なお、この2000万円の賠償請求額は、わずか3か月後の同年8月に請求拡張されて6000万円に増額されています。
当然のことながら、6000万円もの巨額請求民事訴訟の被告とされた私は、心穏やかではいられませんでした。私が被告の立場にあったのは、2014年4月提訴から2016年10月最高裁の上告受理申立不受理決定で請求棄却が確定するまでの約2年半のことです。心穏やかならざる状態はこの間ずっと続きました。DHC・吉田嘉明の提訴を不当なもので請求棄却は確信しつつも、いやむしろ不当な提訴と確信するからこそ、この上なく不愉快で心穏やかでない気持を払拭できなかったのです。毎日、起床から就寝まで、常に自分が6000万円を請求されている被告の身であることを忘れることができない日常生活でした。
どんな提訴に対しても、応訴には時間も労力も費用もかかるものです。不当な提訴が、被告とされる者にいかに大きな有形無形の負担を強いるものであるか、心理的な打撃を与えるものであるかを、身に沁みて実感しました。
民事訴訟の提起が、かくも人を威嚇するに十分な効果をもつものであることを体験的に知りました。訴状はもっともらしく弁護士が訴訟代理人となって作成されます。その訴状が、裁判所から発送されるのです。被告とされた立場で、訴状を受け取る人に、大きな衝撃となることは、考えてれば当然なことです。
また私は弁護士としてこれまで名誉毀損訴訟の被告事件を相当数受任してきた経験がありますから、日本の訴訟実務が、被告の側に違法性阻却のための過重な負担を押しつけるものであると認識しています。被告にされることは、たいへんに面倒なことなのです。
このような不当提訴で、被告とされた私に多大な迷惑を掛けておいて、敗訴が確定した今も、DHCも吉田嘉明も代理人である今村憲弁護士も、私に何の謝罪の表明もありません。
理不尽極まる民事訴訟に2年半も付き合わされた私は、この不条理な事態をもたらした人物たちに寛容な態度で接することは到底できません。半ばは私憤で、そして半ばは公憤として、DHCにも吉田嘉明にも、そして代理人となった弁護士にも、真摯な反省と、同様の非違行為を再発することのないよう防止のための適切な制裁措置が必要だと考えています。この反訴請求事件は、その意味での適切な制裁にほかなりません。
どう考えても、私に違法と判断される行為があったはずはありません。私は、憲法上の基本権として保障されている「言論の自由」を行使したに過ぎないのです。いや、権利を行使したというよりは、むしろ民主主義社会の主権者のひとりとして、社会に有益で有用な言論を発信したのだと確信しています。提訴され被告とされて、有形無形の負担を強いられる筋合いはありません。私の言論ではなく、正当な私の言論を妨害する動機をもってなされたDHC・吉田嘉明の提訴こそが、違法なのです。
DHC・吉田嘉明は、結果的に敗訴したというものではありません。普通の感覚をもって考えれば、けっして勝訴できるはずもない提訴であり、普通の弁護士に相談すれば勝ち目のないことは分かりきった訴訟なのです。それでも、敗訴を覚悟で敢えて提訴したのは、勝訴による権利回復を目的とした訴訟ではなく、高額請求訴訟の提起自体が持つ威嚇力によって、私(澤藤)の言論を封殺することを意図してのこととし考えられません。
その訴訟(DHC・吉田嘉明が私を訴えた訴訟、以下「前訴」といいます)で問題とされた私の言論は、吉田嘉明が政治家に8億円もの裏金を提供したことに関連して、政治とカネにまつわる民主主義政治過程攪乱への批判であり、消費者利益が危うくなっていることに関しての社会への警鐘の言論です。そして、請求拡張の請求原因においては、前訴をスラップ訴訟として訴権の濫用をもってする言論封殺行為への批判でした。「民主主義の政治過程をカネの力で攪乱してはならない」「行政は消費者利益を擁護しなければならない」「表現の自由は最大限の尊重を要する」という自明の大原則に照らして、厳しく批判されるべきは、反訴被告吉田嘉明やその代理人弁護士の不当な行為であって、私の言論はこれに対する適切な批判と警告の言論にほかなりません。
この点についての私の確信の根拠を裁判官の皆さまに、十分にご理解をいただきたく、以下のとおり意見を申し述べます。
なお、もう一点お願いしておきたいことがあります。
DHCと吉田嘉明が名誉毀損となるとした、6000万円の損害賠償の根拠とされた私のブログは5件に及びます。訴訟提起以前のブログが3件、訴訟提起後にこの訴訟を違法なスラップだと論評したものが2件です。
裁判官の皆様には、ご面倒でもこの5件のブログ全体をお読みいただきたいのです。前訴の訴状では、ずたずたに細切れにされたものとなっていますが、くれぐれも、DHC・吉田嘉明が恣にした細切れのバラバラな文章の印象で、前訴提起の違法の有無を判断することのないようにお願いしたいのです。
まずはDHC・吉田嘉明が違法と非難する5本の各ブログの文章全体を、私が書いたとおりの文章としてよくお読みいただくようにお願いいたします。文章全体をお読みいただくことで、常識的な理性と感性からは、各記事が、いずれも非難すべきところのない政治的言論であることをご理解いただけるものと確信しています。(以下略)

(2019年3月28日)

DHCとは、デマとヘイトとスラップの三位一体企業。法廷と市場での懲罰が必要だ。 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第150弾

ほう、DHC・吉田嘉明に関する取材。ご苦労様。私は、産経・読売は大嫌いだが、お宅の紙面には親近感を持っている。報道も社説の姿勢もまことに真っ当。もちろん、取材大歓迎。協力いたしますよ。どこからお話ししましょうか。まずは、スラップ訴訟の効果から。

DHC・吉田嘉明の狙いは、自分を批判する者には、スラップを掛けて自分を批判する言論を封殺することにある。つまり、自分の権利救済のためというよりは、高額請求の民事訴訟を提起して批判者の言論を威嚇する。訴訟に負けようと、威嚇の効果は残ることになる。DHC・吉田嘉明を批判すると訴訟に巻き込まれて、たいへん面倒なことになる。面倒なことは避けておいた方が無難だ。だから、DHC・吉田嘉明を批判するのは止した方が賢明だ。こういう空気が、この社会にできてしまう。これが恐い。

私は、このようなDHC・吉田嘉明の不当な意図とは、徹底的に闘う覚悟を決めた。それが、弁護士としての私の倫理でもあり、使命でもあると思っている。

そのような立場で、いまDHC・吉田嘉明に対する反撃訴訟を闘っているし、ことあるごとに、私は次のように口にしている。筆でも書いている。

皆様に、この場をお借りして三つのお願いを申しあげる。
 一つ、DHCという会社の商品をけっして買わないこと。
 二つ、DHCという会社の商品をけっして買うことのないよう、お知り合いに広めていただくこと。
 そして三つ目が、DHCという会社の不当・違法をことあるごとに話題にしていただくこと。

ときに、「それって営業妨害になりませんか」と、おそるおそる聞く人がいる。そのとおり。私は、「みんなで、DHC・吉田嘉明の営業を妨害しましょう」と、呼びかけている。ぜひ皆様、DHC・吉田嘉明が、「デマやヘイトやスラップは、社会から反撃を受けることになって、商売上まずい」「やっぱり、真っ当な商売に徹しないと売り上げに響く」と反省するまで、できることなら、心を入れ替えるまで、その営業を徹底して妨害しようではありませんか。

サプリにせよ、化粧品にせよ、DHCの製品を買うか買わないかは、消費者の選択の自由に任されている。DHCの商品を買わなければ困ることなんてない。外の会社の製品で、間に合わない物などあり得ない。消費者の市場での購買行動は、通常は商品の性能と価格、そしてブランドイメージなどで、決まることになる。

しかし、これだけを動機とする消費行動は、賢い消費者のものとは言えない。さらに、民主主義社会の主権者としての消費者行動でもない。消費生活に、社会的な公正の視点を保持していただきたいのだ。

たとえば、価格は低廉であっても、環境問題を無視した製法による商品、少年労働によって作られた製品などは買ってはならない。同じく、パワハラやセクハラが横行している企業、政治資金規制法の脱法をしている企業の製品を購入することは、そのような体質の企業を応援することになり、社会の公正を損なうことになる。

私は、この経済社会の消費者が、同時に政治構造の主権者でもあることの自覚が大切だと思う。企業の側の自覚を呼びかけるときには、企業倫理や、企業の社会的責任が論じられるが、それは消費者の自覚なければ実現できない。それが国連の提唱するSDGsの精神でもある。

消費者としての行動の積み重ねによって、反社会的な企業を駆逐することができる。必ずしも駆逐する必要はないが、企業の反社会的な行為に反省を迫り、やめさせることができる。それが、特定企業に対する商品ボイコットである。不買運動と言った方が分かり易いかも知れない。

不買運動のその本質は、まさしく「営業妨害」である。しかし、実力(威力)やデマ(偽計)を用いる営業妨害ではない。堂々と言論を行使して、多くの消費者の理性に訴えて、行動を呼びかけようというものである。その合法性に一点の疑念もない。

DHCという企業は、MXテレビに「ニュース女子」という番組を提供して俄然有名になった、天下に悪名とどろくあのDHC。あれ以来、「デマ(D)とヘイト(H)のカンパニー(C)」として、全国に知られるようになっ。

DHCのデマとヘイトとは、沖縄の平和運動と在日に対するもの。韓国民に対するウソと差別感情にまみれた不当な攻撃を意味する。DHCのブランドイメージは、いまや、「デマ(D)とヘイト(H)のカンパニー(C)」だが、DHCのやっていることは、デマとヘイトだけではない。スラップの常習犯であることを付け加えなければならない。デマとヘイトとスラップ。DHCはこの三拍子を揃えた、三位一体の反社会的な体質をもった企業なのだ。

消費者の一人が、なんとなく無意識のうちにDHC製品を買えば、デマとヘイトとスラップの三拍子に加担して、社会悪を蔓延させることになる。うっかりとDHCの製品を購入することがないよう訴えたい。貴重なお金の一部が、DHCに回れば、この社会における在日差別の感情を煽り、沖縄の基地反対闘争を貶めることになる。このことは、安倍改憲の旗振りに寄与することでもある。さらに、言論の自由を抑圧するスラップ訴訟の資金となり、こんな訴訟を引き受ける弁護士の報酬にまわることにもなる。

DHCという企業のオーナーが、今どき珍しいヘイトの言動を露わにして恥じない吉田嘉明という人物。この人は、狭量極まりなく、自分を批判する言論を極端に嫌う。そして、自分を批判する言論に対して、高額の損害賠償請求訴訟を提起する。「オレを批判すると面倒なことになるぞ。」「だから黙れ」という民事訴訟の提訴。これがスラップ。

この吉田嘉明が、渡辺喜美という政治家に裏金8億円を渡していたことが明らかになった。メディアが取材してスクープしたのではない。自分で、週刊新潮に手記を書いたのだ。自分で暴露されたことを批判されたら、吉田嘉明はスラップを提起した。少なくとも10件。そのうちの1件が私に対するもの。

以下の経過は、今日まで150回にわたって書き続けている私のブログの以下のURLをご覧いただきたい。
http://article9.jp/wordpress/?cat=12

DHC・吉田嘉明の私に対する6000万円請求のスラップ訴訟は最高裁まで争って彼らの敗訴が確定した。しかし、吉田嘉明が意図した、「オレを批判すると面倒なことになるぞ」という社会に対する威嚇の効果はなくなっていない。そこで、今は私が原告になって、DHCと吉田嘉明を被告とする「反撃訴訟」が進行中。

その訴訟では、4月19日(金)午後1時半から、東京地裁415号法廷で、私と吉田嘉明が当事者本人として法廷で対決することになっている。ところが、吉田嘉明は、本人としての尋問採用が決定し、裁判所から呼出しがなされているのに、出廷したくないと言っている。

裁判所が必要あって、尋問のために出頭せよと命じているのに出てこなければ、これは証明妨害として、敗訴を覚悟しなければならない。それでも吉田嘉明は出たくないというのか。

DHC・吉田嘉明の記事を書くからには、当然吉田嘉明に取材を申し込まれることでしょうね。なぜ彼が、韓国民に対する差別感情を持っているのか。企業イメージを傷つけてまで、敢えてヘイト感情を露わにしているのか、切り込んでいただきたい。私も、本当にその理由を知りたいのですから。
(2019年3月13日)

吉田嘉明よ、何ゆえにかくも頑なに出廷を拒否するのか ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第149弾

私(澤藤)が、当事者になっているDHCスラップ訴訟。第1ラウンドは、DHC・吉田嘉明が私を被告として、6000万円の損害賠償請求訴訟を提起した。私の言論がDHC・吉田嘉明の名誉を傷つけたというのだ。言論の自由を弁えぬ輩による典型的なスラップ訴訟である。

1審東京地裁・2審東京高裁とも、私(澤藤)が勝訴した。これを不服としたDHCと吉田嘉明は、まったく成算のない上告受理申立までしたが、結局不受理となって確定し、第1ラウンドは終了した。

第2ラウンドも、DHC・吉田嘉明からの仕掛けで始まった。債務不存在確認請求事件として、再び私を提訴したのだ。事件は、東京地裁民事第1部に係属し、私が反訴を提起した。私が反訴原告となって、DHC・吉田嘉明に対する損害賠償請求額は、ささやかな660万円である。

双方主張の応酬がなされるのが普通だが、本件では、気合いのはいった澤藤側書面と、やる気のないDHC・吉田嘉明側の言い訳めいた書面のやり取りの後に、次回4月19日の期日にはいよいよ証拠調べが行われる。反訴原告本人の私(澤藤)と、同被告本人の吉田嘉明、そしてDHCの社員(総務部長のUさん)の3名の尋問が決定されている。

ところが、吉田嘉明は、被告本人尋問に逃げ腰なのだ。第1ラウンドも、第2ラウンドも自分から仕掛けた訴訟でありながら、自らの尋問を申請しない。そこで、澤藤側から反訴被告本人(吉田嘉明)の尋問を申請し、尋問が必要な理由を詳細に主張した。その結果、裁判所が吉田嘉明の尋問を採用決定し、裁判所から吉田嘉明に呼出状が発送された。

ところがどうだ。裁判所から呼出を受けてなお、吉田嘉明は法廷に出て来ないというのだ。部下を盾にして、その後ろに隠れようというこの姿勢は、怖じ気づいたと見られてもやむを得ないではないか。あるいは、普通の社会感覚からは卑怯な振る舞いというしかないではないか。訴えられた方の私(澤藤)は出廷する、訴えた吉田嘉明よ、あなたも出廷してはどうだ。

出廷を拒否する連絡は、訴訟代理人今村憲弁護士名の以下の「意見書」のとおりである。

 

平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件
反訴原告 澤藤統一郎
反訴被告 吉田嘉明,株式会社ディーエイチシー

意 見 書

                        平成31年2月28日

東京地方裁判所民事第1部合議係 御中

                 反訴被告ら訴訟代理人弁護士 今 村  憲

 平成31年2月8日付当事者尋問呼出状について、次のとおり、意見を述べる。

 尋問事項については、すべて反訴被告本人ではなく、採用済みの証人が主位的に決定しているため、同人が回答するのが最適かつ十分であり、反訴被告本人の出頭の必要性はないので、同日には出頭しない。

わずか4行。念ために申しあげるが、これで全文である。何という投げやりな、何と白々しい、そして何とぶざまな書面ではないか。出廷拒否の理由をまったく語っていないに等しい。前回2月7日(木)11時30分~、501号(ラウンドテーブル法廷)での進行協議の模様を再度報告しておきたい。
☆冒頭、裁判長から以下の発言。
前回の法廷で、Uさん(DHC総務部長)と、澤藤さん、吉田さんの尋問採用を決定しましたが、本日の進行協議は、反訴被告側に、吉田さん本人尋問の申請をするか否かをお考えいただき、それ次第で、尋問の順序や時間配分をどうするかを決めたいという趣旨のものです。
反訴被告代理人。吉田さん本人尋問の申請はされますか。

☆反訴被告代理人弁護士 今村憲
 「当方から吉田の尋問を申請はしません。」
 「今のところ、出頭しない方向です。」

☆反訴原告代理人
 「当人が出頭するかしないかはともかく、裁判所から呼出状を出していただくことが重要で、至急お願いします。」

☆裁判長
 「呼出状は本日発送します。」
 「反訴被告は、出廷できるかできないか。理由を付して今月末までに返事をおねがいします。」

☆その後の協議の結果次回法廷スケジュールが次のように決まった。
 最初に反訴原告(澤藤)の尋問 主尋問30分 反対尋問30分。
 次に、証人のUさん。 主尋問20分 反対尋問30分。
 最後に、反訴被告(吉田嘉明)。主尋問30分 反対尋問30分。

☆次回の法廷は、4月19日(金)午後1時30分~
 東京地裁415号法廷。

ところで、相争う相手は、けっして軽蔑の対象ではない。場合によっては、争いつつも、争い方のフェアプレイに尊敬の念を懐かざるを得ないこともある。その反対に、大物を相手に争訟をしていたつもりが、つまらぬ小物が相手だったか、と思わされることもある。

私の趣味ではないが、いかにも右翼が好みそうな「抜刀隊」という歌を紹介しよう。官軍の軍歌ではあるが、作詞は外山正一という贅沢な軍歌。この歌詞は、一興をそそる。

我は官軍我敵は 天地容れざる朝敵ぞ
敵の大將たる者は 古今無雙の英雄で
之に從ふ兵(つはもの)は 共に慓悍决死の士
鬼神に恥ぬ勇あるも 天の許さぬ叛逆を
起しゝ者は昔より 榮えし例あらざるぞ
敵の亡ぶる夫迄は 進めや進め諸共に
玉ちる劔拔き連れて 死ぬる覺悟で進むべし

この歌は、敵將を「古今無雙の英雄」と讃え、敵兵を「共に慓悍决死の士」と褒めそやしている。英雄たる敵と闘うことを誇りとして、自軍の勇を鼓舞しているのだ。

ところがどうだ。私(澤藤)の闘う相手は「古今無雙の英雄」の片鱗もなく、部下を戦場において自分は逃亡の体という、卑怯な小物なのではないか。これは、私(澤藤)たちの戦意を殺ごうという高等作戦なのだろうか。

敢えて、何度でも言おう。吉田嘉明よ、逃げてはならない。逃げれば、永久に、卑怯・未練・怯懦・臆病と言われるばかりだ。それでよいのか。吉田嘉明よ。逃げずに法廷に出て来たまえ。同じ日、同じ法廷で、私も語る。キミも、思うところを存分に述べたらどうだ。

そもそも、闘いを仕掛けたのはキミの方だ。突然に私を訴えた。2000万円を支払えという損害賠償請求訴訟。私は逃げずにキミからの仕掛けを受けて闘った。もちろん、キミの提訴は言論の萎縮をねらった露骨なスラップだと反撃を開始した。私が「DHCスラップ訴訟を許さない」、という当ブログのシリーズを書き始めたら、何と2000万円の請求が6000万円に跳ね上がった。キミの言論抑圧の意図はそれだけで明瞭ではないか。

こんなメチャクチャなスラップ訴訟を、キミは同時期に10件も提訴している。とうてい勝算などあり得ない訴訟を、それでも提訴した意図や思惑を語れ。一体幾らのカネをかけてこんな訴訟をやったのか。もしや、顧問弁護士から、勝訴の見込みがあるとでも吹き込まれたというのか。その経緯を、宣誓して法廷で語れ。

私は、キミにお願いしたい。逃げずに、誰かの後ろに隠れずに、堂々と裁判所に出てきてしゃべってほしい。私もキミに直接の質問をしたい。キミから私に、質問もしてもらいたい。

もう一度言おう。私は、キミを批判の対象としている。しかし、これまでのところ、けっしてキミを軽蔑してはいない。しかし、キミが、裁判所の呼出から逃げて、卑怯未練・怯懦の振る舞いをすることとなれば、軽蔑せざるを得ない。

「本物、偽物、似非もの」と並べる記事を書いたキミではないか。キミ自身が、「偽物」でも「似非もの」でなく、「本物」だと言うのであれば、堂々と法廷で語れ。そうすれば、私はキミを全力で追及するが、軽蔑の対象として見ることはない。
(2019年3月4日)

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