澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

NHK番組制作現場への不当介入の責任を追及する

本日のシンポジウムは、「日本郵政と経営委首脳によるNHK攻撃の構図を考える」というもの。「NHK攻撃」とは、「クローズアップ現代+」の「かんぽ生命」不正販売事件追及報道に対する介入のことです。NHKに、かんぽ生命不正販売の報道をされた郵政グループは、報道されて反省するのではなく、「報道が怪しからん」、「NHKが怪しからん」と逆ギレしました。そして、経営委員会を巻き込んで、番組作成現場のスタッフに対する圧力を掛けたのです。

日本郵政と経営委員会が、NHKにイチャモンを付けたキーワードが、ガバナンス。つまりは、NHK会長が「クローズアップ現代+」の現場を掌握していなかったことが、コーポレートガバナンスの不備に当たるということです。実は、このことが本件の本質的な問題点となっています。

経営委員会が言うガバナンスは、二つの命題を含んでいます。一つは、NHKの番組制作現場の自律性は認めない。番組制作は一元的にNHK会長の統制に服して当然だということ。そして、もう一つは、NHK会長たる者は、総務省や政権を忖度すべき立場にある、ということです。この二つが合わさって、NHKの番組は、すべからく政権の意向に沿うものでなければならないというわけです。何のことはない、NHKに欠けているものは、ガバナンスではなく、忖度だというだけのことなのです。

これは、重大事件です。報道の自由一般の問題としても看過できませんが、この上なく影響力の大きな公共放送NHKの番組編成に直接関わる事件。NHKを通じての国民の知る権利の脆弱性が誰の目にも明らかになったのですから。しかも、この「逆ギレ・NHK攻撃」は、一定の成果をおさめました。不正を報道された事業者が、NHKの押さえ込みに、一定の成功をおさめたのです。こんなことが許されてはなりません。今のままでは、NHKは忖度放送局ではありませんか。

今回のNHK番組制作現場に対する攻撃の「構図」は次のとおりです。
官邸⇒総務省⇒日本郵政⇒経営委員会⇒NHK会長⇒現場スタッフ

放送番組を制作しているのは現場スタッフ。その現場の上にこれだけの多重圧力の重みがかかっているのです。直接接するのは、NHK会長を頂点とする上層部。その会長に意見を言える立場にあって、今回会長に「厳重注意」をしたのが経営委員会。経営委員会に働きかけたのが、逆ギレの日本郵政グループ。そして、日本郵政グループは総務省をバックとし、上級副社長は元総務次官という肩書で経営委員会とNHKに圧力を掛けました。

さらにその日本郵政グループの上に、総務省があります。そのトップが、高市早苗総務大臣。かつての総務大臣時代に、停波の恫喝で、日本の表現の自由度ランキングを一挙に押し下げた実績の持ち主。そして、その上に、官邸の意向が大きく働いてていると考えざるを得ません。何しろ官邸のトップが、20年前に、NHK・Eテレの「戦時性暴力問題」の番組に直接介入した張本人なのです。どのような忖度を望んでいるのか、明らかではありませんか。

本来、NHK上層部は、外部圧力からの防波堤とならねばなりません。しかし、上田良一・NHK会長の毅然たらざる姿勢は、公共放送トップにふさわしくありません。
経営委員会は個別番組に介入してはなりません。敢えて、これをした石原進・経営委員長の責任は重大でと言わねばなりません。
日本郵政グループは不正を指摘された報道対象者でありながら、逆ギレしての個別番組へ介入はもってのほか。総務省の威を借りた鈴木康雄・日本郵政上級副社長の番組介入は、明らかに違法といわねばなりません。
さらに、高市早苗・総務大臣には、明るみに出た事態の重大性に鑑み、日本郵政・経営委員会に、適切な行政指導をして報道に対する干渉を止めさせなければなりません。
最後に、官邸もこの事態を傍観していてはなりません。高市総務大臣の任命責任を自覚して事態を適切に収拾する責任を免れません。

この事件の重大性にふさわしい、世論と、メディアと、野党の追及が必要だと思います。憲法と放送法の理念に乗っ取って、上田良一・石原進・鈴木康雄・高市早苗、さらに安倍晋三らのそれぞれの責任を追及していこうではありませんか。
(2019年11月5日)

11月5日(火)午後 「シンポジウム~日本郵政と経営委首脳によるNHK攻撃の構図を考える~」

11月5日、NHK問題のシンポジウムのお知らせ。
「圧力はなかったのか? 報道の自律はどこに~日本郵政と経営委首脳によるNHK攻撃の構図を考える~」
13時~ 参議院議員会館B109(地下1階)
パネリスト
田島泰彦(元上智大学教授)/皆川学(元NHKプロデューサー)
小林緑(元NHK経営委員)/杉浦ひとみ・澤藤統一郎(弁護士)

チラシのダウンロードはこちら→http://bit.ly/31tpSYI
https://kgcomshky.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/sympo12.png
なお、下記「10月11日(金)夕刻、NHKに激励と抗議を」もご覧下さい。
http://article9.jp/wordpress/?p=13490

かんぽ生命保険の不正販売は底なしの様相。だが、この問題を機に、はるかに大きな問題がもちあがっている。この、かんぽ不正販売を暴いたNHK番組「クローズアップ現代+」の制作に対する外部からの干渉である。しかも、干渉したのは単なる外部ではない。NHKと監督官庁(総務省)を共通にする日本郵政による番組への露骨な干渉。日本郵政の先頭に立って干渉を加えたのは、総務省の元次官である。NHKからみれば、総務省からの圧力に見える構図なのだ。

さらなる問題は、NHKの経営委員会がこの干渉に一枚加わったこと。驚くべきことに、経営委員会が日本郵政の意を受けて、NHK会長に厳重注意をした。そして、NHK会長はこれを撥ね除けることをせず、唯々諾々と受け容れた。番組制作現場を守る、外部の干渉から報道の自由を守るという姿勢を露ほども見せていない。会長としての見識に欠け、頼りないことこの上ない。

この日本郵政・経営委員会の干渉は、明らかに番組制作現場に対する「かんぽ生命保険の不正販売追及報道などはやめておけ」というメッセージ。現場は萎縮せざるを得ない。予定されていた、「かんぽ不正販売」報道の続編放映は無期延期となった。関連するホームページも削除となった。然るべき立場からのNHKへの圧力や干渉は、有効に利くことが立証された。これは、恐るべき事態ではないか。

今のところ、役者は3人である。まずは元総務事務次官の鈴木康雄・日本郵便上級副社長、これが元兇。次いで、その意を受けてNHK会長を厳重注意とした石原進・NHK経営委員会委員長。そして、情けなくもこれを受け容れた上田良一・NHK会長。昨年11月に郵政側に上田会長名の事実上の謝罪文が届けられている。さらに、この3人の背後には、4人目の役者として高市早苗総務大臣が控えている。総務大臣は、経営委員会の判断を積極的に後押ししてはいないが、消極的には是認している。

全体像はこんな具合に見える。
《総務省・高市早苗⇒日本郵便・鈴木康雄⇒経営委員会・石原進⇒会長・上田良一》
この4階建ての圧力が、NHK現場の番組制作スタッフにかかってきているのだ。この圧力と露骨な干渉が、制作現場を萎縮させ、報道を歪めている。これを座視してはおられない。

権力の干渉はどんな場面でも望ましくはないが、とりわけ介入してはならない分野がいくつかある。権力が介入の衝動をもち、介入の結果が取り返しのつかない重大な結果をもたらす分野

まずは教育である。そして学問、信仰、文化・芸術。さらに、司法も報道も報道の自由は、なによりも権力の干渉・介入からの自由を意味する。その自由が保障されていなければ、国民は真実を知ることができない。再び、NHKが大本営発表の伝声管となる時代を繰り返してはならない。

この当然の理を明確ににするものとして、放送法第3条は(放送番組編集の自由)と題して、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」と定める。

念のためだが、NHK経営委員会は飽くまでNHKの経営面の基本方針を定め、役員の職務の執行を監督する機関であって、放送法第29条(経営委員会の権限等)「経営委員会は、次に掲げる職務を行う。」と限定列挙されているが、放送番組編集に関与する権限はない。

むしろ、放送法第32条(経営委員の権限)は、「第1項 委員は、この法律又はこの法律に基づく命令に別段の定めがある場合を除き、個別の放送番組の編集その他の協会の業務を執行することができない。」「第2項 委員は、個別の放送番組の編集について、第3条(放送番組編集の自由)の規定に抵触する行為をしてはならない。」と、個別番組への干渉を禁止されている。

さらに、内規である「NHK経営委員会規程」は、第3条(権限)において、「第5項 委員は、放送法または放送法に基づく命令に別段の定めがある場合を除き、個別の放送番組の編集その他の協会の業務を執行することができない。」「第6項 委員は、個別の放送番組の編集について、放送法第3条の規定に抵触する行為をしてはならない。」と念入りに、経営委員が、個別の放送番組の編集に介入することを固く禁じている。

今回の、経営委員会の行為は、少なくともこの法の理念に違背する行為と言わねばならない。世論による、《総務省・高市早苗、日本郵便・鈴木康雄、経営委員会・石原進、NHK会長・上田良一》への厳しい批判と、現場スタッフに対する激励が必要ではないか。

そのような観点からのシンポジウムである。ぜひ、ご出席を。
(2019年11月1日)

10月11日(金)夕刻、NHKに激励と抗議を。

まずは下記をクリックして、NHKへの抗議と激励の「アピール行動」案内をお読みいただきたい。

10-11 -kanpo_ (004)

  日時:10月11日(金) 17時半~18時半
  場所:NHK放送センター西門周辺
     (最寄り駅:澁谷・原宿・明治神宮駅)

いま、NHKにトンデモナイ事態が生じている。とうてい見過ごすことができない。もっとも、正確に言えば、トンデモナイの元兇はNHKではなく総務省であり、さらには官邸なのだ。しかし、まずはNHKの政策スタッフを激励しなければならない。そして、総務省や官邸の手先となっている、NHK上層部や経営委員会には、抗議の声を挙げなければならない。激励と抗議、この両者が必要なのだ。

NHKに何が起きたのか。あの「かんぽ契約不正」を追及したNHKの「クローズアップ現代+」が、よくやったと褒められて当然というべきなのに、不祥事を起こした当の日本郵政から叱られ抗議されるという、石が流れて木の葉が沈んむ事態となった。

日本郵政には元総務省事務次官が天下って副社長となっている。このところすっかり有名になった、上から目線のアマクダリビトの名が鈴木康雄。日本郵政とは、かんぽ不正事件の取材対象というという存在にとどまらない。意識としては、完全に総務省と一体になって、NHKに圧力を掛けることができると思い込んでいる組織なのだ。

日本郵政は、「クロ現」に「かんぽ不正」を暴かれて、反省するどころか逆襲に出た。2018年8月2日付で、上田良一会長宛てに「NHKにガバナンスの検証を求める」文書を送付。その後、NHKは予定していた続編の放送を延期することを余儀なくされた。

また日本郵政は、NHK経営委員会にも「必要な措置」を要求。10月23日、なんと経営委員会は上田会長を「厳重注意」とし、11月7日、NHK上田会長は非を認めて事実上の謝罪に追い込まれている。アベコベなのだ。

「クロ現」は、番組の続編を作るとして不正事実の情報提供を募る動画をネットに掲載していた。ところが、日本郵政抗議に会長謝罪という事態に、続編放映の実現は大きく遅れ、動画も削除された。

鈴木康雄副社長は、NHK側から「取材を受けてくれれば動画を消す」と言われたと説明。記者団に対し、「まるで暴力団と一緒。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ。俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」と述べた。これが、総務省から天下りの日本郵政副社長の口の利き方である。

問題は、権力側からの圧力にNHKがかくも脆弱なことである。日本郵政の副社長が元総務次官の肩書を使って、放送に圧力をかけ、それに経営委員長が加担するという、このムチャクチャ。この介入に抗して、経営陣が毅然と現場を守るという気概がないのだ。

今さら言うまでもなく、NHKは公共放送である。ジャーナリズムの本流に位置して、権力からの独立を期さねばならない。ひとえに、国民(視聴者)の知る権利を全うするために。

視聴者は、放送・受信を媒介にNHKと向き合うが、NHKの背後には、総務省があり、さらにその奥に官邸がある。NHKには2面性があり、視聴者に顔を向けている制作スタッフと、権力機構につながるNHK上層部や経営委員会。権力からの独立を志向する側面と、放送に介入し権力による統制の手先となる側面と。

権力の手先となって、番組への外部からの介入に積極的に加担した、石原進経営委員長には辞任を要求しなければならない。良識あるNHKの番組制作スタッフ、経営委員は励まさなければならない。このアピール行動へのご参加をお願いしたい。拡散にもご協力いただきたい。

なお、下記は、関連事件についての日本郵政株式会社宛の「申し入れと質問書」である。

**************************************************************************

2019年10月4日

日本郵政株式会社
 社 長 長門正貢 様
 副社長 鈴木康雄 様

NHKに対する貴社の抗議の撤回、NHKの視聴者に対する謝罪を求める申し入れとそれに関連した質問書

NHK を監視・激励する視聴者コミュニティ

                  共同代表 湯山哲守・醍醐 聰

 皆様におかれましては、ご多忙の毎日をお過ごしのことと存じます。
 9月26日以降の『毎日新聞』等の報道によって、貴社は昨年4月に放送された「NHKクローズアップ現代+」の、かんぽ生命保険の不正販売の報道につき、何度か、動画の削除、ガバナンスの強化など「善処」を申し入れてこられたことが明らかになりました。
 しかし、長門社長は9月30日の記者会見で、番組内容は事実であり、NHKに抗議や申し入れをしたことを深く反省していると陳謝しました。
 ところが、10月3日の『朝日新聞』朝刊に掲載された鈴木副社長名のNHK経営委員会宛ての書簡(2018年11月7日付け)では、「当方からの貴委員会へのお願いにつきましては、貴委員会にても、また執行部にても、充分意のあるところをお汲み取りいただいた」ことについて謝意を述べると同時に、鈴木氏の職歴を記しながら、「ひとりコンプライアンスのみならず、幹部・経営陣による番組の最終確認」も求めています。
 このような貴社のNHKに対する抗議と干渉、続編放送に対する妨害は、かんぽ生命保険の不正販売の実態について、NHKの視聴者の知る権利を侵害するものにほかなりません。
 以上のような経過に関して、次のとおり、申し入れと質問をいたします。申し入れについては、どのように受け止め、対処されるのか、質問については、項目ごとに、書面で、10月10日(木)までに、別紙宛てにご回答をお送りくださるよう、お願いします。

申し入れ

 1.9月30日の長門社長の謝罪を踏まえて、貴社が昨年来、NHKに抗議や「善処」の申し入れをしたことを撤回するとともに、NHKの視聴者の知る権利を侵害したことについて、NHKの視聴者に謝罪するよう、要求する。

 2.鈴木副社長名のNHK経営委員会宛ての前記書簡の中で、経営委員会に対して、「番組の最終確認」も求めたのは、「放送法」第32条が禁じた経営委員による個別の番組編集への関与・干渉を教唆するものであり、それこそ、NHK役職員に課されたコンプライアンス違反を扇動するに等しい。この点について、鈴木副社長の謝罪と当該求めの撤回を要求する。

質 問

1.長門社長が9月30日の記者会見で上記のような謝罪をした後、貴社広報担当の木下範子執行役は取材に対し、NHKへの抗議について、「当時の状況下で行ったこと」と述べ、謝罪したり、抗議や申し入れを撤回したりする考えはないと明言している(『毎日新聞』2019年9月30日)。
執行役が社長の謝罪を覆す発言をするのでは、貴社のガバナンスが疑われる。長門社長の謝罪発言が貴社の真意なら、木下執行役の発言を撤回するのが当然と考えるが、どうなのか、貴社の正式の見解を求める。

 2.鈴木副社長は、これまで、NHK執行部ならびにNHK経営委員会に対する「善処」の申し入れは、NHKのガバナンスの徹底を求めたものであって、番組編集への介入、圧力にはあたらない、と説明してきた。
 しかし、鈴木氏がNHK経営委員会宛てに送った前記の書簡の中で、「ひとりコンプライアンスのみならず、幹部・経営陣による番組の最終確認」も求めていたことは、日本郵政によるNHKへの一連の抗議、申し入れの実質は個別の番組への干渉、圧力にほかならず、ガバナンス云々は口実に過ぎなかったと考えられる。こうした指摘を貴社はどう受け止めるか、見解を求める。

 3.長門社長の謝罪発言が貴社の公式見解なら、鈴木副社長の従前の言動は撤回され、謝罪のうえ、鈴木氏に対し、しかるべき責任が問われて当然である。貴社は鈴木副社長を何らかの引責処分することを考えていないのか、見解を求める。

以上

(2019年10月7日)

 

NHKは官邸におもねることなく、ジャーナリズムの本道に徹せよ

NHK会長 上田良一様

権力監視報道に立ち戻り、報道現場の萎縮克服を求めます

研究者・弁護士有志(名簿略)

 目下、わが国では、森友・加計問題、防衛省の日報隠しに代表される国家の私物化、権力の濫用と腐敗が極限に達しています。しかも、そうした事態を正すべき国会審議と国政調査権が数の力に遮られ、機能不全の状態に陥っています。
 このような民主主義の危機的状況を立て直す最後の砦は有権者の理性的な意思表明と行動ですが、それには有権者が賢明な判断を下すのに十分な情報が不可決です。いわゆるメディアの権力監視報道はそうした使命を担うものにほかなりません。
 この点で、NHKは昨年来、森友学園問題や自衛隊の日報隠しなどで優れたスクープ報道を行ってきました。
 しかし、その一方で、現場の記者の精力的な取材の成果を抑え込むような報道局上層部の姿勢が市民の疑惑、批判を招いてきたことも事実です。たとえば、去る3月29日の参議院総務委員会において、NHKの内部関係者から寄せられた通報と断って、「ニュース7、ニュースウオッチ9、おはよう日本などのニュース番組の編集責任者に対し、NHKの幹部が森友問題をトップ・ニュースで伝えるな、トップでも仕方ないが放送尺は3分半以内、昭恵さんの映像は使うな、前川前文科次官の講演問題と連続して伝えるな」などと事細かな指示が出ていることが取り上げられました。
 こうしたNHK局内の動きと関連して、森友問題で貴重なスクープ取材をしてきたNHK大阪放送局の記者をこの6月の異動人事で記者職から外し、考査部に異動させるという動きも伝えられています。

私たちは、このような一連の動きに共通するNHKの権力監視報道の希薄化を危惧し、以下のことをNHKに求めます。

1. 受信料で支えられる公共放送機関としてのNHKは、権力から独立して自主自律の放送を貫くなか、権力を監視し、国民の知る権利に応える放送を続けているという視聴者の信頼を得ていることが大前提です。NHKが日々の報道でも人事においても、こうした前提を自ら壊すような言動は視聴者への背信行為であり、厳に戒めること
2.  NHK報道局の上層部は取材・番組制作の現場の職員を萎縮させるような人事権を含む権限の濫用を斥け、事柄の核心に迫ろうとする意欲的な取材、番組制作への職員のモチベーションを支え、高めるような役割と職責を果たすべきこと
3.  以上の趣旨と関連して、目下、伝えられているNHK大阪放送局の記者を異動させる人事につき、不当で不合理なおそれも強く、中止を含め根本的に再検討すること 

以上

**************************************************************************

本日(6月1日)午前中に、醍醐聰さんを筆頭とする有志7名が議員会館内で記者会見をし、午後NHKに赴いて、上記の申し入れを行った。

記者会見はおよそ90分。質疑は活発だった。思いがけなくも、有志の側だけでなく、取材の記者を含む共通認識が確認できたという印象。NHKは公共放送として、その使命を果たしていないのではないか。むしろ、権力を監視するジャーナリズムの本旨を貫こうとしている現場の記者をNHKの上層部が押さえつけているのではないか。NHKの中枢には、政権から通じている太いパイプが存在し、このパイプを通じて権力の意向が伝達される仕組みができあがっているのではないか。

記者職から外され考査部に異動の内示を受けているNHK大阪放送局の記者は、森友問題での数々のスクープで知られている。その記者としての活動は、政権にとって明らかに不都合なもの。政権からの指示か、NHKの忖度か、いずれにせよ政権の意向に沿った人事の象徴として注目されている。

NHKは官邸への擦り寄りを優先してこの記者の異動を強行するのか、それとも官邸のNHKに対する圧力などないことを明確にするために異動の内示を撤回するか。いまや岐路に立っているとの自覚が必要だ。

官邸の意向におもねることは易きにつくことである。総務省とは円滑な関係となり、事業計画も予算・決算も、スムースに運ぶことになろう。反対に、官邸の意向に背くことは、難きにつくことである。総務省とは不穏な関係となり、事業計画も予算・決算もスムースには運ばないと覚悟せざるを得ない。

しかし、どんなに困難でも、権力の意向におもねってはならない。権力を監視し批判すべきジャーナリズムの本道から離れてはならない。それは国民の信頼を失うことであり、公共放送の存在根拠を失うことでもあるのだから。

さらには、ことはNHKの問題にとどまらない。国民の知る権利を侵し、日本の民主主義過程の正常な展開を妨げて、国の将来をも危うくしかねない。それは、大本営発表の時代再来の悪夢である。とりわけ、アベ政権が改憲をねらう今、権力におもねらずに「権力が不都合とする情報」についての旺盛な報道姿勢が不可欠なのだ。

本日記者会見に参加していただいた第一線記者たちの、NHK問題についての共通認識が頼もしい。もっとも、NHKと産経・読売の記者は見えなかったようだが。
(2018年6月1日)

緊急のご賛同お願い ― 「NHK大阪記者の不当異動人事中止を求める要望」

加計問題が愛媛県文書(「いいね文書」)の開示で新たな展開を見せている。森友問題についても、明日(5月23日)国有地値下げ交渉に関わる大量の新文書が提示される。アベ内閣は、既に詰んでいるはずなのだが、潔く投了という気配はない。頑強に記録の事実を否定し続けて国民のアキラメを待つ作戦。

そんなアベ政権の指示なのか、NHK上層部の忖度なのか。NHKの不当人事に衝撃が走っている。

第一報は日刊ゲンダイの5月17日記事。次のリードだ。

「皆様のNHK」どころか、これでは“安倍様のNHK”だ。森友学園問題に関するスクープを連発していたNHK大阪放送局の記者が突如“左遷”されるというのだ。安倍政権の急所である森友問題を報道させないための“忖度人事”ではと、NHK内部に衝撃が走っている。

 「森友問題スクープ記者を“左遷” NHK『官邸忖度人事』の衝撃」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/229227

その後、この 『NHK官邸忖度人事』記事の信憑性が確認された。このままでは、5月25日付の異動が実行となる模様。

そこで、この異動を止めるために、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」が下記の緊急の要望書提出に賛同者を募っている。

 2018年5月24日

NHK会長 上田良一様
NHK放送総局長 木田幸紀

 NHK大阪放送局の記者の不当な異動人事の中止を求める要望書

NHK視聴者有志(賛同者名簿は別紙)

 皆様にはNHKの健全な経営と充実した放送のためにお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。
  この間私たちは、森友学園問題に関して、貴局が多くのスクープを行い、森友問題の真相解明に大きな役割を果たしてきたと評価しています。
 ところが、先日、私たちは、森友学園問題の真相に迫る取材に精力的に取り組んできた大阪放送局の記者を記者職から外す人事異動が検討されているとの報道に接しました。
 私たちが関与しない貴局内の人事ですが、異動人事が伝えられる記者は、政権寄りと批判が向けられてきたNHKの政治報道において、時の首相夫妻が疑惑の中心人物となっている森友問題の真相に迫る貴重な取材を続けてきた記者といわれています。このような記者は私たち市民の知る権利に応える誠実で頼もしい人材であり、NHKに対する視聴者の信頼の揺らぎを食い止めるために貢献をしてきた人材でもあると思います。
 そのような記者が森友問題の真相解明の重要な局面で取材現場から外されるとすれば大変不可解なことであり、視聴者は強い疑惑を向けざるを得ません。

 皆様におかれましてはNHKに対する視聴者の信頼を失墜させるような異動人事を中止する措置を直ちに講じられるよう強く要望します。
 仮にも、伝えられたような異動人事が強行されるなら、私たちのみならず、多くの視聴者はそれを左遷人事とみなし、今後のNHKの政治報道に強い不信を抱くことになるのは必至です。

 受信契約の締結義務を是認した先の最高裁判決を引くまでもなく、受信契約も受信規約で定められた受信料の支払い義務も、NHKが放送法第4条他を遵守し、自主自律の放送を貫いて、国民の知る権利に応える放送を続けているという視聴者の信頼を得ていることが大前提です。NHKがそうした前提を自ら壊すような人事を強行するなら、今、受信料の支払いを続けている視聴者の間でも、支払い意欲を減退させる人々が増えるのは必至です。
 NHKの人事担当部署がそのような愚行を犯さないよう、皆様の賢明なご判断と早急な措置を強く要請します。
  以上

賛同の締め切りは5月23日(水)24時である。
下記アドレスにメールでの賛同通知をお願いいたします。     mekiki2018@yahoo.co.jp
ファクスなら、043-461-7004

呼びかけの中心を担っている醍醐聰さんからは次のような連絡をいただいた。

NHK大阪放送局の記者の左遷と受け取れる異動人事の動きは、NHK内で市民の知る権利に応えるため、森友問題の真相に迫る取材をしてきた記者の良識を踏みにじるものであり、NHKの報道現場にも計り知れない萎縮を生む恐れが大きいと考えられます。
そこで、私たち「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は全国のNHK視聴者団体、個人や森友問題で一緒に行動した方々に、賛同の呼びかけをして、不当な異動人事の中止を求める添付のような要望書を24日午前中にNHK上田会長ほかに提出することにしました(25日に異動人事の内示が予定されているため)。

急な呼びかけですが、皆様にご賛同の呼びかけをさせていただきます。
大変短い期間ですが、皆さまの団体、お知り合いの方々にも至急、呼びかけを広めていただけると幸いです。

**************************************************************************
大阪の阪口徳雄君は、5月20日に下記のブログを発表している。
http://blog.livedoor.jp/abc5def6/

      NHK記者の「不当配転」が真実なら受信料拒否宣言をしようと思う

日刊ゲンダイが森友問題を精力的に取材しスクープを発していた辣腕記者を森友問題の取材から外し内勤に変えるとの報道があった。
真相は不明である。
しかし、NHKのトップが「ニュースのトップに森友、加計問題を扱うな」という指示の「内部告発」があったということが国会で議論になっていた。その後の報道を見ていると森友、加計問題はニュースのトップではなく「途中」になってきた印象を持つ。

日刊ゲンダイの報道を信じたくないがNHKのトップは安倍総理のくだらない発言を大げさに、さも重要なことのように誇張して報道するニュースの様子とかを見るにつけ官邸に忖度した報道が多すぎる。

森友問題を一番詳しく取材した記者は本来はNHKの誇りである。このような記者を優遇することはあっても、不当配転をすれば、これは他の諸問題でも官邸が困る報道を取材してきた記者をNHKは同様に不利益取り扱いをすることを意味する。いわば見せしめ人事となろう。これは当該記者のみならず、他の記者への萎縮効果も甚大となろう。

もし日刊ゲンダイの記事の通りであるなら私個人はNHKに受信料の支払いを「拒否」しようと思う。NHKに内容証明郵便で拒否理由を明白にして通知して拒否しようと思う。いつまで続けるかは未だ不明である。

私は以前、籾井会長がNHKの会長に任命されていた間の3年のうち籾井が辞めるまでの約2年半あまり受信料の支払いを拒否した。この時はNHKに内容証明郵便で通知した。何回か督促があったが、断り続け、籾井が辞めたので再開した。

今回の処置は籾井の個人的資質とは異なり、NHKの持つ本質的、構造的な権力忖度人事であり、これでは放送法4条の趣旨をNHKが安倍政権の前で自ら放棄するに等しい。

受信料拒否する者にNHKが裁判するなら私自らは受けて立つし,他の者に裁判でもあれば法的な支援は惜しまない気持ちである。

日刊ゲンダイの記事が間違いであると信じたい。

(2018年5月22日)

「可視化された悪役」が退場しても、NHKに対しては「猜疑の眼」が必要だ。

一昨日(4月8日)、多菊和郎さんからメールをいただいた。
「3年間続けてきたNHKの受信料支払停止を終了することにしました」とのこと。「会長の交代でNHKの現状が改善されるとは思っていませんが、支払停止は籾井会長の辞任・罷免を求めてのことであったので、この際、区切りをつけようと考えました。」という。

しかし、多菊さんは、なんの留保もなく受信料支払いを継続するつもりではないという。その意向を「多菊和郎のホームページ(http://home.a01.itscom.net/tagiku)にアップロードしました」という。これをご紹介したい。

以前にも触れたことがあるが、多菊さんは私の学生時代の同級生。1965年4月に進学の東大文学部社会学科で席を同じくした仲である。とはいえ、当時親しかった記憶はない。いや、お互いの存在すら知らなかった。わずか30人ほどのクラスでのこと。私の授業への出席率が極端に悪かったからなのだ。当時私は、もっぱら生活費を稼ぐためにアルバイトに明け暮れていた。本郷のキャンパスは、ほとんど私の生活の場ではなかった。

多菊さんを初め、同級生のほとんどは1967年3月に卒業している。あれから、ちょうど50年だ。30人の同級生のうち、8~9人がNHKに就職したのではないだろうか。多菊さんもその一人だ。私は就職活動もせずに留年して、結局は中退となった。私も真面目に勉強しておれば、もしかしたら多菊さんのようにNHKに就職していたのかも、などと思うこともある。

その多菊さんと、偶然に何年か前初対面同然で巡り会った。そして、彼がNHKのOBとして籾井勝人会長の発言に怒り心頭であること、退職者有志たちで会長罷免要求の運動をしていることを知った。なによりも驚いたのは、彼がNHK退職者でありながら、受信料支払い停止を実践していることだった。しかも学ぶべきは、彼の行動が実に堂々としていることである。匿名に隠れたり、遅疑逡巡するところがない。明確な信念の行動なのだ。

彼は、NHK受信料支払いを支持する立場である。しかし、「2004年7月のNHK職員による不祥事に、多くの視聴者が受信料支払いの拒否や保留に転じたためNHKの経営が危機に瀕した」事件に関して、「NHKの側が十分に“視聴者に顔を向けた”放送局でなかったために,視聴者が『最後の手段』を行使した。その意味では、受信料制度は破綻したのではなく、設計どおりに機能したと言えよう」と、視聴者の「最後の手段」としての受信料支払い拒否を「制度の設計どおりの機能」と肯定する。

その一方で、「なお一点確認しておくべきことがある。それは、NHKの経営基盤が弱体化すれば、政治権力は間髪を容れずこのメディアヘの支配権拡大に着手することがはっきりと見えた」ともいう。
視聴者の賢い対応で、公共放送を育てていくことが必要だという意見なのだ。

ほかならぬその彼の受信料支払い停止実践の記録が、「多菊和郎のホームページ(http://home.a01.itscom.net/tagiku)に掲載されている。

このホームページには、これまで以下の4本の記事が掲載されていた。
1 籾井勝人NHK会長あて   
   会長職の辞任を求める書簡(2014年3月3日付)
2 浜田健一郎NHK経営委員長あて
   NHK会長の罷免を求める書簡(2014年3月3日付)
3 受信料支払い停止の経緯に関する報告資料(2014年4月28日)
4 参考資料(論文)放送受信料制度の始まり

それに、今回(4月8日)、
5 NHK経営委員長・会長あて
  会長交代に関する意見と対応(2017年3月17日付)
として、新たに下記の記事が付け加えられた。
**************************************************************************
2017 年3 月17 日
日本放送協会 経営委員長 石原 進 様
日本放送協会 会 長 上田良一様
多菊和郎
NHKと受信契約を結び放送受信料を長い間支払ってきた視聴者の一人として、また三十年あまりNHKに奉職し公共放送の仕事に携わった者として、3年前の2014年3月に、籾井勝人会長(当時)に会長職の辞任を求め、浜田健一郎経営委員長(当時)に籾井会長の罷免を求める書簡をお送りしました。求めた事柄のお聞き容れが無かったため同書簡でお伝えしたとおり翌月に受信料の支払いを停止しました。
今回この書面によって、前会長の任期満了と新会長就任という事態の変化に対応する私の考えを申し述べます。

1 NHK会長としての資質を欠く前会長に3年の任期を全うさせた経営委員会は、この間に大きく損なわれたNHKへの信頼を回復するため、最大で真率の努力を傾注する責任を負っていると思います。信頼失墜の最大の原因である報道姿勢の問題について、新会長就任後2か月余りが経過した今も、変化の兆候は見えていないと感じています。

2 このように、NHKの現状に関する私の認識は昨年末までのそれと大きく変わっていませんが、3年前の書簡で求めた会長の辞任・罷免については、当該の要求事由が消滅しました。したがって、2014年4月以来支払いを停止し相当額を私的に積み立ててきた過去3年分の放送受信料を支払います。

3 本年4月以降の受信料支払いについては「口座・クレジット」による支払方法を選択せず、「継続振込等(コンビニを通じての2か月前払)」の方法によって支払います。これは、今後当分の間「猜疑の眼」を以ってNHKの放送内容と組織の実態を凝視し続けるという、私の意思を表明する手段であるとご承知ください。

4 「猜疑」の理由を述べます。私は、経営委員を含むNHKの役職員の中に、「放送に携わる者の倫理」を忘却または放擲したまま仕事を続けている人々が存在すると看ています。そこで、たとえ過去3年間の執行部責任者のような「可視化された悪役」が退場しても、《政府が「右」と言うことは「右」としか伝えない半公然のシステム》が既に機能しているのではないかという深い猜疑の念を払拭できないのです。

5 「猜疑の眼」でNHKを凝視するに当たって、次の2項を判断の基準にしていきたいと考えています。
(1) 放送番組編集方針、特にニュース・報道番組においてジャーナリズムの基本原則が堅持されているかどうか。
(2) 経営委員の任命を含むNHK役職員の人事配置において特段の公正と透明性が確保されているかどうか。

私は今、放送法第一条に謳われている「放送に携わる者の職責」という文言について、その意味するところに思いを巡らしています。
  以上

「可視化された悪役」という表現が言い得て妙である。「可視化された悪役」は、運動の標的として恰好の存在ではあるが、舞台は「可視化された悪役」一人で作られたものではない。それを支えていた脇役も多数いたというべきなのだ。その悪役一人の退場後も、可視化されない悪役たちが舞台で跳梁を続けているのではないか。その可視化されていない悪役に「猜疑の眼」による凝視が必要だというのだ。当事者意識をもって事態を見つめてきた多菊さんならではの対応。学ぶところが多い。
(2017年4月10日)

NHK受信料訴訟大法廷回付に思う

NHKとの受信契約締結を拒否した男性を被告として、NHKが受信料の支払いを求めた訴訟が上告審に係属中である。その事件の審理が大法廷に回付されたことで話題となっている。訴訟の焦点は、契約成立の時期をめぐる争いと報じられているが、問題はそれだけではあるまい。もっと基本的な問題があるはずだ。

この事件では、視聴者側の契約締結の意思表示はない。それでも強気のNHKの主張は、「受信契約の『申込書』を視聴者に送った時点で自動的に契約が成立する」「視聴者が承諾しなくても、放送法に基づいて支払いの義務が生じる」というもの。

もっとも、「この事件の一審・東京地裁判決は『申込書を送っても、承諾しなければ契約は成立しない』と判断。『判決が男性に承諾を命じた時点で契約が成立する』と結論づけ、二審も支持した。他の訴訟の判決でも同様の考え方が主流だ。」(日経)と報じられている。

NHKが、契約未締結の視聴者を被告として、裁判所に「受信契約承諾の意思表示を求める訴訟」を提起し、これに勝訴すればその時点で受信契約が成立する。これが、一審判決の構成。これを前提にすれば、NHKは、契約未締結者の一人ひとりにこのような提訴をしなればならず、煩わしさを覚悟しなければならない。しかし、その覚悟さえあれば、訴訟によって契約未締結者との契約を成立せしめることができることになる。

どうしてそんなことができるのか。NHKと視聴者との関係を規律しているのが、放送法第64条1項。〈受信契約及び受信料〉という標題が付けられた、やや奇妙な条文である。

分かり易く、同条1項本文を整理するとこうなる。
「NHKテレビ放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、NHKとの間において、その放送の受信についての契約をしなければならない。」

一応は、「NHKテレビを受信することのできる受像器を設置した者」に対する契約締結を命じる内容とは読める。しかし、この「しなければならない」は、「したものと見なす」ではない。「しなければならない」の強制手段について触れるところはなく、視聴者がこの規定に従わなかった場合の効果はまったく記載されていない。「契約をしなければならない」にもかかわらず、契約をしなかった場合はどうなるのだろうか。

この64条の規定が裁判規範として法的拘束力をもつものか、それとも訓示規定に過ぎないか。それは定かではない。そもそも、法が「契約締結」を命じうるかが、問われなければならない。

「やや奇妙」というのは、本来契約は自由だからである。契約を締結するかしないか、誰とどのような内容の契約を締結するか、すべて自由であることが想定されている。契約の方式や内容については弱者保護の政策的理由から種々の規制がある。また大量の契約を斉一的に取り扱う必要からも、約款における「契約自由の原則」は変容している。とはいえ、契約締結それ自体を命じる法の条文には、「ナニこれ?」という違和感を禁じ得ない。本当に、放送法64条を裁判規範と理解し、その効果として契約締結を認めうるのだろうか。

国民に義務を課することが可能かと問われている場面である。裁判規範としての法的効果が明示されていない条文を、解釈で補って、これを根拠に義務を課することには慎重でなくてはならない。

また、受信料を契約上の債務とした放送法の趣旨を吟味しなければならない。放送法は、戦前のNHKが権力と一体化したメディアとして戦争や植民地支配そして思想の統制に果たした役割への徹底した批判と反省に立脚して制定されたものと理解しなければならない。

NHKを常に国民の批判に曝されたものとし、国民の負託に応えるべく自覚を継続するに適合した制度として、契約による受信料支払いの制度を構築したものと考えるべきである。契約は、飽くまで自由である。64条は訓示規定と読むべきである。視聴者各自がNHKのあり方に納得し容認して、各自のその意思に基づいて、NHKを支えるべく契約締結に至ることを想定しているというべきである。

あるいは、NHKが、放送法1条や4条に記載された公共放送としてのあり方に適合していることを当然の前提として、放送法64条があると読まねばならない。

このように解して初めて、国民が支えるNHKであり、国民の批判に謙虚に耳を傾けるNHKとなる。軽々に、「64条の効果として、裁判所は判決で契約締結を命じうる」としてはならない。
(2016年11月14日)

籾井NHK会長再任に反対する署名は3万2670筆ーさらにご協力を

民主主義の政治システムにおいては、政治権力が知られたくない情報をこそ、国民が把握できなくてはならない。そのような意味での国民の知る権利が全うされるか否かは、ひとえにメディアの報道姿勢の如何にかかっている。

諸メディアの中で、NHKがひときわ大きな存在である現在、NHKの報道の質は、国民世論の動向や政権形成のあり方に影響極めて大きいと言わねばならない。日本の民主主義を語る上で、NHKの政治報道姿勢は避けて通れないと言ってよい。

比較の対象は、公共放送としての性格を近しくするBBCだ。その権力におもねらない姿勢故の英国国民からの信頼に比して、NHKはまことに権力からの独立という矜持に乏しい。国民からの信頼が薄い。

NHKは、「大本営発表」時代の母斑を消すことのできぬ間に、「政府が右と言えば、左ということはできない」と公言する会長を据えてしまった。恥ずかしげもなくNHKの経営委員の席を占める大方も、アベのお友だち揃いではないか。いまや、NHKの政治報道を「アベチャンネル」と揶揄する言葉が定着している。アベ政権と籾井NHKの醜い「相い寄る魂」の図。その籾井勝人会長の任期が来年1月で切れる。こんな人物を再任させてはならない。

「国民は自らにふさわしい政府しかもてない」から、アベ政権が存続している。「国民は自らにふさわしいメディアしかもてない」から、NHKのアベチャンネル化を許している。政権がアベチャンネル化を促進し、アベチャンネルが政権を支える。この悪循環を断ちきらねばならない。

国民が声を発して、まずはNHKのアベチャンネル化を脱却しよう。そのためには、籾井続投を許してはならない。NHKをアベのチャンネルから解放して、真っ当な政権批判のできるメディアにしなければならない。

そのための、メディアに関心をもつ各団体が、共同して籾井NHK会長再任に反対する署名を提出した。NHKの会長人事権は、経営委員会が持っている。署名は経営委員会宛の要望書となっている。

☆要望書のタイトルは、
「次期NHK会長選考にあたり、籾井現会長の再任に絶対反対し、推薦・公募制の採用を求める」というもの。

☆経営委員会長宛の具体的な要望事項は以下のとおり。
1. 公共放送のトップとして不適格な籾井現会長を絶対に再任しないこと
2. 放送法とそれに基づくNHKの存在意義を深く理解し、それを実現できる能力・見識のある人物を会長に選考すること
3. 会長選考過程に視聴者・市民の意思を広く反映させるよう、会長候補の推薦・公募制を採用すること。そのための受付窓口を貴委員会に設置すること

☆ 要望事項に添えられた要請文は下記のとおり。
 来年1月に籾井現会長の任期が満了するのに伴い、貴委員は目下、次期NHK会長の選考を進めておられます。
 私たちは、放送法の精神に即して、NHKのジャーナリズム機能と文化的役割について高い見識を持ち、政治権力からの自主・自立を貫ける人物がNHK会長に選任されることを強く望んでいます。
 籾井現会長は、就任以来、「国際放送については政府が右ということを左とは言えない」、「慰安婦問題は政府の方針を見極めないとNHKのスタンスは決まらない」、「原発報道はむやみに不安をあおらないよう、公式発表をベースに」など、NHKをまるで政府の広報機関とみなすかのような暴言を繰り返し、視聴者の厳しい批判を浴びてきました。このような考えを持つ人物は、政府から自立し、不偏不党の精神を貫くべき公共放送のトップにはまったくふさわしくありません。
 次期会長選考にあたっては、視聴者の意思を反映させる、透明な手続きの下で、ジャーナリズム精神を備え、政治権力に毅然と対峙できる人物が選任されるよう、貴委員会に対し、以下のことを強く要望いたします。

第3次集約分の署名は合計3万2670筆となって、11月7日これを経営委員会に提出した。以下は11月9日付け赤旗の記事。

「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」の醍醐聰共同代表らは7日、次期NHK会長選考にあたっての要望署名第3次集約分を経営委員会に提出しました。新たに集約されたのは1万2575人分。第1次集約からの累計で3万2670人分となりました。
 署名は同コミュニティを含む全国27の視聴者・市民団体が呼びかけています。籾井勝人現会長の再任に反対し、会長の推薦・公募制の採用を求めています。
 併せて、署名とともに寄せられた視聴者からのメッセージ13人分も提出しました。主な声は次の通り。
「不偏不党であるべき放送事業者は、時の政権や経営責任者におもねることなく市井の視点から番組などを作っていくのが使命だと思います」
「籾井現会長になってからは、情報などが信用できなくなり、テレビを整理して観ていません」
「NHKには公共放送だからこそできる、政権からも財界からも独立した放送を目指し続けていただきたい」署名の最終集約は18日で、最終分を21日に提出します。

未署名の方は是非ご協力をお願いしたい。国民が真実を知ることのできるNHKとするために。署名の最終集約は11月18日。

☆署名用紙の全文(呼びかけ団体、署名運動の趣旨、要望事項、署名欄、署名用紙の郵送先などを記載)は下記URLを参照してください。
  http://bit.ly/2aVfpfH

☆ネット署名も受け付けています。
  https://goo.gl/forms/G43HP83SSgPIcFyO2
 署名に添えられたメッセージを、個人情報を省いて、ネット上で公開しています。
  https://goo.gl/GWGnYc
☆署名の最終集約とその提出予定
  集約日   11月18日(金)
  提出予定日 11月21日(月)

(2016年11月10日)

朝日新聞 WEBRONZAに、スラップ関連の2論稿掲載ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第89弾

2論稿とは、内藤光博教授の「市民の『表現の自由』を侵害するスラップ訴訟ー言論活動を萎縮させる『スラップ』、日本社会での認識を高めることが必要だ」
http://webronza.asahi.com/national/articles/2016102800003.html?

そして、私の「スラップ訴訟の実害と対策 私の経験からージャーナリズム全体の萎縮状況がスラップ訴訟を生む土壌に」
http://webronza.asahi.com/national/articles/2016102600001.html

本日(2016年10月31日)早朝、WEBRONZA「社会」のジャンルでアップされた。実は掲載まで、内藤論稿との抱き合わせ原稿依頼とは知らなかった。研究者らしく問題の全体状況をバランスよく解説した内藤論稿と、当事者として問題の焦点をしぼった拙稿との組み合わせが絶妙ではないか。

拙稿の新味は、スラップ訴訟の増加傾向を「ジャーナリズム全体に萎縮状況のあることが基本的な原因だろう」と言っていること。「天皇制や政権批判における言論の層が薄く切れ味も鈍い。だから、やや突出した言論が権力の側から叩かれる。これに対して言論界が一致して、表現の自由擁護のために闘うという雰囲気が脆弱である。こういう状況が、スラップを生む土壌となっている。」とする論調。詳細はサイトをご覧いただきたい。

売り込んだ記事ではない。編集部からの寄稿依頼によるもの。法セミに続く企画。少しずつ、スラップへの社会的関心が高まっているように思える。
**************************************************************************
NHK経営委員会宛ネット署名(11月4日締切り)のお願いー「次期NHK会長選考にあたり、籾井現会長の再任に絶対反対し、推薦・公募制の採用を求めます」

NHK経営委員会 御中

 来年1月に籾井現会長の任期が満了するのに伴い、貴委員会は目下、次期NHK会長の選考を進めておられます。

 私たちは、放送法の精神に即して、NHKのジャーナリズム機能と文化的役割について高い見識を持ち、政治権力からの自主・自立を貫ける人物がNHK会長に選任されることを強く望んでいます。

 籾井現会長は、就任以来、「国際放送については政府が右ということを左とは言えない」、「慰安婦問題は政府の方針を見極めないとNHKのスタンスは決まらない」、「原発報道はむやみに不安をあおらないよう、公式発表をベースに」など、NHKをまるで政府の広報機関とみなすかのような暴言を繰り返し、視聴者の厳しい批判を浴びてきました。このような考えを持つ人物は、政府から自立し、不偏不党の精神を貫くべき公共放送のトップにはまったくふさわしくありません。

 次期会長選考にあたっては、視聴者の意思を反映させる、透明な手続きの下で、ジャーナリズム精神を備え、政治権力に毅然と対峙できる人物が選任されるよう、貴委員会に対し、以下のことを強く要望いたします。

1.  公共放送のトップとして不適格な籾井現会長を絶対に再任しないこと
2. 放送法とそれに基づくNHKの存在意義を深く理解し、それを実現できる能力・見識のある人物を会長に選考すること
3.  会長選考過程に視聴者・市民の意思を広く反映させるよう、会長候補の推薦・公募制を採用すること。そのための受付窓口を貴委員会内に設置すること

署名数は現在2万8000筆ほど。もう一押しで3万に到達します。
詳細は以下を参照ください。
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/nhk-1e91-1.html
(注)紙の署名用紙はこちら→http://bit.ly/2aVfpfH(注)この署名運動についてのお問い合わせは
   メール:kanjin21menso@yahoo.co.jp または、
   お急ぎの場合は 070-4326-2199 (10時~20時受付)までお願いします。
(注)以下のネット署名でNHK経営委員会に提出する名簿にはメールアドレス以外の項目すべてが記載されます。ネット上に集計結果を公開するときは「お名前」「お住まい(市区町村名)」は削除します。
   → 集計結果の公開URLは https://goo.gl/GWGnYc  
  *署名の第3次集約は11月4日(金)(第3版)です。
   11月7日、NHKに提出予定です。
(2016年10月31日)

「NHK・ワンセグ裁判」さいたま地裁判決を評価する

高市早苗総務相は昨日(9月2日)の記者会見で、さいたま地裁が、「ワンセグ放送を受信できる携帯電話を持っているだけではNHKの受信料を支払う義務はない」と判断したことについて、「携帯受信機も受信契約締結義務の対象と考えている」と述べた、と報じられている。この人は、はたして判決書きを読んで、ものを言っているのだろうか。

 裁判では、ワンセグ機能つき携帯電話の所有者が、放送法64条1項で受信契約の義務があると定められている「放送を受信できる受信設備を設置した者」にあたるかが争われた。高市氏は「NHKは『受信設備を設置する』ということの意味を『使用できる状況に置くこと』と規定しており、総務省もそれを認可している」と説明した。(朝日)

総務相の説明は、さいたま地裁でNHKが主張して、裁判所に排斥された考え方の要約。判決理由の批判になっていないのだ。所管の大臣が、蒸し返して同じ理屈しか言えないようでは、控訴しても覆すことは難しかろう。

8月28日さいたま地裁で言い渡された、「NHK・ワンセグ裁判」判決。ようやく判決書に目を通すことができた。報道の印象とは異なって、堂々の判決理由となっている。これなら、控訴審でも十分に持ちこたえそうだ。

この裁判の原告は、大橋昌信という朝霞市の市会議員。「NHKから国民を守る党」として選挙に臨んで当選している。この裁判の提起は、彼の政党活動でもあったわけだ。

ところで、「NHKから国民を守る党」に格別の理念は見あたらない。「NHKの政権への擦り寄り体質がもたらす害悪から国民を守る」とか、「NHKの報道萎縮の弊害から国民を守る」という党是はない。純粋に「NHKの受信料取り立てによる経済被害から国民を守る党」であるらしい。それでも果敢にNHKと闘っていることを評価すべきなのだろうが、この政党との距離感のとりかたは悩ましいところ。

裁判は、NHKから起こされたものではない。大橋市議が原告となって被告NHKを訴えたもの。請求の趣旨は、「原告(大橋)が、被告(NHK)との間に受信契約を締結する義務が存在しないことを確認する。」という義務不存在確認請求訴訟。請求のとおりの判決となった。

原告は訴訟代理人(弁護士)を選任することなく、本人訴訟を貫いた。判決を読む限りだが、原告と被告の論戦があって裁判所が原告の側に軍配を上げたという経過ではない。法律論は、もっぱら被告NHK側が詳細に主張し、裁判所はNHK側の法的主張を説得力ある論拠を挙げて排斥した。被告NHKは一人相撲をとって、原告にではなく行司役の裁判所に寄り切られたという印象。それでも、視聴者側の勝ちは勝ち。NHKの負けは負け。貴重な判決であり、影響は大きい。

争点は簡明である。放送法第64条1項本文は、「協会(NHK)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会(NHK)とその放送の受信についての契約をしなければならない」と定める。原告は、ワンセグ機能付き携帯電話をもっているが、「携帯」して持ち歩いており「設置」していない。だから、64条1項本文の「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」に該当しない。それゆえに、受信契約締結義務はない、と主張した。

原告の主張は、徹底した文理解釈である。国語の意味において「設置」と「携帯」とは明らかに異なる。「設置」とは据え置かれて固定されていることをいい、機器を持ち歩いての「携帯」が「設置」となるはずはない、という単純にして明快な理解。

これに対する被告NHK側は、目的論的な解釈論を展開した。
「放送法64条1項の趣旨は,被告(NHK)の公共放送機関としての役割の重要性に照らし,被告が適正かつ公平に受信料を受領できるようにすることにあり,上記趣旨を全うするには,受信設備が一定の場所に設け置かれているか否かで区別すべきでないから,「設置」とは受信設備を使用できる状態に置くことを意味する。」という。つまりは、国語の意味に拘泥することなく、条文の趣旨・目的を見据えた「正しい解釈」をしなければならない。受信機を固定しようと持ち歩こうと区別の必要はなく、要は受信が可能かどうかだけが問題なのだから、64条の「設置」とは結局のところ「携帯」を含む概念である、という。

やや我田引水気味ではあるが、もちろん荒唐無稽な主張ではない。NHK側は、この理屈で裁判所は勝たせてくれる、と思っていたにちがいない。「なんたって、NHKも司法も準国家機関。裁判官は仲間だもの」。

ところが、判決はNHKと司法との仲間意識を吹き飛ばすものとなった。
判決理由は、憲法83条(財政民主主義)、84条(租税法律主義)及び財政法3条から説き起こす。財政法3条とは、馴染みが薄いが、「租税だけでなく、国が国権に基いて徴収する課徴金や専売代金価格や事業料金などは、すべて法律又は国会の議決に基いて定めなければならない」と憲法の租税法律主義を補充した規定。NHK受信料もこれに含まれるという趣旨だ。

これは原告が主張したことではない。裁判所は、事実主張に対する判断においては、当事者(原被告)の主張に拘束される(弁論主義)が、法的な判断に関しては当事者の主張に縛られないのだ。

問題は、以前から論じられている受信料の法的性格。
判決は、「放送を受信することのできる受信設備を設置した者は,実際に放送を受信し,視聴するか否かにかかわらず,被告(NHK)と受信契約を締結する義務を負うから,受信料は必ずしも放送の視聴に対する対価とはいえず,被告(NHK)の維持運営のために特殊法人である被告(NHK)に徴収権が認められた特殊な負担金と解するのが相当である。」と双務契約上の対価説を否定する。これは、他の受信料訴訟での視聴者側には歓迎すべき判断ではない。

しかし、本件ではそのことが、NHKの受信料請求を認めるためには、厳格な法解釈を必要とするとの根拠にされている。この部分の判断は以下のとおり。やや長いが、該当個所の全文を引用しておきたい。

被告(NHK)は,放送法16条により設立された特殊法人であって,「公共の福祉のために,あまねく日本全国において受信できるように豊かで,かつ,良い放送番組による国内基幹放送」を行うことを目的とし(放送法15条),内閣総理大臣が任命した委員により構成される経営委員会が,受信料について定める受信契約の条項(受信規約)について議決権を有しており(同法29条1項1号ヌ),受信規約は総務大臣の認可を受ける必要があること(同法64条3項)からすれば,受信料の徴収権を有する被告は,国家機関に準じた性格を有するといえるから,放送法64条1項により課される放送受信契約締結義務及び受信料の負担については,憲法84条(租税法律主義)及び財政法3条の趣旨が及ぶ国権に基づく課徴金等ないしこれに準ずるものと解するのが相当であり,その要件が明確に定められていることを要すると解するのが相当である。

以上が、ユルユルの目的論的解釈を排して、厳格な文理解釈を採用すべきとする基本原理の説示である。これを判決は「課税要件明確主義」といっている。

その上で、判決は「同一の法律において,同一の文言が使用されている場合には,同一の意味に解するのが原則であることはいうまでもない」「課税要件明確主義の立場からは,一層,同一文言の解釈について一貫性が要求されるというべきである。」として、放送法2条14号は「設置」と「携帯」を区別している、と指摘する。

放送法第2条は、「この法律及びこの法律に基づく命令の規定の解釈に関しては、次の定義に従うものとする」という定義規定で、その14号は「移動受信用地上基幹放送」を定義して、「自動車その他の陸上を移動するものに『設置』して使用し、又は『携帯』して使用するための受信設備により受信されることを目的とする基幹放送であつて、衛星基幹放送以外のものをいう。」と明確に、『設置』と『携帯』を別の概念として使い分けている。

また、判決は放送法64条の改正経緯を検討して、当初の「設置」の概念が「携帯」を含まないものであったことが明らかであるところ、後に「携帯」という文言が放送法に取り入れられてもなお、64条については何らの変更もなく、変更の議論や説明もされていない。「設置」の概念に変更があったと解することはできない、ともいう。

判決は、さらに放送法だけでなく、電気通信事業法などの他の法律の『設置』概念の検討を経て、「放送法64条1項の『設置』は,同法2条14号の『設置』と同様,『携帯』の意味を含まないと解するのが相当である。」と結論づける。その結論に至る論理は明快で、分かり易い。

高市コメントは、以上の説得力ある判決理由に対する的確なコメントとなっていない。要するに、地裁判決の判断に不服だから控訴する、というだけのもの。行政が、下級審で不本意な判決に接したとき、もっと謙虚なコメントがあってしかるべきではないだろうか。行政の論理を正当と維持して上訴する権利はもちろんある。しかし、下級審とはいえ、憲法上の行政のチェック機関である裁判所から、行政の間違いを指摘されたのだ。しかも、詳細に説得力をもって。そのことの重みを十分に認識した上での謙虚な対応であって欲しいと思う。
(2016年9月3日)

澤藤統一郎の憲法日記 © 2016. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.