澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

官房機密費訴訟上告審ー最高裁はブラックボックスに光を当てうるか。

国の財政は国民が納めた税金によって成り立っている。国の機関が国民に税金の使途について報告の義務があり、納税者たる国民はすべての税金の使途について知る権利がある。国民が主権者である以上、あまりに当然のことだ。

ところが、これに例外がある。正確に言えば、例外としてまかり通っている「穴」がある。官房機密費(「内閣官房報償費」とも)がその典型。例年14億6000万円が予算計上され、内閣情報調査室の活動に充てる2億円ほど(これも具体的な使途は明らかにされない)を差し引いた残りの12億円余りが、官房長官の一存で使えるカネとされる。

「使途は自由、領収書は不要、会計検査院もノーチェック」だと言われている。国民への報告義務のないカネ。私的な着服があっても、流用があっても、国民の目からは覆い隠されて窺い知ることができない。検証のしようがない、まさしくブラックボックスの世界。

そんなカネだから、昔から疑心暗鬼の対象となってきた。悪いうわさが絶えない。野党工作費として使われた、首相経験者に中元・歳暮として現ナマが渡されている、世論操作のため御用評論家にばらまかれている、外遊する議員への餞別、飲み食いに使われている…。

ときに、官房長官経験者から、「これでよいのか」と問題提起がなされる。小渕恵三内閣の野中広務、民主党野田佳彦政権の藤村修など。

野中広務がメディアに漏らしたところでは、「官邸の金庫から毎月、首相に1000万円、衆院国対委員長と参院幹事長にそれぞれ500万円、首相経験者には盆暮れに100万円ずつ渡していた」という。「前の官房長官から引き継いだノートに、政治評論家も含め、ここにはこれだけ持って行けと書いてあった。持って行って断られたのは、1人だけ」「国民の税金だから、官房機密費を無くしてもらいたい」などとも。

2009年総選挙で自民党が大敗し、政権交代が決まった直後に、麻生内閣の河村建夫官房長官が2億5000万円の官房機密費を引き出したことが話題となり、告発までされた。もう政権がなくなる時点で、いったい何に使おうと言うことだったのだろうか。謎のままである。

このブラックボックスに光を当てようという試みが、市民団体「政治資金オンブズマン」のメンバーによる大阪地裁への情報公開請求訴訟。10年がかりの、1次~3次までの3件の訴訟で、官房機密費支出に関連する各文書の開示を求めて、いま最後の最高裁判決を迎えようとしている。

問題になっているのは、官房長官を安倍晋三が務めた2005~06年の約11億円と、河村建夫の09年の約2億5千万円、そして菅義偉による13年の約13億6000万円の、各官房機密費支出に関連する3種類の文書開示の是非。

開示請求は、5種類の文書に対して行われたが、「支払決定書」「領収書」の2種類については、3件の大阪高裁判決のすべてで原告側の敗訴となり、これは既に最高裁でも確定している。残る「政策推進費受払簿」「出納管理簿」「報償費支払明細書」の3種類の文書では、高裁の判断が割れた。

1次・2次各訴訟での大阪高裁判決は原告側勝訴となって、その開示が命じられた。一部にせよ、官房機密費の使途を明かすよう求めた訴訟での高裁認容判断は初めてだという。しかし、3次訴訟では原告側敗訴となって、原告側と被告・国側の双方が上告した。

昨年暮れの12月22日に、最高裁で弁論が行われ、上告審判決が1月19日第2小法廷(山本庸幸裁判長)で言い渡される。さて、「ブラックボックス」に一筋の光が差し込むことになるだろうか。

政権を信頼する立場からは、行政を円滑に進めるための「ブラックボックス」は必要だから情報開示の必要はない、となろう。しかし、健全な民主主義とは政権に対する国民の猜疑によって支えられるとする立場からは、財政使途のブラックボックスなどあってはならない、ということになる。

果たして、最高裁は、健全な民主主義擁護の立場に立つことができるだろうか。
(2018年1月11日)

「安倍靖国参拝違憲訴訟・関西」最高裁判決について

まずは、以下の「抗議声明」をお読みいただきたい。

「2017年12月20日、最高裁判所第二小法廷は安倍首相靖国参拝違憲訴訟において、不当な上告棄却(および上告不受理)決定を下した。

 そもそも本件参拝は、憲法第20条に明確に禁止されている国家機関(内閣総理大臣)による宗教活動であることは明らかである。また、違法な参拝を受け入れた靖国神社は戦没者を英霊と意味づけることによって国民に対して英霊につづいて国と天皇のために命をささげることを促す戦争準備施設であり、そのことは、被告靖国神社自身が『靖国神社社憲』などで明確に認めていることである。したがって、本件参拝は原告(控訴人)らの内心の自由形成の権利・回顧祭祀に関する自己決定権などを侵害するのみならず、平和的生存権を侵していることも明らかである。本件参拝は、けっして「人が神社に参拝する行為」一般に解消できるものではない。

1981年4月22日に行われた靖国神社の例大祭に対して愛媛県は5000円の玉ぐし料を支出した。支出だけで、知事が東京に出向き例大祭に参拝したわけではない。この件に対して最高裁大法廷は1997年4月2日疑問の余地のない違憲判決を下した。わずか5000円の支出が憲法第89条が禁止する宗教団体への援助になるとしたのではない。県が靖国神社を特別扱いしたことが知れ渡ることが援助になると判断したのである。首相の参拝となれば、この「援助」は絶大である。このことは、本件を審理した地裁・高裁の裁判官も当然熟知している。すなわち、本件参拝はどう考えても違憲というほかはないことを彼らは熟知している。この、愛媛玉ぐし料訴訟最高裁判決に際して尾崎行信裁判官が「今日の滴る細流がたちまち荒れ狂う激流となる」という警句を以て違憲行為の早目の阻止を示したことや、小泉靖国参拝違憲訴訟福岡地裁判決において亀川清長裁判官が、違憲性の判断回避は行政の違憲行為を放置することになるからとして「当裁判所は、本件参拝の違憲性を判断することを自らの責務と考え」るとしたような憲法擁護の責務を果たす気概は現在の司法には存在しないのだろうか。

本件に対する地裁及び高裁の判決は、それでも屁理屈の理由を付している。最高裁第二小法廷はそれさえしないのである。大阪地裁及び高裁で安倍首相に対する忖度の理屈をこねる役割を担わされた裁判官たちは、最高裁第二小法廷の山本庸幸裁判長らをうらやましく思っていることだろう。そして、どんな明白な証拠が出てきても、忖度を重ね、しらを切り通せば、国税庁長官や最高裁判事に「出世」できると学んだことであろう。

われわれは、こうした日本の行政と司法の現状に怒りを超えて深い悲しみを覚える。
われわれは、この決定を到底容認することはできない。これに対して、強く抗議するとともに、戦争を志向し人権を侵害する行為を見逃さない司法が確立し、今後、閣僚らの靖国参拝が永遠にとどめられるまで、闘いをやめないことを宣言する。

 2017年12月22日
安倍靖国参拝違憲訴訟の会・関西訴訟団
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 安倍晋三が首相として靖国神社を参拝したのは、2013年12月26日、第2次安倍内閣発足後1年を経てのことである。彼は、礼装し公用車を使って靖国に向かい、「内閣総理大臣安倍晋三」と肩書記帳して、正式に昇殿参拝している。靖国側も私人安倍晋三として接遇したわけではない。これを私的参拝だから政教分離則に反しないというのは、黒いカラスを白い鷺と言いはるほどの無理があろう。

 要するに、首相としての安倍晋三が靖国という軍国主義を象徴する宗教施設に参拝したことが憲法の政教分離原則に反することは明らかなことなのだ。最高裁は、厳格な政教分離論を排斥して、目的効果基準を編み出したが、この緩やかな基準をもってしても、愛媛玉串料訴訟大法廷判決は、県費からの玉串料支出という形での愛媛県と靖国神社との関わりを、違憲と断じた。しかも、裁判官の意見分布は13対2の圧倒的大差だった。

だから、原告らは勝訴を確信していたか。実はそうではない。問題は、違憲判断にたどり着けるかどうかにあった。その点だけが実質的な争点だったといってよい。喩えて言えば、土俵に上がっての勝負は目に見えていた。問題は、土俵での取り組みができるかどうかだけ。結局は、原告らは土俵に上げてもらえなかったということなのだ。

裁判所とは、違憲・違法な行為があったときに、誰でも駆け込んでその是正を求めることができるところではない。権利の侵害を受け者が、その回復を求めることができるに止まるのだ。その意味では、裁判所は人権の砦ではあっても、必ずしも憲法の砦ではない。たとえ政府に明白な違憲行為があろうとも、そのことによって権利の侵害を受ける者がいなければ、裁判手続を通じての是正はできない。他人の権利侵害での裁判も受け付けてはもらえない。健全なメディアによる健全な世論形成によって、次の選挙で政府をあるいは政策を変えさせることが期待されているのみなのだ。

ことは三権分立の理解にある。「司法の優越」は、司法がオールマイテイであることを意味しない。立法や行政が、国民の権利を侵害するときに限り、その権利侵害を回復する限度で、司法は機能する。とはいえ、具体的事案で、司法が機能する場面であるか否かの判断は、けっして容易ではない。

個人の権利利益の保護を目的とする通常の訴訟(主観訴訟)に対して、例外的に権利侵害を要件としない客観訴訟というものがある。特に、法秩序の適正な維持を目的として訴権が認められたもの。その典型が、地方公共団体の財務会計行為の適正を目的とした住民訴訟である。これは、はじめから立派な土俵が設定されているのだから、違憲判断に踏み込む要件の成否を問題にする必要がない。津地鎮祭訴訟、岩手靖国違憲訴訟、愛媛玉串料違憲訴訟などは、この土俵に上がっての成果だった。

しかし、首相の参拝や、官邸の公用車の管理に関して、住民訴訟の適用があるはずはない。原告として名乗り出る人は、首相安倍晋三の靖国参拝によって、何らかの権利や利益が侵害されたことを主張しなければならない。そのために、原告らが有する「宗教的人格権」や「平和的生存権」が侵害されたという構図を描かなければならない。あるいは、この訴訟では「内心の自由形成の権利」「回顧祭祀に関する自己決定権」の侵害などが主張された。

しかし、大阪地裁も大阪高裁も、これを「原告(控訴人)らの不快感の域を出るものではなく、法的保護に値する利益の侵害とはいえない」と切り捨てられている。

従って、判決は違憲判断を避けただけで、安倍参拝を合憲と判断したわけではない。原告らは、安倍と裁判所を追い詰めたが、体を交わされたのだ。

先に引用した、訴訟団声明中の「本件参拝は、けっして『人が神社に参拝する行為』一般に解消できるものではない。」に触れておきたい。

小泉靖国参拝国家賠償請求訴訟において、最高裁は2006(平成18)年6月、「人が神社に参拝する行為は他人の信仰生活に圧迫、干渉を加えるものではない。このことは内閣総理大臣の参拝でも異ならない」として、損害賠償の対象にはならないと判示した。訴訟団はこれを納得しがたいとしているのだ。外ならぬ内閣総理大臣が、外ならぬ軍国神社靖国に公式に参拝という形での政教分離の破壊行為は、平和や立憲主義に対する極めて具体的で直接的な攻撃というべきものとして、戦没者遺族や宗教者の精神生活・信仰生活の平穏を侵害するものなのだ。

「安倍靖国参拝違憲訴訟・関西」と名付けられたこの訴訟。戦没者の遺族ら765人が原告となって、首相と国、靖国神社を被告として、将来の参拝差し止めと1人1万円の慰謝料の請求をしたもの。最終的に敗れたとはいえ、けっして勝ち目のない訴訟ではなかった。また、この訴訟提起自身が、市民が直接に安倍内閣の憲法破壊行為に異議申し立てをする場の設定として意義あるものと言うべきだろう。

訴訟団声明の末尾には、「戦争を志向し人権を侵害する行為を見逃さない司法が確立し、今後、閣僚らの靖国参拝が永遠にとどめられるまで、闘いをやめないことを宣言する」とある。その軒昂たる意気や良し。
(2017年12月27日)

日民協・司研集会に、司法の嵐の時代を想う

本日は、第48回の日本民主法律家協会・司法制度研究集会。今回はこれ以上はない大きなテーマ。「憲法施行70年・司法はどうあるべきか―戦前、戦後、そして いま」。戦前・戦後の司法制度に詳しい内田博文教授(神戸学院大学・九州大学名誉教授)の講演がメインだった。旧憲法下の「戦時司法」が、戦後、日本国憲法の制定により、果たして反省・総括され克服されたのかという視点から、憲法施行後70年の日本の司法を振り返っていただく。そして、人権保障の砦としての司法を国民の手に取り戻すにはどうしたらよいかという問題提起をしていただく、という内容。

その講演にサブタイトルが付けられた。「戦前司法への回帰?ー「公共の福祉」論から「公益及び公の秩序」論へ」というもの。戦前と比較してみて、安倍政権の今の動向は、相当にやばいところまできている、という危機感横溢した報告だった。

語られたことは、天皇の名において行われた戦前の法と司法が、新憲法下においても連続の契機を多く持っているということ。実定法の分野では治安維持法や国防保安法、戦時刑事特別法などの戦時法体系が、戦後の平時法体系に伏在していること。そして、司法を担う裁判官は、そのまま職にとどまって戦後司法の担い手となった。

戦後の司法は、国家からの独立の気概をもたなかった。現在の司法の基礎が築かれた時期(50年代)に10年にわたって2代目最高裁長官を務めた田中耕太郎がその象徴といってよい。彼は、強烈な反共主義者で、自ら「国家の番犬」を任じた。その国家が、アメリカの僕だったのだから、日本の司法はアメリカの番犬でもあった。こうして、砂川事件における在日米軍の存在を容認する「論理」が構築されたのだ。

田中耕太郎後の60年代には、少しはマシになるかに見えた司法であったが、70年代には「司法反動」の時代を迎える。この時代を代表する人物が石田和外。そして、時代を代表する事件が宮本判事補の再任拒否だ。本日、宮本さんと同期の元裁判官が、当時の裁判所の空気についてフロアーから発言をした。

「宮本裁判官の再任拒否が噂された時期、多くの裁判官がよもやそんなことはあるまいと思っていた。宮本さんの上司の裁判官も『そんなことはあり得ない』と言っていた。それだけに、宮本再任拒否の衝撃は大きかった。多くの裁判官が萎縮を余儀なくされた。以前は、自分の考えだけで判決を出すことができたが、宮本再任拒否以後は明らかに変わった。すこしでも政治がらみと思われる事件の判決に筋を通すには、身分上の覚悟を要することとなった。」

宮本さんが、13期。私が23期である。宮本さんが10年の裁判官生活を経て再任を拒否された1971年4月。時期を同じくして、23期の裁判官任官希望者7人が任官を拒否された。うち、6人が青年法律家協会の会員だった。我々にとっては明らかな、思想信条による差別だった。

差別された思想とは、裁判所・裁判官は憲法の求めるものでなくてはならないという当たり前の考え方。もう少し具体的には、裁判官は、毅然として国家権力や時の政権から独立していなければならない、とする憲法に書き込まれた思想だ。

憲法理念に忠実でなければならないとする若手の裁判官や司法修習生は青年法律家協会に結集していた。時の自民党政権には、これが怪しからんと映った。当時続いた官公労の争議権を事実上容認する方向の判決などは、このような「怪しからん」裁判官の画策と考えられた。

いつの世も、まずお先棒をかつぐ輩がいる。当時の反共雑誌「全貌」が特集で青年法律家協会攻撃を始めた。自民党がこれに続き、石田和外ら司法の上層部はこの動きに積極的に迎合した。こうして、裁判所内で「ブルーパージ」と呼ばれた、青年法律家協会会員への脱会工作が行われ、これが宮本再任拒否、23期任官拒否となった。23期の修了式で任官拒否に抗議の発言をした阪口徳雄君の罷免という事態も加わって、「司法の嵐」といわれる時代を迎えた。

最高裁の暴挙には当然大きな国民的抗議の世論が巻き起こった。そのスローガンは、「司法の独立」であった。行政権からも立法権からも独立して、多数決原理とは異なる理性の立場から、人権を擁護し憲法理念に忠実な司法を形づくらねばならない、という大きな世論の形成があった。政府の番犬ではない、国家権力から独立して、主権者国民に奉仕する司法が求められたのだ。

1971年以後、裁判官の多くは、青年法律家協会とは絶縁して無難にその職業生活を全うした。しかし、いつの世にも、どこの世界にも、少数ながら硬骨漢といわれる人物はいる。そのような裁判官は差別的な処遇に甘んじた。昇格昇給や任地で差別され、政治的に影響の大きな事件の担当からは排除され、合議体の裁判長からも外されることで後輩裁判官との接触を絶たれた。

先日、そのような境遇で筋を貫き通した同期の元裁判官と話をする機会があった。裁判官としての仕事は充実し能力にも自信をもっていたが、明らかに任地で差別され出世が遅れていた。その彼に、裁判官生活の最後の一年を「所長に」という話があったという。即答せずに妻と相談したら、即座に反対されたそうだ。「これまで筋を通してきたのだから最後までその姿勢を貫いたらいい」。その一言で、結局所長にはならず終いだったという。立派なものではないか。

46年前の4月に司法修習を終えた23期は、「司法の嵐」のさなかに、船出をはじめた。同期の多くの者にとっては、憲法の理想とはほど遠い反動的最高裁との対決が、法曹としての職業生活の原点となった。この原点としての姿勢を貫いている仲間の存在は、痛快であり希望でもある。安倍自民党の策動、軽視はし得ないが、それに対抗する力量も各界に存在しているはずではないか。

本日の報告の全体像は、「法と民主主義」12月号に特集される。ぜひ、これをお読みいただきたい。
(2017年11月23日・連日更新第1698回)

反動・石田和外最高裁長官が鍛えた23期司法修習の仲間たち

一昨日(11月13日)奈良で、心許す仲間だけの同期会を開いた。
参加者は、1969年4月から71年4月までの修習をともにした23期の13人。当時の修習生活動をともにした仲間。最初の出会いが、48年前のことである。当時はみんな二十代。今は、全員古稀を超えている。

幹事役から、「弁護士13名が元気で参加できたことは現地幹事としてうれしい限り」「恒例の通り、大声で、楽しく、笑い、茶化しながらの同窓会が終了しました」というメーリングリストへの報告があった。話が尽きない。時間が足りない。あとは次回への持ち越し。

昔の仲間と会うことは、あの頃の自分と出会うこと。あの頃の自分を思い出し、あの頃の志と向かい合うことでもある。

確かに、みな髪は薄くなり、白くはなったが、話を始めるとすぐにあの頃に戻る。みんな、昔と少しも変わっていない。その変わりのなさに驚ろかざるを得ない。

13人のうちの11人は、弁護士ひとすじで今年が47年目となる。2人が裁判官として任官して今は弁護士。あの頃の志を頑固に職業生活に生かし続けてこられたということは、恵まれたことであり、贅沢なことでもあると思う。

皆、清貧に生きてきたとも見えないが、富貴を望まず、名利を求めずの姿勢を貫いてきたことがよく分かる。政権にも資本にも迎合することなく、弱者の立場で強者に抵抗を試みてきた弁護士たちだ。

参加者の気持を代弁した発言があった。
「あの頃、司法行政は我々の運動を弾圧して、7人の裁判官希望を拒否し、さらにその抗議の声をあげた阪口徳雄君の罷免までした。しかし、同時にそれは我々を鍛え、団結させることでもあった。」「23期が初志を貫いてこられたのは、政権と一体になった反動石田和外や最高裁当局のお陰でもある。」

私も、そう思い続けてきた。もう50年に近い昔のことなのに、あの頃のことを思うと、新たな怒りが吹き出してくる。理不尽なものへの憤り。負けてなるものかというエネルギーの源泉。

事後に、こんなメールもいただいた。
「憲法改悪が具体的日程にのぼっているなかで、私たちのこれまでのあり方の真価(進化)が問われているように思います。防戦では無く「安倍政治」に決着をつけるときが迫っていると思うと、少しドキリとしませんか?ドキリこそ若返りの秘訣です。」「具体的な話題をわかりやすく提供していくこと、「老害」と言わせないためにも、いつまでも「青春」でいるためにも、心がけたいものです。」

その通り。今は、怒りのエネルギーを安倍改憲阻止に向けなければならない。

 

さて、先日ご紹介した1000年前の同窓会の詩を、あらためてもう一度。本当にこのとおりだったという事後の感想を込めて。

 同榜同僚同里客
 班毛素髪入華筵
 三杯耳熱歌声発
 猶喜歓情似少年

読み下しは以下のとおりかと思う。

 同榜 同僚 同里の客
 班毛 素髪 華筵に入る
 三杯 耳熱くして歌声発す
 猶お喜ぶ 歓情の少年に似たるを

(註 「同榜」は合格掲示板に名を連ねた同窓。「素髪」は白髪頭。「班毛」はごま塩頭。いずれも老人を指す。「華筵」はにぎやかな饗宴のこと)

拙訳はころころ変わる。今は、こんなところ。

 口角に泡を飛ばした若き日の
 同期の友らと宴の席に
 飲んではしゃいで語って熱い
 おれもおまえも変わらない

気持は変わらない。しかし、志においては、北宋の詩人よりも我々の方が格段に高い。それは誇るにたりることだ。
(2017年11月15日)

第48回 日民協・司法制度研究集会ご案内

日本民主法律家協会の秋の行事として定着している司法制度研究集会(「司研集会」)が、今年で48回目となる。今回のテーマは、「憲法施行70年・司法はどうあるべきか―戦前、戦後、そして いま」。

憲法施行70年というスパンで日本の司法制度を俯瞰しようという試み。よく知られているとおり、戦後民主化の過程で裁判官にパージはなかった。天皇の名による裁判に従事した戦前の裁判官が、そのまま戦後の日本国憲法の砦と位置づけられた司法を担ったのだ。昨日までは不敬罪を裁き治安維持法で有罪を宣告し、あるいは京城の裁判所で朝鮮独立運動弾圧に一役買っていた裁判官たちが、人権の守り手たるべき地位に就いた。昨日までは国体の護持のために、今日からは基本的人権擁護のために…。この転身はどのくらい成功したのだろうか。

それから70年。戦後の司法は何をし、何をしなかったのか。この70年、憲法の理念に照らして、ふさわしい司法であったであろうか。政権によって露骨な憲法攻撃が行われている今、司法はどうすれば憲法理念の守り手としての本来の使命を達成できるのだろうか。この実践的課題に興味をもつ方のご参加を呼びかけたい。

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日本民主法律家協会(日民協)では,次のとおり,「第48回司法制度研究集会」を開催します。

日時:11月23日(木・祝)午後1時~5時
場所:全国町村会館ホールA(地図は下記URLをご覧下さい)
http://www.jdla.jp/shihouseido/2017.pdf
テーマ:憲法施行70年・司法はどうあるべきかー戦前・戦後,そしていま
基調講演:内田博文先生(九州大学名誉教授・神戸学院大学教授)

プログラム
受付開始 ………… 12 :30
開 会  ………… 13 : 00
開会の挨拶   右崎正博(日本民主法律家協会理事長)
基調報告…………………13 : 10~1 4 : 40
内田博文(九州大学名誉教授/神戸学院大学教授)

…………休憩…………

■特別発言 ………………………14 : 55~15 : 40
内田先生の基調報告をうけ、花田政道先生(元裁判官・弁護士)、岡田正則先生(早稲田大学教授・行政法研究者)などからの特別発言を予定しています。
■質疑応答・討論……………15 : 40~16 : 45
■集会のまとめ………………16 : 45~17 : 00
新屋達之(日本民主法律家協会司法制度委員会委員長)

 

今年は,憲法施行70周年の年です。
安倍首相の9条改憲案,共謀罪の強行採決,臨時国会招集請求の放置,突然の解散総選挙,与党3分の2の議席獲得等々,あまりにも反憲法的な動きがあわただしく,忘れられているようですが……。
このような情勢の下,今年の日民協の司法制度研究集会は,戦前の司法制度・治安維持法,そして戦後の法制史の研究者でもある内田博文先生をお招きして,いまの状況が戦前と似ていないか,そもそも戦前の司法の責任が果たして新憲法下で反省・克服されてきたのだろうかという視点から,憲法施行後の70年の日本の司法を振り返っていただき,人権の砦としての司法を国民の手に取り戻すにはどうしたらよいかという問題提起をしていただきます。
元裁判官や行政法学者にもコメントをいただいた上で,会場からの質疑応答やご意見にもたっぷり時間をとる予定です。
どなたでも参加できますので,ぜひご参加下さい。
なお,資料準備などのため前記URLを開いて添付の申込み用紙で事前に参加申込をいただければ有り難いのですが,事前申込みがなくても自由にご参加いただけます。
みなさまのご参加を心からお待ちしております。
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日本民主法律家協会・第48回司法制度研究集会
「憲法施行70年・司法はどうあるべきか―戦前、戦後、そして いま」おさそい
日本国憲法施行70年の今年は、安倍首相による憲 法9条改憲のメッセージ、共謀罪法の強行採決、臨時国会冒頭での衆議院解散、与党が再び3分の2を維持と激動の年になり、私たちはまさに9条の改憲・戦争への道を許すのかどうかの岐路に立たされています。
こうした情勢の下、昨年の辺野古訴訟の高裁・最高裁判決などを見ると、司法が「政治」に積極的な支持を与えており、トランプ政権下のアメリカの司法と比べても、日本の司法の「弱さ」を痛感させられます。
そこで、今年の司法制度研究集会は、戦前・戦後の司法制度に詳しい内田博文教授(神戸学院大学・九州大学名誉教授)をお招きして、旧憲法下の「戦時司法」が、戦後、日本国憲法の制定により、果たして反省・総括され克服されたのかという視点から、憲法施行後70年の日本の司法を振り返っていただくと共に、人権保障の砦としての司法を国民の手に取り戻すにはどうしたらよいかという問題提起をしていただきます。
また、講演を受けて、元裁判官、行政法研究者等の方々からそれぞれの視点でご発言をいただくことを予定しております。
どなたでも参加できます。ふるってご参加下さい。

内田博文先生略歴
(九州大学名誉教授/神戸学院大学教授)
九州大学法学部教授を経て、2010年より神戸学院大学法科大学院教授。日本刑法学会、ハンセン病市民学会(共同代表)等を歴任。著書に「刑法と戦争 戦時治安法制のつくり方」(2015年 みすず書房)、「治安維持法の教訓 権利運動の制限と憲法改正」(2016年 みすず書房)、「治安維持法体制を問う―刑事法の戦後」(近刊予定岩波書店)等多数。
日 本 民 主 法 律 家 協 会
〒160-0022 東京都新宿区新宿1-14-4 AMビル2階
TEL 03-5367-5430 FAX 03-5367-5431
(2017年11月12日)

最高裁裁判官の国民審査では、全員に×を

10月22日総選挙が近い。総選挙の陰に隠れて忘れられがちだが、同時に最高裁裁判官の国民審査が行われる。今回は、第24回目となる国民審査。これも、有権者の貴重な意思表示の機会だ。ぜひ関心をもって、適切な意思表示をしていただきたいと思う。

日本民主法律家協会はこれまで毎回国民審査の対象となる各裁判官の適否に関する判断資料をパンフレットに作成して多くの人に提供してきた。今回急な解散・総選挙だったが、事務局長以下のスタッフが立派なものを作りあげて本日、日民協のホームページに掲載した。URLは以下のとおり。

http://www.jdla.jp/kokuminshinsa/2017kokuminshinsa.pdf

以下に、国民審査の趣旨や各裁判官の関与判決、投票上の注意などについて、その内容を抜粋して紹介するが、まずは私的な見解から。

今回の国民審査に付される最高裁裁判官は、下記の7人。その全てが、安倍内閣の任命によるものである。

 大谷直人(おおたに なおと)裁判官出身(最高裁事務総長)
 木澤克之(きざわ かつゆき)弁護士出身
 山口 厚(やまぐち あつし)学者・弁護士出身
 林 景一(はやし けいいち)行政官出身(外交官)
 小池 裕(こいけ ひろし)裁判官出身(東京高裁長官)
 菅野博之(かんの ひろゆき)裁判官出身(大阪高裁長官)
 戸倉三郎(とくら さぶろう)裁判官出身(最高裁事務総長)

結論から言えば、素晴らしい裁判官は一人もいない。気骨のある人物も見あたらない。比較的リベラルと評価すべき者もない。毎回何人かは、×とすることを躊躇させる裁判官がいるものだが、今回に限っては見あたらない。遠慮なく全員に×をつけてしかるべきだろう。

権力に対するチェック機能の弱い裁判所の姿勢への総体的な批判として、全裁判官に×をつけての投票をしたい。

中で経歴や任命方法に大きな問題あるのが、次の2名。
※2016年7月任命された木澤克之氏は、2013年「加計学園監事」に就任していた人物。弁護士出身で日弁連の推薦リストにも入っていたそうではあるが。安倍批判の矛先がこの人に向かうことは避けられない。
※山口厚氏は、著名な刑法学者(東大名誉教授)だが、2016年弁護士登録し、2017年「弁護士枠」で最高裁に入った。日弁連の推薦はない。弁護士として1件の事件も担当していない人を「弁護士枠」(15名中4名)で任命してよいはずがなかろう。

判決内容に問題なのは次の事件の関与裁判官。
※厚木基地の周辺住民が、騒音被害を理由として夜間の自衛隊機の運航差止を求めた訴訟について、住民の被害の深刻さを認めながら、防衛大臣の自衛隊機の運航にかかる権限の行使には広範な裁量があり、「それが社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められるか否かという観点から審査を行うのが相当」であるところ、自衛隊機の運航は我が国の平和と安全、国民の生命、身体、財産等の保護の観点から極めて重要な役割を果たしており公共性、公益性があり、他方で住民の被害を軽減するための対策措置が講じられている事情を「総合考慮」すれば、防衛大臣の権限行使は違法でないとして、差止を認めた1審・2審判決を取り消し、差止請求を棄却した。
この恐るべき判決を書いたのは、大谷・小池・木澤の各裁判官。

※国土交通大臣が沖縄県知事を被告として提訴した辺野古新基地建設に関する訴訟の上告審では、第二小法廷の全員が国の肩をもった判断をしている。その中の一人が、菅野裁判官。

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(日民協リーフから)
最高裁は、憲法の番人として人権の砦たれ
憲法の危機がせまっています。最高裁は、どう向かいあってきているのでしょうか?
忖度がまかりとおる政治の私物化に、最高裁が人権の最後の砦として、その、チェック機能を発揮しているのでしょうか?
私たちには  最高裁裁判官をやめさせる権利があります。
憲法と人権をないがしろにする裁判官には、×を
政府や大企業にいいなりの裁判官には、×を

国民審査とは… 私たちの憲法は、立法・行政・司法の三権分立を原則としています。裁判所は、違憲立法審査権を持ち、「憲法の番人」「人権の砦」の役割が課されています。
とりわけ裁判所の頂点に立つ最高裁判所は、重要な憲法解釈・法律解釈を担うほか、全国の下級裁判所裁判官の任命権を持っており、その権限と役割は重大です。
憲法上、最高裁判所の裁判官(定員15名・定年70歳)の任命権は内閣にあります。このように、最高裁裁判官の人事は時の政府によって独占されている上、密室で行われるため、時として、政府に迎合したり、国民の常識からかけ離れた判決を下すような裁判官が生まれる危険性があります。
国民審査は、このような危険性をふまえ、内閣が任命した最高裁裁判官が適任であるかどうかを、主権者である私たち国民が審査し、不適格な裁判官を罷免することができる制度です(憲法79条)。
最高裁判所の裁判官は、その任命後最初に行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査に付され、その後10年を経過した後の最初の総選挙の際さらに審査に付されます。そして、この審査において、投票者の過半数が罷免すべきだとした裁判官は辞めさせられるのです。
いま憲法は危機の時代にあります。忖度政治がまかりとおっています。最高裁裁判所が憲法の番人として、人権の砦として、司法本来の機能をはたせるように、国民審査の重要性は高まっています。

 

国民審査の問題点・注意点
■投票方法
現行の国民審査は、1枚の投票用紙に対象裁判官全員の氏名が印刷され、罷免したい個々の裁判官ごとに「..」をつける仕組みですが、分からないから棄権するつもりで何も書かなかった投票は、全て「信任」とみなされるという重大な問題があります。棄権したい場合、投票用紙を受け取らないことはできますが、投票用紙は1枚なので、裁判官ごとに信任・罷免・棄権を分けて投票することは不可能です。また、「×」以外の記載は認められず、「〇」などをつけるとその投票用紙は丸ごと無効票にされるという問題もあります。
■衆議院選挙と同様の期日前投票・在外投票が可能に!
前回(2014年12月)までは、国民審査の期日前投票は投票日の7日前からしかできませんでしたが、2016年12月の法改正により、今回の国民審査から、総選挙の公示日の翌日(投票日の11日前・今年は10月11日.)からできるようになりました。不在者投票・海外からの投票(在外投票)も可能です。
また、今回の国民審査から18歳以上の方は投票できます。投票に行きましょう!

 

投票上の注意点
1 信任できない裁判官には一人ひとりに×印をつけましょう。
2 何も書かないと、なんと信任票になってしまいます。
3 ○や△など、×以外を書くと全体が無効となってしまいます。要注意!
4 信任か不信任か、判断ができないときには、投票用紙を受け取らないようにしましょう。
(2017年10月13日)

兵庫県弁護士会に、隻腕の韓国籍会長

弁護士会は、弁護士法に基づいて設立された弁護士の強制加入団体である。弁護士会に登録しなければ弁護士としての業務はできない。この点、任意加入団体である医師会・歯科医師会・薬剤師会等とは大きく事情を異にする。

弁護士会は、公的な組織でありながら行政からの監督を受けることのない自治を享有して、所属弁護士の指導・監督を行なう。このことが国民の人権を守る上で大きな役割を果たしている。全国には各府県に1会、東京に3会、北海道に4会の合計52の弁護士会がある。その連合組織としての日本弁護士連合会と区別して、単位会という。

単位会の規模は、東京の3会がず抜けており、大阪・横浜・愛知・福岡などがこれに次いで、8番目の規模の単位会として兵庫県弁護士会がある。会員数916名(本年度初)の大単位会。

今年(2017年)4月1日、その兵庫県弁護士会の会長に韓国籍の白承豪(はく・しょうごう)さんが就任した。外国籍の会長は、全国に前例のないことだという。国籍という壁を乗り越えた素晴らしい慶事だと思う。

しかも、白さんについて驚くべきことがさらに二つある。一つは、ソウルで出生し日本語を母語としない環境で生まれて育って11歳で日本に渡ってきたということだ。後天的な学習によって日本語を習得したその努力は並大抵のものではなかったろう。

さらに、彼は交通事故で右手を失っている。出生地ソウルで、5歳のできごとだったという。言葉の壁、身体障害の壁、国籍の壁を乗り越えての弁護士資格の取得であり、弁護士会長就任である。

一昨日(9月10日)の「毎日新聞ストーリー」が、1面と4面にその白さんを大きく取り上げた。「負けん気 試練に挑む―韓国籍の兵庫県弁護士会長」というメインタイトル。中見出しに、「障害・言葉 乗り越え」「初の外国籍弁護士会長・白承豪さん」「沖縄が第二の故郷」「戦争だけはいけない」。共謀罪法案に反対する弁護士会の「市民街頭パレード」で先頭に立つ写真や、左手一本でゴルフクラブを振る写真が目を引く。

もともと、司法試験には国籍条項がなかった。しかし、弁護士になるには最高裁が管轄する司法研修所に司法修習生として入所しなければならない。最高裁は長く、司法修習生の採用には日本国籍を要件としてきた。

司法修習生が国家公務員に準ずる地位にあるという形式的な理由だけではなく、司法修習では検察庁で容疑者の取り調べをしたり、裁判所で非公開の合議に立ち会ったりする機会があるため、「公権力の行使や国家意思の形成に携わる公務員には日本国籍が必要」との内閣法制局の見解を準用したものという。

その結果、外国籍の司法試験合格者は、司法修習生として採用されるためには帰化するなどして日本国籍を取得しなければならなかった。

これを不当として、敢然と抵抗した人物があらわれた。それが金敬得さん。早稲田大学を卒業して1976年に司法試験に合格、韓国籍のままでの修習生採用を希望した。最高裁は、飽くまで帰化して日本国籍を取りなさいという姿勢。彼は最高裁の姿勢を不当として、「請願書」を提出した。1976年11月20日を最初のものとし、同種の意見書提出は6回に及んだという。

自分はけっして権力を行使する立場の法曹を目指すものではない。私人としての立場から基本的人権の擁護と社会正義の実現に尽力することを使命とする弁護士を志望する者だ。弁護士の職業的性格を憲法の精神に照らしてみれば、外国人が弁護士になれない理由はない。とすれば、外国人だからという理由で司法修習生採用の道を閉ざしてはならない。

また、ことがらは自分個人の問題にとどまらず、在日65万の同胞の権利に関わる。個人的解決(帰化)をすべきではないと考える。

これを日弁連もバックアップした。結局、最高裁は1977年に国籍を必要とする原則は変えぬまま、「相当と認めるものに限り、採用する」との方針を示して金さんを採用した。こうして、金敬得さんは、外国籍修習生第1号となった。

これに続くものが多く、2009年までに140人を超える外国籍の合格者が司法修習を受けた。この流れの中で、同年最高裁は司法修習生の選考要項から日本国籍を必要とする「国籍条項」を削除した。

白さんの司法修習生採用は1991年。金敬得さんに続く外国籍の一人だった。が、韓国生まれでの修習生は珍しかったのではないか。

白さんの紹介記事を書いた記者がこう言っている。
いつも人の輪の中心にいる白さん。でも人生は困難の連続でした。事故で片腕を失い、韓国では見たこともなかった漢字に苦しみ、最愛の父をがんで亡くし、司法試験に何度も落ち……いくつもの壁を努力と頑張りで乗り越えてきました。その原動力は『隻腕コンプレックス』だったと言います」「努力は裏切らない。そんな気持ちを込めて原稿を書きました。…白さんの生きざまを通し、努力することの大切さを再認識していただけると幸いです

金敬得さんも白承豪さんも、人を感動させる。自分を圧する境遇に屈することなく、自己の尊厳を守り抜いたことにおいてであろう。

私の手許に、金敬得さんからいただいた著書がある。「在日コリアンのアイデンティティと法的地位」というもの。恵存のサインの日付が、99年6月26日となっている。金さんは、その後2005年12月に亡くなられた。
(2017年9月12日)

「市民平和訴訟」―法廷の花と高額印紙問題と

弁護士として平和への思いを貫いた池田眞規さんが亡くなられたのが、昨年(2016年)11月13日。私は、11月16日の当ブログに「池田眞規さんを悼む」記事を掲載した。
http://article9.jp/wordpress/?p=7705

先輩である眞規さんからは、後輩として教えを受ける立場だったが、ともに戦ったのが[ピースナウ・市民平和訴訟(東京)]の法廷だった。このことは、11月16日ブログに次のとおり書いている。

私が弁護士になって20年目。1991年に湾岸戦争が起きた。日本政府(海部内閣)は、戦地に掃海部隊を派遣し、90億ドル(1兆2000億円)の戦費を支出しようとした。平和的生存権と納税者基本権を根拠に、これを差し止めようと「ピースナウ・市民平和訴訟」と名付けた集団訴訟が実現した。東京では1100人を超える人々が原告となり、88名の弁護団が結成された。私が弁護団事務局長を務め、団長は正式に置かなかったが、明らかに眞規さんが「団長格」だった。

いま、丸山重威さんが、池田眞規さんの評伝を執筆中で、私と接点のあった市民平和訴訟の経過について問合せがあった。丸山さんの関心は2点。1点は「法廷の花」であり、もう1点は「巨額の貼用印紙問題」である。聞かれて思い出せないこともあるが、思い出せる範囲で書き留めておきたい。

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入廷者全員に一輪ずつの法廷の花
市民平和訴訟では、訴訟自体を憲法運動として意識した。
訴訟に参加した市民の憲法意識は、戦争の加害・被害の反省にもとづくものだった。「再び加害者にも被害者にもなってはならない」という理念のうち、加害者にならない権利が強調された。戦費の支出とともに、これを「殺さない権利」とスローガン化した。「戦争という国家の人殺し行為に加担を強制されない権利」「国民が国家に対して人殺しをしてはならないと命じる権利」という意味である。
各回の法廷で、それぞれの原告が、どのように戦争で傷つき、平和を願ってているかを発言する機会をつくり、各回の法廷が原告の確信につながるような進行を工夫した。毎回、東京地裁最大の103号法廷を満席にして、原告の意見陳述は真摯さと迫力にあふれるものとなった。
平和的生存権については浦田賢治氏、納税者基本権については北野弘久氏、「湾岸戦争へのわが国の関わり方は参戦である」ということについて大江志乃夫氏、アジアからの視点で陸培春(ルウ・ペイチュン)氏、被爆者の立場から三宅信雄氏などが証言され、ラムゼー・クラーク氏による現地撮影のビデオ上映も実現した。
敗訴ではあったが、多数の原告がそれぞれに憲法の恒久平和主義に確信を深めたという点では、大きな意義のあった訴訟だと思う。その「成功」は、本気になって勝訴判決を取りに行く真摯さから生まれたのだと思う。けっして、「どうせ勝訴は無理、運動として成功すればよい」という姿勢ではなかった。
その東京地裁での20回の法廷に出廷した原告や弁護団の胸や手に、一輪ずつの花があった。バラ、カーネーション、スイートピー…。
私の記憶では、提訴の日に、横断幕やプラカードをもって地裁の民事受付(14階)までみんなで出かけようという原告団の提案があって、私と加藤朔朗弁護士(故人)が止めた。「裁判所構内には、横断幕もプラカードも持ち込めない」。そのとき、原告の女性の一人から、「じゃ、代わりに花ならいいでしょう」という提案があり、即座にそうしようと衆議一決した。
以後毎回の法廷には、女性原告たちが購入した花が、入廷者に配られた。弁護団も原告団も一本ずつ携えて法廷に入った。私も、バラを胸に挿して、弁論をした。
裁判長は、後に最高裁裁判官となった涌井紀夫判事。大らかに、花には一言の訴訟指揮もなかった。書記官からは、「法廷に、花や葉っぱを残さないようにしてください」とは言われたが。
あのとき、みんなの記憶にあったのは、プラハの春(1968)の際の一枚の有名な写真。ソビエト軍の戦車砲の筒先に、女性がバラの花を挿している図。「大砲ではなくバラを」「戦争ではなく、平和を」という市民の意思の表れ。
法廷の一人ひとりの花々は、平和を求める市民たちの法廷にふさわしい彩りであった。

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「3兆4千億円の印紙を貼れ」問題
提訴後第1回弁論以前に、訴額と印紙問題が大きな話題となった。
訴状には、裁判所を利用する手数料として、訴額に応じて所定の印紙を貼付しなければならない。担当裁判所から弁護団に訴額についての意見照会があった。「印紙額が足りないのではないのか」というのだ。弁護団から、裁判所の意向を打診すると驚くべき回答があった。
裁判所は自らの見解を表明して、本件の係争にかかる経済的利益を差し止め対象の支出金額である1兆2000億円とし、これを訴額として1人あたりの手数料を算出して、 原告の人数を乗ずるという算定をすべきだという。これを計算すると、訴額は(1兆2000億円×571人分)で、なんと685兆円となり、訴状に貼付すべき印紙額は3兆4260億円ということになる。
司法の年間総予算が2500億円の規模であった当時のこと。試算してみたら、10万円の最高額印紙を東京ドームの屋根全面に貼り尽くして、まだ面積が足りない額なのだ。これは格好のマスコミネタとなった。
厳しい世論からの批判を受けて、裁判所は態度を軟化。大幅に譲歩して、267万9000円の印紙の追貼命令を出した。差し止めの訴額については、算定不能の場合に当たるとして一人90万円とし、これに原告数を乗じての計算。弁護団は事前にこれを予測し、予定の対応とした。差し止め請求は、2名だけを残して、その余の原告については取り下げた。2名を除く他の原告は国家賠償請求だけとしたわけだ。これは必要に迫られて編み出した現場の知恵で、「代表訴訟方式」などと呼んだ。
結局、この対応で印紙の追貼納付は、4000円だけでことが収まった。3兆4000億円から4000円に、壮大なダンピングだった。
この件は、その後の司法改革論議の中でも、市民の司法アクセスの問題として話題となっている。
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2015年9月19日に戦争法が国会で成立し、翌16年3月29日施行となった。この日を境に、戦争を政策の選択肢に入れてはならないとする日本から、政権による「存立危機事態」の判断次第で、世界中のどこででも戦争を行うことができる日本に変わった。この戦争法は明らかに平和憲法に違反している。

しかも今、「北朝鮮危機」はアメリカの対北朝鮮開戦があった場合に、わが国も参戦せざるを得ない事態となる。「存立危機事態」とは、「参戦被強制事態」なのだ。

1991年湾岸戦争時のアメリカからの「参戦要請」の経験を思い起こすことは、今意味のあるものと言えよう。それに抵抗した、市民平和訴訟の経験も。
(2017年9月5日)

大阪地裁、朝鮮学校への差別行政を糺す!

本日(7月28日)午前。大阪地裁の門前に二つの幡(はた)が躍った。一つは「勝訴」。そしてもう一つは、「行政の差別を司法が糺す!」。大阪地裁は、司法本来の使命をよくぞ果たした。裁判所にも、この裁判を支えた原告側の関係者にも敬意を表したい。

この裁判は、2013年1月24日の提訴。原告は、東大阪市で大阪朝鮮高級学校などを運営する学校法人「大阪朝鮮学園」。被告は、国。朝鮮学校を無償化の対象から外した国の「不指定処分」の取消を求める取消請求と、指定の義務付け請求の訴訟。今月19日の、同種訴訟での広島地裁判決が原告敗訴だっただけに、本日の判決はとりわけの感動をもって受けとめられた。原告弁護団の丹羽雅雄団長は、「裁判所は良心と法の支配のもとで適正な事実認定、判断を下した。我々の全面勝訴だ」とコメントしている。

高校の授業料の無償化(就学支援金支給)制度は2010年、民主党政権時代に導入された。この制度から、朝鮮学校だけを対象から外したのが、第2次安倍政権。ブラジル学校、中華学校、韓国学校、インターナショナルスクールなど、39校の外国人学校が文部科学大臣の指定を受けているが、朝鮮学校10校だけが除外されているという。「拉致問題の進展がない」「朝鮮総連との密接な関係から国民の理解を得られない」ことを理由とするもの。高校生に何の責任もないこと。

この制度で、外国人学校が無償化(就学支援金支給)の対象となるには文部科学大臣の指定を受ける必要があり、すべての朝鮮学校がその申請をしたが、2013年2月に申請拒否の処分となった。本日の判決は、原告の請求を認容して、国の「就学支援金の不支給処分を取り消す」とともに、被告国に対して「就学支援金の支給処分をせよ」と命じた。これは、安倍内閣の民族差別政策に対する断罪でもある。

同種訴訟は全国5地裁に係属している。請求内容は、「不支給処分取消」「支給処分義務付」、そして「国家賠償」の各請求である。提訴順に以下のとおり。

2013年1月24日
大阪地裁 原告 大阪朝鮮学園 処分取消・支給義務付

2013年1月24日
名古屋地裁 原告 生徒・卒業生10名 国家賠償

2013年8月1日
広島地裁 原告 広島朝鮮学園 処分取消・支給義務付
      原告 生徒・卒業生110名 国家賠償

2013年12月19日
福岡地裁 原告 生徒・卒業生68名 国家賠償

2014年2月17日
東京地裁 原告 生徒・卒業生62名 国家賠償

このうち、広島と大阪が判決に至った。残る3件が審理続行中だが、東京訴訟が結審し、9月13日判決の予定である。

この種の訴訟は、行政裁量との闘いである。裁判所は民主的な手続で運営されている(はずの)行政の裁量を大幅に認める。法の趣旨や理念から大きく外れる場合に限って、処分が違法となる。裁判所は民主的な手続によって構成されない。その裁判所の行政への介入は最小限度であるべきという司法消極主義が、わが国の伝統となっているのだ。広島地裁判決は、このハードルを越えられないものだった。

しかし、本日の判決は、軽々とこのハードルを越えた。原告側の主張は、「北朝鮮との外交問題を理由に不利益を与えるのは差別意識を助長し違法」という平等権(憲法14条)を骨子とするもの。本日の大阪地裁(西田隆裕裁判長)判決は、「無償化に関する法律を朝鮮学校に適用することは、『拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られない』という外交的、政治的意見に基づいて対象から排除したと認められ」「教育の機会均等とは無関係の外交的、政治的意見に基づく処分で違法、無効」と指摘して、国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じた、と報じられている。

いま、安倍内閣が揺らいでいる。安倍内閣の憲法無視の姿勢がようやくににして批判の対象になってきているということであり、近隣諸国民や在日に対する敵意涵養政策が揺らいでいるということでもある。民族差別や憎悪を助長する政策頓挫の意味は大きい。次は、9月13日の東京地裁判決に注目するとともに、支援の声を送りつつ期待したい。
(2017年7月28日)

「君が代斉唱時の不起立」は、「わいせつ」「傷害」「公金横領」よりも悪質だというのか-東京高裁永野厚郎判決に怒る

敗訴判決の味は、この上なく苦い。一昨日(4月26日)の午後1時30分。東京高裁511号法廷で、弁護団の一人として、東京「再雇用拒否」第3次訴訟で敗訴判決の言い渡しを受けた。

事案は、定年後の再雇用申請に対する拒否を違法と争うもの。卒業式で「君が代」斉唱時に起立しなかったことを理由に「職務命令」違反として懲戒処分を受けた教員は、定年退職後に再雇用を申請しても拒否されるのだ。再雇用希望者は、ほぼ全員が採用されているのだから、再雇用拒否は事実上の解雇に等しい。「君が代斉唱時の不起立者」だけに対する懲戒処分に重ねての不利益。これは、思想差別だ。

最高裁は、「日の丸・君が代」処分を違憲とはしていない。しかし、戒告はともかく減給も出勤停止も、処分対象の行為の悪質性に比較して処分の量定が過酷に過ぎて、著しく均衡を欠くものとして裁量権の逸脱濫用であり、違法と認めている。最高裁の立場は、「君が代斉唱時の不起立は確かに職務命令違反ではあるが、自らの良心の発露としてやむにやまれぬ行為なのだから、法的に何の不利益も伴わない戒告であればともかく、実質的な不利益をもたらす減給や出勤停止の処分は、重きに失して著しく妥当性を欠く」ということなのだ。この理は、当然に定年退職後の再雇用時にも貫徹されなければならない。

都職員の再雇用制度は、定年制導入とセットになったもので、職員の定年時から年金支給開始年齢までの雇用と生計を確保することが主たる目的。だから、処分歴ある者を含めて原則として希望者全員が採用されてきた経過がある。ところが、「日の丸・君が代」処分者なのだ。

東京「再雇用拒否」第2次訴訟(一審原告22名)での結論は、最高裁判例の意を酌むものとなり、一審東京地裁判決(2015年5月)、二審東京高裁判決(2015年12月)とも、君が代斉唱時の不起立を理由とした再雇用拒否は、原告らの「期待権を侵害」し「(都の)裁量権の逸脱濫用で違法」として、東京都に約5370万円の損害賠償を命じた。この高裁判決に対する東京都からの上告受理申立に、最高裁はまだ判断を示していない。

判決のうちの「平等原則違反」の主張に対する部分を引用する。読み易いように段落を付けるが、当該部分全文の引用である。誰が読んでも、「これっておかしい」と同意してもらえると思う。

控訴人(「君が代斉唱時に不起立の教員」)らは,
非常勤教員制度ができた平成19年度から平成26年度までの間に再雇用教員合格者と非常勤教員合格者のうち過去に懲戒処分をされた者は83人であり,争議行為(31件),わいせつ行為(2件),体罰(2件),公金横領(2件)を行って懲戒処分を受けた者であっても,また免職・減給という重い懲戒処分を受けた者であっても,合格しており(甲84の1, 2, 3の1から3の83),特に,都教委は,
①男子児童に対してわいせつ行為を行い,停職3か月の懲戒処分を受けた者,
②親睦旅行の際に女性教諭にわいせつ行為をして停職3か月の懲戒処分を受けた者,
③生徒の登校態度を理由として生徒に暴行を加え,傷害を負わせたことを理由に停職の懲戒処分を受けた者,
④宿泊助成金を不正受給するという公金横領で減給処分を受けた者
のように破廉恥又は明白な犯罪行為を理由に重い停職・減給の懲戒処分を受けた者を合格させながら,自らの思想・良心及び信仰を理由に,本件職務命令に従わなかっただけである控訴人らを不合格にするのは,著しく社会通念に反する
と主張する。

さらに,控訴人らは,
都教委は,地方公務員法37条に違反した争議行為禁止違反の者を非常勤教員に採用しているが,その理由は,公務員の争議行為が,本来,憲法28条に保障された基本的人権であるという側面を有していることから,その行為のみを殊更重大視して,それだけで「勤務成績が良好でない」と判断しなかったものにほかならないところ,不起立行為を法律上禁止した規定は存在しておらず,不起立行為が,思想良心及び信仰の自由の行使であるという側面を有しているにもかかわらず,これを殊更重大視して,採用拒否の理由とすることは,争議行為禁止違反の者と比較して,平等原則に著しく反するものである
とも主張する。

しかし,非違行為に対する評価は,懲戒処分の量定の場合と非常勤教員の採用の場合とでは,考慮、の仕方や裁量の範囲が異なりうることは既に述べたとおりであり,また,非常勤教員の採用の場面で過去の懲戒処分歴の評価に平等原則違反があるか否かの判断に当たっては,懲戒処分の種類,理由及び処分量定を個別に比較するほか,懲戒処分後の期間の経過も考慮に入れる必要があることから,控訴人らが主張する事例をもって,直ちに平等原則に違反するとはいえない。

永野判決の「論理」がお分かりいただけるだろうか。
同判決は、
①児童へのわいせつ行為によって停職3か月の懲戒処分を受けた者
②女性教諭にわいせつ行為をして停職3か月の懲戒処分を受けた者
③生徒に暴行を加え,傷害を負わせたことを理由に停職の懲戒処分を受けた者
④宿泊助成金を不正受給するという公金横領で減給処分を受けた者
⑤争議行為禁止違反で懲戒処分を受けた者
が再雇用されている事実を認めた。それでもなお、君が代不起立者に対しては一律不採用とすることを「平等原則に違反するとはいえない。」というのだ。

これは、「君が代斉唱時の不起立」は、「わいせつ」「傷害」「公金横領」よりも悪質だといっているに等しい。「わいせつ」も「傷害」も「公金横領」も、教員として不適切なことは自明ではないか。「君が代斉唱時の不起立」は、思想や信仰がやむにやまれぬものとしたものであり、教員としての良心の発露でもある。裁判官の憲法感覚が、世間の常識と大きく外れているものと指摘せざるをえない。

永野さんよ。この判決を高校生に向かって説明してみてはどうか。はたして、生徒諸君の納得を得られる自信をお持ちだろうか。私は、あなたのこの判決に、高校生からの合格点は付かないと思う。

「怒るべきときに、泣いていてはならない」とは至言である。落胆せずに、怒りを燃やして前進のエネルギーとしたい。
(2017年4月28日)

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