澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

心から訴えます。安倍自民批判票のつもりで「都民ファーストの会」に投票してはなりません。その一票、決して生きません。

たまたまこのブログに目を留められた都内有権者の皆さんに訴えます。
東京都議会選挙が、3日後の日曜日に迫っています。多くの心ある有権者が、「自民党には投票しない」「今回だけは傲れる自民党に厳しいお灸を据えなければならない」とお考えのことでしょう。しかし、その大切な自民への批判票。都民ファーストの会にやってしまっては、結局は同じ穴のムジナを太らせるだけのこと。あなたの自民党批判の意図が生きることにはなりません。

アベ一強政治の傲りは、政治を私物化し、おトモダチ人事で要所を固め、行政の公平をねじ曲げ、数の力による諸悪法の製造を強行し、説明責任を放棄し、議会制民主主義を形骸化するなど、既に末期症状に至っています。このような事態で、安倍晋三は9条改憲に手を付けようと言い始めました。最後の悪あがきというほかはありません。

特定秘密保護法、戦争法(安保関連法)、そして共謀罪法案(「組織的犯罪処罰法改正案」)の究極の強行採決。森友学園、加計学園問題。辺野古新基地建設強行と沖縄県民いじめ、国連での核廃絶条約への反対の立場、福祉の削減、労働法制での弱者いじめ…。安倍政権の反国民性はまことに顕著といわねばなりません。

さらに、萩生田光一、豊田真由子、稲田朋美、下村博文など日替わりメニューで腐敗ぶりを見せつけてもいます。こんな政党に、大切な一票を投じることなどできるわけがありません。

では、自民批判票を対立するどの政党、どの候補者に投ずべきか。よくよくお考えください。

メディアは、ことさらに自民対小池新党対立の構造を描いています。つまり、非自民票の受け皿としての都ファへの投票を誘導しているのです。しかし、大切な一票です。ちょっと待ってください。都ファへいれるのはもったいないといわねばなりません。

もし、あなたが都ファに投票をとお考えなら、ぜひ「なぜ」「どうして」と反芻していただきたいのです。都ファって、いったいなんだろうか。どんな理念で、何を目指している政党なのだろうか。ご存じでしょうか。

小池百合子という党首が、右翼組織である日本会議国会議員懇談会の元副会長であり、「歴史教科書問題を考える会」の役員を務め、歴史修正主義の片棒を担いできたこと。「つくる会」系の教科書採択をサポートする運動に参加してきたこと。元は安倍第1次内閣の防衛大臣であり、数え切れないほどの政党を渡り歩いてきた政治家であること。そして、民族差別主義団体在特会系団体と近しいことなどは、よく知られているところですが、さて都民ファーストの会とはいったい何なのか。

以下が都民ファーストの会の綱領です。念のために申し添えますが、これが全文です。ぜひ読んでみてください。この綱領をもつ政党に、何らかの政治理念を感じられますか。この政党が誰のために、何をしようとしているのか。どんな具体的政策をとるのか、想像ができますか。あなたの一票を託せるでしょうか。

宇宙から夜の地球を見た時、世界は大きな闇と、偏在する灯りの塊に見える。その灯りの塊の最も大きなものが、東京を中心とした輝きである。
その輝きは、東京という大都市の力であり、経済の大きさであるが、同時に、そこにある一つひとつの灯りの下に、人々の生活があり、営みがあることを政治は想像できなければいけない。
一つひとつの灯りが揺らいではいけない。
もちろん、全体の輝きが褪せてもいけない。
この20年の硬直した都政の下で、アジアの金融拠点はシンガポールに、物流拠点は上海に、ハブ空港は仁川に後塵を拝しつつある。東京が産業構造の変革の波の中で、世界をリードする絵図を描けているか。少子高齢化が叫ばれながら、福祉対策の転換を導いているか。老朽化する都市は輝きを失うのではないか。様々な危機に対する準備は万全か。これまでの延長線をなぞるだけの都政でよいのか。
だから、今こそ「東京大改革」の旗を私たちは掲げる。
「東京大改革」とは、首都東京を、将来にわたって、経済・福祉・環境などあらゆる分野で持続可能な社会となりえるよう、新しい東京へと再構築すること。東京の魅力ある資産を磨き直し、国際競争力を向上させること。都民一人ひとりが活躍できる、安心できる社会にステージアップすることである。
そのための大原則を「都民ファースト」「情報公開」「賢い支出(ワイズスペンディング)」とする。私たちが自らの名に「都民ファースト」を冠するのは、都政の第一目的は、都民の利益を最大化すること以外にないと考えるからである。一部の人間、集団の利益のために都政があってはならない。
私たちは、旧来の勢力に囚われている都政を解き放ち、躊躇なく東京を活性化し、行政力の強化を行う。区部のさらなる発展を図り、多摩・島嶼振興を積極的に推進することで、東京2020オリンピック・パラリンピック後も輝き続ける首都東京を創造していく。
今日よりも明日、明日よりも未来に希望がもてる社会を描くため、私たちが「東京大改革」をすすめていく。

都民ファーストの会の初代会長は、野田数という極右というべき人物です。まぎれもなく、反憲法、反民主々義思想の持ち主。元小池百合子衆議院議員秘書で、2016年の東京都知事選挙では小池百合子の選挙対策本部責任者を務めて、当選後に知事の特別秘書(政策担当)に任命された人物。今年の1月新設の都民ファーストの会初代代表に就任して、6月1日小池都知事が正式に都民ファーストの会の代表に就任したことに伴い代表を退任しました。

この人、2012年10月「東京維新の会」を代表して、日本国憲法無効論に基づく大日本帝国憲法復活請願を東京都議会に提出しています。その中で、「我が国の独立が奪われた時期に制定された」と現行憲法の無効を主張するとともに、皇室典範については「国民を主人とし天皇を家来とする不敬不遜の極み」「国民主権という傲慢な思想を直ちに放棄」すべきことを主張しています。

こんな人物が小池新党の初代代表者として、綱領や政策を作ったというのです。小池という衣の下に見える鎧がこの野田数。空っぽの綱領の底にあるのが、憲法否定、国民主権否定の恐るべき極右思想。

あなたが真剣に、よりよい政治を望むのなら。さらには、平和や人権や民主主義が重んじられ、働きやすく住みやすい格差の少ない社会を望むのであれば、都民ファーストの会に投票してはいけません。

ぜひ共産党へ、あるいは民進・社民・自由の、立憲民主主義を掲げている各政党の候補者への投票をお願いいたします。
(なお、以上の記事は「リテラ」「ウィキペディア」「都民ファーストの会公式ホームページ」等を参考にしています)
(2017年6月29日)

獅子身中の、虫・虫・虫・虫…。

あー。いやなことを思い出す。政権1期目のおしまいのころのこと。歯車が軋んで、何をどうやっても、うまくいかなくなった。何をやっても、何を言っても、裏目に出て叩かれっぱなし。その結果が史上例を見ない、みっともない政権投げ出しとなったんだ。2007年8月のこと。あれからもうすぐ10年。10年前の悪夢を思い出すと、またキリキリ腸が痛む。

あれは、オレだけの責任じゃない。獅子身中の虫は獅子を食らうというじゃないか。オレが獅子だというほどのうぬぼれはないが、何匹もの虫に身を食われた痛みを忘れることができない。一年足らずの短命政権が、不祥事で5人もの大臣辞任者を出した。だから、オレの責任じゃない。身中の虫のせいだ。

あのときの虫は、まず規制改革担当大臣の佐田玄一郎だ。事実上存在しない事務所の費用に7800万円も支出したという政治資金の虚偽報告だ。この佐田の辞任が、ケチのつきはじめ。

次が、厚生労働大臣柳澤伯夫。「残業代ゼロ法案」推進が国民の反発で挫折した挙げ句が、女性を「産む機械」とした失言。この追及は応えた。女性の支持率が下がっちゃった。

その次が、「原爆投下しょうがない」発言で辞任した久間章生防衛相。まだある。農水相の松岡利勝。事務所費問題の追及で自殺に追い込まれた。その後任が赤城徳彦。あの「バンソウコウ王子」だ。政治資金虚偽報告疑惑渦中の彼の顔がテレビに映るたびに支持率が下がって、持ちこたえられなくなった。政権も、オレの腸もだ。

第2次政権以後も、虫虫虫虫…。虫だらけだ。

小渕優子経産大臣と松島みどり法務大臣の『ダブル辞任』。次いで、経済財政政策担当大臣甘利明、高木毅原発事故再生担当相、西川公也農水大臣、下村博文前文科相、沖縄対策担当大臣鶴保庸介、復興大臣今村雅弘、地方創生担当大臣山本幸三、法務大臣金田勝年。アベチルドレンと言われた政務官クラスだと、数え切れない。

中でも噛みつかれて痛い虫が、パワハラ豊田真由子だ。「このハゲーーーーーっ!」の衝撃はメガトン級だ。しかも、選挙の応援演説で、オレが豊田を連呼しているところが繰り返された。豊田にではなく、オレにとって最悪だ。都議選でオレが街頭演説をやれば、聴衆は豊田真由子の「このハゲーーーーーっ!」を連想するだろう。イメージ悪過ぎで、オレの出番がなくなった。

せっかくダメージの少ない方を選択して、無理して国会閉じて森友・加計に蓋をして都議選になだれ込んだのに、あまりにも悪いタイミング。政権末期には、こんなことが起こるんだ。

そして、イナダだ。あの無能、懲りずにまたやらかした。いったい何度目だ。
産経報道の見出しが「稲田朋美氏発言で“三重苦” 『とばっちりだ…』突然の後ろ矢、憤る自民候補 他党は『敵失で好機』」というもの。「影響は自民現職2人や都民新人2人など10人の候補で5議席を争う激戦の板橋区選挙区にとどまらず、都議選全体に飛び火しつつある。」と遠慮がない。

産経ですら、厳しいイナダ批判で、自民と政権に手厳しい。ということは、全メディアが政権に遠慮せずにものを言うようになったということだ。政権への遠慮した物言いができない空気が蔓延しはじめているのだ。やっぱり、政権の末期症状だ。

もっと大きな虫がいる。菅だ。もっと上手に懸案を処理してくれるはずではなかったのか。森友問題も、加計問題も、収束の筋書きが書けていない。失敗続きで、責任大きい。何とかしろ。

いや、忘れていた。最大の虫はオレ自身だ。獅子を食い尽くした虫をよく見たら、獅子そのものだった。オレがオレ自身を食いちらし、食い尽くしたのだ。考えてみれば、惨めに政権を投げ出したオレが、第2次政権を作ったのがそもそもの間違い。そもそもオレの右翼体質が、結局は国民に受け入れられなかったということなのだ。

都議選の結果が恐ろしい。とりわけ、真っ向からの政権批判者だった共産党の議席次第で、悪夢が正夢になる。

ああ、祇園精舎の鐘の音が耳に重く響く。
「アベーーーーーっ! ヤベーーーーーっ! ダメーーーーーーっ!」と。
(2017年6月28日)

「共産党へ投票」 1週間で8.0%から12.2%に。52.5%の増。

つい先頃までネットでの選挙運動は禁止されていた。大いにその不平を鳴らしていたが、4年前の公職選挙法改正で解禁となった。ようやくにして今は「自由」だ。これを活用しない手はない。

要点を確認しておこう。
選挙運動とは、「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」などと面倒な定義がなされている。そんな定義にこだわることはない。

要するに、「きたる7月2日の東京都議選文京選挙区では、自民党の悪政に対決し、すべての働く人々に明るい未来を切り開く、日本共産党の福手ゆう子に、ぜひとも清き一票をお願いします」と、特定の選挙について、特定の候補者の名前を出して、投票依頼をしてもよいということだ。

選挙運動は不自由極まりなく、選挙用文書の規制も厳しい。しかし、有権者の誰もが、ホームページ、ブログ、SNS、動画共有サービス、動画中継サイトで、選挙運動ができるのだ。大いに活用すべし、ではないか。もっとも、不特定多数者へのメール発信による選挙運動は誰もが考えるところだが、候補者・政党にのみ許され、一般有権者には解禁されていない。

また、注意すべきは、選挙とは本来が正々堂々の言論戦であるということ。言論には自ずから制約がある。虚偽や侮辱の言論を慎むべきは当然であり、また、匿名に隠れての無責任な言論もあってはならない。

だから匿名のネット選挙運動は、認められていない。「ネット選挙運動には、メールアドレスを表示することが義務づけられている」(公職選挙法第142条の3第3項)。メールアドレスの代わりに返信用フォームのURL、ツイッターのユーザー名などでもよい。その違反に罰則はないが、プロバイダー責任制限法での削除対象にはなり得る。

また、選挙運動は、選挙の期間中になすべきこととなっている。ネット選挙運動も、告示日(6月23日)から、投票日の前日(7月1日)までのこと。選挙当日には選挙運動としての新たな書き込みはできないが、それまでにアップした記事を削除する必要はない。なお、18歳未満の者は選挙運動ができないルールだから、当然にネットでの運動もできない。

さて、都議選である。ネットによる言論戦が望まれる。今は、投票結果に結びつく発信をすべきときだ。

メディアは、もっぱら「小池与党」対「自民」の対立構図を描いているが、そうとらえてはならない。この選挙は、なによりもアベ一強政治弾劾選挙だ。アベ強権政治ノーの一票の積み上げの舞台だ。共謀罪反対の意思表示であり、共謀罪採決強行に見られた議会制民主主義の危機への有権者の警鐘の選挙だ。政治を私物化し、行政をねじ曲げ、政治過程の透明性を奪い、真摯な説明責任を放擲したアベ自民党政治への怒りを表明する機会だ。投票による世直しのチャンスなのだ。

メディアはこれをミスリードして、「小池知事派過半数か 自民第1党か」(朝日)、「知事勢力の過半数焦点」(東京)、「小池勢力VS自民 新構図の決戦」(産経)などと言っている。こういう構図が喧伝されれば、「小池」と「自民」だけがクローズアップされ、その他の政治勢力の存在が霞んでしまうことになる。

ところが、選挙状勢はそうなっていないようなのだ。
JX通信社なるネット配信社が、東京都内世論調査を昨日(6月26日)発表している。
6月24~25日実施のもの。788人から回答を得たという。

見出しを「都議選中盤情勢 都民ファーストが第1党の勢い維持」とし、
アブストラクトを
「都民ファーストに投票32% 自民は19%」
「『築地は守る、豊洲を活かす』に賛成58%」
としている。要するに、ありきたりのメデイアの構図である。

注目すべきは、都民の投票意向先調査で、1週間前の前回数値との比較である。
「都民ファースト」 32.2%(前週比-2.4ポイント)
「自民党」     19.5%(前週比+0.8ポイント)

3位以下の投票意向先では、
共産党が12.2%(プラス4.2ポイント)
民進党が 6.0%(プラス1.3ポイント)
公明党が 5.1%(プラス0.5ポイント)

都ファは、支持を減らしている。-2.4ポイントは、決して小さな数値ではない。注目は共産党。先週の8.0%からの12.2%の獲得は52.5%の増である。この上昇幅のもつ意味は大きい。

前回都議選の自民党得票率は36%。この数値と比較しての今回19.5%は明らかに自民党への都民の批判が大きいことを物語っている。しかし、その批判票の受け皿が小池新党であってはならない。よく知られているとおり、小池は改憲論者の右翼。「日本会議国会議員懇談会」の副会長経歴を持つ。「新しい歴史教科書をつくる会」の支持を受けている歴史修正主義者でもある。また、公明党は、国政ではアベ政治を支え、都政では小池と組もうという無原則。

「自民批判票を、小池新党にやってはならない。ぜひとも共産党に」という呼びかけの手応えが、1週間での「プラス4.2ポイント=52%増」ではないか。共産党の地道な自民批判と、都ファ・公明に対抗しての選挙運動が実を結びつつあるように見える。
(2017年6月27日)

五月晴れなもんか。ボクに冷たい逆風が吹いている。

時事が伝える昨日(6月25日・日曜日)の首相動静である。
午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
午前中は来客なく、私邸で過ごす。
午後も来客なく、私邸で過ごす。
26日午前0時現在、私邸。来客なし。

以下は6月19日付読売の報道。
「読売新聞社は17~18日、全国世論調査を実施した。
安倍内閣の支持率は49%で、前回調査(5月12~14日)の61%から12ポイント下落した。不支持率は41%(前回28%)に上昇した。
内閣支持率が50%を割ったのは、昨年6月17~19日調査(49%)以来。下落幅は2012年12月の第2次安倍内閣発足以降で最も大きかった。ただ、最低を記録した安全保障関連法成立直後(15年9月調査)の41%は上回った。内閣を支持しない理由のトップは『首相が信頼できないから』48%で、第2次安倍内閣発足以降で最も高かった。」

ほかならぬアベの盟友、ナベツネ新聞がアベの不人気を報道せざるを得ない事態。これが、1週間前のこと。とはいえ、このときはまだ内閣の支持率が不支持率を上回っていた。今、さらに事態は深刻だ。

毎日に続いて、朝日も読売もアベ内閣不支持が支持率を上回った(都内有権者)という世論調査結果を発表した。数字だけではない。折も折、アベチルドレンの一人、豊田真由子議員の「パワハラ・絶叫」事件。随伴して繰り返される安倍晋三のパワハラ議員支援連呼絶叫の映像。加計学園問題だけでなく、森友学園問題も大きく人々に記憶を呼び起こす事態となっている。

アベの私邸は東京都内にある。その東京が天下分け目の都議選の真っ最中。その短い選挙期間のラスト・サンデーに、自民党総裁安倍晋三の出番はなかった。自民党都議団凋落が囁かれている事態にもかかわらず、である。アベに応援受けるなんて、不人気を背負い込むようなもの。豊田真由子を連想させるだけ。自民党都議候補からすれば、疫病神同然なのだ。聴衆から罵声を浴びせられることにもなりかねない。

だから、お呼びがかからない。お呼びがかからないから、ラスト・サンデーが「ふて寝サンデー」となったのだ。
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孤独だな。さびしいな。誰も声をかけてくれない。世の中冷たいな。神戸は五月晴れなんて言ってみたけど、東京は霧だ、靄だ、いや闇だ。

あああ、パンダはいいな。なんの悩みもないんだろうな。ただいるだけで、ちやほやされて、人寄せパンダだもんな。ボクもパンダになりたい。

あああ、藤井聡太君はいいな。若くてたいへんな人気だ。実力ある人が羨ましい。ボクもああなりたいな。

あああ、前川さんはいいな。なんてったって信念の人だものね。いうことにスジが通っていて、説得力があるものね。ボクも信念がほしい。いまさら、無理だろうけど。

あああ、籠池夫婦はいいな。彼らなりに「夫婦相和し」ってのを実践しているもんな。お互いの信頼関係が深いんだろうな。ウチの夫婦はダメだ。やることなすことうまくいかない。籠池夫婦みたいになりたいな。

考えてみれば、ボクって、才能はなく、学識も常識もデンデンなく、もちろん誠実さも信念もない。それでいて上から目線で人間関係を上手に作れない。それでも、生まれの良さと図々しさだけでやってきたんだ。それが、とっくにメッキは剥げちゃっている。これまでは、不思議と人気だけはあって大きな顔をしてきたけどもう駄目なようだ。となると、ボクって何の取り得もない、どうしようもない人間だってことが、しみじみとよく分かる。

一期目の終わりのことを思い出す。なにもかも逆目に出て、泣きべそかいて政権を投げ出したあの惨めなときのこと。今度も、はしゃいだ挙げ句の身の破滅となるんだろうな。でも、自業自得だものな。批判はすべて本当のことだから、しょうがないかな。

これまではみんな黙っていたくせに、ボクが落ち目になると批判をはじめる。経団連会長まで、「ぜひ是正してほしい。約束通り説明の機会をつくり、総理の言葉で国民に説明してほしい」なんていう。ボクに説明責任を果たし、信頼回復に努めろなんていうんだ。

これまで、ボクが「国民の皆様にご理解いただけるよう、丁寧に説明を続けていきます」と何度も言って、一度だって実行していないのは知っているはずだろう。できることなら、とっくにやっている。できないからやっていないんじゃないか。みんなそんなことはよく分かっていて、「説明責任を果たすべきだ」なんて。みんな意地が悪いんだ。しかも、ボクが口を開くと「あまりに下品で不誠実で幼稚」と罵られてばかり。

あああ。パンダにあやかりたい。藤井聡太がうらやましい。前川喜平を真似したい。籠池夫婦はいいな。それにつけても…、いつの間にボクってこんなにみじめになっちゃったんだろう。
(2017年6月26日)

田母神有罪からの教訓:「選対事務局長から、ご苦労様とカネを渡されても、受けとってはらない」。

本日昼過ぎ、いつものように性能の悪いラジオのスイッチを入れた。いつにもまして、受信状態がよくない。雑音に紛れて聞き取りにくいニュースが流れてきた。思いがけない内容だったが、私の耳にはこう聞こえた。

『学校法人森友学園の小学校敷地とするための国有地売買契約、および、学校法人加計学園による岡山理科大学獣医学部設立認可申請に対する認可に関して、政治家としての口利きがあったとしてあっせん利得罪に問われていた現職総理大臣に、本日東京地方裁判所は執行猶予付きの有罪判決を言い渡しました。
公訴事実は、「同被告人が国会議員として、請託を受けて政治家の権限に基づく影響力を行使して、公務員の職務上の行為をさせるようにあっせんし、国有地売買において破格の廉価による売買を成立させるよう、また腹心の友と呼ぶ知人が経営する学校法人が他の有力候補を除外して設立認可に至るよう、公務員に働きかけ、そのことに関する報酬として財産上の利益を受けた」というものです。
同被告は、「請託を受けたことも、政治家としての権限に基づく影響力を行使したことも、あっせん(口利き)をしたことも、報酬を受けたこともない」と、全面的に争って無罪を主張していましたが、判決は、「具体的客観的な経過を見れば、余りに不自然で不合理な結果が生じており、事実を隠蔽しようと画策していたこととも相まって、関係各公務員が被告人の指示や了承を得ないでことを進めたとは到底考えられない。被告人の弁明は信用できない」と斥けました。
その上で、「事案は民主主義の根幹である行政の公正さに大きな疑念を抱かせたもので、被告人は行政の最高責任者としての自覚を欠いたことにおいて厳しい非難を免れない」と指摘しました。
判決言い渡し後記者会見を開いた同被告と弁護人は、「納得のできない思い込み判決。到底承服できない。直ちに控訴して徹底して争う」と控訴の意向を明らかにしています。』

後ほど、私の聞き間違えだったことに気がついた。あのニュースは、現職総理に関連したものではなく、田母神俊雄有罪判決の報道だった。認知バイアスの作用が、私にとって望ましいように聞き間違えをさせたのだ。

実際のニュースは、次のとおりだ。
「2014年の東京都知事選挙で、運動員に報酬を渡した罪に問われた田母神俊雄元航空幕僚長(航空自衛隊トップ)に対し、本日(5月22日)東京地方裁判所は無罪の主張を退け、執行猶予のついた懲役1年10か月の有罪判決を言い渡した。
田母神被告は無罪を主張していたが、家令和典裁判長は、陣営の元幹部2人との共謀を認定。「買収を了承するだけでなく、増額も指示しており、役割は小さくない。公職の立候補者としての自覚を欠き、厳しい非難を免れない」と述べた。

判決によると、田母神被告は、陣営の元出納責任者・鈴木新(有罪確定)と共謀し、都知事選後の14年3月中旬、元選対事務局長の島本順光被告(公判中)に選挙運動を統括した報酬として現金200万円を提供。同年3月中旬~5月8日には、島本被告や元出納責任者と共謀し、運動員5人に計280万円を渡した。動いたカネは、合計480万円である。なお、金を受けとった側の運動員も全員起訴されている。要求したわけではなく、「ご苦労様」とねぎらわれて渡された金。これを受けとったがゆえの犯罪。災難と言えば、この上ない災難ではあろう。

田母神は、「現金を配ることを了承したり、指示したりしたことは一切なかった」として無罪を主張したが、判決は「報酬一覧を記載した書類に(田母神被告を指す)『会長指示』とあり、島本被告が指示や了承を得ないことは考えられない。被告自身の供述も一貫しておらず、信用できない」と斥けた。その上で「民主主義の根幹である選挙の公正さに大きな疑念を抱かせた」と指摘した。

田母神は閉廷後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見した。
「非常に残念な判決。私は絶対に共謀などしていない。やってもいないことで有罪にされたのではかなわんな、というのが正直な気持ち。公正な裁判がなされたのか疑問がある」と納得できない様子で語った。控訴については「控訴する方向で考えているが、今後、(弁護人らと)相談して最終的に決めたい」とした。

政治とカネ、選挙とカネについての貴重な教訓を提供する事件。確認しておこう。選挙運動は飽くまで無償が原則。運動員に現金を渡せば、公職選挙法違反の運動員買収の罪に問われる。金をもらった運動員も犯罪者となる。似たような話は身近にいくつもある。

田母神が有罪となった罰条は、運動員買収である。条文を抜粋すれば以下のとおり。
「公職選挙法第221条
次に掲げる行為をした者は、3年(候補者がした場合は4年)以下の懲役若しくは禁錮又は50万円(100万円)以下の罰金に処する。
一 当選を得、若しくは得しめ又は得しめない目的をもって、選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益の供与、その供与の申込み若しくは約束をしたとき。」

公選法上の買収には2種類ある。選挙人買収と運動員買収である。選挙人(有権者)を買収することは、直接に票をカネで買うことだ。運動員の買収とは票を集める人を買収すること、間接的にカネで票を買うことにほかならない。選挙運動は無償が大原則なのだから、選挙運動員にカネを渡してはならない。カネを渡せば運動員買収罪が成立する。受けとった運動員も処罰対象となる。買収だけでなく供応も同じだ。今どき、選挙人買収は滅多にない。ほとんどが運動員買収事案である。

選挙運動は、判例において「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」と定義されている。選挙運動は飽くまで、自発的な意思によって行われるべきもので報酬があってはならない。もっとも選挙運動には当たらない純粋な労務の提供や事務作業者に対しては、予め届け出た者に限って決められた範囲の額の対価を支払うことができる。気をつけなければならないのは、たとえ労務者として届出があっても、単純労務の提供の範囲を超えて「選挙運動をした者」となれば報酬を支払ってはならないということだ。

私は、2013年の暮れから14年の1月にかけて、連続33日間「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」のシリーズを書き続けた。その中で、12年暮れの都知事選における宇都宮陣営の田母神案件類似問題について、詳細に報告した。

金額の大小の差はあれども、宇都宮選対事務局長と選対本部長とは、田母神陣営と似たことをしている。その報告は、下記のURLでお読みいただきたい。
http://article9.jp/wordpress/?cat=6

あらためて当時のことを思い出す。本日の田母神有罪判決は、私の、宇都宮陣営における運動員買収の指摘が杞憂でなかったことを裏付けるもの。再度しっかりと確認しておきたい。選挙運動は飽くまで無償でやることなのだ、と。

田母神陣営は選対ぐるみの選挙違反として摘発され、訴追は徹底したものとなった。起訴されたものは合計10名に及ぶ。
田母神俊雄(候補者)   逮捕後起訴
島本順光(選対事務局長) 逮捕後起訴
鈴木新(会計責任者)   在宅起訴
運動員・6名       在宅起訴
ウグイス嬢・女性     略式起訴

ウイキペディアからの孫引きだが、以下は田母神出馬についての賛同者リストからの抜粋である。アベ政治の応援団とほとんど重なっている。アベ・コア人脈と言ってもよいのではないか。それでいて、なお、これだけの訴追の徹底なのだ。

政治家
石原慎太郎(元東京都知事)
土屋敬之(元東京都議会議員)
中山成彬(日本維新の会衆議院議員)
西村眞悟(無所属衆議院議員)
平沼赳夫(日本維新の会衆議院議員)
三宅博(日本維新の会衆議院議員)
松田学(日本維新の会衆議院議員)

大学教員
小堀桂一郎(東京大学名誉教授)
西部邁(元・東京大学教授)
藤岡信勝(元・東京大学教授、元・拓殖大学教授)
中西輝政(京都大学名誉教授)
荒木和博(拓殖大学教授)
小田村四郎(拓殖大学元総長)
関岡英之(拓殖大学客員教授)
石平(拓殖大学客員教授・評論家)
杉原誠四郎(武蔵野大学教授・新しい歴史教科書をつくる会会長)
西尾幹二(電気通信大学名誉教授)
渡部昇一(上智大学名誉教授・故人)

実業家
中條高徳(アサヒビール名誉顧問、日本会議代表委員)
水島総(日本文化チャンネル桜元社長)
元谷外志雄(アパグループ代表)

評論家・芸能人など
加瀬英明(外交評論家)
クライン孝子(作家)
デヴィ・スカルノ(スカルノ元大統領第3夫人)
すぎやまこういち(作曲家・日本作編曲家協会常任理事)
西村幸祐(評論家)
百田尚樹(作家)
三橋貴明(経済評論家)
上念司(経済評論家)

選挙運動に参加する者は、無償が大原則であることをわきまえよう。常に心掛けねばならない。選対本部長や事務局長から「ごくろうさまです」とカネを差し出されても、迂闊にもらってはならない。犯罪として立件される虞のある危険な事態だと心得なければならない。
(2017年5月22日)

ロッカールーム・デモクラシー万歳

ドナルド・トランプだ。共和党の大統領候補だ。
オレこそ、アメリカ大統領にふさわしい。
きっとオレが大統領になる。
なんてったって、デモクラシーのアメリカなんだから。

デモクラシーってなんだ?
民衆の望みを実行することだろう。
 民衆がパンを望めばパンを。
 民衆がサーカスを望めばサーカスを。
これが、デモクラシーの原点だ。

そのために、民衆と権力が一体となっていることだ。
民衆が民主的な指導者を選ぶってことだ。
民主的な指導者ってなんだ?
民衆のホンネを掬って実現することのできる人物だ。それがオレさ。

民衆はなかなかホンネをしゃべらない。
本当は誰もが、排外主義者じゃないか。
ホンネのところは移民を受け入れたくはない。
そうして、仕事と安寧を守りたいのだ。

それだけじゃない。
女が対等に振る舞うことは煙たいのだ。
異なる人種や民族や宗教には違和感があるのだ。
でも、みんな表面を取り繕って、人権尊重だの差別はいけない、なんて言う。

ロッカールームこそ、ホンネを語る場所。
ロッカールームでの発言こそが民衆の願望だ。
これに耳を傾けるのが、最も民主的な政治指導者というもんじゃないか。
オレはロッカールームの会話が大好きだ。
ホンネを語ろう。ホンネに耳を傾けよう。

デモクラシーとは、民衆がそのレベルにふさわしい権力を作ることだ。
ロッカールームで語るホンネにふさわしい指導者を選ぶことだ。
その意味でオレこそが、最も合衆国国民のホンネのレベルにぴったりの大統領なのだ。
合衆国の民衆は、オレ以上のレベルの大統領ももつことはできない。だから、この選挙に勝ってアメリカ合衆国の大統領になるのはオレなのだ。

オレに権力を与えるデモクラシー万歳。
オレを大統領に押し上げるロッカールームデモクラシー万歳。
(2016年10月18日)

「本郷・湯島九条の会」は、平和を守るため、ますます元気に街宣を続けます。

本郷にお住まいの皆さま、三丁目交差点をご通行中の皆さま。こちらは地元の「本郷・湯島九条の会」です。憲法を守ろう、憲法の眼目である平和を守ろう。憲法9条を守り抜いて、絶対に戦争は繰り返してはいけない。アベ自民党政権の危険な暴走を食い止めなければならない。そういう志を持つ仲間が集まってつくっている小さな団体です。私たちは小さいけれど、全国に7500もの「九条の会」があります。全国津々浦々で、9条を守る活動をしています。

猛暑の8月です。71年前、敗戦の年の8月も暑かったといいます。8月こそは戦争を思い出し語らなければならない季節です。あの戦争で、310万人の日本人が命を失いました。2000万人といわれるアジアの人々が侵略戦争の犠牲となりました。あの廃墟のなか、私たちは、再び戦争の惨禍を繰り返してはならないと誓いました。その誓いが、日本国憲法に結実したのです。

憲法9条は、おびただしい戦争犠牲者を含めた日本人全体の決意であるとともに、アジアの人びとへの不戦の誓約でもあります。夏、8月は、そのことを思い起こす日としなければなりません。

しかし、日本の現状はどうでしょうか。憲法を破壊し、9条を形骸化しようという危険なアベ政治の暴走が続いています。先程来、お話しがあったとおり、参院選と都知事選が終わりました。憲法を守ろうという旗を立てている私たちにとっては、けっして納得のいく結果ではありません。

案の定、選挙前には控えられてきたアベ政権のホンネの動きが、選挙が終わるや否や、無遠慮に始まっています。小池百合子都政も同じです。

思想家ルソーが言っていることを思い出します。「イギリスの人民は自分たちが自由だと思っているようだが、それは大間違いだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する投票のそのときだけのことで、選挙が終わるやいなや、次の選挙までの間はイギリス人民は奴隷となってしまう」。現状、まさしくそのとおりではありませんか。

あんなに国民から反対を受けながら強行成立した戦争法は、選挙が終わるまでは身を潜め、今動き出そうとしています。南スーダン情勢が緊迫し内戦状態になっているのに、11月派遣予定の自衛隊員は、駆けつけ警護の訓練を始めようとしているのです。

PKO5原則の遵守によって、これまでは、けっして戦地での紛争には巻き込まれないはずの自衛隊でした。今、350人の現地隊員は、営舎の外に出ることなく、ひっそりと身を潜めています。ところが、11月以後はこれが変わるのです。今度は、紛争のまっただ中に駆けつけてでも味方の援護をします。これは内戦の一方に荷担する宣言にほかなりません。紛争に巻き込まれることを覚悟しなければ駆けつけ警護はできないこと。紛争に巻き込まれるとは、史上初めて自衛隊員の命が奪われ、あるいは自衛隊員が誰かの命を奪う事態となることです。戦後71年間、平和憲法の下、日本が一人の戦死者も出さなかったという原則が崩れることでもあります。

イナダ防衛大臣の就任記者会見では、記者から「自衛隊員の戦死の持つ意味について」質問が飛んでします。イナダは何と答えたか。「自衛権の行使の過程において、犠牲者が出る事も、考えておかなきゃいけないことだろうとは思います。非常に、重たい問題だと思います。」あまりに率直。戦争法の発動は、「自衛権行使の過程において、犠牲者が出る事もある」と防衛大臣が認識しているのです。

私たちは、投票箱が閉まっても主権者であり続けなければなりません。けっして奴隷になってはならない。アベ政権にも、小池都政にも、しっかりと主権者としての目を光らせてまいりましょう。平和を守り続けるために。

月1回、第2火曜日と決めた定例街宣活動は4年目にはいった。今日は、37℃のクラクラする炎天下、6人がマイクを取って思い思いに平和を語った。今後も、雨にも負けず、風にもまけず、雪にも夏の暑さにも負けることなく、日本の平和を崩すまいとにぎやかに元気に続けていこうと、意気軒昂。
(2016年8月9日)                                               

都知事選の敗北から何を教訓として酌み取るべきか。

都知事選が終わった。開票結果は事前に各メディアが報じた情勢のとおりとなって、当確がはやばやと出た。野党統一候補は敗れて、新都知事には品のよくない右翼が就任する。最悪だ。石原慎太郎の時代に逆戻りではないか。チクチクと胸が痛む。

それにしても、4野党の候補統一ができたとき、これは勝てる選挙になると小躍りした。与党側が分裂という情報が伝わって、これこそ千載一遇のチャンスと思った。しかし、取りこぼしたのだ。千載一遇のチャンスを逃したのだ。敗因はどこにあるのか、徹底した検討が必要だろう。

一議席を争う与党と野党の一騎打ちは、憲法改正の国民投票に擬せられてよい。改正発議をするか否か、するとしていつのタイミングを狙うか、その選択の権利を今壊憲与党の側が握っている。勝算ありと考えれば、発議の実行はあり得るのだ。

そのような目で、都知事選における都民の選択を見つめると、極めて危うい。憲法問題について世論が明日はどう転ぶか、私には読めない。不安を感じざるをえない。

有権者は必ずしも理性的ではない。情報に操作され、たぶらかされるのだ。強いメッセージに踊らされ、つくられたイメージに流される。選挙結果はけっして冷静な選択ではない。民主主義とはそのよう危うさをもったものだ。戦前の歴史を思う。明治以来日本にも連綿と非戦論・平和主義はあった。しかし、開戦や事変のたびに、あっという間に崩れて主戦論・ナショナリズムが天下を席巻した。

国民が挙げて主戦論の熱気の中にあるとき、これに負けずに非戦論を貫いた人びとに心からの敬意を表する。北朝鮮がどういう行動をとろうとも、中国とのトラブルがどのように喧伝されようとも、そのようなときであればこその覚悟で9条を守り抜かなければならない、あらためての決意が必要なのだ。

4野党の統一ができたのは大きな成果だ。この共闘関係を継続して、信頼関係を深めていくことが、今後の最大の課題だ。この点に揺らぎがあってはならない。これ以外に野党勢力を伸ばす方策もなく、改憲阻止の展望も開けてこない。

しかし、期待されたほどの共闘効果は出なかった。各野党それぞれの支持勢力全体を統一候補者の支援のために総結集できたかははなはだ心もとない。そのような努力と工夫は十分になされたのだろうか。連合東京という組織には、脱原発のスローガンはタブーなのだろうか。これから先、ずっとそうなのだろうか。この点には、どう対応すべきなのだろうか。

今回4野党統一候補の支援をしなかっただけでなく、結果的には足をひっぱる側に回った宇都宮グループ。これに対する正確な事実を踏まえての徹底批判も必要であろう。

憲法改正発議があった場合の、発議側の世論操作への対抗策と、改正阻止側の統一した共同行動をどう組むかという視点からの総括が必要だと思う。負けた選挙、せめて教訓を酌み取りたい。
(2016年7月31日)

「非核都市東京」を求める鳥越俊太郎を。 「核武装の選択肢」と「原発稼働」を容認する小池百合子はゴメンだ。

東京都知事選(7月31日投開票)最終盤である。選挙運動ができるのは、今日(7月28日)を含めても、あと3日を残すだけ。是非とも鳥越俊太郎を押し上げたい。

鳥越候補公約の目玉のひとつが「非核都市東京」の宣言である。非核とは、原水禁反対という平和のテーマでもあり、反原発のエネルギー政策でもある。ともに、人間の尊厳に根ざした課題であり、憲法の理念の具体策でもある。軍事大国化、経済大国化の路線は採らないという宣言なのだ。

この対極にあるのが小池百合子。こんな候補を知事にしてしまったら最悪だ。「反・非核都市東京」の路線を歩みかねない危うい政治家なのだから。

昨日(7月27日)、鳥越は新宿駅前の演説で「ある候補は、ある雑誌の対談で『日本は外交上、軍事上、核武装という選択肢はあり得る』と言ってる。そんな人が東京都知事になるなんて、あり得ないでしょう」と発言。続いて練馬駅前の演説では、「名前を言います。小池候補」と名指しした。

この鳥越の指摘に小池は反発して、「曲解してねつ造している。不正確なことをおっしゃるのはよろしくない、と不快感を示した」と報道されている。

ジャーナリストに対する「曲解」「捏造」発言は聞き捨てならない。ことは、政治家の基本姿勢にも関わる重大事だ。『日本は外交上、軍事上、核武装という選択肢はあり得る』と発言した事実があるか否か。現時点ではどう考えているのかを明確にすべきところだが、この点を小池は濁したまま。

鳥越発言の根拠は、雑誌『Voice』(PHP研究所、2003年3月号)での鼎談記事での発言のようだ。鼎談の相手がすさまじい。田久保忠衛(現・日本会議会長)と西岡力(「救う会」会長)なのだ。小池はこんなのとお仲間。「ぼくらは極右の3人組」、あるいはこの鼎談の中で名前が出ている西村真悟(「お国の為に血を流せ」で著名)も加えて、「極右4人組」というところ。

『Voice』(2003年3月号)の歴史的な鼎談を誰かが掲載してくれればありがたいのだが、私は孫引きするしかない。

本日の赤旗によれば、小池百合子の発言内容は、「軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうる」「わずかでも核武装のニュアンスが漂うような発言をしただけで、安倍晋三官房副長官も言論封殺に遭ってしまった」「このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけません」というもの。

それなら、鳥越発言の「『日本は外交上、軍事上、核武装という選択肢はあり得る』と言ってる」「そんな人が東京都知事になるなんて、あり得ないでしょう」を、曲解とも捏造ともいう筋合いはない。事実摘示の正確さは十分であり、その事実を前提とする意見の表明になんの問題もない。むしろ小池は、この指摘に噛み合う形での政治的見解を述べて有権者の判断を仰ぐべきであった。

最近適切な資料紹介で注目されているリテラは、もっと詳細に解説している。
見出しは、「小池百合子が日本会議会長らと『東京に核ミサイル配備』をぶちあげていた! 小池は『東京のトランプ』になる?」という、刺激的なもの。読み応え十分である。やや長いが、下記の引用をお読みいただきたい。

「2003年、保守論壇誌『Voice』(PHP研究所)3月号所収の田久保忠衛、西岡力両氏との鼎談記事…タイトルは『日本有事 三つのシナリオ』。内容は小池氏、西岡氏、田久保氏の3名がそれぞれ議題を提示して討論するという企画なのだが、くだんの“東京核ミサイル配備”は田久保氏の『日米同盟か、核武装か』なる問題提起から始まり、北朝鮮の核保有と日米安保がメインテーマになっている。
 そして、このなかで堂々と『東京に核ミサイルを』なる小見出しまでつけて、西岡氏が『アメリカがほんとうに利己主義的になれば、彼らはアメリカまで届くテポドンだけはストップさせるが、日本を狙うノドンは放置するでしょう』とぶつと、これに応じた小池氏はこう言い放つのだ。

 『軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうるのですが、それを明言した国会議員は、西村真悟氏だけです。わずかでも核武装のニュアンスが漂うような発言をしただけで、安部晋三官房副長官も言論封殺に遭ってしまった。このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけません』

 つまり小池氏は、“日本の核兵器保有を国会で現実的に議論せよ”と声高に主張しているのである。しかも、この小池氏の発言の直後には、田久保氏がこう続けている。
 「西村真悟氏が『日本は核をもて』といって批判されたのは、地球は平たいと思っている社会で『地球は丸い』と主張したからです。しかし、そのうちに誰が正しかったかが明らかになる」
 さらにこの田久保氏の弁を継ぐかたちで、今度は西岡氏がこんな雄叫びをあげるのだ。
 「私が九四年から主張してきたのは、『北朝鮮が核開発を続けているあいだは、日本は核武装ではなく、非核三原則における『核持ち込ませず』を凍結せよ』です。つまり、アメリカに核を持ち込んでもらうほうがいい。日本がアメリカの核の傘に入ることを望むのであれば、核ミサイルを東京にもってきてもらうのがベストです」

 東京に核ミサイルを。いったい、この人たちは何を言っているのだろう。お決まりの“核抑止力”を北朝鮮に見せびらかすために東京タワーの真横にでも核ミサイル発射施設をおっ建てるべきだとでも考えているのだろうか?そんなもの、国防でも外交の上でも、都民の生活を考えても、完全にデメリットしかないトンデモだ。

 ところが、小池氏は“東京核ミサイル配備”の与太話をなだめるどころか、記事の最後で『ところでこの座談会、北朝鮮側に読ませたくないですね(笑)。手の内が分かってしまうので』などと嬉しげに賛意を示している。しかもこの鼎談がよほど気に入ったのか、自分のホームページにテキストを全文転載し、現在でも閲覧できるように無料公開までしているのだ。

 もともと小池氏は一貫して日本の軍備増強を声高に主張し、核武装構想についても2003年の衆院選前に毎日新聞が行ったアンケートで「国際情勢によっては検討すべき」と回答しているが、しかし、東京に核ミサイルを配備する計画までこんな嬉しげに語り合っていたとは……。さすがにまともな神経をしているとは思えないが、こんな人物がいま実際に東京都知事選に立候補しているのだから笑えない。

なお、本日の赤旗は、もう一つの核である原発についての小池の意見を次のように紹介している。

見出しは、「福島原発事故直後『稼働中の原発は運転を』」。
小池氏はまた、東京電力福島第1原発事故直後に、「稼働中の原発は安全性を総点検した上で運転を続けていいと思います」と発言していました。雑誌『アエラ臨時増刊』(朝日新聞出版、2011・5・15号)の「『原発』の行方 20人の提言」の中で述べています。

石原慎太郎に勝るとも劣らぬ「トンデモ知事候補」というべきではないか。トンテモだけは、ゴメンをこうむる。
(2016年7月28日)

国旗国歌強制を当然とする小池百合子は、都知事としてふさわしくない。

世論調査では都知事選での小池百合子優勢が伝えられているが、この人の何が都民にとっての魅力なのか理解に苦しむ。石原慎太郎よりは猪瀬が少しはマシかと思い、石原後継の呪縛から逃れがたい猪瀬よりも舛添が数段マシだろうとも思った。しかし、小池は最悪だ。また、振り出しに戻って、暗黒都政の再来となりかねない。

本日の赤旗が、小池百合子の国旗国歌に対する姿勢を取り上げている。「沖縄での『国旗』『国歌』扱い攻撃」「強制とたたかう人々非難 小池百合子都知事候補」という見出し。その記事の全文を紹介しておきたい。

「東京都知事候補の小池百合子元防衛相が、2013年5月26日に自民党本部内で行った講演で、沖縄県内での「国旗」「国歌」の扱いを批判し、沖縄タイムス、琉球新報の論調を攻撃していたことが分かりました。
 講演は、改憲右翼団体「日本会議」と連携して改憲や「教育再生」を主張する「全国教育問題協議会」が主催した「教育研究大会」で行ったもの。
 当時自民党広報本部長だった小池氏は『日本の教育を変えていく最大のポイントはメディアにある』と主張。サンフランシスコ平和条約が発効した1952年4月28日を記念して安倍政権が政府主催の「主権回復の日」式典を開催したことに関連し、4月28日を祝日にすべきだと述べつつ、沖縄の2紙が同日を「屈辱の日」だとする論調で報じたことを批判しました。

 その上で、『沖縄では国旗が非常に粗末に扱われ、国歌でさえまともに歌われていない』『国歌は当然のことながら、大切に手を胸に当てて歌うものだ。それを立つの、立たないのと裁判をしているような国は私は聞いたことがない。これらをあたかも正当化するような報道をし続けているのがメディアだ』などと、「国旗」「国歌」強制を当然視する発言を繰り返しました。
 小池氏の発言は、沖縄戦で悲惨な被害を出し、戦後もサンフランシスコ平和条約で本土から切り離され、米国の支配や基地問題に苦しめられた沖縄の人々への攻撃であり、憲法が保障する思想信条の自由に基づいて「国旗」「国歌」の強制とたたかう全国の人々まで攻撃するものです。」

国旗国歌は国家の象徴である。個人が、国家をどう認識するかが、そのまま国旗国歌にどのように接するかの態度としてあらわれることになる。国家を大切に思う人は、国旗国歌を大切に扱えばよい。国家一般を、あるいは現政権が運営する国家を、個人の自由の敵対者だと思う者は、国旗国歌に抗議の意志を表明することになる。これは、純粋に思想の自由の問題であり、自由な思想を表現する自由の問題である。

問題は、国旗国歌を尊重する思想を強制したいという「お節介で、困った人びと」が、国旗国歌を大切に扱うよう他人の行動に介入しようということだ。典型的には、戦前の国防婦人会の面々の如くに。この「お節介で、困った人びと」が権力を握ると、「恐るべき超国家主義国家」への歩みが始まることになる。小池百合子は、そのような歩みを進める危険な政治家ではないか。

価値観の多様性への寛容は民主主義社会の中核に位置する。国家に関する価値観の自由はさらにその根幹に関わる。国旗国歌に対する姿勢における寛容度は、その国や社会の民主主義到達度のバロメータと言ってよい。

「国歌は当然のことながら、大切に手を胸に当てて歌うもの」という小池の思い込みは、個人の思想としては自由でそれで咎められることはない。しかし、「国歌は当然のことながら、大切に胸に手を当てて歌う人もいれば、黒い手袋の拳を上げて抗議の意思を表明する人もいる。また、国旗を焼き捨てることが国家への批判を表明する手段となることもある」のだ。

「立つの、立たないのと裁判をしているような国は私は聞いたことがない」ですって? ならば、聞きたい。国歌斉唱時に起立を強制している国をご存じだろうか。かつての文部省が調査をしている。韓国と中国には、そのような強制があるようだ。当然韓国と臨戦状態にある北朝鮮にもあるだろう。しかし、欧米の民主々義を標榜する先進諸国に関する限り、「国家が国民に対して、立てだの、唱えだのと強制をしているような国があろうとは、私は聞いたことがない」。

この点に関心を持って、ちょっと調べたら、次の記事が目にとまった。『文藝春秋』2008年1月号の小池寄稿を引用するウィキペディア記事。
「小池が自由党を離党して保守党に参加し、小沢と決別した理由については、「ここで連立政権を離れて野党になれば、小沢氏の『理念カード』によって、政策の先鋭化路線に再び拍車がかかることは想像できる。一方で、経済企画庁の政務次官の仕事を中途半端に投げ出すことには躊躇した」「少々心細くもあったが、実は『政局』と『理念』の二枚のカードに振り回されることにも、ほとほと疲れていた。」「かつて小沢さんは、自由党時代に取り組んだはずの国旗・国歌法案について、自民党との連立政権から離脱するなり、180度転換し、『反対』に回った。国旗・国歌法案は国家のあり方を問う重要な法案だ。政治の駆け引きで譲っていい話ではない。同じく外国人地方参政権の法案についても自由党は反対だったはずだが、公明党の取り込みという目的のために、『賛成』へと転じたことがある。国家の根幹を揺るがすような重要な政策まで政局運営の“手段”にしてしまうことに私は賛成できない。これが私が小沢代表と政治行動を分かとうと決意する決定打となった」と説明している。

小池にとっては、国旗国歌の強制は、「国家のあり方」を決定づける重要な理念なのだ。かつて「政界渡り鳥」との揶揄に対して、「変わったのは、私を取り巻く環境であって、私の信念は一貫している」と弁明したことがある。一貫している小池の信念とは、ウルトラナショナリズムの理念にほかならない。こんな人物を、いやこの人だけは、知事にしてはならない。
(2016年7月25日)

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