澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

2017年通常国会の対決テーマは「共謀罪」だ

1月20日に第193通常国会が開会予定である。その最大の対決テーマは、「共謀罪」となる。アベ内閣の反憲法的姿勢は止まるところを知らない。改憲策動や沖縄での平和運動弾圧と連動するかたちで、来たる国会では「共謀罪法案」成立を目指すことになる。「共謀罪国会」では、アベ凶暴政権と民主主義陣営が対決することになる。

本日(1月6日)の東京新聞トップの大見出しが、「『共謀罪』通常国会提出へ」。これに「野党・日弁連は反対」とサブタイトルが付けられている。以下に、記事本文の一部を抜粋する。
「安倍晋三首相は五日、犯罪計画を話し合うだけで処罰対象とする「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を二十日召集の通常国会に提出する方針を固めた。共謀罪に関しては、国民の思想や内心の自由を侵す恐れがあるとの批判が根強い。捜査機関の職権乱用などによって人権が侵害されるとして、日弁連や共産党は反対している。民進党内でも反対論が強く、提出されれば国会で激しい議論になる。」

そして、社会面に関連記事が掲載されている。「共謀罪法案提出方針に批判」「市民活動萎縮させる」「警察が恣意的運用も」「テロ対策『歯止めが必要』」との見出しで、東京新聞の「共謀罪批判本気度」がよく分かる。

「日刊ゲンダイ」の本気度も相当なもの。多少品位には欠けるが、分かり易い。

見出しが「安倍政権 『共謀罪』大義に東京五輪を“政治利用”の姑息」というもので、記事本文は以下のとおり。

「何でもかんでも『五輪成功のため』は通らない。安倍政権は今月20日召集の通常国会で、「共謀罪」の新設を柱とする組織犯罪処罰法改正案を提出する方針だ。3年後の東京五輪開催に合わせ、『テロ対策』の性格を前面に打ち出そうと必死で、悪名高い名称を『テロ等準備罪』に変えたが、しょせんは姑息な手段だ。悪評ふんぷんの共謀罪の成立にまで、五輪の政治利用は絶対に許されない。」
「共謀罪は、実際に犯罪を犯していなくても相談しただけで罰せられてしまう。極論すれば、サラリーマンが居酒屋談議で『うるさい上司を殺してやろう』と話しただけで、しょっぴかれる可能性がある。権力側が市民の監視や思想の取り締まりに都合よく運用する恐れもあり、03、04、05年に関連法案が国会に提出されたものの、3度とも廃案に追い込まれた。」「五輪の成功を名目に、こんなウルトラ危険な法案を懲りずに通そうというのだから、安倍政権はイカれている。」

そして、ゲンダイの記事は、こう結んでいる。「『五輪成功』にかこつけて、希代の悪法成立を許してしまうのか。メディアの真価が今こそ問われている。」

「メディアの真価」どこ吹く風? の典型が例によって産経である。
「『共謀罪』法案名変更で通常国会提出へ テロ対策を主眼に」という見出しでこう述べている。
「政府は5日、テロ対策として『共謀罪』の構成要件を一部変更する組織犯罪処罰法正案を、20日召集の通常国会に提出する方針を固めた。法案名も2020年東京五輪・パラリンピックを見据え、テロ対策が主眼であることが明白となるよう変更する見通しだ。」
「国連は2000年に『国際組織犯罪防止条約』を採択し、すでに180カ国以上が締結しているが、日本は批准条件となっている共謀罪が存在しないため締結に至っていない。このまま法整備が進まなければ、国際社会から「テロ対策に消極的」との批判を浴びかねない状況だ。」

共謀罪法案は、下記のとおり、3度国会に提出となり、3度とも廃案になった。
2002年 法制審議会で検討
2003年 3月 第156回通常国会に法案提出(廃案)
2004年 2月 第159回通常国会に法案再提出(継続)
2005年 8月 衆議院解散に伴い廃案
2005年10月 第163回特別国会に法案提出(継続)
2009年 7月 衆議院解散により廃案

これまでの刑事法の常識に照らして異常な立法と、野党や世論の反発を招いたからである。「現代の治安維持法」とまで言われて廃案の運命をたどった。政府の説明は、<国際組織犯罪防止条約>批准のために必要というものだが、法案の内容は明らかに過剰に処罰範囲を広げるもので、説明との整合性を欠いている。

今度は論拠にオリンピックが持ち出された。オリンピックも迷惑だろう。本当に、テロの危険が差し迫っている東京五輪なら、やめてしまうに越したことはない。

さて、「共謀罪」とは何か。日弁連のリーフレットの解説が分かり易い。

「『共謀罪』とは、2人以上の者が、犯罪を行うことを話し合って合意することを処罰対象とする犯罪のことです。具体的な『行為』がないのに話し合っただけで処罰するのが共謀罪の特徴です。しかし、単なる『合意』というのは、『心の中で思ったこと』と紙一重の段階です。

近代刑法は、犯罪意思(心の中で思ったこと)だけでは処罰せず、それが具体的な結果・被害として現れて初めて処罰対象になるとしています。『既遂』処罰が原則で、『未遂』処罰は例外、それ以前の『予備』の処罰は極めて例外、しかも、いずれも『行為』があって初めて犯罪が成立するというのが刑法の大原則です。

共謀罪は、この『予備』よりもはるか以前の『合意』だけで、『行為』がなくても処罰するというものです。このように処罰時期を早めることは、犯罪とされる行為(構成要件)の明確性を失わせ、単に疑わしいとか悪い考えを抱いているというだけで人が処罰されるような事態を招きかねません。」

だから、「現代の治安維持法法」と悪評が高いのだ。治安維持法は、「結社の目的遂行の為にする行為」を犯罪とした。「結社の目的」とは、「國體の変革」(天皇制打倒)と、「私有財産制の否定」(社会主義思想の実現)の二つを言うが、「その目的遂行の為にする行為」とは、漠然としてどうにでも解釈できる。だから、共産党員の慰安維持法違反事件を弁護した弁護士の行為も、心の中の意図を忖度して、治安維持法違反として逮捕され、起訴され、有罪となった。「共謀罪法案」成立によって、新たにつくり出される犯罪は600余とされている。恐るべき監視社会が生み出されることになる。

もしやあなたの心の片隅に、こんな考えがありはしないか。
「世の中には善人と悪人の2種類の人がいる。法による処罰を恐れるのは悪人だけで、私は善人のグループにいるのだから、法も処罰も恐れることはない。むしろ処罰の範囲を拡大してくれれば、社会は平穏で住みやすい社会になる」

この考え方は大きく間違っている。この間違いを「なんと愚かな」と見過ごしてはならない。民主主義社会においては、堕落した危険な考え方として徹底して批判されなければならない。このような考え方こそ、権力者を喜ばせ、権力者をより傲慢にさせるものにほかならない。その結果、権力の監視の目が隅々にまで行き届く社会を作り出し、自分を善人と思っている人々をも含めて、「生きにくい窮屈な世の中となった」と慨嘆させることになり、挙げ句の果てには全体主義の完成を招くことになる。
治安維持法のはたした役割を思い、ニーメラーの慨嘆を思い起こそう。

「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
 私は共産主義者ではなかったから

 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
 私は社会民主主義ではなかったから

 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
 私は労働組合員ではなかったから

 そして、彼らが私を攻撃したとき
 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

(2017年1月6日)

中国の人権派弁護士弾圧の報に、治安維持法時代の弁護士受難を思う。

時事や共同の配信記事によると、中国の「人権派弁護士」に対する弾圧がエスカレートして、有罪判決が相次いでいる。かつての天皇制政府による治安維持法による弾圧にも似た理不尽が今も現実に起こっているのだ。隣国の問題として座視するに忍びない。

昨年7月、中国当局は「人権派弁護士」を主とする人権活動家を「拘束・連行」した。その数200人を超す。令状による逮捕ではない「拘束・連行」の法的な根拠はよく分からない。治安維持法の予防拘禁のような制度があるのかも知れない。

いち早く警鐘を鳴らした香港のNPO団体「中国人権弁護士関注組」の当時の発表によれば、2015年7月16日までに拘束・連行された人権派弁護士や活動家は205名。「長期化する当局の摘発に、活動家らからは『弁護士を徹底的に脅して抑え込もうとしている』と懸念の声が上がっている」という。

同団体によると、当局が拘束を継続しているのは「社会秩序を乱す重大犯罪グループ」とみなされた「北京鋒鋭弁護士事務所」の主任弁護士、周世鋒氏や女性弁護士の王宇氏ら11人。一部は自宅に軟禁されている。ほかに15人の行方がつかめていない。179人は「一時拘束」だったようだ。

当局に「拘束」された人権活動家たちへの弁護活動が妨害され、弁護士接見も家族との交流も途絶されたまま、「拘束」が長期化した。治安維持法時代と同様、強要されてやむなく転向した者はその旨を表明して釈放されたが、連行1年を経て、拘束が継続している者23名と報じられている。

本年(2016年)7月9日には、今も拘束中の弁護士の家族ら7人が、即時釈放などを求める共同声明を出した。当局はこれに対して翌8日には、支援者の弁護士1人を新たに拘束することで応じ、「抑圧の手を緩める気配はない」(共同)。

その後、7月15日に、中国天津市人民検察院(地検)第2分院は昨年7月から拘束していた人権派弁護士の周世鋒氏や著名な民主活動家の胡石根氏ら計4人を国家政権転覆罪で起訴すると決めた、と報じられた。

周世鋒氏らの国家政権転覆罪刑事公判の進展に注目していたところ、7月30日には、「中国天津市人民検察院(地検)に「国家政権転覆罪」で起訴された中国の人権派弁護士の周世鋒氏ら4人について、家族や家族が依頼した弁護人を締め出した「秘密裁判」が近く開かれる見通しとなった。同罪で有罪の場合、懲役10年以上となるケースが多い。関係者が30日明らかにした。」(共同)との報道があって、その報道のとおりに公判の内容についてはまったく不明のうちに、相次ぐ有罪判決となっている。

周氏は、「著名な女性弁護士の王宇氏=国家政権転覆容疑で逮捕=らと共に弁護士事務所を設立。有害物質が混入した粉ミルクで多くの乳幼児に健康被害が出た事件の訴訟に関わるなど人権擁護に取り組んできた」と紹介される弁護士。

時事通信の伝えるところでは、昨日(8月4日)「中国の天津市第2中級人民法院(地裁)は、『国家政権転覆罪』で起訴された弁護士の周世鋒氏(51)に懲役7年、公民権剥奪5年の判決を言い渡した。周氏は上訴しないと表明した。国営新華社通信が伝えた。
 周氏は北京鋒鋭弁護士事務所の主任として、多くの人権侵害事件に取り組んできたが、昨年7月に民主活動家ら300人以上に対して行われた一斉連行で拘束された。このうち4人が今年7月、政権転覆罪で起訴され、有罪判決が出たのは周氏が3人目。」

続いて今日(8月5日)「中国『人権派』裁判、4人目にも有罪判決」の報道。
「中国で今週相次いで行われている人権派弁護士や活動家の裁判で、4人目にも有罪判決が下されました。この間、家族や主な支援者は自宅で軟禁状態となり、裁判の傍聴は許されませんでした。5日、初公判が行われたのは、会社経営者で人権活動家の勾洪国氏(54)で、国家政権転覆罪で懲役3年・執行猶予3年の判決が言い渡されました。」(TBS動画ニュース)

傷ましいのは、同氏が次のように言わされていることだ。「私は西洋のいわゆる『民主思想』にだまされていたと分かりました」(人権活動家 勾洪国氏)
報道では、「国営テレビで流された勾洪国氏の法廷での発言は、今週裁判が行われた他の3人と似たような文言で反省と謝罪が繰り返されました。」とされている。

「勾洪国氏の妻・樊麗麗さんら家族や主な支援者は警察に監視され、自宅軟禁状態となっていました。」「去年7月に一斉拘束された人権派弁護士や活動家のうち残る19人は、依然として家族や弁護士の接見が許されず、裁判の日程も明らかになっていません」とも報じられている。

刑事司法の公正こそは、一国の人権保障水準のバロメータだ。民主化度の試金石と言ってもよい。国民の人権は、権力の恣意的発動から厳格に守られなければならない。政権や党の意向次第で、法に基づかない人身の拘束があってはならない。適正な司法手続を経ずに、刑罰が科せられてはならない。

中国のこの刑事司法の原則無視は、まるで野蛮な天皇制下での日本共産党員やその同調者に対する弾圧の再来ではないか。

改正治安維持法に、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」という罰条が設けられている。「共産党の目的遂行の為に弁護活動をした」という認定で、弁護士が逮捕され有罪となったのだ。

良心的に果敢に人権のために闘った優れた弁護士の多くが、法廷で権力と切り結んだ弁護活動を理由に起訴され有罪になり、弁護士資格を剥奪された。3・15事件、4・16事件などの弾圧で逮捕された多くの共産党員活動家が治安維持法で起訴され、その弁護を担当した良心的な弁護士が熱意をもって弁護活動を行った。この法廷での弁護活動が治安維持法違反の犯罪とされて起訴されたのだ。悪名高い、「目的遂行罪」である。「外見上は弁護活動に見えるが、実は共産党の『国体を変革し私有財制度を否定する』結社の目的遂行のために法廷闘争を行ったもの」と認定されて有罪となった。有罪となった弁護士は司法省(検事局)から資格を剥奪された。

中国の事態の深刻さを憂うる。そこに、権力の本性を見ざるを得ない。我が国の天皇制政府の蛮行を忘れてはならない。戦前回帰などなきよう、心したい。
(2016年8月5日)

「小さな人権」そこをのけ、「大きな人権」のお通りだ。-自民改憲草案の基本思想

本日の毎日新聞夕刊第2面・特集ワイド欄に、「自民党『憲法改正草案Q&A』への疑問」「緊急時なら制限されてもいい…?『小さな人権』とは」という記事。
  http://mainichi.jp/articles/20160523/dde/012/010/006000c

冒頭の一文が、「思わず首をかしげてしまった。『大きな人権』と『小さな人権』が存在するというのである」。この一文を読んで、思わず膝を打ってしまった。そうだ、「大きな人権」も「小さな人権」もあるものか。

この記事は、記者の次の問題意識から、展開されている。
「この表現(『大きな人権』と『小さな人権』)は、自民党が憲法改正草案を解説するために作成した冊子『改正草案Q&A』の中で見つけた。大災害などの緊急時には『生命、身体、財産という大きな人権を守るため、小さな人権がやむなく制限されることもあり得る』というのだ。そもそも人権は大小に分けることができるのだろうか。

大きな人権を守るために犠牲にされる「小さな人権」の内実はいったい何だ。という記者の問いかけが新鮮である。この疑問を掘り下げることで、自民党改憲草案の本質をえぐり出している。アベ改憲許すまじの結論なのだ。

「Q&A」では、緊急事態条項解説の個所にだけ出て来る「大きな人権と小さな人権」の対比。もちろん、「大きな人権を守るために、小さな人権の制約はやむを得ない」という文脈で語られる。

「Q&A」の表現は、「『緊急事態であっても、基本的人権は制限すべきではない』との意見もありますが、国民の生命、身体及び財産という大きな人権を守るために、そのため必要な範囲でより小さな人権がやむなく制限されることもあり得るものと考えます」というもの。底意が見えている。

改憲草案の作成に深く関わったという礒崎陽輔・党憲法改正推進本部副本部長の言も紹介されている。
国家の崇高で重い役割の一つは、国民の生命、身体、財産を守ることにある。小さな人権が侵害されることはあるかもしれないが、国民を守れなければ、立憲主義も何もない」というのだ。こちらが、より本音があらわれている。

自民党が「小さな人権」として語っているものは、実は個人を主体とする基本的人権である。普通に語られている「人権」そのものなのだ。これは、「侵害されることはあるかもしれない」と位置づけられている。要するに、大切にはされていない。

これに対置される「大きな人権」とは、「国家の崇高で重い役割」によって保障される「国民の生命、身体、財産」という価値である。実は、この「大きな人権」の主体は個人ではない。ここでいう「国民」とは、個人としての国民ではなく、集合名詞としての国民全体にほかならない。

自民党は、「個人」が大嫌いで、「国家・国民」が大好きなのだ。だから、現行日本国憲法のヘソというべき第13条「すべて国民は、個人として尊重される」を、わざわざ「全て国民は、人として尊重される」と、「個」を抜いて書き直そうというのだ。憲法からの「個人」の排除である。個人よりは国家社会優先という姿勢を隠そうともしない。

大きな人権とは、国家や国民全体の利益をいうのだ。「全体は個に優越する」。「全体のために、個人の利益が制約されることはやむを得ない」。「大所高所に立てば、個人的利益の擁護に拘泥してはおられない」。これが自民党改憲案のホンネ。

戦前は、もっと露骨だった。「忠良なる汝臣民」は、天皇のために死ぬことが誉れとされた。個人ためではなく、君のため・国のために生きることが道徳とされ、天皇の軍隊の兵士として死ねとまで教え込まれた。これが、富国強兵時代の国家主義思想である。

この「君」「国」が、今自民党改憲草案では「(集合名詞としての)国民」の「大きな人権」に置き換えられている。

「緊急事態には、『国民の生命、身体及び財産という大きな人権』を守るために、必要な範囲でより小さな人権がやむなく制限されることもあり得る」は、俗耳に入り易いようにと言いつくろったレトリック。本音は、「国家社会が全体として危機にあるとき、個人の人権擁護などと悠長なことを言ってはおられるか」ということだ。

阪口正二郎一橋大教授(憲法学)が、紙上でこう解説している。
「人権に大小の区別はありません」。「緊急時に表現の自由が『小さな人権だ』として制限される可能性がある」「緊急事態条項の目的は国家を守ること。『危機にある国家を守らねばならないから、国家を批判する言動は控えろ』と、表現の自由などの人権を制限しかねない。個人の人権よりも国家の意思を優先させ、物事を進めたいのが本音ではないでしょうか

自民党の改憲草案は、緊急事態に限らず、「国家社会を優先」「そのための安易な人権制約」の思想に貫かれている。「国家あっての人権」「安全保障が確保されてこその人権」「国家の秩序、社会の安寧が保たれてこその、その枠内の自由であり人権」という戦前回帰型思想である。これが、戦後レジームからの脱却の中身。

個人の人権を、ことさらに「小さい」と形容する自民党・アベ政権は、国家主義・全体主義の見地から、人権軽視の改憲を目論んでいると指弾せざるをえない。この姿勢は、国のために死ぬ兵士を想定した、戦争のできる国作りにも通じる。

「大きな時計と小さな時計、どちらも時間はおんなじだ。」にならって、「大きな人権小さな人権、どっちも値打ちはおんなじだ。」というべきであろうか。いや、「大も小も区別ない、みんな同じ価値の人権だ」というべきであろう。
(2016年5月23日)

思想・良心の自由を制約して、秩序維持をとった「民事19部判決」

昨日(4月18日)、都教委との訴訟において久しぶりに敗訴の判決を得た。敗訴は辛い。辛いが、励まし合い、知恵も元気も出し合って闘い続けなくてはならない。少しでも真っ当な社会を築くために。

負けてもめげないという点では、都教委を見習おう。なにしろ12連敗しても、少しもへこたれず、反省のかけらすら見せずに、居直り続けているのだから。

昨日敗訴の事件は、「再雇用拒否」第3次訴訟と名付けた事件。東京都立学校の元教員3名が、定年後の非常勤職員の選考に当たって、在任中の君が代不起立のみを理由に不合格とすることは違法と主張して、東京都に計約1760万円の国家賠償を請求した事件。東京地裁民事19部(清水響裁判長)の判決言い渡しのその瞬間までは、勝訴判決があるものと思い込んでいた。都教委も、12連敗の次の13連敗目を覚悟していたに違いないのだ。なんとなれば、まったく法的争点を同じくする「再雇用拒否」第2次訴訟では、昨年5月東京地裁の別の部(民事36部)が、元教員22人が起こした別の訴訟の判決で全面勝訴して約5370万円の損害賠償を命じる判決を言い渡している。しかも、この判決は東京高裁でも1回結審で控訴棄却となっているのだ。都教委も、「どうして勝ったんだろう?」といぶかしんでいるに違いない。

2次訴訟も3次訴訟も、原告らはすべて卒業式で「君が代」斉唱時に起立しなかったことだけを理由に定年後の再雇用を拒否されている。懲戒処分を受けただけでなく、定年後年金支給時までのブランクは経済的に厳しい制裁となるのだ。「日の丸・君が代」不服従に対する、懲戒処分以外の制裁措置として実効性のあるこの再雇用拒否は都教委の大きな武器である。この武器をいったんは押さえ込んだと思ったのだが、昨日の判決は、この武器の使用を認めてしまった。だが、判決をよく読むと、裁判官が自信をもって書いた判決とは思えない。勝敗は紙一重。しかも、極めて薄い紙によって分けられたというほかはない。

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まずは、原告団・弁護団の声明を掲載しておきたい。

声明       
1 本日、東京地裁民事第19部(清水響裁判長)は、都立学校の教職員3名が卒業式等の「君が代」斉唱時に校長の職務命令に従わずに起立しなかったことのみを理由に、定年等退職後の再雇用である非常勤教員としての採用を拒否された事件(東京「再雇用拒否」第3次訴訟)について、原告教職員らの訴えを棄却する不当な判決を言い渡した。

2 本件は、東京都教育委員会(都教委)が2003年10月23日付けで全都立学校の校長らに通達を発し(10.23通達)、卒業式・入学式等において「君が代」斉唱時に教職員らが指定された席で「日の丸」に向かって起立し、「君が代」を斉唱すること等を徹底するよう命じて、「日の丸・君が代」の強制を進める中で起きた事件である。
 都立学校では、10.23通達以前には、「君が代」斉唱の際に起立するかしないか、歌うか歌わないかは各人の内心の自由に委ねられているという説明を式の前に行うなど、「君が代」斉唱が強制にわたらないような工夫が行われてきた。
 しかし、都教委は、10.23通達後、内心の自由の説明を一切禁止し、式次第や教職員の座席表を事前に提出させ、校長から教職員に事前に職務命令を出させた上、式当日には複数の教育庁職員を派遣して教職員・生徒らの起立・不起立の状況を監視するなどし、全都一律に「日の丸・君が代」の強制を徹底してきた。
 原告らは、それぞれが個人としての歴史観・人生観・宗教観や、長年の教師としての教育観に基づいて、過去に軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきた歴史を背負う「日の丸・君が代」自体が受け入れがたいという思い、あるいは、学校行事における「日の丸・君が代」の強制は許されないという思いを強く持っており、そうした自らの思想・良心・信仰から、校長の職務命令には従うことができなかったものである。
 ところが、都教委は、定年等退職後に非常勤教員として引き続き教壇に立つことを希望した原告らに対し、卒業式等で校長の職務命令に従わず、「君が代」斉唱時に起立しなかったことのみを理由に、「勤務成績不良」であるとして、採用を拒否した。

3 判決は、「君が代」斉唱時の起立等を命じる校長の職務命令が憲法19条及び同20条に違反するかという争点については、2011年5月30日最高裁(二小)判決に従って、起立斉唱命令が原告らの思想・良心及び信仰の自由を間接的に制約する面があるとしながら、公務員としての地位及び職務の公共性から、必要性・合理性があるとして、憲法19条及び20条違反と認めなかった。

4 また、判決は、都教委による10.23通達及びその後の指導について、卒業式・入学式等における「日の丸」掲揚、「君が代」斉唱の実施方法等について、公立学校を直接所管している都教委が必要と判断して行ったものである以上、改定前教育基本法10条の「不当な支配」に該当するとは言えないと判示した。

5 さらに、判決は、原告らに対する採用拒否は、都教委の裁量権を逸脱・濫用したものではないとした。非常勤教員の採否の判断につき,都教委は「広範な裁量権を有している」として、原告らの非常勤教員への採用の期待は、「事実上の期待でしかない」とする。その上で、本件採用拒否が「不起立を唯一の理由」とするものであり、「原告らが長年にわたり誠実に教育活動に携わってきた」ことを認定しながら、「本件職務命令が適法かつ有効な職務命令であるとの前提に立つ以上、原告らが本件不起立に至った内心の動機がいかなるものであれ、職務命令よりも自己の見解を優先させ、本件職務命令に違反することを選択したことが、その非常勤教員としての選考(本件選考)において不利に評価されることはやむを得ない。」とし、前記2011年最高裁判決に従い、「本件採用拒否が客観的合理性及び社会的相当性を著しく欠くものとはできない」とした。

6 しかし、本件と同様の事件(再雇用拒否撤回第2次訴訟)において、東京地裁民事第36部(吉田徹裁判長)は、2015年5月25日、東京都の採用拒否について、裁量権逸脱として違法とし同事件の原告らの損害賠償請求を認め、同事件の控訴審においても、東京高裁第2民事部(柴田寛之裁判長)は、2015年12月10日、東京都の控訴を棄却している(東京都は上告中)。上記判決においては、「再雇用拒否は本件職務命令違反をあまりにも過大視する一方で、教職員らの勤務成績に関する他の事情をおよそ考慮した形跡がないのであって、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものといわざるを得ず、都教委の裁量権を逸脱・濫用したもので違法である」と判示している。本判決は、これらの判決にも反する極めて不当な判断である。

7 原告らは、本不当判決に抗議するとともに、本判決の誤りを是正するために、直ちに控訴する。われわれは、引き続き採用拒否の不当性を司法判断にて確定するために努力する決意である。
以上
                  2016年4月18日
            東京「再雇用拒否」第3次訴訟原告団・弁護団
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判決の理由を見てみよう。判決理由は「本件の争点」として、以下の5点を挙げる。
1 10・23通達及びこれにもとづく起立斉唱の職務命令が、憲法26条、憲法13条、憲法23条及び旧教育基本法10条1項(現教育基本法16条1項)に違反するか(争点1)
2 同通達及び本件職務命令が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」18条に違反するか(争点2)
3 原告らが本件選考において不合格とされたことは思想良心、信仰に基づく不利益取扱いとして憲法19条及び憲法20条に違反するか(争点3)
4 本件不採用に都教委の裁量権濫用・逸脱があるか(争点4)
5 原告らの損害額(争点5)

この争点1~争点3こそが、教員側の主たる主張だが、現実的に勝敗を分けるのは、「争点4」の裁量権濫用・逸脱の有無である。2次訴訟では、この点で教員側が勝っている。このテーマであれば、最高裁判決に縛られることなく、下級審裁判所が自分の頭で判決を書ける。ここで、現実に教員側勝訴の判決が続いているのだ。

その「争点4」について、本件判決はどう書いたか。下記は判決書きのうちの「当裁判所の判断」中の記載の抜き書きである。念のためだが、原告の主張の抜き書きではない。

争点4(本件不採用に都教委の裁量権濫用・逸脱があるか)
「証拠(甲1,甲4ないし甲6,甲50,甲51)及び弁論の全趣旨によれば,平成19年度から平成24年度までの非常勤教員の合格率は約96%から98%で推移しており,不合格となるのは少数に限られること,また,非常勤教員は再雇用制度の廃止に伴い,再雇用職員が担ってきた業務を担う役割を果たすものとして設けられたものであって,再雇用・非常勤教員採用選考実施状況(甲4)に照らし,現実にも,非常勤教員制度は,再雇用制度廃止の受皿としての機能を有していたものと認められ,これに反する証拠はない。かかる事実によれば,原告らにおいて,定年退職後も非常勤教員として勤務することができることを期待したとしても,そのこと自体は理解することができる。」
「進んで,本件不採用の理由について検討するに,…証拠(甲57から甲59まで,原告各本人)によれば,原告らは,それぞれ都立学校に在職中,定年退職に至るまでの間,教師として誠実に職務に取り組んでいたことが認められ,本件職務命令違反に係る本件不起立も原告らの歴史観ないし世界観等に基づくもので,積極的な式典の妨害行為をするような態様のものではなく,証拠上,本件職務命令違反に係る本件不起立以外に,原告らにつき,本件不採用に係る不合格の理由となるような事情は見当たらない。したがって,本件不採用は,専ら原告らが本件職務命令に違反したということをその理由とするものと推定され,これを覆すに足りる主張立証はない。」
「そこで,このような理由により本件不採用をしたことが裁量権の濫用・逸説となるかどうかについて検討するに,…原告らが地方公務員であると同時に教師であり,本質的に子どもとの直接の人格的接触を通じ,その個性に応じて行わなければならない教育に携わる者として,一定程度の教授の自由を有していたと考えられることが考慮されるべきものであり…、確かに,原告らが長年にわたり誠実に教育活動に携わってきたことに鑑みると,本件選考に係る都教委の裁量権の行使に当たっては,専ら原告らの本件職務命令の違反という事実だけを重視するのではなく,原告らの長年にわたる教師としての能力や適性,実績についても同程度あるいはそれ以上に重視して慎重に検討すべきとの考えもあり得るところであり,この点については,人事政策的見地からの当否の問題は残ると考えられる。」

結局、判決は、迷いながらも、「法的見地からみた裁量権の濫用・逸脱の問題としては,被告(都教委)に著しい裁量権の濫用・逸脱があったとまでは言い難い。」と結論した。上述のとおり、「人事政策的見地からの当否の問題は残る」と明言しながらのことである。裁判官は、「都教委のやったことは相当ひどいが、それでも違法とまでは言いにくい」としたのだ。越えてしまえば、なんでもない一線。行政を批判する勇気に欠けたと批判せざるを得ない。

2次訴訟における「民事36部の原告勝訴判決」と、3次訴訟における「民事19部の原告敗訴判決」とを分けるものは、まさしく人権感覚の差である。憲法感覚の差と言ってもよい。個人の尊厳、思想・良心の自由を出発点として果たしてこれを制約するに足りる必要があるかと発想するのか、それとも秩序維持の必要性を出発点としてこの秩序を凌駕するものとして個人の自由の価値を認めるべきかとの発想の落差である。

裁判官の資質としてもっとも重要なものは、何よりも人権感覚である。個人の尊厳への畏敬の念である。生身の人間への共感能力でもある。難波判決・大橋判決・宮川少数意見、そして吉田判決と、一連の「日の丸・君が代」訴訟は、何人もの真っ当な裁判官を見てきた。残念ながら、昨日はハズレ籤だった。気を取り直して、原告団と弁護団と支援の運動全体で控訴審に取り組む決意をかためよう。考えようによっては、まだ12勝1敗ではないか。この1敗で、へこんではおられない。
(2016年4月19日)

人権侵害アンケート実施の張本人橋下徹の個人責任追及を

下記は、本日(3月26日)「赤旗」1面の記事。
「大阪高裁 大阪市に賠償命じる
橋下徹前大阪市長による市職員への憲法違反の「思想調査アンケート」(市職員への労使関係アンケート調査)で「精神的苦痛をうけた」として、職員とOB計59人が市に1900万円余りの賠償を求めた訴訟の控訴審判決が25日、大阪高裁でありました。田中敦裁判長は、一審大阪地裁に続いて、アンケートの一部を違憲と断定。大阪市に賠償を命じました。賠償額は一審判決の1人6000円を変更し5000円としました。
 田中裁判長は、アンケートの四つの設問について、団結権(憲法28条)やプライバシー権(同13条)を違法に侵害したと断罪。一審で団結権侵害が認められた組合費の使い道の設問については侵害にあたらないと判断しました。橋下前市長には、アンケートが職員の権利を侵害しないよう確認する注意義務があったのに違反したとして損害賠償を認めました。
 判決後の記者会見で、弁護団の西晃事務局長は「アンケートが憲法に抵触する内容を含む違法な公権力の行使であったと明確に判断された勝利判決だ。市は上告することなくこの判決を受け入れてほしい」と話しました。
 原告団長の永谷孝代さん(60)は「みなさんの励ましの中でたたかってきて本当によかった。職員が働きがいが持てない職場の状況、市民が苦しむ市政が続くなか、みなさんとともに大阪市が良くなるように運動していきたい」とのべ、大阪市役所労働組合(市労組・全労連加盟)の田所賢治委員長は「憲法守る市役所づくりのために引き続き奮闘する」と話しました。」

他紙の報道では、「アンケートは組合の「政治活動」を問題視した橋下市長(当時)が、職務命令で回答を義務づけて実施。」「昨年12月に組合5団体と市職員29人が原告となった同様の訴訟で、大阪市におよそ80万円の賠償を命じる市側敗訴の大阪高裁判決が確定している。」「今回の判決も上告なく確定する模様」とのこと。

同業者として恥ずかしい限りだが、この件には弁護士が深く関わっている。この違法アンケートを強制した責任者である当時市長の橋下徹が弁護士。そして橋下からの依頼で「特別顧問」となり違法アンケート実施の実務を担当したのが野村修也、やはり弁護士である。権力に対峙して人権を擁護すべき弁護士が人権侵害の側にまわっているのだ。

事件は2012年2月のこと。大阪市は、職員およそ3万人を対象に労働組合の活動への参加や、特定の政治家を応援する活動経験について記名式のアンケート調査を行った。しかも、「このアンケートは任意の調査ではありません。市長の業務命令として、全職員に、真実を正確に回答していただくことを求めます。」「正確に回答がなされない場合は処分の対象となりえます。」と述べて、従わない場合は処分もあり得ることが明示されていた。公権力による思想表白強制といわざるを得ない。常軌を逸しているというほかはない。

当時、この橋下流の乱暴に世論の批判は高く、「このような被告職員の人権を著しく侵害する本件思想調査に対して、労働組合や法律家団体、広範な市民から激しい抗議がなされた。その結果、本件思想調査回答期限後の2月17日、野村修也は、データ開封作業や集計などを「凍結」することを表明せざるを得なくなった。また、同月22日には、大阪府労働委員会が、大阪市労働組合連合会らの実効確保の措置申立てに対して、市の責任において、本件思想調査を中止するよう異例の勧告を出した」(訴状)

そのため、結局は集めたアンケートの回答は未開封のまま廃棄されたが、これで納得しない職員の2グループが、訴訟を提起した。2件の訴訟ともに、職員らが原告となってアンケートの回答強制が人権侵害の憲法違反だとするもの。特定の公務員の故意または過失にもとづく違法な公権力の行使があって、その結果損害が生じたとする国家賠償請求訴訟である。両事件とも、1・2審を通じて、大阪市の敗訴となった。

2件の訴訟はこれで確定する。大阪市は原告らに損害を賠償することになる。ということは、市長の違法行為によって、市が損害を被るということだ。実はその損害の範囲は、必ずしも判決で命じられた賠償額にとどまらない。違法なアンケート調査にかかった費用、たとえば特別顧問野村修也への報酬など、が因果関係ある損害たりうる。余計な紛争の処理に要した費用も同様である。市が不当労働行為救済申し立てや、損害賠償請求訴訟に対応するために出費したものについても、市長の違法行為による損害となり得る。

判決を読む機会に恵まれていないが、判決では、大阪市の公権力行使が違法というだけでなく、市長の故意または過失が明確になったはず。ならば、市長の責任が問われなければならない。具体的な手段は、監査請求前置の住民訴訟である。

国立市に好個の参考事例がある。マンション事業者の明和地所が、国立市の違法な公権力行使によって損害を被ったとして国家賠償訴訟を提起し、2500万円の請求を認容する判決が確定した。市は明和地所に対して遅延損害金を含む賠償金を支払ったが、市民のなかから「市長の違法行為によって、市に損害が生じたのだから、市は当然に元市長に損害分を求償すべきだ。市長は市の損害分を個人で負担すべきだ」というグループが現れて、監査請求を経て原告となり東京地裁に「国立市は、明和地所に支払った損害賠償金と同額を元市長個人(上原公子)に対して請求せよ」との判決を求める住民訴訟を提起した。住民が原告となり、被告は元市長という訴訟である。

東京地裁はこの請求を認容する判決を言い渡し確定した。国立市は、判決にしたがって、元市長に請求したが、拒絶されて元市長に対する損害賠償請求訴訟を提起した。今度は、原告が市、被告は元市長という訴訟である。

その一審判決直前に国立市議会は元市長に対する賠償請求権を放棄することを議決している。一審判決はこれを踏まえて、「国立市議会が上原公子元市長に対する賠償請求権の放棄を議決しているにもかかわらず、現市長がそれに異議を申し立てることもせず、そのまま請求を続けたことが『信義則に反する』」として、国立市の請求を棄却するものとなった。市の債権がなくなったとしたのではなく、議会の債権放棄の議決によっても債権が存続することを前提として、請求を信義則違反としたのだ。なかなか分かりにくいところ。

ところが、控訴審継続中に議会の構成が逆転して、求償権の行使を求める議決が可決される事態となった。これを受けて、控訴審判決は一審とは逆に請求を全部認容するものとなっている。

国立市の事例と同様に、違法なアンケート調査によって大阪市に損害を与えた橋下徹の責任追及は、元市長橋下徹に対しても可能ではないか。大阪市の住民であれば、誰でも原告となれるのが住民訴訟だ。大阪在住のどなたかに、具体化していただきたいものと思う。

なお、大阪市議会の定数は86。与党である「大阪維新の会」の議員数は37である。幸いに半数に達していない。しかし、あと7人を語らえば、債権放棄決議が可能となる。議会の決議で、違法な市長の責任を免じることの不当は明らかというべきではないか。
(2016年3月26日)

風は疾い。このときにこそ、お互い一本の勁い草になろう。

「疾風に勁草を知る」という。
風が疾い時にこそ勁い草の一本でありたい、強くそう思う。
戦争が近づいてくるほどに、声高く平和を叫ばなければならない。ナショナリズムが世を席巻するときにこそ、近隣諸国との友好を深めねばならない。憲法が攻撃されているときにこそ、これを擁護しなければならない。「テロを許すな」「テロと戦え」の声が満ちているいまであればこそ、自由や人権の価値を頑固に主張し続けねばならない。この事態に乗じようとする不逞の輩の妄動を許してはならない

11月19日と20日、フランス下院と上院は、パリ同時多発テロ直後にオランド大統領が宣言した非常事態の期間を3カ月間延長して来年2月25日までとする法案を可決した。フランスの基本理念である「自由」を犠牲にしてでも「イスラム国」打倒を目指す決意を鮮明にしたもの、と報道されている。

オランドは、今回のテロ直後から、大統領権限強化のための憲法改正を要求しており、バルス首相は20日の上院で「内外でテロとの戦いを強化する。テロの危険に目を閉ざしてはならない」と述べている。

今、バルスのいう「内外でテロとの戦いを強化する。テロの危険に目を閉ざしてはならない」の言は、誰の耳にも入りやすい。場合によっては、憲法改正の糸口ともなりかねない。そのような風が吹くときだけに、これに抗して姿勢を崩さない勁さをもたねばならない。

我が国でも、当然のごとく出てきたのが、どさくさに悪乗りしての「共謀罪」構想。
「自民党の谷垣禎一幹事長は17日、パリの同時多発テロ事件を受けて、テロ撲滅のための資金源遮断などの対策として組織的犯罪処罰法の改正を検討する必要があるとの認識を示した。改正案には、重大な犯罪の謀議に加わっただけで処罰対象となる『共謀罪』の創設を含める見通しだ。」(朝日)
これまで3度廃案になっている共謀罪。自民党には、「好機到来」というわけだ。

自民党憲法改正草案には、「緊急事態」制度の創設も盛り込まれている。この具体的改憲案の必要性をアピールすべきはまさしく今、ということになろう。治安の強化とは、人権を制約すること。テロの脅威は、政権にとっての神風である。政権への神風は、草民には禍々しい凶風なのだ。

思い起こしたい。憲法がなぜ本来的に硬性であって、慎重な改正手続きを要求しているかの理由を。国民の意思は、必ずしも常に理性的とは言えない。一時の激情で、後に振り返って見れば誤ったことになる判断をしかねない危うさをもっている。だから、憲法改正には、落ち着いて、冷静な議論を重ねるための十分な時間が必要なのだ。でなければ、権力を強化し人権を制限する、取り返しのつかない事態を招きかねないことになる。

勁い草になろう。「テロを許すな」の風に翻弄されるだけの存在であってはならない。
(2015年11月21日・連続第965回)

夫婦同姓強制の制度が強いた息子のジャンケン

以下は、本ブログ(2013年5月26日)の再掲である。

「私が、盛岡で若さに任せて活動していたころ、たいへんお世話になった先輩弁護士が菅原一郎さん。菅原さんは、労働事件をやるために弁護士になったという人で、岩手弁護士会の中心に位置して、危なっかしい私を支えてくれた恩人。惜しいことに、昨年(2012年11月)鬼籍に入られた。

その一郎さんは、ご夫婦ともに弁護士。旧姓坂根一郎さんと菅原瞳さんとが結婚して、婚氏を菅原にしたのだ。しかも、一郎さんは母の手一つで育てられた長男。姓を変えることに抵抗がなかったはずはない。それでも、自分の姓を捨てて妻の姓をとられたことが語りぐさだった。愛着ある旧姓に固執せず、妻の姓を名乗られたことは、口先ばかりの男女同権を語る男性が多い中で異彩を放つものとして、たいへんな尊敬を受けていた。

後輩には伝説となっていた。真偽のほどは定かでないが、どちらの姓を名乗るかで、夫婦は世紀のじゃんけんを5回戦して瞳さんが勝ったのだ、などとまことしやかに伝承されていた。私はといえば、じゃんけんもせず籤も引かず、私の姓を名乗ってしまった。ずっと、そのことの負い目を感じ続けている。

民法750条が、夫婦は同一の姓を名乗らなければならないとしている。法文上は、「夫または妻の姓を称する」としているが、96%が夫の姓という現実がある。

これについて法制審議会は、1996年2月採択の婚姻法改正要綱の中で、選択的夫婦別姓を導入するとの提案を行った。これに対するパプコメは、圧倒的に賛成が多かったという。しかし、家族制度の崩壊につながるとして、保守派の抵抗は強く、いまだに法改正に手は付けられていない。

世に事実上の夫婦でありながら、別姓にこだわって法律婚を回避している人もいれば、法律婚によって姓を変えられたことにこだわりを持ち続けている人も少なくない。そのような人たち5人が民法750条を違憲だとする裁判を起こしている。「別姓訴訟」という。その判決が間もなく今月29日に東京地裁民事第3部で言い渡される。注目に値する。

立法不作為を違法として、国家賠償を請求する訴訟である。憲法論としては、13条違反(姓の保持の喪失が個人の尊厳を侵害する)、24条違反(両性の本質的平等に違反。婚姻は両性の合意のみで成立しなければならない)。そして、女性差別撤廃条約違反でもあって、国会で750条改正をしなければならない具体的な作為義務があるのに、これを違法に怠っている、という構成である。

現在の裁判所のあり方から見て、困難な訴訟であることは否めない。しかし、当事者の願いの「寛容な社会」の実現に寄与する判決を期待したい。夫婦同姓が愛情に不可欠だと思っている人は、そちらを選択すればよい。しかし、結婚によって夫か妻のどちらかが姓を変えなければならないことに抵抗ある人にまで同姓を強要することはない。それぞれのライフスタイルを尊重する、柔らかい社会が望ましいと思う。」

この訴訟、一審で敗訴し東京高裁控訴審でも控訴棄却となった。しかし、あきらめず上告して、一昨日(11月4日)、最高裁大法廷が夫婦別姓の憲法問題で弁論を開いた。上告審で大法廷の弁論が開かれたからには、新判断を下すことになるのは間違いない。おそらくは同姓強制の制度を違憲と判断することになるだろう。年内にも歴史的な判決に至るだろうと報道されている。期待して待ちたい。

ところで、先日、私の息子が突然つぶやいた。「実は、婚姻届を提出するとき、婚氏をどちらにするか、ジャンケンで決めたんだ。たまたまボクが勝ったから、澤藤姓を名乗ることとなった」と。私は絶句して、冷や汗をかいた。

後日、息子の配偶者に確認したところ、「私はどちらでもよかったんですけど、『公平にジャンケンで決めよう』って言われたんです。『お父さんやお母さんには、お話ししているの?』って聞いたら、『全然そんなこと気にしないから、大丈夫』と言われて、それでジャンケンしたんです」ということだった。

その場に居合わせた息子は、「普段から、人権だの平等だの言っているんだから、ボクがジャンケンに負けて姓を変えても、文句を言う筋合いはないだろう」「それに、間もなく改姓配偶者には旧姓に戻ることができる制度が整えられるという確信もある」と言った。

それはそのとおりだ。一言もない。が、そのことを最初に聞いたときの、私の冷や汗。あれはいったい何だったのだろう。ここは、冷や汗を隠して、息子を褒めるしかない。「息子よ、おまえは立派だ。少なくも、私よりずっとスジが通っている」と。

ちなみに、ふたりとも弁護士志望で、夫婦揃って今年の司法試験に合格した。きっと二人とも、人権問題に敏感な良い弁護士になることだろう。

さて、現行の夫婦同姓強制の制度。これが、私に妻への負い目をつくり、息子のジャンケンに冷や汗をかかせる元凶となっている。最高裁大法廷の明確な違憲判断を経て、すみやかな別姓制度への変更を願う。

妻は、制度が変って旧姓に戻ることができるようになれば、「あらゆる面倒をいとわず、旧姓に戻りたい」と言っている。「80歳の原告が闘って勝ち取った成果をチャッカリいただくのは心苦しいが、残り少ない人生、余福にあやかりたい」そうだ。私も、ついでに妻の旧姓にくっついていきたいような…。罪滅ぼしのために…。
(2015年11月6日・連続第950回)

すべてのハラスメントを一掃して、個人の尊厳が確立された社会を

個人の尊厳は尊重されねばならない。しかし、現実の社会生活においては、強者があり弱者がある。富める者があり貧しき者がある。生まれながらにして貴しとされる一群があり、人種・民族・門地により差別される人々がある。時として、強者は横暴になり、弱者の尊厳が踏みにじられる。

憲法は「すべて国民は個人として尊重される」(13条)と宣言し、「法の下の平等」(14条)を説く。これは社会に蔓延する、個人の尊厳への蹂躙や差別の言動を許さないとする法の理念の表明というだけではない。その理念を実現するための実効性ある法体系整備の保障をも意味している。個人の尊厳と平等が確立された社会を実現するには、憲法13条や14条をツールとして使いこなさねばならない。

その具体的な手法の一つとして、社会は「ハラスメント(Harassment)」という概念をつくり出した。弱い立場にある者、差別される側からの、人間の尊厳を侵害する行為の告発を正当化し勇気づけるための用語である。言葉が人を励まし行動を促すのだ。

ハラスメントの元祖は、「セクハラ」(セクシャル・ハラスメント)である。弱い立場にある女性の尊厳を傷つける心ない男性側の言動を意味する。ジェンダー・ハラスメントと言ってもよい。強者の弱者に対する不当な人権侵害は糾弾されなければならないとする基本構造がここに示されている。

同じく、職場の上司がその立場を笠に着て、部下に対してする不当な言動は「パワハラ」(パワーハラスメント)となる。企業こそは人間関係の強弱が最もくっきりと表れるところ。取引先ハラスメントも、下請けハラスメントもあるだろうし、古典的には労組活動家ハラスメントも、権利主張にうるさい社員ハラスメントもある。

強者の不当な言動が被害者を精神的に痛めつける側面に着目するときは、「モラハラ」(モラルハラスメント)とされる。セクハラも、パワハラも、モラハラの要素を抜きにはなりたたない。

強者が弱者に対してその尊厳を蹂躙する不当な言動という基本構造から、個別のテーマで無数のハラスメント類型が生じる。

学校を舞台にした校長や管理職から教職員に対する陰湿なイヤガラセは、スクールハラスメント、あるいはキャンパス・ハラスメントとして把握される。部活やクラスのイジメやシゴキも、これに当たる。大学の場でのこととなれば、「アカハラ」(アカデミック・ハラスメント)である。

職場や学園で、「俺の注いだ酒が飲めないと言うのか」「さあ呑め。イッキ、イッキ」という、「アルハラ」(アルコール・ハラスメント)。周囲の迷惑を顧みず、煙を撒き散らす「スモハラ」(スモーク・ハラスメント)。

もっと深刻なのが、「結婚を機に退職するんだろう」「戦力落ちるんだから、職場に迷惑」という「マリッジ・ハラスメント」。そして、最高裁が「妊娠を理由にした降格は男女雇用機会均等法に違反する」と判決してにわかに脚光を浴びることになった「マタニティ・ハラスメント」(マタハラ)である。差別は職場だけでなく家庭生活にもある。DVにまで至らなくとも「ドメステック・ハラスメント」があり、「家事労働ハラスメント」も指摘されている。

それ以外でも、人間関係の強弱あるところにハラスメントは付きものである。医師の患者に対する「ドクハラ」(ドクター・ハラスメント)、弁護士のハラスメントも大いにありうる。聖職者の信者に対する「レリジャス・ハラスメント」もあるだろう。ヘイトスピーチとされているものは、「民族(差別)ハラスメント」「人種(差別)ハラスメント」にほかならない。

安倍政権の福祉切り捨てや労働者使い捨て政策は、国民に対する「アベノハラスメント」(アベハラ)である。本土の沖縄県民に対する居丈高な接し方は、「沖縄ハラスメント」(オキハラ)ではないか。

東京都教育委員会が管轄下の教職員に「ひのきみハラスメント」を継続中なのはよく知られているところ。これとは別に、「テンハラ」という分野がある。「天皇制ハラスメント」である。「畏れ多くも天皇に対する敬意を欠く輩には、断固たる対応をしなければならない」とする公安警察の常軌を逸したやり口をいう。ハラスメントの主体は警察、強者としてこれ以上のものはない。テーマは天皇の神聖性の擁護、民主主義社会にこれほど危険なものはない。典型的には次のような例である。

市民団体「立川自衛隊監視テント村」のメンバーであるAさんは、半年以上にわたって公安刑事の執拗な尾行・嫌がらせを受けた経験がある。その尾行の発端となったのは天皇来訪に対する抗議の意思表示だった。
国民体育大会の競技観戦のためにAさんの近所に天皇夫妻がやって来た。市は広報で市民に「奉送迎」を呼びかけ、大量の日の丸小旗を配布した。このときAさんは、「全ての市民が天皇を歓迎しているわけではない」ことを示そうと、日の丸を振る市民の傍らで、天皇の車に向けて「もう来るな」と書いた小さな布を掲げた。それだけのこと。「憲法で保障された最低限ともいえる意思表示でした」というのがAさんの言。

その数日後から公安刑事の尾行が始まった。尾行は、決まって天皇が皇居を離れてどこかに出かける日に行われた。自宅付近・職場・テント村の活動現場などAさんは行く先々で複数の公安刑事につきまとわれた。刑事は隠れることもなく、Aさんに数メートルまで接近したり、職場のドア越しに大声を出すといった嫌がらせまでしたという。そして、極めつけが「あんなことしたんだからずっとつきまとってやる」というAさんに対する暴言。これが、テンハラだ。

Aさんを支援する立川自衛隊監視テント村や三多摩労働者法律センターは、次のように言っている。
「これまでも、天皇の行く先々で同様のことが行われてきました。国体や全国植樹祭といった天皇行事が行われるたびに、公安警察による嫌がらせや、微罪をでっち上げて逮捕する予防弾圧が繰り返されてきました。『不敬罪』の時代ではありません。天皇制に批判的な表現は、天皇の前でも当然保障されるべきです」

すべてのハラスメントを一掃して、個々人の尊厳と平等が擁護される社会でありたいものだと思う。
(2015年3月29日)

松谷みよ子さんが語った「治安維持法・思想弾圧・国家機密法」

今日3月15日は、民主主義と人権に関心を持つ者にとって忘れてはならない日。思想弾圧に猛威を振るった治安維持法が、本格的に牙をむいた日である。

多喜二の小説「1928年3月15日」で知られるこの日の午前5時、全国の治安警察は一斉に日本共産党員の自宅や、労農党本部、無産青年同盟、無産者新聞社などを家宅捜索し1568名を逮捕、その内484名を起訴した。第1次共産党弾圧である。被逮捕者に対する拷問が苛烈を極めたことはよく知られている。皇軍の戦地での恥ずべき蛮行と並んで、天皇制政府の醜悪な側面を露呈させた恥部といってよい。

悪名高い治安維持法は、男子普通選挙法(衆議院議員選挙法改正法)とセットで、1925年3月に成立し、同年4月22日施行となった。その第1条は、「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」であった。後に、法「改正」を重ねて刑は死刑を含むものとなる。

「国体ヲ変革シ」とは、天皇制を否定して国民主権原理にもとづく民主主義国家を建設しようという思想と運動を意味している。これが犯罪、しかも死刑に当たるというのだ。

「私有財産制度ヲ否認スル」とは、生産財を社会の共有にすることによって格差や貧困のない社会を目ざそうということ。これも危険思想故に犯罪とされた。天皇制政府が誰と結託していたかを雄弁に物語っている。

治安維持法は、「3.15」「4.16」、そして多喜二を虐殺した。まずは共産党に向いた治安維持法の牙は、社会民主主義者にも、自由主義者にも、平和主義者にも、労働・農民運動家にも、そして宗教者にも生け贄の対象を拡大していった。そのために、民衆は「滅多な口を利いてはならない」と政府を恐れた。その民衆にさらに容赦なく、天皇制政府は思想統制を強め、過酷な弾圧を続けた。

民衆の立場から、その実態を掘り起こす優れた作業がいくつも公にされているが、その一つとして、松谷みよ子の「現代民話考」の一巻、「銃後」に「思想弾圧」がある。

「現代民話考」は、広い分野にわたって全国の民間伝承を採話したもので、全12巻に及ぶ。初版は立風書房だが、今は筑摩文庫で復刻されているようだ。その第6巻(第2期・Ⅰ)が「銃後 思想弾圧・空襲・沖縄戦・引き上げ」となっている。なお、第2巻(第1期・Ⅱ)が「軍隊 徴兵検査・新兵のころ」というもの。民衆の伝承が、これほど戦争に関わるものになっているのだ。

以下は、「銃後」の前書きに当たる「銃後考」の抜粋である。戦争の時代を生き抜いた知性と良心が語る言葉である。児童文学者としての優しさに満ちた感性が、強靱な理性に支えられたものであることがよくわかる。

「安維持法の名のもと思想統制が進められ、労組、農民組合などの運動に参加する人びと、自由人、社会思想を持つ人びとが検挙され、凄じい拷問がくりひろげられた。昭和8年、小林多喜二が築地署で特高による拷問で死亡した事件は心ある人びとに大きな衝撃を与えた。そしてこれらの思想弾圧があってこそ、天皇を神とし、大東亜を共栄圈とする思想も、銃後の思想統一もゆるぎないものにつくりあげられていったのである。その意味で今回、第一章を思想弾圧・禁止とした。」

「あの当時、非国民の恪印は死とつながる恐怖であった。日本国民のあるものは、幼い日からの軍国教育によって、ある者はしんそこ日本は神国であると信じ、大東亜共栄圈の理想を共有した。しかし、ある人びと、前述したクリスチャンや、思想的にこの戦争は正しくないと感じ、何等かのかたちで抵抗した人びともいる。‥無垢の愛に地をたたき、狂うほどの悲しみをあらわにした。「息子を返せ! 東条のバカヤロー」「天皇のヤロウー どんなにしたってきかないから!」これらの言葉が官憲に聞えたらどうなるか、当時を生きた人なら誰でもが知っている。また、福島の‥は、貧農の母が髪ふり乱し「おらの息子を連れて行くな」と出征の行列に泣きすがったと伝える。庶民の心のほとばしりを私は大切に思うのである。」

437頁のこの書には、かなり長い「あとがき」がある。松谷みよ子の息遣いが聞こえてくるようだ。「ちょっと気になること」として、「一つの花」事件の顛末が書かれている。「一つの花」とは、小学校の教科書に載った短編小説の題名。作中のおおぜいの見送りのない出征風景が「捏造」として、産経の批判のキャンペーンにさらされたことが「事件」である。

これを松谷は、「『一つの花』における見送りのない出征風景はこのように、見送りのない出征-戦争の悲惨-アカ、という図式をはめられ、新たなる伝説をつくりあげられていく。バカバカしいことながら、笑ってはすまされないことであった。」

としたうえで、こう続けている。
「先日、京都へ行ったとき、国旗掲揚、君が代が教育の場で強制されてきた、となげく声を聞いた。これは他県ではずいぶん前から聞かされたことであった。国旗があがる間、どこにいてもぱっと直立不動の姿勢をとらされるという話も聞いた。また、昭和61年11月10日には、天皇在位60年を奉祝して、二重橋前から銀座、日本橋などに提灯行列、日の丸、天皇陛下万歳のさけびで湧いた。偶然通りかかった知人は、戦時中のシンガポール陥落の提灯行列を思い浮べ、歳月が40年前に逆戻りしたような恐ろしさを覚えたという。この前の戦争が、天皇を現人神と神格化し、平和を希求する思想をアカときめつけて全国民を戦争への道に駈り立てていった、そのことはすでにあきらかである。この道は、いつかきた道、戦後だ戦後だといっているうちに、あたりの風景は戦前に変りつつあるのではないか。そして、風景を塗り変えようとする手と、「一つの花」事件とが無縁のものとは考えられないのである。国家機密法が繰り返し上程されようとしていることとも無縁ではない。

いま、なにかが水面下で不気味にふくれあがりつつある。「一つの花」見送りのない出征事件は、いまから8年前になる。しかし遠い地鳴りのようなこの出来事を、私たちは忘れてはなるまい。一つ、一つの事件、それはごく小さく、とるに足りぬもののように見える。しかし、その小さな出来事が積み重なることによって、私たちの感性はいつしか馴らされ、気がついてみれば戦争への道をふたたび歩いている。そういうことがないとどうしていえようか。「ねえ、あのとき、どうして戦争に反対しなかったの?」子どもたちにそう問われることのないように、私たちは、常にするどく、感性を磨かねばと思う。卵を抱いた母鳥のように。」

松谷みよ子さんは、2月28日に永眠された。あらためて、警世の人を失ったことを悔やまざるを得ない。この書が上梓されたのは1987年4月であった。松谷さんがたびたび言及している国家機密法(自民党側はこれを「スパイ防止法」と呼んだ)は、1985年に国会上程されて廃案となり、87年ころには再提出が懸念されていた。いま、これに替わって特定秘密保護法が成立してしまった。また、産経の役割は相変わらずである。

松谷さんの言をかみしめたい。「小さな出来事の積み重ねに感性を馴らされてはならない」。しかし、今や安倍政権の所為は、「小さな出来事の積み重ね」の域を超えている。今を再びの戦前とし、後世に再びの「治安維持法・思想弾圧」の伝承を語らせる歴史を繰り返してはならない。
(2015年3月15日)

私も乾杯だ「『君が代斉唱口元チェック』の中原徹大阪府教育長(橋下市長「お友だち」)がパワハラで引責辞職」

3・11の昨日は憂鬱な気持の一日だった。その夕刻に、秀逸なブログを開いて少し心が和んだ。紹介しておきたい。

タイトルが、「祝『君が代斉唱口元チェック』の中原徹大阪府教育長(橋下市長のご学友)がパワハラで辞任」ーよりによって口元チェック校長を教育長にしたりするからこうなる。http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake

多くの人の思いを代弁する、胸がすくような筆の冴え。まったくそのとおりと思わずうなずき、思わず笑みがこぼれる。私も、中原徹大阪府教育長辞任には、大いなる祝意を表したい。人権と民主主義とあるべき教育のために乾杯。しかも、この重要なタイミングでの維新の党への政治的打撃は貴重だ。

ブログ筆者の宮武嶺さん(ハンドルネーム)とは旧知の間柄。私の方が年嵩だが、ブロガーとしては彼の方が大先輩。器用に写真やデータをあしらった親しみやすいレイアウトを工夫して多数の読者に愛されているご様子。しばらくブログが途絶えていて心配したが、昨年の暮れに復活し、毎日更新を続けている。恐るべきパワー。

同ブログは、「今回弁護士による第三者委員会が2015年2月20日に公表した報告書で、中原教育長の府教委職員らに対する言動が『パワハラに該当する』と認定されていました」と、経過を丁寧に解説したうえで、こう述べている。

「2月23日から始まった府議会で、公明、自民、民主の野党3会派が、パワハラ問題を相次いで追及し、3月2日に中原氏の辞職勧告決議案を議長に提出。10日には、大阪市と堺市を除く府内41市町村教委が『毅然とした対応』を求める要望書を府教委に提出するなど、中原氏の責任を追及する声が高まり、往生際の悪かった中原氏もとうとう観念したものです。

先ほど行われた辞任会見でも、計5人もの人に対するパワハラで辞任するのに、その方々へ謝罪する前に第三者委員会の報告書にケチをつけるなど、最後まで人格劣等ぶりを見せつけました。

言っていること、やっていることがご学友の橋下市長とそっくりで、笑っちゃいけないけど笑ってしまいます。

辞任会見では「『教育改革が道半ばのまま辞任するのは残念』と言っていたそうなんですが、道半ばで良かったよ、ほんと。」

「この中原氏は橋下市長の大学時代の友人で、橋下氏の府知事時代に公募された府立和泉高校の校長を経て、2013年春に教育長に就任した人です。この人も橋下さんと同じく弁護士です。本当にすみません。

ちなみに、この中原氏は校長時代、2012年3月の卒業式では、大阪府君が代条例で起立斉唱を義務付けられた君が代を教職員が実際に歌っているか、和泉高校の教頭らに教員の口元を監視するよう指示して、まるで北朝鮮のようだと大きな批判を受けました。」

「そもそも、橋下・松井維新の会が君が代条例を作って君が代斉唱を徹底しろと教委や教育現場に言ったのがすべての始まりなのに、いざとなると教委に責任をなすりつける姿勢は、橋下氏に関してはいつもどおりなのですが、中原氏も双子のようで印象的でした。こんな調子の人ですから、中原氏が教育委員会入りして教育長になって、全校長に君が代斉唱口元チェックを指示したら、どんなに殺伐とした全体主義的な入学式・卒業式になるのだろうと暗澹たる気持ちになっていたので、中原教育長辞任万歳です。」

「およそ教育現場や教育行政にこれほど不適切な人格の人物もいないわけで、こういう人を学校長にしたり、ましてや教育長にしてきた橋下・松井両首長の任命責任は重大です。」

以上の宮武ブログの紹介だけでよいようなもの。このあとは私の蛇足。

中原徹教育長辞任を求める署名活動は、東京の教育関係集会でも活発に取り組まれていた。東京の教委がひどいことは既に天下に周知だが、下には下があるもの、と妙に感心した次第。大阪のひどさは、また東京とはひと味違っている。橋下徹を中心にした驕慢なお友だち人事の弊害の露呈ではないか。類は友を呼ぶの例えの通りである。

ところで、教育長という職には、教育委員の一人が任じられる。
教育委員会制度は、戦後教育改革の要の一つだった。戦前の極端な中央集権的教育の反省から、戦後改革は、まず教育と教育行政とを切り離した。更に教育行政の主体を国家ではなく自治体単位の教育とし、更に具体的な行政担当を首長から独立した地方教育委員会とした。しかも、教育委員は公選として出発した。

国家からも自治体の首長からも独立した公選制の教育委員会は、重責を負うことになった。しかし、残念なことに住民の公選による教育委員会制度は1956年に頓挫する。教育委員会法は廃止され、その後身として「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(地教行法)が制定されて現在に至っている。

現行法の第4条に「委員は、当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する」と規定されている。

教育委員たる者、「人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもの」とされているのだ。教育をサポートする任務なのだから、当然といえば当然。人格高潔ならざる中原に務まるはずもない。

地教行法第16条は、「教育委員会に、教育長を置く」とし、「教育長は、当該教育委員会の委員である者のうちから、教育委員会が任命する」とある。その任務は、「教育長は、教育委員会の指揮監督の下に、教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどる」「教育長は、教育委員会のすべての会議に出席し議事について助言する」という強力な権限を与えられている。

維新府政は、よくもまあパワハラ人格を教育長に据えたものだ。責任は重大である。

なお、地教行法はこの4月1日から改正法に移行する。教育行政の責任の明確化という名目で、教育委員長と教育長を一本化した新たな責任者(新教育長)をおいて、教育長の権限は更に強くなる。法改正の失敗が施行前に表れた。

中原は、教育長と教育委員の両方の職を辞任した。これは、維新の党にとって政治的打撃が大きい。しかも、統一地方選挙直前のこの時期、さらには5月に予定されている大阪都構想の住民投票への影響も否定できない。

「中原氏は橋下徹大阪市長の大学時代からの友人で弁護士。橋下氏が知事時代に民間人校長として府立高校に着任し、卒業式での「君が代」斉唱口元チェックで批判を浴びました。2013年4月、松井知事が教育長に任用しました」(赤旗)のだから、通常の任命責任という程度のものではない。言わば、維新ぐるみ共同正犯的な関係にある。中原教育長は、維新教育政策のシンボルであり、このうえないみっともない形でのその破綻が、維新の失政でないはずはない。府政も、市政も、実態はこの程度と誰もが考えざるをえないではないか。だから、橋下も不満たらたらだ。次には自分が同じ目に遭いかねないのだから。

松井知事も府議会の維新も辞職の事態は避けようとずいぶん頑張ったようだ。しかし、報じられているところでは、自・公・民3党の追及は厳しかった。とりわけ、公明が重い処分を求める立場で一貫したことが注目される。公明の維新に対する遠慮の有無は、大阪都構想是非の住民投票に大きく影響するからだ。

朝日に、「パワハラ問題に詳しい脇田滋・龍谷大教授(労働法)」が、第三者委員会の報告を受けた段階でのコメントを寄せている。
「‥パワハラでも相当ひどい部類だろう。『どこのブラック企業か』と感じるような内容だ。反省を深めてほしい。再び起きないよう、教育委員会も組織や意思決定のあり方を見直すべきだ」というもの。松井も維新も、結局はかばいきれなかった。自業自得なのだ。

もう一点指摘しておきたい。この事態は、以下の記事のとおり、内部告発をきっかけに展開したものである。この勇気ある内部告発がなければ、中原教育長は今日も安泰で、4月には「新教育長」となり、もっと大きな権限を持つことになっただろう。中原とともに、維新も安泰であったことになる。

「◆涙の内部告発(朝日)
 問題が発覚したのは10月29日。府民に公開される教育委員会議で、立川さおり教育委員(41)が中原氏から同21日に受けたとされる発言内容を公表した。府議会の教育常任委員会の打ち合わせで、府が府議会に提出した幼稚園と保育園の機能を併せ持つ『認定こども園』の定員上限を引き上げる条例改正案をめぐり、立川氏が案の内容に反対する意向を明かしたところ、中原氏が強い口調で次のように叱責したという。
 『目立ちたいだけでしょ。単なる自己満足』『誰のおかげで教育委員でいられるのか。ほかでもない知事でしょ。その知事をいきなり刺すんですか』『罷免要求を出しますよ』-。
 立川氏は会話内容をメモに書き起こし、出席者に配布して公表。メモを読む声は次第に震え始めて涙声となり、「自由に発言できない状況だった」と訴えた。

立川さんにも五分の魂があった。この魂を傷つけられるとき、人は決意してルビコンを渡る。立川さん、よくやった。
(2015年3月12日)

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