澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「昭和の日」の紙面に、「いま読む日本国憲法」と「天皇ご夫妻に頭が下がる」の記事。

4月29日である。かつて、天皇が現人神であった時代には「天長節」と呼ばれ、現人神が人間宣言(!)をしたあとは「天皇誕生日」となり、その死亡の後に「みどりの日」となって、今は「昭和の日」である。

この呼称の変更は、昭和期以後の歴史をよく映したものとなっている。今日こそは、昭和という戦争の時代と天皇制を考えるべき日。端的に言えば、天皇の戦争責任を確認するとともに、その責任追求を曖昧にしてきた国民の責任をも考えるべき日である。

本日の東京新聞が、1面トップに「いま読む日本国憲法」のシリーズ第1回を掲載した。その意気や大いに良しである。モスグリーンの紙面の地に憲法前文を教科書体で全文掲載し、「はじめに非戦誓う」と大見出しをつけている。その解説記事の冒頭が、「戦争は国家権力が引き起こすもの。国民が主権を持って国家権力の暴走を抑えることで、戦争を二度と起こさせないー。日本国憲法全体を貫くこの思想を最初にはっきりと宣言したのが前文です」とある。

国民に多大な惨禍をもたらした侵略戦争と植民地支配は、決して国民の意思によるものではなく、天皇制権力がしでかしたもの。国民は天皇制政府の恐るべき暴走を抑えることができなかった。だから、戦後の平和思想の出発点は、天皇主権を否定して国民主権を確立するところにある、という文脈での解説。昭和の日の一面トップにふさわしい解説ではないか。

国民の加害責任や天皇の戦争責任に触れていないではないかという批判はあるにせよ、「安倍晋三首相らは改憲を訴えるが、憲法は本当に変える必要があるのか。守らなければならないものではないのか。」と旗幟を鮮明にした立派な紙面だと思う。

ところが、である。左肩に恒例の「平和の俳句」欄。いつもは感心しきりなのだが、今日は感心しない。「老陛下平和を願い幾旅路」というのだ。ほかならぬ今日を意識してのこの選句はいただけない。選者のコメントが、さらにいけない。

<金子兜太>天皇ご夫妻には頭が下がる。戦争責任を御身をもって償おうとして、南方の激戦地への訪問を繰り返しておられる。好戦派、恥を知れ。

兵としての過酷な戦争体験から戦争をこの上なく憎むこの人は、その戦争を主導した天皇の責任を本心どう考えているのだろう。天皇個人の責任と、天皇制という制度についても。そして、戦後長らえて退位すらしなかった昭和天皇の姿勢をどう評価しているのだろう。

コメントの文脈からは、「昭和天皇の戦争責任には重いものがあるが、その子による親の贖罪には頭が下がる」ということのようだが、天皇制に対する批判はないのか。「好戦派、恥を知れ。」とは、安倍晋三に向けられた言葉だろうが、夥しい戦争犠牲者を思い起こせば、天皇一族に対しても、「恥を知れ。」と言わずに済まされるのだろうか。

選者は、さすがに「両陛下」などの敬称は使わない。「激戦地への訪問」と、天皇への最大限敬語は避けている。しかし、「天皇ご夫妻には頭が下がる」とは、「アベ政治を許さない」と揮毫したこの人の言とは思えない。

昨日(4月28日)の同欄掲載句が「もう二度と昔の日本にはならないで」というものだった。16歳の女子高校生の作。「昔の日本」とは、何よりも天皇が支配した日本である。国民に主権がなかったというだけでなく、天皇の御稜威のために臣民の犠牲が強いられた軍国日本ではないか。その天皇の時代に戻ってはならないとする句の翌日に、「天皇ご夫妻には頭が下がる」である。大きな違和感を禁じ得ない。

あらためて、東京新聞紙上で憲法前文に目を通してみる。すがすがしい気分。これが私たちの国の政治的な合意点であり、出発点であり、公理である。この前文4段のどこにも天皇は出てこない。出る幕はないというべきだろう。天皇に関わる用語は「詔勅」の一語のみ。「われら(国民)は、これ(民主主義)に反する一切の‥詔勅を排除する」という文脈でのこと。各段の冒頭の言葉は「国民」、国民が主語となる文章が連なっている。要するに、主権者国民が作った憲法の核心部分では天皇も天皇制も、出番はないのだ。

憲法は、戦争の原因を天皇制にあるとして、非戦の決意と一体のものとして国民主権原理を宣言した。歴史を学んで過ちを繰り返さないためには、天皇の責任を曖昧にしてはならない。にもかかわらず、戦後社会は天皇の責任追及を不徹底としたばかりか、天皇の責任を論ずることをタブーとさえしてきた。本日の東京新聞一面はそのことを象徴する紙面構成となっている。

国民主権原理に基づく日本国憲法をもつ我が国で、大新聞がわざわざ天皇の存在感を際立たせたり、持ち上げたりすべきではない。昭和の日、戦争の歴史を思い起こすべき日であればなおさらである。
(2016年4月29日)

那覇地裁「沖縄戦・国賠訴訟判決」の冷酷さには承服しかねる。

昨日(3月16日)那覇地裁(鈴木博裁判長)で「沖縄戦被害・謝罪及び国家賠償訴訟」の判決が言い渡された。請求棄却。沖縄戦で筆舌に尽くしがたい被害を受けたとして、住民とその遺族79人が、国を被告としてその責任を問い、被害に対する謝罪と慰謝料の賠償を求めた訴えはすべて斥けられた。空襲被害国家賠償訴訟も同様だが、原告となった被害者の無念の思いはいかばかりであろうか。

あらためて、国家とは何か、国家が引き起こす戦争という罪悪とは何か、国家は国民にいかなる責任を負っているのかなどを考えさせられる。

我が国のは、戦争の惨禍を再び繰り返してはならないという決意を原点として新たな国を作った。その戦争の惨禍が、具体的な被害実態として法廷に持ち込まれたのだ。この被害をもたらした国家の責任を問うために、である。この課題に司法は、正面から向き合っただろうか。

2014年3月に、高文研から「法廷で裁かれる日本の戦争責任」という大部な書籍が刊行されている。戦争の被害と国家の責任について法廷で争われた各事件について、担当弁護士のレポートを集大成したもの。大きく分類して、日本軍の加害行為によって対戦国の被害者が原告になっている事件と、日本人の戦争被害者が原告になって国家に被害救済を求めた事件がある。前者の典型が、従軍慰安婦・強制連行・住民虐殺・細菌兵器・毒ガス兵器・住民爆撃事件など。後者は、原爆投下・残留孤児・東京大空襲・大阪空襲訴訟・シベリア抑留訴訟などである。その編者が、瑞慶山茂君。私と同期で司法修習をともにした、沖縄出身の弁護士。今回の「沖縄国賠訴訟」の弁護団長でもある。

私は、たまたまこの書の書評を書く機会を得て、民間戦争被害者が被害の救済を得られぬままに放置されている不条理への瑞慶山君の並々ならぬ憤りと、国家の責任を明確にしようという訴訟への情熱を知った。判決には注目していたが、彼の無念の思いも察するに余りある。

日本人の戦争被害は、軍人・軍属としての被害と、民間人の被害とに分類される。いずれも、国家が主導した戦争被害として、国家が賠償でも補償でも、救済を講じるべき責任をもつはず。しかし、「軍人・軍属としての被害」に対する国の救済姿勢の手厚さと、民間人被害に対する冷淡さとには、雲泥の差がある。いや、「雲泥の差」などという形容ではとても足りない、差別的取り扱いとなっているのだ。

昨日(3月16日)付の弁護団・原告団声明のなかに、次の1節がある。
「被告国は、先の大戦の被害について恩給法・援護法を制定して、軍人軍属には総合計60兆円の補償を行ってきたが、一般民間戦争被害に対しては全く補償を行ってこなかった。沖縄戦の一般民間戦争被害については、その一部の一般民間人については戦闘参加者として戦後になって認定し補償を行ってきたが、約7万人の死者と数万人の後遺障害者に対しては謝罪も補償も行うことなく放置している。ここに軍人軍属との差別に加え、一般民間人の中にも差別が生じている(二重差別)。そこで、この放置された一般民間戦争被害者のうち79名が、人生最後の願いとして国の謝罪と補償を求めたのがこの訴訟である。
 にもかかわらず、那覇地方裁判所は原告らの切実な請求を棄却したのである。基本的人権救済の最後の砦であるべき裁判所が、司法の責務を放棄したものと言わざるを得ない。」

戦後の日本は、軍人軍属としての戦争被害には累積60兆円の補償をしながら、民間被害にはゼロなのである。「60兆円対0円」の対比をどう理解すればよいのだろうか。これを不合理と言わずして、何を不合理と言えるだろうか。

過日、福島第1原発事故の刑事責任に関して、3名の最高幹部が強制起訴となった。
「あれだけの甚大な事故を起こしておいて、誰も責任を取ろうとしないのはおかしいではないか。到底納得できない」という社会の常識がまずあって、しかる後にこの社会常識に応える法的構成や証拠の存在が吟味されたのだ。私は、このようなプロセスは真っ当なものと考える。

同じことを国家の戦争責任と民間被害救済についても考えたい。「あれだけの甚大な戦争被害を生じさせておいて、国家が責任を取ろうとしないのはおかしいではないか。到底納得できない」から出発しよう。

国家が違法な戦争をした責任のうえに、個人の戦争被害救済をさせるのに障害となる大きなものが二つある。一つは、日本国憲法によって国家賠償法ができる以前の常識的な法理として、「国家無答責」の原理があったこと。国家権力の行使に違法は考えられない。損害賠償などあり得ないということ。昨日の判決もこれを採用した。そもそも損害賠償の根拠となる法がないということなのだ。

そして、もう一つの壁が消滅時効の成立という抗弁である。仮に、戦争被害に損害賠償債務が生じたとしても、時効が完成していて70年前の被害についての法的責任の追及はできない、ということ。

この両者、「国家無答責の壁」と「時効の壁」を乗り越える法的構成として、「立法不作為」の違法が主張されている。軍人軍属への補償だけではなく、民間人の戦争被害についても救済しなければならないにもかかわらず、これを放置したことの違法である。

軍人軍属にばかり手厚く、民間に冷淡なこの不公平は、誰が見ても法の下の平等を定めた憲法14条に違反する、違法な差別というべきだろう。「人の命に尊い命とそうでない命があるのか。救済が不十分なのは憲法の平等原則に反する」というのが、原告側の切実な訴えである。不当な差別があったというだけでは、賠償請求の根拠にはならないが、立法不作為の違法の根拠には十分になり得る。

ところが、昨日の那覇地裁判決はこの、「60兆円対0円」差別を不合理ではないとしたのだ。「戦争被害者は多数に上り、誰に対して補償をするかは立法府に委ねられるべき。軍の指揮命令下で被害を受けた軍人らへの補償は不合理ではない」と判断したという。

もう一度、常識的感覚に従って、全体像を眺めてみよう。
「『軍官民共生共死の一体化』の方針の下、日本軍は住民を戦場へとかり出し、捕虜になることを許さなかった。陣地に使うからと住民をガマから追い出したり、スパイ容疑で虐殺したり、『集団自決(強制集団死)』に追い込むなど住民を守るという視点が決定的に欠けていたのである」「判決は「実際に戦地に赴いた」特殊性を軍人・軍属への補償の理由に挙げるが、沖縄では多くの住民が戦地体験を強いられたようなものだ。(沖縄タイムス3月17日社説)」

にもかかわらず、軍人軍属にあらざる民間人の救済は切り捨てられたのだ。血も涙もない冷酷な判決と言うしかなかろう。こんな司法で、裁判所でよいものだろうか。健全な社会常識を踏まえた「血の通った裁判所」であって欲しい。このような判決が続けば、裁判所は国民の信頼を失うことにならざるを得ない。
(2016年3月17日)

「靖國神社ってなんだ」「これだ」

正月。いくつかの機関誌の新年号に目を通した。目を通したなかでは、靖國神社の広報誌「靖國(やすくに)」(全24頁)が最も興味深いものだった。

私は、靖國を語るときには襟を正さねばならない、と思っている。ことは国民皆兵の時代の夥しい兵士の戦死をどう受け止めるべきかという厳粛なテーマである。240万人の非業の死があり、その一人一人の死者につながる家族や友人の、故人を悼む気持ちが痛いほどよくわかるからだ。

だが、その襟を正さねばならないとする厳粛な気持ち故に靖國神社批判を躊躇してはならないとも考えている。むしろ、戦死者につながる家族や友人の故人を悼む純粋な気持を、靖國神社に利用させてはならない、という思いが強い。「靖國」新年号は、その私の思いを固めるものとなっている。

靖國神社とは、天皇制と軍国主義と神道との奇妙な結合体である。それは国民の宗教感情を利用するものてはあるが、むしろ宗教のかたちを借りて国家が作り出した人為的な疑似宗教施設であり、イデオロギー体系である。国民心理操作システムと言ってもよい。

国家は、靖國神社という宗教的軍事施設を創設して、戦没兵士の死と魂を国家が独占して管理するシステムを確立した。その目的は戦没者を悼む国民の心情を国家の側に取り込むことにある。こうすることによって、戦争や戦争を推進した天皇制を美化し、戦争や天皇制批判を封じ込めることが可能だったのだ。

英霊を取り込んだ側であればこそ、「英霊を傷つけるな」「英霊を侮辱するな」「そんな弱腰では英霊が泣いているぞ」という台詞を吐くことができる。違法な戦争も、無謀な戦争も、「英霊」を傷つけるものとして批判を躊躇せざるを得なくなる。

私はかつてこう書いたことがある。
「靖國は、一見遺族の心情に寄り添っているかのように見える。死者を英霊と讃え、神として祀るのである。遺族としては、ありがたくないはずはない。こうして靖國は遺族の悲しみと怒りとを慰藉し、その悲しみや怒りの方向をコントロールする。
 しかし、あの戦争では、「君のため国のため」に命を投げ出すことを強いられた。神国日本が負けるはずのない聖戦とされた。暴支膺懲と言われ、鬼畜米英との闘いとされたではないか。国民を欺して戦争を起こし、戦争に駆りたてた、国の責任、天皇への怨みを遺族の誰もが語ってもよいのだ。
 靖國は、そうはさせないための遺族心情コントロール装置としての役割を担っている。死者を英霊と美称し、神として祀るとき、遺族の怒りは、戦争の断罪や、皇軍の戦争責任追及から逸らされてしまう。合祀と国家補償とが結びつく仕掛けはさらに巧妙だ。戦争を起こした者、国民を操った者の責任追求は視野から消えていく。」

「靖國」新年号は、この私の考えが、誤りでも誇張でもないことを裏付けている。いまだに、靖國神社と戦争とは強固に結びついている。靖國神社側がそのことを隠そうともしていないのだ。

新年号で注目すべきは、「やすくに活世塾」なる講座の紹介である。靖國神社そのものの思想としての記事の掲載ではないが、日の丸を背景とした講演者の写真入りでの新年号への掲載である。靖國神社が親和性をもっている思想の紹介と理解するよりほかはない。

「やすくに活世塾」で講演したのは、日本政策研究センター代表という肩書きを有する伊藤哲夫なる人物。講演内容は以下のとおり。

今回議論になった平和安保法案は常識的な内容であったが、世間では七十年代の安保闘争の思想を持つ空想的平和主義者による偏った考えがマスコミにより大きく取り上げられた。
現実に則さない平和主義は戦後日本にのみ蔓延ったのではなく、実はヨーロッパが第一次大戦後から第二次大戦までの間かぶれていた。第一次大戦の敗戦で国力の弱まったドイツにおいて大ドイツ構想を掲げて台頭したヒトラーは再軍備と徴兵制を行ったが、平和主義を唱えるイギリス、フランスは抑止力を持たない非難決議を出すに留まったため、ドイツのラインラント進駐やオーストリア併合を許してしまった。さらにはドイツの脅威を恐れたイギリス首相がチェコ大統領に圧力を掛けチェコスロバキアの一部をドイツに割譲させることで収めようとミュンヘン会議を開いたが、それが逆にドイツの勢いを増大させ、ポーランド侵略を開始、結果として第二次世界大戦へ突入した。このことをチヤーチルは、ドイツには勝利したものの、平和主義を掲げておきながら戦争をもたらしてしまった勝者の愚行であったと断じている。日本はこのような過去の【平和主義歴史】から学ばねばならない。
現在の中国の軍事進出は大ドイツ構想を掲げて進出したヒトラーと同じであり、宥和政策は通じない。憲法第九条は戦争をしない国と掲げているが、軍備を整え、他国の戦争をさせない国にならなければならない、と述べるとともに、日本人は歴史を鑑として物事を考える力をつけなければならない。

「靖國派」という言葉は、むべなるかな。靖國神社とは、このような講演会を主催してこのようなイデオローグを招いてしゃべらせ、機関誌で紹介する「宗教団体」なのだ。けっして戦没将兵をひたすらに追悼あるいは慰霊するにとどまらない。「平和主義は危険」。「憲法9条を遵守していてはならない」。「軍備を整え、他国の侵略戦争をさせない国にならなければならない」ことを喧伝しようというのだ。

また、同新年号は2面を割いて言論人からの寄稿を掲載している。東京新聞でも、毎日・朝日でも、読売ですらない。靖國神社は、産経の論説委員を選んで、寄稿を求めているのだ。産経は9条改憲に積極的で、戦争法に賛成の立場を明確にし、中国を危険視することで知られた存在。靖國神社と産経、よく似合うではないか。

「渡部裕明・産経新聞論説委員」の、「『父祖の歴史』を知ることから」と題する文章が掲載されている。

この人、祖父はシベリア出兵従軍の経歴を持ち日中戦争に応召して戦死。父親は職業軍人として「戦死こそ免れたものの、幼少時からの『人生の目的』を奪われた内面の傷は深」かった、という家系。その上で、次のように述べている。

これが、わが「ファミリーヒストリー」である。一家が戦争でこうむった被害はやはり甚大だと言わねばなるまい。だが、祖母も父親も、苫難の連続ではあったが、この国を恨んだり、だれかの責任を問うた形跡はない。父親が進んで軍人の道を選んだ以上、「意に反して兵士とされた」と、国家を弾劾するわけにもいかなかったのだ。

マイルドな言い方だが、戦争を推進した「この国」や「誰か」を免罪する論の展開である。シベリア出兵にも日中戦争にも、そして太平洋戦争にも、国としての責任を問題とする姿勢は皆無である。わざわざ「この地上から戦争がなくなるとはとても思えない」とまで書いているのだ。

また、同論説委員氏の結論めいた一節は以下のとおりである。
戦争は悲惨なもの」と訴え、それを表明する会合やデモに参加するのも一つの行動だとは思う。しかしまずは、白分たちの父祖が戦争の時代に何を考え、どう生きたかを知るところから始めるべきではないか。主義主張やイデオロギーにとらわれない「実感できる歴史」は、そこで見つかるはずだ。

おやおや、「戦争は悲惨なもの」という考え方は、主義主張やイデオロギーにとらわれた、実感できる歴史観ではないというのだ。だから、「戦争は悲惨なもの」と訴え表明する会合やデモに参加することは勧められない。白分たちの父祖が戦争の時代に何を考え、どう生きたかを知ることだけが勧められる。そして、その先で何をなすべきかは語られない。ここにも、靖國のイデオロギーが振りまかれているのだ。

日本の戦争を語るとき、靖國を避けることはできない。靖國を語るとき、過去の靖國だけでなく、現在の靖國の批判を避けて通ることができない。わけても、今、戦争法によって日本が海外で戦争をできる国となりつつあるのだ。70年間なかった、戦争による死者が確実に出て来ようとしている。国家による戦死の意味づけや、死者の魂の管理は過去の問題ではなく現在の問題となっている。

当ブログでは、今年も、政教分離・靖國神社問題に真っ当な批判を続けていこうと思う。(2016年1月2日)

新宗教新聞1面に「安保法案 強行採決に反対、抗議」の記事(4面に「DHCスラップ訴訟」も)

いつものように、新宗教新聞(2015年9月25日号)が届いた。紙面に目をやって、多少の驚きと感動を禁じ得ない。

第1面が、「安保法案 強行採決に反対、抗議」の大見出しの記事と、「新宗連声明『立憲主義 根底から揺るがす』」という「安全保障関連法案の参議院強行採決に対する声明」の紹介・解説で埋めつくされている。

新宗連は、政教分離問題でこそ政治と関わらざるを得ないが、それ以外のテーマでは政治色を押さえた姿勢だったはず。その主張は、どちらかと言えば革新色であるよりは保守色が濃厚との印象だった。ただ、命を大切にする宗教者の立場から平和や人権問題に真面目に取り組んでいるという姿勢を好しく見ていた。

その新宗連が、第1面のほぼ全部を、安保法案強行採決に抗議の記事にした。その大要は以下のとおり。
「安全保障関連法案が9月17日午後の参議院平和安全法制特別委員会、翌18日の本会議で与党ほか賛成多数で可決された。新宗連は19日、保積秀胤理事長名で『安全保障関連法案の参議院強行採決に対する声明』を発表。採決を『わが国の最高法規である日本国憲法の規範性を毀損するもの』と憂慮し、立憲主義の危機を訴えた。今回の参議院採決に前後して、宗教界から反対声明が相次いで発表された。
 立正佼成会は9月19日、『安全保障関連法案可決に対する緊急声明』を発表。冒頭で『多くの国民が本法案に反対するなかでの強行採決は、誠に遺憾』と述べ、政府に対していかなる外交問題にも『安全保障関連法で容認された武力行使を回避し、対話による信頼醸成に基づく平和的解決に向けて、最大限の努力をするよう強く要望いたします』と訴えた。
 このほか、宗教界からの安保法案及び強行採決に対する抗議声明・見解は17日に日本バプテスト連盟理事会が、18日に日本福音ルーテル教社会委員会が発表。また、19日には真宗大谷派(東本願寺)が里雄康意宗務総長名で、日本カトリック正義と平和協議会は勝谷太治会長名で発表した。」

8月30日の総がかり国会包囲大行動の模様を伝える記事の中に、「メーンステージの国会正門前には『南無妙法蓮華経』と『南無阿弥陀仏』ののぼり、創価学会の三色旗もはためき、僧侶や創価学会員が一般参加者とともにシュプレヒコールを繰り返した。…『宗教者九条の和』を代表し宮城泰年聖護院門跡が法案反対を訴えた」とある。

新宗連の「安全保障関連法案の参議院強行採決に対する声明」を紹介しておきたい。
「新日本宗教団体連合会は、日本の行方に大きな影響をもたらす安全保障関連法案が、参議院特別委員会で強行採決され成立したことに対し、わが国の最高法規である日本国憲法の規範性を毀損するものと深く憂慮いたします。国民主権を定める憲法のもと、正規の憲法改正手続きを経ず、政府による『解釈改憲』によって国の基本政策を大きく変えることは、わが国の立憲主義を根底から揺るがすものといわざるを得ません。
 同法案については、多くの憲法学者から『憲法違反』となることが指摘され、また、内閣法制局長官経験者からも『憲法違反』との指摘がなされました。しかし、国会審議では国民が納得する説明がなされず、さらに審議の結果、法文の定義、解釈が不明確であることが判明するなど、数々の問題を有していることが明らかになりました。こうしたなかで『良識の府』、参議院においても採決が強行されたことは、与野党による広範な議論と合意によって成案を得る議会制民主主義を破壊するものであります。
 政府及びすべての国会議員に対して、戦後、わが国が培ってきた自由と民主主義、それを支える立憲主義が政府の『解釈改憲』によって二度と損なわれることがないよう、重ねて強く訴えるものであります。
       平成27年9月19日
         新日本宗教団体連合会
          理事長 保積 秀胤」

真面目に社会と関わろうする姿勢を持ち、真面目にものごとを考えようとする集団は、必然的にこのような政権批判の声明を出すことになるのだ。かつては、「真面目な集団=反自民」ではなかった。しかし今や、宗教団体でも平和団体でも、女性団体でも消費者団体でも、「真面目な集団=反安倍政権」の図式が確立していると考えざるをえない。新宗連がそのよい実例ではないか。願わくは、この姿勢をぜひ来年夏の参院選挙まで持続して、安倍政権の追い落としに力を貸していただきたい。
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同じ、新宗教新聞の4面に私の名前が出ていた。
9月11日の全国霊感商法対策全国弁連(事務局長・山口広弁護士)全国集会の紹介記事。スラップ訴訟ミニシンポでの私の発言が次のような記事になっている。
「澤藤統一郎弁護士は、健康食品会社DHCが渡辺喜美・みんなの等代表(当時)に8億円を貸し付けたことをブログで批判。現在、同社から損害賠償を求める提訴を受け、係争中であることを説明した。スラップ訴訟の対応策に、『萎縮しないこと、却下を求めること、反訴を認容させること』などを挙げ、言論の自由を奪うスラップ訴訟を抑える立法に向かうべきと方針を示した」

私は、スラップ訴訟という言葉を社会に浸透させたいと思っている。そして、スラップを恥ずべき行為であり、訴訟の原告を恥ずべき人物・企業と指弾する世論をつくりたいとも願っている。その恥ずべきスラップの常連企業としてDHCの名が、至るところで話題となることを熱烈に歓迎する。新宗教新聞には、感謝を申しあげたい。

が、この記事だけだとややインパクトを欠く。DHC・吉田嘉明からの損害賠償請求額が6000万円だと具体的な金額を挙げていただけたら、もう少し世間に注目したいただける記事になったのではなかろうか。また、「係争中」はそのとおりだが、原告(DHC・吉田)全面敗訴の一審判決が既に出ていることも、DHCは同種他事件でも敗訴続きであることなども書いて欲しいところではあった。ここまで、書いていただけたら、被告にされた私の気持ちも晴れやかになるのだが。
(2015年9月28日・連続911回)

戦争を回顧するだけでなく、再びの戦争を止めよう ー 8月30日の大行動に参加を呼びかける

靖国神社にほど近い九段の一角、九段会館(昔は軍人会館)に隣接して、「昭和館」がある。日本遺族会から「戦没者遺児記念館(仮称)」として建設の要請があり、「戦没者追悼平和祈念館(仮称)」として厚生省(当時)が予算をつけ、2008年に現施設名で竣工した国立博物館である。

「主に戦没者遺族をはじめとする国民が経験した戦中・戦後の国民生活上の労苦についての歴史的資料・情報を収集、保存、展示し、後世代の人々にその労苦を知る機会を提供する施設」だという。やや分かりにくいコンセプトだが、館の運営は日本遺族会に委託されている。当然のこととして宗教色はない。戦争賛美ではありえないが、近隣諸国への加害責任の観点はほとんどない。

その昭和館がこの夏、「昭和20年という年~空襲、終戦、そして復興へ~」と題する特別企画展を開催している。8月30日までということなので、今日足を運んでみた。そして、今日は閑散とした靖国神社にも立ち寄った。

企画展の趣旨はこういうもの。
「昭和20(1945)年初頭より、日本各地では本格化した空襲により被害は拡大し、4月に米軍の沖縄本島上陸、8月6日には広島、9日には長崎に原子爆弾が投下されました。そして8月15日の「玉音放送」により、国民は戦争が終わったことをはじめて知らされました。終戦直後の国内は混乱を極め、人びとは戦時中とは異なる労苦を体験しながら、復興への第一歩を踏み出していきます。
戦後70年を迎えた今年、本展では激動の昭和20年を「空襲にさらされる日本(1月~8月)」「終戦8月15日」「混乱の中からの出発(9月~12月)」の3つの時期に分け、国内の様子を実物資料の展示を中心に紹介します。」

入場無料だから文句も言えないが、見るべきもののある企画展ではなかった。わざわざ足を運ぶほどのものではない。それでも、遊就館に行って感じる好戦的な不愉快な雰囲気はない。

「終戦8月15日」のブースでは、「玉音放送」が繰り返されていた。私は、あのおかしな抑揚の朗読を聞いていると限りなく不快になる。生理的に受け付けないのだ。その部屋で、たまたま同年代の男性から声をかけられた。「この玉音放送の文章はよくできていますね。たいしたものですね」という。これがきっかけで、意見交換となった。

「おやそうですか。私はちっとも出来がよいとは思いませんね」「この人、国民に謝らない。『なんじ臣民、朕が意を体せよ』って、えっらそうな口をきいて。信じられない神経ですね」「『天皇陛下のために』と何百万人もが命を落としていることをどう考えているんだか、その責任を自覚している口ぶりではありませんね」「このひと大元帥でしょう。敗軍の将ではないですか。古来敗軍の総大将は腹を切るのが、日本の美学でしょうが」「『私は腹を切る』とでも約束すれば、『さすが潔い』となったかも知れない。ところが、自分の責任はまったく棚上げして、責任は部下に押しつけて刑死させた」「自分は生きながらえて恥ずかしいとは生涯言わなかった人でしょう」

相手の男性は、怒らずに耳を傾けた。で、述べたのは「でも、時代が時代だからしょうがなかった」「戦前の人々は天皇を崇拝していたのですから」。

「そう、多くの人が洗脳されていたのですよね。オウム真理教が世間を騒がせたのは、『たとえ人殺しでも、尊師の命令に従うことが正しいことだ』、そんなふうに若者たちが洗脳されたことでした。『天皇のために戦え、天皇のために中国人や鬼畜米英を殺せ。勇敢に闘って死ね』。こんな風に洗脳した組織の最高責任者が、自らは責任をとろうとしなかった」

「いや、マッカーサーが天皇と会って、人格的に傾倒したのではないですか」

「私はそうは思いません。アメリカは終戦以前から、占領政策の中に天皇制を温存して天皇を利用することを考えていた」「天皇は部下を見殺しにして戦犯とし、自らはマッカーサーにへつらって生き延びた、そう言われてしかるべきではないですか」

この人柄のよい男性は、無理に反論はしなかった。「まあね。兵が死ぬ間際には『天皇陛下バンザイ』と言ったというのは建前で、本当はみんな『お母さん』と言ったそうですからね」と相槌を打ってくれた。これで、会話はおしまい。

さして多くはない展示品の中に、1945年1月の作品だという小学校5年生の女児の書があった。展示品目録には「習字」とされていたが、驚くべき達筆。
精魂込めて書かれたであろうその文字は、
 「大東亜共栄の平和」
というもの。

これを見て、寒気がした。この子は、本気になって、日本は「平和のため」に戦争をしていると思っていたに違いない。神国と教えられた日本が、神なる天皇が統率したもう皇軍が、侵略したり、略奪したり、民家を焼いたり、強姦したりすることなどおよそ思い及ぶことではなかった。従軍慰安婦の存在など、夢にも知らなかったに違いない。

今また、「積極的平和」の美名で戦争が準備されつつある。戦後70年のいま、なすべきことは、あの1931年から始まった戦争を思い起こし、見つめ直し、絶対に繰り返さないことだ。「絶対に戦争の惨禍を繰り返さない」は、抽象的なスローガンではない。目の前の、戦争法案を廃案に追い込むことでなくてはならない。

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だから明後日、8月30日の「戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8・30国会10万人・全国100万人大行動」『全国を戦争法反対の声で埋め尽くそう!』に総結集しよう。

東京で10万人、全国で100万人の総行動をぜひとも成功させよう。この集会が、その後の情勢を決める。メディアを覚醒させ、国会に活を入れることにもなる。そして、国民の手で憲法を守ることにつながる。

大行動の案内は実行委員会の下記URLをご覧いただきたい。
  http://sogakari.com/
  http://sogakari.com/?p=633
  http://sogakari.com/?p=732
8月30日(日)14:00~ 場所:国会議事堂周辺
戦争法案廃案!安倍政権退陣!8・30国会10万人・全国100万人大行動

 平和を大切に思うきみに、
 憲法を大切に思うあなたに、呼びかけたい。
 普段は忙しくて集会にもデモにも疎遠なきみも、
 この日だけは、国会の周辺に出かけよう。
 たった一人でも、とりあえずは出かけて10万人の輪の中にはいろう。
 全国それぞれの地域で行われる集会に参加しよう。

 そして、
 「戦争法案を廃案にせよ!」
 「センソウホウアン、イマスグハイアン!」
 「安倍内閣は退陣せよ!」
 「アベナイカクワ イマスグタイジン!」
 と声を上げよう。

 私たちのその声が集まって
 平和を創ることになる、
 憲法を擁護することになる。
 
 平和と憲法を守るのは、
 ひとひとりのきみであり、
 あなたであり、私であり、
 ほかならぬ私たち自身なのだ。
(2015年8月28日) 

「首相の談話」も「安倍の談話」もいらない。「国民の良識の声」を上げよう。

「富士の白雪」「荒城の夜半の月」と使われる「の」は、連体の格助詞として所有や所属の関係性を表すと説明される。
  ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲
と詠われれば、その美しさが引き立って、「の」も本望であろう。これに反して、「違憲の法案」「首相の野次」「こけの一念」「バカの一つ覚え」という最近の使われ方では、「の」が泣いている。

言葉は生き物である。この「の」が時に、思いもかけない役割を演じる。かつて、紀元節を「建国記念日」として復活しようという目論見が難航したとき、反対派国民を宥めるために「の」が動員された。「建国記念の日」として祝日になったのはご存じのとおり。漢語と漢語の間にはさまった「の」は、両漢語の一体感や連結度を緩和する働きをもつようである。ごつごつとした語感を、若干なりともマイルドにもする。

いままた、安倍首相は、この「の」働きに期待し利用しようとしていると伝えられる。戦後70年の「首相談話」を「首相の談話」にしようというのだ。

本日(6月25日)の毎日新聞トップ記事に次の一節がある。
内閣総務官室によると、「首相談話」には閣議決定が必要だが、「首相の談話」は首相の決裁で出すことができる。首相が13年末に靖国神社を参拝した際に出したのは「首相の談話」だった。政府関係者は「党や役所が嫌がっていると『首相の談話』になる。障害がなければ『の』が取れる」と解説する。

「首相談話」と「首相の談話」。ちょっと似てるが大きく違うというのだ。国民には何とも分からない情けない話。96条先行改憲から始まって、官邸人事による内閣法制局長官の首のすげ替え、そして集団的自衛権行使容認を認める解釈改憲まで、安倍晋三のやることなすことすべてが姑息極まるというほかはない。もっとも、姑息な「首相の談話」発表は、「首相談話」発表に政権内部の異論があることの自認だと明らかになった。さあ、勇躍「首相談話」とするか、それともひっそり「首相の談話」しか出せないと割り切るか。「安倍の思案のしどころ」だ。「国民の反対の声の大きさの読み方の如何」にかかってもいる。

同じ毎日の記事の見出しは、「戦後70年談話:首相、前倒しで独自色 過去の談話に縛られず」というもの。当然に8月15日に発表と誰もが思っていた談話の時期を、8月上旬に前倒しするという。そして、内容に「安倍カラーの独自色」を出したいというのだ。「内容のフリーハンドを確保しようという思惑が透ける」「8月15日には政府主催の全国戦没者追悼式が東京都内で開かれ、首相が式辞を述べる。首相官邸関係者は、この日と70年談話の発表が重なることを懸念した」「閣議決定をしないことで、首相自身の歴史観を談話に反映する判断をしたものとみられる」とも報じられている。

首相がこだわる安倍カラーとは国防色のことだ。軍服の色、軍靴の色、銃の色、火薬の色、砲弾の色、戦車の色である。もしかしたら、どす黒い血の色も交じっている。沖縄慰霊の日の行事では「帰れ」コールを浴び、沖縄戦で肉親を失った82歳の県民から「戦争屋は出て行け」と怒声を浴びせられた(琉球新報など)安倍晋三ではないか。今の世に安倍カラーを押し出せば、当然のことながら歴史修正主義談話とならざるを得ない。

「首相(の)談話」も、「安倍(の)談話」も要らない。安倍晋三に勝手なことを言わせておいてはならない。これを批判し、これに対抗して、「戦後70年 国民の良識の声」をこそ上げようではないか。

曇りのない目で過去を見つめ、我が国がおかした植民地政策と侵略戦争の過ちを率直に認めるところからしか、アジアの諸国民との揺るぎない友好関係を築くことはできない。そのような声を上げる場を緊急に作ろう。今年の8月15日までに。
(2015年6月25日)

メルケルの爪の垢を煎じて、安倍晋三に飲ませたら…

第2次大戦の敗戦から70周年。この事情は日本もドイツも変わらない。そのドイツでは、ナチス・ドイツ降伏の5月8日を目前にして、メルケル首相の活発な動きが注目されている。

5月2日、メルケルは国民に歴史と向き合うよう呼びかける映像メッセージを政府ホームページに公開した。「『歴史に終止符はない。我々ドイツ人は特に、ナチス時代に行われたことを知り、注意深く敏感に対応する責任がある』と訴えている」「ドイツ国内のユダヤ系の施設を警官が警備している現状を『恥だ』とし、『意見を異にする人々が攻撃されるのは間違っている』と指摘。学校や社会でも歴史の知識を広めていくことの重要性を強調した」(朝日)という。このビデオでは、「独国内で戦争責任に対する意識が希薄になっていることについて『歴史に終止符はない』と強い口調で警告。『ドイツ人はナチ時代に引き起こした出来事に真摯に向き合う特別な責任がある』と述べ、戦後70年を一つの『終止符』とする考えを戒めた」「人種差別や迫害は『二度と起こしてはならない』と訴えた(毎日)とも報じられている。

また、メルケルは3日、4万人以上が犠牲となった独南部のダッハウ強制収容所の解放70年式典で演説し、「『我々の社会には差別や迫害、反ユダヤ主義の居場所があってはならず、そのためにあらゆる法的手段で闘い続ける』と述べ、ナチス時代の記憶を世代を超えて受け継ぐ重要性を訴えた」「式典には、収容所の生存者約130人や解放に立ち会った元米兵6人も参加。メルケル氏は『収容所の経験者が、まだ自らの経験を語ってくれるのは幸運なことだ』と述べた(毎日)。「ナチスがこの収容所で犠牲者に与えた底知れない恐怖を、我々は犠牲者のため、我々のため、そして将来の世代のために、決して忘れない」と語ってもいる(朝日)。

同所の演説では、「『われわれは、皆、ナチスのすべての犠牲者に対する責任を負っている。これを繰り返し自覚することは、国民に課せられた義務だ』と述べ、一部の若者らにみられる反ユダヤ主義や、極右勢力による中東出身者を狙った犯罪に強い懸念を示しました」(NHK)、「昨年起きたベルギーのユダヤ博物館のテロ事件などを例に、今もユダヤ人への憎しみが存在すると指摘。『決して目を閉じてはならない』と呼び掛けた(共同)」とも報じられている。

さらに、メルケルは、自身が10日にモスクワを訪れ、ロシアのプーチン大統領と無名戦士の墓に献花する。「ウクライナ危機でロシアと対立していても『第2次大戦の多数の犠牲者を追悼することは重要だ』と理解を求めた」(朝日)という。

世に、尊敬される指導者、敬服に値する政治というものはあるものだ、と感服するしかない。安倍晋三に、メルケルの爪の垢を煎じて飲ませたい。そうすれば、次のことくらいは言えるようになるのではないか。

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某日、安倍晋三は、こう語った。
「歴史に終止符はない。我々日本人は、過去天皇制政府がおこなった近隣諸国民に対する蛮行について、敗戦時意図的に隠滅し隠蔽された証拠を誠実に探し出して、よく見極め注意深く敏感に対応する責任がある。学校でも、社会でも過去の日本人がした行為について、歴史の知識を広めていくことの重要性は最大限に強調されなければならない」
「われわれは、皆、私たちの国がした蛮行のすべての犠牲者に対する責任を負っている。これを繰り返し自覚することは、日本国民に課せられた義務にほかならない」
「現在なお、歴史修正主義が横行し、被害者からの抗議の声やそれを伝える報道を『捏造』と切り捨て、あまつさえ排外主義の極みとしてのヘイトスピーチが野放しとなっている現状を大いに恥辱だと認識しなければならない」
「日本人は、旧天皇制の時代に引き起こした、侵略戦争と植民地支配に真摯に向き合う特別な責任がある。これまで、その責任に真摯に向き合って来なかったことに鑑みれば、戦後70年を一つの終止符として、『もうそろそろこの辺で謝罪は済んだのではないか』『いつまで謝れというのだ』『これからは未来志向で』などという被害者の感情を無視した無礼で無神経な発言は厳に慎まなければならない」
「人種差別や民族迫害は、絶対に再び犯してはならない。我々の社会には差別や迫害、他国への威嚇や武力行使があってはならず、そのような邪悪な意図の撲滅のために、あらゆる法的手段で闘い続ける覚悟をもたねばならない」
「天皇制政府と皇軍が被侵略国や植民地の民衆に与えた底知れない恐怖を、我々は今は声を発することのできない犠牲者のためだけでなく、我々自身のために、そして将来の世代のためにも、決して忘れてはならない」
「脱却すべきは戦後レジームからではなく、非道な旧天皇制のアンシャンレジームの残滓からである」「取り戻すべき日本とは、国民主権と人権と平和を大原則とする日本国憲法の理念に忠実な日本のことでなければならない」
「厳粛に宣言する。われわれは、日本と日本国民の名誉にかけて、決して過去に目を閉じることなく誠実にその責任に向かい合うことを誓う」

こうすれば、日本は近隣諸国からの脅威と認識されることなく、真の友好関係を築いてアジアの主要国として繁栄していくことができるだろう。もちろん、戦争法の整備による戦争準備は不要になろう。

ところで、国民はそれにふさわしい政府や政治家をもつ、という。ドイツはワイツゼッカーやメルケルの政府をもった。日本は、安倍や橋下のレベルの政府や政治家しか持てない。このレベルが、日本国民にふさわしいということなのだろうか。私も、恥の文化に生きる日本人の一人である。まったくお恥ずかしい限り。
(2015年5月5日)

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