澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

野党共闘の成立をもって、「厚い土着の人びとの壁」を突き崩さねばならない。

さて、今日はクイズである。
ある識者が、政治と運動の情勢について、次のとおりの発言をしているという。この発言をお読みになって、発言の主が誰だか当てていただきたい。
この問題の正解者はたいへんな知恵者だ。尊敬に値する。このクイズの出題者は、さらに高い知性の持ち主。もちろん私ではない。憲法学者の横田耕一である。

「強行採決をめぐって、これだけ広範な層からこれだけの批判が高まっているのに、何故、政府与党は馬の耳に念仏の態度で押し通そうとするのでしょうか。…むろんそこには種々の背景があります。しかし根本の由来はここ数年来の政府の相つぐ憲法じゅうりんのやり方を私達国民が結局のところ黙って見過ごして来たところにあると私は考えます。一たび既成事実をさえ作ってしまえば、一時は世論がわきたっても、やがては権力の無理押しが通って行くという事態がこれまでに重なってきたからこそ、ああいう議会政治の常識では考えられないやり方をして政府は平然としているのです。権力はもし欲すれば何事でも強行してそれに法の衣をかぶせることができるということになれば、それは民主主義の基本原則の破壊にほかなりません。私たち国民は今こそこうしたやり方にストップをかけなければ、人民主権も、したがって私たちの幸福追求の権利も、政府の万能の権力の前に否定される結果になるでしょう…。政府の権力濫用にたいして憲法や法律は本当に歯どめとして効いているのかいないのか、私たち主権者としての国民がそうした権力の歯どめとして憲法を生かす力をもっているのかいないのか、それがいままさに試されようとしております。これが現在の根本の問題点です。」

多くの人が、昨年9月の戦争法の強行採決を思い浮かべたはず。この発言の時期は、まさしく今であろう。樋口陽一さんの発言ではないか、あるいは中野晃一さんかと思った人が多かったのではないか。残念、みんなハズレだ。

正解は丸山眞男なのだという。60年安保闘争のさなか、「民主主義をまもる音楽家の集いへのアピール」として書かれた一文だそうだ。多分正解者はいないだろう。
私も、まさかこの一文が、半世紀前の60年安保の際の運動体への語りかけとは思わなかった。いまとなんとよく似た状況での、よく似た問題提起ではないか。

本日郵送された「月刊 靖国・天皇問題情報センター通信」(通算510号)の巻頭言「偏見録」として横田が書いた論文である。題して「既視感(デジャビュー)」。

横田は、上記丸山の論説を引いて、「60安保闘争は『狭義の安保闘争』ではなかった。」という。むしろ、「強行採決を境に、『安保に賛成の者も、反対の者も』含めた、『国会解散・岸を倒せ!』をスローガンとする『民主主義を守れ!』で、運動は飛躍的に拡大した」という。このことは、「『安保法制』強行採決に9条改正論者も含めて『立憲主義を守れ!』で反対している状況に似ていはしないか。」という。これが、表題を「既視感」としている所以だ。

さらに問題は、この先にある。
「60年安保の盛り上がった運動も、6月19日の『自然承認』によってほとんど終息し、学生たちが行なった『帰郷運動』は厚い土着の人びとの壁に跳ね返された」そして、「12月の衆院選挙では296議席を獲得して自民党が大勝した」と指摘する。さて、いまはどうだろうか。

横田の現状の見方は次のようなものだ。
「各地で運動は継続されているものの、残念ながら一時期の熱気は冷めつつあり、諸調査機関が示す安倍内閣の支持率は、世論調査のはらむ欠陥を認めても、低下しないばかりか増加傾向すら示しており、自民党の支持率は他党を圧倒している。選挙では、「立憲主義・安保法制」のみが争点にならないことも加味すれば、今夏の参院選挙(衆参同日選挙?)で、与党に打撃を与えることはかなり困難であり、60年末の衆院選挙の敗北が目にちらつく。」

シビアな現状認識である。60年には高揚した運動は「厚い土着の人びとの壁」に跳ね返された。いま、同じことが繰り返されはしないか。そのような無力感や敗北感に陥って「60年」の二の舞に陥ってはならない、と警告されている。しかし、たどうすればよいのか、簡単に答が見つかる問題ではない。

60年の丸山の言葉を振り返ってみよう。
「ここ数年来の政府の相つぐ憲法じゅうりんのやり方を私達国民が結局のところ黙って見過ごして来た」「私たち主権者としての国民がそうした権力の歯どめとして憲法を生かす力をもっているのかいないのか、それがいままさに試されようとしている」。これが、当時の運動の前に立ちはだかった壁だ。「主権者としての力量(不足)の壁」である。そして、今、当時と同様の立ち向かうべき壁があり、乗り越えなければならない壁となっている。

横田はいう。「この壁を崩さない限り個々の運動は実を結ばないように思われる」。この壁とは、かつて帰郷運動の学生たちをはね返した「厚い土着の人びとの壁」と等質のもの。

おそらくは、運動が後押ししての野党共闘の成立こそが、「この壁を突き崩す」唯一の切り札である。それなくしては、再び厚い土着の壁に阻まれてしまうことになる。まさしく、「既視感(デジャビュー)」である。
(2016年3月13日)

「AGAINST WAR LAW」「GO VOTE」

高等学校生徒諸君
プラカードを高く掲げて街頭に躍り出た諸君よ
 AGAINST WAR LAW
 GO VOTE 

諸君こそは
颯爽たる未来圏から吹いて来る
透明で清潔な風そのものだ

諸君はこの時代に強ひられ率いられて
奴隷のやうに忍従することを拒絶した

自らの手で
自由と平等と平和な未来を築こうと
声を上げた
 AGAINST WAR LAW
 GO VOTE 

今日までの歴史を論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
社会の不合理と不平等とは
意識的に温存されてきた
これを打ち砕こうとする心ある人々の
力や行動はいまだに足りない。

むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ
 AGAINST WAR LAW
 GO VOTE 

諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ

宙宇は絶えずわれらによって変化する
時機を失してはならない
 もう少し様子を見てから
 経験を積んでから
そんなことを言ってゐるひまがあるか
さあ、われわれは一つになって
 AGAINST WAR LAW
 GO VOTE 

新たな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ
 
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て

衝動のやうにさへ行われる
すべての労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
芸術の域にまで高めよ

新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ
 AGAINST WAR LAW
 GO VOTE 

潮や風、歴史や科学、知と友愛と……
あらゆる価値あるものを用ひ尽くして
諸君は新たな世界を形成するのに努めねばならぬ

戦争法廃止の声を上げつつある若者よ
 君たちの目の前に、
 君たちの受け継ごうとしているこの世の現実がある。
 富を持つ者が支配者となり、
 権力を持つ者が富を持つ者に奉仕するこの社会。
 不本意ながら、これが現世代の君たちへの遺産だ。

 富を持つ者はさらに収奪をくわだて
 権力を握る者は、持たざる者の抵抗を押さえつける。
 富める者、力ある者に、正義も理想もない。

巨きなる理想もて、卑小なる現実を拒否せよ
ああ諸君こそはいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じつつあるのだ  
 AGAINST WAR LAW
 GO VOTE 
(2016年2月22日)

水島朝穂「直言」が語る「メディア腐食の構造―首相と飯食う人々」

水島朝穂さんのメルマガ「直言」は、胸のすくような鋭い切れ味に貴重な情報が満載。教えられることが多い。
  http://www.asaho.com/jpn/index.html

その最近号は、明日(2016年1月11日)付の「メディア腐食の構造―首相と飯食う人々」というタイトル。ジャーナリストたる者が、「首相と飯食う」ことを恥ずべきことと思わず、むしろ、ステイタスと思っている節さえあるのだ。この人たちに、アベとともに喰った飯の「毒」が確実にまわっているという指摘である。その指摘が実に具体的であるところが切れ味であり、胸のすく所以である。

かなりの長文なので、私なりに抜粋して要点をご紹介する。ぜひ下記の原文もお読みいただきたい。
  http://www.asaho.com/jpn/bkno/2016/0111.html

水島さんは、「10年でメディアの批判力はここまで落ちたのか。劣化度は特にNHKに著しい」と嘆く。アベ政権は、「政府が右と言うときに、左とはいえない」という会長人事や、経営委員会に百田・長谷川のような右翼を送り込むだけでなく、論説委員や記者への接触によって籠絡していることを具体的に語っている。

批判力の劣化を嘆かざるを得ないNHK政治部記者3人の名が出て来る。まずは、ご存じ岩田明子(解説委員・政治部)。
この人は、安倍首相の「想い」を懇切丁寧に読み解いて、「安倍総理大臣は、日本が再び戦争をする国になったといった誤解があるが、そんなことは断じてありえないなどと強調しました。安倍総理大臣は行使を容認する場合でも限定的なものにとどめる意向で、こうした姿勢をにじませ、国民の不安や疑念を払拭すると同時に、日本の平和と安全を守るための法整備の必要性、重要性を伝えたかったのだと思います」と言っている。客観報道ではなく、「忖度報道記者」なのだ。

ついで、田中泰臣(記者・政治部)。
「その『解説』はひどかった。例えば、採決を強行した安倍首相を次のように『弁護』していた。
『安倍総理大臣とすれば、安全保障環境が厳しさを増しているなか日米同盟をより強固なものにすることは不可欠であり、そのために必要な法案なので、いずれ分かってもらえるはずだという思いがあるものとみられる。また集団的自衛権の行使容認は、安倍総理大臣が、第1次安倍内閣の時から取り組んできた課題でもあり、みずからの手で成し遂げたいという信念もあるのだと思う。』」
これも典型的な忖度記者。

そして3人目が、島田敏男(NHK解説副委員長)。この人の名は、まずはアベの「寿司友」の一人として出て来る。もっぱら、西新橋「しまだ鮨」での会食なのだそうだ。

「メディア関係者との会食も、歴代政権ではかつてなかった規模と頻度になっている。このことを正面から明らかにしたのは、昨年の『週刊ポスト』5月815日号である。それによると、安倍首相は2013年1月7日から15年4月6日まで、計50回、高級飲食店で会食している。記事の根拠は、新聞の「首相動静」欄である。首相と会食するメンバーは、田崎史郎(時事通信解説委員)、島田敏男(NHK解説副委員長)、岩田明子(同解説委員)、曽我豪(朝日新聞編集委員)、山田孝男(毎日新聞特別編集委員)、小田尚(読賣新聞論説主幹)、石川一郎(日本経済新聞常務)、粕谷賢之(日本テレビメディア戦略局長)、阿比留瑠比(産経新聞編集委員)、末延吉正(元テレビ朝日政治部長)などである。

首相とメディア幹部がかくも頻繁に会食するという「腐食の構造」は、それまでの政権には見られなかったことである。「毒素」は、メディアのなかにじわじわと浸透していった。」

島田敏男への「毒素」のまわり具合については、水島さん自身の体験が語られている。
「NHKの『日曜討論』に呼ばれたのは、安保法案が衆議院で採決される4日前という重要局面だった。『賛成反対 激突 安保法案 専門家が討論』。控室での打ち合わせの際、司会の解説委員(島田敏男・澤藤註)は、『一つお願いがあります。維新の党の修正案には触れないでください』と唐突に言った。参加した6人の顔ぶれからして、私に向けられた注文であることは明らかだった。自由な討論のはずなのに、発言内容に規制を加えられたと感じた。実際の討論でも、私が発言しようとすると執拗に介入して、憲法違反という論点の扱いを小さく見せようとした節がある。結局、『法案が成立したら自衛隊は国際社会で具体的にどう活動していくか』という方向で議論は終わった。採決を目前にして、『違憲の安保法案』というイメージを回避しようとしたのではないか。それを確信したのは、帰り際、送りのハイヤーに乗り込んだ私に対して、その解説委員がドア越しに、『維新の修正案は円滑審議にとてもいいのですよ』と言ってにっこり微笑んだからである。車内でその言葉の意味に気づくのにしばらく時間がかかった。」

こうして、水島さんは「『日曜討論』は私の『島』だという顔をしている島田解説副委員長」について、「これ以上、『日曜討論』の司会を彼に続けさせてはならない。」ときっぱり言っている。はっきりものを言うことのリスクを承知の上での発言である。

さらに、水島さんは、浅野健一著『安倍政権言論弾圧の犯罪』(社会評論社、2015年)を高く評価して、その一読を勧める書評の中で、こう書いている。
「本書は著者(浅野)の最新刊。『戦後史上最悪の政権』が繰り出す巧妙かつ露骨なメディア対策の数々を鋭く抉りながら、他方、メディア側の忖度と迎合の実態にも厳しい批判を速射する。特に、一部週刊誌が暴露した安倍首相とメディア関係者のおぞましい癒着の実態を、本書はさらに突っ込んで剔抉する。」
「本書によれば、安倍首相は第2次内閣発足後、親しいメディア関係者と30数回も会食している」「時事通信解説委員(田崎)が最も多く首相と会食しているが、彼はTBSの番組で、『政治家に胡蝶蘭を贈るのは迷惑。30ももらって置くところがない。もらってくれと 言われ、もらった。家で長くもった』と言い放ったという。こんなジャーナリストは米国では永久追放になる、と著者は厳しく批判する。政権とメディアの関係を正すためにも、本書の一読をおすすめしたい。」
「米国では永久追放になる」という「こんなジャーナリスト」には、NHKの3記者も含まれることになるのだろう。

ジャーナリズムは、社会の木鐸っていうじゃないか。権力を叩いて警世の音を響かせるのが役目だろう。政権の監視と批判が真骨頂さ。権力と癒着しちゃあおしまいよ。安倍晋三なんぞと親しく飯喰って、それでズバリと物が言えるのかい。自分じゃどう思っているか知らないが、世間はそんな記者も、そんな記者を抱えているメディアも、決して信頼できないね。

民俗学では共同飲食は祭祀に起源をもって世俗的なものに進化したというようだ。「一宿一飯」「同じ釜の飯」という観念は世俗社会に共有されている。酒食を共にすることは、その参加者の共同意識や連帯感を確認する社会心理的な意味を持つ行為である。親しく同じ飯を喰い、酒を酌み交わしては、批判の矛先が鈍るのは当然ではないか。ジャーナリストが、権力を担う者と「親しく同じ席の飯を喰う」関係になってはいけない。

産経のように、ジャーナリズムの理念を放擲し政権の広報紙として生き抜く道を定めた「企業」の従業員が、喜々として首相と飯を喰うのなら、話は別だ。しかし、仮にもジャーナリズムの一角に位置を占めたいとするメディア人の、「腐食の構造」への組み込まれは到底いただけない。とりわけ「公正」であるべきNHKのアベ政権との癒着振りは批判されなけばならない。

アベ政権だけにではなく、アベと癒着したメディアに対しても、冷静な批判の眼を持ち続けよう。
(2016年1月10日)

南京大虐殺の日に「中国一撃論」を考える。これは抑止論と同根の思考ではないか。

12月13日である。世界に「南京アトロシティ」(大虐殺)として知られた恥ずべき事件が勃発した日。笠原十九司「南京事件」(岩波新書)と、石川達三「生きている兵隊」(中公文庫)、そして家永三郎「太平洋戦争」に改めて目を通してみる。累々たる、殺戮・略奪・破壊・強姦の叙述。これが私の父の時代に、日本人が実際にしでかしたことなのだ。陰鬱な冬の雨の日に、まったくやりきれない気分。しかし、歴史に目を背け、過去に盲目であってはならないと自分に言い聞かせる。

同時に思う。今日は、中国の民衆も78年前のこの日の事件を、怒りと怨嗟の入りまじった沈痛な気持で想い起こしていることだろう。昨年からは、今日が「南京大虐殺犠牲者国家追悼日」となった。足を踏まれた側の心情の理解なくして、友好は生まれない。不再戦の固い誓いもなしえない。

笠原十九司の次の指摘が重要だと思う。
「中国では、南京事件は新聞報道だけでなく口コミを通じてやがて中国人全体に知られた。中国国民政府軍事委員会は写真集『日寇暴行実録』を発行(38年7月)して、南京における日本軍の残虐行為をビジュアルに告発した。とくに日本軍の中国女性にたいする凌辱行為は、中国国民の対日敵愾心をわきたたせ、大多数の民衆を抗日の側にまわらせ、対日抵抗戦力を形成する源泉となった。当時の日本人が軽視ないし蔑視していた中国民衆の民族意識と抗戦意志は、さらに発揚され、高められていくことになった。南京攻略戦の結果、日本軍がひきおこした暴虐事件は、中国を屈伏させるどころか、逆に抗日勢力を強化・結束させる役割をはたしたのである。

松井岩根や武藤章(いずれも、東京裁判で絞首刑)は、「中国一撃論」の立場をとった。
「支那は統一不可能な分裂的弱国であって、日本が強い態度を示せばただちに屈従する。この際、支那を屈服させて北支五省を日本の勢力下に入れ、満州と相まって対ソ戦略態勢を強化する…願ってもない好機の到来」「首都南京さえ攻略すれば支那はまいる」というもの。

現地の高級軍人の功名心が戦線不拡大方針だった大本営の意向を無視した。11月19日上海派遣軍は独断で上海から南京へ300キロ余の進軍を開始し、さらに上海にとどまるよう命令を受けていた中支那方面軍もこれに続く。首都への一撃で、日中戦争は終わる、との甘い見通しに基づいてのことである。日本のメディアも、南京が日中戦争のゴールであるかの如く喧伝し、国民もその煽動に乗った。そして12月1日、大本営も方針を転換して南京攻略を是認した。

南京は陥落した。国内は提灯行列で沸き返った。しかし、そのとき、国民政府の首都は既に長江を遡った武漢に移っていた。その後首都はさらに奥地の重慶に移ることになる。何よりも、南京攻略の一撃で、中国の戦意を挫くことはできなかった。

「一撃論」は空論に終わった。大失敗の空振りに終わった、というにとどまらない。取り返しようのない誤りを犯したのだ。内地の日本人が知らぬうちに南京大虐殺が起こり、そのニュースが世界に日本軍の残虐性・野蛮性を深く印象づけていた。やがて日本は世界からその報復を受けることになる。

「一撃論」は、「抑止論」と連続した思考である。「抑止論」が「強大な軍事力を持つことで敵国の攻撃意欲を失わしめて自国の安全を保持する」と発想するのと同様に、「一撃論」は「強大な軍事力行使によって敵国の戦闘持続の意欲を失わしめて早期に戦争を終結させる」という理屈なのだ。軍事力の積極的有効性を説く立論として同根のものではないか。どちらも、自国の強大な軍事力が、相手国を制圧することによって自国の安全が保持されるという考え方。だがどちらも、相手国の敵愾心を煽りたて、却って自国の安全を害することになる危険な側面を忘れてはいないだろうか。

南京攻略の「一撃論」は、強大な軍事力の集中行使で中国の戦意を挫くことができると考えたが、現実の結果は正反対のものとなった。

「それ(南京大虐殺)はまさに、日本の歴史にとって一大汚点であるとともに、中国民衆の心のなかに、永久に消すことのできぬ怒りと恨みを残していることを、日本人はけっして忘れてはならない。」「この南京大虐殺、特に中国女性に対する陵辱行為は、中国民衆の対日敵愾心をわきたたせ、中国の対日抵抗戦力の源泉ともなった。」(藤原彰)
との指摘のとおりである。

平和を維持するための教訓として、一撃論・抑止論の思想を克服しなければならないと思う。

なお、この事件の報道についての内外格差に慄然とせざるを得ない。
「南京アトロシティ」は、当時現地にいた欧米のジャーナリストや民間外国人から発信されて世界を震撼させた。しかし、情報管理下にあったわが国の国民がこれを知ったのは、戦後東京裁判においてのことである。」

「当時の日本社会はきびしい報道管制と言論統制下におかれ、日本の大新聞社があれほどの従軍記者団を送って報道合戦を繰りひろげ、しかも新聞記者の中には虐殺現場を目撃した者がいたにもかかわらず、南京事件の事実を報道することはしなかった。また、南京攻略戦に参加した兵士の手紙や日記類もきびしく検閲され、帰還した兵土にたいしても厳格な箝口令がしかれ、一般国民に残虐事件を知らせないようにされていた。さらに南京事件を報道した海外の新聞や雑誌は、内務省警保局が発禁処分にして、日本国民の眼にはいっさい触れることがないようにしていた。」

「南京事件は連合国側に広く知られた事実となり、日本ファシズムの本質である侵略性・残虐性・野蛮性を露呈したものと見なされた。東京裁判で、日中戦争における日本軍の残虐行為の中で南京事件だけが重大視して裁かれたのは、連合国側の政府と国民が、リアルタイムで事件を知っており、その非人道的な内容に衝撃を受けていたからであった。」(以上、笠原)

まことに、戦争は秘密を必要とするのだ。また、秘密は汚い戦争をも可能とする。今日はいつにもまして、戦争法と特定秘密保護法とが、また再びの凶事招来の元凶になるのではないかと、暗澹たる気持にならざるを得ない。冬の冷雨の所為だけではない。

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   DHCスラップ訴訟12月24日控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田嘉明が私を訴え、6000万円の慰謝料支払いを求めている「DHCスラップ訴訟」。本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は全面敗訴となった。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之総括裁判官)に係属している。

その第1回口頭弁論期日は、
 クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。
 法廷は、東京高裁庁舎8階の822号法廷。
ぜひ傍聴にお越し願いたい。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行う。

また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、
 午後3時から
 東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちたい。
表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加を歓迎する。
(2015年12月13日・連続第987回)

太平洋戦争開戦の日から74年。再びの戦争を起こさない決意を込めて。

本郷三丁目交差点をご通行中の皆さま、こちらは「本郷・湯島9条の会」です。東京母親大会連絡会の方もご一緒に、昼休み時間に平和を守るための訴えをさせていただいています。少しの時間、耳をお貸しください。

今日は12月8日、私たちがけっして忘れてはならない日です。74年前の今日の午前7時、NHKは突然臨時ニュースを開始しました。このときが、NHKの代名詞ともなった初めての「大本営陸海軍部発表」。「帝国陸海軍が本8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」という、このニュースで国民は日本が米英と戦争に突入したことを知らされたのです。

日曜日の真珠湾に、日本は奇襲をかけました。向こうから見れば、宣戦布告のない卑怯千万なだまし討ち。その戦果は、戦艦2隻を轟沈、戦艦4隻・大型巡洋艦4隻大破、そして2600人の死者でした。この報に日本は沸き返りました。戦争は確実に国民の支持を得たのです。

戦後東大総長になった南原繁は、開戦の報を聞いたときに、こんな愚かな「和歌」を詠んでいます。
  人間の常識を超え学識を超えて おこれり日本世界と闘ふ
この人の学問とは、いったい何だったのでしょうか。政治学者である彼は、何を学んでいたのでしょうか。

1931年の「満州事変」から始まった日中戦争は当時膠着状態に陥っていました。中国を相手に勝てない戦争を続けていた日本は、新たな戦争を始めたのです。今でこそ、誰が考えても無謀な戦争。これを、南原だけでない多くの国民が熱狂的に支持しました。

戦争は、すべてに優先しすべてを犠牲にします。この日から灯火管制が始まりました。気象も災害も、軍機保護法によって秘密とされました。治安維持法が共産党の活動を非合法とし、平和を求める声や侵略戦争を批判する言論を徹底して弾圧しました。大本営発表だけに情報が統制され、スパイ摘発のためとして、国民の相互監視体制が徹底されていきます。

ご通行中の皆さまに、赤いチラシと白いチラシを撒いています。赤いチラシは「赤紙」といわれた召集令状の写です。本物を写し取ったもの。世が世であれば、これがあなたの家に配達されることになるのです。イヤも応もなく、これが来れば戦地に送られることを拒めません。それが徴兵制というもの。

赤いチラシが74年前の社会を思い出すためのもので、白いチラシは現在の問題についてのものです。安倍内閣が憲法を曲げて、無理矢理通した「戦争法」についての解説で、中身は以下のとおりです。

戦争法(安保法制)とは何か
戦争法とは何でしょうか。日本が海外で戦争する=武力行使をするための法律です。地球上のどこでも米軍の戦争に参戦し、自衛隊が武力行使する仕掛けが何重にも施されています。1945年以来世界の紛争犠牲者は数千万人に上り、第二次世界大戦の死者に匹敵します。そのなかで自衛隊は1954年の創設以来、敵との交戦で一発の弾丸を撃つこともなく、一人の戦死者も出さず、一人の外国人も殺してきませんでした。これこそ憲法9条があったおかげです。

来年の3月に戦争法(安保法制)が施行(実施)されます
 戦争法の実施で、真っ先に戦場に行くのは若い自衛隊員です。放置すれば、現在の子どもが大人になるころ、海外での戦闘態勢はすっかり整ってしまいます。ドイツは侵略戦争を禁じた憲法解釈を1990年に変え、2002年アフガニスタンに派兵して55人の戦死者を出し、多くの民間人を殺傷しました。そのドイツが今、対ISの後方支援という名で1,200人派兵することを決定しました。
 そして、憲法9条を無視して戦争法(安保法制)を成立させ実行に移そうとしているのが今のわたしたちの国、日本なのです。

戦争法でテロはなくせません
 ISは、2003年に始まったイラク侵略戦争と2011年からのシリア内戦で生まれ、勢力を拡大してきました。イラク戦争の当事者であるブレア元英国首相は「イラク戦争がISの台頭につながった」と認めています。このことを認めながら英国は、パリ同時多発テロを契機に今シリアの空爆を始めました。わが国においても、戦争法によってISに空爆をおこなう米軍などへの兵站支援が可能になりました。

日本が米国から空爆支援を要請されたら、「法律がない」と言って拒否することはもうできません。今こそわたしたちが戦争法(安保法制)に反対し平和な日本、そしてアジア・世界に 向かって日本国憲法第9条を旗印に平和な日本・世界を実現しようではありませんか

今日12月8日は、なぜ日本は戦争を始めたのか、なぜあの無謀な戦争を止められなかったのか。そのことを真剣に考え、語り合うべき日だと思います。日本人の戦没者数は310万人。そして、日本は2000万人を超える近隣諸国の人々を殺害したのです。戦争が終わって、国民はあまりに大きな惨禍をもたらしたこの戦争を深く反省し、再び戦争をするまいと決意しました。まさしく、今日はそのことを再確認すべき日ではありませんか。

戦争は教育から始まる、とはよく言われます。戦争は秘密から始まる。戦争は言論の弾圧から始まる。戦争は排外主義から始まる。新しい戦争は、過去の戦争の教訓を忘れたところから始まる。「日の丸・君が代」を強制する教育、特定秘密保護法による外交・防衛の秘密保護法制、そしてヘイトスピーチの横行、歴史修正者の跋扈は、新たな戦争への準備と重なります。さらに戦争法による集団的自衛権行使容認は、平和憲法に風穴を開ける蛮行なのです。再びの戦争が起こりかねない時代の空気ではありませんか。

これ、すべてアベ政権のやって来たこと、やっていることです。先ほど、本郷・湯島九条の会の会長が初めて、ここでの演説をおこない、憲法と平和を守るために、アベ政治を許してはならないという訴えをされ、大きな拍手が起こりました。

地元9条の会は、今年一年間、毎月第2火曜日のこの場での宣伝活動を続けてきました。今年は今回で終了です。しかし、年が明けたらまた続けます。「戦争法廃止、立憲主義・民主主義を取り戻す」たたかいは、安倍政権を退陣させ、わが国が9条を復権させるまで、続けざるを得ません。そして来年こそは、しっかりと平和な日本を確立する大きな一歩を踏み出す年にしようではありませんか。ご静聴ありがとうございました。
(2014年12月8日・連続第982回) 

敢えて「皇室タブー」に切り込む心意気ー「靖国・天皇制問題 情報センター通信」

月刊「靖国・天皇制問題 情報センター通信」の通算507号が届いた。
文字どおり、「靖国・天皇制問題」についてのミニコミ誌。得てしてタブー視されるこの種情報の発信源として貴重な存在である。しかも、内容なかなかに充実して、読ませる。

[巻頭言]は、毎号「偏見録」と題したシリーズの横田耕一(憲法学者)論稿。回を重ねて第52回目である。長い論文ではないが、いつもピリッと辛口。今回は「なんか変だよ『安保法制』反対運動」というタイトルで、特別に辛い。

論稿の趣旨は、「本来自衛隊の存在自体が違憲のはず。武力を行使しての個別的自衛権も解釈改憲ではないか。」「にもかかわらず、集団的自衛権行使容認だけを解釈改憲というのが、『なんだか変だよ』」というわけだ。表だってはリベラル派が言わないことをズバリという。天皇・靖國問題ではないが、タブーを作らない、という点ではこの通信の巻頭言にふさわしい。

要約抜粋すれば以下のとおり。
「かつての憲法学者の圧倒的多数の9条解釈は、一切の戦力を持たないが故に自衛隊は違憲であり、したがって個別的自衛権の行使も違憲とするものであった。この立場からすれば、『72年見解』などは政府による典型的な『解釈改憲』であり、『立憲主義の否定』であった。
 ところが、いまや、現在の反対運動のなかでは、共産党や各地の9条の会などに典型的に示されているように反対論の依拠する出発点は『72年内閣法制局見解』にあるようで、それからの逸脱が『立憲主義に反する』として問題視されている。したがって、そこでは自衛隊や日米安保条約は合憲であることが前提とされている。過去の『解釈改憲』は『立憲主義に反しない』ようである。
 自衛隊・安保条約反対が影を潜める一方、国際協力のために自衛隊が出動することまで認める改憲構想がリべラルの側からも提起され、各地の反対運動で小林節教授が『護憲派』であるかのごとく重用されている現在の状態は、果たして私たちが積極的に評価し賛同・容認すべきものだろうか。私の最大の違和感の存するところである。」

このミニコミ誌ならではの情報を二つご紹介しておきたい。
まずは、「新編『平成』右派事情」(佐藤恵実)の「OH! 天皇陛下尊崇医師の会会長」の記事。

東京・六本木の形成外科・皮膚科の開業医が、向精神薬を不正に販売したとして,麻薬及び向精神薬取締法違反で逮捕された。厚生労働省の麻薬取締部は、この医師は中国の富裕層向けに違法販売を繰り返したと考えている模様、というそれだけのニュース。その医師は、「天皇陛下尊崇医師の会」会長なのだそうだ。

そんな団体があることも驚きだが、この医師と医院の〈関連団体一覧〉が掲載されている。「とくとご覧あれ」とされている。。

靖國神社を参拝する医師の会会長・社団法人神社本庁協賛医療機関・日本会議協賛医療機関・宮内庁病院連携医療機関・東京都医師政治連盟会員・自由民主党協賛医療機関・大日本愛国医師連合会長・日本国の領土「竹島」「北方領土」を奪還する愛国医師の会会長・一般財団法人日本遺族会協賛医療機関・毎上自衛隊協賛医療機関・天皇陛下尊崇医師の会会長・アジア太平洋地区米国海軍病院所属米国海兵隊軍医トレイニーOB・麻布警友会協賛医療機関・全日本同和会東京都連合会協賛医療機関・創価学会協賛医療機関・同和問題企業連絡会(同企連)協賛医療機関・警察友の会協賛医療機関・公益財団法人警察協会協賛クリニック・日米安会保障条約賛同医療機関・米国海軍病院連携クリニック・註日アメリカ合衆国大使館連携医療機関・日本の領土を守るため行動する議員連盟協賛クリニック・公益財団法人日本国防協会協賛医療機関・六本木愛国医師関東連合会長・六本木愛国医師ネットワーク事務局日本国体学会。

もう一つは、「今月の天皇報道」(中嶋啓明)。「Xデーも近いのに、何ゆえ天皇夫妻はフィリピンまで行くのか」という内容。
「明仁は、8月15日の全国戦没者追悼式で段取りを間違えた。参加者の『黙祷』を待たずに『お言葉』を読み上げたとされている。富山で行われた『全国豊かな海づくり大会』では、式典の舞台上で列席者を手招きしてスケジュールを確認し、式の進行が一時、ストップする場面があったという。いずれも高齢化が引き起こす一時的な軽度の認知障害なのだろうが、『デリケートな問題』だとして、在京の報道機関は報道を見送ったという。確かに東京でその記事を見ることはなく、地元地方紙の『北日本新聞』と『富山新聞』でほんわずか報じられただけだった。
 Xデーも間近と思わせる中、それでもまだ、支配層にとっての明仁の利用価値は高い。明仁は美智子と共に来年早々、高齢で体調不安を抱えながらフィリピンを訪問することが発表された。最高のパフォーマンスの裏に秘められた『真の狙い』とは。
元朝日新聞記者で軍事ジャーナリストの田岡俊次が月刊誌『マスコミ市民』の15年10月号に『国会審議もなく進むフィリピンとの「同盟関係」の危険性』と題して書いている。ここで田岡は『政府が国会にもかけずにフィリピンとの同盟関係に入りつつあるという重大な異変がほとんど報じられない』と嘆くのだ。田岡の論考などによると、日比間の防衛協力は民主党の野田政権下で始まった。2011年9月、当時の首相野田佳彦がフィリピンのアキノ大統領との会談で『両国の海上保安機関、防衛当局の協力強化』を約束。それを引き継いだ現首相安倍音三は13年7月、マニラでのアキノ大統領との会談で小型航洋巡視船10隻をODAにより無償供与することを表明した。そして今年6月には東京での会談後、中国が南シナ海で進める人工島建設に『深刻な懸念を共有する』共同宣言を発表した。日本が供与する巡視船は、政府自身も『武器に当たる』ことを認めており、共同宣言には『安全保障に開する政策の調整』や『共同演習・訓練の拡充を通じ相互運用能力の向上』を図ることが表明されている。災害時の救援を口実に派遣される自衛隊の法的地位についての検討を開始することも盛り込まれ、田岡は、日比関係が限りなく同盟関係に近づきつつあると指摘する。
日本は、中国包囲網を築く上での重要なパートナーの一国として、フィリピンとの軍事的な関係の強化に勤しんでいるのだ。明仁、美智子の訪問計画の裏には、日比間のこうした関係を権威付けたいとの安倍政権の狙いがあることは明らかだ。」

最後に、もう一つ。「歌に刻まれた歴史の痕跡」(菅孝行)が、毎回面白い。
今回は、「ラマルセイエーズ」について、歌詞の殺伐と、集団を団結させる魔力に溢れた名曲とのアンバランスを論じたあと、こう言っている。

「君が代と違っていい曲に聴こえるのは、他所の国の国歌であるために気楽に歌えるからともいえるが、やはり音楽性の質の高さによるものだろう。革命が生んだ国歌は、革命がその質を失い堕落した後でも、困ったことに歌だけは美しい。アメリカ国歌もその例に洩れない。ラフマニノフがピアノ曲にしたという。ダミー・ヘンドリクスがウッドストックで演奏して評判になった。名曲といえば、旧ソ連の国歌も心に染みる名曲である。ただ、こうした曲の〈美しさ〉は、保守的な感性に受け入れやすいということと結びついていることを忘れてはならない。」
「ダサイ国歌『君が代』は大いに問題だが、同時に美しい国歌が『国民』を動員する『高級な』装置であることに警戒を怠るべきでない。『ラ・マルセイエーズ』はナショナリズムだけでなく、『高級で文明的な』有志連合国家の団結も組織した。高級で文明的なものほど野蛮だというのは、軍事力だけの話ではない。動員力のある音楽もまた同じである。そういえば『世界に冠たるドイツ』なんていう歌もあった。」

なるほど、君が代は、ダサイ国歌であるがゆえに、集団を鼓舞し団結させる魔力に乏しいという美点を持っているというわけだ。このような指摘も含めて、「靖国・天皇制問題 情報センター通信」の記事はまことに有益である。
(2015年12月7日・連続第980回)

「岸井成格」に声援を送る。TBSは不当な圧力に屈するな。

「札付き」という言葉がある。「折り紙付き」の「折り紙」とはちがう、よからぬ「札」が付いている連中のこと。その札付き連中が、TBSの看板番組『NEWS 23』でアンカーを務めている岸井成格を攻撃している。これは看過できない。この攻撃を成功させてはならない。

私は本日の赤旗「潮流」で初めて知った。11月14日産経と翌15日読売に、「私達は、違法な報道を見逃しません」と題した異様な全面意見広告が掲載されている。岸井成格を攻撃して、その報道姿勢を変えようというのだ。その攻撃の理由が、「番組で岸井氏が『メディアは安保法案の廃案に向けて声を上げ続けるべきだ』と発言したのは、放送法4条『政治的公平』に違反すると言うのです」。この真っ当な発言が攻撃対象とされているとは穏やかでない。戦戦争法廃止運動をつぶそうという動きの一環だ。舞台は国会の場から、平和と戦争をテーマとしたメディアの自由をめぐる論争に移された。

この異様な広告の「広告主は“視聴者の会”なる団体。呼びかけ人として7人が名を連ねています。いずれも安倍首相の応援団を自負する面々です。あの手この手でメディア支配をねらう政権。今回の広告は視聴者を装い個別番組と一放送人を標的にしています。異常です」

この7人とは、以下のとおり。
 すぎやまこういち/代表(作曲家)
 渡部昇一(上智大学名誉教授)
 渡辺利夫(拓殖大学総長)
 鍵山秀三郎(株式会社イエローハット創業者)
 ケント・ギルバート(カリフォルニア州弁護士・タレント)
 上念司(経済評論家)
 小川榮太郎(文芸評論家)

この7人に付いているのは、「極右」という札だけではなく、「安倍応援団」という札だ。代表となっている、すぎやまこういち(作曲家)とは、安倍晋三の政治団体である晋和会に毎年150万円の法が許容する最高額を寄附し続けている人物。安倍晋三に、「我々日本人が直面している難局を乗り切るリーダーは安倍晋三氏しか考えられません。私達の子孫にこの素晴らしい日本国をしっかりと残して行く責任は重大です。音楽家のひとりとしても、氏の“美しい国を目指す”という宣言にも感動しております」とエールを送ってもいる。

この「安倍応援団」の札付きが、あからさまに「メデイアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」という岸井の発言を攻撃のターゲットに定めている。ここが問題の核心だ。

政権と与党には目の上のコブの反戦争法(案)運動の盛り上がり。できることなら、これを弾圧し制圧したいところだが、民衆の反作用も恐ろしい。官邸や自民党が前面には出にくいところ。そこで、官邸主導で使いっ走りを集めたか、パシリの方からその役目を買って出たか、あるいはアウンの呼吸でのことであったか、その辺は定かでない。定かではないものの、官邸の言いたいこと、やりたいことを、この札付き連中が代わってやっているのだ。権力に奉仕の重宝なパシリたち。

いま、TBSという有力な電波メディアの表現の自由が攻撃を受けている。攻撃の尖兵になっているのは社会的勢力としての右翼だが、その背後には明らかにアベ政権の存在がある。さらに重大なことは、攻撃の対象とされているものが、けっしてTBS一社ではなく、我が国の表現の自由そのものであることだ。平和・戦争・安全保障・立憲主義等々のシビアなテーマにおいて、時の政権に批判の立場の言論は許さない、というシグナルが送られているのだ。事態は深刻である。

表現の自由とは、何よりも権力に対峙するものとしてその存在が保障されなければならない。権力を賛美し同調し、あるいは迎合する表現や言論に権力による制約はあり得ない。だからその自由や権利性を論じる意味はない。意味があるのは権力を批判し、権力を攻撃することによって、権力から憎まれる表現についての自由や権利だけである。

すぎやまこういち以下「権力の手先7人衆」が求めているものは、偏向のレッテルを貼り付けることでの、政権批判の自重・自制・自粛にほかならない。この攻撃に屈して、TBSに萎縮があってはならない。そのようなことがないように、全メディアが、いま、こぞって岸井成格とTBSを擁護し支援しなければならない。むしろ、局・各メディアが、より政権批判を強めることで、「権力の手先7人衆」とその背後の政権の意図を挫かなければならない。

読売と産経も同様だ。広告料収入に頬を緩めて傍観していたのでは、明日は我が身のこととなりかねないのだから。
(2015年11月29日・連続第973回)

安保関連法賛成議員の落選運動にご協力をー島尻安伊子議員(沖縄県選挙区)を第1号告発

「安保関連法賛成議員の落選運動を支援する・弁護士・研究者の会」(略称 落選運動を支援する会)は、本日ホームページを正式に起ち上げ、活動を開始した。

下記URLを開いてご覧いただきたい。
  http://rakusen-sien.com/

その運動の趣旨とご協力を依頼する呼びかけ文は以下のとおり。

2015年9月19日、安倍内閣は安保関連2法を強行採決により「成立」させました。日本国憲法の平和主義を直接に蹂躙するだけでなく、立憲主義や民主主義をも破壊する立法であります。

この法案に反対する国民運動は大きな高揚と広がりを見せましたが、結局のところ国会議員の数の力で衆参両院において賛成多数で「可決」されました。この運動の中から、安保法制賛成議員を落選させようとの声がおこりました。

私たちも、立憲主義、民主主義に違反した議員はそれ自体で国会議員としても失格であると同時に今後の国政に関与することは有害であると考えます。

そこで、この法律に賛成票を投じた議員を次の選挙では落選させようという運動を支援するために「安保関連法賛成議員の落選運動を支援する・弁護士・研究者の会」(略称 落選運動を支援する会)を立ち上げます。

この会の具体的な当面の活動は
•落選対象議員の収支報告書などが総務省や都道府県の選管で公開されているのを一元管理するサイトを立ち上げ、広く有権者が閲覧できるHPを立ち上げることにあります。当面は2016年7月参議院選挙の「選挙区」議員の42名に絞っています。比例区の安保法制賛成議員についても順次公開していきたいと思います。
•上記の落選対象議員の収支報告書の調査の過程で、不透明な収入や支出があれば、その情報をHPに公開していきます。もし法に違反する場合は刑事告発等の法的手続を会のメンバーや市民と共同で行うこともあり得ます。
•落選対象議員の情報の提供を広く市民に呼びかけ、調査の上で問題事例があれば、HPに公表するとか、公開質問状を出すとか、又は市民が告発などを行うことを支援したりします。
•市民の落選運動の中で具体的な問題が生じたときには法的なアドバイスやサポートをすることも検討中です。
•この会は安保法制に賛成議員の落選運動のみに関与し、特定の政党、特定の候補者などの支援、選挙活動を行うことは一切ありません。

ぜひ皆さま、積極的にご参加くださるようお願いします。

公職選挙法の選挙運動と誤解されないために、賛同者の中で、特定の政党や特定の候補者、野党統一候補者が決まった時に支援、選挙活動を予定されている方はせっかくですが、ご遠慮されたくお願いします。

この会に賛同される方は
弁護士の方は、氏名、期 所属会 事務所、メールアドレス、選挙権がある地区
研究者の方は、氏名、所属大学、メールアドレス、選挙権がある地区
お書き下さり、呼びかけ人にご連絡下さい。

なお、賛同者が一定の人数に達したときは氏名はこの会のHPに公表することを予定しています。賛同するが氏名の公表が不味い方も参加歓迎です。
2015年11月

呼びかけ人
阪口徳雄(大阪弁護士会)・澤藤統一郎・梓澤和幸・(以上東京弁護士会)
郷路征記(札幌弁護士会)
上脇博之(神戸学院大学法学部教授)


そして本日、告発第1号事件として、カレンダー配布で有名になった、島尻安伊子議員(沖縄県選挙区)を那覇地検に告発した。
告発状は下記URLをご覧いただきたい。
http://rakusen-sien.com/topics/2982.html

告発理由は以下のとおりである。

第1 安保法制に賛成した議員であること(立憲主義を理解していないこと、その反省もないので今後も同様に憲法に違反する可能性が高く今後の日本の政治にとって有害であること)

第2 2010年7月の参議院選挙に際して普天間基地などを国外移転と公約に掲げながら、自民党の石破幹事長から詰められ、公約を踏みにじり国内移転に転換したこと(公約を破る議員は国会議員として失格であること)

第3 政治とカネについて告発状の通り「違法」「不透明」であること

さて、当面の落選運動ターゲットは下記の42名である。サイトでは、次のとおり指摘している。

憲法の最高法規性を否定する安保法制に賛成し、民主主義、立憲主義を蹂躙した国会議員はそれだけで議員として失格で今後の政治家としても有害です。当面は2016年7月の参議院議員選挙における「選挙区」更には「比例区」議員の情報を集め、順次このサイトに掲載予定です。多くの情報の提供を呼びかけます。

北海道 長谷川岳
青森 山崎力
宮城 熊谷大
秋田 石井浩郎
山形 岸宏一
福島 岩城光英
茨城 岡田広
栃木 上野通子
群馬 中曽根弘文
埼玉 関口昌一
    西田実仁
千葉 猪口邦子
東京 竹谷とし子
    中川雅治
    松田公太
神奈川 小泉昭男
新潟 中原八一
富山 野上浩太郎
石川 岡田直樹
長野 若林健太
岐阜 渡辺猛之
静岡 岩井茂樹
愛知 藤川政人
京都 二之湯智
大阪 北川イッセイ
    石川博宗
兵庫 末松信介
和歌山 鶴保庸介
鳥取 浜田和幸
島根 青木一彦
岡山 小野田紀美
広島 宮澤洋一
山口 江島潔
徳島 中西祐介
香川 磯崎任彦
愛媛 山本順三
福岡 大家敏志
佐賀 福岡資麿
長崎 金子原二郎
熊本 松村祥史
鹿児島 野村哲郎
沖縄 島尻安伊子

下記のURLを開いていただきたい。
  http://rakusen-sien.com/rakusengiin

上記の落選運動対象議員関係団体の政治資金収支報告書がすべて分かるようになっている。公開資料だが、これが武器だ。それぞれの報告書をよくよくお読みいただきたい。その上で、「これはおかしい」という情報を会までご連絡いただきたい。会への連絡方法はサイトに掲載してある。

憲法と民主主義と平和をないがしろにする候補者を、主権者の手で落選させよう。
選挙運動の自由を制限すること厳しい「べからず公職選挙法」も、落選運動を規制対象とはしていない。すばらしい理念に基づいた、すばらしい運動ではないか。

われわれに権力はない。しかし、法を味方につけることは可能だ。情報を寄せ合い、落選運動対象議員の違法を告発し、告発を通して世論を喚起し、本気になって反憲法、反民主主義、そして反平和の候補者を落選させ国会から一掃しよう。
(2015年11月24日・連続第968回)

本日速記記念日に「速記録改竄」への抗議

この度初めて知ったことだが、今日(10月28日)は「速記記念日」とのこと。そんな記念日があることすら知らなかった。

公益社団法人日本速記協会のホームページには、「1882年(明治15)9月19日、田鎖綱紀(たくさり こうき)が、ピットマン系のグラハム式に基づいて「時事新報」紙上に「日本傍聴記録法」を発表しました。また、同年10月28日、東京で第1回講習会を開きました。これを記念して、日本速記協会は10月28日を速記の日と定めました。」とある。

田鎖綱紀の名は聞いたことがある。私の郷土・盛岡出身の名士としてである。速記の父と呼ばれ、「伊藤博文からは『電筆将軍』の称号を贈られ終生この称号を愛用した」という。

速記は円朝の人情話を活写して言文一致体の成立に寄与したなど説かれるが、何よりの功績は正確な議事記録を可能としたことである。
「田鎖式速記術は弟子達により改良された後、元老院大書記官であった金子堅太郎により帝国議会における議員の発言や政府の説明・答弁を記録するために導入されるなど、日本憲政史において多大な功績を遺した。」(ウィキペディア)という。

正確な記録の作成には、速記の技術だけではなく、速記者の矜持が必要である。ありのまま、聞こえるままの正確な速記は、その改竄や捏造を許さない速記者のプライドによって保たれる。

古代中国の王室には、記録を司る「史官」という職があった。その司が「太史」である。太史の正確な記録者としての矜持について、春秋左氏伝に下記のよく知られたエピソードがある。

斉の大夫崔杼が、君主の荘公を殺し、その弟の景公を立てて大臣となった。すると斉の太史が『崔杼、其の君を弑す』と事実を史書に書いたので、崔杼はこれを殺した。後をついだ太史の弟も同じことを書いたので、二人目に殺された。しかし、もうひとりの弟が三度同じことを記すに及んで、さすがの崔杼も記録の抹殺を断念した。太史兄弟が次々に殺されたことを聞いた別の史官は『崔杼其の君を弑す』と書いた竹簡を持って駆けつけたが、すでに事実が記録されたと聞いて帰った。

春秋の昔から、記録の正確さは大切なものとされ、記録者の矜持も尊重され称賛されたのだ。記録の改竄、歴史の捏造は、時代を問わず忌むべきものとされてきた。

それがどうだ。戦争法案審議の最終盤、「参議院の安保平和安全法制に関する特別委員会」の議事録が惨めに改竄された。田鎖綱紀も怒るであろうし、太史の面々も、太史公を称した司馬遷も怒らずにはおられまい。

その「速記の日」を選んで本日、参議院議長や鴻池祥肇(当時委員長)等に、「公表された議事録作成の経緯の検証と当該議事録の撤回を求める申し入れ」を行う。3000筆を上回る署名を添えてのことである。

その申し入れに、次の一文がある。改めて思い起こそう。改めて、忘れてはならないと再確認しよう。
「そもそも存在しない安保関連法案の『採決』『可決』を後付けの議事録で存在したかのように取り繕う姑息なやり方に強く抗議します。
9月17日の委員会室は速記録で『議場騒然』『聴取不能』と記載されたような状況であり、テレビで実況中継を視聴した国⺠の圧倒的多数は『あれで採決、可決などあり得ない』と受け止めています。今回の議事録に追加された『議事経過』には、次のような重大な偽り、あるいは採決の存在を議事録への追記で証明しようとする試みの道理のなさが露呈しています。」

指摘のとおり、やり口が姑息きわまる。記録の改竄に心痛むところがないのだ。鴻池議員らには、田鎖綱紀や太史たちの爪の垢を煎じて飲ませねばならない。
(2015年10月28日・連続第941回)

今日を「前夜」にしてはならない。ーそのための精一杯の抵抗を

私と梓澤和幸君とIWJの岩上安身さんとの、自民党改憲草案批判をめぐる12回の鼎談を一冊にした「前夜」(現代書館)が初版本を完売したという。今なら、古本市場で相当の高値がついているとか。情勢が動いているから、増刷するよりは版を改めようということになった。今日(10月27日)は、そのために久しぶりで3人顔合わせをして、戦争法を中心に延々4時間にも及ぶ「前夜・増補改訂版」作成のための再鼎談となった。

過去12回の鼎談は、司会の岩上さんの問に私と梓澤君が答えるという形式だった。今日は憲法問題を語るというよりは、情勢を語り運動を語る場となった。さすがに、ジャーナリストとしての岩上さんの発言が冴え、出番も多かった。知らないことを教えてもらって有益だったがいささかくたびれた。

意見が一致したことは、来夏に行われる参院選の重要性である。岩上情報では、安倍政権はこの選挙で本格的に改憲発議を訴える予定だという。この選挙の結果如何では、改憲の具体的なスケジュールが動き出すことになりかねない。2014年は解釈改憲閣議決定の年、15年は解釈改憲による違憲の戦争法が成立した年として記憶されることになろうが、ビリケン安倍は、さらに16年を明文改憲元年としようとしているのだ。

「前夜」とは、開戦の前夜、ファシズム成立の前夜、あるいは憲法が蹂躙される恐るべき時代到来の前夜を意味している。今こそ「前夜」の危険に満ちた時代と自覚せよ、という編集者の警世の思いが書名に表れている。戦争法が「成立した」とされる今、時代が「前夜」のタイトルに追いついてしまった感がある。

茶色の朝が明けてはじめて、昨夜こそが「前夜」であったと気付くことになるが、そのときは既に遅い。その以前に、鋭敏に「前夜」に至る多くの徴候を、嗅ぎわけ、見逃さず、放置せず、ひとつひとつを克服していきたい。

この鼎談の中で、私は「戦争法案成立阻止のたたかいについての私的総括」を語った。そのレジメを抜粋して掲載しておこう。だいたいのところは、察していただけるだろう。

※「戦争法」という呼称について
 「平和安全法」か「戦争法」か。
 運動を統一する呼称の成立が喜ばしいこと。
 あるいは、メディアのいう「安保法制」「安保関連法」「安保法」か。
※戦争法案攻防は、どのような理念をめぐるたたかいであったか
 ☆立憲主義をめぐるたたかい
   民主主義の限界を意識 政権の権限の制約
   選挙での勝利は万能ではない
 ☆民主主義をめぐるたたかい
   「民主主義って何だ?」との問自体の重さ 市民の政治参加の権利と責務
 ☆平和主義をめぐるたたかい
   非武装平和主義→専守防衛路線(安保自衛隊法)→集団的自衛権行使容認へ
   いま、あらためて「平和憲法」(前文を含む全条文が平和主義)の確認
※味方の政治的立場はどうだったか
 A 形式的立憲主義派 集団的自衛権行使は改憲してから
 B 戦後の保守本流 安保も自衛隊も合憲 専守防衛路線
 C 伝統的護憲派 安保も自衛隊も違憲
※たたかいの特徴
 ☆上記Cだけの陣営の狭さを、A・Bが補った。
   幅広い連帯 → これが大きな運動の言動力になった
(共闘はBの見解を押し出した。しかし、運動の核はC陣営だったのでは)
 ☆かつての組織動員型運動から、非組織の市民中心型に(ネット社会化)
   しかし、現実には、政党・市民団体の役割は大きい。
 ☆運動の拡大→新しい参加者の獲得→拡大 の好循環
 ☆戦争法と、原発・TPP・靖国・「日の丸・君が代」・教育問題等との結びつき
※敵は誰だったか
  政権 自公与党 右翼 右派メデイア 財界 ナショナリスト
※敵のイデオロギーは
  我が国を取り巻く防衛環境の変化(=中国脅威論)
  米軍との軍事同盟関係強化による抑止力期待論
※たたかいに負けた原因    
  数の暴力+安倍政権の求心力⇔小選挙区制
  中国脅威論・北朝鮮脅威論・嫌韓論の一定の影響力
※戦争法が成立したことを軽視してはならない
  特定秘密保護法+戦争法 競合症の脅威
  「9条ブランド」の喪失は復元不可能
  戦地への自衛隊員派遣⇒戦死者の靖国合祀問題
  ナショナリズム高揚の危険性
※これからの課題
 ☆本流 選挙協力⇒安倍政権打倒⇒立憲派政権の樹立⇒戦争法廃止
 ☆傍流 ビリケン与党の戦争法賛成議員に対する落選運動
     適切なシチュエーションを選んでの違憲訴訟の提起
※闘い続けるために
  社会的同調圧力に負けずに、ナショナリズムに声を上げることの重要性。
  表現の自由とその行使の重要性。萎縮、自主規制の風潮への警鐘。
  教育・教科書・大学の自治への攻撃を軽視してはならない。「日の丸君が代」も。
  弁護士自治の重要性。その喧伝を。
  政党・労組・民主団体の役割についての正当な評価を。
  真っ当な政権対抗勢力を作る必要。政党嫌いや野党への揶揄の姿勢の克服を。

本日の鼎談を終えて、思う。今なら、まだ間に合う。本当の「前夜」にしないために、表現の自由とその行使の重要性を再確認しよう。政権や大勢に順応することをやめよう。萎縮や自己規制の風潮は危険だ。覚悟を決めて抵抗しよう。このことを大いに発言し続けよう。
(2015年10月27日・連続940回)

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