澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

9条立憲の幣原喜重郎と、壊憲のアベ晋三。

各紙がオリンピック一色で辟易していたところに、本日の東京新聞朝刊一面トップは憲法制定経過に関する報道だった。「9条は幣原首相が提案」「マッカーサー、書簡に明記」「『押しつけ憲法』否定の新史料」というもの。

ここで言う「マッカーサーの書簡」とは、1958年12月15日付「マッカーサーから高柳賢三(憲法調査会会長)宛の書簡」のこと。これが新資料。ここに、「9条は幣原喜重郎(憲法改正を審議した第90回帝国議会当時の首相)が提案」したことが明記されている。内容、以下のとおり。

戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです。首相は、わたくしの職業軍人としての経歴を考えると、このような条項を憲法に入れることに対してわたくしがどんな態度をとるか不安であったので、憲法に関しておそるおそるわたくしに会見の申込みをしたと言っておられました。わたくしは、首相の提案に驚きましたが、わたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました

新資料はこれまでの定説の確認だが、ダメ押しと言えよう。東京新聞が、「『押しつけ憲法』否定の新史料」というとおりだ。この新資料は、国会図書館に眠っていたもの。これを掘り起こしたのは、堀尾輝久さん。堀尾さんといえば、人も知る教育学・教育法学の大家。憲法史の専門家ではないのに、たいしたもの。

同じ報道によると、堀尾さんは、もう一通の新資料も発掘している。「同年12月5日付のマッカーサーから高柳賢三宛の書簡」。

「(憲法9条は、)世界に対して、精神的な指導力を与えようと意図したものであります。本条は、幣原首相の先見の明と英知と経国の才とえい知の記念塔として永存することでありましょう。」

東京新聞はこの資料の影響を慎重にこう述べている。
「史料が事実なら、一部の改憲勢力が主張する『今の憲法は戦勝国の押しつけ』との根拠は弱まる。今秋から各党による憲法論議が始まった場合、制定過程が議論される可能性がある。」
「改憲を目指す安倍晋三首相は『(今の憲法は)極めて短期間にGHQによって作られた』などと強調してきた。堀尾氏は『この書簡で、幣原発案を否定する理由はなくなった』と話す。」

堀尾さんのインタビューでの回答がよい。

-幣原がそうした提案をした社会的背景は。
日本にはもともと中江兆民、田中正造、内村鑑三らの平和思想があり、戦争中は治安維持法で押しつぶされていたが、終戦を機に表に出た。民衆も『もう戦争は嫌だ』と平和への願いを共有するようになっていた。国際的にも、パリ不戦条約に結実したように、戦争を違法なものと認識する思想運動が起きていた。そうした平和への大きなうねりが、先駆的な九条に結実したと考えていい

-今秋から国会の憲法審査会が動きだしそうだ。
「『憲法は押しつけられた』という言い方もされてきたが、もはやそういう雰囲気で議論がなされるべきではない。世界に九条を広げる方向でこそ、検討しなければならない

いまさら、「押しつけ憲法」でもあるまい。国民はこの憲法を日々選び取って、既に70年になるのだ。米国と、これと結んだ日本の保守層の改憲策動を封じての70年間は、「押しつけ憲法」論を色褪せたものにし、「勝ち取り憲法」論を日々新たにしている。

そもそも、いったい誰が誰に押しつけたというのだろうか。すべからく憲法とは、為政者にしてみれば、押しつけられるものである。

日本の国民が為政者に押しつけた憲法であったか。大局的に見て、強固な天皇制支配の大日本帝国が、敗戦と連合国の圧力がなければ、あの時期の日本国憲法制定に至らなかったことは誰もが認めるところであろう。これを「押しつけ」というのなら、素晴らしくも、何と有り難い「押しつけ」ではないか。

しかも、もっと大局的に見るならば、堀尾さんが述べたとおり、「日本にはもともと平和思想があり、民衆も『もう戦争は嫌だ』と平和への願いを共有するようになっていた。国際的にも、戦争を違法なものと認識する思想運動が起きていた。そうした平和への大きなうねりが、平和憲法をつくった」と言えるだろう。

さらに、憲法9条は、GHQの押しつけではなく、当時の首相の発案であったことが明確になった以上は、もう「押しつけ」憲法観の押しつけも、蒸し返しもたくさんだ。

制憲議会における次の幣原喜重郎答弁がよく知られている。
第9条は戦争の放棄を宣言し、わが国が全世界中最も徹底的な平和運動の先頭に立って、指導的地位を占むることを示すものであります。(中略)文明と戦争とは結局両立しえないものであります。文明がすみやかに戦争を全滅しなければ、戦争がまず文明を全滅することになるでありましょう。私はかような信念を持って憲法改正案の起草の議にあずかったのであります

彼の手記には、簡潔にこうあるそうだ。
文明が戦争を撲滅しなければ
 戦争のほうが文明を撲滅するでありましょう。

既に核の時代、戦争を回避する以外に人類の生存はない、それが9条の精神なのだ。

幣原喜重郎に日本の保守政治家の良心を見る。ああ、いま日本の保守は落ちぶれて、アベとイナダが、幣原の理念を嘲笑し、「戦争をもって文明を撲滅」しようとしているのだ。
(2016年8月12日)

東アジアの平和における憲法9条の役割

本日は日本民主法律家協会の第52回定時総会。かつてない改憲の危機の存在を共通認識として、国民的な改憲阻止運動の必要と、その運動における法律家の役割、日民協の担うべき任務を確認した。そのうえで、この大切な時期の理事長として渡辺治さんの留任が決まった。

総会記念のシンポジウム「東アジアの平和と日本国憲法の可能性」が、有益だった。パネラーは、中国事情報告の王雲海さん(一橋大学教授)と、韓国の事情を語った李京柱さん(仁荷大学教授)。お二人とも、達者な日本語で余人では語り得ない貴重な発言だった。その詳細は、「法と民主主義」に掲載になるが、印象に残ったことを摘記する。

王さんは、中国人の歴史観からお話を始めた。「近代中国の歴史はアヘン戦争に始まる」というのが共通認識。以来、帝国主義的な外国の侵略からの独立が至上命題であり続けている。だから、中国における「平和」とは、侵略を防いで独立を擁護することを意味している。改革開放路線も、「外国に立ち後れたらまた撃たれる」という認識を基礎とした、中国なりの「平和主義」のあらわれ。

1972年の国交回復後しばらくは、「日中蜜月」の時代だった。9条を持つ日本の平和主義への疑いはなく、日本の非平和主義の側面は米国の強要によるものという理解だった。それが、90年代半ばから、日本自身の非平和主義的側面を意識せざるをえなくなり、「尖閣国有化」以後は、「核武装して再び中国を侵略する国となるのではないか」という懐疑が蔓延している。一方、日本は予想を遙かに超えた経済発展の中国に対して、「中華帝国化」「海洋覇権」と非難している。

今、日中相互不信の危険な悪循環を断たねばならない。民主々義は衆愚政治に陥りやすい。ナショナリズムを煽る政治家やそれに煽動される民衆の意思の尊重ではなく、憲法原則としての平和主義が良薬となる。民主主義の尊重よりは、立憲主義を基礎とした平和主義の構築こそが重要な局面。「市民」ではなく、法律家や良識人の出番であり、その発言と民意の啓蒙が必要だと思う。

李さんは、「たまたま本日(7月27日)が朝鮮戦争停戦協定締結60周年にあたる」ことから話を始めた。朝鮮戦争当時南北合計の人口はおよそ3000万人。朝鮮戦争での戦争犠牲者は、南北の兵士・非戦闘員・国連軍・中国軍のすべて含んで630万余名。産業も民生も徹底して破壊された。当時マッカーサーは、「回復には100年以上かかるだろう」と言っている。朝鮮半島の平和の構築は、このような現実から出発しなければならなかった。

それでも、南北の平和への努力は営々と積みかさねられ、貴重な成果の結実もある。南北間には、1991年の「南北基本合意書」の締結があり、南北の和解の進展や不可侵、交流協力について合意形成ができている。92年には「韓半島非核化に関する共同宣言」もせいりつしている。そして、国際的な合意としては、2005年第4次6者会談における「9月19日共同声明」がある。ここでは、非核化と平和協定締結に向けての並行推進が合意されている。一時は、この合意に基づいた具体的な行動プログラムの実行もあった。

しかし、今、南北の関係は冷え切ったどん底にある。平和への道は、9・19共同声明と南北基本合意書の精神に戻ることだが、それは日本国憲法の平和主義を基軸とする「東アジアにおける平和的な国際関係構築の実践過程」である。その観点からは、日本における9条改憲と集団的自衛権容認の動きは、朝鮮半島の平和に悪影響を及ぼす。

王さんも李さんも、日本国憲法9条の平和主義にもとづく外交の重要性を語った。平和主義外交とは、相互不信ではなく、相互の信頼に基づく外交と言い換えてもよいだろう。会場から、浦田賢治さん(早稲田大学名誉教授)の発言があり、「日本外交の基本路線は、アメリカ追随の路線ではなく、独自の軍事力増強路線でもなく、憲法9条を基軸とした平和主義に徹した第3の路線であるべき」と指摘された。

中・南・北・日のすべての関係国が、「他国からの加害によって自国が被害を受けるおそれがある」と思い込む状況が進展している。ここから負のスパイラルが始まる。これを断ち切る「信頼関係の醸成」が不可欠なのだ。憲法9条墨守は、そのための貴重な役割を果たすことになるだろう。9条の明文改憲も、国家安全保障基本法による立法改憲も、そして集団的自衛権行使を認める解釈改憲も、東アジアの国際平和に逆行する極めて危険な行為であることを実感できたシンポジウムであった。
(2013年7月27日)

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