澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

今回仙台市長選は野党の選挙共闘モデルだ。

「自民惨敗の都議選」(7月2日)に続く大型地方選挙として、民意の動向を占う機会と注目されていた仙台市長選。昨日(7月23日)投開票の結果、郡和子候補の勝利となった。同候補は、民・共・社・由の4野党共闘候補。「市民と野党」の共闘が結実したことになる。安倍内閣の支持率
が急落するさなかでのこの結果、政権への影響は不可避である。それだけではなく、今後の野党共闘選挙のモデルとして大きな意義がある。

都議選は、部分的な野党共闘はあったものの基本は各政党の選挙戦。特殊な事情として、都民ファーストの会という本来保守でありながらヌエのごとき政治勢力の存在があった。反自民票の主たる受け皿の地位は、この政治勢力にさらわれた。しかも都議選では、「都ファ+公明」の選挙協力が成立し、自民は公明に離反されて孤立してもいた。

それと比較して仙台市長選は、与党勢力対野党勢力が四つに組んでの総力戦となった。「自・公の与党」対「民・共・社・由の野党」の闘い。極めて普遍性の高い選挙状況。いずれ迎える「天下分け目の」次の総選挙の小選挙区共闘のモデルケースである。地元紙「河北新報」の出口調査が、「無党派層の投票先は、自公候補28.1%、野党共闘候補45.2%」となっているのが象徴的である。野党共闘陣営が、無党派票(≒浮動票)獲得に成功し、ここで勝敗が決まった。票差は、16万5000票対14万9000票である。

下記の河北新報の以下の記事を紹介しておきたい。
「(敗れた)菅原さんは自民、公明の政権与党に加え、盟友の村井氏(宮城県知事)、奥山氏(前仙台市長)が支える盤石の態勢だった。『だからこそ負けるわけにはいかない』と訴えたが、知名度不足を最後まで覆せなかった。
告示直前の都議選で自民が大敗し、学校法人「加計学園」問題などで安倍政権の支持率が下落する中での選挙戦。『国政どうこうという話は私の頭の中には全くない』と述べたが、支援した市議は『アゲンストの風が吹いた』と悔やんだ。」

けっして、野党が勝って当たり前の選挙ではなかった。
与党側候補には、自民公明の政権与党が付き、宮城県知事も前市長も推しているのだ。負けるはずのない「盤石の態勢」と言ってもよい。それでも投票率が上がり、野党共闘に票が流れた。『アゲンストの風が吹いた』のだ。

河北新報は次のようにも伝えている。
「村井氏(知事)との近さを前面に出したことで、他候補から『お友達政治は許されない』『市は県の支店ではない』との批判も招いた。落選が確実となり、事務所では吹っ切れた表情で敗戦の弁を述べ、支持者らに頭を下げた。村井氏と奥山氏は姿を見せなかった。」

こんな風にはならないだろうか。
「首相との近さを前面に出したことで、国民から『お友達政治は許されない』『行政は総理のご意向や忖度で動くべきではない』との批判も招いた。文科省の設置不認可が確実となり、愛媛県も今治市も、吹っ切れた表情で敗戦の弁を述べ、地元民に頭を下げた。しかし、加計学園も安倍晋三首相も姿を見せなかった。」

これも、河北新報記事。
「郡氏は民進、社民両党の宮城県連が支持し、共産党県委員会と自由党が支援。衆院議員を四期務めた知名度を生かし、幅広く支持を集めた。自民党県連と公明党県本部、日本のこころが支持した菅原氏は、政権への逆風の余波を避けようと党幹部らの応援を控え、地元市議や県議が組織戦を展開したが、及ばなかった。」

全体状況と経過が簡潔にまとめられている。弱小ながらも極右の「日本のこころ」が、与党勢力にくっついていることにも触れられている。与党や自民が何者であるかを考えるうえで貴重な役割を果たしている。

ところで、衆議院議員総選挙宮城県第1区の最近の総選挙開票結果を確認しておこう。

2014年第47回衆議院議員総選挙
土井 亨 56 自・公 前 93,345票 46.8%
郡和 子 57 民主党 前 81,113票 40.6%
松井秀明 46 共産党 新 25,063票 12.6%

2012年第46回衆議院議員総選挙
土井 亨 54 自民党 元 87,482票 39.2%
郡 和子 55 民主党 前 60,916票 27.3%
林 宙紀 35 み・維 新 38,316票 17.2%
角野達也 53 共産党 新 13,454票  6.0%
桑島崇史 33 社民党 新  6,547票  2.9%

宮城1区に限らない。共闘ができずに野党乱立すれば、確実に負ける。野党共闘ができれば、今回市長選のように勝機はある。ということは、野党共闘ができずに乱立すれば確実に改憲発議を許してしまう。野党共闘ができれば、今回市長選のように改憲を阻止する勝機があるのだ。
(2017年7月24日)

泣きっ面に蜂が1匹。蜂が2匹。蜂が3匹。蜂がたくさん。

ワタシは憂鬱だ。「弱り目に祟り目」なのだ。いや「泣きっ面に蜂」だ。しかも、蜂は一匹だけじゃない何匹も何匹も数え切れない。おかしいぞ。安倍一強体制安泰のはずだったじゃないか。それが、かくも脆くも崩れるとは…。いったいどういうことなんだ。

議会でも、記者会見でも、講演でも、街頭演説でも。ワタシは好きなことを好きなように言ってりゃよかった。遠慮する必要なんかなかった。なんと言っても一強なのだから。面と向かってのワタシの悪口など、誰も言える雰囲気ではなかったじゃないか。それがどうだ。手のひらを反したようなこの針を刺すような冷たい空気。みんなワタシの悪口を言い合って楽しげだ。記者の態度も豹変した。突っ込みにトゲがあって、遠慮がない。「安倍首相の国会答弁 あまりに下品で不誠実で幼稚」なんて、コラムが大新聞の表題に躍っている。

驚いたのは、都議選が始まったときだ。候補者からの応援演説の依頼がない。「むしろ、不人気だから総理は来ない方がよい」と言われたあのときが、青天の霹靂。無理に無理を重ねた共謀罪国会で、既に潮目が変わっていたのだ。

なによりも都議選の惨敗は痛かった。それまで、不戦敗は別として、ワタシは選挙に勝ち続けてきた。対抗野党勢力の弱体という僥倖に恵まれていたとはいえ、選挙に強い安倍晋三のイメージが、一強体制をかたち作ってきた。それが、都議選では前回59議席からの、自民23議席への大凋落だ。だから、この都議選の結果が「安倍政権の終わりの始まり」と言われてもしょうがない。都連の会長は引責辞任したが、この大敗は明らかに安倍政権への批判だ。ワタシが惨敗の原因を作り、しっかりと足を引っ張った。それにしても、こんなにみごとに負けるとは思わなんだ。これが「弱り目」。

それだけではない。これを潮に、あらゆる世論調査による内閣支持率の極端な墜落。ついには30%を割る調査結果も。不支持率が支持率を上回り、その差が20%に近い。これが、「祟り目」。今日の新たな報道では、毎日新聞全国世論調査が、安倍内閣の支持率26%で、不支持率56%と発表された。「安倍晋三自民党総裁3期目は、『代わった方がよい』62%、『総裁を続けた方がよい』23%」。これは厳しい。

さらに、悪いことは重なる。無能で不人気な防衛大臣や地方創生担当大臣が、思いっきりワタシの足を引っ張る。これが「泣きっ面に蜂」、さらに大きなスズメバチの攻撃も出てきた。仙台市長選の敗北だ。これも痛い。負けただけでなく、負け方が悪い。タイミングは最悪だ。

仙台市長選は、東京都議選に続く大型地方選挙として注目されていた。国政の与野党対決構図、「自・公」対「民・社・共・自」がそのまま持ち込まれた選挙戦だった。言わば、ミニ国政選挙シミュレーションでもあったわけだ。朝日が「野党共闘候補が自公系破る」と見出しを打った。そのとおりだから、タチが悪い。「野党四党は緊密に連携し、安倍批判票を取り込んで勝利した」。このパターンの定着が最も痛い。この選挙でも、中央からの大物自民党議員は表に顔を出せなかった。「与党側の敗北で安倍政権への影響は避けられそうにない」と多くのメディアが愉快そうに報じている。ワタシは不愉快だ。

こんな事態だから追い込まれる。野党の閉会中審査など2か月前なら、無視して押し通せた。しかし、今は説明責任放棄を世論が許さない。針のムシロが、槍ぶすまになる。致命傷になるのだ。だから、明日と明後日(7月24・25日)には、閉会中審査の予算委員会で、「丁寧に説明」をしなければならない。これが憂鬱の原因なのだ。

でも、「丁寧に説明する」って、どうすればいいんだろう。たくさんの人たちが、ワタシの丁寧な説明能力を疑って、聞き耳を立てている。実は、ワタシもどうすればよいのか分からない。自分で何度も「国民の皆様に、納得していただけるよう丁寧に説明してまいります」って繰り返してきた。だけど、もちろん口先だけで言ってきたこと。本当にやる気はなかったから、どうしたら「丁寧に説明」できるか、真剣に考えたことはない。実際にどうすればよいのか、さっぱりなんだ。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

ワタシは、論争の相手を挑発したり、野次ったり、揚げ足を取ったり、話をそらしたり、論点をずらして一般論でごまかすことは、わりと得意なんだ。逆ギレして聞かれもしないことをまくし立てたり、「印象操作だ」と決めつけて印象操作をすることや、「反省しています」と言いながら相手を攻撃することも得意技。いつもワタシは正しくて、いつも論争の相手の方が間違っているんだから、当然こうなる。

ところが、そういう私の体質に国民世論が反発をしてきた。もちろん、私に非があるのではなく、愚かな世論が間違っているに決まっている。しかし、いま世論に逆らって、さらに支持率を落とせば確実に政権は崩壊する。「泣く子と地頭」には勝てても、世論には勝てない。だから、野党の言い分も良く聞いたフリをしたうえで、「丁寧な説明」をしなければならない。そこがつらい。

今日(7月23日)は、横浜でその練習をしてきた。集会で、「論語」の一節を引用して「『60にして耳順(したが)う』と言う。私はあまり人の話を聞かないイメージがあるけど、結構人の話を聞くんです」と述べてみた。取って付けたような、ワタシに似合わぬぎこちない発言だが、やればできるのだ。

とりわけ、加計学園の問題では「丁寧に説明する努力を積み重ねたい」と言ってきた。これまでなら、「『ご意向』も『忖度』もまったくない。それを証明せよと言っても、ないことの証明は『悪魔の証明』ではありませんか。あるというあなた方の方に証明責任はあるんですよ」と息巻いておくところだが、どうもそれが通用しない。それでは丁寧な説明にならず、そんな論法が批判の対象なのだ。

だから、何とかしなければならないのだが、『ご意向』も『忖度』もまったくないことを、どうしたら丁寧に説明できるのだろうか。ワタシには、至難の業だ。ストレスが溜まる。持病がぶり返すのではないだろうか。一期目のあのみっともない政権放棄を思い出す。汗だくのイノセ君や、茫然自失のマスゾエ君の顔がチラチラする。だから、憂鬱なんだ。
(2017年7月23日)

つぶやきームンフバト・ダバジャルガル青年の深刻な悩み

私、ムンフバト・ダバジャルガル。通称はダヴァ。32歳。職業は日本のプロ相撲選手。こちらでは、大相撲の力士と言うんだ。力士としての登録名は、「白鵬」。「鵬」は中国の古典に出て来るとてつもなく大きな伝説の鳥だ。一昔前に「大鵬」という強い力士がいて、それにあやかったネーミング。15歳でモンゴルのウランバートルから東京に来て、心細い思いをしながらも、我ながらよく頑張った。グランドチャンピオン(横綱)に上り詰めただけでなく、とうとう昨日(7月21日)通算1048勝という大相撲史上の新記録を樹立した。名力士「大鵬」さんもできなかったことだ。これまでの苦労を思えば、感慨一入。涙も出る。

記録達成後のインタビューの様子を、メディアは、「目を閉じて数秒間の沈黙の後に、『言葉にならないね』と喜びをかみ締めた。胸に去来するのは、努力を重ねて地位を築いた土俵人生。そして、将来の夢だ。」などと報じている。「喜びをかみ締めた」は嘘ではない。しかし、思いはもう少し複雑で微妙なんだ。

私は社会人としては若いが、現役の力士としては盛りを過ぎている。引退は先のことではない。その後は、大相撲協会の役員となり、自分の経験を生かして後輩を育成したい。そう、次の舞台の人生を描いている。日本人力士にとっては、なんの問題もないことだが、私の場合には国籍という壁が立ちはだかっている。日本相撲協会の役員として残るには、日本に帰化して日本国籍を取らねばならないとされている。しかし、日本国籍を取るということは、モンゴルの国籍を捨てるということだ。これが悩みなんだ。

私の父、ムンフバト・ジジト(76才)はモンゴル相撲の大横綱で、モンゴル人初の五輪メダリスト(1968年メキシコ五輪レスリング銀メダル)という母国の国民的英雄なんだ。その子の私にも、モンゴル民族の期待は大きい。これまで熱狂的な声援を受けてきた。私も母国の声援に応えようと、努力を重ねてきた。モンゴル国籍の離脱は、母国を裏切るものととらえられかねない。だから、かねてから父は私の帰化には反対してきた。作今、その父の体調がすぐれない。日本国籍を取得して引退に備える、という気持にはなかなかなれない。

国籍問題さえクリヤーできれば実績に文句のつけようはない。「白鵬」の名のまま相撲協会に残って、後進を指導する「年寄」になれる。そう、みんなに言っていただいている。

しかし、公益財団法人日本相撲協会の規則には、「年寄名跡の襲名は日本国籍を有する者に限る」と明示されている。現在の八角理事長(元横綱・北勝海)は「白鵬だから例外ということはない」と言っているそうだ。

私は、自分に流れるモンゴル民族の血にも、栄誉ある父の子であることにも、誇りをもっている。モンゴルの人々のこれまでの恩義も大切にしたい。モンゴルの国籍を捨てるようなことはしたくない。

また、私を育ててくれた日本という国も、大相撲も大好きだ。妻も日本人で、引退後の人生は大相撲の「年寄」として、「白鵬部屋」から立派な力士を輩出する夢を描いている。

できれば帰化などせずに、モンゴルの国籍をもったまま、「白鵬部屋」の年寄りになりたい。そう願って、この問題を考え続けてきた。

問題はふたつあると思う。一つは、大相撲協会の規則。どうして、「年寄」(親方)の資格を国籍で縛ろうというのだろうか。聞くところでは、「日本の伝統文化である以上、(規定を)変えることはありません」ということのようだが、正直のところよく分からない。伝統文化を支えているのはむしろ力士ではないだろうか。力士については日本国籍であることを要求されていない。力士として日本の伝統文化を支えた人が、年寄りになろうとすると、どうして日本の国籍が必要となるのだろうか。私の、これまでの日本の伝統や文化との関わり方を見ないで、帰化するかどうかだけが「日本の伝統文化」を大切にすることの証しなのだろうか。

大相撲は、いち早く尺貫法を捨ててメートル法に切り替えたり、伝統の四本柱をなくして釣り天井にしたり。外国人力士を受け入れたり。伝統文化を大切にしながらも、合理性は取り入れてきたと聞いている。私が帰化しさえすれば、「日本の伝統文化」が保たれたことになるというのだろうか。

私は心の底から思うのだが、私にモンゴル籍のまま力士として活躍の場を与えてくれた相撲協会のあり方こそが「日本の伝統文化」というものではないだろうか。年寄籍問題についても、もっと大らかで解放的に考えていただくことこそが「日本の伝統文化」の立場ではないだろうか。

もう一つは、法律の問題だ。私は、モンゴルの国民でありたい。しかし、場合によっては日本の国籍を取得しなければならない。そのとき、どうしてモンゴルの国籍を捨てなければならないのだろうか。どうして、両方の国籍を取得してはならないのだろうか。必ず、どちらか一つだけを選ばなければならないというのは、私の場合とても難しくつらいことだ。日本とモンゴル、どちらか一方を捨てろという選択を強いられることは、私の心を裂くに等しい。本当に何とかならないものだろうか。
(2017年7月22日)

東京オリンピックは、日の丸・君が代抜きで願いたい。

アツイ。あつい。暑い。熱い。いふまいとおもへどけふのあつさかな。「暑い」という以外に言葉はなく、話題もない。

3年後の夏、この暴力的な猛暑の東京で、オリンピック・パラリンピックが開催されるという。マラソンの日程は男女とも8月上旬だとか。恐るべき炎熱下の試練。愚かしくも非人道的な「地獄の釜」の中の苦役。東京の夏に五輪を誘致した諸君よ。キミたちはクーラーの効いた部屋で、剣闘士たちの酷暑の中の死闘を眺めようというのか。アスリート諸君よ、奴隷の身に甘んじることなかれ。

オリンピックといえば、国威発揚であり、ナショナリズムの鼓吹である。あたかも当然のごとくに国旗国歌が大きな顔をして鼻につく。どこの国の国旗国歌も愉快なものではないが、とりわけ日の丸・君が代は不愉快極まる。わが国の天皇制支配や軍国主義や侵略や植民地支配の負の歴史を背負って、歪んだ保守派ナショナリズムのシンボルとなっている。天皇教によるマインドコントロール下の大日本帝国とあまりに深く結びついたその旗と歌。今なお、日本人が無邪気にこの旗を振り、この歌を唱う感性が信じがたい。

ところで、最近こんな文章にお目にかかった。筆者を伏せて、ご一読願いたい。
《優勝者のための国旗掲揚で国歌の吹奏をとりやめようというブランデージ(当時のIOC会長)提案に私は賛成である。(略)私は以前、日本人に稀薄な民族意識、祖国意識をとり戻すのにオリンピックは良き機会であるというようなことを書いたことがあるが、誤りであったと自戒している。民族意識も結構ではあるがその以前に、もっと大切なもの、すなわち、真の感動、人間的感動というものをオリンピックを通じて人々が知り直すことが希ましい》

民族意識や祖国意識よりも、「真の感動」、「人間的感動」をこそ重視すべきだという。「真の感動」、「人間的感動」の何たるかはこの短い文章に盛りこまれてはいないが、国威発揚やナショナリズム鼓吹の対立物としてとらえられている。だから、「優勝者のための国旗掲揚で国歌の吹奏をとりやめよう」という提案に賛成だというのだ。真っ当な見解ではないか。

この一文は、1964年10月11日付読売新聞に「人間自身の祝典」との標題で掲載されたものだという。筆者は、何と石原慎太郎。スポーツライターの玉木正之さんのサイトに紹介されていたもの。石原慎太郎とは、その40年後に東京都知事として、公立学校の教職員に、国旗国歌を強制する「10・23通達」を発出した張本人である。

石原に倣って、私はこう言いたい。
《学校の卒業式に国旗掲揚や国歌斉唱をとりやめようという良識ある教員たちの提案に私は賛成である。少なくとも、天皇(明仁)が米長邦雄に語ったとおり「やはり強制になるということでないことが望ましいですね」というべきだろう。
私は以前、日本人に稀薄な民族意識や祖国意識、そして秩序感覚をとり戻すのに卒業式の国歌斉唱は良き機会であるというようなことを思ったことがあるが、誤りであったと自戒している。民族意識も愛国心も秩序感覚も結構ではあるが、その以前に、もっと大切なもの、すなわち、自立した人格の形成、精神的な自由の確立、斉一的な集団行動の強制ではなく、国家や集団に絡めとられない個の確立、そして教育の場での真の感動、人間的感動というものを確認する卒業式であることこそが希ましい》

オリンピックであろうと、卒業式であろうと、国旗・国歌は個人と対峙し、個人を呑み込む。アスリートよ、国の栄光のために競うな。自分のために輝け。それこそが、真の感動ではないか。卒業式の若者よ、国歌を歌うな。自分自身の魂の詩を語れ。それこそが人間的感動を確認する手段ではないか。

国威発揚の五輪に成功したのがヒトラーだった。そのドイツ民族を主役とする大祭典は第2次大戦を準備するものでもあった。2020年東京五輪が、その亜流であってはならない。国旗国歌の氾濫する20年夏は暑苦しく息苦しい。せめて、「優勝者のための国旗掲揚で国歌の吹奏をとりやめよう」くらいの五輪であって欲しい。日の丸・君が代抜きの東京五輪であれば爽やかとなろうし、少しは涼やかな東京の夏となるだろう。
(2017年7月21日)

内閣改造を待つことなく、稲田朋美を罷免せよ

「加計3悪人」(萩生田・菅・下村)や、「『THIS』(豊田・萩生田・稲田・下村)IS敗因」だけではない。自民の都議選惨敗や、安倍内閣支持率凋落には、数々の立役者が活躍した。安倍昭恵、金田法相、二階幹事長、河村健夫…。そしてなによりも安倍晋三本人である。

オウンゴールとは、めったにあるものではない。にもかかわらずそれを繰り返すプレーヤーは、オウンゴールの名手と褒め称えなければならない。その筆頭は、もちろん稲田朋美を措いてない。単なる無能の域を超えて、意図的に獅子身中の虫たらんと精進を重ねているに違いないのだ。

またまた、やらかした。昨日(7月19日)各紙朝刊が一面トップで報じた「南スーダンPKO日報隠蔽了承」疑惑だ。同日の夕刊では、新たな関連記事で追い打ち。この人らしいのは、それでも否認し続けていること。蛙の面になんとやらなのだ。

事実を確認しておこう。19日新たな報道がなされる以前に知られていた経過は以下のとおりである。

昨年(16年)12月2日、防衛省は陸上自衛隊の南スーダンPKO現地部隊が作成した日報の情報公開請求に対し、「陸自が廃棄済みで不存在」として不開示とした。だが、後にこの資料が統合幕僚監部に電子資料として保管されていた事実が判明した。「紙」は廃棄されたが、「パソコンの中のデータ」は残されていたということだ。本当は最初から探す気さえあれば、存在した資料のはず。これが12月26日のこと。ところが、どういうわけか、そのデータ発見の事実が大臣まで報告されたのは、1か月を経た翌17年1月26日となった。これを受けて防衛省が、データの保管を認めるとともに、一部は黒塗りで情報公開したのが2月6日。

さらに3月15日、報道によって、統幕だけではなく陸自にもデータが保管されていたことが判明して、問題となった。翌3月16日には、衆院安全保障委員会で、野党が稲田を追及。稲田は「(陸自からの)報告はなかった」と明言している。そのうえで「私の責任で徹底した調査を行わせる」と述べ、防衛監察を命じたことを明らかにしている。

ところが、7月19日朝刊の新たな報道では、3月16日衆院安全保障委員会での「(陸自からの)報告はなかった」という稲田答弁は真っ赤な嘘なのだという。稲田は、「陸自の日報隠蔽を了承していた」というのだ。新たな報道の経過は以下のとおりである。

問題の日報の電子データは、今年1月17日陸自でも見つかっていた。これを受けて、防衛省の背広組と制服組の最高幹部による緊急会議が2月15日に開かれたという。廃棄してないはずなのに出てきた日報の取り扱いをめぐる会議。今さら「あった」とはいえないから、「陸上自衛隊にあった日報は隊員個人が収集していたもので、公文書にはあたらない」という理屈を付け、「保管の事実を公表する必要はない」との結論に達して会議は終了したという。

報道では、稲田防衛相、黒江哲郎事務次官、豊田硬官房長、岡部俊哉陸上幕僚長らが出席していた。当然に稲田も、「会議での隠蔽の結論を了承した」と各紙が報道した。さらに、追い打ちをかけるように、会議の2日前2月13日にも陸自の担当者は稲田大臣に報告していた、と報道されている。

このような経過がありながら、稲田は3月16日に、国会で「(陸自からの)報告はなかった」と答弁した。しかも、「私の責任で徹底した調査を行わせる」「徹底的に調査の上、防衛省、自衛隊に改めるべき隠ぺい体質があれば、私の責任で、改善していきたいと考えております」とまで述べているのだ。

なお、注意すべきは、一部ではあるが、「2月6日に統幕にあった情報の公開は(黒塗りであるにせよ)なされているのだから、重ねての陸自資料の有無や公開にこだわる実益に乏しい」と、問題を矮小化する議論が行われている。このような論点ずらしの妄論に惑わされてはならない。

最大の問題は、稲田の3月16日国会答弁が虚偽であったことである。そして、防衛省内の隠蔽体質と、これをコントロールできない大臣の無力無能である。まずは12月2日に「日報不存在」と言った虚偽。統幕がデータの存在を確認して公開まで1か月余の不申告。さらに、3月19日報道の口火を切った共同通信記事はこう伝えている。
「日報を巡っては、情報公開請求を不開示とした後、昨年12月に統合幕僚監部で発見。その後、陸自でも見つかったが、1月27日に統幕の背広組の防衛官僚が、報告に来た陸上幕僚監部(陸幕)の担当者に『今更陸自にあったとは言えない』と伝達。2月にデータは消去された。」

1月27日とは、2月6日情報公開以前のこと。統幕なら「データがあった」と言ってもよいが、「今更陸自にあったとは言えない」というのが隠蔽体質。

またまた稲田が嘘をついている公算が高い。いうまでもなく、嘘つきは泥棒のハジマリ、政治家のオシマイである。嘘つき防衛大臣の存在を許してはならない。これこそ、危険極まりない。

8月3日に内閣改造の予定だという。これだけ問題を起こし続けている稲田朋美をそれまで防衛大臣の椅子に居座らせ続けてはならない。

安倍晋三は、7月19日夜麻生太郎らとの会食の席で、「小泉政権は田中真紀子外相を更迭したときに、内閣支持率が下がった」と言及したと報じられている。これを「田中切るバカ、稲田切らぬバカ」という。
稲田は直ちに辞めろ。稲田を直ちに辞めさせろ。無傷で、任期を全うしたなどと言わせてはならない。
(2017年7月20日)

国籍による差別を容認してはならない

昨日(7月18日)、民進党の蓮舫代表が自身の戸籍謄本の一部を公開して、二重国籍を否定した。右翼ジャーナリズムと党内右派の悪意ある攻撃に晒されて釈明を余儀なくされてのことだ。まさかそこまですることもあるまいと思い込んでいるうちのできごと。蓮舫支持の声が弱かったことが悔やまれる。

蓮舫代表の戸籍謄本の一部公開に先だって、昨日の午前中に、民族差別問題に関わる弁護士と著名大学人の10名が、連名で「蓮舫代表のいわゆる“国籍問題”に関する民進党への申し入れ」と表題する文書を民進党に提出して、戸籍公開に反対する申し入れを行った。この申し入れに賛意と敬意を表するとともに、その全文を紹介しておきたい。

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 2017年7月18日

 「蓮舫代表のいわゆる“国籍問題”に関する民進党への申し入れ」
民進党・蓮舫代表は、このたびの都議選を総括する党内論議の中で「代表の二重国籍問題が最大の障害」との一部の議員の指摘を受けて、台湾籍を離脱したことを証明する資料を18日に公表する方針を示しています。

 蓮舫代表は、参議院選挙に立候補した時点で戸籍謄本により日本国籍を有していることが確認されており、何の違法行為も行っておりません。一部の党内議論とごく一部の報道やネット世論が問題視している「二重国籍」なる問題ですが、そもそも、本当に「二重国籍」なのか、という点をまず問われなければなりません。

日本の国籍法はかつて父系血統主義を取っていたため、台湾籍の父を持つ蓮舫代表は出生時において選択の余地もなく台湾籍を持つことになりました。ところが、その後、1972年の日中国交正常化により、日本政府は中華人民共和国政府のみを唯一の政府であると認め、今日まで台湾(中華民国)政府を承認していません。そのため、蓮舫代表も中国籍とされたのです。その後、1985年に国籍法が改正され、蓮舫代表は経過措置による届け出により日本国籍を取得しました。日本政府の、中華人民共和国を正式な唯一の中国政府とする立場からすれば、日本国籍を取得した時点で中国の国籍法により自動的に中国国籍が喪失されることになります。すると、蓮舫代表についてそもそも二重国籍という問題は生じないことになります。

他方で、台湾の国籍法は外国籍の取得に伴う台湾国籍の自動的喪失を認めないため、国籍の得喪につき台湾の国籍法を適用すれば、二重国籍の問題が生じえます。ただ、台湾当局において台湾国籍の喪失手続きを行ったとしても、その喪失の効果を認めるか否かは日本政府の行政運用の問題であって、蓮舫代表個人の問題ではありません。

日本政府は、蓮舫代表の台湾籍の国籍喪失届を不受理にする一方で、台湾籍の放棄を宣言することによって行う国籍選択を行政指導したといいます(注1)。それ自体、矛盾した態度であると言わざるを得ません。また、仮に「二重国籍」であることを前提としても、国籍選択については、あくまでも法的拘束力のない「努力義務」にとどめており、これまで法務省自身が催告を行ったことがないことを認めています。そもそも、国籍選択制度自体、今日の国際色豊かな多様な社会状況からすれば、その有用性は大きな疑問です。

このように、国籍は複数の国の法制度が絡み合えば個人の意思に関わらず複雑な問題が生じ、しかも、未承認国家の国籍については、日本政府がどのような立場、対応をとるのか、ということが問題となるのです。

さらに、重国籍者の被選挙権についてもかつて国会で議論され(注2)、その被選挙権を制限する理由はないという結論が出ています。

つまり、蓮舫代表は自身の国籍に関して戸籍を含む個人情報を公開するなんらの義務も必要もありません。それにもかかわらず蓮舫代表に個人情報の開示を求めることは、出自による差別を禁じている憲法第14条(注3)及び人種差別撤廃条約の趣旨に反する行為と考えられます。

これまで日本には、戸籍に記された個人情報が差別や排除の目的で利用されてきた歴史がありました。被差別部落に出自を持つ人たちを雇用や結婚で差別するために作られた1975年の「部落地名総鑑事件」の教訓をもとに、企業による採用選考の場で応募者に戸籍謄本の提出を求めることは禁じられるようになりましたが、同様の差別がさまざまな形で残っていることは、各種調査でも明らかです。

また、日本には多くの日本生まれの外国籍者や、外国から日本に移動してきて暮らす外国籍者がいます。1万人を超える無戸籍者もおり、非嫡出子など出自にかかわるさまざまな事情を抱えた人もおります。アイヌは、明治32年に制定された北海道旧土人保護法により、日本の戸籍に編入されながら「旧土人」と分類され続けてきました。日本社会の近代化の歴史は、人権に目覚め、その尊重を訴える人たちと、差別・排除に固執する人たちとのせめぎ合いの歴史だったと言っても過言ではないでしょう。その中で、今回、蓮舫代表が戸籍開示を迫られ、その記載内容によって何らかの判断を下されるというのは、まさに上記の憲法14条違反であり、日本の人権をめぐる歴史の時計の針を100年、巻き戻そうとする愚挙でしかありません。

とりわけ近年は、路上あるいはネットでのヘイトスピーチ、沖縄での機動隊員での「土人」発言や保守を名乗る政治家による排外主義的発言の横行を見てもわかるように、特定の人種、民族、国籍などの属性に基づくマイノリティ差別が酷くなる傾向にあります。民進党はこれまで、共生社会と多様性の実現を政策理念として掲げてきました。政策集の中には、目指されるべきは「一人ひとりの基本的人権をさらに尊重する社会、多様な個性や価値観が認められる人権尊重社会」とはっきり記されています。にもかかわらず、上記の一部の風潮に同調するように党内からも蓮舫代表に「日本人であること」の証明を求める声が出るというのは、憂うべき事態と言わざるをえません。

蓮舫代表が、自身がおっしゃるように「多様性の象徴」であることは、肯定的に評価されこそすれ、いささかも批判されるものではないと考えます。

民進党が共生社会を求める市民に支持される公党たるべく、みずからの政策理念をあらためて確認されることを願うとともに、蓮舫代表には、ご自身のルーツや生きてきた道に堂々と胸を張り、不要な個人情報の開示要求は毅然として拒み、一人ひとりが大切にされる社会の実現のために力を尽くしてくださることを願ってやみません。」

佐藤学(学習院大学)、西谷修(立教大学)、山口二郎(法政大学)、中野晃一(上智大学)、香山リカ(立教大学)、伊藤和子(NGOヒューマンライツ・ナウ)、神原元(神奈川弁護士会)、原田學植(第一東京弁護士会)、小田川綾音(第一東京弁護士会、全国難民弁護団連絡会議)、金竜介(東京弁護士会、在日コリアン弁護士協会)

注1 国籍法第14条2項
日本の国籍の選択は、外国の国籍を離脱することによるほかは、戸籍法の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによつてする。

注2 昭和59年5月2日、8月2日の参議院法務委員会における飯田忠夫参議院議員(公明党)と関守・内閣法制局第二部長、枇杷田泰助・法務省民事局長らとの議論

注3 日本国憲法14条
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

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この長い文章の眼目は、「日本社会の近代化の歴史は、人権に目覚め、その尊重を訴える人たちと、差別・排除に固執する人たちとのせめぎ合いの歴史だったと言っても過言ではないでしょう。」「今回、蓮舫代表が戸籍開示を迫られ、その記載内容によって何らかの判断を下されるというのは、まさに憲法14条違反であり、日本の人権をめぐる歴史の時計の針を100年、巻き戻そうとする愚挙でしかありません。」というところにある。

そして、「蓮舫代表が、自身がおっしゃるように『多様性の象徴』であることは、肯定的に評価されこそすれ、いささかも批判されるものではないと考えます。」が、受け容れられない社会へのもどかしさが伝わってくる。

本来は被選挙権の有無だけが問題で、氏が被選挙権を有することには一点の曇りもない。二重国籍であろうとなかろうと、なんの問題があろうか。むしろ、氏は「蓮舫」という、自己の出自を表す姓名を堂々と名乗ってこれまで選挙民の審判を受けてきたではないか。

この申入書の前半はやや煩瑣にまで、二重国籍を否定する論拠に割かれている。そうせざるを得ない現実があるのだ。

つまらんことだ。国籍や人種や民族や宗教の別にこだわることはもうやめたい。愛国心や国旗や国歌をありがたがるのも、実は差別の裏返しだ。一人ひとりを、個性を持った人間として尊重すべきだけが大切なことではないか。

ヒトの年齢を聞くことが失礼な時代にはなっている。国籍を問題することも恥ずべきことなのだ。「私の国籍がどうだって? 失礼なことを聞くもんじゃないよ」「二重国籍? それがどうした?」と言える、差別否定の常識が通用する社会でなくてはならないと思う。
(2017年7月19日)

安倍晋三の国政私物化を許してはならない。

法の支配こそが近代国家運営の大原則。法は権力の恣意的行使を許さない。権力者の私的な利益のために権力が行使されてはならない。そのような疑惑自体があってはならないことなのだ。

歴史の揺籃期には、国家は国主の私有に属するものだった。その当時公私の別の観念はなく、国のすべてが国王ひとりのものであり、権力の行使は王の一存に委ねられていた。法の支配が貫かれている今、そのようなことが許されてよかろうはずはない。

いかなるカムフラージュを施そうとも、権力者の私的な利益のための恣意的な権力の行使が許されてはならない。国家機関の官僚が権力者の私兵として動かされてはならない。

法治に穴を穿つ人治の事実も、そのかすかな疑惑も見逃されてはならない。国民の批判を免れてはならない。それは、国の腐敗を表す行為であり、民主的な政治過程を過つ行為であり、公正であるべき行政をゆがめる行為なのだから。

森友学園事件とは何であるか。安倍晋三夫妻が、極右の幼児教育に「涙の出るほど感動」して、この極右教育者のために神風を吹かせて、極右教育を行う小学校建設の便宜をはかったことである。安倍夫妻が加担した幼児教育とは、教育勅語を暗唱させ「安倍晋三首相ガンバレ」と園児に三唱させる幼稚園教育の延長線上にあった。明らかにこの件の核心は、アベ夫妻の行政私物化にある。しかも、極右教育への賛同と称揚が動機となって行政をゆがめたのだ。けっして、アベ夫妻の公私混同の責任を看過してはならない。

この件は、世論の批判を受けて、安倍が籠池を裏切って幕引きをはかろうとしているが、問題は未解決である。近畿財務局による学校敷地払い下げ価格8億円値引き根拠や経過そして責任の所在が未解明である。「記録は破棄した」で説明責任が免責されてよかろうはずはない。なぜ、安倍昭恵を証人喚問しないのか。なぜ、トカゲの尻尾だけを切って、本体にメスを入れようとしないのか。

加計学園事件とは、腹心の友への巨額の便益供与疑惑である。普通は、厚く施されたカムフラージュの壁に阻まれて、なかなか疑惑は外に見えることなく、窺い知られぬまま葬り去られる。加計学園疑惑がここまで明らかになったのは、偶然の産物であり、奇跡でもある。

安倍としては、国家戦略特区諮問会議議長として腹心の友に利益を与えてはならなかった。安倍の論理に乗ったとしても、岩盤規制に穴を開ける最初のケースは、京産大とすべきだった。腹心の友への利益供与は、京産大獣医学部新設の成果を見たあとの二番手、三番手にすべきだったのだ。

これも、疑惑は未解明。加計孝太郎や安倍昭恵、内閣官房や内閣府、国家戦略特区の関係者をなべて証人喚問しなければならない。閉会中審査の数時間の質疑で、解明できるはずはないのだ。

アベとモリ・カケとの関係は、江戸時代のお代官と越後屋さながらではないか。明治期の藩閥政権と政商たちとの関係でもあろう。官有物払下げにまつわる疑惑は、いくつもあった。発覚したのは氷山の一角であったろう。開発独裁国家の腐敗政権も思い出される。アベ政治とは、そのレベルなのだ。

「アベのアベによるアベのための政治」「トモダチのトモダチによるトモダチのための行政」を徹底して清算しなければならない。そうしなければ、わが国は「公私混同を理解しない愚かな権力者の、愚かな手下たちによる、愚か者一味の私的利益実現のための腐敗した国家」という汚名をすすぐことができない。
(2017年7月18日)

日中両国民間の「和解」を阻む靖国神社ー張剣波さんの指摘

重慶大爆撃訴訟(現在、東京高裁係属中)を支える「弁護団」と「連帯する会」が発行している『重慶大爆撃 会報』が40号となった。訴訟の進行は困難な局面に差し掛かっているが、この訴訟は大きな問題提起をなし得ている。

戦後日本は、旧日本軍(皇軍)による中国への侵略と加害の歴史に正面から向き合ってこなかった。戦後72年を経てなお加害についての真摯な謝罪と反省はなく、両者の和解は成立していない。この訴訟と、日中両国にまたがるこの訴訟を支える運動とは、究極の和解を目指すものと言えよう。

この会報40号に、「靖国神社と靖国神社参拝の本質について」と題する張剣波さん(早稲田大学講師・政治学博士)の講演録が掲載されている。被害者の側から日中両国民の和解の必要が語られていて、紹介に値するものと思う。

氏は、日中両国民間の和解の必要について、大意こう語っている。(なお、以下の紹介文は、文意を変えない程度に、澤藤が要約したもの)
「和解は不可欠なのです。和解がないと、心のわだかまりは残ります。そもそもそれは、正義に反します。政治的政策的な動機で田中角栄が中国を訪問して、日中国交正常化以降、一時期日中友好の時代もありました。でも結局、それが非常に脆いものだったのです。歴史問題が障害になって日中友好の時代はあっという間に過ぎ去ってしまいました。
和解というプロセスがないと、戦争につながるという懸念が残ります。日本が再び戦争への道を走る。その危険性は、今も全くないとは言えない。多くの人が心配するところです。しかし、私は元侵略者が再び侵略戦争をやるという可能性以上に、侵略された側が強く大きくなって復讐のために何かをやる、その方を私は心配するのです。そんなことのないように、やはり和解という問題は重要なのです。」

その上で、氏は和解の障害としての靖國神社の存在について語っている。靖国を語ることは、日本軍の戦没兵士の功罪を語ることであり、中国での戦争の性格を語ることでもある。当然のことではあるが、被害側の氏の言葉は、私たちにとって重く、しかも鋭い。

「歴史問題を語る時に、日本軍の戦没者の性格は、中国からみると極めて簡単な問題ですけれども、日本の中では、これは非常に難しく微妙な問題になっているのです。私が日本に来たばかりのときに、大学でお世話になった日本人の先生が仰ったことを今でも鮮明に覚えています。『あなたの家族や親戚の人が戦死していたとしたら、それでもあなたは家族の死をもたらしたその戦争を間違った戦争だった、と言えるだろうか』というのです。なるほど、日本の普通の庶民は、やはりそういう風に思うのだ、こんな偉い先生でもそう思うのだ、ずっと頭の中に、その話が残っている。これは、戦死者、戦没者の性格について私が考える一つのきっかけにもなりました。

中国の一般民衆からすれば、日本による戦争の侵略性と犯罪性は明らかで、侵略と犯罪に加担した日本軍の兵士の罪は戦死しても消えない。ところが、侵略戦争と犯罪に加担した日本軍の軍人がその罪を背負ったまま靖国神社に祀られている。神として、英霊として。

重慶空爆を行って中国軍に撃ち落とされた兵も、731部隊で人道に悖る行為をした将兵も、靖国神社に祀られています。彼らは、紛れもなく侵略者であり犯罪者です。これを祀る靖国神社というのは、侵略戦争を支える軍事的な施設であり、侵略の道具でした。

侵略された側から見た場合、日本軍の戦没兵士は侵略者であり犯罪者であって、彼らを多角的に理解しなければならない理由はありません。靖国神社は、このような侵略者、犯罪者を、英霊として、神として祀っている。これは、全く正当性を持だない。反正義であり、反人類である。そのような施設を参拝することは、なおさら正義に反する。参拝してはならない。

このような前提にたって、靖国神社あるいは靖国神社参拝を考えれば、靖国神社の存在がある限り和解は困難です。侵略戦争に加担して死亡した者を美化する施設はあってはならない。まして、そのような施設を参拝するということは、絶対にあってはならない。和解の妨げになります。

保守系の議論の中で靖国神社参拝問題が政治問題になるのはA級戦犯分祀ということが争点になります。A級戦犯を靖国から分祀すればこの問題は終わるから、外国の首脳にも靖国神社を参拝させる、日本の政治家も堂々と参拝しても良いと。そのような主張が結構あるのです。しかしそうあってはならないのです。決してA級戦犯だけの問題ではない。A級戦犯をそこから出したからもう参拝しても良い、ということにはならないのです。」

靖国神社問題の最もやっかいなところは、戦没者遺族の心情を神社側が絡めとっているところにある。靖国の英霊とは、客観的には侵略戦争の尖兵である。被害国から見ての侵略者であり犯罪者である。しかし、「自分の親が戦死していたとしたら、その親を侵略者であり犯罪者と呼べるだろうか」「自分の子の死をもたらしたその戦争を間違った侵略戦争だったと言えるだろうか」という問は、受けとめるのにあまりに重たい。

靖国神社は、家族の死をこの上なく美化し意味あらしめてくれる。戦没者遺族にとって、これ以上ない慰藉の場なのだ。しかし、同時にその慰謝は天皇が唱導した侵略戦争への無批判な賛美につながる。

そうあってはならない。本来遺族は、大切な家族を兵士とし無惨な死へと追いやった、国の責任をこそ追及すべきなのだ。まさしくこれこそが歴史認識の根幹に関わる問題。あまりに重いが、いかに重くとも歴史の真実は真実として受けとめなければならない。被害を受けた側の怒りや嘆きは、比較にならぬほどに大きく深刻なのだから。
(2017年7月17日)

DHCスラップ訴訟学習会レポートと、憲法と社会改革をめぐる議論ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第106弾

本日(年7月16日)は久しぶりに「DHCスラップ訴訟」についての学習会。13時から17時までの長丁場。いささかくたびれたが、熱心に耳を傾けていただく聴衆を得て、とてもありがたい。

準備したレジメは、A4(40字×40行)8枚びっしりとなったが、大部なレジメを見ているうちに、「レジメのレジメ」が必要と思うに至った。それが、下記の1枚もの。結局はこのレジメと板書だけで3時間の報告。言わんとするところの大意はつかんでいただけるのではないか。

私は、DHCスラップ訴訟を素材に憲法を語った。そのあと、出席者の憲法をめぐっての議論が興味深いものだった。概要をご紹介しておきたい。
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DHCスラップ訴訟報告・レジメのレジメ

第1 言論の自由について
1  表現の自由(21条)の位置づけの理解について
*表現の自由は人権のカタログの中で優越的地位を占めるものとされる。
*その根拠は、表現の自由が
(A)「自己実現の価値」(自己の人格を発展させる個人的価値)と
(B)「自己統治の価値」(政治的意思決定へ関与する社会的価値)とを
ともに有しているからである、という。
2 「自由とは、他人を害しないすべてをなし得ること」(人権宣言4条)か?
*「他人を害しない自由」「誰をも害しないことをする権利」は意味がない。
*権力者におもねり、権力を称賛する言論の自由を論じる意味はない。

第2 すべての権利に内在する限界についての一般論
*外在的な「公共の福祉」や「公序・公益」ではなく、
他の人権との衝突の局面での「調整原理」が内在的制約。

第3 私のブログでの言論が許されるか。
1 私のブログでの言論はDHC・吉田の人格権を侵害した。
*だから私の「表現の自由」と、吉田の人格権との調整の問題が生じる。
2 私の言論の(B)「自己統治の価値」(政治的意思決定へ関与する社会的価値)が、DHC・吉田の人格権の価値を凌駕する。
3 そのことが以下の結論(ないし説明)となった
「当該言論は、原告の社会的評価を低下させているが、
*表現の内容が公共の事項にかかるものであり、
*表現の目的がもっぱら公益の目的に出たものであり、
*かつ表現が真実(ないしは真実と信じたことに相当の根拠がある)だから
違法性を阻却される。

第4 反撃訴訟では、裁判を受ける権利(32条)の限界が問題となる。
*スラップを起こす側の「裁判を受ける権利」は保護に値するか
*スラップの被告側にも、「無謀で不必要な提訴にさらされない」権利がある
○スラップ原告の主観的目的や態様次第で民事訴訟制度本来の趣旨を逸脱
○スラップを起こされる被告の具体的不利益と社会的不利益
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「メディアに立憲主義という用語が蔓延し、『憲法とは、国民が権力に守らせるための命令で、国民自身が守るべきものではない』と説明されるようになった。しかし、これに賛意を表している左派陣営に違和感を覚える。」
こんな風に議論の口火を切ってくれる人がいるとありがたい。

「かつて左翼陣営は、法そのものを『支配階級のイデオロギー』と理解していたはずではないか。だから『合法主義』が身内への悪口となっていた。」「『憲法とは、国民自身が守るべきものではない』という意見の底に、憲法分野での運動に対する軽視の姿勢が見えるように思える。」

「いいや、それは誤解だ。」という反対論が出る。「それは、ことさらに政治論と憲法論を混同させる議論ではないか。戦後の革新政党は一貫して憲法論や憲法運動を重視してきた。けっして、法や憲法における分野の運動をおろそかにしてきたわけではない。」

「そうかな。結局はプロレタリアートのディクタツーラ(独裁)が人民を解放し社会矛盾を解決するという考え方と、ブルジョワ憲法を擁護して憲法の理念の実現をはかれ、という運動論が両立するだろうか。むしろ、明確にプロレタリアート独裁路線ではなく、議会制民主主義を通じての平和と人権を実現する日本国憲法の路線を採る、と宣言するべきではないのか」

「私も、かつては左翼の一員として、法は支配階級のイデオロギーに過ぎず、法の改良を積み重ねて社会改革などできるわけはない、と考えてきた。しかし、今は考えを変えている。日本国憲法は国民の福祉の充実まで保障している。これを社会的綱領と考えて、憲法を擁護し憲法の全分野の理念を実現する運動で、体制を変革せずとも、相当のことができるのではないか」

「本家本元の革新政党が、そういう立場に立っていない。プロレタリア独裁を通じてではなく、議会制民主義を通じて社会改革を実現するとし、『憲法を守る』だけではなく、むしろ積極的に社会主義的な要素を取り入れた『進歩的な憲法改正案』を提案すべきだと思う」

「現行憲法の中には、先見的な社会保障の分野もある。これを進歩させるというやり方も考えられる。日本国憲法は生存権を明記しているが『最低限度の』保障。韓国憲法は『すべての国民は、健康で快適な環境において生活する権利を有し』となっていて、日本のように『最低限度の』という限定はない。『生存権』ではなく『健康権』と呼ばれているそうだ。そのような憲法改正を積み重ねて社会を変えていく、という方法が魅力的だ。」

「とはいえ、政党には政党それぞれの理念がある。革新政党が、将来のことにせよ資本と労働との基本矛盾を克服しないかぎり真の人間解放はあり得ないとしている立場を不当とは言えない。資本主義憲法の根幹をそのままに、改良を重ねて行けばよいかどうか。軽々に回答は出ないのだから、今は、憲法を論じる際に政治論を絡めずに議論するしかないだろう」

「人権、自由、あるいは平等という価値、平和や民主主義も、体制の如何を問わず普遍的なものではないか。その根源にあるものは、個としての人間一人ひとりの尊厳を尊重するということ。革新政党も、日本国憲法に盛りこまれている諸価値の普遍性を積極的に認めて、将来にわたって尊重することが重要ではないか」
このあたりで、会場の退出時間となって終了。さて、今日の議論は、DHCスラップ訴訟にまつわる議論だったのかな。それとも離れてしまったのかな。
(2017年7月16日)

憲法運動に労働組合の積極参加をー96歳吉田博徳さんの問題提起

吉田博徳さんは、どんな会議でも大集会でも、背筋を伸ばしてはっきりと発言される。声量豊かで滑舌にくぐもりがないというだけではなく、論旨が明快なので聞き取りやすい。だから、吉田さんが話を始めれば、自ずと聞く姿勢になる。私も、襟をただして聞く。

吉田さんは、1921年6月23日のお生まれだという。沖縄戦終結の日が24歳の誕生日だったことになる。60年安保のころが39歳だ。今年の誕生日で96歳。まったくお齢を感じさせない矍鑠ぶりには脱帽するしかない。もと、全司法労働組合の委員長、そして昨年まで日朝協会都連会長。いつも、新しい話題を提供される。

先週土曜日の午後。日民協の総会で、吉田さんのとなりに席を占めた。
「今年は、ロシア革命100周年ですからね、11月にペテルスブルクへのツアーを企画しているんですよ。レーニンの活躍の跡を訪ねる旅です。澤藤さん、ご一緒しませんか。10泊の日程で少し長いから現役の弁護士さんにはちょっと無理かな」「寒さは、そりゃ寒いですよ。でも、きちんと着るものを着ていけば大丈夫。心配するほどではありません」
11月のロシアの寒さに怖じ気づいて、結局事前の学習会だけには参加することを約束した。

その吉田さんが、総会ではマイクを持って発言された。大要次のとおり(と理解した)。
今、安倍内閣による憲法改正の策動が本格化していますが、これを阻止する運動の中心に、本来は組織労働者が存在感を示していなければなりません。市民が立ち上がっているのはけっこうなことだけれど、労働組合が憲法運動にしっかりと取り組めていないことを真剣に考えなければなりません。

昨年の統計で、労働者の組織率は17.3%、1970年代の初めころが35%の水準でしたから、ジリジリ下がり続けて半減したことになります。しかも、低い組織率の労働組合が、憲法問題や平和運動に取り組めていないという現実があります。

かつて労働組合は、組合員のよりよい生活を求めて人権課題にも、平和問題にも、基地闘争にもそして憲法擁護運動にも取り組みました。いま、そのような組合はまことに少ない。安倍改憲に反対運動が必要なこの時期に、残念でなりません。

もう一つ、安倍政権の支持率を年齢別に調べると若い層ほど支持率が高いということで、これも大きな問題ではないでしょうか。本来、雇傭も労働条件も、労働組合運動が勝ち取るべきものであるはずなのに、若者たちにその視点がない。多少求人倍率が上がると、「内閣のおかげ」だと思い込んでしまうのが若者たちの現実ではありませんか。

いったい、どうして今日、労働組合の組織率が低下の一途をたどっているのか。どうして労働組合が憲法運動や平和問題に取り組めていないのか。どうすれば労働組合の加入率を高めることができるのか。どうすれば、労働組合が憲法運動や平和問題に取り組むように変えていけるのか。そして、若者の労働組合加入率を高め、若い組合員に憲法問題に関心をもってもらうためにはどうすればよいのか。是非お考えいただきたい。知恵を絞り、できることからやっていただきたい。」

なるほど、そのとおりだ。改憲阻止運動をはじめとする諸運動の最前線に労働組合の存在感が希薄である。そして、各大学の学生自治会の姿が見えない。学生がクラスやサークルで議論し意見を集約して集団で参加するというかたちも見えない。言わば組織性に支えられた正規軍の姿がなく、パルチザンだけで闘っているのが運動の現状ではないか。

労働者とは、生活をする市民の職場での姿。労働者は、職場を出れば消費者であり、政治的には有権者であり、地域住民でもある。場合によっては、株主でもあり、協同組合員でもあり、NPO活動家でもある。

ということは、必然的に労働者の要求が単に労働条件の維持改善だけではないことを意味する。平和も人権も民主主義も、そして日本国憲法堅持も労働者の要求である。とりわけ、労働基本権を明記する憲法擁護は切実な労働者の要求である。さらに、税金を下げろ、教育や社会福祉を充実せよ、医療を改善せよ、格差をなくせ、安心して暮らせる社会を作れ、公害も消費者被害もない生活を保障せよ…。労働者の利益のための政策を実現せよ。これらのすべてが労働者の要求なのだ。

労働組合の基本的任務が使用者に対する関係での労働条件の改善であることは当然としても、労働組合の課題はそれにとどまらない。市民としての労働者の諸要求は、政治や政策と密接に結びつかざるを得ない。労働者の地位の向上のためには、個別の企業や資本への直接の要求とは無関係の政治的な課題に取り組むことは必然となってくる。これを政治主義とレッテルを貼って排除するのは、イデオロギー闘争における敗北にほかならない。

昨日(7月14日)の「法と民主主義」編集会議に、吉田さんが「憲法と日本の労働組合運動」と表題する特集案を提出していた。
幾つかの論点の中に、「労働組合組織率の現状をどう見るか。―日本の支配層の労働組合政策。特に安保闘争以後の対策」という項目がみえる。

今秋、しかるべき専門家の執筆を得て、以上の問題意識をもっての「法と民主主義」の特集が組まれることになるだろう。もしかしたら吉田さんは、その特集号をペテルスブルクの旅先で読むことになるかも知れない。
(2017年7月15日)

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