澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「法と民主主義」1月号購読のお願い

(2021年1月31日)
1月28日発行の「法と民主主義」1月号が、通算555号となった。毎年10号の発刊を、1号の欠落もなく50年余にわたって積み上げての555号である。編集に参加してきた者の一人として、いささかの感慨を禁じえない。

自らの画に自ら讃の趣ではあるが、最近の本誌は充実していると思う。本号も<第51回司法制度研究集会>特集を中心に読み応えあるものになっていると思う。

51回目となる司研集会のテーマは、「今の司法に求めるもの ─ 特に、最高裁判事任命手続きと冤罪防止の制度について」である。その趣旨は、以下のとおり。

第49回司研集会のテーマは、「国策に加担する司法を問う」。そして昨年の第50回は「いま、あらためて司法と裁判官の独立を考える、ー 司法の危機の時代から50年」であった。この両シンポジウムで、安倍政権になってからの最高裁の重要判決の中に、国の政策に積極的に加担するものが散見されると指摘され、共通認識となった。これにともなって、安倍政権下での最高裁判事任命の恣意性がクローズアップされてきた。
こうした流れを受けて今回は、最高裁判事任命のありかたを中心に、司法の独立や司法の人権保障機能強化のための提言ができないかという問題意識をもって集会を準備した。結局は、今回の実行委員会で具体的な政策提言などを作ることは困難として、集会の中で方向性が見いだせればということになった。
そこに10月1日菅首相が日本学術会議会員候補者6名の任命を拒否するという前代未聞の事態が起きた。この政権の問題性は今回の司研集会に色濃く反映され、非常に緊張感のある充実した集会になった。

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法と民主主義2021年1月号【555号】(目次と記事)

●特集のリード(PDF) ●時評(PDF) ●ひろば(PDF)
特集●今の司法に求めるもの ─ 特に、最高裁判事任命手続きと冤罪防止の制度について<第51回司法制度研究集会から>
◆特集にあたって … 日本民主法律家協会事務局長・米倉洋子
◆基調報告・今の司法、何が問題か ── 新聞記者の視点から … 豊 秀一
◆報告①・最高裁判事任命の問題点
── その基本構造及び安倍政権下の問題、改革の方向性 … 梓澤和幸
◆報告②・冤罪防止のための制度の実現を … 周防正行
◆質疑応答・発言
… 近藤ゆり子/明賀英樹/岡田正則/晴山一穂/西川伸一/森野俊彦
平松真二郎/澤藤統一郎/毛利正道/瑞慶覧淳/白取祐司
◆集会のまとめと閉会の挨拶 … 新屋達之

◆連続企画●憲法9条実現のために〈33〉
日本学術会議会員任命拒否と「科学技術・イノベーション基本法」… 南典男
◆司法をめぐる動き〈62〉
・大飯原発設置許可取消判決の意義と展望──大阪地裁2020・12・4判決 … 冠木克彦
・11/12月の動き … 司法制度委員会
◆メディアウオッチ2021●《政治とことば》
問われる政治家、リーダーの資質 「迷走」の要因はどこにあるのか? … 丸山重威
◆とっておきの一枚 ─シリーズ2─〈№1〉
被爆者として、被爆者によりそって … 田中熙巳さん×佐藤むつみ
◆改憲動向レポート〈No.30〉
「ずさんな議論」で改正改憲手続法案の早期採決を求める自民・公明・維新・国民民主党 … 飯島滋明
◆BOOK REVIEW●ティモシー・ジック著、田島泰彦監訳、森口千弘ほか訳
『異論排除に向かう社会─トランプ時代の負の遺産』(日本評論社) … 澤藤統一郎
◆インフォメーション
新型インフルエンザ等対策特措法等の一部を改正する法律案に反対する法律家団体の声明
◆時評●沖縄の米軍基地撤去は日本の歴史的責務 … 加藤 裕
◆ひろば●カジノ関連法の廃止を … 新里宏二

記事の紹介は下記URL
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集会でのメインの各報告は、本誌をお読みいただくとして、「フロア発言」の2件の抜粋をご紹介させていただく。森野俊彦さんと私のもの。

学術会議任命拒否と重なる裁判官の任命拒否

森野俊彦(弁護士・大阪弁護士会)

 私は、いまは弁護士ですが、40年間裁判官をしていた者です。今回、日本学術会議の被推薦者6名の方が任命拒否をされましたが、私はそれを聞いて、50年前に私たちが経験した「任官拒否」を思い出しました。私たち60数名の任官希望者のうち7名が裁判官任官を拒否されました。私はその方たちと一緒に修習し、いかなる裁判官になっていくかを真剣に考え、任官し得たあかつきには、ともに少数者の権利を擁護する司法権の担い手として頑張っていこうと誓い合っておりました。
その方たちは、裁判官になって当然とも言うべき人で、裁判官にふさわしい人でありました。こうした人たちが拒否されたことは、本当に驚きでありました。せめてその拒否理由を明らかにすべきであると考えて、裁判官内定者55名のうち45名の不採用理由開示を求める要望書を最高裁に持っていきました。
拒否された人のうち六名が青法協に入っており、また経歴や人柄から推測しますと、おそらく最高裁はそういう方たちが裁判官として存在し活動することを絶対に避けたいと考えたのだと思います。つまり最高裁判所は、裁判所にとって都合が悪くなる可能性がある人は基本的には入れない。特に任官拒否は採用の問題ですから、入場門に立って入場を拒否すれば足りると考えたのです。
その年、私たちの10期上の13期の宮本裁判官の再任拒否もありました。私は紛れもなく思想信条を理由とする差別であったと考えます。その後、再任問題については、下級裁判官指名諮問委員会が設けられて一定の改善を見たのですが、それで裁判所の中が良くなったかというと、そうは言えないところがあるのです。残念なことに、裁判所内の民主化をめざす運動は、いまは風前の灯火です。われわれの時代には任官者の中にも結構骨太な、あるいは少数者の権利擁護こそ司法権の任務だと力説する方がいたのですが、現在そういった方が裁判官として入ってこれるかというと、それが難しい。採用の段階で選別されてしまうわけです。
最高裁判所の判事の任命は、まだ弁護士出身などいろいろなところから入ってくる部分があるのですが、国民の権利を擁護する、あるいは政府にノーと言える裁判官がどれだけ最高裁の判事になれるかということになると、これは極めて否定的なのですね。裁判官時代はともかく面従腹背して、それなりに出世をしないとだめなのです。だいたい現職で最高裁判所の判事になろうと思ったら、最高裁事務総局経験者、司法研修所の教官、最高裁の調査官などにならなければならない。それには、言いたいことも言わずに、しかし時々はこれはという判決も書かなければならない。残念ながら、今の裁判官にそんなことができるはずがない。
私の場合で言えば、青法協の会員でもありましたし、全国裁判官懇話会にも入りました。日本裁判官ネットワークを一緒にやって、そういう問題を市民とともに考えようと頑張ったのですが、残念ながら、裁判所自体を根本から変えるということにはなり得なかったのです。
どうしたらいいかということは、本当に難しい問題なのですが、ある日突然、いい裁判所ができるはずはないですね。時々いい裁判官が出るときがある。そういう裁判官を盛り立てるということも私は大切ではないかなと思っています。あとは、弁護士からの最高裁判事、少数意見がちゃんと書ける裁判官にもっともっと入っていってもらうとか、いろいろな方策が考えられます。どれも、けっこう厳しいこととは思いますが。(拍手)

50年前の苦い経験を繰りかえさないために

澤藤統一郎(弁護士・東京弁護士会)

 私も森野さんと同じ23期で、50年前に同期の裁判官志望者7名が任官を拒否された事件に立ち会いました。このときの衝撃は非常に大きかった。
当時私たちは、私たちなりの常識的な裁判官像、あるいは裁判所、司法像を描いていました。憲法の理念を厳格に守る裁判所、これが当然のありかただと考えていたのが、どうもおかしい。そうではない権力の意のままになる裁判所がつくられてしまうのではないかという違和感と衝撃です。私たちが理解していた、三権分立とか司法の独立とか、あるいは裁判官の独立などとはまったく異質のものが、いま目の前に立ち上がろうとしている。そういう恐怖心を、50年前に感じたことを思い出します。
その同じ悪夢が、また今年の10月1日に繰り返され、現実の出来事として受け止めざるを得なくなりました。さきほど森野さんが発言されたとおり、50年前に私たちがいったい何を考えて何をし、それがどうしてうまくいかなかったのか。その教訓をもう一度きちんと整理すべきなのだと、あらためて思います。
50年前の苦い総括ですが、私は最高裁が成功体験を積み上げたのだと思っています。つまり最高裁は、判事補採用の段階で数名の任官志望者を拒否することによって、自らの思惑は公にせずとも、誰にでも忖度可能な状況をつくり出した。そして人事の問題だからと言う理屈で、決して採用を拒否をした理由を明らかにしない。それでいて、自分の組織の隅々にまで、トップが何を考えているか、トップに忖度をせず逆らえばどうなるのかを見せつける。そういうやり方で、巧妙に組織全体を動かしたのです。採用人事を梃子にして、全裁判官を統制し、裁判の内容まで変えてしまった。それをいま司法官僚ではなく、内閣総理大臣、行政のトップが真似てやろうとしている。
私たちは50年前の苦い経験から、その轍を踏まないように、いまの学術会議問題について、発言を継続していかなければならない。それが私たちの使命であろうと思っています。

「私はA天皇の時代に生まれ、B天皇の時代に弁護士登録をし、C天皇の時代に立候補しました」と表示される大いなる違和感。

(2021年1月30日)
例年2月は弁護士会選挙の時期。だが、今年(2021年)は2年任期の日弁連会長選挙はない。そして、私の所属する単位弁護士会である東京弁護士会(会員数8700)も選挙がない。会長・副会長(定員6名)・常議員(定員80名)・監事(定員2名)の座を争って、華々しい選挙戦があってしかるべきだが、どこでどう調整がつくのか立候補者が定員で収まって選挙はなくなった。

本来であれば2月5日(金)が投開票である。勝れて理念的な存在である弁護士会には、弁護士のありかた、弁護士会のありかた、司法や司法行政のありかた、そしてこの社会の人権や民主主義のありかたについても、選挙を通じての熱い議論があってしかるべきだが、それがないのはややさびしい。

私は、弁護士のありかたは市民社会の関心事であるべきだと思っている。選挙戦における主張の応酬はできるだけお伝えしたいところだが、今年はそれができない。とは言え、東弁の選挙公報には、会長・副会長・監事各候補者のなかなか熱い公約が掲載されている。弁護士会、なかなかの水準だと思う。

今年の特徴として、多くの候補者がコロナ対策に触れている。コロナ禍にともなう会員の減収と会の財政問題にも。しかし、それだけにはとどまらない。弁護士自治の堅持、立憲主義の擁護、憲法価値の実現、人権の尊重、弱者の司法アクセス等々についての理念を語っている。

会長候補者は矢吹公敏氏。事実上の次期会長である。この人の所信(選挙公報に掲載した公約)は決して熱くはないが、真っ当と評価できよう。その一部を引用させていただく。

弁護士全体の課題への対応
(1)弁護士自治の充実を
 弁護士の自治は弁護士の独立を保障する制度です。この弁護士自治を守るために、法テラス、弁護士費用保険、法曹人口(特に、女性の法曹人口)、貸与制世代の会員などの課題に向き合っていかなければなりません。また、組織内弁護士の方々とも意見交換をしていく必要があります。さらに、会務も透明性があり、説明責任を果たせるような運営が求められます。

(2)司法の独立の中心となる活動を
 司法が市民からより信頼され司法の独立を守るために、裁判所や検察庁と、時に厳しい意見を率直に述べ合うためにもさらに相互に信頼関係を深めていく必要があります。また、弁護士会が掲げる政策の実現には、立法府や行政府とも連携する取り組みが大切だと考えます。

(3)市民とともに歩む活動を
 弁護士自治が弁護士法を通じて国民から負託されたものである限り、市民社会と連携する弁護士会でなければなりません。NGOなどとの協力も必要であり、またメディアへの適切かつ幅の広い対応も求められます。加えて、ジェンダー、LGBTQ、子ども、高齢者、障がい者の方々への法的サービスを欠かしてはなりません。
 また、市民社会が政府や経済界に対して監督的な役割を持てるように、市民社会の側に立ってその活動を支援する取り組みが必要です。例えば、ビジネスと人権にかかわる取り組みが考えられます。

(4)憲法的価値の維持と民主主義の堅持へ
 立憲民主主義は、我が国の憲法の拠って立つ礎です。加憲問題、憲法改正問題(改正手続規定に関するものを含む)、国家緊急権の問題など立憲主義にかかわる問題に積極的に意見を述べる必要があります。また、報道の自由や表現の自由など、民主主義の根幹にかかわる人権問題にも積極的に意見を述べていくべきです。

(5)法の支配の強化に向けた活動を
 我が国の法手続は他国に比して遅れている課題があると言われています。IT化を含む民事司法改革や弁護人の立会い権などの被疑者・被告人の権利拡充含む刑事司法改革など弁護士会が取り組むべき課題に積極的に関与していきたいと考えています。犯罪被害者支援の拡充(犯罪被害者の権利保障、被害者参加制度の拡充、損害回復手段や経済的支援制度の拡充等)もその一つです。

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もう一つ、東弁選挙公報についてのご報告を。

9名の立候補者が所信(公約)を寄せている。経歴の紹介を西暦表示だけで行っている人が8名。たった一人だけが、西暦表示を主として元号表示を括弧に入れている。いったい何のための西暦・元号併記なのだろうか。この人も、本文では全て西暦表示である。そろそろ、元号使用は廃絶されつつあるとの実感。

ところが、公的な場面となるとガラリと変わる。選挙公報の選管作成部分の記載は全部元号表示で統一されている。昭和・平成・令和、3元号混在の摩訶不思議の世界。それぞれの候補者が、「私はA天皇の時代に生まれ、B天皇の時代に弁護士登録をし、C天皇の時代に立候補しました」と表示されている。こういう愚劣な事態は一刻も早く止めようではないか。

森下俊三NHK経営委員長の再任に断固反対する。

(2021年1月29日)

森下俊三氏のNHK経営委員再任に強く反対する各界有志 記者会

2021年1月29日(金)10時30分~12時
衆議院第一議員会館
出席者
 小田桐 誠(ジャーナリスト/大学講師)
 小玉美意子(武蔵大学名誉教授)
 澤藤統一郎(弁護士)
 醍醐 聰 (「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」代表/東京大学名誉教授)
 長井 暁(NHK・OB/大学教員)
 皆川 学(表現の自由を市民の手に全国ネット事務局/元NHKプロデュ-サー)

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NHKの信頼回復のために、森下俊三経営委員再任を許してはならない。

弁護士・澤藤統一郎

ことの発端は、「クローズアップ現代+」の「かんぽ保険の不正販売問題」報道である。これに、日本郵政の鈴木康雄上級副社長が噛みついた。日本郵政のバックには総務省があり、さらには政権のご威光があった。
NHKという公共放送の自主権への露骨な政治干渉である。この干渉は、NHKの受難ではあったが、一面NHKに対する国民の信頼回復のチャンスでもあった。
2001年「ETV・問われる戦時性暴力」番組改竄問題において、安倍晋三ら右派議員の政治圧力に屈したNHKは、良識ある国民からジャーナリズムとしての信頼を失い、「アベチャンネル」という揶揄にさえ甘んじる存在となった。
しかし、「かんぽ保険の不正販売」報道は、NHKが日本郵政とそのバックの政治勢力の威光を忖度することなく、「アベチャンネルとは言わせない」という、番組制作者のジャーナリズム魂を示すものであった。このような番組制作の姿勢こそがNHKに対する国民の信頼を復活する所以であり、当然に予想される外圧から全組織をあげて貴重な番組制作の現場を守り抜かねばならない。ところが、この番組制作に対する圧力は、意外なところから生じた。それが経営委員会である。
経営委員会は、「NHKのガバナンス上の瑕疵」という訳の分からぬ理由で会長厳重注意として露骨な番組潰しを進行させた。このことによって、NHKに対する国民の信頼回復のチャンスがあえなく潰された。この番組潰しを、一貫してリードした森下俊三委員(当時委員長代理・現委員長)の責任は極めて重大である。
同氏は、外部からの圧力の防波堤となるべき立場にありながら、番組潰しに狂奔したと言うべきで、ジャーナリズムの責務、NHKの使命、経営委員会の職責をまったく理解していないと判断せざるをえない。

いまNHKの報道姿勢の公正さにも運営の透明性にも、国民からの信頼は地に落ちた感さえある。その信頼回復のためには、同氏の委員長辞任だけでなく、経営委員即時辞任が必要であった。その実現ないままに、まさかの再任を許してはならない。

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2021年1月29日

各党党首 各位
衆参総務委員会委員 各位

日本郵政がNHKに圧力を加えるのに加担し、

放送法に違反した森下俊三氏が、

NHK経営委員に再任されることに断固反対します

各界有志一同(賛同者名簿 別紙)

NHK経営委員長の森下俊三氏が、今国会で経営委員に再任されることが承認され、経営委員長を続投する見通しになったとする新聞報道に接し、我々は驚きと怒りを禁じ得ません。
森下氏は、「かんぽ保険の不正販売問題」を取り上げるNHKの「クローズアップ現代+」の放送を止めさせようとする日本郵政の鈴木康雄上級副社長の要請を受け、2018年10月23日に開かれた経営委員会が、「郵政3社にご理解いただく対応が出来ていないことは遺憾」「視聴者目線に立った適切な対応を行う必要がある」などと、上田良一NHK会長を「厳重注意」するのを主導した人物です。毎日新聞の報道(2020年6月29日)によれば、当時経営委員長代行だった森下氏はこの時、「今回の番組の取材は極めて稚拙で、取材をほとんどしていないということ。4月の番組は郵政には取材を全然していない」「番組の作り方の問題と執行部は考えるべきだ。ネットをうのみにしたのは問題だ」「本当は、郵政側が納得していないのは取材内容だ。納得していないから、経営委に言ってくる。本質的なところはそこで、向こうは今も納得していない」と述べています。これは、経営委員が個別番組の編集に関与することを禁じた放送法第32条に明らかに違反する行為です。
さらに、森下氏は、いわれのない会長厳重注意をした経営委員会の議事録を、全面公開すべきとの「NHK情報公開・個人情報保護審議委員会」の答申をも無視して、非公開に固執する経営委員会の議論を主導しました。こうした森下氏の言動は、「放送法」第41条が定めた議事録の作成、すみやかな公表に違反する異常・無法な行為です。
この「会長厳重注意」の2日後の10月25日、「クローズアップ現代+」から「かんぽ保険の不正販売問題」の内容を全てカットすることが決められ、番組は内容を変更して10月30日に放送されました。
本来は外部からの圧力の防波堤となるべき経営委員が、日本郵政がNHK執行部に圧力を加えるのに加担し、その結果、放送内容が変更された事実は大変重大です。しかも、この「会長厳重注意」によってNHKはその後「かんぽ保険不正販売問題」について長く放送せず、ようやく放送したのは日本郵政が問題を認めた後の、2019年7月の事でした。
その間も被害者は増え続けていました。いつでも放送できるだけの材料を持ちながら、問題を放送しなかった公共放送NHKは、「被害者を見捨てた」と言われても仕方がありません。
このような事態を引き起こした森下経営委員長の責任は誠に重大です。私たちはこのような人物をNHK経営委員に再任することに断固反対いたします。

〔個人賛同者〕

岩崎貞明(『放送レポート』編集長)
右崎正博(獨協大学名誉教授)
太田武男(政府から独立したNHKをめざす広島の会)
小田桐誠(ジャーナリスト/大学講師)
小野政美(教育ジャーナリスト/愛知県元教員)

加藤 剛(日本ジャーナリスト会議会員)
黒古一夫(筑波大学名誉教授/文芸評論家)
河野安士(「NHK問題大阪連絡会」代表)
小玉美意子(武蔵大学名誉教授)
小中陽太郎(元NHKテレビディレクター/作家・評論家)
小林 緑(国立音楽大学名誉教授/元NHK経営委員)
小山帥人(ジャーナリスト)

阪口徳雄(森友事件真相解明の会共同代表/弁護士)
佐久間敬子(弁護士)
佐々木江利子(児童文学者・日本児童文学者協会会員)
佐藤真理(弁護士/奈良NHK裁判弁護団長)
澤藤統一郎(弁護士)
清水雅彦(日本体育大学教授)
白井浩子(元大学教員)
杉浦ひとみ(弁護士)
須藤春夫(法政大学名誉教授)
砂川浩慶(立教大学社会学部教授/メディア総合研究所所長)
関 耕平(島根大学法文学部教授)

醍醐 聰(「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」代表/東京大学名誉教授)
田島泰彦(早稲田大学非常勤講師・元上智大学教授)
田中重博(「NHK問題とメディアを考える茨城の会」代表/茨城大学名誉教授」)
鶴田廣巳(関西大学名誉教授)

長井 暁(NHK・OB/大学教員)
永田浩三(武蔵大学教授/元NHKプロデューサー)
浪本勝年(立正大学名誉教授)
根本 仁(元NHKディレクター)

長谷川勝彦(元NHKアナウンサー)

松村高夫(慶應義塾大学名誉教授)
皆川 学(表現の自由を市民の手に 全国ネット事務局/元NHKプロデューサー)

安川寿之輔(名古屋大学名誉教授)
山中 章(三重大学名誉教授)

〔団体賛同者〕

「NHKとメディアを考ええる会(兵庫)」(共同代表 貫名初子・長尾粛正)
「NHKメディアを考える京都の会」(共同代表 倉本頼一・隅井孝雄・中島晃)
「NHK問題を考える奈良の会」(共同代表 佐藤真理・池田順作)
「NHKを考えるふくい市民の会」(世話人 伊藤洋子・金森洋司・佐野周一)

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賛同者メッセージ

「ジャーナリズムの法的・社会的使命を負うNHK経営委員長という立場にありながら、その責務に背を向け続け、ただひたすらNHKを政権の広報機関にすべく活動してきた森下俊三氏が経営委員長に再任されることなど常識では考えられないことです。森下氏が再任されるとすれば、その時は【みなさまのNHK】の看板は外すべきでしょう。」

(根本 仁・元NHKディレクター)

 

「森下俊三氏は、「かんぽ生命保険の不正販売」を取り上げた『クロースアップ現代+』をめぐって、上田会長への厳重注意を行うことにより、放送法違反である放送現場への介入を行い、被害を拡大させた張本人です。そうした人物が公共放送の最高意思決定機関の長に再び就くことは断じて許されません。政権への忖度を繰り返すNHKが、本来あるべき姿に立ち戻るために、森下氏に代わる新たな経営委員長が選出されることを強く希望します。」

(永田浩三・武蔵大学教授/元NHKプロデューサー)

 

「よこしまな圧力に加担して、NHKの放送をねじ曲げた森下委員長の責任は重大です。再任は断じて許されません。」

(小山 帥人・ジャーナリスト)

 

「日本郵政グループの不当な圧力に沿って積極的に放送番組への介入を行うとともに、NHK会長を厳重注意とする放送法違反を行ったばかりでなく、速やかな経営委員会の議事録開示を求めるNHK情報公開・個人情報保護審議委員会の答申を無視して、議事録を未だに公開しないという二重の放送法違反の行為を繰り返す元凶である森下俊三経営委員の再任には絶対反対です。「森下再任」はNHKを危篤状況に陥れます。」

(浪本勝年・立正大学名誉教授)

 

「表現の自由、報道の自由の維持・発展を使命とする機関にあってはならない行動です。経営委員長としての資質を欠くものと言わざるをえません。権力者や上層部の圧力を感じながらも頑張っている現場の職員の貴重な志に答えること、それが経営委員長の責務です。」

(佐久間敬子・弁護士)

 

「いまNHKの報道姿勢の公正さにも運営の透明性にも疑惑を禁じえず、国民からの信頼は地に落ちた感さえあります。その責任は、一に経営委員長森下俊三氏の言動にあり、これまで同氏の即時退任要請が天の声となってきました。その国民の声に敢えて逆らうごとき同氏再任予定との報には驚くほかありません。NHKの信頼回復のために、絶対に反対いたします。」

(澤藤統一郎・弁護士)

 

「放送法に違反する人物を再任することは、公共放送であるNHKにとって、また国民の知る権利、メディアの政府監視、民主主義の観点などから、許されないと考えます。」

(田中重博・NHK問題とメディアを考える茨城の会代表/茨城大学名誉教授)

 

「番組制作の手法にまで踏み込んで批判し、現場への介入を行った森下経営委員長の放送法違反は明白です。当然公開すべき経営委員会議事録を隠し通そうとする姿勢を見ても、公共放送の経営に責任を持つ立場である経営委員長の資格はありません。その続投人事をすんなり認める他の経営委員や政府にも、猛省を求めます。」

(岩崎貞明『放送レポート』編集長)

 

「NHKは安倍政権の擁護のために政治部の岩田記者などに話させ、実に政権よりの報道をしてきた。菅政権になっても、岩田なる記者が出なくなったようだが、政権擁護の基本姿勢は変わらない。」

(阪口徳雄・弁護士)

 

「再任する理由や審議の経過は国民に明らかになっているのでしょうか。疑問です。」

(佐々木江利子・児童文学者/日本児童文学者協会会員)

 

「経営委員会は、昨年5月にNHK情報公開・個人情報保護審議委員会の「2018年10月23日作成の議事録を開示すべき」との答申を無視しました。「ガバナンスが効いていない」のは、経営委員会自身です。経営委員全員が辞任すべき事態です。」

(皆川 学・表現の自由を市民の手に 全国ネット事務局/元NHKプロデューサー)

 

「公共放送の何たるか、公共放送がいかにあるべきかについて見識も理解もまったく欠如した人物を、NHK経営委員会の長に再任することは到底容認できません。権力の意向をうかがい、忖度し、ひたすら阿るような人物は公共放送に関わるべきではないと考えます。再任は、公共放送の役割を決定的に貶めるだけでなく、番組改善に努力しているNHK職員、また視聴者、国民全体に対する冒涜であり、暴挙です。」

(鶴田廣巳・関西大学名誉教授)

 

「森下俊三氏のNHK経営委員再任に断固反対します。

彼は経営委員が個別番組の編集に関与することを禁じた放送法第32条に明らかに違反する発言・行為をした。彼はこう述べているという。「今回の番組の取材は極めて稚拙で、取材をほとんどしていないということ」「本当は、郵政側が納得していないのは取材内容だ」彼は非難されるべき郵政の利益を守ろうとしたのみではない。非難されるべき郵政を告発しようとした取材現場を攻撃し貶めようとしたのだ。許されない行為である。」

(長谷川勝彦・元NHKアナウンサー)

 

「今回の問題、国家権力制限規範である憲法を研究する者として看過できません。ジャーナリズムに権力監視の役割を期待しているからです。日本郵政は株式会社化されましたが、前身は郵政省という国家機関です。また、当時の鈴木康雄日本郵政上級副社長は元郵政・総務官僚でした。このような国家権力の側にいた人物の要請に応えた森下俊三氏に、権力監視が期待されるNHKの経営委員を務める資格はありません。再任に断固反対します。」

(清水雅彦・日本体育大学教授)

 

「森下俊三氏のNHK経営委員再任を絶対に認めることはできません。森下氏は「かんぽ保険問題」の番組に放送法違反の介入を行っただけでなく、当時のNHK会長への厳重注意を検討した経営委員会議事録の開示をいまだに拒んでいます。森下氏はNHKの報道の自由をないがしろにした恥ずべき行為をした人物です。経営委員としての資質をまったく欠いており再任に強く反対します。」

(須藤春夫・法政大学名誉教授)

「放送法で禁じられた個別番組に口を出し、「官製値下げ」経営計画を決める”百害あって一理なし”の森下経営委員長。再任など論外。国会の見識が問われる。」

(砂川浩慶・立教大学社会学部教授/メディア総合研究所所長)

 

「メディアに関する世論調査(新聞通信調査会)では、どの世代でもNHKテレビへの信頼度は民放テレビよりも高く、60代70代においては圧倒的です。市民はマスメディアからの情報をたよりに「かろうじて」主権者たり得ているのです。

それゆえマスメディア自らが矜持を持つべきです。

報道の核心である番組編集の自由(放送法3条)に圧力をかけた森下氏を、NHKはなお委員に留めるのですか。」

(杉浦ひとみ・弁護士)

 

「以前なら自重されていたような暴挙が平然と行われるようになっています。そのことに鈍感になることが一番怖いと思います。諦めずに声を挙げ続けるしかないということですね。」

(浮田 哲・羽衣国際大学現代社会学部教授)

 

「森下俊三氏は放送法が禁じている番組制作への介入や経営委員会の議事録の隠蔽などを平然と行い、NHKを政府の広報機関にするべく、政権への忖度・追随・同調に励んでいます。

ジャーナリズムの使命と責務についてなど、一度でも考えたことがあるのでしょうか。このような人物を経営委員長の座に置くことは断じて許されません。」

(池田恵理子・アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)/元

NHKディレクター)

 

「NHKにおいて、経営委員会幹部が政権寄りの立場を改め、真実を報道することに徹すれば、世界と日本の隅々に張り巡らされた取材のネットワーク、視聴率があることから、この日本を人が人を大切にする暖かい国に変える大きな力になります。アピールに賛同します。

報道と制作の現場で歯を食いしばって頑張っている人達へ。

皆さんの存在を心ある人々は知っています。くじけないで良心を根拠として、日々を過ごしてください。」

(梓澤和幸・弁護士)

 

「森下俊三NHK経営委員再任は国民・視聴者への挑戦です。放送法に違反した人物を、あえて選任することは放送法を無視しても構わないという国民への裏切り公認です。許すことはできません。」

(「NHKとメディアを考える会(兵庫)」共同代表・長尾粛正)

 

「法的にも倫理的にも公共放送の守り手として最もふさわしくない森下氏がこれ以上経営委員長としてとどまるなら、NHKは致命傷を負うことになります。すでに政権の広告塔と化したニュースに加え、良心的な記者や製作者が守ってきた多くの番組も失われかねません。再任反対を強く求めます。」

(石塚直人・元読売新聞記者)

 

「これ以上の報道の自由への侵害を許してはなりません。時代の流れを戦前の戻そうとするような自民党の政治に何時になったらこの国の人びとは決別できるのでしょうか。」

(大鹿康廣・退職教員)

 

「放送法違反に当たる行為を繰り返してきた森下俊三氏をNHK経営委員に再任するなら、違反行為をお咎めなしとして追認することにつながります。また、そうした人物が経営委員に居座るなら、NHKへの信頼も大きく損なわれます。法の支配とメディアの健全性という観点から、同氏の再任に強く反対します。」
(小野塚知二・東京大学経済学研究科教授/東京大学アジア研究図書館長)

 

「公共放送の使命を果たそうと必死になって努力した同僚たちの、その熱意と使命感を踏みにじり、番組の放送を妨害し、被害を拡大させる結果を招いた森下氏の行為は、到底許されるものではありません。

森下氏が経営委員長を続ければ、私たち現場の職員は、いつまた番組に介入されるかわからないという不安にさらされるでしょう。NHKの現役職員として、森下氏の経営委員再任に強い危機感を持って反対します。」

(匿名希望NHK現役職員A)

 

「趣旨に賛同させて頂きます。再任はNHKの将来性、存在意義に影響する事を懸念します。NHKの多様性を守りたい。反対いたします。」

(匿名希望NHK現役職員B)

 

「アピールに賛同致します!上層部への忖度が蔓延するNHKの職場環境を変えていくためには、まず経営委員会から放送法を遵守する強い姿勢を示す必要があります。森下経営委員長の委員再任に反対です。」

(匿名希望NHK現役職員C)

 

「森下経営委員長再任に反対するアピールに賛同します。森下氏は経営委員会の透明性を失わせ、国民のNHKの運営への信頼を失わせる行動を意図的かつ継続的に行っていることが、公表された情報だけで十分判断できると思います。」

(匿名希望NHK現役職員D)

 

「森下氏の再任は、かんぽ問題の経緯を注視してきた多くの職員の、士気やモチベーションに悪影響を与えます。反対します。」

(匿名希望NHK現役職員E)

 

「森下経営委員長の委員再任の緊急アピールに賛同します。」

(匿名希望NHK現役職員F)

 

「NHKの現役職員です。かんぽ問題では、被害者救済という確固たる目的を持って取材を重ね放送も決まっていたにもかかわらず、介入により放送が実現しませんでした。そのショックは大きく、職員の中にトラウマとして蓄積しています。森下氏の再任によって、また介入が起きるのではないか、視聴者第一の報道姿勢が揺いでいくのではないかと恐れています。視聴者の信頼低下を防ぐためにも、森下氏の経営委員再任に反対します。」

(匿名希望NHK現役職員G)

 

「視聴者に信頼される公共メディアたるべく、私たちは日々現場で放送の仕事に向き合っています。変わりゆく情報環境に対応するための改革。受信料の価値を最大化するための努力。ファクトをつかむための地を這う取材。深いテーマをわかりやすくお届けするための知恵と工夫。そうやって私たちは1ミリずつ、公共メディアとしての「信頼」を積み上げています。しかし森下経営委員長は、こうした現場の積み上げを台無しにしてきました。森下氏による番組への介入が制作現場に及ぼした混乱と不信は、未だに現場に深い陰を落としています。そして当該の議事録すら、全うに公開すらしないその姿勢。視聴者からの信頼を毀損する人物を経営委員長として再任することに、1人のNHK職員として納得ができません。断固反対いたします。」

(匿名希望NHK現役職員H)

ウラディミール・プーチン、ロシアの《法治主義》を論ず

(2021年1月29日)
ロシアにだってね、《法の支配》も《法治主義》もあるんだよ。《立憲主義》って考え方もね。えっ? 「ウッソー」とは失礼な。ちゃんと「ロシア憲法」だってある。その憲法には、思想・表現の自由も、「平穏な集会・デモの自由」も書いてある。本当だよ。だから、国民誰もが政権に反対して「平穏に」集会やデモをする自由を持っている。驚いちゃいけない。ロシアって、ツァーリ独裁の帝政時代とは違うんだ。

だから、私が、ずーっと権力を掌握し続けるための法をつくるには一苦労だった。憲法を改正しなくちゃならなかったし、それに、大統領経験者が罪を犯しても生涯にわたり訴追されない権利を保障する法律を作るのも楽じゃなかった。その楽じゃない手続を、全て完了したのだから、もう何の問題もない。ツァーリ独裁ならそんな面倒なことをしなくてもよかったんだけど、いや、文明とは面倒なもの。

アレクセイ・ナワリヌイ? 彼はなんにでも反対するヘンな奴でね。憲法改正についても、大統領終身不訴追の立法にしても、「クーデターだ」とか、「憲法違反だ」と騒いでいた。明らかに、人民の意思に反した行動ではないか。おかしいだろう。もちろん、彼にも人権はある。それは否定できない。でも、人権があるってことはだね、なんでも勝手にできるってことではないんだよ。人は、厳格に法が認める範囲でしか行動できない。どこの国でも、おんなじだろう。

昨年(2020年)8月、彼は国内を旅客機で移動中に体調が悪化してベルリンの病院に入院した。問題がこじれたのは、ドイツ政府の仕業さ。ナワリヌイに神経剤ノビチョクによる毒殺が図られた「明確な証拠」があると発表したんだからね。それで、ナワリヌイも調子に乗って、「ロシア当局が自分を暗殺しようとした」「プーチンの指図だ」と主張を始めた。冗談じゃない。私が指図したのなら、今ごろ彼が生きているはずはないじゃないか。

ドイツから帰国した彼が、モスクワの空港で待ち構えていた官憲に逮捕され拘束されたが、これは私の指示によるものではない。法が命じたからだ。彼は、有罪の判決を受けて3年半の禁固刑を言い渡され執行猶予中の身だ。しかも執行猶予期間中、定期的に出頭義務を課せられている。この義務に違反したからの身柄拘束だ。法治国家として当然のことじゃないか。どうして出頭できなかったか? そんなことに私は興味はない。

ナワリヌイの身柄拘束に対して、彼の釈放を求める抗議集会とデモが起こった。1月23日のことだ。「少なくとも全国約125都市で」「全国で25万~30万人が参加」「プーチン政権下の抗議活動では過去最大規模」などと報道されているが、これは不許可の違法集会だし、違法デモだ。違法は、断固取り締まらなければならない。それが、《法治主義》だ。だから、治安当局が3700人以上を逮捕したっていうのは当然だろう。

治安当局が参加者を警棒で殴打するなどの映像が流され、外国からの非難の声も上がったが、あれはためにするものだ。「米連邦議会議事堂乱入事件の容疑者には最長禁錮20年となる重罪の容疑で捜査が進んでいる」というじゃないか。違法行為が許されないのは、どっちもどっち。違法なデモを取り締まるのは平穏な社会秩序を維持するためには当然のことだろう。

ナワリヌイは、自らの政治的な野心を押し通すために違法を重ねているんだ。違法を断固取り締まるのが、法治主義ではないか。しかも、このデモは、合法的な政権に対する危険をもたらすものとしても徹底して取り締まらねばならない。

それからもう一つ。ナワリヌイは、黒海沿岸にプーチン宮殿なるものがあると吹聴している。私が、「1000億ルーブル(約1400億円)相当の宮殿などを所有している」として、その宮殿の動画を公表している。あまつさえ、特定の実業家の名を上げて、この宮殿を「史上最大の賄賂」とまで言っている。明らかに、市民を洗脳しようとしているのだ。

しかし、「私も近親者もここで示された財産のどれも所有していない。過去に所有したこともない」。これで、この話は終わりだ。では、いったいあの建物は、誰が何のために建設したか、調べれば分かるだろうって? 私には、そんな無意味なこと時間を費やす暇はない。

最後にはっきりさせておこう。表現の自由を行使する権利は誰にもある。しかしそれは、飽くまで「法が認める枠」の中でのことだ。その枠外に出るものはすべて危険なものとして、禁じられる。それが、ロシアの《法治主義》だが、私の見るところ、世界中を見わたしてどこの国もおんなじだ。大して変わるところはない。そうだろう。

自民党議員には教育勅語ウイルスが根強く感染し続けている。

(2021年1月27日)
昨日のNHK(Web)報道に我が目を疑った。「日本の国旗損壊 刑法改正し処罰規定検討 自民 下村政調会長」というのだ。このコロナ禍の緊急事態に、不要不急極まる右翼の蠢動。もしや、本気で火事場泥棒を狙っているのだろうか。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210126/k10012834121000.html

「日本の国旗を壊したり汚したりした場合の対応として、自民党の下村政務調査会長は、刑法を改正して処罰規定を設けることを検討する考えを示しました。
 自民党の高市・前総務大臣らの議員グループは26日、下村政務調査会長と会談し、刑法には外国の国旗を壊したり汚したりした場合の処罰規定はあるものの、日本の国旗については規定がないとして法改正を訴えました。これに対し下村氏は「必要な法改正だ」と応じ、法改正を検討する考えを示しました。
 このあと高市氏は記者団に対し「日本の名誉を守るのは究極の使命の1つで、外国の国旗損壊と日本の国旗損壊を同等の刑罰でしっかりと対応することが重要だ。改正案を今の国会に提出したい」と述べました。」

いかにも唐突な「国旗損壊罪」創設という刑法改正の提案。誰が見ても不要不急の極みだが、「改正案を今国会に提出したい」とは穏やかでない。読売は、法案の内容にまで踏み込んで、こう報じている。

 「自民党は26日、日本を侮辱する目的で日の丸を傷つけたり汚したりする行為を処罰できる「国旗損壊罪」を新設する刑法改正案を今国会に議員立法で提出する方針を固めた。下村政調会長が、党の保守系有志議員でつくる「保守団結の会」による提出要請を了承した。
 改正案は刑罰として「2年以下の懲役か20万円以下の罰金」を科すとしている。自民党は、野党時代の2012年にも同様の改正案を国会提出し、廃案となっている。」

 閣法としての取り扱いではなく、法制審議会への諮問もない。連立与党間の摺り合わせもないようだ。何よりも、こんな立法を必要とする立法事実は皆無であり、世論の盛り上がりもない。自民党が本気になって、こんな法案成立の意気込みをもっているとは、とうてい考え難い。にもかかわらず、右翼議員パフォーマンスの材料として、「国旗」がもてあそばれているのだ。

はて? 「保守団結の会」? ようやく思い出した。昨年(2020年)6月自民党内右翼が選択的夫婦別姓制度への賛否で割れてスピンオフした、あの最右派集団であったか。何しろ、稲田朋美の右派姿勢の不徹底に失望したと批判して、それよりも右の議員43名が再結集したという報道だった。 昨年暮れに、新たに顧問として、安倍晋三、古屋圭司、高市早苗などという札付き右翼を入会させているという。

この「団結の会」の信条は、何よりも《伝統的家族観》。そして《皇室の尊崇と皇統の護持》だという。《伝統的家族観》と《皇室の尊崇と皇統の護持》、そして《国旗の尊厳》とが彼らの頭の中では直結している。かつての教育勅語ウィルスが絶滅を免れて、こういう宿主の脳髄中に生存を続け、この三者を強固に結びつけているのだ。このウイルスの発現症状は、発熱でも咳嗽でもない。思考能力が侵され、「忠君愛国」「富国強兵」「万世一系」「民族差別」「皇国弥栄」等々の根拠のない空っぽのスローガンのマインドコントロール下に制圧されることになる。

端的に言えば《伝統的家族観》とは【男尊女卑】【家父長制】と同義である。《皇室の尊崇と皇統の護持》とは【人間の差別の肯定と固定化】を意味する。こういう人間観・社会観をもったグループが、男尊女卑と差別を基調とする国家の象徴としての国旗を大事としてもてあそんでいるのだ。

このグループの「筆頭発起人」を名乗っているのが高鳥修一(新潟6区)。稲田朋美同様安倍晋三側近と言われた議員。彼はこう発言している。

「日本では、国家を侮辱する目的で他国の国旗を損壊すると罪になりますが、自国の国旗を踏みにじることは自由となっています。」「自国の国旗を侮辱することに対して各国で禁止する規定があるのは自然なことだと思いますが、日本ではそれも表現の自由という意見があり、他国の国旗は尊重しても自国の国旗は踏みにじって構わないことになっています。」

「いかにもアンバランスな状況を是正する為に、…今国会に法案を提出することになりました。既に平成24(2012)年に一度党内手続きを終え国会に提出されているので、下村政調会長からは、自民党として了解した(再度の党内手続きは不要)。委員長提案は難しくても各党に説明するようにとの指示がありました。早速、関係者に説明にかかっています。」

何という安直さ。何という軽薄さ。こんなに軽々しく刑法をいじられてはたまらない。しかも、ことは国民の人権と国家の権力との関係の根本に関わる。我が国の憲法体系の根幹にも関わる議論が必要な問題なのだ。

自民党は、2012年発表の改憲草案で、「第3条(国旗及び国歌)」の条文を作ろうとしている。
第1項 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
第2項 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

この国旗国歌尊重義務こそが、旧大日本帝国で猖獗を極めた教育勅語ウィルスの所産にほかならない。後遺障害というよりは、今の世の変異株というべきであろう。

なお、現行憲法の外国国章損壊罪は次のとおりの条文で、その保護法益は「我が国(日本)の円滑な外交作用」と考えられる。当該国旗が象徴する国家の尊厳というものではない。

第92条 第1項 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
同2項 前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。

コロナ禍の今夏、感染拡大の危険を冒してまで東京オリパラを開催する意義が見出せるだろうか。

(2021年1月26日)
1月21日付の「タイムズ」が、今夏の東京オリパラについて、「日本政府が、新型コロナウイルス感染症のため非公式に中止せざるをえないと結論づけた」と報じたことが話題となった。同紙は、23日に「日本のジレンマ メンツを保ちながら中止する方法」と題した続報を載せ、「組織委、IOC、日本政府は一貫して大会は順調に進んでいると宣言しています。しかし、舞台裏では希望はほとんどなくなっている」とし、日本側は中止を模索しているとした。担当記者は、「公式発表まで当局は計画通りに進んでいるかのように振る舞う。しかし、末期症状の患者のように、重要な臓器がシャットダウンする時がくるだろう」と言っている。

「日本、コロナのせいで五輪脱出を模索」と題した東京発のタイムズ記事は具体的で詳細な内容となっている。連立与党幹部による「既に1年延期された大会は絶望的だとの認識で一致している。今は次に可能な32年大会の開催を確保することに焦点が当てられている」とのコメントを紹介。「誰も最初に言いたがらないが、(開催は)難しすぎるというのが一致した意見」との情報筋の談話も紹介し、IOCと日本政府が表向きには五輪開催は可能と主張しているとした。また、五輪準備へ少なくとも250億ドル(約2兆6000億円)を投入した日本にとって「大会中止は金融危機となる」とも指摘している。

ことの真偽は確認のしようもないが、ありそうなことだと誰もが思う記事。とりわけ「タイムズ」の報道である。とうていフェイクとは思えない。

もちろん、日本政府がこれを認めるはずはない。直ちに、「そのような事実は全くない」と否定するコメントを発表した。菅義偉得意の「そのような指摘は当たらない」「全く問題ない」という一刀両断だが、はなはだ切れ味が悪い。

政府のコメントは「東京大会については、競技スケジュールと会場が決定されており、夏からの大会の成功に向けて、関係者が一丸となって準備に取り組んでいる」「政府としては、感染症対策を万全に、安全・安心な大会の開催に向けて、引き続き、IOC=国際オリンピック委員会や大会組織委員会、東京都などと緊密に連携して、準備をしっかりと進めていく」というお決まりの内容。しかし、問題は政府の決意ではない。現実に開催できるか否かの、客観的で具体的な状況の如何なのだ。

同じ21日、IOCのトーマス・バッハ会長が、共同通信のインタビューに応じている。新型コロナウイルスの影響で1年延期された大会について、「7月に開幕しないと信じる理由は現段階で何もない。だからプランB(代替案)もない」と述べ、中止や再延期の可能性を否定したという。

この人、「全ての選手が東京に来ることを望んでいる」とし、「ワクチン接種を含む予防策に自信を示した」とも報じられている。客観的で具体的な状況の説明はない。菅や森・小池だけでなく、このバッハという人物にも、次第に胡散臭い雰囲気が漂い始めている。

問題はこういう形で投げかけられている。コロナ禍のさ中に、そんなに無理をし感染拡大の危険を冒してまで、東京オリパラを開催する意義がどこにあるのか。

今の時期に、東京オリパラ開催を強行するデメリットは、述べるまでもない。人と人との接触がコロナウィルス感染の基礎である。世界の各国から多数の人を集め、人と人とを密着・密集させることは、コロナ禍拡大の機会を提供することにほかならない。相互にウィルスを感染させ、世界に蔓延させ、猖獗を極めさせるリスクを否定し得ない。

日本医師会の中川会長は、「現時点で、オリンピック・パラリンピックの開催が可能かどうか言及するつもりはないが、選手団だけでも大変な数だ。もし新たな新型コロナウイルスの患者が発生すれば、今の医療崩壊が頻発している状況のもとで受け入れ可能かというと、可能ではない」と述べている。

「オリンピック・パラリンピックの開催が可能かどうかに言及するつもりはないが」と言いつつも、結局は、「医療崩壊が頻発している状況のもとで受け入れ可能かというと、可能ではない」と明言している。正直なところだろうし、常識的な結論でもある。

では、そんなリスクを冒してまで、東京オリパラを開催すべき積極的な意義はあるのだろうか。商業主義の膝下に呻吟するオリンピックである。これを当て込んで儲けを企む人々には、当然に「大いに開催の意義あり」ということになるだろう。国威発揚を目論んでいる人も、この場で目立ちたがっている人々も同様。

オリンピック本来の目的は「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てること」と定式化されているという。また、パラリンピックは、そのゴールを「パラリンピックムーブメントの推進を通してインクルーシブな社会を創出すること」とし、「すべての人が共生する社会の構築を目指す」という。いずれも美しい言葉ではあるが、言葉のとおり、美しく胸に響くだろうか。

これに対して、「反東京オリンピック宣言」という異議申立の書籍が出版されている(航思社)。こちらは、「開催を返上・中止せよ!!」という立場。その惹句が次のとおり。

「アンダーコントロール」などという安倍首相による世界に向けた破廉恥なまでの虚偽発言、裏金不正疑惑、抵抗するアスリートの排除、野宿者排除・人権蹂躙、だるま式に膨れ上がる開催費用/まやかしの経済効果、環境汚染、置き去りにされる福島復興・原発対策……。様々な問題が山積・噴出しているにもかかわらず、なぜ東京でオリンピックを開かねばならないのか? 政府・東京都・広告業界、それらと一体と化したマスメディアが、これらの問題に目を耳を口を閉ざして歓迎ムードを醸成、反対の声を抑圧するなか、2020東京オリンピック開催に対して、スポーツ、科学、思想、哲学、社会学などの研究者・活動家ら16人による根源的な異議申し立て。

あなたの胸には、どちらが響くだろうか。そして今夏、敢えて東京オリパラを開催すべきという気持ちになれるだろうか。

「君が代」不起立の教職員こそが、『身をていして教育を守ろうとする先生』なのだ。

(2021年1月25日)
本日の東京新聞「こちら特報部」が、都教委の「日の丸・君が代」強制問題を取りあげている。新たなニュースは以下のとおり。

 「新型コロナウイルスの感染拡大を受け東京都教育委員会は、今春の都立学校の卒業式で参加者に君が代を歌うよう求めない。「日の丸・君が代」について定めた「10・23通達」を2003年10月に出して以降、教職員に「歌え」という職務命令が出ない卒業式は初めて。ただ、歌唱入りのCDを流し、起立は求めるといい、通達にこだわる都教委のかたくなな姿勢が浮かび上がった。」

 2004年春以来、「10・23通達」に基づいて、都下の公立校の卒業式・入学式には、校長から全教職員に対して式中の国歌斉唱の際には、「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」という職務命令を発し続けてきた。「(国旗)起立」と「(国歌)斉唱」の命令である。

コロナ禍の今年は、「(国歌)斉唱」は命令しない。「(国旗)起立」だけの命令を求めるというが、これがむしろ、「都教委のかたくなな姿勢を浮かび上がらせている」という報道。

ところで、常に東京に対するライバル意識を絶やさないのが大阪。大阪の府教委も、その権威主義的で権力的な姿勢において東京に負けじと、競争心を燃やしている。両教育委員会、その非教育的姿勢において、また人権尊重の後進性において、兄たりがたく弟たりがたし。いや、目くそと鼻くそ、タヌキとムジナの関係。

その大阪府教育委員会は、1月21日付の通達で、「国歌静聴」という珍妙な命令を発した。その通達の全文が下記のとおり。

関係府立学校 教職員 様

教  育  長

令和2年度卒業式における国歌清聴について(通達)

 国旗掲揚及び国歌斉唱は、児童・生徒に国際社会に生きる日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるとともに、国旗及び国歌を尊重する態度を育てる観点から学習指導要領に規定されているものである。
 また、平成23年6月13日、大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例が公布・施行された。本条例では、府立学校の行事において行われる国歌の斉唱の際に、教職員は起立により斉唱を行うことが定められている。
 令和2年度卒業式については、新型コロナウイルス感染症対策を徹底する観点から、平成24年1月17日付け教委高第3869号教育長通達にかかわらず、式場内のすべての教職員は、国歌は起立して清聴すること。

まことに見識に欠け、「非教育的な」両教育委員会の姿勢に比して、「こちら特報部」の報道は見識が高く、充実している。そのうちの2点を引用しておきたい。

都教委の発想は、国際的な基準から逸脱している。国際労働機関(ILO)と国連教育科学文化機関(ユネスコ)は19年、「起立斉唱の強制は、個人の価値観や意見を侵害する」などと都教委を批判。起立斉唱したくない教員も対応できる式典のルール作りのほか、懲戒処分を回避するため教員側と対話するよう求める勧告を出している。これに対し、都教委に加え文部科学省も一切、取り合わず、耳を傾けるそぶりがない。

「日の丸・君が代」問題に詳しい東京大の高橋哲哉教授(哲学)は「都教委は自己矛盾に陥っている」と指摘する。都教委が起立斉唱を求める根拠として持ち出す「高等学校学習指導要領解説・特別活動編」には、その目的として「(生徒が将来)国際社会において尊敬され、信頼される日本人」に成長するためとうたわれている。高橋氏は「労働と教育、両国際機関の勧告を無視し、生徒の目の前で強制を繰り広げることは、国際社会から尊敬される人への成長につながらない。自ら構築した論理と相反している」と指摘し、こう続ける。「世界のあちこちで台頭している『命令にはとにかく従え』という権威主義が、戦後日本にも根強く残る。不起立で抵抗してきた教職員を懲らしめようと、コロナで歌えなくても起立を強制する都教委の手法に『権威主義の地金』がくっきり見える。昨年来、批判が続く日本学術会議の任命拒否問題とも通底している」。

まったくそのとおりと言うほかはない。そして、もう一点。

「何があっても、(日の丸・君が代)強制をやめようとしない。都教委の粘着気質は病的と感じる。起立強制問題は、今の教育現場を重苦しくしている元凶と言っても過言ではない」。08年以降、不起立で懲戒処分を受けた教職員にインタビューするなど、「日の丸・君が代」問題を取材してきたルポライターの永尾俊彦氏は、今回の都教委の方針を批判する。永尾氏は教職員らが起こした複数の訴訟の記録を読み込み、たくさんの原告に会って話を聞いた。「教師というのは生徒の心を聞く仕事だ」との元校長の言葉が印象深く記憶に残る。命令と服従は、子どもがそれぞれ備えている唯一無二の個性を伸ばす教育になじまない。

それなのに、「日の丸・君が代」の強制は教育現場に上意下達の思想を植え付ける。「教職員に命令し、服従を強い、『上には何を言っても変わらない』という雰囲気をつくる。教職員も『子どもも命令に従って当然』という意識を形成する。権力側に都合のいい人間を育てる戦前の教育と似ている」

懲戒処分を受けると、人事や昇給で不利になる。過酷な研修も科される。定年後の再任用も他の人より早く打ち切られる。「それでも何度も職務命令に従わない教職員がいるのは、子どもを上意下達型の人間にしたくないからだ」と永尾氏は語る。不起立に対し「歌わないのはけしからん」「政治的に偏っている」といった批判があるのも事実。永尾氏は、ある弁護士が語った「やりたくないことをやらなかったのではなく、子どものためにやってはならないことをやれと言われて悩み苦しみ、できなかった人たち」との言葉に共感するという。永尾氏はこれまでの取材の成果を新著「ルポ『日の丸・君が代』強制」にまとめた。取材に応じてくれた教職員は、子どもと誠実に向き合ってきた人ばかりだった。「自分もそういう先生に教えてもらいたかった。もし今度の卒業式で不起立の教職員を見かけたら、『身をていして教育を守ろうとする先生だ』という目で見てほしい」

DHCスラップ訴訟・「反撃」訴訟の経過と成果ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第182弾

(2021年1月24日)
DHCスラップ訴訟・「反撃」訴訟についての経過と勝訴判決確定の意義について、まとめておきたい。

◆ スラップとは何か
スラップは、法社会学的な現象に付された用語であって、法的に厳密な定義があるわけではない。常識的に理解されているところでは、「特定の表現を封殺する目的で提起される民事訴訟」を指す。封殺目的の「表現」の多くは言論だが、個人の行為や集団行動を対象とすることもある。訴訟提起を嫌っての報復的スラップも散見される。

民事訴訟本来の目的は自らの権利の実現や救済あるいは予防を求めるものであるが、スラップは、他者の表現を標的としてこれを攻撃し萎縮せしめることを目的とする。しかも、スラップの多くは、「社会的強者から」の「社会的に有益な表現に対する」攻撃である。民事訴訟の提起という手段を通じて、特定の表現者を威嚇・恫喝せしめる側面に着目して、「威嚇訴訟」「恫喝訴訟」などとも呼ばれる。典型的なスラップは、被告を威嚇・恫喝するにふさわしい、高額の損害賠償請求訴訟という形をとる。

スラップは、その意図と効果において表現の自由封殺の反社会性をもちながら、憲法上の国民の権利とされている民事訴訟提起を手段とするところに違法性判断の難しさがある。

◆ スラップの実際
攻撃の対象とされる表現の内容・態様は多岐にわたる。政治的言論であったり、市民運動における社会的発言であったり。集団的な抗議行動の場合も、労働運動上の行為であることもある。また、企業の活動を批判する消費者問題分野の言論に対する攻撃はあとをたたない。

まだスラップという言葉がなかった1996年12月、幸福の科学は山口広弁護士に、8億円の損害賠償請求訴訟を提起した。明らかに、「幸福の科学に対する元信者からの訴訟の提起はやめておけ」という恫喝の意図による提訴だった。この件は、山口弁護士側の反訴において、高額請求訴訟提起の違法性が認定されて、100万円の慰謝料が認容されている。

また、2000年代初頭に頻発したスラップ常習企業・武富士の一連の事件がある。私自身は、「武富士の闇」訴訟を担当した。多重債務問題に取り組んでいた弁護士集団が武富士の「闇」を抉りだした書物を刊行したところ、武富士は執筆者である3人の消費者問題に携わる弁護士と出版社を被告として、5500万円の損害賠償請求訴訟を提起した。この提訴に対しては、多くの消費者弁護士が弁護団を結成して訴訟実務を担当し、武富士が名誉毀損と指摘する31か所の記載のすべてについて、真実性、相当性を立証して請求を棄却させた。

しかも反訴においては、武富士の提訴を違法として、被告にされた者一人ついて120万円、計480万円の賠償が認容された。この事件では、私が弁護団長を務めたが、10年余を経て私自身がスラップの標的とされた。その事件が、DHCスラップ訴訟である。

◆ 私が経験したDHCスラップ訴訟
私は、「憲法日記」というブログを毎日書き続けている。権力や権威、社会的強者に対する批判で一貫している内容。「当たり障りのないことは書かない。当たり障りのあることだけを書く」をモットーとして、連続更新は2850日を越えた。

2014年春、そのブログにサプリメント販売大手DHCのオーナー吉田嘉明の醜行を取りあげた。彼自身が週刊新潮の手記「さらば、器量なき政治家・渡辺喜美」で暴露した、みんなの党の党首(当時)渡辺喜美に政治資金として8億円の裏金を提供した事実を、「政治を金で買おうという薄汚い行為」と手厳しく批判したもの。

そして、吉田の裏金政治資金提供の動機を「利潤追求のために行政規制の緩和を求めたもの」として消費者問題の視点から批判した。DHC・吉田嘉明がスラップ訴訟で、違法と主張したブログ記事の主要な一つが、次の記載である。

 「大衆消費社会においては、民衆の欲望すらが資本の誘導によって喚起され形成される。スポンサーの側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。薄汚い政治家が、スポンサーから金をもらってその見返りに、スポンサーの儲けの舞台を整える。それが規制緩和の正体ではないか。『抵抗勢力』を排して、財界と政治家が、旦那と幇間の二人三脚で持ちつ持たれつの醜い連携。これが、おそらくは氷山の一角なのだ。」

この記事が、DHCと吉田嘉明の名誉を毀損し損害賠償請求の根拠とされた。この表現がDHC・吉田嘉明の社会的評価を低下せしめるものであることは当然だが、このような批判の言論は民主主義の社会形成には有用であり不可欠なのだ。この、私の吉田嘉明批判の言論が違法として許されないことになれば、誇張ではなく民主主義は死滅する。

◆ DHCスラップ訴訟被告の実体験
突然に、生まれて初めて被告とされた。提訴時の請求慰謝料額は2000万円。私は、「黙れ」と恫喝されたと理解し、弁護士として絶対に黙ってはならないと覚悟を決めた。同じブログに、猛然と「DHCスラップ訴訟を許さない」シリーズを書き始めた。現在第180弾余まで書き進めている。

このシリーズを書き始めたとたんにDHC・吉田嘉明側の弁護士(今村憲・二弁)から警告があり、警告を無視したところ慰謝料請求金額は6000万円に拡張された。吉田自ら提訴の動機を告白しているに等しい。

スラップの対象となった私のブログは、政治とカネをめぐっての典型的な政治的言論であり、「消費者利益擁護の行政規制を緩和・撤廃してはならない」と警告を発するもので、社会に許容される言論であるばかりではなく、民主主義社会に有益な言論にほかならない。

DHC・吉田嘉明は、同時期に自分に不都合な批判の言論を選んで、10件のスラップを提起している。最低請求金額が2000万円、最高額は2億円であった。かつては、武富士がスラップ常習企業として名高く、これを担当していたのが弘中惇一郞弁護士であった。時代を経て、武富士に代わってDHC・吉田嘉明がその座を襲い、弘中弁護士に代わって今村憲弁護士(第二東京弁護士会)が多数のスラップを担当した。

当然のことながら、このスラップ訴訟は、一審の請求棄却判決、控訴審の控訴棄却判決、そして最高裁での上告受理申立不受理決定をもって、私の勝訴で確定した。しかし、DHC・吉田側が意図した、「DHCを批判すると面倒なことになるぞ」という恫喝の社会的な影響は残されたままである。スラップを違法とする「反撃」訴訟が必要と考えた。

◆ 「反撃」訴訟一審判決に示されたスラップ違法の要件
2019年10月4日、そのDHCスラップ「反撃」訴訟で、一審勝訴の判決を得た。先行した「DHCスラップ訴訟」の提起を違法として、慰謝料100万円と反撃訴訟の弁護士費用10万円の賠償を命じたもの。係属裁判所は東京地裁民事1部(前澤達朗裁判長)である。

主たる争点は、スラップ提訴の違法性(ないしは過失)の有無であるところ、一審判決はこう述べている。

 「DHC・吉田嘉明が澤藤に対して損害賠償請求の根拠としたブログは合計5本あるが、そのいずれについての提訴も、客観的に請求の根拠を欠くだけでなく、DHC・吉田嘉明はそのことを知っていたか、あるいは通常人であれば容易にそのことを知り得たといえる。にもかかわらず、DHC・吉田嘉明は、敢えて訴えを提起したもので、これは裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に当たり、提訴自体が違法行為になる」

 つまり、本来憲法上の権利であるはずの提訴が違法となる場合に関する最高裁判例の判断枠組みにしたがって、当該提訴が「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合」にあたるか否かを大枠のメルクマールとしつつ、スラップ違法のより具体的な要件を、
(1) 客観的要件 当該提訴が請求の根拠を欠くこと
 (2) 主観的要件 「請求の根拠を欠くことを知っていた」あるいは、「通常人であれば容易にそのことを知り得た」こと。
と整理したもので、今後の同様事例のリーディングケースとして意義のある判決例になっていると思われる。
そのうえで、同判決は110万円の損害賠償を認めた。うち100万円は慰謝料、10万円が反撃訴訟追行のための弁護士費用である。

◆ 控訴審判決が言及したスラップの違法要素
この一審判決にDHC・吉田嘉明が控訴し、私(澤藤)も附帯控訴して、控訴審が東京高裁第5民事部(秋吉仁美裁判長)に係属した。控訴審は口頭弁論1回で結審し、2020年3月18日に判決言い渡しとなった。

控訴審判決は、原判決同様の枠組みと要件でスラップの違法を認め、スラップ応訴の損害額を慰謝料100万円に応訴の弁護士費用50万円の加算を認めて、150万円に増額して認定した。「反撃」訴訟の弁護士費用15万円を加えて、認容額は165万円となった。

控訴審判決において、さらに注目すべきは、次のとおり、スラップ訴訟における違法性判断の要素を的確に認定していることである。
(1) 被控訴人(澤藤)の本件各記述が、いずれも公正な論評として名誉殼損に該当しないことは控訴人ら(DHC・吉田嘉明)においても容易に認識可能であったと認められる
(2) にもかかわらず控訴人ら(DHC・吉田嘉明)が、被控訴人(澤藤)に対し前件訴訟(DHCスラップ訴訟のこと)を提起し、その請求額が、当初合計2000万円、スラップ批判ブログ掲載後には請求額が拡張され、合計6000万円と、通常人にとっては意見の表明を萎縮させかねない高額なものであった
(3) 本件各記述のような意見、論評、批判が多数出るであろうことは、控訴人らとしても当然予想されたと推認されるところ、控訴人ら(DHC・吉田嘉明)が、それに対し、言論という方法で対抗せず、直ちに訴訟による高額の損害賠償請求という手段で臨んでいる
(4) ほかにも近接した時期に9件の損害賠償請求訴訟を提起し、判決に至ったものは、いずれも本件貸付に関する名誉毀損部分に関しては、控訴人らの損害賠償請求が棄却されて確定している

以上の諸点から、「前件訴訟(スラップ訴訟)の提起等は、控訴人ら(DHC・吉田嘉明)が自己に対する批判の言論の萎縮の効果等を意図して行ったものと推認するのが合理的であり、不法行為と捉えたとしても、控訴人ら(DHC・吉田嘉明)の裁判を受ける権利を不当に侵害することにはならないと解すべきである。」と結論している。欣快の至りと言うほかはない。

DHC・吉田嘉明は、これを不服として、上告兼上告受理申立に及んだが、2021年1月14日、上告棄却・不受理の各決定となって、6年9月に及んだ全争訟が私の勝訴で確定した。

本件の判決は、スラップを違法と断じる要件を整理し明確にした点で、意義のあるものとなっている。

◆ 違法スラップによる損害論
一審判決は、スラップを提起された私の精神的な損害額を100万円と認定した。「どうせ勝訴の見込みのない訴訟提起ではないか。被告(澤藤)に、さしたる心理的な負担はなかろう」というニュアンスである。

それはともかく、6000万円の訴訟を提起されて、受けて立たなければならない立場に追い込まれたのだ。スラップ訴訟に応訴のための弁護士費用の相当額を損害として認めてしかるべきであるところ、一審判決での認容額はゼロであった。ここでも、「6000万円の請求といっても所詮は虚仮威しで、どうせ認容される筋合いではないのだから弁護士費用など認める必要もなかろう」というニュアンスが感じられる。

これに対して、控訴審判決は、スラップ訴訟の応訴費用として弁護士費用50万円だけを認めている。スラップ防止のためには、被告とされた者の慰謝料だけでなく、応訴弁護士費用を損害として認容する判例の定着が不可欠である。とりわけ、スラップの提起者には、請求金額に応じた被告側の応訴弁護士費用を負担させることが重要だと思う。「高額スラップの提起には、高額な応訴側弁護士費用負担の覚悟」が必要とならねばならない。

スラップの威嚇効果は、損害賠償の高額性にあるのだから、この点が実務に重要な論点となっている。控訴審の50万円の認容は、一審のゼロよりはマシだが、6000万円請求事件の応訴弁護士費用が50万円でよいはずはない。2017年7月19日東京地裁判決(山田真紀裁判長)は、N国側がNHKを被告として提起した《10万円請求のスラップ訴訟》に対して、応訴のための弁護士費用54万円満額を損害として認容している。これは素晴らしい。今後に生かすべき課題と言えよう。

◆ DHCスラップ訴訟を終えての教訓
DHC・吉田嘉明が、私だけでなく他に9件のスラップを提起していることを知った時には、これはシメタと思った。10件、10人の被告が連携すれば、強力なDHC包囲網が作れると思ったからだ。しかし、その構想は実現しなかった。

結局、「反撃」訴訟を提起したのは私一人だった。スラップ提起後にDHC・吉田嘉明を批判し続けたのも、多分私一人だけ。被告とされた者の気持ちはよく分かる。一刻も早く、こんな不愉快な訴訟とは縁を切りたいということなのだ。

しかし、今にして思う。スラップとは徹底して闘わねばならない。スラップ常習企業やスラップ常習弁護士に成功体験を与えてはならない。

あらためて噛みしめたい。「スラップを恐れて正当な言論に萎縮あってはならない」「スラップあれば、反撃して徹底的に闘わなければならない」。

<デタラメだぞ>ツィートに見える、河野太郎の扇動者としての危険性。

(2021年1月23日)
<うあー、NHK、勝手にワクチン接種のスケジュールを作らないでくれ。デタラメだぞ>

これが、河野太郎(行革担当相)の1月20日朝のツイートだという。ツイートとは言え、国会議員の国民に対するメッセージである。この乱暴なものの言い方には驚くしかない。しかも、新ワクチン担当大臣が、公共放送NHKのワクチン接種報道に<デタラメだぞ>というのだから穏やかでない。

河野太郎は、NHKのどんな放送内容を、<勝手で、デタラメ>と言ったのだろうか。興味をもってそのツィッターを検索してみてまた驚いた。<うあー、NHK、勝手にワクチン接種のスケジュールを作らないでくれ。デタラメだぞ>が、全文である。NHKが、いつ放送した、どのような報道内容の、どこがどうデタラメなのか、何の説明もない。NHKの報道を訂正して真実を国民に伝えようという真摯さはカケラほども見受けられず、NHKに無責任な悪罵を投げつけているだけとしか評しようがない。口をとんがらした、幼稚園児の口ゲンカを想起させる。

その動機に思い当たる節がないわけではない。毎日の記事が、上手にまとめている。

 「河野氏とNHKには因縁がある。NHKは昨年(2020年)5月6日、防衛省が陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の秋田市内への配備を事実上断念したと報じた。ところが、当時、防衛相だった河野氏は翌7日に「フェイクニュース。朝からフェイクニュースだと伝えているのに、夜のニュースでも平気で流す。先方にも失礼だ」とツイートした。この時もNHK批判が相次いだが、その後、事態は次第にNHKの報じた方向に傾き、河野氏は6月15日に自ら配備停止を表明している。」

同じ、毎日の記事(「ファクトチェック 本当にデタラメなのか 河野太郎行革相が批判したNHKワクチン報道を検証した」)によると、河野の<デタラメ>批判の対象は、どうやら一般人に対するワクチン接種の時期をめぐるNHKの報道内容のようなのだ。

「NHKは、20日朝の「おはよう日本」の中で、「早ければ5月ごろから一般の人への接種を開始する案も出ている」と伝えた。この部分は午前6時4分と午前7時7分の2回、全く同じ内容が放送されていた。河野氏の「デタラメ」ツイートは2回目の放送直後の午前7時8分。反射的にツイートした可能性がある。」

毎日記事は、「厚生労働省の公表資料に類似スケジュールが出ていた」「主要メディアが軒並みNHKと同様の報道をしている」ことを説得的に説明している。しかし、仮にそのような資料や同様の報道がなかったとしても、それなりの取材に基づく報道を<デタラメ>とは言えまい。しかも、NHKの報道は決してスケジュールを断定するものではない。

事態を傍目で眺めれば、河野は「オレの承認していないことを勝手に報道するな」と恫喝しているだけのことである。いや、恫喝は不正確かも知れない。駄々を捏ねている、というのが適切な表現であろうか。NHKや、同じ報道をしたメディアには、いささかの萎縮もあってはならないと思う。

河野は、自らが権力の側にあるという自覚と、その自覚に基づく謙虚さに欠けている。メディアへの統制の危険に無頓着なこの政治家、未熟で危険と指摘せざるを得ない。これ以上、権力の中枢に近づかせてはならない。

さらに問題なのは、この「〈デタラメ〉・ツィート」に対する社会の反応である。「このツイートは9万回以上リツイートされ、23万の「いいね」がついている。リプライ(返信)にはNHK批判と河野氏批判がせめぎ合っている。」という。これは、身震いするほど恐ろしいことではないか。ネットの世界には、こんな愚かなツイートを真に受けて、NHK批判に飛躍する多くの、煽動されやすい人々が現実に存在するのだ。

毎日が報じている例では、<えぇ…国民から受信料徴収して間違った情報流してるんですかNHKは…><受信料徴収してる『公共放送』 大臣がTwitterで情報発信しなければデタラメだと気付けず情報混乱しますよね…>などという反応。NHKが、何を、どう間違えたかの特定もないままの付和雷同。これが河野太郎支持者たちなのだ。

われわれは、トランプのTwitterによる情報発信を冷ややかに眺めてきた。トランプのツィートは、〈理由もなくメディアのニュースをフェイクと断じ〉、実は〈自らがフェイクを発信するもの〉だった。そのトランプの発信に無条件に耳を傾け、これを信じることによって、トランプを支えた人々の存在が、フェイク・ツィートを可能にした。

あれは、対岸の火事ではない。侮って批判を怠ると、我が国にもトランプ亜流を誕生させることになりかねない。河野太郎も、要警戒の一人である。もっとも、毎日が次のような理性にもとづく適切な批判のリプライを紹介していることに、救われた思いである。

 <(NHKの報道は)きちんと厚生労働省の発表を踏まえての報道です。ご自身が厚生労働省の発表を把握していなかったからのご発言ではないでしょうか。しっかり各省庁の動向を把握された上で、公人としてデラタメ発言はデタラメでしたと謝罪するか、Twitterをお取り消しされた方がよいと思います>

なお河野は、1月23日までに、デタラメでしたとの謝罪も、Twitterの取り消しも、実行していない。

今日よりは違法と知るべし核兵器

(2021年1月22日)
現地時間の1月20日正午、アメリカ合衆国で政権が交代した。本日(1月22日)の各紙朝刊は、いずれもバイデン新大統領の就任演説と、新政権の特色を押し出した大統領令署名を報じている。

その、新大統領の大統領令署名は、

パリ協定(Paris Agreement)への復帰
世界保健機関(WHO)からの脱退撤回
連邦政府の施設でのマスク着用義務化
「キーストーンXLパイプライン」の建設許可の撤回
イスラム教徒が多数を占める国々からの入国禁止の解除
メキシコとの国境の壁建設の中止
市民権を持たない住民を米国勢調査から除外する計画を撤回等々の

トランプ政権からの政策転換を打ち出す狙いによるものばかり。どれもこれも、トランプ流を否定して、オバマ期に「復帰」以上のものはない。これまでの極端に異常な「アメリカファースト」の国から、もとの「グローバリズム」の普通のアメリカに戻ったのだ。

普通のアメリカとは、異常なトランプ流の野蛮なアメリカよりはずっとマシだが、所詮は「グローバリズム」謳歌の経済大国であり、膨張主義的軍事大国でもある。

本日(1月22日)は、核兵器禁止条約発効の歴史的な意義をもった日である。が、バイデン新政権が、この条約にいささかの関心も寄せている形跡は見えない。トランプに尻尾を振って笑い者となった安倍晋三と同様、菅義偉もおそらくは新しいご主人の鼻息を窺うことになる。核廃絶という国民の願いよりは、軍事的宗主国の意向を忖度しようというのだ。

本日の参院本会議の代表質問で、菅義偉は改めて日本政府として「核禁条約に署名する考えはない」ことを明言した。「多くの非核兵器国からも支持を得られていない。現実的に核軍縮を進める道筋を追求する」と強調した。それでいて、「現実的に核軍縮を進める道筋」の何たるかを示すことはない。これが、被爆国日本の首相の正体なのだ。

この核禁条約には長文の前文がある。核兵器禁止の理念を語って格調が高い。その中に、次の一節がある。

核兵器の使用の被害者(被爆者)が受け又はこれらの者に対してもたらされた容認し難い苦しみ及び害並びに核兵器の実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみに留意し,

「核兵器の使用の被害者(被爆者)が受けた容認し難い苦しみ」と言えば、広島・長崎の被爆者の被爆体験である。また、「核兵器の実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみ」の筆頭には、第五福竜丸23人の被曝者を上げねばならない。とりわけ、久保山愛吉さんを思い浮かべなければならない。

さらに、前文の最後には、「…被爆者が行っている努力を認識して,」との一文がある。この核禁条約の成立には、日本のヒバクシャたちの筆舌に尽くしがたい苦悩と、反核運動との寄与があった。

本日、共同通信の伝えるところでは、オーストリアのシャレンベルク外相は、今日発効の核兵器禁止条約について「被爆者の闘いがなければ制定できなかった」と指摘、今年末にも同国で開催する締約国会議に被爆者を招待すると述べた。共同通信の単独会見に答えたもの。

これが、世界の良識である。これと比較し、ヒバクシャの母国日本の、この条約に対する冷淡さはいったいどういうことなのか。

国連加盟国は193か国、そのうち2017年核禁条約採択時の賛成国は122か国、昨年の国連総会での同条約推進決議に賛同国は130か国に及ぶ。現在、同条約の署名国は86か国で、そのうち批准国は51か国である。周知のとおり、50番目となったホンジュラスの批准から90日後の本日、核兵器禁止条約が発効となった。

世界の核兵器国保有国は9か国とされている。この9か国だけでなく、核保有大国の「核の傘」の下にある国の条約に対する反発は厳しい。この条約に対する恐れの反映というべきであろう。日本もその例に漏れない。

しかし、本日からはこの条約がいう「あらゆる核兵器の使用から生ずる壊滅的で非人道的な結末を深く憂慮し,したがって,いかなる場合にも核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法として,核兵器を完全に廃絶することが必要である」という認識が国際的な理念となり法規範となる。核兵器よ、今日から汝は違法の存在であることを心得よ。

被爆国である日本が、この条約に敵対を続けることは許されない。まずは130か国の同条約推進決議賛同国が批准に至る前に、そして核保有国が世界の趨勢に遅れて、孤立する以前に、批准しなければならない。そのような政府を作らなければならない。

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核兵器の禁止に関する条約

この条約の締約国は,
国際連合憲章の目的及び原則の実現に貢献することを決意し,
あらゆる核兵器の使用から生ずる壊滅的で非人道的な結末を深く憂慮し,したがって,いかなる場合にも核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法として,核兵器を完全に廃絶することが必要であることを認識し,
事故,誤算又は設計による核兵器の爆発から生じるものを含め,核兵器が継続して存在することがもたらす危険に留意し,また,これらの危険が全ての人類の安全に関わること及び全ての国があらゆる核兵器の使用を防止するための責任を共有することを強調し,核兵器の壊滅的な結末は,十分に対応することができず,国境を越え,人類の生存,環境,社会経済開発,世界経済,食糧安全保障並びに現在及び将来の世代の健康に重大な影響を及ぼし,及び電離放射線の結果によるものを含め女子に対し均衡を失した影響を与えることを認識し,
核軍備の縮小が倫理上必要不可欠であること並びに国家安全保障上及び集団安全保障上の利益の双方に資する最上位の国際的な公益である核兵器のない世界を達成し及び維持することの緊急性を認め,
兵器の使用の被害者(被爆者)が受けた又はこれらの者に対してもたらされた容認し難い苦しみ及び害並びに核兵器の実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみに留意し,
核兵器に関する活動が先住民にもたらす均衡を失した影響を認識し,
全ての国が,国際人道法及び国際人権法を含む適用可能な国際法を常に遵守する必要性を再確認し,
国際人道法の諸原則及び諸規則,特に武力紛争の当事者が戦闘の方法及び手段を選ぶ権利は無制限ではないという原則,区別の規則,無差別な攻撃の禁止,攻撃における均衡性及び予防措置に関する規則,その性質上過度の傷害又は無用の苦痛を与える武器の使用の禁止並びに自然環境の保護のための規則に立脚し,
あらゆる核兵器の使用は,武力紛争の際に適用される国際法の諸規則,特に国際人道法の諸原則及び諸規則に反することを考慮し,
あらゆる核兵器の使用は,人道の諸原則及び公共の良心にも反することを再確認し,
諸国が,国際連合憲章に従い,その国際関係において,武力による威嚇又は武力の行使を,いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも,また,国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎しまなければならないこと並びに国際の平和及び安全の確立及び維持が世界の人的及び経済的資源の軍備のための転用を最も少なくして促進されなければならないことを想起し,
また,1946年1月24日に採択された国際連合総会の最初の決議及び核兵器の廃絶を要請するその後の決議を想起し,
核軍備の縮小の進行が遅いこと,軍事及び安全保障上の概念,ドクトリン及び政策において核兵器への依存が継続していること並びに核兵器の生産,保守及び近代化のための計画に経済的及び人的資源が浪費されていることを憂慮し,
法的拘束力のある核兵器の禁止は,不可逆的な,検証可能なかつ透明性のある核兵器の廃棄を含め,核兵器のない世界を達成し及び維持するための重要な貢献となることを認識し,
また,その目的に向けて行動することを決意し,
厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備の縮小に向けての効果的な進展を図ることを決意し,
厳重かつ効果的な国際管理の下で全ての側面における核軍備の縮小をもたらす交渉を誠実に行い,終了する義務が存在することを再確認し,
また,核軍備の縮小及び不拡散に関する制度の基礎である核兵器の不拡散に関する条約の完全かつ効果的な実施が,国際の平和及び安全の促進において不可欠な役割を果たすことを再確認し,包括的核実験禁止条約及びその検証制度が核軍備の縮小及び不拡散に関する制度の中核的な要素として極めて重要であることを認識し,
関係地域の諸国の任意の取極に基づく国際的に認められた核兵器のない地域の設定は,世界的及び地域的な平和及び安全を促進し,核不拡散に関する制度を強化し,及び核軍備の縮小という目的の達成に資するとの確信を再確認し,
この条約のいかなる規定も,無差別に平和的目的のための原子力の研究,生産及び利用を発展させることについての締約国の奪い得ない権利に影響を及ぼすものと解してはならないことを強調し,
男女双方の平等,完全かつ効果的な参加が持続可能な平和及び安全の促進及び達成のための不可欠の要素であることを認識し,また,核軍備の縮小への女子の効果的な参加を支援し及び強化することを約束し,
また,全ての側面における平和及び軍備の縮小に関する教育並びに現在及び将来の世代に対する核兵器の危険及び結末についての意識を高めることの重要性を認識し,また,この条約の諸原則及び規範を普及させることを約束し,
核兵器の全面的な廃絶の要請に示された人道の諸原則の推進における公共の良心の役割を強調し,また,このために国際連合,国際赤十字・赤新月運動,その他国際的な及び地域的な機関,非政府機関,宗教指導者,議会の議員,学者並びに被爆者が行っている努力を認識して
次のとおり協定した。

第1条 禁止
1 締約国は,いかなる場合にも,次のことを行わないことを約束する。
(a) 核兵器その他の核爆発装置を開発し,実験し,生産し,製造し,その他の方法によって取得し,占有し,又は貯蔵すること。
(b) 核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいずれかの者に対して直接又は間接に移譲すること。
(c) 核兵器その他の核爆発装置又はその管理を直接又は間接に受領すること。
(d) 核兵器その他の核爆発装置を使用し,又はこれを使用するとの威嚇を行うこと。
(e) この条約によって締約国に対して禁止されている活動を行うことにつき,いずれかの者に対して,援助し,奨励し又は勧誘すること。
(f) この条約によって締約国に対して禁止されている活動を行うことにつき,いずれかの者に対して,援助を求め,又は援助を受けること。
(g) 自国の領域内又は自国の管轄若しくは管理の下にあるいずれかの場所において,核兵器その他の核爆発装置を配置し,設置し,又は展開することを認めること。

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