澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「政治的中立」というカムフラージュでの政治的偏向

最近、各地の自治体による、護憲運動や市民運動への冷たい仕打ちが目につく。安倍政権発足以来の時代の空気を反映するものとして不気味なことこの上ない。その口実が、「行政の政治的中立」である。これには警戒を要する。

このことを最初に意識したのは、神戸市が今年の憲法記念日集会への後援申請を拒否したという報道。この件については、「『政治的中立』という名目での政治的偏向」との標題を付して、3月13日の当ブログで取りあげた。その集会は内田樹氏の講演をメインとするもの。講演のテーマは、「憲法施行67周年、今あらためて憲法を考える」というだけの党派性の片鱗もないもの。しかも、同氏は地元・神戸女学院大学で長く教鞭を執った人ではないか。前例に鑑みて、主催の実行委員会は当然に後援の決定あるものと想定していた。不承認には驚いたようだ。断った市教委は、その理由を「『憲法』自体が政治的な要素を含むテーマである昨今の社会情勢に鑑み」と堂々と明示したそうだ。「憲法を考える」「憲法を守ろう」というごく当然の言動が政治的だと攻撃される時代なのだ。

長野県千曲市でも、東大の小森陽一さんの3月30日講演会(実行委員会主催)の後援要請を市長が「不承認」としている。同市では、07年3月の「九条の会」呼びかけ人の澤地久枝さん、同11月の経済同友会終身幹事の品川正治さん、08年3月の経済アナリストの森永卓郎さんの各講演会(いずれも千曲市9条の会主催)は、市も市教育委員会も後援していたのにかかわらず、である。ここでも、不承認の理由が「講演内容に政治的主張を含むと認められるため」「講演テーマは国論を二分する問題であり、政治的意見の分かれる典型的なもの…行政の中立性が保てない恐れがある」とされているという(3月7日付赤旗による)。

栃木県那須塩原市は、新潟県巻町での脱原発運動の実話をドラマ化した「渡されたバトン さよなら原発」上映会への後援を断った。同市は以前、同じ団体が催した憲法などに関する上映会や、原発関連でも内部被ばく対策など別の団体が催した5件は後援した、にもかかわらずである。従前の例に照らせば、明らかに方針が変わっているのだ。

「渡されたバトン さよなら原発」は、住民投票で原発建設計画を撤回させた新潟県巻町(現新潟市)のドラマで、映画制作会社インディーズ(東京都中央区)が社会的なテーマを扱ったシリーズの3作目。市民でつくる実行委員会は昨年11月、市に後援申請したが却下され、今年1月に後援なく開催した。実行委によると、市の取り扱い要領が「目的や内容に公共性があること」を名義後援の条件としており、「公共性があると明確に判断できない」と説明されたという(東京新聞)。原発問題や原発反対運動にかかわる問題を、「公共性がない」と切って捨てる神経は理解しがたい。当然のことながら、主催者も「那須塩原市は福島県に接しており、原発への関心は高い」と反発している。

そして、「千葉市も自主規制 平和集会 後援断る」という報道である。一作日(4月17日)の東京朝刊。記者の問題意識がよく反映した記事になっている。

「憲法や原発をテーマにした市民団体のイベントなどの後援申請を拒否する自治体が相次いでいる問題で、千葉市も4月から、平和に関する行事の後援などの申請要件を厳格化し、実質的に拒否していることが分かった。市ではこれに先立ち、1月の平和集会の後援を拒否していた。
 市は、行事の共催や後援に関する基準を4月から変更した。従来は、共催や後援を見送るのは政治的・宗教的中立性を侵したり、営利目的のケースだったが、新たに平和関連行事を念頭に『一般的に論点が分かれているとされる思想、事実等について主観的考えを主張すると認められるとき』や『そのおそれのあるとき』を加えた。
 市男女共同参画課によると、平和行事の定義は、戦争の悲惨さや平和の大切さを伝える行事。担当者は『東日本大震災以降、脱原発や憲法をテーマにした行事の後援申請が増えた。政治的中立性という従来の基準はあいまいで、判断に困る場合が出てきた』と説明している。」

千葉市は、「政治的中立性という従来の基準はあいまい」と言いつつ、もっと極端に、政治的中立性という口実での偏向姿勢を露わにしているのだ。

昨日(4月18日)赤旗は、『「平和憲法電車」中止ひどい」と報道している。こちらは自治体ではないが、地方の鉄道会社の方針変更による平和憲法への冷たい仕打ち。

「高知県の市民団体などがカンパを募り、土佐電気鉄道(本社・高知市)の路面電車に、『守ろう平和憲法』や『9条は世界の宝』と書いた車両を走らせていましたが、同社は今年から中止することを決めました。市民から批判の声が出ています。
 平和憲法ネットワークなどが2006年から(途中2回中断)『平和憲法号』を、高知憲法会議などが昨年から『憲法9条号』をそれぞれ運行。憲法記念日の5月3日前後から終戦記念日の8月中旬まで高知市を中心に25・3キロの区間を走らせていました。80万円ほどの費用は市民カンパで賄ってきました。
 土佐電鉄では、昨年の運行に対し市民から電話やメールで賛同の意見とともに、『意見広告ではないか』との指摘があったとして論議。国会でも憲法論議が高まっている時に『政治的と受け取られかねない』と判断し『走らさない』と団体に通告してきました」

「平和憲法電車」中止の理由が、国会での改憲論議と絡んでいることに注目せざるを得ない。

そして、昨日(4月18日)の毎日夕刊の報道である。「強制連行追悼碑:群馬県が『政治利用』と許可更新に応じず」という記事。「記憶 反省 そして友好」と刻まれている朝鮮人強制連行追悼碑の設置許可更新に県が応じていないという記事。全文を転記しておきたい。

「第二次世界大戦中の強制連行で犠牲になった韓国・朝鮮人を追悼しようと、群馬県高崎市の県立公園『群馬の森』に建てられた石碑を巡り、県が『政治利用されている可能性がある』として設置許可の更新に応じていないことが分かった。碑を管理する市民団体『追悼碑を守る会』は『平和と友好を誓った碑を撤去せざるを得なくなる』と懸念している。
 市民団体が県の設置許可を得て、2004年4月に追悼碑を建立。高さ1.8メートルで、『わが国が朝鮮人に対し、多大の損害と苦痛を与えた歴史の事実を深く記憶にとどめ、二度と過ちを繰り返さない決意を表明する』などと刻まれている。

 県や守る会によると、12年から『碑文が反日的なので撤去して』との苦情が計約100件あった。その後、県は、12年の追悼集会で参加者が高校授業料無償化の対象から朝鮮学校を除外する政府方針を批判したことなどについて、『政治的行事を行わないと定めた設置許可条件に抵触する可能性がある』と問題視するようになった。

 県は今年1月に『政治的発言と考えるか』などとの質問を出したが、守る会は『集会が丸ごと政治喧伝の場であったかのように決めつけている』として回答を拒否。碑の設置許可は10年間だが、県は更新申請を保留し、1月に期限が切れた。
 守る会の猪上輝雄事務局長(84)は『韓国や中国との関係がぎくしゃくしているこの時代にこそ、碑の意味がある』と訴える。県都市計画課は『再度の回答要請も含めて対応を検討中』としている。」

問題の発端が「碑文が反日的なので撤去して」との「約100件の苦情」であったというのだ。県当局が、このような排外的な、歴史修正主義者たちの「意見」に振り回されている様子が情けない。しかし、群馬県は、設置許可更新の申請に回答を保留し、まだ拒否したということではなさそうだ。是非良識を発揮して着地点を見つけてもらいたい。

仮に、設置挙許可更新拒否、碑の撤去要求という事態に至るようなことがあれば、日韓、日朝間の大きな問題となるだけではない。国際世論から、「いまだに日本は、侵略戦争や植民地支配への反省をしていない」として指弾されざるを得ない。また、10年前には碑の設置を許可し、今設置許可の更新を拒否する、その姿勢の豹変ぶりが、軍国主義化、大国主義への路線変更と各国に印象づけられることにもなるだろう。

それにしても、「政治的中立」あるいは、「意見が別れている問題への支持支援拒否」という名目での、その実は「著しい政治的偏向」の動きには、その都度的確に抗議しなければならない。自治体にとって、「護憲」も「改憲」も、どっちもどっちの「政治的」イシューなのではない。自治体が支持・支援すべきは、「憲法擁護」「改憲阻止」「憲法の理念の実現」というテーマである。つまりは、平和・人権・民主主義に与する方向であって、「改憲」「排外主義」「差別」「反人権」ではない。基準はあくまで日本国憲法なのだ。憲法を遵守すること、憲法理念の実現に努力することは、自治体の責務と認識されなければならない。
(2014年4月19日)

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Published in 土曜日, 4月 19th, 2014, at 23:49, and filed under 未分類.

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