澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

スズメバチに学んだこの夏の教訓

今日は処暑。処とは、足と台とを組み合わせて、床几に落ちついている様を表す会意文字だという。処暑とは、暑さ落ち着くの意なのだろう。あるいは、処分・処断の処と解せば、暑さの始末がつくという意味であろうか。

旧暦でのこととはいえ残暑の厳しさも心なし和らいできているよう。夏も終わりに近い。

日本中が自然の猛威になすすべも無く翻弄された今年の夏。報じられている各地の災害はまことに傷ましい。それと較べれば些細な私事であるが、私も自然界による逆襲を受けた。

クロスズメバチの襲撃に遭って、痛い目にあったことは前のブログでお知らせした通り。たいしたことにならず、ホッとしていたら、追い打ちをかけるように、今度はキイロスズメバチに指と上唇の2カ所を刺されてしまった。その痛さはクロスズメバチの比ではない。釘を打ち込まれるようだという表現があるけれど、たしかに釘をバチンと打ち込まれればこんな感じかもしれない。指の付け根を刺されたら、みるみるうちに手全体は無論、前腕の半分ほどがパンパンにふくれあがった。焼き芋に5本のウインナーソーセージをぶらさげたよう。上唇のほうは、鼻の下だけが思いっきりはれあがって、カモノハシのようになり、よほど注意をしないとよだれが垂れるままのだらしない状態となった。

今でこそ余裕をもって報告できるが、刺されたときは深刻だった。これで三回目、合計7匹のスズメバチの毒を受けたことになるのだ。「もうダメかも知れない。アナフィラキシーショックで入院か」という思いが頭をかけめぐった。

しかし、クロスズメバチに刺されたときに学んでいたことが役に立った。水道水で徹底的に洗い流して、氷でひやした。痛いやら怖いやらでビクビクものだったが、またもや、冷静沈着な行動をとった私の勝ち。

3日間はふくれあがったが、後は徐々に回復。2日ほどは食事をするのが嫌になるほど痛かったが、3日以降は痒くて痒くてたいへん。でも、それだけのことだった。

ハチ毒に対するアレルギーは人それぞれ、場合によりけりらしいので、絶対に次回も安心できるとおもわない。油断大敵と厳しく自戒している。

スズメバチといえども、むやみやたらに攻撃するわけでは無い。巣に対する攻撃にたいして自衛の個別的自衛権を発動するするだけのことらしい。私が刺された状況に照らして、その説明は十分納得できる。クロスズメバチの場合はうっそうとしたウツギの大枝を切ってドサリと下に落としたときに刺された。キイロスズメバチの場合はツバキの上にからまったヤブガラシを引っ張りおろすために、ユッサユッサと揺らしたときに刺された。いずれも、一族の城に対する侵略への自衛措置である。

ちょうどイスラエルがガザで虐殺ともいえる攻撃をしている時期だったので、妙にスズメバチに同情する心がわきおこって、憎んだり怒ったりする気持ちにはなれなかった。「突然驚かしてゴメンね」と言ってみたが、通じてはいなかったようだ。

そんな同情心を持つにいたったのにはもう一つ理由がある。前回攻撃されたクロスズメバチの巣を見つけたのだ。愚かなことに、クロスズメバチは地面に直接、直径40センチほどの穴を掘って、その中に巣を作っていたのだ。近づくと兵隊蜂がワンワンと飛び出してきた。これだなと思って、蚊取り線香に火をつけて放り込むと、あたりまえのことだが、ますます大勢で飛び出してくる。位置の確認はできたが、内部構造まではわからない。そうこうしているうちに、台風11号による大雨が降った。土砂が穴を覆ってしまい、スズメバチの巣は閉じ込められてしまった。大雨という自然災害にはさしものスズメバチもなすすべが無かったとみえる。可哀想なことに、全滅した様子。できることなら、私がやったんじゃ無いとスズメバチに伝えて、誤解を解きたいと心から思う。

ところで、巣の作り方の教訓は子孫に伝わるのだろうか。来年は目立たない崖に、横穴を掘るべきであって、垂直に掘り下げる巣作りは危険だという死活的に重要な教訓は伝承できるのだろうか。伝承できなければ、クロスズメバチ一族の未来に希望はない。

人間はスズメバチとちがって、言い伝えたり、本に書き残したり、映像化したり、教訓を残す方法をたくさんもっている。

ところが、戦争に懲りたはずのこの日本が、またもや戦争ができる国になりそうな事態を迎えている。本当に人間はスズメバチより利口なのだろうか。せっかく手にした教訓と教訓伝承の手段は役に立たないのだろうか。

もしかしたら、本当に痛みを体験した者だけにしか、教訓は伝わらないのではなかろうか。スズメバチに刺された痛さだって、人に伝えることは難しい。戦争の悲惨さも同じことなのかも知れない。

しかし、人間が学びを積み重ね、伝承できないスズメバチと同じであってはならない。人間が虫けらのように殺されていくのが戦争だ。どんなに困難なことだとしても、その悲惨さと、繰り返してはならないとする教訓を、あらん限りの知恵を発揮して伝承しなければならない。

まだまだ間に合う。今一度の戦争はなんとしても防がなければならない。痛い目にあって、スズメバチから得たこの夏の「痛い教訓」。
(2014年8月23日)

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