澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「戦後レジームからの脱却」路線に未来はない

昨日と今日(9月20・21日)は、日民協執行部の夏期合宿。恒例では8月中の行事だが、今年は諸般の事情あってやや遅い日程となった。参加者は23名。

企画のメインは、情勢認識をできるだけ統一するための憲法問題討論会。全体のタイトルは「安倍政権の改憲・壊憲政策の全体像」というもの。分野別に担当者を決めて、30分の報告と、報告をめぐっての40分の討論。時間通りには収まらない満腹感のある議論となった。

全討論の最後を森英樹新理事長がまとめた。私の理解した限りでのことだが、大要以下のとおり。

「安倍政権の改憲路線が、各分野にわたる全面的なものであり、これまでにない質的に本格的なものでもあることは、おそらく共通の認識と言ってよいでしょう。これまでは、一内閣一課題の程度でしか問題にし得なかったことを、あれもこれも俎上に載せている。

今回合宿の討論会で取り上げたのは、下記6分野でした。
 9条関係(平和主義、集団的自衛権をめぐる問題)
 21条関係(表現の自由、あらゆる分野での憲法擁護言論封殺の動き)
 25条関係(生存権、社会福祉・医療保険、介護保険制度)
 27条関係(労働権、雇用の喪失と雇用形態の)
 31条以下の被疑者被告人の権利(刑事司法改悪の現状)
 前文(歴史認識問題・右翼の台頭)

本日取り上げられなかった分野として、下記があります。
 26条(教育を受ける権利)
 28条(労働基本権、とりわけ争議権問題)
 30条(納税者基本権)
 第4章(議会制民主主義・選挙制度)
 第6章(司法)
 第8章(地方自治)
  
できれば、もう一回これらの分野での報告と議論の機会を持ち、パンフレットとして出版することを考えてはどうでしょうか。

安倍政権の、このような全面改憲のイデオロギーを支えているのが、「戦後レジームからの脱却」というキーワードです。
「戦後」とは、1945年敗戦以前の近代日本を否定的にとらえる時代認識の用語として固有名詞化したものです。戦後民主主義、戦後平和、戦後教育、戦後憲法等々。戦前を否定しての価値判断があります。安倍さんは、これを再否定して「美しい日本」を取り戻すという文脈となる。
また「レジーム」とは、単なる体制や枠組みというだけでなく、フランス大革命以前の体制を「アンシャンレジーム」と言ったことから、唾棄すべき、古くさい体制というニュアンスが込められている。
しかし、「戦後」を唾棄すべきレジームとして否定して、取り戻す日本というのは、けっして未来を指向するものではない。悲しいかな、古くさく、世界のどこからも「価値観を共有する」とは言ってもらうことのできない、天皇制の戦前に回帰するしかないことになります。

問題は、安倍首相のパーソナルファクターではありません。安倍さん個人はいずれ任を離れます。しかし、安倍さんに、シンパシーを持つ勢力が発言権を持ち始めているということです。

この点が、ドイツと大いに異なるところです。
今年のドイツは、いくつもの意味で節目の年でした。
 まず、1914年(第1次大戦開戦)から100年。
 ついで、1939年(第2次大戦開戦)から75年。
 そして、1989年(ベルリンの壁崩壊)から25年、です。

第1次大戦の開戦は偶発でしたが、これが最初の世界大戦に発展したのは、ドイツがフランスに対する開戦を決意し、フランスへの進路にあたる中立国ベルギーを攻略したことに端を発します。今年の8月3日、その100年目の記念式典が、ベルギーの最初の激戦地であるリエージュ開催されました。関係国の首脳が参集したその式典で、ドイツの元首であるガウク大統領が、謝罪と反省の辞を述べています。

さらに、史上初めて毒ガスが本格的に使用された戦場として名高いイーペルでも、ガウクは次のように述べています。
「罪のない多くのベルギーの人々を殺傷した当時のドイツの行為には、みじんの正義もなかった。追悼の言葉だけでなく、謝罪と反省を行動で示さなければならない」
歴史を反省するとはこういうものか、と思わせる真摯な内容でした。

第2次大戦開戦のきっかけとなった1939年のポーランド侵攻の責任については、言うまでもありません。

戦後のドイツが生き延び復興するには、ヨーロッパ世界に受け入れてもらわねばならないのですから、過去を深く反省するしか方法がなかったと言えばそれまでですが、ドイツの真摯な反省とその実行とは、周辺諸国からの信頼を勝ち得るものとなっています。

それと比較して日本はどうでしょうか。
日本もドイツ同様に、今年は歴史的な節目の年です。
 1874年台湾出兵から140年。
1894年日清戦争から120年。
 1904年日露戦争から110年。
 1914年第一次大戦から100年。

ドイツは歴史を反省する「風景」を作り出しました。しかし、日本は「無風景」のままなのです。

また、中国は三つの「国辱の日」を持っています。いずれも、日本との関係におけるもの。
 5月9日 対華21箇条要求の日
 7月7日 盧溝橋事件勃発の日
 9月18日 柳条湖事件の日
日本のマスコミが、これら各日を意識して特集を組んだり、回顧や報道の記事を書いていないことを残念に思います。

朝鮮との関係では、もうすぐ11月10日。これは、日本が朝鮮の人々に創氏改名を強制したことによって記憶されている日です。この日に、新聞やテレビが関心を持つでしょうか。

ドイツは過去への反省を徹底することによって国際的な信頼を獲得しました。多くの国から「価値観を共有する国」として受容されています。翻って、安倍政権の「改憲・壊憲路線」は、「歴史の反省をしない日本」「とうてい価値観を共有し得ない日本」を浮かび上がらせることに終わる以外にはありません。

その意味では、私たちは自信を持ってよいと思います。安倍改憲・壊憲路線は、日本国民の利益と敵対するだけではなく、近隣諸国や世界各国の良識から孤立するものであることを指摘せねばなりません。

法律家の任務として、改憲の動向に対応するだけでなく、憲法を根底から否定し全分野においてこれをないがしろにする安倍内閣の政策の総体に対抗する運動に寄与しなければと思います。」
(2014年9月21日)

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