澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「戦後70年」と冠される年のはじめに

あらたまの初春。「戦後70年」と冠される2015年の、年の初めのブログの書き初めである。

「日記買ふ」が冬の季語で、「初日記」「日記始」が新年の季語だそうだ。一年の計を思いつつ、新しい日記の第一頁に筆を下ろす。この新鮮な気持はまた格別。手許の歳時記をめくると、その気持よく分かる、という句が並んでいる。
   まっ白な月日あふるる初日記  (山口壤邇)
   胸埋めるほどに雪降る初日記  (菅原多つを)
   新日記三百六十五日の白    (堀内 薫)
   日記まづ患者のことを書きはじむ(中台泰史)
   記すこと老いて少なき初日記  (中 火臣)
ブログとて気持は日記と同じ。さて、いったい何を初ブログに書くべきか。

この数年、さして目出度いというほどの新年ではない。とりわけ、安倍政権下の正月となってからは。しかし、世の習いにしたがって申し述べる賀詞はけっして嘘ばかりではない。70年前の正月に比べれば、なんたる「目出度さ」であろうか。

この正月、戦争もなくテロもない。空襲警報は鳴らないし敵機の来襲もない。特高警察も憲兵も、徴兵も徴用もなく、町内会が物資の供出を求めて家々を回って来るでもない。治安維持法も軍機保護法も国家総動員法もない。宮城遙拝や「天皇バンザイ」の唱和を強制されることもない。日本の軍隊が海外に展開しているでもなく、ラジオの臨時ニュースが大本営発表として戦況の放送をしているでもない。ならば、十分に中くらいは目出度いと言ってよいではないか。

これは日本国憲法が保障している平和の世の目出度さである。戦後レジームによる平和であればこそ「目出度い」と言っていられる。うっかり、戦後レジームを脱却して、「天皇を戴く国」を取り戻されたのではたまらない。「天皇を戴く国」とは、皇国史観を強制されて、精神の内奥までに権力の支配が及ぶ恐るべき「御代」にほかならない。治安維持法や軍機保護法が猛威をふるい、国民すべてにスパイの嫌疑がかけられる世の中。特高や憲兵、思想検事が巾を利かせる世の中。人種差別や民族差別が横行する社会。個人の自由ではなく、国家の存立こそが唯一価値あるものとされ、個人は国家への服従を強制される。

新年は、そのような70年前に引き戻そうとするたくらみを許してはならないと、あらためて決意を固めるべき時であろう。

亡父が生きていれば、本日が101歳の誕生日である。そのスパンで、1914年から100年前に遡ると1814年となる。日本はまだ、将軍家斉の時代。ナポレオン・ボナパルトがエルバ島に配流された年だという。

戦後70年もずいぶん長い。1945年から70年を遡ると、1875年、明治8年ではないか。西南戦争以前、江華島事件の年となる。「戦前」を、目一杯明治維新から敗戦までとしても77年間でしかない。大日本帝国憲法制定から敗戦までだと、なんと56年に過ぎない。戦後は長く続いてきた。国民に定着してきた。日々国民が選び取ってきたのだ。

この日本国憲法がもたらす平和を大切にしたい。平和をもたらす日本国憲法を大切にしなければならない。そのことに役立つようなブログを書き続けたい。それが新年の決意。

そして、今年のブログを書き始めるにあたって、「短くしよう」「読んでもらいやすくしよう」「複数のテーマを盛り込むことは止めよう」と決意している。できるだけ…ではあるが。
(2015年1月1日)

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