澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「文官統制」という「文民統制の中心手段」をなくしてはならない

昨日(3月6日)、防衛庁設置法改正案が閣議決定され、同日国会上程された。その内容は、防衛省内の「文官統制」を廃止するというもの。ややわかりにくい。私も、先日の日民協の学習会で、小澤隆一さんや内藤功さんからこの問題を指摘されるまでよく飲み込めていなかった。

「文官統制」とは憲法原則でもなければ、世界共通の理念ではない。我が国独特の、防衛庁時代からの省(庁)内自衛隊コントロール・ルールだ。防衛省は、文官(背広組)と、幕僚監部(制服組)とから成っている。この関係は、従来文官が圧倒的に優位で、自衛隊側から見ると「背広にあごで使われていた」(毎日)ということのようだ。この文官優位のシステムが「文官統制」。文官優位には、制服組の不満がくすぶってきた。今回の法改正はこの不満を解消するためのものという。

文官統制の位置づけは、朝日が紹介している1970年4月の佐藤栄作発言が分かり易い。
「自衛隊のシビリアンコントロールは、国会の統制、内閣の統制、防衛庁内部の文官統制、国防会議の統制による四つの面から構成される制度として確立されている」

また、政府が2008年にまとめた報告書でも、日本独特のあり方として、「防衛庁内部部局が自衛隊組織の細部に至るまで介入することが、文民統制の中心的要素とされてきた」と認めていた(朝日)。

自衛隊に対するシビリアンコントロール(=文民統制)を防衛庁(省)のレベルで担保するものとしてきたのが「文官統制」で、これは自衛隊発足(1954年)後一環した保守政権の方針だった。この度の改正案は、これを撤廃しようというもの。防衛省内の文官優位は崩れ、背広組と制服組とは対等になる。具体的には、制服組は文官の監督や指示から離脱して、自衛隊の部隊運営については文官の承認なしに、直接防衛大臣を補佐することになる。機動的な隊の運用は文官を通さずにおこなわれることが通例になるのかも知れない。

言うまでもなく、軍とは取扱いのやっかいな危険物である。とりわけ戦前の皇軍は、文民統制を嫌ってしばしば暴発して、政党政治や議会制度を破壊し、さらには国家の存立を崩壊せしめた。その弊を除くためのシビリアンコントロール(文民統制)である。

もっとも日本国憲法は軍隊の存在を想定していない。だから、憲法に文民統制の在り方が具体的に書き込まれてはいない。「自衛隊は違憲でない」「自衛隊は危険ではない」と力説しなければならない立場にあった自衛隊成立直後の政権は、自衛隊を厳重にシビリアンコントロールされているもので危険性のないものと説明しなければならなかった。その説明材料の一つが「防衛庁内における文官統制」であった。今、厳重なシビリアンコントロールを説明する必要はなくなったとして、文官統制をなくそうとしているのだ。

オリンピック誘致の時は、「放射能は、完全にコントロールされ、ブロックされています」と言わなければならないが、決まってしまえば知らん顔。あのやり口とよく似ている。

このような政策転換の際に政府の意図を読み取るには、産経社説を読むのが手っ取り早い。政府広報紙であり、政府の意図忖度広報紙でもあるのだから。

本日(3月7日)の産経社説は、「制服組と背広組 自衛隊の力生かす運用を」というもの。

「内局官僚が自衛官に指示・監督する「文官統制」の弊害を是正する措置が、ようやく取られることになった。」
これまでの文官優位のシビリアンコントロールを「弊害」と言うのが産経の立場。産経が「弊害」と言っているのだから、大切にしなければならない制度であることは当然である。

「政府は防衛相を補佐する上で防衛省の内局(背広組)と自衛隊の各幕僚監部(制服組)を対等に位置づける同省設置法改正案を閣議決定した。自衛隊の実際の部隊運用について、制服組のトップである統合幕僚長が防衛相を直接補佐する仕組みが整う。これまでは、部隊を動かす専門家ではない文官が、陸海空の自衛隊の運用などに指示・承認を行うことが認められていた。」
そもそもシビリアンコントロールとは、軍事専門家でない文官が軍を監督し統制することなのだ。軍を運営する効率よりも、その暴発を幾重にもチェックすることの方が重要だという考え方にもとづく。自衛隊トップの統合幕僚長といえども、内局に呼び出されて説明を要求されることが必要なのだ。

「法改正で、自衛隊が日本の平和と国民の安全をより実効的に守れるようになる意義は大きい。防衛出動はもとより、尖閣諸島や原発が襲われるなど、猶予なしに訪れるグレーゾーン事態にも対応できる。実現を急いでほしい。」
シビリアンコントロールを弱体化することを「自衛隊が日本の平和と国民の安全をより実効的に守れる」というのだから恐れ入る。防衛出動にも、慎重を要するグレーゾーン事態への対応にも、シビリアンコントロールを嫌う自衛隊の立場を代弁しているのだ。

「これまでの「文官統制」を評価する立場から、今回の見直しは文民統制を弱めるとの指摘もあるが、それはおかしい。有権者が選んだ政治家が、実力組織である自衛隊をコントロールし、政治が軍事に対する優位を保つ。文民しか就けない首相や防衛相が自衛隊を指揮監督し、国会は予算や法制面からチェックする。こうした原則は、法改正後もまったく変わらない。」
産経のいうことこそ、明らかにおかしい。「今回の見直しが文民統制を弱めるとの指摘」は否定しようもない。産経が言えるのは、「今回の防衛省設置法改正が実現した場合の『文官統制撤廃』は、文民統制を弱めるものではある。しかし、文官統制だけが文民統制のすべてではないのだから、文民統制がなくなったとは言えない」との範囲のこと。そうは言えても、「文民統制の中心的要素」とまで言われた、シビリアンコントロールの重要な制度を失うことの危険ははかり知れない。

産経のいうとおり、「防衛出動はもとより、尖閣諸島や原発が襲われるなど、猶予なしに訪れるグレーゾーン事態への対応」を急ぎたいことからの法改正案の提出である。産経が「実現を急いでほしい」と言っているのだから、集団的自衛権行使容認の動きと一体となった危険な改正案であることには疑いの余地がない。

しかも、強く警戒すべきは、「緊急を要する防衛出動やグレーゾーン事態への対応」のすべてに特定秘密保護法の、情報秘匿の網がかけられることである。

違憲なはずの自衛隊が、次第に大手を振って一人前の軍隊としての体裁を整えようとしている。今回の改正案上程も、その重要なステップの一つとして強く反対せざるを得ない。そして、自衛隊への運用に対するコントロールは何よりも国民の目でおこなわねばならない。

それにつけても、特定秘密保護法の罪の深さを嘆かざるを得ない。
(2015年3月7日)

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Published in 土曜日, 3月 7th, 2015, at 23:48, and filed under 安倍政権, 特定秘密保護法.

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