澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

ゾンビ・橋下を産み出した社会の母胎はまだ暖かい

6月15日。55年前のこの日、東大生樺美智子が日米安保条約改定反対のデモの隊列の中で、警官との衝突の犠牲になった。当時私は高校2年生だったが世情騒然の雰囲気が印象に深い。津々浦々に「アンポ・ハンタイ」「岸を倒せ」の声が響いていた。

あの大国民運動をつくり出したものは、何よりも戦争を拒否し平和を願う圧倒的な国民の願いであったろう。当時戦後15年、戦争の記憶は成年層には鮮明に残っていた。「再びの戦争はごめんだ」「危険なアメリカとの軍事同盟なんぞマッピラ」という感覚が国を覆っていた。当時も、政府はアメリカとの同盟が「東」側からの攻撃に抑止効果をもつと宣伝したが、多くの国民が耳を傾けるところとはならなかった。

そして、安保反対国民運動が盛りあがったもう一つの契機が、衆議院での強行採決である。「アンポ、ハンタイ」の大合唱は、平和と民主主義についての危機感が相乗してのこと。その運動の標的となった敵役が、A級戦犯・岸信介であった。

今、再びの「安保ハンタイ」の声。「戦争法案を廃案に」「憲法を壊すな」「安倍を倒せ」の掛け声が全国に渦を巻いている。半世紀を経て、岸信介の孫、安倍晋三が敵役だ。今度は平和主義・民主主義だけでなく、「立憲主義を壊すな」がスローガンに加わっている。

今や、60年安保を彷彿とさせる運動の勢い。状勢は、明らかに憲法擁護勢力が、安倍ゴリ押し改憲内閣を追い詰めている。ところが、このときに意外な伏兵が現れた。裏切り・寝返りと言ってよかろう。維新の動きである。見方によっては、もっとも自分を高く売るタイミングをはかっていたのではないだろうか。維新は、労働者派遣法案で民主・生活と組んで、与党案へ反対で足並みを揃えていたはず。それが、あっという間の自民への摺り寄りだ。

この伏兵の動きが戦争法案反対運動にも影響しかねない。昨日(6月14日)、ゾンビ橋下が安倍と醜悪な3時間の会見。その後、橋下はツィッターで「維新の党は民主党とは一線を画すべきだ」と述べているそうだ。安倍とは蜜月。「自民党とは一線を画すべきだ」とはけっして言わない。

しかし、覚えておくがよい。裏切り・寝返りは、リスクを伴う行為だ。できるだけ高い対価を求めてのタイミングでなされるが、高い対価には相応の大きな危険が伴うことになる。策士策に溺れるのがオチとなろう。

ユダはイエスを売って銀貨30枚を得た。小早川秀秋は、関ヶ原の裏切りで55万石の大大名となった。古来、裏切りの動機も対価の多寡もさまざまだが、共通しているのは、裏切りが打算であること、できるだけ高く売れるタイミングで実行されること、そして、打算ゆえの裏切り者の末路が惨めであること、汚名が長く残ること。

そして、よく覚えておこう。最近教えられて印象に残ったブレヒトの言葉だ。
ベルトルト・ブレヒトは、その著「戦争案内」の最後で、ヒトラーの写真を指しつつ、こう言っているそうだ。

 こいつがあやうく世界を支配しかけた男だ。
 人民はこの男にうち勝った。
 だが、あまりあわてて勝利の歓声をあげないでほしい。
 この男が這いだしてきた母胎は、まだ生きているのだ。

腹を切ったはずの落城の將がゾンビとなってうごめく醜悪な世の中だ。問題はゾンビ自身ではなく、むしろゾンビを産みだした母胎の方だ。この母胎はまだ暖かい。戦争法案をめぐる憲法擁護の戦いは、この母胎との戦いでもある。
(2015年6月15日)

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