澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「浜の一揆」から、岩手海区漁業調整委員会選挙への挑戦

海区漁業調整委員会という行政委員会があることをご存じだろうか。

戦後経済民主化の一環として成立した漁業法は、第一条(目的)に、「この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする」と定める。条文の中に盛り込まれた、「漁業の民主化」という言葉がまぶしい。

この条文中の「漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構」が3種類の漁業調整委員会で、その中核をなすものが、海区漁業調整委員会である。各県1海区を基本とし、北海道11海区、長崎県4海区などいくつかの例外があって、計64海区とされている。

戦後民主主義の理念を背負った行政委員会だが、教育委員会や農業委員会と同様に、「民主化」の香りは色褪せてきたと言わざるを得ない。しかし、制度が残っている以上は活性化のチャンスがあるということだ。

「浜の一揆」を闘う岩手沿岸の漁民が、岩手海区漁業調整委員会の選挙に挑戦している。恒例では候補者は漁連会長や大きな漁協の会長ばかり。前回4年前に初めて藏さんが無投票で委員の一角を占めた。今回は選挙となる。昨・7月25日告示で、8月3日が投票日。有権者総数は9979名。公選委員の定数は9。これに、北(洋野町)と南(陸前高田)の一揆衆が、票田を分けて二人立候補した。カラー4頁の実に立派な選挙ビラを見せていただいた。メインのスローガンが「暮らせる漁業で地域を守る」「若者と現役が希望のもてる漁業を」。そして、「資源管理型の漁業調整へ」という具体的な選挙政策もバッチリ。何よりも、表紙を飾る漁師姿のお二人の顔写真が秀逸。その面構えが見事だ。一人、1000票を獲得すれば当選できるという。

下記は、私からのお二人を激励するメッセージ。
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藏德平、菅野修一両候補への激励メッセージ
 美しいタテマエ
が、実は醜い実態をおおい隠すベールでしかないのが、この世の現実。
 昔、富国強兵の時代には、「君のため国のための滅私奉公」が臣民の美徳と教えられた。結局のところ、滅私奉公は、財閥や大地主や浜の有力者に利益をもたらす労働を美化するタテマエに過ぎなかったではないか。
 今、漁業の民主化も、漁協中心主義も、同じことではないだろうか。選挙も民主主義も、美しいタテマエに過ぎないのではないか。選挙によって、本当に漁民の利益を代表する者が当選しているのだろうか。海区漁業調整委員会に公選委員9人が席を占めているから、民主的な運営がなされていると言えるのか。海区漁業調整委員会が漁民のための民主的な組織というのはタテマエだけの話で、その実態は、漁連や漁協や浜の有力者の利益を擁護するための運営となって、一般漁民の立場を代弁する意見は無視されているのが実態ではないか。

 問題の根源は、漁連や漁協や浜の有力者たちの利益と、浜で働く一般漁民の利益とが、必ずしも一致していないところにある。サケの漁を定置網漁独占として利益を得続けたい既得権者と、サケ漁を零細漁民にも開放せよという一般漁民が、海区漁業調整委員会の席で、真に民主的に議論したことが一度でもあるだろうか。大目流し網漁の操業期間や漁区制限についても同じことだ。TAC(漁獲総量規制)やIQ(漁区漁割当制度)などの、漁民の生き残りをかけた新制度の提案についても議論があってしかるべきではないか。

 漁業の民主化とは、何よりも自ら漁に出ている現場の漁師の声を行政に反映させることでなくてはならない。現場で漁師として働く者でなければ、公平で持続的な漁業の知恵は出てこない。切実に後継者の育成を望む立場であればこそ、真剣に乱獲に歯止めをかけ、資源保護に取り組むことにもなる。

 漁業の民主化をあきらめてはならない。美しい言葉だけのタテマエに終わらせてはならない。漁業の現場から、現役漁師として声を上げた藏德平、菅野修一両候補に精一杯の声援を送りたい。必ずや、多くの一般漁民の声に耳を傾けて、一般漁民の利益に直結する漁業行政への転換の第一歩を築く働きをしてくれるはずだ。
   がんばれ 藏さん!
   がんばれ 菅野さん!
(2016年7月26日)

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