澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

参院選7日目ーネット選挙を使いこなそう

医療過誤訴訟では、いくつもの興味津々の生体現象を知った。
廃用性機能低下・廃用症候群・廃用萎縮・廃用退化などもその一つ。要するに、使用を怠れば、生体の機能は低下し、萎縮し、ついには退化しなくなってしまう、というもの。これは、奥の深い教訓。当然、法的権利にもあてはまる。法は、「権利のうえに眠る者には保護を認めない」のだ。

公職選挙法の改正によって、今回の選挙からネット選挙が「解禁」された。ホームページ・ブログ・フェイスブック・ツィートなど「ウェブサイトを利用する方法」による選挙運動は自由である。総務省のホームページを参照してネット選挙を使いこなそう。でないと、権利として成熟する以前に、ネット選挙の廃用性機能低下が始まりかねない。

留意点を二つだけ。
まず、「電子メールを利用する方法による選挙運動」については、候補者・政党等に限って「解禁」され、候補者・政党等以外の一般有権者には引き続き禁止されている。この規制は、今回選挙の状況をみて、次の国政選挙までに再考することになっているが、選挙運動を候補者のものとする考えから抜けきらないからこんな発想となる。

では、一般有権者は電子メールによる選挙運動は一切できないのか。そんなことはない。電子メールによる投票依頼は文書の頒布にあたるものとして規制されている。条文は公職選挙法142条1項の「選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号に規定する・・・のほかは頒布することができない」と、その脱法行為を禁じる146条1項「何人も、選挙運動の期間中は、いかなる名義をもつてするを問 わず、142条の禁止を免 れる行為として、候補者の氏名・政党の名称を表示する文書図画を頒布することができない」である。

電子メールの送信も、「文書図画の頒布」にあたるとして取り締まられているのだから、そもそも「頒布」にあたらない行為であれば処罰の対象にはならない。

この点について、判例はこう言っている。「同法146条にいう文書図画の頒布とは、文書図画を不特定又は多数人に対して配布すること、を意味するが、右Aに対する名刺の配布行為は、選挙運動の期間前からの一連の不特定又は多数人に対する選挙運動のためにする配布行為中の一にほかならないのであるから、同条にいう文書の頒布というに妨げない」(最高裁判決1961年3月17日)

つまり、送信先が不特定ではなく、多数人に対するものでもなければ、「頒布」にはあたらない。特定された親戚縁者、あるいは友人に対する、多数と言えない範囲のメールは、投票依頼の内容を含むものであっても、頒布にはあたらず規制の対象にはならない。

また、従来から選挙以外での用件で発信する文書に、選挙のお願いを書くことは、選挙運動文書にあたらず差し支えないとされてきた。同様に、メール送信の用件に投票依頼を添え書きすることは取り締まり対象の行為とはならない。

もう一つ。
当然のことながら、ウェブサイトや電子メールを利用した選挙運動に、金が絡めば買収罪が成立する。ブログでの選挙運動に関して金銭の授受があれば、運動買収になる。金を払った方にも、もらった方にも犯罪が成立する。本来、選挙運動は金をもらってやるものではない。この点の潔癖さが少しでも欠けると犯罪者となってしまう。こちらは実質犯で、表現行為そのものを取り締まる不当弾圧とは言い難い。

これまでの典型ケースは、アルバイト気分で選挙事務所で働いて、「労務者」や「事務員」として報酬を受けとった場合、「労務」や「事務」の範囲を超えた選挙運動があったとされての立件。これで立派な運動買収罪の犯罪者なのだ。今後は選挙事務所からの依頼でネット選挙の担当を引き受け、報酬をもらってブログやツィートでの投票依頼を行う犯罪の増加が心配される。

総務省の「想定Q&A」に、次のような記載があり、その厳格さに驚かざるを得ない。
Q 選挙の直前に雇用した事務所の秘書や政党支部職員に、選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールに掲載する文案を主体的に企画作成させ、選挙が終わった直後に解雇した場合、当該秘書等に給与を支払うことは買収となるか。
A 選挙期間を含む短期間だけ雇用した者に選挙運動を行わせ給与が支払われている場合は、当該給与の支払が選挙運動を行っていることに対する報酬と認められる場合が多く、一般的には、買収となるおそれが高いものと考えられる。

教訓を胸に刻んでおこう。選挙は徹底したボランティア。選挙に絡んで、金をもらっちゃいけない。金を配ってもいけない。もちろん、給料保障での選挙運動もダメ。ネット選挙では、このあたりのケジメがゆるみそうだから、ご用心。

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  『夜香木(ヤコウボク)』
長さ15センチぐらいの長楕円形のとんがつた、メタリツクグリーンの葉っぱを細い枝に間をおいて風通し良く付ける。常緑かどうかは知らない。西インド諸島原産ということで、関東の冬は落葉して、屋内におかないと越冬できない。

気温30℃ぐらいを越すと、枝先にグリーンの楊枝のような蕾を房状にジャランジャランとつける。蕾ははじめ黄緑の小さな房箒のようだが、だんだんに重くなり垂れ下がってくる。開花すると白くなり、先が五弁に開く。暗い夜はまるで白い線香花火のようにみえる。
そうなってはじめて、名前にたがわず、夜になるとむせかえるような香りを放つ。少し品性に欠けるような、青臭いチョコレートのような濃厚な匂いだ。3日ぐらいするとぴたりと香りはなくなり、楊枝をばらまいたように、花は無残にパラパラと散り落ちてしまう。そのあと枝を切りつめてやると、新しい枝が伸びて、10月末まで、2,3回蕾を付けて、夜の怪しい饗宴を繰り返す。

不思議と昼間はひそとして、何の匂いもしない。この頃東京の戸外で越冬し、温暖化の証拠のように語られ、あちこちでよく見られるようになったエンジェルトランペットも、夜になると良く香る。夏の夜、まとわりつくように漂ってくる匂いに、周りを見回すと、下を向いたトランペットのような大ぶりな花が浮かんでいる。この花も、昼間はしらんぷりをして、夜になると誘いをかけてくる怪しい奴だ。「夜香木」は本場インドのヒンディー語では「ラート・キー・ラーニー(夜の女王)」と呼ばれている。南方の花木は良く香る。

太平洋戦争中、仙台師団の兵士だった芥川賞作家の古山高麗雄は、久留米師団と一緒にビルマ戦線で戦った。インパール作戦ではなく、北部ビルマから中国雲南省方面での闘いに参加したが、筆舌に尽くしがたい凄惨な闘いを生きぬいた。その戦闘を扱った小説を書くために元久留米師団の兵士の話を聞く旅で、「夜香木の香りをかぎ、そうだこの匂いに、ビルマで包まれたことがあると」気づいた。

戦後、慰霊の旅でビルマに行った人がこの灌木を持ち帰って育てている。「私はビルマで、この低木を夜香草と呼んでいた。確かな記憶ではないが、シヤン高原で野宿をした時に、私はこの匂いに包まれたような気がするのだ。戦場でマラリアになって野戦病院から兵站病院に移された。兵站病院を退院した時、自分の部隊の所在がわからず、野宿したりしながら探し歩いたことがあった。あのとき、楽しんだ匂いのような気がするのだが、どうなのだろうか。いずれにせよ、私はその匂いのもとを、手にとって確かめたりしなかったのだ。あれから半世紀もたった今頃になって、ああこれがの芳香の木か、と眺め、その花の開閉に感じ入っているのである」と書いている。

物資の補給も途絶え、飢餓、マラリア、雨期の雨の中を敵弾に追われ、伸び伸びた戦線の末端を這い回る兵士たち。インパールから敗退する道は屍が累々と横たわり、「白骨街道」といわれた。雲南戦線を含めて、ビルマ戦線に投入された兵士は33万人、そのうち20万人近くが戦没した。「夜香木」はそのように無残に死んでいった兵士にたむけられた香華であった。
(2013年7月10日)

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Published in 水曜日, 7月 10th, 2013, at 22:35, and filed under 未分類.

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