澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

年金制度は、自己責任・自助努力が前提なのさ。甘ったれちゃいけないよ。

君ら、人生設計を考えるときに100まで生きる前提で退職金って計算してみたことあるか? 普通の人はないよ。でも、今のうちから考えておかないかんのですよ。

年金はね、人生設計のうちの生涯収入の一部だ。まさか、年金だけで老後の生活が安泰なんて、君たち本気で思い込んではおるまいね。年金で100年安心と思っているなんて、冗談だろう。

君ら誤解していないか。「年金100年安心」って、文字どおり「年金の制度維持は100年安心」ということで、「人生100年時代の年金生活が安心」ということではない。2004年の年金改革は「持続可能な年金制度」作りが目的で、老後の暮らしの保証じゃなかったんだよ。この辺の勉強がしっかりできているかね。

君らの勝手な誤解は、政府の責任じゃない。世の中そんなに甘いもんじゃない。知ってるだろう。「自己責任」、「自助努力」だよ。私なんか、年金なんて当てにしていない。受給しているかどうかも自分じゃ知らない。

でもお分かりだろう。老後の暮らしの安心のために、気前よく年金の支払いを振る舞っていたら、たちまち年金制度そのものが成り立たなくなる。年金制度の維持が100年は安全のためには、「入るを量って出ずるを制す」が肝要なんだ。分かり易く言えば、「保険料を増額して、給付額を減額する」「負担増、受益減」ってことだ。

とどのつまりは、高齢者の生活を犠牲にして年金制度を守ろうということ。これって常識だろう。誰が考えても分かることだし、それ以外に、年金制度維持の方法があったら教えてくれ。

今の時勢を考えて見たまえ。保険料負担の現役世代がどんどん減っているのが現実じゃないか。「入るを量る」はたいへん困難だ。ならば、「出ずるを制す」に徹するしか方法はなかろう。

ところが、年金受給者世代が際限なく増えている。平均余命がどんどん延びているんだから、「出ずるを制す」の政策は一人あたりの年金支給額を減らという方法に落ちつくことになる。それだけの単純なロジックじゃないか。

手品じゃあるまいし、「保険料は減らせ」「年金給付は増やせ」なんて、身勝手なことができるわけはない。安倍晋三が、決算委員会で言ったとおり、そりゃ「バカげた政策」だ。「年金100年安心」のためには、「保険料は増やす」「年金給付は減らす」しかないんだよ。

マクロ経済スライドは、そのためのシステム。このご時世、マクロ経済が年金受給者に厳しく推移することは、誰の目にも明らかではないか。安閑と年金受給額を現状維持としていたら、年金制度が崩壊することは目に見えている。だから、経済の悪化にしたがって、年金額を自動的に減額するのが、マクロ経済スライドだ。合理的だろう。年金生活者の生活をカットして、年金制度を維持しようという優れものだ。

2004年は、小泉内閣のときだ。あのとき、安倍晋三は確か自民党幹事長。自公で、「年金100年安心」を吹聴した。でも、あのときから、今のご時世は見通せていた。問題は財源の確保だったんだ。なんと言っても、国庫負担の問題だ。

ここは、基本的な考え方の相違だ。もちろん、「税制による所得再分配機能を最大限発揮せよ」という野党の皆さんの、いつもながらの主張はあるだろう。決まり切ったフレーズとして、「大企業や富裕層への優遇税制を見直せ。負担増を求めよ」「軍事費削って、福祉にまわせ」ってね。

でも、もう、やれることはやった。給付財源の国庫負担分を、段階的に引き上げて3分の1から2分の1までにした。これで十分だろう。これ以上、国庫負担部分を増やすことは、財界がウンと言わない。何よりも、企業や富裕層の経営意欲に水を差すことになり、経済の活性化が失われる。だから、財源は、消費増税しかない。

金融庁金融審議会の報告書が「年金だけでは老後の資金を賄うことができないため、95歳まで生きるには夫婦で2000万円の蓄えが必要」と言って非難囂囂だ。非難の声が高いから、臭い物に蓋をした。政治家として、当然のことじゃないか。

ところがだ。自公政権の国家的詐欺」だの、国民に対する年金詐欺」だのとまことに評判が悪い。こんな悪口雑言が言論の自由として許されてよいもんかね。まあ、フランスや韓国や香港とは違って、日本人は行儀がよくて温和しいから安心はしているが、年金問題は選挙に響くところが頭が痛い。

ホンネのところ、言いたいのは次のことだ。
国民諸君よ、年金だけでは暮らせるはずがない。貯金も利息はないに等しい。だから、株に投資したまえ。さすれば、国民こぞっての株式市場参入が実現して、株価が大いに上がる。株価が上がっている限り、政権は安泰なのだ。

えっ? 株式投資のリスクが現実化したらどうなるか? 前にも言ったろう。そりゃ、自己判断・自己責任・自助努力の大原則だ。誰も、責任とってはくれない。世の中けっこう厳しいんだよ。甘えてくれるな。
(2019年6月17日)

益子・「朝露館」(関谷興仁陶板彫刻美術館)で聴き入る石川逸子の詩

本日(6月16日)初めて、益子に「朝露館」を訪ねた。13名の小さなグループの一員として。そこで、関谷興仁・石川逸子ご夫妻に、展示内容の説明を受けた。

関谷興仁とは何者か、彼の陶板彫刻美術とは何か。丸木美術館のホームページの中に、当時同美術館館長だった針生一郎が、関谷興仁陶板作品私観」として語っている。2003年7月のこと。一部を抜粋して引用する。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2003/sekiya.htm

関谷興仁は1965年ごろまで組合活動に熱心な教師だったが、定年前にやめてクリーニング屋を経営しながら、新左翼の救援活動にたずさわるうち、80年代はじめから「何も考えずに」陶器づくりに集中しようと、益子の窯元に弟子入りした。
だが、土をこねると造形する暇もなくうかびあがるのは、大戦中のホロコースト、日本軍の殺戮、本土空襲や沖縄戦、特攻隊や原爆の無数の戦没者と、戦後の解放闘争や水俣のような公害の犠牲者たちの顔、顔だったという。

「僕には、こうして悼むしか、今に対する対し方はない。それは僕自身を悼むことである」という制作メモの一節が、わたしには切実に響く。

作品の構成をみると、主題別に厳選されたというより、これしかないと記憶からうかびあがった詩(詞)を彫りこんで焼成した陶板を組みあわせ、あるいはインスタレーション風に配置している。

金明植の叙事詩『漢拏(ハルラ)山』、石川逸子の90年代の長詩『千鳥ヶ淵へ行きましたか』、正田篠枝、深川宗俊の短歌、大原三八雄の英詩、石川逸子の詩集『ヒロシマ連祷』から成るヒロシマ・シリーズ。
とりわけ妻である石川逸子の詩は、さすがに詩的ヴィジョンの深まりを身近に受けとめてきた人生の同行者らしく、丸木位里と俊の『原爆の図』とそれ以後の共同制作に似た味わいがある。

戦争と戦後の無限の怨念をいだく死者の沈黙に迫ろうとする彼の仕事は、もしかしたら現代陶芸に新しいジャンルをきりひらくかもしれない。
(針生一郎 美術評論家・丸木美術館館長)

朝露館は、夥しい無辜の理不尽な死に想いを致す場である。本日、ここで石川逸子さんが、2編の自作の詩を朗読され、一同が聴き入った。

一編は、「千鳥ヶ淵に行きましたか」という長編詩の一節。そして、「もっと生きていたかった-子どもたちの伝言」と表題する詩集の一編「一枚の地図」。マレーシアにおける皇軍の蛮行をテーマにした、以下の詩。

一枚の地図

ここに
一枚の地図があります

市販の地図でいくら探しても
地図のなかの村は 見つからない
五十四年前
跡形なく消えてしまった村
マレーシア・ネグリセンビラン州ジュルブ県
イロンロン村

その地図を描いたのは
村が廃墟となったとき
十四歳の少女だった蕭月嬌
幻となった村の風景を
長く 胸にあたため
憤怒と悲哀のなかで 描きました

イロンロン村をゆったりと蛇行して
川はながれています
右手は鬱蒼とした山地
村の中央 川と道路の間には
大きな錫の精錬工場
蕭月嬌の家の裏手には学校

道路に面していくつかの店
小さな古い飛行場に
旗が二本 なびいています

村に入る道
また広い道路に沿って
あるいは川に沿って
家々が建ち並び
その一軒一軒に
住んでいた人の名が 丁寧に記されています
蕭来源
駱発
鐘月雲
張生
という具合に

まわりを山に囲まれ
空気はあくまで清らかに
作物は実り豊かに
戦いの日にも桃源郷のように
穏やかだった 村
つつましく 堅実に
助け合って働いていた村人たち

蕭月嬌は
母と姉 弟との 四人家族
畑で せっせと働きながら
日々 ただ楽しかったのです
一九四二年三月十八日
日本軍が不意にあらわれる
その日まで

その日
十四歳の蕭月嬌は
母を 弟を 失いました

ちょうど昼休み 十九歳の姉と家の食堂にいて
自転車に乗って村に入ってくる 日本軍人らに気づき
あわてて姉と裏門から抜けだし
這ってパイナップル畑に隠れたため
二人だけ助かったのです
まさか村中殺されるとは思わず
「日本軍はクーニヤンを見ると犯す」
という噂に逃れたのでした

夜になって
さらに隣村まで逃れ
バナナ園の溝に隠れて
はるか燃え上がるイロンロン村を見ていました

姉と抱き合い
そんな遠くまで聞こえてくる
村人たちの絶叫を 震えながら 聞いていました

翌朝帰っていった村は
いっぱいの死体
母も 弟も
生きてはいなかった
幼い弟はさんざん斬られてすぐ死ねず
道に這い出したのでしょう
もがき苦しんだ姿で息絶えていました

「おう どうしてこんな目めに会わなくてはならないのか!」
一九八六年夏
日本にやってきて
むせび泣きながら
証言された蕭月嬌さん
四十四年の月日が経っていました

姉は日本軍に連行されるのを恐れて
すぐ婚約者と結婚し
孤児となって過ごした解放までの
三年八ケ月
飢え
野の草 タニシを取って
空腹をごまかし
栄養失調で目は黒ずみ
死に近い日々だった

「おうどうしてこんな目に会わなくてはならないのか!
この世から
戦争を消滅させたい
それが願いです」
ハンカチで日を押さえ 言われました

イロンロン村
今は
一面に 生い茂る草草
ところどころぽうぽうとひょろ高い樹が生え
風にしなう 荒れはてた土地

そこに
かつて美しい村があり
人々が行きかい
つつましく働き
夢を語っていたことを
一枚の地図だけが 示しています

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益子に行ったら、朝露館を訪ねてみてください。
〒321-4217栃木県芳賀郡益子町益子4117-3
電話番号 0285-72-3899
但し、開館時期は限られています。
春期(4月~6月) 秋期(9月~11月)
開館日:金曜・土曜・日曜
開館時間:12:00~16:00まで
※開館時期以外のお問い合わせはこちら
TEL:03-3694-4369(9:00~16:00)

なお、ホームページが充実しています。
http://chorogan.org/http://chorogan.org/access.html案内のユーチューブもあります。
https://www.youtube.com/watch?v=_n2xAHwSpEY
ぜひ、私のブログもどうぞ。
益子・「朝露館」(関谷興仁陶板彫刻美術館)ご案内
http://article9.jp/wordpress/?p=12202

(2019年6月16日)

香港のストリート・デモクラシーに乾杯!!

このところ、香港の「逃亡犯条例」反対運動の成否が常に気がかりだった。学生や市民が闘っている真の相手が、あの中国共産党政権なのだから。私は「反中」でも「嫌中」でもないが、どこであれ人権を押さえ込もうという権力と闘う人々には精一杯の声援を送りたい。

天安門事件時代と基本的に変化の見えない大中国の政権に、小さな香港の人々がどこまで闘いうるのか、正直のところ不安でならなかった。2014年の雨傘運動も、あれだけの盛り上がりを見せながら、結局は真っ当な選挙制度の確立という基本的な要求を通すことができなかった。

だから、せめてもの声援を日本からも送らねばならない、微力ながらも国際世論喚起の一助となることで、香港の運動を励ましたいと考えていた。ところがどうだ。本日(6月15日)、「香港政府 『逃亡犯条例』改正延期発表」のニュースに、驚くとともに胸のすく思い。励ますどころか、こちらが大きく励まされた。学ぶところが大きい。

NHKが、こう報じている。「連日、抗議活動が続く香港で政府トップが緊急会見を行い、問題となっている条例改正案の審議入りを延期すると表明しました。林鄭行政長官は、中国本土への容疑者の引き渡しを可能にする逃亡犯条例の改正について『審議を延期する』『延期の期限は設けない』と明言しました。また、『抗議デモでけが人が出たことに心を痛めている』としました。」

法案審議の「延期」は、事実上の断念だと受け取られているようだ。この意義は大きい。明日(6月16日)は、6月9日以来の「日曜・大抗議デモ」が企画されていたが、勝利パレードに切り替えられるのだろうか。香港市民の意気天を突くものがあろう。

韓国の友人から、韓国には「ストリート・デモクラシーの文化」が育っていると教えられた。ろうそくデモに出るのは、学生ばかりではない。高校生も中学生も、親子連れも老人も、みんなで積極的に路上に出る。みんなが参加しやすい、デモや集会が企画される。厳しい局面でも、歌もあり踊りもある集会。その結実が、朴槿恵政権を倒して、現文在寅政権を誕生させた。私も、何回かの韓国の旅で、その片鱗を見てきた。実に明るく、積極的なのだ。

香港のデモもこれに似ている。目を惹いたのは次の報道。
「緊張が続く香港で14日、女性を中心に約6000人が集まり、当局による強制排除を批判しました。集会は子どもを持つ母親たちが呼び掛けたもので、主催者発表で約6000人が参加し、参加者のほとんどは女性でした。参加者は12日のデモで、警官隊が催涙弾やゴム弾を使って若者らを排除したことに対して、『子どもを撃つな』『学生を守れ』などと抗議の声を上げました。中国本土への容疑者の引き渡しを可能とする『逃亡犯条例』の改正案は市民の激しい反発を招き、審議入りが3日連続で延期されています。」(テレ朝)

写真に写った母親たちが掲げるプラカードには子ども(学生)たちは間違ってない』とある。路上のデモに出ようという子ども(学生)を、あぶないからやめろと説得するのではなく、警官隊に向かって『子どもを撃つな』『学生を守れ』と声を挙げる母親たち。ここにも、育ちつつある香港のストリート・デモクラシーを見ることができる。

さらに興味深いのは、デモ参加者は雨傘運動の経験から多くを学び、これを互いに共有して実践しているという。たとえば、ある団体は、フェイスブックに、デモの服装、前進と退却のタイミング、デモ隊の責任分担といった「対決ハンドブック」を掲載している。

そのなかには、逮捕された場合の対策についての章もあり、「自分の体に油性ペンで弁護士の電話番号を書いておくこと」と具体的なアドバイスがあるという。こういう若者たちが、路上に出ているのだ。

韓国や香港と比較して、日本における学生・市民の政治的行動力の脆弱さは否めない。さらに、問題は中国である。天安門事件を知らぬ世代が育っているという。香港の今の運動についても知らされていないという。それほどにも、政権の情報統制が行き届いているのだという。大中国の、この余裕のなさはどうしたものだろう。

中国共産党の結成が1921年。人民から針一本奪うことのない人民解放軍の堅固な倫理性が圧倒的な国民的支持につながって、中華人民共和国建国に至ったのが1949年10月のことだ。当時の理想・理念・志操は称賛に値するものだったことを疑わない。70年のうちに、あの革命中国の理想は風化してしまったのだろうか。
(2019年6月15日)

安倍イラン外交の成果なし ー 「手みやげなく手ぶらの使いが、成功するわけはない」

安倍晋三がイランを訪問した。アメリカとイランの緊張が高まっている中での注目の外交ではあった。タイミングとしては上々の舞台設定。衆目の一致するところ、安倍はトランプの使いっ走りではあるが、それなるがゆえの期待もあった。

安倍とその取り巻きは、本日(6月14日)の各紙トップに、アベ外交成果の記事が躍っていることを夢みていたのかも知れない。アメリカとイラン、その間を取りもって平和的な解決への道筋をつけることができれば、それは明らかに評価に値する。しかし、夢は所詮夢でしかなかったようだ。本日の大ニュースは、むしろホルムズ海峡でのタンカー攻撃と被災だった。「首相訪問に冷や水」(産経)の文脈での報道。

トランプの、イラン核合意からの一方的な離脱と経済制裁は不可解千万。誰が見ても、真っ当な国のすることではない。イランの怒りはもっともというほかはない。ところが関係国のどこにも、アメリカをたしなめる権威がない。イラン核合意の当事国とは、P5(米・英・仏・露・中)と、ドイツ・EUである。このズラリ並んだ世界の大国が、トランプという粗暴な人物の粗暴な振る舞いを静止できないのだ。

そこで、関係国でない日本の、トランプの使いっ走りに期待が集まった。溺れる者にとってのワラの一本である。「もしかしたら、トランプは振り上げた拳の下ろしどころに苦慮しているのではないか」「面子を保ちつつ、イランとの関係修復の路を安倍に託したのではないか」という期待である。

しかし、この期待は空振りだった。仲介者が交渉をまとめるためには、交渉材料の仕込みが肝要である。反米感情沸騰のイランの指導者を宥めるだけの交渉材料。その「手みやげ」を秘めての外交ではないかとの期待だったが、裏切られた。安倍がトランプから、事前に何らかの譲歩の提示を託されたとは見えない。

アベに提灯の常連を除いては、安倍外交の成果についての大方の見方は厳しい。「失敗」「成果ゼロ」「いつもの、やってる振り」というあたりが常識的な見方。

毎日の評価は、「日本は対話の糸口を探ったが、『仲介』に向けた戦略は練り直しを迫られている。」 というもの。このあたりが穏当なところだろうが、実は練り直すべき、もともとの「戦略」があったとは考え難い。無手勝流で、取りあえず交渉してみたが、なんの成果もなく、初めて「戦略が必要」なことを悟った、というところではないか。要するに、手みやげなく、手ぶらの使いだったわけだ。

安倍の立場は、トランプのメッセンジャーボーイであって、それ以上でも以下でもない。安倍は、トランプと対決してトランプを説得しようとの気概はない。日本の首相の権威のないことを嘆かずにはおられない。

仮に、日本が真の平和国家としての信任を各国から得ていたとしたら…、いかなる国とも平等対等の平和外交を貫いていたとしたら…。日本の外交力は、もっと強力なものとなっていたはずではないか。

田中浩一郎・慶応大大学院教授(政策・メディア研究科)が、イランの期待に応えずとして、毎日紙上に解説している。分かり易く、納得できる内容。とりわけ、イラン側からの見方が鮮明である。部分的に引用して、ご紹介しておきたい。

「イランは米国による経済制裁の影響で国内経済が厳しい状況に置かれており、日本に対して主要財源である原油の輸出を可能にしてほしいと期待していた。しかし、首脳会談後、記者発表をするロウハニ大統領の表情は硬く、事態が大きく動くようなことはなかったと思う。安倍首相も用意された文書通りに話している印象だった。」

「イランからすれば、勝手に核合意から離脱し国際秩序を乱しているのは米国だ。米国の言う通りの形で直接対話に応じることはない。しかし、経済的には苦境が続く。そうした状況下で得た機会が、今回の安倍首相の訪問だった。」

「根本的な問題に対処するなら、日本が米国との仲介役として、イラン側にも信頼を得ることだ。そのためには米国に核合意復帰を約束させることだが、それができない以上、米国が禁じたイラン原油の輸入を日本が続けることを通じ、日本の中立的な立場を明確にする必要がある。だが、今回、日本はそこまで踏み込めなかった。」

「もともと米国に対して厳しい姿勢を示しているハメネイ師を、日本が『手ぶら』で翻意させるのは無理だ。米国が一方的に振る舞っているのに、なぜそれに従わなければならないのかと思うのは、主権国家として当然だ。」

「日本の外交努力が今回限りではなく、継続するプロセスであることを示しておく必要がある。トランプ米政権の中でも特に強硬なボルトン大統領補佐官らに、『日本のようなイランと特別な関係を持つ国まで乗り出してきたのに、イランは交渉に応じなかった。外交の季節は終わり』と、軍事的な対応を始めるアリバイ作りに使われる危険があるからだ。」

一々、もっともである。「トランプと親密で、トランプと価値観を同じくし、トランプの手先に甘んじる外交」の功罪を、もっとリアルに見つめ直さねばならない。政権も、国民も。やがて、トランプが世界から指弾されて失脚する日が必ず来る。そのとき、日本もトランプの同類として指弾の対象とされてはならないのだから。
(2019年6月14日)

あの「国家戦略特区」、やっぱり「ずさんで、でたらめ」なのだ。

加計学園事件で、ダーティーなイメージをすっかりと定着させた国家戦略特区。久しぶりに、全国紙の一面に顔を出した。毎日新聞が、6月11日・12日と連続して問題の各事件をトップで報道した。

国家戦略特区問題とくれば、主役は常に諮問会議議長の安倍晋三である。が、このたびの毎日報道2事件の準主役は同一人物で、国家戦略特区諮問会議・ワーキンググループ座長代理の原英史である。

この人、元は通産官僚。2009年に退官して、2010年民間人の立場で雑誌『SAPIO』に連載した記事の表題が、『おバカ規制の責任者出てこい!。いささか不真面目な物言いだが、この人の考え方も、この人を有識者委員に迎えた国家戦略特区の基本スタンスも察しがつこうというもの。

規制がおバカか、無理無体の規制緩和がおバカなのかが、今深刻な課題として、問われているのだ。

11日の記事は、見出しが国家戦略特区 政府ワーキンググループ委員関連会社 提案者から指導料200万円 会食も」「外国人美容師解禁を巡る原氏と特区ビズ社の関係」という記事。

リードだけ引用すれば、下記のとおり。

「政府の国家戦略特区を巡り、規制改革案を最初に審査するワーキンググループ(WG)の原英史座長代理と協力関係にあるコンサルタント会社が、2015年、提案を検討していた福岡市の学校法人から約200万円のコンサルタント料を受け取っていた。原氏は規制緩和の提案を審査・選定する民間委員だが、コンサル会社の依頼で、提案する側の法人を直接指導したり会食したりしていた。」

12日の記事は、見出しが府、特区審査開催伏せる」「WG委員関与 HPと答弁書」というもの。
これもリードだけ引用すれば、下記のとおり。

「国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の原英史座長代理が申請団体を指南し、協力会社がコンサルタント料を得ていた問題で、原氏と同社が関与した漁業法にかかわる規制改革案のヒアリング開催が、首相官邸ホームページ(HP)で伏せられている。政府は審査の透明性を確保するとして、提案者や規制官庁にヒアリングした日付・案件を公表しているが、今回の案件が掲載されていないのは提案者の要望を受け入れたとみられる。事実と異なるヒアリング件数の政府答弁書も閣議決定していた。」

ジャーナリズムの真骨頂は、権力に不都合な事実を洗い出し暴き出すところにある。毎日は、よく取材してこの任を果たした。これは、氷山の一角ではないのか。願わくは、各紙、各記者が、さらに徹底して追求して、ディテイルを明らかにしていただきたい。

問題の会社は「特区ビジネスコンサルティング」(略称「特区ビズ」、現在は商号変更して「イマイザ」)というのだそうだ。いかにもふざけた名称だし、「特区ビジネスコンサルティング」という業務の成立自体が胡散臭い。「この『特区ビズ』は、少なくとも15年3~12月は、原が代表を務める政治団体『土日夜間議会改革』と同じマンションの一室(東京都千代田区)に事務所を設置。一部のスタッフは団体と特区ビズの業務を掛け持ちし、電話番号も同じだった。特区ビズの社長は、政治団体の事務も担当していた」と報じられている。原は、毎日に反論をこころみているが、この点については否定していない。

また、「同社は15~16年、数十件の特区提案にコンサルタント業務などで関与。このうち少なくとも福岡市中央区の美容系学校法人が、日本の美容師資格を持ちながら国内で就労できない外国人を特区内で働けるようにする規制改革を希望し、同社にコンサル料を支払った。法人などによると14年11月以降、原氏らは法人側と福岡市内でたびたび面会。法人副理事長(当時)は原氏と市内のかっぽう料理屋で会食し、費用は法人が負担した。副理事長はコンサル料の支払いを認め、『特区ビズの方として原氏と会った。提案書の書き方を教わった』と語った。提案は15年1月、特区ビズ社名で内閣府に提出され、WGで審査中」という。この点についても、事実に争いはなさそう。

もう1件。12日報道の件はこんな内容だ。
「複数の関係者によると、この改革案は漁業法で制限されていた真珠養殖の規制緩和を求めるもので、2015年6月ごろ、関東地方の真珠販売会社が提案した。その際、原氏は同社に自身と協力関係にある『特区ビジネスコンサルティング』(特区ビズ、現在は商号変更)を紹介。特区ビズが提案資料を作成し、原氏もたびたび助言した。この規制改革案はその後、WGでの議論を踏まえ、昨年12月の漁業法改正で実現した。」

特区の設定とは、他にない特例を認めようというもの。行政に求められる公平性の原則をくずして、例外としての不公平取り扱いを認めることなのだ。そのような、原則を崩すだけの際だった合理性・必要性が求められる。他の件にもまして、手続の徹底した透明性の確保と、厳正厳格な公平性・中立性について国民の高度な信頼が求められる。

しかし、毎日の取材があぶり出した事実は、国民の疑惑を招くに十分である。あのアベの下で、またぞろ問題が出てきたと思わせる。これに対する原の反論は、「自分はカネをもらっていない」という弁明である。毎日は「原がカネを受けとった」とは言っていないのだが。

毎日は、取材対象の弁明についても、こう記事にしている。
「元経産官僚の原氏は、…毎日新聞の取材に『(同社に)協力はしているが(コンサル料は)知らない。会社と私は関係ない』と説明した。内閣府は『委員が提案者の相談に応じ、制度を紹介するのは通常の活動』としつつも、同社と原氏の関係は『事務局として承知していない』と回答した。

ワーキンググループ幹部とコンサルの業者が、こんなにも一体となって、こんなにも親密にビジネスとしてほいほいと動いていることに、愕然とせざるを得ない。コンサルを求める方も、ビジネスチャンスを窺う利にさとい企業である。こんな環境でコンサルの業者が動けば、当然にカネも動く。一体となっている特区諮問会議委員にもカネにまつわる疑惑が生じるのは当然のことだ。

こういう話しは、なかなか外へは出にくい。特区ビジネスのクライアントとしても後ろめたい話で、積極的に語りたいことではない。カネが絡み、諮問会議の関係者が絡んでいればなおさらのことだ。ようやく氷山の一角が見えた貴重な事例。一事が万事、これがありふれた事態なのかと思わせる。まずは、行政や国会の場での、徹底した疑惑の解明が望まれる。

なお、規制改革を担当する内閣府特命担当大臣は、あの片山さつきである。片山さつき自身の問題については、2018年11月9日付けの当ブログをご覧いただきたい。

片山さん、ずさんで、でたらめ。めちゃくちゃじゃないですか。
http://article9.jp/wordpress/?p=11428

嗚呼、アベ内閣。あっちもこっちも、「ずさんで、でたらめ。めちゃくちゃ」だ。
(2019年6月13日)

麻生太郎だ。不都合な報告書は受け取らない。文句があるか。

なに? 前代未聞だと? ミゾユウの事態だって? な~に、いつものことだ。騒ぐほどのことではない。もっとも、「騒ぐほどのことではない」というしかない、が正確なところか。

私は政治家だ。政治家にとって大切なものは、真実でも事実でもない。票だ。選挙だよ。選挙でものをいうのは、幻想だ。何が真実であるかが問題ではない。選挙民に、真実らしく見えるものが何か。それだけが問題なんだ。こんなあたりまえのことが、キミたちにはわからんかね。

ダチョウという鳥があるだろう。危険が迫ると、砂の中に頭を突っ込んで自ら目隠しをするというじゃないか。ほんとかどうかは知らんが、よくできた話だ。私から見ると、選挙民も同じさ。少なくとも、我が党や友党支持の選挙民は。

目を開けるのは、安全を見て安心したいとき。危険は見たくない。不都合には目をつむる。これが私の支持者だ。だから、選挙民の望むように不安を取り除いてやればよいのだ。不都合な真実を取り除くのではない。目隠しすればよいだけのこと。それが、「年金不足・2000万円」の報告書不受理というわけだ。

申し上げたとおり、この金融庁の金融審議会が作成した報告書は、「世間に著しい不安と誤解を与えており、これまでの政府の政策スタンスとも異なりますので、正式な報告書としては受け取らない」んだ。これで、文句があるか。

えっ? 何が誤解かって? これまでの政府の政策スタンスとどう異なるのかって? 世間に与えた著しい不安は、真実が明らかになったからではないかだと? そんなことに、まともに回答していたら、ますます不都合な真実が明らかになってくるだろう。受け取らないと言ったら受け取らないんだ。同じ質問を繰り返すんじゃない。

えっ、なに? 「そもそも、受け取らないなんてことができるのか?」って。森羅万象を司っている内閣の一員である私が、「受け取らない」と言えば、結局はこんな報告はなかったことになる。それだけのことだ。

繰り返し申し上げるが、標準的な夫婦が年金受給を30年継続するとして、公的年金のほかに、「30年間で約2000万円が必要」というのが報告内容だが、このことが真実かどうかは問題ではない。参院選が近いだろう。こんな時期に、「不都合な真実」などは要らん。「不都合な真実」を前提の議論もまったく用がない。必要なのは、「100年安心」という年金制度のキャッチフレーズに、ひびを入れないという配慮だけだ。

最近の審議会は、政権に対する忖度が足りない。選挙間近のこの時期に、こんな答申出すことはないじゃないか。選挙が終わってから、出しゃあいい。トランプだって、安倍晋三との協議内容についての発表を、参院選終了までは伏せると配慮をみせているじゃないか。選挙後ならこんな答申問題にもならなかったのに。

なんだって、敵に塩を送るようなマネをするんだ。たとえば、9月10日参議院決算委員会での安倍晋三に対する小池晃質問だ。これじゃ安倍晋三形なしだ。赤旗が鬼の首を取ったようなはしゃぎようで、こんな風に報道している。これでは困るのだ。

 「金融庁は、高齢夫婦の平均収入と支出の差は毎月5万5000円で、公的年金だけでは30年間で2000万円不足すると試算しています。小池氏は、政府がこれまで『厚生年金で必要な生活費はまかなえる』『100年安心の年金』などと宣伝してきたけれど、今回の金融庁の報告書でそれがウソだったことを『ある意味、正直に認めた』とただしました。安倍晋三首相は『国民に誤解や不安を広げる不適切な表現だった』と弁明しましたが、金融庁の試算自体は否定できませんでした。

 小池氏は「『100年安心』といっていたのに、人生100年になったら『年金はあてにするな』『自己責任で貯金せよ』というのは国家的詐欺に等しいやり方だ」と批判。答弁に窮した安倍首相は「では、どうしたらいいというのか」などと激こうして繰り返すだけでした。」

赤旗はしょうがないとして、産経系のFNNまでがこんなことを言っている。これは困った。他は推して知るべし、だ。

加藤綾子キャスター:風間さん、麻生大臣が(報告書を)受け取らないってどういうことなんですか? 
風間晋解説委員:政府にとって、不都合な真実が明るみに出てしまった報告書なんですよ。今までも年金だけではちょっと心配だよね、赤字だよねってみんな薄々勘付いてはいたわけです。ところがここに、長寿というか、政府が「人生100年時代」だって盛んに言い始めているわけじゃないですか。この赤字が人生100年と合体して『30年で2000万円足りない』という、数字としてはっきり出てしまった。だからインパクトが大きい。これはちょっとまずいということで、報告書はなかったことにしようとしていますけど、この状況は隠せないわけですよね。
加藤綾子キャスター:受け取らなくても、これは変わらないということですよね。

お分かりだろう。こんな報告、普通に受け取っちゃいかんのだ。難癖つけて、なかったことにしなければならない。えっ? かえって、目立つことになったって? やっぱり、私もダチョウになろう。砂の中に頭を突っ込んで目隠しだ。
(2019年6月12日)

みなさま。今度の参院選は、憲法「改正」を阻止するための重要な選挙です。

ご近所のみなさま、ご通行中の皆さま。こちらは、本郷湯島九条の会です。
私は、本郷5丁目の弁護士ですが、日本国憲法とその理念をこよなく大切なものと考え、いま、憲法の改悪を阻止し、憲法の理念を政治や社会に活かすことがとても大切との思いから、志を同じくする地域の方々と、九条の会をつくって、ささやかながら憲法を大切しようという運動を続けています。

会は、毎月第2火曜日の昼休み時間を定例の街頭宣伝活動の日と定めて、ここ本郷三丁目交差点「かねやす」前で、改憲阻止と憲法理念の実現を訴えて参りました。とりわけアベ政権の、憲法をないがしろにする姿勢を厳しく糾弾しつづけてまいりました。

さて、みなさま。今通常国会は、6月26日で閉会となります。会期の延長はなく、総選挙との同日選もない模様。7月4日に参院選の公示となり、21日投開票の見通しです。
この参院選挙の争点はなんでしょうか。真正面から、「憲法改正の是非を問う選挙」と言って差し支えないと思います。そのため、大切な選挙戦となって

安倍晋三という政治家がいます。歴史修正主義者で、政治の私物化に余念のない人物。こんな男を、内閣総理大臣にしているのが、今の時代の空気なのです。総理大臣と言えば、行政のトップで、憲法を遵守し擁護すべき義務を負う立場。にもかかわらず、彼は、日本国憲法が大嫌い。改憲に執念を燃やしています。本当は全面的に憲法を変えたいのだけれど、それは到底無理だから、手はじめにせめて4項目だけを変えたい。これが、彼の改憲論です。4項目の筆頭には、「9条改正」が掲げられています。9条1項と2項をそのまま残すと言いながら、これを死文化させるのが、「アベ流9条改憲論」にほかなりません。

彼の改憲論は、自民党の参院選選挙公約の6本の柱の中に、しっかりと書き込まれました。この自民と、これを支持する公明・維新の3党が、改憲派です。

公明・維新以外の野党が、改憲阻止勢力。全国に32ある参院選挙一人区のすべてで、立憲主義を大切しようという野党が、市民連合を仲介者として、13項目の共通政策をもって候補者調整をすることに合意しました。その13項目の筆頭が、「改憲を許さない、国会での改憲の発議を許さない」という改憲阻止の政策です。

こうして、「改憲派3党」対「改憲阻止の野党共闘」という構図ができあがり、改憲をめぐっての選挙戦が始まろうとしています。

もちろん、選挙の争点はけっして改憲の是非にとどまるものではありません。しかし、ほとんどの具体的な政策の対立は改憲の是非に重なり、改憲問題に収斂すると言って過言ではありません。

たとえば、沖縄・米軍辺野古新基地建設強行問題。あるいは1機100億円を超すF35を105機も購入するというバカげた予算の使い方。どちらも結局は、9条の平和主義と武力による安全保障という基本的な立場のせめぎ合いではありませんか。

またたとえば、消費税10%への増税の可否。庶民に優しい税制なのか、金持ち優遇の税制を進めるのか。憲法25条が定める福祉の理念を進めるのか退歩させるのかの問題にほかなりません。

原発再稼働反対。最低賃金を全国一律で、時間給1500円に。選択的夫婦別姓の実現。いずれも、憲法の理念からは当然の政策です。

みなさま。日本国憲法とは、人権の尊重・民主主義の徹底、平和と国際協調を唱った法体系です。今必要なのはその改正ではなく、憲法に盛りこまれている豊かな理念を現実のものとする努力ではないでしょうか。

7月の参院選は、憲法の命運にとっての大切な選挙です。平和を望むみなさま。人権や民主主義を大切に思うみなさま。労働条件の改善や、子育ての環境の充実、障がい者やお年寄りに優しい、手厚い福祉社会の実現を希望するみなさま。ぜひ、自民・公明・維新の改憲勢力にではなく、共通政策を掲げる野党共闘の陣営をご支援いただきたいのです。

今、お配りしているビラの裏面に、野党の共通政策13項目を記載しています。ぜひとも、お読みください。よろしくお願いします。

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1 安倍政権が進めようとしている憲法「改定」とりわけ第9条「改定」に反対し、改憲発議そのものをさせないために全力を尽くすこと。

2 安保法制、共謀罪法など安倍政権が成立させた立憲主義に反する諸法律を廃止すること。

3 膨張する防衛予算、防衛装備について憲法9条の理念に照らして精査し、国民生活の安全という観点から他の政策の財源に振り向けること。

4 沖縄県名護市辺野古における新基地建設を直ちに中止し、環境の回復を行うこと。さらに、普天間基地の早期返還を実現し、撤去を進めること。日米地位協定を改定し、沖縄県民の人権を守ること。また、国の補助金を使った沖縄県下の自治体に対する操作、分断を止めること。

5 東アジアにおける平和の創出と非核化の推進のために努力し、日朝平壌宣言に基づき北朝鮮との国交正常化、拉致問題解決、核・ミサイル開発阻止向けた対話を再開すること。

6 福島第一原発事故の検証や、実効性のある避難計画の策定、地元合意などのないままの原発再稼働を認めず、再生可能エネルギーを中心とした新しいエネルギー政策の確立と地域社会再生により、原発ゼロ実現を目指すこと。

7 毎月勤労統計調査の虚偽など、行政における情報の操作、捏造の全体像を究明するとともに、高度プロフェッショナル制度など虚偽のデータに基づいて作られた法律を廃止すること。

8 2019年10月に予定されている消費税率引き上げを中止し、所得、資産、法人の各分野における総合的な税制の公平化を図ること。

9 この国のすべての子ども、若者が、健やかに育ち、学び、働くことを可能とするための保育、教育、雇用に関する予算を飛躍的に拡充すること。

10 地域間の大きな格差を是正しつつ最低賃金「1500円」を目指し、8時間働けば暮らせる働くルールを実現し、生活を底上げする経済、社会保障政策を確立し、貧困・格差を解消すること。また、これから家族を形成しようとする若い人々が安心して生活できるように公営住宅を拡充すること。

11 LGBTsに対する差別解消施策、女性に対する雇用差別や賃金格差を撤廃し、選択的夫婦別姓や議員間男女同数化(パリテ)を実現すること。

12 森友学園・加計学園及び南スーダン日報隠蔽の疑惑を徹底究明し、透明性が高く公平な行政を確立すること。幹部公務員の人事に対する内閣の関与の仕方を点検し、内閣人事局の在り方を再検討すること。

13 国民の知る権利を確保するという観点から、報道の自由を徹底するため、放送事業者の監督を総務省から切り離し、独立行政委員会で行う新たな放送法制を構築すること。

(2019年6月11日)

「5・18光州」「6・4天安門」と、そして「6・9香港」と。

1980年5月の光州でも、1989年6月の北京でも、民主化を求める大規模な市民・学生が広場に結集した。が、権力はその訴えに耳を貸そうとすることなく、戒厳令をもって民衆に対峙した。その上で、軍は「暴徒」と刻印された無防備な民衆に容赦なく発砲した。

2019年6月9日の香港でも、主催者発表で103万人の大群衆のデモが大通りと議会前の広場を埋め尽くした。まだ、民衆が対峙する相手は警察であって、軍ではない。光州や天安門の悪夢が、香港で繰り返されることのないよう願うしかない。

「軍は国民を守るためにある」のではく、むしろ「軍は、政権を守るためにある」のだ。あるいは、「特定の権力者を守るためにある」。典型的には、「皇軍が、国体護持のためにあった」ように。

政治問題化しているのは、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする香港政府の「逃亡犯条例・改正案」の議会への上程である。

現行法の内容は「刑事事件の容疑者を中国本土には引き渡さない」となっているとのことだが、改正案はこの規定を削除して、香港から中国本土への引き渡しを可能にする内容だという。

以下は、朝日記事からの引用である。
「香港政府の「逃亡犯条例」改正案に反対する大規模なデモ行進が9日、香港であった。主催した民主派団体によると、1997年の香港返還以降、最多の約103万人(警察発表は24万人)が参加。条例案をめぐり中国政府が香港政府への支持を表明してから初の大型デモで、中国政府に市民が「ノー」を突きつけた形となった。デモ隊の一部が暴徒化し、警察と立法会(議会)の敷地内などで衝突し、警察官ら4人が負傷した。

改正案をめぐるデモは3月、4月に続いて3回目。参加者は1回目1・2万人(警察発表5200人)、2回目13万人(同2万2800人)で、今回はひときわ多い。背景には、香港の高度な自治を保障する「一国二制度」が揺らぎ、香港が自由で安全な都市でなくなるとの市民の危機感がある。

香港は透明性が高い司法制度が確立している一方、中国本土では司法機関が共産党の指導下に置かれている。条例が恣意的に運用されれば、民主活動家らが中国に引き渡され、中国を批判する集会も香港で開けなくなるといった不安が共有されている。

デモ隊には若者の姿が目立った。…今回は民主派内の各団体が足並みをそろえ、SNSなどを駆使して積極的にデモへの参加を呼びかけた。雨傘運動で活動した元学生団体幹部の羅冠聡氏は『社会の雰囲気が雨傘運動の直前の状況に似てきた』と語る。」

朝日が、報道の最後を、こう締めくくっているのが不気味ではある。
「香港浸会大学の呂秉権・高級講師(大学教授に当たるものだろう)は今後について『終決定権はもはや香港政府にはなく、中央にある。香港は中央に従わなければならない、という習(近平)氏の考えは非常に強固だ』と述べ、中国政府から譲歩を引き出すのは容易ではないとの見方を示した。」

要するに、問題は中国にある。ここには、法の支配はなく近代司法はない。つまりは人権がない。そんな非文明の異界に、人権主体を追いやることなどできない。香港の民主化活動家を中国本土に送り込むこともあり得るということなのだ。

1980年5月の光州は、外部との接触を遮断された中で、軍の市民に対する暴虐が恣になされた。1989年6月の天安門ではメディアの目はあったが、戒厳令の下、必ずしも報道陣の監視が行き届いたものとはならなかった。布かし、今や香港の市民のスマホが無数の監視の目となっいる。中国も、軽々に民衆に手を出すことはできないだろう。

2017年3月、朴槿恵大統領を罷免に追い込んだ韓国の市民運動「ろうそく集会」も、光化門広場に100万人余の整然たる民衆を集めた。その人数、その粘り強さ、そして広場に集まった民衆を支援する社会全体の声と熱が、政権を覆したのだ。願わくは、香港の市民運動も、「ろうそく集会」型の成功を収めてもらいたい。

なお、雨傘運動の際に中国政府からの圧力が大きかった理由は、香港民主化の動きが中国本土に飛び火することを警戒してのこととされている。中国にとってのその危惧こそ、望まれること。香港の民主化運動が中国に飛び火して、燎原の火のごとく中国民主化の勢いが中国全土を席巻することを願う。夢でしかないのだろうか。
(2019年6月10日)

「日本に報道の自由がないとの実感は全くない」との産経社説を憂うる。

下記は、一昨日(6月7日)の産経社説(『主張』)の書き出しの一文である。なんとなくおかしくはないか。私は、思わず吹き出してしまった。が、実は深刻に憂うべき一文なのだ。

 「本紙(註ー産経)もメディアの一員だが、日本に報道の自由がないとの実感は全くない。」

産経に、「報道の自由がないとの実感は全くない」はウソではなかろう。誰からの掣肘を受けることもなく、自由に紙面をつくって販売していられる。日本には満足すべき報道の自由がある。きっと、産経はそう思い込んでいるに違いない。

 しかし、その産経の『自由』は、産経が特定の立場性を有しているからなのだ。権力におもねり、権力に迎合し、権力を称揚し、権力が望む方向に世論を誘導しようとの立場。権力に抵抗する勢力を難じる立場。権力に癒着した権威に平伏してみせる立場。遅れた社会意識が形成する同調圧力を批判することなく、助長する立場…でもある

権力を称揚する立場の言論が権力から掣肘を受けるはずはない。権威に阿諛追従の言論が社会的制裁の対象になるはずはない。また、社会的多数派の同調圧力に迎合していれば自ずから我が身は安泰に違いない。あたりまえのことだ。

要するに、アベ政権を称揚し、天皇制に阿諛追従し、元号使用を肯定し、「日の丸・君が代」強制を当然視し、北朝鮮や韓国は怪しからん、夫婦同姓を貫こう、という立場での報道は、この社会ではなんの障害もなく安心して発信できるのだ。こんなことは、報道の自由の名に値しない。

権力に迎合する表現の垂れ流しなら、中国にも北朝鮮にも、シリアにもあるだろう。そんなものをジャーナリズムとは呼ばないし、報道の自由が保障されているとも言わない。

「報道の自由」、あるいは報道機関に主体を限定しない「言論の自由」「表現の自由」とは、権力が憎む内容の報道をする自由なのだ。政権の耳に痛い言論を述べる自由なのだ。社会の多数派が歓迎しない表現を敢えて行う自由のことなのだ。

資本主義体制を、保守政権を、アベ政権を、そして天皇制を批判する言論の自由こそが、憲法的保護が必要であり、保護を与えるに値する自由なのだ。産経流のアベ政権や天皇制に迎合する提灯報道の垂れ流しをもって「日本には報道の自由がある」などと言うことは、見当外れも甚だしい。

産経の社説は、こう続く。「見当外れの批判には堂々と反論すべきだ。言論と表現の自由に関する国連の特別報告者、デービッド・ケイ氏が、日本では現在もメディアの独立性に懸念が残るとする報告書をまとめ、24日に開会する国連人権理事会に提出する見通しだ。」

産経が懸念するのは、国連の特別報告者デービッド・ケイの国連人権理事会に提出予定の日本の言論と表現の自由に関する報告書」の内容である。

これについての、朝日の報道を引用しておこう。6月6日付の「表現の自由『日本は勧告をほぼ履行せず』国連特別報告者」という見出し。

「言論と表現の自由に関する国連の特別報告者デービッド・ケイ氏が、日本のメディアは政府当局者の圧力にさらされ、独立性に懸念が残るとの報告書をまとめた。「政府はどんな場合もジャーナリストへの非難をやめるべきだ」とした。
ケイ氏は2016年に日本を訪問し、翌年に報告書をまとめて勧告を行った。今回は続報として勧告の履行状況などを報告。政府に対する勧告11項目のうち、放送番組の「政治的公平」などを定めた放送法4条の撤廃、平和的な集会や抗議活動の保護など9項目が履行されていないとした。
今回、ケイ氏からの問い合わせに日本政府は答えなかったとしている。報告書は国連人権理事会に提出され、審議されるが、勧告に法的拘束力はない。」

どうして産経が目くじらを立てるのか理解に苦しむところだが、産経の社説の中に、次の一節がある。

「菅義偉官房長官は『不正確かつ根拠不明のものが多く含まれ、受け入れられない』と述べた。当然である。勧告に法的拘束力はなく、これまでも政府は逐一に反論してきた。」
なるほど、産経の主張とは、政府を代弁する立場なのだ。

また、産経社説はこうも言う。「人権理事会は加盟国の人権の状況を定期的に監視する国連の主要機関だが、恣意的に政治利用されることも多い。米国は昨年、『人権の名に値しない組織だ』などと批判し、離脱した。」
なるほど、産経の主張は、米国とも一致する立場なのだ。

トランプのアメリカが暴論を恣にして、世界の良識から孤立していることは周知の事実である。そのアメリカにアベ政権が追随し、そのアベ政権に産経が追随するの図である。

産経の強弁に拘わらず、日本のジャーナリズムは、政権批判、天皇制批判を語り得ない。明らかに言論の萎縮状況が蔓延している。この言論萎縮状況が、産経の立場からは、日本に報道の自由がないとの実感は全くない」と映るのだ。産経にこんなことを言わせておくジャーナリズムの現状。残念でならない。
(2019年6月9日)

再び開け、黄色い雨傘。大きく、美しく。

東京で梅雨空を眺めながらのつぶやきではない。香港民主化運動の代名詞だった雨傘運動。当局の弾圧によって2014年以来、逼塞しているかに見えたが、再び始動の兆し。明日、6月9日には、大規模な市民のデモが計画されているという。

香港の民主化運動とは、中国に対するものである。いうまでもなく、中国の人権状況が深刻である。しかも、この人権後進国が、めざましく経済大国化しつつある。経済大国化は、必然的に軍事大国化と政治大国化を伴う。近隣諸国への負の影響を及ぼしつつある。とりわけ、「一国二制度」の香港の事態が深刻である。

いま、香港政府が逃亡犯条例(改正案)(報道によっては、「容疑者移送条例」とも)を議会に上程。これが、大きな政治課題となっている。

この法案は、外国で犯罪を犯した者を、当該国の要請あれば引き渡すという内容だが、「中国に批判的な活動家や、中国ビジネスでトラブルに巻き込まれた企業関係者などが引き渡しの対象になりかねない」(日経)、「冤罪で拘束され、中国本土で公平ではない裁判にかけられる」(毎日)との懸念が強まり反対運動は日増しに熱を帯びている。

毎日は、「中国政府は、香港人がおとなしく圧力に耐えると思っているのだろう。でもこの条例改正は越えてはならない一線を越えている。ここで香港人の意地を見せなければ、香港は中国に完全にのみ込まれる」という市民の声を伝えている。

9日の市民の大デモの前に、6日弁護士のデモがあった。
以下は、香港、容疑者移送条例に反対デモ 弁護士ら黒衣着用し」との表題の共同配信記事。
「香港の弁護士ら法曹関係者は6日、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする『逃亡犯条例』改正案に反対するデモを行った。黒い衣服を着用し、条例改正を進める香港政府への強い不満を表明、立法会(議会)で審議中の改正案の見直しを求めた。
 香港メディアによると、1997年の中国への返還以降、法曹関係者による「黒衣デモ」が行われたのは今回で5回目。主催者側によると、過去最多の2500~3千人が参加。弁護士らは香港中心部を政府本部庁舎前まで無言で行進した。
 主催した弁護士の一人は『改正案が可決されれば、香港の法治が取り返しのつかないほど破壊される』と訴えた。」

各紙とも、この件を報じている。朝日によると、「逃亡犯条例」(改正案)は、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にするもので、「改正案は香港政府が議会に提案した。司法界では人権侵害も指摘される中国本土への容疑者引き渡しを認めると、香港の司法制度への信頼が揺らぐとの懸念が強い」という。

また、朝日は、「参加者は香港で司法関係者を象徴する黒い服を着て約1時間かけて行進。香港政府本部前で約3分間、無言のまま立ち反対の意思を示した。民主派の重鎮の李柱銘弁護士は『香港政府は中国政府の言いなりになっており、香港は安全な場所でなくなる』と語った。」と報じている。

このデモ、主催者発表で3千人だった。香港の人口は740万人、日本の10分の1よりも遙かに小さい香港での弁護士3000人規模のデモなのだ。「主催者発表」にもせよ、はたして東京で3000人の弁護士デモが組めるだろうか。

香港の法曹制度は、英国の流れを汲む。弁護士は、バリスター(法廷弁護士)とソリシター(事務弁護士)に分業化されている。バリスターの人数は1300人、ソリシターの人数は5000人ほどだという。このうちの約半数が、デモに参加したということになる。たいへんな危機感の表れといわねばならない。

洋の東西を問わず、弁護士の任務とは人権の擁護である。弁護士が自らの職域防衛のためではなく、中国から香港に逃亡してきた政治犯の人権のために立ち上がっている図は立派なものではないか。

3000人の弁護士に続いて、「中国に批判的な香港の民主派は9日、30万人規模の大規模な抗議デモを計画している」とも報道されている。「中国政府言いなりの香港政府」と、「人権擁護のために立ち上がる香港市民」の対決の構図。当然のことながら、「中国政府は香港政府への支持を表明しており、対立が激しさを増している」。さもありなん。

一度はやむなく閉じざるを得なかった香港の雨傘。もう一度しっかりと開いてほしい。そして、今度は開き続けてほしいと思う。人権のために、民主主義のために。そして、国際的な友誼と条理のために。
(2019年6月8日)

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