澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

あらためて今、学校で「国旗・国歌(日の丸・君が代)」を強制することの意味。その恐さ。東京「君が代」裁判・5次訴訟報告

(2026年2月13日)
本日14時、東京高裁809号法廷。満席の傍聴者の見詰める中で、東京「君が代」裁判・第5次訴訟の控訴審第1回口頭弁論期日。事件の内容は、君が代不起立による懲戒処分取消を求めるもの。教員(15名)と都教委の双方が、一審判決を不服として控訴し、それぞれが原判決への不服を控訴状、控訴理由書で述べ、書証を提出した。

原告1名、代理人2名の意見陳述はよく練られたもので聞き応えがあった。裁判官もよく耳を傾けてくれたという印象。
以下にその内容を紹介しておきたい。

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令和7年(行コ)第265号 懲戒処分取消請求控訴事件
控訴人(一審原告) 鈴木毅 外14名
被控訴人(一審被告) 東京都(代表者兼処分行政庁東京都教育委員会)

         一審原告鈴木毅意見陳述要旨

1 原告の鈴木毅です。これから2つの意見を述べたいと思います。

2 まずは、何度も処分を受けながら、私が不起立を繰り返してきた理由についてです。それは、端的に言えば、都教委が特定のシンボルへの敬意表明を無理強いする、そのやり方を受け容れることができないということです。
 「日の丸・君が代」に対する人々の感情には複雑なものがあることは周知の事実です。そのような人々に「正しい態度」と称する特定の態度を一律に強要することは個人の思想・良心の自由を侵害します。公教育の現場でこのようなことがあってはなりません。
 都立高校の卒業式等においては、1990年以降、学習指導要領改訂にもとづいて「君が代」が全学校に導入されましたが、多くの学校では生徒や保護者に「内心の自由は保障される。起立や斉唱を強制するものではない」と、事前の説明を行うことが定着していきました。これは教師集団の中に「強制は問題」「人権侵害は避けたい」という意識が共有されていた結果であると思います。
 ところが2003年に「10・23通達」が出されると、指定された座席で「国旗」に向かって起立し、「国歌」を斉唱すること、などという職務命令が校長から全教職員に出されただけでなく、都教委は生徒・保護者に対する「内心の自由」に関する事前の説明を禁止し、式場はおろか事前のホームルームでの発言すら禁止するようになりました。
 都教委は国旗に正対して起立し国歌を歌うことが「正しい態度」であると主張し、教職員にその態度を率先垂範することを命じましたが、このことはその行為に違和感を持つ生徒らには多大な同調圧力をかけることになりました。
 さらに都教委は、通達直後の全都立学校での起立状況を監視、集約し、不起立の生徒がいたとの報告を受けると、各学校の卒業式の進行台本に「起立しない生徒には、起立を促す」という指示を書き込ませるようになりました。中には「起立しない生徒には『起立しなさい』と発言する」と書き込んだ学校もありました。この事態を「生徒に対する起立斉唱の強制」と言わずして、どう表現できるでしょうか?そして公権力の末端の位置に立つ教員が、このような行為をすること、あるいはこのような行為に加担するよう命じられることが、憲法上許されるものでしょうか?
 憲法上の原理として最も優位に立つべき「個人の尊重」が崩されていくことが、卒業式・入学式という高校生活の節目の舞台で起こっていくことは、生徒の人権を擁護する使命を負っている教師としては看過できません。私は、教師としての信念から、また憲法尊重義務を負う公務員の立場からも、生徒の思想・良心の自由を侵すおそれのある行為に加担することはできません。
 また、「10・23通達」発出以降、欠かさず職務命令を出す校長に対して、私はその都度異議を申立ててきましたが、職務命令が撤回されたことは一度もありませんでした。このような状況下で行われる式に際して、私は、「国歌斉唱」の業務においては、非協力、不服従の態度で臨むほかはありませんでした。

3 2つ目の意見を述べます。本訴において都教委が、本件通達と職務命令は国旗国歌法と学習指導要領の趣旨・要請にもとづくもので、かつ命令によって改善すべき事情があったのだから「必要性・合理性があった」と主張し、原判決はそれを受け入れていますが、このような裁判所の評価・判断は改めていただきたいと思います。その根拠は、控訴理由書で示した通りですが、私が高裁での裁判所に特に吟味していただきたいと願うのは、都教委が通達を出す必要性を感じるに至ったほんとうの経過です。
 私は通達直後の2004年3月の卒業式で不起立し、戒告処分を受けたのち150名あまりの被処分者とともに東京都人事委員会にこの処分に対する不服申し立てを行い、その後人事委員会審理を行いました。この審理では60名を超える校長、副校長のほか、通達発出時の教育庁指導部長、人事部長、高等学校教育指導課長らへの尋問を行い、私はほぼ全ての尋問に参加しました。ここでは通達発出前後の教育委員会や都議会文教委員会の議事録、臨時および定期の校長および副校長連絡会での伝達内容、通達発出時の説明会の記録などの開示請求を行って得た文書や刊行物に記載された関係者の発言や記述内容などにもとづいて、尋問で事実確認をする作業がくり返されました。その結果、明らかになったことは、学校現場への「日の丸・君が代」の導入について独自のこだわりを持った一部の都議会議員、教育委員による不当な介入があったという事実です。そしてこの介入が都教委担当者たちに通達発出の必要性を惹起し、対策本部の設置、通達の発出、職務命令発出を校長らに強要する行為へとつながったのです。
 この異常な介入の実態は、通達発出後に、不当な介入した当事者自身がその真の目的について各方面で語っています。たとえば、米長邦夫教育委員は園遊会で当時の天皇に「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけ、「強制になるということではないことが望ましい」と返された話は広く報道されましたし、鳥海巌教育委員が通達発出翌年の教育施策連絡会で、通達に反対する教職員について「半世紀の間につくられたがん細胞のようなもの。少しでも残せばすぐ増殖する。徹底的にやる」などと述べたことも広報に掲載されました。彼らの介入は、個人的信念の実現や特定の教職員に対する弾圧を意図したものであり、不正な動機にもとづくものです。
 このような不当な介入によって発出された10・23通達は、現在も改廃されることなく生き続けています。そしてこの通達下の卒業式・入学式は、学校のさまざまな教育活動の中で唯一、学校ごとの教育課程の編成権を無視して、一から十まで全て都教委の指示に従った内容で実施される特別な行事となっています。そしてこの行事は「国歌斉唱」の40秒間にピークを迎えます。

4 都立学校では2017年を最後に、不起立を理由とした懲戒処分は発令されていませんが、現在に至るまで、すべての教職員に職務命令が発令されて続けています。私には、2017年以降、式進行中も式場外で警備や受付などの業務にあたれという命令が出されていますが、「国歌斉唱」を命じられている同僚たちの間には、「服務事故」に対する恐怖心を生じさせています。都教委は「国歌斉唱」時に最大限の教職員を動員するよう指導しており、式場内外で誘導、受付、救護などの業務にあたっていた教職員も「国歌斉唱」予定時刻前には会場内の指定された座席に着席させ、「国歌斉唱」後は再び本来の業務に戻らせるといった命令も出されています。たとえば今年の入学式では、撮影による記録を担当している教員には次のような動きを命じられていました。「9時20分、会場の撮影開始、9時38分、写真担当者はカメラ撮影を中断、録画担当者は固定してあるビデオを録画状態のままにし、それぞれ決められた座席へ移動、着席。10時5分、国歌斉唱が終了して着席後に、担当者は座席を離れ、撮影再開。」という塩梅です。
 着席が命じられた同僚は、指定された時間に着席していないと「服務事故」で処分されかねないと、緊張感をもって会場へと移動します。そして「国歌斉唱」の際は、副校長が不在の者、不起立者が生じていないか職員座席表を手に監視します。これが都教委の求める「厳粛な式典」の、最も「厳粛な」瞬間なのです。今、10・23通達とそれにもとづく職務命令は、「国歌を斉唱するものとする」という学習指導要領の目標を超えて、年に2回、教職員に「服務事故」への恐怖を背景に服従させるシステムへと転換してしまっているのです。
 このような通達と職務命令に必要性・合理性があるとは考えられません。裁判所には原告らが提出しているに至る経過に関する証拠や主張を再度吟味し直していただき、不十分であった事実認定を改め、「10・23通達」が持つ本質的問題を捉えた賢明なる判断をしていただきたいと思います。
                         以上

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           1審原告ら訴訟代理人弁護士白井劍

1 客観的アプローチとは本件では、国旗・国歌に対する敬意表明を個人に義務づけることの可否が問われています。その義務づけを公権力が行なうことを、立憲民主政の憲法体系は許すのか。わたしどもが「客観的アプローチ」と呼んでいるものは、この根源的な問いかけのことです。

2 国家シンボルに焦点を当てねばならない
国旗・国歌が国家シンボルであることに焦点を当てなければなりません。そうでなければ、話が捻じ曲げられてしまいます。10・23通達事件に関する一連の最高最判判決において、千葉勝美裁判官は補足意見のなかで、「自分が嫌だと考えていることは強制されることはないということになり、社会秩序が成り立たなくなる」と述べました。国旗・国歌が国家シンボルであることに焦点を当てなければ、この補足意見のような見当違いの話にされてしまいます。本件は、漠然と思想良心の自由一般と義務一般の関係とを問う問題ではないのです。あくまでも国家シンボルに対する敬意表明をめぐる問題です。

3 都教委によるすべての教職委に対する義務づけ
国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することは、国旗・国歌に対する敬意を表明する行為です。それが、都立高校および都立特別支援学校のすべての教職員に、一律に出される職務命令によって、義務づけられます。そのような事態がそれぞれの校長のそれぞれの判断の集積であるはずはありません。もしそうであれば、ただの1校のもれもなくすべての都立学校でそのような事態になるはずはありません。10・23通達はすべての校長に対して職務命令を出すことを義務づけたのです。都教委が、通達と校長の職務命令を介して、すべての教職員に、国旗・国歌という国家シンボルに対する敬意表明を義務づけたのです。それを2003年10月以降の卒業式、入学式、周年行事でくり返してきました。

4 国家シンボルに対する敬意を義務づけるとはどういうことか
  国家シンボルに対する敬意の義務づけは、国家の権威を受け入れることの義務づけです。そのことは、「国旗損壊罪法案」が鮮やかに示しています。「国旗に敬意を払うのは当然だ。これを侮辱する行為は処罰せねばならない」という法案です。かつて1987年に沖縄国体「日の丸」焼却事件がありました。那覇地裁でも福岡高裁那覇支部でも、建造物侵入・器物損壊・威力業務妨害で懲役1年執行猶予3年の判決でした。これらの罪名とは別に、あらたな罪名を創設しようという法案です。その保護法益はもちろん他人の財物ではありません。そうではなく、「国家の権威」が保護法益です。国旗に対して敬意をもつことの義務づけは、いま、学校の門を飛び出して、広く国民全体におよぼうとしています。

5 国旗や国歌が象徴するものは「国のありよう」
国旗と国歌は、国家(くに)を象徴する国家シンボルです。国旗と国歌によって象徴されるものは、もちろん個々の政策や政権ではありません。しかし、政治的に中立な無色透明の存在でもありません。そうではなく、政治的色彩や個人に向き合う姿勢をも含めた、「国のありよう」です。国のかたち、くにがら(国柄)と言ってもよいです。「国のありよう」は、1945年以前、「國體」と呼ばれました。
そのような「国のありよう」が、旗や歌という具象として立ち現れるのです。それが国家シンボルとしての国旗・国歌です。

6 「国のありよう」に対する異議を強制的に排除するのは全体主義
ひとが国家(くに)に対する敬意をもてるかどうかは、「国のありよう」によって異なります。自分の国だからといって、当然に敬意をもつとは限りません。
「国のありよう」に関する異議を表明する自由が保障されていて初めて、民主主義が成立するのです。国旗・国歌が象徴する「国のありよう」に対する敬意を強制するということは、「国のありよう」に対する異議を排除するということです。その異議を排除してしまう社会は全体主義社会です。異議が押し殺され、国家の権威を受け入れることを強いられる社会です。

7 学校を全体主義の飛び地にする
国家シンボルに対する敬意表明を義務づけることは、国家に対する敬意表明を義務づけることです。「国のありよう」に対する異議を排除して、その権威を認め受け入れよという義務づけです。それは学校を全体主義の飛び地にするものです。

8 不起立は積極的な物理的妨害ではない
本件は、積極的な物理的妨害事件ではありません。卒業式等を積極的、物理的に妨害したものでないことは最高裁も認めています。仮に積極的な物理的妨害行為であれば、話は別です。しかし、平穏な態様の「不作為」であってさえも許されないとすれば、それは全体主義というほかありません。控訴人らがおこなったことは、ただ単に国旗に向かって起立して国歌を斉唱することを「しなかった」、つまり「敬意を表明しなかった」というだけの、消極的行為であり、物理的妨害にはならない行為でした。それにもかかわらず、懲戒処分という教育公務員の世界では非常に重いペナルティーを科されているのです。非違行為といっても文書訓告ですむことも少なくありません。文書訓告は懲戒処分にいたらないペナルティーです。一番軽い懲戒処分とされている戒告処分さえも、じつは非常に重いペナルティーです。

9 最後に
仮に、司法が、10.23通達にもとづく職務命令を許さないという毅然とした態度をとっていれば、国旗に対する敬意を国民全体に刑罰をもって義務づけようとする、今日の事態はなかったはずだとわたしは思います。この先も司法が毅然とした態度を示さなければ、全体主義に向かう傾向はさらに強まっていくだろうと思います。
裁判所には、ぜひ、立ち止まって慎重に熟考を重ねていただきたい。
いま、裁判所がどのように判断するかによって、原告らの侵害された権利と名誉が回復されるか否かが決まります。それだけでありません。この国のありようが決定づけられるかもしれません。その重みに思いをいたしていただきたいのです。最後にこのことを申し上げて、わたしの弁論を終わります。 

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            一審原告ら訴訟代理人弁護士 金井知明意見陳述要旨
                    

1 控訴人ら訴訟代理人の金井です。
 私からは、本件各処分が、裁量権の逸脱・濫用にあたり違法であることについて、述べます。
 本件の裁量権逸脱・濫用の判断にあたり、重要なことは、「懲戒処分をするかしないか」との点について、処分権者の裁量にも司法審査が及ぼされなければならない、ということです。
 そして、その判断にあたっては、懲戒事由に該当すると認められる行為の態様や処分の軽重など、考慮すべき事情が考慮されなければなりません。
 この点は、本件に関連する、2012年1月16日最高裁判決も、神戸税関事件最高裁判決を引用して指摘しています。
 原判決の問題点は、これらの考慮すべき事情を、考慮せずに、「懲戒処分をするかしないか」との点で判断を誤り、漫然と戒告処分であれば構わないとして、適法としてしまったことにあります。

2 2012年1月16日最高裁判決は、戒告処分については違法とせず、取り消しを認めませんでした。しかし、これは、あくまでも判決当時の状況を前提にして、まだなお違法とまではいえないとの判断したものにすぎません。
 判決においても、「当不当の問題として論ずる余地はあり得るとしても、その一事をもって直ちに裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として違法の問題を生ずるとまではいい難い」と含みを残した内容になっています。
 また、本件に関連する、一連の最高裁判決においては、2名の反対意見が付されて、法廷意見に与した裁判官の補足意見も、多くが思想信条の自由の保障に対する配慮が必要であることに言及するなど、強制の抑制を求める内容でした。
 これらの点からも、最高裁判決が、今後の状況いかんにかかわらず、戒告処分であれば違法にはならないとお墨付きを与えたものでもないことが分かります。

3 短い時間ですので、ここでは、考慮すべき事情を2点に絞って話をします。いずれも最高裁判決以降の事情です。
 1点目は、国際人権の規範では、勤務中の教員であっても、職務命令に従わずに起立をしない権利が保障されるということです。
 このことは、懲戒処分の対象となった行為の態様として、当然に考慮しなければなりません。
 2018年以降、2つの国連機関から、是正勧告がだされています。
 1つは、ILOとユネスコとが設置した合同員会であるCEARTです。
 CEARTは、「起立や斉唱を静かに拒否することは、職場という環境においてさえ、個人的な領域の民的権利を保持する個々の教員の権利に含まれる」と指摘します。
 そして、懲戒処分を避ける目的で、懲戒手続について教員団体と対話する機会を設けるように是正勧告を行っています。
 この点について、都教委は、CEARTの勧告には法的拘束力がないことを主張します。
 しかし、法的拘束力が無いから、遵守しなくて良いということにならないことは当然です。
 CEARTも、勧告の中で、勧告の前提となる国際基準である「教員の地位勧告」は、標準的な国際文書として、すべての国に適用されることを意図して策定されたものであること、そして、日本もILO及びユネスコの加盟国である事を指摘します。そして、勧告が出されても懲戒処分による強制が改善されないことから、これまで三度にわたり、是正勧告が出される結果となったのです。
 是正勧告を行ったもう一つの国連機関は、人権規約委員会です。2022年に、日本政府に対し、総括所見において、国歌起立斉唱の強制が、規約第18条に抵触するとして、是正勧告を行いました。
 原判決は、裁量権の逸脱・濫用の判断にあたって、国連機関から是正勧告を受けている点について何らの考慮もしていません。しかし、不起立は、国際的な人権規範である「教員の地位勧告」や自由権規約に照らせば、人権として保障されるのです。懲戒事由の対象となった行為の態様として、当然に考慮されなければならないものです。

4 もう1点は、戒告処分には重い不利益が付随することです。そして、最高裁判決の後、戒告処分による不利益は重くなっています。
 原判決は、この戒告処分の不利益について、給与人事制度の適用ないし運用の帰結にすぎないと指摘し、過小な評価をしています。そして、不利益が加重されたことについても、同様に給与人事制度の適用ないし運用の帰結にすぎないと指摘します。
 しかし、戒告処分は、その効果として、給与人事制度上の不利益を生じさせるものです。
 例えば、地方公務員法の逐条解説(甲A361)では、戒告処分は、訓告処分や厳重注意といった制裁的実質を備えない指導監督上の具体的措置とは異なり、懲戒処分として一定の効果が有するとして、昇給が延伸され、勤勉手当が減額されることが指摘されています。
 また、都教委が作成した、ガイドライン(甲A358)や、教職員宛に配布された書面においても(甲A333)、戒告以上の懲戒処分を受けると、昇給等給与面の不利益が発生し、報道機関に公表され新聞などで報道されるほか、履歴にも搭載される等の不利益が生ずることが明記されています。
 懲戒権者である、都教委自身が、給与及び人事制度上の不利益が生ずるものとして、懲戒処分を行っているのですから、単なる制度運用上の帰結ではなく、戒告処分の効果であることは明らかです。
 そして、勤勉手当の減額を定める「学校職員の勤勉手当に関する規則」や、昇給延伸を定める「昇給に関する基準」は、懲戒権者である都教委自身が制定したものです。懲戒権者が、戒告処分の効果として不利益が生ずる規則を自ら制定し、懲戒制度を運用しているのですから、戒告処分の法効果として不利益が生じていることは明らかです。
 2012年最高裁判決以降、都教委は、自らこれらの規則を変更し、戒告処分を受けた者に対する勤勉手当の不利益の加重し、昇給延伸の幅を増幅させています。その上で、戒告処分を行い、加重した不利益を負わせているのです。単なる、制度運用上の帰結では無く、加重された不利益は、戒告処分の法効果として生じたものです。
 そして、戒告処分に伴う、勤勉手当の削減や昇給の延伸は、最高裁判決前の停職処分相当にまで加重されています。
 都教委が、不利益が加重される前に、戒告処分による生涯賃金の不利益を約90万円と指摘していましたが(甲A333)、もはや生涯賃金約90万円の目安ではすまないということです。
 加重された不利益が生ずること、生涯賃金約90万円を超えるような不利益が生ずることは、当然、懲戒処分をするか否かの判断にあたって、考慮されなければならないものです。

5 一般社会では、国歌斉唱時に立つか立たないか、歌うか歌わないかは、自由で自主的な判断に委ねられています。立たないこと、歌わないことによって不利益を被ることはありえません。
 勤務中に職務命令を受けた教職員であってもこのことは変わらないというのが国際人権の考えです。
 日本の、東京都の教職員だけ、懲戒処分が許容され、不利益が課される理由はありません。
 そして、戒告処分の不利益の重さを考えれば、そもそも「懲戒処分をする」すること自体が裁量権の逸脱・濫用にあたると言わざるをえません。したがって、いずれの処分も取り消されなければなりません。

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なお、都教委側からの人証の申請はなく、教員側からは前川喜平氏一人。その採用を求めて、澤藤から大要下記の意見を述べた。

       前川喜平氏の証人採用を求める意見(澤藤)

 本件は、国家主義の立場からする教育観と、個人の尊厳を立脚点とする教育観との争いです。教育の場において、国家と個人の憲法価値の優劣、ないしはその根源性が問われています。
 この根源的な課題に関して、前川喜平氏ほどふさわしい適格者はいません。同氏は、文科省初等中等教育局長から文部科学事務次官となった方です。国の教育行政の中枢におられて事情を知悉するこの方が、「卒業式・入学式等の学校行事における『国旗・国歌(日の丸・君が代)』への敬意表明の所作としての起立斉唱」を、教員に強制する職務命令や懲戒処分を正当化する客観的な合理性・必要性の有無について証言を求める予定です。

 是非とも、この貴重な証人の採用をお願いいたします。

これに対する都教委側の意見は、下記のやや不思議なもの。

「証拠申出書の尋問事項の内、意見書と重なる部分については不要と考える。
 また、意見書と重ならない部分について証人が採用になった場合には、反対尋問する意思のないことを予め申しあげておく」

裁判所は慎重で、
「重大な事件であり、主張・書証が厖大でもあるので、次回まで少し時間を置いて十分に検討させていただきたい。」とし、

次回口頭弁論期日を5月29日(金)14時(809号法廷)と指定した。

               

《私たちは、高市政権に白紙委任をしていない》《権力の腐敗と暴走を防ぐために高市政権の監視と批判を》

(2026年2月10日)
2月8日第51回総選挙の開票結果は衝撃だった。嗚呼、何という選挙だ。何という選挙結果だ。何という選挙民だ。これが民主主義か。これが戦後80年民主化の到達点か。最悪の事態に茫然。まるで悪夢だ。暗澹たる思い。元気が出ない。昨日は、一日憂鬱だった。

「大義なき唐突な解散」によって強行された「史上最短の選挙戦」を経ての「降り積もった雪の投票日」における開票結果だった。自民党316議席の大勝。しかも、その自民党は、「石破自民党」でも、「岸田自民党」でもなく、安倍後継を自任する、「禍々しき高市自民党」である。不吉で不穏な空気。この国が内在する危うさをくっきりと浮かびあがらせた。こいつは春から縁起が悪い。悪過ぎだ。

高市早苗とは、ズバリ「女装した家父長」(名言である)であって、女性の権利にもジェンダーギャップの解消にも関心はない。のみならず弱者への慮りにも欠けている。人権よりも国権を重んじ、強い軍事国家、強い経済の提唱者で、政権批判の放送の停波も辞さない強権の志向者でもある。その高市が率いる「高市自民党・高市政権」とは、自民党守旧派が党を乗っ取って最悪の自民党を形成し、その最悪自民党が国政を席捲している最悪の危険な図式なのだ。

衆院の3分の2の議席を確保した「高市自民党・高市政権」が確実にやろうとしていることは、軍備拡張・防衛増税であり、非核三原則の見直しであり、武器輸出解禁であり、スパイ防止法制定であり、国旗損壊罪の制定である。そして、与党・政府一体となっての「改憲・壊憲」にほかならない。労働法制の改悪も進むことになろう。重苦しい空気の時代を覚悟しなければならない。

一方、決してやろうとしないのは、選択的夫婦別姓制度の創設であり、同性婚の承認であり、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性」尊重の深化である。自由で明るい時代はしばらく来ない。

この「高市自民党」に316議席を与えたのは有権者である。この国が内在する危うさの第一は、民主主義の未熟さなのだ。完全な政治制度はあり得ないにせよ、「代議制民主主義」は、他のいかなるものよりも「よりマシな統治制度」とされてきた。その試行錯誤によって、主権者は学びを重ね次第に賢明になってゆくものとされてきた。しかし、この度の選挙結果はなんたることだ。その遅々たる歩みを嘆かざるを得ない。

1925年普通選挙の実施から100年を過ぎた。もっとも、1945年までの20年間は、民主主義という言葉も憚られた天皇主権の時代。帝国議会は天皇の「協賛」機関に過ぎず、選挙は「貴衆両院」の一院だけのものであった。普通選挙は、天皇制を支える外形的立憲主義の小道具に過ぎず、選挙権者は男性に限られてもいた。

1945年の敗戦を経て、民主主義の時代が到来した。衆参両院からなる国会が唯一の立法機関となり、女性参政権も実現した。選挙は、名実ともに民主主義の基軸をなすものとなった。主権者の意思を以て権力を構成し、権力の運営に主権者の意思を反映する手続の根幹となった。しかし、その選挙が高市政権を生み出した。選挙が、人権や民主主義の抑圧者を選び、圧倒的多数の選挙民の利益に敵対する政権を作っているのだ。

フーチンもトランプも、選挙によって政権を握った。ヒトラーもそうだった。選挙は独裁者を作りうる。高市も、後世、その一例と数えられる殊になるのかも知れない。

本日は、月に一度の「本郷湯島9条の会」による本郷三丁目交差点での街宣活動。いつにも増して、スピーチのボルテージが高い。私もマイクを握った。何人かの歩行者が立ち止まってこちらを向いて耳を傾けてくれた。終わりに拍手もあって、励まされた。

 「いつまでもがっかりしてはおられません。空元気でも、声を出し、主権者としての意見表明を続けてまいりましょう。
 なによりも、今言いたいのは、本日のプラスターに書き込まれているとおり、《私たちは、高市政権に白紙委任をしていない》ということ。私たちは、投票日一日だけの主権者ではありません。365日、毎日24時間、常に主権者です。次の選挙まで黙っているわけにはまいりません。最も大事な主権者の責務は、常に権力を監視し、権力批判を怠らないこと。今こそ、これを実行しなければなりません。

 批判のない権力は、必ず腐敗し暴走します。高市内閣のような危険な政権であればなおさらのこと。暴走を止めるためには、主権者みんなが政権の一挙一動に目を光らせ、批判をすること。おべんちゃらを言うことには、なんの意味もありません。

 幸い、我々には表現の自由があります。戦前、戦争が近づくにつれて、言論の自由も政治活動の自由も弾圧されました。こうして批判者がなくなった後に、戦争が始められました。そのような痛恨の歴史の教訓を噛みしめなければなりません。

 戦前のキナくさい匂い芬々の高市政権です。その危険な動きを封じるよう力を合わせようではありませんか。」

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本日の手製プラスターの数々

元日は亡き父の誕生日、この日に父と母を想う。

(2026年1月1日)
 元日には父と母のことを語っておきたい。最近、その思いが強い。
 私の父・澤藤盛徳(本名盛祐)は、1914年1月1日に岩手県黒沢尻に生まれた。亡くなったのは1997年8月16日、没年は83歳であった。
 母・光子(戸籍上はミツ子・旧姓赤羽)は盛岡の人。1915年7月2日生まれで、亡くなったのは1998年1月11日。父の生年の翌年に生まれて、父の死亡の翌年に没している。
 その長男である私が今年の8月に83歳になろうとしている。父の没年に達するのだ。時の流れに感慨が深い。

 私の父は、戦前ひとのみち教団の熱心な信者だった。この教団は、天皇制政府から不敬罪を口実とした大弾圧を受けて、教祖は投獄、教団は解散の憂き目を見たが、戦後PL教団として復活している。父は戦後間もない時期に宗教的な体験を経て、この教団の布教師になった。母が賛成だったか反対だったかその心情はよく分からないが、結局これを受け容れた。

 そんなことから、兄弟4人が「宗教二世」として育つことになった。私は、教団の経典を読むことから文字を覚えた。父が教団の職員となってからは、その任地を転々とした。盛岡→沼津→静岡→広島→高松→再度広島と転居して、1949年4月に爆心地に近い広島市立幟町小学校に入学した。折り鶴の少女、佐々木禎子さんと同じ学校。次いで、広島市内の牛田小学校、三篠小学校を経て、宇部の小学校にも通っている。小学一年生で4校の転校は、父が教団の各教会を転々としていたから。

 人は生まれる場所を選べない。父が教会にいたころ、毎朝「朝詣り」を欠かさなかった。早朝、信者が教会に集い、まずは清掃をし、教団の歌を唱って礼拝をし、教話があって信者の体験談があって、時間のある者は朝食を共にした。父も母も、終日訪れる信者への対応に忙しかった。幼い私は、それ以外の生活を知らなかった。

 小学2年生以後は、親元を離れて清水市内にあった教団の寮に入り、そこから近くの駒越小学校に通った。次いで、教団の寮は大阪府の富田林に移り、地元の小学校・中学校に通った。どこでも、私たちは「ピーエルの子」と呼ばれていた。

 私にとって好運だったことは、父の信じた宗教が、狂信的なものではなく、俗世との絶断を要求するものではなかったことだ。私は、ものごころついたころから、「父の信じた宗教」を受け容れたが、それは理性を犠牲にしなければならない体のものではなかった。やがて、この「生まれ育った世界」からの脱出を夢見るようになり、教団が経営する私立高校の卒業とともに、私の「宗教二世」としての精神生活は完全に終わる。

 今振り返って、教団の居心地は悪くなかった。温かな人々の振れ合いが懐かしい。ここで育ったことをどう評価すべきか。思いは複雑である。 

 私は、穏やかで正直で真面目で人に対する思いやりのある父と母の間に生まれ育てられたことを好運だと思っている。その父と母は、果たして私が教団に残って信仰を続けることを望んでいたのだろうか。今となっては知る由もないが、18歳の私が、あの「世界」から離脱して自立する覚悟を示したとき、少なくとも反対はしなかった父と母に感謝している。

目出度さは 微塵も失せて 年の暮れ

(2025年12月31日)
 2025年が暮れていく。振り返って、少しも良い年ではなかった。凶悪な指導者の愚行に歯がみを続けた一年だった。こんな指導者に民衆が権力を与えている。明らかに民主主義が劣化しているのだ。自由で豊かな人類の将来像を描けるか、というレベルの問題ではない。人類の存続は危ういと危惧せざるを得ない。年が明けても希望が見えるとは思えない。陰鬱な年の瀬である。

 あらためて思う。人類は、自らを滅亡させる能力を獲得している。その能力を発揮して自らを滅亡させる手段は二つ。一つは戦争であり、もうひとつが環境破壊である。その両様の危険の逼迫が誰の目にも明らかになっている。

 かつての戦争は勝者が生き残った。しかし、これからの本格的な戦争は、勝者の生き残りを困難にする。戦争がもたらす気象の変動も耐えがたいものと警鐘が鳴らされている。戦勝の利益などなくなるのだ。環境破壊は、勝者敗者の区別なく人類全体を滅亡に追い込むことになる。戦争も環境破壊もこれ以上ない愚行だが、その愚行の危険の進行が止まらない。

 他方、人類の叡智は自らをコントロールして、一人ひとりの人権と福利を確保する技法を開発している。それが、法の支配であり立憲主義であり民主主義である。ところが、法の支配、立憲主義、民主主義のいずれについても、その形骸化を見せつけられるばかり。

 昨年まで、人類の醜悪と愚昧を象徴する人物が、プーチンとネタニヤフであった。およそ人間性に反した残忍さで、国際法を無視した侵略と殺戮をくり返してきた。今年の初頭から、これにトランプが加わった。いま、この3名が人類の暗黒面を支配しており、この暗黒面が全地球を覆わんとしている。

 第2次大戦による世界的な大惨禍への反省から、人類は戦争を繰り返すまいと決意した。その決意が、国際連合憲章の前文に次のように表現されている。

われら連合国の人民は、
われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、
基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、
正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、
一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること
並びに、このために、
寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、
国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、
共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、
すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、
これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。

プーチンもネタニヤフも、そしてトランプも、この崇高な国連憲章を、鼻で嗤い、足蹴にしている。ウクライナに対する侵略と核による脅迫、パレスチナの人々に対するジェノサイドをやめない、やめさせることができない。殺人し放火し、学校も病院も破壊し食糧を奪う、こんな輩が民意に支えられて凶行を重ねている。

 国内を顧みれば、今年は治安維持法制定から100年、敗戦から80年、ベトナム戦争終結から50年だった。これまで、遅い歩みにせよ、人権や民主主義、そして平和の思想は我が国に浸透し醸成されつつあると思ってきたが、今年は無惨な年となった。

 100年前、関東大震災が起きたとき、多くの住民が、「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れた」などのデマを流し、あるいはデマに踊らされて、大量の無辜の人を虐殺した。今、日本国民に、どれほどの反省ができているのか。

 「外国人観光客の中に奈良の鹿を足で蹴り上げるとんでもない人がいる」とデマを発言する人物が、首相になった。その発言の根拠を問われて、「自分なりに確認した」としか説明できないみっともなさ。

 もちろん、この人物には思惑があった。外国人の誹謗をすることが自分の支持の拡大につながるという計算である。民衆の排外意識がこんな劣悪な政治家を育て、民衆のレベルにふさわしい政治指導者を生み出してしまっているのた。

 民主主義は、覚醒した国民の下でしか実を結ばない。劣化した国民は、民主主義の手続でヒトラーもムソリーニもトランプも生むことになる。我が国では、安倍晋三であり、高市早苗である。

 明るくもない来年だが、少しでも、できることをやり続けるしかない。 

高市早苗の対中国恫喝 「中国よ、台湾にでもアメリカにでも手を出してみろ。そのときには、日本は黙っていないで反撃するぞ」

(2025年11月30日)
 日中関係が冷え込んでいる。先行きを憂慮せざるを得ない。習近平政権の過剰反応も看過しがたいが、まずはことを起こした高市早苗の責任を明確にしなければならない。

 アジアの平和と繁栄の基礎的条件として日中両国民の友好が不可欠であることは論ずるまでもない。その重要な日中両国の民間交流、経済・文化・学術・スポーツ・観光の発展を妨げているものは何だろうか。
 かつて浅沼稲次郎社会党訪中使節団は「米帝国主義は日中共同の敵」と言った。多少言葉を補えば、「米帝国主義とこれに従属した岸信介政権は、日中両国民共通の敵」という意味合い。60年安保闘争の前年のことで、とても分かりやすい情勢に見合ったメッセージだった。

 しかし、時代は変わった。岸の孫の安倍晋三の、その後継を以て任ずる高市が政権を担っている。様変わりした日中の友好をめぐる新たな様相は、どうやら、「日中両国民友好の主敵はアメリカではなく、日中両政府」のごとくなのだ。

 予想に反して高市早苗が自民党総裁選を制して総裁に就任したのが10月4日。その後、公明党が政権を離脱し、薄汚い自民によく似合いの、こちらも薄汚い維新が自民にくっ付いて、臨時国会冒頭の10月21日に高市新政権が発足した。

 日本の国民はきれい好きかと思いきや、自と維の汚い汚いコンビに対する評価は、今のところ、存外に高い。ポピュリズム政治というものを見せつけられる思い。

 その高市が、11月7日の衆院予算委員会審議で大きく躓いた。立憲民主党岡田克也の質問に、高市は「台湾を完全に中国政府の支配下に置くために、戦艦を使って武力の行使も伴うものとなれば、どう考えても存立危機事態…」とはっきり言っちゃった。もの言えば唇寒しである。はしゃいだ雉は撃たれるのだ。

 この答弁で、高市は隠しようもない地をさらけ出した。同時に国防や安全保障についての識見の浅薄さも。「台湾有事? 存立危機事態? ソンナコトヨリ、こんな首相で日本はもつのか」。真剣に考えなければならない。この答弁を引き出した岡田を称賛して当然のところ、これを責めるのは筋違いも甚だしい。

 10年前に、紛糾に紛糾を重ねた安保法制による「存立危機事態」。そのの問題性について確認しておきたい。「存立危機事態」とは、これまで集団的自衛権の行使は憲法(第9条)違反であるとしてきた政府見解を変更して、専守防衛から一歩を踏み出した安倍政権の、大きな負の遺産のひとつである。

 10年前の9月、国民的大反対運動を押しきって、いわゆる「安保法制」(戦争法)の諸法が束になって成立した。その中の個別の法律のひとつに「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(通称・事態対処法)という、恐ろしく長い名前の法律が成立した(正確には法の名称を変更しての改正法の成立)。

 その第2条四号が、存立危機事態を次のように定義している。
 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう。」
 物々しく厳重な要件であることは一見明白で、「戦艦を使って武力の行使も伴うものとなれば、どう考えても存立危機事態」とは、これがほかならぬ首相の言葉だけに背筋が寒くなる。こんな浅慮で軽薄な危険人物に国の舵取りを任せていることに国民的な批判がなければならない。

 存立危機事態と認定された場合には、自衛隊の武力の行使(集団的自衛権の限定的な行使)ができることになる。具体的には、「内閣総理大臣は、原則としては国会の事前承認のもと、自衛隊法第76条第1項の規定に基づく防衛出動を命ずることができる」(事態対処法9条4項二号)ことになる。

 日本が攻撃されたわけでもないのに、台湾海峡に中国の戦艦が出て「戦艦を使って武力の行使も伴うものとなれば、どう考えても存立危機事態」との短絡発言は、どう考えても内閣総理大臣が自衛隊に中国に対する武力行使、すなわち開戦が可能だと言ったことになる。

 高市の言は、中国側にはこう聞こえる。
 「中国よ、おまえが台湾か仲間のアメリカに手出しをして一発でも撃ってみろ。そのときには、日本は黙っていないで反撃するぞ」
 こんなことを敢えて言ったのだ。しかも、1972年の日中共同声明で、日本は事実上「台湾は中国の領土の一部」と認めている。泥棒にも三分の理と言うが、高市の存立危機事態発言には一分の理もない。

 とは言え、習近平政権の民間交流に介入するえげつなさも相当なもの。日本国民に嫌われてけっこうというやりくちは感心しない。愚かな両政府のやりくちを冷静に批判しながら、民間交流を絶やさない賢い日中の両国民でありたい。

拝啓 高市早苗様。日本の鹿にだけでなく、マルタの猫にもご配慮を。

(2025年10月16日)
 私はマルタの一市民です。かつてはマルタ騎士修道会で名を馳せた地中海の島国は、今、猫の島として知られ、島内には人口40万の倍の数の猫がのびのびと暮らしています。この島では、人と共生しているたくさんの猫の微笑ましい光景を目にすることができます。マルタは〈猫の楽園〉なのです。

 私たち島民は、長年かかって、人と猫との共生の文化を創り大切に育ててきました。餌やりや健康管理など島民みんなで猫を大切にしてきました。その歴史は、紀元前に遡ることができます。

 この文化に共感を寄せる多くの外国人が、癒しを求めて私たちの島にやってきます。しばし猫と人とが仲良く暮らすマルタならではの文化に触れて、心を和やかにされています。

 ところが、外国からこの島にやってくる人のすべてが、心優しい人とは限りません。中には、トンデモナイ人もいるのが現実です。この夏、たいへん痛ましい猫の虐待事件が起きました。今年の6月以降、マルタ北部のスリーマという街で、体の一部を切断され死んでいる猫が相次いで見つかったことから大騒ぎとなりました。殺された猫の中には、近隣住民に親しまれ「プーパ」と名付けられていた猫もいました。この島では、野良猫も名前をもっているのです。

 そして8月1日外国人男性が猫への虐待と殺害の容疑で逮捕されました。彼は、少なくとも5匹の野良猫を殺傷したとされ、猫を地面に叩きつける様子が防犯カメラに映っていました。逮捕時には、猫をおびき寄せるための餌や、指紋を残さないための手袋を所持していたと報道されています。

 マルタの社会に衝撃を与えたこの犯人が、31歳のオカムラという日本人だったのです。彼は、猫を虐待し殺した罪で起訴され、10月14日現地の裁判所は、禁錮2年、罰金1万5000ユーロ(約253万円)の判決を言い渡しました。併せて動物飼育禁止40年の措置も科されたました。控訴の有無については、まだ分かりません。

 ところで、日本の最大政党の新総裁となられた高市早苗さん。日本人がマルタの猫を殺害して逮捕されたという、現地では大きな衝撃と憤激を巻き起こしているこのニュースをご存知ではなかったのでしょうか。有罪判決が言い渡された今、どのような感想をお持ちでしょうか。

 あなたが、「奈良の鹿を足で蹴り上げる、とんでもない人がいる」と、日本国民に語りかけたのは、自民党総裁選が告示された9月22日でした。日本人がマルタの猫の殺害で逮捕されたことは8月1日の直後から報道されていたということです。

 あなたは、「外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、何かが行き過ぎている」と述べています。確証なく自信ないままに、「そんな人がいるんだとすれば」と言っていますが、マルタの人々が大切にしている猫は、日本人に殺されたことが証拠によって明らかにされたのです。しかも、犯人の日本人が反省している様子はありません。

 高市さん、おそらく、あなたはこう言いたいのでしょう。
 「日本人は、優しい心をもった人ばかり。外国人はその心を傷付ける」「日本人は、平和を望む人ばかり。外国人はその平和を傷付ける」「だから、優しく平和な日本を守るためには、外国人に心を許してはならない。私は外国人を厳しく取り締まって優しく平和な日本を守ります」

 こんな発言が国民に歓迎されて票にもつながると考えている政治家の存在を情けないと思いますし、そんなことを政治家に言わせている日本の国民の雰囲気が残念でなりません。

 奈良の鹿は、日本人の優しさや平和の象徴とされただけでなく、高市さん、あなたの排外主義政策の小道具として使われ、総裁選勝利に役立った様子です。わざわざ奈良の鹿に言及した政治家として、マルタの猫との共生に象徴される文化を傷付けた日本人の所業にも一言あってしかるべきかと思いますが、高市さん、いかがでしょうか。

 でも、私は思うのです。マルタの猫を殺されたことは悲しいことですが、だからと言って猫の殺害犯をことさらに日本人であると強調して鬱憤を晴らすことは控えなければなりません。日本人を「猫殺し」の国民性、残逆な民族と言い募ることは明らかに間違っています。優しい日本人、平和を愛する日本人が大多数であることもよく分かっています。そして、どこの国にも、どの民族にも、少数の犯罪者があることは克服し得ない現実と認識するしかありません。奈良の鹿も同じことと考えたいと思います。

 問題は別のところにあります。2024年9月、米大統領選テレビ討論会で、共和党のドナルド・トランプ候補は、「オハイオ州に流入してきた移民の連中が犬や猫などのペットを食べている」と発言して物議を醸しました。フェイク常習のアメリカ大統領や、高市さんあなたのような排外主義政治家が、ありもしない動物虐待の事実を、あるいは不確実に事実を針小棒大に誇張して、特定の人々を貶めるために使っていることです。犬や猫や鹿の扱いを、自分の主張に合わせて切り取り、排外主義煽動の道具とすることはまことに見苦しい。控えていただきたいと思います。

 高市さん、あなたの言動は、マルタの猫が大きく目を見開いて見詰めていますよ。

『週刊金曜日』に『東京「君が代」裁判5次訴訟判決』の記事。私にできるリベラル危機の打開策として、『金曜日』の購読を呼び掛けます。

(2025年9月5日)
本日は金曜日。昨日配達された『週刊金曜日』(9月5日号)に目を通す。
表紙に大きく特集テーマが、『子どもも大人も 「学校が苦しい」』と印字されている。その右に、白抜きで『東京「君が代」裁判5次訴訟判決』。

7月31日言い渡しの『東京「君が代」裁判5次訴訟判決』(原告15名)について、これだけのページを割いての報道はとてもありがたい。

永尾俊彦記者取材記事の冒頭に、原告らの入廷デモとその先頭の『押し付けないで! 「日の丸・君が代」』の横断幕の写真。判決評価の主見出しは、「減給取り消す一方で、戒告・再処分は容認」「裁判は、生徒への『日の丸・君が代』強制の歯止め」。

「職務命令の真の目的は教員の服従」とタイトルを打った岡田正則・早稲田大学法学学術院教授のインタビュー記事もある。私の取材コメントも。

編集長(吉田亮子氏)後記では、「学校が苦しい」というメインテーマとの関連で、、「実際、教師らの精神疾患による病気休職者数は過去最多で、もっと多いはずという声もある。教師にとって学校が「苦しい」背景の象徴的なものが、「日の丸・君が代」の強制だろう。学校、そして社会が大人にとって「生きづらい場所」であれば、子どもにとっても同じことである。」と述べられている。

それにしても気になったのは、営業スタッフのお一人の大要以下のつぶやき。

 「『週刊金曜日』のスタッフとなって20年。…入社するにあたっては「戦争はイヤだ」の一念だった。反戦ビラを投函したら逮捕・勾留され、教員が「日の丸・君が代」を拒否すれば処分されたその当時、右に振れた座標軸に恐怖を覚えた。戦争が始まるのではないか? そんな状況から脱するためにはどうすれば良いのか? そのために自分のできること、それは『週刊金曜日』の部数を伸ばすことではなかろうか? そんな思いに至って「金曜日」の門をたたいた。
 そして20年、この国の劣化は記すまでもない。世の中の座標軸は右に振り切って付け足しても追いつかない始末。そして本誌の部数も息絶え絶えだ。これまでも本誌の部数は緩やかに減少を続けてきたが、「原発事故」や「朝日新聞攻撃」等の際、回復の兆しを示すことがあった。この危機の最中、その兆候は見られない。いま何かをしなければともがく毎日だ。」

ウーン。右翼の雑誌があんなにも幅を利かしているのに、「週刊金曜日」の部数は危機のさなかなのか。リベラルの危機が『週刊金曜日』の危機をもたらしているのだろうが、『週刊金曜日』の危機の座視は、さらなるリベラルの衰退をもたらしかねない。私にもできることとして、同誌の購読を呼び掛けたい。

今号(9月5日号)の他の主な記事は、以下のとおり。
「長生炭鉱続報 83年の苦難、海底から」「国は過ちを繰り返すな」「頭蓋骨も大腿骨もここで生きた証しを語り始めた」本田雅和

「ホー・チ・ミン「独立宣言」の意味を考える」「80年前の9月、ベトナムは日本の植民地支配から独立した」 中村梧郎

「詩人 金時鐘インタビュー」「日本の敗戦80年は、同時に朝鮮分断80年」 聞き手/西村秀樹

経営側に、田中優子・崔善愛・想田和弘・雨宮処凛など。そして常連の投稿者として青木理・内田樹・浜矩子・辛淑玉・阿部岳・北野隆一・半田滋・中山千夏等々。

購読申込みは、下記URLから。
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ご購読の程よろしくお願いします。危機に瀕したリベラル救済のために。

星条旗の焼却は国家に対する批判の象徴的行為であり、「日の丸・君が代」不起立は国家に対する敬意表明の消極的拒絶である。アメリカでは星条旗の焼却は不可罰とされたが、我が国の最高裁は不起立への処分を違憲としなかった。このコントラストは民主主義の成熟度の相違として、最高裁の姿勢を批判せざるを得ない。

(2025年8月28日)
 昨日(8月27日)の朝刊を開いたら、気になる見出しが目に飛び込んできた。
「国旗燃やしたら訴追」
 あのトランプが、司法長官に対して国旗焼却者を訴追すべく指示する大統領令に署名したという。日本では、いや、検察部門を司法の一部と考える民主主義国家では考えがたい乱暴な為政者の振るまい。

 現地時間での8月25日に大統領令に署名して、記者に語ったのは、以下のような内容と報じられている。いかにも、トランプらしい語り口。
 「米全土・そして世界中で米国旗が燃やされている」「米国旗を冒涜することは、我が国に対する侮蔑・敵意・暴力の表明だ」「国旗を燃やすことは、暴動を扇動することだ」「米国旗を燃やす連中は、左翼から金を」「国旗を燃やせば、1年間の収監だ」

 続報をネット検索して驚いた。その大統領令署名直後に、これに抗議した活動家が、ホワイトハウスに隣接した公園で、国旗を焼いて逮捕されたという。ならず者トランプの横暴があり、これに必死で抵抗する人たちもいる。これが今のアメリカなのだ。

 報道では、男はホワイトハウスに隣接するラファイエット公園で拡声器を使って、「この家(ホワイトハウス)に居座っている違法なファシスト大統領への抗議として、この旗を燃やす」と叫んだ。20年務めた退役軍人を自称するこの男は、「私は皆さんの表現の権利の一つ一つのために戦ってきた」「大統領が何と言おうと、この旗を燃やすのは、合衆国憲法修正第1条で保障された権利だ」と訴えたという。

 周知のとおり、ベトナム反戦の嵐の時期、徴兵カードを焼いたり、国旗を焼く、というかたちの国家への抗議行動が米各地に蔓延した。国旗の尊厳を守ろうとする各州法の「国旗冒涜罪」が、この行為を取り締まった。

 しかし、連邦最高裁は1989年、国旗を焼却したり破損したりする行為に関し、「表現の自由として保護される」との判断を下した。その後、連邦議会は国旗の焼却や破損を犯罪とする法律を成立させたが、最高裁は翌90年にこの連邦法を違憲と判断して、同法による刑事訴追を無効とした。トランプはこの連邦最高裁の判断を覆したいと執念を燃やしているようなのだ。

 著名な判決の一つが、テキサス州法違反を無罪としたジョンソン事件であり、最終決着をつけたのが、連邦法である「国旗保護法」違反の起訴を無罪としたアイクマン事件である。

 これらの判決理由の中に、次のようなくだりがある。
 「政府が象徴としての国旗を保護すべく努力する正当な利益を有するとしても、それは政治的抗議として国旗を焼却した者に刑罰を科すことが許されるということを意味するものではない。国旗冒涜を処罰して国旗を神聖化することは、国旗という表象が表している自由を希薄化することになる。」

 この一文は、「政府が象徴としての国旗を保護すべく努力する」ことを「正当な利益」と認めつつ、「国民が政治的抗議の意思の表明として国旗を焼却することを許容する」と言っている。つまりは、《国旗が象徴する国家の尊厳という価値》よりも、《国家を批判する象徴的行為としての国旗焼却の自由の価値》が優越すると判断している。

 また、こんな最高裁判事の「つぶやき」もある。
 「痛恨の極みではあるが基本的なこととして、国旗は、それを侮蔑し手にとる者をも保護しているのである。」
 これは含蓄に富む。私たちが敬意を持ち続けてきたアメリカの自由主義や民主主義の懐の深さを表している。

 この判事にとっては、国旗を焼かれたこと、あるいは国旗を焼いた者を処罰できないのは「痛恨の極みではある」が、米の国旗が象徴する自由とは、政治的意見の表明としての国旗焼却の自由を含むのだから、処罰はできないのだ。

 国旗は国家の「象徴」であり、これを焼却する行為は国家を批判する「象徴的行為」である。
 分かり易いのは、「ハーケンクロイツ」であろう。これは、ナチスが掲げる全体主義・優生思想・アーリア人至上主義・ホロコーストを象徴する。そして、この旗にたいする敬礼は、全体主義を礼賛する象徴的行為である。

 「ダビデの星」は、かつてはナチスによるホロコースト被害の悲劇的な象徴であった。そして今、同じ紋章がガザ虐殺加害の象徴になりつつある。

 「星条旗」は、長く自由と民主主義の象徴として敬意の対象であったが、ベトナム戦争以来大国の横暴や虐殺の象徴となり、今トランプの反知性・排外主義・独裁の象徴となっている。この国旗の尊厳は地に落ちた。トランプ自身が述べたとおり、今や全世界で侮蔑の対象としての象徴性を持っている。

 翻って、「日の丸・君が代」はどうだろうか。この旗の歴史は浅いが、維新以来の70年間、侵略戦争・植民地支配・神権天皇制・天皇制ファシズム・富国強兵・滅私奉公・差別容認の象徴となってきた。要するに「日本国憲法の理念に真反対の理念の象徴」なのだ。この象徴への敬意表明という象徴的行為が、起立斉唱にほかならない。

 アメリカにおける国旗焼却とわが国における起立斉唱強制と。いずれも国家という象徴をめぐっての象徴的行為の許容と強制の問題である。
 国旗焼却は、民衆の側からの国家に対する批判の象徴行為である。連邦最高裁は、これを不可罰とした。一方、起立斉唱は、国家への敬意表明の象徴的行為の強制であるところ、我が国の最高裁はこれを合憲とした。彼我の対照が鮮やかである。
  
 国旗焼却を不可罰とすることは、国家の在り方についての意見の多様性を容認する姿勢を表している。これに対して、起立斉唱の強制は、国家大事という一元的見解に服すべく強要し統制する権力行使を容認する姿勢の表明である。我が国の最高裁の姿勢を情けないとしか評しようがない。

 もっとも、連邦最高裁も、ならずものトランプの意に沿う存在に堕してしまえば、お互い情けなさを慰め合うしかなくなってしまうことになるのだが、まさかそんなことはなかろうと思いたい。

貴重な戦後80年の継続である。けっして、再びの戦前としてはならない。

(2025年8月15日)
 戦後80年目の8月15日である。80年前の今日、無謀で無益な戦争がようやく終熄して旧天皇制国家が事実上崩壊した。そして、まったく新たな原理に基づく新生日本が誕生した。「戦前」が終わって「戦後」が始まった、その節目の日。それ以来の80年の年月は、そのまま私の人生の年輪と重なる。

 1945年8月15日以前、この国はまことにいびつな神なる天皇が支配する宗教国家であった。日本国民は、神であり主権者でもある天皇に仕える「臣民」でしかなかった。遙かな昔、天皇の祖先神がそのように決めたからだという無茶苦茶な根拠。維新の藩閥政府は荒唐無稽なカルト天皇教の教理をもって日本国民を洗脳することに成功していた。

 天皇教の経典はいくつも拵えあげられた。その主要なものとして、軍人勅諭・教育勅語・國體の本義・臣民の道などが挙げられる。修身や国史の国定教科書も同類で、全国の訓導が学校で天皇教の布教師となって、子どもたちを洗脳した。

 天皇教の現人神でもあり教組でもあった天皇自身の好戦性著しく、自ら大元帥となって侵略戦争と植民地支配に血道を上げた。神なる天皇が唱導する戦争は聖戦である。聖戦は正義である。正義の聖戦が負けるはずはない。

 こうして天皇の赤子たる臣民は、赤紙一枚で侵略戦争に駆り出され、皇軍の一員として近隣諸国の民衆に諸々の残虐行為を重ねた。天皇教の教義は、徹底した皇国ファーストの排外主義・差別主義でもあった。

 もっとも臣民の100%が洗脳されたわけではない。理性をもって天皇教の洗脳に抗った人には、容赦ない野蛮な弾圧が待ち受けていた。その法的道具が、大逆罪であり、不敬罪であり、治安維持法であり、軍刑法等々であった。天皇は一面、恐怖の神でもあった。

 1945年8月15日、国の内外に夥しい死体の山を積み上げて、血生臭い天皇支配の時代がようやく終わり、戦争の時代から平和の時代へと移行した。同時に、滅私奉公を強いた国家ファーストの時代から個人の尊厳を重んじる時代に。戦争と軍国主義の時代から平和と国際協調の時代に。そして、野蛮な専制の時代から人権と民主主義の時代に、世は確実に遷った。

 この日、日本が受諾を公表したポツダム宣言第6条は、以下のとおりである。
 「我らは、無責任な軍国主義が世界より駆逐されるのでなければ、平和、安全及び司法の新秩序が生じ得ないことを主張しているから、日本国国民を欺瞞して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者の権力及び勢力は、完全に除去されなければならない。」

 「無責任な軍国主義」「日本国国民を欺瞞して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者」とは、臣民を戦争に駆りたてた天皇とその取り巻きの軍部や政治勢力のこと以外にはあり得ない。ポツダム宣言は、これを「完全に除去されなければならない」と言い、日本はこれを受諾しているのだ。

 だから、1945年8月15日は、朝鮮・中国の人々にとってだけでなく、日本の民衆にとっても慶賀すべき臣民からの解放の祝日なのだ。ただし、当然のことながら、目出度いと言えるのは、この戦争で生き残った人だけのこと。駆り出されて侵略に加担した者ではあっても、その戦没の悲劇は直視しなければならない。

 産経新聞の報道によると、自民党の保守系グループ「伝統と創造の会」(会長・稲田朋美元防衛相)が終戦の日の本日、東京・九段の靖国神社を参拝した。「伝統と創造の会」とは、察するところ「歴史修正主義の伝統」と「新たな戦前の創造」の意であろう。

 その稲田は参拝後、記者団の取材に応じ、「前途ある青年たちの命の積み重ねの上に、今の豊かな繁栄する日本がある」「命をかけて、命をささげて家族や地域、国を守ろうとした英霊の皆さんに感謝と敬意を表することができない国というのは、国を守れない」「いろいろな考え方があるが、やはり戦後レジームの脱却の中核は東京裁判史観の克服だ」などと語っている。そりゃオカシイ。

 「命をかけて家族や地域、国を守ろうとした英霊の皆さん」の働きのお陰で、平和と民主主義の時代が開けたのではない。彼らが考えた方法では、何も守ることはできなかった。彼らに表すべきは、「感謝と敬意」ではなく、その義性の痛みへの共感でなくてはならない。

 あの大戦は、我が国未曾有の大事件であった。しかし、この国は、国として、この上ない惨禍をもたらしたあの戦争の原因も、責任の所在も、明らかにすることなく今日に至っている。だから、未だに戦犯(裕仁)の孫が、自分には何の責任もないごとくに「さきの大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」などと原稿を読んでいる。もちろん、加害責任への言及はない。80年前、変わったはずのものが未だにこの程度か、という落胆は避けがたい。

 しかし、国民の戦争を忌避する意識は強い。我が国は戦後80年を戦争をせずに過ごしてきた。不戦を誓った「平和憲法」は、一字一句も改定されることなく無傷のままである。日本の将来に、希望と自信をもとう。戦後80年は、私自身の人生でもあるのだから。

事態は深刻である。民主主義が正常に機能するための条件整備が必要なのだ。いかに迂遠であろうとも。

(2025年7月21日)
 惨憺たる参院選の開票結果である。なんとも虚しい限りの民主主義。社会が壊れかけている感がある。この世の行く末を案じざるを得ない。

 参院は、良識の府ではなかったか。選挙は、その良識を具現する手続ではなかったのか。民主主義の美名を汚し、排外主義を競い合う場にしてしまったのは、いったい誰の責任なのか。

 高校生だった昔の記憶がよみがえってくる。熱心な英語の先生が希望者を募って、課外で原書の購読をやってくれた。その教材が、バートランド・ラッセルの《What is Democracy?》だった。60年安保直後のころ。当時、まだラッセルは生きて活躍していた。

 細かいことはすっかり忘れたが、その内容が刺激的だったことだけはよく覚えている。それまで、民主主義とは疑いもなく素晴らしいもので、この世に民主主義さえあれば明るい未来が開けると教えられていた。民主主義こそが万能薬という思い込みを真っ向から否定する論旨だった。

 戦前には民主主義がなかったから、国民の自由は奪われ、貧困が蔓延し、侵略戦争が起こって国の内外にこの上ない惨禍がもたらされた。その反省から、日本にも民主主義が導入された。だから、もう大丈夫。国民の自由が奪われることも、貧困が蔓延することも、侵略戦争が繰り返されて国の内外に惨禍をもたらすことも、もうない。民主主義万歳だ。そんな楽観論を、ラッセルの書は、打ち砕いた。

 ラッセルが説いたのは、民主主義が正常に機能するには、それなりの前提なり条件が必要だと言うことであった。その条件が調わないところでの似非民主主義は、権力に正当性を付与するだけの手続に堕する。無益というだけではない。時として、民主主義は危険な権力を生み出す。当然といえば当然のことだが、選挙結果に拝跪してはならない。果たして選挙に表れた民意は正しいか、常に心しなければならない。

 選挙が民主主義の全てではないが、あらためて選挙が正常に機能する条件とはなんだろうか。ラッセルが説くところではなく、昨今の事態を考えたい。
 大きくは、下記の2点に収斂されるのではないだろうか。
 (1) 有権者に提供される選挙情報の正確性の保障と、
 (2) 選挙情報を咀嚼して的確な投票をする有権者の判断能力

 (1)は、主としてはメディアの問題である。文字メディア、放送メディア、ネットメディア、マスメディア、ミニコミ、そして口頭の発言、意見交換…。ごく最近まで、その主流は、新聞とテレビの報道であった。その情報の送り手は、それなりの質を備えていた。有権者が受け取る情報の信頼性は比較的に高いものと前提されていた。

 ところが、ネット文化が一般化されるにつれて、事態は大きく変わってきた。新聞の購買数が激減してきた。若い世代はテレビも視ないという。選挙情報の主役はは、SNSやYouTubeに変わりつつあるという。明らかに、選挙情報の正確性は劣化している。むしろ、デマやフェイク、煽動の情報が有権者に届けられている。

 (2)は、このような劣化した情報の受け手である有権者が、それでも的確な判断ができる能力を備えているのかを問うている。ことは学校教育の質の問題であり、意見交換を重ねての世論を形成する文化に関わる問題である。残念ながら、有権者の能力は不十分極まるとしか言いようがない。

 とすれば、民主主義が正常に機能する条件の成熟はない。むしろ、急速に悪化している。それが、異常な兵庫県知事選挙や、今回の排外主義選挙になっている。明らかなデマとフェイクと煽情的な言動が、有権者のもとに繰り返し届けられ、煽動者の意図に有権者が操られている危険な構図が現実のものとなっている。

 煽動者の狙いは、有権者の不安な心情に付け入り、デマとフェイクと短絡的なキャッチフレーズで、攻撃の対象となる「敵」を作り出すことにある。ポピュリズム政治の通例である。人権という理念や、あらゆる差別を許さないという信念を内面化していない有権者は、ポピュリズム手法に惑わされることになる。

 この危険な事態を何とか是正しなければならない。民主主義を正常に機能させるために、愚直に、繰り返し、デマ情報に警告を発し、排外主義の危険性を訴えていきたい。

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