ツキの落ちた男のモノローグ ― 「落ち目はつらいよ」
(幕が開くと、執務室らしいしつらえ。上手に事務机があり、奥に日の丸と教育勅語の額。そして、岸信介の写真が飾ってある。)
(中年の男が、舞台の中央に立つ。狷介な風貌だが、やつれた雰囲気。大仰な語り口で、投げやりに観客に向かってしゃべり始める)
あ?あ、なんということだ。内政・外交なにもかもうまく行かない。いったい、どうしちゃったんだ。こうなると、みんな冷たい。この間まで、おどおどと私の顔色を窺っていた連中が、急によそよそしくなった。
私は今までツキだけで生きてきた男だ。政治家の家に生まれたのがツキのはじめ。その後何の苦労もなく政治家になり、世の右翼的潮流に乗った。一度は、選挙に大敗して、ぶざまに政権を投げ出したが、民主党政権のオウンゴールに助けられて返り咲いた。その後は選挙の度に北朝鮮が危機感をあおってくれたり、野党が分裂してくれたり。なんとなく、うまくいってきた。もちろん、小選挙区制が助けてくれたことも大きいが、こんなに長期の政権が続いたのは、ツイていたとしか言いようがない。
ところが、その大切なツキの総量を、どうやら使い果たしてしまったらしい。最近つくづくとそう思うんだ。もう、私にツキは残っていないんだなって。大事なことは、ツキよりも、ツキがあるとみんなに思わせることだ。周りの人々が私にツキが残っていると思えば、みんなが私の方に擦り寄ってくる。カネの欲しい人、権力の分け前を要求する人、名前を売りたい人、そんなさもしい人たちばかり。そんな人たちが、潮が引くように私の周りから消えていく。寂しいものだ。落ち目は辛いよ。
私は、反共と復古的ナショナリズムを鼓吹する以外に、何の政治信念も理想もない。行きがかり上、私を支持する人々のために憲法改正のスローガンをクチにし続けてきた。憲法のどこをどう変えようという信念もないし、贅沢な望みもない。憲法のどこにでもよい,ほんの少しでも改正の疵をつけようということがホンネなのだ。誰のためでもない、自分の功績を後世に残そうということ。
しかし、どうもそれさえも現実には難しい。両院の憲法審査会は,野党の反対で動かない。公明党もだらしなく、慎重姿勢だ。世論調査の結果もまったく芳しくない。八方ふさがりだ。
思えば、平成から令和へ、なんて新元号発表で浮かれていた半年前が懐かしい。あの頃はまだ総裁4選だってあり得たと思っていた。天皇制とは、政権が利用するためにある。我ながら、みごとに利用したものと満足していたんだが。
消費増税がケチの付き始めなのかも知れない。景気の腰折れだけでなく、軽減税率導入問題のめんどくささが、決定的な不人気となった。ポイント還元も、いったい何をやっているのやら、わけのわからなさに拍車をかけた。
そして「桜を見る会」疑惑だ。私が直接の名指しで追及を受けているのだから、これが痛い。しかも痛みがまだ続いている。
「桜」疑惑では、記録の廃棄が問題となった。例の招待者名簿だ。もちろん常識的にはどこかに残っているさ。でも、都合が悪いから廃棄したと言った以上は、今さらありましたと言えるわけがない。いや、それだけじゃない。あの名簿を根ほり葉堀り調査されたらたいへんなことになる。みっともないことは承知で、シュレッダーにかけた、データも消去した、復元はできない、とがんばらざるを得ないんだ。だから、苦しい。75日が過ぎ去るのをじっと待つしかない。
でも、「桜」疑惑の裾野は広い。五輪チケット問題の首相枠まで、問題とされている。もちろん、「そんなものはあるわけない」と言えないから辛い。答弁書の書き方がいかにもまずい。「お答えは困難」というのだから、その回答自身が新たな話題になってしまってる。
ホントは、大学入試共通テスト問題が一番痛い。国民の関心が高いテーマだから。あれは、首相肝いりでやったことだ。もちろん私が得意とする民間委託ありきの手法。民間との癒着が疑われて当然なのだ。ベネッセに儲けさせるシステムだったんだろうというわけだ。これから、政治資金の流れが突っ込まれる。
私の意を受けて、これを現場で推進したのが下村だ。下村自身が教育で儲けている産業人だ。その責任は免れない。「身の丈」発言の萩生田も、首相側近と誰もが認めるところだ。その二人が大チョンボだ。改憲問題にも効いてくる。痛い、痛い。
COP25では、進次郎に期待したが散々だった。マスコミの論調が、無能な進次郎の責任ではなく、内閣にこそ責任があるというのが、思惑外れ。指摘されれば、誰でもそう思うだろうということが、また、癪のタネ。
もひとつ困ったことが、和泉洋人の「京都不倫出張」問題だ。和泉は私の側近として、前川喜平に会っている。前川が証言したところでは、「和泉洋人首相補佐官から官邸に呼び出され、『総理は自分の口からは言えないから私が代わって言う』」と、加計学園の獣医学部設立認可促進を文科相に働きかけた人物。こんな形で話題とされたのでは、私がたいへん困るではないか。
さらに、カジノ疑惑だ。東京地検特捜部が動いているようだが、どういうことだ。どうして、官邸の困るようなことができるのか。いつたい、いつから、そんなにえらくなったんだ。外為法違反で捜査されている秋元司は今年9月まで内閣府副大臣だ。しかも、昨年10月まではIR担当だ。疑惑の内容は、中国企業から秋元にカネが渡っているということだろう。そんなことを暴かれたら、政府が困る。大所高所から、ことを収めてもらわねばならない。
そしてそして、また森友の蒸し返しだ、情報公開請求の一部拒否を違法とする国側敗訴の大阪高裁判決が言い渡された。あの悪夢が繰り返されるかと思うと、不愉快極まりない。
最後が、山口敬之問題だ。伊藤詩織が山口敬之に勝訴した。これは、困る。知られているとおり、山口敬之は私にゴマを摺った御用記者だ。私を持ち上げた『総理』を書いている。だから、「安倍政権が不起訴に持ち込んだ」と世間が噂している。その真偽をまた聞かれることになる。「回答は困難」というしかないか。
落ち目になると、人か離れて苦労が集まる。なにもかもうまく行かない。
(大仰な身振りで)
あ?あ、なんということだ。
(暗転。そして幕)
(2019年12月18日)