澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

岸田文雄はモスクワを訪問せよ。プーチンとも会談をすべきだ。

(2023年3月22日)
 岸田文雄はウクライナを訪問し、習近平はプーチンを訪ねた。両者ともに安易な訪問先の選択である。本来の外交は、その逆であるべきではないか。

 岸田がモスクワに足を運べば、世界を驚かす「電撃訪問」となっただろう。たとえ成功に至らずとも、プーチンに撤兵を促し、和平の提言をすることで日本の平和外交の姿勢を示しえたに違いない。国際政治における日本の存在感を世界にアピールすることにもなったろう。訪問先がキーウでは、インパクトに欠ける。平和へのメッセージにもならない。NATO加盟国首脳のキーウ訪問に必然性はあろうが、日本の首相がいったいなぜ、何のための訪問だろうか。

 また、習がプーチンより先にゼレンスキーと会談していれば、停戦仲介の本気度をアピールできたであろう。しかし、落ち目のプーチンと会うことで、恩を売ろうとの魂胆丸見えの訪露は、やはりインパクトは薄い。

 チャップリンの「独裁者」を思い出す。徹底的に俗物として描かれたヒトラーとムッソリーニ、その両者の会談の場面。お互いにマウントをとろうとする所作の滑稽さが、「独裁者」の内面を炙り出す。この映画の公開が、ヒトラー死の5年前、1940年の公開だというから驚かざるをえない。言うまでもなく、習もプーチンもその同類でしかない。

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「きょうのウクライナは、あすの東アジアかもしれない」との岸田の発言を引用。「ウクライナ侵攻や中露接近が、台湾有事を警戒するアジアの米同盟国をより結束させている」と報じている。岸田のウクライナ訪問は平和を求めてのものではなく、軍事同盟強化のための外交と受けとめられているのだ。

 【ワシントン時事】の報道では、米欧メディアは、岸田と習の動きを、「自由民主主義陣営と専制主義陣営との対比」として描いているという。「日本はウクライナ政府への多額の援助を約束したが、中国は孤立を深める戦争犯罪容疑者のプーチンを支える唯一の声であり続けた」と。岸田も習も、それぞれのブロック強化のために動いているに過ぎず、けっして和平のための戦争当事国訪問ではない、という理解なのだ。

 外交は難しいが、戦争よりはずっと容易である。そして、戦争を避けるためには外交を活発化する以外にない。小泉純一郎は、北朝鮮との国交回復に意欲を見せ、日朝ピョンヤン宣言の成立まで漕ぎつけた。今振り返って、あの宣言内容の到達点を立派なものと称賛せざるをえない。惜しむらくは、その後の信頼関係の継続に失敗した。無念でならない。

 あのとき、北朝鮮との信頼関係構築のチャンスだった。これを潰したのは、右翼勢力を背景とした安倍晋三である。以来北朝鮮との関係を硬直せしめ、拉致問題解決に進展が見られないことの責任の大半は、安倍晋三とその取り巻きにある。

 北朝鮮は、人権思想も民主主義も欠いたひどい国ではあるが、それゆえ外交がなくてもよいことにはならない。積極的に接触を試み、相互に対話を積み上げていく努力を重ねなければ、常時軍事的衝突を憂慮しなければならない不幸な関係に陥るばかりである。

 中国も同様である。野蛮な中国共産党・習近平体制を肯定してはならないが、外交は活発にしてしかるべきである。媚びることなく、へつらうことなく、もちろん見下すこともなく、対等平等に意見交換を重ねなければならない。合意のできることをみつけ、協働の実績を積み上げなければならない。官民を問わず、あらゆるレベルで、頻繁に。それこそが、常に安全保障の基本である。

民主主義の欠如⇔人命の軽視⇔平和に対する脅威

(2023年1月4日)
 暗いニュースばかりが続く。本日、読売に「北朝鮮、李容浩元外相を処刑か…在英国大使館勤務経験の外務省関係者らも」という記事。この人、北朝鮮の核問題を巡る6か国協議の首席代表だった。北朝鮮を代表する米国通の外交官として知られ、米トランプ前政権との非核化交渉にもあたった人物だという。それがなぜ粛正。

 「昨年夏から秋頃」だというこの人の処刑と前後して、いずれも英国大使館勤務経験の外務省関係者4〜5人も相次ぎ処刑されたとの情報もあるという。粛清理由か明らかではないだけに、野蛮な権力の不気味さや恐怖が募る。人の命を大切にしない国は本当に恐い。

 野蛮さではイラン政府も負けてはいない。「ヒジャブ」抗議デモ参加者や連帯の意思表明者を逮捕するだけではなく、次々と死刑を宣告し執行している。しかも、クレーンに吊しての公開絞首刑だ。いたましいことこの上ない。政権批判を抑え込むための徹底した弾圧だが、人々に政権への怨念を募らせることにならざるを得ない。この事態に、命を掛けて抵抗運動に立ち上がる人々の姿勢に胸が熱くなる。

 ロシアが占領するウクライナ東部ドネツク州マキイウカで1日未明に、ロシア軍臨時兵舎がウクライナにミサイル攻撃された件について、ロシア国防省は当初63人死亡と発表していたのを、4日朝、少なくとも89人が死亡と再発表し、複数のロシア兵が携帯電話を使用していたから、攻撃目標とされたとの見方を示した。ウクライナの戦果に、思わず快哉を叫びたくなる自分の気持ちが恐い。動員されたロシアに同情せざるを得ない。

 そのロシアについて、本日の毎日夕刊に、「今年の『10大リスク』ロシア首位 『世界で最も危険なならず者国家』 米調査会社報告書」という記事。

 国際政治のリスク分析を行う米調査会社「ユーラシア・グループ」は3日、今年の「10大リスク」をまとめた報告書を発表した。首位にウクライナ侵攻を続けるロシアを挙げ、「世界で最も危険なならず者国家になる」と指摘。核兵器による威嚇を強め、サイバー攻撃などを通じた「非対称戦争」に転じると予測している。

 報告書は、欧米の武器供与を受けたウクライナの防衛力を前に「(ロシアには)戦争に勝つための有力な軍事的な選択肢は残されていない」と指摘。欧米を不安定化させるため、ロシア系ハッカーによる政府や企業へのサイバー攻撃、インフラの破壊工作、偽情報の拡散を通じた選挙妨害などを強めると予測した。何よりも核兵器使用の恐怖は拭いようがない。やはり、プーチンのロシアは恐ろしいのだ。

 今年の『10大リスク』の2位は、中国共産党総書記として異例の3期目に入った習近平。昨年の「10大リスク」のトップは、中国の「ゼロコロナ」政策の失敗だったという。習近平、今年はプーチンに後塵を拝したことになった。それでもなお、権力集中を「極限」まで進める彼にはチェック機能が働かず、「重大な間違い」を犯すリスクが高いと指摘され。「現代の皇帝」が下す決定によって、公衆衛生や経済、外交の3分野でリスクがあると説明されている。

 北朝鮮・イラン・ロシア・中国だけでない、ミャンマーも、アフガニスタンも、…。民主主義のない国が、人命をないがしろにする。民主主義のない国が世界の平和の脅威となる。民主主義のない国、報道の自由のない国ほど恐ろしい。そこでは、抑制の効かない権力の横暴が暴走するのだから。 

中国共産党の野蛮が、香港の文明を制圧している。

(2023年1月2日)
 新年にふさわしい明るい話題ではない。それでも、野蛮な大国の現実について警鐘を鳴らし続けねばならない。
 我々は、香港についての報道を通じて、野蛮と文明との角逐を垣間見ている。残念ながら、そこでは野蛮が文明を圧倒しているのだ。野蛮とは、剥き出しの暴力に支えられた権力である。そして、文明とは『法の支配』や『権力分立』によって権力を統御し人権を擁護しようという制度と運用を指す。疑う余地なく、この意味での文明あってこそ人身の自由があり、思想の自由・表現の自由の謳歌がある。

 暮れの各紙が、「中国、香港最高裁判断覆す」「国安法違反、外国弁護士の参加巡り」という見出しで、香港発の共同通信記事を報じている。

 「中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は(12月)30日、香港国家安全維持法(国安法)違反事件の被告の弁護人を外国の弁護士が務めることができるかどうかを巡り、香港政府トップの行政長官の許可が必要だとの解釈を示し、香港最高裁の判断を事実上覆した。許可がない場合は、香港国家安全維持委員会の決定が必要だとした。
 同法違反罪に問われた民主派香港紙、蘋果日報(リンゴ日報=廃刊)創業者、黎智英氏の裁判で、香港最高裁が香港当局の主張を退け英国の弁護士の参加を認める判断を示していた。司法の独立性が後退したとの懸念がさらに高まりそうだ」

 黎智英は中国共産党によって表現の自由を蹂躙されて、この上なく声価の?かった新聞(蘋果日報)の発行停止に追い込まれた。それに伴い、中国共産党によって財産権を侵害され、営業の自由を蹂躙された。さらには、不当に逮捕され、人身の自由を蹂躙された。そして今、彼は中国共産党によって刑事被告人としての弁護人選任権までが侵害されているのだ。恐るべし、野蛮な権力。

 以前にも指摘したことがあるが、黎智英が英国の弁護士を弁護人として選任したのは香港の刑事訴訟法がそれを許容する制度になっているからだ。ところが、香港司法当局(日本での法務省に当たるのだろう)は、これにイチャモンを付けて、香港籍の弁護人への変更を申し立てた。その理由は、「(国安法上の)『外国勢力との結託による国家安全危害共謀罪』で起訴された被告人の弁護人を、海外で働く外国人が担当するのは国安法の立法趣旨に反し不適当」だというのだ。無罪の推定も、弁護権の保障も念頭にない、まったく無茶な権力側の発想。

 さすがに、香港の高裁と最高裁はいずれも司法当局の訴えを退ける判断を下した。ところが、ここで奥の手が出てくる。香港の最高裁の判断は、全人代常務委員会の胸先三寸でひっくり返されることになった。これが、一党独裁のグロテスク。

 「非理法権天」という、出所定かならぬ駄言がある。楠木正成が報じたとの伝承され、戦艦大和のマストに掲げられた幟にも書いてあったそうだが、《非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たぬ》という文意だという。この中で、《法は権に勝たず》だけが意味のある内容、もちろん権力をもつ者にとっての意味である。

 元来、法は権力を抑制し掣肘するためにある。「王権といえども法の下になければならない」のだ。実力に支えられた権力が、正義や理性の体系である法に縛られ従うことで文明社会の秩序が保たれる。これが《法の支配》の理念であって、《法は常に権力に勝つ》べき立場にある。これを、《法は所詮紙片に書かれた文字の羅列に過ぎない、実力装置に支えられた権力に勝ち目はない》というのは、野蛮な世界の認識なのだ。

 一党独裁とは、共産党に敵対する政党の存在を許さないというだけのものではなく、徹底した国家権力の集中を意味するのだ。一国二制度の下、ごく最近まで香港には常識的な三権分立の制度が確立していた。中国が香港の自由を蹂躙したとき、香港の教科書から「三権分立」の文字が消えた。同時に香港の人権と民主主義も失われた。

 三権分立の核をなすものは、司法権の独立である。法の支配において、最終的に法の解釈を確定する権限は司法にある。が、この常識は中国では通じない。香港の司法の独立は、中国共産党の支配にまったく歯が立たないのだ。
 それを見せつけたのが、今回の《黎智英弁護人選任権否認事件》である。「香港の司法は、中国共産党という権力に勝てず」が立証された。

 かくて香港の《文明》は、南北朝時代あるいは近代天皇制権力時代と同じ《野蛮》に敗れたのだ。

脱ゼロコロナ政策へ舵を切る中国の苦悩

(2022年12月29日)
 新型コロナの猛威は、中国における武漢の発症報告から、世界に知られるところとなった。その武漢での蔓延を中国当局が総力をあげて制圧したとき、世界は舌を巻いた。あの巨大都市をロックダウンし、全住民に繰り返しPCR検査をし、新規に病院を建造し、必要な医療スタッフを全国から集めて、住民に有無を言わせることなく強権的に有効な手立てを断行して…、成功した。

 中国当局の強権的な手法に眉をひそめた者も、武漢での成功には脱帽するしかなかった。少なくともあの局面では、民主主義的な手続による対処よりは、中国共産党流の強引なトップダウン方式が有効に見えた。党、即ち当局、はその成果に胸を張り、自信を深めたに違いない。正しい党の指導こそが、人民を幸福に導くと。

 それから3年、自信を深めた「正しい党」の指導のもと、中国は強権を発動してのゼロコロナ政策を継続した。これも、最初はうまく行きそうではあった。しかし、結局は破局を迎えることになった。民衆の不満が山積して噴出してのことである。

 中国各地で同時多発的に生起した「白紙革命」の動きに押される形で、ゼロコロナ政策は終焉を迎えた。しかし、それと同時に中国全土でコロナの感染大爆発という報道である。これまでの事態をどう総括するのか、「正しい」はずだった党は説明らしい説明をしていない。そして、これからどうするのかもよく分からない。

 いくつかの気になる報道がある。

 12月26日付の毎日新聞朝刊1面トップの記事が、「中国 民間ゲノム解析制限」「コロナ 変異株情報 統制か」という大見出しの記事。これに続けて「感染者と死者数 公式発表を中止」との記事がくっ付いている。何とも、気の滅入る報道である。

 中国政府は、11月下旬、国内に拠点を置く民間の企業や研究機関に対して新型コロナウイルスのゲノム(遺伝情報)配列の解析を当分の間、行わないよう通知したという。「感染爆発に直面する中国政府は、情報を厳格に管理することで、新たな変異株が見つかった場合などに、国内外の世論に与える影響を最小限に抑える狙いがあるとみられる」というのが、毎日の見方。

 要するに、当局だけが重要な情報を独占しておればよい。民間が知る必要はない、必要な限りで党が情報をコントロールする、というのだ。人民を支配の対象としか見ない独裁権力の典型姿勢である。「由らしむべし、知らしむべからず」そのものなのだ。「正しい党」さえあればよい、みんなはこれに従おう。その方が気楽だし間違いはない、と教え込む。カルト並みの姿勢と言わざるを得ない。

 また、ゼロコロナ政策終焉に伴って、コロナの危険性に関する当局の説明の様変わりが話題となっている。ゼロコロナ時代には、危険を強調されていたオミクロン株での感染を「新型コロナ風邪と言える」程度と喧伝しているのだという。

 中国政府の新型コロナ専門家チームのトップとして著名な鍾南山という呼吸器研究の専門医がいる。この人が、「ゼロコロナ」政策の緩和以降感染が急拡大するなか、今月になってから急に国民の不安を払しょくしようとする発言を繰り返している。オミクロン株について、「致死率が低く、通常の季節性インフルエンザにほぼ等しい」「怖いものではなく、これは新型コロナ肺炎ではない。“新型コロナ風邪”と言える」「99%の患者は1週間ほどで回復する」などと危険性が低いことを強調する発言を続けている。

 ネット上では、「なぜ先月はそう言わなかったのか、この2、3日で急に悟ったのか」「これは風邪なのか。国民を誤解させるな!」「誰かにプレッシャーをかけられてそう言っているのか」など、批判的なコメントが相次いでいるという(TBS)。

 3年前には、権力的にゼロコロナ政策を強行した中国当局が、今度は権力的にウィズコロナに舵を切った。情報も、医学的知見も、それを実行する人材も、全て当局が独占し管理しているからこそ可能なのだ。しかし、権力による情報操作は、結局は破綻して、民衆の不信を招く結果とならざるを得ない。

 東京新聞などによれば、中国国家衛生健康委員会は今月25日、2020年1月から毎日行ってきた感染状況の公表を取りやめた。理由の説明はなく、下部機関の疾病予防コントロールセンターが発表を引き継いだ。24日の全国の感染者数は前日より3割少ない2940人。20日以降の死者はゼロとなっている。死者数の定義が変更されたからだという。

 公式発表の感染者数は小さくなったが、各地で感染者が激増し、火葬場の混乱が話題となり、著名人の死去のニュースが連日報道されている。だれの目にも、公式発表が実態を示していないのは明らかだ。そのような事態で、中国の地方政府当局で、新型コロナウイルス感染者数の推計値を相次いで公表し始めているところがある。

 山東省青島市は23日、直近の感染者数が1日当たり49万〜53万人に上るとみられると発表。これに続いて浙江省政府当局の幹部は25日の会見で、「元日にピークを迎え、1日の新規陽性者は最大で200万人に上る」との見通しを示し、重症者の移送や治療態勢の確立を急いでいると説明した。交流サイト(SNS)では「真実のデータを公表した浙江省の勇気をたたえたい。民衆は虚偽のデータを見たくない」とのコメントが投稿されている。

香港星島日報は29日、「人口5200万人の四川省防疫当局が25日に標本15万人を調査した結果、人口の63.52%が感染したことが明らかになった」とし「全国的に少なくとも6割の人口が感染したとすると、8億人以上がすでに感染したとみられる」と報じた。

 コロナは権力におもねらない。オミクロンは中国共産党のご威光を忖度しない。常に正しい党の指導に基づく中国当局の強権的人民支配は、一見効率よく政治目標を達成するように見えて、結局は人民の信頼を失うことになった。

 民主主義とは、本来効率で評価されるべきものではない。しかし、コロナ対策においても、強権的対策よりも愚直な民主的手続による支配に軍配が上がったのではないか。

司法の独立を貫く香港高裁の裁判官に励まされる。

(2022年12月16日)
 中国は師である。多くのことを教えてくれる貴重な存在。民主主義や人権についての恰好の反面教師。けっして、ああなってはならないのだ。

 とりわけ、香港から見える中国の姿が教訓に満ちている。おそらくは、ウィグルやチベットから見ればさらに深刻な教訓が得られるのだろうが、残念ながら報道が極端に少ない。

 香港からの報道で身に沁みて学ぶべきは、権力集中というグロテスクの危険であり恐さである。中国は具体的な実例をもってそのことを教えてくれている。真剣に学ばねばならない。
 
 一党独裁とは、共産党に敵対する政党の存在を許さないというだけのものではなく、徹底した国家権力の集中を意味するのだ。一国二制度の下、ごく最近まで香港には常識的な三権分立の制度が確立していた。中国が香港の自由を蹂躙したとき、香港の教科書から「三権分立」の文字が消えた。同時に香港の人権と民主主義も失われた。その後学校現場に持ち込まれたものは、愛国教育の徹底であった。

 具体例として報道されたのは、「(香港の法制度の特徴は)三権分立の原則に従い、個人の自由と権利、財産の保障を極めて重視する」との教科書の記述が削除され、代わって「デモで違法行為をした場合、関連の刑事責任を負う」との記述が加えられたという。恐るべき中国共産党、恐るべき一党独裁、恐るべき偏向の洗脳教育ではないか。

 三権分立の核をなすものは、司法権の独立である。法の支配において、最終的に法の解釈を確定する権限は司法にある。が、この常識は中国では通じない。香港の司法の独立は、中国共産党の支配にまったく歯が立たないのだ。

 それを見せつけたのが、以下の共同配信の記事。毎日新聞は、「香港最高裁判断、全人代が変更の可能性 りんご日報創業者の弁護巡り」という見出しで報じた。

 「香港政府は(22年)11月29日までに、香港国家安全維持法(国安法)違反罪に問われた民主派香港紙、蘋果(ひんか・りんご)日報(廃刊)創業者、黎智英氏の弁護人を英国の弁護士が務めることを認めた最高裁の判断は不当だとして、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会に法解釈の判断を求めた。

 香港メディアは最高裁の判断が覆される可能性が高いと報じており、司法の独立性の後退に懸念が高まっている。」

 黎智英が英国の弁護士を弁護人として選任したのは刑事訴訟法がそれを許容する制度になっているからだ。ところが、香港の司法当局(日本での法務省に当たるのだろう)は、これにイチャモンを付けて、弁護人の変更を申し立てた。その理由は、「国安法の外国勢力との結託による国家安全危害共謀罪で起訴された黎氏の弁護人を、海外で働く外国人が担当するのは国安法の立法趣旨に反し不適当」だというのだ。無罪の推定も、弁護権の保障も念頭にない、まったく無茶な主張。

 さすがに、香港の高裁と最高裁はいずれも司法当局の訴えを退ける判断を下した。ところが、ここで奥の手が出てくる。香港の最高裁の判断は、全人代常務委員会の胸先三寸で、ひっくり返すことができるのだ。これが、一党独裁のグロテスクさ。

 既に、香港最高裁のこの件の判断に対しては、中国政府で香港政策を担当する「香港マカオ事務弁公室」が11月28日に「国安法の立法精神と論理に反している」と非難する声明を出しているという。既に、万事休すなのだ。

 意気阻喪しているところに、今度は元気の出るニュース。「天安門追悼計画、民主派逆転無罪 香港・高裁」という、昨日の毎日新聞記事。

 「香港の高裁は14日、中国当局が民主化要求運動を武力弾圧した天安門事件(1989年)の犠牲者を追悼する昨年の集会計画を巡り、無許可集会扇動罪に問われた香港の民主派団体元幹部(弁護士)に対し、1審有罪判決を取り消し、無罪を言い渡した。

 香港当局は2020年の香港国家安全維持法(国安法)施行後、民主派への締め付けを強化。デモ開催などを無許可集会に当たるとして、民主派が有罪判決を受ける中、無罪判決は異例。」

 一審判決禁錮1年3月(実刑)からの逆転無罪である。公訴事実は、昨年6月4日天安門追悼集会を企画し宣伝した「無許可集会扇動罪」。弾圧された民主派が次々と有罪判決を受ける中、無罪判決は異例だという。

 もしかしたら、この判決は最高裁で逆転させられるかも知れない。さらには、またまた北京のご意向で無罪判決は吹き飛ばされるかも知れない。それでも、自分の良心に忠実に無罪判決を書く裁判官の存在に胸が熱くなる。制度よりは、このような人の信念にこそ、民主主義が生きているのだ。

 中国共産党はいろんな教訓を教えてくれる。やはり、貴重な「師」以外のなにものでもない。

「南京事件をなかったことにしたい」人々と、「あったかなかったか分からないことにしてしまいたい」人々と。

(2022年12月15日)
 毎年12月13日が、中国の「南京大虐殺犠牲者国家追悼日」である。現在、「国家哀悼日」とされて、日中戦争の全犠牲者を悼む日ともされている。この「南京大虐殺」こそは、侵略者としての皇軍が中国の民衆に強いた恥ずべき加害の象徴である。

 私も南京には、何度か足を運んだことがある。「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」も訪れている。そこでの印象は、激しい怒りよりは、静かな深い嘆きであった。粛然たる気持にならざるを得ない。

 私の同胞が、隣国の人々に、これだけの残虐行為を働いたのだ。人として、日本人として、胸が痛まないわけがない。

 1937年の事件当時、私はまだ生まれていない。だから、私に責任のあることではない。責任とは一人ひとりに生じるものではないか、などと強弁することはできるかも知れない。しかし、現地では、とうていそんな気持ちにはなれない。日本人の一人として、中国の民衆に深く謝罪しなければならない、と思う。

 日本社会は、いまだに侵略戦争の罪科を認めず、戦争責任を清算し得ていない。のみならず歴史を修正しようとさえしている。そのことについては、戦後を生きてきた私自身も責任を負わねばならない。安倍晋三のごとき人物を長く首相の座に坐らせていたことの不甲斐なさを嘆くだけではく、そんな社会を作ったことの責めを負わねばならない。
 
 事件から85年となる一昨日、現地の「紀念館」で、恒例の追悼式典が行われた。
 式典で演説した中国共産党幹部の蔡奇(ツァイ・チー)は旧日本軍の行為について、「人類の歴史において非常に暗い1ページだ」と指摘した上で、「中日国交正常化から50年、様々な分野での交流と協力が実を結び、両国の国民に重要な利益などをもたらし地域の平和や発展、繁栄を促進した」「新時代の要求にふさわしい中日関係を構築すべきだ」などと述べたと報じられている。これが、本当に中国国民の気持ちを代弁する言葉なのだろうか。疑問なしとしない。

 南京事件にせよ、関東大震災後の朝鮮人虐殺にせよ、細部までの正確な事実を特定することは難しい。虐殺をした側が証拠を廃棄し、直後の調査を妨害するからだ。大混乱の中で大量に殺害された人々の数についても正確なところはなかなか分からない。

 細部の不明や、些細な報道の間違いを針小棒大にあげつらって、「南京虐殺」も、「朝鮮人虐殺」もなかった、という人たちがいる。事実の直視ができない人たち、見たくないことはなかったことにしたいという、困った人たちである。

 「南京虐殺40万人説」はあり得ない、「30万人説も嘘だ」。だから、「実は、南京虐殺そのものがなかったのだ」という乱暴な「論理」。

 そういう人たちの「論理」を盾に、「『南京虐殺』も、『朝鮮人虐殺』もあったかなかったか、不明というしかない」という一群の人たちがいる。実は、こちらの方が、もっともっと困った人たちであり、タチが悪いのだ。

 旧軍がひた隠しにしていた南京虐殺は、東京裁判で国民の知るところとなった。以来、日本国政府でさえ、「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないが、被害者の具体的な人数は諸説あり認定できない」としている。ところが、「不明」「不可知」に逃げ込む人々が大勢いる。知的に怠惰で、卑怯な態度といわねばならない。たとえば、文京区教育委員の面々である。

 戦争の悲惨は語り伝えなければならない。被害の責任だけではなく、加害の責任も。そのような姿勢で、日中友好協会・文京支部は、2018年以来毎年8月に、「平和を願う文京・戦争展」を企画し、「日本兵が撮った日中戦争」の写真展示を続けている。その写真の中に、南京事件直後の生々しい写真がある。これが、問題となった。

 この企画展について後援申請をしたところ、文京区教育委員会は「後援せず」と決定したのだ。このことが、18年8月2日東京新聞朝刊『くらしデモクラシー』に大きく取りあげられた。

 同記事の見出しは、「日中戦争写真展、後援せず」「文京区教委『いろいろ見解ある』」、そして「主催者側『行政、加害に年々後ろ向きに』」というもの。

 日中戦争で中国大陸を転戦した兵士が撮影した写真を展示する「平和を願う文京・戦争展」の後援申請を、東京都文京区教育委員会が「いろいろ見解があり、中立を保つため」として、承認しなかったことが分かった。日中友好協会文京支部主催で、展示には慰安婦や南京大虐殺の写真もある。同協会は「政治的意図はない」とし、戦争加害に向き合うことに消極的な行政の姿勢を憂慮している。

 同展は、文京区の施設「文京シビックセンター」で8?10日に開かれる。文京区出身の故・村瀬守保(もりやす)さん(1909?88年)が中国大陸で撮影した写真50枚を展示。南京攻略戦直後の死体の山やトラックで運ばれる移動中の慰安婦たちも写っている。

 区教委教育総務課によると、区教委の定例会で後援を審議。委員からは「公平中立な立場の教育委員会が承認するのはいかがか」「反対の立場の申請があれば、後援しないといけなくなる」などの声があり、教育長を除く委員四人が承認しないとの意見を表明した。区教育委員会には何の見識もない。戦争を憎む思想も、戦争への反省を承継しようとの良識のカケラもない。

 文京区教育委員会事案決定規則によれば、この決定は、教育委員会自らがしなければならない。教育長や部課長に代決させることはできない。その不名誉な教育委員5名の氏名を明示しておきたい。

 教育委員諸氏には、右翼・歴史修正主義者の策動に乗じられ加担した不明を恥ずかしいと思っていただかねばならない。自分のしたことについて、平和主義に背き、歴史に対する罪を犯したという、深い自覚をお持ちいただきたい。

 教育長 加藤 裕一
 委員 清水 俊明(順天堂大学医学部教授)
 委員 田嶋 幸三(日本サッカー協会会長)
 委員 坪井 節子(弁護士)
 委員 小川 賀代(日本女子大学理学部教授)

中国監視社会の恐るべき姿を見よ。日本の権力者に、この真似をさせてはならない。

(2022年12月12日)
 江戸時代の農民一揆の多くは一定の成功を収めた。領主は一揆の要求を容れて事態を収拾せざるを得なかった。しかし、秩序を紊乱した者の罪を放置することはできず、首謀者は厳しく罰せられた。だから、一揆の指導者は一身の犠牲を覚悟して決起したのだ。それゆえ、数々の一揆伝説が生まれ、一揆の指導者は民衆から尊敬されて語り継がれた。

 「白紙革命」と言われる中国の市民の動向。江戸時代の一揆衆に似ていなくもない。そして、中国共産党は、封建領主とその精神構造において瓜二つではないか。「民衆の不満を宥めて妥協しているようにみえる中国政府が、その一方で抗議活動への封じ込めには最先端の監視技術を駆使して弾圧している」と言うのだから。

 頑なだった中国のゼロコロナ政策は、市民のデモの衝撃によって、大きく修正を余儀なくされた。これ以上の厳格な旧来の政策継続は、体制批判にまで進行する危険があると判断されたに違いない。習近平指導部は、誤りを認めたとは言わぬままに、民衆の要求を容れて事態の収拾を図った。しかし、党の支配に抵抗して、秩序を紊乱したデモの参加者を許すわけにはいかない。

 しかも、恐るべきは、中国共産党が、ほぼ完璧といわれるレベルでのデモ参加者特定の技術と設備をもっているということである。いわゆる監視社会化、その完成形態である。

 中国共産党は、人民管理の手法としての監視技術を発達させてきた。党指導部の言い分は、人民の幸福を最大限に確保するための監視社会である。「幸福な監視国家」で何が悪いと開き直って来ている。コロナ撲滅のための人民の監視と管理はその典型といってよい。人民にとって何が幸福かは党が決める。人民はありがたく、賢い無謬の党の指導に身を委ねておれば「幸福」なのだ。

 ジョージ・オーウェルの『1984年』に描かれたデストピアが、既に中国で実現しているのではないか。市民のすべての行動は当局によって監視され、把握されている社会。その姿こそ、現代の中国のごとくである。権力にとっての夢物語であり、市民にとっては悪夢のデストピアが最先端のハイテク技術を駆使することによって、現実のものになっていると言われる。

 中国の警察は世界で最も洗練された監視システムを構築し、しかも全国では2億台もの監視カメラが設置されているという。強力な顔認識ソフトウェアを開発し、地元市民を識別するようプログラムしていると報道されている。その監視技術が、いま大活躍なのだ。

 ニューヨークタイムズ外が、「中国の警察が電話機と顔写真を使って抗議者を追跡した方法」を報道している。抗議デモ参加者の多くは、目出し帽をかぶり、ゴーグルをつけて、あるいは服装を変えて、身を隠したつもりだった。が、それでも翌日から検挙されている。「警察は、顔認識や携帯電話、情報提供者を使って、デモに参加した人々を特定」したという。

 デモ参加者の多くは、厳しい取り調べを受け、二度と抗議活動に参加しないようにと警告される。多くの人が、抗議活動の調整や海外への画像拡散に使われていたテレグラムのような外国のアプリを削除している。逮捕されたり、警察に声をかけられたりした後、多くのデモ参加者はVPN(仮想プライベートネットワーク)や、テレグラムやシグナルといった海外のアプリの利用を敬遠するようになった。

 かつては、アメリカが「先進国」として、「今のアメリカの姿を見よ。これが明日の日本の姿だ」などといわれた。今、こう言わねばならない。

 「恐るべき今の中国の監視社会の実態を見つめよ。このままでは、これが明日の日本の姿になる。権力は、すべからく民衆の一人ひとりの行動と思想までを把握したいという衝動を持っているからだ。けっして、このような社会の到来を許してはならない」

「市民弾圧の旗幟を鮮明にし、独裁政権を守り抜いた」偉大な江沢民

(2022年12月7日)
 11月30日、江沢民が亡くなった。私の心象の中で《尊敬すべき中国》から《野蛮な中国》へ変容したあの時期の、歴史の転換を象徴する人物の一人。この人に対する敬意のもちあわせはないし、弔意もさらさらにない。その点では、安倍晋三と似たり寄ったり。

 この人、89年6月4日の天安門事件の後、当時の最高実力者である鄧小平によって党幹部に抜てきされた。その後、国家主席にして中国共産党総書記となり、党中央軍事委員会主席にもなった。昨日(12月6日)、その過去の肩書にふさわしい追悼大会が、天安門広場に接する人民大会堂の大ホールで挙行された。

 葬儀委員長となった習近平以下、党や政府、軍など各界の関係者が参列し、《中国の経済発展の礎を築いた偉大な指導者》に最後の別れを告げた。党と政府は「全党、全軍、全国各民族人民に告げる書」を発表し、「崇高な威信を持つ卓越した指導者」と最上級の表現で追悼した。人民日報も「永遠に消えることのない功績を打ち立てた」と称えている。

 追悼大会では3分間の黙とうが捧げられた。同時刻、中国全土に警笛や防空警報などのサイレンが鳴らされ、哀悼の意が示された。葬儀委員会は娯楽活動の自粛などを要請。全国の政府組織は半旗を掲げ黙祷した。証券取引所も外国為替市場も3分間取引を停止、ユニバーサルスタジオ北京は臨時休業した。江氏の死去後、新聞の紙面や政府機関のホームページ、スマートフォンの買い物や出前サービスのアプリは画面を白黒にして喪に服している。

 習近平の弔辞は、故人の数々の業績を称賛して50分にも及んだという。こんな長広舌を聞かされる方は、さぞかし辛かったろう。習は「江氏の名、功績、そして思想は何代にもわたって人々の心に刻まれるだろう」と持ち上げたが、けっしてそうはならないだろう。スターリンのごとく、突然評価が逆転する日が到来するに違いない。その日の早からんことを切望する。

 また、その弔辞は天安門事件にも触れたという。当時上海市トップだった故人について「動乱に反対する旗幟を鮮明にし、社会主義国家政権を守り抜いた」「上海の安定を維持した」「改革・開放を堅持した」「社会主義国家守り抜いた」「崇高な威信を持つ卓越した指導者」と改めて礼賛して、一党独裁への異論を許さない姿勢を重ねて強調した。

 結局のところ、習の弔辞における江への評価は、「民主化を求める市民・学生を徹底して弾圧したこと」。そのことによって「人権と民主主義を制圧して強権による秩序維持に貢献したこと」「人民に銃口を向ける人民解放軍を作りあげることに大きな貢献をしたこと」なのだ。式の参列者は、習の見まもるなか、江の遺影に3度頭を下げたという。

 最後に革命歌「インターナショナル」が演奏された。江沢民は、共産党独裁による体制を維持しながら、それまで労働者階級を代表してきた共産党に、企業家などの入党を認めて党を質的に変化させた人物。貧富の差を広げ、社会のひずみを拡大した人物。その追悼に革命歌「インターナショナル」は似合わない。

国歌とは本来内発的に歌われるもので、法で強制されて歌うべきものではない。

(2022年12月5日)
 中国国歌「義勇軍行進曲」は、抗日戦争のさなかに作られ、侵略者である皇軍との闘いの中で唱われたものである。それが、中華人民共和国成立後に国歌となった。刑事罰をもって国民に国歌の尊重を強制する国歌法の制定は2017年になってのことである。

 もともとは、侵略軍と闘った人民解放軍が、広く中国の人民に、立ち上がれ、侵略軍と勇敢に闘おうと呼び掛ける抗日抵抗歌であった。敵を恐れず臆することなく、心を一つにして闘おうと呼び掛ける勇ましい歌詞となっている。

 この歌が中国の人民を鼓舞し、愛国心の発揚に寄与したのは、日中戦争と国共内戦の終結までであったろう。憲法上国歌と制定され、国歌法による強制が必要になったのは、人々が以前のようには、愛する国の歌として歌わなくなったからであろう。

 そして今、その歌が別の意味を込めて若者たちに歌われているという。「闘いに立ち上がれ、ともに闘おう」と友に呼び掛ける闘いの相手を、侵略者日本ではなく、習近平・共産党とする思いを込めて歌うのだという。何という世の移ろい、そして何という若者たちの知恵であろうか。

 この歌の歌詞は次のとおりである。

《義勇軍行進曲》

起来!起来!起来!
(立ち上がれ! 立ち上がれ! 立ち上がれ!)
我們万衆一心,
(我々万民が心を一つにして)
冒着敵人的炮火,前進!
(敵の砲火を冒し、前進!)
冒着敵人的炮火,前進!
(敵の砲火を冒し、前進!)
前進!前進、進!
(前進! 前進! 進め!)

起来!不願做奴隷的人們!
(立ち上がれ! 奴隷になるのを望まぬ人々よ)
把我們的血肉築成我們新的長城!
(我らの血と肉で我らの新たな長城を築こう)
中華民族到了最危険的時候,
(中華民族が最大の危機に到る時)
毎個人被迫着発出最后的吼声。
(誰もが最後の雄叫びを余儀なくされる)

 冒頭の「起来! 不愿做奴隶的人?!」は、「起て! 奴隷となるな人民!」「立ち上がれ! 奴隷となりたくない人々よ!」「隷従を拒否する人民よ!」などと訳することもできる。中国人民に、日本の奴隷となるな、そのために立ち上がれ、と呼び掛けているのだ。しかし、今若者たちは、「習近平・共産党の奴隷になるな」「立ち上がれ! 中国共産党の奴隷となりたくない人々よ!」との思いを込めて、この歌を歌って呼び掛け、声を合わせているのだ。

2番の「我?万众一心,冒着?人的炮火,前?!」(敵の砲火を冒し、前進!)の、「?(敵)」とは、「習近平・共産党」を指すものとして歌われる。「みんなが心を一つにし、中国共産党の激しい攻撃を覚悟して立ち向かうのだ!」となる。現に、「習近平は退陣せよ!共産党支配はごめんだ!」というデモのスローガンも現れている。

 中国で、「国歌法」が制定されたのは、2017年9月1日、中国の「第12期全人大・常務委員会」においてのことだという。その施行は、同年10月1日の国慶節からのこととなった。

 中国では1990年に『国旗法』が、1991年には『“国徽法(国章法)”』が制定された。しかし、『国歌法』の制定は遅れた。2004年憲法で国歌は「義勇軍行進曲」と規定されたものの、拘束力ある立法は避けられていた。2017年の『国歌法』制定は、香港や少数民族の状況を睨んでのものであったろうか。

 この国歌法、虫酸が走るような、愛国主義の押し付け、押し売りである。まるで天皇制下の締めつけ。心から思う。中国に生まれなくて良かった。この国には、愛国があって個人の尊厳がない。国家と党の支配への忠誠の証しとしての国旗国歌尊重が義務化されている。皇国並みの愚劣。

 国歌法は全16条で構成されるが、重要と思われる条項を示すと以下の通り。

【第1条】国歌の尊厳を擁護し、国歌の演奏・歌唱、放送、使用を基準化し、国民の国家概念を増強し、愛国主義の精神を発揚させ、社会主義の核心的価値観を育成・実践するため、憲法に基づき本法を制定する。
【第2条】中華人民共和国の国歌は「義勇軍行進曲」である。
【第3条】中華人民共和国の国歌は、中華人民共和国の象徴と標識である。全ての国民と組織はすべからく国歌を尊重し、国歌の尊厳を擁護しなければならない。
【第4条】下記の場合は国歌を演奏・歌唱しなければならない。
(1)全国人民代表大会会議と地方各級人民代表大会会議の開幕、閉幕。中国人民政治協商会議全国委員会会議と地方各級委員会会議の開幕と閉幕、(2)国旗掲揚式、(3)重要な外交活動、(4)重要な体育競技会、(5)その他、国歌を演奏・歌唱することが必要な場合、など
【第7条】国歌を演奏・歌唱する時は、その場にいる者は起立しなければならず、国歌を尊重しない行為をしてはならない。
【第8条】国歌の商標や商業公告への使用、個人の葬儀活動など不適切な使用、公共の場所のバックグラウンドミュージックなどへの使用をしてはならない。
【第15条】公共の場で故意に国歌の歌詞や曲を改ざんして国歌の演奏・歌唱を歪曲、毀損した、あるいはその他の形で国歌を侮辱した場合は、公安機関による警告あるいは15日以下の拘留とし、犯罪を構成する者は法に基づき刑事責任を追及する。

 対日戦争では、法的強制がなくても、人々は愛情と誇りを込めてこの歌を唱った。今若者たちは、がんじがらめの国歌強制の法のしがらみの中で、この歌「義勇軍行進曲」を、習近平体制に対する「抵抗歌」として歌っている。国旗や国歌とは、所詮強制に馴染まないものなのだ。

白い紙に、書かれざる文字を読む。

(2022年11月28日)

真っ白い一枚の紙。

デモの市民の一人の手に、
高く掲げられたその紙の白さが、
万人の心を打つ。
万言の言葉を伝える。

この白い紙には、
どんな字も、どんな文章も書ける。
どんな形も、どんな色も描くことができる。

一番書きたい言葉は、
「自由!」
わけても「言論の自由」。

権力を批判する自由
独裁を弾劾する自由
言論統制に抵抗する自由
国旗への敬礼を拒否する自由
国歌斉唱の強制を無視する自由
不合理を不合理と指摘する自由
人間の尊厳を蹂躙する者への不服従の自由

しかし、なんという理不尽
今、この白い紙に、
書くべきことを書くことができない。
権力への批判も抵抗も、
罪になるのだという。

北京・上海だけのことではない。
香港でも、ロシアでも、
そしてそれ以外の、
野蛮な世界の各地でも。

だから、白紙をかざす人がまぶしい。
その決意のほどを受けとめよう。
その白い紙に込められた
万感の思いを汲みとろう。

権力に屈しない誇りある人々との
連帯を求めて。

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