澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

星条旗の焼却は国家に対する批判の象徴的行為であり、「日の丸・君が代」不起立は国家に対する敬意表明の消極的拒絶である。アメリカでは星条旗の焼却は不可罰とされたが、我が国の最高裁は不起立への処分を違憲としなかった。このコントラストは民主主義の成熟度の相違として、最高裁の姿勢を批判せざるを得ない。

(2025年8月28日)
 昨日(8月27日)の朝刊を開いたら、気になる見出しが目に飛び込んできた。
「国旗燃やしたら訴追」
 あのトランプが、司法長官に対して国旗焼却者を訴追すべく指示する大統領令に署名したという。日本では、いや、検察部門を司法の一部と考える民主主義国家では考えがたい乱暴な為政者の振るまい。

 現地時間での8月25日に大統領令に署名して、記者に語ったのは、以下のような内容と報じられている。いかにも、トランプらしい語り口。
 「米全土・そして世界中で米国旗が燃やされている」「米国旗を冒涜することは、我が国に対する侮蔑・敵意・暴力の表明だ」「国旗を燃やすことは、暴動を扇動することだ」「米国旗を燃やす連中は、左翼から金を」「国旗を燃やせば、1年間の収監だ」

 続報をネット検索して驚いた。その大統領令署名直後に、これに抗議した活動家が、ホワイトハウスに隣接した公園で、国旗を焼いて逮捕されたという。ならず者トランプの横暴があり、これに必死で抵抗する人たちもいる。これが今のアメリカなのだ。

 報道では、男はホワイトハウスに隣接するラファイエット公園で拡声器を使って、「この家(ホワイトハウス)に居座っている違法なファシスト大統領への抗議として、この旗を燃やす」と叫んだ。20年務めた退役軍人を自称するこの男は、「私は皆さんの表現の権利の一つ一つのために戦ってきた」「大統領が何と言おうと、この旗を燃やすのは、合衆国憲法修正第1条で保障された権利だ」と訴えたという。

 周知のとおり、ベトナム反戦の嵐の時期、徴兵カードを焼いたり、国旗を焼く、というかたちの国家への抗議行動が米各地に蔓延した。国旗の尊厳を守ろうとする各州法の「国旗冒涜罪」が、この行為を取り締まった。

 しかし、連邦最高裁は1989年、国旗を焼却したり破損したりする行為に関し、「表現の自由として保護される」との判断を下した。その後、連邦議会は国旗の焼却や破損を犯罪とする法律を成立させたが、最高裁は翌90年にこの連邦法を違憲と判断して、同法による刑事訴追を無効とした。トランプはこの連邦最高裁の判断を覆したいと執念を燃やしているようなのだ。

 著名な判決の一つが、テキサス州法違反を無罪としてジョンソン事件であり、最終決着をつけたのが、連邦法である「国旗保護法」違反の起訴を無罪としたアイクマン事件である。

これらの判決理由の中に、次のようなくだりがある。
 「政府が象徴としての国旗を保護すべく努力する正当な利益を有するとしても、それは政治的抗議として国旗を焼却した者に刑罰を科すことが許されるということを意味するものではない。国旗冒涜を処罰して国旗を神聖化することは、国旗という表象が表している自由を希薄化することになる。」

 この一文は、「政府が象徴としての国旗を保護すべく努力する」ことを「正当な利益」と認めつつ、「国民が政治的抗議の意思の表明として国旗を焼却することを許容する」と言っている。つまりは、《国旗が象徴する国家の尊厳という価値》よりも、《国家を批判する象徴的行為としての国旗焼却の自由の価値》が優越すると判断している。

 また、こんな最高裁判事の「つぶやき」もある。
 「痛恨の極みではあるが基本的なこととして、国旗は、それを侮蔑し手にとる者をも保護しているのである。」
 これは含蓄に富む。私たちが敬意を持ち続けてきたアメリカの自由主義や民主主義の懐の深さを表している。

 この判事にとっては、国旗を焼かれたこと、あるいは国旗を焼いた者を処罰できないのは「痛恨の極みではある」が、米の国旗が象徴する自由とは、政治的意見の表明としての国旗焼却の自由を含むのだから、処罰はできないのだ。

 国旗は国家の「象徴」であり、これを焼却する行為は国家を批判する「象徴的行為」である。
 分かり易いのは、「ハーケンクロイツ」であろう。これは、ナチスが掲げる全体主義・優生思想・アーリア人至上主義・ホロコーストを象徴する。そして、この旗にたいする敬礼は、全体主義を礼賛する象徴的行為である。

 「ダビデの星」は、かつてはナチスによるホロコースト被害の悲劇的な象徴であった。そして今、同じ紋章がガザ虐殺加害の象徴になりつつある。

 「星条旗」は、長く自由と民主主義の象徴として敬意の対象であったが、ベトナム戦争以来大国の横暴や虐殺の象徴となり、今トランプの反知性・排外主義・独裁の象徴となっている。この国旗の尊厳は地に落ちた。トランプ自身が述べたとおり、今や全世界で侮蔑の対象としての象徴性を持っている。

 翻って、「日の丸・君が代」はどうだろうか。この旗の歴史は浅いが、維新以来の70年間、侵略戦争・植民地支配・神権天皇制・天皇制ファシズム・富国強兵・滅私奉公・差別容認の象徴となってきた。要するに「日本国憲法の理念に真反対の理念の象徴」なのだ。この象徴への敬意表明という象徴的行為が、起立斉唱にほかならない。

 アメリカにおける国旗焼却とわが国における起立斉唱強制と。いずれも国家という象徴をめぐっての象徴的行為の許容と強制の問題である。
 国旗焼却は、民衆の側からの国家に対する批判の象徴行為である。連邦最高裁は、これを不可罰とした。一方、起立斉唱は、国家への敬意表明の象徴的行為の強制であるところ、我が国の最高裁はこれを合憲とした。彼我の対照が鮮やかである。
  
 国旗焼却を不可罰とすることは、国家の在り方についての意見の多様性を容認する姿勢を表している。これに対して、起立斉唱の強制は、国家大事という一元的見解に服すべく強要し統制する権力行使を容認する姿勢の表明である。我が国の最高裁の姿勢を情けないとしか評しようがない。

 もっとも、連邦最高裁も、ならずものトランプの意に沿う存在に堕してしまえば、お互い情けなさを慰め合うしかなくなってしまうことになるのだが、まさかそんなことはなかろうと思いたい。

貴重な戦後80年の継続である。けっして、再びの戦前としてはならない。

(2025年8月15日)
 戦後80年目の8月15日である。80年前の今日、無謀で無益な戦争がようやく終熄して旧天皇制国家が事実上崩壊した。そして、まったく新たな原理に基づく新生日本が誕生した。「戦前」が終わって「戦後」が始まった、その節目の日。それ以来の80年の年月は、そのまま私の人生の年輪と重なる。

 1945年8月15日以前、この国はまことにいびつな神なる天皇が支配する宗教国家であった。日本国民は、神であり主権者でもある天皇に仕える「臣民」でしかなかった。遙かな昔、天皇の祖先神がそのように決めたからだという無茶苦茶な根拠。維新の藩閥政府は荒唐無稽なカルト天皇教の教理をもって日本国民を洗脳することに成功していた。

 天皇教の経典はいくつも拵えあげられた。その主要なものとして、軍人勅諭・教育勅語・國體の本義・臣民の道などが挙げられる。修身や国史の国定教科書も同類で、全国の訓導が学校で天皇教の布教師となって、子どもたちを洗脳した。

 天皇教の現人神でもあり教組でもあった天皇自身の好戦性著しく、自ら大元帥となって侵略戦争と植民地支配に血道を上げた。神なる天皇が唱導する戦争は聖戦である。聖戦は正義である。正義の聖戦が負けるはずはない。

 こうして天皇の赤子たる臣民は、赤紙一枚で侵略戦争に駆り出され、皇軍の一員として近隣諸国の民衆に諸々の残虐行為を重ねた。天皇教の教義は、徹底した皇国ファーストの排外主義・差別主義でもあった。

 もっとも臣民の100%が洗脳されたわけではない。理性をもって天皇教の洗脳に抗った人には、容赦ない野蛮な弾圧が待ち受けていた。その法的道具が、大逆罪であり、不敬罪であり、治安維持法であり、軍刑法等々であった。天皇は一面、恐怖の神でもあった。

 1945年8月15日、国の内外に夥しい死体の山を積み上げて、血生臭い天皇支配の時代がようやく終わり、戦争の時代から平和の時代へと移行した。同時に、滅私奉公を強いた国家ファーストの時代から個人の尊厳を重んじる時代に。戦争と軍国主義の時代から平和と国際協調の時代に。そして、野蛮な専制の時代から人権と民主主義の時代に、世は確実に遷った。

 この日、日本が受諾を公表したポツダム宣言第6条は、以下のとおりである。
 「我らは、無責任な軍国主義が世界より駆逐されるのでなければ、平和、安全及び司法の新秩序が生じ得ないことを主張しているから、日本国国民を欺瞞して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者の権力及び勢力は、完全に除去されなければならない。」

 「無責任な軍国主義」「日本国国民を欺瞞して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者」とは、臣民を戦争に駆りたてた天皇とその取り巻きの軍部や政治勢力のこと以外にはあり得ない。ポツダム宣言は、これを「完全に除去されなければならない」と言い、日本はこれを受諾しているのだ。

 だから、1945年8月15日は、朝鮮・中国の人々にとってだけでなく、日本の民衆にとっても慶賀すべき臣民からの解放の祝日なのだ。ただし、当然のことながら、目出度いと言えるのは、この戦争で生き残った人だけのこと。駆り出されて侵略に加担した者ではあっても、その戦没の悲劇は直視しなければならない。

 産経新聞の報道によると、自民党の保守系グループ「伝統と創造の会」(会長・稲田朋美元防衛相)が終戦の日の本日、東京・九段の靖国神社を参拝した。「伝統と創造の会」とは、察するところ「歴史修正主義の伝統」と「新たな戦前の創造」の意であろう。

 その稲田は参拝後、記者団の取材に応じ、「前途ある青年たちの命の積み重ねの上に、今の豊かな繁栄する日本がある」「命をかけて、命をささげて家族や地域、国を守ろうとした英霊の皆さんに感謝と敬意を表することができない国というのは、国を守れない」「いろいろな考え方があるが、やはり戦後レジームの脱却の中核は東京裁判史観の克服だ」などと語っている。そりゃオカシイ。

 「命をかけて家族や地域、国を守ろうとした英霊の皆さん」の働きのお陰で、平和と民主主義の時代が開けたのではない。彼らが考えた方法では、何も守ることはできなかった。彼らに表すべきは、「感謝と敬意」ではなく、その義性の痛みへの共感でなくてはならない。

 あの大戦は、我が国未曾有の大事件であった。しかし、この国は、国として、この上ない惨禍をもたらしたあの戦争の原因も、責任の所在も、明らかにすることなく今日に至っている。だから、未だに戦犯(裕仁)の孫が、自分には何の責任もないごとくに「さきの大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」などと原稿を読んでいる。もちろん、加害責任への言及はない。80年前、変わったはずのものが未だにこの程度か、という落胆は避けがたい。

 しかし、国民の戦争を忌避する意識は強い。我が国は戦後80年を戦争をせずに過ごしてきた。不戦を誓った「平和憲法」は、一字一句も改定されることなく無傷のままである。日本の将来に、希望と自信をもとう。戦後80年は、私自身の人生でもあるのだから。

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