軍隊とは危険な存在である。往々にして人民を護らない…どころか、人民に銃を向ける。為政者に従わない軍も危険だが、為政者に盲従する軍も極めて危険なのだ。
(2024年12月8日)
12月8日、けっして再びの戦争を起こしてはならないとの誓いを新たにすべき日である。あの戦争の究極の責任者は誰か。回答は幾様にもあるだろうが、天皇と軍隊の責任を挙げることに大方の異存はないだろう。民主主義の欠如と、野蛮な武力が戦争の惨禍を引き起こした。
軍隊は危険な存在である。国防を建前にしながらも、易々と自国の人民に銃を向ける。為政者にとって、これ以上に頼もしく強力な統治の手段はない。
平時においては、軍は人民を威嚇するだけの存在に過ぎないが、非常時にはその実力を行使し武力をもって人民を制圧する。その典型が戒厳令である。いつ、何をもって非常の事態というのかは、軍を統率する為政者の一存で決まる。
戒厳令とは、民主主義を停止して軍に全面的な統治の権限を委ねることである。民主主義が権力を制約する理念と制度である以上、権力行使に対する民主的束縛を解放する威厳令は、常に権力者にとって妖しい魅力に輝いている。
戒厳令が施行されれば、民主主義は眠り込まされる。場合によっては永遠の眠りとなりかねない。戒厳令は民主主義の対立物というだけのものではない。民主主義を死滅させかねない劇薬でもある。
1989年6月4日、戒厳令下の中国人民解放軍は天安門広場とその周辺に市民的自由を求めて集まった群衆に発砲し、流血の惨事を引き起こした。権力を握る中国共産党の命じるままにである。この日、人民から生まれた人民解放軍が、人民に銃を向けただけなく、実弾を発砲して、人命を奪い、自由や民主主義を求める人民の声を封殺した。この日、中国の民主主義も殺戮されたのだ。
2024年12月3日、韓国の尹錫悦大統領が「非常戒厳」を宣布した。韓国軍に国会の包囲と制圧が命じられた。戒厳令が民主主義の停止である以上は、議会の制圧は当然のこととなる。議会内の議員の逮捕や排除も命じられたという。
しかし、軍は結局この命令に従わなかったと報じられている。これが、戒厳令の発動を失敗に終わらせた。その直接的な要因は成熟した軍隊の抗命であったが、軍隊の抗命は、大統領糾弾を叫ぶ圧倒的な国民世論に支えられたものであった。
通例、軍隊とは上命下服の厳正な規律下にある。この規律を欠いて文民統制に服さない軍隊の危険は言うまでもない。さりとて、中国共産党の命令に盲従して人民を殺戮した人民解放軍も危険極まる存在である。
国連の国際法委員会(ILC)が、ニュルンベルク裁判で確認された戦争犯罪に関する法原則を成文化した、7か条の「ニュルンベルク諸原則」というものがある。その第4原則が「政府または上司の命令にしたがって行為した者は、道徳的選択が現実に可能であったとき、国際法上の責任を免れない」と宣言している。
訳文の完成度が低いが、違法行為を犯した将兵は、「政府または上司の命令にしたがったのだから」という理由では免責されないのだ。
兵の主たる任務は、殺人である。あるいは、放火であり、建造物破壊である。いずれも、一般には犯罪とされる違法行為。その任務遂行としての違法行為が、上官の命令であるからして免責されることはないというのだ。
韓国の将兵はこのことをよく心得ていた。そのゆえの抗命であった。携えていた銃に実弾は装填されていなかったともいう。立派なものであったと思う。
もちろん、日本国憲法に戒厳令の制度はない。戦前の反省を踏まえ、意識的に類似の制度も作られなかった。にもかかわらず、何とか戒厳令に似たものを作ろうという狙いが、2012年自民党改憲草案における緊急事態条項に透けて見えている。
その文案は、「国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、…政令を制定することができる」という、国会という民主主義の根幹をなす機関の機能を停止して、内閣が立法権まで吸収しようとのたくらみである。その危険性を見抜かなくてはならない。
戦争は民主主義のないところに起こる。また、戦争は未成熟の野蛮な軍隊を抱えた国に起こる。12月8日の今日、中国と韓国のそれぞれの例から教訓を引き出して、他山の石としたい。