粗暴ゆえの嫌われ者は世に満ちている。しかし、権力を手にした乱暴者はそれほどの数にはならない。加えて、エゴまる出しの唾棄すべき権力者となれば数は限られる。それがプーチンであり、同じ穴のトランプだ。ロシアもアメリカも、粗暴として恐れられるだけで尊敬されることのない「ならずもの国家」となった。
(2025年3月3日)
ゴロツキ・トランプを戴くアメリカは、経済マフィアが政権を乗っ取ったという構図となった。ホワイトハウスには、今や理性も品性のカケラもない。アメリカが民主主義の先進国として世界から尊敬を集める日は、もう永遠に来ないかも知れない。アメリカの有権者は、大いに恥じなければならない。
ゴロツキ・トランプは、火事場泥棒でもある。火付け人殺しの侵略者プーチンと同じ穴のムジナとして気が合うようだが、侵略されたウクライナ国民の悲劇に胸を痛める感性の持ち合わせはない。
どのゴロツキにもゴマスリ茶坊主が付いている。トランプにはバンスだ。ゼレンスキーに向かって、「トランプに失礼だ」「トランプに感謝せよ」との繰り返し。「失礼」はおまえだろう。侵略された国の国民にいたわりの言葉はないのか。
アメリカは、世界の文明国と決別し、「価値観を異にする国」となった。もはやこの国には、法の支配も、民主主義も、人権も、権力分立も、多様性の尊重も、真実への敬意も平和主義や国際協調もない。ひたすら、「カネだ」「銭だ」「領土の拡大だ」「支持者の利益だ」としか言葉を知らない野蛮国となった。世界の良識から軽蔑の言葉を投げかけられるだけの存在。アメリカ人よ、こんなゴロツキに乗じられたことを大いに恥じるがよい。
ホワイトハウスでの会談は、大国の無法が、小国の窮状に付け込んで火事場泥棒を演じる一幕を見せつけようというものだった。しかし、一寸の虫にも五分の魂があった。結局、トランプは何ら得るところないまま一幕を終えた。ひたすらに、その無法と醜態を世に曝した末のことである。
ウクライナ側にも誤算ではあっただろう。だが、公平に見て、この意外な一幕は、トランプ政権の無法を世界に印象づけたという点に最大のインパクトがあった。トランプ・アメリカの世紀の失策として後世に残ることになるだろう。
翻って我が国には、かつて、ウラジミールと親友で、ドナルドとも同じ穴にいた政界のトップがいた。あんなのを長年首相にしていたことが、日本の有権者の一人としてなんとも長年恥ずかしかった。いまは、まだマシだ。
我が国の民主主義はプーチンやトランプを生んでいない。それだけで、まだ捨てたものではない。これ以上の民主主義のレベルの切り下げは御免だ。