脱ゼロコロナ政策へ舵を切る中国の苦悩
(2022年12月29日)
新型コロナの猛威は、中国における武漢の発症報告から、世界に知られるところとなった。その武漢での蔓延を中国当局が総力をあげて制圧したとき、世界は舌を巻いた。あの巨大都市をロックダウンし、全住民に繰り返しPCR検査をし、新規に病院を建造し、必要な医療スタッフを全国から集めて、住民に有無を言わせることなく強権的に有効な手立てを断行して…、成功した。
中国当局の強権的な手法に眉をひそめた者も、武漢での成功には脱帽するしかなかった。少なくともあの局面では、民主主義的な手続による対処よりは、中国共産党流の強引なトップダウン方式が有効に見えた。党、即ち当局、はその成果に胸を張り、自信を深めたに違いない。正しい党の指導こそが、人民を幸福に導くと。
それから3年、自信を深めた「正しい党」の指導のもと、中国は強権を発動してのゼロコロナ政策を継続した。これも、最初はうまく行きそうではあった。しかし、結局は破局を迎えることになった。民衆の不満が山積して噴出してのことである。
中国各地で同時多発的に生起した「白紙革命」の動きに押される形で、ゼロコロナ政策は終焉を迎えた。しかし、それと同時に中国全土でコロナの感染大爆発という報道である。これまでの事態をどう総括するのか、「正しい」はずだった党は説明らしい説明をしていない。そして、これからどうするのかもよく分からない。
いくつかの気になる報道がある。
12月26日付の毎日新聞朝刊1面トップの記事が、「中国 民間ゲノム解析制限」「コロナ 変異株情報 統制か」という大見出しの記事。これに続けて「感染者と死者数 公式発表を中止」との記事がくっ付いている。何とも、気の滅入る報道である。
中国政府は、11月下旬、国内に拠点を置く民間の企業や研究機関に対して新型コロナウイルスのゲノム(遺伝情報)配列の解析を当分の間、行わないよう通知したという。「感染爆発に直面する中国政府は、情報を厳格に管理することで、新たな変異株が見つかった場合などに、国内外の世論に与える影響を最小限に抑える狙いがあるとみられる」というのが、毎日の見方。
要するに、当局だけが重要な情報を独占しておればよい。民間が知る必要はない、必要な限りで党が情報をコントロールする、というのだ。人民を支配の対象としか見ない独裁権力の典型姿勢である。「由らしむべし、知らしむべからず」そのものなのだ。「正しい党」さえあればよい、みんなはこれに従おう。その方が気楽だし間違いはない、と教え込む。カルト並みの姿勢と言わざるを得ない。
また、ゼロコロナ政策終焉に伴って、コロナの危険性に関する当局の説明の様変わりが話題となっている。ゼロコロナ時代には、危険を強調されていたオミクロン株での感染を「新型コロナ風邪と言える」程度と喧伝しているのだという。
中国政府の新型コロナ専門家チームのトップとして著名な鍾南山という呼吸器研究の専門医がいる。この人が、「ゼロコロナ」政策の緩和以降感染が急拡大するなか、今月になってから急に国民の不安を払しょくしようとする発言を繰り返している。オミクロン株について、「致死率が低く、通常の季節性インフルエンザにほぼ等しい」「怖いものではなく、これは新型コロナ肺炎ではない。“新型コロナ風邪”と言える」「99%の患者は1週間ほどで回復する」などと危険性が低いことを強調する発言を続けている。
ネット上では、「なぜ先月はそう言わなかったのか、この2、3日で急に悟ったのか」「これは風邪なのか。国民を誤解させるな!」「誰かにプレッシャーをかけられてそう言っているのか」など、批判的なコメントが相次いでいるという(TBS)。
3年前には、権力的にゼロコロナ政策を強行した中国当局が、今度は権力的にウィズコロナに舵を切った。情報も、医学的知見も、それを実行する人材も、全て当局が独占し管理しているからこそ可能なのだ。しかし、権力による情報操作は、結局は破綻して、民衆の不信を招く結果とならざるを得ない。
東京新聞などによれば、中国国家衛生健康委員会は今月25日、2020年1月から毎日行ってきた感染状況の公表を取りやめた。理由の説明はなく、下部機関の疾病予防コントロールセンターが発表を引き継いだ。24日の全国の感染者数は前日より3割少ない2940人。20日以降の死者はゼロとなっている。死者数の定義が変更されたからだという。
公式発表の感染者数は小さくなったが、各地で感染者が激増し、火葬場の混乱が話題となり、著名人の死去のニュースが連日報道されている。だれの目にも、公式発表が実態を示していないのは明らかだ。そのような事態で、中国の地方政府当局で、新型コロナウイルス感染者数の推計値を相次いで公表し始めているところがある。
山東省青島市は23日、直近の感染者数が1日当たり49万〜53万人に上るとみられると発表。これに続いて浙江省政府当局の幹部は25日の会見で、「元日にピークを迎え、1日の新規陽性者は最大で200万人に上る」との見通しを示し、重症者の移送や治療態勢の確立を急いでいると説明した。交流サイト(SNS)では「真実のデータを公表した浙江省の勇気をたたえたい。民衆は虚偽のデータを見たくない」とのコメントが投稿されている。
香港星島日報は29日、「人口5200万人の四川省防疫当局が25日に標本15万人を調査した結果、人口の63.52%が感染したことが明らかになった」とし「全国的に少なくとも6割の人口が感染したとすると、8億人以上がすでに感染したとみられる」と報じた。
コロナは権力におもねらない。オミクロンは中国共産党のご威光を忖度しない。常に正しい党の指導に基づく中国当局の強権的人民支配は、一見効率よく政治目標を達成するように見えて、結局は人民の信頼を失うことになった。
民主主義とは、本来効率で評価されるべきものではない。しかし、コロナ対策においても、強権的対策よりも愚直な民主的手続による支配に軍配が上がったのではないか。