澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

安倍内閣の刑事司法私物化を狙う「検察庁法改正案」を撤回せよ

泥棒は夢を見る。「警察官の人事をオレが握ることができれば、安心して仕事ができるんだが…」。 反社の諸君も夢を見る。「検事の人事をオレが握ることができさえれば、心おきなく大きな仕事ができるだろうに…」。 そして、安倍晋三も夢を見る。「検察トップの人事を握ってしまおう。そうすれば、国政私物化だの嘘とごまかしだのという批判は恐くない。心おきなく、私と妻とオトモダチのために特化したお仕事に邁進できる。」 泥棒と反社の願望は夢のまた夢だが、晋三の夢はひょっとすると実現することになる。

政府は3月13日、検察官の定年を63歳から65歳に引き上げる検察庁法の改正案を閣議決定し国会に上程した。これは、単なる公務員の定年延長問題ではなく、検察官の定年を延長するだけの問題でもない。権力の分立に関わる原理的な問題を孕んでいるとともに、国政私物化の安倍政権の野望の表れでもある。泥棒に警察官の人事を与えるに等しい。こんな法案を通してはならない。

翌3月14日の朝日の社説「検察庁法改正 許されぬ無法の上塗り」が、問題点をよく整理して、しかも分かり易い。リベラルな立場からのもっともな怒りがにじみ出ている。その抜粋を引用する。

 法をまげたうえで、さらに法の本来の趣旨を踏みにじる行いを重ねるという話ではないか。納得できない。
 国家公務員の定年延長にあわせ、検察官の定年を63歳(検事総長のみ65歳)から65歳に段階的に引き上げる検察庁法改正案が、国会に提出された。
 見過ごせないのは、63歳以上は高検検事長や地検検事正といった要職に就けないとしつつ、政府が判断すれば特別にそのポストにとどまれる、とする規定を新たに盛り込んだことだ。
 安倍内閣は1月末に東京高検検事長の定年を延長する閣議決定をした。検事総長に昇格させるための政治介入ではないかと不信の目が向けられている。
 政府は従来、検察官の定年延長は認められないとの立場だったが、今般、解釈を変えることにしたと言い出し、決定を正当化した。立法時の説明や定着した解釈を内閣だけの判断で覆す行為は、法の支配の否定に他ならない。法案は、その暴挙を覆い隠し、さらに介入の余地を広げる内容ではないか。
 政治家が特定の人物を選び、特別な処遇を施すことができるようになれば、人事を通じて組織を容易に制御できる。その対象が、政界をふくむ権力犯罪に切り込む強い権限を持ち、司法にも大きな影響を与える検察となれば、他の行政官と同列に扱うことはできない。
 戦後、三権分立を定めた憲法の下で制定された検察庁法は、その問題意識に立ち、検察官の独立性・公平性の担保に腐心した。その一環として、戦前あった定年延長規定は削除され、歴代内閣は検察人事に努めて抑制的な姿勢をとってきた。
だが安倍政権は公然とその逆をゆく。延長の必要性について森雅子法相は、「他の公務員は可能なのに検察官ができないのはおかしい」という、検察の職務の特殊性や歴史を踏まえぬ答弁を繰り返すばかりだ。
 混迷の出発点である高検検事長人事の背景に、首相官邸の意向があるのは明らかだ。検察への信頼をこれ以上傷つけないために、定年延長の閣議決定をすみやかに取り消すとともに、検察庁法の改正作業も仕切り直すことを求める。

さらに、3月17日東京弁護士会が、以下の会長声明を出した。これも、問題の全体像を簡明に語っている。その素早い対応に敬意を表したい。

検察庁法に反する閣議決定及び国家公務員法等の一部を改正する法律案に反対し、検察制度の独立性維持を求める会長声明

東京弁護士会 会長 篠塚 力

1 政府は本年1月31日、2月7日に63歳で定年を迎えることになっていた東京高検検事長の勤務を、国家公務員法の勤務延長規定を根拠に半年間延長するとの閣議決定をした(以下「本件閣議決定」という。)。
 しかし、検察官は一般の国家公務員とは異なり検察庁法によって定年が規定されている。特別法が一般法に優先するのは理の当然であることから、国家公務員法の規定する定年退職の規定(国家公務員法第81条の2)はもとより、勤務延長の規定(同法第81条の3)も検察官には適用されないと解される。これは内閣、人事院の一貫した法律解釈であって、時の政権が閣議決定によってこの解釈を変更することは検察庁法の規定に明白に違背する。

2 検察官が一般の国家公務員とは異なる法律によって規律されるのは、検察官は行政官ではあるものの、刑事事件の捜査・起訴等の権限が付与され司法の一翼を担って準司法的職務を担うことから、政治からの独立性と中立性の確保が特に強く要請されるためである。
 すなわち、検察官は「公益の代表者」(検察庁法第4条)であって、刑事事件の捜査・起訴等の検察権を行使する権限が付与されており、ときに他の行政機関に対してもその権限を行使する必要がある。そのために、検察官は独任制の機関とされ、身分保障が与えられている。にもかかわらず、内閣が恣意的な法律解釈によって検察の人事に干渉することを許しては、検察官の政権からの独立を侵し、その職責を果たせなくなるおそれがある。
 したがって本件閣議決定は、検察官及び検察組織の政権からの独立を侵し、憲法の基本原理である権力分立と権力の相互監視の理念に違背する。

3 このような違憲・違法というべき法律解釈の変更について、法務大臣が国会内外で厳しく批判されている中で、政府は3月13日、さらに国家公務員法等の一部を改正する法律案(内容として検察庁法の一部改正を含む。)を閣議決定し、これを国会に提出した。
 改正案は、すべての検察官の定年を現行の63歳から65歳に段階的に引き上げた上、63歳になった者は、検事総長を補佐する最高検次長検事や、高検検事長、各地検トップの検事正などの役職に原則として就任できなくなるが(役職定年制)、「内閣」が「職務遂行上の特別の事情を勘案し(中略)内閣が定める事由があると認めるとき」(検察庁法改正案第22条第5項)に当たると判断するなどすれば、特例措置として63歳以降もこれらのポストを続けられるようにするとの内容である。
 このような法律改正がなされれば、時の内閣の意向次第で、検察庁法の規定に基づいて上記の東京高検検事長の勤務延長のような人事が可能になってしまう。
 しかしこれは、政界を含む権力犯罪に切り込む強い権限を持ち司法にも大きな影響を与える検察官の独立性・公平性の担保という検察庁法の趣旨を根底から揺るがすことになり、極めて不当である。

4 以上の理由により、当会は政府に対し、本件閣議決定に抗議し、撤回を求めるとともに、国家公務員法等の一部を改正する法律案のうち検察官の定年ないし勤務延長に係る「特例措置」に係る部分を撤回し、憲法の権力分立原理を遵守して検察官の独立性が維持されるよう、強く求めるものである。

3月19日の毎日新聞(デジタル)解説記事も、意を尽くしたものとなっている。

国会に3月13日提出された検察官の定年を63歳から65歳に段階的に引き上げる検察庁法改正案への批判が強まっている。今年1月になって急きょ法解釈を変更して可能となった検察官の定年延長だけでなく、内閣が検察幹部の人事に介入できる余地を残すもう一つの「仕組み」も盛り込まれたためだ。内閣が必要と認めれば、例外的にその役職を続けさせることができる――この規定に野党は「検察人事に内閣が露骨に介入するものだ」と反発。東京弁護士会も反対する会長声明を出した。
 検察庁法改正案とともに国会提出された国家公務員法(国公法)改正案には、定年の段階的引き上げのほか、管理監督職の年齢の上限を定める「役職定年制」が導入される。検察庁法改正案でも同趣旨の制度が導入され、63歳になるのに合わせて検事総長を補佐する最高検次長検事、高検検事長、地検トップの検事正は役職から退き、「検事」に戻ることになる。ただ、これに伴い、内閣の判断で例外的に63歳以降も役職を続けさせるという規定も入った。
 「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由があると認めるときは、次長検事、検事長が63歳に達した日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、引き続き勤務させることができる」
 この例外規定は現行法で検察官の定年を定めた「22条」に加えられた(検事正は別の条文)。さらに次の項で「前項の期限又はこの項の規定により延長した期限が到来した場合、前項の事由が引き続きあると認めるときは、内閣の定めるところにより、1年を超えない範囲で期限を延長することができる」とし、再延長、再々延長まで想定されている。
 …検察官は他の国家公務員と違い、刑事事件の捜査・起訴の権限を付与されている。「首相も逮捕できる」存在であり、政治からの独立性と中立性の確保が極めて重要だ。しかし、この例外規定を素直に読めば、検察幹部の立場からいえば、職を続けられるかどうかは内閣の判断に左右されると言い換えられる。これで内閣の検察幹部への影響力を排除できるのだろうか。

以上で、この問題の論点は尽くされていると思う。
検察官は、他の公務員とは異なり、本来的に行政からの独立を要求される職務なのだ。必要があれば、首相をも逮捕し、起訴し、論告求刑し、刑の執行も行うべき立場にある。だからこそ、その人事が首相の手に握られるようなことがあってはならない。しかし、だからこそ、国政私物化をこととする首相の立場からは、人事権を通じて幹部検察官を手の内に納めておきたいのだ。

このほど、森友問題で文書の改竄を命じられたことを苦にして自殺した近畿財務局職員の手記が公表された。これまで知られていなかった新事実が明るみに出た。明らかに必要な事件の再調査を安倍晋三は拒否した。その理由をなんと言ったか。

「検察が捜査を行い、結果が出ている。財務省でも、麻生大臣のもとで、事実関係を徹底的に調査し、明らかにしたところだ」と言ったのだ。「検察が告発を受けて捜査して不起訴とした」のだからもう問題はない。これが、安倍晋三の錦の御旗となっている。忖度検察は、汚い内閣にとっての頼もしい味方なのである。

こんな法案が議会の数の力でゴリ押しされて通るようでは、刑事司法の権威は失墜する。警察官人事を握らせる泥棒の夢を叶えるに等しく、世も末だ。なんとしても、撤回してもらいたい。
(2020年3月20日)

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