澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

不敬罪の弾圧と闘うタイの若者たちに敬意

(2021年6月6日)
 西日本新聞北京特派員坂本信博記者の「抑圧の街からー新疆ウイグルルポ」が話題を呼んだが、バンコク特派員川合秀紀記者の記事も貴重なもの。5月31日付で、「不敬罪復活、タイの若者苦闘 王室批判で立件…『次世代のため』有罪覚悟」という報道が目に留まった。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/747131/

 昨年来世界に知れ渡ったが、タイには不敬罪という前世紀の遺物がまだ生きている。その不敬罪を定めているのが刑法112条で、国王・王妃・王位継承者らを侮辱することを禁じ、違反1件当たり3?15年の禁錮刑を科すものだという。

 不敬罪は我が国にもあった。1907年制定の現行「刑法」は、第一編「総則」と、第二編「罪」の2編で構成されている。第二編「罪」は具体的な犯罪の構成要件と法定刑を定めるもので、第1章から第40章まであるが、その冒頭の第1章4か条(73条?76条)は削除されている。かつてここには、「皇室に対する罪」が位置を占めていた。日本の刑法は、何よりも皇室に対する臣民の罪を処罰するものとして制定されたのだ。

 1947年に削除された73条は大逆罪,74条が不敬罪である(なお、75条、76条は皇族に対する罪)。条文を引用する。

第73条(大逆)は、「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ処ス」という恐るべきもの。選択刑として懲役も禁錮もない。未遂も死刑である。

第74条(不敬)は、以下のとおり。
「1項 天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ不敬ノ行為アリタル者ハ3月以上5年以下ノ懲役ニ処ス
 2項 神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者亦同シ」

 「不敬の行為」とは、余りに漠然として特定性を欠く構成要件。なんでも引っかけ、誰でもしょっぴくことのできる、権力にとっては便利な小道具。その意味では、大逆罪だけでなく不敬罪も恐るべき犯罪類型であった。こんなものが、タイにはまだ生き延びているのだ。国民主権も、表現の自由もないということだ。

 王室への侮辱に最長15年の禁錮刑を科し「世界で最も厳格」とされるタイの不敬罪。昨年来の反体制デモで異例の王室批判を展開した学生リーダーらが今、相次いで不敬容疑で摘発されている。聴取中を含む立件対象は90人以上。国王の指導で約2年停止していた不敬罪立件の再開によってデモが失速する一方、タブーを破った若者たちの苦闘はなお続いている。(バンコク川合秀紀)

人権派弁護士グループによると、不敬罪の摘発対象94人(5月27日時点)の大半が10?20代で、うち20人が既に起訴されている。その多くが一連のデモを率いた反体制派リーダーたちだという。

その一人が、パトラサワリーさん(25)
 「(最初は)みんな『そこまで言うの?』という顔だったし、私も怖かった。でも王室改革の議論が最も必要なことだと思い、自分でも演説に加わろうと決めた」。若者たちが次々に王室批判を公言し、デモ参加者は数万人規模に膨れ上がっていった。
 彼女の不敬容疑は3件。昨年9月と10月、今年3月のデモで行った演説が不敬に当たるとされる。全て起訴され有罪になれば最長45年の禁錮刑が科される可能性がある。それでも「有罪になってもたいしたことじゃない。次の世代に私たちの闘いの正しさを知ってもらえる」と既に覚悟を決めているようだった。「私も一人で闘っているわけじゃない」

 最も激しく王室批判を展開してきた大学生リーダーのパリットさん(23)は2月以降、仲間の中で最多となる計20件の不敬罪で起訴された。勾留中に抗議の意思を示すハンガーストライキを57日間続け、今月(5月)11日に10回目の申請でようやく保釈が認められた。
 パリットさんの保釈条件は王室の中傷など混乱を招く言動をしないこと。翌12日、会員制交流サイト(SNS)に「私は私のままだ」と投稿。「王室改革と真の民主化を求める闘いは力強く続ける」と支持者たちに訴えた。

 2件の不敬容疑がかけられている大学1年ベンジャさん(22)はパリットさんと高校時代からの同級生。13日、検察庁に出頭した際に「投稿を読んで安心した。彼の気持ちが弱くなることはあり得ない」と語った。
 宇宙開発分野の仕事に携わるのが夢だが、パリットさんに感化され王室改革要求のデモに加わった。弁護士や友人からは、将来のため罪を認めた上で王室問題の発言を控えるよう勧められる。だが「それが当局の狙いだ」と思う。「デモが沈静化した今こそ、私たちがどれだけ闘い続けられるかが重要だ」

このルポは、苦しい中での「若者たちの苦闘」を取材して報告している。けっして明るくはない事態の中で、闘い続ける人々の存在に、私たちも勇気づけられる。

日本で不敬罪が廃絶されたのは、残念ながら日本人自身の闘いの成果としてではなかった。自分たちの運動で不敬罪をなくそうと奮闘している若者たちに敬意を表したい。オリンピック選手などが、「自分がスポーツに頑張ることで、みんなに勇気や力を与えたい」とエラそうにトンチンカンなことを言っているのを見聞して不愉快になるが、そんな若者ばかりではないのだ。毅然と闘う若者に未来を期待したい。

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