澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「岸井成格」に声援を送る。TBSは不当な圧力に屈するな。

「札付き」という言葉がある。「折り紙付き」の「折り紙」とはちがう、よからぬ「札」が付いている連中のこと。その札付き連中が、TBSの看板番組『NEWS 23』でアンカーを務めている岸井成格を攻撃している。これは看過できない。この攻撃を成功させてはならない。

私は本日の赤旗「潮流」で初めて知った。11月14日産経と翌15日読売に、「私達は、違法な報道を見逃しません」と題した異様な全面意見広告が掲載されている。岸井成格を攻撃して、その報道姿勢を変えようというのだ。その攻撃の理由が、「番組で岸井氏が『メディアは安保法案の廃案に向けて声を上げ続けるべきだ』と発言したのは、放送法4条『政治的公平』に違反すると言うのです」。この真っ当な発言が攻撃対象とされているとは穏やかでない。戦戦争法廃止運動をつぶそうという動きの一環だ。舞台は国会の場から、平和と戦争をテーマとしたメディアの自由をめぐる論争に移された。

この異様な広告の「広告主は“視聴者の会”なる団体。呼びかけ人として7人が名を連ねています。いずれも安倍首相の応援団を自負する面々です。あの手この手でメディア支配をねらう政権。今回の広告は視聴者を装い個別番組と一放送人を標的にしています。異常です」

この7人とは、以下のとおり。
 すぎやまこういち/代表(作曲家)
 渡部昇一(上智大学名誉教授)
 渡辺利夫(拓殖大学総長)
 鍵山秀三郎(株式会社イエローハット創業者)
 ケント・ギルバート(カリフォルニア州弁護士・タレント)
 上念司(経済評論家)
 小川榮太郎(文芸評論家)

この7人に付いているのは、「極右」という札だけではなく、「安倍応援団」という札だ。代表となっている、すぎやまこういち(作曲家)とは、安倍晋三の政治団体である晋和会に毎年150万円の法が許容する最高額を寄附し続けている人物。安倍晋三に、「我々日本人が直面している難局を乗り切るリーダーは安倍晋三氏しか考えられません。私達の子孫にこの素晴らしい日本国をしっかりと残して行く責任は重大です。音楽家のひとりとしても、氏の“美しい国を目指す”という宣言にも感動しております」とエールを送ってもいる。

この「安倍応援団」の札付きが、あからさまに「メデイアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」という岸井の発言を攻撃のターゲットに定めている。ここが問題の核心だ。

政権と与党には目の上のコブの反戦争法(案)運動の盛り上がり。できることなら、これを弾圧し制圧したいところだが、民衆の反作用も恐ろしい。官邸や自民党が前面には出にくいところ。そこで、官邸主導で使いっ走りを集めたか、パシリの方からその役目を買って出たか、あるいはアウンの呼吸でのことであったか、その辺は定かでない。定かではないものの、官邸の言いたいこと、やりたいことを、この札付き連中が代わってやっているのだ。権力に奉仕の重宝なパシリたち。

いま、TBSという有力な電波メディアの表現の自由が攻撃を受けている。攻撃の尖兵になっているのは社会的勢力としての右翼だが、その背後には明らかにアベ政権の存在がある。さらに重大なことは、攻撃の対象とされているものが、けっしてTBS一社ではなく、我が国の表現の自由そのものであることだ。平和・戦争・安全保障・立憲主義等々のシビアなテーマにおいて、時の政権に批判の立場の言論は許さない、というシグナルが送られているのだ。事態は深刻である。

表現の自由とは、何よりも権力に対峙するものとしてその存在が保障されなければならない。権力を賛美し同調し、あるいは迎合する表現や言論に権力による制約はあり得ない。だからその自由や権利性を論じる意味はない。意味があるのは権力を批判し、権力を攻撃することによって、権力から憎まれる表現についての自由や権利だけである。

すぎやまこういち以下「権力の手先7人衆」が求めているものは、偏向のレッテルを貼り付けることでの、政権批判の自重・自制・自粛にほかならない。この攻撃に屈して、TBSに萎縮があってはならない。そのようなことがないように、全メディアが、いま、こぞって岸井成格とTBSを擁護し支援しなければならない。むしろ、局・各メディアが、より政権批判を強めることで、「権力の手先7人衆」とその背後の政権の意図を挫かなければならない。

読売と産経も同様だ。広告料収入に頬を緩めて傍観していたのでは、明日は我が身のこととなりかねないのだから。
(2015年11月29日・連続第973回)

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