澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

田母神起訴から教訓を学べー「選挙運動は飽くまで無償」「運動員にカネを配った選対事務局長は買収で起訴」

連休さなかの5月2日、東京地検は元航空幕僚長・田母神俊雄を公選法違反(運動員買収)で起訴した。2014年2月東京都知事選における選対ぐるみの選挙違反摘発である。選挙後に運動員にカネをばらまいたことが「運動員買収」とされ、起訴されたものは合計10名に及ぶ。
  田母神俊雄(候補者)    逮捕・勾留中
  島本順光(選対事務局長) 逮捕・勾留中
  鈴木新(会計責任者)    在宅起訴
  運動員・6名          在宅起訴
  ウグイス嬢・女性       略式起訴

起訴にかかる買収資金の総額は545万円と報じられている。田母神・島本・鈴木の3人は共謀して14年3月?5月選挙運動をした5人に、20万?190万円の計280万円を提供。このほか田母神・鈴木両名は14年3月中旬、200万円を島本に渡したとされ、島本は被買収の罪でも起訴された。さらに鈴木らは、うぐいす嬢ら2人に計65万円を渡したとされている。

被疑罪名は、田母神俊雄(候補者)と鈴木新(会計責任者)が運動員買収、島本は買収と被買収の両罪、その余の運動員は被買収である。

田母神は、4月14日逮捕され、捜索され、身柄事件として起訴され、起訴後に保釈を申請して却下されている。特捜は、本腰を入れて立件したという印象。田母神自身にとっても、彼の応援団にも、ここまでやられるとは意外な思いではないだろうか。

いまも田母神俊雄の公式ホームページが開設されており、「本当の日本を取り戻す」「日本人の、日本人による、日本人のための政治」というキャッチコピーが踊っている。彼には、政治思想において自分こそが安倍晋三に最も近いという自負があったろう。実際、安倍は選挙前に田母神の集会に出かけて、応援演説までしている。

ウイキペディアからの孫引きだが、以下は田母神出馬についての賛同者リストからの抜粋である。アベ政治の応援団とほとんど重なっている。アベ・コア人脈と言ってもよいのではないか。

政治家
 石原慎太郎(日本維新の会共同代表・元東京都知事)
 土屋敬之(元東京都議会議員)
 中山成彬(日本維新の会衆議院議員)
 西村眞悟(無所属衆議院議員)
 平沼赳夫(日本維新の会衆議院議員)
 三宅博(日本維新の会衆議院議員)
 松田学(日本維新の会衆議院議員)

大学教員
 小堀桂一郎(東京大学名誉教授)
 西部邁(元・東京大学教授)
 藤岡信勝(元・東京大学教授、元・拓殖大学教授)
 中西輝政(京都大学名誉教授)
 荒木和博(拓殖大学教授)
 小田村四郎(拓殖大学元総長)
 関岡英之(拓殖大学客員教授)
 石平(拓殖大学客員教授・評論家)
 杉原誠四郎(武蔵野大学教授・新しい歴史教科書をつくる会会長)
 西尾幹二(電気通信大学名誉教授)
 渡部昇一(上智大学名誉教授)

実業家
 中條高徳(アサヒビール名誉顧問、日本会議代表委員)
 上念司(株式会社「監査と分析」代表、経済評論家)
 水島総(映画監督、日本文化チャンネル桜元社長)
 元谷外志雄(アパグループ代表)

評論家・芸能人など
 加瀬英明(外交評論家)
 クライン孝子(作家)
 デヴィ・スカルノ(スカルノ元大統領第3夫人)
 すぎやまこういち(作曲家・日本作編曲家協会常任理事)
 西村幸祐(評論家)
 百田尚樹(作家)
 三橋貴明(経済評論家)

逮捕当日、田母神は「国家権力にはかなわない」と名言を吐いている。政治思想ではアベ政治と一体であった彼も権力とは一体でなかった。元空幕長という経歴をもち、安倍晋三を含むこの応援団の顔ぶれを揃えてなお、逮捕からも起訴からも身を守ることができなかった。特捜はよくぞ逮捕し、全容を明らかにし、起訴したものと思う。

アベ自民をより右から引っ張る役割を任じようとした田母神の政治生命は終焉したというべきだろう。今後はその役割を大阪維新が担うことになるのだろう。

政治的影響はともかく、政治とカネ、選挙とカネについての貴重な教訓を読み取らねばならない。目前の参院選や、その後の総選挙における野党共闘の陣営が、この教訓を十分に心して、不要な弾圧を避けなければならない。

公選法は、その前身である衆議院議員選挙法が、「男子普通選挙」を採用した1925年改正法以来、選挙活動の自由を極端に制約して弾圧法規として作用してる。言論による選挙運動を規制する不当とは闘わなくてはならない。しかし、選挙が結局はカネの力で左右されることがあってはならず、現行公選法における選挙資金調達方法や使途の規制がすべて非合理とは言えない。

とりわけ、選挙運動は無償が大原則で、選挙運動者にカネを支払えば犯罪となることを不合理とは言い難い。選挙運動への参加は飽くまで無償と肝に銘じなければならない。企業が選挙運動者を派遣して、被派遣者が企業への勤務の実体を欠くのに、企業がこれに給与を支給すれば、当該給与分の金額で運動員買収をしたことになる。

田母神の起訴罪名と罰条は、公職選挙法の運動員買収である。条文を抜粋すれば以下のとおり。
第221条(買収)「次に掲げる行為をした者は、3年(候補者がした場合は4年)以下の懲役若しくは禁錮又は50万円(100万円)以下の罰金に処する。
一 当選を得、若しくは得しめ又は得しめない目的をもって、選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益の供与、その供与の申込み若しくは約束をしたとき。」

公選法上の買収には2種類ある。選挙人買収と運動員買収である。選挙人(有権者)を買収することは、直接に票をカネで買うことだ。運動員買収とは、集票作業をする人にカネを支払う方法で票を集めること、間接的にカネで票を買うことにほかならない。選挙運動は無償が大原則なのだから、選挙運動員にカネを渡してはならない。カネを渡せば運動員買収罪が成立する。受けとった運動員も処罰対象となる。買収だけでなく供応も同じだ。

選挙運動は、判例において「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」と定義されている。選挙運動は飽くまで、自発的な意思によって行われるべきもので、報酬はない。選挙運動は無償が原則である。選挙運動者に報酬を支払えば、運動員買収として処罰対象となるのだ。もっとも選挙運動には当たらない純粋な労務の提供や事務作業者に対しては、予め届け出た者に限って決められた範囲の額の対価を支払うことができる。気をつけなければならないのは、たとえ労務者として届出があっても、単純労務の提供の範囲を超えて「選挙運動をした者」となれば報酬を支払ってはならないということだ。

飽くまで、公職選挙法の定めでは、選挙運動は無償(ボランティア)であることを原則としている。この警告を「一方的な思い込みに基づく論理」などと揶揄するようでは、選挙弾圧を招くことになる。

たとえば、2012年選挙における宇都宮選対の打ち上げの「会食費」が政治資金収支報告書に計上されたり、宴席で突然に「労務者報酬」が配られたりするようなことになるのだ。このようなやり方で、善意の選挙運動参加者を犯罪行為に巻き込んだ選対事務局長の責任はとりわけ大きい。

東京地検特捜は、今回強く右を叩いた。次には、左を叩くことでバランスをとろうとする可能性を否定しえない。

選挙運動に参加する者は、無償が大原則であることをわきまえよう。常に心掛けよう。選対本部長や事務局長から「ごくろさまです」とカネを差し出されたら、犯罪として立件される虞のある危険な事態だと心得なければならない。
(2016年5月7日)

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Published in 土曜日, 5月 7th, 2016, at 23:31, and filed under 右派・右翼, 選挙.

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