優れた社説に出会うことは希である。
各「社」の公式論説ともなれば、多くの人の手が入ることになるのだろう。おそらくは、原案の切れ味の鋭さが合議の過程で角が取れ無難なものに落ち着いていく。右顧し左眄し、あっちにもこっちにも配慮した内容となる。とりわけ、権力や金力ある者への言い訳を用意した文章として完成する。そのとき既に読者を唸らせる論説の力はなくなっている。だから、優れた社説は希なのだろう。
本日、その希な「優れた社説」に出会って唸った。神奈川新聞の「ヘイトスピーチ?判決生かし差別根絶を」というもの。在特会による京都朝鮮学校への「街宣活動」の違法を断罪した大阪高裁判決を素材として、通り一遍でない「民族差別」の根絶を論じている。
「言葉の刃で傷付けられているのは民族的少数者たる在日コリアンである。その基本的人権を無視した『朝鮮人を殺せ』のフレーズは民族差別以外の何物でもない。
それはまた、公言してみせることで差別を正当化し、蔑視観を刷り込み、排斥の空気をあおる。平等と個人の尊厳を尊重することで成り立つ民主主義社会を根底から突き崩す行為に他ならない。」
「容認、放置が許されないのは従って当然だ。大阪高裁は『在日特権を許さない市民の会』らによる京都市の朝鮮学校への街宣活動を違法な人種差別と認定した。『日本からたたき出せ』『保健所で処分しろ』という言葉の暴力が表現の自由であるはずがなかろう。」
ややごつごつとした荒削り感ある文章の迫力が十分。論者の怒りのほとばしりを感ずる。そして、問題を他人ごととしてではなく日本社会の民主主義に関わるものとしてとらえている。
この社説の評価において特筆すべきは、地域紙として、神奈川県内の現状に思いをいたしているところ。
「判決で特筆すべきは、標的とされた朝鮮学校は社会的に認知された存在で、その民族教育事業は保護されるべきだと言及した点だ。翻って、神奈川に5校ある朝鮮学校が置かれた現状はどうだろう。」
「高校無償化の対象から外され、県や横浜、川崎両市は補助金の打ち切りに踏み切った。北朝鮮による拉致問題や核実験という、学校や子どもと無関係な理由が持ち出された政策判断は合理性を欠くと言わざるを得ず、国や自治体の長による公然の差別に等しい。在日の排斥にお墨付きを与え、助長している点でヘイトスピーチと変わらない。」
神奈川県の有力地方紙が、国や県、横浜・川崎両市の仕打ちを指して、「国や自治体の長による公然の差別に等しい。在日の排斥にお墨付きを与え、助長している点でヘイトスピーチと変わらない」と言いきっている。これには凄味さえ感じる。胸のすく思いである。
しかも、同社説は民族差別の背景に肉薄している。
「思い致すべきは、在日への差別は今に始まったものではないことだ。朝鮮半島の植民地支配や民族の名前と言葉、文化を奪った同化政策は、差別と対を成す優越思想に基づく所業だった。差別は戦後も制度的に温存され、人々の意識下で再生産されてきた。そして今、過去の反省を示したはずの河野談話や村山談話の見直しを唱える政治家がいて、同様の言説が流布する。」
そして締めくくりは、こうなっている。
「排外の言動は突如として街中に姿を現したわけではない。歴史を顧み、足元に巣くう差別の根を断ってこそ、(高裁判決に)示された良識は生かされる。」
安倍政権や黒岩県政、横浜・川崎の市政に何の遠慮も気兼ねもしない、揺るぎのない正論。今の世の言論の萎縮を振り払うようなすがすがしさと言うほかはない。
さらに、今日の神奈川新聞「論説・特報」面(21面)の紙面構成は、「時代の正体?ヘイトスピーチ考」と社説とが一体となったもの。全面を使った「朝鮮学校に吹く寒風」というルポの中には、次の一節もある。
「民族的少数者が自らの言語、文化を学ぶ権利は保障されなければならないという国際条約も、教育の現場に政治を持ち込まないという原則も一顧だにされなかった。」「補助金の打ち切りと無償化除外は、朝鮮学校はなくなっても構わないと言っているようなものだ。言葉を学び、歴史を知り、文化を身に付ける必要ない、つまり朝鮮人として生きるな、ということだ。それと『日本からたたき出せ』と叫ぶのと一体どこが違うのか?」
国も県政も、補助金の紐を握ってカネの力をちらつかせながら、恥ずべき教育への介入を行ったのだ。
この優れたルポと社説が余すところなく語っている。差別は他人ごとではない。われわれ自身が作り出したものであり、今なお、再生産しているのだ。そして、それを是正することは、われわれ自身の課題であり、われわれの社会を住み心地よくすることなのだ。
神奈川新聞の姿勢に共感と敬意を表明する。
(2014年7月26日)
以下は、ヘイトスピーチ問題で活躍中の神原元弁護士による「反レイシズム」「反ヘイトスピーチ」運動弾圧への抗議を訴えるメールの要約。緊急のネット署名の要請に、是非ともご協力いただきたい。
「大阪府警は、さる7月16日朝、突如、反レイシズム団体『男組』のメンバー8人を暴力行為等処罰に関する法律違反で逮捕し、18日大阪地裁は10日勾留を認めました。私は17日に関東在住の6人と接見し、弁護人となりました。
今回の逮捕の被疑事実は、昨年10月のヘイトスピーチデモへの抗議の際のできごとです。8か月も前のことというだけではありません。その場には警察官が臨場していたのですから、いまさらの立件は不自然極まるものです。しかも、被逮捕者の中には、同種事件で今年の2月に東京地裁で執行猶予の判決を受けた者もいます。本来であれば、併合罪として一括して処理されていたはずの事案の蒸し返しなのです。
すでに終わっているはずの事案を今さら、しかも、7月20日に予定されている反レイシズムの祭典「なかよくしようぜパレード」の直前に、任意の呼び出しをすることもなく、いきなり逮捕した大阪府警のやり方には、強い憤りを感じます。
逮捕されたメンバーのうち2人は、前回(本年2月)、執行猶予判決を受けていますから、このまま起訴されれば、実刑になるおそれが十分です。有罪判決となれば、在特会は大宣伝をするでしょう。京都朝鮮人学校事件の敗訴で窮地に追い詰められていた彼らは、この逮捕に勢いづき、既に『反レイシズム運動の壊滅』等と宣伝を開始しています。
私たちは、担当検察官に働きかけるべく、大署名運動を展開することとしました。
木曜日(7月23日)までに1万人の署名を目標としています。そのために、皆様のご協力をお願いいたします。
ネット署名のサイトには下記の「署名運動」をクリックしてアクセスしてください。
署名運動
幸い、担当検察官は、あの大阪地検特捜部の証拠ねつ造事件で内部告発をした塚部貴子検事です。聞く耳を持たないはずがありません。私は彼女に正義がどこにあるか説得したいと思っています。」
なお、8人の釈放を求める担当検事宛の要請署名のなかに、次の一文がある。
「昨年2月、レイシストたちは、東京新宿のコリアンタウンを襲撃しました。このときも、警察は、『朝鮮人をぶっ殺せ』という彼らのヘイトスピーチを止めようともしませんでした。そこで、立ち上がったのが多くの市民グループです。男組もその一つでした。男組のメンバーは、文字通り体を張って、レイシストたちを止めに入り、コリアンタウンの人びとを守りました。男組がいなければ、コリアンタウンの人びとは、京都朝鮮学校の子どもたちと同じ被害を受けていたでしょう。私たちは、男組がその活動の中でいくつかの逸脱行為を行ったことを知っています。しかし、これについては、今年2月、東京地裁で裁判が開かれ、男組のメンバーは一度処罰を受けているのです。それなのに、東京地裁の裁判より以前の事件を今更持ち出すとすれば、東京地裁の裁判はいったい何だったのか、ということになります。これは実におかしな話ではないですか。私たちは、大阪府警が、反レイシズムの祝典『なかよくしようぜパレード』の直前の時期を狙って、男組を逮捕した理由を知る由もありません。しかし、この逮捕は、結果的に、レイシストたちを喜ばせ、勢いづかせています」
上辺だけを見れば、表現行為と表現行為との衝突である。しかし、レイシズムを煽り立てるヘイトスピーチと、公権力の庇護から見捨てられた少数者の側に敢えて立った対抗言論集団の表現行為とを、皮相に「どっちもどっち」と言ってはいけない。
言論・表現の質において、自ずからその価値の軽重が存する。ヘイトスピーチを刑事的に取り締まれというには躊躇を感じつつも、ヘイトスピーチに敢然と立ち向かった集団への刑事弾圧を許してはならない。
もう一つ、表現の自由に関連して、こんな海外ニュースが話題となっている。
「〈ルサカAFP=時事〉アフリカ南部ザンビアのサタ大統領を『イモ』と呼び、罪に問われた野党党首に対し、北部カサマの裁判所は15日、『言論の自由』を認め無罪判決を言い渡した。
野党『より良いザンビアへの連合』のフランク・ブワルヤ党首は1月、ラジオの生放送中に大統領を『サツマイモ』と批判した。現地の言葉で『サツマイモ』は忠告に耳を貸さない人物を指す。
無罪判決を受け、ブワルヤ氏は『この国には表現の自由があり、野党党首の私には批判する権利があることを裁判所は明らかにした』と喜んだ。」
関連記事を総合すると事情は次のようである。
フランク・ブワルヤ氏は、元はカトリック系の僧侶で、今はミニ政党〈Alliance for a Better Zambia〉のリーダー。本年1月にラジオの生番組に出演し、マイケル・サタ大統領を『まるでイモのようだ』と発言して逮捕され、起訴された。
次のような当時の報道がある。
「ブワルヤ氏は、「人の話を聞こうという姿勢がない大統領への批判をこめ、『ねじれて歪んだサツマイモのようだ』と例えたのです。しかもこの表現は慣用句としてどこでも使用されています。彼のリーダーシップに関するもので、外見を侮辱したものではありません」と釈明。
しかし有罪判決が下れば、ブワルヤ氏には5年の懲役刑が言い渡される可能性が高い。」
問われているのは、大統領を「イモ」と呼ぶことの社会的な道義や妥当性の問題ではない。刑事制裁という国家権力の発動をもって、野党党首のこの発言を禁圧することが許容されるかという法的レベルの問題である。
無罪判決は目出度いが、報道では最終審の判断であるかについては分からない。さらに、こんなことで逮捕され起訴までされていることにおいて、明らかに表現の自由の成熟度が不十分なことをものがたっている。
ヘイトスピーチやレイシズムの示威行動は、批判や非難の対抗言論を甘受しなければならない。権力や金力を手にする者の行為についても同様である。政治的、経済的強者の言動に対する批判の言論は最大限に尊重されねばならず、その反面、政治的・経済的強者は言論による批判を甘受しなければならないのだ。
常に、この民主主義社会の基本ルールが問われている。わが国においても、民主主義の成熟度が問われ続けているのだ。「形式的平等」を隠れ蓑にして、男組への蒸し返し起訴を許してはならない。スラップ訴訟における請求認容もあってはならない。
(2014年7月21日)
アメリカで人気のスポーツといえば、アメフト、野球に続いて、バスケットボールなのだそうだ。プロ組織であるNBA(National Basketball Association)には、全30チームが所属し、その全資産価値は110億ドル(約9500億円)に及ぶとか。
その人気のプロスポーツ選手の76%が黒人ということだが、その選手に儲けさせてもらっているはずのチームオーナーの差別発言で全米が揺れている。この事件で、改めて知る。ヘイトスピーチへの制裁の厳しさを。社会に、人種差別は許さないという明確な合意ができているのだ。
29日、NBAは人種差別発言があったとして、人気チームクリッパーズのオーナーであるドナルド・スターリング氏を永久追放処分としたうえ、最高額となる250万ドル(約2億6000万円)の罰金を科した。この罰金は反差別運動を進める団体に寄付されるとのことだ。
スターリング氏とは、不動産業界での成功者として名高い人とのこと。その差別発言というのは、4月上旬のスティビアーノという女性(知人、交際相手、あるいは恋人などとされている)との会話の中でのこと。その録音テープが、芸能専門サイトで暴露された。会話では、その女性と元レーカーズのスーパースター、マジック・ジョンソン氏らとの交友関係に、スターリング氏が不快感を示している。スティビアーノさんがジョンソン氏と一緒に納まる写真を画像共有サイトに投稿したことから、「黒人と一緒の写真を公開するなんて、ひどく不愉快だ」「イスラエルに行ってみろ。黒人は犬扱いだぞ」などと激怒。彼女が反論すると、「それなら私のチームの試合に来るな。そして黒人を連れてくるな」と言い放った、という(CNNなど)。
時事の配信では、「なぜマイノリティー(白人以外の人種)と写真を撮るのか。君(知人女性)が黒人と関係があることを吹聴するのは不愉快だ。君は何をしてもいい。彼らと性的関係を結んでもいい。ただ、私の(チームの)試合にだけは連れて来ないでくれ。(インターネット上で)黒人と一緒にうろつく姿をさらす必要はない。彼(マジック・ジョンソン氏)は尊敬に値する人物だが、私の試合に連れて来るのは、よしてほしい。」というもの。
NBAは調査により、差別発言をした男性をスターリング氏と特定し、同氏も認めた。NBAのシルバー・コミッショナーは、「私は氏の発言に激怒しているし、人々の怒りも理解している」「もはやNBAに氏の居場所はない」という厳しい非難。
問題は全米で関心を集め反響は凄まじい。バスケットボール好きで知られるオバマ大統領はアジア歴訪中に声明を発表し、「無知で極めて攻撃的な差別発言」と非難した。「無知な人間は自らの無知を宣伝したがる。米国はいまだに人種差別や奴隷制度の名残と闘っているのだ」と述べたという報道もある。
プレーオフに出場しているクリッパーズのドク・リバーズ監督や選手も抗議の姿勢を示し、チームの公式サイトは「WE ARE ONE(私たちは一つ)」の一文を掲載した。
マイケル・ジョーダン氏ら元NBAのスター選手が続々と不快感や「激しい怒り」を表明。
当のジョンソン氏は27日、米スポーツ中継専門局に「スポーツはあらゆる人種が競い合うからすばらしいんだ。もはや彼(スターリング氏)にチームを保有する資格はない」と強く非難。さらに「黒人も(不動産王で有名な)あんたの不動産を借り、あんたのチームでプレーし、あんたのためにコーチを務めている。俺はホントに怒っている」と訴えた。
注目すべきは、スポンサーの動向である。AFPの報道では以下のとおり。
「主要スポンサーである米カジノ経営のチュマッシュ・カジノ・リゾート(Chumash Casino Resort)と中古車販売業のカーマックス(CarMax)は28日、クリッパーズとの契約を解除した。カーマックス社は、スターリング氏の発言について「完全に受け入れがたい」とコメントし、さらに声明で、「これらの見解は、すべての個人を尊重するカーマックス社の文化と真っ向から対立するものである」と述べた。米国先住民が経営するチュマッシュ・カジノは、米スポーツ専門チャンネルESPNに対して、「どのようなグループに対しても悪意や危害を生じさせるような、いかなる発言も無視できない。わが社はクリッパーズのスポンサーから撤退する」と語った。
米格安航空会社ヴァージン・アメリカ(Virgin America)の代理人は、TMZに対して、「ファンや選手の応援は続けるが、ヴァージン・アメリカはロサンゼルス・クリッパーズのスポンサー契約を終了することを決断した」と述べた。
ラップ音楽界のスター、ショーン・コムズ(Sean ‘Diddy’ Combs)が所有するミネラルウオーター販売のアクアハイドレート(AQUAhydrate)は、ツイッター(Twitter)で契約の一時停止を発表。さらにステート・ファーム保険会社(State Farm Insurance)も調査が継続するなかで、一時凍結した。
また、クリッパーズのブレイク・グリフィン(Blake Griffin)がNBAオールスターゲームのスラムダンクコンテストで跳び越えた車として知られる韓国・起亜自動車(Kia Motors)をはじめ、ヨコハマタイヤ(Yokohama Tires)、レッドブル(Red Bull)、スプリント(Sprint)、ランバー・リクイデーターズ(Lumber Liquidators)も、同チームとのスポンサー契約を凍結している。
米長距離列車アムトラック(Amtrak)は、米紙USAトゥデイ(USA Today)に対し、「レギュラーシーズンが終了した2週間前に、クリッパーズとの契約は満了となっており、チームと契約していた形跡は、いかなるものも除去する」と述べた。」
差別発言をするチームのスポンサー契約は経済的にペイしないという即断なのだ。社会の風が企業にそのような判断をさせている。
それにしても、公開の場での発言ではない。いわば密室での2人きりの場での会話。しかも、このテープを持ち込んだのはスティビアーノさん自身で、その目的はスターリング家から約180万ドル(約1億8400万円)を着服したとして訴訟を起こされていることへの報復であろうとの報道もなされている。そのような場における、そのよう事情あっての発言でも、人種差別発言は許さない、という社会の合意が見て取れる。
ヘイトスピーチへの制裁の厳しさ、その果敢で迅速な対応に、学ぶべきものは大きい。
(2014年4月30日)
本日は青年法律家協会東京支部の総会、お呼びがかかって、私と、同期の梓澤和幸君、そして少し若い原和良さんとの「鼎談」という形のミニシンポジウムに参加した。
ディスカッションのタイトルは、「秘密保護法制定と自民党改憲案に対抗するために」というもの。若い弁護士たちが積極的に講師活動を行っている。そのような活動へのアドバイスを、という趣旨だったようだ。
私が最初に喋った。概要は以下のとおり。
「民主主義の政治過程は、選挙⇒議会⇒行政⇒司法、と考えられている。しかし、実はその前がある。国民が十分な情報に接して、正確な情勢を把握したうえでの意見形成ができなくてはならない。選挙以前に、情報の取得と意見交換の機会の保障が必要だ。秘密保護法は、国政の進路を決める最重要テーマの情報について、行政トップが許容したものだけを国民に知らせればよい、それ以外は知らせてはならない、というコンセプト。これでは、国民は情報が隠されていることすら知らないまま、情報の取捨選択に踊らされるピエロになりさがる。知る権利の十全の保障こそが、民主主義の政治過程を成り立たせる土台だ。」「実は、もうひとつある。情報を要求する自立した国民が必要だ。国家権力にも、多数者にも、そしてあらゆる中間団体からも自立して、自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の言葉を喋る個人。これなくして、民主主義は成り立たない」「特定秘密保護法反対だけでなく、改憲阻止のためにも、この自立した個人がどれほど輩出するか。それが鍵だと思っている」
原さんが続いた。私が把握した限りで、次のような概要。
「個人の自立は大切だ。企業からの自立が絶対に必要だし、民主的な運動における個人の自立も必要だ。意見の合う仲間内の議論だけをしていて、違う意見との議論がなければ個人の意見も運動も進歩しない。しかし、上手に空気を読みながらの建設的な議論の姿勢も大切だ。私は、『1日1ジョーク』を自分に課して、上手に人と意見交換できるように心掛けている。こうして、運動は楽しくやらないと続かない」
梓澤君は、まずエルズバーグから話を始めた。
「ベトナム戦争の時と切り出せば、当然に共通の話題だというのが大きな間違い。今の若い弁護士にとってのベトナム戦争は、我々の世代の満州事変ほどの歴史的距離だ」という。なるほどそんなものか。「北爆開始のきっかけとなったトンキン湾事件は実は仕組まれたもの。それを暴露したのがエルズバーグ」「そして、今は、スノーデンであり、マニングだ。彼らは、重刑を覚悟で自らの良心に従っている。権力といえども、良心の自由を奪うことはできないのだ」
初めは脈絡のない3人の発言が、フロアからの質問や意見を得て、だんだんと噛み合うものになっていった。憲法に関心がないという人々に、どうしたら改憲阻止の運動に加わってもらえるのだろうか。そもそも、なぜ憲法に関心が生じないのだろう。改憲問題をたいへんなことと思った人々に、どんな行動提起ができるのだろうか。それなりの意見交換がなされた。
なかで、梓澤君の名調子が光ったところが一箇所。
「立憲主義なんて漢字で喋っているうちは、人の心に響かない。権力を縛る原理なんて他人の言葉を借りて言い換えてもだめ。ひらがなに直して喋らなければだめだ。ひらがなで喋るには、咀嚼の力量が必要だ。それができて始めて人に訴えることができる」。これは難しい。もしかしたら、至難の業あるいは無理難題。その難題に応えることができたら…、名人芸の域。
井上ひさしさんが生前くり返し言っていた言葉を思い出す。
全部ひらがなで標記すると、味わい一入。
「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに」
こうありたいものだが、なかなかこうはいかない。
(2014年2月16日)
「特定アジア粉砕新大久保排害カーニバル」とは、何のことだかお分かりだろうか。「在特会(在日特権を許さない市民の会)東京支部」を中心とする、新大久保での排外デモを、彼らはこう自称している。
今年に入ってすでに5回。極端なヘイトスピーチが特徴と報告されている。日の丸や旭日旗を打ち振って、憎悪をむき出しの100人?200人の集団が絶叫する。「韓国は敵、よって殺せ」「良い韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ」「朝鮮人、首吊れ毒飲め飛び降りろ」という凄まじさ。新大久保だけではなく、大阪の鶴橋でも行われているという。
石原慎太郎が火をつけた尖閣問題、安倍政権の慰安婦問題が背景にあることは想像に難くない。煽動されたナショナリズムの恐さを実証する右派のデモ。排外主義の危険な芽をここに見ざるを得ない。大事に至らぬうちに、手を打ちたいもの。
「法律家として何とかしなければならない。警視庁に申し入れをしないか」と同期の梓澤弁護士から声をかけられた。急遽の呼びかけで12人の弁護士の呼吸が合い、3月31日5回目デモ直前の3月29日(金)に公安委員会・警視総監宛の申し入れ、東京弁護士会への人権救済申し立て、そして「声明」を携えての記者会見となった。
「声明」は以下のとおりである。
1 本日私たちは、本年2月9日以来4回にわたって東京都新宿区新大久保地域で行われてきた外国人排撃デモの実態に鑑みて、今後周辺地域に居住、勤務、営業する外国人の生命身体、財産、営業等の重大な法益侵害に発展する現実的危険性を憂慮し、警察当局に適切な行政警察活動を行うよう申し入れた。
2 外国人排撃のための「ヘイトスピーチ」といえども、公権力がこれに介入することに道を開いてはならないとの表現の自由擁護の立場からする立論があることは私たちも承知している。しかしながら、現実に行われている言動は、これに拱手傍観を許さない段階に達していると判断せざるを得ない。
このまま事態を放置すれば、現実に外国人の生命身体への攻撃に至るであろうことは、1980年代以降のヨーロッパの歴史に照らして明らかなところである。
3 また、ユダヤ人への憎悪と攻撃によって過剰なナショナリズムを扇動し、そのことにより民主主義の壊滅を招いたヒトラーとナチズムの経験からの重要な教訓を、この日本の現在の全体状況の中でも改めて想起すべきと考える。
4 以上のことから、私たちは当面の危害の防止のため緊急に行動に立ち上がるとともに、マスメディアや、人権や自由と民主主義の行く末を憂慮する全ての人々に関心を寄せていただくよう呼びかける。
5 また、上記の集団行進や周辺への宣伝活動において一般刑罰法規に明白に違反する犯罪行為を現認確認したときは、当該実行行為者を特定したうえ、当該行為者と背後にある者に対して、その責任追及のためのあらゆる法的手段に及ぶことを言明する。
記者会見での梓澤君の迫力はさすがのものだった。私のコメントは大要以下のとおり。
私たち12名は弁護士として事態を座視することができずに立ち上がった。弁護士とは、基本的人権擁護を使命とする職能である。基本的人権とは一人ひとりの人間の尊厳を意味するもので、国籍や人種や民族の如何に関わりのない普遍性をもっている。人権擁護の立場からは、特定の人種や民族に対する偏見や憎悪の言動を看過できない。その言動が、具体的な侮辱・名誉毀損となり、あるいは脅迫・業務の妨害に至れば、被害者の人権擁護の立場から、徹底した法的手段をとることを申し合わせている。
行動に名を連ねた12人の中には、これまでこの問題に関わり続けてきた複数の若手弁護士がいる。その行動力には感服のほかはない。しかし、オウムのときの坂本堤弁護士の悲劇が脳裏をよぎる。彼らを第一線に突出させてはならない。多くの弁護士が立ち上がらねばならない。
幸い、31日の「新大久保排外デモ」は、参加者の数も減り、「殺せ」のコールもなかったという。さらに、心強いことに、ヘイトスピーチをたしなめる市民のカウンターデモが人数でも勢いでも、圧倒したという。排外主義を許さない市民意識の健在に大いに胸をなでおろした。
新装開店記念のエッセイ第2弾
『サクラのこと』
今年、東京ではサクラ(ソメイヨシノ)の開花がはやいと騒がれた。しかし、よくしたもので開花してから急に寒い日が続いたので、散るまでの時間が長くかかって、3月末までお花見ができた。普段は気もつかない公園や校庭の一本桜や街路の桜並木が、手品でも使ったかのように華やいで、見慣れた町が別世界のようになる。毎年のことながら、冬の間ふさいでいた気分がパッと明るくなる。心とは単純にして不思議なものだ。
急に強い風が吹いて、花びらが雪吹雪のように舞い狂う場面に逢ったときなど、目も身体も魔術にかかったようにピタリと動かなくなって、このまま花嵐にさらわれてしまいたいと思う。この気持ちは子供の時から変わらないけれど、一度もさらわれることなく、老齢の域に入ってしまった。残念。
平安 久かたのひかりのどけき春の日にしずこころなく花のちるらん(紀友則)
勧酒 コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ(于武陵「勘酒」井伏鱒二訳)
壮絶 後世は猶今生だにも願わざるわがふところにさくら来てちる
(山川登美子 鉄幹・晶子らと「明星」で活躍。29歳で早世)
奇跡 春ごとに花のさかりはありなめどあい見むことはいのちなりけり(古今和歌集よみびとしらず)
願望 ねがわくは はなのもとにて春しなむそのきさらぎの望月のころ(西行)
多分、これらに歌われたサクラはソメイヨシノではなくてヤマザクラだ。ソメイヨシノよりヤマザクラが好きだという人が多い。わたしも同じ。
ヤマザクラが100本ほど自生した山を持ちたいと思う。ヤマザクラは木によって若葉の色も花の色も少しづつ変異がある。若葉は赤みを帯びた黄緑色が基本だけれど様々で、それと一緒に咲く花の花色もほとんど真っ白から淡い紅色まで少しずつ変化があり、その組み合わせはいくら見ていても見飽きない。春の山を眺めると微妙に色の違った霞がかかったように見えるのはそのヤマザクラのせいなのだ。
そのわたしの持ち山は遠くからは人に見せてあげるけれど、ダレも山の中には入れない。歩かせない。触らせない。花好きは強欲。