澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

神奈川新聞社説「ヘイトスピーチ」に敬意を表明する

優れた社説に出会うことは希である。
各「社」の公式論説ともなれば、多くの人の手が入ることになるのだろう。おそらくは、原案の切れ味の鋭さが合議の過程で角が取れ無難なものに落ち着いていく。右顧し左眄し、あっちにもこっちにも配慮した内容となる。とりわけ、権力や金力ある者への言い訳を用意した文章として完成する。そのとき既に読者を唸らせる論説の力はなくなっている。だから、優れた社説は希なのだろう。

本日、その希な「優れた社説」に出会って唸った。神奈川新聞の「ヘイトスピーチ?判決生かし差別根絶を」というもの。在特会による京都朝鮮学校への「街宣活動」の違法を断罪した大阪高裁判決を素材として、通り一遍でない「民族差別」の根絶を論じている。

「言葉の刃で傷付けられているのは民族的少数者たる在日コリアンである。その基本的人権を無視した『朝鮮人を殺せ』のフレーズは民族差別以外の何物でもない。
 それはまた、公言してみせることで差別を正当化し、蔑視観を刷り込み、排斥の空気をあおる。平等と個人の尊厳を尊重することで成り立つ民主主義社会を根底から突き崩す行為に他ならない。」
「容認、放置が許されないのは従って当然だ。大阪高裁は『在日特権を許さない市民の会』らによる京都市の朝鮮学校への街宣活動を違法な人種差別と認定した。『日本からたたき出せ』『保健所で処分しろ』という言葉の暴力が表現の自由であるはずがなかろう。」

ややごつごつとした荒削り感ある文章の迫力が十分。論者の怒りのほとばしりを感ずる。そして、問題を他人ごととしてではなく日本社会の民主主義に関わるものとしてとらえている。

この社説の評価において特筆すべきは、地域紙として、神奈川県内の現状に思いをいたしているところ。

「判決で特筆すべきは、標的とされた朝鮮学校は社会的に認知された存在で、その民族教育事業は保護されるべきだと言及した点だ。翻って、神奈川に5校ある朝鮮学校が置かれた現状はどうだろう。」

「高校無償化の対象から外され、県や横浜、川崎両市は補助金の打ち切りに踏み切った。北朝鮮による拉致問題や核実験という、学校や子どもと無関係な理由が持ち出された政策判断は合理性を欠くと言わざるを得ず、国や自治体の長による公然の差別に等しい。在日の排斥にお墨付きを与え、助長している点でヘイトスピーチと変わらない。」

神奈川県の有力地方紙が、国や県、横浜・川崎両市の仕打ちを指して、「国や自治体の長による公然の差別に等しい。在日の排斥にお墨付きを与え、助長している点でヘイトスピーチと変わらない」と言いきっている。これには凄味さえ感じる。胸のすく思いである。

しかも、同社説は民族差別の背景に肉薄している。
「思い致すべきは、在日への差別は今に始まったものではないことだ。朝鮮半島の植民地支配や民族の名前と言葉、文化を奪った同化政策は、差別と対を成す優越思想に基づく所業だった。差別は戦後も制度的に温存され、人々の意識下で再生産されてきた。そして今、過去の反省を示したはずの河野談話や村山談話の見直しを唱える政治家がいて、同様の言説が流布する。」

そして締めくくりは、こうなっている。
「排外の言動は突如として街中に姿を現したわけではない。歴史を顧み、足元に巣くう差別の根を断ってこそ、(高裁判決に)示された良識は生かされる。」

安倍政権や黒岩県政、横浜・川崎の市政に何の遠慮も気兼ねもしない、揺るぎのない正論。今の世の言論の萎縮を振り払うようなすがすがしさと言うほかはない。

さらに、今日の神奈川新聞「論説・特報」面(21面)の紙面構成は、「時代の正体?ヘイトスピーチ考」と社説とが一体となったもの。全面を使った「朝鮮学校に吹く寒風」というルポの中には、次の一節もある。

「民族的少数者が自らの言語、文化を学ぶ権利は保障されなければならないという国際条約も、教育の現場に政治を持ち込まないという原則も一顧だにされなかった。」「補助金の打ち切りと無償化除外は、朝鮮学校はなくなっても構わないと言っているようなものだ。言葉を学び、歴史を知り、文化を身に付ける必要ない、つまり朝鮮人として生きるな、ということだ。それと『日本からたたき出せ』と叫ぶのと一体どこが違うのか?」

国も県政も、補助金の紐を握ってカネの力をちらつかせながら、恥ずべき教育への介入を行ったのだ。

この優れたルポと社説が余すところなく語っている。差別は他人ごとではない。われわれ自身が作り出したものであり、今なお、再生産しているのだ。そして、それを是正することは、われわれ自身の課題であり、われわれの社会を住み心地よくすることなのだ。

神奈川新聞の姿勢に共感と敬意を表明する。
(2014年7月26日)

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