国会で審議入りした漁業法等の改正案。漁民対企業の対決法案となっている。これは、けっして革新対保守の対決ではない。「浜の生活」派と「新自由主義」派との争いなのだ。かつては、地元の保守政治家が漁民の生活の守り手だった。いま、安倍自民党は、漁民の生活を企業に売り渡そうとしている。
この問題で「東北沿岸漁民」の緊急フォーラムが、19日(月)午後盛岡で開かれる。本日はそのご案内。
この案内チラシに、具体的な問題点が次のように指摘されている。
?養殖用漁業権免許を漁協を通さず知事が企業に直接免許
?地元漁民に優先的に与えられた定置漁業権を知事裁量で直接企業に免許
?海区漁業調整委員会を公選制から知事の任命制に変更
?沖合漁業の漁獲効率を一層高め、沿岸資源圧迫につながる漁船トン数制限撤廃
?大規模漁業を優遇し小規模漁業を困窮化へ導く漁獲量割当(TAC)制度の導入
この法案が成立すれば、やがて沿岸漁業は、大企業に取って代わられることになる。個人経営、家族経営が主体の地域経済は確実に衰退する。浜はさびしくなる。ちょうど、商店街のにぎわいが消えて枯れ葉の舞うシャッター街になったように。
これを、漁業資源の持続性のための望ましい改革とミスリードしてはならない。
関心ある方、条件の許す方は、ぜひご参加を。
**************************************************************************
東北沿岸漁民緊急フォーラム
『漁業法改定』は沿岸漁業に何をもたらすか
【日時】2018年11月19日(月)14:00 ? 17:00
【会場】サンビル7 階 ホール
(岩手県盛岡市大通1丁目2. 1 岩手県産業会館)
安倍内閣は11月6日に、沿岸漁民の漁業権を企業に売り渡す「漁業法改定案」を閣議決定。「今国会で成立させる」と表明しました。
この法案では
?養殖用漁業権免許を漁協を通さず知事が企業に直接免許
?地元漁民に優先的に与えられた定置漁業権を知事裁量で直接企業に免許
?海区漁業調整委員会を公選制から知事の任命制に変更
?沖合漁業の漁獲効率を一層高め、沿岸資源圧迫につながる漁船トン数制限撤廃
?大規模漁業を優遇し小規模漁業を困窮化へ導く漁獲量割当(TAC)制度の導入
…などを行うとしています。
この案が通れば沿岸漁家・漁協の経営はいっそう困難になり、地域経済も疲弊してしまいます。地域創生とは真逆の悪法だと言わざるをえません。漁業関係者に「ていねいな説明」もせず、声も聞かずにすすめている改定案。その内容と問題点をさぐります。
資料代:1000 円 どなたでも参加いただけます
『漁業法改定』は沿岸漁業に何をもたらすか
主催:JCFU 全国沿岸漁民連絡協議会,
漁業法改正法案に反対する漁業経済研究者の会,
NPO 法人21 世紀の水産を考える会
連絡先:JCFU 全国沿岸漁民連絡協議会事務局
〒299-5241 千葉県勝浦市松部1963-2 千葉沿岸小型魚船漁協内 事務局長:二平章 080-3068-9941(携帯)
〔開催地 事務連絡先〕FAX:019-635-9753 E-mail:Iwate.Nouminren@kamogawa.seikyou.ne.jp(岩手県農民連)
プログラム
■開催趣旨説明 二平 章(茨城大学客員研究員)
■報告「漁民に知らせず成立ねらう改定漁業法案の驚くべき内容」
長谷川 健二(福井県立大学名誉教授)
「沿岸漁家・漁協経営を破綻に導く改定漁業法案に反対」
濱本 俊策(香川海区漁業調整委員会会長)
■意見表明 赤間廣志(宮城県漁業調整委員会委員)
菅野修一(岩手県漁業調整委員会委員)
片山知史 (東北大学教授)
綱島不二雄 (元 山形大学教授) そのほか参加者より
■各党地元国会議員要請
**************************************************************************
(2018年11月16日)
経済という言葉の語源は、「世経済民」《世を經(おさ)め民を濟(すく)う》なのだという。むべなるかな。経済政策は、常に民の生活の安定を第一義とするものでなければならない。
しかし、いま世は資本主義の時代である。この社会の主は、資本ないし企業であって、民ではない。資本の恣の利潤追求の衝動に、政治的な民主主義がどれだけの掣肘を課することが可能か。そのことによって、民衆の福利をどれだけ向上させることが可能か。それが、この社会の最も中心的で基本的な課題である。
もし、法による規制をまったくなくして資本の放縦を許せば、この世は資本という怪獣が民を食い尽くす修羅の巷とならざるを得ない。「世経済民」とは、資本に規制を課することによって「民を済う」ことにほかならない。
規制緩和・規制撤廃とは基本的にそのような、資本の欲求による修羅の巷への一歩である。労働分野や消費生活の分野における規制とその緩和が分かり易いが、至るところに資本対民(生身の人)との対立構造の中で、どこにも規制があり、規制緩和との闘いがある。
漁業法「改正」問題も同様だ。漁業法は戦後の経済民主化策の賜物である。財閥解体と農地解放に続いた、漁業分野の民主化が漁業法に結実した。その目的に「漁業の民主化を図ること」が明記された意味は重い。
1949年の制定当時、「漁業調整」と「水産資源の保護培養」が漁業法の2本の柱であった。その後、「水産資源の保護培養」の課題は水産資源保護法に移され、漁業法と水産資源保護法の両者が漁業を規制してきた。
「漁業調整」が漁業法の最大課題である。農業と異なり、不可避的に水面の総合的利用が必要な漁業においては、他の水面利用者との利害関係の調整が不可欠である。しかし、どのように漁業調整をなすべきかを法自体は語っていない。
法が語るものは、漁業調整の究極理念としての「漁業の民主化」と、「漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用」である。この漁業調整機構は、海区漁業調整委員会として具体化されている。つまり、法はそれぞれの地元に設けられた「各海区漁業調整委員会」の運営によって漁業調整をすることにより、漁業の民主化を達成せよというのだ。
「漁業の民主化」という目的規定、そして「海区漁業調整委員会」という漁民の意思反映手続の制度、これが漁業法の眼目、言わば「両目」である。今回の漁業法『改正』は、この両目を共に潰そうというものなのだ。納得できるはずがない。
改正法案では、「漁業の民主化」という目的規定の文言はなくなる。そして、「海区漁業調整委員会」は公選制から知事の任命制になる。
「民主化」とは、弱い立場の者が強い者と同等に権利主張ができることではないか。政治的、社会的、経済的な弱者が堂々と権利主張をし、相応の権利主張が認められるべきことである。海区漁業調整委員会は、零細漁民、少数派漁民が堂々と権利主張できる場でなくてはならない。その活性化こそが課題なのに、改正法案は、この「民主化」を潰して、弱い立場の者の権利主張を抑えて、強い者の権利を通しやすくしようとするものである。
「民主化」は効率化を意味しない。零細漁民の漁法の生産性は、大規模な企業的漁業に劣ることになるだろう。効率や生産性を規準にすれば、企業的漁業が勝ることは当然のことだろう。しかし、農業も漁業も市場原理だけに任せておくべき産業分野ではない。
なによりも、零細漁業者の経営の安定が第一である。まさしく「経世済民」を優先しなければならないのだ。
大切なことは、効率でも生産性でも、資本の利益でもない。漁民が生計を維持し次世代に繋げる漁業経営を可能にすることこそ大切なのだ。そのような漁業政策を手続的に保障するものが海区漁業調整委員会である。これを骨抜きにしてはならない。
経済原則に任せることでよいのか。外部資本の参入規制を緩和して零細漁民の経営を潰し、浜の地域経済を潰し、漁民の生活を窮地に追いやってよいのか。効率の名で、人の生活を奪うことが許されるのか。
今次水産改革は、そのような問題を提起している。
(2018年11月14日)
11月6日、政府は「漁業法等の一部を改正する等の法律案」を閣議決定するとともに、国会に上程した。
次のように「改正の趣旨」が説明されている。
「漁業は、国民に対し水産物を供給する使命を有しているが、水産資源の減少等により生産量や漁業者数は長期的に減少傾向。他方、我が国周辺には世界有数の広大な漁場が広がっており、漁業の潜在力は大きい。適切な資源管理と水産業の成長産業化を両立させるため、資源管理措置並びに漁業許可及び免許制度等の漁業生産に関する基本的制度を一体的に見直す。」
私には、次のように読めてしまう。
「漁業は、国民の水産物需要に対する供給産業として魅力的な利潤追求の場であるところ、現行の規制だらけの水産行政では参入が不自由だし魅力に乏しい。しかし、資源の減少等により生産量や漁業者数は長期的に減少傾向にある今こそ、規制緩和による資本参入の絶好のチャンス。我が国周辺には世界有数の広大な漁場が広がっており、儲けのための漁業の潜在力は大きい。参入規制を排して、《適切な資源管理》と《水産業の成長産業化》を両立させるとの名目をもって資本が自由に活動できるよう、資源管理措置並びに漁業許可及び免許制度等の漁業生産に関する基本的制度を、外部資本のために抜本的かつ一体的に見直す。」
これは、「アベノミクス」の一端としての「水産改革」における法的整備である。資源管理措置、漁業許可・免許制度等の基本的制度を見直すって? いったい何をどう見直すというのか。誰のために、何を目指して? 貫く理念はなんなのか? 問題は根が深く大きい。「アベ政権が出してくる法案だ。どうせ碌なものではない」という程度では看過し得ない。重大な危険を孕んだ法案として、反対の立場を明確にしておきたい。
私は、「浜の一揆」訴訟を担当する中で、漁民と接し漁業の実態に触れる機会を持つようになって驚いている。あまりに急速な浜の衰退に、である。漁業人口の減少と、漁家の収入の低下、そしてそれがもたらす後継者不足。漁業自体は魅力的な職業であっても生計の維持すら困難になりつつあるのだ。2018年11月1日を基準日として5年ぶりの漁業センサスの作成作業が始まっている。その統計が明らかになれば、世の耳目を惹くことになるだろう。
日本の沿岸漁業を守るための改革が必要なことは明らかだ。だが、それは飽くまで漁民・漁家・漁村・地域社会を守るという方向の改革でなくてはならない。「効率の悪い現行の漁業をご破算にして、効率重視の大資本の儲け口とすることこそが漁業の再生」という規制緩和政策の餌食にしてはならない。
今回の水産改革法案は、漁業法・水産業協同組合法・水産資源保護法をメインに、48の法改正を伴う大規模なものとなっている。しかし、なによりも留意すべきは、これだけの改革が、漁民・漁家からの要望で出てきたものではないことである。水産物の消費者の要求でもない。いや、漁民を支持母体とする保守政治家からの提案ですらない。
この改革の出所は、例の如く「規制改革推進会議」である。つまりは、財界の要求であり、財界の走狗たる「有識者」の発案なのだ。その発想の基本に新自由主義がある。資本ないしは企業利益最優先の立場。
昨年(2017年)11月17日、規制改革推進会議水産ワーキング・グループが、この問題についての「議論の整理」を公表している。
「漁業の成長産業化と漁業者の所得向上に向けた担い手の確保や投資の充実のための環境整備」という項目があり、下記のようにあけすけに語られている。
・漁業資源管理や調整を目的とする漁業許可制等について、意欲と能力があり将来の成長産業化に向けた担い手が円滑に漁業に参加し得る制度とその運用を実現する観点から、全面的に検証し改革することが重要。
・近隣諸国漁業者に比肩する競争力の維持・強化の観点から、現在のインプットコントロールを重視する漁業許可制度のあり方について検証し改革することが重要。
・船舶職員及び小型船舶操縦者法、船舶安全法など、船舶に関する一般的なルールに関し、海技士の数や、トン数、船の長さなどに関連する基準や閾値について、漁業の競争力強化の観点から、実態に即した検証、評価をすることが重要。
・区画漁業権、定置漁業権など、大型の設備投資を行い、相当程度の事業規模となる漁業を営む権利について、資金調達時の担保としての利用や、より付加価値の高い漁業を営む能力を有する担い手への引継ぎなどを円滑に行う観点から、検討することが重要。
回りくどい言い方をやめ、修飾を排して直截・端的に言えばこういうことだ。
「現行の漁業は、意欲も能力も欠ける担い手によるものとなっている。だから、能率が悪く、生産性が低い。その結果、競争力も弱く、投資の対象としての旨味はない。漁業の外部から、新たな資本と経営を参入させ、企業に魅力ある制度に変えてしまうことが重要」
その規制緩和の意図が法案になった。漁業法の第1条の目的規定はこう書き換えられようとしている。
現行法 (この法律の目的)
第1条 この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。
改正法案
第1条 この法律は、漁業が国民に対して水産物を供給する使命を有し、かつ、漁業者の秩序ある生産活動がその使命の実現に不可欠であることに鑑み、水産資源の保存及び管理のための措置並びに漁業の許可及び免許に関する制度その他の漁業生産に関する基本的制度を定めることにより、水産資源の持続的な利用を確保するとともに、水面の総合的な利用を図り、もつて漁業生産力を発展させることを目的とする。
よくお読みいただきたい。新自由主義者たちはどこをどう変えようというのか。
現行漁業法の制定は、戦後経済改革の目玉の一つだった。財閥解体と農地解放につづく、「漁民中心の経済民主化」を顕現したもの。だから、「漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整」との文言があり、「漁業の民主化」が輝かしい理念として掲げられた。
改正法案からは、「漁業者及び漁業従事者を主体とする」との文言が消え、「漁業の民主化」も抹殺された。その結果、「漁業生産力を発展させること」だけが究極の目的となったのだ。
アベ政権。その主要な政治手法は、「隠し」と「欺し」である。まずは「隠し」。これまで漁民にはひた隠しにされていた漁業法「改悪」案。いつまでも隠してはおられない。これからは「欺し」のテクニックが駆使される。私も、眉に唾付けながら、漁民の立場からこの「漁業法改悪」に対する見解を書き連ねて行きたい。
(2018年11月10日)
**************************************************************************
?「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」からの訴えです。
「会」は、麻生財務大臣の辞任を求める<署名運動>と<財務省前アピール行動+デモ>を呼びかけています。
財務省前アピール行動+デモ
11月11日(日)
13時? 財務省前アピール行動
14時 デモ出発
■<署名>と<財務省前アピール行動+デモ>の資料一式をまとめたサイト■
http://sinkan.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/1111-5336-1.html
ぜひ、これをメールやツイッタ?で拡散してください。
■できるだけメッセージを添えてネット署名を■
上記の「まとめサイト」の右サイド・バーの最上段に、
1.署名用紙のダウンロード http://bit.ly/2ygbmHe
2.ネット署名の入力フォーム http://bit.ly/2IFNx0A
3.ネット署名のメッセージ公開 http://bit.ly/2Rpf6Pm
が貼り付けられています。
なお、署名の第1次集約は11月7日で締めきり、9日に財務省へ出向いて麻生財務大臣の罷免を求める10,699筆の署名簿を提出しました。
引き続いて署名を重ね、11月28日(水)を最終締め切り日と予定しています。
ぜひとも、ご協力をよろしくお願いします。
なお、署名の文面は以下のとおりです。
**************************************************************************
財務大臣 麻生太郎 様
無責任きわまりない麻生太郎氏の財務大臣留任に抗議し、即刻辞任を求めます
森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会
10月2日に発足した第4次安倍改造内閣で麻生太郎氏が財務大臣に留任しました。しかし、第3次安倍内閣当時、財務省では、佐川宣寿氏が理財局当時の国会での数々の虚偽答弁、公文書改ざんへの関与の責任をとって国税庁長官の辞任に追い込まれました。また、福田淳一氏は女性記者への破廉恥なセクハラ発言を告発され、事務次官の辞職に追い込まれました。いずれも麻生氏が任命権者の人事でした。
しかし、麻生氏は厳しい世論の批判にも居直りを続け、事態を放置しました。それどころか、森友学園への国有地の破格の安値売却について、録音データなど動かぬ証拠を突きつけられても、なお、「処分は適正になされた」「私は報道より部下を信じる」と強弁し続けました。
福田次官のセクハラ行為については、辞任が認められた後も「はめられたという意見もある」などと暴言を吐きました。
なによりも、第3次安倍内閣当時、財務省では公文書の隠蔽、決裁文書の改ざんという前代未聞の悪質きわまりない国民への背信行為が発覚しましたが、それでも麻生氏は、会見の場で記者を見下す不真面目で下品下劣としか言いようがない答弁を繰り返しました。
こうした経歴の麻生氏が私たちの税金を預かり、税金の使い道を采配する財務省のトップに居座ることに、私たちと大多数の国民は、もはや我慢の限界を超えています。
麻生氏を留任させた安倍首相の任命責任が問われるのはきわめて当然のことですが、任命権者の意向以前に私たちは、麻生氏自身が自らの意思で進退を判断されるべきだと考え、次のことを申し入れます。
申し入れ
麻生太郎氏は財務省をめぐる数々の背任、国.に対する背信の責任をとって直ちに財務大臣を辞任すること
私は上記の申し入れに賛同し、以下のとおり、署名します。
(2018年11月10日)
開業医共済協同組合の「加入者2000名達成祝賀会」に祝辞を申しあげます。
私は、縁あって貴協同組合の顧問を務めておりますが、意気に感じて積極的にその任をお引き受けしたつもりです。その気持ちの一端をお話しすることが、加入者2000名達成の祝意を表明することになろうかと存じます。
私は、開業医の皆様と同じく個人経営の弁護士です。医師の皆様は専門診療科を標榜しておられますが、弁護士の業務にはそれがありません。幅広くなんでもやることになるのですが、自ずと専門分野というものが定まってきます。私の場合の専門分野は、消費者問題です。
消費者問題を扱う弁護士というと、過払い請求のサラ金弁護士を思い浮かべる方がいらっしゃるかも知れませんが、私はこの四半世紀、クレジット・サラ金債務整理の仕事はしていません。また、消費者問題として悪徳商法被害救済をイメージされる方も多いこととでしょう。それが間違いというわけではないのですが、私は消費者問題の基本テーマは、消費者が企業社会をどうコントロールすることができるのか、という課題だと思っています。
その意味では、対峙する相手は「悪徳」事業者であるよりは、経済社会の中枢に位置している大企業なのです。そして、個別の消費者被害の救済から一歩進んで、企業をあるいは企業社会をどう制御できるか、あるいはすべきかを考えなければならない。そのような立場を貫いてきました。
私たちが現実に生きているこの資本主義社会というものは、企業社会ということでもあります。この社会の実力者である個々の企業が、それぞれ最大利潤を求めて競争にしのぎを削っている苛酷な社会。その競争の勝者には過大な利益がもたらされる反面、敗者は路頭に迷わねばなりません。企業という経済単位間の相互の関係は、生存を懸けた「競争」ということであって、けっして、連帯でも友愛でもありません。
また、企業はその内部で、あるいは商品生産や流通の過程で、労働者を雇用しなければなりません。あるいは弱小の企業に下請けをさせます。企業がその実力を恣にして、雇用する労働者や弱小企業に対して、最大利潤追求の衝動をむき出しにすれば、労働者や弱小企業の人間的な存在を否定することになることは見易いところですが、似た問題は消費市場でも生じていることを見落としてはなりません。
この社会では個別企業の需要見込みによって大量の商品生産が行われ、サービスの供給が行われます。その商品は、すべて最終的には消費市場で消費者に購入してもらわねばなりません。需要見込みによって作られた大量商品の最終消費なしには、再生産のサイクルが正常に稼働しません。何が何でも、消費者の消費意欲を喚起し、無駄なものでも、生産されたものを消費者に押しつけ買わせなければなりません。言わば、企業が消費者を操らなければならないのです。そこからさまざまな弊害が生じます。これが、消費者問題の基本構造です。
企業の要請に応じて、消費者操作のための技術が発達し専門化しています。まずは、消費者心理のマインドコントロールというべき宣伝・広告の巧妙化と大規模化。そして、商品購買に必要な金融・与信のシステムの構築。本当は必要のないもの、不要なものを買わせなければならないのです。そのための企業による対消費者コントロールが行われているのが、消費市場の力関係の現実と言わざるを得ません。
消費者運動・消費者問題とは、消費市場における企業による対消費者コントロールによる諸弊害をなくしていくこと。できれば根絶することですが、そのためには利潤追求至上主義の企業を、消費者の手でコントロールしなければなりません。それは、利潤追求第一を当然のこととして許容する社会ではなく、人間尊重をこそ大切にする社会のありかたを模索する運動の一分野だと考えられます。
ところで、この消費者運動における問題意識は、協同組合運動にも共通していると思うのです。協同組合という存在は、企業社会の中の飛び地のようなところに位置を占めています。企業と同様の経済行動の単位でありながら、利潤追求組織ではなく、その運営原則は、相互扶助であり、連帯であり友愛なのです。
企業の経営には民主主義原則はありません。徹底した効率追求です。しかし、協同組合は平等な成員の民主的手続によって運営されなければなりません。消費者運動とともに、協同組合運動が発展することは、相対的に企業の存在感狭小化につながります。企業を存立基盤とする保守政党の政策にも影響を及ぼさざるを得ません。社会の民主化度の進展につながります。
消費者問題の分野で企業の横暴をどう克服するかを考えてきた私にとって、協同組合運動への寄与は、これまでの活動の延長線上のものなのです。そう考えてお引き受けした、貴協同組合の顧問です。貴組合の発展こそは歓迎すべき、まさに慶事なのです。
念願であった、「加入者2000名達成」。貴組合の発展を心から喜びたいと存じます。おめでとうございます。
(2018年10月23日)
「『実習生の人権侵害ないか』ワコール、委託先に異例調査」「人権軽視は経営リスク…実習生制度に批判、企業も危機感」という本日(10月15日)の朝日デジタル記事。これは立派なものだ。まずは、ワコールに敬意と賞讃の意を示したい。そして、いち早くこのことに着目して記事にした朝日にも敬意を表さねばならない。
私はワコールという企業についてほとんど何も知らない。ブランドイメージの認識もない。しかし、外国人技能実習生の人権に配慮することで、ブランドイメージを維持し向上しようという、この企業の姿勢を好もしいと思う。ヘイト丸出しのDHCとは、月とスッポン、提灯と釣り鐘、それこそ雲と泥との差。民主主義国日本の消費者は、コンプライアンス重視のワコールの経営を順調に育てなければならない。また一方、在日差別を広言してスラップを濫発するDHCの経営に懲罰を与えなければならない。そのような消費者の企業選択の行動を通じて、よりよい社会の構築がはかられるのだ。
朝日はこう報じている。
女性下着大手のワコールホールディングス(HD、本社・京都市)が、自社製品の製造工程にかかわるサプライチェーン(製品供給網)に、外国人技能実習生の人権を侵害している会社がないかどうかの調査を始めた。賃金不払いなどの不正行為があれば改善を求める。応じない場合は取引そのものを見直す。
グループ会社にとどまらず、製品の調達元までさかのぼって外国人を人権侵害から守ろうという取り組みは日本の企業では異例だ。技能実習制度への批判が国内外で高まるなか、人権を軽視すれば企業ブランドに傷が付きかねないリスクが企業を動かしたかたちで、同様の動きが他企業に広がる可能性もある。
調査は、ワコールHD傘下のワコールとルシアンが今夏から始めた。主力の下着ブランド「ワコール」「ウイング」の国内の生産委託先60工場のうち、外国人労働者が働く約40工場が対象で、計538人の技能実習生が働く。40のうち32工場はグループと資本関係がない取引先だ。
ワコールHDの社員らが全国の工場を訪ね、「この3年間に労働基準監督署などから是正勧告を受けていないか」「実習生の労働時間はタイムカードなど客観的な記録があるか」「賃金は最低賃金額以上を払っているか」など約25項目をチェックする。
工場側には、実習生との雇用契約書、労働条件通知書など約30の書類を用意してもらう。実習生の受け入れ窓口となっている監理団体が、企業を監査した結果を記した報告書もチェックする。同社は「現場の責任者に実習生の人権に関して意識を高めてもらうのが狙い」と説明する。
調査は年度内に終える予定。不正行為があれば見直しを求め、隠したり改善指導に従わなかったりすればサプライチェーンから外し、取引を打ち切る場合もある。
さて、ワコールはどうしてこのような「異例の」決断をして調査に乗り出したのか。
「今春、ワコールHDのグループ会社の生産委託先で実習生に対する賃金未払いの疑いが浮上。『人権重視』を掲げていた同社は、経産省の要請に応じて、先陣を切って大規模調査に踏み切った」のだという。
ワコールHDのコメントが引用されている。「ブランドに対する信頼は想定以上にもろい。サプライチェーンに、技能実習生受け入れ企業を迎えるリスクを認識する必要がある」(IR・広報室)というもの。
「ブランドに対する顧客の信頼」が「人権重視」にかかっているという認識なのだ。ワコールホールディングスのホームページを開いてみた。CSRのコーナーがたいへん充実している。
(CSRとは、corporate social responsibilityの略語。企業の社会的責任と訳される)
https://www.wacoalholdings.jp/csr/index.html
経済・環境・社会、
すべてにおいて、持続可能な未来のために。
社会から存在を期待される企業で
あり続けるために。
企業においては、商品やサービスをお客さまに提供するだけでなく、
環境への配慮、社会への積極的な貢献、そして法令遵守や人権尊重といった、
「企業も社会を構成する一員」であることを自覚した活動が求められています。
人権の尊重 人を大切に
「ワコールの行動指針」では、人権に関して次の方針を明示しています。
人権を保護し、個人を尊重します
安全、清潔、快適な職場環境を維持します
安全な商品を企画、研究・開発し、生産、販売します
個人の尊重
ワコールはお互いの人権を守り、人としての品格を備え、切磋琢磨し、深い人間愛に満ちた集団であることを目指します。個人を尊重し、従業員の持つ多彩な能力と多様性を、最も価値のある資産のひとつとして、自律型人間集団を作ることを目指しています。
職場での差別の禁止
職場においては、すべての人が公正に処遇されなければなりません。国籍、人権、皮膚の色、宗教、性、性的傾向、年齢、家系、出身地、知的および身体的障がい、健康上の問題、社内での地位、その他、人権に係わるすべての不当な差別や嫌がらせを絶対に許さず、厳重に処分することを定めています。
?
地域の活動に参加
京都人権啓発企業連絡会に加盟し、積極的に人権啓発運動に参加しています。また、京都人権啓発企業連絡会による「人権に関するビデオ」を用いて、新入社員教育を行っています。
セクシャルハラスメント、パワーハラスメントへの取り組み
ワコールグループにおいては、「相互信頼」の精神のもと、従業員全員が、社内はもちろん、社会の人々に信頼される人間たることを、強く願い求めてきました。「個人の人格権に関わる基本方針と取り組みについて」通知をおこない、未然に防止し、排除する体制を整備しています。
個人としての尊厳を不当に傷つける社会的に許されない行為であるとともに、従業員の能力の有効な発揮を妨げ、会社にとっても職場秩序や業務の遂行を阻害し、社会的評価に影響を与える問題と認識しています。
禁止行為及び取り組み事項を定めるとともに、通報者である従業員のプライバシーを保護し、相談・苦情による不利益な取り扱いを受けることがないように十分配慮をしています。
各事業所には、相談・苦情窓口を設置しており、社内ホットラインの利用も含め、誰でも遠慮なく相談することができます。また、苦情や相談内容についての秘密やプライバシーは固く守られ、迅速で的確な対応がとられています。
人事部の相談・苦情窓口担当者が外部研修に参加し、対策立案に役立てています。
意識啓発と未然防止等を目的に、管理職層対象研修を実施しています。
年2回、「セクハラ・パワハラ防止体制について」の通知をイントラネット上で行い、周知を図っています。
?
安全な商品(消費者の権利)
お客さまの視点に立った安全性の高い商品は、ワコールにとって当然の責務であり、消費者の人権を尊重し、安全・安心を大切にし、また信頼される対応を心がけます。
これまで知らなかったが、ワコール立派なものではないか。これに比較する目で、DHCのホームページを眺めてみよう。
https://top.dhc.co.jp/company/jp/
みごとなまでに何にもない。IRも、企業倫理も、CSRもまったくないのだ。あるのは商品宣伝だけ。儲け以外には、なんの関心も示されていないのだ。
朝日よ。ワコール賞讃の記事を書くだけでは、不十分ではないか。きちんと、ヘイト企業DHCを取材して、その実態を報道してはどうだ。朝日が書けなければ、志あるジャーナリストよ、出でよ。
(2018年10月15日)
資本主義というものは合理的な経済システムである。個別資本が、それぞれに最大限利潤を追求するための合理的判断を重ねていくプロセスでもある。資本の合理的判断は本質的に冷酷なものであって、ヒューマニズムとは無縁というべきである。これを野放しにしておけば、経済が人間性を破壊する。貧富の差は無限大に拡大する。しかし、資本の論理とは別次元でのファクターが、資本の行動に介在すれば、資本の合理的判断は変化せざるを得なくなる。
労働基準遵守の強制はその最たる好例だろう。個別資本の内的な衝動は、限りなく低廉で長時間稼働可能な労働力を欲するが、労働基準を遵守すべき法の強制に違反した際の制裁措置を判断要素として考慮すれば、労基法を遵守すべきことが合理的選択と判断の修正を余儀なくされる。
ひろく、法的な強制や訴訟による判決強制は、これに従うべきことが企業判断の合理性となる。公害訴訟や労災・消費者被害救済訴訟の多くは、事後的な損害賠償請求訴訟である。差し止め請求も果敢に試みられてはいるが、その成果は必ずしも芳しくはない。しかし、利潤追求を至上命題とする企業に対して、事後的にせよ巨額の金銭賠償を命じることは、大きな意味を持つ。
企業経営における合理性は、未然に公害や消費者被害を防止するためのコストの負担を嫌うことにならざるを得ない。しかし、巨額の金銭賠償負担を強いられることと比較して、公害や消費者被害の防止策に費用を投入する方が安上がりとなれば、企業は未然に公害を防止すべくコストを負担することを合理的判断として選択することになるだろう。
資本の横暴や冷酷さを、法や社会の力で抑え込むことが求められている。冷酷な資本に、人間性や環境のサスティナビリティなどという観点から、資本の論理を修正することが重要なのだ。大切なのは、人間であり社会であって、資本ではなく、経済でもない。
冷酷な資本の横暴を押さえ込む最も有効なものは法による強制である。人間性や環境持続を含む社会の要請は、法に盛り込まれる。法を駆使して、この企業社会を御しなければならない。資本主義そのものは人間性を押し潰すことを厭わない。資本主義システムをなすがままに放置すれば、貧富の格差は無限大に拡大される。これを抑制し修正して、人間性の本質に適合させるよう枠をはめるのが法の役割であり、その法体系の頂点に憲法がある。
法が経済を縛らざるを得ない。憲法のヒューマニズムをもって、資本主義の冷酷さを克服できなければ、資本主義そのものを廃絶する以外に道はない。
(2018年10月10日)
「ひろばユニオン」(発行・労働者学習センター)という労働運動誌がある。その2017年4月号から18年4月号まで、「施行70年 暮らしと憲法」を連載する機会を得た。原則4頁、ときに5頁の紙幅。時々の憲法に関わる話題を語って、1年で憲法の全体像をつかもうという企画。読者と編集者の期待に応えられたかはともかく、締め切りに追われながらも13回滞りなく楽しく執筆できた。
望外なことに、さらに1年連載継続をとの依頼を受けた。今度は、「憲法改正の危うさ」「憲法を破壊する『安倍改憲案』」の表題で、改憲問題の進展にしぼった新シリーズ。こんな執筆の機会をいただけるのはありがたい。
その第1回分掲載の5月号が本日届けられた。4頁分の字数指定だったが、おさまらず5頁となってしまった。その最後が「毎月この改憲問題レポートをお届けし、来年の5月号あたりで、改憲阻止の勝利宣言をもって連載を終了したいものと願っています。」となっている。是非とも、こうありたいもの。
原稿掲載誌として贈られた5月号。特集は、「2018年春闘の成果と課題」。俄然著名になった上西允子さん(法政大学教授)が、「『働き方改革』とどう向き合うか」という連載を担当している。他にも、沖縄問題、ベルギー便り、メーデー事情など充実しているが、最も興味深く読んだのは「韓国最賃事情と労組の活動(上)」という記事。金美珍という人の執筆。
リードが「韓国の最低賃金が大幅にアップした。日本と同様に非正規雇用の増大が社会問題となる韓国で、何が起きているのか。そして韓国労組の取り組みは。2回の連載でお伝えする。」というもの。
「社会が注目最低賃金」という小見出しで、こう書かれている。
?韓国ではいま最低賃金をめぐる社会的な関心が高い。過去最大の引き上げ幅(1060ウォン=約100円)を記録した18年度の最賃(時給7530ウォン=約740円)が年明けから適用されたからだ。今回の引き上げによって全賃金労働者の18%、約277万人が直接影響を受けると推定される。主に若年層、60歳以上の高齢層、女性、非正規労働者がこれに含まれる。
えっ? ホント? それはすごい。18年度の最賃(時給7530ウォン)は、17年度の最賃6470ウォンから14%のアップとなる。統計を見ると、2013年以後の日韓両国の消費者物価の変動率は、韓国が若干上回る程度でほぼ変わらない。それで、最賃14%のアップは驚愕すべき数値だ。
東京都の現在の最低賃金は、時給958円。17年10月1日に引き上げられているが、その額26円。率にして2.79%である。韓国の最賃引き上げ率は、東京の5倍となるわけだ。かなり無理な引き上げではないか、との思いが先に来る。社会に歪みをもたらしている面も多々あるのでは。もちろん、雇用の機会を狭めているとの批判も免れないだろう。それにしても、底辺の労働者にはこの上ない朗報。
記事は解説する。
? 18年の最賃額はなぜ大幅に引き上げられたのか?
? その背景としてまず、17年に誕生した文在寅(ムン・ジエイン)政権による新たな経済政策パラダイムヘの転換があげられる。当選直後から、文政権は経済不平等の克服を重要な政策課題と提示し、「人が中心となる国民成長の時代を開く」ため「所得主導の成長」を主要経済政策の方向として打ち出した。
? 「所得主導の成長」とは、質の良い仕事を提供することで家計の所得と消費を増やし、これが企業の生産と投資の増大、ひいては国家経済の健全な成長につながるという好循環経済のビジョンである。
文大統領は、選挙期から「2020年最低賃金1万ウォン(約1千円)」を公約として掲げ、政権交代後にも「所得主導の成長」の核心政策として最賃引き上げを強調し、家計所得の増大を試みている。
なるほど、アベノミクスとは正反対の発想。大企業と富者が儲かるように経済をまわせば、いずれは底辺の労働者にも、おこぼれがまわってくるというトリクルダウン論はとらない。真っ先に、最底辺の労働者の賃金を押し上げることで経済全体の活性化をはかろうというのだ。日韓、まったく逆の実験が進行していることになる。こんなことは初めて知った。これなら、韓国の民衆は、自分たちの政府、自分たちの政権と考えることができるだろう。日本の大企業が、安倍政権を、自分たちの政府、自分たちの政権と考えている如くに。
? 実際、2020年までに「最低賃金1万ウォン」を達成するためには、年平均15.7%ずつ引き上げなければいけない。今回の引き上げは大統領選挙の公約を守るだけでなく、「所得主導の成長」を本格的に展開するために踏み出した第一歩として意味づけることができる。
続く記事によると、実のところこの政策はけっして政権の独走ではない。「最低賃金1万ウォン」の要求は、韓国で高い支持を得て、労働運動の主要テーマとなっているのだという。17年6月には、「最低賃金1万ウォン」を求めるストライキに多くの参加があったともいう。
この記事は、文政権の政策よりは、韓国の労働運動が、なぜ、どのように、「最低賃金1万ウォン」を目指しているかを描いている。
それにしても、われわれは(私は、というべきか)韓国のことを知らな過ぎる。これほどに学ぶべきことが多いにもかかわらず、である。
(2018年4月28日)
明日(9月1日)午後、参議院議員会館1階講堂で、全国沿岸漁民連絡協議会(JCFU)がシンポジウムを開催する。その趣旨は、以下のとおりだ。
■開催趣旨:家族漁業・小規模漁業を営む沿岸漁業就業者は漁民全体の96%。まさに日本漁業の主人公です。全国津々浦々の漁村の自然と経済を守るこの家族漁業・小規模漁業の繁栄無くしては「地方創生」などありえません。ここでは、沿岸漁民の暮らしと資源、法制度をめぐる問題をとりあげ、日本の漁業政策のあり方をさぐります。
その趣旨や良し。経済の目的は効率でも生産性でもない。ましてや、市場での支配者に過剰な利益を与えるためのものでもない。多くの人々が安心して、健康で文化的な生活を持続していくことではないか。漁業にあっては、「全国津々浦々の漁村の自然と漁民の生計」を守らねばならない。漁民の暮らしを支える「家族漁業・小規模漁業の繁栄」が必要なのだ。そのためには、漁民一人ひとりの営業が成り立ち、後継者が育つ展望が持てなければならない。そのための、行政でなくてはならず、その目的に適う経済政策でなくてはならない。
大資本や中央資本の規制改革に対決する局面では、漁協も漁連も自治体も極めて重要である。しかし、漁協も漁連も自治体も、それ自体が価値を持つものではない。漁民を代表し、漁民に奉仕する存在であることが、その発言権や正当性の根拠である。漁協は飽くまでも漁民に奉仕する立場の存在である。漁民あっての漁協であって、漁協のための漁民ではない。漁協の経営のためとして、漁民を切り捨てるようなことは絶対にあってはならない。いま、岩手県の水産行政は、この倒錯の事態にある。
沿岸漁業フォーラムのプログラムと、岩手からの報告「サケの定置網独占と沿岸漁民の権利」のレジメをご紹介する。
**************************************************************************
■JCFU沿岸漁業フォーラム■
「規制改革会議と漁業権を考える」―沿岸漁民の暮らしと資源を守る政策を
共 催: JCFU全国沿岸漁民連絡協議会・NPO法人21世紀の水産を考える会
と? き: 2017年9月1日(金)13:00?17:00
ところ: 参議院議員会館1階講堂
コーディネーター:二平 章(茨城大学人文学部客員研究員)
山本浩一(21世紀の水産を考える会理事長)
<プログラム>
●特別講演
「亡国の漁業権開放論?資源・地域・国土の崩壊」
鈴木宣弘 (すずき・のぶひろ)
(東京大学大学院農学生命科学研究科国際環境経済学 教授)
●第2部 「各地の沿岸漁民の生活と権利をめぐる諸問題」?
1 クロマグロの漁獲規制と漁民の生活権
高松幸彦 (北海道留萌海区漁業調整委員会委員)
宇津井千可志(長崎県対馬市曳き縄漁業協議会会長)
本吉政吉 (千葉県沿岸小型漁協副組合長)
2.沿岸カツオ漁業の危機と熱帯まき網漁獲規制
杉本武雄(和歌山県漁業調整委員会委員・和歌山東漁協副組合長)
福田 仁(ジャーナリスト・高知新聞)
3.サケの定置網独占と沿岸漁民の権利
澤藤大河(弁護士:岩手県「浜の一揆訴訟」弁護団)
4.震災復興と水産特区の問題点
綱島不二雄(復旧・復興支援みやぎ県民センター代表世話人)
5.原発事故後の福島漁業と汚染水問題
林 薫平 (福島大学特任准教授)
6.「開門」は有明海漁業の生命線
堀 良一(弁護士:よみがえれ!有明訴訟弁護団)
**************************************************************************
????????????????????????????????????????????????????????????? 2017年9月1日
「サケの定置網漁独占と沿岸漁民の権利」ー岩手からの報告
??????????????????????????????????????????????????????? 報告者 弁護士 澤藤大河
1.「漁協・漁業権」の二面性
基調講演のテーマが、草案段階では、「危機にさらされる漁協・漁業権」となっていました。当然に「漁協・漁業権」擁護の趣旨。ところが、三陸の沿岸漁民が起こしている行政訴訟では、被告岩手県知事側が、「漁協・漁業権」を擁護する立場から零細漁民にはサケ刺し網漁を禁じるとして一歩も引きません。「漁協・漁業権」が、零細漁業者の経営を圧迫しているのです。
三陸の沿岸漁民は、けっして漁協や漁業権を敵視しているわけではありません。しかし、漁協の存立や漁業権漁業の収益確保を絶対視して、零細漁民の権利を認めないとなれば、「漁協・漁業権」に譲歩を要求せざるを得ません。
「漁協・漁業権」の二面性を見極めなければならないと思います。横暴な大資本や国と向かい合う局面では、漁民を代表する組織としてしっかりと漁協・漁業権を擁護しなければなりません。しかし、組合員個人、個別の零細漁民と向かい合う局面では漁協は強者です。零細漁民の利益と対立するのです。
言うまでもなく、漁協は漁民に奉仕するための組織です。漁民の利益を代表してこその漁協であり、漁民の生業と共存してこその漁業権であることを再確認する必要があります。それが、私たちの基本的な立場であることをご理解ください。
2.「浜の一揆」訴訟の概要
岩手の河川を秋に遡上するサケは岩手沿岸における漁業の主力魚種です。「県の魚」に指定されてもいます。
ところが、現在の三陸沿岸の漁民は、県の水産行政によって、厳格にサケの捕獲を禁じられています。うっかりサケを網にかけると、最高刑懲役6月となります。岩手の漁民の多くが、この不合理を不満として、長年県政にサケ捕獲の許可を働きかけてきました。とりわけ、3・11の被災後はこの不合理を耐えがたいものと感じることとなり、請願や陳情を重ねてきました。しかし、なんの進展も見ることができなかったのです。
そのため、2015年11月100人の沿岸漁民が岩手県(知事)を被告として、盛岡地裁に行政訴訟を提起しました。要求は「固定式刺し網によるサケ漁を認めよ」「漁獲高は無制限である必要はない。各漁民について年間10トンを上限として」。原告らは、これを「浜の一揆」訴訟と呼んでいます。苛斂誅求の封建領主に対する抵抗運動と根は同じだと考えているからです。
訴訟の進行は、最終盤に近づいています。本年6月22日の法廷で、原告4名と県職員1名の尋問が行われ、次回9月8日には、原被告がそれぞれ申請した学者証人お二人が証言します。おそらく、年内に結審して、来春判決言い渡しの見通しです。
3.何が争われているのかー本日のテーマに即して
☆現状
* 三陸沿岸の海の恵みであるサケは、主として各漁協が自営する大型の定置網漁によって漁獲されています。漁協は定置漁業権を得て、定置漁業を行っています。
* 原告ら漁民はサケ漁から閉め出されています。サケの延縄漁は可能なのですが、とうていペイしません。「刺し網によるサケ漁を認めろ」というのが、原告らの切実な要求ですが、漁協の自営定置漁業に影響あるからとして、許可されません。
* 原告ら漁民は、漁協や漁連の民主的運営には懐疑的な立場です。社会的強者と一体となった、零細漁民に冷たい県政への挑戦として、「浜の一揆」の心意気なのです。
☆法的構造
* 三陸沿岸を泳ぐサケは無主物であり、そもそも誰が採るのも自由。これが原則であり、議論の出発点です。
* 憲法22条1項は営業の自由を保障しています。漁民がサケの漁をすることは原則として自由(憲法上の権利)なのです。
* とはいえ、営業の自由も無制限ではあり得ません。合理性・必要性に支えられた理由があれば、その制約は可能です。このことは、合理性・必要性に支えられた理由がなければ制約できないということでもあります。
* 具体的には、
漁業法65条1項は、「漁業調整」の必要あれば、
水産資源保護法4条1項は、「水産資源の保護培養」の必要あれば、
特定の漁には、「知事の許可を受けなければならない」とすることができます。
* これを受けた岩手県漁業調整規則は、サケの刺し網漁には知事の許可を要すると定めたうえ、「知事は、『漁業調整』又は『水産資源の保護培養』のため必要があると認める場合は、漁業の許可をしない。」と定めています。
* ということは、申請があれば許可が原則です。不許可には、県知事が「漁業調整」または「水産資源の保護培養」の必要性の具体的な事由を提示しなければなりません。
☆キーワードは「漁業調整」と「水産資源の保護培養」です。
* 「水産資源の保護培養の必要」は、科学的論争として問題はありません。
本件許可をしても、水産資源の保護培養に影響はあり得ません。
* 問題は、極めて不明瞭な「漁業調整の必要」です。そもそも何を言っているのさえよく分かりません。
4.漁協優先主義は漁民の利益を制約しうるか
☆定置網漁業者の過半は漁協です。被告の主張は、「漁協が自営する定置営業保護のために、漁民個人の固定式刺し網によるサケ漁は禁止しなければならない」ということに尽きるものです。県政は、これを「漁業調整の必要」というのです。
☆ しかし、「漁業調整の必要」は、漁業法第1条が、この法律は…漁業の民主化を図ることを目的とする」という、法の視点から判断をしなければなりません。
弱い立場の、零細漁民の立場に配慮することこそが「漁業の民主化」であって、漁協の利益確保のために、漁民の営業を圧迫することは「民主化」への逆行です。
☆ 漁民あっての漁協であって、漁協あっての漁民ではない。
主客の転倒は、お国のための滅私奉公と同様の全体主義的発想ではないでしょうか。
☆ 被告岩手県は、最近になってこんなことを言い出しています。
・各地漁協などが多大な費用と労力を投じた孵化放流事業により形成されたサケ資源をこれに寄与していない者が先取りする結果となり、漁業調整上の問題が大きい
・解禁に伴い膨大な漁業者が参入し一挙に資源が枯渇するなどの問題が生じる
☆ これは、定置網漁業完全擁護の立論です。少しでも、定置網漁業の利益を損なってはならないとする、行政にあるまじき偏頗きわまる立論と言わねばなりません。
☆ 「漁協が孵化事業の主力になっているから、成魚の独占権がある」というのは、暴論です。むしろ、孵化事業の大半は公金の補助でまかなわれているのですから、その成果を独占する権利は誰にもありません。漁協も漁民も。定置も刺し網も。そして漁果を得た者は平等に応分の負担を。というのが、あるべき姿です。
☆ 軽々に、漁民の切実な漁の自由(憲法22条の経済的基本権)が奪われてはならないのです。
(2017年8月31日)
カジノ反対パブコメの提出と拡散のお願いです!
明日、8月31日の午後5時が締め切り。よろしくお願いします。
■昨年12月「カジノ推進法」が成立しました。
昨年12月、刑法が禁じる賭博(カジノ)を「成長戦略の目玉」とする安倍政権のもとで、きわめて短時間の審議により、特定複合観光施設区域整備推進法が成立しました。
この法律は、【観光先進国としての日本を実現するため】に、カジノ施設と会議場・レクリエーション施設等が一体となった施設(=IR施設)を民間事業者が設置・運営できるようにするための法整備を1年以内(=2017年中)にすることを内容とするものです。わたしたちは、カジノの合法化を推進する法律、という意味で、カジノ【推進】法と呼んでいます。(つまり、今はまだ、カジノは合法化されていません。
■秋の臨時国会に「カジノ実施法案」が提出される予定!
政府は、いよいよ、この秋の臨時国会にカジノ【実施】法案を提出する方針です。
■圧倒的な数のカジノ反対のパブコメを寄せ、秋の臨時国会での法案成立を阻止しましょう!
現在、同とりまとめに対して全国で公聴会が開催されるとともに、パブコメが募集されています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ir_promotion/kokumintekigiron/ikenbosyu.html
パブコメの期間は【8月31日】まで。明日の午後5時が期限です!!
パブコメは質を確保するとともに【数も確保する必要】があります。質の方は、日弁連や市民団体、労働・福祉団体、消費者団体などにお任せするとして、数の力はきわめて重要です。(日弁連の意見書は下記のとおりです)
https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2017/170823.html
パブコメ提出は以下の手順で、画面の指示にしたがってください。
●e-Gov(電子政府の総合窓口)のホームページにアクセスしてください。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060170801&Mode=0
◆【パブリックコメント・意見提出フォーム】というページにたどり着く
◆(差し支えなければ)住所、氏名等の情報を入力する(任意)
◆一番下の提出意見(必須)の枠の中に、2000文字以内で意見を書く。
(末尾パブコメ例からコピーして貼り付けてもよい。)
◆書き終えたら、提出意見の下にある「確認画面へ進む」のボタンを押す。
◆【パブリックコメント:提出内容の確認】というページに行く。
◆そのページの下の方に「画像や音声による認証」という項目があり、そこに
記載されている8桁の数字を認証入力欄に入力する。
◆数字の入力が終わったら、その下にある「提出する」のボタンを押す
◆これで提出完了!
★パブコメ例は末尾に記載しています!気に入ったコメントをコピペして使ってください。
★このメールは転載・拡散自由です。お知り合いの方やMLなどにどんどん拡散してください。
私(澤藤)のパブコメは以下のとおり。
**************************************************************************
「特定複合観光施設区域整備推進」にかかるカジノ賭博解禁に反対する。その理由は以下のとおり。
世に賭博は溢れている。競馬・競輪・競艇・パチンコ・スロット、宝くじ…。もちろん、先物取引もFXも立派な賭博である。もはやこれ以上の賭博は要らない。カジノ賭博解禁はさらに人を不幸にするからだ。
賭博とは何か。「複数の者が財貨を拠出しあい、お互いに何らかのルールでこの拠出された財貨を取り合うこと」である。賭場に金を積んで、積まれた金を、サイコロの目でも巨人阪神戦の勝敗でも日経平均の上下でも、何かを基準に勝ち負けを決めて取り合うのだ。何のために賭博に参加するのか。当然のことながら、人の金を我が物としたいから。他人の懐に手を突っ込んで取ってくれば、窃盗か強盗になる。お互いの了解で、ルールを決めて、他人の懐の金の取り合いをするのが賭博である。賭博は、財貨の所在を変えるが、何の経済価値も産みださない。
賭博は窃盗や強盗にはならないが、やはり犯罪である。国家が刑罰権を発動して制裁を科する必要があるとされている違法性の高い行為なのだ。その本質において、互いに相手の財産を奪い合う醜い行為であり、社会の健全さを失わしめ、やがては賭博参加者自らをも滅ぼす看過し得ない違法な行為でもある。単純賭博罪(刑法185条)、常習賭博罪(同186条1貢)、賭博場開張図利罪(同186条2項)。博徒結合図利罪(同)と類型化され、富くじの発売も、発売の取次も、授受も犯罪(同187条)とされている。
ダンテの「神曲」では、賭博を行う者が堕ちて行く地獄はことのほか深い。「他人の不幸を自己の幸福とする」その心根の卑しさの罪が深いのだ。つまり、賭博とは不幸をうむゲームだ。賭博開帳の業とは、不幸を売る商売なのだ。まさしく、カジノは大規模に不幸をつくり出す、不幸を売る商売ではないか。
最高裁判例は、「国民の射幸心を煽り、勤労の美風を損い、国民経済に悪影響を及ぼす」ことを処罰の根拠と説明している。真面目に働く奴はバカだ。それよりは人の金をくすねようという卑しい心根が博打打ちの本性。そこから、テラ銭を掠めとろうというのが、賭博の開帳者。当然に処罰の対象者である。
ところが、「賭博はお互い負ければ取られることを了解での大人のゲームだ。許された娯楽と考えるべきで、刑罰をもって禁圧するほどのことはあるまい」「カジノなんてしゃれた大人のムード」という意見は昔からあった。最近この声は大きい。安倍政権になってからはことさらのこと。経済政策の目玉のひとつになろうとしているからだ。賭博を開帳してテラ銭を稼ごうという、有力企業は政治と結託してこの論調を吹聴している。政治家と胴元企業の大規模の醜悪な関係があるのだ。
この醜悪な連中は、博打とか、賭博という言葉を敢えて避ける。推進議員の集まりは「カジノ議連」で、賭博場は「IR」(インテグレイテド・リゾート)という。しかし、なんと言葉を言い換えても本質が醜悪な賭博であり、パクチであることに変わりはない。
賭博の繁栄がもたらす経済効果を当てにしてのアベノミクス。「おかしいだろ、これ。」としか言いようがないではないか。
カジノ議連や「カジノ推進法」の罪は深い。安倍晋三の取り巻きたちが虎視眈々とカジノの実現を狙っている。「社会の健全化よりも経済振興の方が大切だ」「アベノミクスの3本目の矢の中に賭博もはいっている」「客寄せには賭博が一番」「これこそ経済復興の目玉」…。
何のための経済振興か。経済政策とは何なのか。その哲学が問われている。人を不幸にしての経済振興。人に不幸を売る商売の繁栄を当て込んだビジネスチャンスの創出。カジノもIRも、そして大本のアベノミクスもカジノ議連も一掃して、はじめて健全な社会を取り戻すことができるのだ。カジノ解禁に強く反対する。
**************************************************************************
■■カジノ反対パブコメ例■■
*自分の感覚に合う文案をコピーして使ってください。
*いろいろなところで出ているカジノ反対の意見をつまみ食いさせていただきました。
*【パブコメの〆切】8/31(電子メール及びFAXの場合は午後5時まで)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆意見
私は、「特定複合観光施設区域整備推進」にかかるカジノ賭博解禁に反対します。
◆理由
○観光先進国としての日本を実現するためにカジノを合法化することについて
・カジノ頼みの国際会議や観光はまともではない。
・観光先進国の実現を賭博解禁で実現する発想が貧困である。
・安倍政権の新たな「賭け問題」である。
・世界の人々を引きつける観光資源の創造はカジノなしで行うことができる。日本のすばらしい観光資源を見つめることなく賭博で「観光客」を集めることは「美しい国日本」のすることではない。
・ハワイにはカジノは無いが世界の人々を惹きつけている。
・人を不幸にしたお金を収益源にすることは許されない。
・カジノに依存しないクリーンな観光立国を目指すべき。
○ギャンブル依存症対策について
・依存症対策はカジノをつくらないことが一番の対策である。
・入場回数制限など、いくつかの対策を掲げているが、発足当初の数年間はそれらの規制が守られても、やがて入場者数の減少などに伴い、そうした規制が徐々に緩和されて行く可能性がある。
○地域の経済振興に寄与するということについて
カジノ賭博解禁を含む「特定複合観光施設区域整備推進」の目的の一つとして、地域経済の振興があげられている。しかしIRに客足を奪われ、周辺の商店街が衰退した海外の前例がある。人を不幸にし、地域の環境を破壊することで事業者(胴元)は利益をあげても、政府並びに関係者が期待する「地域経済の振興」に寄与するとは考えられない。
○カジノによる経済的効果について
・カジノを導入した韓国では、利益よりも依存症問題など負の影響の方が大きいと指摘されている。
・また、カジノ賭博場周辺の市民生活における環境汚染も社会問題になっている。・依存症対策や、そうした社会的環境汚染対策にかかる経費などを考慮すれば、カジノによる経済的効果はほとんどないとみるべきである。
○「反社会的団体」との関係について
・人を不幸にすることで金を稼ぐ方法は、古来、戦争・麻薬・売春そして賭博だった。かつ、戦争以外は例外なく反社会的団体と深く結びついてきた。
・カジノは、やがてその道のプロである暴力団が絡め取って仕切ることになることが容易に推測できる。
○「世界最高水準のカジノ規制」に対する意見
・賭博を解禁しないことが世界最高水準のカジノ規制である。
・報告書にある「世界最高水準のカジノ規制」には、さまざまな規制が掲げられており、それだけでもカジノがいかに危険な施設であるかが読み取れる。そのような危険な施設は日本にはいらない。
以 上
(2017年8月30日)
定番のコースとして上野の杜を散策したあと、久しぶりに湯島の旧岩崎邸に足を運んでみた。ちょうど、ボランティアのガイドさんが1時間の予定で説明してくれるという。熱心なガイドさんから4人のグループで懇切な説明を受けた。多くの知らないことを教えてもらった。
ここは、敷地の一角に司法修習の場である司法研修所があったところ。
「司法修習は1947年にはじまる。同年採用者が修習1期になる。それ以前の敗戦後2年間は新旧制度の端境期にあたり、それぞれ、高輪1期、高輪2期とよぶ。これは当時の司法研修所の仮庁舎が高輪にあったことによる。1948年6月に紀尾井町の新庁舎に移転した。現在は埼玉県和光市にある。」(西川伸一)
司法研修所は、1948年6月から71年4月まで千代田区紀尾井町3番地にあった。私は23期で71年4月修習を終了しており、紀尾井町庁舎最後の修習生だったことになる。湯島の旧岩崎久弥邸内に研修所があったのは、71年4月から94年4月まで。その後は、埼玉県和光市の現庁舎に移転して20年余になる。今の修習生は70期。新憲法制定以来の年数とちょうど重なることになる。
だから、私にとって紀尾井町のオンボロ木造研修所の修習時代が懐かしいが、湯島の庁舎に足を踏み入れた経験はない。2?3度門前でビラを撒いたことがある程度。もっぱら、旧岩崎邸はキャノン機関のアジトとしての印象。作家、鹿地亘(かじ・わたる)拉致監禁事件の舞台としてのみ、なじみが深い。
今日、知ったこと。
旧岩崎邸のこの敷地は、元は越後高田藩榊原家の中屋敷であった。1878年に、当時の所有者牧野弼成(旧舞鶴藩主)から、三菱財閥初代の岩崎弥太郎が買い受けたもの。当時の敷地は約1万5000坪と、現在の3倍あったそうだ。岩崎は、戦後の財閥解体と高率の相続税で手放したという。
中心に位置する洋館は、ジョサイア・コンドルの設計で建てられたもの。コンドルは、お雇い教授としての任期が終わると、三菱の専属同様に稼ぎまくったようだ。金に糸目をつけない注文は、建築家にとってこの上なくおもしろかっただろう。
その岩崎邸の贅を尽くした数々である。120年前に、自家発電から上下水道まで、自前でインフラ整備をしていたという。各部屋の凝ったマントルピースは皆デザインがちがう。床のタイルも、壁紙(金唐革紙)も、ステンドグラスも、電球や水洗トイレに至るまで、これ以上はない贅沢品なのだそうだ。パーティーのたびに、食器はフランスからオールドバカラのワイングラスを客の数だけ取り寄せて揃えたという。
各部屋に大きな鏡があった。これも、フランスから取り寄せた高級品で、この鏡一枚の値段で家が1軒建ったとか。きっと当主の岩崎は、毎日この鏡に向かってこう呟いていたのだろう。
「鏡よ鏡、世界で1番の金持ちは誰だ?」
鏡は利口だからこう答える。
「もちろん、ご主人様でございます」
岩崎は上機嫌で鏡を大事にしたから、今日まで残ったのだ。
もし、正直なAIが組み込まれた鏡であったらこうはいかない。
「鏡よ鏡、世界で1番の金持ちは誰だ?」
愚かな鏡は真実を答える。
「世界で1番の金持ちとは、世界で1番の搾取と収奪を極めた人のことですが、それでも知りたいでしょうか」
「世界で1番搾取と収奪を極めた人でどうして悪いのだ?」
「そりゃあ、世界で1番人に憎まれている悪い奴ということですよ」
岩崎は躊躇なく鏡を割ったであろうから、今日まで残ったはずがない。
ガイドさんは、終始楽しそうに、やや自慢げに岩崎邸の「贅沢の限り」を説明した。特に、和館の方の作りは「すべての板材が、無節・長尺・柾目」、今はもはや再現不可能という。
王侯貴族の贅沢とは、民からの収奪によるものなのだから腹が立つ。王侯貴族ならざる成り上がりの政治家と政商の富の集積には、なおさら不愉快である。無隣庵や椿山荘・古希庵などの贅沢で知られる山県有朋や、「三井の番頭」と揶揄された井上馨が蓄財の藩閥政治家として名高いが、これだけではあるまい。いい加減な政治と結託して成り上がった、岩崎や古河、安田など政商たちの醜悪なあり方は、今日の加計と安倍との関係の比ではない。だから岩崎の贅沢ぶりは不愉快極まりない。
ガイドの説明が終わってお礼を言って、鹿地亘監禁やこの岩崎邸の地下にあったという水牢などについて聞いたが、まったくご存じないという。キャノン機関は知っていたが、鹿地亘の名前も知らない様子だった。ことあるごとに、話題とすることが必要だと思い、昔、ブログ(事務局長日記)に書いたことを再掲しておきたい。
**************************************************************************
2003年06月07日(土)
鹿地事件の思い出
午後2時集合で、池之端の岩崎邸見学。
文化財への興味ではない。この建物は、反戦作家・鹿地亘さんの監禁場所だった。国民救援会の企画で、山田善二郎さんの案内による謀略の爪痕の現地学習会である。
実は、私は学生時代に鹿地亘さんの電波法違反被告事件支援の会の事務局長役を務めたことがある。これが、私が作った最初の名刺の肩書きだった。
鹿地さんは、1951年11月にキャノン機関によって、療養中の鵠沼海岸で拉致される。キャノン中佐率いるこの機関は、米占領軍の軍令部・G2直轄の諜報機関であるらしい。そのキャノンが住んでいたのが、三菱財閥の総帥岩崎家のこの豪壮な邸宅だった。鹿地さんも、不忍の池が見えるこの屋敷の2階の部屋に一時期監禁されていた。
ここの地下室には水牢もあり、当時多くの中国人、日本人がここに連れ込まれて、スパイになることを強要されていた。秘密裏に殺された人も多かったという。
自殺を図った鹿地さんを救出したのが、当時ハウスボーイ兼コックであった山田善二郎さん。現・国民救援会長である。
山田さんの命がけの通報と、猪俣浩三社会党議員の世論への訴えで、52年12月鹿地さんは闇に葬られる寸前で監禁を解かれる。拉致から1年余、日本が独立して半年余のことである。
問題はここで終わらない。横暴極まる米に対して沸騰した世論を沈静化するために、謀略が仕組まれる。「鹿地はソ連のスパイだった」とでっち上げられたのだ。手の込んだことに、「自分は鹿地の指示によってソ連のスパイとして働いていた」と「自白」する人物までが現れた。帝国電波(現クラリオン、保安隊・自衛隊との関係が深かった)の社員だったこの三橋という男は、さっさと有罪となり服役をすませた。その後は、社内で出世したというから妙な話。
三橋有罪を受けて、被害者だった鹿地さんが電波法違反で起訴されたというわけだ。鹿地さんは一審有罪判決を受け、私が関与したのはその後の高裁段階だった。その後東京高裁は明快な無罪判決を言い渡し確定する。しかし、遅れた無罪判決は謀略の効果を消すことはできない。
今はなき鹿地さんを思い出す。この事件を通じて、権力というものの酷薄さ醜悪さを知った。そして、権力に屈せずにたたかう人々の誇りも教えられた。
私が弁護士になったきっかけのひとつである。
(2017年8月12日・連続第1595回)