特定秘密保護法案閣議決定の日に?廃案への三題噺
いよいよ正念場。政府は本日(10月25日)「特定秘密保護法」案の上程を閣議決定した。また、既に上程されて継続審議となっている「国家安全保障会議(日本版NSC)設置法」案が、本日衆院本会議で審議入りした。政府・与党は、両法案をセットとして今臨時国会で成立を目指している。
公明党の修正提案がどう反映しているかが気になるところ。
第7章の「罰則」の前に、第6章「雑則」(18?21条の4か条)を置いて、ここにはめ込んでいる。が、これではダメだ。「焼け石に水」程度の効果もなく、却って「法案成立のための呼び水」の役割でしかない。
18条が、「(特定秘密の指定等の運用基準)」で、調整役を置いて各省庁で秘密指定のバラツキが出ないよう「統一的な運用を図るための基準を定める」とするもの。19条が(関係行政機関の協力)と題して、「関係行政機関の長に秘密の漏えいを防止するため、相互に協力する」義務を課すもの。20条が、「(政令への委任)」条項。そして、21条が問題の「国民の知る権利・メディアの取材活動の自由」への配慮規定である。
第21条(この法律の解釈適用)
第1項 この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。
第2項 出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。
これで安心という言論人がいたら、オメデタイ限り。むしろ、「自分は、政府ベッタリの立場なのだから、どんな条文になっていようとも関心がない」との表白であろう。
まず、このような文言を条文の中に入れざるを得ないこと自体がこの法案のもつ危険性の証しである。この条文の真意は以下のとおり。
「この法律は、適用に当たって拡張して解釈される虞が極めて高いことは覚悟してください。なにしろ、誰にも検証のしようがないのですから。行政をチェックする国会ですら基本的にアンタッチャブルになるのですから、議員の皆様はそれを覚悟で賛否を決してください」「国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならないのですが、そうなる可能性は際限なく高いのですよ。いや、きっとなりますよ。なにしろ、この法案の基本思想が、人権よりは国家の安全を優越価値とするのですから当然といえば当然なのです」「そして、この法律で地雷を踏むことになるのは記者なのだということを、『報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない』という形で警告をしておきますよ。この法律ができたら、よくよく考えて、賢く身を処すことですね」
なお、配慮の対象は、「国民の知る権利の保障」とはなっていない。これに資する限りでの「報道又は取材の自由」だけが配慮の対象となっている。どうも違和感を拭えない。
実践的には、第2項の、違法性阻却(犯罪構成要件に該当する行為があっても、実質的に処罰に値しないとして犯罪不成立とする)事由存在の推定規定の解釈・運用が問題となる。
まず、「出版又は報道の業務に従事する者」以外には適用がない。そして、「出版又は報道の業務」の定義規定はない。私は、日民協の機関誌「法と民主主義」の編集委員だが、はたして「出版又は報道の業務に従事する者」として、私も保護されるのか。おそらくはダメだろう。問題は、境界が限りなく不透明で、萎縮効果が大きいということだ。
「法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする」が最大の疑問点。まず、法令違反があった場合には、違法性を阻却しないという。そもそもこれがおかしな話し。形式的な法令違反があったとしても、正当な業務行為としてなされたものなら、違法性を阻却して犯罪不成立」としなければならない。ところが、この条文は「形式的に法令違反あれば、正当業務としては認めない」という宣言と読まざるを得ない。しかも、「法令違反」の「法令」のうちには、特定秘密保護法もはいるのだから、「この秘密保護法に違反した取材があれば、法令違反だから正当業務としては認めない」ということになる。最悪の解釈としては積極的違法性阻却排除条項であり、最善の解釈としてもトートロジーとして無意味な条項である。
「著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。」も同様。たとえ「著しく」が付こうとも、「違法ではなく、不当に過ぎない方法」での取材活動が、権力的に規制されてはならない。この条文は、本来犯罪とはならない「不当な取材まで」許さないとしているのだ。
こんな法案を成立させてはならない。法案成立に固執すれば、与党は民意に見放される、そんな雰囲気が作れるかの問題だが、昨日・今日の報道での脈絡のない下記3題の話題が、「この法案の成立は無理だろう」と思わせる。
その1 「原発情報も『秘密』指定」
昨日(24日)国会内で開かれた超党派議員と市民による政府交渉の場で、法案担当の内閣情報調査室の橋場健参事官が、「原発関係施設の警備等に関する情報や、テロ活動防止に関する事項として特定秘密に指定されるものもありうる」と説明したと報じられている。核物質貯蔵施設などの警備実施状況についても同様だという。これは一大事。世論を動かし得る重大問題だと思う。
つまりは、原発の危険性に関わる情報を国民に漏らしてしまえば、テロリストの活動に利することになり、「我が国及び国民の安全」に支障を来すことになる、という論法。原発の内部構造や事故の実態も、警備に支障になるとして特定秘密に指定される危険が明確にされたのだ。
原発の内部構造はテロリストの侵入計画立案に利する。メルトダウンした核燃料の状態、汚染水の現状やアルプスの配管構造や脆弱性等々、国民が知りたいことは全て「テロリストに最も有効な攻撃目標を教示すること」になってしまう。これは、この法案がもつ、本質的な問題点なのだ。
福島県議会の全会一致の決議「特定秘密保護法に対し慎重な対応を求める意見書」(10月9日)を思い起こそう。「当県が直面している原子力発電所事故に関しても、原発の安全性に関わる問題や住民の安全に関する情報が、核施設に対するテ口活動防止の観点から『特定秘密』に指定される可能性がある」ことが指摘されている。単なる危惧ではない。担当者がこのことを認めたのだ。特定秘密保護法が成立したら、原発に関する報道も、国会での追及も、まったく様変わりしてしまうことになるだろう。「テロ」と「スパイ」を口実に、国民の原発事故についての詳細を知る権利は奪われる。政府にしてみれば、便利この上ない、喉から手が出るほど欲しい法律だと言えるだろう。
また、1989年のこと。海上自衛隊那覇基地内にASWOC(アズウォック・対潜水艦戦作戦センター)の庁舎が建築された。その際、建築基準法に基づきこの庁舎の建築工事計画通知書が、那覇市に提出された。この資料を市民が情報公開請求し、那覇市が市条例に基づいてこれを公開した。ところが国(那覇防衛施設局長)が公開に「待った」をかけた。「防衛秘密に属するから公開はまかりならぬ」というのである。国は、那覇市を被告として公開取り消しの裁判を起こした。公開情報から防衛力の内容が「敵国のスパイに漏れる」「設計図面は、テロリストの攻撃に利用される」という理由。最高裁まで争われて、幸いこの件では那覇市側が勝訴したが、現行法下でもこのような争いが起こる。特定秘密保護法が成立したら、この程度では済まないことになるだろう。情報の公開ではなく、秘密の保護が優先する社会になる。
その2 「メルケル首相携帯電話盗聴」事件
スノーデンの身を挺しての行動は民主々義に大きなインパクトをもたらした。彼の勇気ある公益通報で、「国家秘密」「特定秘密」とは具体的にどんなものかのイメージがつかめる。その最たるものが、米諜報機関によるメルケル首相の携帯電話盗聴である。スノーデンが入手していた国家安全保障局(NSA)の機密文書にメルケル氏の当時の携帯電話番号が記載されていた。これを発端としたドイツ政府の調査は米情報機関による盗聴があったとの結論に至って、米に強く抗議をした。米側は表向き疑惑を否定したとされているが、微妙な言いまわしで実は盗聴の事実を認めている。
アメリカ国民も大いに驚いたことだろう、自国の政府は同盟国の首相を対象とした盗聴までしていた。問題は、CIAやNSAが何をしているかが一切秘密になっていることだ。秘密保護法が成立し日本版NSC(行政機構としてのNSAも)ができれば、日本も同じようになるだろう。たとえ、オバマの寝室に盗聴器を仕掛けても、「何が秘密かは一切秘密」で押し通すことができるのだ。
その3 「首相の趣味」身内も批判報道
自民党衆院議員の村上誠一郎元行革担当相が毎日新聞の取材に「財政、外交、エネルギー政策など先にやるべきことがあるのに、なぜ安倍晋三首相の趣味をやるのか」と述べ、特定秘密保護法案にこだわる安倍内閣の姿勢を痛烈に批判した、という。「法案に身内から強い反発が出た」と報じられている(毎日10月24日夕刊)。
「村上氏は特定秘密保護法案と国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案について「戦争のために準備をするのか。もっと平和を考えなければいけない」と懸念を表明。さらに「(特定秘密保護法案には)報道・取材の自由への配慮を明記したが、努力規定止まりだ。本当に国民の知るべき情報が隠されないか、私も自信がない。報道は萎縮する。基本的人権の根幹に関わる問題だ」と、国民の「知る権利」が侵害を受ける危険性に言及した。」と立派な発言をしている。
村上氏は衆院政治倫理審査会長。愛媛2区選出で当選9回。新人時代の1986年11月、谷垣禎一氏(現法相)、大島理森氏(元党幹事長)ら自民党中堅・若手国会議員12人の一員として、中曽根康弘内閣の国家秘密法案への懸念を示す意見書を出した、とのこと。自由民主党の国民政党という看板がそれほどおかしくはなかった時代の良識派なのだ。
「おーい、谷垣さん、大島さん。そして、かつての『12人組』の皆さん、村上さんを孤立させたままで良いのかい」
この三題噺。「国民の知りたいことこそ、秘密にされる」(その1)、「何が秘密が分からぬ以上、秘密は際限なくひろがる」(その2)、だからこそ「まともな保守派も、内心は反対している」(その3)という関係。
誰がどう考えても、特定秘密保護法はおかしい。おかしいだけでなく危険極まりない。多くの人に内容を理解してもらうことができれさえすれば、世論はこぞって反対することになる。きっと与党幹部の面々に、「無理して法案の成立にこだわると、政権の命取りになりかねない」と思わせることが可能となる。
(2013年10月25日)