《検事長の勤務延長に関する閣議決定の撤回を求め》《国家公務員法等の改正案に反対する》日弁連会長声明
今夕(4月7日)緊急事態宣言という。これも重大事だが、コロナ禍での大騒ぎを奇貨としての安倍の諸疑惑逃れを許してはならない。桜疑惑、森友文書改竄疑惑、カジノ疑惑、河井夫妻疑惑…。そして、そのすべてに関わるものが幹部検察官人事介入疑惑である。
ことの発端は、黒川弘務東京高検検事長についての違法な定年延長。露骨なえこひいき人事であった。これを指摘された安倍は反省するどころではない。いま開き直って検察庁法改正を含む国公法改正を強行しようとしている。今後は、「合法的に」内閣の裁量によって幹部検察官の人事に介入しようというのだ。
昨日(4月6日)、日弁連がようやくこの問題に会長声明を発した。「法の支配と権力分立を揺るがすと言わざるを得ない」と踏み込んで批判している。各地の単位弁護士会のうち、既に22会がこの問題について、実務法律家の立場から反対意見を表明している。日弁連としてはやや遅きに失したという声もあるが、荒中新会長の決断に敬意を表したい。
声明も言うとおり、刑事司法の根幹を揺るがし、三権分立の大原則をも崩壊させかねない大問題である。安倍政権への国民の信頼がなくなることは些事であるが、刑事司法への国民の信頼が失われることは、憂慮すべき由々しき事態である。
なお、本年3月5日、日本民主法律家協会を含む法律家9団体が、「東京高検検事長黒川弘務氏の違法な任期延長に抗議する法律家団体共同声明」を公表しており、4月2日付けで日本民主法律家協会が、下記の「検察官の独立を侵す検察庁法改正案に反対する声明」を出している。これをご紹介しておきたい。
**************************************************************************
検事長の勤務延長に関する閣議決定の撤回を求め、国家公務員法等の一部を改正する法律案に反対する会長声明
政府は、本年1月31日の閣議において、2月7日付けで定年退官する予定だった東京高等検察庁検事長について、国家公務員法(以下「国公法」という。)第81条の3第1項を根拠に、その勤務を6か月(8月7日まで)延長する決定を行った(以下「本件勤務延長」という。)。
しかし、検察官の定年退官は、検察庁法第22条に規定され、同法第32条の2において、国公法附則第13条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基づいて、同法の特例を定めたものとされており、これまで、国公法第81条の3第1項は、検察官には適用されていない。
これは、検察官が、強大な捜査権を有し、起訴権限を独占する立場にあって、準司法的作用を有しており、犯罪の嫌疑があれば政治家をも捜査の対象とするため、政治的に中立公正でなければならず、検察官の人事に政治の恣意的な介入を排除し、検察官の独立性を確保するためのものであって、憲法の基本原理である権力分立に基礎を置くものである。
したがって、国公法の解釈変更による本件勤務延長は、解釈の範囲を逸脱するものであって、検察庁法第22条及び第32条の2に違反し、法の支配と権力分立を揺るがすものと言わざるを得ない。
さらに政府は、本年3月13日、検察庁法改正法案を含む国公法等の一部を改正する法律案を通常国会に提出した。この改正案は、全ての検察官の定年を現行の63歳から65歳に段階的に引き上げた上で、63歳の段階でいわゆる役職定年制が適用されるとするものである。そして、内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案し」「公務の運営に著しい支障が生ずる」と認めるときは、役職定年を超えて、あるいは定年さえも超えて当該官職で勤務させることができるようにしている(改正法案第9条第3項ないし第5項、第10条第2項、第22条第1項、第2項、第4項ないし第7項)。
しかし、この改正案によれば、内閣及び法務大臣の裁量によって検察官の人事に介入をすることが可能となり、検察に対する国民の信頼を失い、さらには、準司法官として職務と責任の特殊性を有する検察官の政治的中立性や独立性が脅かされる危険があまりにも大きく、憲法の基本原理である権力分立に反する。
よって、当連合会は、違法な本件勤務延長の閣議決定の撤回を求めるとともに、国公法等の一部を改正する法律案中の検察官の定年ないし勤務延長に係る特例措置の部分に反対するものである。
2020年(令和2年)4月6日
日本弁護士連合会
会長 荒 中
**************************************************************************
検察官の独立を侵す検察庁法改正案に反対する声明
2020年4月2日
日本民主法律家協会
第1 はじめに
2020年3月13日、政府は、検察官のいわゆる定年延長(以下、原則として勤務延 長と呼ぶ。)などを盛り込んだ検察庁法の改定を含む「国家公務員法等の一部を改正する法律案」(以下、法案という。)を閣議決定し、国会に提出した。
検察官について、法案は、
?検察官の定年を検事総長と同じ65歳に段階的に引き上げる、
?63歳に達した検事正、検事長、次長検事につきいわゆる役職定年制を導入する、
?役職定年を超える任用の特例を認める、
?定年年齢に達した検察官について「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由」があると認める場合に勤務延長を認める、
というものである。
しかしながら、法案のうちとりわけ??については、時の政治権力による検察人事への不当な介入、それによる検察行政への不当な影響をもたらすという危険を多分に有する。これは、法の支配・法治国家という近代国家の基本原則をゆるがせにすることでもあり、到底容認することができない。
第2 正当な立法事実の不存在と法案による違法な事実の追認
1 法案には、そもそも、正当な立法事実が存在していない。一般の公務員の場合、職務の内容、その執行される場所が多岐・広範であることから、いわゆる余人をもって代えがたいなどの状況もありうる。従って、それに対処するために定年延長が必要な場合があることは事実である。しかし、検察官の場合、検察事務・検察行政ないし法務行政のいずれであれ、その職務内容や執行の場所は一般の行政に比して限局されている。また、検察官同一体の原則に基づく事務委任・事務引取移転により、検察官の行う事務作業を円滑に維持することが可能で、現にそのように実施されてきた。戦前の裁判所構成法の下で一時期存在していた判検事の定年延長制度を、戦後の裁判所法・検察庁法が引き継がなかったのも、裁判所構成法の立法当初指摘された勤務延長を認める必要性が現実には存在しなかったことに由来する。ある検察官の定年退職によりこれらの事務が阻害されたとの事実ないしそのおそれの存在は、まったく示されていない。正当な立法事実の存在自体が、極めて疑わしい。2019年10月末に内閣法制局が一度了承した検察庁法改正当初案においては、勤務延長などに関する規定はなく、法務省が2019年10月にまとめた説明資料でも、「(検察官は)柔軟な人事運用が可能」で、「公務の運営に著しい支障が生じるなどの問題が生じることは考え難く、…(特例)規定を設ける必要はない」と明記している。
2 法案は、2020年1月31日に閣議決定された黒川弘務東京高検検事長のいわゆる定年延長問題に端を発したものである。黒川氏は現行の検察庁法に基づき2月に定年退職する予定であったところ、安倍政権は、「検察官は国公法の定年延長を適用されない」という従前の法解釈を変更し、これに基づいて黒川氏の定年が半年間延長された。これは、「首相官邸に近い」とされる同氏を次期検事総長に就任可能とする措置だとも言われている。しかし、このような解釈変更とそれに基づく勤務延長措置がきわめて恣意的であり、違法・不当であることは、われわれを含む法律家9団体が先に発表した2020年3月5日付「東京高検検事長黒川弘務氏の違法な任期延長に抗議する法律家団体共同声明」、各報道機関の論調をはじめ、各方面からすでに多数指摘されているところである。すなわち、国家公務員法の規定する勤務延長制度は検察官には適用されないとしてきた従来の解釈を、官邸の独断により正規の手続もなく変更するという違法手段によって、たった1人のためにだけ勤務延長が強行され、これにより政治権力による検察への介入に対する防波堤が崩されることとなった。これを契機として準備されたと思われるこの法案は、立法事実を欠くのみならず、上記のような違法・不当な措置を、立法という形をとって「合法化」するものである。社会状況の変化などで法解釈が変更されることはありうるとしても、法案はそのような要請に基づくものでない。きわめて不公正かつ邪悪な意図に基づくものである。
第3 時の政府による検察支配のための法案
1 検察官は、内閣に属する行政権を担う行政官であるが、その職務は司法権の行使と密接に関係する。このため、検察官が行う事務を統括する検察庁も、通常の行政機関とは異なる「特別の機関」(国家行政組織法8条の3)とされている。また、検察官は、いわゆる独任官庁として自己の良心に従った事件処理を行うべきことも要求されている。かかる特殊性から、検察官には、一般公務員よりも手厚い、裁判官に近い身分保障が付与され、停職・免職事由は法定の事由に限られる(検察庁法25条)。これらは、政治権力が検察に対して不当に介入することを防止し、検察官が自己の良心に従って独立した判断を行うことを可能とするためであるが、法律に事由を明定することによって検察官人事の客観性・透明性を担保する機能をも有する。法務大臣のいわゆる具体的指揮権の対象を検事総長に限った(同14条)のも、検察に対する政治的影響を極力排する趣旨からである。このことは、日本に限らず世界的な要請である。
各国の検察官が参加する組織である「国際検察官協会」(INTERNATIONAL ASSOCIATION OF PROSECUTORS)の策定した「専門職責任と検察官の基本的な権利義務に関する宣言の基準」(STANDARDS OF PROFESSIONAL RESPONSIBILITY AND STATEMENT OF THE ESSENTIALDUTIES AND RIGHTS OF PROSECUTORS)なども、検察官の不羈独立・公平を強く求めている。定年制も、人事の新陳代謝を確保しつつ、年齢という客観的基準のみで検察官の身分を失わせる点で、きわめて公正な制度であり、政治権力の検察への恣意的な介入を防ぐ機能を有している。日本において特殊な定年制を導入してきた官職の多くは、独立性・専門性の高い職種で、検察官の定年制も、そのような職務の特殊性に由来するものであった。司法権の地位と機能を強化した日本国憲法の下では、判検事の独立性はきわめて重要であり、定年制も、判検事の人事に対する政治権力の介入を防止するという趣旨から理解されるべきである。政治権力の検察への介入、あるいは検察権限の政治的利用が市民社会や国家の在り方にきわめて悪い影響を与えることは、大逆事件、帝人事件、造船疑獄事件をはじめとする多くの事件が示すとおりである。現在の検察庁法も、そのような弊害を引き起こさないことを重要な柱としている。しかし、法案による勤務延長や役職定年の延長は、以上の原則に逆行する。
2 検事総長などの検察最高幹部は、内閣により任免され天皇により認証される(検察庁法15条1項)。この点で、政治権力が検察官人事に関与することは事実である。しかし、免職は法定事由に限られ、任用も、具体的な検察事務などとは関係なく当該検察官の人格識見に基づくものである点で、恣意的な介入の度合いは相対的に少ない。これに対し、法案によれば、検事正を含む検事・副検事については法務大臣の定める準則、検事長・次長検事・検事総長については内閣の定めるところにより、当該検察官にかかる「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由」を考慮して、それぞれ勤務延長や役職定年延長の措置を執るというものである。この点で、政治権力が具体的な検察事務などに踏み込んで勤務延長などの要否・当否を判断することが、可能となる。このことはまた、政治権力の絡む事件の捜査・公判について、いわゆる「忖度」などによる検察官の萎縮効果をもたらしうることとなり、検察の不羈独立や公平は画餅に帰しかねない。特に、検事総長などの検察最高幹部は、政治権力と接触することが多い地位であるだけに、一層の不羈独立・公平が求められる。にもかかわらず、法案によれば、内閣の意向でその地位を左右することが可能となる。検察は、権力者の番犬に成り下がることとなる。
第4 結論―法案は廃案とすべきである
以上のように、法案は、その必要性を欠き、むしろ、百害あって一利のないものというべきである。そして、法案が提起された背景をも見るならば、そこには、法の支配・法治主義という近代国家の原則を理解せず、むしろそれに敵対的で、絶対王政的な人の支配に親和的で、現にそのような政権運営をあらゆる方面で行ってきた現政権の姿勢を如実に表わしたものというべきである。従って、法案は速やかに廃案とされるべきであり、われわれはそのために最大の努力を尽くすものである。
以上
(2020年4月7日)