「命こそかけがえのない宝」ー特攻を美化してはならない。
昨日のブログでは、戦場での投降を「勇気と理性ある判断」と称賛した。これに少し付言したい。
もう20年近くも前のこと。沖縄の戦跡をめぐって現地の人から話を聞く機会があった。中部にも南部にもたくさんのガマ(洞窟)があり、多くの避難民がここに逃げ込んだ。よく知られているとおり、米軍の投降勧告に従ってガマから出て命を永らえた人もおり、投降を拒否して自ら命を断った人もいる。その差はどこから生まれたのか。
私の聞いた説明ですべてを理解したは思わない。しかし、次のような印象深い話をそれぞれのガマの中で聞いた。
一つは、100人に近い規模の避難民集団のリーダーが看護婦経験者だった例。彼女は統率力もあり親切な人柄でもあって、自ずとリーダー格となってみんなに信頼されていた。しかし、中国での従軍看護婦としての自らの体験から、捕虜になることは死を意味することと思い込んでいた。皇軍の投降者に対する取扱いから学んだことである。こうして、このグループは、投降勧告を最後まで拒否して殆どが亡くなった。多くは手榴弾による自決であったと説明を受けた。
もう一つのグループは、沖縄からハワイへの移民者の二世としてハワイで生まれ若い頃をそちらで過ごした経験をもつ初老の男性がリーダーだった。こちらは、米軍の降伏勧告を受け入れて、ほぼ全員が投降し命を永らえている。このリーダーは、「アメリカでの生活経験から、米軍が捕虜を殺したり、虐待するはずはない」と考えていた。その思いから、苦労してみんなを説得したのだという。
前者は、日本軍の鬼畜の行為から、「米軍も鬼畜に違いない」と思い込んだ例。後者は、自分の生活体験から、「鬼畜米英」というレッテルを信用しなかった例。この考え方の差異が多くの人の生死を分けることとなった。理性ある判断の基礎にこんな事情もあったのだ。多くの沖縄県民が、捕虜になりさえすれば助かるところを、刷り込まれた種々の情報や観念によって投降できずに、あたら「宝とされた命(ぬち)」を落としたことを無念と思う。国家とは、大日本帝国とは、罪の深いものと、あらためて考えざるをえない。
戦場での敵陣への投降が、「投降すべからず」という国家の命令に叛いても個人の生命を大切にする行為の典型であるとすれば、その対極にあるものが「特攻」であろう。国家のために、自分の命を捨てる行為である。「一身を犠牲にして、多数の敵を殺す行為」、これをどう評価すべきか。特攻が強制であれば国家の非道これに過ぎるものはない。特攻が真に自発的な意思によるものと仮定すればなおのこと、個人の命をも飲み込む国家の凶悪さが際立つものと言わねばならない。
そもそも戦争とは相互の殺戮と破壊の集積である。あらゆる戦闘行為が殺戮と破壊をもたらす罪である以上、特攻も同様の罪でしかない。しかも、積極的に、できるだけ多数の殺戮を企図するものとして、より重大な罪なのだ。特攻を元祖としこれに倣って現代に蔓延しているのが「自爆テロ」。これと本質において変わるところはない。
5月3日の未明、たまたま「ラジオ深夜便」保坂正康インタビューで特攻の話を聞いた。そして、その日の午後、立教大学で行われた全国憲法研究会が主催した憲法の日記念講演会で、ほぼ重なる保坂の話に接した。
印象に残ったことのいくつかの要約。
「特攻機が離陸した後は無線機のスイッチはオンのままとなる。基地では特攻隊員の『最期の叫び』を聴いて、これを通信記録として残していた。厖大な記録だったが敗戦時にすべて焼却されている」「それでも、個人的なメモを残していた参謀もいた。殆どの最期の声は『お母さーん』か、恋人と思しき女性の名前だった。『大日本帝国万歳』というのはほとんどなかった。中には、『海軍のバカヤロー』と叫ぶ者もあった」
「特攻は志願を建前としてたが、実際には強制だった。知覧で特攻機の整備兵だったという人から話を聞いたことがある。『特攻が決まると、殆どの者は茫然自失し、痛々しいほど取り乱す。私は、そのような若者を次々と死地に送り出したことに、いまだに心の痛みが消えない』と言っていた」
「特攻での死者は学徒兵と少年兵とが圧倒的に多く、職業軍人は少ない。これは、指揮官を育てるのに金を費やしているからだ。ここに、生死を分ける差別の構造が見える。ある参謀は言っていた。『息子を戦死させない方法を教えてやろうか。陸大に入学させることだよ』と。エリートは前線に行かず死なないのだ」
「特攻は軍事として外道だ。どこの国にも、その国の軍事学が育った。しかし日本にはそれがなかった。フランスとドイツに学んだ上っ面だけの西洋軍事学に武士道をくっつけた。それも『武士道とは死ぬこととみつけたり』という葉隠の文字面だけを都合良く利用しただけのもの」
保坂の言は傾聴に値する。特攻を命じた旧軍のシステムに怒りを露わにしていることには大いに共感する。しかし保坂は、特攻隊員の死に感傷的なまでに感情移入している。特攻隊員の死を他の戦争犠牲者の死とは分けて特別視しているやに覚えて、多少の違和感を禁じ得ない。むしろ、思う。どうして、知性も勇気も持ち合わせた人々が、「海軍のバカヤロー」と言いつつも、敵艦に突っ込んでいったのだろうか。形式的にもせよ、どうして「志願」したのだろうか。「命が大切」「命が惜しい」「生きながらえたい」「この命、国家なんぞに呉れてやってたまるものか」と考えるべきではなかったか。
いささかも特攻を美化してはならない。国家のための死の選択を美しいなど言ってはならない。国家が、国民の生を謳歌する自由を奪った非道として断罪しなければならない。特攻は、戦争の非道、戦争の悲惨、戦争の醜さ、戦争の愚かさを際立たせた一つの事象として記憶されなければならない。
(2015年5月7日)