澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

原則は歪められ、理想は地に落ちてゆく。安倍晋三の大罪がまた一つ、積み上げられた。

「会同」という官庁用語がある。「会同」には、「会議」にはない権威主義的な胡散臭い響きがある。「会同」においては、出席者に発言や議論は期待されない。最高幹部から出席者に組織の意思が重々しく伝達される場というイメージ。「高等裁判所長官・地方裁判所長・家庭裁判所長会同」「行政事件担当裁判官会同」「自衛隊高級幹部会同」など、名を聞くだに息苦しい。

2月19日(水)、法務省で「検察長官会同」が開催された。法務大臣、検事総長以下、全国の高検や地検のトップが一堂に会する場。議題は「検察運営上、考慮すべき事項」とされ、冒頭の稲田伸夫検事総長訓示が「質の高い検察権行使により、国民の期待と信頼に応えられる検察であり続けるよう尽力してほしい」という陳腐な内容だったという。これだけでは何の国民の関心も惹かない。

ところが、出席者からの発言や議論は期待されないはずのこの会同において、異例の発言があったことが報じられて、話題となっている。

冒頭を除いて、この「会同」は非公開である。非公開の席での発言が複数メディアの記事になっているのだから、積極的に取材に応じた出席検察官が複数いたということだ。情報源を「複数の出席者が明らかにしたところによると」とする記事もある。

複数メディアの記事の内容は、以下のとおりにほぼ一致している。

「会議の終盤に中部地方の検事正が挙手をし、法務省の首脳に黒川氏の定年延長について質問。『検察は不偏不党でやってきた。政権との関係性に疑念の目が向けられている』といった内容の発言をした上で、『このままでは検察への信頼が疑われる。国民にもっと丁寧に説明をした方がいい』という趣旨の提案をした。」

一部のメディアの記事では、この検事正の発言には、検察庁法14条の引用があったという。法務大臣の検察業務への介入は原則として禁じられている。その原則を破る例外としての「指揮権発動」を定めたものが検察庁法14条である。今回の黒川検事長定年延長は、指揮権発動にも等しい愚挙との指摘であったろう。

これに対して、主催者側の辻裕教・法務事務次官が質問を引き取ったが、「『延長の必要性があった』と答えるにとどめた」と報じられている。

今注目の検察官といえば、稲田伸夫検事総長と、その後任を争う林真琴名古屋高検検事長、黒川弘務東京高検検事長の3名。当然のことながら、「会同」には、この注目の3名も出席している。その面前での、黒川検事長の名を上げての検察庁幹部人事のありかたへの疑念の表明である。インパクトが小さかろうはずはない

通常、検事総長人事も検事長人事も、さしたる国民の関心事ではない。人事に国民の関心や注目が集まる事態が既に異常なのだ。この3名の検察官に国民の注目が集まる理由は、安倍内閣の検察庁最高幹部人事への介入の異常があればこそのことである。

硬骨な検事正の発言は、報じられる限りでは、さすがに抑制の効いた内容である。しかし、本当はこう言いたかったのではないだろうか。

検察は時の政権の走狗ではない。準司法機関として不偏不党が要求される立場にあり、公正性・中立性についての国民の信頼なければ成り立ち得ない。これまでは、営々と国民の信頼を勝ち得る努力を積み重ねてきたところだ。いま、国民からの信頼が崩壊しかねない事態に遭遇している。これは、これまで全国の第一線の検察官が積み上げてきた努力を無にするということにほかならない。検察が現政権の思惑次第で操られているのではないかという疑惑に対する、厳しいが疑念の目が検察・検察官に向けられている。このままでは国民の検察への信頼を維持することができない。場合によると、黒川検事長の定年延長は違法で無効なのかも知れない。そうなる前に、黒川検事長の定年延長閣議決定は撤回すべきだ。あるいは、再度の閣議で、定年延長を打ち切ったらよい。いずれ黒川検事長を検事総長にしてはならない」

これに対する、辻次官の「延長の必要性があった」という弁明はいかにも投げやりで力がない。もしかしたら本音、はこうではないだろうか。

「黒川検事長の定年延長は必要性あってのことですよ。もちろん、その必要性は主として安倍政権にとってのものですが、必ずしも官邸サイドだけのものではない。このご時世、『検察の不偏不党』『国民からの信頼』だけではことはうまく運ばないんですよ。『政権との微妙な間合い』『政権からの信頼』も大切なんで、官邸の意向を飲まざるを得なかった。そんなことはみんなお分かりでしょう。官邸からのゴリ押しに屈したと言わば言え。仕方がないじゃないですか。原則論を振り回しても、無駄なものは無駄。ここは面従腹背でいくしかないんです」

こうして、原則は歪められ、理想は地に落ちてゆく。安倍晋三の大罪がまた一つ、積み上げられた。
(2020年2月22日)

日本の司法制度と裁判官:何故おかしな判決が相次ぐのか 司法のあり方を論争的に考える―講演会レジメ

2月13日に、司法問題での講演を引き受けた。下記の内容である。すこし変わった形のレジメを掲出しておきたい。これをお読みいただいて、なるほど面白そうだと思われた方には、ぜひお越しいただきたい。

ところで、判決は裁判官が言い渡す。裁判官ヒエラルヒーの最上位にあるのが最高裁裁判官である。彼らは裁判体として全判決を統制し憲法と法律の解釈を一元化する役割を担う。それだけでなく、司法行政の主体ともなり、最高裁事務総局を通じて下級裁判所の全裁判官を統制する。

その最高裁裁判官15人が,すべて安倍内閣の任命となった。問題は、その任命方法がはなはだ不透明で、合点がいかないことだ。

新憲法ができて、司法が天皇の裁判所から人権の砦に切り替えられたとき、最初の15人の最高裁裁判官をどう選んだか。これが興味深い。憲法では内閣に任命権が与えられているが、新らしい裁判所法は内閣の専断を防止するために、「最高裁判所裁判官任命諮問委員会」を設けた。その構成は、衆参両院の議長、裁判官4名、弁護士4名、検察官1名、首相指名の学識経験者4名の計15名である。この諮問委員会が、30人の候補者を推薦して、その中から内閣が15名を任命した。この諮問委員会はこのときだけ語り草となる働きをして、その後は消えた。度々、復活すべき声が上がるが具体化しない。

そして、今、最高裁裁判官がどのように選任されるのか、外部からは窺い知れない。いまや、事態は忖度判決がまかり通る危険水域に達しているのではないか。そんな問題意識での報告である。

 

講 師:澤藤統一郎(さわふじ とういちろう)弁護士
1971年東京弁護士会に登録。靖国神社問題関連訴訟、自衛隊海外派遣違憲訴訟(湾岸戦争戦費支出差止請求事件)、東京日の丸君が代強制違憲訴訟などに関わった。元日弁連消費者委員長。

次 第
日 時:2月13日(木)18時~21時(開場17時30分)
会 場:スペースたんぽぽ 参加費(資料代含む):800円(学生400円)
たんぽぽ舎のあるダイナミックビルの4階 JR水道橋駅西口から5分
水道橋西通りを神保町方面に向けて左折、グローバルスポーツビル、
GS跡地(セブンイレブン)を過ぎて鉄建建設本社ビルを過ぎたら左折。
東京都千代田区神田三崎町2-6-2  tel 03-3238-9035 fax 03-3238-0797
Email: nonukes@tanpoposya.net URL: http://www.tanpoposya.com/

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☆司法の使命は?
A そもそも、憲法の理念を実現するのが司法本来の使命。立法からも、行政からも、時の政治勢力からもきっぱりと独立した司法が、憲法の平和主義、国民主権、人権保障を実現しなければならない。そのために実効性のある裁判所が必要で、違憲判断に躊躇しない積極姿勢の裁判官が求められている。

B そう力むこともなかろう。司法ばかりが目立つようでは困るのだ。この国の基本は民主主義ではないか。国会は国民の意思によってつくられ、議院内閣制をとる行政も民主的手続で出来ている。しかし、司法は民主的な基盤を持たない。司法がしゃしゃり出ることは、けっして望ましいことではなく、立法や行政の違憲審査に関しては、できるだけ消極的な司法の姿勢が望ましい。

C 司法消極主義は三権分立のタテマエに適合しているようで、実は、日本の政治状況に照らすと、憲法理念に理解のない保守政治をのさばらせている結果を招いている。こと人権侵害の問題については司法積極主義を大胆に貫きつつ、それ以外の問題では司法消極主義でよいのではないか。

B それはおかしい。日本の政治状況が保守に傾いているのは国民意識を反映しているだけのことで、司法のありかたとは無関係だ。それに、司法の守備範囲は原則として人権に関わる分野についてだけのはず。その他の憲法分野に司法が介入できるのは人権侵害を救済する必要あっての最小限度に限られる。司法積極主義か、司法消極主義かの争いは、そもそも人権論に関しての論争で、Cの意見はAと変わらない。

A 人権と制度(統治機構)とは、密接に絡み合っている。Bのように、厳格に人権救済だけを司法の役割と限定すると、実は、平和や国際協調や民主主義などの憲法理念の破壊あっても、その予防も修復もできなくなってしまう。それでよいのかという問題だ。私は、人権救済を基本としつつも、関連する制度運営に関しても、幅広に司法の役割を認めるべきだとする司法積極主義を支持する。

C 私は、日本国憲法の司法の役割は、あくまで人権というキーワードが最重要で、司法は人権擁護に徹すべきだという立場だが、人権侵害の予防・救済には、裁判所は積極的であるべきだと考えている。制度運営の違憲・違法が人権侵害の原因になっているとすれば、制度運用の違憲・違法を糺すのが司法の役割だろう。

☆現実の司法のあり方は?
A 具体的な問題で考えて見たい。多くの市民が原告となって「安保法制違憲訴訟」を提起している。憲法9条に照らして、集団的自衛権を容認する安保法制が違憲であることは明白ではないか。にもかかわらず、裁判所は、そのような実体審理に入ることもなく、合違憲の判断からも逃げて、形式的な却下判決や、国家賠償については法的な損害の存在を否定して棄却判決を繰り返している。これは、実質的に司法が政権の違憲政策に加担する図として許されない。しっかりと踏み込んだ違憲判断をして、憲法を活かすべきが司法の役割ではないか。

B そうではあるまい。原告の諸氏は、その訴えの窓口を間違えていると言わざるを得ない。一国の安全保障や外交・防衛政策は、民主的に国民全体の意思で決定すべき課題なのだから、裁判所ではなく国会に働きかけるべきがスジなのだ。あるいは、街頭でメディアで、世論形成に動くべきだろう。政治的な少数派が、選挙を通じての民主的手続を放棄して、裁判所に助力を期待するのは筋違いなのだ。

C 裁判所は「人権の砦」「憲法の番人」だ。国民の一人ひとりに、平和のうちに生きる権利がある。この紛れもない基本的人権が侵害された場合、あるいは危殆に瀕した場合には、裁判所に駆け込んで判決を求めることができるはずだ。安保法制違憲訴訟ではこの人権救済を求めている。それは、三権分立のありかたから見て裁判所の越権行為ではない。

B そういう個別の人権の立て方には無理がある。結局「~権」という人権があるという形を整えることによって、すべての憲法問題を裁判所マターにしてしまうことになる。これは憲法が想定していることではなかろう。

A いや、憲法は人権の体系なのだ。すべての制度違憲はそれに対応する人権侵害をもたらす。そう考えてこそ、「人権の砦」「憲法の番人」としての司法が機能することになる。立法・行政があまりに憲法を無視している現実があり、その是正を司法に期待して当然で、すべてのテーマに、可能な限り司法判断が及ぶことこそ望ましい。

☆では、憲法裁判所の設置はのぞましいか?
C なかなかに議論はまとまらない。日本国憲法での司法裁判所が違憲審査権を行使するには、どうしても附随的違憲審査制にしばられることになる。それなら、この制約を外したドイツ型の憲法裁判所設置という案はいかがだろうか。韓国の憲法裁判所の評判はよいようだし、野党の一部からの制度改正の要求もある。

A 日本での憲法裁判所の設置は、憲法改正を伴うものとして賛成しかねる。しかも、今の日本の政治情勢で憲法裁判所がつくられれば、立法・行政と一体となって、安易に違憲の立法や行政に、合憲のお墨付きを与える機関となりかねない。

B 具体的な紛争の有無に関わりなく、抽象的な違憲審査を可能とする憲法裁判所は、法や行政行為の合違憲を迅速に判断する機関として、歓迎したい。Aが、司法裁判所には広く憲法判断を求めながら、憲法裁判所の設置に反対するのはご都合主義ではないか。

☆権力分立における司法の位置づけは?
C 現在の司法の役割についても憲法裁判所の設置についても、Aは日本の現状におけるその機能を考え、Bは法体系の一般論として発言しているのが興味深い。A、Bそれぞれは、そもそも司法を、権力の全体構造において、政治的あるいは法的にどのような存在として位置づけているのだろうか。

A 政治学的には、所詮司法も権力機構の一部に過ぎない。司法が権力から独立しているという幻想に欺されてはならない。司法が相対的に権力から独立しているという側面はあるが、これに期待しすぎることが間違いの元なのだ。問題に満ちた今の司法のあり方は、その本質を露呈しているだけのことだ。

B 政治的な立論としてはそのような見解もあろうが、憲法論からは、独立した司法が立法や行政を監視し是正しなければならない。そうなっていない現実があれば、司法を正す努力をすべきが当然である。

C A論は、司法の現状を当然のこととして批判しないということか。また、B論は、立法や行政を直接に正すことと司法を正すことを、どう整理しているのか。

A 私は、権力の全体状況の中で、司法だけが取り立てて「反動化」することもなければ、「民主化」することもないのだろうと思う。その国民の水準に相応の国会がができ、内閣があり、その内閣が指名する最高裁裁判官が内閣を忖度した裁判をしている。なにより大切なのは、現安倍政権のごとき反憲法的権力に対する批判を集中することで、司法部批判はその一部と考える。

B それは、司法独自の課題をネグレクトする浅薄な考えだと思う。権力分立も司法の独立も、人類の叡智が生み出した貴重な理念だ。権力構造の中で、司法は独自の立場と課題をもっている。権力そのものとは異なる司法の本質に焦点を当てた批判が必要でもあり、有益でもある。

☆ 司法の独立の歴史と現状は?
C 司法特有の課題の中心にあるものは、「司法の独立」と言って異論はないだろう。
司法の独立には、「司法権が、他の立法権や行政権あるいは政治的圧力から独立している」ことと、「個々の裁判官が、司法上層部から独立している」ことの二重の意味がある。今の日本に司法の独立の理念は現実化しているだろうか。

A そんなものは影も形もない。かつてその萌芽はあったが、摘まれてなくなった。
戦前の「天皇の裁判所」を、新憲法は「国民の人権の砦」としたはずだった。しかし、裁判官には公職追放の適用はなく、治安維持法や不敬罪に親しんだ「天皇の裁判官」が戦後の司法を発足させた。
そして戦後司法の構造を決めた「ミスター最高裁長官」が2人いる。2代目の田中耕太郎(1950~1960)と5代目の石田和外(1963~1969)。どちらも、ゴリゴリの反共主義者。
それぞれに象徴的な訴訟を抱えた。
田中 砂川刑特法事件 伊達判決→砂川大法廷判決 安保合憲 統治行為論
石田 長沼ナイキ訴訟 福島重雄 平賀書簡 青法協攻撃 ⇒ 司法の危機
石田は定年退官後、「英霊にこたえる会」の初代会長となった。
裁判官の自主的な組織は潰され、最高裁当局から望ましくないとされる裁判官希望者は任官を拒否され、裁判官も出世や給与・任地に徹底した差別を受けている。その結果、上ばかりを見ている「ヒラメ裁判官」の「忖度」判決が横行している。

B それほど極端な状況でもなかろう。砂川大法廷判決も裁判所内のブルーパージ(青法協攻撃)も、立場によって評価の分かれるところだ。
最高裁当局の威光で判決の内容が決まるかというと必ずしもそうではない。愛媛玉串料訴訟では、後に日本会議の会長になる三好達長官が13対2の少数派にまわって敗れている。原発が国策であることは明確であっても、運転差し止めの判決も出ているじゃないか。総理のお友達の山口敬之に対する損害賠償請求事件では、原告伊藤詩織さん勝訴の判決となっている。消費者被害や医療事故に関する訴訟の救済水準も、まずまずというところではないか。

☆最高裁裁判官の任命制度について
C 消費者被害や医療事故、労災・職業病訴訟のような政権の根幹に関わらない事件については、真面目な裁判が行われているという印象だ。しかし、政治の根幹にかかわる事件では、忖度判決となってしまう。沖縄と国との訴訟がその典型だろう。教員に対する「日の丸・君が代」強制の可否をめぐる裁判もそうだ。裁判官の独立がもっとも必要とされる事件で、裁判官の独立が感じられない。どうすればよいだろうか。

A 安倍政権が長期化したことで、15人の最高裁裁判官全員が安倍内閣の任命によるものとなった。とりわけ、第1小法廷にその矛盾が表れている。
池上政幸(大阪高検検事長) 小池裕(東京高裁長官) 菅野博之(大阪高裁長官) 木澤克之(弁・加計学園監事) 山口 厚(弁・弁護士会推薦無し)
結局、《政権⇒最高裁⇒下級審裁判官》という、統制の構造ができあがっている。最高裁は、裁判体として判例を作ることだけでなく、その下級審裁判官に対する人事権をもって統制している。政権の恣意的な意向次第で最高裁判事の任命ができる現制度に、歯止めを掛けなければならない。
日弁連が提案している、「最高裁判所裁判官任命諮問委員会」の設置はその一案だと思う。

B とは言うものの、憲法の規定が「最高裁長官は内閣が指名(任命は天皇)」「長官以外の最高裁裁判官は内閣が任命」することになっているのだから、これを制約するような制度作りは難しいのではないか。もともとが、憲法は理性的で憲法に親和的な内閣を想定していたのだろう。そうなっていない現実が嘆かわしいのだが、内閣の最高裁裁判官任命人事には透明性を確保し世論の批判と、国民審査を実効的なものとする以外に方法はないのではないか。

☆日本の司法にどう展望を見出すか。
A 現行の司法制度を、上から変えようという発想が最高裁裁判官の任命制度改革だとれば、裁判官を下から変えていこうというのが、法曹一元の制度だ。
現行のキャリアシステムにおいては、司法修習生から判事補を採用するが、これを改めて、まず法曹の第一歩はすべて弁護士とする。経験を積んだ弁護士の中から、在野精神を備えた適任者を裁判官として選任する。英米法はこうなっており、韓国も先年このように制度を改革した。こうすれば、ヒラメ裁判官を駆逐して、官僚統制に服しない裁判官の裁判を期待できる。
法曹一元の制度実現以外に,日本の司法の将来展望を描けない。

B 法曹一元は、誰もが表だって反対はしない。これまで何度も、「優れた制度」であり「望ましい制度」として議論され、意見も上げられてきた。しかし、いっこうに具体化しない。制度実現までの道筋が見えてこない。法曹一元熱は、間歇的に上がることがあってもやがて冷めてしまう。法曹内部にも切実な必要性が感じられず、なによりも国民的要求になっていない。それは、司法の現状に堪えがたいほどの不満がないからではないか。

C 現制度を前提の「司法の独立」問題にしても、現制度をこえての「最高裁裁判官」任命制度作りや、「法曹一元」にしても、それが必要と熱く語る人びとが、専門分野に限られて、国民的運動の高まりがない。
しかし、裁判所のありかたは、すべての国民の権利の実現に密接に結びついている。その裁判所のありかたが、国民の関心事でないはずはない。憲法の理念を実現するのも裁判所の役割なのだから、憲法に関心をもつ多くの人にとって、裁判所のありかたに切実な関心が寄せられるべきは当然のことではないか。
ぜひとも、多くの方に裁判所のありかたに関心を寄せていただき、真に司法の独立を実現する運動に助力をお願いしたい。

(2020年2月8日)

2020年日弁連会長選挙事情

2年に1度の日弁連会長選挙が迫っている。来週の金曜日2月7日が投票日となっている。立候補者は以下の5人。かつてない乱戦である。

 武内更一(東京弁護士会・38期)
 及川智志(千葉県弁護士会・51期)
 荒  中(仙台弁護士会・34期)
 山岸良太(第二東京弁護士会・32期)
 川上明彦(愛知県弁護士会・34期

私は、弁護士会の選挙は会内の私事ではないと考えている。公法人であり、公的な任務を持つ弁護士会である。その重要な社会的役割にふさわしく、弁護士会の姿勢はもっと社会の関心事となるべきだし、会内でどのような政策が争われているか社会に知ってもらいたいと思う。

あらゆる団体のリーダー選出においては、選挙権を持つその団体のメンバーの利益向上を最大限化する政策の選択が争われる。弁護士会選挙の場合も例外ではない。しかし、弁護士会の場合は、それにとどまらない。弁護士会が弁護士の使命をいかに遂行すべきか、その理念や具体化のありかたの選択も争われる。

会員の直接的な利益向上に関するテーマの最大のものが法曹人口抑制問題だろう。かつて年間500人だった司法試験合格者数が,今は1500人となっている。弁護士の急増は弁護士の窮乏化を招いている。法曹人口を適正規模に調整しなければ、弁護士の経済的利益が損なわれる。ことは弁護士の経済的利益侵害にとどまらず、弁護士の質を変えることになりかねない。不祥事が増えるというだけでなく、資本の意のままにカネで動く理念なき弁護士が跋扈することになると語られている。

そして、会員の直接的な利益を超えた理念的なテーマの最大のものが,今の時点では憲法改正問題だろう。全員加盟制の弁護士会の中では、なかなか「憲法改正反対」は口にしにくい。改憲の是非は政治的な臭いのする問題と捉えられ易いからだ。そこで、「現行憲法の理念擁護」とか、「立憲主義の堅持」と言い換えられることになる。

今年の5名の候補者の中に、国民の人権擁護や社会正義実現に無関心の候補者はない。弁護士自治を不要と広言する「理念なき弁護士」は見あたらない。各々が、人権を語り、法の正義や平和を語っている。心強いというべきだろう。権力の横暴を抑止するため、在野に徹することを使命とする分野として、《メディア》と《大学》と《法曹》とがある。《教育》もこれに加えてよい。他の分野はともかく、弁護士の世界は、まだまだ在野派健在なのである。

ところで、これまでの選挙で投票先を迷うことはほぼなかった。「革新」と「保守」、あるいは「理念派」対「業務派」の色合いが、分かり易かったからだ。今回は違う。一見しておかしな候補はない。誰か一人を選ぶことが、なかなかに難しい。

各陣営から、投票依頼の電話が頻繁にかかってくる。とりわけ、山岸良太候補と荒中候補。各々の陣営で、信頼できる人が選挙運動に携わっている。例年なら、同じ陣営にいるはずの活動家が、今回に限っては割れているのだ。

私が所属している、東京弁護士会・期成会は、激論の末に今回は推薦者なしと決議した。異例のことである。

それぞれの選挙公報の冒頭の一部を並べて比較してみよう。

山岸良太候補(元二弁会長・日弁連憲法問題対策本部長代行)

一 立候補するにあたって
 「憲法・人権・平和」と「業務基盤の確立」。この2つの課題に日弁連のリーダーとして正面から取り組み、「頼りがいのある司法」を築くため、日弁連会長選挙に立候補することを決意しました。

1 憲法・人権・平和で頼りがいのある司法を築く  
 私は、幼い日に父を亡くし、母子家庭で育ちました。多くの困難に遭いながらも、弱者の 痛みを自分のこととして感じることができました。幼い頃目にした傷痍軍人の姿を通して、 戦争が引き起こす悲惨さを心に刻みました。中学の時に日本国憲法について解説した『あたらしい憲法のはなし』で憲法と出会い、憲法の3つの原理、特に平和主義の理念に新鮮な息吹を感じました。これらが私の人権感覚、平和への強い思い、憲法観を形作りました。憲法・人権・平和を弁護士としての出発点とし、登録当初から袴田事件の再審弁護団で活動し、二弁、 日弁連で憲法問題等に取り組んできました。
 議論が本格化しつつある憲法改正問題は、まさに次の日弁連会長の時に正念場を迎えます。この問題に法律家団体として正面から取り組まなければ、日弁連は、市民・国民の信頼を大きく損なうことになりかねません。日弁連は、これからも憲法・人権・平和の分野で「頼りがいのある司法」の中心とならなければなりません。

荒中候補。(元仙台会会長・日弁連事務総長)

 私は、これまで全国の数多くの会員の皆さんと日弁連の抱える課題について徹底的な議論を重ねました。立候補に当たり、次の7つの重点政策の実現を掲げます。

①弁護士の誇りの源泉である人権擁護活動をより充実させるとともに、立憲主義を堅持する。
②国・自治体・法テラスと連携し、権利擁護活動を持続可能な業務に転換するための取組を強化する。      
③「法の支配」を全国津々浦々に確立するため、民事司法改革、司法過疎対策に取り組む。 
④次代を担う若手弁護士が夢を持って存分に活躍できるよう、きめ細やかな支援策を実施する。
⑤弁護士自治を堅持する施策を企画し実践するとともに、小規模会の支援をさらに推進する。
⑥法曹の魅力を発信して法曹養成問題と法曹人□問題に取り組む。
⑦日弁連の財政と予算を常に見直し、さらなる減額も含めた会費の在り方を検討する。

やや乱暴なくくりだが、喫緊の改憲阻止を弁護士の使命として重視する向きは山岸を日弁連会長が大単位会の大会派(派閥)の回り持ちで決まることは許せないとする組織内民主主義を重視する向きは荒を推しているように見える。

(2020年1月31日・連続更新2496日)

本日「DHCスラップ『反撃』訴訟」控訴審結審。判決言い渡しは3月18日(水) ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第172弾

 本日(1月27日)、DHCスラップ「反撃」訴訟の控訴審が、第1回口頭弁論で結審となった。
 判決言い渡しは、3月18日(水)13時15分から。東京高裁511号法廷で。
DHC・吉田嘉明の控訴を棄却し、私からの附帯控訴では一審の110万円を上回る損害賠償命令が期待される。

 本日の進行は以下のとおり。
  DHC・吉田嘉明側 控訴状・控訴理由書の陳述
  澤藤側       控訴答弁書の陳述
  澤藤側       附帯帯控訴状の陳述
  DHC・吉田嘉明側 附帯控訴に対する答弁書の陳述
  DHC・吉田嘉明側 1点の書証提出
  澤藤側       4点の書証提出
  被控訴人(附帯控訴人)本人 口頭での意見陳述
  当事者双方とも新たな人証や追加の証拠提出の予定はなく、
 結審して判決言い渡し期日の指定

私の意見陳述は、以下のとおり。

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2020年1月27日

意見陳述要旨

東京高裁第5民事部御中

澤 藤 統一郎    

 2014年5月、私は突然に不法行為損害賠償訴訟の被告とされました。吉田嘉明という人物が、私のブログでの批判を快く思わぬことからの提訴で、2000万円の慰謝料を支払えというものです。

 裁判官の皆様には、違法とされた私の3本のブログの全文に改めて目を通していただきたいのです。万が一にも、私のこのような言論が違法とされるようなことがあれば、誇張ではなく民主主義は死滅してしまいます。また、このような言論を民事訴訟を道具として攻撃することが許されてはならないことをご確認いただきたいのです。

前件提訴が、私を恫喝して批判の言論を封殺しようという典型的なスラップ訴訟であることは明らかというべきです。私は、大いに怒りました。こんな訴訟を起こす人物にも、そしてこんな訴訟提起の代理人となる弁護士にも、です。
そして、怒るだけでなく徹底して闘うことを決意しました。これは私一人の問題ではない。けっして、この恫喝に屈してはならない。この提訴が違法であることを法廷で明らかにしなければならない。DHC・吉田嘉明のスラップ提訴の試みを失敗させ、反省させなければならない。まさしく、表現の自由を守るために。

私は、自分のブログに、「DHCスラップ訴訟を許さない」というシリーズを猛然と書き始めました。そうしたら、代理人弁護士からの警告に続いて、DHC・吉田嘉明は請求を拡張しました。2000万円の請求を6000万円にです。DHC・吉田嘉明も代理人弁護士も、言論封殺の目的を自白しているに等しいと指摘せざるを得ません。

当然のことながら、前件訴訟は請求棄却の判決となり確定しました。そして、前件訴訟の提訴を違法とする本件訴訟の提起となり、その一部認容の原判決を得るに至っています。原判決の責任論に異存はありません。吉田嘉明のスラップ提訴を明確に違法と断じた判断には、半分までは提訴の目的を果たし得たとの感慨があります。

しかし、問題は損害論です。経済的強者によるスラップを違法とする判決の認容額がわずか110万円では、ペナルティとしてあまりにも低廉で、十分な違法行為の抑止効果を期待し得ません。とりわけ、応訴費用をまったく認めていない点は、原判決の誤りとして是正されなければなりません。これには、最近の「N国」という政党関係者のスラップに対する判決例が参考になります。N国側がNHKを被告として提起した《10万円請求のスラップ訴訟》に対して、東京地裁は応訴のための弁護士費用54万円満額を損害として認容しているのです。こうした判断あってこそ、DHC・吉田嘉明らスラップ常習者に対する適切なペナルティとなり、スラップ防止の実効性のある判決となりえます。

スラップの本質は「民事訴訟という《市民の公器》を、《強者の凶器》として悪用する」ことにあります。司法が毅然たる態度で、公共的言論をして「不当な裁判から免れる権利」を保障しなければなりません

まさしく、本件において司法の役割が問われています。控訴審判決が、スラップの害悪を防止し、表現の自由を保障するものとなるよう期待してやみません。

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これまでの経過概要は以下のとおり。

2020年1月27日

DHCスラップ訴訟・反撃訴訟経過の概略

 発端は、吉田嘉明自身の週刊新潮手記の掲載である。
自らの渡辺喜美への8億円裏金提供を暴露する記事となっている。その直後に、私がブロクで吉田嘉明を批判する3件のブログ記事を書いた。この「言論」を封殺する意図で、吉田嘉明と株式会社DHCの両名が原告となって、私を被告とする名誉毀損損害賠償請求訴訟を提起した。これが先行の「DHCスラップ訴訟」。同訴訟の請求額は提訴時2000万円だったが、提訴直後に請求が拡張されて6000万円となった。
DHCスラップ訴訟では、東京地裁一審判決が請求を全部棄却し、東京高裁の控訴審が控訴を棄却、さらにDHC・吉田嘉明は最高裁に上告受理を申立てたが不受理となって私の勝訴が確定した。
確定後、私からDHC・吉田嘉明の両名に、スラップ提起を違法として訴訟外で600万円の損害賠償請求をしたところ、この両名から債務不存在確認請求訴訟が提起され、再び私は被告の座に着くこととなった。
「反撃」訴訟はその反訴としてなされたもので、「DHCスラップ訴訟」の提起を違法として、私からDHC・吉田嘉明に損害賠償請求を求めたのもの。判決は、手堅くきっぱりとスラップの違法性を認定した。
なお、私の吉田嘉明批判は、吉田自身の週刊誌の手記の内容を対象とするもので、同様の批判の言論は数多くあった。吉田は、そのうちの10件を選んで、同時期にスラップの提訴をしている。時系列での経過は下記のとおり。

2014年3月27日 吉田嘉明手記掲載の週刊新潮(4月3日号)発売
2014年3月31日・4月2日・4月8日 違法とされた3本のブログ掲載
2014年4月16日 DHCスラップ訴訟提起(請求額2000万円)
7月13日 ブログ「『DHCスラップ訴訟』を許さない」開始
8月29日 請求の拡張(2000万円から6000万円に増額)
2015年9月 2日 請求棄却判決言い渡し 被告(澤藤)全面勝訴
2016年1月28日 控訴審控訴棄却判決言い渡し 被控訴人全面勝訴
2016年2月12日 最高裁DHC・吉田嘉明の上告受理申立に不受理決定
2017年 9月 4日 DHC・吉田嘉明が債務不存在確認請求訴訟を提起
2017年11月10日 澤藤から反訴提起。その後、吉田嘉明ら本訴取り下げ
2019年10月 4日 反訴について判決言い渡し。スラップの違法を認める。
2019年10月15日 反訴被告ら控訴。
2020年1月14日 澤藤側、附帯控訴状提出
2020年1月27日 (本日)控訴審口頭弁論期日 結審
2020年3月18日 控訴審判決(予定)

(2020年1月27日・連続更新2492日)

60年前の伊達判決に、独立した裁判官像の原型を見る。

60年前の今日、1960年1月19日に「新」日米安保条約が調印された。この条約批准に反対する国民的大運動が「安保闘争」である。高揚した国民運動に岸信介政権と自民党は議会の数の力で対抗した。

5月19日衆議院での会期延長強行採決が国民に大きな衝撃を与え、翌20日衆院での条約批准の単独採決が火に油を注いだ。対米従属拒否の安保闘争は、議会制民主主義擁護の運動ともなった。同年6月が、「安保の季節」となって、全国の津々浦々に「アンポ・ハンタイ」「キシヲ・タオセ」の声がこだました。参院での議決ないままの6月19日自然承認で新安保条約成立となったが、国民的なひろがりをもった大運動が遺したものは大きかった。私は、安保後の世代として学生生活を送り、学生運動や労働運動の熱冷めやらぬ70年代初頭に弁護士となった。

よく知られているとおり、60年安保闘争には、その前哨戦として砂川基地建設反対闘争があり、裁判闘争としての砂川刑特法刑事事件があった。59年12月の最高裁砂川大法廷判決が、安保条約を合憲として在日米軍駐留を認め、同時に司法のあり方についての基本枠組みを決めることにもなった。

砂川大法廷判決と、この判決を支えた司法の枠組みは、日本の対米従属という政治的な基本構造の憲法解釈と司法のありかたへの反映である。そのような事情から、政治的基本構造における「安保後60年」は、安保が憲法を凌駕する「二つの法体系」の60年でもあり、「日本型司法消極主義」の60年ともなった。

言うまでもなく、主権国家の憲法は、最高法規として一国の法体系の頂点に位置する。敗戦以来占領下にあった日本は、1952年4月28日の独立をもって主権を回復した。これに伴い、日本国憲法は、施行後5年を経て占領軍政の軛から脱して最高法規となった。しかし、日本国憲法の最高法規性は形だけのものに過ぎなかった。そのことを深く自覚させられたのが、砂川事件における最高裁大法廷判決であった。

「憲法 ― 法律 ― 命令 ― 具体的処分」という憲法を頂点とする法体系のヒエラルヒーに対峙して、「安保条約 ― 行政協定(現・地位協定) ― 特別法」という矛盾する別系統の安保法体系があって、この両者が激しく拮抗しており、事実上安保法体系は憲法体系を凌駕し、あるいは侵蝕していると認識せざるを得ない。これが、主唱者長谷川正安の名とともに知られた「二つの法体系論」である。

この二つの法体系論は、砂川基地反対闘争におけるデモ隊の米軍基地への立ち入りを、「刑事特別法」(「日米安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法」)違反として起訴したことによって、あぶり出された。

砂川闘争は北多摩郡砂川町(現・立川市)付近にあった在日米軍立川飛行場の拡張反対を巡っての平和運動である。闘争のバックボーンには、憲法9条の平和主義があった。再び、あの戦争の惨禍を繰り返してはならない。そのためには、軍事力の有効性も存在も否定しなくてはならない。日本国憲法が日本の戦力を保持しないとしながら、軍事超大国アメリカの軍隊の駐留を認めるはずはなく、その軍事基地の拡張などあってはならない。これが当時の国民的常識であったろう。

57年7月8日、東京調達局が基地拡張のための測量を強行した際に、基地拡張に反対するデモ隊の一部が、アメリカ軍基地の立ち入り禁止の境界柵を壊し、基地内に数メートル立ち入った。このことをとらえて、デモ隊のうちの7名が刑事特別法違反として起訴された。

こうなれば、当然に刑特法の有効性が争われることになる。行政協定(現・地位協定)と安保条約そのものの違憲性も問われることになる。それを承知での強気の起訴だった。徹底した平和主義を理念とし、戦力を持たないと宣言した9条をもつ日本に、安保条約に基づく米軍が存在している。誰の目にも、違憲の疑いあることは当然であった。

それでも検察は、安保合憲・米軍駐留合憲を当然の前提として、敢えて刑特法違反での強気の起訴をしたのだ。その法理論の主柱は、憲法9条2項が禁止する「陸海空軍その他の戦力」とは、日本政府に指揮権がある実力部隊に限られ、米駐留軍は含まない、とする解釈論だった。

この刑事被告事件には、対照的な2件の著名判決がある。東京地裁の伊達判決(59年3月30日)と、跳躍上告審における最高裁大法廷砂川判決(同年12月16日・裁判長田中耕太郎)とである。

一審東京地裁では、検察の強気は裏目に出た。主権国家における日本国憲法の最高法規性を当然の前提として、日本国憲法体系の論理を貫徹したのが、砂川事件一審伊達判決であった。59年3月30日、伊達裁判長は、起訴された被告人全員の無罪を宣告する。その理由の眼目である憲法解釈は以下のとおり、分かりやすいものである。
「わが国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容していることは、指揮権の有無、合衆国軍隊の出動義務の有無に拘らず、日本国憲法第9条第2項前段によって禁止されている陸海空軍その他の戦力の保持に該当するものといわざるを得ず、結局わが国内に駐留する合衆国軍隊は憲法上その存在を許すべからざるものといわざるを得ない.」「合衆国軍隊の駐留が憲法に違反し許すべからざるものである以上、刑事特別法第2条の規定は、何人も適正な手続によらなければ刑罰を科せられないとする憲法第31条に違反し無効なものといわなければならない。」

これに対し、検察側は直ちに最高裁判所へ跳躍上告し、舞台は東京高裁の控訴審を抜きにして最高裁に移った。そうしたのは、日米両政府に、急ぐ理由があったからだ。60年初頭には、新安保条約の調印が予定されていた。安保条約を違憲とする伊達判決は、なんとしても59年の内に否定しておかねばならなかったのだ。こうして、最高裁大法廷は同年12月16日判決で、米軍駐留合憲論と、統治行為論を判示した上で、事件を東京地裁に差し戻す。

最高裁では破棄されたが、伊達判決こそは、政治支配からも立法権・行政権からも、そして最高裁の司法行政による支配からも独立した下級審裁判官による判決であった。

憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定める。伊達判決を言い渡した3人の裁判官は、まさしく憲法のいう独立した裁判官であった。「法と良心」に従って忖度なしの判決を言い渡したのだ。このような硬骨な裁判官の存在は、政権にも最高裁上層部にも衝撃だった。望ましからざることこの上ない。

以後、最高裁は下級審裁判官の統制を課題として意識し、国民運動のスローガンは、「裁判官の独立を守れ」というものとなった。昨日のブログで取りあげた、伊方原発運転を差し止めた広島高裁の3裁判官も、60年前における伊達コートの後輩である。最高裁司法行政からの統制圧力と、国民運動による裁判官独立激励の狭間にあって、呻吟しつつ良心を擁護してきたのだ。

(2020年1月19日)

独立を貫いた裁判長の原発運転差し止め決定

昨日(1月17日)、広島高裁(森一岳裁判長)は、四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを認める決定を出した。これは、快挙である。3人の裁判官に、敬意を表したい。

事件は、山口県内の住民3人が求めた仮処分申し立てである。本案訴訟の判決言い渡しあるまでの仮の差し止めが認められた。申し立てたのは、伊方原発から50キロ圏内にある瀬戸内海の島の住民。山口地裁岩国支部が昨年3月、その申し立てを却下する決定を出したため、これを不服として広島高裁に即時抗告して、逆転の決定に至った。原発運転を差し止める高裁レベルでの司法判断は2件目だという。

抗告審で問題になったのは、国内最大規模の活断層「中央構造線断層帯」に関連する活断層が原発の沖合約600メートルにある可能性、約130キロ離れた阿蘇山(熊本県)の巨大噴火で火砕流が到達するリスク、あるいは事故が起きた際の島からのは避難の困難性などであったという。

報じられている決定の概要では、「活断層が原発の敷地に極めて近い可能性を否定し得ず地震動評価や調査が不十分」「阿蘇カルデラ噴火による影響についての想定は過小」「原子炉設置変更許可申請を問題ないとした原子力規制委員会の判断は誤りで不合理」と、踏み込んだ判断となっている。その判断の影響は大きい。

私が注目したのは、裁判長の定年の時期である。森一岳裁判長は、この決定の8日後今月25日に65歳の誕生日を迎えて定年退官する。決定を退官後の後任裁判長に先送りすることなく毅然とした判断を貫いたのだ。

あるいは、もう定年間際である。恐いものはないのだから、自分の思うところを貫こうと考えたのかも知れない。「鳥の将に死なんとする、その鳴くや哀し。人の将に死なんとする、その言ふや善し」というが、「裁判官の将に定年になろうとする。その判決や善し」なのだ。

憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定める。ところが、独立した裁判官も、独立を貫いた裁判も、実は稀少なのだ。

歯に衣きせずに敢えて言えば、司法の本質は権力機構の一部である。この社会の体制から、あるいは社会の多数派が牛耳る立法権から、そして権力主体としての行政権から、司法は強い掣肘を受けている。それが現実である。

もちろん、法の論理としてはそうであってはならず、すべての裁判官が独立していなければならない。しかし、現実は甘くない。司法が他の権力からの掣肘を受けるだけでなく、個々の裁判官が最高裁当局から監視され締め付けを受けている。

原発の推進は国策である。行政のみならず、司法当局も、原発推進に逆行する判決を歓迎していないことは、誰の目にも明白である。最高裁当局の思惑を忖度して、それに逆らわない判決を書ける人を「賢い裁判官」という。賢いとは、上手に生きる処世の術に長けているということである。

最高裁当局の思惑を忖度せず、敢えてそれに逆らって「その良心に従ひ独立してその職権を行ふ」愚直な裁判官はどうなるか。当然のことながら、出世コースから外される。給料に差が付く。任地で差別される。若い裁判官との接触の機会を求めても裁判長になれない。影響の大きな重要裁判は担当させられない…。

森一岳裁判長がどうであったかは具体的には知らない。しかし、処世術に長けた「賢い裁判官」ではなかったようだ。そして、もう定年間際。恐いものなく、純粋に法と良心のみに従った決定を書いた。そうすれば、政府や財界にも、最高裁事務総局にもおもねりのない、原発運転差し止め決定となるのだ。

裁判官の独立は、真に貴重である。

(2020年1月18日)

三鷹事件と、竹内景助の家族のこと

昨日に続いて、もう少し三鷹事件のこと。

下山・三鷹・松川という、社会を震撼させた大事件が続いて発生したのは1949年夏のこと。むろん,私は当時のことは知らない。私の世代では松川こそが大事件という印象だが、往時を知る人は、東北の一角で起きた松川事件よりは、首都東京での三鷹事件の政治的インパクトが遙かに大きかったという。

7月15日夜8時24分に国鉄三鷹駅構内の無人列車が暴走し、駅内外で死者6名、負傷者20名を出す大事故となった。その翌日16日には、吉田茂首相の「不安をあおる共産党」という長文の談話が発表されている。そのなかで、「虚偽とテロが彼らの運動方法なのである」と言っている。犯人は共産党という決めつけの公報だった。昨今のアベ政権もひどいが、当時の吉田内閣は輪をかけてひどかった。これをマスメディアが批判せず、むしろ政権に呼応した。朝日・毎日・読売ともである。共産党が世論の矢面に立たされ、労働運動の勢いが殺がれた。

こうして、国鉄労働者10万人馘首反対運動の先頭に立っていた共産党が勢力を失い、労働運動内での共産党の影響力も低下した。三鷹事件の全体像は、共産党と、党指導の労働運動弾圧を目的とした政治的謀略事件というべきだろう。下山・三鷹・松川のすべてがそのような性格をもった「事件」だった。

三鷹事件では、その権力のもくろみを貫徹することはできなかったが、竹内景助という犠牲者を生んだ。犠牲になったのは竹内だけでない。その家族も悲惨だった。
逮捕された竹内には,妻の政(まさ)との間に幼い3男2女があった。しかも、竹内は事件前日の7月14日に整理解雇の対象となって馘首されている。その後、政は一人で、5人の子を育てた。並大抵の苦労ではない。しかも、政は竹内の救援運動にも時間を割かなければならなかった。

私は、学生時代に国民救援会に出入りしていた。当時は、愛宕署近くにあった木造の「平和と労働会館」の一室だった。あの建物が火災に遭う直前のある日、そこで一人の中年の女性が事務作業をしていた。山田善二郎さんから、その人が竹内景助さんの奥さんだと教えられた。挨拶程度はあったようにも思うが、言葉を交わした記憶はない。厳しいような、寂しいような,その人の雰囲気を覚えている。

「無実の死刑囚」の中で、加賀乙彦が竹内から聞かされた言葉を紹介している。

もうどうしようもなく、気が滅人っちゃうんです。家族がかわいそうです。もともと貧乏だったのが、おれのおかげでなお貧乏になっちゃってね。うちのヤツ(女房)が生活保護に内職をしても追いつかず、救援会の差人れてくれた金を、おれが渡して何とかやりくりで、ほんとうにかわいそうだ。

竹内政は,1950年4月1日の第7回通常国会「厚生委員会の生活保護法案に関する公聽会」に公述人として出席して、次のように発言している。

私は現在三鷹町に住んでおりまして、生活保護を受けておりますが、今の生活保護料では、とても七人の家族ではやつて行かれないのでございます。ですから、ぜひ生活の保障をしていただけるようにお願いいたしたいと思います。
現在一箇月、額にして六千百四十八円いただいております。家族としては、母が一人おりまして、ほか六人の家族で、七人になりますが、母の分としては、生活保護からはいただいておりませんので、ぜひ母の分も生活保護から出していただきたいと思つております。
第二に、生活状況を簡單にお話したいと思います。食事にいたしましても、一日の食事は、朝はすいとんをいただいたり、お晝は麦のおかゆを食べたり、夜は御飯にみそ汁ぐらいの状況でありますが、主食としまして、一箇月四千円かかります。あとの二千百四十八円は調味料、それから住居と電気の拂いにいたしております。住居の方は、今失業をしておりますので、三百円拂わなれけば、立退きを命ぜられると思つて、むりをしてまで住居の方だけは拂つております。そのほか燃料としての炭やまきに五百円かかります。また二人学校に行つておりますので、教育費が二百二十円かかつております。調味料は一月五百円でございますけれども、今月いただけば、来月はいたたかないようにしても私のところではほかの費用にまわしております。そのほか野菜とか、お魚類は、一月に一回五十円見当のものを七人でいただいております。実際私たちの生活は、ほんとうにみじめで、まして育つ盛りの子供ばかりをかかえておりますので、この生活では、まつたく栄養失調と申しますか、そういうような状態になる次第でございます。
その次に衣料としましては、私たちは一回戦災にあいまして、着のみ着のままでおりますところに、現在の生活に入りまして、下着類も何一つ買えない始末で、子供の下着にしても、継いだ上にまた切れたりしておりまして、まつたく近所の方から見たら、まるでこじきのようなかつこうをしております。それでも私はがまんして子供に済せておりまして、子供たちは別に何とも申しません。今一番小さいのが医者にかかつておりますけれども、民生委員の保護では、注射も一回だし、往診も一回だというような状態なものですから、赤十字病院の方へかかつておりますけれども、その拂いも、どうにかこうにかやつておりまして、食物を節約したりして、医者の方を拂つたりしております。
そういうわけでありまして、私も何か内職をしたいと思いますけれども、小さい子供をかかえておりましては、とうてい内職もできないと思つております。そのほか主人がああいうところに入つておりまして、差入れだの何かの費用もありますけれども、それの方は主人にあきらめてもらつて、月に一回か二回という程度にしておりまして、なるべくなら、生活できるだけの保障を今後お願いしたいと思います。
簡單でございますが、以上申し上げます。

「無実の死刑囚」の中で、高見沢さんは、こう語っている。

竹内は、8月1日に逮捕され裁判にかけられることになるが、逮捕直前の家族との日常生活はどのようなものであったか。
後に竹内は「再審理由補足書」(上)の中で、「7月11日は、徹夜明け休み、12日、13日は月一回の連休だったので、長男(7歳)と次女(4歳)を連れて、国分寺の丘の雑木林を借りて開墾して作っていた畠ヘジャガイモを掘りにゆき、帰りに付近の川で水遊びをしたり、家に居るときは境浄水揚の方へ子供を連れて写生に行ったり、また飼っていた山羊や近くの菜園の作物の世話をしたりして」おり、三鷹事件が発生した7月15日には、「朝のうちは線路の北側に作っていた畠の作物の手入れや山羊の世話をして子供と畠にいて、9時頃帰宅して食事をし」た、と綴っている。
そのような家族との穏やかな生活こそが、竹内の日常生活であった。「春を待ついのち」には、子供への慈愛と妻への深い愛情を綴った手紙が数多く掲載されていて、どれ一つとして涙なしには読めない。

冤罪も弾圧も,多くの人を不幸にするのだ。
(2019年12月15日)

「無実の死刑囚 三鷹事件 竹内景助」を薦める。

高見澤昭治さんの近著無実の死刑囚  三鷹事件 竹内景助(増補改訂版)を読み終えた。読後感は重い。

日本評論社刊のこの書物の発行日は、2019年10月1日。周知のとおり、東京高裁が遺族からの再審請求を棄却したのが7月31日である。この増補改訂版は、「再審開始決定」を想定しての、言わば「再審開始決定・祝賀記念版」として出版準備がなされていたに違いない。それが、弁護団にとっては思いもかけない棄却決定となり、裁判所・検察への抗議と、世論への訴えの書となった。泉下の竹内とその妻(政)は、度重なる試練をどう受け止めているだろうか。

私は、学生時代に松川事件の救援運動の末端に関わった。その関わりの限りで、三鷹事件にも関心をもってはいた。松川も三鷹も、あるいは菅生も、青梅も白鳥も鹿地事件も「階級的弾圧としての謀略」と考えていた。松川の全員無罪を言い渡した仙台高裁門田判決後の時期、三鷹事件でも共産党員被告全員無罪が確定していた当時のこと。

松川も三鷹も、法廷闘争において既に赫々たる成果を上げ得たとの印象が強く、三鷹事件の再審はさほどの規模をもつ運動にはなっていなかった。そのことに、なんとはなしの引け目のような違和感を持ち続けてきた。非党員竹内景助一人を有罪にしながら、11名の党員被告全員無罪を大きな成果と喜んでいることへの引っかかりである。

しかも、竹内は一審判決では無期懲役だったが、控訴審では弁護人の方針に従って事実を争わないままに死刑判決を得た。そして、最高裁判決は8対7で、上告を棄却し竹内の死刑を確定させた。一票の差が生命を奪う判決となったのだ。なんという後味の悪い経過であったろう。

確かに、竹内の供述は揺れ動いた。否認・単独犯行・共同犯行を、法廷の供述で行きつ戻りつし,裁判所は単独犯行と認定した。この供述の揺れはどうしてなのだろうか。三鷹事件の裁判に関心をもつ者がおしなべて謎とするところである。同書は、この点について弁護人からの働きかけの問題点を幾度となく指摘している。たとえば、次のように。

『文藝春秋』1952年2月号に、獄中の竹内からの寄稿が掲載されている。「おいしいものから食べなさい」という題名。文章は次のような書き出しで始まっているという。

「おいしいものから食べなさい。冒頭から、まことにおかしなことを書きはじめたが、正月の料理だの、婚礼祝いの御馳走だの、要するに、日常茶飯の間において、人は御馳走が出たら、一番うまいものから順に食べて、まずいものはなるべく後に残しておくがいい、という至極当たり前のことなのである。ところが、こんな当然過ぎることを、私は齢30過ぎになって、しかも死刑囚という汚名に呻吟する身になって、初めて理解したのだ。」
 奇妙な書き出しであるが、一般の読者に興味を持って読んでもらうために、自分の小さいときからの性癖を紹介し、死刑囚となった原因がそこにあるということを印象づけるねらいがあった。手記には検事の拷問的な取調べについても厳しく糾弾していたが、支援運動などに携わっているものにとって一番衝撃的であったのは、単独犯行であるといい続けることが他の共産党員の被告を救うためにも、また竹内自身のためでもあると弁護人から説得されたことが詳細に書かれ、さらに共産党を批判した部分であった。
その内容については、すでに引用して紹介したので省略するが、上告が退けられた後には、「竹内君、余り心配しなさんな。すぐには殺されないだろうからね…」と弁護人から言われ、「この一点非のうちどころのなき冷酷、非情な一言を聞いて、私ははじめて彼の陰謀に踊らされてきた自分の愚かさを悟ったのである」という思いを書き綴っている。そしておそらく編集部で付けたと思われる「共産党員の背徳」の項では、「想えば彼等に信頼、友情、人間愛などを期待した私は本当に馬鹿者であった。私は彼等を責めるより先に、自分の間抜けさを責めなければならないかも知れない」と記している。それが「おいしいものから食べなさい」という表題をつけた真意だというのだ。

普通、人はまず美味しいものから箸をつける。竹内は、自分もそのようにすべきだったと後悔しているのだ。むろん、美味しいものとは「無罪」である。無実なのだから、揺るがずに無罪を叫び続ければよかった。ところが、優先順位を間違えて、私的な利益に箸をつけることなく、共産党や労働運動への信義という、苦い味のものに箸をつけてしまったというのだ。その結果が、死刑の判決だった。

また、精神科医として竹内と面会した加賀乙彦は、竹内がこう言ったと記している。

「おれは弱い人間なんですね。弱いから人をすぐ信用してしまう。党だって労組だって、大勢でお前を全面的に信用するといわれれば、すっかり嬉しくなって信用してしまった。それが過ちのもとでした。けっきょく、党によって死刑にされたようなもんです。」

竹内は共産党員ではなかったが、明らかに党には敬意とシンパシーをもっていた。その彼の単独犯行自白の維持は、迷いつつも身を犠牲にして党を救おうという意図に出たものだったのだろう。彼なりの使命感であり、ヒロイズムであり、誠実な生き方であったと思われる。しかし、まさかその結果が死刑判決とは思ってもいなかった。

死刑判決の後は、凄まじい覚悟で、上告趣意書を書き、厖大な再審請求書の作成に没頭する。再審請求書とその補充書は併せて60万字にも及ぶという。その執念の再審請求にようやく曙光が当たり、実を結ぶかと思われたそのときに、竹内は獄中で無念の死に至る。

竹内景助。その劇的な生涯は多くのことを語りかけている。この好著を通じて、ぜひ彼の語りかけてくるところに耳を傾けられたい。

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(2019年12月14日)

N国の興亡が教えるもの

思いもかけない現実の出来が、認識を変え意見を変える。「NHKから国民を守る党」なるものの出現が、私には衝撃だった。そして、自分の公共放送に対する見解が、このような人びとと似通って見られることに大いに戸惑い、かつ恥じた。私とN国、どこがどのように意見が違うのだろうか。どのようにすれば、理念の相違を押し出せるのだろうか。

この党の自らの定義が、「NHKにお金を支払わない方を全力で応援・サポートする政党」であり、それがメインのキャッチフレーズにもなっている。「NHKをぶっ壊す!」とともに、これが一定の国民の胸に響いたのだ。

立花孝志は、ホームページの「党首あいさつ」において、「NHKから国民を守る党は、文字通りNHKから国民をお守りする為の党です。NHKが行っている戸別訪問は、勝手にNHKの電波を各世帯に送りつけて、NHKを見ていなくても集金する送りつけ商法です。…」などと言っている。

結局、N国とは「NHK受信料の不当な集金から国民の経済的利益を守る党」である。けっして、「政権の走狗としてのNHKの本質をぶっ壊す」とは言わない。「権力に従順なNHKの基本体質を批判する」とも、「大本営発表放送の偏頗から民主主義と国民を守る」ともいうものではないのだ。

私は、宗旨を変えた。NHKを一塊の均質の組織として見ることを止めよう。そのような批判の仕方を止めよう。NHKを二層の対立物として捉えなければならない。「権力に操作され、権力を忖度し、権力と癒着するNHK上層部」と、「上層部との軋轢の中で、良質の番組を制作しようと努力している現場フタッフ」との二層の構造。上層部を批判し、現場を励まさなければならない。

本年7月の参院選におけるN国の得票は、NHKの受信料徴収に国民の根深い反感があることを教えた。NHKは、そのことに対する反省はすべきだろう。だが、所詮は右翼の別働隊に過ぎないN国の攻撃に萎縮する必要はない。そもそも、N国の賞味期限が長いはずはない。

立花は、売名目的での立候補を繰り返している。最近のものが、今月(12月)8日投票の小金井市長選挙。開票結果は以下のとおり。N国・立花の惨敗である。

1 当 西岡真一郎 無所属 18,579
2 落 かわの律子 無所属 10,759
3 落 森戸よう子 無所属 10,399
4 落 立花 孝志 N国    678

市区長選挙における供託金の金額は100万円で、供託金没収点は有効投票総数の10分の1。今回市長選の投票総数は40,904だったから、その10%は4,090票である。立花は、供託金没収点の6分の1の得票もできなかった。

この選挙における立花を、典型的な「売名目的の泡沫候補」と呼んで差し支えなかろう。立花のごとき泡沫候補にも立候補の権利は保障されている。100万円で公営選挙を利用した宣伝売名行為ができれば安いものである。それでも得票はわずか678。先の長くないことを示唆している。

ところで、こんな裁判例があることを初めて知った。

一昨年(2017年)7月19共同配信の記事。

NHK提訴は「業務妨害」 受信料訴訟原告に賠償命令
受信料の徴収を巡り勝訴の見込みがない裁判を女性に起こさせたとして、NHKが政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志代表らに弁護士費用相当額の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は19日、請求通り54万円の支払いを命じた。

山田真紀裁判長は判決理由で「NHKの業務を妨害するため訴訟に関与しており、裁判制度を不当に利用する目的があった」と指摘した。

立花氏は元NHK職員。判決によると、2015年8月、NHKが受信料徴収業務を委託した業者の従業員が千葉県内の女性宅を訪問。女性は立花氏に電話で相談し、2日後に慰謝料10万円の支払いをNHKに求め松戸簡裁に提訴した。訴訟は千葉地裁松戸支部に移送され、女性が敗訴した。

千葉県内の女性がNHKからの受信料請求を受けて立花に電話で相談したところ、立花のアドバイスは提訴だった。女性は、立花の指示のとおりに、NHKを被告として10万円の慰謝料支払いを求める損害賠償請求訴訟を提起して敗訴した。ところが、ことはこれで終わらなかった。NHKは、この女性と立花を逆に訴えたのだ。今度の舞台は東京地方裁判所。前訴10万円の請求の棄却を求める応訴の費用として、NHKが委任した弁護士に支払った弁護士費用54万円を支払えという請求。なんと、地裁は、その満額を認めたという記事である。

この裁判は上級審で逆転せずに、確定した。実は、もう一つ同様の裁判があり、NHKは立花に108万円の強制執行が可能だという。NHKは近々執行に踏み切るとも言っている。

繰り返すが、10万円の慰謝料請求という前訴の提起を違法として、提訴者に54万円の応訴費用の損害の賠償を認めたのだ。DHCスラップ「反撃」訴訟の認容額は110万円であるが、応訴費用(弁護士費用)として認められたのは、そのうちの10万円に過ぎない。これが、常識的な水準。N国訴訟の理由には「(立花は)NHKの業務を妨害するため訴訟に関与しており、裁判制度を不当に利用する目的があった」と指摘しているという。

軽々にするスラップの提訴は、ブーメラン効果を伴う。うっかり提訴・いい加減提訴は、損害賠償責任の原因となる。そのやばさを、立花が身をもって教えてくれている。最近では、出資法違反疑惑の金集めまでも。また、教訓を積み重ねてくれることになるにちがいない。それにしても、こんな事態では、N国の明日はなかろう。
(2019年12月13日)

─ 司法の危機の時代から50年─ そして今は。

本日、第50回司法制度研究集会。総合タイトルが、「今、あらめて、司法と裁判官の独立を考える─ 司法の危機の時代から50年─」というもの。よく準備されて充実したシンポジウムであり、盛会でもあった。

もちろん回顧のための集会ではない。あの「司法の危機」あるいは「司法の嵐」と言われた50年前を振り返り、その体験を承継し教訓を確認して司法の今を見つめる。その中から将来を展望しようという企画。

司法の将来に希望や展望を求めての集いなのだが、改めて司法の現状に深刻な危機感を禁じえない。司法の生命は、独立にある。独立の主体は本来個々の裁判官である。司法部が、立法や行政や与党や政治勢力から独立しているだけでは足りない。個々の裁判官が、司法部の司法行政の圧力から独立していなければならないのだ。

その裁判官の独立が危殆に瀕していることを天下にさらけ出したのが、1969年の平賀書簡問題だった。50年前の「司法の危機」の序曲である。

当時、札幌地裁(民事1部)に「長沼ナイキ基地訴訟」が係属していた。ナイキ・ハーキュリー地対空ミサイルを配備するための自衛隊基地建設が目論まれ、その敷地となる馬追山の森林伐採のために、農林大臣による水源涵養保安林指定解除の行政処分がなされた。近隣住民がこれに反対して処分取消の行政訴訟の提起となった。その提訴が同年7月7日のこと。

ことは、自衛隊の存在が憲法9条に照らして合憲かという大問題。この訴訟と、提訴に伴う執行停止申立(民事訴訟の仮処分に相当)事件を担当したのが福島重雄裁判長だった。福島コートは、同年8月22日に執行停止事件についての申立認容決定を出して大きな話題となった。

ところが、後に明らかとなったところでは、地裁所長の平賀健太がこの事件に執拗に干渉し、8月14日にいわゆる「平賀書簡」を福島裁判官の自宅に送っていた。“一先輩のアドバイス”と題する詳細なメモの内容は、訴訟判断の問題点について原告住民側の申立を却下するよう誘導し示唆したもので、明らかな裁判干渉だった。そのため、札幌地裁の裁判官たちは、裁判所法の手続に則った裁判官会議を開いて、平賀所長を厳重注意処分とした。

ところが、この後事態は思わぬ方向に展開する。事件発覚の直後、鹿児島地裁の所長だった飯守重任(田中耕太郎の実弟)が所信を発表して、一石を投じた。何しろ、この人は筋金入りの反共右翼。「青法協は革命団体で、最高裁は青法協会員に対しては昇給のストップ、判事補は判事に昇格させないようにすべきだ」という確信犯。後には、所内の裁判官の思想調査までして地家裁所長職を解職され判事に格下げされ、結局は裁判官を辞めたという人。

この人が、「問題は、平賀にではなく革命団体青法協に所属している福島にこそある」と口火を切った。これ以後、右翼や自民党の青法協攻撃が続くことになる。これに呼応したのが「ミスター最高裁長官」石田和外(在任1969年1月11日~1973年5月19日)だった。裁判官は政治的団体への加入は慎むべきとの立場から、青年法律家協会に属する裁判官に脱退を勧告し、あまつさえ内容証明郵便による脱退通知を強要した。この青法協攻撃を、当時のメデイアは「ブルーパージ」と呼んだ。

50年前の1969年は、私が司法修習生として研修所に入所した年。その2年後に、同期7人の裁判官採用拒否事件、阪口徳雄君罷免問題などが起き、「司法の嵐」のまっただ中に弁護士として出発することになる。

50年前、「司法の独立を擁護せよ」「裁判官の独立を守れ」という大きな国民運動が巻きおこった。政党としては、社・共だけでなく、当時はまともだった公明党も加わっていた。メディアも連日司法の独立を守れというキャンペーン記事を載せた。多くの市民団体や個人が、司法行政・裁判官人事による裁判内容の後退に関心を寄せた。その運動は、けっして無意味なものではなく、多くの気骨ある法曹を励まし育てたと思う。しかし、半世紀を経た今の裁判所の内部について、元裁判官から報告を受けた内容は、薄ら寒い。

気骨ある裁判官は、徹底して差別され孤立させられて、それに続く者が見えなくなっている。裁判所の中で、司法行政当局に抵抗しうる裁判官集団がなくなり、裁判官が司法行政にものを言わなくなった。先輩裁判官のやり方をそのまま踏襲すべきが当然との空気が支配している。裁判官会議は常置委員会に権限を委譲し、その委員会が所長に権限を委譲し、結局は人事権を握る最高裁事務総局以下の全裁判官を統制する「司法の官僚制」が完成の域に近づいている。

この官僚司法が、予算と最高裁人事を握る政権に従属している。こうして、司法の独立も裁判官の独立も、いまやなきに等しく、それが「劣化した判例」となっている。ことは、結局国民の人権と民主主義の危うきにつながっている。

常々思うのだ。司法の独立とは、幻想にしか過ぎないのではないだろうか。所詮は権力機構の一部として、時の政権に従わざるを得ない運命にあるものではないのか。

韓国の裁判所を見学して最も深く印象を受けたのは、国政の民主化があって初めて、司法の独立や司法の民主化が進んだということである。非民主的な立法府や行衛政府をそのままに、司法部だけが民主化して立法や行政を真に批判する裁判が可能なのだろうか。日本が民主化するまで、司法の民主化も独立も無理なのではないか。

50年前の「司法の危機」とは、実は、何のことはない、それまで比較的まともだった司法が、保守政権による巻き返しによって、立法府や行政府と同じレベルに引き下げられたということなのではなかったか。

メインテーマではなかったが、先進的な台湾、韓国、イタリア、イギリス,ドイツなどの各国の司法独立の現状の報告もあった。日本の司法は、後塵を拝しているというにとどまらず、「ガラパゴス化」しているのだという報告もあった。

立派な日本国憲法にふさわしからぬガラパゴス化した司法。それでも、司法の建前は、立法権・行政権から独立した、憲法の砦であり人権の擁護者である。その建前の部分を守り拡げる努力を重ねるしかない。制度的な提案についても、日々の司法の運営に関しても。

集会の参加者は、あるべき司法の理想と現実との乖離の実態を、多くの国民に訴える努力をする決意をしたはずである。希望はそこから開けてくるだろう。すべてが活字になるわけではないが、集会の模様は、「法と民主主義」12月号に特集される。
(2019年11月23日)

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