澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「市民平和訴訟」―法廷の花と高額印紙問題と

弁護士として平和への思いを貫いた池田眞規さんが亡くなられたのが、昨年(2016年)11月13日。私は、11月16日の当ブログに「池田眞規さんを悼む」記事を掲載した。
http://article9.jp/wordpress/?p=7705

先輩である眞規さんからは、後輩として教えを受ける立場だったが、ともに戦ったのが[ピースナウ・市民平和訴訟(東京)]の法廷だった。このことは、11月16日ブログに次のとおり書いている。

私が弁護士になって20年目。1991年に湾岸戦争が起きた。日本政府(海部内閣)は、戦地に掃海部隊を派遣し、90億ドル(1兆2000億円)の戦費を支出しようとした。平和的生存権と納税者基本権を根拠に、これを差し止めようと「ピースナウ・市民平和訴訟」と名付けた集団訴訟が実現した。東京では1100人を超える人々が原告となり、88名の弁護団が結成された。私が弁護団事務局長を務め、団長は正式に置かなかったが、明らかに眞規さんが「団長格」だった。

いま、丸山重威さんが、池田眞規さんの評伝を執筆中で、私と接点のあった市民平和訴訟の経過について問合せがあった。丸山さんの関心は2点。1点は「法廷の花」であり、もう1点は「巨額の貼用印紙問題」である。聞かれて思い出せないこともあるが、思い出せる範囲で書き留めておきたい。

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入廷者全員に一輪ずつの法廷の花
市民平和訴訟では、訴訟自体を憲法運動として意識した。
訴訟に参加した市民の憲法意識は、戦争の加害・被害の反省にもとづくものだった。「再び加害者にも被害者にもなってはならない」という理念のうち、加害者にならない権利が強調された。戦費の支出とともに、これを「殺さない権利」とスローガン化した。「戦争という国家の人殺し行為に加担を強制されない権利」「国民が国家に対して人殺しをしてはならないと命じる権利」という意味である。
各回の法廷で、それぞれの原告が、どのように戦争で傷つき、平和を願ってているかを発言する機会をつくり、各回の法廷が原告の確信につながるような進行を工夫した。毎回、東京地裁最大の103号法廷を満席にして、原告の意見陳述は真摯さと迫力にあふれるものとなった。
平和的生存権については浦田賢治氏、納税者基本権については北野弘久氏、「湾岸戦争へのわが国の関わり方は参戦である」ということについて大江志乃夫氏、アジアからの視点で陸培春(ルウ・ペイチュン)氏、被爆者の立場から三宅信雄氏などが証言され、ラムゼー・クラーク氏による現地撮影のビデオ上映も実現した。
敗訴ではあったが、多数の原告がそれぞれに憲法の恒久平和主義に確信を深めたという点では、大きな意義のあった訴訟だと思う。その「成功」は、本気になって勝訴判決を取りに行く真摯さから生まれたのだと思う。けっして、「どうせ勝訴は無理、運動として成功すればよい」という姿勢ではなかった。
その東京地裁での20回の法廷に出廷した原告や弁護団の胸や手に、一輪ずつの花があった。バラ、カーネーション、スイートピー…。
私の記憶では、提訴の日に、横断幕やプラカードをもって地裁の民事受付(14階)までみんなで出かけようという原告団の提案があって、私と加藤朔朗弁護士(故人)が止めた。「裁判所構内には、横断幕もプラカードも持ち込めない」。そのとき、原告の女性の一人から、「じゃ、代わりに花ならいいでしょう」という提案があり、即座にそうしようと衆議一決した。
以後毎回の法廷には、女性原告たちが購入した花が、入廷者に配られた。弁護団も原告団も一本ずつ携えて法廷に入った。私も、バラを胸に挿して、弁論をした。
裁判長は、後に最高裁裁判官となった涌井紀夫判事。大らかに、花には一言の訴訟指揮もなかった。書記官からは、「法廷に、花や葉っぱを残さないようにしてください」とは言われたが。
あのとき、みんなの記憶にあったのは、プラハの春(1968)の際の一枚の有名な写真。ソビエト軍の戦車砲の筒先に、女性がバラの花を挿している図。「大砲ではなくバラを」「戦争ではなく、平和を」という市民の意思の表れ。
法廷の一人ひとりの花々は、平和を求める市民たちの法廷にふさわしい彩りであった。

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「3兆4千億円の印紙を貼れ」問題
提訴後第1回弁論以前に、訴額と印紙問題が大きな話題となった。
訴状には、裁判所を利用する手数料として、訴額に応じて所定の印紙を貼付しなければならない。担当裁判所から弁護団に訴額についての意見照会があった。「印紙額が足りないのではないのか」というのだ。弁護団から、裁判所の意向を打診すると驚くべき回答があった。
裁判所は自らの見解を表明して、本件の係争にかかる経済的利益を差し止め対象の支出金額である1兆2000億円とし、これを訴額として1人あたりの手数料を算出して、 原告の人数を乗ずるという算定をすべきだという。これを計算すると、訴額は(1兆2000億円×571人分)で、なんと685兆円となり、訴状に貼付すべき印紙額は3兆4260億円ということになる。
司法の年間総予算が2500億円の規模であった当時のこと。試算してみたら、10万円の最高額印紙を東京ドームの屋根全面に貼り尽くして、まだ面積が足りない額なのだ。これは格好のマスコミネタとなった。
厳しい世論からの批判を受けて、裁判所は態度を軟化。大幅に譲歩して、267万9000円の印紙の追貼命令を出した。差し止めの訴額については、算定不能の場合に当たるとして一人90万円とし、これに原告数を乗じての計算。弁護団は事前にこれを予測し、予定の対応とした。差し止め請求は、2名だけを残して、その余の原告については取り下げた。2名を除く他の原告は国家賠償請求だけとしたわけだ。これは必要に迫られて編み出した現場の知恵で、「代表訴訟方式」などと呼んだ。
結局、この対応で印紙の追貼納付は、4000円だけでことが収まった。3兆4000億円から4000円に、壮大なダンピングだった。
この件は、その後の司法改革論議の中でも、市民の司法アクセスの問題として話題となっている。
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2015年9月19日に戦争法が国会で成立し、翌16年3月29日施行となった。この日を境に、戦争を政策の選択肢に入れてはならないとする日本から、政権による「存立危機事態」の判断次第で、世界中のどこででも戦争を行うことができる日本に変わった。この戦争法は明らかに平和憲法に違反している。

しかも今、「北朝鮮危機」はアメリカの対北朝鮮開戦があった場合に、わが国も参戦せざるを得ない事態となる。「存立危機事態」とは、「参戦被強制事態」なのだ。

1991年湾岸戦争時のアメリカからの「参戦要請」の経験を思い起こすことは、今意味のあるものと言えよう。それに抵抗した、市民平和訴訟の経験も。
(2017年9月5日)

施行70年「いいね!日本国憲法-平和といのちと人権を!」5・3憲法集会

今年(2017年)の憲法記念日は、日本国憲法施行からちょうど70周年となる。70年の間、けっして憲法は安泰ではなかった。むしろ、恒常的に憲法は危機に瀕していたと言って過言でない。戦後連綿と続いた保守政権は憲法を攻撃し続け、日本国憲法を大切に思う多くの人々が、それぞれの局面で多様な闘いを組んで、憲法を守り抜いてきた。

その過程で、日本の民衆は憲法を活用し憲法を自らのものとしてきたのだ。この70年間の歴史を通じて、憲法は着実に民衆のものとなってきた。今年の憲法記念日に盛大に祝うべきは、民衆が憲法を我がものにしたことである。「押しつけ」などとは言わせない。民衆が守り抜き、勝ち取ったともいうべき憲法の古稀の祝典。併せて、その日を今後の壊憲の動きに最大限の警戒を確認し合う日としたい。明文改憲を阻止するだけでなく、憲法の諸理念を封じ込めようとする政権を交替させる決意の日ともしなければならない。

政府は憲法の永続に祝意なく民衆が憲法擁護を叫び続ける図は、国家権力に対する主権者の命令という憲法の基本構造を浮かびあがらせるもの。今後ますます、「政権は反憲法」「民衆が親憲法」という図式が明確化することになるだろう。憲法をめぐっての綱引きが熾烈化することにならざるをえない。それを浮かびあがらせる「70周年の5月3日」となる。

憲法をめぐっての以上の状況下、最大規模の5月3日記念集会は、有明・東京臨海防災公園で行われる。「施行70年『いいね!日本国憲法-平和といのちと人権を!』5・3憲法集会」というのが集会名。

その呼びかけ文の出来がよい。「わたしたちがめざすこと」と題しての8行。これをご紹介する。

私たちは、日本国憲法を守り生かし、不戦と民主主義の心豊かな社会をめざします。
私たちは、二度と戦争の惨禍を繰り返さないという誓いを胸に、戦争法の廃止をめざします。
私たちは、沖縄県民と思いを共にし、辺野古新基地建設の撤回を求めます。
私たちは、被災者の思いに寄りそい、原発のない社会をめざします。
私たちは、人間の平等を基本に、貧困のない社会をめざします。
私たちは、人間の尊厳をかかけ、差別のない社会をめざします。
私たちは、思想信条の自由を侵し、監視社会を強化するいわゆる「共謀罪」に反対します。
私たちは、これらを実現するために行動し、安倍政権の暴走にストップをかけます

私たちのめざすものとして、第1行には「日本国憲法を守り生かす」大目標と、「不戦(平和)」と「民主主義」を掲げて「心豊かな社会」が目標とされている。
第2行には、不戦(平和)の誓いに基づき、「戦争法の廃止」という具体的課題が提起されている。第3行には、「辺野古新基地建設の撤回」。第4行には、「震災復興」と「版原発」。第4行は、「格差・貧困の解消」。次いで、「差別の克服」。さらに「共謀罪反対」を明示。そして、最終第8行での、「安倍政権の暴走にストップ」の呼びかけ。

ないものを探せば…、教育の課題が抜けている。表現の自由やメディアの状況への危機感が足りない。どうして選挙制度への言及がないのか。労働問題は、福祉は、環境問題は…。突っ込めば、不満はいくつもあるだろう。しかし、「わたしたちがめざすこと」の8行が重点的な憲法理念に関する課題と言ってよいのだろう。

具体的な憲法課題は、戦争法廃案・沖縄辺野古新基地建設撤回・反原発と復興・格差貧困の克服・あらゆる差別に反対、そして共謀罪の成立阻止だ。

このような時々の課題への闘いを継続しての憲法を守り抜いた70年。これからも憲法を擁護する運動は、時々の課題と取り組みながら、続くことになる。

なお、集会成功と新聞広告のためのカンパを募っています(一口1000円、なるべく複数口で)。ご協力をお願いします。
【郵便振替】 口座記号番号:00160-7-586990
加入者名:5・3憲法集会
【銀行振込】 ゆうちょ銀行〇一九(ゼロイチキユウ)店
店番019 当座預金 口座番号:0586990
口座名:5・3憲法集会
(2017年4月5日)

「戦争法廃止!」 雨にも負けず歳にも負けずの国会前行動

本降りの雨中国会前集会となった。あの日からちょうど1年にあたる今日、国会前に2万3000人が抗議の声を上げた。「戦争法廃止!国会正門前行動」である。

たまたま、今日は敬老の日。若者の遠慮の故か、あるいは高齢化社会を反映してのことか、圧倒的に高齢者の集会となった。ご近所誘い合わせての参加者も、敬老会並み。恐るべし、冷雨の中の熟年パワー。

4野党の代表、そして学者、弁護士、旧シールズ、ママの会、元自衛官、沖縄、などなどからのスピーチが続いた。アベ政権の理不尽に抗議するとともに、野党の共闘に期待する声が高い。シュプレヒコールも「野党は共闘、市民と野党は共闘を」と繰り返された。

戦争法施行でさしあたり明確に変わることは、南スーダンへの派遣自衛隊の任務に駆けつけ警護が加わることだ。確実に「殺し殺される事態」が現実のものとなるだろう。多くの人がそう語った。そのとき、日本の世論はどうなるのだろう。ボルテージが高まることは当然として、だから「海外派兵には反対」の方向に向かうのだろうか、むしろ「もっと強い武力の整備を」ということになりはしないか。

この集会参加者には、明らかに危機感が共有されていた。戦争法成立一週年の今日、戦争法廃止という目標の達成はなく、そのメドも立っていない。違憲の法律が運用されようとしていることは、平和が脅かされようとしていることなのだ。平和だけでなく、人権も民主々義も形骸化されようとしている。それどころか、国会は両院ともに、改憲勢力が3分の2を占めるに至っている。違憲な法律の横行というだけでなく、憲法そのものが変えられかねない。このような憲法の危機、平和の危機の時代に、アベ政権の支持率が下がらないということが、危機感に拍車をかけている。

集会のスピーチでも繰り返されたが、個々の具体的な政策ではアベ政権が民意をつかんでいるわけではない。アベノミクスでも、税制でも、TPPでも、核廃絶政策でも原発再稼働でも、農政でも、震災復興でも、雇用政策でも、あるいは福祉、介護、教育でも、そして沖縄問題でも、けっしてアベ政権が国民の信頼を得てはいない。だから、平和を願う勢力がけっして勝てないはずはない。これまで野党が分裂状態で、小選挙区制のマジックが与党に高い下駄を履かせた国会議席分布をつくってきたが、事態は一刻の猶予も許さない。唯一の打開策が、「野党は共闘、市民と共闘」なのだ。

今や切所にさしかかっている。グスグズしてはおられないのだ。改憲阻止のためには野党共闘しか手段はない。具体的には、改憲阻止・戦争法廃止・立憲主義回復に向けた選挙共闘を形づくって選挙に勝つ以外に選択肢はない。参院選でも、全一人区で4野党共闘が成立した。具体的な事情に応じてのさまざま形で成立した各選挙区の野党共闘は、与党勢力と拮抗する力量を見せつけた。その再現と進展が今必要だ。

さあ、これから衆議院議員の補欠選挙が行われる。10月23日に投開票予定の、福岡6区と東京10区。いずれも、野党の選挙共闘が不成立なら到底勝ち目がない。市民は、野党に強く共闘を呼びかけている。この2選挙区補選での共闘を跳躍台に、全小選挙区での野党共闘に踏み出していただきたい。

もし、野党の中で共闘に背を向ける政党があるとすれば、自らの首を絞めるに等しい愚挙というほかはない。冷たい雨の中、2時間近くも立ち尽くした高齢者の怒りをまともに受けることになる。これは、恐いぞ。
(2016年9月19日)

街頭宣伝活動での選挙総括

本郷三丁目交差点をご通行中の皆さま、ご近所の皆さま。こちらは地元の「本郷・湯島九条の会」です。私たちは、憲法を守ろう、憲法を大切しよう、とりわけ平和を守ろう。絶対に戦争は繰り返してはいけない。アベ自民党政権の危険な暴走を食い止めなければならない。そういう思いから、訴えを続けています。

あなたが政治に関心をもたなくても、政治の方はけっしてあなたに無関心ではいない。あなたが平和と戦争の問題に無関心でも、戦争は必ずあなたを追いかけてきます。けっして見逃がしてはくれません。少しの時間、お耳を貸してください。

一昨日の7月10日が第24回参院選投開票で、既にご存じのとおりの開票結果となりました。今回選挙の最大の焦点は、紛れもなく憲法改正問題でした。より正確には、アベ政治が投げ捨てた立憲主義の政治を取り戻すことができるか否か。憲法を大切にし、政治も行政も憲法に従って行うという当たり前の大原則を、きちんと政権に守らせる勢力の議席を増やすことができるか。あるいは、憲法をないがしろにして、あわよくば明文改憲を実現したいという勢力の議席を増やしてしまうか。

一方に憲法を護ろうという野党4党と市民運動のグループがあり、もう一方に改憲を掲げるアベ自民党とこれに擦り寄る公明・維新・こころの合計4党があります。この「立憲4党+市民」と「壊憲4党」の憲法をめぐる争いでした。おそらくは、この構図がこれからしばらく続くものと思います。

「壊憲4党」の側は徹底して争点を隠し、争点を外し、はぐらしました。それでもなお、客観的にこの選挙は改憲をめぐる選挙であり、選挙結果は壊憲4党に参院の3分の2の議席を与えるものとなりました。これは恐るべき事態と言わねばなりません。

改憲発議の権利は、今やアベ自民とこれに擦り寄る勢力の手中にあることを自覚しなければなりません。到底安閑としておられる状況ではない。憲法は明らかにこれまでとは違った危機のレベルにある、危険水域に達していることを心しなければならないと思います。

では、国民の多くが憲法改正を望んでいるのか。いえ、けっしてそんなことはありません。参院選投票時に何社かのメディアが出口調査をしていますが、その出口調査では有権者の憲法改正についての意見を聞いています。共同通信の調査も、時事通信もNHKも、いずれも「憲法改正の必要がある」という意見は少数なのです。「改憲の必要はない」という意見が多数です。これを9条改憲の是非に絞って意見を聞けば、さらに改憲賛成は少なくなります。「安倍政権下での9条改憲」の是非を聞けば、さらに改憲反対派が改憲賛成派を圧倒するはず。

ですから、明らかに、国民の憲法意識と国会の政党議席分布にはねじれが生じています。大きな隔たりがあると言わなければなりません。にもかかわらず、改憲勢力は今改憲の発議の内容とタイミングを決する権限を手に入れてしまったのです。

今回選挙のこのねじれを生じた原因は、ひとつは改憲派の徹底した争点隠しですが、それだけでなく選挙区制のマジックの問題もあります。改憲派と野党との得票数は、けっして、獲得議席ほどには差は大きくありません。

たとえば、立憲4党は、今回選挙で32ある一人区のすべてで統一候補を立てて改憲派候補と一騎打ちの闘いをしました。その結果、11の選挙区で勝利しました。
 青森・岩手・山形・福島・宮城・新潟・長野・山梨・三重・大分そして沖縄です。
他の県は敗れたとはいえ、前回は31の一人区で、自民党は29勝したのですから、これと比較して共闘の成果は大きかったといわねばなりません。それだけでなく、この一人区一騎打ちの票数合計は2000万票でした。その2000万票が、立憲派に900万票、自公の壊憲派に1100万票と振り分けられました。議席だけを見ると11対21ですが、得票数では9対11の僅差。実力差はこんなものというべきなのです。

それでも、議席を争った選挙での負けは負け。長く続いた平和が危うい事態と言わざるを得ません。既に日本は、1954年以来、憲法9条2項の戦力不保持の定めに反して、自衛隊という軍事組織を持つ国になってきています。しかし、長い間、自衛隊は専守防衛のための最小限の実力組織だから戦力に当たらない、だから自衛隊は違憲の存在ではない、と言い続けてきました。

ところが、一昨年(2014年)7月1日アベ政権は、閣議決定で専守防衛路線を投げ捨てました。個別的自衛権だけでなく、集団的自衛権の行使を容認して、憲法上の問題はない、と憲法の解釈を変えたのです。憲法が邪魔なら憲法を変えたい。しかし、改憲手続きのハードルが高いから憲法解釈を変えてしまえというのが、アベ政権のやり方なのです。こうして、集団的自衛権の行使を容認して、自衛隊が海外で戦争をすることができるという戦争法を強行成立させました。

自国が攻撃されてもいないのに、一定の条件があれば海外に派兵された自衛隊が、世界中のどこででも戦争ができるという内容の法律ですから、「戦争法」。日本は、自衛のためでなくても戦争ができる国になってしまいました。この戦争法を廃止することが、喫緊のおおきな政治課題となっています。

今、このように憲法がないがしろにされているこのときにこそ、全力を上げて憲法を守れ、立憲主義を守れ、憲法の内実である、平和と人権と民主主義を守れ、と一層大きく声を上げなければならない事態ではないでしょうか。

本当に、今、声を上げなければ大変なことになりかねません。でも、声を上げれば、もう少しで国会の議席配分を逆転することも可能なのです。このことを訴えて、宣伝活動を終わります。ご静聴ありがとうございました。
(2016年7月12日)

かつて、創価学会は平和憲法擁護・反戦を掲げていた。

「公明党=創価学会ではない」とは、ときに聞かされること。「公明党≒創価学会ですらない」「創価学会は真面目ですよ。平和を求めることにおいては特にね」などとも。とりわけ学会の婦人部が、原水爆禁止や9条擁護に熱心だとされる。私は、その真否を判断できる材料をもちあわせない。ただ、創価学会の前身創価教育学会は、戦前の天皇制政府から過酷な弾圧を受けている。その意味では軍国主義の被害者であった。信徒団体としての創価学会が、平和を求める集団であってなんの不思議もない。

とはいえ。創価学会が王仏冥合という独特の政治理念をもって政界への進出を試み、公明政治連盟を作りさらに公明党の母体となったのは周知の事実。

その公明党の昨今の体たらくはどうだ。創価学会が真に平和を志向する団体であるなら、公明党がアベ自民党の下駄の雪となって、どこまでも改憲路線を支えていることは奇妙奇天烈というほかはない。今次参院選における公明党代表山口那津男の野党共闘への攻撃のボルテージはただごとでない。改憲阻止・立憲主義の回復・集団的自衛権行使容認反対・戦争法廃止での共闘に対するむき出しの敵意である。自身の憲法や平和への立ち位置をよく示している。

本当に創価学会は平和を志向しているのだろうか。公明党を通して創価学会を見る限り、眉唾と言った方が分かり易い。もしかしたら、公明と学会とは、二つの顔をもって役割分担しているのかも知れない。公明が反共・親自民・改憲路線の顔、学会が平和・護憲・環境保護の顔。両面取り込んで、分裂もしない奇妙なところが、この集団の強みであり、不気味なところでもある。

集団的自衛権行使容認の公明党には、創価学会の一部から猛反対があったようだ。戦争法の法案提出から強行採決反対する一連の運動の節々に、確かに創価学会のグループがデモに参加していた。これは、ごく一部の微震に過ぎないのだろうか。実は屋台骨を揺るがすほどの激震の徴候なのだろうか。外からは見えない。

創価学会と平和・憲法。昔は本当に相性がよかったようだ。創価学会婦人部は本気になって、平和憲法擁護、9条改憲阻止を訴えていたという。そのことを28年前の創価学会婦人部編『まんが・わたしたちの平和憲法』を紹介するブログで知った。

下記のURLをごご覧いただきたい。
  http://seoul-life.blog.jp/archives/62149212.html

このブロガーは、ソウルに在住の若い人だ。こう言っている。
「ここに書かれた戦争へのシナリオが今の状況とそっくり
 これは、1988年、僕が12歳の時に創価学会婦人部平和委員会の編纂で第三文明社から出版された『まんが・わたしたちの平和憲法』の最後の章です。主人公の男の子たちが旅に行っている1年あまりの間に、自覚のない国民が選挙で憲法改正に同意してしまい、その後に起こる悲劇を描いています。
 僕はこの時この本を読んで憲法というものについて面白く学びましたが、この章を読んでとても怖くなったことと、それでもこんなことは起こるはずがない、もし起こるような動きがあれば何があっても止めなければ、と幼心に感じたのを覚えています。
 もちろんこのまんがは夢の話ですし、極端なところがあるでしょう。しかしこの夢を現実にさせたがっているのが今の政権です。実際に、このまんがのp.184~185のような動きはほとんど現実のものとなってきてしまいました。
 自民党と組んでいる公明党はもともとこのまんがのような護憲政党だったはずです。しかし、僕に平和憲法を教えてくれた公明党はすでに、その正反対の憲法違反を押し進める側になってしまいました。今の自公を勝たせてはいけません。彼らは昔の自民党でも、昔の公明党でもありません。…
 第九条の理想は、時の幣原首相がマッカーサーに陳情して憲法となったものだそうです。アメリカに押し付けられたものではありませんでした。確かに理想かもしれません。でも日本がその理想の旗を降ろしてしまったら、世界はその理想に近づくでしょうか、遠ざかるでしょうか。…
 このまんがを編纂したのは普通の主婦の人たちだそうです。これを読んで何かを感じる方は、どうか声を上げていただきたいと思います。多くの人にシェアしていただき、感じていただきたいです。身の回りの創価学会の人にも見せてあげてください。
 国を守るという美名のもとに国家の名によって殺されるのは、国会議員でも、彼らに投票した大人たちでもなくて、子供たちなのです。最後にこのまんがの第六章冒頭の文をここに挙げます。

『いま憲法(特に第九条)が変えられる動きがあります。
一人ひとりが憲法に関心を持ち、第九条の平和の心を守っていきましょう。』」

この漫画は創価学会婦人平和委員会が出版した、「わたしたちの平和憲法―まんが (平和への願いをこめて―ジュニア版)」(1988/9)である。作画は、懐かしい山根赤鬼。念のためとアマゾンを検索したら、中古の出品3冊出てきた。価格は、17,998円、25,282円、そして30,000円という。今はあとかたもない歴史的な遺物として、高価なのかも知れない。

創価学会婦人平和委員会編の『平和への願いをこめて』(第三文明社・1981)というシリーズもある。本格的な民衆の戦争体験記集である。戦地の体験、各地の空襲、沖縄地上戦、そして原爆…。
下記URLをご覧いただきたい。
「昭和50年代の青年部と婦人部の反戦出版」
  http://jounin.web.fc2.com/hansen/hansen.htm

戦争を知らない世代へⅠ(全56巻)
戦争を知らない世代へⅡ 全24巻
平和への願いをこめて 全20巻

最後の全20巻は下記のとおり。
①引揚げ編
②従軍看護婦編
③戦後生活(関西)編
④広島・被爆その後編
⑤学童疎開編
⑥基地の街(神奈川)編
⑦女たちの戦禍編
⑧聞き書き(千葉)編
⑨戦争未亡人(埼玉)編
⑩女教師編
⑪樺太・千島引揚げ(北海道)編
⑫沖縄戦後編
⑬被爆二世(長崎)編
⑭農村婦人(東北)編
⑮女子挺身隊(中部)編
⑯満蒙開拓(長野)編
⑰国防婦人会(大阪)編
⑱四国編
⑲戦争孤児(東京)編
⑳外地編 あの星の下に

上記「②従軍看護婦編 白衣を紅に染めて」の一節にネットで接することができた。従軍看護婦の手記が、慰安婦の惨状を語っている。
「ジャワ島に行く途中、私達の乗った輸送船が潜水艦に襲われ・・・・その時は運よく魚雷に当たらず、私たちはヤレヤレと胸をなでおろしましたが、それも束の間、またまた、何かの理由で船は進行を阻止され、やむなく途中のセレベス島マカッサルという所で1か月待機することになりました。ところが、私はこの地で先に記した戦場での負傷者よりもっとひどいものを見ることになりました。それは日本軍隊の恥部ともいわれている従軍慰安婦の実態でした。性病に冒され、局部が形がなくなるほどむごくくずれた彼女達は、『決していわないでくれ』といいながら、少しずつその生き地獄のさまを話してくれたものです。戦争のために送られた兵隊達もそこが戦場となっていなければ、休日もある。休みといっても行く所もすることもなければ、勢い、男達は慰安所に列をなす。慰安婦の数は少なくはなかったが、兵隊の数はあまりにも多く、時間を区切って用を済まさせたが、1日に数えきれないほどの人数を受け入れなければならず、それはもう生きた心地はない……と。それまで話に聞いたことはありましたが、現実にそういう所に身をさらさなければならない女性と接するにつけ、その中には朝鮮の女性もたくさんおりましたし、私は『ああ、日本人って、日本軍隊ってこういうものだったのか』と同じ日本人の女性として、言葉に表すこともできない憤りに苦しんだものでした」(156~157ページ、孫引き)

かつての創価学会は、かくも堅固な護憲派であり、反戦の姿勢も堅持していたのだ。この人たちの後輩が、今アベ改憲勢力の手先になりさがっているのだろうか。嗚呼。
(2016年6月26日)

間近となった参議院選挙を、憲法擁護の機会として生かすよう訴えます。

ご近所の皆さま、ご通行中の皆さま。少しの時間、耳をお貸しください。

来週の水曜日6月22日が第24回参議院議員選挙の公示日、そして7月10日が投票日です。今回の参院選は、いつにも増して重要な選挙といわねばなりません。とりわけ、憲法の命運にとって決定的な選挙といわざるを得ません。憲法の命運は、この国と国民の命運でもあります。参院選の結果が、この国のあり方を決定づけると言ってけっして大袈裟ではありません。

私たちは、「本郷湯島九条の会」の会員として、憲法擁護という一点から、皆さまに訴えます。今度の選挙では、憲法を守る政党、改憲阻止を公約とする候補者へのご支援をお願いいたします。憲法改正をたくらんでいる自民党にはけっして投票をしてはなりません。それは、99%の市民にとっては、自分の首を絞めることになるからです。自民党と連立与党を作っている公明党への投票も同じこと。そして、自民党への摺り寄りの姿勢を露骨に示している「おおさか維新」にも貴重な一票を投ずることのないよう、心から訴えます。

このたびの参院選で問われているものは、何よりも立憲主義の回復です。安倍政権と、自民・公明の与党は、憲法にもとづく国の運営、憲法にもとづく政治という、近代社会・近代国家の大原則を打ち捨てました。恐るべき憲法破壊の罪状と指摘せざるを得ません。
2014年7月1日、安倍内閣は、集団的自衛権行使を容認する閣議決定を行いました。日本が侵略されていなくとも、親しい国の要請で、海外で武力行使ができるというのです。これまで、歴代の自民党内閣が憲法違反としていたことを、あっさりと合憲としてしまいました。憲法に縛られるのはイヤだ。不都合な憲法の条文は解釈を変えてしまえ、というのです。これが、立憲主義の放棄。そして、戦争法を上程して成立を強行したことは、記憶に新しいところ。
戦争法を廃止して、立憲主義を取り戻す、これが今回参院選の課題です。

次に、明文改憲阻止という課題があります。今度の選挙は、安倍自民党の憲法改正の姿勢に、国民のノーを突きつける選挙です。
自民党は、2016年参院選の政策パンフレットを作成しています。26頁に及ぶ政策の最後の最後、26ページ目のおしまいに、「国民合意の上に憲法改正」とわずか10行が掲載されています。意味のある文章はわずか3行「衆議院・参議院の憲法審査会における議論を進め、各党との連携を図り、あわせて国民の合意形成に努め、憲法改正を目指します」とだけ言っています。まるで、積極的な改憲の意図はないごとくではありませんか。
しかし、これはウソです。これまでの政権の言動から見て、明らかに改憲の意図を隠した、有権者騙しの戦術といわねばなりません。嘘つきの安倍政権に欺されてはなりません。

第2次安倍政権が発足以来、今度が3度目の国政選挙になります。2013年7月の前回参院選では、安倍政権は、まだボロの出ていなかったアベノミクスの「三本の矢」の成果を強調して、自民党が大勝しました。選挙に勝って政権は何をしたか。言論の自由を踏みにじる特定秘密保護法だったではありませんか。2014年末の衆院選では、政権は「景気回復、この道しかない」とアピールして、選挙では勝ちました。そのあとに待っていたのが、戦争法の上程と数にものを言わせた成立の強行ではありませんか。
選挙の争点になるのを意識的に避けながら、安保政策を大転換させる布石を打ってきたといっていい。
国論を二分する重要な憲法上の課題を、選挙前にきちんと説明することなく、議席を掠めとったあとで、本当にやりたいことをやってのける。こうして、日本の有権者は2度欺されました。3度欺されてはなりません。自民党や公明党に、選挙で勝たせてはならないのです。

今度の選挙は、自民党は破綻したアベノミクスを取り繕って、経済政策を争う選挙としています。しかし、選挙結果が、自民・公明の与党と、与党摺り寄りの「おおさか維新」を合わせて、参院の改憲発議に必要な3分の2以上の議席を確保すれば、安倍政権は一路憲法改正に邁進することになります。そのようなことを許してはなりません。

昨年の戦争法反対の国民運動の盛り上がりの中で、危険な安倍政権に対抗するために、市民から「野党は共闘」の声があがりました。今、多くの市民の声が後押しして、参院選での野党共闘が実現しつつあります。

立憲主義を投げ捨て、さらには明文改憲をたくらむ政権与党と、これに対抗して立憲主義と民主義を取り戻し、改憲を阻止しようという野党共闘の対決の構図が明確になっています。選挙の勝敗を決めるのは、32ある一人区。その一人区の全部で安倍改憲を許さない立場で一致した、民進・共産・社民・生活の4野党が、統一候補者を決めました。与党と野党は、改憲をめぐる土俵の上で、がっぷり四つに組んだのです。

「憲法改正の必要はない」というのが、今やあらゆる世論調査で圧倒的な国民の声となっています。自公の改憲路線は、けっして世論が支持しているわけではありません。しかし、これまでは、野党がバラバラで自公連合に個別撃破を許してきたということです。今度は、一人区の全部で共闘ができたのですから、けっして前回参院選のように自公の大勝とはなりません。

今回参院選では、初めて18歳からの有権者が参加した選挙になります。文部科学省と総務省が作成した選挙を考えるための副教材が全高校生に配布されているということです。そこには、「民主政治とは話し合いの政治であり、最終的には多数決で合意を形成する」としながら、「ただし、多数決が有効に生かされるためには、多様な意見が出し尽くされ、少数意見が正しいものであれば、できるだけ吸収するというものでなければなりません」と記されていることが話題になっています。数の暴力は民主主義とは無縁なもの。議席を与えれば、少数意見を圧殺し改憲を強行する安倍自民と与党ではありませんか。ぜひとも、憲法の擁護につながる野党の側にご支持をお願いいたします。そのことが、立憲主義・民主主義を取り戻し、平和と生活を守ることになるのですから。
(2016年6月13日)

子も親も妻も、自衛隊員が災害救助に専念することを望みます。

ボクのお父さんは、じえいたいのたいいんです。
いま、熊本で大じしんのひがいでこまっている人たちを助けるために、いっしょうけんめいはたらいています。いぜんには、大つなみの岩手にはけんされました。

お父さんは、ゆくえふめいの人をさがしたり、こわれた道をなおしたり、食べ物をくばったり、お風呂をわかしてはいってもらったり、みんなにとってもよろこんでもらえるおしごとをしています。

ボクはそんなお父さんが、とてもりっぱだと思います。

でも、友だちからきかれました。つなみもじしんもないときには、なにをしているのって。ボクにはよく分かりません。お父さんにきくと、くんれんをしているんだよ、といっていました。くんれんって、どんなことをするんだろう。

お父さんが、いつもいつも日本じゅうのこまっているひとを助けるおしごとをしていると、ボクもうれしいし友だちにもじまんできます。お父さん、いつも、こまっている人をさがして助けてあげてください。

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私の子供は、陸上自衛隊の隊員です。
今は、熊本に派遣されて、現地で被災者の救援活動に携わっています。東日本大震災の際には、岩手県の三陸に派遣されて、死者の捜索や瓦礫の撤去、道路の修復などの作業を担当しました。

子供は、津波や地震の救援活動をとてもやりがいのあることと考えて、生き生きと任務に当たっています。「被害者や地域の住民と直接に接して、自分が役に立っていることを実感できる」と言っています。

被災地への救援の任務については生きがいを感じる、という子供の言を裏返せば、それ以外の自衛隊員としての通常任務では、生きがいを感じてはいないのかも知れません。少なくとも、「自分が役に立っていることを実感できる」状態ではないようです。

私は、自分の父から先の戦争での辛い体験を聞かされて育った世代です。自衛隊の存在や活動にいろいろな意見があることも知っています。でも、子供が自衛隊員として被災地の救援活動をしているときには、自衛隊にも子供にも誇りを感じます。

できれば、自衛隊の中に、災害救助の専門部隊ができればよいと考えています。そうすれば、子供はきっと真っ先に配属を希望するでしょう。射撃や格技の訓練ではなく、災害救助の専門部隊としての訓練を重ね、国内だけでなく海外にも、人命救助や被災地の復興のための活躍の場を与えられたら、子供はどんなにか張り切ってはたらくことでしょう。

私の子供だけでなく、多くの自衛隊員がそう思っているのかも知れません。それならば、災害救助の専門チームをどんどん大きく増やしていって、自衛隊の名前も災害救助隊と変えてはどうでしょうか。被災地では、迷彩服ではなく、被害者からもっとよく目立つ服装に変えた方がよいと思います。そして、予算もオスプレイやヘリ空母や爆弾に使うのではなく、人命救助やインフラ復旧のための機材や資材の購入に切り替えてはどうでしょうか。

そうすればきっと、私の子供も生きがいを獲得できますし、多くの国民が自衛隊(名前を変えた災害救助隊)を大切に思うようになることでしょう。

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私の夫は、自衛隊員です。今は、熊本で災害援助に当たっています。東日本大震災の際には、三陸の大槌町に派遣されていました。普段は、肩身が狭いような気持になることもすくなくないのですが、テレビで、被災地の自衛隊の活躍を見ると、とても誇らしい気持になります。

夫も、派遣された被災地での災害救助活動には、身が入っている様子です。夫の本来の任務が救援の活動であればよいと思い続けています。

私には、自衛隊という存在が平和のための抑止力になっているのか、それとも近隣の国々への脅威となっているのか、判断はいたしかねます。ただ、一ついえることは、夫の自衛隊員としての奉職は専守防衛のためと信じてのことです。防衛の任務が、国内だけでなく、海外であり得るとは長く考えたこともありませんでした。

ところが、最近急に風向きが変わってきて、心配でなりません。昨年9月には戦争法とも言われる安保関連法が、大きな反対運動を押し切る形で成立しました。難しくてよく理解できない「存立危機事態」には、海外にも防衛出動ができるようになって、夫にも派兵の出動命令が出されるかも知れません。それだけでなく、海外での後方支援活動でも戦闘行為があり得るというのです。

自衛隊は軍隊ではない、国防軍でもない。だから、けっして海外で戦争することはないと考えていたのですが、話しが大きく食い違ってきています。

夫は、人のために黙々とはたらくことが大好きな好人物です。被災地で、被災者のためにはたらくことを厭うはずはありません。そんな夫が、海外で戦闘に巻き込まれるような危険な任務を与えられぬよう、祈るばかりです。
(2016年4月21日)

「戦争に行くな」「選挙に行こう」ー北海道5区補選はドミノ倒しの最初の一コマだ

いよいよ、市民主体の選挙戦が幕を開けた。本日(4月12日)、京都3区と北海道5区の衆院補選の告示である。いずれも投開票は4月24日。これが、今年の政治決戦のプラスのスパイラルの発火点。ドミノ倒しの最初の一コマだ。アベ政権には、これがケチのつきはじめ。

平和や人権に関心をもつ国民にとって、第2次アベ政権は3年も続く悪夢だ。しかし、ようやく「驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し」となる終わりの始まりがやって来た。

京都3区は自民の不戦敗で、自民の議席減1は闘いの前から決まった。自公の議席の増には憲法が泣き、議席の減には憲法が微笑む。京都でも、少し憲法が微笑んだ。

しかし、天下分け目は北海道5区だ。この選挙区の勝敗は、単なる1議席の増減ではない。その後に続く、参院選と総選挙の野党共闘の成否がかかっているのだ。政党レベルでは、民・共・社・生の4党だが、実はその背後に広範な市民の後押しがある。野党共闘とは、野党支持者を単純に束ねただけのものではない。「野党は共闘」とコールを上げる無党派市民が支えているのだ。その典型としての「北海道5区モデル」が成功すれば、正のスパイラルが動き出す。ドミノ倒しが始まるのだ。

ブロガーは、今日からは大いにブログでツイッターで池田まき候補の応援をしよう。虚偽や誹謗はいけない。しかし、アベ政権や、自公与党への批判に何の遠慮も要らない。今、最大の問題は戦争法の廃止であり、明文改憲の阻止である。そのための池田候補を徹底して応援しよう。せっかく、そのような選挙運動が自由になったのだ。大いに活用しようではないか。

一昨日(4月10日)の日曜日、千歳市で開かれた池田陣営の街頭演説会が象徴的だ。3700人の聴衆に、6人の弁士が池田候補推薦の弁を語った。ジャーナリストの鳥越俊太郎、SEALDsの奥田愛基、「安保関連法に反対するママの会」の長尾詩子、「市民連合」の山口二郎、そして「戦争させない北海道をつくる市民の会」の前札幌市長・上田文雄弁護士だという。政治家がいない!のだ。

集会の名称が、「千歳から、未来の日本を考える」。意気込みは、「北海道5区から、市民の力で平和な日本を切り開く」というもの。たいへんな盛り上がりだったと報じられている。

参加者の共通の思いは「平和」だ。平和な日本の未来を願う人びとにとって、アベ政権は危険きわまりない。その暴走にストップをかけないと、日本は本当に戦争をする国になってしまう。その危機感が、反アベ、反自公の共闘を成立させているのだ。

いま日本の平和のために最も必要なことは、選挙に行くことだ。選挙に行って、反アベの野党共闘候補に投票することだ。自公政権の候補者を落選させて、改憲を阻止することだ。「戦争に行くな」「投票に行こう」。このスローガンで、反アベの野党共闘を応援しよう。

ドミノ倒しを警戒するアベ政権は、北海道5区で負けたら衆参のダブル選挙は回避するだろうと言われてきた。ところが急に空気が変わっている。「北海道5区で負けたらどうせジリ貧。それなら早い総選挙の方が傷が浅く済む」という、与党内の声があると報じられている。つまりは、全国の衆院小選挙区での野党共闘が十分に進展せず、統一候補が決まらないうちの抜き打ち解散が与党に有利という読みなのだ。

しかし、ダブル選挙はそれこそ壮大な歴史的ドミノ倒し実現の場となる公算が高い。すべては、アベ政権を倒すに足りる野党共闘の成否にかかっており、野党共闘の成否は市民の後押しの声如何にかかっている。

がんばれ、池田まき候補。がんばれ、4野党。そして、がんばれ5区の無党派市民。全国の市民たちよ。
(2016年4月12日)

浜矩子講演会「アホノミクスとは、戦争目的の富国強兵策」

本日、天気晴朗なれども、空気が重い。
2016年3月29日零時。戦争法が施行となった。その第一日目の今日、昨日とは違う日本である。これまでは、「専守防衛の立場からの個別的自衛権発動は例外としても」、戦争を政策の選択肢に入れてはならないとする日本であった。今日からは、政権による「存立危機事態」の判断さえあれば、世界中のどこででも戦争を行うことができることになったのだ。駆けつけ警護も、他国軍への武器運搬等の支援もできることになった。日本に敵対をしていない第三国への開戦は、当然のことながら、当該国からの反撃を覚悟の上でのことになる。その場合、日本国内のどこもが標的目標となる。

この戦争法は明らかに平和憲法に違反している。しかし、最高裁がこれを違憲と判断しうるだろうか。心もとないといわざるを得ない。よもや合憲と宣言することはありえないが、敢えて判断を避けることになる公算が高い。もっともらしい理由を付けながらも責任を放棄して判断を回避する、結局は逃げるのだ。

できることなら、違憲の法律を国民の意思の表明として廃止したい。国会は唯一の立法機関だが、「立法」とは、法律の制定だけでなく、改正も廃止も含むことになる。国民世論が選挙結果に結実して、「戦争法違憲派」が国会の過半数を制すれば、戦争法の廃止が可能となる。来たるべき参院選をそのような選挙にしなければならないと思う。

その戦争法施行第一日目に、文京区革新懇が中心となって企画した浜矩子講演会があった。演題が、「グローバル時代の救世主、それが日本国憲法」というもの。

冒頭に、日本国憲法前文の「諸国民との協和による成果を確保し」というフレーズを引用して、「これこそ、21世紀のグローバル時代を見通した」名言であって、今や「誰もが世界とつながり、だれもがひとりでは生きてゆけない時代となっている」ことが強調された。

安倍首相が唱える「戦後レジームからの脱却」「日本を取り戻す」のスローガンは、「大日本帝国」時代への復古にほかならない。当時の経済政策は強兵のための富国であり、植民地侵略の経済戦略としての大東亜共栄圏構想であって、グローバル時代のものではあり得ない。

昨年4月、安倍首相は笹川平和財団アメリカ支部での講演で「アベノミクスと私の外交政策は表裏一体」と語っている。経済政策の目的を外交安全保障と一体と位置づけることの危険は国際的に確認されていること。本来の経済政策の目的とは、経済の均衡が破綻したときの回復と、経済的弱者救済の二つに限定されなければならない。経済の均衡破綻とは、極端なデフレとハイパーインフレを典型とし、これによって傷つくのはまさしく弱者だ。アベノミクスは、弱者の救済ではなく、「富国強兵」を目的とするものなのだ。

今回、新3本の矢で、GDP2割増の600兆円にするというのも、国防費を増やすことが目的。TPPも防衛戦略が目的とされている。アメリカ議会での安倍演説では「その経済効果には、戦略的価値がある」と言っている。これは、TPPではなく、TYP(とっても、やばいパートナーシップ)と呼ぶべきだろう。

強調されたことは、「アベノミクスを政権維持のための民心収攬手段」と考えるのは大きな間違いで、「危険な富国強兵策そのもの」ととらえなければならない、ということ。

経済の講演を期待したものの、むしろ憲法の話しとなった。印象的だったのは、やや年齢層の高い聴衆の真剣さである。戦争法施行第一日目にふさわしい講演会となった。
(2016年3月29日)

財界奉仕と憲法破壊ー党大会におけるアベ総裁の決意表明

第83回自由民主党々大会にあたり、党総裁としてごあいさつを申し上げます。
大変お忙しい中、こうしてたくさんのおカネをいただいているスポンサーのみなさまにお集まりいただきました。党を代表して厚く厚くお礼を申し上げます。

厳しい時も困難な時も、我が党をカネで支え続けていただいたみなさまのお力でわれわれは昨年60年の歴史を刻むことができました。そのことを決して忘れずに、スポンサーの信頼あっての我が党であることを胸に刻み、これからも国民には上から目線で説明が足りないなどと批判はされようとも、スポンサーの皆さまには謙虚にしっかりと寄り添って歩みを進めて参ります。

先ほど友党の代表から、温かいごあいさつをいただきました。本当にありがとうございます。風雪に耐えた、我が党と御党の連立政権の基盤の上に今後も着実に財界奉仕と憲法破壊の実績を積み重ねてまいりましょう。

そしてスポンサーを代表して今年も、経団連の榊原会長から力強いごあいさつをいただきました。本当にいつもありがとうございます。末永く、持ちつ持たれつ。ますますのご支援をお願いするとともに、前もってのお礼を申し上げたい(会場:笑)、こう思う次第です。

昨年は敗戦から70年の節目の年でありました。先の大戦では、帝国の行く末を案じ皇室の弥栄を念じつつ、300万余の日本人が尊い犠牲となりました。この尊い犠牲の上に、現在の私たちの平和と繁栄があります。近隣諸国の民衆の死については、私がとやかく申しあげる立場ではございません。我が党は、けっして自虐史観には立たないのです。私は靖國に合祀されている死者の無念をかみしめ、靖國の神々の言葉に耳を傾けて、再び日本人の命と幸せな暮らし、日本の領土と領空、そして美しい海を、敵の手から守り抜いていくという大きな責任を再確認しなければなりません。そのための平和安全法制であり、戦争準備法制なのです。

日米安全保障条約改定時、またPKO法制定時、昨年の平和安全法制制定時には、相も変わらず「日本は戦争に巻き込まれる」「徴兵制が始まる」などという無責任な批判が展開されました。しかし、皆さん、私はけっして「日本が戦争に巻き込まれる」事態にはならないことをお約束します。巻き込まれるは、受動的に、心ならずも戦争に参加するという意味ではありませせんか。私は、必要なときには主体的に、そして積極的に、果敢に勇躍して戦争を始めることを躊躇しません。それが、1億総国民の命と安全に責任を持つ指導者のありかたであると確信いたします。

政財界の皆さまのなかには、我が党の議論にお詳しい人ほど、「徴兵制が復活するのではないか」「そんなことになったら、身内の者にも赤紙が来る」とご心配あるやに伺っていますが、けっして、徴兵制の復活はあり得ません。私が保障します。

広く知られているとおり、我が党の経済政策は、国民に格差と貧困を甘受させるものです。幸いに、日本国民は「格差と貧困」の進展にさしたる違和感なく、我が党の支持率は落ちていません。制度としての徴兵制を敷くことなくとも、格差と貧困の底辺には、必ずや軍役で糊口を凌ごうという十分な兵役希望の予備軍が沈殿しているのです。兵役に従事するものは、この層から十分にリクルートが可能なのです。けっして、我が党のスポンサーの皆さま方の大切なご子息を戦場に送るような愚をおかすことはありません。党総裁のワタクシが、完全にブロックすることを明言申しあげます。

なお、率直に反省の気持を込めて申し上げます。これまで私たちの先輩方は、毅然として日本国憲法の平和主義を壊滅させることに不十分でした。憲法を壊そうとして国民の抵抗に遭って果たせず、十全の戦争体制を構築することにおいて不徹底の誹りは免れません。そのため、日本国憲法は70年間一字も手を付けることができないまま生き残り、これを支持する国民世論も健在です。ですから、残念ながらいまだに我が国は、主権国家として戦争の一つもできない状態が続いているのです。これでは近隣諸国から侮られてもやむを得ないではありませんか。平和安全法制という名の戦争法が制定されても然りなのであります。

それでも、先般北朝鮮が弾道ミサイルを発射した際、日米は従来よりも増して緊密にしっかりと連携して対応することができました。戦争準備もやむなしとする世論も多少は大きくなったような気がして心強い限りです。北の指導者には、よいタイミングで行動を起こしていただいたことに、御礼を言いたい気持なのであります。

日本を守るためにお互いが助け合うことができる日米の軍事同盟は、その絆を間違いなく強くしたんです。この平和安全法制を、民主党は共産党とともに廃止しようとしています。みなさまご承知のように、共産党が一番悪い。共産党が諸悪の根源なのです。ナンデモハンタイ、キョーサントー。

共産党は、平和を守るなどと言います。けっして戦争はしない。そのために、軍隊の存在は危険だ、などと平気で口にします。「憲法9条は非武装中立を求めている」「安保条約は軍事同盟だから、日本をアメリカの戦争に巻き込む危険がある」などと、彼らの主張はとんでもないことなのです。それだけではありません。格差も貧困もあってはならないなどと、これも本気になって危険なことを口走っています。こんな危険な政党と、民主党は野党共闘をしようというのです。

共産党の目標は自衛隊の解散です。直ちに解散という方針はもっていないようですが、自衛隊は存在する間は活用しつつも、いずれは災害援助隊などに再編成していく方針ではありませんか。量的にも質的にも軍事力を拡大強化しようという我が党の方針とは明らかに真逆な立場です。そして、共産党は日米安保条約を廃棄しようというのです。その上で、軍事同盟ではない、対等平等で平和な日米関係を構築しようなどと怪しからんことを言っています。

先に私は、国会で民主党議員に、「ニッキョーソ」「日教組はどうした」と野次を飛ばして、世の顰蹙を買いました。しかし、それくらいのことに怯む私ではありません。今度は民主党議員に「キョーサントー」「キミは共産党か」と、悪口を言ってやりたいと思っています。

ホントのことを言うと、野党共闘が成立したら、我が党に脅威であることは誰が見てもお分かりのこと。我が党は、スポンサーの皆さまとその息のかかった方々にはウケがよろしいのですが、広範な勤労者や農漁業者、経済的苦境にある地方、ママの会などの女性にはまことに評判が悪うございます。ですから、常に薄氷を踏むが思いで、どうしても野党共闘を切り崩さねばなりません。そのための切り札として、私自身が反共攻撃の先頭に立つことをお誓いいたします。

たとえば、こんなふうではいかがでしょうか。
(拳を振り上げて)「選挙のためだったら何でもする。誰とも組む。こんな無責任な勢力に私たちはみなさん、負けるわけにはいかないんです。」(拍手)

今年の戦いの構図は固まりつつあります。軍備を整えて戦争も躊躇することのない気概を内外に示すことで国家と国民を守ろうという「自・公連立政権」と、近隣諸国との友好関係を発展させて平和を守ろうなどと甘いことを言っている「民共の野党勢力」との戦いなのです。

昨年の9月時点では、我が党も内閣も、大きく支持率を下げてヒヤッとしましたが、何よりも賢い国民の忘却と無関心が我が党の強い味方。なんとか持ち直しそうではありませんか。

最後に強調しておきたいと思います。今年18歳、19歳の若いみなさんが、初めて1票を投じます。この若い皆さんたちご自身の未来のために、戦争も軍役も辞さない覚悟をさせることができるのは、私たち、自由民主党だけなのであります(大きな拍手)。ともにがんばろうではありませんか。
(2016年3月14日)

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