澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

安倍晋三は、「報道圧力勉強会」暴言について本当に「陳謝」したのか

じん肺と闘う運動の中から生まれた名フレーズが、
「あやまれ、つぐなえ、なくせ。じん肺」 というもの。
「あやまれ、つぐなえ、なくせ。公害」 とも使われる。

思想弾圧にも、侵略戦争にも、植民地支配にも、対内的な戦争責任にも、戦時の人権侵害にも、加害・被害の関係のあるところ、責任追及と関係修復のスローガンとして、普遍性を持つものとなっている。

交通事故でも、学校事故でも、医療過誤や消費者被害でも、イジメ事件でも傷害事件でも同様だ。被害者の求めるものは、まずは加害責任を明確にしての真摯な反省に基づく謝罪である。これあればこその「つぐない」となり、さらに「なくせ」の徹底となる。これがそろって、被害者は加害者を宥恕することができることになり、関係は修復される。

まず何よりも、求められているのは真摯な謝罪である。真摯ならざる開き直りの似非謝罪は、被害者の心情をさらに傷つけ、加害被害関係の修復を困難にする。

安倍首相が7月3日の衆院平和安全法制特別委員会で枝野議員の質問に答える中でしたとされる自民党「報道圧力勉強会」暴言についての「陳謝」は、そのような似非謝罪の典型といえよう。「一応、謝っておきます」「謝ったんだからもういいだろう」「謝りついでに、言いたいことも言っておこう」という、真摯ならざる思惑が芬々なのだ。

だから、安倍自身はなんの償いもしようとはしない。口先以上の責任はとらない。自民党と安倍政権の体質から出たこの事件。「真摯なあやまり」がないのだから、「つぐない」も「なくせ」にもつながるはずはない。

この安倍謝罪について、大方の報道と解説は次のようなものである。
「自民党の若手勉強会で報道機関への圧力を求める発言や沖縄への侮辱的な発言が出たことについて『党を率いる総裁として国民に心からおわびを申し上げたい』『国民の皆様に申し訳ない気持ちだ。党の長年の沖縄振興、基地負担軽減への努力を水泡に帰すものであり大変残念だ』などと繰り返した。」
「先月25日の勉強会開催から約1週間、自民党総裁としての責任をようやく認めた形だ。首相側には当初、危機感はなかったが、安全保障関連法案の衆院通過に向けた環境整備に向け、方針を転換。明確に陳謝することで騒動を幕引きしたい考えだ。」
(毎日)

委員会議事録(速報版)では、首相の発言は次のとおりである。
「先般の自民党の若手勉強会における発言につきましては、党本部で行われた勉強会でございますから、最終的には私に責任があるもの、このように考えております。
報道の自由、そして言論の自由を軽視するような発言、あるいはまた沖縄県民の皆様の思いに寄り添って負担軽減、沖縄振興に力を尽くしてきたこれまでの我が党の努力を無にするかのごとき発言が行われたものと認識をしております。
これは大変遺憾であり、非常識な発言であり、国民の信頼を大きく損ねる発言であり、看過することはできないと考え、そのため、谷垣幹事長とも相談の上、関係者について、先週土曜日、直ちに処分することとしたところでございます。」

「沖縄県民の皆様の思いに寄り添って負担軽減、沖縄振興に力を尽くしてきたこれまでの我が党の努力」とはよくも言ったり。その鉄面皮ぶりも腹立たしいが、「党本部で行われた勉強会でございますから、最終的には私に責任がある」という言いまわしにも引っかかる。あたかも、本来自分には無関係のことだが、立場上責任を認める、と言わんばかり。潔さの誇示さえ感じさせる。

いったい、どんな「勉強会」だったのかAERA最近号の記事が話題となっている。「自民党若手が開く『報道圧力』勉強会の真相 企業と法制局にも圧力」という表題。

会出席の衆院議員が、匿名を条件に取材に応じ、こう明かした。「会の本来の目的は(秋の総裁選での)安倍再選の雰囲気づくりだった」
発起人は党青年局長の木原稔衆院議員だが、背後の「プランナー」は会合にも出席していた安倍首相の側近である萩生田光一・党総裁特別補佐と加藤勝信官房副長官だったという。
同じ日に予定されていた「反安倍」議員の勉強会を中止させ、同じ週に放送される討論番組「朝まで生テレビ!」への議員の出演も、党本部の要請で出席を見送らせたとも伝えられている。万全の準備で臨んだ安倍応援の会合のはずだった。
私的勉強会といいながら、自民党を担当する記者でつくる「平河クラブ」に開催の案内が届いた。しかも、「終了後に、代表の木原稔より記者ブリーフィングをさせていただきます」とある。ひっそり勉強する会ではないことは、誰の目にも明らか。期待通り、大勢のメディアが集まり、会合の最中には「壁耳」と呼ばれる取材が行われた。

勉強会では、実際に報道されている以上に激しい言葉が飛び交った。
「(沖縄)タイムス、(琉球)新報の牙城の中で、沖縄の世論、ゆがみをどう正しい方向に持っていくか。(中略)沖縄はもう左翼勢力に乗っ取られちゃってる」
「朝日、毎日、東京新聞を読むと、もう血圧が上がって、どうしようもない。あれに騙されているんですよ、国民は」
「青年会議所も経団連も商工会議所も、子どもたちに悪影響を与えている番組ワースト10とか発表して、これに広告を出している企業を列挙すべきだ」
「法制局は法の番人とか言われているが、内閣法制局で法律家の資格を持っているのは6人だけ。言ったら、80人の医者のなかで免許を持っているのが6人だけの病院なんですよ。そういう人たちの解釈をずっと持ち続けないといけないのか」
よく分からない例えだ。最後に百田氏がこう締めくくった。
「政治家は言葉が大事。戦争と愛については何をしても許されるという部分はあるんです。その目的のためには、負の部分はネグったらええんです、はい。学術論文ではないのだから、いかに心に届くかです」

また、朝日(7月8日)は、次のようにも報じている。
そもそも、懇話会の目的は「保守思想の発信」にあった。懇話会代表の木原稔青年局長(当時)は周辺に「保守的な国家観や政策を国民に理解してもらうため、国民の心に響く言葉を学びたい」と語っていた。憲法改正に反対する「九条の会」を意識し、作家の大江健三郎氏や作曲家の坂本龍一氏らに対抗できる保守的な文化人を発掘することも念頭にあった。
 しかし5月初旬、党内にリベラル系の若手議員が「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」を立ち上げたことで、「首相応援団」の性格が一層強まった。
 9月の総裁選を無投票で乗り切りたい首相側はリベラル系の動きを警戒。首相側近の加藤勝信・官房副長官と萩生田光一・党総裁特別補佐が「顧問格」で入り、懇話会の人数集めに加わった。

何のことはない。問題暴言は「安倍の身内による安倍のための会合」でのことだったのだ。首相が他人事のように、「党本部で行われた勉強会でございますから、最終的には私に責任があるもの」などという謝り方で済む問題ではない。到底、真摯な反省に基づく謝罪ではない。安倍の陳謝の相手方は国民である。こんな謝り方で、国民が自民党や安倍政権を宥恕する気持になれるはずもない。

制服向上委員会のあの歌の歌詞が、妙にリアリティをもって響く。
「諸悪の根源 自民党」「大きな態度の安倍総理」

「本気で自民党を倒しましょう!」という以外に、加害・被害を清算する解決の途はなさそうである。
(2015年7月9日)

Comments are closed.

澤藤統一郎の憲法日記 © 2015. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.