澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

アベ3選の今、アベの改憲意欲に吹く嵐。

自民党総裁選が終わった。「石破善戦・安倍意外の苦戦」というのが大方の評価。注目は、この結果を受けての改憲情勢。さて、どうなっているのだろうか。

もちろん、アベ自身は空元気にせよ、改憲を言い続けなければならない立場。3選後の記者会見では、用意したコメントの一番最後に改憲に触れた。

「全ての世代が安心できる社会保障改革。戦後日本外交の総決算。そして制定以来初めての憲法改正、いずれも実現は容易なことではない。いばらの道であります。党内の議論も、他の政党との調整も一筋縄ではいかないかもしれない。しかし、今回の総裁選を通して、党内の大きな支持をいただくことができました。これは、これから3年間、私が自民党総裁として強いリーダーシップを発揮できる、党一丸となって大改革を断行する大きな力になるものと考えています。」

いずれも実現は容易なことではない。いばらの道であります。党内の議論も、他の政党との調整も一筋縄ではいかないかもしれない。」は、だれもが頷くところ。しかし、「今回の総裁選を通して、党内の大きな支持をいただくことができました。私が自民党総裁として強いリーダーシップを発揮できる、党一丸となって大改革を断行する大きな力になるものと考えています。」はだれもが頷くところではない。むしろ、冷笑する向きが多いのではないか。

記者団の質問に答えてこうも言っている。
憲法改正は…今回も総裁選の最大の争点であったと思います。憲法改正推進本部の議論を経て党大会で報告された条文イメージの上に、次の国会に案を提出できるように党を挙げて取り組むべきだと申し上げてきました。そして総裁選の結果、力強い支持を得ることができたと考えています。結果が出た以上、この大きな方針に向かってみんなで一致結束をして進んでいかなければならないと思います。」
「しかし、党として案を国会提出に向けて幅広い合意が得られるように対応を加速してまいりますが、その際には友党の公明党との調整を行いたいと思います。その後のスケジュールは国会次第でありまして、予断を持つことはできないと思いますし、もちろん(衆参両院の)3分の2で発議をしていくことは相当高いハードルですし、できるだけ多くの方々に賛同していただく努力をしていくべきだろうと思います。これは党を中心にそうした努力を行っていただきたい」

アベ改憲を唱えるアベ自身の自信のなさが滲み出ているではないか。3分の2で発議をしていくことは相当高いハードル」との自覚はリアリティに支えられたもの。にもかかわらず、党内論議さえ不十分。友党である公明党との調整もおぼつかない。そしてその先は、まったくの無方針。「次の国会に案を提出できるように党を挙げて取り組むべきだと申し上げてきました。」「大きな方針に向かってみんなで一致結束をして進んでいかなければならない」という言葉が虚しい。あきらめの本心さえ窺うことができる。

アベ3選を踏まえての最初の世論調査を共同通信が発表した。
「自民改憲案提出に反対51%」「「安倍1強」57%が問題視」と見出しを打っている。
共同通信社が20、21両日、自民党総裁選で安倍晋三首相が連続3選を果たしたのを踏まえて実施した全国緊急電話世論調査によると、首相が秋の臨時国会に党改憲案の提出を目指していることに「反対」との回答は51.0%に上り、「賛成」の35.7%を上回った。首相が政治や行政の意思決定で大きな力を持つ「安倍1強」を「問題だ」と答えた人が57.4%、「問題ない」は33.6%だった。
 首相の連続3選を「評価する」は29.7%にとどまり、「評価しない」は24.9%、「どちらとも言えない」は44.7%だった。

これでは、軽々に秋の臨時国会に改憲上程とは行くまい。この世論状況では、議会内の3分の2の獲得がどだい無理な話。アベに義理立てして、うっかり改憲発議に加わると、政治的に大きく傷つくことになりかねないからだ。仮に、3分の2の獲得ができたところで、国民投票では否決される。そのときは、アベ内閣が瓦解するときだ。

同じ共同通信が、公明・山口代表の見解を記事にしている。「改憲世論熟さず―『自民は信頼向上を』」というのだ。これはまことに冷ややかな反応。

 公明党の山口那津男代表は21日、共同通信社の世論調査で、秋の臨時国会への自民党憲法改正案提出に反対が51・0%に上ったことに関し「改憲に向けて世論が熟していない。自民党がこの現実をどう受け止めて対応するか見守りたい」と述べた。取材に対し答えた。
 安倍晋三首相「1強」は問題だとする回答が57・4%だったことには「自民党が受け止めて、信頼感や安心感を高める必要がある」と強調した。

驚いたのは、あの小池都知事が「改憲ふさわしい時期か」と述べていること。
これは朝日。毎日も記事にしている。
 自民党総裁選で連続3選した安倍晋三首相が憲法改正に意欲を示していることについて、東京都の小池百合子知事は21日の記者会見で、「内外に山積する課題はとても大きい。今、日本のエネルギーを憲法改正に集約させていくことにふさわしい時期なのか。よく吟味していただきたい」と述べた。
 小池氏は改憲肯定派だが、首相の拙速な動きに異論を唱えた格好だ。
 首相の地方票の得票率が55%にとどまったことについては、「(国会)議員はいろいろと人間関係があるが、(地方票は)客観的な投票だと思う。選挙は最大の世論調査。地方の声が反映されている」との見方を示した。

山口も小池も、世論の動向を読むのに余念がない。その両名の風の読み方が一致している。いま、改憲に向けて追い風はない、という読み。

自民党総裁選はコップの中の波と風だったが、それでも改憲阻止を望む立場からはまずは波乱なくおさまった。沖縄知事戦は、コップの中の嵐ではない。3選直後のアベ政権を直撃する大嵐を期待したい。
(2018年9月22日・連続更新2001日)

アベ首相 自衛隊幹部に「改憲決意」訓示の禁じ手

今さら言うまでもないことだが、公務員には憲法を尊重し擁護する義務がある。公務員が公務員に、100%公的な場で、「憲法変えた方があなたたちが働きやすくなるでしょう」「だから、私はがんばって憲法を変える決意だ」などと発言することは考えられない。今どき、そんなあり得ベからざることが現実に起こった。しかも、発言者は内閣総理大臣、その発言を訓示として聞かされた側は自衛隊幹部の面々。アベ政権のもとでは、なんでもありなのだ。

まずは、昨日(9月4日)の東京新聞朝刊記事から。
「首相、自衛隊幹部に訓示 『改憲前のめり』批判 共産・小池氏」
安倍晋三首相は3日、防衛省で開かれた自衛隊高級幹部会同で訓示し「全ての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは今を生きる政治家の責任だ。私は責任をしっかり果たしていく決意だ」と強調した。憲法への自衛隊明記に重ねて意欲を示した発言とみられる。野党からは、閣僚らに課された憲法尊重擁護の義務に反するとの批判も出ている。

毎年開かれる会同には今回、自衛隊の将官ら約180人が出席した。首相は直接、改憲に言及しなかったが、自衛隊の違憲論を念頭に「心無い批判にさらされたこともあったと思う。自衛隊の最高指揮官、政治家としてじくじたる思いだ」と語った。これに対して、共産党の小池晃書記局長は「憲法の尊重擁護義務を土足で踏みにじる暴言だ。改憲に向けてあまりに前のめりだ」と批判した。

憲法99条は閣僚、国会議員、公務員に憲法の尊重擁護義務を定めている。今回の訓示は、首相自ら国家公務員である自衛隊員に改憲への意欲を示した形となる。」

同じ問題についての共同通信配信記事は以下のとおり。
「首相訓示は『憲法擁護に反する』 野党批判、自民議員も困惑」
 安倍晋三首相の自衛隊高級幹部会同での訓示に関し、野党や有識者から3日、行政府の長として憲法改正に意欲を示した形で問題だと批判が相次いだ。共産党の小池晃書記局長は「憲法99条が定める閣僚らの憲法尊重擁護義務に反している」とした。自民党ベテラン議員も「全く望ましくない。理解に苦しむ」と困惑している。

首相は同日「全ての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは今を生きる政治家の責任。私は責任をしっかり果たしていく決意だ」と述べた。
 小池氏は記者会見で、会合の性格を考慮すれば、自民党総裁でなく首相としての発言なのは明白だとして非難した。

東京新聞も共同通信も、まことに真っ当な記事を書いたと言うべきだろう。両者とも、憲法99条を引いている。憲法の視座から見て、アベの訓示に問題あることは一目瞭然である。

赤旗の「首相“改憲表明” 小池氏が批判」の記事は、以下のとおり。
 日本共産党の小池晃書記局長は3日、国会内で記者会見し、安倍晋三首相が同日の「自衛隊高級幹部会同」で行った訓示で、「全ての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える、これは今を生きる政治家の責任だ」と発言したことについて、「明らかに安倍首相の持論である憲法9条に自衛隊を明記するとの主張を述べたものだ」と指摘し、「憲法尊重擁護義務を踏みにじる発言だ」と厳しく批判しました。

 小池氏は、憲法9条への自衛隊明記は「何の制限もなく海外での武力行使を可能にするものであって、自衛隊員の誇りとは何の関係もない」と強調。防衛省の公式発表によっても、同省の政策方針を自衛隊高級幹部に周知徹底させることなどが高級幹部会同の目的なのに、安倍首相の訓示は自民党総裁としてではなく「内閣総理大臣」として行ったものであり、「このような発言をする場ではない」として、「憲法99条が定める国務大臣、国会議員の憲法尊重擁護義務に明らかに違反する」と重ねて批判しました。

 その上で、「集団的自衛権行使を可能にする安保法制で海外で殺し殺される戦争に自衛隊員を駆り立てることを許さないことこそ、『今を生きる政治家の責任』だ」と主張しました。

小池批判は、単に「99条違反」を指摘するだけでなく、「自衛隊員の誇り」を口実に、実は「海外で殺し殺される戦争に自衛隊員を駆り立てること」がたくらまれているとしている。改憲陰謀を持ちかけられたかたちの自衛隊の面々。本懐だっただろうか。それとも、迷惑だっただろうか。

憲法99条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と定める。これは、立憲主義を体現した条文と理解されている。内閣総理大臣たるもの、ひたすらに主権者の命令である憲法を誠実に尊重し擁護する義務を負うのであって、憲法が気に入らないから改正しようなどと言い出してはいけない。内閣は国会に対して法案の上程はできるが、もとより憲法改正の発議権はない。憲法改正手続は、最も国民に近い位置にある国会議員が行うもので、内閣も総理大臣も改憲手続きには関与しない。

にもかかわらず、アベが内閣総理大臣として、「全ての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは今を生きる政治家の責任だ。私は責任をしっかり果たしていく決意だ」と発言したのは、小池晃書記局長のいうとおり、「憲法の尊重擁護義務を土足で踏みにじる暴言だ。改憲に向けてあまりに前のめりだ」と批判されなければならない。

官邸のホームページに、この自衛官会同の訓示がアップされている。正確には、第52回自衛隊高級幹部会同 安倍内閣総理大臣訓示」というようだ。これを検証してみよう。https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2018/0903kunji.html

まず、訓示者の肩書である。「自衛隊最高指揮官 内閣総理大臣安倍晋三」となっている。憲法99条にいう「国務大臣」の訓示であることに疑問の余地がない。靖国神社参拝や玉串料奉納の際に「私人として行った」、あるいは「改憲発言は総裁としてのもの」という言い訳は通用しない。

中で、正確にはこう言っている。

 本日、我が国の防衛の中枢を担う幹部諸君と一堂に会するに当たり、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣として、一言申し上げたいと思います。
(略)
  国民のために命をかける。これは全国25万人の自衛隊員一人一人が自分の家族に胸を張るべき気高き仕事であり、自分の子や孫たちにも誇るべき崇高な任務であります。
 幹部諸君。それにもかかわらず、長きにわたる諸君の自衛隊員としての歩みを振り返るとき、時には心無い批判にさらされたこともあったと思います。悔しい思いをしたこともあったかもしれない。自衛隊の最高指揮官、そして同じ時代を生きた政治家として、忸怩たる思いです。
 全ての自衛隊隊員が、強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは、今を生きる政治家の責任であります。私はその責任をしっかり果たしていく決意です。

この原稿は、明らかに官僚の「助言と承認」によって作られている。したがって、あからさまに「憲法を改正します」「自衛隊を憲法上明確にする」とまでは、さすがに言っていない。しかし、彼の訓示はこう読む以外にはない。

「自衛隊員の諸君は、時には『自衛隊は違憲の存在だ』という心無い批判にさらされたこともあったと思います。悔しい思いをしたこともあったかもしれない。自衛隊の最高指揮官、そして同じ時代を生きた政治家として、普通の読み方をすれば自衛隊は憲法違反の存在とする憲法9条を、今日まで改正することなく放置してきたことに忸怩たる思いです。
 全ての自衛隊隊員が、憲法違反との誹りを受けることなく、強い誇りを持って国民のために命をかける任務を全うできるよう環境を整えるために、憲法9条を改正して自衛隊が違憲の存在だという余地をなくする。このことが、今を生きる政治家の責任であります。私は、一日も早く憲法9条改正を実現することによってその責任をしっかり果たしていく決意です。」

アベは、アベ改憲のたくらみと決意を自衛隊に吹き込んだのだ。これは、許されない危険な行為。禁じ手ではないか。やはりアウトだ。アベシンゾー。
(2018年9月5日)

真夏の真昼時、暑いさなかの平和を守ろうという熱いアピールです。

ご近所の皆様、ここ本郷三丁目交差点をご通行中の皆さま。こちらは平和憲法を守ろうという一点で連帯した行動を続けています「本郷・湯島九条の会」です。私は近所に住む者で、憲法の理念を大切にし、人権を擁護する立場で、弁護士として仕事をしています。
真夏の真昼時、暑いさなかですが、平和を守ろう、憲法9条を大切にしようという訴えに、少しの時間耳をお貸しください。

73年前の今日、1945年8月14日午前10時に千代田区内某所で「特別御前会議」なる戦争指導者全員が参集した会議が開かれ、その席でポツダム宣言受諾を決定しました。そしてこの日、天皇(裕仁)の名で連合国(米・英・中・ソ)にその旨を通告し、法的には日中戦争・太平洋戦争が日本の無条件降伏で終了しました。調印式が9月2日横浜沖のミズーリ号上で行われたのは、ご存じのとおりです。既に、ムソリーニは虐殺され、ヒトラーは自殺して、イタリア・ドイツは敗北していましたから、最後の枢軸国日本の敗戦は、第2次大戦の終了でもありました。

そして、翌8月15日正午、天皇が読み上げた「大東亜戦争終結に関する詔書」の録音がNHKのラジオで放送されて、国民に敗戦を知らせました。国力を傾け尽くし、310万人の自国民死者と、2000万人にも及ぶ近隣諸国の犠牲者を出した末に、ようやくにして悲惨な侵略戦争は終わりました。

8月15日正午の天皇の放送は、1億国民からさまざまな思いで受けとられ、さまざまな記録が残されています。名古屋の武田徳三郎さんと志津さん夫妻の場合はこうでした。

夫妻の息子二人は、学徒動員で軍需工場に働いていましたが、名古屋の大空襲で、二人とも亡くなりました。夫妻は、必死になって、夜昼となく遺体を探しますが、ついに肉のカケラも服の端切れさえ見つからなかった。80キロあった徳三郎さんの体重は50キロまで減ったということです。「死のう」「いや、ワシらが死ねば、弔いをする者がなくなる」と思う日々が続いて、8月15日を迎えます―。

天皇陛下の玉音放送があった。「一億玉砕」とばかり信じていた。…だが、四球のラジオから流れる玉音は、ザァザァという雑音の中で無条件降伏を伝えた。…「そんなバカな! 手をあげてやめられる戦争なら、なぜもっと早くやめてくれなんだ。陛下さま、ワシの息子らは、これで犬死になってしもうたがや―」徳三郎さんは泣き崩れた。(毎日新聞社編『名古屋大空襲』)

これを引用した近代史研究者の色川大吉は、1975年にこう書いています。
私はこの部分を天皇(註・裕仁)に読んでもらいたい思う。「手をあげてやめられる戦争なら、なぜもっと早くやめてくれなんだ!」 この悲痛な叫びは、ポツダム宣言の受諾をめぐって天皇制の存続を条件にグズグズ日を延ばしていたあいだにも、50万人以上の民衆を殺し、徳三郎さん夫妻のような、もはや永久に救われない運命を負った庶民を無数に生み出してしまったのである。

無数の悲劇を重ねて、長い長い戦争が終わりました。再び、この戦争の惨禍を繰り返してはならない。多くの人々の切実な思いが、平和憲法に結実しました。とりわけその9条が、再びの戦争を起こさないという国民の決意であり、近隣諸国への誓約でもあります。

大日本帝国憲法は戦争を当然の政策と考え、軍隊の組織編成や、国民を戦争に動員する手続を定めています。戦争を抑制しようという憲法ではなく、主権者である天皇の名による戦争を煽った憲法と言ってもよいと思います。きっぱりとこの好戦憲法は捨て去られ、平和憲法が採択されました。

日本国憲法は、戦争を放棄し戦力を保持しないことを憲法に明確に書き込みました。それだけではなく、この憲法には一切戦争や軍隊に関わる規定がありません。9条だけでなく、全条文が徹頭徹尾平和憲法なのです。戦争という政策の選択肢を持たない憲法。権力者が、武力の行使や戦争に訴えることのないよう歯止めを掛けている憲法。それこそが平和憲法なのです。

ところが、歴代の保守政権は、この憲法が嫌いなのです。とりわけ、安倍政権は憲法に従わなければならない立場にありながら、日本国憲法が大嫌い。中でも9条を変えたくて仕方がないのです。

彼が言う「戦後レジームからの脱却」「日本を、取り戻す」とは、日本国憲法の総体を敵視するという宣言にほかなりません。「戦後」とは、1945年敗戦以前の「戦前」を否定して確認された普遍的な理念です。人権尊重であり、国民主権であり、議会制民主主義であり、なによりも平和を意味します。戦後民主主義、戦後平和、戦後教育、戦後憲法等々。戦前を否定しての価値判断にほかなりません。安倍首相は、これを再否定して「戦前にあったはずの美しい日本」を取り戻そうというのです。

戦後73年、日本国憲法施行以来71年、国民は日本国憲法を護り抜いてきました。それは平和を守り抜くことでもありました。そうすることで、この憲法を自らの血肉としてきました。平和は、憲法の条文を護るだけでは実現できません。国民の意識や運動と一体になってはじめて、憲法の理念が現実のものとして生きてきます。平和憲法をその改悪のたくらみから護り抜き、これを活用することによって恒久の平和を大切にしたいと思います。

そのため、安倍9条改憲を阻止して、「戦後レジームからの脱却」などというふざけたスローガンを克服して行こうではありませんか。夏、8月、暑いさなかですが、そのような思いを新たにすべきとき。憲法9条と平和を大切にしようという訴えに、耳をお貸しいただき、ありがとうございました。
(2018年8月14日)

今国会を締めくくる言葉 ― 「憲政史上最悪の国会」「国民を愚弄するにも程がある」

第196通常国会が、昨日(7月20日(金))事実上閉会した。思い起こせば、アベ政治の醜態極まれりという、「憲政史上最悪の国会」。これでいよいよアベ政権も終わりかと思わせる事態は何度もあった。が、膿にまみれ満身創痍となりながらも、アベ政権は持ちこたえた。内閣支持率は下げ止まり、やや上昇の傾向さえ見せている。アベ政治を許し、アベを政権の座にから追い落とせない、これが日本の民主主義の水準なのだ。

本日の朝日は、「通常国会、事実上閉会」「森友・加計など疑惑解明置き去り」「政権の強引さ、際だった」「野党『憲政史上、最悪の国会』」の見出しで、こう報じている。

 公文書が改ざん、廃棄され、「ない」とされた文書が見つかる。答弁のうそが明らかになる。国会審議の前提は根底から覆された。過労死を招きかねないと指摘された制度やギャンブル依存症が増えかねないカジノ新設を認める法律も野党の反対を押し切って成立。安倍政権の国会軽視が際立つ通常国会だった。

 巨大与党に少数野党。野党が提出した内閣不信任決議案が否決されるのは目に見えている。それでも憲法に基づいた手続きであることには変わりない。
 立憲民主党の枝野幸男代表が不信任案の趣旨説明をしている最中、安倍晋三首相は隣の閣僚と談笑した。「何笑ってんだよ」。野党席からヤジが飛んだ。「憲政史上、最悪の国会になってしまった」。枝野氏は2時間43分にわたった趣旨説明をこう締めくくった。

毎日新聞は、「政府強引、国会に禍根」「森友・加計、疑惑解明至らず」「働き方・参院6増・カジノ… 重要法熟議なく」とよく似た見出しで、今国会をこう総括している。

 通常国会は20日に事実上閉会した。学校法人「森友学園」「加計学園」を巡る問題で、政府・与党は疑惑解明に後ろ向きな姿勢を取り続け、真相究明には至らなかった。約半年にわたった国会論議が深まることはなく、与党は働き方改革関連法や参院定数を「6増」する改正公職選挙法など、問題を数多く抱える法を熟議なく強引に成立させた。政府が提出する法案や行政機関に対する立法府としてのチェック機能に課題を残した。

 立憲民主党の枝野幸男代表は20日の衆院本会議で、安倍内閣不信任決議案の趣旨説明を2時間43分にわたって行った。枝野氏は、不信任の理由は「数え切れないほどある」としたうえで、森友・加計学園問題など7点を挙げて「この国会は民主主義と立憲主義の見地から憲政史上最悪の国会になってしまった」と批判した。

そして、東京新聞。本日(7月21日)の社説が、厳しく力のはいったものとなっている。

国会あす閉会 政権の横暴が極まった

通常国会があす閉会する。与党は延長会期中、国民への影響が懸念される「悪法」の成立を強行する一方、森友、加計問題の解明にはふたをしてしまった。安倍政権の横暴が極まったのではないか。

 あす会期末を迎える通常国会はきのう事実上閉会した。実質的な最終日、与党が成立を図ったのがカジノを中核とする統合型リゾート施設(IR)整備法案だった。
 そもそも刑法が禁じる賭博を一部合法化する危険性や、ギャンブル依存症患者を増やす恐れがある法案だ。地域振興や外国人の集客に本当に役立つのか、審議を通じても疑問は解消されない。法案成立後に政令などで決める事項が約三百三十項目にも上る。そんな法案を成立させていいのか。
 延長国会の期間中、西日本を豪雨が襲い、二百人以上が亡くなった。猛暑の中、多くの被災者が生活再建を急ぐ。避難生活を余儀なくされている方は依然多い。
 生活再建や復旧、復興に向けた策を練り、法の不備を補い、予算を確保することこそが、国会が優先すべき課題ではなかったか。
 しかし、会期末の限られた時間は安倍政権が優先した「カジノ法案」の審議に費やされ、寸断された道路や鉄道、堤防が決壊した河川を所管する石井啓一国土交通相が答弁に追われた。災害対策より賭博か、との批判が出て当然だ。
 西日本豪雨では、気象庁が厳重警戒を呼び掛けた五日夜、自民党議員が「赤坂自民亭」と題する宴会を開き、安倍晋三首相や小野寺五典防衛相らが参加していた。
 豪雨発生時から緊張感を持って災害対応に当たっていたのか、疑問を抱かせる振る舞いだ。
 与党は延長国会で参院議員定数を六増やし、比例代表の一部に優先的に当選できる「特定枠」を導入する改正公職選挙法も成立させた。法律が求める抜本改革に程遠く、「合区」対象選挙区で公認漏れした自民党現職議員の救済策にほかならない。こんな制度をつくり、恥じることはないのか。
 森友学園をめぐる問題では財務省の公文書改ざんが明らかになり、佐川宣寿前国税庁長官による国会での偽証も指摘されている。加計学園は愛媛県に嘘(うそ)をついたと主張する。国民の多くが疑念を抱くのに、与党はなぜ事実を解明しないのか。政治権力を集める首相や官邸への配慮なのか。
 国会で多数を占めれば、何をやっても許される。政権がそんな考えで国会を運営したとしたら、国民を愚弄するにも程がある。

確かに、数を恃んだアベの横暴の国会。しかし、当初はこの国会に「憲法改正原案の発議」がなされる恐れが報じられていたのだ。1か月余の会期を延長してなお、今国会に憲法改正原案の発議はできなかった。衆参両院の憲法審査会も実質審議の場となっていない。そもそも、自民党案さえ確定に至っていない。

 昨夕、安倍晋三は、通常国会の実質閉会を受けて、官邸で記者会見し、改憲について「九月の自民党総裁選で大きな争点になる」と強調した。自民党がまとめた自衛隊明記など改憲四項目の条文案に関しては「(各党間で)取りまとめを加速すべきだ」と述べ、与野党に発議に向けた議論を呼び掛けた。と報道されている。

何度でも繰り返したい。改憲派にとっては、「アベが総理総裁でいるうち、改憲派の議席が両院ともに3分の2を超えているうち」が千載一遇のチャンスなのだ。
「アベが失脚する」か、「改憲派の議席が衆参のどちらかで3分の2を割る」ことになれば、改憲の危機は遠のくことになる。

アベ政権は、今国会で悪法成立の強行と引き換えに、「憲政史上最悪の国会」「国民を愚弄するにも程がある」との酷評にも晒されているのだ。アベ改憲の阻止は、十分に可能と考えられる。
(2018年7月21日)

「嘘つき内閣が嘘に嘘を重ねている」「ご意向内閣総辞職!」「改竄・隠蔽のアベやめろ!」

昨日(5月3日)の憲法記念日。各地の改憲阻止集会は、どこも意気盛んで大いに盛り上がったようだ。当面の課題は「アベ改憲」阻止だが、このような集会や行動の積み重ねは、当面の危機を乗り切る効果をもつにとどまらない。憲法の理念を国民の血肉として獲得する術となるのだ。その意味で、昨日は素晴らしい一日だった。

有明の中央集会のメインスピカーは落合惠子。参集の6万人にこう語りかけている。

「嘘つき内閣が嘘に嘘を重ねています。私たちはすでに知ってしまいました。安倍内閣は『総理のご意向内閣』ではありませんか。忖度がなければ維持もできない内閣ではありませんか」「彼らは福島を忘れ、沖縄を苦しめ、1機800億のイージスアショアなどを米国から喜々として買って国内では貧困率や格差を拡大している。戦争大好き内閣と呼ぶしかありません。公文書の改竄も隠蔽も何でもあり。何でもやるのが現内閣であり、やらないのは福祉と平和と命のためのしっかりした対策であると私は思います」

まったくそのとおりではないか。どの集会のどの発言者も、メッキが剥げて地金が露わになったアベ内閣の本質を衝いている。ジコチュー内閣、行政私物化政権、えこひいき首相、隠蔽・改竄・口裏合わせ、嘘つき・忖度総理…。実はそれだけではない。特定秘密保護法・戦争法・共謀罪そして、行き着く先がアベ改憲だ。だから、「安倍ヤメロ!」「総辞職!」なのだ。

「嘘つき内閣が嘘に嘘を重ねている。安倍内閣は『総理のご意向内閣』」。そこまで言われる内閣も珍しい。こう言われて、そのとおりだよなあと共感が広がる政権もまた珍しい。アベにもその取り巻きにも、怒る理由も気迫もないだろう。もう末期症状だ。「アベのいる内、3分の2ある内」が千載一遇のチャンスなのだから、アベの末期症状は、憲法の元気回復チャンスである。そして、アベ政治の臨終こそが、憲法の再生である。

全国津々浦々に「アベの嘘つき」「アベやめろ」の声が響いたに違いないが、昨日私が講演した立川の憲法集会もその一つ。「市民のひろば・憲法の会」は毎年憲法記念日に集会を開いて今年(2018年)が第32回。今年のタイトルが「やめよう改憲 生かそう平和憲法」というものだった。昨日も述べたとおりの熱気あふれた立派な集会だった。平和で豊かな社会を築くために憲法をどう生かすべきなのか、学び、考えようという気迫にあふれていた。

私の講演の前のプログラムが「朝鮮の楽器演奏と民族舞踊」。西東京朝鮮第一初中級学校(小学生・中学生)の部活動の成果の披露だという。みごとなもので、大喝采だった。

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憲法記念日の憲法集会に朝鮮学校の演舞。まことに時宜を得て結構なことではないか。国際協調、法の下の平等、民族差別の解消、教育を受ける権利、教育行政の責務…等々の憲法理念の実現の課題を考えさせる。このような懸命な子供たちの演技を見ていると国籍や民族などの違いはなんの障壁にもならずに、心の通い合いを感じる。伸びやかな子供たちの豊かな可能性に観客の心が熱くなる。

幕間に申俊植(シンジュンシク)校長が落ちついてコメントした。

「今の演技は、部活動としての民族舞踊の披露です。わが校は、民族教育の特徴はありますが、日本の小学校と特に変わった教育をしているわけではありません。
 地域の皆様にはご理解をいただけるよう努力をしているつもりですが、それでも先日、日本の中学校とのサッカーの対抗試合の際に、相手校の選手から『おまえら、みんなキンジョンウンなんだろう』と言われたという報告がありました。
 私は、腹を立てるのではなく、もっと私たちの日常を見てもらい理解していただく努力をしなければならないと思っています。たびたび、学校見学の日を設定していますが、その日に限りません。いつでもけっこうです、皆様どうぞ見学にお越しください。私自身も授業をもっています。どんな授業を行っているか、ぜひごらんいただきたいと思います。そのようにして、私たちも地域の一員であることにご理解をいただきたいのです」

堂々と立派な、共感を呼ぶ挨拶だった。 **************************************************************************
昨日の集会後、実行委員を中心に20人余りの人々の交流会がもたれた。お茶とお菓子、参加費300円の交流会で、多彩な人々の熱い思いが語られ、貴重な時間となった。

その交流会の際に、内閣総理大臣の衆議院解散権の行使に制約が必要ではないか、党利党略の随時解散権など認めるべきではないとの話題が出た。

解説を求められて、戦後の解散が憲法69条によらずに、7条3項による解散として実務が定着していること。「7条解散は違憲」と提訴のあった苫米地事件で、最高裁大法廷は統治行為論で判断を回避し、結局7条解散にお墨付きを与えることとなったことは解説し、英国の法改正についても触れたが、「その余の各国の制度については調べて当ブログでお返事する」こととした。以下がその回答である。

《アメリカ》上院・下院とも、制度上解散がない。したがって、大統領の解散権もない。

《ドイツ》
上院に解散はない。下院では、首相の信任投票が否決された場合にのみ、首相が解散権を行使できる。留意すべきは、内閣の不信任決議は同時に後継首相を決定しなければならない制度となっており、解散理由とはならない。

《イギリス》
2011年に「固定任期議会法」が成立し、首相による下院の解散権行使というシステムは大きく制限された。議員の任期5年固定を原則とし、解散には下院議員の定数の3分の2以上の賛成が必要となっている。

《フランス》
大統領は、首相及び両議院議長の意見を聴いた後、国民議会を解散できる。

《オーストラリア》
上下院とも、首相がいつでも解散することができる。

《カナダ》
下院は首相がいつでも解散することができる。

(2018年5月4日)

憲法記念日に平和的生存権を語る

2018年5月3日。日本国憲法施行から71年目となる憲法記念日。アベ改憲策動のせめぎ合いの中でこの日を迎えている。改憲派・改憲阻止派ともボルテージは高いが、公平に見て改憲阻止派の勢いが圧していると言って差し支えなかろう。

本日の両勢力のメインとなる集会について、毎日新聞は次のように伝えている。
改憲を目指す「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のフォーラムには約1200人(主催者発表)が参加。安倍晋三首相のビデオメッセージが流され、気象予報士でタレントの半井小絵氏が「北朝鮮の核・ミサイル開発など危機的な状況にもかかわらず、国会では大切な議論が行われていない」と述べた。

改憲反対の署名活動を展開する護憲団体などの集会では、野党4党トップも演説。約6万人(主催者発表)が参加して安倍政権退陣を訴え、和光大の竹信三恵子教授は「平和ぼけという言葉があるが、憲法のありがたみが分からなくなっている」と警鐘を鳴らした。

本日の朝刊各紙の社説のタイトルを並べてみよう。
朝日新聞 「安倍政権と憲法 改憲を語る資格あるのか」
毎日新聞 「引き継ぐべき憲法秩序 首相権力の統制が先決だ」
日本経済新聞 「改憲の実現にはまず環境整備を」
読売新聞 「憲法記念日 自衛隊違憲論の払拭を図れ」
産経新聞 「憲法施行71年 『9条』では国民守れない 平和構築へ自衛隊明記せよ」
東京新聞には本日社説の掲載はない。が、一面トップの大見出しが「9条 世界の宝」である。社会がもっている各紙のイメージどおりの内容の社説となっている。

朝日・毎日・共同の各世論調査が、いずれも安倍政権下での改憲には、過半数が反対している。そして、安倍政権がなくなれば、改憲は遠のくことになる。「アベのいるうち、各院に3分の2の改憲議席があるうち」。これが、千載一遇の改憲のチャンスなのだ。

昨日(5月2日)発表の朝日の調査の一節。
今回の憲法に関する全国世論調査(郵送)では、2020年までの改憲をめざす安倍晋三首相と国民との隔たりがはっきり表れた。国民が求める政策優先度でも「憲法改正」は最下位。安倍首相は「新しい時代への希望を生み出すような憲法を」と語るが、その意気込みは国民に広く伝わっていない。
◆次の政治課題の中で、あなたが安倍首相に優先的に取り組んでほしいものに、いくつでもマルをつけてください。
景気・雇用      60
高齢者向けの社会保障 56
教育・子育て支援   50
財政再建       38
震災復興       34
外交         23
安全保障       32
原子力発電・エネルギー16
憲法改正       11
その他・答えない    4

朝日が9項目上げた政治課題の中での最低の数字。しかも、「いくつでもマルを付けてください」に、わずか11%の選択。「景気・雇用」「 高齢者向けの社会保障」「教育・子育て支援」が国民にとっての最優先課題であるのに比して、「憲法改正」は最劣後課題と言ってよい。「アベのいるうち」でなくては、改憲問題が喫緊の政治課題になるはずはないのだ。

また、産経新聞・阿比留瑠比(論説委員兼政治部編集委員)の署名記事が興味深い。「国会は国民の権利を奪うのか 憲法改正の時機を失っては悔やみきれない」と題するもの。

同記事は、こう言う。

「そもそも、国会でかつてなく改憲派・改憲容認派の議員が多い今は、千載一遇のチャンスである。与党内からは『国民世論が盛り上がっていない』という声も聞くが、国会が論議をリードしなければ、世論が高まるきっかけも生まれない。」「ポスト安倍候補に挙げられる政治家の中に、安倍首相ほど憲法改正に意欲を示す者はいない。安倍政権のうちにやらなければ、もう憲法改正はずっとできないというのは、衆目の一致するところである。この機を逃して、自民党はいつ『党の使命』を果たすつもりなのか。今やらなければ、長年にわたり、『やるやる詐欺』で有権者をたばかってきたといわれても仕方がないだろう。」「もちろん、改憲を使命とする自民党と長く連立を組んできた公明党にも、議論を前に進める義務と責任があるのは言うまでもない。」

 「現行憲法は施行71年を迎えたが、この間、国会は一度も改正の発議をしていない。従って国民は、憲法に関して意思表示をする機会を、今まで全く与えられてこなかった。憲法は改正条項(96条)を備えており、社会の必要や時代の要請に応じた改正を当然の前提としている。そして国会が発議した改憲案に対し、是非の意思表示をするのは国民の権利であり、その機会はつくられてしかるべきだ。憲法改正の国民投票が実施されれば、独立後初めてのことであり、画期的な意義を持つ。」「自民党をはじめとする国会の不作為でその時機を失うことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。」

「アベのいるうち、3分の2の議席があるうち」が千載一遇のチャンスとの認識のもと、改憲世論が盛り上がらないことを焦りもし、嘆いてもいるのだ。

私には、「他人の嘆きは蜜の味」という趣味はない。が、産経の焦りや嘆きを、人権や平和への朗報と認識する理性は持ち合わせている。

本日は、有明に参集の6万人の内の1人にはならなかった。 立川の柴崎学習館で行われた憲法集会に招かれた。「やめよう改憲 生かそう平和憲法」というメインタイトル。例年続けて、32回目となる地域の「手作り憲法集会」。参加者は200人弱といったところ。熱気のあふれる立派な集会だった。

私は、求められたタイトル「憲法を支える平和的生存権」での2時間余の講演。いささかくたびれた。
以下は、レジメの一部
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第1 憲法記念日にちなんで
1 日本国憲法は、大日本帝国憲法の改正手続によって成立している。
主権者が、国民投票という形での直接の関与をしていない。
2 第90帝国議会が日本国憲法の制憲議会となった。貴衆両院の審議を経て46年10月29日枢密院が「修正帝国憲法改正案」を可決。同日、天皇がこれを裁可した。その後、11月3日(明治節)を選んで、国民主権を明記した日本国憲法を、旧主権者である天皇が公布した。
その日天皇(と妻)が出席した「日本国憲法公布記念祝賀都民大会」開催。
3 その6か月後の47年5月3日、日本国憲法施行。皇居前広場で「日本国憲法施行記念式典」開催(天皇出席)。官民あげての祝賀ムード。翌年から5月3日は国民の祝日・憲法記念日(「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」)とされている。
4 戦後の「逆コース」以来、政権を担う陣営が憲法に冷淡で「改憲」を掲げ、野党陣営が「改憲阻止」「護憲」のスローガンを掲げる図式が定着。改憲(阻止)問題は、一貫して、最大級の政治課題となってきた。
5 天皇制の残滓が染みついている憲法だが、まぎれもなく人権尊重・国民主権・平和主義に立脚した普遍性をもつ現代憲法。これを後退させてはならない。
6 日本国憲法は「勝ち取った憲法」と「与えられた憲法」の両側面がある。権力側からの改憲策動に抵抗する国民運動の積み重ねが、徐々に日本国憲法の「勝ち取った憲法」としての側面を拡大しつつある。

第2 日本国憲法が危ない(改憲スケジュールの現段階)
1 これまでも、憲法の危機は何度もあった。
憲法敵視の保守政権が続く限り、革新派が「護憲派」となる「奇妙な」構図。
(自民党は、立党以来「自主憲法の制定」を党是としている)
そのたびに、国民は改憲を阻止することで、憲法を自らの血肉としてきた。
(日本国民は、日本国憲法制定に際して国民投票をしていないが、権力に抗して、70年余これを守り抜くことで、日々、自らの憲法として獲得してきた)
2 今回の「安倍改憲」は、前例のない具体的スケジュールをもっての改憲案。
◎手続的法制が整備されている。国民投票法・国会法の改正済み。
⇒参照・別添資料Ⅰ 「改憲手続き法(概要)」
同   Ⅱ 「改憲手続き概要図」
◎両院とも「改憲派」の議席が、3分の2を超えている。
◎「アベのいるうち」、「3分の2の議席あるうち」が千載一遇のチャンス。
(つまり、「アベの退陣」「国政選挙の護憲派勝利」が改憲を阻止する鍵)
3 経過
※2017年5月3日 右翼改憲集会へのビデオ・メッセージと読売紙面
「アベ9条改憲」提案 9条1項2項は残して、自衛隊を憲法に明記。
その種本は、日本会議の伊藤哲夫「明日への選択」論文。
「力関係の現状」からの現実性ある提案というでなく、
意識的に「護憲勢力の分断」を狙う戦略的立場を明言している。
「自衛隊違憲論派」と「自衛隊合憲(専守防衛)派」の共闘に楔を。
実質的に「自衛隊違憲論派の孤立化」が狙われており、警戒を要する。
※同年12月20日 自民党 憲法改正推進本部とりまとめ
改憲4項目 「9条改憲」「緊急事態」「参院合区解消」「教育の充実」
⇒参照・別添資料Ⅲ 「法律家6団体声明(抜粋)」
※自民党憲法改正推進本部・3月14日役員会
細田博之本部長は9条2項(戦力不保持)を維持、削除・改正する七つの条文案を提示。
▼現行9条
1項 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄
2項 陸海空軍その他の戦力を保持しない。国の交戦権を認めない
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▽2項削除案
(1)総理を最高指揮官とする国防軍を保持(9条の2)
(2)陸海空自衛隊を保持(9条2項)
▽2項維持案(自衛隊を明記)
(3)必要最小限度の実力組織として、自衛隊を保持(9条の2)
(4)前条の範囲内で、行政各部の一として自衛隊を保持(9条の2)
(5)前条の規定は、自衛隊を保持することを妨げない(9条の2)
▽2項維持案(自衛権を明記)
(6)前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない(9条3項)
(7)前2項の規定は、国の自衛権の行使を妨げず、そのための実力組織を      保持できる(9条3項)
※以上の(3)案が最有力とされたが、この日細田本部長一任取り付けに至らず。3月22日までに、(3)から、「必要最小限度の実力組織として」を削除した案で一任取り付けとの報道。しかし、党大会での発表に至らず。
※予定では、3月25日自民党大会までに「改正原案」自民案を党内一本化
その後に、改憲諸政党(公・維・希)と摺り合わせ  →改正原案作成
今通常国会(6月20日まで)に原案発議⇒18年末までに改正案発議。
⇒19年春国民投票⇒20年のオリンピック開会までに改正憲法施行。
※改憲派の思惑のとおりには、進行していない。
アベの求心力弱体化で、3月25日自民党大会条文化は不発。
※国会での手順は、
衆院に『改正原案』発議→本会議→衆院・憲法審査会(過半数で可決)
→本会議(3分の2で可決)→参院送付→同じ手続で可決になると
『改正案』を国民投票に発議することになる。
60~180日の国民投票運動期間を経て、国民投票に。
国民投票運動は原則自由。テレビコマーシャルも自由。
有効投票の過半数で可決。
※19年の政治日程は詰まっている。
統一地方選挙・元号発表・天皇退位・次期天皇の即位の礼・大嘗祭
・参院選(7月)・消費税値上げ。
※今が、勝敗を分ける運動のときだと思う。
19年4月までに国民投票を実施させないためには、3000万署名の成否が鍵。そして、参院選に護憲野党の選挙共闘が3分の1を超す議席を獲得すれば、アベ改憲の当面の危機は乗り切ることになる。

第3 憲法記念日に平和的生存権を語る
1 日本国憲法は平和憲法である。
9条だけではなく、前文から本文・補則の103条まで、丸ごと平和憲法である。過ぐる大戦における惨禍を繰り返さないという決意から生まれた。加害・被害両面の責任の自覚と反省から、戦争と軍備を放棄しようと決意した。
再び負けない強い国家を作ろうという「反省」ではない。
「平和を望むなら戦争の準備をせよ」という思想をとっていない。
2 日本国憲法の構造は、人権保障を基軸に組み立てられている。
近代憲法は「人権宣言(人権カタログ)」の章と「統治機構(制度)」から成る。人権こそが根源的な目的的価値であり、その他は手段・手段的価値と言ってよい。個人の尊厳を価値の根源とし、国家の制度は人権侵害のないよう設計されている。(個人主義・自由主義が根幹で、国家主義・全体主義を排斥している。)
※三権分立とは権力の集中強大化を防止して人権侵害を予防する基本原則。
※信教の自由という人権を保障するために、政教分離という制度がある。
※学問の自由という人権を保障するために、大学の自治という制度がある。
※言論の自由という人権保障のために、検閲の禁止という権力への命令がある。
3 平和も手段的価値であって、人権としての平和的生存権こそが目的価値ではないか。
平和を制度の問題ととらえるのではなく、国民一人ひとりが、平和のうちに生きる権利をもっていると人権保障の問題として再確認する。
※前文第2段落末尾に、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とある。これを人権保障規定として読み直そうという、先進的憲法学者からの提案。
4 平和を制度の問題とすれば民主的手続によって具体化すべき課題となり、国民個人は選挙を通じた間接民主主義の土俵でしか、関与し得ないことになる。しかし、平和を人権の問題とすれば、民主的手続(≒多数決)によって個人の平和に生きる権利を侵害することは許されない。
5 平和的生存権の、主体、客体、内容、外延はいまだ定まっておらず、生成途上の基本権と言ってよい。これを裁判規範として活用し、政府の戦争政策を法廷活動でストップさせようという試みが、果敢に繰り返されている。
⇒参照・別添資料Ⅳ 「イラク訴訟名古屋高裁判決(抜粋)」
類似のものとして、首相の靖国参拝や、公的行事としての大嘗祭を差し止めの根拠として、宗教的人格権の構想が用いられている。

第4 「ピースナウ・市民平和訴訟」の経験
1「湾岸戦争」への日本の加担と平和訴訟の概略
1991年1月17日、アメリカを中心とする多国籍軍はイラク軍に対する攻撃を開始した。「砂漠の剣」作戦と名付けられた爆撃と地上戦。これが「湾岸戦争」の始まりとなった。
日本はこの戦争に戦費負担で加担した。90億ドル(当時のレートで約1兆1700億円)の支出は多国籍軍総戦費の2割に当たる巨額。次いで現地への自衛隊機派遣の動きが報じられ、戦闘終熄後にはペルシャ湾まで自衛隊掃海部隊を派遣した。
アメリカが主導する戦争への事実上の参戦である。平和憲法のもとでは許されるはずのない政府の行為を「平和的生存権」を根拠に、訴訟で阻止したいと考える人々が各地で原告団を作り、その総数は3000人を超えた。その中で、最も大きなものが「戦争に税金は使わせない・ピースナウ市民平和訴訟」グループで、東京(原告1067人)・大阪(原告420人)・名古屋(原告542人)・鹿児島(原告2人・本人訴訟)の5地裁に「ピースナウ市民平和訴訟」を提起し訴訟と運動を連携しながら進行した。私は、東京地裁提訴事件の弁護団事務局長を務めた。その他のグループとして、大阪地裁「掃海艇派遣違憲訴訟」(原告212人)、福岡地裁「掃海艇入港住民訴訟」の本訴があり、これとは別に各地に差し止め仮処分の申立があった。
その後、この一連の訴訟を担った人々が「カンボジア派遣違憲訴訟」(大阪)、「PKO違憲訴訟」(東京・名古屋)、「ゴラン高原PKF違憲訴訟」(東京・大阪)、「思いやり予算違憲訴訟」(東京・大阪)、「テロ特措法違憲訴訟」(さいたま)などを提起した。さらに、イラク戦争開戦時には各地でイラク派兵差止訴訟が提起され、名古屋高裁が傍論ではあるが違憲の判断をした(2008年4月17日)ことが記憶に新しい。
さらにいま、全国各地(24地裁)に安保法制違憲訴訟が提起されて、平和的生存権活用の動きが継承されている。

2 「市民平和訴訟・東京」経過の概要
全訴訟の中心となった東京訴訟は、1991年3月4日原告571名が第一次提訴をした。弁護団は88名を数えた。当初通常部の民事13部に配点され、民事2部(行政部・涌井紀夫裁判長)へ回付された。
請求の趣旨は下記のとおりで、国を被告とする民事訴訟としての、「自衛隊機の派遣」差し止め(但し、結局派遣は回避された)請求と国家賠償請求訴訟であって、行政訴訟ではない。
「1 被告国は、湾岸協力会議に設けられた湾岸平和協力基金に対し90億ドル(金1兆1700億円)を支出してはならない。
2 被告国は、「湾岸危機に伴う避難民の輸送に関する暫定措置に関する政令」に基づいて自衛隊機及び自衛隊員を派遣してはならない。
3 被告国は、原告らそれぞれに対し各金1万円を支払え。」
同年4月23日の第二次提訴(原告277名)で、「掃海部隊派遣差止等請求」事件となった。請求の趣旨の概要は以下とおりで、行政訴訟ではない。
「1 掃海部隊派遣差し止め
2 原告一人につき1万円の慰謝料請求」
第三次、第四次提訴は、国家賠償請求だけ、全部併合されて原告総数1067名になった。
差し止め対象の戦費支出が完了し、掃海部隊が派遣先から帰国した後、請求の趣旨を変更して、請求は次の二項目になっている。
1 90億ドルの支出と掃海部隊派遣の違憲違法確認請求
2 一人1万円の損害賠償請求
計20回の弁論を経て、しかるべき証人調べも原告本人尋問も行ったが、敵性証人の採用はなかった。96年5月10日に判決が言い渡され、違憲違法確認請求は却下(門前払い)。国家賠償請求は棄却された。
これを不服として控訴したが97年7月15日控訴棄却の判決となった。
上告の是非については意見が分かれ、多くは断念したが、56名が上告。98年11月26日上告棄却の判決があって、事件は全部終了した。

3 訴額問題「3兆4千億円の印紙を貼れ」
本件では、提訴後第1回弁論以前に、訴額と印紙問題が大きな話題となった。
訴状には、裁判所を利用する手数料として、訴額に応じて所定の印紙を貼付しなければならない。担当裁判所から弁護団に訴額についての意見照会があった。弁護団から、裁判所の意向を打診すると驚くべき回答があった。
裁判所は自らの見解を表明して、訴額は「原告各自について90億ドル」、全体は「その合算額」(90億ドル×571人分)と言った。原告571人の訴額合計を、なんと685兆円とし、訴状に貼付すべき印紙額は3兆4260億円とすべきではないか、としたのだ。
司法の年間総予算が2500億円の規模であった当時のこと。試算してみたら、10万円の最高額印紙を東京ドームの屋根全面に貼り尽くして、まだ面積が足りない額なのだ。これは格好のマスコミネタとなった。
厳しい世論からの批判を受けて、裁判所は態度を軟化。大幅に譲歩して、267万9000円の印紙の追貼命令を出した。差し止めの訴額については、算定不能の場合に当たるとして一人90万円とし、これに原告数を乗じての計算。弁護団は予定の対応として、前記一次訴訟の請求の趣旨1・2項の差し止めにつき二名だけを残して、その余の原告は差し止めを取り下げた。二名を除く他の原告は国家賠償請求だけにしたわけだ。これは必要に迫られて編み出した現場の知恵で、「代表訴訟方式」などと呼んだ。
結局、この対応で印紙の追貼納付は、4000円だけでことが収まった。3兆円から4千円に、壮大なダンピングだった。第二次訴訟についても差し止め請求は二人だけ、あとは国家賠償請求と、同様の手続きとした。
この件は、その後の司法改革論議の中でも話題となっている。

4 後日韓国憲法裁判所訪問の際に、類似の訴訟提起がなされたことを知った。10万人を超す原告数で手数料は無料という。事情を説明した最高裁の判事が、「原告たちは違憲の行政を正そうという有益な行為を行っているのですから」と言ったのが印象的だった。
なお、当時韓国でも平和的生存権の思想と実務での活用があることを知った。「9条をもたない韓国憲法」下の平和的生存権は、個人の尊厳条項から導かれており、一部認容されている判決もあるとのことだった。

5 平和的生存権の構成
※裁判規範性有無の論争
長沼ナイキ訴訟一審判決が訴えの利益の根拠として裁判規範性を認めた。
その後は、2008年4月27日、名古屋高裁民事3部(青山邦夫裁判長)において、
個人的には極めて貴重な経験だった。9条についても、平和的生存権についても、三権分立の構造についても、考えさせられた。法廷と運動の結合、毎回の法廷をどう演出するか、平和的生存権とは何か、三権分立の理念、素晴らしい証人尋問・原告本人尋問…。
しかし、その限界についても考えざるをえなかった。

6 内部的議論の数々
☆原理的に司法で解決すべき問題か。あるいは、司法解決に馴染む問題か。
☆請求権は何か。
平和的生存権とは、具体的な給付請求権たりうるのか。
人格権で政府に対する作為・不作為の請求が可能か。
☆違憲国賠訴訟の共通の悩み→主として宗教的人格権
法的保護に値する利益の侵害があったといえるか
☆現職自衛隊員が原告となった安保法制違憲訴訟(自衛隊員の「予防訴訟」)における控訴審で訴の利益を認めた東京高裁第12民事部の判断。
(2018年5月3日)

朝鮮半島の平和は困る ― 9条改憲の好機を逃してしまいそう

最近、鏡に映る自分の姿がどうもはっきりしない。後ろの壁がぼんやりと透けて見えるんだ。久しぶりに陽の当たる道を歩いてみたら、自分の影だけが妙に薄いことに気がついた。こんなこと、以前にもあったっけ。そうだ、2007年夏に第1次アベ政権が崩壊したあのあたりのことだ。また胃が痛い。いや腸がキリキリと痛んできた。

内政外交とも八方ふさがりだ。森友・加計・南スーダンだけでない。イラク日報、財務省セクハラ問題で、内政は最悪だ。嘘つき内閣・改ざん政権・公私混同首相・行政私物化総理とさんざんだ。「アベ・やめろ」とうるさくてならない。こんなにまで言われる私には人権はないとでもいうのだろうか。とりわけ、右腕と便りにしてきた麻生さんが、セクハラ次官をかばって火だるまだ。それに、元首相秘書官だった柳瀬が国会で洗いざらいしゃべったら私はいったいどうなることか。どちらも気が気でない。

これまでは、内政の失敗を外交で挽回してきた。安倍得意の外交とさえ言われてきたが、そのメッキが完全に剥げ落ちてしまった。北朝鮮問題こそが私の独壇場だった。トランプ政権と一緒に、ヒトツオボエで「圧力・圧力」「最後までアツリョク」と言ってりゃよかったのだから、楽なもんだった。それで、選挙に勝てたのだから、北朝鮮様々だ。南の文政権に出過ぎたことをするなと釘を刺す役を馬鹿正直に務めていたんだ。

ところが、なんてこった。トランプの奴め、こっそり北と水面下の対話を進めていたんだ。アベの面子など眼中になく、「国際信義よりは中間選挙ファースト」と言うことだった。これまでトランプを「一貫して支持」し、「日米は100%共にある」と繰り返してきたことが、われながら情けなくも恥ずかしい。トランプも金正恩も馬鹿ではなかった。馬鹿を見たのは、私ばかり。今や、トランプが上機嫌で、「南北対話を100%支持する」「アメリカとそのすべての国民は今、朝鮮半島で起きていることをとても誇りに思う」なんて言っている。文在寅の株が大いに上がった。トランプは抜け目なく、習近平まで持ち上げている。私の面目は丸つぶれじゃないか。

さりとて、スネ夫の宿命としてジャイアンには逆らえない。トランプには「拉致問題をよろしく」って、辞を低くしてお願いするしかない。そのお願いはトランプにだけじゃない。南北会談の設定で意気揚々の文在寅にも、頭を下げるしかない。これまで、「最終的かつ不可逆的な合意と言ったろう」などと居丈高な物言いをしてきたように思うんだが、あれは夢の中のことだったのか。

トランプには、頻繁に電話をして日米の緊密をアピールするしかないが、奴はその電話の最中に、ツイートを発信していることがあとになって分かった。私だって、一国の首相だ。あまりに無礼な態度だとは思うが、抗議もできないことがなんとも歯がゆい。

そんなことから、南北会談の前には、「拉致問題が前進するよう、私が司令塔となって全力で取り組む」と言ってみたし、事後には「南北首脳会談はわれわれが決めていたラインにのっとって行われたことが確認できた」と虚勢をはってもみたんだ。こう言わざるを得ない私の立場は、支持者の右翼の諸君には理解も同情もしてもらえるだろうという読みでの発言。右翼以外の「あんな人たち」や「こんな人たち」には、さぞやバカにされることになるんだろうな。だから、キリキリと腸が痛い。

関係国は、みんなそれぞれ主体的に問題に関わっている。中朝首脳会談を皮切りに、南北会談、そしてもうすぐ米朝会談だ。日本だけが蚊帳の外。私の影がうすーくなっている。何とか蚊帳の中に入れてくださいと言わなきゃならないのが癪のタネ。拉致問題の解決には、ピョンヤンに行かねばならないのだが、気が重い。腰も重くなる。うまく行くだろうか。なんと言っても、植民地支配の清算ができていない相手だ。どんな条件を持ち出されることになろうやら。「最終的かつ不可逆的」などと一方的に言って通じる相手ではなさそうだ。

何よりも、思惑外れは北の核やミサイルについての態度の豹変だ。これには心底困った。昨年10月の総選挙は、「国難選挙」と名付けて闘うことができた。与党が勝てたのは、核やミサイルで挑発的な姿勢をとり続けた北朝鮮のお陰だ。Jアラートは頼もしい武器になった。ところがどうしたことだ。南北会談で一気の平和ムードだ。これでは、軍拡の口実もなくなる。防衛予算の拡大もできない。9条改憲進展も棚上げになってしまうではないか。下手をすると、国民世論は、「安倍こそ国難」と盛り上がりかねない。

今こそ、自衛隊増強と改憲の絶好の機会だったはずではないか。「アベのいるうち」「両院の改憲派議席が3分の2あるうち」が千載一遇のチャンスだったはず。このままでは、みすみすとその好機を逃してしまいそうだ。何とかしなければならないが…、よい考えも浮かばない。ああ、腸がキリキリ痛むばかりだ。これが、断腸の思いというものだろうか。
(2018年4月30日)

アベ改憲策動の現段階 ― 改憲阻止に楽観論と慎重論と

自民党の改憲策動は今どうなっているんだい。もう、アベ改憲はとても無理だろう。

いや、それは甘い。新聞に「改憲遠のく」の記事が出ているが、運動体には迷惑な話だ。気を抜いてはならない現状だと思う。

そうかな。常識的にはアベ政権は死に体じゃないか。こんな政権に、憲法改正などという力業ができるとは到底思えない。むしろ、運動の成果に自信をもつべきではないのか。

改憲は、内閣の仕事ではない。改正案の審議も発議も、もっぱら国会の仕事だ。アベの力が衰えても、与党がやる気になればできることだ。9月の総裁選でアベ三選が阻止されても、後継総裁が「アベなきアベ改憲」を強行しないとも限らない。

今、アベが火だるまになっているのは根底に改憲強行姿勢があるからじゃないか。アベが追い落とされれば、次の総裁が誰であれ改憲は仕切り直しで、しばらくはおとなしくするだろう。そのような、硬軟おりまぜた柔軟性が自民党のしたたかさだと思うがね。

アベ9条改憲は、12年4月の「改憲草案」よりは、ずっと妥協し後退したものだ。党内には、これを不満とし「改憲草案」の国防軍案を主張する強硬派も少なくない。アベなきあとも、せめてアベ改憲の実現をと、まとまる可能性を否定できない。

自民党が、そんなイデオロギー政党だろうか。自民党の議員が、憲法が票になると思っているはずはない。景気対策、産業振興、震災復興、雇用や年金、教育費援助、農林漁業支援などの現実的な政策に傾斜せざるを得ないところだろう。

いや、今両院ともに、改憲派の議席が3分の2を超している。党内には、いまこそ千載一遇のチャンスという雰囲気が横溢していると見るべきだろう。

その一方で、今のアベ総裁のままでは選挙は戦えないという声が党内に満ちているとも報じられている。アベのバスに乗り遅れまいと有象無象が群がった時代は夢のまた夢。今は、沈みそうなアベ丸から、みんなわれ先に逃げ出そうとしている図ではないか。

党内には、「この連休で気分が変わる。」「内閣支持率も5月中旬にはV字回復」という楽観論もある。これまで何度もの危機を乗り切ってきたアベのしたたかさを過小評価してはならない。

聞きたいのは、アベ改憲スケジュールの現段階だ。もともとは「2020年東京オリンピックまでに改正憲法施行」で、逆算すると、今通常国会中に国会に「改正原案」を発議し、今年の末までに、国会が「改正案」を国民投票に発議しなければ間に合わない。それが頓挫したということではないのか。

当初予定のスケジュールが、かなり難しくなっていることは疑いない。しかし、頓挫したということではない。

少し、詳しく説明してくれないか。

3月14日に、自民党改憲本部が9条改正案の7案を提示した。この中には、9条2項削除案と存続案が混在しているが、初めから最有力だったのは、「9条1項2項はそのまま残して、自衛隊を憲法に明記する」というアベ提案に沿った、「9条2項を維持して、9条の2に、『必要最小限度の実力組織として、自衛隊を保持』」という案だった。

それでまとまらなかったのか。

3月15日が自民党改憲本部の全体会議だった。細田博之本部長は、一任を取り付けようとしたが、まとまらなかった。第2項維持派が「自衛隊」明記案と「自衛権」明記案に分かれたためだと言われている。ここで、アベの求心力低下が表面化した。

その後に、一任を取り付けたと報道されたんじゃないのか。

3月22日に再度の全体会合が開かれた。報道では、「安倍晋三首相の意向に沿って9条第1項(戦争放棄)と第2項(戦力不保持)を維持しつつ自衛隊の存在を明記する憲法改正について、これまでの有力案から『必要最小限度』を削除する修正案が提示された。会合では修正を支持する意見が多数を占め、同本部は今後の対応を細田氏に一任。細田氏は修正案に基づき条文化を進める。」となっている。確かに、一任取り付けとはなった。

これまでの有力案から、「必要最小限度」を削除すると、「実力組織として、自衛隊を保持する」ということか。

おそらくは、条文としてはこうなるだろうということだ。
「9条の2第1項 前条(註・現行9条1・2項)の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
同第2項 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」

「おそらくは」って、3月25日の自民党大会までに条文案を一本化して、この党大会を具体的な改憲発議に向けての決起集会にするはずだったのだろう。

それが、そうはならなかった。翌日の朝日新聞の一面トップの見出しが、「改憲発議 年内厳しく 支持急落 日程窮屈に」。「党改憲推進本部が急いでまとめた『改憲4項目』の条文案が大会で披露されることはなかった」と報じられている。

改憲テーマは、「9条」・「緊急事態」・「参院選の合区」・「教育充実」の4項目だった。どの項目についても、改憲本部長からの条文化が示されなかったのなら、改憲スケジュール頓挫、ということではないのかね。

いや、今のところは「日程窮屈に」なった程度ということだろう。水面下では、公明党との摺り合わせが進行しているはずだ。

ボクは、3月2日に神風が吹いたと思っている。その日の朝日新聞・朝刊のトップ記事が、森友・決裁書「書き換え疑い」の報道だった。「書き換え疑い」は、すぐに「疑い」がとれ、「改ざん」となった。

その記事がもとで3月27日佐川証人喚問までは漕ぎつけたが、尋問では官邸の責任を否定し、細部は証言の拒否だった。

さらに加計問題だ。愛媛県の文書が出てきて、15年4月2日の官邸での面会が話題となった。これに「首相案件」とあった。さらには農水省、内閣府、文科省から内部文書が出てきた。当時の首相秘書官だった柳瀬が窮地に立たされている。

法的な問題としては、イラク派兵の日報が出てきたことは大きい。1万5000頁もの文書が報告されていなかった。シビリアンコントロールはどうなっているのか。

統合幕僚監部の三佐が、国会前の路上で民進党小西洋之参議院議員の「国民の敵」と罵倒した事件はもっと大きい。こんな、危険な自衛隊を憲法上の組織として位置づけるなど、とんでもないことだ。

このことへの反論として、「憲法に自衛隊の規定も、自衛隊へのシビリアンコントロールの規定もないことが問題だ。憲法に規定すればよい」などという珍論がある。

そして、おまけは財務事務次官福田淳一のセクハラ報道だ。福田の言動もひどいが、麻生の対応が致命的だった。これは、安倍内閣の断末魔の図ではないかね。

アベにとっての起死回生の望みが日米首脳会談だった。結局はなんの土産も持ち帰ることができなくて、安倍外交の失敗が際立つ結果となった。朝鮮半島をめぐる国際問題で、まさしく日本は蚊帳の外だ。

アベが倒れれば、アベ改憲策動はなくなる。アベの失点は、護憲勢力に朗報だろう。

アベが取りこぼして、「オウンゴールでアベ政権が倒れた」ではダメなんだ。改憲阻止の国民運動がアベを打倒したという構図にならなければ、アベ後継の改憲策動が始まることになる。

いま、アベが倒れたとして、これを「オウンゴール」というのは引っかかる。アベを糺弾する運動や言論があってのアベ退陣だろう。アベ改憲阻止とは、何よりもアベ政権を倒すこと。行政を私物化し、隠蔽・改ざん・捏造の、腐敗したアベ政権を糺弾することが今大切だろう。

何よりも、「改憲にこだわっていたのでは、選挙民がアベ自民党を見限る」「改憲論では選挙に勝ち目がない」という世論喚起の運動を高めなければならない。3000万署名を積み上げることが、喫緊の課題だ。

そこのところは異論がないね。いかなる改憲策動も、衆・参どちらかの議院で、護憲派が3分の1の議席をとればよい。今の世論分布なら、護憲野党の共闘で可能となるはずだ。それまで頑張ればよい。

もちろん、そのとおりだ。私は油断せぬよう、楽観せぬよう、世論喚起の運動を押し進めたい。

ボクの方は楽観しながら、市民と野党の共闘が実現するよう運動に参加するつもりだ。
(2018年4月23日)

「安倍9条改憲」の危険を語る。

今、安倍改憲のたくらみが進行しています。日本国憲法が危ない。とりわけ9条が危ない。そのことによる平和が危ない。そう思わざるを得ません。

これまでも、憲法の危機は何度もありました。戦後、政権を担い続けてきた保守政党が、憲法を敵視し続けてきましたから、潜在的には常に憲法は危機にあったことになります。ときおり、その潜在的危機が顕在化し、その都度改憲反対の運動が危うく、改憲を阻止してきました。

とりわけ自民党は、立党以来「自主憲法の制定」を党是としてきた政党ですから、自民党が議会内の多数派である限り、保守の側が「憲法を改正せよ」と言い、革新派が「憲法を守れ」と言う、奇妙な構図が続くことになります。

ご存じのとおり、憲法96条は「改正手続」を定めています。憲法自身が、国民の意思で憲法改正をすることを想定しています。ですが、憲法が想定する「改正」とは、本来が憲法がコアの価値とするもの、人権や民主主義や平和などを、より確かに、より深く、より実効的に保障する方向での、本当の意味での改正を意味していたはずです。たとえば、民主主義や平等に反することが明らかな天皇制を廃止することや、現行憲法の形式的な平等を実質的な平等に高めること、などが予想される典型と言ってよいでしょう。

しかし残念ながら、革新派に真の意味の憲法改正を発議する力量がないため、保守派が憲法「改悪」を発議し、革新派が改憲を許さず、憲法を守り抜いてきた、という「奇妙な構図」が作られてきたのです。

しかし、このことは大きな意味のあることだったと思います。改憲の危機が訪れるたびに、国民は改憲を阻止する運動を展開することで、日本国憲法を自らの血肉としてきました。

日本国憲法は、形式的には大日本帝国憲法の改正手続を経て成立しています。ですから、国民主権の憲法の制定(文言上は「改正」)を天皇が裁可して交付せしめる、という奇妙キテレツなこととなっています。ですから、このとき日本国民は、日本国憲法制定について主権者として、国民投票をしていません。しかし、その後70年余年、権力に抗して、保守派が嫌う日本国憲法を幾たびの危機から守り抜くことで、自らの憲法として獲得してきたものと胸を張ってよいと思います。

もっとも、今回の「安倍改憲」は、前例のない具体的スケジュールをもっての改憲案と言えます。それだけに、深刻なのです。

深刻だという理由の第1は、手続的な法制が整備されていることです。改憲手続き法(国民投票法)とともに、国会法の関係規定の改正が済んでいます。手続的に、泥縄ではなく、しっかりと舞台は整えられていることが重要です。

しかも、両院とも「改憲派」(自・公・維+α)の議席が、3分の2を超えています。数え方によっては、改憲派の議席は80%にもなると報じられています。国民意識と乖離した恐るべき事態といわざるを得ません。かつて、国会の中に厳然としてあった、3分の1の護憲の壁がないのです。

そして、今、保守派というよりは右翼陣営の頭目が、改憲の実現に血道を上げています。右翼陣営は、「アベのいるうち」「3分の2の議席あるうち」こそが、千載一遇のチャンスだと改憲世論の喚起に躍起になっています。

このことは、アベがいなくなれば、改憲派が3分の2の議席を失えば、右翼のいう「千載一遇の改憲チャンス」は潰えることになります。彼らも、危機感を持っているということです。

この、安倍改憲の経過をまとめておきましょう。
昨年(2017年)5月3日、安倍晋三は右翼改憲集会へのビデオ・メッセージを送り、また同日の読売新聞紙上で、「アベ9条改憲」の提案を行いました。「9条1項2項はそのまま残して、自衛隊を憲法に明記する」という、今問題の改憲案です。

この提案の種本は、伊藤哲夫(日本会議)「明日への選択」論文です。この案は、一面「力関係」を見据えた現実的提案ではありますが、けっしてそれだけではありません。護憲派の運動の分断という狙いを明確にしています。

つまり、戦争法反対運動が盛りあがったのは、「自衛隊違憲論」派と「自衛隊合憲論を前提とする専守防衛派」の共闘があったからだ。この両派に楔を打ち込むことが肝要で、この案なら、両派を分断することができる、というのです。

自衛隊を合憲化するだけの9条改憲案だから、「専守防衛」派は大きな反対はしないだろう。とすれば、「自衛隊違憲論」者を孤立させることができる、という思惑なのです。

自民党憲法改正推進本部は、この案を中心に議論を重ね、同年12月20日に、次のようにとりまとめました。
改憲4項目 テーマは、「9条」・「緊急事態」・「参院選の合区」・「教育充実」
9条改正案は下記の両論併記
※現行憲法9条1、2項を変えず、
自衛隊を明記する条文を新設する安倍晋三首相(党総裁)の提案
※9条2項を削除して「国防軍」を盛り込む-2012年の改憲草案

9条改正案については、2018年3月14日。改憲本部が、7案を提示しました。
そして、当初の見込みとしては、3月25日の自民党大会において、党内一本化した条文案を作りあげようと予定していました。3月25日党大会を改憲運動の出発点とし、その後は改憲諸政党(公・維・希)と案文を摺り合わせて、『改正原案』を作成し、今国会中に改正原案を衆議院に発議し、今秋、あるいは遅くも年内には憲法改正案を発議して、国民投票を実現したい。これが彼らのスケジュールでした。

憲法改正発議までの手続の概要を確認しておきましょう。
用語が混乱しやすいのですが、まずは衆院に『改正原案』発議が行われることになります。本会議を経て、衆院の憲法審査会で実質的な審議をすることになります。そして、過半数で可決されて本会議に戻り、今度は3分の2以上の特別多数決で可決となり、参院に送付となります。衆院と同じ手続で可決になると、成立した『改正案』が国民投票に発議されることになります。

発議後、60~180日の国民投票運動期間を経て、国民投票となります。
この国民投票運動は原則自由。新聞広告もテレビコマーシャルも自由です。カネに飽かせた、「自由な」運動が氾濫することになるでしょう。国民投票は、有効投票の過半数で可決となります。投票率の有効要件はありません。

いま、決定的に重要なのは、改正原案を作らせない運動です。2019年の政治日程は、元号制定・天皇退位・次天皇即位の礼・大嘗祭・参院選・消費税値上げと目白押しです。

19年の4月までがヤマ場で、19年7月参院選で、護憲野党共闘が勝利すれば、このヤマ場を乗り切れることになります。

「憲法に自衛隊を明記する」という安倍9条改憲案は、
①2項を削除し「通常の軍隊」を保持
②9条1項と2項を維持し「自衛隊」を明記、
③9条1項と2項を維持し「(自衛隊ではなく)自衛権」を明記、
の3案が検討されてきました。
3月14日自民党憲法改正推進本部役員会の7案とは以下のようなものです。
▽2項削除案
(1)総理を最高指揮官とする国防軍を保持(9条の2)
(2)陸海空自衛隊を保持(9条2項)
▽2項維持案(自衛隊を明記)
(3)必要最小限度の実力組織として、自衛隊を保持(9条の2)
(4)前条の範囲内で、行政各部の一として自衛隊を保持(9条の2)
(5)前条の規定は、自衛隊を保持することを妨げない(9条の2)
▽2項維持案(自衛権を明記)
(6)前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない(9条3項)
(7)前2項の規定は、国の自衛権の行使を妨げず、そのための実力組織を保持できる  (9条3項)

ずいぶん対立しているようですが、結局は安倍提案の「2項維持案(自衛隊を明記)」の(3)案が最有力と報じられています。

なお、自衛隊(あるいは自衛権)の明記は、現行の9条1項2項のあとに、「9条3項」として書き加えるか、あるいは9条と10条の間に「9条の2」を新設して、ここに書く案の両者があります。「9条の2」新設案は、「従前の9条はそのまま」という印象を強く出すねらいがあると思われます。

問題は、安倍9条改憲は、「9条2項を残す」案なのだから、自衛隊を明記したところで現在と実質的に変わらないのではないか。「戦力不保持を定めた9条2項」が憲法に残れば、後々この残った9条2項を有効なものとして使えるのではないか、軍拡の歯止めになるのではないか、とごまかされるおそれです。それは間違いと、考えざるをえません。

まずは、「後法は前法を破る」という法解釈の原則があります。明らかに矛盾する法が、あるいは条項が存在する場合、後法が有効になります。後法に反する限りで、前法は無効とならざるを得ません。

「自衛隊は戦力に該当して違憲』という前法は、「自衛隊は憲法上の存在」という後法によって、無力化されるおそれが高いのです。

もともと自衛隊は合憲と考えていた専守防衛派にとっても、「戦争法によって変質し、集団的自衛権行使可能な自衛隊の追認」となるおそれがあります。「憲法では専守防衛の原則が貫かれているはず」が通用しなくなるおそれが高いのです。

いま、自民党や右翼勢力にとっても、事態は芳しくありません。3月22日に、改憲本部会合で「本部長一任」を取り付けましたが、3月25日自民党党大会では、誤算に終わった模様です。朝日の報道では、「改憲発議 年内厳しく 支持急落、日程窮屈に」「党改憲推進本部が急いでまとめた「改憲4項目」の条文案が大会で披露されることはなかった」というものとなっています。

9条改憲を除く、その他の改憲テーマは次のようなものです。
1.いつでも武力攻撃時に適用可能な緊急事態条項
2.選挙制度の基本原則を破壊する「合区解消」改憲案
3.教育の充実につながらない26条改憲案

改憲をめぐってせめぎ合いが続いています。私たちがすべきこと、できることは、こんな改憲案にこだわっていたのでは、自民党は民意から離れて選挙で大敗するだろう。という世論を作りあげること。それには、改憲反対の3000万署名を積み上げなくてはなりません。

是非とも、今回の憲法の危機を乗り越えて、この憲法をさらに国民のものとしたいものと念じています。
(2018年4月7日)

土俵は女人禁制ーまるで「自民党改憲草案」並みのばかばかしさ

自民党は、2012年4月に「日本国憲法改正草案」を発表した。これは、自由民主党という戦後の日本を主導してきた政党が、いったい何者であるかを遺憾なく示す記念碑的重要文書である。のみならず、現在の政権党がいったいどんな政治社会の建設を意図しているのか、そのホンネを赤裸々に語った文化財的文書として定着している。この貴重な文書をゆめゆめ粗末に扱ってはならない。軽々に改竄させたり、隠蔽させてはならない。できることなら、額装して朝に夕にこれを復誦し、現政権のホンネはここにあることを肝に銘ずべき代物なのだ。

私も、「アベ改憲・4項目」だの、「アベ9条改憲7案」だのと、政権や自民党の本心ならざるフェイントにごまかされて、この貴重文書の存在を忘却の彼方に押しやっている日常に反省しきりである。

しかし、ありがたいことに、折に触れて、この自民党改憲草案の存在を想起せざるを得ない事態に遭遇する。そのたびに、ああ、自民党とはこんな党だったではないか、と自分に言い聞かせるのである。

そのようなことは、天皇制や「日の丸・君が代」や、政教分離や、緊急事態や、防衛問題などのテーマに多いが、一昨日(4月4日)のニュースに接して、「歴史・伝統・文化」というキーワードで、自民党改憲草案を想起した。

4日、京都・舞鶴市で行われた大相撲春巡業で、舞鶴市の多々見良三市長が、土俵上であいさつ中に体調を悪化させて倒れた。くも膜下出血の発症だったという。一刻を争う緊急事態に、医療の心得のある女性が、機敏に土俵上で市長の心臓マッサージを行った。場内アナウンスは、この女性の行為に感謝するどころか、「女性は土俵から降りてください」と複数回の指示をしたという。

「救命行為を直ちに中止せよ」というアナウンスは信じがたい。その行為が犯罪になることさえ考えられる。バカげた事態というのは適切ではない。誇張ではなく、恐るべき事態と言うべきだろう。問題は、なぜこんなことが起きたのかだ。

この問題について、日本相撲協会の八角理事長が、4日下記のコメントを出した。

本日、京都府舞鶴市で行われた巡業中、多々見良三・舞鶴市長が倒れられました。市長のご無事を心よりお祈り申し上げます。とっさの応急処置をしてくださった女性の方々に深く感謝申し上げます。
応急処置のさなか、場内アナウンスを担当していた行司が「女性は土俵から降りてください」と複数回アナウンスを行いました。行司が動転して呼びかけたものでしたが、人命にかかわる状況には不適切な対応でした。深くお詫び申し上げます。

以上が全文。「人命にかかわる状況には不適切な対応」とは、「人命にかかわるほどの状況でなければ、不適切な対応とは言えない」という含意が見え見えである。

この「女性は土俵から降りてください」発言は、「人命にかかわる状況には不適切な対応」だったと責められるべきではない。「人命にかかわる状況においてまでも女性差別を貫徹しようとしたことは、相撲協会の徹底した女性差別体質を現したものとして不適切な対応」なのだ。

今回の件は、「人命にかかわる状況」だったから例外的に臨機応変の対応をすべきだった、のではない。女性を土俵に上げてはならないなどという差別の愚かさ、ばかばかしさを如実に示したものと受けとめなければならない。女性という、社会の半数をなす人々を、穢れたものとする思想と行動の払拭が求められているのだ。

本日(4月6日)兵庫県宝塚市で開かれた予定の大相撲の地方巡業「宝塚場所」で、同市の中川智子市長が巡業の実行委員会に「土俵上であいさつしたい」との意向を伝えたが断られ、やむなく土俵下であいさつをした。「私は女性市長ですが人間です。女性であるという理由で、市長でありながら、土俵の上であいさつができない。悔しい。つらい」と訴えると、観客から拍手が起こったという。

この興行の主体は公益財団法人相撲協会である。「公益法人」でなくとも、大相撲は、十分に社会的な存在となっている。社会的な存在である以上は、性による不合理な差別は許されない。

協会に聞いてみたいものだ。
「なぜ、土俵は女人禁制なのか」「その女人禁制の理由は現在なお妥当性をもつのか」と。

女性差別の理由は、それが伝統とか文化であるから、というものでしかなかろう。伝統も文化も曖昧模糊。実はなんの実体もない。伝統とは因習に過ぎず、文化とは野蛮にほかならず、合理的理由を説明できないときの説明拒否の逃げの一言でしかないのだ。相撲協会は、こうはっきり言えるだろうか。「相撲は神事であり、神事では女性は穢れたものとされているから」と。そんな神は、敗戦時に、大日本帝国とともに滅亡して死に絶えたのだ。差別を合理化する神も神事も、生き返らせてはならない。どだい、女から生まれなかった横綱も大関もいないのだから。

こんなふうに考えると、自ずから「自民党改憲草案」が思い浮かぶのだ。党の公式解説書である、「Q&A」に、こんな文章がある。

(憲法)前文は、我が国の歴史・伝統・文化を踏まえた文章であるべきですが、現行憲法の前文には、そうした点が現れていません。

人権も民主主義も平和も、人類史的に普遍的な理念などと考えてはいけない。「日本の憲法は、日本固有の歴史・伝統・文化を踏まえたものでなくてはならない」という屁理屈の布石である。この「日本固有の歴史・伝統・文化」の尊重とは、とりもなおさず、天皇制であり、天皇制を支えた家制度であり、男性中心の女性差別である。究極には、個人の尊厳ではなく、国家や全体主義社会を優越的価値とする為政者に好都合な秩序観のことである。

念のため、「自民党改憲草案」の前文(抜粋)を掲記しておこう。
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。」

土俵は女人禁制、それこそは、長い歴史と固有の文化の所産であり、男性である天皇を戴く国家での当然のありかたである。日本国民は、「和」とされる上下・貴賤の秩序を尊び、家族や社会全体をこのヒエラルヒーに組み込んで国家を形成する。
自民党は、この良き伝統を墨守して、ここに、土俵は女人禁制の良俗を守り抜くことを宣言する。

自民党・安倍政権と相撲協会、まことによく似ているではないか。
(2018年4月6日)

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