澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

憲法と落語(その8) ―「柳田角之進」を教訓として聞いてはならない。

「柳田角之進」は、志ん生の持ちネタとしてよく知られた講釈噺。たくさんのテープやCDがあるような気がするが、音源は3種だけだという。いずれも晩年の録音で、彼自身が「50年前に師匠の圓喬に教わったのではない。高座の袖で聞いて覚えた」という。円熟した年齢になってから、演じる気持になったのだろう。

円熟した話芸で聞く者を引き込み、1時間にも及ぶ語りを飽きさせない。しかし、内容はつまらない噺である。と言うよりは、なんとも馬鹿馬鹿しい噺。こんな馬鹿馬鹿しい話を、聞かせるのだから、やはり志ん生は大したものだ。

志ん生は、マクラで「落語にも、ただ笑うだけの噺ばかりではなく、学校じゃ教えない聞いてためになる話もある」という。本気でこの柳田角之進を教訓話として語っていたようなのだ。しかし、今の世にこんなものを教訓にされたのではたまらない。これは、人権軽視の極論。女性の人格を無視した話、家柄だの、武士の意地だのつまらぬものに翻弄された前時代の遺物なのだ。

落語には、体制や権威を笑い飛ばす健康さがあり、そこが現代に通じる魅力となっている。ところが、講談の主流はそうではない。どうしても忠君愛国に傾き、男尊女卑にながれ、高座からムチャクチャな教訓を垂れるという趣がある。柳田角之進も、その手のものと紙一重なのだ。

彦根藩士の柳田角之進、牛の角の曲がっているのも大嫌いという大変な堅物。「水清ければ魚住まず」、上司に煙たがられて讒言に遭い今は浪人暮らし。娘と二人、江戸浅草阿部川町の裏長屋に侘び住まいの身。やることと言えば碁会所に行くだけだが、ここでちょうどよい碁の相手が見つかる。浅草馬道の質屋、万屋源兵衛という大店の旦那である。源兵衛から誘われるままに、万屋へ行って毎日碁を打っていた。

8月15日月見の晩に、万屋で50両の金がなくなるという事件が持ち上がる。角之進と源兵衛の二人だけの密室での源兵衛の金の紛失である。当然に角之進が疑われる。翌朝番頭の徳兵衛が主人には内緒で柳田宅を訪れ、その最後の言葉が、「50両の大金です。出るべきところに出て、お届けしますので、取り調べがあるかも知れませんが、ご勘弁ください」。これを聞いて、角之進は覚悟する。「それは困る。天地神明に誓って私の知らぬことだが、しかしそこにいたのが私の不運だ。その50両、私が出そう。明日取りに来てくれ」。

50両の工面ができる当てはない。役人に取り調べを受けたら弁解は難しい。仮にも縄目の恥辱は家名を汚すことになる、それよりは切腹しようという覚悟。娘に番町の叔母のところに泊まって来いと言いつけると、父の心中を察した娘は、こう言う。「親子の縁を切ってください。自分は吉原の泥水をすすって、その50両をこしらえましょう」「その代わり、身の潔白が明らかになったときには町人二人の首をはねて、武士の意地をお示しください」。角之進はこれを承知して、50両を手にする。

こうして50両は番頭の手に渡る。その際番頭は「もし、後刻50両が出てくるようなことがあったら、私のクビに、主人のクビを添えて差し上げましょう」と約束する。この後、格之進は行方知れずとなる。

その年の12月28日煤払いの日に、万屋の離れの額の裏から50両が出て来て大騒ぎとなる。店の者も手を尽くして角之進を探すが見つからない。年も明けた正月4日。雪の降る湯島切り通しの坂で、番頭徳兵衛は、立派ななりをした武士と出会う。これが、彦根藩留守居役に返り咲いた柳田角之進。徳兵衛から事情を聞いた角之進は、「明日万屋に出向く。二人とも首筋をよく洗っておけ」。

そして明くる日、角之進は万屋へやって来る。が、主人と番頭が互いにかばい合って、自分だけを切ってくれという。それを目の当たりにした角之進は、刀を鞘から払いながらも首をはねることができない。志ん生は、「二つの首がコロリと落ちた、などと私はしない」と笑わせる。

助命された源兵衛は、角之進の娘が50両の為に苦界に身を沈めていると聞き、直ちに身請けをし、これを養女とする。角之進は、これに番頭徳兵衛を娶せる。ここで志ん生は、角之進に「忠義の番頭と、親を助けた孝女」「忠と孝との目出度い婚礼」と言わせている。この夫婦から生まれた子を柳田が引き取り、家名を継がせたという。最後にサゲはなく、「『堪忍のなる堪忍はたれもする、ならぬ堪忍するが堪忍』。柳田の堪忍袋でございます」で締めくくられる。

さて、いったいこれが教訓話になるだろうか。簡単に切腹を覚悟する柳田角之進がまずはおかしい。彼を縛っていたものは武士の意地であり家名である。角之進は、命よりも家名を重んじようという愚かな男。何よりも命を大切にすべきことを知らなければならない。

次いで、角之進の娘(きぬ)である。「父上が切腹しても相手は町人。悪事露見したから腹を切ったというでしょう。身の証しにはなりませぬ」「身の潔白が明らかになったときには町人二人の首をはねて、あかき武士の意地をお示しください」などと言う。差別意識丸出し。親のために身を売る娘を美談にしてはならない。

そしてまた、角之進である。娘の苦界への身売りを容認してしまうのだ。話では、娘は18歳、児童虐待とは言えないが、「済まぬ」などと謝りながらも50両を受け取ってしまう。たいへんな虐待親父である。

一番おかしいのは、身分が復帰して質屋の番頭が驚くほどの上等な服装をしている角之進が、娘を吉原に置いたままにしていることである。これは、ネグレクトにほかならない。

教訓というなら、「こんなひどい話が過去にはありました」「こんなひどい話を教訓としていた時代もありました」という具合でなければならない。もっとも、冤罪を晴らすことの難しさや冤罪被害者の絶望についてであれば、教訓として受けとめられるかも知れない。またあるいは、白州の時代、糾問主義刑事司法の恐ろしさとしてであれば。
(2020年4月27日)

アベ政治はコロナより猛し

コロナ禍・アベ禍のさなかにも季節はめぐる。昨日(3月14日)、東京に開花宣言である。「暖冬で観測史上最速、満開は23日見込み」と報じられている。
「銭湯で上野の花の噂かな」をキーワードに検索したところ、幾つかの私の過去のブログが出てきた。まずはその抜粋。

本日の東京の天気は上々。桜も咲いた。
  銭湯で上野の花の噂かな
  佃育ちの白魚さえも花に浮かれて隅田川
花がほころべば、自ずと顔もほころぶ。春はよろしい。
http://article9.jp/wordpress/?p=2358(2014年3月29日)

 花の名所は数あるが、花見の名所は上野を措いてない。ここが花見の本場、花見のメッカだ。花見とは、花を見に行くことではない。ようやく訪れた春の、浮き浮きしたこの気分の共有を確認する集いなのだ。
 花は植物で、花見は社会現象である。花は美しく、花見は猥雑である。人がいなくても花は花だが、大勢の人がいなくては花見は成立しない。老も若きも、男も女も、赤子も犬も、猫も杓子も参加しての花見だ。歩くあり、しゃがむあり、座り込むあり、寝込むもあり。杖をつく人も、車椅子の人も。人、人、人。寄せては返す人の波だ。
 絶え間なく歩く人と、シートに座を占めた人々。それぞれが、しゃべり、写真を撮り、弁当を開き、酒を飲んでいる。歌もあり、踊りもある。屋台の前のごった返し、席取りのいざこざ、満員のトイレの列への割り込みを非難する声も、カタクリの蕾を踏んじゃダメだという注意も、皆なくてはならない花見文化の構成要素。
 年に1度のこの雑踏の雰囲気が、我々の民族的アイデンティテイ。とはいえ、この上野の人混みの中に飛び交ういくつもの外国語。そしていろんな肌の色の人々。ああ、花見文化の浸透力の強さよ。
  銭湯で 上野の花の 噂かな (子規)
http://article9.jp/wordpress/?p=10136(2018年 3月 26日)

これまでの上野の春は、上述のとおりだ。ところが、今年の上野はたいへんな様変わりなのだ。やはり子規の句に、「寐て聞けば上野は花のさわぎ哉」とある。上野の花は子規の時代さながらに例年のとおりなのだが、花のさわぎがない。いや、そもそも人混みがない。飛び交ういくつもの外国語も、いろんな肌の色の人々もない。

つい先日まで、上野公園の雑踏はインバウンドの人びとで溢れ、ときたまに聞こえる日本語は実に懐かしい響きだった。啄木ありせば、昨年までなら「やまと言葉なつかし 上野の森の人ごみに そを耳にせり」と詠んだところだが、今年聞こえるのは日本語ばかり。その人びとも、濃厚接触するほどの人混みを作らない。しかも公園は、宴会はだめ、酒はだめ、座り込むもだめという。

子規が句を詠んだ時分、根岸の銭湯での噂話はこんなものだったろうか。

お山の花は、もう五分咲きかい。気もそぞろだね。
ご隠居。はやいとこ出かけないと、散ってしまいますぜ。
上野戦争の時にはおどろいたが、穏やかに花見のできるご時世はありがたい。
これだけは文明開化とは無縁でね、昔どおりでなくっちゃ。
薩摩や長州の連中がいばっているのがシャクな世の中だが、あのとき焼けた桜も立派になったものだ。
ご隠居は、花の下で一句ひねろうてんでしょ。こちとらは、仲間と酒盛りの楽しみ。
ああ、明日花の下でお目にかかろうじゃないか。

最近は、ずいぶんと様変わり。

えっ。3月14日に開花宣言だって?
それがご隠居、地球温暖化のせいでね。どんどん開花がはやくなっているんですよ。
震災や戦災の時には、上野の山は焼け出された人びとの逃げ場になってな。穏やかに花見のできる平和はありがたいね。
ところが、今年は穏やかじゃない。グローバリゼーションがあだとなって、あっという間のコロナの流行り。花見はしたいが、コロナが恐い。
コロナより恐いのがアベ政治じゃ。苛政は虎よりも猛しというではないか。火事場泥棒みたいに、特措法の改正までやりおって。国民の不幸で生き延びているのが、アベ政権。シャクな世の中よ。
結局、ご隠居は花の下での句会もできない。こちらは、仲間との酒盛りの楽しみもだめ。

来年こそはコロナもアベもない、穏やかな春を迎えたいものじゃのう。

(2020年3月15日)

「建国記念の日」に天皇制を問う ― 講演レジメ

2月11日「建国記念の日」が迫ってきた。「国民の祝日に関する法律」は、この日を「建国をしのび、国を愛する心を養う」としている。もっとも、同法には「建国記念の日」を2月11日にするとは書き込まれていない。「政令で定める日」とされているのだ。他の祝日にはないこの「記念の日」に限っての決め方。

「憲法記念日」は「憲法記念の日」とは言わない。5月3日と法がきちんと決めてもいる。「憲法」の誕生日が1947年5月3日であることは誰にとっても自明なことで動かしがたい。しかし、「建国」つまりは国の誕生日となると、一義的に決まるわけではない。人それぞれの考え方によって異なってくる。

よく知られているとおり、2月11日を「建国記念日」として祝日にしようという法案は、自民党が9回国会に提案して9回つぶれた。ようやく成立したのは、「建国記念の日」として、期日を特定しない法案だった。つまり、「建国記念の日」という名の祝日が先にできて、その日をいつにするかは、そのあとで決めたのだ。学識経験者の「建国記念日審議会」が半年間の審議をし(正確には,審議をした振りをし)、2月11日案を答申して、政令が成立したのだ。

紀元節復活を許すか否か。保守と革新の歴史観が衝突した大事件だった。言うまでもなく、2月11日は神話における初代天皇即位の旧紀元節。この「祝日」は、天皇制を考えるべき日である。この日は、多くの学習会や後援会の企画がある。私も下記のとおり小集会で講演をする。

ご参加いただいて、ご一緒に日本の歴史やナショナリズムについて考えていただけば、ありがたいと思う。

日時:2月11日 13時30分~16時30分
講演:「異常な令和フィーバーを考える」
講師:澤藤統一郎(弁護士)
場所:亀戸文化センター(カメリアプラザ5階)
亀戸駅下車歩2分 03ー5626ー2121
資料代:500円
問合せ先:090-8082-9598

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異常な「令和」フィーバーを考える
         ~「建国記念の日」に天皇制を問う

Ⅰ 安倍晋三の「令和私物化」を憂うる
☆安倍晋三は、国政を私物化し、行政を私物化し、
さらに時代と天皇までを私物化している。
言うまでもなく、天皇(制)とは、権力に利用される道具として存在している。
歴史的に天皇の権力が失われて以来、
権力者は天皇の権威を損なわぬよう留意しつつ、これを利用した。
安倍晋三も、政権浮揚の小道具として、天皇の交替を徹底して利用してきた。
新元号・令和の利用もその一端である。
☆元号・改元とは、天皇が時を支配するという呪術的権威の表象である。
安倍晋三は、天皇のこの呪術的権威をわがものとして利用した。
天皇交替と改元をことさらに世間の関心事と喧伝し、常にその「国民的関心事」の耳目を集めようと腐心してきた。(しゃしゃり出てきた)
☆安倍晋三・記者会見(2019年4月1日)
本日、元号を改める政令を閣議決定いたしました。新しい元号は「令和」(れいわ)であります。これは「万葉集」にある「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫す」との文言から引用したものであります。
元号は、皇室の長い伝統と、国家の安泰と、国民の幸福への深い願いとともに、1400年近くに渡る我が国の歴史を紡いできました。日本人の心情に溶け込み、日本国民の精神的な一体感を支えるものとなっています。この新しい元号も広く国民に受け入れられ、日本人の生活の中に深く根差していくことを心から願っています。
(漢籍からではなく「初めて国書から撰んだ」とも)
☆安倍晋三・即位後朝見の儀 国民代表の辞(2019年5月1日)
謹んで申し上げます。
天皇陛下におかれましては、本日、皇位を継承されました。国民を挙げて心からお慶び申し上げます。
ここに、英邁なる天皇陛下から、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、日本国憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たされるとともに、国民の幸せと国の一層の発展、世界の平和を切に希望するとのおことばを賜りました。
私たちは、天皇陛下を国及び国民統合の象徴と仰ぎ、激動する国際情勢の中で、平和で、希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ時代を、創り上げていく決意であります。
ここに、令和の御代の平安と、皇室の弥栄をお祈り申し上げます。
☆10月22日 即位正殿の儀における 「テンノーヘイカ・バンザイ」
☆11月14日 宗教儀式(秘儀)・大嘗祭
☆臣民根性丸出しの数々の愚行が、国民のウケ狙いで行われていることの問題性。

Ⅱ「建国記念の日」とは何か
☆「建国」のイデオロギー
人には誕生日がある。果たして国にも誕生日はあるのか。
「国」をどう捉えるか。
フランスでは アメリカでは 中国では 韓国では そして日本では?
紀元節における天皇制ナショナリズム
高天原神話⇒天孫降臨⇒東征⇒神武即位
明治政府が初代天皇即位の日をBC660年2月11日と決めた。
さしたる根拠はなく、天皇即位を建国とするイデオロギーが重要だった。
この日を「紀元」として、皇紀を数えた。
☆明治政府は、天皇の権威をもって国民を統合し統治しようとの設計図を描いた。
天皇は神であり、道徳・文化の根源であり、大元帥であり、
それ故に、統治権の総覧者とされた。
国家権力が「神なる天皇」という虚構を「臣民」に教化した。
壮大なデマとマインドコントロールの体系として神権天皇制はあった。
理性を持つ者は、沈黙か面従腹背を余儀なくされ、あるいは非国民として徹底して弾圧された。
☆敗戦による民主化は、旧体制と断絶した新生日本を作り出した…はずだった。
新憲法によって天皇は神の座から引き摺り下ろされて「象徴」となり、
主権者でも、大元帥でもなくなった。
「臣民」に貶められていた国民は、主権を獲得した。
ところが、民族の歴や文化は連綿として一体であって、
「戦前と戦後は連続している」という考え方がある。
その表れが、皇国史観であり、「皇紀2680年」「明治150年」の思想である。
☆法的には、建国記念の日制定(紀元節復活)・元号法制定・国旗国歌法制定と  なり、さらに自民党改憲案での、憲法への取り込みがはかられている。

Ⅲ 天皇の交替は何を意味するか
☆天皇という公務員職の存在は、「国民の総意」によるとされる。
演出され、作りだされる、「国民の総意」。
主権者に強制される祝意。本末転倒・主客逆転の実態。
天皇制とは、「権力に重宝なもの」として、拵えられ維持されてきた。
☆日本の民主主義は、天皇制と拮抗して生まれ、天皇制と対峙して育ってきた。
象徴天皇制も、強固な権威主義と社会的同調圧力によって支えられている。
いま、この同調圧力に抗する「民主主義の力量」が問われている。
天皇批判言論の自由度が、表現の自由のバロメータとなっている。

Ⅳ 元号とは
☆天皇制を支える小道具は数ある。
元号・祝日・「日の丸・君が代」・叙位叙勲・恩赦・歌会始・御用達・賜杯・天皇賞・御苑・恩賜公園……等々。そのなかで、元号が国民の日常生活と天皇制を結びつける最大の役割を果たしている
☆元号のイデオロギーとは、
皇帝が時を支配するという宗教的権威顕示の道具であり、
政治的には、支配と服属関係確認の制度である。
☆古代中国の発明を近隣小権力が模倣した。「一世一元」は明治政府の発明品。
新憲法下の皇室典範はこれを踏襲した。
元号は天皇制と一体不可分である。
国民の元号使用の蔓延が天皇制を支える構造にある。
☆しかし、元号は、「欠陥商品」である。
元号は国民の日常生活において使用される道具として、消費生活における商品に擬することができる。
「商品」とは、消費市場における消費者の選択によって淘汰されるもの。
☆元号は、紀年法として、不便・不合理極まる欠陥を有する。
元号は、賞味期限も消費期限もあまりに短い。
元号通用の地域限定性は、耐えがたい欠陥である。
しかも、元号は必然性なく突然に変わる。
一人の人間の生死や都合に、他の全員が付き合わされる不合理。
国民生活における西暦・元号の併用コストは許容しがたい。
☆元号は、不便・不合理を越えて有害である。
元号は、天皇制を支える非民主的な存在として有害である。
元号は、天皇を神とするイデオロギーに起源をもち、
政教分離の精神に反する存在として有害である。
また元号は、現体制への服属を肯定するか否かの踏み絵となる点で有害である。
歴史やニュースの国際的理解を妨げる。ナショナリズム昂揚にのみ資する。
☆元号は、これを使いたくないと考える国民に、事実上使用強制となる点で、
思想・良心の自由(憲法19条)を侵害するものである。
☆いまどき、そんな欠陥商品が、何故大売り出しされるのか。
戦後民主主義の高揚期には天皇退位論だけでなく、元号廃止論が有力だった。
その典型が日本学術会議が内閣総理大臣と、衆参両院の議長に宛てた「元号廃止・西暦採用の申し入れ」(1950年5月・後掲資料)
元号の不合理だけでなく、民主国家にふさわしくないことが強調されている。
ところが、保守政権とともに、天皇制が生き延び、元号も生き延びた。
1979年には元号法が制定され、2012年自民党改憲草案には憲法に元号を書き入れる案となっている。
合理性を追及するビジネスマインドからは元号廃絶が当然の理だが、改憲指向・戦前指向・天皇制利用指向・歴史修正主義・ナショナリズム指向の安倍政権には、新元号制定を「手柄」とし、政権浮揚の道具とする意図があったと考えられる。そして、残念なことに、少なからぬ国民とメディアがそれを許している。

Ⅴ 令和とは (ブログ「澤藤統一郎の憲法日記」2019年4月1日抜粋)
通常の言語感覚からは、「令」といえば、命令・法令・勅令・訓令の令だろう。説文解字では、ひざまづく人の象形と、人が集まるの意の要素からなる会意文字だという。原義は、「人がひざまづいて神意を聴く様から、言いつけるの意を表す」(大漢語林)とのこと。要するに、拳拳服膺を一文字にするとこうなる。権力者から民衆に、上から下への命令と、これをひざまずいて受け容れる民衆の様を表すイヤーな漢字。
この字の熟語にろくなものはない。威令・禁令・軍令・指令・家令・号令…。
もっとも、「令」には、令名・令嬢のごとき意味もある。今日、字典を引いて、「令月」という言葉を初めて知った。陰暦2月の別名、あるいは縁起のよい月を表すという。
令室・令息・令夫人などは誰でも知っているが、「令月」などはよほどの人でなければ知らない。だから、元号に「令」とはいれば、勅令・軍令・号令・法令の連想がまず来るのだ。これがイヤーな漢字という所以。
さらに「和」だ。この文字がら連想されるイメージは、本来なら、平和・親和・調和・柔和の和として悪かろうはずはない。ところが、天皇やら政権やら自民党やらが、この字のイメージをいたく傷つけている。
当ブログの下記記事をご覧いただきたい。
「憲法に、『和をもって貴しと為す』と書き込んではならない」
http://article9.jp/wordpress/?p=3765(2014年10月26日)

自民党改憲草案前文の「和」が、新元号の一文字として埋め込まれた。「令和」とは、「『下々は、権力や権威に従順であれ』との命令」の意と解することができる。いや、真っ当な言語感覚を持つ者には、そのように解せざるを得ないのだ。
元号自体がまっぴらご免だが、こんな上から目線の奇なる元号には虫酸が走る。今後けっしてこの新元号を使用しないことを宣言する。

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資料1(日本学術会議の「元号廃止・西暦採用決議」)

昭和25年5月6日

衆議院議長
参議院議長
内閣総理大臣

日本学術会議会長 亀山直人

元号廃止 西暦採用について(申入)

本会議は,4月26日第6回総会において左記の決議をいたしました。
右お知らせいたします。

日本学術会議は,学術上の立場から,元号を廃止し,西暦を採用することを適当と認め,これを決議する。

理 由

1. 科学と文化の立場から見て,元号は不合理であり,西暦を採用することが適当である。
年を算える方法は,もつとも簡単であり,明瞭であり,かつ世界共通であることが最善である。
これらの点で,西暦はもつとも優れているといえる。それは何年前または何年後ということが一目してわかる上に,現在世界の文明国のほとんど全部において使用されている。元号を用いているのは、たんに日本だけにすぎない。われわれば,元号を用いるために,日本の歴史上の事実でも,今から何年前であるかを容易に知ることができず,世界の歴史上の事実が日本の歴史上でいつ頃に当るのかをほとんど知ることができない。しかも元号はなんらの科学的意味がなく,天文,気象などは外国との連絡が緊密で,世界的な暦によらなくてはならない。したがって,能率の上からいっても,文化の交流の上からいっても,速かに西暦を採用することか適当である。

2. 法律上から見ても、元号を維持することは理由がない。
元号は,いままで皇室典範において規定され,法律上の根拠をもっていたが,終戦後における皇室典範の改正によって,右の規定が削除されたから,現在では法律上の根拠がない。もし現在の天皇がなくなれば,「昭和」の元号は自然に消滅し,その後はいかなる元号もなくなるであろう。今もなお元号が用いられているのは,全く事実上の堕性によるもので,法律上では理由のないことである。

3.新しい民主国家立場からいっても元号は適当といえない。
元号は天皇主権の1つのあらわれであり,天皇統治を端的にあらわしたものである。天皇が主権を有し,統治者であってはじめて,天皇とともに元号を設け,天皇のかわるごとに元号を改めるととは意味かあった。新憲法の下に,天皇主権から人民主権にかわり日本が新しく民主国家として発足した現在では,元号を維持することは意味がなく,民主国家の観念にもふさわしくない。

4.あるいは,西暦はキリスト教と関係があるとか,西暦に改めると今までの年がわからなくなるという反対論があるが,これはいずれも十分な理由のないものである。
西暦は起源においては,キリスト教と関係があったにしても,現在では,これと関係なく用いられている。ソヴイエトや中国などが西暦を採用していることによっても,それは明白であろう。西暦に改めるとしても,本年までは昭和の元号により、来年から西暦を使用することにすれば,あたかも本年末に改元があったと同じであって,今までの年にはかわりがないから,それがわからなくなるということはない。

資料2 元号法(昭和五十四年法律第四十三号
1 元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
附 則
1 この法律は、公布の日から施行する。
2 昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。

(2020年2月7日・連続更新2503日)

大晦日、元号批判書き納め。

2019年が本日で終る。今年は、天皇交替の歳で、新元号制定となった。これに伴う一連の動きの中で、日本の民主主義の底の浅さが露呈した不愉快な歳だった。いつもは筋を通している「日刊ゲンダイ」が、この暮れに中西進のインタビュー記事を掲載している。なんとも、筋の通らないふにゃふにゃの代物。歳の終わりを、そのインタビュー記事批判で締めくくりたい。(以下、赤字が日刊ゲンダイのインタビュアー質問青字が中西回答。黒字が私見である)

考案者・中西進氏「令和とは自分を律して生きていくこと」

この表題からして荒唐無稽だ。「令和とは自分を律して生きていくこと」という文章自体がなりたたない。この一文の「令和」は、元号としての「令和」でも、時代としての「令和」でもない。漢字2字からなる熟語としての「令和」の意味を「自分を律して生きていくこと」だといいたいのだ。しかし、言うまでもなく、言葉とは社会的な存在である。勝手に言葉を作り、勝手にその意味を決めるなどは、権力者と言えどもなし得ることではない。この人、そんな不遜なことが自分だからできると思い上がっている様子で不愉快きわまりない。

 今年の世相を表す「今年の漢字」に「令」が選ばれた。新元号「令和」はまもなく元年が終わろうとしているが、国をリードするべき政権への不信感は募り、国民生活も青息吐息で先行きは不透明だ。これから私たちは、新時代「令和」をどう生きていったらいいのか。「令和」の考案者で万葉集研究の第一人者、国文学者の中西進氏を訪ねてみた。

 「これから私たちは、新時代「令和」をどう生きていったらいいのか。」が、恥ずかしくて、読むに耐えない。天皇が交替したから「新時代」、元号が変われば生き方も変わる、という発想は皇国史観に毒された臣民のものの考え方。奴隷の言葉と言ってもよい。主権者の発想ではなく、自由人の言葉ではありえない。わけても、ジャーナリストの矜持をもつ者が決してくちにすべき言葉ではない。

――令和元年は、どのような年だったでしょうか。

 いい年だったと思います。とかく惰性的だった生活から、一挙に節目ができたんですから、これほどすごいことはないでしょう。平成の陛下が辞めるとおっしゃったことは、私たちを活性化する大きな出来事でした。みな、「はっ」としたはずです。目が覚めたような感じがしたんじゃないでしょうか。

 これが、はたして学問をする人の言葉だろうか。この押しつけがましさには、開いた口がふさがらない。「平成の陛下」へのおもねりは勝手だが、「みな、『はっ』としたはず」などと、他人も同様と思い込んではにらない。天皇の交替で「一挙に節目ができた」と、あなたが思っても、私はそうは思わない。「目が覚めたような感じがしたんじゃないでしょうか」は,いささかなりとも主権者意識をもっている多くの国民に失礼極まる。

――確かに大きな変化でした。

インタビュアがこれではダメだ。まったく突っ込みになっていない。だいいち「変化」ってなんだ。なにがどう変化したのか。

 僕はね、退位を示唆されてすぐに思ったんですが、日本国憲法を読んだことのある人なら、これほどに天皇陛下がリーダーシップをもって時代を動かすことができるとは誰も思わなかったと思います。憲法では退位を定めていないのに、肉体的な理由で、自ら天皇の地位を降りられたわけでしょう。上皇は徹底的な戦争否定論者でしたから、余計お疲れだったのかもしれませんが。ともあれ見事な新時代の誕生です。国政が変わったというより、文化の様式としての元号が変わったんです。だから大騒ぎになった。文化がいかに人間にとって大事なのかが分かったと思いますね。

 「日本国憲法を読んだことのある人なら、これほどに天皇陛下がリーダーシップをもって時代を動かすことができるとは誰も思わなかったと思います。」は、概ねそのとおり。もう少し正確には、「日本国憲法を大切に思う人なら、これほどに天皇がその矩を超えたリーダーシップをもって、明確に違憲の提言をすることがあろうとは誰も思わなかったと思います。」と言うべきなのだ。
「文化の様式としての元号」とは、訳が分からんような表現だが、必ずしも分からなくもない。元号を小道具とした、タチの悪い天皇制賛美論を、「文化の様式」と言っているのだ。

――元号は文化でもあるんですね。

  元号の伝統は、世界広しといえど現存しているのは日本だけです。みんな、西暦のほうが便利だということになり、やめてしまいました。確かに西暦はキリストの誕生から年数を数えて、機械的に数を重ねることができます。便利だけど、どこか無機質ではないですか? 片や元号は、統治の出発からの年数で「一世一元」ですから、天皇の代が替われば足し算できなくなり、年数を数えるうえでは不便です。それでも元号を使うのはなぜか。ある時代に対する美的な感覚のようなものではないでしょうか。

  元号の不便は自明である。そのことについては、この人も認めているようだ。だから日常生活やビジネスにおける不便に耐えかねて、古代王政の遺物である「元号の伝統」は世界から姿を消したのだ。ところが、日本だけは、国民に不便を強いてもなお、元号を残し、かつ事実上その使用を強制するのはなぜか。この人は、その辻褄合わせを「文化」や「ある時代に対する美的な感覚のようなもの」で説明しようとしているのだが、いかにも自信がない。説得力に欠けるというほかはない。

元号は文化ではないか、と僕は思うんですね。その元号に、私たちはさまざまな希望を込めてきたわけです。公明に治める「明治」、昭らかな平和であれ、と願いを込めた「昭和」というふうに、いい元号をつけるのは、ひとつの期待感でした。ですから元号はある種の倫理コードの役割もあるんです。

ここには、多少のホンネが透けて見える。元号に、「私たちはさまざまな希望を込めてきた」のだという。これはウソであり、誤魔化しでもある。ウソの根源はこの人の言う「私たち」にある。元号の制定は、国民投票で決められたものではない。国会の審議も経ていない。いかなる意味でも、元号は国民の意思を反映したものではない。そもそも、本当に元号が必要なのかすら、しっかりとした議論がない。「私たち」の僭称は慎んでいただきたい。

この人のいう「私たち」は、おそらく「日本国の日本人」という意味なのであろう。日本における日本人とは、昭和までは「神なる天皇を中心とする國体における臣民」であった。臣民に元号策定の権限などあるべくもない。神なる天皇が時を支配し、元号の制定によって時代を改めるという、荒唐無稽の呪術的権威によって、改元は天皇の行為だった。
では、その後の2例の元号(平成・令和)の制定には、国民が関与したか。戦前と同様、政権は関与したが、主権者国民が関与したわけではない。憲法が変わり、国体観念もなくなったはずが、そうなっていないのだ。元号制定の経過は意図的に曖昧にされ、戦前と戦後が、太い一本の心棒でつながっている。その実質は天皇制ナショナリズムである。そういえば角が立つから、この人は「文化」と言っている。この「文化」は「国体」と何の変わりもない。

■宰相は「十七条の憲法」の尊重を

――国書を典拠とする初めての元号となった「令和」に込められた思いを改めて教えてください。

 「令和」の2文字は、万葉集の「梅花の歌三十二首」の序文、「初春の令月にして 気淑く風和ぎ」から取られました。令の原義は「善」。秩序というものを持った美しさという意味があります。もっと噛み砕いて言えば、自律性を持った美しさ、ですね。「令は命令に通じるからけしからん」と言うのは、「いい命令」を考えていないのですね。「詩経」や「礼記」などの注釈には「令は善なり」と定義があるのです。
 一方、「和」はこれまで248種類作られてきた元号の中で今回を含め20回使われることになります。「和」の根源は、聖徳太子が定めた日本の最初の憲法「十七条の憲法」の第1条、「和を以て貴しと為す」にあります。聖徳太子という人は、徹底的に平和を教えた人。「平凡な人であることが平和の原点ですよ、自分が利口だと思うから争いが起こる」と604年に発言しているのですから、すごいことです。

  この人の言っていることは、独善であり牽強付会というしかない。えっ? 「令」とは「秩序をもった美しさ」ですと。「善い命令を考えよ」ですって。これは、完全に支配者の発想である。一糸乱れぬ軍隊の行進の美しさ。上命下達の官僚組織の美しさ。国民すべての思想と行動に目を光らせ不服従を許さぬ統制の美しさ。そんなものが、「私たちが元号に込めた希望」だというのか。批判あってしかるべきではないか。

――日本はその前年まで新羅と泥沼の戦争をしていました。

  第2次世界大戦が終わった翌年に今の憲法ができたように、十七条の憲法も泥沼の戦争の次の年に作られました。ですから、非常に切実な願いが込められているんです。源実朝や藤原頼長ら代々の宰相たちはその聖徳太子が作った「十七条の憲法」を、尊重しようとしてきました。ぜひ今の宰相も「十七条の憲法」を尊重してもらいたいと願っています。

 「十七条の憲法」は、保守派の大好きアイテムなのだ。自民党の改憲草案にも、産経の改憲案にも、「和をもって貴しとなす」が出て来る。なぜ、保守派が「和」が好きなのか。この「和」は、上命下服の秩序が保たれている状態を意味するからなのだ。けっして、同等者の連帯や団結を意味するものではない。「十七条の憲法」の第1条には「逆らうことなきを旨とせよ」と書いてある。下級が上級を忖度して、もの言わぬことが「和」なのである。この「和」は、民主主義とも国民主権とも無縁な支配者の求める秩序に過ぎない。こんなものを今の政治に求めてはならない。

 それぞれがこのような意味を持つ元号「令和」は、自律性を持った美しさによって「国家」を築いていくという意味です。具体的に言うと、どんなに車が来なくても赤信号では道を渡らない。目の前に1000円が落ちていて誰も見ていなくてもポケットに入れない。それが自分を律するということ。
  考案者は、新しい令和の時代をそう生きるべきではないか、という思いを込めたんだと思いますよ(笑い)。

  何とも馬鹿馬鹿しい。ここで、「自律性」が唐突に出てくる。しかし、「令和」の「令」も「和」も、権力者の支配の秩序以外の何ものでもなく、言わば強いられた「他律」であって「自律性」が出てくる余地はない。言語とは飽くまで社会的存在なのだから、勝手な解釈での意味づけは慎んでもらわねばならない。

 新自由主義のもと弛緩した現代人

――平成の時代は自分を律することなく、自由気ままでいることをよしとする風潮だったかもしれません。

 戦争が続いた昭和を経験したことで、「平らになる」平成を望んだわけですが、平凡に平らじゃ困る。そろそろ奮い立たなきゃいけません。アクティブな信号が必要になっていたんじゃないでしょうか。

 信号がずっと青(OK)だと、何をしようと平気でしょう。新自由主義によって、経済や効率化が優先されるようにもなりました。“役に立たない”文化とは相いれません。多くを考えなくても生きていけるのは平和だとも言えるけど、人間の心が弛緩してしまいます。経済のことも、教育のことも、よくよく考えなければいけないことは、山積していると思いますね。

 この人の頭の中は、ごちゃごちゃで未整理のままなのだ。こんな人が,「そろそろ奮い立たなきゃいけません。アクティブな信号が必要になっていたんじゃないでしょうか」という思いつきで考案した元号が「令和」だというのだ。繰り返すが、天皇制に対する信仰者でも、馬鹿馬鹿しくならないか。
「新自由主義によって、経済や効率化が優先されるようにもなりました」ですって? 本当に新自由主義のなんたるかがお分かりなんでしょうか。新自由主義と対峙するものとして、「文化(=元号)」を考えているようだが、浅薄きわまりない。

■文化は最大の福祉

――文化の衰退は国の衰退と同義語かもしれません。

 「文学で飢えた子を救えるか」という言葉がありますが、確かに肉体は養えません。けれど、心は養えます。文化とは最大の福祉です。福祉というのは生活が豊かになることではなく、心が豊かになることを言います。心の貧乏にならないために、自らを見つめ律する。「令和」らしい生き方をしていきたいものですね。

 こういう言説は、眉に唾を付けて聞かなければならない。「福祉というのは生活が豊かになることではなく、心が豊かになることを言います。」は、暴言というほかはない。「福祉というのは、まず生活を豊かにすることだが、それだけでは足りず、心が豊かになることまでを考えなければなりません」と言うことなら分かる。しかし、どうもこの人は本気で、「文化によって、心を豊かにすることが、生活を豊かにすることに先行する」「最大の福祉とは、経済的に生活や医療・教育を成り立たせることではなく、文化(=元号)的環境を整えることにある」と考えているようだ。いかにも、今日の日本の支配層の考えそうなことではないか。

安倍政権の改憲策動と、天皇制と元号の批判で、2019年は暮れていく。歳が改まったところで、なにかが急に変わるわけではない。
明日からも、当ブログは政権と天皇制の批判を続ける。
(2019年12月31日)

民間の暴力による展示の妨害から、今度は権力の横暴による表現の自由の侵害

本日(9月30日)仲間内のメーリングリストに、名古屋の中谷雄二弁護士からの投稿があった。彼は、「あいちトリエンナーレ」《表現の不自由展》再開を求める、仮処分申立事件の申立側弁護団長である。以下はその抜粋。

皆様からご支援していただいていた「表現の不自由展・その後」について、本日、仮処分の第3回審尋期日で、あいちトリエンナーレ実行委員会と表現の不自由展実行委員会との間で、和解が成立しました。
先週の金曜日(9月27日)の第2回審尋期日で、当方から10月1日 従前の展示どおり再開で和解をしようと投げかけました。
これに対して、あいちトリエンナーレ実行委員会は、本日、午前中に10月6日~8日の再開を想定して和解協議をしようとの文書での申し入れがありました。
これを不自由展実行委員会が受け入れる形での和解です。
その中で、「今回は中止した展示の再開であり、開会時のキュレーションと一貫性を保持すること」を確認しました。
 これにより、基本的には、不自由展実行委員会の要求が基本的に容れられたと判断して和解を成立させることに致しました。
文化庁の補助金差止めというより大きな「検閲」問題が発生した時期にまずは、脅迫によって中止させられた展示の再開を勝ち取ることで、表現の自由の回復の一歩を踏み出すことができました。
 申立が9月13日ですので、全国の皆様の再開を求める運動と併せて短期間に再開の合意を勝ち取ることができました。
 ありがとうございました。

 なお、同仮処分は「企画展実行委」が申立てたもので、その相手方が「芸術祭実行委員会(代表・大村秀章知事)」である。この点紛らわしいが、実質的には申し立てられたのは愛知県である。また、キュレーションとは門外漢にはなじみの薄い言葉だが、「展示内容」と置き換えてよいようだ。

不自由展実行委員会がこだわったのは、中止した展示そのままの再開であり、開会時のキュレーションとの一貫性の保持」であった。その確認ができたからの和解であり、それ故の「再開の合意を勝ち取ることができた」という評価である。

この点を、朝日(デジタル)は、こう報じている。

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、中止になった企画展「表現の不自由展・その後」の実行委員会が展示再開を求めた仮処分の審尋が30日、名古屋地裁であり、展示を再開する方向で、芸術祭実行委員会側と和解した。企画展実行委の代理人・中谷雄二弁護士が明らかにした。再開時期は10月6~8日で調整する予定で、早ければ週末から再開されることになる。

記者団の取材に応じた企画展実行委の代理人・中谷雄二弁護士によると、芸術祭実行委側から30日朝に大村秀章知事が公表した再開への4条件の提示があった。①犯罪や混乱を誘発しないように双方協力する②安全維持のため事前予約の整理券方式とする③開会時のキュレーション(展示内容)と一貫性を保持し、(来場者に)エデュケーションプログラムなど別途実施する④県庁は来場者に(県の検証委の)中間報告の内容などをあらかじめ伝える――の四つで、中谷弁護士は、「この内容で和解しましょう、と申し入れました」と説明する。

その上で、③のキュレーションの一貫性について、中谷弁護士は「同じ場所で作品を動かさないという趣旨ではなく、同じ部屋の中で個々の作品を動かすことはあり得るが、その範囲であって、一貫性、同一性を崩すことはしないと確認した」と述べた。展示は、慰安婦を表現する少女像や昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品など16作家の23作品が集められていたが、それらをまとめた企画展としての「一体性」は維持された、とみているという。

中谷メールがいうとおり、「脅迫によって中止させられた展示の再開を勝ち取ることで、表現の自由の回復の一歩を踏み出すことができた」ことをまずは、よろこびたい。しかし、「文化庁の補助金不交付というより大きな『検閲』問題が発生している」のだ。表現の自由はご難つづきである。民間の暴力による展示の妨害から、今度は権力の横暴による自由の侵害である。まさしく、自由とは、市民が闘いとり守り育てていくべきものであることを実感する。

その問題で、権力の先頭に立つのは、加計学園事件の当事者である萩生田光一文科相。本日(9月30日)、議員会館で「文化庁の決定に抗議する集会」が開かれた。自ずから、矛先は安倍晋三の手先・萩生田に集中したようだ。

この集会に私は参加できなかったが、私も参加している「表現の自由を守る市民の会」が、下記のアピールを集会に持参した。これも、宛先は、萩生田光一である。このアピールをみんなに訴えたい。ぜひ拡散していただきたい。
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2019年9月30日

文部科学大臣 萩生田 光一 様

「あいちトリエンナーレ2019」に関する補助金不交付決定の撤回を求める要求書

表現の自由を守る市民の会 呼びかけ人
池住義憲(元立教大学大学院特任教授)/岩月浩二(弁護士)/小野塚知二(東京大学大学院経済学研究科教授)/小林緑(国立音楽大学名誉教授)/澤藤統一郎(弁護士)/杉浦ひとみ(弁護士)/醍醐聰(東京大学名誉教授)/武井由起子(弁護士)/浪本勝年(立正大学名誉教授)

私たち「表現の自由を守る市民の会」は、「多様な表現の自由を尊重し、発展させることを目的とし、表現の自由を侵害する公権力の介入に反対する運動に取り組む」(会則)市民団体です。

文化庁は、2019年9月26日、既に所定の審査を経て本年4月に文化資源活用推進事業の補助対象事業として採択されていた「あいちトリエンナーレ」における国際現代美術展開催事業補助金7,829万円を、”適正な審査を行うことができなかった”として、補助金適正化法第6条等に基づき、全額不交付とする決定(以下、本件決定という。)を行いました。

萩生田文科相は、本件決定の理由は手続き上の不備だけで、展示内容と無関係だと強弁しています。しかし、これは明らかに展示内容に関係した政治介入です。公権力が表現活動の抑圧にまわることは許されません。これは憲法21条が禁じる「検閲」にあたる重大な違憲の疑いがある行為です。国際芸術祭の作品展示が開始された直後の8月2日、河村たかし名古屋市長の言動、菅義偉官房長官の補助金見直しを示唆する発言を受けての決定であり、私たちはこうした経過のもとになされた本件決定を容認することはできません。

現行文化芸術基本法はその前文で「文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し,文化芸術活動を行う者の自主性を尊重すること」を明記し、第2条で「文化芸術に関する施策の推進に当たっては,文化芸術活動を行う者の自主性が十分に尊重されなければならない」と定めています。
本件決定はこうした文化芸術基本法の精神に反するものであり、私たちは決して認めることはできません。

文化庁の本件決定は、企画展を脅迫等によって中断に追い込んだ卑劣な行為を追認することになります。行政が不断に担うべきことは、公共性の確保・育成です。社会的少数者や、異なる地域に暮らす人々、民族を知る貴重な窓口を保障することです。本件決定は、これに逆行します。仮に本件決定に唯々諾々として従うならば、国の意見と合わない表現を許さない悪しき前例となり、国に忖度した無難な展示しかできなくなる恐れがあります。表現者、主催・開催側らの委縮を拡げ、社会全体に委縮効果を及ぼします。

よって私たちは、貴大臣に対し、本件決定を直ちに撤回することを強く要求します。民主主義社会は、多様な表現・意見を自由に表現し、議論をかわす場を保障して初めて成り立ちます。補助金を交付する目的は、多様な文化、芸術を国民の税金で助成することであり、国の意向に沿うものかどうか展示作品の内容をチェックする権限を国に与える根拠はどこにもないことを再度、強調しておきます。
(2019年9月30日)

政府の悪辣な仕打ち。補助金不交付で表現の自由を圧迫。

「えっ、まさか。」「そこまでやるか。」「いくらなんでも,やり過ぎだろう。」というのが第一印象だった。文化庁の「あいちトリエンナーレ補助金不交付」問題である。主催の愛知県は、上からは国の、下からは名古屋市の挟撃に苦戦の感。大村秀章知事は「表現の不自由展」中止の責任者ではあるが、それでも再開に向けて懸命な姿勢には、好感がもてる。これを押し潰そうというのが、いったん決まりの7800万円補助金不交付なのだ。

補助金不交付は、形式的には所管の文化庁の判断ということだが、実質は官邸の意図的な「意地悪」「イチャモン」と、誰しもが思うところ。官邸の「意地悪」は、愛知県が官邸の意向を無視しているからだ。世の中が官邸のご意向を忖度することで円滑にまわっているのに、愛知県だけはどうして忖度しないのか。この国のトップの歴史修正主義・嫌韓ヘイトの真意は周知の事実なのに、どうしてことさらに「慰安婦」や「天皇」をテーマの展示を行うのか。しかも、官邸大嫌いな表現の自由を盾にしてのことだ。

官邸は、実はこの展覧会の展示の内容が面白くない。不愉快極まるのだ。官邸に当てつけるようなこの展示を叩かずにはおられない。叩いておけば、一罰百戒の効き目があろう。忖度の蔓延だけでなく、文化の善導さえもできるというものだ。

ところが、厄介なことに憲法という邪魔者が伏在している。政府があからさまに表現のテーマや内容に立ち入るわけには行かない。だから、補助金不交付の理由は、表現の内容とは別のところに拵え上げなければならない。

そこで、官邸の手先・萩生田光一のお出ましとなる。文科相としての初仕事がこれだ。加計学園問題で頭角を表した彼の特技は「厚顔」である。その特技を生かして彼はこう強調する。
「(補助金不交付の判断材料は)正しく運営ができるかの一点であり、文化庁は展示の中身には関与していない。検閲にも当たらない」
これが昨日(9月26日)の記者会見での発言。

補助金交付対象の事業が事前の申告のとおりに、正しく運営ができていないではないか。愛知県は文化庁に対して、安全面に対する懸念などを事前に申告しておくべきだったのに、それがなされていなかった。これは、交付申請の手続きが「不適当」であったことを物語るもので不交付と判断せざるを得ない。けっして表現の内容が問題なのではない。あくまで手続の不備、というわけだ。誰も、そう思わないが、そのようにしか言いようがない。こんなときに、「厚顔」の特技が役に立つ。

本日(9月27日)にも、文化庁による補助金を全額不交付とした理由について、萩生田は重ねて「本来、(主催者の県が)予見して準備すべきことをしていなかった」と説明。判断する上で展示内容は無関係だったことを改めて強調した。さらに、「今回のことが前例になり、大騒ぎをすれば補助金が交付されなくなるような仕組みにしようとは全く考えていない」とも語っている。さすが、厚顔。

問題は、政府の意図如何にかかわらず、「大騒ぎをすれば補助金が交付されなくなるような仕組みにしようと考える」集団が確実に存在することであり、ここで政府が補助金不交付を強行すれば、そのような右翼暴力集団を勢いづかせることにある。政府は、「大騒ぎをすれば補助金交付をストップできる」という彼らの成功体験が今後にどのような事態を招くことになるかを予見し防止しなければならない。しかし、実は政府と「大騒ぎを繰り返して補助金交付をストップさせよう」という集団とは一心同体、少なくとも相寄る魂なのだ。

萩生田のコメントの中に、平穏な展示会を脅迫し,威力をもって妨害した輩に対する批判や非難の言は、一言も出てこない。あたかも、これは自然現象のごとき、正否の評価の対象外と言わんばかりの姿勢。警察力を動員しても、断固表現の自由を守るという心意気はまったく感じられない。官邸や萩生田の意図がどこにあるかは、明確と言わねばならない。

昨日(9月26日)の文化庁の補助金不交付決定発表によれば、不交付とされるのは、「あいちトリエンナーレ」に対して「採択」となっていた補助金7800万円の全額である。文化庁はその理由として、補助金を申請した愛知県が「来場者を含め、展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず、それらの事実を申告することがなかった」「審査段階においても、文化庁から問い合わせを受けるまでそれらの事実を申告しなかった」と説明した。

また、同日萩生田は「残念ながら文化庁に申請のあった内容通りの展示会が実現できておりません。また、継続できていない部分がありますので、これをもって補助金適正化法等を根拠に交付を見送った」と説明している。

ここで、補助金適正化法(正式には、「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」)が出てきたが、その理念は語られていない。

補助金予算執行の適正の理念はいくつかある。たとえば、その24条である。

「第24条(抜粋) 補助金等に係る予算の執行に関する事務に従事する国の職員は、(補助金等の交付の目的を達成するため必要な限度をこえて、)不当に補助事業者等に対して干渉してはならない。」

政府は、愛知県の行う、「あいちトリエンナーレ」の企画の内容に、不当に干渉してはならないのだ。つまり、「金は出しても、口は出さない」ことが大原則。

補助金交付対象事業の一部は8月3日以後中止にはなっているが、中止が確定したわけではない。暴力集団の妨害を排除しての展示再開に向けた努力が重ねられてきた。再開を求める仮処分命令申立の審理も進行している。9月25日には、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」は中間報告案を発表し、「表現の不自由展・その後」について、「条件が整い次第、速やかに再開すべきである」との方向性を示した。この助言を得て、大村知事が近々の展示再開意欲を表明したと報道されてもいた。

このタイミングでの文化庁の補助金不交付決定発表である。展示再開に水を差す、不当な補助金交付事業への介入というほかはない。官邸の「意地悪」というのは言葉が軽すぎる。やはり、悪辣な妨害といわねばならない。

取りあえずは、妨害を排除しての展示の再開が喫緊の課題。そのうえで、官邸の悪辣さに対する批判と法的措置が必要となるだろう。大村知事は国に対する提訴を予定しているという。

文化庁の補助金不交付の決定とは、補助金適正化法第6条による、補助金交付の決定を得ている愛知県に対して、補助金交付決定取り消しの行政処分にほかならない。原告愛知県が被告国(文化庁長官)に対してて行う訴訟は、「『補助金交付決定取り消し処分』の取消請求訴訟」となる。沖縄に続いて、愛知県よ頑張れ。安全保障問題が絡まないだけ、沖縄よりはずっと勝算が高い。

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文化庁の、昨日(9月26日)付報道発表は以下のとおりである。

「あいちトリエンナーレ」における国際現代美術展開催事業については,文化庁の「文化資源活用推進事業」の補助金審査の結果,文化庁として下記のとおりとすることといたしました。

補助金適正化法第6条等に基づき,全額不交付とする。

【理由】

補助金申請者である愛知県は,展覧会の開催に当たり,来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず,それらの事実を申告することなく採択の決定通知を受領した上,補助金交付申請書を提出し,その後の審査段階においても,文化庁から問合せを受けるまでそれらの事実を申告しませんでした。

これにより,審査の視点において重要な点である,[1]実現可能な内容になっているか,[2]事業の継続が見込まれるか,の2点において,文化庁として適正な審査を行うことができませんでした

かかる行為は,補助事業の申請手続において,不適当な行為であったと評価しました。
また,「文化資源活用推進事業」では,申請された事業は事業全体として審査するものであり,さらに,当該事業については,申請金額も同事業全体として不可分一体な申請がなされています。
これらを総合的に判断し,補助金適正化法第6条等により補助金は全額不交付とします。

これで納得できるわけはない。法第6条(抜粋)はこう定める。

「各省各庁の長は、補助金等の交付の申請があつたときは、当該申請に係る審査及び調査により、当該申請に係る補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに補助金等の交付の決定をしなければならない。」

この決定を業界では、採択」と呼んでいる。採択の後に所定の形式的手続を経て補助金の交付を受けることになる。つまり、申請→審査→採択→補助金交付、という流れになる。「採択」とは、補助金受給資格を有していることの確認行為、あるいは「内示」というにとどまらない。6条の書きぶりからは、実質的な補助金受給権付与行為というべきだろう。愛知県は「採択通知」を得ていると報道されている。だから、原則補助金交付となるはず。それが、本事例では、不交付」となったのだ。

採択の後の不交付は、取得した補助金受給権を取りあげる不利益な行政処分として、その取り消しを求める行政訴訟の対象となる。文化庁の言い分は、採択前に言うべきことだろう。

また、右翼の妨害が予想されることを、「実現可能な内容になっているか」「事業の継続が見込まれるか」に関わらせていることは、由々しき憲法問題と言わねばならない。これは、注目に値する大型訴訟となる。法廷で、安倍政権の反憲法的体質を暴いていただきたい。
(2019年9月27日)

「表現の不自由展・その後」の経過が教えるもの

「表現の不自由展・その後」と銘打った企画展は、展示の機会を奪われた経歴を持つ16点の作品に、奪われた展示の機会を回復させようというコンセプトでのプロジェクトであって、それ以上のものでも以下のものでもない。日本軍「慰安婦」を連想させる「平和の少女像」や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などが話題となったが、展示された作品群が統一された主張をもっているわけではなく、また当然のことながら、企画展の主催者がその作品のもつ政治的主張に賛同したわけでもない。飽くまで、その作品から奪われた展示の機会を回復することを通じて、近時の表現の自由のあり方についての問題提起を試みたものである。

展示の機会を奪われたという経歴をもつ作品は、いずれも何らかの意味で、権力や権威、あるいは社会の多数派から疎まれ嫌われる存在なのではあろう。そのような作品であればこそ、失われた展示の機会が与えられて然るべきだとするコンセプトは、表現の自由を重んじる民主主義社会の理念によく適合したものというべきであろう。

ところが、この展示を敵視する側は、表現の自由一般ではなく、飽くまで個別の作品がもつ具体的な政治性に反応して攻撃する。たとえば、河村たかし名古屋市長は、「日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない」として展示の中止を求めた。
企画展主催者は、表現の内容を問題することなく、多数派から排除された表現に展示の機会を回復した。これに対して、河村市長は、もっぱら表現の内容を問題とし、「日本国民の心を踏みにじるもの」となどとと主張したのだ。一方に、「日本国民大多数が歓迎しない表現だから展示を中止せよ」という意見があり、他方に「多数派から排斥される表現であればこそ展示の機会を与えることに意義がある」とする見解があって、議論が噛み合わぬまま対立している。

このような基本構造をもった問題が生じ、幾つかのフレーズが、大手を振ってまかり通っているの感がある。これに反論を試みたい。

※公共団体が一方的な政治的意見の表明に手を貸すべきではない。

☆「愛知県が今回の展示で一方的な政治的意見に手を貸した」というのは、誤解ないし曲解というべきでしょう。「表現の不自由展・その後」がしたことは、民主主義の土台である表現の自由が侵害されている深刻な事態を可視化して、これでよいのかと世に問うたということにほかなりません。民主主義成立のための土台の整備という事業は、公共団体がするにふさわしいものというべきです。

☆表現の自由の保障は憲法上の基本的価値なのですから、自由になされた多様な表現の共存が望ましいありかたです。ところが、現実には、「発表を妨害された表現」が少なくないのです。これでよいのか、民主主義社会のあるべき姿に照らして再考すべきではないのか。その問題提起が「表現の不自由展・その後」にほかなりません。公共団体が「発表を妨害された表現」を展示して、多様な表現の共存を回復することは、公共団体のもつ公共性に適合することではないでしょうか。

※少なくとも両論併記しないと、公共性が保てない。

☆「両論」という言葉遣いが、「『表現の不自由展・その後』が特定の立場の政治的見解を発信しようとしている」という前提に立つもので、誤解あるいは曲解のあることを指摘せざるを得ません。
 「特定の意見」の表明と、「表現一般の自由を保障せよという意見」の表明とを、ことさらに混同してはなりません。「表現の不自由展・その後」は、「特定の意見」を表明するものでも、特定意見に与するものでもなく、「特定の意見」の表現妨害例を紹介することで「表現一般の自由を保障せよ」と意見表明したものです。特定意見の内容に与しているのではありませんから、両論を併記せよという、批判ないし要望は的を射たものにはなっていません。

☆もしかしたら、「両論併記」要望は、こういう意見ではないでしょうか。
 「この展示は、『表現一般の自由擁護』という名目で、実質的に『国策と国民多数派の意見を批判する表現』の肩を持つことになっているではないか」「公共機関としては、国策に反する意見の肩をもつべきではない」「百歩譲っても、国策側の意見も明記しておかねばならない」。とすれば、実はこの意見は危険なものを含んでいるといわねばなりません。
 この場合の「両論」とは、「国策とそれを支える多数派の意見」と、「国策を批判する社会の小数派の意見」の対立を意味しています。考慮すべきは、この「両論」間の圧倒的な力量格差です。歴史の知恵は、民主主義の成立要件として、「少数意見の尊重」と「多数派の寛容」を求めてきました。
 妨害され排斥されて表現の場を奪われてきた「国策に反する意見」「少数派の意見」に、表現の機会を確保して少数派の意見を紹介することは、「国策」「多数派の意見」を否定することではなく、国民に選択肢を提示して議論の素材を提供するものとして、公共性の高いことというべきなのです。

※どうして、大切な公共の税金を反日的なものに使うのか。

☆「反日」というレッテル貼りは、かつての「非国民」「売国奴」「スパイ」と同様、議論の展開を閉ざしてしまうものとして、危険な言葉と指摘せざるを得ません。
 国策や多数派の意見に反し、国民に心地よくない意見が、実は長い目では高次の国民の利益に適うものであったことは歴史上いくらもあったことで、近視眼的に「税金を『反日的』な目的に使うな」と拳を振り上げるべきではありません。

☆表現の自由は、より良い民主主義社会を形成するために不可欠なもので、意見の正否は、国民的な議論の場の中で国民自身が判断することになります。その議論の場を作るための税金の投入は、税金本来の使い方として、適切なものというべきです。「表現の不自由展・その後」のコンセプトはそのようなもので、税金本来の使い方から逸脱するものとは考えられません。

☆よく引用されるとおり、公共図書館の蔵書が好例です。税金で様々な立場の書籍が、揃えられていますが、図書館が特定の書物の見解に与するものではありません。「図書館が税金で、『反日』の本を買って怪しからん」というのは民主主義を理解しない滑稽な意見です。名古屋市長の意見は、公共図書館の蔵書の中の特定のものを「焚書」せよ、と言っているに等しいものというほかはありません。

かつては、「地動説」も「種の起源」も少数派の意見であり、政治弾圧も受けました。税金を投入しているから、権力や多数派の承認しない表現は受け付けない、では人類の進歩に逆行することになりかねません

※「反日」と言えないまでも、結局は特定の政治的意見表明らしきものに税金を使うことに納得しがたい。

☆「表現の不自由・その後」の展示は、表現の自由保障というベーシックな民主主義的価値の現状についての訴えであり、そのことを通じての民主主義の環境整備です。仮に、作品がもつ固有の「政治性」を個人的な不愉快と考えても、その展示の公共性・公益性に照らして、受忍していただくしかありません。

☆国や自治体が税金を投入することで、特定の意見に国民を誘導することは禁じ手です。国民が正確な議論と選択ができるよう、民主主義の環境を整えることが、国や自治体のなすべきことです。「反日と言えないまでも、政治的表明らしきもの」は公的な場から追放すべきだという考え方は、結局「国策に適う多数派意見」だけを、公的な場で公費を使って表現させることになります。そのような、国策への意見の統一を望ましいとすることこそが、民主主義に反する危険な意見なのです。

※公共団体の一方的な政治的意見の表明で,たくさんの国民が傷ついている。

☆表現の自由の保障は、人を傷つける表現を想定してこれを許容しています。むしろ、誰をも傷つけることない、誰にとっても心地よい表現は、その自由を保障する意味がありません。

☆「平和の少女像」が訴えている日本軍「慰安婦」問題ですが、旧日本軍が組織的に慰安所を設置し、これを管理し運営したことは、厳然たる歴史上の事実です。強制性も否定することができません。日本人の心が傷つくとして、この議論に蓋をすることこそ、韓中蘭など多くの国の国民を傷つける行為ではありませんか。

☆表現が人を傷つけるのではなく、歴史的事実が人を傷つけているのです。傷ついても、苦しくても、知らねばならない歴史の真実というものがあります。これに蓋をするのではなく、向かい合ってこそ、再びの過ちを繰り返さないことができることになります。

※こんなに反対の多い企画は,そもそもやってはならない。

☆この展示は、表現の自由侵害の現状を世に問うた立派な企画として評価しなければなりません。この企画の展示内容だけでなく、この企画への社会の対応も、今の社会が民主主義の理念から逸脱して危険な現状にあることをまざまざと示すものとなりました。この展示の企画よりは、この企画を妨害してやめさせたことの責任の方がはるかに大きいのものと考えなければなりません。
 企画に賛否の意見があることは当然としても、「ガソリンをまく」など、明らかな脅迫を手段とする威力業務妨害の犯罪行為には、毅然と対処しなければなりません。批判されるべきは、暴力的に展示を妨害した犯罪者らと、これを煽った政治家たちです。とりわけ、河村たかし名古屋市長の責任は重大です。

☆賛成が多く、反対が少ない企画だけが、許されるとすれば、「国策に沿うもの」「現政権に忖度しているもの」「社会の多数派の意見に迎合するもの」だけの展示になります。それは、少数派の意見も尊重されるべきとする表現の自由の理念から、けっして許されません。

☆また、今後の教訓とすべきは、一部勢力の表現の自由に対する組織的な妨害があることを想定しての対応だと思います。主催者は、電話の発信元を確認しすべて録音する、暴力的な電話やファクスは即時公表し、警察に告訴する。事前に、このような心構えをスタッフが共有しておくこと…などでしょうか。今の時代、表現の自由を守るには、相応の覚悟が必要となっています。本件は、そのことを教えています。

(2019年9月13日)

映画「主戦場」の異例のヒットを喜ぶ

私は未見なのだが、映画「主戦場」が大きな話題となっている。2019年4月20日公開で、その2か月後の興行成績を朝日新聞は、「東京の映画館では満席や立ち見状態になり、上映後には拍手が起きる『異例のヒット』」と報じている。全国各地に上映館が拡大している。この種の映画としては、紛れもない「最大級の異例のヒット」。世論への影響も小さくない。

テーマは慰安婦問題。劇映画ではなく、多数者へのインタビューを重ねた地味なドキュメンタリー。これがなぜ異例のヒットとなったか。何よりも、異例の宣伝が功を奏したからだ。出演者自らが勤勉な宣伝マンとなって話題作りに励み、この映画の題名や内容や評判を世に知らしめ、多くの人の鑑賞意欲を掻き立てたのだ。制作者の立場からは、こんなにありがたいことはなかろう。

5月30日、この映画の出演者の内の7人が、共同で上映中止を求める抗議声明を発表した。そのうち、3人が共同記者会見をしている。これが、この映画の存在と性格を世に知らしめる発端になった。言わば、これが話題作りパフォーマンスの発端。多くの人は、この記者会見で、こんな映画があり、こんな問題が生じていることを初めて知ることとなった。

「主戦場」を異例のヒットに導いた7人の宣伝マンの名を明記しておかなくてはならない。多くは、おなじみの名だ。ほかならぬこの7名が、映画の出演者として自らが出演した映画の上映中止を求めている。それだけで、映画の宣伝としての話題性は十分。この声明と記者会見で、この映画を観るに値すると考え、映画館に足を運ぼうと思いたった数多くの人がいたはずである。

    櫻井よしこ(ジャーナリスト)
    ケント・ギルバート(タレント)
    トニー・マラーノ(テキサス親父)
    加瀬英明(日本会議)
    山本優美子(なでしこアクション)
    藤岡信勝(新しい教科書をつくる会)
    藤木俊一(テキサス親父のマネージャー)

「共同声明」は、彼らが映画の上映中止を求める理由を7項目にわたって書いている。その7項目のタイトルが下記のとおり。
1、商業映画への「出演」は承諾していない
2、「大学に提出する学術研究」だから協力した
3、合意書の義務を履行せず
4、本質はグロテスクなプロパガンダ映画
5、ディベートの原則を完全に逸脱
6、目的は保守系論者の人格攻撃
7、出崎(監督のデザキ)と関係者の責任を問う

上映や出版の中止を求める場合、普通は「事実が歪曲されている」「事実無根の内容によって名誉と信用を毀損された」とする。表現の自由も、「事実を歪曲する自由」を含まないからだ。しかし、この7項目に、そのような主張は含まれていない。具体的に、真実と異なる表現を指摘できないと理解せざるを得ない。

毎日「夕刊ワイド」が詳細に報じているとおり、「『主戦場』は、出演者の発言と表情を克明に追う。抗議声明に名前を連ねているケント・ギルバート氏は3月の試写会鑑賞後、毎日新聞の取材に対し『取り上げる意味のない人物の発言を紹介している』と批判を加えた一方で、自身の発言部分については『まともに取り上げてくれています。それは大丈夫です』と話している。」というのだ。

藤岡信勝は「学術研究とは縁もゆかりもない、グロテスクなまでに一方的なプロパガンダ映画だった」と強調したというが、本来プロパガンダ映画作りも、表現の自由に属する。

その上、「商業映画への出演は承諾していない」「大学に提出する学術研究だから協力した」「合意書の義務を履行せず」の主張は、彼らにとって旗色が悪い。

一方、デザキ氏と『主戦場』配給会社の東風は6月3日、東京都内で記者会見した。デザキ氏は、出演者が「撮影、収録した映像、写真、音声などを私が自由に編集して利用することに合意する合意書、承諾書に署名した」と指摘した。藤岡氏ら2人については、公開前の確認を求めたため、昨年5月と9月に本人の発言部分の映像を送ったという。その後、連絡がなかったため大丈夫だと考えたという。デザキ氏は、出演者には「試写会」という形で一般公開される前に全編を見てもらう機会を与えたとも強調した。(週刊金曜日)

にもかかわらず、6月19日、この7人のうちの5人(ギルバート、マラーノ、山本、藤岡、藤木)が原告となって映画の上映差し止めと計1300万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。どういうわけか、櫻井よしこ、加瀬英明の二人は、提訴をしていない。

いずれにせよ、勝ち目を度外視したにぎやかな提訴がまたまた話題を呼び、この映画の社会的関心を盛り上げることに成功している。有能な宣伝マンたちの、献身的な行為と賞讃せざるを得ない。

なお、朝日の報道に、原告らは「映画で『歴史修正主義者』『性差別主義者』などのレッテルを貼られ、名誉を毀損(きそん)された」とある。

フーン。彼らにも、歴史修正主義者』『性差別主義者』などは、名誉を毀損する悪口だという認識があるのだ。

「歴史修正主義」とは、歴史的事実をありのままに見ようとせず、自らのイデオロギーに適うように歴史を歪めて見る立場をいう。イデオロギーに、事実を当てはめようという倒錯である。典型的には、「天皇の率いる日本軍が非人道的な行為をするはずがない」という信念から、「従軍慰安婦などはなかった」とする立場。あるいは、日本という国を美しいものでなくてはならないとする考え方から、日本の過去の行為はすべて美しいものであったという歴史観。原告ら5人は、この映画制作進行の過程で、こう指摘される結論に至ったのだ。その過程が示されていれば、名誉毀損にも侮辱にも当たらない。

また、「性差別主義者」についてである。「例えば、上映中止を求めている一人の藤木俊一氏。『フェミニズムを始めたのは不細工な人たち。誰にも相手にされないような女性。心も汚い、見た目も汚い』との内容を語る様子がスクリーンに映し出される。だが、記者会見でこの発言について確認を求められた藤木氏は『訂正の必要はない』と述べている。」(毎日・夕刊ワイド)

『主戦場』という映画のタイトルは、いまや日本でも韓国でもなく、当事国ではないアメリカこそが、この論争の主戦場になっているという、映画の中での右派の言葉からとったものだという。

あるいは、これまでの論争を総括し集約して、このスクリーンこそが従軍慰安婦問題の主戦場である、という主張なのかも知れない。いや、スクリーンにではなく現実の社会の論争喚起にこそ主戦場がある、との含意かも知れない。何しろ、安倍晋三を首相にしているこの日本の歴史認識状況なのだから。

この映画と映画をめぐる諸事件が、従軍慰安婦問題論争に火をつけ、活発なメディアの発言が続いていることを、歴史修正主義派を糾弾する立場から歓迎したい。
(2019年6月21日)

「敬老」の日に、思いめぐらすあれこれ 

本日(9月17日・第3月曜日)は敬老の日。「国民の祝日に関する法律」(祝日法)では、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」趣旨とある。おや、そうなのですか。

そもそも「国民の祝日」とは何か。「自由と平和を求めてやまない日本国民が、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日である」(同法1条)とのこと。

「敬老」とは、「自由」と「平和」と「美しい風習」と「よりよき社会」と「より豊かな生活」のどれに関わるのだろうか。「多年にわたり社会につくしてきた老人」だけが、「敬愛」と「長寿を祝う」対象となるのだろうか。「多年にわたり社会につくしてはこなかった老人」はどうなるのだろう。その線引きは?

それはともかく、敬老の日は戦前はなかった。戦後の賜物である。
明治期には「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」(明治6年太政官布告第344号、1873年10月14日施行、1878年6月5日・1879年7月5日改正)によって、大正期・昭和初期には「休日ニ関スル件」(大正元年勅令第19号、1912年9月3日施行、1913年7月16日・1927年3月3日改正)によって定められていた。(ウィキペディアからの引用。ウィキは便利だ)

よく知られているとおり、戦前の祝日と祭日とは、すべて天皇制と天皇神話に結びついたものだった。祝祭日だけではなく、一世一元・「日の丸・君が代」・ご真影・修身・国史・教育勅語・軍人勅諭・靖国神社…。なにもかにもが、天皇賛美のマインドコントロールの道具立てだった。あるいは、天皇教という空疎な信仰の教典・教具。オウムがやろうとしてできなかったことを天皇制国家は大規模に現実のものとしていたのだ。

明治以来150年の前半に構築された狂信のシステムはその半ばで崩壊した。が、根絶はされずしぶとくその根を生き残らせている。天皇も、元号も、「日の丸・君が代」も。そして祝日の一部もである。なによりも、国民一人ひとりの感性の底に、権威主義というかたちで。

本日・敬老の日は、その成り立ちが天皇制とは無縁のようで、その点は清々しい。とはいうものの、なんとなく、「敬老」には、取って付けたような不自然さがある。社会は、本音のところ高齢者を「敬」してなどいない。無理して口裏を合わせているというニュアンス。「敬老」の「敬」は「敬して遠ざく」の敬。

本日の産経社説が「敬老の日 地域で高齢者を見守ろう」と題するもの。その冒頭が、「お年寄りは、長く社会に尽くしてくれている。だから敬いたい。」という気持ちの悪い一文。

杉田水脈は、こう言った。
LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同を得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。」

杉田は、愚かにも本音を漏らしてお仲間からも批判を受けた。しかし、実のところ、この杉田の言こそが今権力を握っている勢力の本音なのだ。「国家・社会に役に立たない人間は、存在する価値がない」「資本が利潤を生むに寄与するところのない人物は無価値」というのだ。

すべての人は、人として生を受けたというそのことだけで、等しく尊厳をもっている。人種・民族・宗教の別なく、男女・年齢・障害の有無に関わりなく、平等に生きる権利をもっている。このことはけっしてだれにも自明なことではなく、常に意識し、自覚し直し、発言し続けなければならない。人類の長年の努力がようやく到達したこの公理としての理念。努力を積み重ねることなくして維持することもできないのだ。

老人は、LGBT以上に「生産性」をもたない。だから、当然に「そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」の本音が感じられる。老人福祉を「枯れ木に水をやる」と表現した政治家もいた。

産経とはひと味違う社説を掲載しているのが東京新聞。本日付社説は「敬老の日に考える 物語をしてください」。これは秀逸だ。

「戦中戦後を生き抜いた人たちは、誰もが“鍵”を持っています。私たちの未来を開く鍵。だからおじいさん、おばあさん、今宵また物語をしてください。」という書き出し。

で、採話した物語の語り手が、在韓被爆者なのだ。17歳直前での広島爆心地近くでの被爆体験者。今は、「韓国のヒロシマ」と呼ばれている韓国南東部にある陜川(ハプチョン)の「陜川原爆被害者福祉会館」で暮らしている人。当時は、まぎれもない日本人だった。達者な広島弁で記者に「自分の物語り」を語ったという。

 「あたしは金日祚(キムイルチョ)。日本名は松本君代。君が代ね。学校の友達にはキミちゃんと呼ばれてました。昭和3年9月18日生まれ、数え年91歳。もう年寄りでね、耳が遠いけん…」

以下は、下記のURLで。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018091702000153.html
この記事には、産経のような「上から目線」がない。高齢者に対するシンパシーにあふれている。

この社説が言うとおりだ。私も、亡き父と母に、話しをしてもらえばよかったと思う。戦争のこと、戦地のこと、銃後のこと、戦前と戦後とが違うのかつながっているのか。生活苦のこと、学校のこと、故郷のこと、天皇のこと…。若者が高齢者に、「伝えておきたいことをゆっくり話して」といわせる余裕のある社会であって欲しいと思うが、そんな文化も今はなかろう。その余裕もない社会を作ってきたのが、私たち自身なのだと、後悔しきりである。

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いまこそウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を! 賛同署名のお願い。
http://article9.jp/wordpress/?p=11058

安倍政治に即刻の終止符を求める人々の熱い言葉の数々。
http://article9.jp/wordpress/?p=11073

ネット署名にご協力を。そして、是非とも拡散をお願いします。
9月10日に開始して、賛同者は本日(1 7日)6600筆余と足踏み状態です。

署名は、下記URLからお願いいたします。
https://bit.ly/2MpH0qW

(2018年9月17日・連続更新1996日)

あの「獣医学部新入生」は、今。

私は、「瑞穂の國記念小學院」なるもの開校が頓挫してほんとうによかったと思っている。その理由の一つは、この学校の教育理念の反〈日本国憲法〉性である。親〈大日本帝国憲法〉性と言っても同じこと。国家主義であり、天皇中心主義であり、滅私奉公の時代錯誤も甚だしい。

もう一つの理由が、この学校がアベ晋三という薄汚い政治家との縁によって開校寸前まで漕ぎつけていたことである。一時期「安倍晋三記念小学校」の名称で寄付を募っていただけでなく、認可申請先の大阪府(私学課)にも、この校名での説明を行っていたことが明らかになっている。アベの妻が、開校予定学校の名誉校長となっていたことも、天下周知の醜悪な事実だ。

この二つの理由は、実は緊密に結びついている。アベ晋三という権力者が、日本国憲法が大嫌いなのだ。アベに取り入ろうとすれば、右翼でなくてはならない。極右であればなおさらよい。だから、教育勅語による教育を標榜する恐るべきアナクロ小学校が、アベが関与していると思わせるだけで、開校寸前にまで至ったのだ。違法に違法を重ねてのこと。カミカゼは、吹くべくして吹いたのだ。

とはいえ、森友学園の願望は潰えた。本当によかった。アベ晋三と組んでも碌なことにはならないという見本。これが大切な教訓なのだ。ところが、加計学園の野望は成功しつつある(ように見える)。岡山理大・獣医学部は今年(2018年)4月に開校した。これはよくない。アベと親しいと思わせるだけで無理が通る、事業もうまく行く。こんな成功体験を野放しにしていてはならない。「やっぱり、権力とつるむようなところに擦り寄ったらアカン」「安倍晋三なんか当てにしたら、たいへんなことになる」ことの実証が大切なのだ。

昨年(2017年)の12月のこと、刑法研究者を中心としたある会合で、1人の参加者がスピーチに立った。「実は私、今話題の岡山理科大学の教員です」。この自己紹介に、会場がどっと沸いた。沸き方が、何とも名状しがたい雰囲気だった。縁のあるべくもない別世界の異人種が突然この世に現れた、とでもいうような。

ところが、その人の発言は、実に真っ当で、とても立派なものだった。それがまた、聴衆の意外感を掻きたてた。あの加計孝太郎の学園に、あのアベの親友といういかがわしい理事長の学園に、これはまたどうしてこんな真っ当な人がいることができるのだろうか、という共通の印象であったろう。

加計学園、岡山理科大学。いずれも、「あの」「例の」「ほら、アベ首相と関係の」という冠詞抜きでは語られない運命が刻印されたと言わざるをえない。とりわけ、今治の獣医学部新入生186名だ。生涯、「あの」「例の」「ほら、アベ首相と関係の」「アベさんが、『いいね』と言ってできた」学校を出たことがついてまわる。そのことは覚悟しなければならない。18歳は大人だ。自分の選択の結果は、自分で引き受けるしかない。

もちろん、この学校が新入生諸君の卒業までもつかは保証の限りではない。愛媛県も今治市も、こんな学校に補助金を出し続けることができるだろうか。

話題となった愛媛県文書の中の2015年2月25日アベ晋三と加計孝太郎との面談記録。ここから、アベの息がかかった獣医学部建設計画として歯車が動き出す。アベと加計には、この面談記録はまずい。「当時の担当者が実際にはなかった総理と理事長の面会を引き合いに出し、県と市に誤った情報を与えてしまった」としたうえで、加計学園の事務局長渡辺良人が、「自分がウソをついた」と名乗り出て揉み消そうとした。しかし、どうやらこの弁明が嘘だとばれつつある。愛媛県民も今治市民も、こんな学校に補助金を出し続けることを納得できるはずがない。

獣医学部の新入生諸君は、さぞや肩身の狭い不安な思いをしているのだろうと思いきや、どうもそうでもないらしい。学生の声を伝える「女性自身」からの引用記事がネットに紹介されている。

「不満なんてないですね。校舎は新しいし、学食もおいしい。サークル活動も、すべてイチからのスタートです。『こんなサークルを作ろうよ』など、みんなの意見が活発に飛び交っていますよ」

「大学の外で起こっていることは、私たちにはどうしようもありません。ここに入った以上、私たちにできることは勉強することだけ。だから『国家試験に合格して、世間を見返してやろう』と、みんなで言っていたところです」

「みんな『ほかに合格できなかったから、この大学に入ったんだろう』と思っているみたいですが、それは違います。僕たちはみな、獣医になりたくてあえて県外からここにやってきたんです。だから不安なんてありません。もちろん大学が廃校になるというなら、また話は別ですが……」

教育をビジネスとしてきた人物が、薄汚い政治家と結託して、公正であるべき行政を枉げて作り出した獣医学部だ。学生諸君には、その自覚が必要ではないか。その自覚があってなお、こんな脳天気なことが言っておられるだろうか。
(2018年6月14日・連続更新1901日)

澤藤統一郎の憲法日記 © 2018. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.