澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「天皇の存在は、民主的な改革に障害とはならないのか」 ― 象徴天皇制についての徹底した議論を

昨日(6月5日)の「しんぶん赤旗」を開いて驚いた。
一面トップに、「天皇の制度と日本共産党の立場」「志位委員長に聞く」というインタビュー記事である。聞き手は、小木曽陽司・赤旗編集局長。なんだか、とても物々しい。これは、共産党にとっての重大テーマだというシグナル。しかも、このインタビュー記事は、第1面だけでは終わらない。第6面から第9面のほぼ全頁を費やした、5面にわたっての長大記事なのだ。

「政権と闘おう。」「資本の横暴を許すな。」「アメリカの覇権主義に抵抗を。」「沖縄の運動と連帯しよう。」「平和や民主主義を擁護しよう。」「格差や貧困をなくそう。」「理不尽な差別や不平等をゆるさない。」などという、共産党ならではの呼びかけではない。天皇制についての共産党の立場の説明に、これだけの大きなスペースが必要ということなのだ。

もしかしたら、「私のブログでの批判を意識しての弁明なのかな」「私のように共産党の立場や政策の転換を批判する多くの人の意見を無視し得ないのだな」などと思いつつ目を通した。論文と違ってこのインタビュー記事は読み易い。共産党が何を考えているのか率直で分かり易いとは思う。しかし、「この機会に大本から考えたい――日本国憲法と改定党綱領を指針に」という、「大本」についてどうも納得はしかねる。最後まで、違和感を払拭できない。

赤旗をお読みでない人のために、インタビュー全体の構成をご紹介しておきたい。
下記の赤い太字が章立てで、青字が小見出しである。章立ての番号は、便宜わたしが付けたもの。

1 「この機会に大本から考えたい――日本国憲法と改定党綱領を指針に」
2 なぜ「君主制の廃止」という課題を削除したか
 日本国憲法の天皇条項をより分析的に吟味した結果
 根本的な性格の変化――主権者・国民のコントロールのもとにおく
 改定綱領で「天皇の制度」という言い方をしていることについて
 社会進歩の事業とのかかわりでも、戦前のような障害にはなりえない
 前の綱領の規定には歴史的背景もあった

3 天皇の制度の現在と将来にどのような態度をとるか
 「制限規定の厳格な実施」「憲法の条項と精神からの逸脱の是正」が中心課題
 「民主共和制の政治体制の実現」―日本共産党の「立場」の表明
 どうやって解決をはかるか―主権者である「国民の総意」にゆだねる

4 天皇の制度についての綱領改定がもたらした積極的意義について
 現行憲法の「全条項をまもる」とスッキリと打ち出せるようになった
 「制限規定の厳格な実施」をより強い立場で打ち出せるようになった

5 制限規定を厳格に実施し、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する
 天皇の政治利用を許さない―憲法違反の無法ぶりを示した「主権回復の日」式典
 天皇の「公的行為」―憲法からの逸脱、問題点はないかを、きちんと吟味を
 国会での「賀詞」決議について― 二つの原則を堅持して対応してきた

6 元号について―どう考え、どう対応するか
 元号に対する日本共産党の基本的態度について
 慣習的使用に反対しないが、使用の強制に反対する
 元号が変われば世の中が変わるか―社会を変えるのは主権者である国民のたたかい

7 「皇室典範」にかかわる問題―天皇の退位、女性・女系天皇について
 憲法の条項と精神に適合する改正には賛成する
 天皇の退位―「個人の尊厳」という憲法の最も根本の精神にてらして賛成した
 女性・女系天皇について―憲法にてらして認めることに賛成する

8 憲法9条改定への天皇の政治利用を許してはならない

この小見出しはよくできている。この問題にいささかの関心をもってきた人であれば、上記の章立てと小見出しを読むだけで、大方は共産党の主張の内容を理解できるだろう。最近の同党の意見を集大成したものなのだ。

インタビューの冒頭にこうある。
小木曽 天皇の制度については、議論を避けるという傾向も強いですね。
志 位 そう思います。でも思考停止、議論停止になってはいけません。タブーをもうけず、この制度について、この機会に大本から考え、議論していくことが大切だと思います。

「議論していくことが大切」という志位意見に大賛成だ。明確になった共産党の立場に対して、私も自分の意見を述べていこうと思う。

もちろん、このインタビュー記事のすべてがおかしいとか、全部が間違っているなどと極論するつもりはない。しかし、重要なところで納得しがたいのだ。

問題の発端は、天皇の代替わりに伴う国会の「賀詞決議」に共産党が賛成したことだった。反対でも棄権でもない賛成。多くの人が「まさか共産党が、新天皇就位に賀詞を表明するなどあり得ない」という思いをもっている中でのこと。当然に、納得し得ない人々からの批判が集中し、その結果共産党の象徴天皇制に対する基本姿勢を釈明するものが今回のインタビュー記事である。問題は二層にわたってある。まず、政策としての「賀詞決議」賛否の問題。そして、さらに重要なのが、象徴天皇制に対する基本姿勢の問題である。

本年(2019年)5月10日のブログで、衆院で成立した賀詞決議に共産党議員までが賛成したことを私は批判した。共産党の支持者としての、共産党批判である。

「賀詞」とは、慶事に対する祝意の表明ではないか。象徴天皇が憲法上の存在であることは自明の前提として、新天皇の就位をどんな理由で慶事というのだろうか。為政者やその追随者にとっての演出された慶事ではあっても、国民主権や民主主義の大義から見ての慶事ではあり得ない。少なくとも、私にとっての慶事ではなく、共産党とその支持者にとっての慶事でもありえない。国会は、「国民を代表して」賀詞を述べることはできない。また、国民誰にも、新天皇への祝意を強制される筋合いはない。

この点についての私の意見は、5月10日付ブログで尽きている。ぜひ、再度お読みいただきたい。象徴天皇制に対する基本姿勢の問題も、多少は触れている。

おそるべし天皇制。衆院全会一致の阿諛追従決議。
http://article9.jp/wordpress/?p=12582

このブログに付け加えれば、インタビュー記事には、体系としての憲法の把握のありかたに違和感があるということだ。象徴天皇制の位置づけや、天皇制の民主主義への危険性について、私は下記の志位見解のような楽観論には立てない。新元号や新天皇即位に伴う、社会的なフィーバーと、その政権の利用を見せつけられた直後であるだけに一入である。

「天皇の制度の性格と役割が憲法によって根本的に変わりました。この制度をなくさないと、私たちが掲げる民主的な改革――日米安保条約の廃棄や「ルールある経済社会」をつくるといった改革ができないということはありません。」

また、憲法に書いてあることが、目的や理想ではなく、既に実現しているごとき認識にも違和感を禁じえない。志位インタビューでは、憲法本来の理念体系に、天皇の存在が背反した存在となっているというとらえ方が希薄なのが気にかかる。

なお、2004年改定の新綱領は、こう述べているという。
「党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」

この第1文に異論はない。ところが、第2文には大いに違和感がある。これは、積極的に社会を変革していこうとする立場ではない。この第1文に述べられた基本理念から論理的に演繹される方針としての第2文は、こうでなくてはならない。
「天皇の制度が憲法上の制度である以上、その廃止には国民の総意によって憲法改正を要することになるが、党は漫然と情勢が熟したときに解決されるという待機主義の立場を採らず、天皇制を美化するあらゆる策動に反対し、民主共和制の政治体制の実現をはかるべく可能な努力を重ねる」

ところで、「思考停止、議論停止になってはいけません。タブーをもうけず、この制度について、この機会に大本から考え、議論していくことが大切だと思います」という志位見解を歓迎して、ぜひとも実践していただきたいと願う。ついては、提案を申し上げたい。この機会に、赤旗を舞台に、「タブーをもうけず、天皇制について、大本から考える議論」を巻き起こすための、企画を練っていただけないだろうか。

たとえば、共産党自身の公式見解をもタブーとすることなく、それへの賛否両論の言論を歓迎するという姿勢での「天皇制議論のコーナー」の創設。タブーのない赤旗ならではの言論空間の設定は、有益なものと思うのだが。

なお、やや古いが、2015年12月25日付の下記ブログも、併せてお読みいただきたい。

共産党議員が、玉座の天皇の「(お)ことば」を聴く時代の幕開け

http://article9.jp/wordpress/?p=6112
(2019年6月5日)

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