澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「法と民主主義」大学問題特集と、参院選の結果を論じる広渡清吾氏記念講演

本日は、日本民主法律家協会(日民協)の機関誌「法と民主主義」(法民)の編集会議。
選挙期間中だが、日民協と法民の話題を提供したい。

最新刊の法民2016年6月号【509号】特集は、小沢隆一さんの責任編集で「岐路に立つ日本の大学」。
  http://www.jdla.jp/houmin/index.html

「特集に当たって」のリードの中に、小沢さんの次の一文がある。
「今日の大学と学術にかけられている攻撃に対してどのようなスタンスで立ち向かうか。大学で学び、働く者の共同の取り組みが求められている。依るべきものは、日本国憲法の23条「学問の自由」と26条「教育を受ける権利」という二つの柱である。
そしてその際、次のようなユネスコの学習権宣言(一九八五年)も手掛かりにしてはどうだろうか。
  学習権とは、
  読み書きの権利であり、
  問い続け、深く考える権利であり、
  想像し、創造する権利であり、
  自分自身の世界を読み取り、歴史をつづる権利であり、
  あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
  個人的・集団的力量を発達させる権利である。」

6月号の目次は次のとおり。
特集★岐路に立つ日本の大学
◆特集にあたって…………編集委員会・小沢隆一
◆現在の大学政策と学問の自由・大学の自治………中富公一
◆学ぶ権利を侵害する学生の生活・労働実態とその克服──奨学金政策の改革を………岡村 稔
◆大学と学生の学びを支える非常勤講師の諸問題と非常勤講師組合の取り組み………松村比奈子
◆国立大学への日の丸・君が代強制に抗する………成澤孝人
◆「政治的中立性」という名の怪物 ──ある市議会からの「攻撃」を受けた、ある憲法研究者の「告発」………三宅裕一郎
◆法学入門科目「現代社会と法」について──法学部教育のあり方が問われる中で………小森田秋夫
連続企画●憲法9条実現のために〈6〉憲法9条擁護のために──急加速の軍学共同とそれとの闘い………赤井純治
特別企画●東日本大震災・福島原発事故と自主避難者の賠償問題・居住福祉課題〈上〉──近時の京都地裁判決の問題分析を中心に………吉田邦彦
司法をめぐる動き・ハンセン病「特別法廷」最高裁調査報告書について………内田博文
◇司法をめぐる動き・4月・5月の動き…………司法制度委員会
◇判決・ホットレポート●三菱マテリアルとの和解について………森田太三
◇メディアウオッチ2016●2016憲法報道・メディア操作にジャーナリズムの姿勢を 争点隠し選挙と改憲問題………丸山重威
◇あなたとランチを〈№18〉………ランチメイト・横湯園子先生×佐藤むつみ
◇委員会報告●司法制度委員会/憲法委員会………米倉洋子/大江京子
◇インフォメーション●6・9「安倍政権と報道の自由」集会アピール
時評●英米流小選挙区制をとおして中華帝国ミニチュア版が再現?………志田なや子
ひろば●安倍政権が推進する国立大学の国旗と国歌………澤藤統一郎

「ひろば」は、日民協執行部や編集委員が回り持ちで自由に執筆する欄。6月号は私が書いた。本欄の末尾に掲載するので、お読みいただきたい。

7月号【510号】の特集は、新屋達之さんの責任編集で「徹底検証『改正』刑訴法・盗聴法」。改正法の解説と徹底批判、そして反対運動を振り返えり、今後を展望する論稿が並ぶとになる。

そして、8・9月合併号【511号】は、参院選の結果を踏まえての情勢討論特集号。10月号【512号】は、「憲法25条・福祉国家論」について。「法と民主主義」健在である。

なお、日民協は 来週土曜日に第55回定時総会を開催する。
 日時 2016年7月16日(土)午後1時~6時 終了後に懇親会
 会場 プラザエフ8階スイセン
その目玉企画が、広渡清吾さんの総会記念講演
 予定時刻 午後3時15分~5時
 演題「安倍政権へのオルタナティブを一個人の尊厳を擁護する政治の実現を目指す」

ほかならぬ広渡さんの「安倍政権へのオルタナティブ」論である。しかも、参院選直後のこの時期に、参院選の結果を踏まえての講演となる。会員外のご参加も歓迎。無料。できれば、事前に下記まで出席予定のご連絡を。
 電話 03(5367)5430  ファックス 03(5367)5431

また、総会では、第12回「相磯まつえ記念・法民賞」授賞式も行われる(午後5時10分~5時30分)。

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「安倍政権が推進する国立大学の国旗と国歌………弁護士 澤藤統一郎

本年5月1日の毎日新聞によると、同紙が実施したアンケート調査で、国立86大学のうち、76大学が今春の式典で国旗を掲揚し、14大学が国歌斉唱を実施したという。その内、新たに国旗を掲揚したのが4大学。新たに国歌を斉唱したのは6大学。斉唱まではしないが、国歌の演奏や独唱をプログラムに入れたのが5大学。じわじわと、「日の丸・君が代」包囲網が大学を押し包んでいくような不気味な空気がある。

 国立大学での国旗国歌問題の発端は、昨年(2015年)4月参院予算委員会における安倍首相答弁だった。「税金によって賄われているということに鑑みれば、教育基本法にのっとって、正しく実施されるべきではないか」というもの。知性に欠けるということは恐ろしい。反知性の首相であればこそ、臆面もなく恥ずかしさも知らず、堂々とこんな短絡した「論理」をのたまうことができるのだ。憲法も、歴史の教訓もまったく無視して。
 この首相発言を、盟友下村博文文部科学相(当時)が受けとめた。同年6月には、国立大学長を集めた会議で「国旗・国歌法が施行されたことも踏まえ、適切な判断をお願いしたい」との要請となり、後任の馳浩文は本年2月、岐阜大が国歌斉唱をしない方針を示したことに対し、「日本人として、国立大としてちょっと恥ずかしい」という意味不明なコメントを述べている。教育行政を司る部門の責任者の言がこれなのだから、国民の方がまことに恥ずかしい。

 だが、愚かな政権の愚かな「要請」の効果は侮れない結果となった。心ならずも政権の意向を汲んで屈服したものは、包囲網に加わる形となって抵抗者を孤立させていく。幾たびも目にしてきた光景ではないか。
 愚かな政権の愚かな「要請」は、本来その意図とは逆の効果を生じなければならない。これまで式典に国旗国歌を持ち込んでいた大学も、「文科省に擦り寄る姿勢と誤解されてはならない」「大学の自治に介入する文科省に抗議の意を表明する」として、国旗も国歌も式からなくすという見識が欲しい。
 国立大学は結束しなければならない。文科省に擦り寄る大学の存在を許せば、当然に差別的な取り扱いを憂慮しなければならないことになる。大学が真理追究の場ではなくなる虞が生じ、世人の信頼を失うことにもならざるを得ない。

 大学とは、学問の場であり、学問の成果を教授する場である。学問とは真理追究であって、大学人には、何ものにもとらわれずに自由に真理を追究しこれを教授すべきことが期待されている。言うまでなく、この自由の最大の敵対者が権力である。したがって、学問の自由とは権力に不都合な真理を追究する自由であり、教授の自由とは時の権力が嫌う教育を行う自由にほかならない。国立大学とは、国家が国費を投じて真理追究の自由と教育の環境を保障した場である。国家は学問と教育の両面に及ぶ自由を確保すべき義務を遵守するが、学問や教育の内容に立ち入ってはならない。こうして、学問は時の政権からの介入や奉仕の要請から遮断されることで、高次のレベルで国民の期待に応えることになる。

 国民の精神的自由を保障するために、権力が介入してはならないいくつかの分野がある。まずは教育であり、次いでメディアであり、そして宗教であり、さらに司法である。この各分野のすべてが、濃淡の差こそあれ政権からの攻撃の対象とされている。この各分野への攻撃は、それ自身が目的であるとともに、戦後レジームからの脱却と改憲への強力な手段ともなっている。国立大学での国旗国歌は、政権の国家主義強化の策動を象徴するテーマとなっている。けっして、これを成功させてはならないと思う。
(2016年7月6日)

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