日本国憲法は常に政権から疎まれ、「改正」の危機を繰り返してきた。現在も、事情は変わらない。
(2021年5月3日)
本日は憲法記念日。もちろん、政府も与党もなんの祝意も表さない。政権も保守陣営も、憲法には敵意を剥き出しにしている。それでも日本の民衆が、権力に憎まれる日本国憲法を無傷のままの守り抜いて74年目の憲法施行の記念日を迎えているのだ。これは、高く評価すべきことではないか。
日本国憲法は、第90帝国議会の貴衆両院で審議され圧倒的多数で可決された。その衆議院は、戦後の衆議院議員選挙法の改正によって女性参政権を実現し、真の意味での普通選挙によって構成されている。日本国憲法は不十分ながらも、民主的な手続によって制定されたものである。もっともこのとき、日本国民の直接投票による憲法の採択はされていない。しかし、この74年間で、日本国民は政権に抗い続けてこの憲法を自らの血肉としてきたというべきだろう。
日本国憲法には成立以来いくつもの「改正」の危機があった。その最近のものが、安倍晋三による改憲策動である。安倍以前の保守政権がどれもまともというわけではないが、保守の政権にも「右翼の連中と一緒くたにされるのは迷惑」という矜持があった。安倍政権には、その矜持がなかった。神社本庁や、靖国派とか日本会議派、ヘイトをもっぱらとする右翼連中とも気脈を通じての復古的・好戦的改憲路線を突っ走った。
改憲勢力から見れば、明らかに「こんな、なりふり構わず右翼と一体となった総理・総裁の存在は、改憲実現に千載一遇のチャンス」であったろう。その千載一遇のチャンスが実を結ぶことのないまま安倍は退陣した。「幸い」にして、安倍は清廉潔白で尊敬される政治家ではなかった。嘘とごまかしの政治手法をもっぱらにし、政治の私物化を指弾される汚れた政治家であった。そのことが、日本国憲法にとっては好運であったと言えようか。国会の議席の上では、改憲発議可能ではあったが、安倍は改憲に手を着けることができないまま、政権の座を去った。
安倍後継を自任する菅は、改憲にさしたる熱意をもっていない。今、憲法は、安倍後の相対的に安泰の時期に入ったはず…なのだが、実は必ずしも安閑ともしておられない。いや、見ようによっては逼迫した事態とも言えるのだ。
理由はいくつかあるが、分かり安いのは安倍晋三が退いたことである。安倍の人物像、安倍の政治姿勢、安倍の政治手法、安倍の辻褄の合わない言動、安倍を取り巻く人脈等々は、心ある多くの国民に、「安倍は危険だ」「安倍は信用しがたい」「安倍が総理・総裁でいる間の改憲には賛成できない」「安倍改憲には反対」との警戒の声が高かった。その安倍がいなくなったのだ。改憲反対の大きな理由が一つ減ったのだ。落ちついて改憲派の言い分にも耳を傾けてみよう、という雰囲気がなんとなくあるのではないか。
さらに、コロナの蔓延、中国の台頭などの新状況である。憲法制定時とは国を取り巻く状況が大きく変化している。ならば、なんとなく憲法も変えたほうがよくはないか。コロナ対策も中国への対処もできることなら何でもやってもらいたい。憲法改正も少しは役立つのでは、というムードがある。いずれも、はっきりはしないがそんな空気が蔓延しているのだ。
4月29日の毎日朝刊の次の見出しが、眼に突き刺さった。「国民投票法改正案、自民・公明が5月6日採決、11日衆院通過へ」というのだ。これまで、国民世論が動きを封じていた、憲法審査会での改憲手続き法(国民投票法とも)審議が動き出した。このコロナ禍の中で、もっとも不要不急な議事といってよいだろう。毎日の記事を要約する。
「自民・公明両党は憲法改正手続きに関する国民投票法改正案を5月6日に衆院憲法審査会で採決し、11日に衆院を通過させる方針を固めた。複数の与党幹部が明らかにした。改正案は2018年に提出されて以来、9国会目となる。
改正案は、憲法改正国民投票の手続きを公職選挙法に合わせるのが目的で、駅や商業施設などへの共通投票所の設置や投票所に同伴可能な子どもの範囲の拡大など7項目が盛り込まれている。
与党はこれまでに4回質疑されたことから「審議は尽くされた」と判断。6月16日までの会期と参院での審議日数を踏まえ、5月6日に審査会で採決し、11日の衆院本会議で通過させることを決めた。
野党側は、CM規制や外国人寄付規制が盛り込まれていない改正案は不十分として、3年をめどに法整備するよう付則に盛り込む修正案を提出する方針。立憲の枝野幸男代表は28日、「改正案は明らかに欠陥法だ」と述べ、与党側の対応を求める考えを示した。」
その後に、関連した共同の配信記事がある。「国民投票法修正、結論出ず 自公協議、6日採決は流動的」(4月30日 20時24分)
「憲法改正手続きに関する国民投票法改正案を巡り、自民、公明両党幹部は30日、立憲民主党が求める修正の是非を国会内で協議したが、結論に至らなかった。立民は、政党スポットCMの法規制を改正案の付則に明記すれば採決に応じるとしている。自公両党は5月6日の衆院憲法審査会で採決する構えは譲らないものの、情勢は流動的だ」
自公が「運動方法を公職選挙法並みとする改正案」を提案し、立民が「政党スポットCMの法規制」を条件に採決に応じようと逆提案した局面。現状では、自公は立民の提案を受諾するのは難しいという報道。本来、憲法改正国民投票運動が公職選挙法の選挙運動並みでよいという発想から問われなければならないが、5月6日の衆院憲法審査会、どうなることか予断を許さない。憲法の危機、今もなお繰り返され、進行中なのだ。