星の見えぬ七夕に、香港の憂鬱を思う。
(2020年7月7日)
本日は七夕。あいにくのコロナ禍のさなかに列島豪雨の模様。東京も降りみ降らずみ、星空は見えない。
心ならずも引き裂かれた二つの魂が相寄る図は微笑ましくも美しい。しかし、二つの魂が惹かれ合うでもなく相寄るでもなく、一方的な暴力が他を支配する図の醜悪さは見るに堪えない。ヘイト然り。DV然り。パレスチナ然り、そして香港然りである。
香港行政長官の名は、林鄭月娥(キャリー・ラム)。月娥は、月の世界にあるという伝説の仙女「嫦娥」からの命名。「嫦娥」は、不老不死の仙薬を得て天に昇ったが、夫を裏切り月に隠れて蟇蛙になったとされる。いま、月娥は香港の民衆を裏切って、醜態をさらしている。
Bloomberg News日本のネット報道(2020年7月7日 13:58)は、「香港行政長官、国家安全維持法を擁護?警察には広範な権限付与」と伝えている。
香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は7日、先週施行された香港国家安全維持法(国安法)を擁護した。香港政府は6日開いた国家安全維持委員会の初会合で、令状なしの捜索やオンラインの監視、資産差し押さえなど広範囲に及ぶ新たな権限を警察に与えたばかり。
林鄭行政長官は諮問機関である行政会議会合前の定例記者会見で、「この法律は厳格に執行され、市民の懸念は和らぐ」と主張。「市民が国安法に定期的に抵触することはないことを目の当たりにするだろう」と述べた。
一方、林鄭長官は国安法の執行・管理の多くが公開されない点をあらためて確認し、国家安全維持委は今後の会合から詳細を公表しないと述べた。
なんたることだ。もうムチャクチャとしか言いようがない。こういうことを言わせないように、法の支配の大原則があり、立憲主義があったはず。「人権も民主主義も無視して、今後は徹底して香港の市民を弾圧する」「有無を言わせない」という宣言ではないか。「肚を決めて、香港市民の側を離れて、中国の走狗となる」という林鄭月娥の誓約とも解される。今の世の文明社会にこんなことがあってよいのか。嘆くしか術はない。
また、朝日新聞デジタルが「香港の図書館から消える本 『言論弾圧が広がっている』」と伝えている。以下はその抜粋。
反体制な言動を取り締まる「香港国家安全維持法」(国安法)が施行された香港で、公立図書館が民主活動家らの著書の閲覧や貸し出しを停止した。
対象の書籍は雨傘運動のリーダーだった民主活動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏のほか、立法会(議会)議員の陳淑荘(タンヤ・チャン)氏、作家の陳雲氏の民主派3人が書いた計9種類。各地の公立図書館が計約400冊所蔵していたが、4日までに本棚から撤去されたという。
香港政府は、閲覧・貸し出しの停止措置について、公立図書館に国安法に抵触する蔵書がないかを審査させるためだと説明している。一方で、審査の基準や対象数は公表していない。
野蛮な権力は、不都合な思想を弾圧する。その偉大な始祖が「焚書坑儒」の成語で知られる始皇帝であろう。いま香港で「焚書」が始まったのだ。やがては「坑儒」も。中国の文明は2000年余の昔に戻った如くではないか。天も晴れず、ただ涙するか。
ところで1937年7月7日は盧溝橋事件勃発の日。この日から日中は宣戦布告ないまま、本格的な全面戦争にはいる。あのとき、非は明らかに侵略者である皇軍の側にあり、正義は中国の側にあった。
80余年を経て、中国は国際公約である一国二制度を放擲し一方的な暴力を以て香港の民主主義を蹂躙し、民衆を支配しようとしている。今、中国の側に正義はない。皇軍の醜さを思わせるのみ。