宗教法人解散命令の要件には、刑事法令違反だけでなく、民事法令違反も含まれる。
(2022年10月20日)
今朝の各紙の見出しには、「民法の不法行為も該当」というフレーズが躍っている。〈裁判所による宗教法人解散命令〉及び〈行政の解散命令請求〉の要件について、岸田首相答弁報道におけるものである。
「首相は10月18日の衆院予算委では民法は『入らない』と答弁しており、1日で答弁を変更し、『民法の不法行為も入り得る』との認識を示した」という記事になっている。
併せて、「旧統一教会を巡っては、幹部による刑法上の違反行為を認定した裁判例はないものの、民事裁判では組織的な不法行為責任が認定された例が2件ある。答弁変更により、解散命令に向けたハードルが下がる可能性がある」(毎日)とも報じられている。
この論争、「宗教法人に対する解散命令の根拠としては刑事的な違法が必要ではないか」「民事的違法では足りないのではないか」というかたちで、提起されている。しかし、宗教法人法を素直に読めば、本来こんな論争が出てくる余地はない。にもかかわらず、政府が「刑事違法」にこだわったのは、できれば統一教会を温存したかったからではないか。その政府見解の根拠は、オウム真理教に対する解散命令における理由の誤読によるものと思われる。
やや面倒だが、以下に、この点に関する関係条文とオウムの事例における裁判所の判断を確認しておきたい。
★ 宗教法人法81条(抜粋・リライト)
法81条1項(解散命令)
「裁判所は、宗教法人について左の各号の一(どれかひとつ)に該当する事由があると認めたときは、所轄庁(文科大臣)の請求により、その解散を命ずることができる。
一 法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと。
二 第二条に規定する宗教団体の目的(宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成すること)を著しく逸脱した行為をしたこと。
条文上の文言は、「法令に違反」である。「法令」が民事法を含むことは当然であって、「刑事法に違反して」となっていない以上は、民事法違反の場合を除外するとは読みようがない。また、「法令に違反」が仮に刑事法違反に限られるとすれば、条文の文言は「犯罪行為をしたこと」、あるいは「刑罰法規に違反する行為をしたこと」「犯罪の構成要件に該当する行為があったこと」などとなるだろう。「公共の福祉を害する…と認められ行為をしたこと」は、明らかに民事的な違法行為を含むという以外に解釈の余地はない。
★ 民事違法排除論
にもかからず、首相は18日の衆院予算委で、オウム真理教に対する解散命令で裁判所が示した「刑法等の実定法規の定める禁止規範または命令規範に違反」との基準を根拠に、民法上の不法行為は含まないとの認識を示していた。
はたして、この認識は正しいだろうか。オウムの事例における裁判所の判断を検討してみよう。
★ 対オウム真理教・解散命令の経過概略
1995年、東京都知事鈴木俊一と検察官は、宗教法人法第81条1項に基づいて、宗教法人オウム真理教の解散命令を東京地方裁判所に請求した。サリン生成を企てた殺人予備行為が、法第81条1項1号と2号に該当するとしてのことである。
解散命令請求事件は、訴訟ではなく非訟手続である。請求を受理した東京地裁はこれを認めて宗教法人解散の決定をした(1995年10月30日)。これを不服としてオウム側が東京高裁に即時抗告をしたが抗告棄却となった(同年12月19日)。さらに、最高裁に特別抗告がなされたが、これも棄却され(96年1月30日)て解散命令が確定した。
★ オウム・地裁決定抜粋
「刑法上の犯罪は、自然人を主体とするものであって、宗教法人自体がこれを犯すことはできない。」「(しかし)宗教法人と法令違反行為・目的逸脱行為の主体との厳密な一致を必ずしも要求していないと解される。」
「宗教団体構成員の大部分あるいは中枢部分が、宗教団体の組織的行為として犯行に関与するなど、重大な犯罪の実行行為と宗教団体の組織や活動との間に、社会通念上、切り離すことのできない密接な関係があると認められる場合は、宗教法人法81条1項1号又は2号前段に基づき、宗教法人の解散を命じることができると解すべきである。」「あくまでも実質的にみて、宗教団体の組織的行為と認められるかどうかを基準とすべきである。」
「本件殺人予備行為は、オウム真理教の教祖であり相手方の代表役員である松本智津夫の指示あるいは少なくともその承認の下に、オウム真理教団の組織的行為として実行されたものと認めるのが相当であり、重大な犯罪の実行行為と宗教団体の組織・活動との間に、社会通念上、切り離すことのできない密接な関係があると認められる場合に当たるから、宗教法人法81条1項1号及び2号前段に定める解散命令事由が存在するというべきである。」
以上のとおり、地裁決定の関心は、「法人の犯罪といえるか」にのみあって、「解散命令の要件として民事違法を含むか」への言及はない。高裁決定は次のようにこのことに触れている。
★ オウム・高裁決定抜粋
「宗教法人法が宗教団体に法人格を取得する道を開くときには、これにより法人格を取得した宗教団体が、法人格を利用して取得・集積した財産及びこれを基礎に築いた人的・物的組織等を濫用して、法の定める禁止規範もしくは命令規範に違反し、公共の福祉を害する行為に出る等の犯罪的、反道徳的・反社会的存在に化することがありうるところから、これを防止するための措置及び宗教法人がかかる存在となったときにこれに対処するための措置を設ける必要があるとされ、かかる措置の一つとして、右のような存在となった宗教法人の法人格を剥奪し、その世俗的な財産関係を清算するための制度を設けることが必要不可欠であるとされたからにほかならない。
右のような同法81条1項1号及び2号前段所定の宗教法人に対する解散命令制度が設けられた理由及びその目的に照らすと、右規定にいう
「宗教法人について」の「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」(1号)、「2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」(2号前段)とは、
(1) 宗教法人の代表役員等が法人の名の下において取得・集積した財産及びこれを基礎に築いた人的・物的組織等を利用してした行為であって、社会通念に照らして、当該宗教法人の行為であるといえるうえ、
(2) 刑法等の実定法規の定める禁止規範又は命令規範に違反するものであって、
(3) しかもそれが著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為、又は宗教法人法2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱したと認められる行為
をいうものと解するのが相当である。」
オウムの事例は刑法犯案件であったが、高裁(抗告審)決定はわざわざ「刑法等」と、刑法案件に限定されないことを明示した。また、「実定法規の定める禁止規範又は命令規範」は、刑事法に限らないことの明示の表現と言ってよい。さらに、「反道徳的」「反社会的」も同じ意味をもつものと解する根拠となる。
★ オウム・最高裁決定
同法人は、憲法20条の定める信教の自由を侵害しているなどとして最高裁判所に特別抗告をした。結論は特別抗告棄却である。
特に解散命令の要件に触れるところはなく、宗教法人に対する不利益をもたらす解散命令という制度が、憲法20条による信教の自由を侵害することにはならないという憲法解釈論に限られている。