澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

吉田嘉明尋問採用決定は次回(19年1月11日)法廷に持ちこし ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第139弾

次回法廷は2019年1月11日(金)午前11時00分
東京地裁415号法廷(東京地裁・4階、どなたでも傍聴できます)
吉田嘉明人証採用決定の法廷です。傍聴にお越しください。

DHCと吉田嘉明が、私(澤藤)を被告として6000万円を支払えと訴訟提起したのが「DHCスラップ訴訟」。私の至極真っ当なブログでの言論にいちゃもん付けての2000万円の請求だった。私が、このDHC・吉田嘉明の提訴は違法なスラップ訴訟だとブログで批判した途端に、2000万円の請求は、6000万円に跳ね上がった。提訴の目的が、言論の抑制にあったことは明らかではないか。

このスラップ訴訟は、当然のことながら私(澤藤)の勝訴で確定した。しかし、こんな提訴が許されてよいはずはない。不法が放置されてよかろうはずはない。スラップ常習のDHC・吉田嘉明に対して、「スラップ提訴が違法だから損害を賠償せよ」という、「反撃訴訟」が今継続中である。

本日(10月26日)の法廷で、当事者本人両名(私と吉田嘉明)の尋問採用が決定となるはずだったが、持ちこされた。本日の法廷での人証採用決定はなく、改めて次回期日に採否の決定となる。

吉田嘉明の採用に関する裁判所の考え方はこうだ。
「裁判所は、反訴原告(澤藤)側から採用申請のあった反訴被告本人(吉田嘉明)尋問の必要がないとは思っていない。しかし、反訴原告が採用を求める立証趣旨(ないし尋問事項)には他の証人の尋問での代替性があるかも知れない。今のところ、反訴被告(DHC・吉田嘉明)側は人証申請をしていないが、反訴被告側から人証の申請の予定があれば、それを出していただき、反訴原告側の意見も伺って採用の可否を決定したい。」

この裁判所見解に対して、反訴原告(澤藤)側弁護団から、納得しがたい旨の意見が、こもごも述べられた。裁判所は「各意見は十分に理解している」「留意したい」ということで、最終的には、反訴被告に人証申請の機会を与えることとなった。

本年12月7日(金)までに、反訴被告(DHC・吉田嘉明)側が人証の申請書と各申請対象者の陳述書を提出。それに、反訴原告(澤藤)側が賛否の意見を提出した上、次回期日(1月11日・金)に人証採用を決定する。お分かりのとおり、吉田嘉明の採否が焦点となっている。

正直のところ、裁判官が本日の法廷でなぜ吉田嘉明の本人尋問を決定しなかったのか、その躊躇の理由がよく分からない。以下に反訴原告側の証拠申出書を貼り付けておくので、お読み願いたい。この申請を却下する理由などあり得ない。

平成29年(ワ)第38149号 損害賠償請求反訴事件
 反訴原告 澤藤統一郎
 反訴被告 吉田嘉明、株式会社ディーエイチシー

証拠申出書

2018年(平成30年)10月5日

東京地方裁判所民事第1部合議係 御中

                     反訴原告訴訟代理人          
                     弁護士 光 前 幸 一 外54名

第1 人証の表示
 1 反訴原告本人 澤藤統一郎(主尋問30分程度)
 2 反訴被告本人 吉田 嘉明(主尋問60分程度)

第2 立証の趣旨
1 反訴原告本人 澤藤統一郎
(1) 本件文書の内容や、これが掲載された反訴原告のブログ(「澤藤統一郎の憲法日記」)のこれまでの内容から、本件文書の公益目的性は明らかであったこと。
(2) 本件文書における反訴原告の見解は、反訴被告吉田が週刊誌に自ら公表した言動と反訴被告らの提訴行為に関する反訴原告の論評(批判)であり、批判の前提となった事実(政治家への資金提供、提訴)に争いはないから、反訴原告の見解を支持するかしないかは別にして、これが反訴被告らの名誉毀損となる余地はないことが明らかあったこと。
(3)  反訴原告の論評は、反訴被告吉田が自ら公表した言動を、政治の廉潔性という観点から授受当事者双方を厳しく批判するものであるが、その表現が、反訴被告吉田の公表した言動を離れて反訴被告らを批判したり、批判言論としての節度を逸脱するようなものでないことが明らかであったこと。
(4) 反訴被告らの訴訟提起による言論委縮効果と反訴原告の物質的・精神的損害の程度。

2 反訴被告本人 吉田 嘉明
 反訴被告らにおいて、反訴原告に対し名誉棄損訴訟を提起し、訴えを追加し、控訴、上告までした主たる目的が、裁判勝訴による反訴被告らの名誉の回復にあるのではなく、比較的社会的影響力のある発言者の批判を名誉毀損として訴え、裁判被告としての苦痛を味合わせることにより、メディアを含めた公衆からの批判言論を将来にわたって抑圧することにあったこと。

第3 尋問事項
   別紙のとおり

第4 反訴被告吉田の尋問の必要性
1 本件は、①自ら週刊誌に暴露した有力政治家に対する金8億円という金員の提供行為が、②予期に反して、一般公衆、弁護士、評論家、メディア等から批判されたことに対処するため、各批判が反訴被告ら対する名誉毀損であるとして、③選別基準も不明なまま、④一部の言論について、⑤何らの事前交渉をもたないまま、⑥高額の損害賠償請求を、⑦判明しているものだけでも10件提起したことに、一般の名誉毀損訴訟とは異なる側面を見出すことができるが、その結果として、提訴された10件は、⑧無意味な和解、取下げ(3件)、⑨敗訴事件に対する見通しを欠いた控訴・上告(5件)、⑩一部勝訴(実質敗訴)事件の不自然な控訴放棄(2件)といった異様な帰趨を辿っている。
 また、反訴原告に対しては、⑪このような反訴被告らによる名誉棄損訴訟の提起は「違法なスラップ訴訟」という反訴原告の論評(批判)に対しても追加提訴し、損害賠償請求額を2000万円から6000万円に増額していることに特徴がある。

2 公共性が顕著な事項(取り分け政治的部門)に対する公益目的での批判的言論を抑圧する意図でなされる裁判の提起は、裁判を受ける権利(憲法32条)の重要性に周到な配慮する一方で、民主主義の根幹をなす言論の自由を侵害する行為として、財産権の争いに関する不当訴訟(最判昭和63年1月26日等)とは異なる観点から適正な抑制を図る必要がある。経済格差が司法アクセスへの格差という現象を生んでいる今日、市民の政治参加の場面における言論と資本の調整という旧来テーマは、公共的な言論に対するスラップ訴訟の抑制という新たな課題を突き付けている。
  その調整原理は、表現の自由(とくに論評の自由)が強く尊重、保護されている米国とは異なり、論評(批判)言論に対しても、論評対象事実の真実性(真実相当性)を重視するわが国の判例法においては、名誉棄損訴訟のスラップ性(違法性)の要件として、裁判提起の目的や意図といった提訴者の主観面の評価に多く依存せざるをえないが、濫用的意図が一定程度に推測される外観的事実(名誉棄損訴訟としての異質性)が認められる場合には、提訴者は、少なくとも、濫用的意図がないことの説明責任があると考えるのが、表現の自由と裁判を受ける権利の調整原理として妥当である。

3 しかるところ、反訴原告は、反訴被告らによる訴訟の提起が上記のような異質性を持ち、訴訟遂行の不合理性を縷々指摘しているにもかかわらず、反訴被告吉田がこのような異質の名誉毀損訴訟の提訴(選別も含む)を決断し、訴えを追加し、多数の敗訴判決を前にして控訴・上告した理由の説明を求めても、これに正面から答えていない。一例を上げれば、反訴被告らは、全部敗訴事件はすべて控訴・上告しながら、一億円もの高額の賠償を求めた実質敗訴(一部勝訴)事件を控訴しない理由について「紛争の早期解決」の一言で済ませているが、堅固な思想のもとに巨大企業を統率する反訴被告吉田の説明としては、極めて不十分、不合理である。
したがって、反訴原告は、反訴被告吉田を尋問することで、上記の不合理、不自然な事実を合理的に説明できないことを明らかにし、反訴被告らが提起した名誉棄損訴訟の違法性を立証する。

4 なお、反訴被告らは、災害被害者に対し多額の義捐金を拠出しているとして、これを理由に、反訴原告の論評は誤りであり反訴被告らの名誉を侵害しているとの主張を繰り返しているが、前提事実に誤りのない論評の当否や正誤の指摘は、そのような対向する言論で行うのが言論の自由とこれを基礎とする民主主義の大原則である。仮に、篤志家であったとしても、篤志家であることと、前提事実に誤りのない事実についての論評(批判)を不当な論評として裁判手続きを利用し抑圧することが許されるかは、全く別論であることは言うまでもないことであるが、敢えて付言する。

 公平の観点から、これに対する、反訴被告代理人弁護士今村憲が起案した「意見書」(10月19日付)当該部分の全文も、掲記しておきたい。こちらも、比較の対象としてよくお読みいただきたい。どちらに説得力があるか、一見明白ではないか。

 反訴原告は,本件における前訴そのものというよりも,他の訴訟との関係等について尋問する必要がある旨主張しているように受け取れるが,反訴原告が本件において訴訟対象としている訴訟は,あくまでも本件における前訴のはずであり,当該前訴そのものが違法と言えるかが審理及び判断の対象のはずである。当該前訴を提起した理由,控訴及び上告受理申立てをした理由は,それぞれ,訴状,各準備審面,控訴理由書及び上告受理申立理由書に記載のとおりであり,他の訴訟との比較を検討するまでもなく,当該前訴自体,相当の法的根拠があるものであり,不当提訴などと判断される余地など全くない。反訴被告らの主張が相当の法的根拠があることは,前訴の第1審及び控訴審の判決文の当事者の主張にも整理されているが,本件訴訟においては,訴状,控訴理由書及び上告受理申立て理由書は提出済みであるが,準備書面は提出していなかったので,反訴被告らの主張が相当の法的根拠があることをより一層明らかにするための裏づけ証拠として,また反訴被告吉田をいまさら尋問する必要など全くないことの証拠として,念のため提出しておく。

裁判所は主張との関連性で、吉田嘉明尋問の必要性を判断することになる。が、それとは別の観点から、私は吉田嘉明の法廷での弁明を聞きたい。

昨日のブログでも述べたが、吉田嘉明には、逃げず隠れずに、法廷で思うところを述べてもらいたいものと思う。この訴訟、もともとは、吉田自身が提起したものだ。その元はと言えば、やはり吉田が週刊新潮に書いた手記が発端。言わば身から出た錆なのに、自分の手記を他人が批判したら、それはけしからん、許せんと高額訴訟を仕掛けたのも、スラップ批判に過剰反応して請求額を3倍増したのも、ほかならぬ吉田自身ではないか。この「反撃裁判」も、吉田が原告となって、債務不存在確認請求訴訟として始まったものだ。ならば、法廷の締めくくりくらいは、人任せにせず、堂々と法廷で吉田自身の言葉で、その言い分を述べるがよいではないか。

吉田嘉明よ。あなたは「本物、偽物、似非もの」と並べることがお好きなようだ。たとえばあなたはこう発言している。

「似非日本人はいりません。母国に帰っていただきましょう。」
本物、偽物、似非ものを語るとき在日の問題は避けて通れません。この場合の在日は広義の意味の在日です。
いわゆる三、四代前までに先祖が日本にやってきた帰化人のことです。
そういう意味では、いま日本に驚くほどの数の在日が住んでいます。同じ在日でも日本人になりきって日本のために頑張っている人は何の問題もありません。
立派な人たちです。
問題なのは日本人として帰化しているのに日本の悪口ばっかり言っていたり、徒党を組んで在日集団を作ろうとしている輩です。
いわゆる、似非日本人、なんちゃって日本人です。政界(特に民主党)、マスコミ(特に朝日新聞、NHK、TBS)、法曹界(裁判官、弁護士、特に東大出身)、官僚(ほとんど東大出身)、芸能界、スポーツ界には特に多いようです。
芸能界やスポーツ界は在日だらけになっていてもさして問題ではありません。影響力はほとんどないからです。問題は政界、官僚、マスコミ、法曹界です。国民の生活に深刻な影響を与えます。私どもの会社も大企業の一員として多岐にわたる活動から法廷闘争になるときが多々ありますが、裁判官が在日、被告側も在日の時は、提訴したこちら側が100%の敗訴になります。裁判を始める前から結果がわかっているのです。
似非日本人はいりません。母国に帰っていただきましょう。

おそらく、あなたは「自分は本物」だとお考えなのだろう。しかし、今、あなたのホンモノ度が問われている。イザというときに逃げ隠れするのは、「本物」ではなく、卑怯未練の「偽物」あるいは「似非もの」と言われても仕方なかろう。

自らが「本物」であることを証明するには、法廷で自らの信念を堂々と述べることだ。そのためには、次回までに裁判所に自らの本人尋問を申請すればよい。裁判所は文句なく採用することになる。そのときには、私もあなたを見直すことにしよう。
(2018年10月26日)

明日・10月26日(金)の法廷で、吉田嘉明尋問採用の予定 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第138弾

10月26日(金)午後1時30分~415号法廷。
(東京地裁・4階、誰でも傍聴できます)
人証採用決定の法廷を傍聴にお越しください。

DHCと吉田嘉明が、私(澤藤)を被告として6000万円を支払えと訴訟提起したのが「DHCスラップ訴訟」。まずは、私の至極真っ当なブログでの言論にいちゃもん付けての2000万円の請求。私が、このDHC・吉田嘉明の提訴は違法なスラップ訴訟だとブログで批判した途端に、6000万円への請求金額の増額だった。

いったい何を考えてこんな非常識でムチャクチャな負けることが分かりきった裁判をやったのか。吉田嘉明は、自分に対する批判者を威嚇し恫喝したのだ。「オレを批判すると、裁判という面倒なことになるぞ。オレに対する批判はやめておいた方が身のためだ」という威嚇である。訴訟の煩わしさと嫌がらせの直接の対象は被告とされた私だが、威嚇と恫喝の対象は私に限られたものではない。社会全体を威嚇し恫喝しているのだ。

民事訴訟とは、自分の権利が侵害されたときにその救済を求めてするもの。権利の救済のための提訴はすべての人に保障された権利である。だが、その権利の行使に藉口して、実は政治権力や社会的強者が、他者の表現の自由を侵害することは許されない。DHCと吉田嘉明はそれをやった。

だから、DHC・吉田嘉明から私(澤藤)に対するスラップ訴訟では、当然のことながら私が勝訴した。DHC・吉田嘉明は東京地裁から東京高裁・最高裁まで粘って、最大限の嫌がらせをし敗訴し続けて確定した。私は勝訴したが、しかし、それだけではどうにも釈然としない。

私は、自分が被告とされた違法な提訴に勝訴して火の粉は払ったが、不当提訴への応訴のために私と私を支援してくれた方が費やした、金銭的・労力的・時間的損害はそのままとなっている。損害は回復されていないのだ。言わば、やられ損のまま。DHC・吉田嘉明の側は、やり得のままではないか。DHC・吉田嘉明が意図した社会に対する威嚇の効果も払拭されていない。これは、表現の自由が萎縮したままであるということでもある。だから、私(澤藤)はDHC・吉田嘉明に対する「リベンジ訴訟」に踏み切った。違法な訴訟を提起して言論の自由を侵害したDHC・吉田嘉明にきちんとした責任をとらせようということなのだ。

そのリベンジ訴訟もいよいよ大詰めとなっている。明日(10月26日)、私(反訴原告)と吉田嘉明(反訴被告)の各本人尋問申請に採用決定がある。そして、次々回に本人尋問の証拠調べ期日があって、あとはそれぞれが最終準備書面を提出して結審となる。

ところで、2018年8月31日の下記ブログでは、人証の申請を4名とする予定であることをお知らせした。
http://article9.jp/wordpress/?p=11001
「DHC私は買いません」「デマとヘイトとスラップのDHC製品は買ってはいけない」 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第137弾

以下の4名である。
1 反訴原告本人 澤藤統一郎
2 反訴被告本人 吉田 嘉明
3 証人(反訴被告会社顧問弁護士) 今村 憲
4 証人(反訴被告会社総務部法務課)杉谷義一

この4人証で、本件スラップ訴訟提起の動機や提訴規準について明らかにするつもりだった。が、その後の検討の結果、我が弁護団は正式な尋問申請を、下記の二人に絞ることにした。
1 反訴原告本人 澤藤統一郎
2 反訴被告本人 吉田 嘉明

今村憲(弁護士)の証人採用には、今村自身が相当の抵抗をするだろうことが予想されていた。裁判所もそう思ったろう。弁護士として、真実に反するいい加減な証言は許されない。場合によっては、懲戒請求も偽証罪の告発もありうる。弁護団での議論の結果、本筋からはずれた余計な紛争は避けて、立証の必要に徹した人証申請に絞るべきではないかという見解にまとまった。そこで敵性の人証の申請は、反訴被告本人の吉田嘉明だけとすることになり、常識的には、これで人証採用に揉める要素はなくなった。訴訟の常道としては、結審前に原被告尋問をすることになる。

反訴原告には吉田嘉明は敵性の人証である。しかし、本件での最大の論点となる要証事実が、前訴(スラップ訴訟)の提訴意図にある以上、提訴者本人に問い質さざるを得ないことが山ほどある。私に対する提訴や請求の拡張が、吉田批判の言論の封殺と萎縮をねらったものであることを立証するには、彼の尋問が不可欠である。少なくとも、自己の権利救済という意図を凌駕する、言論封殺の提訴意図ないし提訴動機の存在を尋問で明らかにしなければならない。

どうして10件もの同種提訴が必要だったのか。どのような規準で、提訴案件を絞り込んだのか。なぜ、高額訴訟を提起したのか。なぜ、見込みもない控訴・上告を繰り返したのか。自白を強要するのではなく、具体的に周辺事実を問い質し、事実を明らかにすることによって提訴の主たる動機を立証したいということなのだ。

ところが、今回今村憲が訴訟代理人として作成した反訴被告(DHC・吉田嘉明)の意見は、原被告尋問とも必要なしという。これはおかしい。不思議でもある。この意見書、1頁と少しのごく短いもの。短いだけでなく、説得力もまったくない。私には、とりあえず形だけ出しておいたという書面としか見えない。

私は言いたい。吉田嘉明よ、逃げずに法廷で思うところを述べたらどうだ。この訴訟、もともとは、あなた自身が提起したものだ。その元はと言えば、あなたが週刊新潮に書いた手記が発端。言わば、身から出た錆。にもかかわらず、自分の手記を他人が批判したら、それはけしからん、許せんと高額訴訟を仕掛けたのはほかならぬあなた自身だ。

しかし、吉田嘉明よ。あなたにも言い分がないはずはない。それを思いの丈、法廷で述べるがよいではないか。裁判官も、われわれも、傍聴者も、あなたの法廷の発言を遮ったり、妨害したりはしない。堂々と、信じるところを述べてしかるべきではないか。

森友学園を経営している籠池泰典という人物が知られている。彼の思想は教育勅語礼賛で、到底今の時代に受け入れられるものではない。しかし、彼の態度は常に臆するところなく、堂々としている。卑怯未練の振る舞いがない。逃げ隠れすることなく自己の所信を、明瞭に述べる彼の姿勢はすがすがしい。いま彼の思想に反対する者は多数だが、彼を軽蔑する者はいないのではないか。

吉田嘉明よ。「逃げた」「隠れた」「卑怯」などと言われることは、本意ではあるまい。文章を見れば、雄弁と思わせるあなたのことだ。陰に身を潜めていないで、自らの本人尋問を申請せよ。公開の法廷で堂々と語れ。私に6000万円を請求した真の動機を。
(2018年10月25日)

イエス・ワコール、ノー・DHC

「『実習生の人権侵害ないか』ワコール、委託先に異例調査」「人権軽視は経営リスク…実習生制度に批判、企業も危機感」という本日(10月15日)の朝日デジタル記事。これは立派なものだ。まずは、ワコールに敬意と賞讃の意を示したい。そして、いち早くこのことに着目して記事にした朝日にも敬意を表さねばならない。

私はワコールという企業についてほとんど何も知らない。ブランドイメージの認識もない。しかし、外国人技能実習生の人権に配慮することで、ブランドイメージを維持し向上しようという、この企業の姿勢を好もしいと思う。ヘイト丸出しのDHCとは、月とスッポン、提灯と釣り鐘、それこそ雲と泥との差。民主主義国日本の消費者は、コンプライアンス重視のワコールの経営を順調に育てなければならない。また一方、在日差別を広言してスラップを濫発するDHCの経営に懲罰を与えなければならない。そのような消費者の企業選択の行動を通じて、よりよい社会の構築がはかられるのだ。

朝日はこう報じている。

 女性下着大手のワコールホールディングス(HD、本社・京都市)が、自社製品の製造工程にかかわるサプライチェーン(製品供給網)に、外国人技能実習生の人権を侵害している会社がないかどうかの調査を始めた。賃金不払いなどの不正行為があれば改善を求める。応じない場合は取引そのものを見直す。

 グループ会社にとどまらず、製品の調達元までさかのぼって外国人を人権侵害から守ろうという取り組みは日本の企業では異例だ。技能実習制度への批判が国内外で高まるなか、人権を軽視すれば企業ブランドに傷が付きかねないリスクが企業を動かしたかたちで、同様の動きが他企業に広がる可能性もある。

 調査は、ワコールHD傘下のワコールとルシアンが今夏から始めた。主力の下着ブランド「ワコール」「ウイング」の国内の生産委託先60工場のうち、外国人労働者が働く約40工場が対象で、計538人の技能実習生が働く。40のうち32工場はグループと資本関係がない取引先だ。

 ワコールHDの社員らが全国の工場を訪ね、「この3年間に労働基準監督署などから是正勧告を受けていないか」「実習生の労働時間はタイムカードなど客観的な記録があるか」「賃金は最低賃金額以上を払っているか」など約25項目をチェックする。

 工場側には、実習生との雇用契約書、労働条件通知書など約30の書類を用意してもらう。実習生の受け入れ窓口となっている監理団体が、企業を監査した結果を記した報告書もチェックする。同社は「現場の責任者に実習生の人権に関して意識を高めてもらうのが狙い」と説明する。

 調査は年度内に終える予定。不正行為があれば見直しを求め、隠したり改善指導に従わなかったりすればサプライチェーンから外し、取引を打ち切る場合もある。

さて、ワコールはどうしてこのような「異例の」決断をして調査に乗り出したのか。
今春、ワコールHDのグループ会社の生産委託先で実習生に対する賃金未払いの疑いが浮上。『人権重視』を掲げていた同社は、経産省の要請に応じて、先陣を切って大規模調査に踏み切った」のだという。

ワコールHDのコメントが引用されている。「ブランドに対する信頼は想定以上にもろい。サプライチェーンに、技能実習生受け入れ企業を迎えるリスクを認識する必要がある」(IR・広報室)というもの。

「ブランドに対する顧客の信頼」が「人権重視」にかかっているという認識なのだ。ワコールホールディングスのホームページを開いてみた。CSRのコーナーがたいへん充実している。
(CSRとは、corporate social responsibilityの略語。企業の社会的責任と訳される)
https://www.wacoalholdings.jp/csr/index.html

経済・環境・社会、
すべてにおいて、持続可能な未来のために。
社会から存在を期待される企業で
あり続けるために。

企業においては、商品やサービスをお客さまに提供するだけでなく、
環境への配慮、社会への積極的な貢献、そして法令遵守や人権尊重といった、
「企業も社会を構成する一員」であることを自覚した活動が求められています。

人権の尊重 人を大切に
「ワコールの行動指針」では、人権に関して次の方針を明示しています。
人権を保護し、個人を尊重します
安全、清潔、快適な職場環境を維持します
安全な商品を企画、研究・開発し、生産、販売します

個人の尊重
ワコールはお互いの人権を守り、人としての品格を備え、切磋琢磨し、深い人間愛に満ちた集団であることを目指します。個人を尊重し、従業員の持つ多彩な能力と多様性を、最も価値のある資産のひとつとして、自律型人間集団を作ることを目指しています。

職場での差別の禁止
職場においては、すべての人が公正に処遇されなければなりません。国籍、人権、皮膚の色、宗教、性、性的傾向、年齢、家系、出身地、知的および身体的障がい、健康上の問題、社内での地位、その他、人権に係わるすべての不当な差別や嫌がらせを絶対に許さず、厳重に処分することを定めています。
 
地域の活動に参加
京都人権啓発企業連絡会に加盟し、積極的に人権啓発運動に参加しています。また、京都人権啓発企業連絡会による「人権に関するビデオ」を用いて、新入社員教育を行っています。

セクシャルハラスメント、パワーハラスメントへの取り組み
ワコールグループにおいては、「相互信頼」の精神のもと、従業員全員が、社内はもちろん、社会の人々に信頼される人間たることを、強く願い求めてきました。「個人の人格権に関わる基本方針と取り組みについて」通知をおこない、未然に防止し、排除する体制を整備しています。
個人としての尊厳を不当に傷つける社会的に許されない行為であるとともに、従業員の能力の有効な発揮を妨げ、会社にとっても職場秩序や業務の遂行を阻害し、社会的評価に影響を与える問題と認識しています。
禁止行為及び取り組み事項を定めるとともに、通報者である従業員のプライバシーを保護し、相談・苦情による不利益な取り扱いを受けることがないように十分配慮をしています。
各事業所には、相談・苦情窓口を設置しており、社内ホットラインの利用も含め、誰でも遠慮なく相談することができます。また、苦情や相談内容についての秘密やプライバシーは固く守られ、迅速で的確な対応がとられています。
人事部の相談・苦情窓口担当者が外部研修に参加し、対策立案に役立てています。
意識啓発と未然防止等を目的に、管理職層対象研修を実施しています。
年2回、「セクハラ・パワハラ防止体制について」の通知をイントラネット上で行い、周知を図っています。
 
安全な商品(消費者の権利)
お客さまの視点に立った安全性の高い商品は、ワコールにとって当然の責務であり、消費者の人権を尊重し、安全・安心を大切にし、また信頼される対応を心がけます。

これまで知らなかったが、ワコール立派なものではないか。これに比較する目で、DHCのホームページを眺めてみよう。
https://top.dhc.co.jp/company/jp/
みごとなまでに何にもない。IRも、企業倫理も、CSRもまったくないのだ。あるのは商品宣伝だけ。儲け以外には、なんの関心も示されていないのだ。

朝日よ。ワコール賞讃の記事を書くだけでは、不十分ではないか。きちんと、ヘイト企業DHCを取材して、その実態を報道してはどうだ。朝日が書けなければ、志あるジャーナリストよ、出でよ。
(2018年10月15日)

DHCテレビ番組のYouTube配信一部停止 ― 「差別的動画」通報運動の盛り上がり

インターネット動画配信事業者である「DHCテレビ」、フルネームは「株式会社DHCテレビジョン」。あの吉田嘉明が代表取締役会長の任にあり、株主は株式会社ディーエイチシーだけという一人会社。この業者が配信する番組「ニュース女子」が、デマとヘイトの放送で一躍悪名を馳せたのはご存じのとおり。しかも、BPOに批判されてなお、まったく反省する姿勢を見せないことでDHCテレビの悪名は不動のものとなった。

「ニュース女子」だけではない。やはりDHCテレビが配信する「真相深入り!虎ノ門ニュース」も同様の問題を抱えている。こちらは、この番組にお似合いのアベ晋三が出演(9月6日)し、「密かに見ている。非常に濃い」などとおべんちゃらを述べたことで一躍有名になった。アベとは何者かを、如実に示したのだ。

その「虎ノ門ニュース」について、配信媒体であるYouTubeが自社のポリシーに反するものとして、番組ライブ配信の一部停止に踏み切った。

9月19日、DHCテレビのホームページは、「YouTubeチャンネルについてのお知らせ」を掲載した。その全文を引用する。

平素よりDHCテレビジョンをご覧いただき、誠にありがとうございます。
2018年9月19日、YouTubeはDHCテレビが10月5日に放送を予定していた「真相深入り! 虎ノ門ニュース」金曜日について、「ガイドラインに違反している」として、ライブ配信予定のページ削除を行いました。
これに伴い、YouTubeから科せられたペナルティとして、9月19日配信分の当社番組「DHCキレイを磨く! エクストリームビューティ」のライブ配信が停止されました。
また10月5日を除く、虎ノ門ニュース及び当社制作番組のライブ配信については、問題なく配信できるかどうかは今のところ不明です。
なお、まだ配信されていない番組を削除した経緯や理由について、YouTubeは「スパムと欺瞞的行為に関するポリシーに違反したため」と通告するのみで、具体的な内容についての言及はありません。
 現在、当社ではYouTubeに対して異議申し立てを行っており、従来どおり番組をライブ配信できるよう鋭意努力しておりますが、YouTubeにてDHCテレビをチャンネル登録して御覧頂いている皆様には、最新番組が表示されない可能性があります。
その場合はDHCテレビの公式ホームページにアクセスすると、最新番組をご覧頂きやすくなりますので、是非DHCテレビ公式ホームページをご活用いただきたく存じます。
2018年9月19日 DHCテレビジョン

YouTubeは、「ライブ配信予定のページ(10月5日放送予定の「虎ノ門ニュース」)削除を行いました。」「YouTubeから科せられたペナルティとして、9月19日配信分の当社番組「DHCキレイを磨く! エクストリームビューティ」のライブ配信が停止されました。」というのだ。DHCテレビは、YouTubeからの通告をそのまま転載していない。だから、「ライブ配信予定のページ削除」の意味が必ずしも明確ではなく、隔靴掻痒の感を否めない。それでも、DHCテレビが慌てふためいている様はよく分かる。

いったい何が起こっているのだろうか。
産経新聞(8月6日)が、「ユーチューブの保守系チャンネルが相次ぎ閉鎖 『削除の基準、不透明』と批判」という記事を掲載している。産経だから、「保守系チャンネル」の側に立っての記事なのだが、およそ問題のあらましが推測できる。

差別発言の撲滅か、言論の自由の侵害か-。動画配信サイト「ユーチューブ」で5月以降、中国や韓国に批判的な保守系動画投稿者の利用停止が相次いでいる。背景には「差別的な動画」への通報運動の盛り上がりがあるが、一方で投稿者らは「差別的発言ではない」「削除基準が不透明」として反発を強めている。
「私は中国や韓国の政府や民族に対して政治的な批判をすることはあるが、出身民族の差別は絶対にしていない。これは言論テロ」。登録者数約15万5千人を数えた動画配信「竹田恒泰(つねやす)チャンネル」を5月に停止された、明治天皇の玄孫で作家の竹田恒泰氏は、そう憤る。
ユーチューブは投稿ルールで、人種や民族的出自に基づく暴力や差別の扇動を禁じている。運営側がルール違反と判断した場合、投稿者に警告が届き、3カ月以内に3回続くとアカウント(開設権)が停止される。竹田氏は5月23日夜に最初の警告を受け、24日早朝までに2回目と3回目が続き停止となった。現在は予備アカウントで配信を再開している。
 竹田氏によると、ユーチューブでの通報運動は匿名掲示板「5ちゃんねる」で5月半ばに始まり、対象リストや通報の方法などが拡散。7月上旬までに200以上の保守系チャンネルが停止され、22万本以上の動画が削除されたという。

なるほど、「保守派の差別的な動画」が、ユーチューブの「投稿ルール」に抵触したことで、警告が発せられ、配信停止になったのだ。産経の表現では、「中国や韓国に批判的な保守系動画」が、ユーチューブ側から見たら看過できない「デマとヘイト」。表現の自由を看板にするYouTubeも、さすがにこの事態を放置できなくなったということなのだ。

YouTube 社のホームページに次のコメントがある。
ライブで配信するすべてのコンテンツは、YouTube のコミュニティ ガイドラインと利用規約に準拠している必要があります。コミュニティ ガイドラインに違反するコンテンツをライブ配信していると思われる場合、YouTubeはそのライブ配信に年齢制限を設けたり、削除したりする場合があります。また、YouTubeは独自の裁量により、クリエイターのライブ配信機能を制限する権利を有します。

ライブ配信が制限されると、アカウントに対しても違反警告を受けることがあります。その場合、3か月間はライブ配信ができなくなります。アカウントのライブ配信を制限されている方が、別のチャンネルを使用してYouTubeでライブ配信を行う行為は禁止されています。これは、アカウントへの制限が有効である限り適用されます。この制限に対する違反は利用規約の迂回とみなされ、アカウントが停止される場合があります。

悪意のある表現に関するポリシー
YouTube では表現の自由を支持し、あまり一般的でない意見でも自由に表現できるように努めていますが、悪意のある表現は許可されません。
悪意のある表現とは、次のような特性に基づいて個人や集団に対する暴力を助長したり差別を扇動したりするようなコンテンツを指します。
人種または民族的出自
宗教
身体障がい
性別
年齢
従軍経験
性的指向性 / 性同一性

悪意のある表現と見なされるかどうかは紙一重で決まります。たとえば、一般的に民族国家を批判することは許容されますが、出身民族だけの理由で差別を扇動することが主な目的のコンテンツは YouTube のポリシーに違反すると見なされます。また、宗教など上記のような特性に基づいて暴力を助長するコンテンツも同様です。

悪意のあるコンテンツを報告する

コンテンツがYouTubeの悪意のある表現に関するポリシーを遵守していないと思われる場合は、YouTubeに報告して確認を求めることができます:

不適切なコンテンツの報告
YouTube では、不適切と思われるコンテンツを YouTube コミュニティのメンバーに報告していただいています。コンテンツの報告は匿名で行われるため、誰が動画を報告したかは他のユーザーに開示されません。

問題を報告しても、自動的にコンテンツが削除されるわけではありません。報告されたコンテンツは、次のガイドラインに沿って審査されます。
コミュニティ ガイドラインに違反しているコンテンツは YouTube から削除されます。

デマとヘイトの報告は下記のURLから。
https://support.google.com/youtube/answer/2801939?hl=ja

DHCテレビ番組のデマとヘイトについて、大いに報告を実行しよう。DHCの吉田嘉明とは、民族差別を公言して恥じない人物なのだから。自浄能力はない。外部からの強制による矯正が必要なのだ。既に実践している人たちの地道な努力で、成果は上がっている。これに続く努力を積み重ねよう。

そして、もう一言。産経が、「差別発言の撲滅か、言論の自由の侵害か-」と問題設定をしているのは、笑止千万というべきである。そもそも言論の自由とは、「デマやヘイトの自由」を意味しない。しかも、「表現の自由」とは、権力や強者を批判する自由にこそ真骨頂がある。アベ一強がヨイショの翼賛番組に、言論の自由を語る資格はない。
(2018年9月24日・連続更新2003日)

「Yes,Nike」「No,DHC」 ― ナイキのキャパニック起用に拍手

これは快挙だ。米スポーツ用品大手のナイキが、新広告キャンペーンのイメージキャラクターに、渦中のNFL選手コリン・キャパニックを起用した。キャパニックといえば、米国の黒人差別に抗議して国家への敬意表明を拒否したスーパースター。国歌斉唱中に起立せず、片膝を付く姿勢(Take a Knee)をとり続けた叛骨の人。その影響力から、俗物トランプとその取り巻きのバッシングを一身に受けて、一歩も引かない人物。今や二つに分かれたアメリカの、理性の半面を象徴する立場となった。

このキャパニックを指して、「国旗を侮辱した人がいた時に、『あのバカ者をフィールドから降ろせ。あいつはクビだ! あいつはクビだ!』とNFLのオーナーが言うのを聞きたいと思わないか?」と演説したのが、ドナルド・トランプという保守派のポピュリスト。アメリカの暗愚の半面を象徴する人物。

アメリカは広い。懐は深い。愚かなトランプ支持者だけがアメリカではないのだ。キャパニックやこれを支持するナイキが、もう一面の別のアメリカを構成している。ナイキのキャパニック起用は、この二つのアメリカが衝突するテーマ。それだけに、ナイキの並々ならぬ決意が窺える。

今回ナイキが発表したキャンペーンの画像では、大写しのキャパニックの顔写真に、“Believe in something, even if it means sacrificing everything”というメッセージが添えられている。我流で、「信じよう。たとえ全てを失っても守るべきものがあることを」と訳してみた。そのsomethingとは、自らの信念に忠実であることの価値、あるいは人種や民族や宗教や言語の差異を超えて人はすべて平等であるという信念、であろう。国家や社会の圧力に屈することなく、たとえ非難を受け、職を失っても、自己の信念に忠実であれという刺激的メッセージ。このキャパニックとナイキの心意気を素晴らしいと思う。

消費者とは、品質と価格だけで商品選択をする存在ではない。少なくも、自覚的な賢い消費者は、市場での商品選択を通じて、社会をよりよいものとする努力をすべきなのだ。ナイキが、人種や民族の平等の価値を意識的に自らのブランドとしているのであれば、人間の平等の実現に賛意を表する消費者は、ナイキの商品を積極的に選択しなければならない。

一方、その正反対に民族差別を公言して恥じない経営体であるDHC・吉田嘉明などの商品を買ってはならない。DHC商品を買うことは、社会の差別を容認し助長する恥ずべき行為なのだ。もちろん、DHCの問題性は差別だけではない。デマとヘイトとスラップとで3拍子揃った反社会性、これに政治家への裏金問題を加えればグランドスラム。「買ってはいけないDHC」「良い子は買わないDHC」なのだ。

ところで、キャパニックの行為は、国家に対する敬意表明の拒否であり抗議でもある。キャパニックの信ずるものは、人の平等という前国家的な価値である。白人も有色人種も同じ尊厳をもつ人間として、国家から平等に扱われなければならない。ところが、米国という国家は、この価値を貶めているものとして敬意を表明するに値しないのだ。極めてわかりやすい。

これに対して、キャパニックの行為を非難する者たちの理由や根拠は分かりにくい。敢えて言えば、国家というものの神聖性というしかない。国家とは、人種差別をしようが、他国を侵略しようと、国家であるだけで神聖であって国民はこれに敬意を表明することが当然で、国家への抗議などもってのほかなのだ。これは、一神教の神に対する信仰以外のなにものでもない。

キャパニックの行為を非難するアメリカの半分は、国家の神聖性という信仰をもっているのだ。トランプを初めとする多くの人々の、知性と理性を投げ捨てた、暗愚な精神に棲み着いた信仰。そう、かつての大日本帝国の時代に、天皇を神として、ご真影や「日の丸・君が代」に、盲目的な敬意の表明を強制したあの時代のごとくに。

日米とも、今なお国家至上主義の信仰と闘っている、理性の人々がいる。星条旗に抗議する人々、「日の丸・君が代」起立斉唱の強制を受け容れない人々に、深く敬意を表する。彼らは、「it means sacrificing everything」を覚悟して、「Believe in something」の姿勢を貫いているのだ。
(2018年9月6日)

「DHC私は買いません」「デマとヘイトとスラップのDHC製品は買ってはいけない」 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第137弾

本日、東京地裁415号法廷で、私が反訴原告となっているDHCスラップ訴訟(反撃訴訟)の口頭弁論期日が開かれた。多くの方に傍聴いただき、とても心強い思い。ありがとうございます。

閉廷後、傍聴参加者から楽しいタグ(札)をいただいた。防衛省へのデモに参加したら、配布していたものという。ラミネート加工した名刺大。表面に「DHC私は買いません」の文字と、ジュゴンとヤンバルクイナ(であろう)のイラスト。「NO HATE」の添え書きがある。なるほど、「ニュース女子問題」での、DHCへの抗議運動体がつくったのだ。センスがよい。可愛らしい。もちろん、DHCではなく、ジュゴンやクイナがである。

裏面は、英語。I BOYCOTT HATEとあって、DHCの文字が駐禁マークの中に閉じ込められている。こちらのイラストはジュゴンだけ。

私は、DHC商品の不買運動を提唱してきた。ことあるごとに、「DHC商品を買うのはおよしなさい」「デマやヘイト、スラップを常習とする、こんな企業は社会から退場させなければならない」「あなたが、DHCの製品を買えば、その分だけデマやヘイト、スラップを助長することになる」「あなたが、DHC製品の購入をやめれば、その分だけ民主主義や社会正義を助長することになる」と発言し続けている。

DHC商品の不買を言い続けているのは、私だけではなかったのだ。こんなに本気で、DHCのボイコットをしている運動体があることを初めて知った。ネットで検索して、「沖縄への偏見をあおる放送をゆるさない市民有志」という市民団体のようだ。

DHC・吉田嘉明は、デマとヘイトとスラップとで無数に敵を増やしているのだ。デマとヘイトとスラップと、こんなにみごとに三拍子揃えた企業も珍しい。DHCの製品が生活に必要不可欠ということはあり得ない。他社の製品に乗り換えればよいだけのこと。消費者のその選択で、デマとヘイトとスラップを防止することができる。

大いに声をあげよう。「DHC私は買いません」「デマとヘイトとスラップのDHC製品は買ってはいけない」

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次回期日は2018年10月26日(金)午後1時30分~415号法廷。今度はヤマ場を迎える。

本日の法廷では、まず反訴原告(澤藤)側が、準備書面(4)を陳述。新しい証拠として、「『ニュース女子騒動』BPOは正気か」という吉田嘉明のiRONNA(産経のネット・サイト)への投稿記事などを提出した。この吉田の投稿は、産経新聞が「ニュース女子騒動、DHC会長が衝撃の反論手記」と報道したもの。

反訴原告の弁護団長光前弁護士から、人証の申請は、次の4名の予定という説明。
1 反訴原告本人 澤藤統一郎
2 反訴被告本人 吉田 嘉明
3 証人(反訴被告会社顧問弁護士) 今村 憲
4 証人(反訴被告会社総務部法務課)杉谷義一
本件スラップ訴訟提起の動機や提訴規準については、反訴被告本人と顧問弁護士の尋問が不可欠である。また、乙15-1のブログ記事によれば、反訴被告会社総務部法務課の杉谷義一という社員が、反訴被告を批判するブログの削除を要求している。この社員が提訴を担当していたとみられ、経緯を明確にするため証人採用が必要である。本日の反訴原告準備書面への反論の有無を見極めた上で、立証趣旨と尋問事項を確定したい。

これに対して、DHC・吉田嘉明側の代理人から、反論の準備書面を提出したい。との要望があって、最終的に次のスケジュールが決まった。

DHC・吉田嘉明側の反論準備書面提出期限を9月19日、
澤藤側の証拠申出書の提出期限を10月5日、
DHC・吉田嘉明側に証拠採用に反論あれば10月19日、

を各期限として各書面を提出する。

その上で、次回期日は
2018年10月26日(金)午後1時30分~ 415号法廷
となった。

次回には、人証の採否が決まる。事実上の山場になると思われる。

今度は、大事な法廷。皆様、ぜひ傍聴にご参加を。
(2018年8月31日)

次回法廷は、明後日金曜日(8月31日)午後1時30分~ 415号法廷で ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第136弾

民事訴訟の弁論期日は淡々と進行する。スリリングなことは起こらない。傍聴して手に汗握る見せ場などはない。それでも、この法廷という空間で国民の権利が具体化する。法の枠の中でのことではあるが、法廷とは国民の権利を増大し伸長させる場である。が、時には切り縮めることもある。本件は、表現の自由や消費者の権利がどうなるかという重要な事案。ぜひ、応援していただきたい。

DHCと吉田嘉明が、私(澤藤)に6000万円を請求したのが「DHCスラップ訴訟」である。いったい何を考えてこんな非常識なムチャクチャをやったのか。吉田嘉明は、自分に対する批判者を威嚇したのだ。恫喝したと言ってもよい。「オレを批判すると面倒なことになるぞ。オレに対する批判はやめておいた方が利口だ」という威嚇である。

民事訴訟とは、自分の権利が侵害されたときにその救済を求めてするものなのだ。権利の救済のための提訴はすべての人に保障された権利である。だが、その権利の行使に藉口して、実は他人の表現の自由を侵害することは許されない。DHCと吉田嘉明はそれをやった。

4年前の春、私は当ブログで吉田嘉明を3度批判した。今読み直してみて、実に真っ当な批判の言論である。吉田嘉明とDHCは、批判されるべきが当然で、私は、自覚ある主権者の一人として、必要でなすべき責務を果たした思いである。

また、私は当時DHCについても、吉田嘉明についても殆ど知るところがなかった。スラップ訴訟を提起されてから、DHC・吉田嘉明のレイシズムやデマの体質も、右翼陣営のスポンサーとしての役割も、少しずつ、知ることになった。4年前の春、当ブログで吉田嘉明を3度批判した当時は、個人的な怨みもなければ、ことさらに痛めつけようという意図など持ちようがなかった。批判の対象とした吉田嘉明の言動についての情報のすべてが、吉田嘉明自身が週刊新潮に発表した「手記」によるものであった。その手記の内容にふさわしい適切な批判をしたものであって、それ以上でも、以下でもない。

私の吉田嘉明に対する批判は「カネで政治を歪めてはならない」という純粋に政治的な言論である。歪められてはならないとしたのは、消費者のための政治であり、消費者行政であった。私は、常に消費者利益擁護の立場に徹しての言論を心がけている。このときもその立場からの立論だった。どこからどう見ようとも真っ当な言論で、違法と言われる筋合いはまったくない。

もとより、政治的・社会的強者は批判を甘受しなければならない。言論の自由とは、強者を批判する権利を意味する。ところが、吉田嘉明には批判甘受の度量がなかった。自分で発表した手記に対する批判がよほど応えたようだ。その結果、過度にうろたえての思慮を欠いた所業が、高額請求の訴訟提起。合計10件のスラップ訴訟の大量提訴だった。普通、こんな勝ち目のない提訴を大量に提訴することは考えられない。弁護士費用や訴訟費用が厖大になるからだ。侵害された権利回復を目的として、こんな濫訴はあり得ない。費用無視、コストパフォーマンス無視のスラップ訴訟なればこその高額請求訴訟の濫発である。自分の権利救済ではなく、批判者を脅かすことが目的なのだ。高額訴訟の提起で脅かせば、へなへなと萎縮して批判を差し控えるだろうと思い込んでのことなのだ。

私に対する「黙れ」という恫喝が、当初は2000万円のスラップ訴訟の提起だった。私が黙らずに、スラップ批判を始めたら、たちまち提訴の賠償請求額が6000万円に跳ね上がった。なんと、理不尽な3倍増である。この経過自体が、言論封殺目的の提訴であることを雄弁に物語っているではないか。

そのスラップ訴訟は私(澤藤)の勝訴で確定したが、DHC・吉田嘉明が意図した、「吉田を批判すると面倒なことになる」「面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだ。だから吉田嘉明を刺激せずに批判は差し控えた方が賢い」という社会に蔓延した風潮は払拭されていない。スラップに応訴のための私の出費や労力も補填されてはいない。そこで、今私は、DHC・吉田嘉明を被告として、スラップ提訴が不法行為となるという主張の裁判を闘っている。これが「反撃訴訟」「リベンジ訴訟」などと呼んでいるもの。「反撃」とは、DHCスラップ訴訟の提訴自体が違法であることを理由とした、私からDHC・吉田嘉明に対する660万円の損害賠償請求。係属部は、東京地裁民事第1部合議係。

その「反撃訴訟」の次回口頭弁論期日が、明後日金曜日(8月31日)午後1時30分から、東京地裁415号法廷で開かれる。ぜひ傍聴いただきたい。

次回閉廷後には、いつものとおり、短時間だが資料も配布して弁護団からの経過説明や意見交換をしたいと思う。公開の法廷は、だれでも、なんの手続も不要で傍聴できる。報告集会への参加も自由。よろしくお願いします。

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ところで、私はDHCに対する責任追及の訴訟を継続しているだけでなく、DHC商品の不買運動を提唱している。ことあるごとに、「DHC商品を買うのはおよしなさい」「デマやヘイト、スラップを常習とするような企業は社会から退場させなければならない」「あなたが、DHCの製品を買えば、その分だけデマやヘイト、スラップを助長することになる」「あなたが、DHC製品の購入をやめれば、その分だけ民主主義や社会正義を助長することになる」と発言し続けている。

私の弁護士としての活動の大きなテーマの一つが、消費者利益の擁護である。弁護士の仕事としての個別事件としての消費者被害救済の重要性はいうまでもないが、弁護士会活動の、あるいは消費者問題に取り組む弁護士集団の課題は、消費者主権の確立にある。

消費市場における消費者とは、実は労働者であり、勤労市民であり、中小業者であり、年金生活者であり、学生・児童などなど…。生活者としての国民にほかならない。その生活者が、自覚的な消費者として市場における賢い行動によって、よりよい社会を築くことができるのではないか。これが「消費者主権」の基本的な考え方。

宣伝に操られて少しでも安いものを求める受動的な消費者から一歩抜け出て、自らの消費行動における選択が社会の持続性や平和や民主主義にどう関わるかということを考える「賢い消費者」となろう、という運動の提唱でもある。

まさしくDHCこそが、典型的な「賢い消費者が排斥すべき企業」であり、「賢い消費者が買ってはならない商品を販売している企業」である。ヘイトやスラップを事として恥じない企業には、賢い自覚的な消費者の選択によって、社会から退場してもらわねばならない。

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消費者主権の考え方が、世に浸透してくると、賢い消費者をターゲットにした市場戦略を練る企業が現れる。そのような企業のなかでカタログハウスに注目したい。あの「通販生活」誌で有名な通販業者。取り扱い商品として、食品もあれば化粧品もある。DHCと競合している部門に焦点を当てたい。

この会社のホームページでは、自らの企業思想を「下を向いて歩こう」と表現している。「下」とは地べたのこと、有限な地球環境を意味している。地球環境の持続可能性を第一義とし、その持続を可能とする企業であることが謳われている。

同じことが、「20世紀型経済成長論の破綻」とも表現されている。つまりは、「消費増加は善」ではないというのだ。「消費増加⇒生産増加⇒雇用増加⇒貧困解消」というサイクルを良しとする抜きがたい発想への深刻な疑問である。「ビジネス満足」と「地球満足」とは対立するものととらえられ、『どれだけ消費すれば満足なのか』(アラン・ダーニング1996)が紹介されている。この書物は、「地球は「消費」に耐えられるか。環境と公正と文化の視点からの消費社会論」「過剰消費が環境を危機に追いやっている。消費をエコロジーの観点から問い直し、真の充足を得る脱消費型ライフスタイルを探る」というキャッチコピーで売り出されているもの。こんな書物をホームページに掲げるのだから、そもそも、「売らんかな」の精神に乏しい。「売れれば売れるほど、儲かるからよし」ではないのだ。

この基本姿勢で、この企業は幾つかの「憲法」をもっている。まずは、2018年版カタログハウスの「商品憲法」というもの。
第1条 できるだけ、「地球と生物に迷惑をかけない商品」を販売していく。
第2条 できるだけ、「永持ちする商品」「いつでも修理できる商品」を販売していく。
第3条 できるだけ、「寿命が尽きた商品」は回収して再資源化していく。
第4条 できるだけ、「ゴミとCO2 を出さない会社」にしていく。
第5条 できるだけ、「メイド・イン・ジャパン」の買い物で雇用を増やしたい。
第6条 大型家具は「震度6強」テストを受けて倒れにくかったものにかぎり販売していく。
第9条 できるだけ、核ミサイル、原子力潜水艦、戦闘機、戦車、大砲、銃器のたぐいは販売しない。

さらに、「食品憲法」というものもある。
第1条 「自然の食材だけでつくった食品」以外は売りません。
第2条 にがり、かんすいのような「伝統的添加物」および珊瑚カルシウムのような「天然由来添加物」以外の食品添加物を使った食品は売りません。
第3条 農薬の使用実態や残留量を調べて、はっきりしない食品は売りません。
第4条 放射性物質(セシウム134/137)は国の基準(100ベクレル/キロ)よりも厳しい小社基準(20ベクレル/キロ)を定めて、これを超えている食品は売りません。
第5条 食品の廃棄ロスをできるだけ減らすために、賞味期限が6ヵ月以上残っている食品は出荷します。

その下位法に当たるのであろう「「食品」の売らないルール」という具体的規則もある。
1.食品添加物を添加した食品は売らない。
2.主要原料に遺伝子組み換え作物を使用した食品は売らない。
3.主要原料に農薬の使用実態や残留が不明な農作物を使用した食品は売らない。
4.輸入牛やそれらを由来とする素材を使用した食品は売らない。
5.主要原料に抗生物質など、薬品類の使用実態や残留が不明な畜産物・海産物を使用した食品は売らない。
6.食品に触れる包装材に塩化ビニル、ポリカーボネート、エポキシ樹脂が使われているものは売らない。
7.製造工程と生産管理体制(金属検出の対策など)の確認ができない食品は売らない。
8.放射能残留検査で「小社基準」を上回った食品は売らない。

「化粧品憲法」は次のとおり。
第1条 【トレーサビリティ】全ての成分について、由来原料と主要産地を公開しています。
第2条 【敏感肌成分基準】石油由来成分やシリコーン、紫外線吸収剤は原則、使っていません。肌負担につながる成分は極力避けています。
第3条 【安心仕様ルール】敏感肌の人でも安心して試せます。1ヵ月使ってみて肌に合わなかったときは全額返金します。
第4条 【6人の専門家チェック】6人の専門家たちのチェックに合格しない商品は販売しません。

「化粧品」の売らないルール
1.石油由来成分(界面活性剤、色素、香料)を使用しているものは売らない。
2.旧表示指定成分を使用しているものは売らない。
3.紫外線吸収剤を使用しているものは売らない。
4.光毒性のリスクある成分を使用しているものは売らない。
5.シリコーンを使用しているものは売らない。
6.牛由来成分、ホルモン類を使用しているものは売らない。
7.放射線量測定で厚生労働省の「乳幼児食品の安全基準」を超えるものは売らない。
8.ヒトパッチテストによる皮膚刺激性試験で、肌への刺激が極力弱いことが確認できないものは売らない。
9.目に入りやすい化粧品は動物を使わない眼刺激試験で、「無刺激性」または「軽度刺激性」と確認できないものは売らない。
10.6名の専門家による商品チェックに合格しない商品は売らない。

これと対極にあるものが、話題になった「電通十訓」。これこそ、企業の本音。経営体が、資本主義の荒波を乗り切るための体消費者基本戦略である。

 1 もっと使わせろ
 2 捨てさせろ
 3 無駄使いさせろ
 4 季節を忘れさせろ
 5 贈り物をさせろ
 6 組み合わせで買わせろ
 7 きっかけを投じろ
 8 流行遅れにさせろ
 9 気安く買わせろ
10 混乱をつくり出せ

体系的な整序がイマイチだが、要は、「消費者には無駄使いさせても、使える物を捨てさせてでも、少しでも多く物を買わせろ」「不要なものでも、欺してでも、消費者に物を買わせろ」という鉄則である。この姿勢なくしては、企業が消費市場で生き残れない。しかし、この「ビジネス満足」は、大きな「地球不満足」を招いて、地球環境の持続性を失わしめることになる。

この「十訓」は、褒められたものではないが、違法とまでは言い難く、経営者の本音であって外的強制なくしてこれを捨てさせることは難しい。当面は賢い消費者の行動を通じての批判を高めるしかない。

強調すべきは、隠れた、禁じ手としての「第11訓」があることだ。これに手を染めれば、違法となり、悪徳といわれる。

11 政治家を利用しろ。政治家に金を渡せ。もちろん禁じ手だから慎重に裏金として。額は多ければ多いほどよい。できれば8億円ほども。その金は生きてくる。いずれは自分の会社の事業を規制する官庁の規制を緩和し、さらには規制そのものを撤廃する企業の自由第一の政治の実現にもつながる。そのために、政治家に渡す金を惜しんではならない。

吉田嘉明が渡辺喜美に8億円を渡したのは、この「第11訓 」の実践である。繰り返そう。「DHC商品を買うのはおよしなさい」「デマやヘイト、スラップを常習とするような企業は社会から退場させなければならない」「あなたが、DHCの製品を買えば、その分だけデマやヘイト、スラップを助長することになる」「あなたが、DHC製品の購入をやめれば、その分だけ民主主義や社会正義を助長することになる」。そして、「カネにまみれた汚い政治を一掃したければ、DHC商品を買うのはおよしなさい」。
(2018年8月29日)

次回法廷は、来週金曜日(8月31日)午後1時30分~ 415号法廷で ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第135弾

DHCと吉田嘉明が、私(澤藤)に6000万円を請求したのが「DHCスラップ訴訟」。いま、その訴訟に続く「反撃訴訟」が東京地裁で継続中である。「反撃」とは、DHCスラップ訴訟の提訴自体が違法であることを理由とした、私からDHC・吉田嘉明に対する660万円の損害賠償請求。その訴訟の次回口頭弁論期日が、来週金曜日(8月31日)午後1時30分から、東京地裁415号法廷で開かれる。傍聴いただけたらありがたい。

4年前の春、私は当ブログで吉田嘉明を3度批判した。もちろん、その批判は正当な理由をもったもの。また、私は当時DHCについても、吉田嘉明についても殆ど知るところはなかった。DHC・吉田嘉明のレイシズムや右翼的な役割も不明にして知らなかった。個人的な怨みなど持ちようがない事態で、批判の対象とした吉田嘉明の言動の情報源のすべてが、吉田嘉明自身が週刊新潮に発表した「手記」であった。私の批判は「カネで政治を歪めてはならない」という純粋に政治的な言論で、消費者利益擁護の立場からのものだった。どこからどう見ようとも真っ当な言論で、違法と言われる筋合いはない。

もとより、政治的・社会的強者は批判を甘受しなければならない。言論の自由とは、強者を批判する権利を意味する。ところが、吉田嘉明には批判甘受の度量がなかった。自分で発表した手記に対する批判がよほど応えたようだ。その結果の、うろたえての所業が、高額請求の訴訟提起。合計10件のスラップ訴訟の大量生産。高額請求訴訟で脅かせば、へなへなと萎縮して批判を差し控えるだろうと思い込んだのだ。

私に対する「黙れ」という恫喝が、当初は2000万円のスラップ訴訟の提起だった。私が黙らずに、スラップ批判を始めたら、たちまち提訴の賠償請求額が6000万円に跳ね上がった。なんと、理不尽な3倍増である。この経過自体が、言論封殺目的の提訴であることを雄弁に物語っているではないか。

そのスラップ訴訟は私(澤藤)の勝訴で確定したが、DHC・吉田嘉明が意図した、「吉田を批判すると面倒なことになる」「面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだ。だから吉田嘉明を刺激せずに批判は差し控えた方が賢い」という社会に蔓延した風潮は払拭されていない。スラップに応訴のための私の出費や労力も補填されてはいない。そこで、今私は、DHC・吉田嘉明を被告として、スラップ提訴が不法行為となるという主張の裁判を闘っている。これが「反撃訴訟」「リベンジ訴訟」などと呼んでいるもの。係属部は、東京地裁民事第1部合議係。

次回閉廷後には、いつものとおり、短時間だが資料も配布して弁護団からの経過説明や意見交換をしたいと思う。公開の法廷は、だれでも、なんの手続も不要で傍聴できる。報告集会への参加も自由。よろしくお願いします。

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ところで、私はDHCに対する責任追及の訴訟を継続しているだけでなく、DHC商品の不買運動を提唱している。ことあるごとに、「DHC商品を買うのはおよしなさい」「デマやヘイト、スラップを常習とするような企業は社会から退場させなければならない」と発言し続けている。

私の弁護士としての活動の大きなテーマの一つが、消費者利益の擁護である。弁護士の仕事としての個別事件としての消費者被害救済の重要性はいうまでもないが、弁護士会活動の、あるいは消費者問題に取り組む弁護士集団の課題は、消費者主権の確立にある。

消費市場における消費者とは、実は労働者であり、勤労市民であり、中小業者であり、年金生活者であり、学生・児童などなど…。生活者としての国民にほかならない。その生活者が、自覚的な消費者として市場における賢い行動によって、よりよい社会を築くことができるのではないか。これが「消費者主権」の基本的な考え方。

宣伝に操られて少しでも安いものを求める受動的な消費者から一歩抜け出て、自らの消費行動における選択が社会の持続性や平和や民主主義にどう関わるかということを考える「賢い消費者」となろう、という運動の提唱でもある。

まさしくDHCこそが、典型的な「賢い消費者が排斥すべき企業」であり、「賢い消費者が買ってはならない商品を販売している企業」である。ヘイトやスラップを事として恥じない企業には、社会から退場してもらおうということでなくてはならない。

訴訟だけでなく、「スラップ常習のDHC」「デマとヘイト番組提供のDHC」の製品不買にもぜひともご協力を。
(2018年8月24日)

DHC関連訴訟10件の提訴目的は、応訴の負担を強いることにある。 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第135弾

DHCと吉田嘉明が、私(澤藤)に6000万円を請求したスラップ訴訟。私がブログで吉田嘉明を痛烈に批判したことがよほど応えたようだ。人を見くびって、高額請求の訴訟提起で脅かせば、へたれて吉田嘉明批判を差し控えるだろうと思い込んだのだ。そこで、自分を批判する言論を嫌っての「黙れ」という私への恫喝が、当初は2000万円のスラップ訴訟の提起だった。私が黙らずに、スラップ批判を始めたら、たちまち提訴の賠償請求額が6000万円に跳ね上がった。なんと、理不尽な3倍増である。「2000万円で黙らないのなら6000万円の請求だ。それでも黙らなければ、もっとつり上げるぞ」という脅し。この経過自体が、言論封殺目的の提訴であることを雄弁に物語っているではないか。

この私に対するDHCスラップ訴訟では最高裁まで付き合わされた。請求棄却、控訴棄却、上告受理申立不受理決定で、私(澤藤)の勝訴が確定したが、DHC・吉田嘉明が意図した、「吉田を批判すると面倒なことになる」「面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだ。だから吉田嘉明を刺激せずに批判は差し控えた方が賢い」という風潮は払拭されていない。そこで、今私は、DHC・吉田嘉明を相手に、スラップ提訴が不法行為となるという主張の裁判を闘っている。これを「反撃訴訟」「リベンジ訴訟」などと呼んでいる。

その反撃訴訟係属部は、東京地裁民事第1部合議係。次回期日は2018年8月31日(金)午後1時30分~、415号法廷である。
次回期日には、当方が準備書面(4)を提出し、立証計画も明らかにすることになる。是非、傍聴をお願いしたい。

本日までの当事者間の書面のやり取りの経過は以下のとおりである。
前々回4月26日の法廷では、澤藤側が「反訴原告準備書面(2)」を陳述した。25頁の書面だが、要領よくなぜスラップの提訴が違法となるかをまとめている。それに対するDHC・吉田嘉明側の反論が、6月1日付の「反訴被告ら準備書面2」として提出された。これがどうにも投げやりな6頁の書面。6月7日付で「反訴原告準備書面(3)」に基づく当方(澤藤側)からの求釈明をしたが、回答は一切拒否の姿勢。そこで、8月13日までに当方が再反論の準備書面(4)を提出の約となっている。

本日は、その準備書面(4)作成のための弁護団会議。骨子がほぼまとまった。
そのさわりの一部をご紹介しておきたい。但し、確定稿ではなく、現実に提出するものとまったく同一ではない。
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☆ 反訴被告吉田の主導による提訴、控訴、上告等
反訴被告ら(DHC・吉田嘉明)による反訴原告(澤藤)に対する前件訴訟を含む10件の高額名誉毀損損害賠償請求訴訟(以下、「関連訴訟」という)の提起及びその各上訴、和解、取下げは、いずれも反訴被告吉田が自己の言動に対する批判の言論(自己の意に反する言論)を封殺する目的をもってしたことを物語るものであって、自己の正当な利益救済のためにしたものではない。
反訴被告吉田は、自己の意見と異なる思想や表現に対して「反日」「左翼」等のレッテルを張って攻撃を繰り返してきた者であるが、関連訴訟10件の提起はいずれもこれと軌を一にするもので、自己を批判する言論を排斥しようとする意図のもとに、訴訟の帰趨についての見通しなどお構いなしに提訴を決意し、その吉田の意向に、代理人弁護士らが従ったに過ぎない。

☆ 「理性による言論」の危機
この10件の関連訴訟は、反訴被告吉田嘉明が訴外渡辺喜美代議士への秘密裡の8億円貸付の事実を自ら週刊誌に暴露したところ、予想外の批判を浴びたことに憤慨し狼狽もして、批判者の言論を封殺しようとして提起されたものである。数多い批判の言論のうち、比較的に社会的影響力があると考えられた当事者のブログや記事を取り上げ、反訴被告らの名誉が毀損されたとして極めて高額な損害賠償請求訴訟を提起し、自己の威勢を示して批判の言論を封殺しようとしたものである。そして、訴訟に敗訴しても、相手方当事者や弁護士、果ては裁判官にまで、反日、左翼等のレッテルを張りつけて自己の正当性を主張し、資金力に飽かせて同じ行動を繰り返している(乙18=産経新聞社が主宰するネットサイトに掲載された吉田の新たなブログ)。
このような形で言論が封殺される事態は「理性による言論の危機」と評せざるを得ない。思想の自由、表現の自由が死に瀕したマッカーシズムの再現ともなりかねず到底放置しえない。

☆ 裁判制度の濫用(スラップ訴訟)
反訴被告らの裁判手続き利用の直接的な目的は、批判者に過重な応訴負担(経済的、精神的負担)を強いることにあった。そして、間接的には批判者の過重な応訴負担を見せしめに、当該各訴訟における被告以外の多くの者に、反訴被告らに対する批判の言論を萎縮させ回避させることにあった。その両者を併せて、自己への批判の言論を封殺する目的の訴訟である。そして、各提訴はいずれも現実にそのように機能しその目的のとおりの役割を果たした。
提訴に際しては、判決における勝ち負け(権利の真の回復)は眼中にないから、勝訴の見込みの十分な検討や、相手方との事前の折衝もないまま闇雲に高額請求訴訟を提訴し、敗訴しても、高裁、最高裁まで裁判を継続することになる。そうすることが、被告とされた者の負担が大きいからである。他方、逆に一部でも勝訴すれば、それが名誉毀損とは無関係の抱き合わせ提訴でのどんな些細な名目的な勝訴でも、「目的達成」として訴訟を終了させる。既に十分な応訴負担を与えているからである。また、相手が応訴負担に耐え切れず屈服したと分かれば、権利回復措置を取らないままの和解、取下げもする。10件の名誉毀損訴訟の顛末はこの事実を見事に描出している。反訴被告らのかかる裁判手続きの利用は明らかな不当訴訟であり、経済的強者による言論封殺を意図したスラップ訴訟(不法行為)である。

☆ 名誉毀損訴訟に限らず、事実の不当な分断や行き過ぎた細分化が、真実を曇らす結果となることは、法律家が経験的事実として知ることであるが、本件は、その教訓を生かさなければならない事件である。他の9件の類似訴訟のなかの1件として、反訴被告らの行った反訴原告に対する事前折衝なしの前件訴訟の提起、さらに訴訟提起を批判したことに対し賠償請求額を2000万円から6000万円に増額する行為、1審敗訴判決後も訴訟継続だけを目的とした勝算の見込みのない控訴と上告(受理申立)、さらに、他の訴訟案件の不合理な和解や取下げといった諸事実は、前件訴訟(DHCスラップ訴訟)が真に吉田嘉明の名誉の回復を目的として提起されたものではないことを雄弁に物語っている。仮に百歩譲って、多少なりとも名誉回復の目的が併存していたとしても、関連訴訟全体の推移を見れば、前件訴訟の提訴の主たる目的が、反訴被告らが自己の言動を批判する言論を現在と将来にわたって封殺するということにあり、勝訴の見込を十分に検討せずに提訴されたスラップ(嫌がらせ)訴訟の提起として、不法行為を構成することが明らかというべきである。

☆ 関連して指摘しておきたい。6000万円という前件訴訟における反訴被告らの慰謝料請求金額の過大さについてである。
訴訟実務における慰謝料額は、交通事故訴訟を中心に類型化されてきた。現時点における死亡慰謝料は一家の支柱の場合でも、2800万円が標準とされている。生命の喪失についての慰謝料が2800万円とされる現在、名誉を毀損されたとする慰謝料が500万円に達すれば、驚くべき高額慰謝料の言い渡しとして話題となる。ましてや、政治的批判の言論については認容判決自体が少なく、仮に慰謝料請求が認容されたとしても、100万円を超えるものは例外的な事例と言って過言でない。
前件訴訟(DHC・吉田嘉明から澤藤に対するスラップ訴訟)における、提訴時2000万円の請求も高額であるが、4000万円の請求の拡張による6000万円は明らかに異常と言うほかはない。死亡慰謝料の倍額をも上回る超高額請求は、訴訟実務から見て前件訴訟の原告らの被害の回復とは明らかに均衡を失している。前件訴訟の提起を表現の自由に対する挑戦として、吉田嘉明批判の発言を継続した反訴原告(澤藤)の言論を封殺する目的としてなされた提訴と断ずべき重要な要素である。

☆ 裁判には、法による紛争解決機能(勝訴による権利回復)以外にも、提訴による立法推進や法政策形成(提訴により事案解決のための法の欠缺や法の不備を知らしめ、早期の立法や行政による政治的・政策的解決を促す)等の機能があり、提訴には複数の目的が併存することが多いが、併存する目的の中に裁判の機能を濫用したものがあり、その不当な目的が主要な因子(それがなければ、提訴に至らない筈)となっていれば、当該提訴中に正当な目的が含まれていたとしても、全体として不当訴訟と評価されるべきで、その関係と判断構造は、処分理由が競合する際の不当労働行為の判断に類比される(例えば、荒木尚志「労働法第3版」684頁等)。
勝訴による権利回復を主たる目的としない訴訟や、勝訴を希望していたとしても、提訴の主たる意図が勝訴による権利回復以外の不当な目的であった訴訟(少なくとも、当該不当な目的がなければ提訴には至らなかったであろうと合理的に推測される提訴)は、勝訴の見込みの全くない不当な提訴と同様、裁判の濫用を意図した提訴として、不法行為となると考えるべきである。

☆ 以上のとおり、反訴被告ら(DHC・吉田嘉明)による前件訴訟提起の主たる目的は、被告とされた者に応訴が義務付けられ過重な応訴負担を余儀なくされる裁判という場を利用しての反訴原告(澤藤)に対する嫌がらせであり威嚇にあった。また、その嫌がらせや威嚇を通じての現在と将来にわたる言論封殺でもあった。封殺の対象とされた言論は、直接には反訴原告(澤藤)のものであったが、間接的には社会全体の吉田嘉明批判の言論であり、さらには言論一般というべきで、DHCスラップ訴訟の提起は、社会の言論の自由を封殺しあるいは萎縮せしめるものと言うべきである。
反訴被告ら(DHC・吉田嘉明)は、反訴原告(澤藤)に対する訴訟提起、請求金額の増額、控訴、上告の全経過を通じて、違法な目的のもとに裁判を受ける権利を濫用したものとして、不法行為による損害賠償の責めを負わねばならない。
(2018年8月2日)

次回法廷は、2018年8月31日(金)午後1時30分~415号法廷 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第134弾

DHCと吉田嘉明が、私(澤藤)に6000万円を請求したスラップ訴訟。私がブログで吉田嘉明を痛烈に批判したことがよほど応えたようだ。人を見くびって、高額請求の訴訟提起で脅かせば、へなへなと萎縮して批判を差し控えるだろうと思い込んだのだ。そこで、自分を批判する言論を嫌って「黙れ」という私への恫喝が、当初は2000万円のスラップ訴訟の提起。私が黙らずに、スラップ批判を始めたら、たちまち提訴の賠償額請求額が6000万円に跳ね上がった。なんと、理不尽な3倍増である。この経過自体が、言論封殺目的の提訴であることを雄弁に物語っているではないか。

そのスラップ訴訟は私(澤藤)の勝訴が確定したが、DHC・吉田嘉明が意図した、「吉田を批判すると面倒なことになる」「面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだ。だから吉田嘉明を刺激せずに批判は差し控えた方が賢い」という風潮が払拭されていない。そこで、今私は、DHC・吉田嘉明を相手に、スラップ提訴が不法行為となるという主張の裁判を闘っている。これを「反撃訴訟」「リベンジ訴訟」などと呼んでいる。

本日(6月8日)午前10時15分から、「反撃訴訟」の法廷が開かれた。係属部は、東京地裁民事第1部合議係。

次回期日は2018年8月31日(金)午後1時30分~、415号法廷となった。
次回は、当方が準備書面を提出し、人証の申請もすることになる。是非、傍聴をお願いしたい。

本日までの当事者間の書面のやり取りの経過は以下のとおりである。
前回4月26日の法廷では、澤藤側が「反訴原告準備書面(2)」を陳述した。25頁の書面だが、要領よくなぜスラップの提訴が違法となるかをまとめている。それに対するDHC・吉田嘉明側の反論が、「反訴被告ら準備書面2」である。これがどうにも投げやりな6頁の書面。本日の法廷では、「反訴原告準備書面(3)」に基づく、当方からの求釈明をした。
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反訴原告準備書面(2)の要約

1.準備書面(2)は第1から第3で構成されている。
2.第1は、反訴被告の答弁書に対する反論である。答弁書の主張は、前件名誉毀損訴訟は、反訴被告らの敗訴が明らかというようなものではなかったというものであり、其の理由として、主に以下の5点、すなわち、
① 前件訴訟では、反訴原告も、反訴原告のブログにより反訴被告らの社会的評価が低下したことを認めている。
② 前件訴訟において、裁判所は、反訴原告らが主張した訴え却下の主張をしりぞけた。
③ 反訴原告と事前交渉しなかったのは、事前交渉しても応じないだろうし、応じる意思があるのなら、訴訟を起こせば反訴原告はブログを削除し連絡してくると考えたから。
④ 前件訴訟は、請求額が非常識に高額と非難されるようなものではない。
⑤ 前件訴訟は、判断が微妙な事件だった。
といった事由を上げている。
これらの点に関する反訴原告の意見は反訴状で既に詳細に述べているが、要約すると、他人の言動を批判する論評がその人の社会的名誉を低下させることがあるのは当然のことで、問題はそのような論評が違法か否かであり、訴え却下と不当・スラップ訴訟の判断要素は異なるから、訴えが却下されなかったことが不当訴訟の責任を免れる十分要件となるものではなく、事前交渉の必要性に関する反訴被告らの主張は、その主張内容こそが、異なる意見の交流を認めない反訴被告らのスラップ性を示すもので、請求額については、およそ認容される余地のない非常識に高額なものであるということに尽きる。さらに、前件訴訟は、反訴被告吉田が週刊誌に公表した言動に対する意見、批判、すなわち、前提事実に誤りのない論評であって、違法性のないことは明らかであったということである。

3.準備書面の第2は、前件名誉毀損訴訟と関連する10件の判決結果に対する、反訴被告らの、およそ真に名誉回復を目指して裁判を提起しているとは思えない不合理的な控訴、上告等の姿勢、あるいは、和解、取下げ同意の態様から、前件名誉毀損訴訟は、裁判による権利回復を目指すものではなく、勝訴の可能性などは歯牙にもかけず、批判言論を力づくで封殺することだけを目的としたものであったことを論述したものである。裁判所におかれては、反訴被告らが、関連事件の全部敗訴事件と実質敗訴の一部勝訴事件において、本件のスラップ性を露わにした対応をしていることに注目していただきたい。

4.準備書面の第3では、前件訴訟が、東京地裁が平成17年3月30日に言い渡した「消費者金融会社武富士」のスラップ訴訟判決と同種のものであること、また、前件名誉毀損訴訟が提起された背景には、反訴被告会社のHPから窺われる反訴被告吉田の異なった意見は反日として徹底的に排除するという信条が根強くあり、今後も同様な事件が繰り返されるおそれのあることを東京MXテレビの「ニュース女子」事件等から論じている。また、本件に関連し、反訴被告らの威圧に屈し、裁判被告となる愚を回避するとして、ブログ記事を削除したあるブロガーの記事も紹介し、前件訴訟や関連訴訟のブロガーに対する威圧効果の一例を示した。
                                   以上
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これに対するDHC・吉田嘉明側の反論

第1 前訴提起に至る経緯
1 反訴被告吉田は,日本国をより良くしたいとの思いから,脱官僚を政策に掲げる政治家を応援するべく,訴外渡辺善美に8僮円を貸付けた。ところが,これが公になったあと,一部週刊餡やプログにおいて,反訴被告吉田の貸付行為は,政治を金で買うものだとの全くの事実無根の記述がなされ,反訴被告らの名誉が毀損される事態に陥った。

2 そこで,反訴被告会社担当者らは,当該事実無根の記述をしてい  る週刊誌やブログをピックアップし,顧問弁護士と協議の上,表現があまりにも酷く,①裁判所に救済を求める事例,②法務担当者らから警告をするにとどめる事例及び③名誉毀損とまではい攴ないため放置する事例とに分け(乙14参照),①については,特に慎重に不法行為が成立するか,顧問弁護士の意見を聞いた上で,請求認容されると予想された10件について,訴訟提起することとし,反訴被告吉田の了解を得た。

3 より具体的には,顧問弁護士は,不法行為の成否について,まず訴訟対象とした10件については,その表現がかなり酷く,反訴被告らの社会的評価を低下させており,請求原因が認容される可能性が高いものを選別した。
抗弁については,反訴被告吉田の8億円貸付の動機については,反訴被告らが政治を金で買う目的で8億円を貸し付けたなどという動機は見当違いも甚だしく,相当の根拠も全くなかったので,違法性や責任が阻却される可能性はないと考え,その他についても同様であった。(以下略)
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この書面に対する求釈明が以下のとおり。

反訴被告ら準備書面2に対して反論するにあたり、以下の点を明確にされたい。
1 反訴被告らは、週刊誌やブログの記載について、①裁判所に救済を求める事例、②法務担当者らから警告をするにとどめる事例、③名誉毀損とまではいえないため放置する事例、に分けたと述べている。
  上記①、②、③に分類された週刊誌やブログの件数は、それぞれ何件か。
  また、②に分類された事例のうち、警告後に①に移行した事例はあるか。ある場合にはその件数。

2 週刊誌やブログのピックアップや分類に関与した「反訴被告会社担当者ら」氏名と役職、「顧問弁護士」の全員の氏名。

3 反訴被告らは、明らかに勝訴できると考えて提訴し判決された事件のすべてが敗訴もしくは実質敗訴した理由はどこにあると考えているのか。

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さて、DHC・吉田嘉明はこの求釈明にどう答えたか。反訴被告は口頭で全面的に回答を拒否したのである。

これに対して、反訴原告側から口頭で「以前の準備書面には、『顧問弁護士ら』と複数になっていたが、今回準備書面では『『顧問弁護士』と単数になっている。これは、どういうことか?」と問があり、「今回の書面が間違いで、複数が正しい」との回答があった。

では、「その複数の顧問弁護士の中に、今村憲さん、あなたがはいっていると確認してよいか」と重ねて聞くと、「けっこうです」との返答。裁判所もこれを調書に録っている。

次回には、反論書面とともに、人証の申請をすることになる。こんなことに書面での回答ができないというのなら、証人としての尋問に回答してもらおう、ということなのだ。常識的に、反訴原告本人(澤藤)と、反訴被告本人(吉田嘉明)、そして顧問弁護士今村憲と法務担当者が申請対象となる。

閉廷後、報告と意見交換の会合を持った。そこで、今回もDHCを内情を知る人から、貴重な情報を得ることができた。

DHCに対する批判は実に多様なのだ。DHCの本質のなせる業である。それなら、厚いDHC・吉田嘉明包囲網を作れるのではないだろうか。

スラップ訴訟の被告
提訴には至らないが言論介入を受けた多くの人たち
労働事件で対決した元労働者
いじめられた取引先
吉田嘉明からヘイト攻撃を受けている被害者
対立業者
消費者被害者
DHC取材のジャーリスト

まずは、多様な人々が大同団結して集会を開き、
DHC商品不買運動宣言を採択して、
正々堂々たるDHC・吉田嘉明批判の出版などをやってみては。

日本の民主主義のために、有益な行動提起になりそうではないか。
(2018年6月8日)

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