澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

憲法擁護のお気持ちを、日本共産党と野党共闘候補へ。

ご無沙汰をお詫びし、暑中お見舞い申しあげます。

いつになく梅雨寒の日が長く続きますが、既に季節は小暑。そして、七十二候では「蓮始開(はすはじめてひらく)」の侯となっています。このところ、朝の日課としている散策では、ようやく開きはじめた上野不忍池の蓮の華が目の楽しみ。
早咲きの華あり、晩咲の華あり。競って高く咲く華もあれば、葉裏にひっそりと咲く華も。蕾もあれば、盛りの花も、そして既に散った花弁も。人の様々と変わらない蓮の華の風情。

気候はやや不順ですが、ご家族の皆様には、健勝にお過ごのことと存じます。

 ところで、第25回参議院議員選挙の投票日が目前に迫っています。来たる7月21日(日曜日)の投票日には、日本共産党と野党共闘の候補者に一票を投じていただくよう、お願いを申しあげます。

「安倍一強」と言われる異様な事態が続いていることに不安を禁じえません。この社会はいったいどうなってしまったのだろう。この先さらにどうなって行くのだろう。このままであってはいけない、今のうちに何とかしなければならないという、焦りに似た気持ちを感じ続けています。

とりわけ、このまま安倍一強の政権を存続させておくことによって、日本国憲法が「改正」されてしまうのではないかという強い危機感を持たざるを得ません。仮に、今度の選挙で、自民党や与党勢力、あるいは政権に擦り寄る維新などが、大勝して議席を増やすようなこととなれば、憲法「改正」の手続が具体化することになりかねません。

また、反対に、憲法「改正」に反対する勢力が大きく議席を増やすことができれば、憲法改悪のたくらみを打ち砕くことになります。その意味で、今度の選挙には日本国憲法の命運がかかっているのだと思います。

日本国憲法の命運は、この憲法の理念として国民に受容されてきた、平和や国際協調、そして民主主義や人権の命運でもあります。安倍政治がたくらむ改憲とは、平和や民主主義や自由、そして経済的弱者の生存の権利を危機に追い込むものと警戒せざるを得ません。けっして、改憲を許してはなりません。

本日(7月18日)の赤旗一面のトップに、安倍9条改憲の阻止 共産党が伸びてこそ」という大見出しがあります。私は、そのとおりだと思うのです。

その記事のリードには、こう述べられています。
「安倍晋三首相が各地の遊説などで改憲を前面にすえ、9条の自衛隊明記を公然と訴えるなか、9条改憲に向けた暴走を止めるかどうかが参院選の重大争点として浮上してます。…何としても、この野望を止めなくてはなりません。止める一番確かな力は、日本共産党の躍進です。」

まったく、そのとおりではありませんか。船が大きく右舷の側に傾くとき、平衡を取り戻すには、できるだけ左舷の側に集まらねばなりません。今まさにそのときなのだと思うのです。しかも、船が沈まぬうちの緊急の課題として。

安倍晋三という人物は、極右の勢力に担がれて、改憲を使命に頭角を表してきた政治家です。彼は、支持勢力をつなぎ止めるためにも、改憲を言い続けなければならない立場にあります。とりわけ、右翼勢力が目の仇とする「憲法9条」を変えようと口にし続けねばならないのが、彼の背負った使命でもあり、宿命でもあります。

もちろん、国民世論は、けっして安易に改憲を許すものではなく、首相の思惑とは大きな隔たりがあります。改憲実現のハードルが高いことは自明のことですから、安倍自民党は、できるだけ、耳に甘い言葉で、有権者を欺そうと考えます。今回も、奇策を編み出しました。いや、詐欺の発案といった方が適切なのかも知れません。

それが、「9条1項2項は全文そのままにして、9条の後に、新たに『第9条の2』1か条を追加する」という、自民党の改憲案(自民党は、条文イメージ(たたき台素案)」と言っています)です。その文言は以下のとおりです。

第9条の2
1 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

これが、安倍自民党の「安倍9条改憲」案です。よくお読みください。念のため、現行の9条の全文を引用しておきます。

第9条
1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

現行9条2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定めます。つまり、日本国憲法は、「戦力」の保持を禁じているのです。では、「戦力」とは何でしょうか。「陸海空軍その他の戦力」というのですから、「陸軍・海軍・空軍」は当然に戦力に当たります。陸海空軍に当たらなくても、それに準じる実力組織は、「その他の戦力」に当たることになります。

つまりは、戦力とは、対内的な治安のために必要な警察力の範囲を超えて、外敵との交戦をなしうる人的・物的な組織体を指すとするのが常識的な見解でしょう。憲法上、警察力の保持は当然として、それを超える軍事力の保持はなしえないと覚悟を決めて、この憲法を作ったのです。

ところが、1954年に政府は、戦力をこんな風に定義しました。「自衛のため必要な最小限度を超える実力組織」というのです。

自衛のため必要な最小限度」が分かれ目です。これを超えるれば「戦力」に当たりますが、「自衛のため必要な最小限度」の範囲内の実力組織であれば、「戦力」に当たらない。こうして、自衛隊が生まれ、育ってきました。

今や、自衛隊はその実態からは、世界第6位とも5位とも言われる「陸・海・空軍」といわざるを得ませんが、建前は飽くまでも「戦力=軍隊」ではなく、憲法に認められた「自衛のため必要な最小限度の実力組織」なのです。

実は、この「戦力」についての解釈は、自衛隊を創設するために政府がひねり出した解釈ですが、今や、自衛隊の拡大増強を縛るものとなっています。

以下は、防衛省・自衛隊自身のホームページからの引用です。
「わが国が憲法上保持できる自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えています。その具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面があり、毎年度の予算などの審議を通じて国民の代表者である国会において判断されます。憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の個々の兵器の保有の可否は、それを保有することでわが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かにより決められます。
 しかし、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないと考えています。」

今の自衛隊は、政府自身の憲法解釈上、このような「縛り」(厳密な縛りとは言えない、緩いものではありますが)がかかっていることになります。しかし、安倍自民党は、このような手枷足枷の桎梏を取り払って、自衛隊を堂々の「国防軍」としたいのです。そのホンネを語っているのが、2012年4月28日発表の「自民党憲法改正草案」です。現行の憲法第2章「戦争の放棄」は、安全保障」に置き換えられ、堂々と自衛隊の海外派兵も治安出動も憲法上可能となります。軍法会議も整備されます。

このような、安倍自民党のホンネを視野に入れて「安倍9条改憲」の提案を読まねばなりません。たたき台とされている「9条の2」の案が、「前条の規定(9条1項・2項)は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」となっているのは、9条1項・2項をまずは、ご破算とすることを意味します。

その上で、「そのための実力組織として、法律の定めるところにより、自衛隊を保持する。」「自衛隊の行動は、法律の定めるところによる」とは、結局法律の作り方次第、国会の過半数の勢力が、これまでの憲法9条の縛りを離れて、広範な裁量のもと、新たな自衛隊を設計し運用することが可能となるのです。

この改憲は、何としても阻止しなければなりません。そのためには、これまで安倍9条改憲と最も厳しく切り結んできた日本共産党に活躍してもらわねばなりません。そして、13項目の共通政策を作成した野党共闘は、共通政策の第1項目を「改憲阻止」としています。

ぜひとも、今回は、「安倍改憲」阻止のための選挙として、
32ある地方区の一人区では「野党共闘候補」を複数区では「日本共産党の公認候補」を、そしてもう一票の比例区では、「日本共産党」と政党名を記入して投票ください。

以上、日本国憲法と平和と民主主義に成り代わって、お願いを申しあげます。
(2019年7月18日・連続更新2299日))

ファクトチェックは重要で、厳しい。

このところの各紙のファクトチェックが好評である。とは言うものの、量的にも質的にも、やや物足りなさを禁じえない。もっともっと、権力者の発言に鋭く遠慮のない切り込みに期待したい。

昨日(7月15日)の朝日は、安倍首相が誇る雇用増の実績は本当?」と切り込んだ。さすがに、よいテーマを選んでいる。これは、参院選の論争に必読。

安倍晋三首相 「この6年間、私たちの経済政策によって、働く人、雇用は380万人も増えた。年金の支え手が400万人近く増えたということ。それだけ保険料収入は増えた」(11日、大分県別府市での街頭演説で)

――△(一部不正確)

 総務省の労働力調査(年平均ベース)によると、企業や団体などに雇われている雇用者のうち役員を除いた働き手は、第2次安倍政権発足後の2013年から18年までの6年間で383万人増えた。「380万人増」という主張は正しい。

 ただ、増えた働き手のうち55%はパートやアルバイトなど非正規で働く人々が占める。非正規で働く人の多くは所得が少なく、不安定な生活を送っている。総務省が5年ごとに公表している就業構造基本調査によると、非正規で働く人の75%が年収200万円未満だった。この中には学生バイトや主婦のパートも含まれているが、いわゆるワーキングプアにあたる人も一定数いるとみられる。

 首相はこれまで「この国から非正規という言葉を一掃する」と何度も訴えてきたが、役員を除いた働き手に占める非正規雇用の割合は18年平均で37・9%となり、過去最高の水準になっている。

 非正規雇用が増え続ける一因には、企業が人件費を抑えようと正社員よりもパートやアルバイトを雇ってきたことがある。特に近年目立つのが、非正規で働く高齢者の増加だ。労働力調査によると、この6年間に増えた働き手383万人のうち40%は、パートやアルバイトを中心に非正規で働く65歳以上が占めている。定年後の再雇用でも、賃金など待遇面は現役時代より下がるのが一般的だ。

 加えて、1990年代後半以降、自民党政権が企業の求めに応じて派遣労働などの規制緩和を進めたことも非正規雇用の増加につながった

 秘書や通訳など26業種に限られていた派遣業は、小渕政権下の99年、建設業や製造業などを除き原則自由になった。さらに、安倍首相が政府・与党の中枢にいた小泉政権では、04年3月に施行された改正労働者派遣法によって、派遣期間の上限は1年から3年に延び、製造業への派遣労働も解禁された。

 一方、年金の支え手である加入者数は、保険料の納付期間が終了して加入者でなくなる人と新規加入者を出し入れすると、12年度末が6736万人、17年度末が6733万人で、ほぼ横ばいだ。「年金の支え手が400万人近く増えた」かどうかははっきりしない。

 保険料収入は確かに増加傾向にある。17年度は37兆2687億円で、12年度より7兆1千億円増えた。厚生労働省は理由の一つに、国民年金に比べて保険料が高い厚生年金の加入者が増えたことを挙げる。

 首相は演説で「4月に年金額が増えた」ともアピールする。19年度は公的年金の支給額が前年度より0・1%引き上げられた。引き上げは、15年度以来4年ぶり。国民年金の場合、満額で受け取る人は月67円増えて6万5008円、厚生年金はモデル世帯(夫婦2人分)で月227円増の22万1504円となった。

 ただ、少子高齢化に合わせて年金水準を自動的に引き下げる「マクロ経済スライド」により、物価上昇率(1・0%)や賃金上昇率(0・6%)よりも支給額の伸び率が抑えられている。だから支給額は増えても、実質的な水準は目減りしている。

こちらも選挙戦に使いやすい。東京新聞の《論戦ファクトチェック》野党、具体策示し年金改革公約 自民の主張「対案ない」は言い過ぎ

 参院選で重要争点の年金制度を巡り、自民党は政見放送で「(野党が)具体策を示さず不安をあおっている」と主張している。実際には、野党各党は公約などで現行制度の見直し案を示しており、自民の主張は「言い過ぎ」といえる。

 政見放送で三原じゅん子女性局長は「一部野党は、具体策を示さないまま不安をあおるだけ」と強調。隣の安倍晋三首相(党総裁)も、負担増なしに給付だけ増やせないと同調し「年金を充実する唯一の道は年金原資を確かなものにすること。すなわち、経済を強くすることだ」と話す。

 首相は十一日の福岡市での街頭演説でも「野党は財源も示さず、具体的な提案もしていない」と訴えた。

 しかし、立憲民主党は参院選の政策集で「低所得者の社会保険料の軽減措置」や「低年金受給者に対する追加給付」を掲げる。国民民主党は、低所得の年金生活者に最低月五千円を追加給付する政策を打ち出している。共産党社民党は、物価や賃金の伸びより年金の伸びを低く抑える「マクロ経済スライド」の廃止などを提言。日本維新の会は、年金の「積み立て方式」への移行案を提唱している。

 財源に関しては、年金制度見直し目的の財源を明示していない野党もあるが、共産は公約で、高額所得者の保険料を見直して年金財政収入を増やすと主張。国民も「金融所得課税の強化で捻出できる」(玉木雄一郎代表)と訴える。

 共産の志位和夫委員長はツイッターで「自民の政見放送は根拠のない野党攻撃。安倍さん、(同席した)党首討論で具体案を話したことが聞こえなかったの?」と投稿した。

もう一つ。こちらは、英BBCのニュース。「トランプは無能」という命題のファクトチェックが必要。どこかが、やってくれないだろうか。

 英国のダロック駐米大使が、トランプ米政権について「無能」「頼りにならない」と英首相官邸に報告していたと、英大衆紙メール・オン・サンデーが7日報じた。「米国との『特別な関係』の真価が試されかねない」(英BBC)と波紋を広げている。

トランプ無能の根拠よりは、むしろ、無能と言われてどう反応するかに興味が集まるところ。その態度が、政治家としての器の見せどころではないか。これを見つめる衆目が、ファクトのチェックとなる。

「無能」と言われて意に介さず、平然としていられるのは、ただ者ではないと思わせる。

無能と言われて、余裕綽々ニヤリと笑ってみせてはどうだろうか。何なら、ツィッターで、「無能と言われたよ。図星だね」くらい、言って見てはどうだ。風格が感じられないかね。

猛然と怒るのは、下の下。政治家として無能の極致。その醜態が、自らの無能を証明することになる。ときどき、我が国の首相にも思い当たる節がある。

結局、トランプは自らを無能と証明してみせた。が、このファクト。実は重い。この無能政治家を選んだ有権者の無能をも暴露することになるからだ。ファクトチェックは、厳しい。
(2019年7月16日)

民主主義が生きるか死ぬか ― それが選挙にかかっている。

寒く、じめじめした、陰鬱な日が続くが、季節はまぎれもなく夏である。暑中見舞いをいただいて、すでに小暑であることに気付く。七十二候では「蓮始開」の侯。

全国の自由法曹団や青年法律家協会系の法律事務所から、暑中見舞いを兼ねた事務所ニュースが届く。いずれも力作で、楽しく目を通す。

カラー印刷のレイアウトに凝ったものが多い中で、珍しく単色の無骨さが却って目立つのが、横浜合同法律事務所の事務所ニュース。

表紙に大きく、「暑中お見舞い申しあげます-憲法を護るための選挙の夏です」と書き込まれている。その下に、所員のメーデー参加時の集合写真(モノクロ)が掲載されている。大きな横断幕には「守るべきは、平和で安全な暮らし~安心して生活するため、憲法9条をいかそう~」というスローガン。「憲法9条を守ろう」ではなく、「憲法9条を活かそう」というのが、いかにも法律事務所らしい。

最初のページに、民主主義を機能不全にしないために」という、小口千恵子弁護士の論稿。「民主主義の死」の危険を警告して刺激的である。

 かつて民主主義は革命やクーデターによって死んだ。しかし、現代の民主主義の死は選挙から始まる。選挙というプロセスを経た強権的なリーダーが、司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える。『合法的独裁化』が世界中で静かに進む。これがハーバード大の2人の教授著の「民主主義の死に方」で指摘されている内容である。

 安倍政権は、これまで国政選挙で5連勝してきた。……その結果、国会の討論が機能しなくなり、内閣に不利な情報は隠蔽・改ざんされ、忖度が横行し、最終的には数を頼んでの強行採決で法案が成立し、一強政権がますますのさばる結果となる。

 前述の文献では、民主主義は、「相互的寛容」(競い合う政党がお互いを正当なライバルとして受け入れる)と「自制心」(節度をわきまえる)ことで成り立っているとされている。しかし、沖縄の辺野古問題でも明らかなとおり、安倍政権の下では民意は顧みられることもなく、国会の多数決原理のみ強調されて民主主義の根幹が無視され続けている。

 独裁者を抑制するためには、独裁者に有利となるような制度に作り替えさせてはいけないし、また、民主主義の砦として人類の英知を結集して作り上げた憲法を独裁者のために献上してはならない。独裁者の暴走を許さず民主主義を守るために、来る国政選挙において、そのための投票行動が求められている。

「民主主義の死に方 ― 2極化する政治が招く独裁への道―」(原題“How Democracies Die”、スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット共著)は、濱野大道訳で、昨年(2018年9月)新潮社から出版されている。新潮社自身が、司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える――。日本にも忍び寄る危機。」とキャッチを書いている。

新潮の惹句は、次のように続けている。
https://www.shinchosha.co.jp/book/507061/

世界中を混乱させるアメリカのトランプ大統領を誕生させ、各国でポピュリスト政党を台頭させるものとは一体何なのか。欧州と南米の民主主義の崩壊を20年以上研究する米ハーバード大の権威が、世界で静かに進む「合法的な独裁化」の実態を暴き、我々が直面する危機を抉り出す。全米ベストセラー待望の邦訳。

この書については、「論座」に、堀由紀子さん(編集者・KADOKAWA)の的確な書評がある。

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2018111900005.html

その一部を引用させていただく。

 言わずもがなだが、民主主義は民衆が主権の国家のことで、対義語は独裁主義だ。民主主義は崩壊し、独裁主義となる。その転換が、クーデターなどの劇的なものであれば、両者の入れ替わりはわかりやすい。

 しかし本書によれば、民主主義は、「多くの場合、見えにくいプロセスによってゆっくりと侵食されていく」。クーデターが起きるわけでも、緊急事態宣言が発令されるわけでも、憲法が停止されるわけでもない。選挙によって選ばれた政治家が、民主主義を少しずつ崩壊させて、憲法を骨抜きにし、「合法的に」独裁者となって君臨するというのだ。

 こういった独裁者の登場を防ぎ、民主主義を護るために憲法は存在するのだが、著者たちは、「憲法は常に不完全だ」と言い切る。どれほどしっかりしたと思われる憲法であっても、恣意的な解釈や運用が可能なため、それだけでは民主主義は護れないという。

 ではなにが民主主義を護るのか。それは「相互寛容」と「組織的自制心」の2つだという。

 「相互寛容」とは、対立相手を自分の存在を脅かす脅威とみなさず、正当な存在とみなすこと。つまり、「政治家みんなが一丸となって意見の不一致を認めようとする意欲のこと」だ。

 もうひとつの「組織的自制心」は、厳密には合法であっても、明らかにその精神に反するような行為は行わないようにすること。丁寧な言動やフェアプレーに重きを置き、汚い手段や強硬な戦術を控えなければいけないということだ。

 ちなみに、この本の中では、日本のことは触れられていない(池上彰さんの巻頭解説を除いて)。しかし私は、今の日本との相似性を意識せずに読めなかった。カバーにある言葉、「司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える――。『合法的な独裁化』が世界中で静かに進む。全米ベストセラーの邦訳」をどう感じるだろうか。空気のように当たり前の民主主義を次世代に渡していくために。本書はその大きな手がかりをくれる。

 民主主義の土台であり、民主的政治過程の出発点でもあるのが選挙であったはず。だからこそ、民主主義の実現を望む多くの人びとが、普通選挙制度の獲得に文字どおり身を呈し、権力者がこれを妨害してきた。ところが今、「現代の民主主義の死は選挙から始まる」と言われるに至っているのだ。

「司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える」。これは、まさしく、安倍政権の悪行を指している警鐘ではないか。安倍政権こそが、すでにそこにある「日本の政治的危機」ではないか。

来たる参院選は、憲法の命運がかかっているだけではない。民主主義の生死さえかかっているのではないか。次の選挙を、「民主主義の死」の第一歩としてはならない。

(2019年7月15日)

参院選を、年金・税制一新の市民革命の機会に。

第25回参院選をちょうど1週間の後に控えての7月14日、フランスの革命記念日である。230年前のこの日、民衆がバスチーユを攻撃した。ルイ16世は側近から、「陛下、これは暴動ではありません、革命でございます」と聞かされたという。

当時の日本は、元号でいえば寛政期。松平定信が幕府の老中首座にあって、「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」などと煙たがられていた。その頃に、ヨーロッパでは民衆の蜂起が成功して自由と平等を理念に掲げる近代市民社会が生まれた。

7月14日に何があったか。学び舎の中学教科書ともに学ぶ 人間の歴史」からの引用が最も適切であろう。

バスチーユを攻撃せよ-フランス革命-
《自由と平等を求めて》
1789年7月14日,パリ(フランス)の民衆が,バスチーユ監獄に押しよせました。武器・弾薬を引きわたすように,ここを守る司令官に要求しましたが,拒否されます。人びとは,はね橋を下ろしてなだれこみ,激しい銃撃戦のすえバスチーユ監獄を攻め落としました。監獄には,国王の専制政治を批判した人が捕らえられていると考えられていました。
同じころ,農村では,年貢の引き下げを求める一揆が起こってました。バスチーユでの勝利は,フランス全土に伝わります。農民たちは領主の館に押しかけ,土地の証文を焼いたり,火を放ったりしました。

国王ルイ16世は,5月に,身分ごとの会議を開いて,増税を決めようとしました。これに対して,平民代表は,「白分たちこそが,国民を代表している」と主張して,国民議会をつくりました。さらに,16世がこれを武力でおさえようとしたため,人びとはバスチーユを攻撃したのです。こうして,フランス革命がはじまりました。

《国民の権利,女性の権利,黒人の権利》
国民議会は,重い年貢を取り裁判権をにぎって,農民を支配していた領主の特権を,廃止しました。そして,自由と平等,国民主権をうたう「人権宣言」を発表しました。さらに,教会の領地や,国外に亡命した貴族の領地を,農民が買い取れるようにしました。
革命に参加した平民には,豊かな商工業者や地主と,貧しい人びとがいました。貧しいパリの民衆は,パンの値上がりに抗議し,政治への発言権を求めて,地区の集会を開きました。女性たちを先頭に、7000人が「パンをよこせ」と叫びながら、ベルサイユ宮殿まで行進しました。1792年には、民衆が王宮を攻撃し、王政を廃止させます。
そして、21才以上の男性のすべてが選挙権を得ました。しかし、女性には選挙権は認められず、政治集会への参加も禁じられました。劇作家のオランプ=ド=グ-ジュは、「女性の権利宣言」を発表し、「女性は生まれながら自由であり、男性と同等の権利をもつ」と、第1条に掲げました。グ-ジュは、黒人の地位にも関心をもち、フランス植民地だったハイチでの奴隷制度に反対する劇を上演しました。

《皇帝になったナポレオン》(略)

欄外に幾つかの資料や写真・書き込みがある。
◆まず、人権宣言の要約が次のように掲載されている。
第1条 人間は生まれながらにして、自由で平等な権利をもつ。
第2条 すべての政治的な団結の目的は、自由・所有・安全および圧制への抵抗の権利を守ることである。
第3条 すべて主権は、本来、国民にある。
第11条 思想・言論の自由な発表は、人間の最も尊い権利のひとつである。

革命前の3つの身分
聖職者・貴族・平民の3つの身分があった。革命前は,わずか2%の聖職者と貴族が,領地と農民を支配し、さまざまな特権をもち、税も免除されていた。

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さて、問題は、他人事ではない。今の日本である。フランス革命以前のアンシャンレジームとなんと似通ってはいないだろうか。
今の日本は、一方に大企業・富裕者と、その取り巻きがあり、その対極に格差貧困に沈みつつある経済弱者がいる。この固定された階層秩序は、身分制の桎梏と変わらない。

大企業・富裕者は、この社会を支配し、さまざまな特権をもち、分けても特権的優遇税制の利益を享受しているではないか。だから、事態は後世次のように語られるものとなる…のではないか。

首相官邸を攻撃せよ-2019年金・税制革命-
《経済的平等と生存の保障を求めて》
2019年7月21日,日本中の民衆が,一斉に投票所に押しよせました。人びとは、消費税の値上げに反対し、人生100年を安心して過ごせる年金を要求してきましたが、権力者アベに拒否されます。
そこで、人びとは各地の投票所になだれこみ、熱い思いで投票用紙に反アベの候補者と政党名を書き込むことによって、増税をたくらんでいたアベ官邸を攻め落としました。この日、アベは、側近から「これは、単なる選挙の敗北ではありません。革命が起きたのです」と聞かされたと言います。
アベ官邸には,この社会の格差を押し広げている、大企業・富裕者の代理人たちが、百鬼夜行さながらに棲息していると考えられていました。
同じころ,農村でも漁村でも商店でも税や年金の改革が叫ばれ、同時に会社や工場では、賃金引き上げを求める運動が巻き起こっていました。首相官邸陥落の報は,たちまち日本全土に伝わります。各地で、デモやストや、民衆の集会が続きました。そして消費税増税は阻止され、さらに消費税そのものが廃止されました。大企業や富裕層の特権はすべて取りあげられ、累進制に基づく真の応能主義が貫徹されることになり、国会は、自由だけでなく、経済上の実質的平等,政府に対する格差貧困撲滅の義務をうたう「新人権宣言」を発表しました。
この活動を通じて、革命に参加した人びとは、自分たちがこの国の主人公であることを強く自覚し、自らの手で税制も年金の設計も行うようになったのです。
こうして、フランスに遅れること230年にして、日本にも、自由・平等・博愛・福祉をスローガンとする革命がなし遂げられました。230年前には、王ルイ16世も王妃マリーアントワネットも、民衆の怒りによって断頭台の露と消えました。しかし、2019年の日本革命では、そのような野蛮なことは行われず、民衆はアベとその妻をよく説諭し、改心した夫婦にはきちんと年金の保障もしたということです。
(2019年7月14日)

安倍晋三・三原じゅん子出演の「自民党政見放送・本音版」

今次参院選自民党政見放送の評判がすこぶる悪い。そのことが話題となっていることを教えられて、本日(7月12日)初めて、ユーチューブで閲覧した。

16分の我慢というより苦行だったが、なるほどこれはひどい。正視に堪えない。三原じゅん子が、安倍晋三をインタビューする形式だが、考え得る限りでの最悪の人選。このコンビは、これ以上はない最悪の組み合わせ。聞いていて気持ちが悪くなる。異臭漂うがごとき胡散臭さだ。

私が閲覧した時点で、高評価974、低評価5528。率直な感想として、高評価974もあることが信じられない。もっとも、アベと三原の関係者の作為とすれば、諒解可能だが…。シナリオ制作の熱意の不足や技術の拙劣もあろうが、この二人、あまりに国民をバカにしているのだ。まったくのおざなり。真剣さが伝わってこない。

ユーチューブ視聴者からの低評価コメントの書き込みが延々と続いている。せっかくだから、その一部を下記のとおり、書き写しておいた。高評価のコメントは見あたらない。これだけひどいと、アベ親衛隊のネトウヨ諸君も、書きようがないのだろう。

こんな気持ち悪い政見放送、初めて見た
歴代でも最低の黒歴史放送
フェイクだらけの政見放送
恥を知れ、三原じゅん子。
通販番組みたいで胡散臭さがすごい 失敗だね
普通はこんな矛盾することばっかり言うと、馬鹿だと思われるから恥ずかしいと感じるんだけどな
なぁなぁ、知ってる?? こういうの、『茶番』って言うんやで??
どこのカルト宗教の方ですか?? 気持ち悪いんだよ 何演技してんだよ 普通に話せよ
ここまで白々しいセリフを恥ずかしげもなくよく言えるもんだ
自画自賛と嘘の数々に腸が煮えくりかえるわ
拉致被害者家族をダシにするのほんとうに止めてほしい、、、
全く具体的なことを言っていない。自民党も恥を知りなさい。
これに三原じゅん子起用したのはアカンわ。
こういうのはもっとナチュラルにやれる人じゃないと。
恥を知れ!!!!!!!
これはひどい…
国の長がこれでは国民として恥ずかしいです。
いい加減にしてくれ、生ける国難よ。
嘘とごまかし満載の国民をだます言葉でいっぱいです。知性を持ち合わせていない安倍首相と三原じゅんこが互いに相手を褒めちぎるバカバカしさは見ていて恥ずかしいほどです。これが自民党の政見放送であるならば、自民党はもう、ぶっ壊れています。

流石に酷すぎで草。大根役者にも程があるだろwwwwwwwww

大学生です。この動画を見て胸糞悪さしか感じませんでしたが、ここでどれだけ自民党を叩いても何も変わりません。選挙に行きましょう。
政治に関して何も分からなくても政権放送を見れば、誰が本当に本気で日本国民のことを考えてくれているかすぐわかります。

歴代総理の中でもNo.1の○○ それでも自公に投票する○○は同罪。○○につける薬はない。
これを見てもまだ自民党支持する人達って、頭の中どうなってるの?
恥ずかしくて最後まで観ていられませんでした。
この低レベルなシナリオを誰が書いたのか?
毎度お馴染みのレベルの低さだが、今回も官僚が書いたのだとしたら、そヤツは、安倍を陥れようとしているとしか思えない。
茶番大根コント。見てらんない。
選挙にちゃんと行って、ちゃんとした政治家に投票しようね。
この人たちを日本のリーダーにしたのは誰ですか?
過去最高の税収を上げているのに、法人税減税と富裕層減税を行いつつ、「打ち出の小槌はないから増税」で納得できるわけがない。国民の財布は、自民党、政府の打ち出の小槌ではないのですよ。国内の内需を殺して企業の内部留保だけを増やしても外国人投資家に金が流れるだけ。高校無償化や幼児教育無償化は基準が厳しすぎて大半の国民は恩恵に与れない。
これはAIっていう新しい物で作られているのですか?
ああ、これが吉本仕込みの新喜劇か 大したものです
右左関係なく言う。これは単純に政権放送として質が悪いと思う。
見る前は低評価の割合の意味が分からなかったけど、実際に16分間これを見させられ続けるのは例え自民党支持者でもキツいわな。

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三原 NHK視聴者の皆様、このところ話題の三原じゅん子でございます。
あの「八紘一宇」発言で右翼の皆様のアイドルになりましたワタクシ。先の通常国会終盤では、野党を叱りつけて「恥を知れ」、なんてはしたないことを申しあげて存在感を誇示したばかり。本日は、第25回参議院議員通常選挙の政見放送の裏バージョンとして、安倍晋三自民党総裁に思う存分本音を語っていただきたいと存じます。よろしくお願いします。

安倍 表バージョンの政見放送の評判が散々でしたね。「キモい」「お前らこそ恥を知れ」と非難ゴウゴウでしたから、ここはひとつ、裏バージョンで巻き返さなくては。

三原 できが悪かったのは、シナリオとプロンプターに頼りすぎたからだと思うんです。確かに不自然な演技でしたから、今度はシナリオに頼らず、思うとおりに、本音を語ってください。

安倍 本音を語って、国民の信頼を得る自信はありませんが、右翼の皆さんには喝采してもらえるはず。できるだけやってみましょう。どうぞ。

三原 ところで総理。いま国際情勢は、トランプ大統領がこれまでの秩序を掻き回して、文字どおり激動のなかにあります。こうしたなかでGG20大阪サミットの議長を務められました。手応えはどうでしたか?

安倍 そう。問題はトランプ大統領なんですよ。『公正なルールが必要なんです』と大統領には申しあげたが、聞く耳を持たないからしょうがない。アタクシは精一杯、議長役を務めましたが、現実は厳しかった。とうとう『保護主義と闘う』という首脳宣言を作ることはできなかった。米中対決の構図の中で、日本の存在感が薄れてしまったことを否定しようもない。でもね、アタクシ個人としては、一人前に外交をやっている振りはできたと思うんです。だから、損はしなかった。

三原 そのトランプ大統領を大相撲に招待するなど、総理は蜜月ぶりを世界に存分に発信しておられますね。

安倍 大統領とは、深い関係にあるからこそ、何でも率直に言い合える仲なんです。だから、大統領はアタクシに、遠慮なく、イージス・アショアや、ステルス戦闘機を大量に買ってくれと言える。深い関係ですから、アタクシは断れない。アタクシも彼に、「農産物貿易交渉での裏取引は、参院選が終わるまでは秘密を守って発表しないでくれ」と率直に言える。もちろん快諾してもらいました。とてもよい関係なんです。この次は、日米安保条約の双務化への見直し。日米はさらに深い絆で結ばれるはずです。

三原 総理は、拉致問題にも熱心に取り組んでいらっしゃいますが、解決の見通しはいかがですか。

安倍 ずいぶん進展しました。トランプ大統領だけでなく、習近平主席からも、拉致問題について、金正恩委員長に、伝えていただきました。アタクシごときでは、どうせ直接には相手にしてもらえませんが、米中の首脳に、話を伝えていただけるようになったことは、大きな前進です。アタクシ自身、あらゆるチャンスを逃さないとの、考え方の上に、全力で取り組んでいく、決意です。

三原 政治は、結果責任だと言いますが、結果を出すためには、まず決意が必要ですから、力強い決意の表明、頼もしい限りです。

安倍 これまでもそうですが、外交のことですから、何をやっているか具体的なことはお話しできません。これまで同様、何度でも、力強い決意を語り続けようと思っています。

三原 令和の時代がはじまって2カ月ですが、ずいぶんと世の中に浸透していますね。元号の制定は大変な責任と重圧だったと思いますが、けっこううまくやったのではないですか。

安倍 アタクシも政治家です。改元は、しゃしゃり出るチャンスですよ。温和しく、ただ見ているわけにはいかない。天皇の政治利用だと苦情を言う人もいましたが、このせっかくのチャンスを逃す手はない。明治維新時の長州の先輩と同じ思いで同じことをしただけです。これまで骨折ってきた甲斐あって、マスコミは官邸の言いなりですから、結局はメディアを通じての印象操作の成功ですね。みごとに、国民世論をあたらしい元号を評価・歓迎の方向にもっていくことができて、ホッとしています。

三原 令和の時代にも安心できる、責任ある社会保障制度をつくることは、わたしたち政治家の責任ですが、一部の野党は大切な年金を政争の具にし、具体的な政策も示さないまま、ただただ不安を煽るだけの議論に終始していることは、大変残念に思っています。わたしたちだって、高齢者のみなさまの年金を少しでも増やしたいと思っています。しかし、そんな打ち出の小槌はあるのでしょうか。

安倍 誰もが、年金は増やしたいし負担は減らしたい。でも、そんな打ち出の小槌はありません。できもしないことを言うのは無責任。一番大切なのは、年金制度が破綻なく継続していくことです。そのためには、保険料は上げ、給付額は下げてもやむを得ない。富裕層や大企業から税金を取ればよいという安易な意見もありますが、それではまるで社会主義の政策ではありませんか。そんなことができるはずはありません。何よりも強調したいことは、経済成長が順調である限り、年金は大丈夫だということです。ご存じのとおり、集めた年金積立金は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を通じて、株式市場に投資し、債券を購入して運用していますから、株高が続く限りはご安心ください。もちろん、株式相場が下がったらたいへんなことになるわけですが。

三原 念のために伺いますが、アベノミクスのもとで、経済は順調なんですよね。経済が順調である限りは、株高が続いて運用益も確保されるんですよね。

安倍 もちろんです。経済指標は複雑ですから、素人目で一見しますと、破綻しているようにも見えますが、有能な財務官僚が上手にアベノミクスのもとで経済は順調と説明してくれています。アタクシは、それを受け売りしているだけですが、大丈夫です。皆さん、安心してください。

三原 今のお話しで、すこし心配になったんですが、本当に大丈夫なんですよね。

安倍 本当に大丈夫ですよ。でも、絶対かと言われれば、リスクがゼロとは言えません。株式のことですから、必ず運用益が確保できると断言はできません。

三原 そのときは、いったい誰が責任を取るのですか。

安倍 責任…と言われても、誰も責任の取りようはないわけです。それは国民の皆さんの選挙によって形作られた政府の政策ですから、国民のみんなに、広く薄く責任があるわけです。ですから、あきらめていただくほかありません。戦争について一億総ザンゲだったように。

三原 総理。私、心配になってきました。ホントに、ホントに大丈夫なのかしら。

(2019年7月12日)

福祉の増進も減らない年金も、我々の一票次第なのだ。

国家とは、かつては夜警のためだけのものだった。しかし、今は国民の福祉を増進するための存在と考えられている。国民の福祉を実現するためには経費が必要になる。国家は、その経費を調達しなければならない。さて、問題はその財源をどこに求めるかである。

国家の財源の基本は税収である。国民各階層のどこからどのように徴税して、誰のためにどのような福祉政策を実現するのか。それを決めるのが政治だ。民主主義社会では、主権者国民がこれを決する。主権者国民は議会制民主主義のもとでは、有権者となる。今、われわれは有権者として、この点についての政治選択をしようとしている。

2年前(2017年)の総選挙は、政権が「国難選挙」と名付けた。明日にも、北朝鮮からのミサイルが我が町に落ちてくるやも知れぬと脅しの中の異様な選挙で、安倍自民党が大勝した。今度は、「年金選挙」であり、「消費税選挙」である。年金も税制も、あるべき制度の構想は立場によってまったくことなる。

安倍晋三は、最近の記者会見や党首討論会で、こう繰り返している。
「年金を増やす打ち出の小槌はない。今から年金給付額を調整していくことが必要だ。」「そのためには『マクロ経済スライド』が必要だ」「野党は財源に裏打ちされた具体的な提案はなにもせずに、不安ばかりをあおっている」「福祉政策の財源確保のために消費税増税が必要だ」

いつもながらの「財源の抗弁」である。「何をするにも財源の裏付けがなければできないだろう」「財源ないんだから、これ以上はムリ」「財源の範囲ではできることをやった」「野党のように空理空論は語れない」、という例の弁明。

私は、この「財源の抗弁」を聞くたびに、昔、ノースウェスト航空日本支社長だったジェンキンスという人物の名言を思い出す。今はなき、「赤い尾翼のノースウェスト航空」である。その日本支社長が、カウボーイさながらのジェンキンスという人物だった。その労働組合対策が、絵に描いたような古典的な「力対力」の対応だった。

ジェンキンスは、組合の賃上げ要求に対して「ノースウェストには、金がないわけではない。とれるものなら力で取ってみろ」と言ったことが伝説になっていた。

この航空会社に立派な500人規模の労働組合が結成され、不安定だった労働者の身分を着実に確保し、賃金や退職金などを上げてきた。ジェンキンスが、「団結の力でしか労働条件の改善はできない」ことを教えたのだ。ジェンキンスに鍛えられて、こちらも絵に描いたような立派な労働組合が育った。

組合員は、肌で理解していた。会社は従業員を安く使いたい。そのためには労働組合を弱体化したい。従業員は、賃金を上げたい。労働環境をよくしたい。そのためには労働組合を強くしなければならない。強い組合ができれば、力でベアを勝ち取ることができる。賃上げの原資がないわけはない。要は、それをとれる力があるかないかだけなのだ。

1974年秋のことだが、この労働組合が全面無期限ストを45日間打ち抜いて、ほぼ全面勝利の妥結に至った。組合側弁護士としてこの争議に関わったわたしには人生観を変えるほどの大事件だった。争議の妥結は、会社からの争議差し止め訴訟における法廷での勝利の和解という形式で行われた。1974年12月13日のことである。私が弁護士登録をしてから4年に満たないころのこと。このストのメインの要求は賃上げではなく、団結権に関わるものだったが、この争議は組合をさらに鍛えた。

国家財政も同じだ。財源がないはずはない。要は、とれるだけの力があるか否かなのだ。政権を支えている財界や大金持ちを相手にした、庶民の自覚に基づく力。この力関係は、政党の議席に反映される。この経済社会を支配する大企業とこれを支える保守政権は、大企業や大金持ち優遇を変える意思はない。いつまでも「財源がない」と言い続けるだけなのだ。

財源は、直接税の累進率を高めて、担税能力に応じた負担を求めればよいだけのこと。大金持ちからは累進率を高めた所得税として、大企業からもまずは、租税特別措置の優遇を廃止し、法人税を累進化して負担を求めればよい。

逆進性顕著な消費税を増税するとは、経済的な弱者からさらに税をむしりとろうということだ。弱者からむしりとった税収を福祉にまわす? 福祉にまわすために、弱者から消費税をさらにむしりとる? それはいったいどういうことだ。

有権者の意思次第、力量次第で、財源などはどうにでもなるのだ。もしあなたが、大金持ちではなかったら、そして、年金を減らしたくなかったら、福祉行政の恩恵を享受したければ、アベ自民党には票を投じてはならない。そして、その取り巻きの公明・維新にも。
(2019年7月11日)

全国の漁民の皆さん、安倍自民党に票を投ずることは、自分の首を絞めることですぞ。

またまた、法と民主主義」6月号《特集・アベノミクス崩壊と国民生活のお薦めである。本日は、アベノミクスと漁業… 加瀬和俊」論文のご紹介。

「特集にあたって」と標題するリードでは、南典男編集委員が、加瀬論文をこう要約して紹介記事を書いている。

 「加瀬和俊氏(帝京大学教授)は、安倍内閣による漁業・農業の『成長産業化』方針の下で、漁業法が大幅に改変され、企業的経営体が優良漁場を優先的に確保し、免許された海面を私有地のように排他的に占有し続ける仕組みが作られ、
①小規模漁業者を排除し、
②都道府県行政を国の付属物とみなし、
③現場の実情を軽視している
と指摘している。
アベノミクスによって、漁業のみならず地域経済全体が壊されようとしている。」

加瀬さんは、長く東大社研の助教授・教授だった方。専門は、日本近代経済史(雇用・失業問題、農漁業問題)だという。今次の漁業法改正問題では、その新自由主義的本質を追及して、政府に果敢な論戦の先頭に立った。

アベノミクスとは何か、どんな特徴をもっているのか、4頁の論文によく表れている。さらに、そもそも経済とはあるいは経済政策とは、いったい何を目指すものなのかが、鋭く問われているとも思う。いったい、今の政権は、何を大義として、誰のためにどのような経済社会を作ろうとしているのだろうか。そのような問題意識が、この論文の最後の次のまとめの一文に鮮明である。

 以上のように、今回の漁業法の改訂の経緯には、資本力を有する企業的経営に最大限の便宜を図り、それが当該産業内の大多数の経営体にマイナスに作用するものであっても、それこそが「成長産業化」なのだという思い込みと、それを強権的な方法で実現するという手法とが鮮明に表れており、アベノミクスの典型例とみなすことができる。

 アベノミクスが推進するものは、「資本力を有する企業的経営に最大限の便宜」を実現することである。そのことによって、「当該産業内の大多数の経営体へのマイナスの作用」が強行される。大義は、「成長産業化」である。

もう少し砕いて端的に言えば、こういうことだ。
今のまま零細漁民に小規模な漁業をやらせていたのでは、漁業はいつまでも成長産業にはならない。今の零細漁民保護制度を抜本的に改変して、漁業界外部からの大資本を呼び寄せて漁業を企業的経営の対象とすることが肝要なのだ。そのための、最大限の企業誘致策を講じることが喫緊の課題で、零細漁民の切り捨て強行もやむを得ない。

具体的な内容は、およそ以下のとおりである。

新制度の意図するところは在来型の各種の管理方式を撤廃して漁船規模を大型化し、操業を自由に行いたいという企業の主張を受け入れていることにほかならない。

今回の漁業法「改正」は、「規制改革推進会議等の官邸主導の諸会合で水産政策審議会等にはかることもなく、仲間内だけで作った方針の提示を通じて、一気苛成に漁業法の全面改訂(2018年12月成立)に至った」のである。

 漁業法はその章別編成を含めて全文改訂といって良い大幅な変更がなされた。
 その特徴の第1は、法律の目的から「漁村の民主化」(旧法第1条)を削除し、法全体をそれに対応させて改変した。
 第2は、家族経営は遅れた存在であり、「成長産業化」のためには企業経営の優遇とともに、家族経営を企業的レベルに引き上げる必要があり、そのレベルに到達した者だけが存続する資格があるという発想」である。(以下略)

私は思う。いま、アベノミクスが強行しようとしている漁業政策は、漁民と漁村を根こそぎ破壊しようとするものなのだ。アベノミクス推進派にとっては、現在の沿岸漁業とその保護政策は、資本の自由な操業にとっての障害物でしかない。
企業的漁業に桎梏となっている零細漁民による沿岸漁業を清算して、その後に大資本による企業的漁業が行われようとしている。これは、国際的潮流である「小規模農業者・小規模漁業者の重視」とは大きく異なる特異な経済政策に外ならない。

かつては、農漁村が、保守政治の金城湯池といわれた。今や、まったく、事情は異なるのだ。アベノミクスに、新自由主義に、生業とコミュニティを奪われようとしている農民・漁民は、反安倍の立場に立たざるを得ない。

 全国の漁民の皆さんに、警鐘を鳴らさねばならない。漁民が、安倍自民党に一票を投ずることは、おのれの首を絞めることなのだ。農業においても同様である。君、欺されて与党に票を投ずることなかれ。

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「法と民主主義」(略称「法民」)は、日民協の活動の基幹となる月刊の法律雑誌です(2/3月号と8/9月号は合併号なので発行は年10回)。毎月、編集委員会を開き、全て会員の手で作っています。憲法、原発、司法、天皇制など、情勢に即応したテーマで、法理論と法律家運動の実践を結合した内容を発信し、法律家だけでなく、広くジャーナリストや市民の方々からもご好評をいただいています。定期購読も、1冊からのご購入も可能です(1冊1000円)。

お申し込みは、下記のURLを開いて、所定のフォームに書き込みをお願いいたします。なお、2019年6月号は、通算539号になります。
https://www.jdla.jp/houmin/form.html
よろしくお願いします。
(2019年7月10日)

思い出そう、政権傲慢行為の数々。安倍政権よ、自民党よ。「有権者をなめるな!」

参院選公示の翌日、7月5日付け東京新聞朝刊「こちら特報部」。
「民、侮るなかれ」の文字が踊る。それだけでない。「弱者軽視『上から目線』」「不適切発言の麻生氏 首相は議論避け」「三原氏『問責は愚か者の所業』」「二階氏『選挙一生懸命なら予算付ける』」「品格失い忖度が横行」「我田引水の参院定数増」「カジノ法案も強行採決」「選挙で傲慢政治家退場を」という見出し。この見出しだけでも相当なインパクト。

選挙戦突入に際して、真っ当なメディアが「前回選挙以後に権力が犯した傲慢な行為の数々」を、もう一度思い出そう、あの責任を今こそ取らせようではないか、と有権者に訴えているのだ。そのメインのタイトルが、「民、侮るなかれ」「有権者をなめるな!」である。

リードの勢いがよい。有権者を励ますもので、まったくその通りだと思う。

「参院選がスタートした。表面上の争点は、年金や消費税増税、改憲などだろうが、今この国で問われるべきなのは、もっとずっと深刻な問題ではないか。それは、国会議員が国民を『侮る』言動である。前回2017年の衆院選以降、多くの国会議員が、数々の問題発言や身勝手な政策で主権者たる国民を見下してきた。選挙中は、国民に奉仕するかのような甘言を弄するかもしれないが、決してだまされてはいけない。『有権者をなめるな!』」

そして、以下の「あとがき」(「デスクメモ」)も熱い。

 どんな政策よりも、健全な民主主義の維持は優先されねばならない。主権者を見下す議員や政党は、この点で失格だ。有権者は問題議員の多さにあきれるかもしれないが棄権は絶対ダメ。それも民主主義の破壊につながる。気に入らなくても、対抗候補や対抗政党に1票を投じよう。

 この東京新聞の記事は、主として自民党議員の「国民を侮る」言行録である。選挙に際して、きちんと思い起こそうという呼びかけなのだ。東京新聞に敬意を表したい。

本文を再整理して、今有権者が思い起こすべき事件の数々(国会議員による問題発言や身勝手な行動・政策)を整理しておきたい。

☆2019年6月24日の参院本会議。安倍音三首相の問責決議案の審議で自民党の三原じゅん子参院議員がこう訴えた。「安倍首相に感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど愚か者の所業」。
☆自民党の二階俊博幹事長は6月29日、参院選候補も出席した会合で「選挙を一生懸命やってくれるところに予算を付ける」。支持者以外の有権者など、いないも同然なのか。2人の言葉からは「われらの総裁は無条件にありがたい存在」「国民の税金はわれらの思うまま」とのおごりがにじむ。

☆杉田水脈衆院議員(自民)は昨夏、性的少数者は「『生産性』がない」と月刊誌へ寄稿。
☆山本幸三衆院議員(同)はアフリカ支援に熱心な議員の会合で「何であんな黒いのが好きなんだ」とくさした。社会的弱者も軽んじる。
☆昨年3月の参院予算委員会の公聴会で、渡辺美樹参院議員(同)は過労死家族を前に「働くことが悪いように聞こえる。週休7日が人間にとって幸せなのか」と発言。
☆今春、桜田義孝五輪相(当時、自民)は「(同僚議員は)復興以上に大事」と述べた。
☆過大な防衛負担を負わされた沖縄県民、戦争の犠牲者にさえ配慮がない。昨年一月、沖縄県で相次いだ米軍ヘリコプターの不時着を巡って「何人が死んだんだ」と衆院本会議でやじを飛ぱしたのが松本文明内開府副大臣(当時、自民)。
☆今年5月、丸山穂高衆院議員(当時日本維新の会)は、北方領土の元島民に 「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか」と迫った。

☆麻生太郎副総理は森友学園の公文書改ざん問題で原因を問われると「それが分かりゃ苦労せん」とまるで人ごと。財務事務次官のセクハラ疑惑では当初、「はめられたとの意見もある」と次官をかばった。先月、金融庁審議会の報告書の公表後、「100歳まで生きる前提で退職金を計算したことあるか?」と「上から目線」で語ったのに、「年金以外に2千万円必要」が問題視されると「政府のスタンスと違う」と態度を一変。もはや失笑もできない。

☆安倍首相は沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、土砂投入現場と違う区域のサンゴをわずかに移植しただけなのに「サンゴは移している」と胸を張り、建設に反対する大多数の県民の感情を逆なでした。
☆先月末の20カ国・地域首脳会議の夕食会でも、大阪城の復元時にエレベーターを設置したのは「大きなミス」と評し、障害者らが反発した。
☆失言以上に問題なのが、都合の悪い議論を避ける安倍首相の態度。共産党の富裕層への課税強化などによる年金底上げ提案を、首相は「ばかげた政策」と愚弄。動画サイトの党首討論会で選択的夫婦別姓の是非を問われると「経済成長と関わりはない」と意味不明の回答に終始した。背後で、膨大な有権者が議論を聞きたがっていることなど、完全に無視だ。

この間、国会で審議された法案を見ても、有権者はなめられている。
☆その最たるものが、この人□減少時代にあえて参院定数を6増する公職選拳法の改正だ。自民党のお家の事情からの強行で、昨年7月に自民、公明などの賛成多数で可決。この参院選から適用される。
☆昨年(2018年)7月の通常国会では、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案が、「ギャンブル依存度への懸念が払拭されない」として野党が反対する中、強行採決された。法案審議の昨年7月、日本は九州から岐阜県までの広い範囲で「西日本豪雨」の被害に見舞われた。「数十年に一度の大雨」という特別警報下、河川氾濫、土砂災害が多発し、死者は200人を超えた。水害対応のどさくさに紛れ、国民の間でも強く問題視されていた法案が可決された形だ。
☆自民党議員は豪雨初期の夜、議員宿舎で「赤坂自民亭」なる宴会を開催。参加議員が安倍首相を囲んで酒に興じる笑顔の写真をツイッターに投稿し、「被災者軽視」と批判された。

☆裁量労働制拡大をめぐる議論では、誤ったデータが国会に提出された。「裁量労働制で働く方の労働時間は、平均的な方で較べれば、一般的労働者よりも短いというデータもある」。安倍首相がこう答弁したのは昨年1月の衆院予算委員会。
 これを「不自然」と追及されて調べ直したところ、一般労働者のデータは「1か月で残業が最も長い日」の聞き取り結果と分かった。安倍首相は答弁を撤回、裁量制拡大も法案から削除されたが、これほど国民をばかにした話はない。

安倍一強態勢下、繰り返される有権者への「侮り」。私たち有権者は、侮られっぱなしでいいはずがない。「洋の東西を問わず、おごれる政治は久しからず。あきらめたり絶望したりせず、参院選では、まじめで謙虚、国民に尽くす候補者に投票しよう。傲慢な政治家には退場いただくしかない。

これが、「特報部」の呼びかけ。私も呼応したい。ぜひ、あなたも。
(2019年7月9日)

消費税が福祉の財源になっているなんて、真っ赤なウソ。

かつて日民協の代表理事だった北野弘久さんから聞かされた。
「消費税が福祉の財源になっているなんて、真っ赤なウソですよ。ひどいもんです。1円だって、福祉に回ってなんかいません。澤藤さん、政府の言うことに欺されてはいけませんよ」

北野弘久さんは、税法学の大家である。しかも、元は大蔵省の官僚として、税の実務に携わって、現場を知り尽くした人。その人の言ではあるが、当時の私は、「カネに色はないのだから、消費税として徴税されたカネが福祉にまわっていると言えば言えなくもないのではないか」「1円だって福祉に回っていない、は言い過ぎではないか」などと思っていた。

今改めて、泉下の北野さんにお詫びをしなければならない。「消費税が福祉の財源になっているなんて、真っ赤なウソ」は、まったくその通りなのだ。法と民主主義」6月号の《特集・アベノミクス崩壊と国民生活》に目を通して、そう確信している。当然のことながら、この特集は参院選挙に使えるよう時期を選んでのものである。ぜひ活用していただきたい。

この特集で、消費税を直接論じているのは、アベノミクスと増税・消費税 … 浦野広明」と、アベノミクスと日本の財政 … 醍醐聡」の両論文である。醍醐論文が総論的で、浦野論文はディテイルに及んでいる。

醍醐論文の次の指摘は、専門家には周知のことなのだろうが、私には驚きだった。
国の財政収入を支える税収の大部分をまかなっているのが、「所得税」「法人税」「消費税」の3税。この3税の税収の額と構成がどう変化しているか。醍醐論文は消費税導入直後の1990年と、直近の2018年とを比較している。

筆者作成の「国の財政収支変化の表」から抜粋すると、下記のとおり(単位は兆円)。
 所得税   26.0 ⇒19.0
 法人税   18.4 ⇒12.2
 消費税    4.6 ⇒17.6
 3税合計  49.0 ⇒48.8

3税の合計額は、1990年度と2018年度を比較してほぼ変わらない。しかし、各税收の構成割合は、劇的に変化している。所得税も法人税も大きく減収となり、消費税がこの減収の穴を埋めているのだ。累進課税が可能な直接税を減らして、逆進性の高い消費税に頼る構造。消費税は、福祉の財源とされる前に、所得税と法人税の減税分の穴埋めに、その全額が使われている。まさしく、「1円だって福祉に回っていない」のだ。

 1990年度から2018年度にかけて、消費税収は13兆円増えたが、所得税収は7兆円の減収、法人税収は6.2兆円の減収となっている。つまり、累次の税率引き上げで消費税収が増えた分を所得税、法人税の減収で完全に帳消しされているのである。このうち、所得税の減収は労働分配の抑制による家計の所得の落ち込みが影響した「自然減収」と考えられるが、法人税の減収はこの間、断続的になされた税率引き下げに伴う「制度減収」と言ってよい 。しかも、減税分は大半が配当と内部留保に充てられてきた。
 その結果、1990年度には税収とその他収入からなる基礎的財政収入が社会保障関係費を含む基礎的財政収支対象経費を上回るプライマリー・バランス(PB)の黒字の状況だったのが、1997年度を境にPBは赤字に転じ、2018年度にはPBは10.4兆円の赤字になっている。そこで、このPBの赤字(基礎的財政収入で賄えなかった基礎的財政収入対象経費と国債費を賄う財源調達のために発行されたのが国債(公債)である。その規模は1990年度には11.7兆円だったが毎年度増加し続け、2018年度には33.7兆円となり、国債費(主に元利償還費)は23.3兆円に達している。実に消費税収を大きく上回る規模である。国債残高が減らない限り、国債費が他の歳出を圧迫する要因となり、将来の世代に重くのしかかることは確かである。

浦野論文には、所得税率の累進性緩和の経緯が詳しい。
1974年には、所得税率の刻み数は19段階、住民税は13段階あったという。両税を合わせた最高税率は93%。つまり、大金持ちは所得の93%に当たる税負担を余儀なくされていた。これが課税による所得再配分が生きていた時代の税制だった。

現在はどうか。所得税率の刻み数は7段階、住民税は1段階のみ。両税を合わせた最高税率は55%。つまり、どんな大金持ちも所得の55%に当たる税負担で打ち止めということ。この説明の項の見出しを、浦野さんは「所得再配分の放棄」としている。安倍政権は、2019年10月には、さらに消費増税をしようというのだ。庶民への増税で、大企業と金持ち優遇税制をさらに進めようということなのだ。

浦野論文の最後に、こんな一文がある。

消費税の増税を中止させる点で教訓となるのは、マレーシアである。マレーシアは、第14回総選挙において、消費税の廃止を公約したマハティール氏が率いる野党「希望連盟」が連邦議会下院の過半数議席を獲得し、同国史上初めて政権を交代させた(2018年5月9日)。選挙結果は、野党が121議席(47議席増)、与党が79議席(51議席減)となったのである。

マハティール政権は、公約どおり消費税を廃止し、その後明らかに経済は好転したという。われわれもそれに学びたい。

一握りの大企業経営者と大金持ちを除いた、「圧倒的多数の庶民」のみなさまに、呼びかける。消費増税反対派の候補者を押し上げよう。政権交代とまでは行かずとも、大企業・大金持ち優遇のための消費増税をたくらむ安倍自民党と与党の議席を減らそうではないか。この逆さまの税制を改革して真っ当なものとするために。

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(2019年7月8日)

この参院選を、《年金一揆》に、《税制一揆》に。

普段はご無沙汰ばかりで、選挙になると、とたんに親しげな顔をして折り入ってのお願い。評判の悪いことは承知ですが、やっぱり今回も恒例の「折り入ってのお願い」です。

今回の参院選挙は、いつもの選挙とはひと味違う大事な選挙なんです。ええ、もしかしたらこの前も同じことを言ったかも知れませんが、今度こそ、本当に大切な選挙。日本国憲法の命運がかかっています。

もしこの選挙で、安倍自民党とその下駄の雪や取り巻きの連中が勝って、参議院の3分の2の議席を占め続けるようなことになると、本当に憲法があぶない。憲法改悪の手続が始まってしまうことになりかねません。

74年前に、310万人もの日本人が犠牲になった、あの忌まわしい戦争が終わりました。その戦場は海外でした。日本の侵略戦争だったのですら、当然といえば当然のこと。侵略軍である日本軍によって殺された近隣諸国の死者は日本人犠牲者よりも遙かに多数で、2000万人に及ぶとされています。

この戦争の惨禍を経て、日本人は決意しました。「勝とうと負けようと、二度とこの戦争の悲惨を繰り返してはならない」。新生日本は、「けっして再び、戦争はしない」と世界に誓い、この誓いを平和憲法として確定しました。日本国憲法は戦後日本の世界に対する平和の公約であり宣誓でした。これをなし崩しに変えてしまうことは、世界の歴史に対する裏切りというべきではありませんか。

自民党という保守政党は本来幅の広い国民政党でした。そのなかには、けっして戦争を繰り返してはならないとする大きな潮流があったはずです。ところが、いつしか自民党は変わってしまいました。どういうわけか、安倍晋三という右翼の政治家が、自民党を取り仕切るご時世になり、平和憲法を危うくしています。憲法9条の改悪に手を付けようというのが、安倍自民党の公約。けっして、これを許してはなりません。

もう一つ、今回の選挙は年金消費増税をめぐる選挙にもなっています。
私は、税制や社会保障政策というものは、富の再分配のあり方をどう決めるかに尽きるものと考えています。だから、立場によってあるべき政策が違ってきます。言わば、国民が所得や富の再分配をめぐって綱引きをしているのです。大きな綱の片方の端を少数の大企業と大金持ちが持ち、もう片方の端を無数の年金生活者・労働者・中小企業者が握っている。こうして、壮大な全国民的綱引きが行われているのですが、どうもいま、大企業・大金持ち派の勢いが強い。この綱引きのバランスを、年金生活者・労働者・中小企業者の側に戻さなくてはなりません。そのための選挙でもあります。

 今、私たちは、資本主義の世に生きています。資本主義社会は、身分制度の不合理を克服しましたが、けっして人を幸福にする制度でも社会でもありません。むしろ、冷徹な資本の論理が生身の人を搾取し収奪して、大きな格差や貧困を生み出す不条理な制度と言わねばなりません。この資本主義という暴れ馬を制御して乗りこなせるようにしようというのが、福祉国家思想と言ってよいと思います。

制御のない裸の資本主義とは、資本の衝動のままに資本の横暴の振る舞いを許す社会です。所得と富は、限りなく一極に集中し、その対極に非人間的な貧困が積み重なる社会。誰にも明らかなこの資本主義の矛盾を制御する手段が、政治的民主主義なのです。

国家という権力機構を、社会的強者の手から解放し、社会的弱者を有権者として構成される立法機関を中心とした民主的な権力機構を通じて、裸の資本の横暴を統御しようということです。

資本の横暴は、労働法規として、あるいは消費者保護法制として、あるいは公正取引ルールとして、規制の対象となりますが、今問題となっているのは、税や年金を通じての所得と富の再分配のありかたです。

安倍晋三は、大企業や大金持ちの代弁者として、最近よくこう口にします。
「年金制度の批判は簡単だが打出の小槌はない。具体的対案もなく不安を煽る無責任議論はいけない」「野党の皆さんは、『保険料は減らせ、受給額は増やせ』とおっしゃるが、そんな財源はない。消費税を上げてしっかり財源を作らなければならない」

打ち出の小槌でも手品でもない。財源の多寡は、所得と富の再分配をどこまでやるのかということできまります。これは政治的民主主義の制度においては、有権者が決めること。大企業優遇の租税特別措置法で、実効税率を下げてやる必要はない。累進度を緩和し続けてきた所得税率を元に戻す。方法はいくらでもあるではありませんか。要は、大企業と大金持ち優遇の税制にどこまで切り込むかの政治的決断なのです。

資本の論理に対抗するのは、人間の尊厳の論理です。人権の論理と言ってもよい。もともと、資本の論理を貫徹させた所得も、その集積としての富も、公正なものではありません。改めて、人権の論理に基づいて、公正に所得と富の再配分を実行させようではありませんか。その手段が、税と社会保障の制度の徹底した見直しです。どこまで徹底するか、それは有権者の意思次第。あなたの投票が決めます。

安倍政権が続く限り、抜本的な年金改革も、税制改革もあり得ません。どうでしょうか。今度の選挙を、年金一揆、税制改革一揆としませんか。
それなら、ふつふつと投票の意欲も、選挙運動の意欲も湧くことになりませんか。
(2019年7月7日)

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